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そのメッセージは何度もトラブルという形を借りて私の元にやってきていました。 最初は電話回線が断絶するという形でした。NTTに来てもらって修理してもらったところ壁面の回線端子の部分が湿気で錆びついてしまって接触不良になっていました。 次はワイヤレスのインターホンが鳴らなくなり調べてみるとやはり電池の端子の部分が湿気で錆びついて接触不良になっていました。 接触不良?フト考え直してみると最近「氣」を視るときに視えにくくなっていたのも接触不良なのかなと気付きました。 触れている「手」に意識が入り込んで錆びついていたようです。メッセージなんだなと気付きました。すぐに「手」の心理的リフォームを開始しています。いつの間にか錆びついていたんですね。
2012年02月29日
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NHKの番組「ヒューマン」から再び衝撃を受けました。心理学者の実験で二人の人に無作為に富者と貧者になってもらい、富者には80ドルを渡し貧者には30ドルを渡す。その後に富者に50ドルをさらに渡すと富者の快楽を感じる大脳の中枢は少し活動的になるらしい。 しかし、今度は貧者に50ドルを渡すと何と富者の快楽中枢は以前よりも激しく活動的になることが分かったというのです。 人は「平等に分かち合う」という行為に快楽を感じるように作られているというか、進化してきた生き物なのらしいのです。 それなのに現代社会の貧富の格差は増大の一途を辿っています。それは人の本能に反する流れなのでしょう。人が自分の心に素直に生きているのであれば、このような格差社会は生まれていなかったのかもしれません。だからと言って「共産主義」や「社会主義」が良いとは思いませんが・・・・。 「自由」であることということを人はもしかしたらはき違えて理解してしまっているのかもしれません。自分の「執着心」に対して自由になることを本当なら目指していくべきなのではないかなと思ってしまいます。
2012年02月28日
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最初に視えたのはパタパタと空中を飛び回る白いものでした。それが段々掃除に使うハタキだとわかり、しかもその中に赤いものが混じっているのが視えてきました。 掃除をしているおかみさん・・・そして段々家業が視えてきて米穀と雑穀を扱うお店でしたる米の精米、当時は米搗きと呼んだのでしょうか。お客様に頼まれて玄米を精米して売っていたようです。それ以外にも小麦やら大豆やら稗や粟なども売っていたようでした。 商売柄店内には細かな粉が舞い散ります。それが室内のあらゆるものを粉被りにしていきます。それでも埃と違って商売ものの粉ですから、おろそかには出来ず、紅白のおめでたい柄のはたきで掃除をしていたようです。 何故こんな光景が視えたのか?彼女の現世でのお仕事の中で発生してくる様々なトラブルや出来事も大切なものだから大事に一つ一つ処理していくようにという意味なのでしょうか。伝えているメッセージが複雑すぎて私にもよくわからない感じでした。 霊界と呼んでいいのかどうかはわかりませんが、氣の情報にはわかりにくいものが多いようです。
2012年02月27日
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風邪のようなものを引きまして、マイミクの女性が書いておられた「氣の調整」というやつで治してみようかと思い、試してみました。 自分の「氣」の量や流れはそんなに強いものではなくて、小さくて弱いものなので病気の元を追い出すだけの力になるのか疑問でしたが、とりあえず試してみました。 自分の中の「氣」の流れをイメージでコントロールして病気の元が溜まっている箇所にぶつけてみて、まず病気の元の塊を分解して、身体の中に流しました。 次にその氣を誘導して手のひらの「人穴」と足裏の「地穴」から排出。二十分ほど続けていると身体の熱が急速に下がって行きました。 でも、この作業の前に「こんな風邪なんかに負けねえぞ!」という強烈な氣の爆発を身体の中心部でさせていましたが、意外とこれが重要なのかもと思いました。もちろんこの時に大切なのは下品な話になりますが、肛門に力を入れて引き締めるのが肝要です。 風邪は何だか回復しつつあります。
2012年02月26日
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今日は家内の誕生日です。よくよく私のようなものと長い年月我慢してお付き合いしてくれたと思います。身体があまり丈夫ではなかった彼女ですが、最近は私よりも丈夫だし、健康に気遣って毎日ワンコの散歩も行っているから、顔色もすこぶる良いようです。 多分私よりも十分に長生きすると思います。平和で幸せな日々が彼女に続きますように。
2012年02月25日
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子供の頃の思い出なのですが、デパートの屋上へ遊びに行くことがとても楽しかった思い出として残っています。ディズニーランドも遊園地もありませんでしたから、デパートの屋上のレジャー施設が唯一子供が有料で楽しめる場所でした。 デパートへ行けば食堂でお子様ランチやホットケーキなんかも食べれるし、その後は屋上の遊戯施設で遊べたものです。子供にとっては夢のような時間だったと思います。 金沢には大きなデパートは二店舗しかなくて、そんなところに遊びに行けるのは年に何回かに限られていました。 それでも今も思い出すと懐かしい楽しさが心に溢れてきます。小さなモノレールや観覧車なんかもあったような記憶があります。 そういう懐かしい楽しさを思い出すと心が何だかとても軽く楽になるような気がしてきます。
2012年02月24日
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その方を氣視してみると背後に青々と茂った枝葉を持つ「ご神木」が二本堂々と聳えていました。 彼女を守護していられるのはそのご神木のようで、二本ならんで立っている姿から夫婦の木のように思いました。 立派に繁った緑の葉の間からサワサワと葉擦れの音を響かせて気持ちの良い風が彼女の魂に向けて吹き寄せてきていました。 「頑張れよ、いつもこんな風に爽やかな風を送っているよ。」そう言っているようでした。 こういう守り方もあるんだなぁ・・・そう感じました。彼女には視えたままをお伝えしました。ちょっぴり疲れていた彼女の心が和らいだように思えました。
2012年02月23日
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中学生の頃、母親が営んでいた料亭の皿洗いをしていました。高度経済成長の真っ只中ですから、飲食業は大流行で猫の手も借りたいという状況で毎晩駆り出されていました。 調理場の片隅で怖そうな板前さんのそばで邪魔にならないように下げられてくるお皿を懸命に洗っていました。お皿はほとんど割ったりしなかったので、皿洗いの腕は良かったのかもしれません。 その後、その怖そうな板前さんが作ってくれた天ぷら定食を食べさせてもらったことがあって物凄く美味しくてびっくりしました。その板前さんは材料をとても贅沢に使うので母は経営者として困っていましたが、料理の腕はとても良かったように思います。お客様も皆、調理場に顔を出して「美味しかったよ。」と声をかけて行っていましたから。 調理場は常に床に水が流れて、周り中が水浸しのような感じがして「そうか、こんな感じなので水商売っていうのかな?」なんて思っていたものです。
2012年02月22日
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日本は島国で周りをすべて海に囲まれています。それによって外敵を拒んで単一民族でこれまで繁栄してきました。 しかし、海は恩恵を与えるだけではなく先だっての大震災のときのように大災害も及ぼすし、また様々なものを漂着させても来ました。 最近、日本の海の神様たちが忙しく立ち働いているのを感じます。何かに備えて防衛ラインを作っているような、また人間の注目を浴びて注意を喚起しているような動きを感じます。 住吉三神は私の産土の神でもあるホンダワケ命様とも縁の深い神様なのですが、海神として今最も働いている方達のように思います。 海に注目していかなければならない今年一年のような気がします。
2012年02月21日
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母の元に詐欺まがいと思われる「ソウケン」とかおっしゃる方達が連日電話をかけてくるそうで、母は「こんなものに引っかかるかい」と平気な顔で対応していました。 先日は電話口に出るや否や「ごきみっつぁんでございみす♪なんたらかんたら♪」と金沢の方言の民謡をひとくさり唸って聞かせ、「今度掛けてきたら最初から全曲聞かせてあげるわいね。」と言って電話を切ったそうで、大笑いしていました。 80歳ですが、まだまだ呆けていないしゃきしゃきの母のようです。
2012年02月20日
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以前にも書いたかもしれませんが、私がフト思い出しては歌っている二つの歌のうちの一つがこの「泣いてたまるか」という?歌です。 子供の頃に観たまだ白黒テレビだった時代のドラマの主題歌で主演の渥美清さんが歌っていました。 「空が泣いたら雨になる♪山が泣いたら水が出る♪俺が泣いても何にも出ない・・中略・・泣いて泣いて泣いてたまるかよ♪夢がある」 こんな歌詞だったように覚えています。 高度経済成長の絶頂期かまだ創生期の頃のテレビドラマでしたが、とても印象深く特に歌が好きで何度も口ずさんで覚えたものです。 別に何か苦しい事や辛いことがあるわけではないのですが、時折フト思い出して口ずさんでしまっています。
2012年02月19日
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古代の人々は神様をどんな風に感じていたんだろうと思います。森の中や水辺に入って行ったときに何か厳かな気配を感じ取って、そこに人以上の存在がおられると思ったのかもしれません。 森の中で白い小さな花が山ほど咲き誇っている姿を見て、そこに可愛らしい神の存在を感じたのかもしれません。 少なくとも現代の我々が感じ取っている雰囲気よりもより深く強く鋭くそういう雰囲気をわかったのではないかと想像できます。 それでは神様はそんなに厳かに畏敬して遠ざけておくものだったのか?そうではないように思います。 共に生きていくもの、守られていることを感謝し、心の中に自然から与えられたすべてのものに感謝する心を絶やさないようにするためにも必要だったものが「神」という存在だったように思います。 神様も様々なお方がおられて、フレンドリーな方もおられれば、意地悪な方もおられますし、もちろん畏敬し怖れ奉らわなければならない方もおられます。神様を軽軽に扱うことはもちろん慎まなければならないことですが、あまりにも崇め奉って別のところに置いておくこともしないほうが良いように私は全く個人的には思っております。
2012年02月18日
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霊的な世界に出てくる「桃」は邪気を祓い、鬼を遠ざける神聖なもののように思われます。 例えば白南天の実はとても喉の痛みに効きます。枇杷の葉は身体の痛みやそのほかにも万能に効きます。 植物というのは動物にとってとても大切なもののように思います。人のそばに在って、何を語りかけるでもなく繁栄している植物たちですが、あらゆる意味で人にとってなくてはならないものなのだと思います。 動植物の絶滅危惧種というものが少しでも減って行ってほしいと思いまする今、桃が霊的に退けたいと思っている「鬼」が「人」というものにならないように願うばかりです。
2012年02月17日
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我が家の月一の餃子大会。餃子の皮だけは市販のものですが、これも家内が吟味して美味しいものを選びます。タネは全部手作りで、昨晩の場合はニラが高騰していたので白菜とチューブ入りのにんにくを大量投入しました。家内と二人で皮に包んでいき、焼くのは私が担当します。 フライパンを高温に熱して油を余計目に流して底一面に餃子を敷き詰め、まず軽く焦げ目がつくまで焼いていきます。茶色く焦げ目がついたら水を投入してすぐフタをします。三分から五分蒸らして焼き上げ完成です。 我が家では一人30個弱食べます。食べ過ぎですね。でも外食の餃子よりも何よりも我が家の餃子が美味しく感じられるのは焼き立て作り立てだからでしょうか。
2012年02月16日
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ドイツの南西部に広がるモミの木を主とした広大な森を「黒い森」と呼びます。 昔から何故か心惹かれています。 その深い森の中に迷い込みたいという変な願望があり、そこに自分の魂の大切な部分が隠してあるようなそんな記憶があります。妄想なのでしょうが、過去世の記憶なのかもしれません。 北海道に冬期に訪れた時に広大な森を見て懐かしい気持ちになりましたが、それはドイツの黒い森に近いものを感じたせいなのかもしれません。日本の中では北海道くらいの緯度でないとドイツの森の雰囲気は感じられないのかもしれません。 黒い森に何があるのか、いつか訪れてみたい場所の一つです。
2012年02月15日
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自分の身体を知るということは健康を保つ上でとても大切なことだと思っています。 こういう仕事をしている関係で様々な健康にかかわる情報を知ることになり、自分自身の身体の状態と言うものも普通の方達よりはわかるかなというくらいになりました。 お医者様の不養生ということわざがありますが、あれは知りすぎているという過信からくる油断なのではないかと思います。自分の身体の状態わよく知るということはとても大切なことだと考えています。 以前にも書いたかもしれませんが、私は半日断食という健康法を続けていますが、これは朝食を摂らないで代わりに柿の葉茶を飲むという手法です。私の場合は胃や十二指腸がそんなに強くない体質だということがわかっているので、朝の身体がまだ半分眠っている状態で食事を摂るということが身体に負担になると考えたせいです。 そして最近思うのが「腸内環境」の重要性です。大腸内の善玉菌をいかに増やして腸内環境を良くしていくかが健康にとってとても大切だと考えています。免疫力やアンチエイジングにとっても重要な課題なのだろうと思っています。 自分に合った乳酸菌をきちんと見つけて摂取することが良いのではないかと思っています。 他の人にとって不健康と思われることが自分にとっては健康につながるということもあります。その人その人に合った健康法を知ることが大切なのだろうと思います。
2012年02月14日
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チェロを本格的に弾かれているプロの女性がお客様におられます。彼女を最初に氣視したときは彼女のことは何も知らなかったのですが、宮沢賢治の「セロ弾きゴーシュ」の物語が全体に流れて、あの童話をもう一度追体験したような気持ちになりました。 その時は、そのお話をして彼女がチェロ奏者だと知りそれ以来常連となってくださって、私も彼女のコンサートに何度かお邪魔させていただいています。 彼女の弾く楽曲を聴いていると、彼女の人柄が滲み出ていて優しいけれど厳しい音楽に対する姿勢が感じられます。 先日彼女の施療をすると「重み」という感覚が視えました。彼女の音楽に変化と進歩の時期が来て、人生においても何がしかの「重み」が加わって来ているのかなぁと思いました。音楽において人の心を揺さぶるには「重み」というものも必要なのかもしれません。 私は器楽才能がゼロの男なのでクラシックは大好きなのですが、深い技術的なことはわかりません。でも、奏者の方を知ると音楽と言うものの底辺にあるのはその人間性なのだなと思うに至りました。
2012年02月13日
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インフルエンザが流行しています。我が家では全員ワクチンは何か月も前に接種済みなのですが、それでも罹患しないとは限らないので注意して手洗いとうがいを励行しています。 母などは高齢なこともあり、週に二回はデイサービスなどの多くの人が集まる場所に行っていることもあり特に注意しているようです。 冬は寒さもあり身体の免疫力も落ちがちです。昔からの教えに冬は睡眠時間を平常よりも二割増しに取りなさいというのがあります。冬眠ではないのですが、冬の期間は長めの睡眠時間わお勧めします。 お風呂などにも長めに浸かり、塩分や肉類も余計目に摂って体の中から温めるのが良いと思います。 きちんとした「手洗い」とうがいの励行。冬の間は気を付けたいものです。
2012年02月12日
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勝手に日本の山の神様の総大将のような存在だと思っている神様です。しかも勝手に眷属はお猿さんだと思っています。 時々霊視(氣視?)をしているとその方の魂に重なってお猿さんの姿が視えることがあり、この方は大山咋神様の系統なのだなと勝手に解釈しています。頭の良い方が多く、独断的ですが情に厚い傾向の人のような気がしています。 もちろん狗神系の方達と相性が悪くて、しかし稲荷系とは共存しておられるようで不思議な位置関係におられるようです。 金沢では兼六園の近くの石浦神社がこの神様を祀っておられるようです。
2012年02月11日
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日々雑事をこなしています。毎日細かい用事の連続で、それらを少しずつこなしながら日常が続いていきます。 人生の出来事と言ってもそんなに大きな出来事が頻発することもなく、日々淡々と過ぎていくようです。 マスコミが発達して世界中や日本全国の出来事が一瞬で知れ渡るようになりました。大きな災害に心を痛め、誰かが誰かを殺害したなんていうニュースが一瞬で全国を駆け巡ります、そのことにそのたびに心が苦しくなります。 それでも個人としての私の生活は淡々と進み、日々何かを成し遂げるわけでもなく雑事をこなしながら進んでいくわけです。 被災地に「ウルトラ警察隊」という全国からの若い警察官の方達が派遣されて被災地の復興の一助となるのだそうです。明るい、そして楽しいニュースと言えるかもしれません。日々の雑事の中に、こんな楽しくなる希望をちょっぴり含んだものがあると一日が少し明るくなりますね。 主婦の方達はもちろん毎日大量の雑事を懸命にこなしておられるわけで、その一人ひとりの毎日が少しでも明るくなるといいなぁと願っています。 一人ひとりのお客様に接するお仕事は決して雑事ではなく、一回一回が真剣勝負で「覚悟」が必要な大切なものです。それは全ての人達に共通していますよね。
2012年02月09日
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母から貰った蝋梅を院内に活けてあります。とても良い香りがします。こんな寒い冬の、白い雪景色の中に黄色の花が咲いている姿はとてもけなげに可憐に見えるものです。
2012年02月08日
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子供の頃の遊びのひとつです。 子供達は皆、つばのある帽子をかぶっていて、つばを前にしている人がカンチョウ(艦長)で、横につばをしている人がボカン(航空母艦)で、つばを後ろにしている人がスーライ(水雷艇)でというわけでカンチョウはスーライを捕まえられて、スーライはボカンを捕まえられて、ボカンはカンチョウを捕まえられてという三すくみの状態が設定されていて、あとは「鬼ごっこ」のような形になり、年齢がバラバラでもこのルールが理解できれば何人でもいっしょに走り回って遊んでいられたものです。 私の子供の頃は町内に子供達が何人もいて、遊ぶ仲間には事欠かず、力はもちろん皆有り余っていましたから、こんな遊びをしながら運動神経を鍛え、人に命令する楽しさ、命令される面白さを感じていました。 今の子供達にはこんな機会はあるんでしょうか?多分私達とは違った仲間とのつながり方があって、きっと楽しんでいるのかもしれません。
2012年02月07日
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ふと考えてしまいました。私は今、55歳ですから後どれだけ生きたとしても20年が限界だろうと思います。もし、万一家内が先に亡くなったりしたら(全くあり得ない話で彼女は多分90歳ぐらいまで生きるでしょう)私はきっといっしょに死んでしまうことを考えるかもしれないなぁと。 でも、多分自分で死を選ぶなんて出来ずにズルズルと生きて行ってしまうんだろうなぁとも思いました。 55歳になって身体のあちこちが少しずつ弱ってきたりガタついてきたりすると寿命というか「死」というものを意識し始めます。唯一の望みは愛する家族と出来るだけ長く一緒にいたいということでしょうか。今年80歳になる母とはもうすぐ別れがやってくると思います。母を見送り、その後は家族で出来るだけ健康に細々と生活していけれれば幸せなのですが、「死」というものの本当の実態がわからない限り生きるということに執着せざるを得ないというのが人間という生き物なのかもしれません。 人や生き物に共通して流れている「氣」という目に見えないもの、その何かを掴めるようにはなりつつありますが、それが「生命」や「死」というもの、「輪廻転生」というものとどういう関わり方をしているのかはおぼろげにしかわかっていません。人の魂が「氣」というものの凝縮したものであったり、その流れの結節点であったりするのだとしたら、人の「死」というのは一種の「解放」なのかもしれないとふと思います。 「よき解放」を得るには生きている間に「氣」というものをより深く強く練りこまなくてはならないのかもしれません。それが「よりよく生きる」ということなのでしょう。そう思います。
2012年02月06日
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何日か前から聖徳太子様にご縁が深い方が来院されるかもしれないという予感がしていました。偶然が重なり、図書館で借りた本やらたまたま見たテレビ番組が法隆寺のものだったりして、「来られるぞ、来られるぞ」と前触れのようなものがあったのです。 そして、その方の「氣」を視ようとしたら救世観世音菩薩の御姿が視野いっぱいに広がってバーンと・・・この方なんだなとわかりました。 聖徳太子には四人の妃がおられたそうですが、そのうちのお一人が彼女の前世だったようです。夫である太子の抱いておられた高い理想と衆生済度のお気持ちを強く共有されていたようで、今世の彼女に対しても「その命を使って人々を救い導き愛してあげてください。それだけの尊い命を頂いて貴女は生きているのです。」と伝えてきました。 穏やかな悟りを開いた方のように感じられましたが、御身体のほうはそれほど丈夫な方ではないようでした。それでも、愛に溢れ、愛に恵まれて、特に身寄りのない子供たちへの愛を強く意識されておられるようでしたので、これからはボランティアでそういう子供たちと関わっていきたいとおっしゃっていました。 命を使って生きるということは何事にも必死の覚悟があるということなのですが、それを現世の執着から離れて行うというのは大変なことです。 でも、彼女には救世観世音菩薩の守護がありますからきっと大丈夫だと思いました。
2012年02月04日
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気温が氷点下なので、室内で今パソコンに向かっていますが、手指の先が冷たくかじかんでいきます。外の雪はサラサラで地面は固く凍りついています。明日は立春ですが、この時期が逆に一番寒い時期なのかもしれません。 大雪のピークは一旦過ぎたそうですが、来週半ばにもまた大雪の気配が・・・。金沢市内中心部はまだそんなに積雪はひどくはなく、積もっているところで30から40センチほどです。私の子供の頃はまだずっとひどく積もったものでした。子供だったから大雪も楽しくてしょうがなかったように覚えています。今のように除雪の辛さも知らず、車を持っているから雪道のひどさもわかりませんでしたからね。 インフルエンザも流行しています。皆様お体には十分お気を付けください。
2012年02月03日
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「心にあることは、必ず形にあらわれる」形のまえに心がある。まことを傾け、一心に続けたことは、いつか必ず成果に結びつく。 標語カレンダーの日めくりの一言です。 心が後ろ向きで下ばっかり見ていると身体が猫背になり、肺が圧迫され肺経という経絡が虚になります。すると呼吸が浅くなり、ますます気分が落ち込んで行きます。心が落ち込んでも背筋を伸ばして真っすぐ前を向いて生活していれば、段々心も明るく澄んでいきます。 腹を立ててばかりだと肝経というストレスをコントロールする経絡が弱ってきて、ストレスがますます辛くなっていき、怒りが自分にも周囲に対しても増えて行ってしまいます。「短気は損気」というのはまさしくその通りだと思います。 心が身体の状態を作り出し、身体の状態がまた心の状態を作り出していきます。まず心を良い状態にし、姿勢を正して、身体をコントロールしているのは自分の正しい心なんだと思い込むことが大切なのだろうと思います。 寒い日々が続きますが、心も冷え込ませて縮こまらないようにもうすぐ「立春」です。春がもうそこまで来ています。心を春にしていきたいものです。
2012年02月02日
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図書館へ本を返しに行くと、途中に玉川公園という大きな公園があります。ここが江戸時代には「長家」という加賀藩の有名な重臣のお屋敷跡だという表示が立っています。 一辺が百メートル以上もあるような広大な土地が一族の屋敷跡なので、その広大さに驚かされます。加賀八家と呼ばれる八氏族が加賀藩では有名な重臣としていたようなのですが、その中でも「長家」は中々特殊で数奇な運命を経て加賀藩の重臣となった一族です。 多分隣接する市立図書館も同じ敷地なのではないかと思います。だとするととてつもなく広大な屋敷地を拝領していたことになるようです。 時代小説ファンの私としてはそばを歩くたびに江戸時代の光景を想像する楽しみがある道になります。
2012年02月01日
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