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今度の日曜日には法事で東京へ行く。日帰りなので、もちろん新幹線利用だ。そしてその日は店の方も全休の予定にしていて、帰っても店に出なくてよいので、心置きなくアルコールを摂取することが出来る。さしあたって帰りの新幹線では、崎陽軒のシュウマイ弁当なんぞをつまみながら、ビールの1本も飲みたいところである。と、ここで問題が発生した。いや、「問題」というほど深刻なものではないのだが、私にとってはちょっと考え込むに値することだ。私は以前の記事にも書いたことがあるが、缶ビールにそのまま口をつけて飲むのは嫌いだ。家で飲むときは、必ずグラスに移して飲む。もうかれこれ何年になるか思い出せないくらい、缶からダイレクトに飲んだことが無い(それだけアウトドアで飲む機会も無いということか)。しかし新幹線の車中という状況下では、グラスを使用するというのはちょっと難しい。かといって、それだけの理由でビールを断念すると言うのもイヤだ。というわけで現時点で考えているのは、思い切って日本酒とかワインなど他の酒類にスイッチするか、あるいは前もって紙コップを購入して持参するか、そのどちらかだ。ただ日本酒やワインにしても、結局はその容器のことでいろいろ思い悩まなくてはいけないだろうから、現時点では「紙コップ案」が優勢である。しかしこれをご覧の方には、「何をコイツはしょうもないことで悩んでいるんだ!?」と呆れられているんだろうな、きっと(笑)。
2010年09月30日
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尖閣諸島での中国漁船騒動で、逮捕された船長が一転して釈放になった一件、メディアでもネットでも、ものすごい反響が見られる。で、そのほとんど全部が、この件に関して政府の対応を批判する内容だ。かなり過激な内容の記述も見られる。私自身も今回の政府の対応(地検の独断とは言っているが、そんなことは有り得ないだろう)には、確かに納得はいってない。しかしながら、コトの是非をとりあえず置いておいて、今回の騒動を客観的に見た場合、ここまで世論がひとつの方向にまとまっていることに、なにか薄ら寒さを感じる。日本がもしも今武装国家だったら、すぐに一瞬即発の状態になりかねないような勢いだ。マスが一定の方向を向いた場合、それを中和するべき「逆論」もときには必要かもしれないが、いまここでそういうような意見を発したら、それこそ袋叩きに遭いかねない、「非国民」扱いされかねない、そんな雰囲気すらある。例えは適切ではないかもしれないが、小村寿太郎がポーツマスから帰国したときの日本国民の苛立ちを連想させる。領土問題という、民族にとって非常にデリケートな問題だからこそ、自らの不利益にはみんな敏感になるのだろう。それでもやはり、ちょっと気味の悪い状況には違いない、と感じている。
2010年09月26日
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このところ、ロゼワインにブームの兆しがある。コトの起こりは今年の夏、ロゼワインの氷を浮かべた、「ロゼ・オン・ザ・ロック」という飲み方が提唱されたことだ。もともとロゼワインというのは赤や白に比べて、どちらかと言えばカジュアルな色合いの強いものなので、そういう飲み方をしてもあまり「邪道」呼ばわりされることもないのだろう。そして昨日の「中秋の名月」に合わせる形で突如浮上してきたのが、「満月ロゼ」。なんでも「満月の夜にロゼワインを飲むと、恋の願いが叶う」というジンクスがあるというのだ。そんなジンクス、どこから来たモノかサッパリ分からないが、なにやらこじつけっぽく聞こえなくもない。そう思って調べてみると、どちらも仕掛け元は、あの「イオン」だというではないか。しかも「満月ロゼ」に関しては、テレビCMまで作られているのだ(→コチラ)。これで一気に興ざめしてしまった(笑)。もっともこれらがきっかけになってロゼワインの認知度が高まってくれれば、我々としても商売的にはプラスになるだろうから、望ましいことには違いない。しかしながら私としては、何だかとても面白くない。私も数年前には、当時赤ワインの前に限りなくカゲの薄くなったロゼワインを盛り上げるべく、キャンペーンを打ったことがあった。「ロゼワインを持ってお花見に行こう!」というのと、「一家に一本、辛口ロゼ」というのがそれだ。確かその時にはいくらかのお客さんの間では反響があったが、もちろん吹けば飛ぶような小さな店でのこと、巷にブームを巻き起こすというところまで至るわけもなく、そのうち次第に忘れられていった。もちろん私のところとイオンのような大きな存在を、同列に見るのは無謀極まりないことだが、私があれだけ必至でやった実績が、今回イオンが起こしたムーブメントの前では、米粒ほどの存在感でしかないというところに、限りない脱力感を感じてしまうのだ。もっとも、だからと言って挑戦は止めないけどね。
2010年09月23日
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このブログも今日でやっとこさ、200,000アクセスに到達した。私は別に、アクセス数というものにそれほど執着したりはしないが、まあ何か目に見えて成果が出るものがあれば、自然と目が引き寄せられてしまうから、今回も数日前から気にはなっていた。そういえば100,000アクセスはいつだったかな、と思って過去ログを紐解いてみると、2008年5月24日だった。その日の記事を見ると、書き始めてから「1,537日目」とあった。そしてそこから、今回200,000アクセスに到達するまでに要したのは「848日」と、前回までに日数の半分強と、かなりハイペースにはなっているが、100,000までは割とこまめに更新をしていたにもかかわらず、ブログの更新頻度が落ちてからの方が逆にアクセスが増えているのは、少々皮肉な話ではある。まあそれはともかく、いつもご覧頂いている皆様には、改めて感謝申し上げたいと思います。どうもありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
2010年09月19日
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以前にもここに書いたことだが、私たちが今、酒類業界の情報を得る手段は、取引先(メーカーや問屋)からリアルに耳にするか、あるいはインターネットを利用するかだ。ただメーカーも問屋も人員削減で、一営業社員の負担が以前よりも大きくなっている現状では、なかなか彼らと会う機会も少なくなっていて、どうしてもインターネットに依存する割合が増えてしまう。しかしインターネットで仕入れる情報というのは、基本的に一般消費者と同列だ。業界人の優越性というものは無い。それどころか一部には、われわれ以上に情報を集めている方々も少なくないので、総合力では勝っていても、部分部分においては酒屋よりもお客の方が詳しいという、いわば“逆転現象”が起こっているのだ。それが私にとって、以前からたまらなく悔しく思っていることだ。先日、とある酒蔵の方とお話をしていたときもそんな話題になり、私は彼にその悔しい思いを語った。すると彼は、そういう気持ちもわかるんですけどね、と前置きした上で、こう続けた。情報が造り手から消費者へ一方的に流れるという時代は終わった。情報は流すものではなく、共有するという意識が必要だ、と。さらに聞いてみると、彼も私と同じような思いを持っていたことがあるらしい。あちこちの酒の会などで直接消費者と触れ合う機会も多いようだが、造りの細かいことなどについては、さすがにまだまだ素人さんよりも一日の長があるものの、例えば他社のお酒のこととか、そういった周辺情報に関しては、圧倒的にマニアの方の方がよく知っているというのだ。確かに面白くない、しかしそれが現実であり、そういった人達を情報量で追い越すことにシャカリキになっても仕方が無い。それよりはそういった情報を上手く利用させてもらおう、という風に発想を転換したということだ。なるほどある意味、情報に対して謙虚にならなければいけない、ということだろうか。私も発想の転換をした方が良さそうだ。
2010年09月16日
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先日、実に画期的な野球中継が放送された。9月9日のことだが、実はキー局のTBSではどうだったのかよく知らないのだが、当地のネット局であるCBCでは、中日vs阪神戦と巨人vs横浜戦を二元中継した。ただ今までなされていた二元中継というのは、あくまでもテレビ局の主導権の元で2カードをスイッチするものだったが、今回はデジタル放送の特性をフルに活かして、手元のリモコンのボタンの切り替えによって好きな方が観られる、というものだ。これは素晴らしいことだ。しかしこれだけで終わらせるのは勿体無い。2つのコンテンツの好きな方をチョイス出来るということなら、例えばキー局が絡まない野球中継を、キー局の番組との選択にすることで、野球を見たくない人の不満を解消できる。「キー局が絡まない野球中継」というのは、首都圏の方には分かりにくいかもしれないが、名古屋でのドラゴンズ戦というのはこういうパターンが多く、その間の本来の番組は、週末の昼間などの空いた時間帯に押しやられているのが実情なのだ。あるいは最近トンとやらなくなった「中継延長」。これについては、その後の番組がすべて繰り下げになってしまうことに対する批判があった訳だが、これも後番組との選択制にすれば一気に解消だ。またひとつの中継試合の中でも画面を使い分けることが出来る。今の野球中継は、バックスクリーンのところのカメラから、ホーム方向を真正面に捉えるアングルが基本になっている。確かに球筋、配給、キャッチャーの仕草などを見るには、これが一番理想的だが、如何せん実際に球場に行ったとき、こんなアングルで見ることはないから、ちょっと臨場感に欠けると言わざるを得ない。臨場感ということで言うなら、例えばバックネット裏あたりからパンで撮る画像の方がリアリティがあるだろうから、そのアングルの画面を用意して、視聴者に選んでもらうのもひとつの手だ。とにかく考えれば考えるほど、いろんな可能性が考えられる。もっとも素人の私が思いつきで言っているまでであって、実際に技術的にはどうか、ということもあるかもしれないが、総務省に追い立てられるようにして大枚はたいて、地デジ対応テレビを買ったのだ、提案くらいはいくらさせてもらってもバチは当たるまい。
2010年09月12日
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今年のような猛暑は論外だが、そこまで暑くはならなかったとしても、夏場の仕事でいつも困らされることがある。それは、「汗」だ。私は誰にでも自慢できるほどの、無類の「汗っかき」だ(もっともそんな自慢、誰もして欲しくないだろうが)。しかしこれが仕事をする上では、とかくマイナスに作用する。まず、汗まみれになった服を着たまま、その格好が不釣合いだと思われる仕事をこなさなければいけない。例えば配達の仕事で大汗をかいたまま、すぐ次のお得意先で商談があったり、店に帰って店番したりするが、いずれにしても汗まみれのままではちょっとみっともない。着替えたほうがいいかな、とも思うものの、そのサイクルが細かいが故に、現実的にいちいち着替えるわけにもいかない。また私が飲食店に配達にお邪魔するときには、その店のお客さんに接近することも多い。そんなときにもやはり気を遣う。お客さんだって、せっかくいい気分で飲んでいるときに、汗まみれの中年男が傍らを通り過ぎていくというのは、決して気分の良いモノではないはずだから。あるいは板張りや畳敷きのところを通って納品する場合、そこに私の汗が滴り落ちるということも無いではない。これとて首から掛けたタオルでこまめに汗を拭く以外、防ぎようが無いわけだが、100%防げるとは限らない。汗をかかないタイプの人間だったらどんなにか良いことか......と、ずっと昔から思っているのだ。
2010年09月09日
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昨日、とあるアミューズメントパークへ家族で出かけた。夕方になって、さあ帰ろうとしたとき、ちょっとしたトラブルに見舞われた。そこを出る直前には、私は二人のムスメを連れて園内を飛び回っており、少々お疲れ気味の妻は別行動で温泉に入り浸っていた。携帯電話で連絡を取り合って、何時何分にクルマの所で落ち合おうということを確認し、その時刻に合わせて駐車場に向かった。ところが、駐車場に着いてみると、なかなかクルマが見当たらない。確かこの辺りだったはず、と見当を決め、その周囲を眺め回したが、まったく見当たらない。そうこうしているうちに妻も合流し、開口一番、「ねえ、クルマ停めたの、この辺よね!?」彼女の記憶も私と一致しているようで、それが私を不安にさせた。とにかく探すしかない。私たちは二人のムスメをその場に残して、その駐車場を片っ端からくまなく探した。しかしどこにも見当たらない。私のアタマを、「盗難」の2文字がよぎった。ちゃんとカギは掛けたはずだ......窓もちゃんと閉めたはずだ......イモビライザーこそ取り付けてないが、これだけたくさんのクルマがある中で、よりによって何でウチのが......明日からクルマ無しでどうしようか......保険どれくらい下りるのかなあ......様々な思いが頭をかすめる中、躍起になって探したが、やはりどこにも無い。いよいよ私は覚悟を決めた。これだけ探して無いとなると、もはや盗まれたに違いない。とりあえず妻には、ムスメたちを連れて先に電車で帰るように提案し、私は閉園時間(午後10時)を待って警察に通報することにした。しかし妻はちょっと思い当たるところがあったのか、「もうちょっと探してみましょう」。そして駐車場の外の方へ向かってすたすたと歩き始めた。駐車場の向こうには1本の道があって、実はその向こう側にはもうひとつ駐車場が広がっている。いわゆる混雑時の「第2駐車場」だ。その存在はアタマにあったものの、私は来園時にその間の道を越えて来た覚えが無かったので、始めからその可能性は無視していた。しかしズンズン進んでいくうちに、そうだ、確かここは来るとき通った道だ、それがはっきりと確信できるようになった。だんだん記憶が明らかになってきた。そしてそれに比例して私と妻の歩調は、次第に早足から駆け足に変わっていった。あとはもう時間の問題だ、ほどなくしてクルマは無事に見つかった。言い訳っぽくなるが、最初に捜し歩いていたところとほんとに同じような景色のところなのだ。この間ザッと50分ほど、まったくちょっとした記憶違いで、無駄な時間を過ごしてしまったものだ。それにしてもあわてて通報しなくて良かった。危うく赤っ恥をかくところだった。ところでわがムスメたち、このような非常事態に直面して、さぞや心細かっただろうと思いきや、終始そんな表情ひとつ見せず、まことにのんきなものだった。あとで「どんな気持ちだった?」と聞いてみたら、「ん~、何ていうか、実際にこういうこと(クルマの盗難)ってあるんだなぁ、って、ドキドキした!」そう、人の気も知らないで、まるで他人事なのだ(苦笑)。もっとも心配でベソでもかかれるようでは、私たちも余計困っただろうから、この能天気さには感謝せねばなるまい。
2010年09月06日
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ウチの店から配達するお得意先にもいろいろあるが、その中に何軒か、靴を脱いで行かなければいけないところがある。いわゆる「お座敷のある」お店にそういうところが多い。ただこれが結構厄介なのだ。納品の際、品物を何点も運ぶたびに靴の着脱が生じる。ただ普通の着脱ではなく、重い荷物を持ってのことだから、狭くて散らかったところだと、バランスを崩して倒れそうになったりすることもある。足は体を支える根本だから、どんなに力が強い者でも、足下がふらついては元も子もない、そんなことを改めて痛感する。まあもっとも、仕事自体は手馴れたものだから、どんなところにも不自由なく行けることは行けるのだが、キチンと靴を履くことが困難なので、かかとを踏んづけた状態で歩いたりして、すぐに靴をダメにしてしまう。そういう意味では余分にカネが掛かってしまうという不満はある。かといって我々が仕事をする上での環境を改善してもらうなど、立場的にまず有り得ないことだ。しかし、靴を脱がなければどんなに仕事がラクか、と何かにつけ思ってしまう今日この頃なのだ。
2010年09月03日
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