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当院へ来られる方が時々もやもやしておられることがあります。それは自分の不調の原因についてお医者さんが決してはっきりした原因の解明をしてくれないということです。 「ただの風邪ですよ。」とか「お薬出しておきます。」とかそれだけで済まされてしまって、自分自身が今どういう状況でこういう痛みや不調に陥っているのか、しっかり説明が聞けない、そうしたら次にはどうしたらいいのかわからないという「もやもや」です。 私達民間施療家は「医師法」に縛られていますから、決して「診断」を下してはいけないことになっています。でも、そのお医者さんたちがきちんと診断をしてくれないとなると患者さんはどうしたらいいのかわからなくなるのだろうと思います。 私は東洋医学と氣の状態を細かく深く見て、推測にすぎないと断りつつ、しっかりとこういう状態なのではないかなというお話はさせていただきます。自分の身体のこういう働きが弱っているということはご自分が一番よくわかっているものですが、それでも経絡名で説明して、こういうものが身体わ弱らせているかもしれないというのは説明されると心当たりがよくあるようです。 もちろん、不確かな説明をするしかないような場合には即お医者さんに行って精密検査をしてくださるように薦めています。何よりもお客様の健康が第一ですものね。
2012年05月31日
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彼女は若くて綺麗な美人さんですが、表情は無く何だか投げやりな雰囲気をまとって施療ベッドの上に乗りました。 氣視を始めると何だか「黒い炎」のようなものが視えて、彼女の苦痛と覚悟が伝わってきました。 彼女の魂の前世は煉獄の番人。煉獄というのは地獄の中でも上のほうに位置していて、魂の救済のために罪人が修行というか自らに苦痛を与えている世界です。彼女はそこの番人をしていました。 彼女の魂は「許されざる者」です。決して神様から許されることがないことが決定しています。だからこそその魂は「自由」であるとも言えます。自分自身の中に深い絶望を抱えながら陽気に楽しくふるまうことが出来る強い覚悟を持って生きて成長していく定めを持っています。 彼女はお母様といっしょに来られました。お母様は「許されし者」です。神様から絶対的な「許し」を得ているのですが、それ故に自分は許されていないと感じることが強くあり、自分を厳しく攻め苛む運命を持っています。 娘である彼女は母親である「許されし者」を監視する役目を持って生まれてきたようでした。 ここまでお二人に氣視の内容をお話ししていくと娘さんがすごく笑うようになりました。彼女は前世での存在からもわかるようにスピリチュアル的にとても強い力を持っています。自分のこともお母様のことも私から言われなくてもよく解っていたようです。自分と母親のことを解ってくれて、正確に表現してくれるから嬉しくなったようです。 彼女の魂はその中に深い絶望を抱えています。それでも何かを為さねばならないという宿命観はあり、何かを為さねばと焦っておられたようです。それにしても周りの理解は得られないから孤立感はひどかったのだろうと思います。お母様に正確に自分のことを話してくれたので安心したのかもしれません。 彼女の辛かった精神生活が少しでも明るい方向へ向いて行ってくれればと願います。強い子だから大丈夫だと信じます。
2012年05月30日
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早朝から黒雲が広がり雷鳴が轟き、稲光が走り、激しい雨が一時降りました。そして少し経つと晴れてしまいました。 雷鳴も何だかおかしな今まで聞いたことが無いような音でした。 これは今日来院されるお客様の中に誰か神様に呼ばれている方がいるんだろうなぁと思っていたら、案の定そういう方がおられました。 一緒に来られたお友達の前世が砲術を生業とされていた武士だったので、雷鳴の特殊なのもその音だったのだなと判明しました。 禊の雨と晴れて迎えるというのは神様系のお知らせの定番なのだと段々わかってきました。しかも男性の方を呼ぶときに多いようです。
2012年05月29日
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東京に住んでおられる方ごめんなさい。テレビで久米宏氏の番組があって「東京」の変化を取り上げていました。地方出身者が東京に憧れる割合が近年減少しているというお話。 地方に住んでいる若者も高速バスで日帰りで気軽に遊びには来るけれど、住みたいとは思っていない。「上京」という言葉はもう死語になってしまっているというお話。 東京の若い女性に自画像を描いてもらうと半数以上が笑顔ではなくて無表情。そして鹿児島の若い女性に同じことをしてもらうと半数以上が笑顔の自画像になったというお話。 私も学生時代に東京を経験していましたが、その感想は「遊びには最適の町だけれど、住む所じゃないなぁ・・」というものでした。刺激はたくさんあるし、何かを成し遂げるにはいい場所だと思いましたが、人が住んで癒される場所ではないなぁというのが感想でした。 大学卒業と同時に故郷に帰りましたが、金沢に深い愛着を感じています。ネットの発達によって東京の重要度は少しずつ下がっているのかもしれません。 江戸文化が好きなので見学には訪れてみたいとは思っていますが、きっと住みたいか?と聞かれれば結構ですと答えてしまうかもしれません。
2012年05月28日
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観音様とうさぎは何がしかのご縁がある関係らしいです。何故うさぎなのかはわかりません。自然界の中ではとても弱い立場の動物なのですが、月と関係があったり、雪と関係があったり「花鳥風月」と縁が深い、人の情緒と結びついている野生動物なのかもしれません。 観音様の使い番としてうさぎがいるらしいです。氣視している中にそういう意味のメッセージが入っていました。 観音様は人をお救いになってくださるとてもありがたい仏様ですが、その化身がうさぎであるということは何かとても深い意味があるような気もします。 とりあえずは長い耳で人の苦しみや悩みをひとつ残らず聞いてくださっているのかもしれません。
2012年05月27日
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方言がブームのようですが、学生の頃神奈川県の伊勢原市に下宿していました。賄い付きの東海大学の寮のような施設に潜り込むような形でお世話になっていたのですが、その頃は携帯電話などもちろん無くて、親元からの電話は大家さんのところへの電話になり呼び出しを受けて話に行くという形でした。 親と話しているとどうしても金沢弁が出てしまい、大家さんの娘さんに笑われた記憶があります。私のほうも神奈川のこのあたりの女性の「何々だからよぉ・・」という語尾の乱暴な感じにびっくりしていました。年配の女性の方達がよく使っておられました。 金沢の方言がまた、鳥取や島根あたりの方言によく似ているのは松本清張さんの小説でも有名です。 東京の友人に「ダラ」という金沢では「どうしょうもないバカ」という意味の言葉を伝えた時も不思議がられてしまいました。侮蔑の感じが少なくて、愛情が多く含まれている言葉が「ダラ」という言葉なのですが、そういうニュアンスはその土地の人にしかわからないものなのかもしれません。
2012年05月26日
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いろんな方が施療に訪れます。それぞれの方の人生を垣間見ることになります。幸せな方もおられれば、不幸せな時間を長く経験されてきた方もおられます。 霊的に強く守られている方もおられれば、雑霊を数多く引き寄せてしまう宿命を持っている方もおられます。 施療に来ていただく方達は全て何らかのご縁があって来られている方達だと信じております。共通しているのは魂の根本が全ての方が「善良」であることだと思います。恨みつらみの凝り固まったように見える方でも、根っこのところはとても善良であり寂しさを募らせていたりされます。 人には幸運不運というものが巡りあわせでやってきます。貧乏だったり裕福だったり、病気がちだったり健康そのものだったり、心が豊かだったり貧しく荒んでいたりもします。 しかし、その生きている一瞬一瞬を何とか頑張って生きようと、楽しく生きようとしているように思えます。人生の傍観者になるのは簡単ですが、垣間見るすべての方達が決して傍観者ではなくて主役として生きているように見えることが私にはとてもうれしく思えます。
2012年05月25日
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テレビ番組で才能テストなどというものがあり、視聴しながら自分でもやってみると唯一「音感」テストだけがいつも正解します。 芸能人に一流品の楽器と二流三流の楽器の音を聴き比べるクイズなどをやっていても、やっぱりほぼ全問正解しているので「音」に関する勘だけはいいらしいと思います。 親戚の先祖に盲目で按摩鍼灸をして生業としていた方がおられることを母親から聞いたことがあり、その方の魂が少し入っているのかもしれません。二三度歩くと知らない家屋でも真っ暗の中である程度歩けたりしますから、そういう魂の記憶というようなものが残っているのかもしれません。 現在の私の生業にしてもその方の記憶が導いてくれているとしか思えない手の動きをすることがあります。 才能というのはその人の一生の役割と深くかかわってくるものなのかもしれません。
2012年05月24日
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昨日氣視をしていたら、モンゴルの草原にあるパワースポットらしきものをヴィジョンで視ました。 緑の草原の一部が海のようになっていて、草が渦を巻いてうねっていて淡いブルーのグラディエーションがかかっているようなサークル状の地帯があって、草原なのに海の底のような雰囲気がありました。 選ばれた人しかそこに入ることは許されず、その地のパワーを得ることが出来れば風のように大地を駆けて世界を得ることが出来るらしいです。チンギス・ハーンもこの地を訪れたのでしょうか。 パワースポットに入るには無欲にならないとダメらしいです。そうでないとパワーを貰うことはできないらしいです。
2012年05月23日
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北陸は部分日食にしかならない地域で、しかも日食グラスなんていうものも持っていなかったので厚紙に穴を開けてピンホールカメラの要領で、紙に画像を映して日食を観測していました。 それも神秘的でしたが、町中がオレンジ色に染まって薄く暮れていく風景が何とも言えず不思議でした。 日食が起きるというのは天文学的に言っても奇跡に近い距離関係が成立していなければ成り立たないこと。 これを見せるということは神仏は何を私たちに伝えたいのでしょうか。「あなたたちは奇跡のような存在なのですよ。」ということなのでしょうか。 NHKの「宇宙の渚」という番組でも、オーロラが太陽風から地球を守っている証であるということ。そして太陽の磁場自体も銀河放射線から地球を守っているという事が伝えられていました。 隕石ベルト帯からの多量の隕石群からは木星が巨大な重力場で地球を守っていることも知られています。 あらゆることが地球を守っている。それは私達が何かのために生かされている存在なのだということなのかもしれません。
2012年05月22日
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何かに制約を受けて生きてこそ幸せになれると思っている人が多いのかもしれません。義務に縛られて生きていくことが本当の幸せにつながるなんて思っている、感じている人も多いのかもしれません。 でも、それはやっぱり間違いで「自由に生きていいんだよ」です。日本人は根っこが真面目なので自分を枠にはめて生きることで幸せになれると思い込むことが多いように思います。 でも心は自由に羽ばたいているほうがいいようです。何物にも縛られずに生きる勇気もあっていいと思います。 ただし他の人に迷惑をかけないでという最低のルールは守らないといけませんが・・・。 昨日氣視しているときに届いた一つのメッセージでした。
2012年05月21日
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「占いをしていただけるとお聞きしたのですが・・」というお客様が時々おられます。苦笑とともに否定もせず「まぁ、そのようなものですが・・・」と応じております。 占いとは微妙に違うものだと思っているのですが、受け取る方達がそう感じているのであれば仕方ないなぁとも思っています。 突き詰めていくと身体の不調の原因になっている心の問題を解き明かす一助になればということで引き出している「氣の情報」なので、私にすると施療の一部だと思っているわけです。 心のバランスが崩れていくことが身体の健康な状態を悪化させる主たる原因だと私は考えています。心は微妙なご本人も気づかない事が原因でバランスを崩していくもので、そのルーツは魂の在り様ではないかと考えています。 ご自身の魂の構成要素の少しの部分だけでも「氣」というものを手がかりにして解析できたらと努力しているのですが、まぁ「占い」というものも似ていなくもないかもしれませんね。 深刻ぶるのも嫌なので「占いの一種」ということにしておきましょうか。
2012年05月20日
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世界は絶妙なバランスで出来上がっているなぁと思うことが時々ありますね。 熊野へ旅行した時に気づいたこと。日本の「植林」されている木が「檜」=「ひのき」=「火の木」と「杉」=「すぎ」=「水の木」であるということ。もちろんそれ以外にも植林樹は多々あるのでしょうが、火と水を冠した木が選ばれていることに驚いたものです。 人の魂も絶妙のバランスで出来上がっていると思うことが多々あります。一つ一つ数え上げていったらきりがないほどです。 それだけにバランスが崩れていくと中々元に戻すのが難しいのかもしれません。人の魂がバランスを崩すのは「欲」と「無関心」がきっかけなのかなと思います。気を付けないとと自省しています。
2012年05月19日
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膏肓というツボに反応が出ていた患者さんですが、そのツボへの施療によって激しい痛みは緩和され、夜もぐっすり眠れるようになったとのことでした。 ただこの方の氣視を行ったときに身近な親しい人が最近亡くなられて、あちらの世界から手招きしているのがずっと視えていて気になっていました。この方自身が高齢なので、そういう呼ばれ方をすると魂的に堪えるだろうなぁと思っていました。 昨日施療後にお聞きすると確かに最近亡くなられた近しい方がおられて、その後あたりから体調が崩れてきたという事でした。亡くなられた方からしてみると「とても良い世界だから貴女もいらっしゃい。」と好意で呼んでおられるのでしょうが、現実界の人にとっては迷惑なお話です。 お家へ帰られてお仏壇の前でその方に「呼ばないでください。」とはっきり伝えるようにお話ししました。きっとそうしますとお話しして帰って行かれました。
2012年05月18日
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病膏肓に入るという言葉がありますが、実際に背中の肩甲骨の脇というかほとんど裏側の深い部分に同名のツボがあります。 先日60歳代の女性の方でこの膏肓というツボ付近に強い痛みを感じる方がおられました。それ以外の反応点から肺経の弱りが診て取れました。 お聞きすると先日「肺炎」を風邪の後に発症されて、完治したとのことでしたが、身体のほうは肺経に邪気がたまって残ったままになっていました。 こういう状況になるとこの「膏肓」というツボが反応するのだなと悟りました。お医者さんではどれだけ聞いてもどうしてこんなに身体のいろんな所が痛いのか説明してくれなかったと嘆いておられましたが、検査数値から判断するしかないお医者様ではなかなかこういう説明はできないだろうと思いました。思い上がって言っているのではなくて、私のほうがある意味無責任に断定して説明しているのだろうとは思います。 ただ東洋医学ではこういう身体の反応点が調べつくされていて、一般の人でも自分の身体の状態をある程度判断できるように研究されてきたのだろうなぁと思います。 今日もう一度その方が来院されるので、事後の様子を確認したいと思っています。
2012年05月17日
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「時分の花」という言葉を時々私は書きますが、これは「若さ」のみで咲く一時だけの花の美しさを表したものです。それは一時期だけもてはやされますが、すぐ美しさも華やかさも廃れて消え去っていく「花」になります。 本当の「花」というのは苦しみを抱えて咲いているものだと思っています。常に悩み苦しみ自問自答を繰り返し、そういう内面の嵐は決して表面には表さずに凛として咲き続けているのが本当の「花」だと思います。 レディ・ガガという女性は本当の「花」なのだろうとフト思いました。
2012年05月16日
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自分の中に「ある領域」があることに気づきました。それは神霊界とつながるときに「道」となるべき領域です。 それは気づかなければいつまでも気づかないまま存在し、気づいてもきちんと認識しなければすぐに忘れ去られてしまう領域のようです。 人には必ずこういう「領域」が与えられるのですが、「欲望」というものに囚われ続けていると段々視えなくなるのかもしれません。 これについて書くことは禁忌なのかもしれません。しかし、人の心の中に必ず神や仏とつながることができる「道」が用意されているというのは大いなる希望だと思います。 温かいものが心の中に流れ込んできます。自然と自分の心が優しくなっていくのがわかります。また、もう少し探っていってみたいと思います。
2012年05月15日
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ふと昨日悟ったことがありました。 「外に救いを求めてもダメ。全ての智慧も救いも内にある。」ということでした。 新興宗教やカリスマ何某に救いを求める方達は数多くおられますが、それはもしかしたらとても遠回りをしていることなのかもしれません。 大切なものは全て身近にあり、本当に重要なものは自らの身の内にあるということです。 愛を求めて彷徨う方は本当に数多くおられますが、パートナーに対する愛を見つけるのなら参考にするべき愛の形は本当は自分の両親の愛の姿を参考にすべきなのだろうと思います。それは良いにつけ悪いにつけ自分の心の形のルーツとなったものが含まれているから・・・。 そして救いを求めるのなら外に何を求めても、それは決して「真」なるものにはならず、あくまでも「仮」のものしか得られないのだと思うべきだと私は思います。本当の救いとは自らが自らを救うものでしかないと考えます。 他者が救いを与えてくれているというのは思い違いでしかなく、それを自らの内面に取り込んで吸収して初めて自らの魂を救う事になるのです。 それは他者にすがるのではなくて、自らの命と魂を奮い立たせることでしか本当の「道」に立つことができないという「真理」からもわかることだと思います。 全ての答えは自らの中にある というのは何度も何度もそういう世界からメッセージとして頂いていましたが、神仏も大自然の全ての事象も自らの中にこそその「真」なるものはあるのかもしれないと今、思っております。
2012年05月14日
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お客様に梅の盆栽をいただきました。「天皇梅」という品種だそうです。小さな白い花が幾つも咲いていましたが、少しずつ茶色くなりそういう花は摘み取るように説明書に書かれていたので、摘み取っていきました。 枝葉がどんどん伸びて野放図に広がったもので、母に頼んで剪定してもらいました。 私の魂の性には「火が少し入った水」というやっかい部分があるので、草木に本気で係わると枯らしてしまいます。これまでに何度かそういう痛い目に会っているので草花は好きなのですが、本気で係わらないように努めています。 この梅の木はやっぱり気性が強いらしく、隣の立体駐車場の壁に生えている蔦の葉が「どうだ、どうだ」と言わんばかりに生え茂っている前に出して置いてあっても、「それがどうした、私は梅で偉いんだから」と威張っています。 小さいのに威張っている梅の木を視ながら楽しんでいる今日この頃です。
2012年05月13日
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昨日からまたぐっと寒くなり、雨も降り、電気ストーブが片付けられません。来院されるお客様も皆さんおトイレに直行されます。 肌寒い季節になりました。明日あたりからはまた少し暖かくなるようですが、季節も何か変な気がします。 試しているノニジュースのお蔭か体調が崩れることもなく何となく乗り越えているような感じです。 今日は母と倶利伽羅不動尊へ行ってきます。その前に父親が入っているお墓参りにも行く予定です。
2012年05月12日
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氣視を始めると時々視ることがある人柱の儀式が視え始めました。この「人柱」という儀式が時々視えるのは、何故なのだろうという疑問もあります。その人が命に係わる問題をどこかに抱えているときにこういう氣の情報がもたらされてくるのかもしれないと今回何となく悟ったように思います。 今回の人柱の女性は決壊しそうな土手の近くの土の中に生きたまま埋められました。ところが濁流がその土手の近くの土を大量に削り取り、彼女は生きたまま地面に掘り出されるような形になり、救い出されました。激流は収まり、洪水が村を襲うこともなかったようです。 彼女は自分の死によって村を救おうとしたわけですが、死んだ後で生き返ったわけです。 視えたヴィジョンをお伝えすると彼女は悪性の乳がんだと宣告されたばかりだと訴えてこられました。 きっと大丈夫。生きて帰ってこられますよ。無責任な言い方になりますが・・・。そうお伝えすると彼女はにっこりとして「また元気になってここに戻ってきます。」と言って帰って行かれました。がんのことを知らずに視たヴィジョンはきっと彼女の未来の予知なのだと信じたいと思います。
2012年05月11日
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私が感じるパワースポットは以下のところでしょうか。 倶利伽羅不動尊 白山ひめ神社 加賀の那谷寺 九万坊権現 大野湊神社 神明宮 白山山麓の一部 そして能登全体 それぞれに霊的な波動の種類は違いますが、決してマイナスの波動が混じらない場所としては上記の場所のように思います。 パワースポットというのは非常に個人的なスポットだと思います。その人その人で感じる場所も感じ方も違うのだろうと思います。 私には尊いものがおられる場所として実感する場所はこのような場所になるのだろうと思います。年に何度かは訪れています。生かされていると感じる場所でもあります。
2012年05月10日
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というのは川魚に寄生する寄生動物で、鮭なんかを生で食べると人間の食道の壁面に噛みついて激痛を発症させるものです。 15年以上前になりますが、家内が夜中に突然激痛に襲われて近くの総合病院に運び込んだことがありました。私は「美味しんぼ」という料理漫画でこの「アニサキス」のことを知っていて、その日の夕食に食べた鮭の刺身にこのアニサキスが付いていたのだと運んでいる途中に思い至りました。 緊急に内視鏡を使ってアニサキスは取り除かれて、その後その白い木綿糸のような生物のアルコール漬けを見せてもらいました。私が先生に「アニサキス」だったのではないですか、と聞くと「なぜ知っているの?」と驚かれた記憶があります。 私と娘も食べていたのですが、内臓の働きが悪かった家内だけがアニサキスを殺せなかったので発症したようでした。 昨晩の夕食に鮭の刺身が出たので、思い出してしまいました。家内も娘も15年以上前のことなので忘れて食べていましたが、女性は鮭が好きですね。私は食べながらビクビクしていました。せめて一度冷凍してくれ・・・。
2012年05月09日
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ホメオパシーがひどい社会的バッシングを受けて衰退しかけているという状況を北陸のホメオパスの方からお聞きしました。一年半ほど前にそういう状況が発生したそうで、ご苦労されているようです。 出る釘は打たれるということわざの通り、社会に認知してもらおうという新勢力にはこういう試練はつきものなのかもしれません。 私はホメオパシーは希望の光のように感じています。正しい使い方やその成分や療法に対する正確な認識が成されていないとインチキくさく感じる部分があるかもしれませんが、心の領域に迫る部分がその処方にあるような気がして興味が持てます。 ただ代表者の方のカリスマ性に頼っていたり、診療代が高価だったりと疑問点が無いではないようです。草の根的な活動を地道に続けていくことが大切なような気がします。 部外者の立場で批判的なことを言っていても卑怯なだけですね。少しずつ援護射撃をしていけたらなと思っています。
2012年05月08日
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お医者さんの卵である彼女を氣視すると聖徳太子が守護していることがわかりました。珍しい守護神様なので、色々と眺めていると太子の逸話から彼女が耳鼻咽喉科と大脳の医学に進むべきだというメッセージのようなものが伝わってきました。 そしてもう一つ太子にまつわる有名な文言から「和をもって貴しとなす」というものが伝わってきて、今彼女が周りと仲良くやっていくべきだという意思も伝わってきました。 施療後彼女にこういうメッセージをお伝えすると、彼女が医学に興味を持ったきっかけがやはり耳鼻と大脳に対する興味だったということがわかりました。聖徳太子様がずっと前から彼女を導いていたようです。 やはりどんな方にも守護し導いていってくださる霊体がおられるのですね。ありがたいことです。
2012年05月07日
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時々、自分自身を実験台にして健康に良いものと言われているものを試しています。 現在は「ノニジュース」の実験中。 いや、それにしても日本一まずいです。こんなにまずいものがあるのかというお味です。 でも、ポリネシアの海洋民族の人たちはこの「ノニ」を船に積んで大航海を行ったわけで、何がしかの凄い栄養素が含まれているはずなのですが・・・。でもこんなにまずいものを毎日飲んで船を操っていたのでしょうか。 これで二週間ほど飲んでいますが、なんとなく感じるのは身体の新陳代謝が上がっていくような感じがすることです。身体の芯が温かくなっていくような感じです。もしかしたら体重も減るかもしれないなぁなんて思いながら試しています。 実験結果は一本飲みきったときにご報告しようと思っています。
2012年05月06日
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優しい心根を持っておられる方に限って雑霊やら浮遊霊に取り憑かれることが多いようです。そういう方にはきちんと守護霊さんや守護仏様が就いて守っておられるので滅多なことは無いのですが、そのやさしさは灯台の光のようにそういう邪霊を引き寄せてしまうようです。 ご本人が弱っていたり、心に少しでも歪みがあったりすると守護霊さんや守護仏様のご加護から離れてしまうので、そういう時に取り憑かれることが多いようです。 「優しい」という心は本来素晴らしいものです。人の心が優しさに満ちているからこそ人の世も捨てたものではないということになっているのですが、浮遊霊たちにとってはそういう魂は自分たちを救ってくれるのではないかという希望にもなったりします。 私が見つけた場合は相手の素性を確かめて説得するか、祓ってしまうか、観世音菩薩様や地蔵菩薩様に導いて行ってもらうことにしています。 優しい魂をお持ちの方、少しでいいので「強い意思」というものを心の芯に持つという修行をしたほうがいい場合もあります。優しいだけではご自身も周りにもご苦労をかける場合があるように思います。
2012年05月05日
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お釈迦様が出家された原因となった「人の宿業」と言われる四つの物事がこの「生老病死」です。 人は何故生まれて老いていき病になり死んでいくのか、どれ一つ取っても答えが出ていない物事ばかりです。 私の仕事はその中の「病」というものを深く考えることが主たることなのですが、なかなか解ることは少ないです。原因の一つが心の中にあることだけは段々とわかってきました。心のありようが身体に反映されるのであって、「病」というのは心の主張が身体に映し出されている部分が多いのだということは解ってきました。 「訳もなく」何かが起きるということはほとんど無いのだということ。人には理解できない大きな存在が何かを知らしめるために何かを起こしているのかもしれないと思います。 人というのは愚かな生き物なのかもしれません。何かを解っていると言っていても、この「生老病死」の一つさえも解っていないようです。
2012年05月04日
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昨日の休日は映画を見に行きました。「ジョン・カーター」という映画です。原作はE・R・バローズで学生の頃夢中になって読んだものです。何年か前に復刻版が出版されていたようです。 地球の青年兵士が突然火星に転写されてしまうという奇想天外なストーリーですが、なんとなく「哀愁」のようなものが漂う作品なので好きでした。 映画は原作に忠実に作られているわけではありませんでしたが、なかなか見応えのあるものでした。CG技術の発達ぶりには本当に驚かされます。観客が私と同世代の人たちが多かったので、この人達もやはり原作にはまった人たちなんだろうなぁと何だか嬉しいような感じでした。 原作は何作も作られているものなのですが、噂ではアメリカではこの映画興行収入があまり伸びなかったようなので、続編が作られることは望み薄なようです。 まだまだ続きが映画でも見たかったように思いました。
2012年05月03日
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日本は古代から多神教の国だと思っています。世界でいうとギリシャやエジプト、インドなども多神教が根付いた国々です。 氣視している過去世の中に現れてくる世界がこういう多神教の国であることがとても多いことに気づきました。推測ではありますが、多神教というのは「自然」のエネルギーの様々な形態を神としていることが多くて、それが「氣」を元にしている輪廻転生のシステムときちんとリンクしているのではないかと考えています。 一神教の世界、イスラム国家やアメリカなどの多神教を経験していない国での過去世というのは視えることもあるのですが、何だかあまり良い過去世になっていないことが多いです。自然の中にある「生命の流れ」に逆らっているような気がしてなりません。 宗教を差別するつもりは全く無いのですが、「自然」というものをどう捉えて生きるかというのは人の「生命の流れ」にとってとても重要なキーポイントになるような気がしています。
2012年05月02日
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夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 「あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきに菅(すげ)の笠」 という唱歌で歌われている今日この頃です。ネットで調べてみると遅霜が発生して農作物に被害が出ることがあるのが、この頃だということで農家の方に注意を喚起するために作られた「雑節」というものらしいです。 若葉が生い茂り自然は元気にあふれる季節です。過ごしやすい季節ではありますが、体調を崩しやすい時期でもあります。衣服をうまく調節して過ごしていくようにしたほうがいいですよね。
2012年05月01日
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