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毎年30日は大掃除の日と決めております。整体院や自宅部分、母親の居住部分等々掃除しなくてはならない場所は多岐にわたります。 神棚の掃除からスタートしました。 延々と掃除をし続けているとクリーニングハイのような状態になり、体が疲れているのが分からなくなります。それで強制的に休みを入れて、冷たい飲み物などを飲んでクールダウンさせつつ四時間ほどで大掃除は終わりました。それでも実は二三日まえから少しずつ細かい掃除や整理整頓は始めていたのですが・・・。 今年は長年の懸案だった障子の張替もやりました。亡くなった親父の部屋の障子がボロボロになりつつあったので新しい障子紙や障子糊は買ってきてあったのです。きれいに障子も貼れて母に伝えたら何だか亡くなった父も喜んでいるとか言われて照れてしまいました。 今年一年もいろいろありましたが、家族全員が今のところ健康なので在り難いと思っております。 ちなみに新年は四日より営業いたします。来年もよろしくお願いいたします。
2017年12月31日
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空を見るとき、そこに神を視ます。大地の広がりを見るとき、そこに仏を視ます。海の荒々しさを見るとき、そこに母なるものを視ます。 日本人は自然の中に人ならぬものの存在を感じて畏怖し崇敬の念を抱き祈りました。それは人であれば誰もが感じる思いで在り、そこから自然崇拝が、自然宗教というものが生まれてきたのかもしれません。 そこに声や言葉や象徴となるものを感じ取っていく度合いというものには民族間の相違があるとは思いますが、原則として人の思いは単純に変わらないものであると信じています。 ただ外国の教会と日本の寺院や神社を見ていると自然というものに対する姿勢が違うように思います。日本人は自然を一つ突き放したものとして捉えているように思います。決して交わることは無く絶対的な存在として崇め敬うものとして見ています。 他国の人たちは自然に取り込まれることを前提として見ています。自然は人と一体のものとでも言うように見ているように思います。だから自然を克服したり改変したりすることに何の躊躇も無く挑んできたのかもしれません。 人が自然とどう対峙していけばよいのか答えはまだわかりませんが、日本人の自然観というものは何か一つ優れたものを含んでいるのではないかと私は思っています。
2017年12月29日
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守護してくださっている神様の力を強化したい場合は、神様の系統を遡って親神様を見つけてそちらへお願いしに行く方法があります。 神様とのご縁を大切にしているとあちらからご招待してくださる場合もありますが、それはそれできっちりと作法を習って礼式に則って毎日徳を積むことが必要になるので難しいかもしれません。 先日はお客様の守護してくださっている神様が少し弱り気味だったので親神様を紹介させていただきました。もう一つ上にも祖神とも呼べる御柱がおられるのですが、段階を踏んでとりあえず一つ位階が上の神様にご挨拶に行かれるようにお伝えしました。 本当に人は無力で、導かれるように伝わってくる伝言を聞く機会があれば必ず聞けるように謙虚な姿勢を全てのことに持ち続けていたいものです。それが守護力強化につながります。
2017年12月27日
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以前にも書かせていただいたのですが、あちらの世界からのメッセージには明確な質の違いがあります。 明確な意味のあるメッセージは重要度が低く、曖昧でわかりにくいものは重要度が意外と高いということです。 それと初回のメッセージが内容が濃いことが多いのですが、それと同時に明確であることも多いので前記の定義で言うと最初のメッセージは明確であるがゆえに重要度は意外と低くてそれほど中身に深い意味はないということになるのかもしれません。 これも以前にあったことですが、多少霊感のある方などがメッセージを受けてその通りにしていたら混乱したひどい状態になっていったということがあります。それは明確なメッセージの数々で在ったらしいです。そういうものは雑霊・邪霊の戯言で在ることが多いのです。神仏や守護霊様からのメッセージで大切なものは一筋縄ではいかない難解なもので在ることが多いのです。 人に自分の意思を伝えるときにはできる限りわかりやすく伝えることが大切ですが、自分にとって大切で重要なことというのはわかりにくく隠されて周りにあることが多いというのは真理なのかもしれません。
2017年12月25日
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そこはかとなく微妙に温かい一日があって雪も解けて、けれど寒いことは寒いという日々を過ごしています。 変な風邪が流行っていて夜中に急にぜんそくのような咳が出るというものらしく、母がかかりましたがお医者さんの薬で何となく治ったようです。 世間はもうすぐクリスマスということで何となくウキウキとした感じですが、私の周りは普通に和風に過ぎていくような感じです。 あと一週間ほどで今年も終わりますが、毎年言っていることですが一年の過ぎるスピードが加速度的に早くなっています。いろんなところに旅行に行ったりしているのですが、それも軽く本のページをめくるように切り替わっていくような感じです。 私は自分の寿命を75歳くらいと決めているのですが、この調子だと後15年なんて言うのはあっという間だと思います。いろいろやり残したこととかあるのかな?来年はそれを考えてみようかと思っています
2017年12月23日
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最新のスターウォーズを見てきました。 思えば最初にこのシリーズを観たときの衝撃は忘れられません。 宇宙や銀河の広大さ、深遠さを思い知らされつつも日本的な「フォース」という力の定義に心が満たされた記憶があります。 日本人にとって当たり前の「氣」というものを「フォース」という名前に変えているのがすぐに感じられました。 外国の方には神秘的に感じられるものだったのだろうと思います。決して万能の力ではないのですが、それが映画の縦軸として貫かれていて、また日本人にとってなじみ深い「縁」という横糸が、また「因果」というリズムを帯びて横軸として紡がれているのが、この作品なのだと思います。 ストーリーは混沌としてきましたが、外伝などの作品も生まれつつあってまだまだ楽しめるシリーズになりそうに思います。
2017年12月21日
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「YOUは何しにニッポンへ」という番組を好きでよく見ているのですが、先日の番組の中でアメリカ人の若い女性が両親が早くに亡くなられておばあちゃんに育てられたのですが、近年に亡くなられて死んだ後も近くに居てくれるような気がして、そのことを友人に語ったら気味悪がられてショックを受け、日本人は生と死をとても身近に考えている民族だと知って、日本へその考え方を深く知りたくて短期留学でやってきたという内容でした。 日本人の私達には当たり前の亡くなられた人の魂がいつも近くに居てくれることを信じていたり、感じていたりということが外国では考えられないことだということを改めて知らされて、日本に生まれて幸せだなぁと思いました。 仏教の世界でも神道の世界でも死と生は全く同じ本の中の違うページくらいの感覚を持たせてくれるものですが、それが独特のものだと信じられません。 連続している価値観というものが日本人には当たり前にあるのは、狭い島国で時間によって激変する自然環境というものが、人の生命観というものを究極的に突き詰めて感じ取っていってそういうところに行きついたのかもしれないと思います。 人を簡単に殺してしまう自然災害と信じられないくらいに穏やかに美しい自然の絶景とか環境が一体のものであることを私達日本人は常に身近で感じ取っていたからなのでしょう。 番組の中の女性YOUは神主さんに日本人の死生観を聞いて、自分の感覚を認めてもらったようでとても嬉しいと言っていました。感性が豊かな人にとって日本の死生観はぴったりと来るものなのかもしれません。日本人に生まれてよかったなぁと感じました。
2017年12月19日
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テレビに慣れてしまうと常に情報が流され続けていることが普通になってしまって、自らも人と接するときに語り続けていないとおかしいかなと思ってしまうようになっているような気がします。 けれど「語らない時間」というものの大切さということがあります。 お客様に聞かれることにすぐに答えようとするとあちらの世界から「待ちなさい」というストップがかかることがよくあります。 素直に視えたままを語ることが本当に良いことなのか、語らないほうが良いことも数多くあるという現実。そういうものが人の心をうまく動かし、育み、止めて考えさせてくれる・・・そういう場合もあるのです。 もちろん思ったまま視たままをすべて伝えたほうが良い場合もありますが、あちらが「待って」という場合はきっと今は伝えないほうが良いと判断されている守護者がおられるのだろうと思います。 無言でいるということはなかなかつらいことですが、それは言い換えても意味がしっかりと正しく伝わらない場合には語らないことが大切ということなのだと私は思います。 人を救うというのは私のような人間には大変おこがましいことです。また人が人を救うということは大変難しいことでもあります。語らないことが誰かのためになるのであれば、私は語らないことを選んで生きて行かなくてはならないと思っています。
2017年12月17日
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どうも自分にはごっつい神仏とのご縁があるように思えます。不動明王様しかり天手力男命様しかり武御雷命様しかり(正式名称違っている場合はごめんなさい)何しろ武張った神様仏様を好んでいることは間違いないようです。 手技に関わるお仕事をさせていただいていることや断を下すようなことを主題としている審神者のような性質のスピ系でもあるので、たぶん守護を願うお相手としてはぴったりなのだろうとは思います。 文系で体育会系とは最も遠いところに若い間はいたのに、変なところで強い相手にも臆せずに向かっていくところが若干あったような気がします。匹夫の勇という奴だったのかもしれません。 頭はそんなに良くないのでトンチンカンなことばかりしていたようなところがありますが、いつも何か目に見えないものに守っていただいて落ち切ってしまう直前に踏みとどまっていたように思います。なにがしかの強い守護を頂いていたとしか考えようがありません。 何か社会のためにか誰かのためにかすることがあって、そのために守っていただいていたのだと思うようにしております。少しでも誰かのためになることができるのなら懸命にさせていただくことが使命なのだろうと思う日々です。 ごっつい神様仏様よろしくお願い申し上げます。
2017年12月15日
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今年もあと半月くらいで終わりです。 毎年言っているように思いますが、本当に一年なんてあっっという間に終わってしまいます。光陰矢の如しどころではなくて超音速ジェット機なみに過ぎていく感じです。 今でも思っている変なことがあります。それは学校の宿題が無くなったことを日々感謝していることです。どれだけ宿題というものがトラウマになっていたかということです。大学を卒業した時点で何よりホッとしたのは「もう宿題ってしなくていいんだ。」ということでした。 60歳にもなった大の大人が宿題が無くなったことを日々喜び感謝しているというのも大笑いですね。憂うことはまだ多少ありますが、次の日に思い残すことも無く寝床に入れる日々を感謝している小市民の一年がもう少しで過ぎていくようです。
2017年12月13日
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氣視させていただいていると「黄色の光もしくは色」の展開を視ることがよくあります。これは財運や金銭運が開けてくることだと霊界から教えていただいていたのですが、先日同じように霊的に「黄色」は笑いやユーモアの意味もあることに気づかされました。 そう言えば商売の町大阪周辺では「笑い」にとても執着がある土地柄だと気づきました。笑うということと財運が開ける事にはシンクロする部分があることを関西人はよくわかっていたのかもしれません。 笑う門には福来るとは本当に真理なのかもしれません。笑いの多い人や家にはお金が良く集まってくるのかもしれません。お金がたくさんあることが幸せとは限りませんが、少なくとも笑いが絶えない人や家族のもとには幸せが必ずやってくるような気がします。 真面目に生きることもとても大切なことですが、笑いを大切にすることも人にとっては重要なことのように思います。ちなみに惚気ではないのですが、私の妻の笑い声はとても伝染性の高いもので私の大好きなもののひとつです。
2017年12月11日
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お腹が冷えて腰痛を発症するというお客様が増えておられます。お腹が冷えて腰が痛くなるなんて、そんなこと考えられないと思われるかもしれませんが、腰の近くある臓器は大腸だったり生殖器だったするわけで、これらの臓器は「冷え」を溜めこむ性質があるのです。 人の身体は本来は一定の体温を維持するものですが、食べることによって取り込まれた糖分やその他の物質によって体温低下を引き起こすことがあります。今の時期のように外気温も室内温度も下がっているときに冷たいもの甘いものなどを大量に摂取すれば身体の中から「冷え」ていきます。 すると大腸の周辺のインナーマッスル(大腰筋等)が影響を受けて強張ったりして、力を失いそれが腹筋背筋の過度の使用につながり腰痛を引き起こしたりします。根本のお腹の冷えに気づかないで腰の筋肉だけを処理していても根本が治っていないから腰痛を繰り返すことになり、それは身体の悪習慣化につながっていってしまいます。 お腹や子宮の冷えというものを考えないで食べ物を選んでいると、いつまでたっても体の不調は治らないことになります。腰痛を根本から治すためには内臓の適正化をしていかなくてはならないということだと私は考えています。それはその人自体の個性でもあるので一人ひとり違った処方が必要になります。
2017年12月09日
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「機」というのはわかりやすく言うとタイミングということでしょうか。人にアドバイスを送るにしても機を逃すと全く聞いてもらえなくなります。 私の仕事ではお客様ご自身の生活習慣を変更してほしかったりすることが多いのですが、それはなかなか難しいことでご自身で納得した瞬間でないと「機」というものは無くなってしまいます。 生活習慣を変えるという事だったり、食べるものの嗜好傾向を変えるというのは大変なことです。人は自分の好きなように生きようとする生き物ですから。ただ健康のためにそれを変えてくださいと一民間療術師が訴えてもなかなか聞いていただけるものではありません。 それには現在のご自身の身体の不調の原因についての納得できる説明が必要だったりしますし、またその聞いているときの身体と心のリラックス度も関係してきます。 「機」というのは作り上げる部分もあるということのようです。西洋医学と違って東洋医学はその場ですぐに結果が出るというものではありません。少しずつ改善していく効果が長く続くのが特徴です。そのためにその場ですぐに結果を少しだけ出さなくてはならないというのは矛盾して難しいことです。 「機」というものとの闘いと言えるかもしれません。心と体を柔らかくすること。そして新しい生き方を提案することが自分の仕事なのかもしれないと思っております。
2017年12月05日
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あまりしっかりと名称を書きたくないbinbou神様を氣視の中で視ました。 この神様は家に就くことが多いようなのですが、軒先の垂れ下がって張られている紐のようなものにぶら下がっていました。 その家のだらしなさの象徴のようなものに付着しているのがこの神様らしいとハッとしながらも感じました。家の外も中もだらしなくしているのはこの神様を引き寄せる元になるのかもしれません。 掃除をし、きちんと整理整頓しておくことがこの神様を撥ねつける大切な儀式なのだろうと思います。 ちなみにゴミ屋敷化している場所にはこの神様でさえ寄り付かないようです。邪霊・雑霊の巣となっていることは間違いないと思います。この神様は縁起は悪いですが、それでも神様ですからおみくじの大凶みたいなもので、この神様が離れれば運勢は上向くだけになります。 それでもこの神様に就いてほしいとは誰も思いませんね。
2017年12月03日
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理に走れば情が遅れる 何のことかさっぱりわからないと思います。ある男性のお客様への霊的なメツセージです。 智に働けば角が立つ 情に掉させば流れる 兎角この世は住みにくい とかなんとかそういう文章がありましたが、ちょっと似ているかもしれません。 仕事ができる独身男性は「理」に沿って動いたり生きたりしていることが多いものです。そういう方が恋愛関係において「理」つまり理屈や理論的な言動行動に走りすぎると、女性は付いていけなくなって離れてしまうということです。 女性というのは理に沿って生きることもできますが、基本的には「情」というものが中心にある存在だと私は思っています。だから理詰めで何もかも決められたり動かれたりすると引いてしまう傾向があるのだろうと思っています。 このお客様もとても仕事はできる方でリーダー的な立場にもおられるのですが、この女性がぴったりと思っていた彼女と別れてしまって、何が原因なのかわからないという相談で来られました。そういう相談内容をお聞きする前にこのメッセージが来ていたので、まぁこれが原因の一つかなと思いました。 「理」と「情」のバランスというものは自分の中できちんと区分して使い分けるというのはなかなか難しいものです。相手の立場、心の傾向、そして自分の心の傾向というものを一度主観から離れて俯瞰でしっかりと見つめなおすことが大切かもしれません。
2017年12月01日
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