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私達のそばに目に見えない形で就いてくださっている方達はいつも守っていてくださり、慈愛の心で包んでくださっているようです。 決して恨んだり呪ったりすることなどはありません。しかしその力は本当に僅かな力で在り、守られている者が気づかなければ何らの力にもならないくらいのものです。 それでも守り慈しんでくださっている存在は誰にでも就いてくださっているし、いつも見守ってくださっているものです。その存在を信じて感謝して生きて行くことが出来れば、必ず報いてくださる存在でもあるように思います。 現世で誰も助けてくれないと思っていても、必ず目には見えませんが守り慈しむ方達がそばにいて下さることだけは信じて生きて行くべきだと私は思っています。施療を続けていき氣視をさせていただく日々の中でこの事だけは確信しています。 魂というものの本質は他者への慈愛なのだと私は信じています。
2017年10月30日
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月の力というのは何気にすごいものだと思っています。 先日はニュースで月の地下に何十キロにもわたって地下空洞が見つかったということでした。以前から何故月に人口の基地を建設しないのだろうと思っていました。それは月という存在に何か不気味な力が存在しているせいなのかもしれないと思ったりもしていました。 月の光というのは人の精神に何か不思議な影響力を与えているような気もします。火星探査がやけに華々しく次から次へと行われているのに、月という身近な衛星に人の思惑が及んでいないのは何か意味があるのでしょうか? アポロ以来何も開発も探査も積極的に行われていないように思います。月になら地球から資材を運んで基地を建設するのも容易だと思うのに、どこの大国も計画すらしていないのは不思議なことです。 月の存在意味を考えてみる必要があるようにも思います。
2017年10月28日
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あちらの世界からは基本的に「あまり近づかないほうがいいよ。」という電波というか霊波のようなものが流れてきます。 それは霊的なものに対してのめりこんでしまうことの愚かさのようなものを伝えているように私は感じています。 霊的なものというのは現実世界の対極にあるもので、言い換えれば妄想や幻想に近いものを含んでいます。それにのめりこんでしまうことは人の精神を害する部分が大きいと思われます。 生まれつき霊能力を持っておられる人は厳しい修行をしてオンオフのできるスイッチを手に入れる必要があるのではないかと思います。そうでなければ精神が壊れてしまうのではないかと思います。沖縄のユタにしても、山岳修行者の方達にしてもそういうオンオフを儀式的に取り入れる機構を作り上げているように思います。 私は幸いにも霊能力などは元々持っていなくて「氣」というものを媒介にしての接触なので「氣」とつながらなければオフという状態になれます。それでも切断方法については強烈なものを二三霊界から教えてもらっています。そうでないと霊波の強力なものが来た時に精神の破壊が起きかねない場合があります。 霊界というのは現実界からすれば摩訶不思議な憧れる世界かもしれませんが、本来の人にとってはあまり必要ではない世界なのかもしれないと私は思っております。施療のために必要な場合のみつながるべきものなのかもしれません。
2017年10月26日
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何だか何度も書いてきた題名のような気もします。 結構な強風が吹き荒れて、様々なものが被害に遭いましたが、それでも金沢ではそれほど大した災害にはならずほっとしております。 被害に遭われた地域の皆様には大変だろうとは思いますが、復旧が早くなることをお祈りしております。 今朝の散歩で見た近くの二級河川である犀川は土砂交じりの濁流が渦巻いておりました。白鷺の群れが下流の群生地から飛んできていて、たぶん営巣していた木々が強風で被害を受けたのだろうと思いました。 台風一過で冬が一歩近づいたような感じがしております。冬支度済んでおられますか?
2017年10月24日
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「これからどうなりますか?」とお客様によく聞かれます。しかし私が氣視させていただいて視える未来は幾つもの選択肢の先にあります。 だからこういう未来もあるし、また違う未来もあるしということになります。「氣」の流れはどちらかに少しずつ違う強さで流れて行くようなので、こちらの未来の方が確率的に高いかなというほうをお話しすることもありますが、それはあくまで少し確率的に高いだけで間違いなくそうなるというものではありません。 そしてあまり楽しくない未来が視える場合は、そちらではなくて明るい未来の方をお話しする場合もあります。こうなるかもしれないと思って生きて行くとそうなる可能性が高くなることが多いからです。 人の未来というのはその人自身が築き上げていくものです。決して天から授けられるだけのものではありません。人が自らの手で摘み取っていくものでもあるのだと私は思っています。 未来を決めていく力が人にはあるのだと私は思いつつ、未来を視ています。
2017年10月22日
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とうとうストーブのお世話になる季節となりました。 秋の長雨と寒いとは言えないものの涼しいではないような気温で、室内でも灯油ストーブを一つ焚いておいてもおかしくないくらいの室温の日々です。 もうすぐ車のタイヤも冬用のものに交換しなくてはならないと思います。私にとっては好きな季節である冬なのですが、北陸に長く住んでいると冬を迎えるときにはある種の覚悟をする必要があります。それは長い間「雪」と戦ってきた歴史が生み出す北陸人としての習性のようなものなのかもしれません。 北陸の雪は重くて湿っていて簡単に動かせない代物です。そういうものと一年の三分の一の期間を付き合い続けるというのはなかなか大変なものなのです。 それでも私は何となく冬が好きです。
2017年10月20日
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健康の大敵、「欲負け」。 食欲に負けて、食べてはいけないものを食べてはいけないほど食べてはいけない時間に食べてしまう。「欲負け」です。これくらいなら大丈夫だろうという気持ちが原因なのだろうと思います。 それがコレステロール値を上げ、血糖値の習慣的上昇をもたらし、お酒が煙草が加わればますます肝臓や肺の細胞を痛め続けます。 ただ欲負けしただけで寿命も人生における生活の質をもグンと下げていくことになるわけです。 欲負けには「だらだら欲」というものもあります。身体を定期的に動かして運動をすることをしないでいいと思う「欲」というのがだらだら欲です。 これによって身体の循環系統が弱まっていきます。大脳の働きも鈍ります。肌は荒れ、老化が進みいつのまにか見た目年齢が下がっていきます。もちろん肥満度も上がります。 だらだら欲はあまり欲として意識されませんが、怠けていたいというのは立派な「欲」だと思います。出世欲や過度のポジティブシンキングが良いとは思いませんが、前向きに心と身体を活かしていくということは大切なことです。 過度の食欲とだらだら欲、これは健康にとって大きな敵だということは間違いないと思います。
2017年10月18日
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過去世を視させていただいていると、時々視えるのが孤児たちの世話をしている女性の姿です。 過去世の魂の遺される魂の情報の条件として「功徳」というか「博愛」というかそういう価値が評価されるのですが、その中に孤児たちを慈しんで世話することが当てはまるようで、よくそういう姿を氣視で見かけます。 戦争や流行り病、凶作などの場合に残される子供たちというのがいつの時代にも大量にいるものだったようで、そういう者たちの世話をきちんとするのが元気で少しは恵まれたものの義務だったのかもしれませんが、それでもそういう厄介ごとをきちんとこなす人はまれであったようです。 しかし必ずいたということも間違いないことで昔の人たちには弱いものを面倒見るということが人として当たり前という感覚があったように思われます。 現代社会にも孤児となる子供たちはいますが、精神的な条件や社会的な条件によって孤児となるのは昔とさして変わらないのかもしれません。そしてそういう子供たちわ世話している人たちはあまり世間から注目されることを望んでいない、陰徳を積む方達のようにも思われます。 日々世話を続けるというのは、一人ひとりの人生を背負うということ。それをなさっておられる人たちには頭が下がります。
2017年10月16日
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以前にもお客様の中で原因不明の症状で悩んでおられる方を施療させていただいたときのこと。 ご自宅の近くに高電圧鉄塔が通っていることが原因だと思われるケースがありました。お客様の体質にもよるのですが、電磁波というか高電圧による磁界の影響を受けやすい方というのが何千人かにお一人くらいでおられるようです。 そしてそういう体質の方が高電圧鉄塔の特殊な範囲の磁界の中で生活されることによって体調不良を招くことがあるように思われます。 電磁波や磁界の影響を受けやすい方というのを医学的に精査した研究などはあまり聞いたことがありません。そして電力会社にすれば高電圧鉄塔は必要不可欠なものですから、その周囲で健康被害などがあるとは言ってほしくはないのではないかと思います。 たぶんこんなことを主張している人間は私だけかもしれませんが、高電圧鉄塔や変電所のお近くに住まわれていて身体が原因不明の不調に見舞われておられる方は、磁界を遮蔽する金網のようなものを設置するか何かの対策を取られてみても良いかもしれないと思います。
2017年10月14日
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先日、朝の散歩のときに大きな龍のような雲を見ました。頭があって前足もあって尻尾まできれいにそろって見えました。 その姿を見ながら「龍の国」と呼ばれている日本の事を考えていました。龍神は水の神様でもあり、日本は水の国だと思います。海に囲まれていて豊かな真水にも恵まれている稀有な国です。 これからどういう風になっていくのかと不安も希望も一緒になって考えてしまいます。強いリーダーシップを持つ人物が現れにくい国民性もあり、誰かに依存する気持ちもどこか強いような人たちが多くおられるようにも思います。 選挙が始まりましたが、誰にも票を入れたくないと思ってしまうのは何だか私だけではないようにも思います。 龍雲は何を私に示していたのでしょうか?新たな素晴らしい指導者との出会いであることを期待したいようにも思います。
2017年10月12日
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好きな人は沢山おられるとは思いますが、私はこの幕末から明治という時代があまり好きではありません。 時代小説が好きなのですが、この時代がテーマになったものはあまり読まないくらいです。 それは江戸時代というものがとても好きだから、それを壊してしまった時代の波を否定したいと心の底で思っているからなのかもしれません。 鎖国という制度は日本という国に弊害と利益を生みましたが、私は多くの日本独自の何かが生まれて行った時代だと思っています。 単一民族の国が三百年近くも単一政府のもとで文化・文明を育んでいけたというのはとても稀有なことでしょう。日本民族の固有の民族性というものが発酵していき熟成された時代であると考えられます。 幕末、明治という時代は必要な変革が行われた時期ではあったのでしょうが、日本民族の中にある荒々しさや単純なところが悪い意味で発揮されて行った時代であるように思います。 人が人らしくあるという基本的な部分が守られていない時代というのは、文化も人も育まれてはいかないときになってしまうように思います。 昭和後半から平成にかけて少し人が人らしい時代があったように思いますが、それも今また変わりつつあるような気がします。動乱期が来てほしくはないのですが、また何かそれに近いものがやってくるような気配を感じます。
2017年10月10日
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BS放送で鎌倉時代の仏像彫刻家の運慶の特集を観ました。 その写実性に感嘆しました。800年以上前の作品なのに全く古めかしさを感じず、強烈なインパクトを与えてくる作品群で驚きました。 運慶は何故これほどの写実性に行きついたのか?仏と人との間の心空間を何かで埋めようと必死でもがいた結果としてこういう姿に行きついたのかもしれないと思いました。何百年も経っても、そこに人の心に直接響いてくる作者の心持があります。 伊藤若冲も写実の鬼と呼べる芸術家です。彼の場合は背景に心の中の奥底にある悲哀、絶望感のようなものがあって、その空虚感を埋めるかのような「写実」があったように思います。 人は何か絶対的なものとの距離を詰めようとしたときに「写実」という技法に行きつくのでしょうか?
2017年10月08日
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今は満月に近い時期ですが、氣視させていただいていると「月の影響」というものを強く受けておられるお客様が時々おられます。 女性の方がほとんどなので、きっと女性というのは自然界の「波動」のようなものに共鳴する力が強いのではないかと推測しています。 日本人はお月見などと称して月を見る事を楽しいことと捉えたりしてきています。世界的に見ると不気味なもの、禍々しいものとして月を捉えている民族もいるようです。 日本でも狐狸の類が人を化かすときにお月様がなんとなく影響を与えている逸話が少しだけれどあるように記憶しています。 人を幻惑する力も月は持っているのかもしれません。私も月は何となく「よそもの」という感覚があります。どこか別の世界に属していて、なんだか冷たい客観的すぎる視線で地球を見ている存在のような気がします。何故地球の人たちが宇宙への橋頭保として月を使わないで、火星へと目を向けてしまっているのか、私は月に何か不可侵な領域があるような気がしています。
2017年10月06日
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NHKの特集番組シリーズが新しく始まりました。タモリ氏と山中伸弥氏の司会です。 そこで最初に明かされた最新の医学常識。人体の内臓同士が情報物質を介してお互いに意思を通い合わせているという新事実。 それなら東洋医学が何千年も前に発見していたことはほとんど事実だったということではないかと思いました。心臓移植されたことによって以前の人の記憶や感情がその人によみがえるというのも間違いなくこの臓器の意思伝達物質によるものだと考えれば納得できます。 心臓移植は魂の一部をも移植することになるのだと私が思っていたことは事実だったようです。だから私はちょっと臓器移植には二の足を踏んでいたのですが・・・。 それにしても医学の常識が次々と覆されていく現代の医学界です。昔は健康に悪いと思われていたものが健康に良いものだったなどということが当たり前になっていくようにも思います。 人の身体に秘められている様々な力や新事実。人というのは本当に小宇宙なのだと感じます。東洋医学に基づいて私は施療を行っていますが、もしかしたらこれは正しい道なのかもしれないと七割くらいの確率で確信し始めています。
2017年10月04日
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自分のことばかり考えていると病気になります。ちょっと大げさですが、本当に「自分」に意識がずっと集中している状態というのは精神衛生上とてもよくない状態です。 「中二病」などという言葉もありますが、思春期の一時期ならばそれもあっても良いかもしれませんが、成人後の大人が自分のことばかり思っているという状態は精神疾患を招きやすい状態とも言えるかもしれません。 当院にも鬱の症状をお持ちの方が時々おいでになるのですが、話されるのは自らのことばかりになります。もちろん治療施設に来ておられるのですから、自分のことをお話になるのは全然問題ないことなのですが、話の内容が深いというか暗いというか後ろ向きというか、自分の中の問題点をまるで楽しんでいるかのような気配が見え隠れします。 自己中というのとも違って、自分の中に内向し続けている感があります。 外や他者に目を向け、心を向けることが大切です。自分のことにかかずらわっていない時間が長ければ長いほど人の精神は健全な状態だと言えるかもしれません。 自分は大切ですし大事にすることは必要ですが、自分を活かすためには外を見つめて生きて行かなくてはいけないと思います。自分に意識が行き過ぎているのは、自分を殺すことになりかねないと思います。また、しかしじぶんは他者のことを考えていると声を大にして言い続けているというのも問題ではあります。働くという言葉は端を楽にするという意味もあります。地味に堅実に周囲を幸せにすることを第一に考えて生きることが自らを活かす道ではないかと考えます。
2017年10月02日
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