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金沢城の本丸跡は今は公園になっていますが、それでもなんとなく植生が薄暗い感じで霊的には特殊な感じがする場所になっています。 元々何度も落雷からの出火で焼け落ちてしまって、結局前田家では天守閣も本丸も作らないことに決めたのですが、先日のブログでも書いたのですが、この北陸の地は雷がとても多い土地なので、高い建物を立てていれば必ず落雷は発生しただろうとは思われます。 ただ実際に訪れてみた本丸跡は、やはり何か特別な霊気を感じる場所でした。兼六園にもなんとなくマイナスの霊気が集中する場所があるのですが、それがこの本丸跡の闇に近い力を分散させるために作られたもののような気もしています。 今度一度しっかり本丸跡で氣視を試みてみようかなと思っています。
2012年03月31日
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先日の28日は母の誕生日でもあり、私達夫婦の結婚記念日でもあり、母は80歳に私達は結婚30年という節目を迎えました。 母は年齢の割には呆けもせず、身体も何とか自分で動かせているようで目出度い事です。 私達夫婦はいろんな波風を乗り越えてきましたが、家内の善良さと私の運の良さもあって乗り越えてこれたような気がします。私の運の良さは周りに助けられてのことで、今考えても目に見えない方達の助けが常に働いていてくださったことを強く感じます。 家内の善良さも大きな救いです。嘘がつけない性格というのは大変貴重なものなのだろうと思います。逆に言えば不器用で人付き合いが下手でもあるのですが、私にとっては家庭の中が安心できる世界になっていたことだと思えます。 多分これからも二人はいっしょにいることだろうとは思います。死ぬときには家内がそばで見守っていてくれるのかなと期待しております。多分家内は長生きをするように思います。
2012年03月30日
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最近は氣視(霊視)の内容が段々難しくなって、内容を理解するのが困難になりつつあります。施療した方にお伝えしていても自分も判らず相手の方もどういうことかわからずということもしばしばあります。 先日は神木が二本並んで立っているのが視えて、その前に賽銭箱が二つ並んでいてそこにもやもやと黒い煙のようなものがかかっているのが視えました。 どうもご両親のことを伝えているのだとはうっすらとわかったのですが、賽銭箱が邪魔なもの・・・という波動も伝わってくるしどうすればよいのかというヒントは全く伝わってきませんでした。 脈絡のない内容のメッセージであることは多々あるのですが、大抵判別がつくことが多かったのですが、最近は二重三重の意味が含まれていたり、現在と過去世がダブって視えたりと複雑になってきてしまいました。 審神者としての資質を問われているような気がするのですが、それほど才能があるわけではないのでちんぷんかんぷんの場合が多いようです。誰か霊的なメンターが出てきてくれないものでしょうか。それとも自分自身に修行を課すのがよいのかもしれませんね。
2012年03月29日
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朝から春雷が鳴り響いております。春雷と言えば中学時代に演劇部にいて初めて主役で舞台に出た作品名でもあります。自分で入部したわけではなくて、国語の先生にスカウトされて無理やり入部させられ、女子ばかりの中に私一人が男でやりにくかったです。 金沢市の演劇大会のようなものに出場して・・・後はご想像にお任せします。 何だかほんわりとした思い出として記憶に残っている「春雷」という単語です。
2012年03月28日
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誰しもが時々陥ってしまうのが「孤立感」とか「孤独感」とかいう感覚かもしれません。 たくさんの人達に囲まれていても自分は一人だと思ってしまう瞬間があるようです。 そんなことを考えていたら思い出したのが先日のブータン王国の人達でした。貧しい農村でも各自の持家がやけに立派なので聞いてみると、それぞれの家は全て村人が集まって建てたということでした。夕飯の時間になれば近所の人達が自然とその席にいてご飯を食べているなんて当たり前で、若者たちも都会に出たいなんて全く思っていなくて、「この村が一番いい」と言い切っている。村や近所や家族が切り離せないほど密接に結びついていて、その中に「幸福」を強く感じている姿がブータンの人達の姿でした。 日本ではどうなのでしょうか。確かに物質的には恵まれた社会ですが、家族や地域の繋がりは段々薄れてきている部分もあるように思います。 ただ、日本人の霊的な感覚は変化と進化を遂げつつあります。目に見えない繋がりと言うものが人と人の間にあることに何かをきっかけに気づき始めているようにも思います。震災はそういう目に見えない結びつきを強く感じさせるきっかけになった部分もあるように思います。 ブータンの人達とはまた違った形で孤独感や孤立感の無い社会が生まれつつあるようにも感じられます。
2012年03月27日
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人々の霊的なチャンネルが閉じていることがよくあるようになりました。やはり、震災のあの悲惨な映像のショックなのでしょうか。心の深い部分で他の人と共感しようという感性の部分を閉じてしまう方もいられるようです。多分そうしないとご自身の魂が壊れてしまうほどのショックを受け続けることになるからかもしれません。 東北の放射能汚染による帰郷困難な方達の嘆きは大きな波動として国民全体の霊性に影響を与えているようにも思います。 目に見えない世界でもあの大震災の影響は続いているようです。日本の多くの方達が有形無形に応援と温かい気持ちの波動を送り続けているのは間違いない事なのですが、どれだけ経てば癒えることがあるのか私にもわからないことです。
2012年03月26日
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暑さ寒さも彼岸までと言いますが、彼岸を過ぎても寒い日が続いています。先日関東圏からおいでたお客様はあちらではもう桜が・・・とおっしゃっていました。 異常気象が当たり前になり、日本海側はこれからも寒い日々が続きそうです。風邪をひきやすくなっていて、しかも今の風邪はしつこくてなかなか咳が収まらない特徴があるようです。私の母もなかなか咳がおさまらず、私が漢方薬を調べて柴胡桂枝湯という市販のものを買い与え、これの飲用で収まりました。 私自身も風邪をひき始めてはエキナセアというサプリを飲み、治してという繰り返しを続けています。頭の中はもう春だと勘違いしているのかもしれません。 皆様も体温調整を気を付けて行われて、春の本格的な到来を待ちましょう。
2012年03月25日
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達磨大師とご縁がある方の氣視をしていたら、メッセージを頂きました。 難しい内容なのですが、「無知であることが究極の徳に結びつくのだよ。」というようなことでした。 そして、その施療のあとで録画してあったテレビ番組を見ていたらブータン王国の人々の様子が克明に描きこまれていました。 何だかシンクロする内容でした。物質文明に浸りきって、物欲を満足させることで「幸福」というものを得ようとしている私達の世界と、自分自身の心の中に大切な人とのつながりや満足感を見出しているブータンの皆さんの姿の対比は達磨大師のメッセージを裏打ちしているような気がしました。 モノの豊かさや便利さを「知る」ということと、地域の人達との深い信頼関係の中に自分自身の価値や心の豊かさのみを「知り深めていく」ということの差は本当の「幸福」というものがどこにあるのかということをなんとなく知らしめているような気がしました。 自分たちの土地にある季節に飛んでくる鶴たちのために自分たちが電気を引く電線を架けるのを止めようとするブータンの村人たちの心の豊かさは何なのだろうと思います。 「無知」というのは「知ろうとしない」ということではなくて「何を知るべきがきちんと見極める」ということなのかもしれません。
2012年03月24日
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ある方の施療をしていて氣視をしていると、遠くから小さな神様がやってこられました。多分あの神様だと思うのですが、細かく色々とアドバイスのメッセージを残して行かれました。 その中にあったのが、「お前は静かに怒っていることが多いから、自分では気づいていないのかもしれないが、心は相当ストレスに感じているから注意するように。」というメッセージがありました。 ご本人は気づかないうちに静かに「怒り」の感情が溜まって行って心を傷つけていることがあるようです。自分は冷静な人間だと思っていても、潜在意識は理不尽な出来事には敏感に反応しているということもあるようです。 施療後にお伝えすると思い当たることがおありだったようで納得されていたようです。 自分の心の動きが自分で見えていない場合もあります。気づいたなら半分解決したようなものなのですが・・・。この小さな神様に感謝したいと私も思いました。
2012年03月23日
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昨日の休日、家内と倶梨伽羅不動尊へ行ってきました。着いて本堂へ入るともう護摩行が始まっていました。 護摩行の炎をじっと見つめて、炎の中に不動明王の御姿を探してしまいました。和太鼓の大太鼓の音が本堂に鳴り響いて、腹の底へ浸み込みました。 護摩行が終わってご住職の説話があり、今日が弘法大師様が高野山で永遠の禅定に入られた日だと言うことを知りました。旧暦では五月頃になるらしいのですが、新暦にあらたまった時に三月二十一日になったのだそうです。 参詣客は平日ということもあって少なかったのですが、護摩行にぴたりと間に合ってお祓いをしていただけたことに感謝しました。お彼岸でもあったので、何かのお導きだと思っています。 倶梨伽羅峠の山頂付近はまだ寒く雪も所々に残っていましたが、肌を指す冷気は逆に清々しく心も体も元気になったような気がしました。
2012年03月22日
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ヤクルトを長い間愛飲してきました。しかし、腸内環境がそれほど改善しているとは思えなかったのですが、最近その人に合った乳酸菌とかビフィズス菌の種類というのは何百種類の中に幾つかあるのだと知り、多分ヤクルトに含まれている菌は私の大腸には合っていなかったのだろうと思い至りました。 そこで最近は植物乳酸菌ラブレというカゴメから出ている飲料に変更してみました。すると大腸の腸内環境が変化、改善していくのがわかるようになりました。もしかしたら自分に合った乳酸菌が見つかったのかもしれません。 まだ三か月ほどしか飲んでいないので確実なことは判りませんが、腸内環境が改善されると免疫力も上がるはずですし、何よりも便秘や下痢の回数が減るはずなので生活の質が高くなることは間違いないと思われます。 健康に携わるお仕事をさせていただいていて感じていることは、腸内環境の大切さです。その他の臓器・経絡も大切ですが、大腸はとても基本的な「身体の基礎」になるもののように感じています。 ご自身に合った乳酸菌なり善玉菌の元なりを見つけられるのが将来に向けての健康予防につながるように思います。
2012年03月21日
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今日の日経新聞のコラムでも書かれていましたし、先日は池上さんのテレビ番組でもアイスランドの地熱発電の運用状況が報告されていました。 日本は火山列島ですし、地下のマグマは大量に眠っているわけで地熱発電の開発や運用を進めることはとても大切なことだと感じています。 ただ、国立公園法という自然保護のための法律が足かせになっていたり、温泉地の方達が自分たちのところの温泉湧出に問題が出てくるのではないかと不安に思って反対したりとハードルは幾つもあるようです。 しかし、原子力発電に頼らないもしくは頼りたくないと思うのであれば地熱発電を真剣に検討しなければならない時期が来ているのだろうと思います。太陽光や風力では限界があるのではないでしょうか。もしくは電力を得る道筋は幾つも用意しておいたほうが良いようにも思います。
2012年03月20日
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はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る 石川啄木の句ですね。 日々の暮らしは楽なことなどほんの一握りしかなくて、後は辛い事や苦しい事が多いものです。 自分の手のひらをじっと見つめていることはよくあるのですが、この手は重いものや堅いものや柔らかいものや熱いもの、冷たいものや汚れたものをしっかりと掴んで何の文句も言わずによく働いてくれているとつくづく思います。 私はこの手を常に使う仕事をしているだけに、手への感謝は深く強いものがあります。人の生き様というのは手に現れると言いますが、手を大切にしていきたいと何だか思ってしまいます。
2012年03月19日
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娘との共通の趣味はバードウォッチングです。子供の頃からバードウォッチングには良く連れ出して、いっしょに双眼鏡をのぞいていました。双眼鏡の中に見える野鳥たちの色鮮やかな姿は誰をも魅了するものです。 ですから日々彼女からどこそこでこういう野鳥がこんなことをしていたという話が振られてきます。私も嬉しくなってうんうんと聞きまくるので、こういうときには家族で共通の話題があるというのはいいなぁと感じます。 家内と娘は女同士なので買い物やらアクセサリーやら共通の話題に事欠きません。父親にも娘との共通の趣味がある幸せというのはありがたいものです。 いつか厳冬期の北海道に娘と丹頂鶴を見に行くのが夢でもあります。
2012年03月18日
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今、ロバート・J・ソウヤーという人が書いたSF小説を読んでいます。三部作で一作目は「ホミニッド」という作品名なのですが、並行宇宙があってそちらの宇宙では現代人の祖先であるクロマニヨン人が絶滅していて代わりにネアンデルタール人が栄えて進化して社会を構成しているというお話で、そのネアンデルタールの理論物理学者が実験の途中でこちらの宇宙に紛れ込んできてしまうというストーリーです。 ネアンデルタールという人種はとても力が強くて全身毛むくじゃらで、額が突き出ていて、鼻が現代人の六倍もあって、でも作品の中では現代人よりも思慮深く社会構成もしっかりしていて、絶滅したはずのマンモスやリョコウバトも生存している地球を守って生きている種族として描かれています。 多分作者は現代人の作り上げている現代社会へのアンチ・テーゼとして描き出しているのでしょうが・・・人類学者たちの予想しているネアンデルタールが凶暴で言葉も作り出せなかったから滅んだなんていう結末を作者は否定しているようです。 私も何故かネアンデルタールは善良な種だったのではないかと思います。根拠はないのですが、現代に残る神話の中の巨人伝説というのはネアンデルタールについての種の記憶が生み出したものではないかとも思っています。 先住民族や絶滅した種に対して何故か優しい目を持ってしまうのは現代人の驕り昂ぶりなのかもしれませんが・・・。
2012年03月17日
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もしも高校野球女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら という映画をDVDでレンタルして観ました。 青春ドラマの部分はさておいて経済学者ドラッカーの考え方を高校野球に応用していく部分がとても面白かったです。 その中でも「単純でわかりきったような物事で正しいことはほとんどない」という経済学上の考え方が興味深かったです。今度ドラッカーを本格的に読んでみようと思いました。 物事の真理に近い部分は単純でわかりやすい部分に隠れていると思っていたのですが、経済学的な思考の中ではどうも違うらしいです。複雑により難解にしていく世の中の流れの中で「わかりやすい出来事」というのは間違っている確率が高いのかもしれません。それも一つの真実なのかもしれませんね。
2012年03月16日
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施療後の数分間は患者さんと氣が繋がったままの状態が続きます。施療は終わっているのですが、私の氣と患者さんの氣は繋がったままなので、そこを通して多少の事は読める状態になっているようです。 ご家族の事や恋人の事、仕事先の人間関係などが問われるたびに「氣」を通して私に伝わってきます。私は考える必要もあまり無くお答えすることが出来るようです。氣の情報というのはこういうときには便利だなと思います。 院を出てしまわれて数秒でこの氣の繋がりは消えてしまいます。多分距離には関係ないのでしょうが、気持ちが切り替わってしまうのだろうと思います。 氣の相性の良い方とは潜在意識の中で繋がったまま数か月ということもあるようです。 氣に対する感覚というのは研ぎ澄まされていくとどうなるのだろうととも思います。とても深くて面白い世界ですが、敬意を持って接していかなくてはならないものだとも肝に銘じて感じています。
2012年03月15日
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自分にとっての「幸せの形」というものを明確に思い描いている人というのは少ないのだろうと思います。 人にとって「幸せの形」というのはあいまいで抽象的なものなのかもしれません。 成功法則なんかにはこういう「幸せの形」を明確にはっきりと描くことが大切なんて書いてありますが、そんなに簡単に出来る事ではありませんね。 私の場合は「核」になるものだけは判ります。「幸せの核」はやっぱり「家族」ですね。これだけははっきりとわかります。愛する人達が中心にいてこその「幸せ」だということはなんとなくわかるように思います。 幸せをどう描いていくのか、それが人生の課題なのかもしれませんが、家族を核にして、そして自分よりも困っている人を助けられるのであれば助けて差し上げたいと願いつつ生きていくことが必要なのかもしれません。
2012年03月14日
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今朝は名残り雪が降っています。 名曲「名残り雪」私の大好きな曲です。でもイルカさんには申し訳ないのですが、私にとって「名残り雪」は伊勢正三さんの歌のものが好きです。 金沢の黒い瓦屋根の上が全て白くなりました。でも、きっと昼過ぎには消えてしまっているだろうと思います。春を待つこの季節の雪には希望と暖かさが含まれているような気がします。
2012年03月13日
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昨日は霊的な氣の流れが凄いことになっていました。日本中の人々の鎮魂の「氣」の大きな流れが東北に向かって大きく流れ込んでいました。 とても強く大きな「氣」の流れなので、私も影響を受けて氣を読むことがとても難しくなっていました。 国中の人達が皆、震災の地へ思いを向けて「安らかにお眠りください。貴方達のことは決して忘れません。ご家族の方達も何とか守れるように頑張りますから・・・」そういう気持ちの流れが渦巻いて流れ込んでいきました。 日本人の魂の根底にある同胞を思う気持ちというのはとても強いものなのだと改めて感じました。 忘れてはいけない。これからがまた再生の第一歩なのだという気持ちで東北の地を見つめていかなくてはならないと感じました。
2012年03月12日
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霊的な世界の基本メッセージは「闇に囚われるな」ということのように思います。 「闇」というのは「恨み、嫉み、妬み」そういう負の感情ですね。人を批判するのは健全なことのように思いますが、愛情が伴っていなければ必ず「闇」に引きずり込まれてしまいます。 私なども年に一二度「毒を吐く」という現象を引き起こしますが、これはガス抜きというか悪い感情の所産だと自覚しつつやっています。これはご勘弁ください。真っ白な紙というのは眩しすぎて私は苦手なのかもしれません。 決して「闇」の感情を持つなとは言っていないようにも思います。自覚しつつ染まりきってしまう前に脱却するように努めましょうと指示されているように感じます。 難しくしゃちほこばって礼儀正しくいなければならないのが、神前での姿勢ではないように思います。古代から人々は神の前で酒を飲み歌を歌い、踊りながらその存在を自分の中に少しずつでも取り込み、一体化しようとしてきました。 異質な神という存在を自分と同一化できないかとのた打ち回っていたのかもしれません。「自由」で「光を目指す」魂こそが神様と一体化できるのかもしれません。
2012年03月10日
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少しずつ雪も消えて暖かくなってきました。部屋の窓に貼ってあった断熱シートも少しずつ外し始めました。 今年は寒かったです。一日の最低気温が特別低いというわけではありませんが、全体の平均気温が低かったようです。そして北陸の冬の特徴なのですが、「湿気寒」と言って湿度が高い寒さが続きました。 地方新聞には亡くなられた方の一覧が掲載されているのですが、寒い朝にはお年寄りが数多く載せられておりました。そして、少し暖かくなった朝にも人数が増えていました。 お年寄りには乗り越えにくい寒い冬だったようです。私の母も80歳ですが、インフルエンザにかかり回復がなかなか進まず困っています。お灸をしたり漢方薬をいろいろ試してみたりしていますが、老齢でもあり抵抗力が落ちているのだろうと思います。 春はもうすぐそこまで来ています。花粉症が煩わしくはありますが、暖かくなるはずです。皆様「春」を楽しみたいですね。
2012年03月09日
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年を取ってくると段々一年がとても速く感じるようになってきます。多分、私の推測でしかありませんが、若いころはそれまでに経験している年月が短いせいで自分の中で比較して感じる時間感覚を司る経験値が少ないために、時間の経過を長く感じるのではないかと思っています。 年を経るとそれまでの時間経過の経験が蓄積されるために、それと比すると時間感覚が練れてきて短く感じるようになるのだろうと思います。 楽しいことをしていると時間の経過を早く感じますが、だとすると人生の経験というのは人生を楽しくしているのかもしれませんね。 辛い事や苦しい事悲しい事がいっぱいあるのが人生の常ですが、一年を段々と早く過ぎ去るように感じるのは人が本質的に人生を生きることを楽しんでいる証拠なのかもしれません。ちょっと強引な推論でしょうか。
2012年03月08日
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ユングという心理学者の方がおられました。心理分析の世界では伝説と言うかフロイトと並び称される方ですが、この方は「超心理学」という分野にも深い興味を持ち「共時性」や「マンダラ」の研究などもしておられたようです。 人の無意識の中に共通の世界が広がっていることを確実に認識されていて、私にはタオ指圧の遠藤先生と共通のものをこの方に感じています。 人の心を深く分析していくとフロイトという心理学者の方が言うように「性衝動」だけでは解決できない様々な要素があることに、このユングという人は気づき、そこに無意識の大海があることを発見されたようです。 その無意識の大海は東洋医学やタオ指圧でいうところの「タオ」という大きな流れを含んでいて、全ての人の心の底流をなしているものだと言うことだろうと思います。 ありえない話として捉えていただいても構わないのですが、人の無意識の中にあるエネルギーは現実世界の現実の出来事を形作っていく力を持っていると私は思っています。人によってコントロールすることは不可能ですが、人も生き物もすべての生命が持つ「氣」というものの属する世界が全ての森羅万象の動きや成り立ちを支配しているのだろうと私は考えています。 ある意味「人の心」の中にはすべての答えもあるのだろうと私は考えております。
2012年03月07日
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たまに見かけることなのですが、外見と魂の性質が極端に違っている方がおられます。 外見というか見た目はツンツンしたきつそうな性格に見える女性なのに、魂はとても優しくて涙もろくて情の深い性質を持っていたり、逆に外柔内剛というか見た目はとても女らしくて優しそうで人の言うことは素直にハイハイと聞いてくれそうな女性なのに、魂は(私が視ると)「頑固爺さん」に視えてしまう人だったり・・・色々です。 でも、そういう方達はなべて社交的に苦労されているようでやはり周囲におられる人達は外見からの印象でこういう人なんだろうと判断して接してこられますから、そういう周囲の人達の思っている自分自身とのギャップには心が疲れてしまうだろうと思います。 日本人は自分の本性をさらけ出すことを「恥」と感じる国民性のようなものがありますから、外見から判断されている自分が思っている自分とは違う自分として周りと付き合っていかなくてはならなくなるわけです。 人と人が本音で話し合い、お互いが分かり合えてからしっかりと付き合うような精神的な土壌がこれからの日本で生まれてくればいいのですが、なかなか難しいようです。逆にインターネットが普及して外見にとらわれないところからお付き合いが始まるのであれば、こういう外見と魂のギャップの問題は減っていくのかもしれませんね。
2012年03月06日
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彼女を氣視すると彩雲が巻き起こっているのが視えました。おめでたい吉兆ですから、未婚の彼女のことですから縁談でもやってくるのかなと推測しました。 彩雲は五色に彩られた雲でお釈迦様や観音様が表れるときに周りを彩っているものです。お不動様だと炎雲だし、弁財天なら水波の雲になります。多分人にとってのオーラのようなものが神仏の場合は雲のような形で視えて、それを表現しているのだろうと思います。 もうすぐ三月十一日ですが、東北にはきっと鮮やかで穏やかな彩雲がきらめいてくれるだろうと思います。
2012年03月05日
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当院に併設されている楽圧整体スクールの生徒の方が臨床クラスに進み、実際の患者さんを相手に練習させていただくことになりました。 謝礼等はありませんが、丁寧に施療させていただきます。もちろん指導者として私がそばで介助いたしますので、全く心配はいりません。生徒さんは女性です。 ご応募してくださる方はご連絡ください。メールでも電話でも構いません。双方のスケジュールを調整して再度ご連絡差し上げる形になると思いますので、ご連絡先と連絡にご都合の良い時間帯等をお知らせください。よろしくお願いいたします。
2012年03月04日
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先日机の中を整理していたら封筒に入ったお金が出てきました。何のお金か判らずそのままにしておきました。 そうしたら夢を見ました。三年前に亡くなった友人がはっきりとした姿で出てきました。 そうだ、彼の家にお線香をあげに行くときに持っていこうと取っておいたお金が机から出てきたお金の正体でした。 三月三日のひな祭りの日。彼には娘さんがおられたはず・・・忙しさに紛れてまだ行っていない彼の墓前。私の潜在意識はしっかりと覚えていて私に警告してくれたのかもしれません。早く彼の墓前へお詣りに行きなさいと・・・。 だらしない行動力のない私の姿に潜在意識もあきれているのかもしれません。
2012年03月03日
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私が大人になってから唯一怖かった思い出は白山の山中で感じたものでした。以前にも一度書いたかもしれませんが、白山登山道の中の釈迦新道という道の途中で、その時は単独行でした。 ブナ林の中で突然周りがシンッとしたと思ったら、風のわたる大きな音が背後からザワワワワァと追いかけてきました。天狗が大勢で木々の上を飛びわたっていくような「神気」のようなものが周りを包み込んでいくのを感じました。 「畏怖」という感情はこういうものなのだろうと思いました。人智を超えた山の不可思議な恐ろしさの凝縮したものが私の心に襲い掛かってきました。 私はその場でクルリと踵を返して下山しました。そんなにビビリなほうではないのですが、行く先に対して「行ってはならない」という大きな警告板が立っているような気がしたものです。 霊山と呼ばれる白山ですが、他の箇所では感じたことが無い「山の神気」というものを体感した体験でした。
2012年03月02日
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昨日は「ほがらか村」というJAが主催しているいつものスーパーへ行きました。 まずお米の値段が上がっているのに驚きました。家内が言うには、この北陸のお米は放射能の心配がないので少し価格が上昇しているのだということらしいです。 そしてピーマンの値段が跳ね上がっているのにも驚いてしまいました。この冬の寒さは異常だったので青物が軒並み高騰していますが、家内もとても驚いていました。 それでもまだ安い水菜などを購入して、青菜を確保できたと家内はほっとしていました。 震災の影響、この厳冬の影響が様々に出ている「値段」の世界です。シリアやイランあたりの情勢の影響も出始めて、今度はガソリンの値段も変化していくようです。 家内は趣味で株の売買をしているので、時々そういう株式関連のニュースチャンネルを見ているのですが、「値段」には世界中の動きによる変化が俊敏に映し出されているように感じられます。
2012年03月01日
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