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昨日「永遠に」 30 「初恋」を読んで下さった皆様へ 香代子~ 多希子に修正しました。 申し訳ありません。 長引く風邪、今日こそ病院へ! めぐみ かおと
2007/11/28
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シーン 30 「初恋」 大空みなぎる赤石連邦、山の間を渡る雲、自然の奏でを仰いだ樹木は、瑞々しいそよぎで大地を包む。 裏山から流れ込む山水がちょろちょろと竹の皿に滴ると、三年生になった多希子の両手が器に変わった。 「ああ! おいしいお水」 仕返しの後、より添った仲間達は、冬の下駄スケート、春の遠足、理科の課外授業を経て校内でも評判の仲良しクラスになっていた。 紺色のブルマーを履いた姫達が校庭に散ると、迷わず追いかける男子。 逆上がりの練習に勤しむ彼等は、我先にと鉄棒を握る。「もうちっとだね! 仁美ちゃん」 青空への一回転に誰もが満足顔。けれど達成感を得た仲間を見ると仁美は焦る。 「誰か、お尻をあげてくれん?」 仁美は白い腿に緩んで落ちたブルマーのゴムをたくし上げて、気合を入れる。「逆上がりできんのは私だけだ。 水泳も下手くそで困る」 「勢いをつけるんな! ほら、タッコを見とってみ? こう・・・」 「できんでも気にするな。 仁美は絵が上手い。 タッコは山羊が豚かわからん絵を書いたって平気でおる。 山の間からでかい東京タワーが頭を出しとるし」 勇は鉄棒を放さない隣人を見て、にんまり笑った。 「ふん! 山羊と豚は鼻の穴が違うだけな。 東京タワーは山の背中にちゃんとおるんな! 知らんくせに」 「おまえ、言うことが支離滅裂だなあ」 それから数日後、仁美は勇の初恋の力と、多希子の達者な号令で見事に逆上がりができるようになった。 校庭で大きな拍手が湧いた。福沢は、放課後汗を拭いながら必死に練習する仁美を、校舎の窓から幾度か見ていた。 「がんばったね」 この頃から黒板の悪戯書きが、相々(あいあい)傘へと変わっていた。 桃色のチョークで書かれたふたりは教室にはいない。「大将は?」「このごろ放課後は、直ぐいなくなるに」 澄んだ青空を舞うブランコの振幅が次第に大きくなっていく。「おーい!そんなにこぐとぶっ飛ぶぞー!」「聞こえーん」 広隆はひろひら舞う多希子のスカートに、目を向けたり背けたりして立っていた。
2007/11/27
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「僕は千鶴ちゃんと和子ちゃんのスカートをめくりました。 正夫」「僕は京子ちゃんの靴をプールに隠しました。 太郎」「僕は多希子ちゃんの机に炭を積みました。 広隆」「僕は洋子ちゃんにチビ、貧乏と言って裏山で泣かしました。 治夫君と二人でやりました」 「僕は香代子ちゃんのランドセルに雑巾を詰めました。 広隆」「ふう・・・ほら!出しなさい!隠したのを!」 いつか銀杏の木の下で湧いた笑い声が、福沢の鼓膜を揺すぶる。「僕は京子ちゃんの給食袋に蛙を三匹入れました。 呆れた!」「先生!女の衆も上履きに悪戯したに!卵の殻が混ざった糊がつま先に詰まっとる」「授業の後、男子は職員室に来るように!」 福沢はそう言うと、窓ぎわの席で手に付いた糊をやっきになって取りはじめた少女を、ちらっと見た。「靴下がきたねえー」と広隆が舌打ちをした。 職員室で横一列に並んだ男子は七人。 他の学年教師は傍らで小さな拍手を送りながら、厳粛なお叱りを眺めていた。 職員室を出た竹馬族が、肩を落として下駄箱にやってきた。「見ろよ広隆、これ」 下駄箱の上に貼られた画用紙を太郎が指した。 「バカか、あいつ等!」 突飛な仕返しに降参した竹馬族の笑い声は、職員室にも届いた。 (次は本物のシュルケンが飛ぶでね) 北風に運ばれた葉っぱが一枚、スノコの上で遊んでいた。 photo by kitakitunejijiさん 次回 「初恋」
2007/11/26
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「仕返し」 2 台所の板の間に広がった光の上に、多希子がやってきた。「おばあちゃん、卵の殻とってあるら?」「ほれ、たーんとあるに」「ご飯粒も持っていくでね」「何に使うんずらか?」良子が進二にお茶を入れながら呟いた。「タッコのすることは、わしにもわからん」 多希子はてっぺんにボンボンが付いた毛糸の帽子を被り、踝を隠した靴下を引き上げながら忙しなく廊下を歩いて行った。「ほい、もう学校行くのけ?」「今日は女の秘密の日だで・・・」 男子の間で流行りだした竹馬は、それぞれの家庭で兄や父親が拵えた傑作で、広い校庭に散っていく竹馬族の後ろ姿はそれなりに凛々しかった。「さあ、今だでね!」 男子が去った直後、恵子が姫たちに指令を出し、多希子は仕掛けが詰まった弁当箱を持った。 「いい? 三時間目の国語、北斗七星のページだでね。 間違えんようにね!」 「大丈夫。 間違えんよタッコちゃ!」 下駄箱に乱暴に入れられた上履きを手早に出した多希子は、つま先に奇妙な仕掛けを塗り込んだ。 三時間目の鐘が鳴ると、小脇に教科書を挟んだ福沢がやってきた。「男子は?」 パーマネントの髪をくっきり横分けにした福沢が、隙間だらけの教室を見渡すと、しゃんと姿勢を正した女子の目が不自然に輝いた。 ヘアーピンを留めなおす仕草はいつもながら素早く、気合いを入れる時にする福沢の癖。 多希子はそれを見て胸が躍った。 やがて教室の後ろから、上履きのかかとを踏んだ竹馬族が戻って来た。「なんなー許さんぞ!」大将の広隆が不機嫌な顔で椅子を引き、両足を開いて腰かけた。「どうしたの? 三時間目は始まっているのよ! 上履きちゃんと履きなさい!」「つま先に何か詰まっとって履けん・・・べとべと、ちくちくするんな」 教壇に立った福沢が怪訝な顔で教室を見渡した。「何か入っとるぞ」「白い手裏剣!」 「俺は青い手裏剣!」「折り紙じゃないの? ちょっと見せなさい!」 さっきまで勇んで竹馬を操っていた男子が、教壇から降りてきた福沢を、口を半開きにして見上げている。「先生!何か書いてあるに」 恵子の一声が絶妙なタイミングで、教室を突き抜けた。 福沢は教科書の中に現れた色とりどりの星型を摘まんだ。 書かれた文字には特徴があり、ひらがなはくねくね曲がり、漢字は右上がりで勢いがあった。
2007/11/24
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「仕返し」 1 黄金色に靡く稲、黄赤に染まる木々、家々の庭先で秋を待ち続けた柿の実が村を彩る。空に向かう銀杏の木の下に、少女達がひとりふたりとやってきた。「珍しい光景ですね。 福沢先生のクラスの子供達ですな」「いい?女子だけの秘密だでね」 意気揚々とした多希子がランドセルからわら半紙を出すと、おかっぱ頭が輪の真ん中に集まった。ガリ版印刷されたテストの裏には、赤鉛筆で「作戦」とが書かれている。「よーく見るんな」 多希子は肩まで伸びた髪を輪ゴムで縛り、鼻水をすすりながら作戦の構図に得意げに指を這わせた。「私は弘君?」 「私、紀夫君?」 学級委員の恵子が多希子の給食袋を逆さに振ると、色とりどりの手裏剣が現れた。「すごい!上手に折ってあるね」 起用に折られた手裏剣は、伊那町での退屈な入院生活の収穫だった。 姫の頭がさらに小さく固まると、職員室の窓辺に立った教師が首を傾げた。「タッコちゃはシュルケンが好きだで」 「男には男の武器を使うんな」 「これをどうするんな?」 「頭を使うんな。 自分の名前と線で繋がった男子を覚えるんだに。それでね・・・」 「あいつ等は今、竹馬に夢中だで。 タッコちゃが言う通り、一番長い二時間目の休み時間。 仕返しはその隙だでね!」「大丈夫ずらか・・・」「タッコちゃに賛成の人、ほんでお嫁にいかんでもいい人、この指とまれ!」 恵子の人差し指に、歯を見せた姫の指が絡まった。 多希子は恵子の肩をポン!と叩いてにっこり笑った。 暫くすると銀杏の木の下でケラケラと笑いが起きた。 男子の悪戯に好意が隠れていることを少女達は知らない。 各々色が違う手裏剣を持った姫が解散すると、恵子と多希子はランドセルを枕に銀杏の木の下に寝っ転がった。 「恵子ちゃ、鉄人二十八号、狼少年ケン?どっちが好き?」「狼少年ケン。動物が喋るで好きな。 それから・・・あれも好き」「雲? 雲は風と一緒に旅をしとるね。 雲に乗って空を飛びたいねえ」 作戦に胸が躍ったその日、多希子の帰宅に気づいた良子は「遅かったじゃんけ」と言って、蔵に入って行った。 良子は紫色の風呂敷包みを、大事そうに抱えていた。【ねえ、お母さん。 私は今でも覚えている。 あの時の良子おばさんの横顔。 蔵で冬眠し続けるアルバムにふたりが写っていたのね? 割烹着のお腹の辺りがふくらんでいるね・・・】
2007/11/22
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散らばったスイカを片付けはじめた志津が、縁側から叫んだ。「ほーい、みんな!そろそろ寝んといかんに」「嫌だ!亜由美は浴衣を脱がん。 ほら、まだ線香花火の球が落ちんでね」 やがて座敷に並んだ布団の上で別の騒ぎがはじまった。 解けた寝巻きから膨れたお腹を出しながら蕎麦殻の枕を投げあい、闇夜を蹴った。 あくる日、多希子達は新聞紙に包んでもらった五平餅を持って、天竜川に水遊びに行った。大きな岩に太陽が照りつけ、熱くなった尻を川で冷やそうとして犬かきをすると、惨めに尻が沈んだ。 木陰に入った年長の愛香が、涼しげな顔をして皆を呼ぶと、皆が自然に輪になった。 「お外で食べるものは、どうして美味しいのかしら」「お行儀悪くても誰も叱らんからな。 山の川も空も・・・何も言わんら? タッコは海苔がない塩のおむすびも好きだに。 遠足にはソーセージと卵焼きを入れてくれるに」 口のまわりに味噌をつけた多希子は、ひとしきり喋った後、陽に光る小波の方へ歩いていった。 「ああ、山の背中にお日様が帰っていく」 「山はずっと動かんで偉い気がする。 タッコは今日のこと、夏休みの絵日記に書く」 「亜由美の幼稚園は宿題がないに」 長四角の座卓を囲んで夕飯がはじまった。亜由美は多希子に寄り添うように座っており、公男は、思わず長押に掛かった茂夫の写真を見上げていた。 「南瓜も美味しく煮えたで、たんと食べな」 志津がやさしく声をかけると、山菜から南瓜に漬物にと、箸が行き交った。 夏休み、心の隙間を埋めた多希子は、別れに大騒ぎする亜由美をなだめようと知恵を絞る叔母達をすまなそうに見つめていた。 水飴を投げ、猫にあたり散らし、幼稚園のかばんに浴衣と桃を二つ入れた準備万端の亜由美が仁王立ちになっていた。 「お姉ちゃと飯田線に乗る!」 綾子と愛香は、口を閉ざした多希子と一緒に歩き出した。 「バカ野郎!おたんこなす!お姉ちゃを返せ・・・」 多希子は、果樹園を分ける小道をひたすら歩いた。 亜由美の声は、最後の元気を振り絞って泣くミンミンゼミのようだった。 木の根でできた階段を上りきると線路が脇に見えてきた。 次第に無口になる多希子を思い、愛香が優しく声をかけた。「また東京においでね、ベッドで寝ていいわよ」 日に数本の飯田線の汽笛が聞こえると、愛香は目を兎のように赤くして切符を渡した。 再び妹と離れ離れになる現実と、多希子が暮らす家族の笑顔が、宙で絡んだ。 雑草が膝のあたりでチクチク刺さるホームに立つと、見送りに来たふたりの目が潤んだ。「タッコは今、少ーしだけ悲しいでね・・・」 引きちぎれそうな少女の顔が、チョコレート色の飯田線の窓にびったり張り付いていた。飯田線が低い金属音を立てて動き出すと、多希子の悲しみも加速を増した。 次回 「仕返し・女子を見くびるな!」
2007/11/19
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シーン 25 多希子は悲鳴をあげる蝗の佃煮を気にしながら、果樹園目指して走りだした。「おう、来たか!来たか!」 籠を背負った公男が両手を広げて多希子に微笑みかけると、うしろで葉の付いた桃がころりと揺れてた。「わあ! おじさん、桃がいっぱいだー」「後でたんと食べれるでね」 多希子の姿を見た亜由美は、両足を蹴り上げるような特徴のある走り方で一目散にやってきた。「亜由美ー!元気でおった?」 「おったよ!今日が一番元気かもしれん」 ふたりが手を繋いで歩きだすと、白いランニング姿の博文が頭を掻きながら庭先に出てきて「井戸にスイカと桃が冷えとるで」と言った。 ふたりは空を映した井戸を見て微笑んだ。 にぎやかな夏の晩だった。縁側に並んだ半月型のスイカにみんなの手が伸びる。 てんでに足をぶらぶらさせ、下駄が散らばると、肘を突付き合う。 寄り添った従兄妹たちの弾けるような笑い声は、打ち上げ花火のように夜空に上がる。 博文が牛乳瓶に蛍を入れて得意げにやってくると、露草につかまって静かに光る蛍を多希子はじっと見つめた。 「なんで光るんずら?」「蛍だからよ」 口に残ったスイカの種を、手の平に器用に落としながら愛香が言った。暫くして仲間がいる田んぼに瓶の蛍を放してやると、亜由美が「ああ・・・もったいない」と両手を伸ばした。 多希子は亜由美のうしろ姿を見ながら、浴衣に付いたスイカの種を掃った。 「まん丸のお月様。うさぎがおるね」「月のお部屋で、お餅を搗いているのよ」 愛香は手毬の柄の浴衣をひらひらさせながら、多希子の手を引いて林檎の果樹園の方へ向かった。「ほら、ここは少し高いから月に近いのよ」「タッコは月の中に入って、東京の町を見下ろしたい」 photo by poohさん
2007/11/17
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シーン 24 赤毛の亜由美は、すっかり日焼けして、後ろと前の区別がつかない。 果樹園の前に聳える山の上を、亜由美は朝から幾度も見ていた。「タッコ姉ちゃんが来たに! 今電車の音がしたら? 飯田線が止まったに」 大きな缶に沈んだ透明の宝石「水飴」は、夏バテ防止のおやつで、亜由美は頬っぺたをこんもり膨らませてはしゃいでいた。公男と志津は客用のふとんを整理しながら、亜由美を見て微笑んだ。「多希子お姉ちゃ、じきにくるで」 忘れ形見を預かった林家と大谷家は、時々離れ離れになった姉妹を会わせた。 亜由美は果樹園の真ん中を突き抜ける一本道に出た。 「へえにじきに来るら。 夕方には東京のおばちゃんも愛香ちゃ達も来るでね」「ふんと? 」 竹のように細い博文と向日葵のように丸い武文にもまれ、雑草のように育つ亜由美は、この村ではやんちゃで評判だった。 伊那町で泣き虫だった亜由美が、泣かす側にまわっていた。 多希子は進二に乗せてもらった飯田線を降りた。 じりじりと照り付ける太陽と雑草だけが元気な萎びた駅だった。 「セミのお出迎え・・・」 背中のリュックから醤油の臭いがしている。 冴が拵えた蝗(いなご)佃煮の汁が出たらしい。退屈そうな駅を出て山の一本道を下りはじめると、木々の間から林家の果樹園が見えた。「ヤッホー! 」
2007/11/15
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シーン 23 奔放に走る主犯の影の味方は冴だった。「まめ(元気)が一番だに」 不安の闇に打ちひしがれた日々が、パノラマのように移り変わる。 多希子と暮らしはじめた冴がどんどん元気になる事が、良子は何より嬉しかった。 その夜多希子は、良子にせがんで着せて貰った浴衣を着て縁側にやってきた。 浴衣に描かれた赤い金魚の真ん中で、黄色いたんざくで結んだリボンがひらりと揺れた。 「星の行列。 蛍の教室。 それで月はひとつ。 お日様もひとつ。 ひとつのものは東京からも見えとる・・・空は繋がっとるでね、おばあちゃん」 濃紺の天に瞬く星は、髪飾りのようだった。 そして朝になると薄紫の山に変わる、空の不思議が多希子はとても好きだった。 冴の寝息を聞きながら、その晩も母を思った。 映画とお寿司とネッカチーフが好きな母。 中庭でフラフープをこっそり回していた母。 『お父さんは遠くに行った・・・』と嘘をついた母。 多希子は自分が特別な環境に置かれていることを悲しいくらい知っていた。 八月に入ったある晩、畳の上には、見たこともない大きい網の家が聳えていた。「今夜から、この蚊帳(かや)の中で寝るで」「蚊帳?」 「夏はここでみんなで寝るの。 蚊に刺されんように」 「網のお家だ!勝樹、ここに入って学校ごっごする? 戦争ごっこする?」 「タッコ、戦争ごっこは止めな」 【ねえお父さん。 この年はね、1955年8月6日の第一回原水爆禁止世界大会から7年が経っていた】 次回 「少女の乗った電車」 photo by しば桜さん
2007/11/14
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ふたりは草むらに置いたランドセルを背負うと、足早に山を下る多希子に歩調を合わせた。 輝く目の先には、発想のアンテナをくすぐる物がいくつもあり、多希子は土まみれになりながら忍者に浸って山を下った。「敵がおらんじゃん・・・」 「蜂と、かぶれる葉っぱが敵な。 これはシュルケンが使えん時の刀」「ただの枝じゃん。 タッコちゃ、町の女の子は忍者ごっこするの?」「せんよ、チャンバラごっこをした。 だから町じゃできん遊びをするんな」 「男子の遊びずら? お嫁にいけんに」 良子は、今頃になると聞こえていた子供達の声や、てんでに(各々)家路に向かうランドセルが、見えなくなったことに首を傾げていた。 「道草くっとるにしても、姿が見えん・・・」 台所の窓からは石垣と、傾斜を使った畑、大きな無花果の木が見える。 蒸かして塩を振ったとうもろこしをザルにあげ、卓袱台に置いた良子は、井戸にむかった。 午後の陽射しを背に、歪んだひしゃくで井戸水を飲んでいると、竹やぶから聞きなれた声がしたので、何の気なしに石垣の上を見上げた。 そして良子は仰天した。竹林から一人、二人と出てくる少女達は、頭に蔦を絡ませ、左右のパンツのゴムにスカートの裾を挟み込み、膝は土まみれで、太腿まで露に出している。 何とも恥じらいのない格好だった。「よいしょ!っと」 「あれー!何ちゅう事かな。 どうすりゃいいら・・・」 躊躇いから脱皮したたおやかな姫は、一人二人と増えていった。山を下った姫達は、お叱りのほとぼりが冷めた頃を見計らって移動した。 小屋の周りに何本も大木が茂る仁美の家。 横ずれした姫達は唇の端っこを上げて笑った。「ここなら、見つからん」「タッコちゃ、わくわくするに!」「私はひやひやする」 「ね? おままごとより面白いら?」【ねえ、お母さん・・・このころの私はとても輝いていたと思う。 蜩と朝靄、沢蟹とせせらぎ、山道と笑い声、夕焼けとアルプス。 自然が凛と佇むだけで、贅沢なスクリーンがいくつも重なる。 石垣の間から時々蛇が顔を出したり、蜂に刺されて大騒ぎしたり、柿の木に下げたブランコの縄が切れたり・・・いろいろあったけれど、楽しかった】
2007/11/13
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シーン 21「夜空の髪飾り」 姫の変身 うっそうとした山道を彩る赤や黄色の傘が、風車のように回っていた。 和みの声は研ぎ澄まされた山里で戯れ、緑の雫に吸い込まれて消える。 盆地の梅雨が明けるようとしていた。 多希子が新しい学校に馴染んだ頃、興味の的に退屈を仕掛ける少年がいた。 その朝、新入りの机に炭が積んであった。多希子はランドセルを背負ったまま、右手で一気に炭を払いのけ、主犯格の広隆を睨みつけた。 彼は興味の的が予想外の行動に出たので、頭を掻きながら気まずそうな顔をした。 多希子は集団に近づき、煤がついた手を広隆のほっぺたに押し付けた。 「な、何するんだよ!」 「タッコは知らんに!あの炭、給食室に返してきな」 「ああ・・・」 黒い手形が付いたガキ大将を見た女子が笑っている。 一時間目の鐘が鳴ると、髪をきちんと整えた福沢が出席簿を小脇に挟んでやってきた。 彼等はふてぶてしく席についた。 広隆がそっと窓際の後ろの席を振り返ると、「ふん!」と言って多希子が顔を背けた。 あくる日もその次の日も、悪戯の仕組みは滑稽で、多希子の周りを胞子のように舞っていた。 けれど、様子を伺う福沢の気配も姫のはにかみも、風通しがいい教室も多希子には新鮮で、居心地を左右するに至らなかった。 視界に入る自然の総てが、心を朗らかにしてくれた。 ある日、草むらをかき分けて下校する多希子を、優等生の京子が呼び止めた。 「タッコちゃ、そっちは違うに」 仁美が黒い髪に負けない位大きな黒目を見開いて、多希子のブラウスの裾を摘まんだ。「そうだに。 道もないに」「ここを下ると大谷の裏の竹薮に出る。 うんと早く帰れるに!」「大丈夫け? 」と首を傾げたふたりは、自信ありげな多希子の後を恐る恐るついていった。 程よく湿った土に三人の足跡がつき、なだらかな山の下りに小道ができていた。「ほら、あそこ・・・天竜川が見えるら?」 「ふ、ふんとだ・・・ここから天竜川が見える! 」 「ほら、屋根が見えるら? 田んぼも見えるら?」 「うん、見えるに。 ほら、あそこの大きい柿の木のむこうは、仁美の家の牛小屋だ! 」 「いい? ここを一気に下るで、歌うんだに『忍者部隊月光』」「ええ? 仁美は歌えん・・・」 「月光、半月、みか月、忍者、それにシュルケン!」 多希子は山で見つけたイガイガの植物を給食袋から取り出し、得意げに微笑んだ。「シュ、シュルケン? 」 いつも視野にあった植物の欠片が、ふたりには何故か新鮮に見えた。
2007/11/12
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シーン 20 山脈の曲線を映す空は、まろやかな青を放っている。 放し飼いにされた数羽の鶏が、いつもと違う庭の光景に鶏冠を揺らして散っていった。姫の集団に交じった多希子が、頭を掻きながらにっこり笑う仕草を、冴はうれしそうに眺めていた。「すぐにランドセルを持ってくるで、ちっと待っとってね」 勝手口から、前掛け姿の良子がつっかけ(サンダル)を履いて庭に出てきた。「頼むでね」「はーい」 少女達は家を出る時、母親に言われた言葉を心の真ん中に置いていた。 ランドセルを背負った多希子が、靴のつま先をトントンと地面に叩きながら出てきて、姫達に頭をさげた。「お願いします」 冴は赤に交じった黄色いランドセルが、小さくなるまで手を振った。 欄干から川に沿って緩やかな山道を歩きはじめると、陽だまりで肘を突き合う姉妹が、多希子をふり返り「 もっとゆっくり歩こうか? 」と訪ねた。 多希子は弾むように駈け寄った。「いいに、タッコは大丈夫だでね」 「タッコちゃ、この奥の山道はね、冬は凍るんだに」「滑るで、冬はもうちっと速く家を出んといかん」 五年生の茂子が、妹の手を引きながらそう言った。「木と木を縄で結べばいいに」「縄に掴まるの?」「男の衆だってそんな事せんよ。 考えもせん」 最年長の紀子は、多希子の発想を頼もしく思いながら細くなったせせらぎを「よいしょ!」と跨いだ。「蟹だ!蟹がおるよー!」 多希子はしゃがみ込んで、小石に隠れた沢蟹に触れようとした。「タッコちゃん、蟹に見惚れとったら学校に遅れるに」 同級生の京子と仁美が、背中で声をかけた。 「町には蟹がおらんで珍しいんずら」 「ふんとだね。 あんねん嬉しそうな顔をしとる・・・」 photo by kitakitunejijiさん 次回 「夜空の髪飾り」
2007/11/08
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シーン 19 一年生と墨で書かれた木札の下で、ガラガラと音を立てて扉が開いた。 すると、団子になった集団がみるみる散った。「転校生を紹介します!」 赤面した多希子を、背中のランドセルが「ポン!」と押した。 「わあー、町の転校生だぞ!」 教室は再び騒ぎとなった。坊主頭と坊ちゃん刈り、おかっぱ頭と縄のような二本のおさげ。たくさんの顔が、飛んだり跳ねたりしはじめた。「林 多希子です。 お友達になって下さい!」 多希子の凄味は教室のざわめきを鎮め、福沢も差し伸べようとした両手をひっこめた。 そして黄色いランドセルのような異色の少女に拍手を送った。 翌朝、畑にいた進二がトマトを上手にもぎ取ると「洗ってからだに」と言って多希子に手渡した。 一目散に井戸の方へ走った多希子は、石垣の竹の皿にちょろちょろと流れる山水で、トマトを洗った。 「お、おいしい! 畑の匂い・・・アルプスの味」 瑞々しい畑の宝石からはほのかな酸味と甘味がひろがった。 ガクを摘まんでにっこり笑った多希子は、顎や手に滴った汁を拭った。 「おばさん、タッコはトマトで服を汚したで、東京のお母さんから届いた服を着る」 多希子が箪笥から出したブラウスは、襟に波のようなレースが付いており、胸元には花かごの刺しゅうがほどこされていた。「それは駄目だに、タッコ。 お出かけの時だに」 冴がきつく言ったので、多希子は儚げな笑顔で良子を見上げたが、良子も同じで味噌汁をよそっていた。 「何でな! タッコはこれを着て学校に行きたいんな」「この村では、だれもそんなハイカラな服が着とらんでね」 多希子が口を尖らせてブラウスを箪笥に戻した時だった。 「多希子ちゃーん」「一、二、三! 多希子ちゃん!」 小さなコーラスを聞いた多希子は、大きな瞳を光らせた。「来た!お友達。聞こえつら?」 タッタッタッタ・・・多希子の足音連打が大谷家の朝に加わった。多希子が唾を飲み込んで、そっと引き戸を開けると、背丈が違う七人の姫達が立っていた。「あっ!」 にんまり微笑む姫の列は、気持いいほどまっすぐだった。 photo by kitakitunejijiさん
2007/11/07
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シーン18 「転校生は町からやってきた!」 【お父さん、お母さん。 私が暮らす伊那谷の空はとても澄んでいた。 でもね、元気になろうとがんばった戦後、経済産業発展とともに汚染された空の下で暮らす人もたくさんいたの・・・】 曇が割れて元気な太陽が顔を出した。山々に撒き散らされた陽光は、少女のエネルギーとなって返ってくる。遠慮のない鶏の声で目覚めた多希子は、心構えを済ませたランドセルを見た。大谷家の真ん中を突き抜ける廊下は、もんぺ姿の良子がせっせと拭くのでいつも光っていた。 湯気の立つ台所では、小さい体の冴がまな板にトントン音を立てており、畑に向かう進二の後ろ姿もあった。 繰り返される大谷家の朝だ。多希子もザルを抱え、鶏小屋にそっと近づいた。「シー・・・タッコだに。 タッコは今日から学校だで、前髪を切ってもらったんな。 おでこが広くなったら?」 朝飯が終わると、多希子は白いブラウスに紺色のスカートを履き、いくらか緊張した面持ちで、良子と家を出た。 冴は縁側で心配そうに手をふっている。「おばあちゃん、行ってきます」 裏山は陽に光る木の葉が重なり合って天井をつくり、時々隙間を見つけた太陽がふたりを照らしていた。 川のせせらぎは、木々の間の空を映し、ゆらゆらと流れる。 地面には木の根っこがいい具合に這っており、自然が拵えた階段を踏みしめる多希子の心は、弾んでいた。ようやく山の上の学校が見えてきた。 そこはとても空に近かった。「着いた!タッコの学校だ!山の上の学校だ」 校門では大きな桜の木が多希子を迎え、校舎に添って整列した銀杏の木は、多希子の背中を伸ばしてくれた。「見てみ、ここは小学校と中学校が渡り廊下で繋がっとるんだに」 トタンの屋根の下に、スノコが縦に並んだだけの廊下があった。「あっちが中学だ。 校舎が新しいし、偉い顔をしとる」 木貼りの校舎に白い格子の窓。 校庭では、遥か遠くに背の高い順に並んだ鉄棒と、大きなブランコが、競うように五月の空を仰いでいた。 「あれは赤石連峰。 この学校は絶景だに」 「空も雲も、あの山も、それに天竜川も・・・みんな生きとる気がする」 職員室の傍まで来ると、涼しい顔でふたりの方へ向かってくる人を見て、良子が「福沢先生」と言った。 そして多希子の背中を二度ほど撫でてから、担任になる福沢に深々と頭を下げた。ふんわりとした笑顔と、パーマネントでふくらんだ髪にはヘアーピンが留めてある。 多希子は柔らかな手と握手を交わし、福沢の左右に動くお尻を見ながら、きしむ廊下を歩き出した。
2007/11/05
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シーン17 その晩、冴と良子が五平餅をこしらえていた。良子は膝の先ですり鉢を支え、味噌に山椒や胡麻を加えて擂りはじめた。 冴は小判型に丸めたご飯を、竹串に三つずつ刺して網の上に並べていく。 ふたりの手は魔法のように動いていた。「何しとるの?」 囲炉裏の上の天井は高く吹き抜けており、煤で黒く覆われている。「今夜はタッコちゃのお祝いだに。 五平餅をこしらえとるの」「いい匂い! 囲炉裏の炭で、お団子の行列を焼くの?」「そうだにタッコ、ここに座りな」 冴は隣に多希子を座らせ、小さい手をとった。「タッコ、五平餅は伊那谷のご馳走だでね。 たんと食べて大きくならにゃあ」 「うん」 暫くすると、ごはんに塗った小判の味噌がじりじりと動き出し、香ばしい焼き色を作っていた。「いい匂い!」 多希子が屈みこむと、小さい冴の顔が誇らしげに膨らんだ。 進二が息子の勝樹を連れて囲炉裏端にやってくると、竹串にしがみ付いた歪な小判を見て微笑んだ。「さあ、みんな揃ったで食べめえか」 こうして、図々しく行列に加わった多希子の傑作は皆の心を和ませ、歓迎会には胡麻や山椒に負けない、心の香辛料が漂った。 こうして新しい家族との暮らしがはじまった。 オルガンの下で眠るランドセルには、去った人のぬくもりが詰まっていた。 夜が深まるにつれて、天竜川が自然の息吹を唸らせた。 雄大かつ繊細な流れの運びは、心の色に沿って和音を奏で、多希子の五線譜に新たな音色が加わった。 次回 「転校生は町からやってきた!」 photo by しっぽ2さん
2007/11/04
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シーン 16 「豚と鶏のお出迎え」【ねえ、お母さん。お父さんが死んだ後、真沙母は辛かったと思う・・・その後私は、お母さんが生まれ育った大谷の家で暮らす事になったの】 山肌におりなす雪占は、自然の息吹をたっぷりと吸い込んで、柔らかく光る。多希子を育てることになった良子は、いつも朗らかな笑顔を絶やさない働き者だった。 多希子はザルを持って畑に向かう冴の後ろをついていった。 鶏小屋の前にやってくると、モンペの紐を結びなおした冴は、よいしょ!と言って腰を屈めた。 「タッコ、生みたての卵だに。ぬくといに」 「ふんとだ!ぬくとい」 新入りに驚いた鶏は、突然コッココッコと騒ぎ出し、羽や糞が付いた棚に避難した。 「ああびっくり! 卵の当番になったタッコだに・・・どうぞよろしく。 明日からは驚かんでいいでね」 多希子はザルに入れた卵をしばらく見ていた。 そしてひよこになれない卵をそっと撫でた。 豚小屋では、三頭の豚が大きな鼻を鳴らしていた。 おまけのような尻尾をつけた子豚が、格子の隙間から鼻を出した。 「く、く、臭い!タッコは卵が落ちるで、鼻をつまめん・・・」 photo byしば桜さん
2007/11/03
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シーン15 「母とのわかれ」 真沙にとって、茂夫の死は途轍もない天からの放射能だった。 真沙は東京に行く事を決めた。 幼い子を連れての都会での再出発を理解した上で、両家は一時「忘れ形見」を引きとることにした。 林家では働き者の志津が牛の世話から戻り、睫毛の下で大きな瞳を潤ませて座敷にやってきた。何も知らない亜由美は、ハタキで二匹の猫を追いかけている。「直ぐに亜由美を迎えに来ます。 しっかり環境を整えて・・・」 真沙は畳に額をつけた。 大谷家では、母や兄弟と離れて暮らすことを自覚できる多希子が訊ねた。「ずっとタッコを覚えとる?お母さん、本当に迎えに来る?」 亜由美と違って、多希子が東京で暮らせる日は遠いかもしれない。 良子は前掛けで目頭を拭った。「迎えにくるってやあ! おばあちゃんがいるで、安心していいでね」 冴は、膝を揃えて健気に真沙を見つめる多希子に、熱いまなざしをむけた。「東京はアルプスのむこうよ。 いつもタッコを見てるから。 きっと迎えにくるから・・・」 真沙は一度多希子を抱きしめたが、すぐに立ち上がり、背を向けた。 底流の人は、さざ波のゆくえを見守りながら大海への軌道を踏み、ぬくもりが去った小さな胸は、新たな覚悟を立てた。「タッコは悲しくないでね。 寂しくないでね・・・」 永遠は、絶えまない一瞬の積みかさねであることを裏切らない。 次回、永遠に第三章 1 「豚と鶏のお出迎え」
2007/11/01
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