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人と会うのは楽しみで近況と収穫を聴けば参考になることが多い自分の思考と人の思考から常識の違いを知り受け入れることで幅が広くなり懐も深くなる認め合い理解し合えれば信頼し合えて絆が生まれる孤独感は無くなり心が安定して来る交友の縁は大切なものだろう人はその基盤・生い立ち育ちと条件制約によって常識が違うもので、その影響を強く受けて成長してゆく。地上のある一点で生まれ育った人間にとって共生と交友は別の一点を知ること、助け合うことで人生に広がりが出てくるだろう。見識を高めることで思考は無限に広がってゆく。自分の思考と人の思考の違いから常識の違いを知ること、受け入れることで幅が広くなり懐も深くなってゆく。認め合い、理解し合えれば信頼し合えて絆が強く成ってゆく。自分に自信がもてなかった人もその時点で孤独感が無くなって心が安定して来るだろう。この世に共生するものとの交友は良き因縁側であるほど感謝、報恩の志をもたせ、人智を尽くして人智を超えてゆくことができるようになるのだろう。 2019年7月31日 琢
2019年07月31日
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自己チェックの励行人は知らずに変化してゆくもので自分の願いの路線を外れることが有る真っすぐのつもりがどこかで歪みを生ずるものでこんなはずではなかったと歎くことが無いように自己回帰のときをもつ 現象とその原因を正し軌道修正をすれば紆余曲折にも味が出てその人となりとなる映し鏡で自分を観れば修正点が観えて来る長い道のりを考えてみればちょっと角度が違っただけで遠い先では願いとは全く違う道になっていることが多い。描いたはずの青写真とは違う方向に行っていることが有る。そういうときのために常に自己チェックの励行が必要だろう。この世は時と共に変化し、それに合わせて自分も変わってゆくもので、気が付いたときは自分の願いの路線から外れていることが多い。こんなに歪んだつもりが無くても無意識に修正していることも多く、先で歎くことの無いように自己回帰のときをもつことだろう。基盤・生い立ち育ちと自業・与えられた現実を観てその原因を正しておくこと、軌道修正をしておくことが重要だろう。精進の結果の紆余曲折には味が有るもので、その人らしさを表している。映し鏡で自分を観れば修正点が観えて来る。人も与えられる現実も自分のこころの映し鏡だろう。交友や取り組み、挑戦は大いにやっておくべきで、その果報を観れば自分の心で行為した結果が観えて来て,どう因・心の転嫁をすれば良いかが解って来るだろう。 2019年7月30日 琢
2019年07月30日
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かたより、こだわり、とらわれが有れば他が見えず、聞こえず固執して間口を狭くする他への配慮ができなくなり同じ失敗を繰り返してしまう何で自分だけがと思うが自業自得に気付かず愚かさの自覚ができないまま自分だけの世界にこもってしまう原点回帰することでその何故かが観えて来るだろう痛い目に遭うほど人は賢くなり鏡に映る自分を観るようになる過ちを正すことで領域が広がってゆくだろう人がどうにもならなくなってしまうのは自分だけの世界に引きこもってしまうときだろう。自分を客観的に見られず、自己正当化から外界が見えなくなっているときだろう。何とかしてあげたいと思っても聞く耳をもたず、放棄して諦めてしまう状態に同情するしかなくなってしまう。自分の至らなさは本人が分かっているが素直に成れず、生まれて来なければよかったと思うようになってしまう。長い目で見ればそれも通過点だが、克己ができなければ成長は止まったままになってしまう。原点回帰ができれば、何故かの意味が解って来るもので、外で痛い目に遭うほど人は賢くなってゆくだろう。外界を知ること、常識の違いを受け入れることで鏡に映る自分を観るようになってゆき、過去の過ちを正すことで領域が広くなって心の奥行きが深くなってゆくのだろう。 2019年7月29日 琢
2019年07月29日
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親の歓びは子の成長師の歓びは弟子の成熟で自分の為でなく他の為に人は労を尽くしている自分のために弱く他の為には強く成れる他の役に立てればうれしく他の歓びが本心の歓びで自然の摂理はすべてに意味が有ってすべてが何かのために生かされている良心に従って生きれば相応の果報が得られ使命を果たしたことになる願いは大きいほど得るものも大きいが、小さいからと言って意味のないものは無いだろう。経験を積むほど世の中のことが解かってくるもので、願い、目的が有るほど選択に迷いが少なく道を歪めることも少なくなる。人は本心の歓びを求めて生きているもので、親の歓びは子の成長、師の歓びは弟子の成熟だろう。自分のために弱く人の為には強く成れる。他の役に立てればうれしく、他の歓びが自分の本心からの歓びになっている。自然の摂理すべてに意味が有り、すべてが何かのために生かされている。有るがままに有りのままに良心に従って生きれば相応の果報が得られ、他の為に尽くすことで使命を果たしたことになっている。四苦八苦は誰にも有るもので超えるたびに人は強く成ってゆく。領域が広くなるほど影響力は大きくなってゆき、充実感は悦に入るのだろう。 2019年7月28日 琢
2019年07月28日
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良いことが有れば誰かの御蔭と感謝し悪いことが有れば自分の責と改める自己の修正浄化は課行と戒めからで考え方、感じ方が変わり摩擦が少なくなってゆく心を整えるのはそこから始めれば迷いや不安が無くなりその経験の積み重ねで心が安定し何を為すべきかが観えて来る何で自分がこんな目にと思う前に行為から改めてみることが得るべき智慧だろう。行為は心で為すもので、その行為の反応は必然のものだろう。反応が悪いと言って人のせいにせずに自分から発したものと、ただ不運を嘆くのではなく、その不運の原因を取り除くことで自分を変えてゆくことができる。良いことが有れば誰かの御蔭と感謝し、悪いことが有れば自分の責と改めることだろう。自己の修正浄化はその心掛け一つで、課行と戒めと共に原因となった行為から改めれば考え方や感じ方が変わりこころも変わってくる。自分を整えるのはそこから始めれば摩擦が少なくなって心が安定してくる。善我を育んで自分を変えれば本当の自分が見えてきて、何を為すべきかも観えて来るだろう。 2019年7月27日 琢
2019年07月27日
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途上には明るいことと暗いこと光と闇が混在していて他山の石か身に迫る恐怖迷いと不安感四苦八苦は誰にも有るもので赤対心でいるか暗い心になるかは光を観るか闇にとらわれるかすべて自分次第だろう快のために気力を振り絞り苦に学ぶことが多い明るくなるか暗くなるか恩恵に感謝するか苦難に備えるか信じるしか心の安定は無いだろう人は思い思いに行動しているもので自分だけの都合に合わせてはくれず、この世は思い通りに成らないことばかりだが、赦す心が有れば心には奥ゆきが出てくるだろう。想念が暗くなれば表情も暗く、自他を信じるものは明るい方向に歩んでゆく。すべての事象は通過点として光を観るか闇を観るかで表に出る表情が違ってくる。誰にも四苦八苦は有るもので、身勝手に生きるか相手の立場に立てるかで明暗が分かれてしまう。すべて自分次第で、歓喜のために耐え忍び、苦に学んで自己の修正浄化をするか、与えられた恩恵に感謝し報恩のために生きるかで歩む軌道が違ってくるだろう。信じるしか心の安定は得られないだろう。他の為に尽くし、騙されても赦す心さえ有れば怒り、怨み、憎しみにとらわれることは無いだろう。 2019年7月26日 琢
2019年07月26日
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愛は与えっぱなしのもの見返りを求めずさりげなく手向けるもの独占欲を超えて菩提心で行為しかけた情けは水に流し受けた恩を石に刻む恩着せや押し付けをせず思いやり、気くばりで包み込み黙って施すことで徳積みになるものでいつか自分に幸せをもたらすもの人は救われ、生かされているものでその願いは他の為のものだろう20世紀の三毒と言われるものは唯物主義、刹那主義、利己主義で、目に見えるものだけしか信じず、人生の目的をものやお金でそれさえ有れば何でも買えると錯覚した時代だったが、科学や文明の発達は目覚ましかった。そのすべてが便利なものばかりで人の為になるものだった。家族や友人、知人、同志や仲間、みんなのためになるものの為に積み上げた努力、その成果の根底には愛が有ったのだろう。愛は与えっぱなしのもので代償を求めず独占欲を超えて菩提心で行為するものだろう。恩着せや押し付けをせず、思いやり、気くばりで包み込み黙々と施すもので徳積みになってゆくものだろう。いつか自分に幸せをもたらすもので、人は救われ、生かされているもの、どの時代、誰のこころ・魂にも根柢には愛が流れているものだろう。21世紀はこころ・魂の時代で見えないものを信じ、物やお金の獲得が人生の目的ではなく、どれだけ生きたかよりどう生きたかを目指す人が多くなってゆくのだろう。 2019年7月25日 琢
2019年07月25日
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忖度で便宜を図るはさりげない恩恵で交友の広いものに多くありがたいものだが施す側が恩着せをしないもの思いやり、気くばりは押し付けるものでなくさらり、さらりと爽やかなもの人望が有り人脈の広いものほどその恩恵は多い感謝して報恩に向かうべきもので実践するほど人格が高くなってゆくしきたりに沿ったもので言わないことを美徳とするものだろう美は観る人の心に有り、幸せは我が心に有りというが、見えないものは心の中で大きく育ってゆくのだろう。相手の立場をおもんばかって配慮するものが忖度だが、便宜を図るときはさりげない恩恵になるもので交友の広いものに多く、後で気付いて感謝することが多い。施す側は恩着せをせず、代償を求めないものだろう。思いやりや気配りは押し付けるものでなく、さらりさらりと爽やかなもので人望が有り人脈の広いものほど陰の恩恵が多い。受ける側は感謝して報恩に向かうべきもので,双方が言わないことを美徳とするもので黙って行為するものを心に刻み込んでおくものだろう。日本ではしきたりに沿ったもので言わないことを美徳とするものだろう。かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 長野県善光寺石碑 2019年7月24日 琢
2019年07月24日
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何で自分だけがこんな目に遭うのか誰もが思うことでその訳が分からず感謝、反省、敬意はいつも心掛けているが願う現実が得られずその原因を正しても次から次へと苦はやって来る何も悪いことはしていないのにと思うが諦め、放棄が有れば其処で進化が止まってしまう円環的思考は時と共に本当の意味に気付かせてくれる多くの経験の蓄積からその意味を自覚するようになる何でか分からないことが多く、多くの経験と年月で忍土の仕組みが解かって来るほどその時の自分には必要だったと気付き始める。何で自分だけにと思うことが多いが、人みな同じ経験を積んでいる。交友と共に良き縁に感謝、反省、敬意で接するようになってゆくが一向に願う現実が与えられず、改めても改めても苦がやって来る。何も悪いことをしていないのにと思うが、そこで諦め、放棄してしまえば進化が止まってしまう。すべてが通過点でそこで何を気付くか、自覚できるかで歩み方が変わって来るのだろう。円環的思考は時と共に自分に与えられたものに気付かせ、自分がどう生きれば良いかの自覚ができるようになってゆく。交友と共に領域が広がるほど観えて来るようになって、前向きに障碍や試練を超えてゆけるようになる。視野を広げるほど分相応、足るを知るようになってゆくのだろう。 2019年7月23日 琢
2019年07月23日
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問題解決の必須事項は愛が有ること菩提心の行為が有れば和が生まれてくる男女の友情は本能的なものの鎮静化で理性と愛が可能にする歳月と経験から良き因縁側での歓びが得られ他力に感謝して自力の努力を重ねて為すべきことが絞られてくる他に求められたことに応えることでそれが使命と自覚できるようになる自分が何を為すべきかは成長の過程で自分の傾向を知り、本心からの歓びを知ることから途上の通過点で気付き始める。障碍や試練は必ず有るもので、願いを果たす途上で超えてゆくしかなく、我欲を通すのではなく、無知や未熟を修正事項を教えてくれている。問題の解決には愛が有ること、代償を求めない菩提心での行使が和を広げてゆくことになる。男女の友情は無いと言う人が多いが、問題は本能的なものの鎮静化に有って、理性と愛が有ること、濁りが無くなってくるまで待つこと、本当の無償の愛が湧き出して来れば、伴侶以外の友情も可能だろう。人の本心からの歓びは他の歓びの中に有って、自分が必要とされ、それに応えることからの歓喜が有れば何でもして差し上げたくなるもので、時と共に自分が為すべきことが観えて来るのだろう。使命の自覚とはそういう気付きからくるものだろう。 2019年7月22日 琢
2019年07月22日
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人は常に考えるもので四苦八苦と共に生まれたときに無かった心が出て来る恨み、憎しみは人を否定的にさせ暗い歩みをさせるがん細胞を育て多くの機能障害を起こさせる病は気からで心の在り方が運命を変える良心を閉じ込めて歪んだ道を歩ませる心を整えるために試練を与えられ超えた智慧が先を拓かせる人は成長の過程で多くの経験から自分の個性の傾向を知ることになる。自分が何ものかが分からず暗中模索の途上に在って四苦八苦と共に不安感、恐怖感に覆われ、仮我・偽我は生まれたときに無かった心になってゆく。怒り、怨み、憎しみは心を否定的にさせて暗い歩みをさせる。業・カルマ、煩悩が障碍や試練を引き寄せ、失敗に学ぶことで自己の修正浄化をさせて間違った心を整えさせようと必然の仕組みに気付かせる。多くの摩擦は因の転換で少なくすることができ、善我を育むように仕向けてゆく。病は気からで心の在り方如何で、与えられる支障や現実はすべてが必然のもの、自業自得のものとして相応の運命・果報を与えられることになる。心の原点、良心に従った歩みをすれば悔いが少なく、未練未熟の執着を起こさず、ただ素直に、有るがまま、有りのままの自分でいられるようになる。 2019年7月21日 琢
2019年07月21日
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六無為は空の状態で虚空滅無為 不動滅無為 釈滅無為 非釈滅無為 想受滅無為 真如滅無為かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく観自在で求める心禅定して至れる心境で煩悩、カルマを滅して邪気を祓い自然に溶け込んだ世界に入る殻を破り一皮剥けた自分に成る忍土の自覚 愚かさの自覚 恩恵の自覚と共に感謝、報恩の道をゆくことだろう無と空の違いを考えて、無はもともと無いものだが空は有るものを鎮静化させた状態で、人に元々有るものは煩悩、カルマで生きようとするほど現れてくるもの、自分も他人も苦しめてしまうものだろう。忍土に生きれば四苦八苦【生老病死、愛別離苦,怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦】に出遭って多くの障碍や試練を超えてゆく途上に有るのが人間だろう。苦の元、摩擦の元になるのが煩悩やカルマで有るものは無に出来ず、空じることでしか真我の遠望に至れないだろう。空に定義はないが、人それぞれの生い立ち育ちの条件、制約の違いが有るものでその中に悪癖のようにこびりついているのが煩悩、カルマだろう。禅定して空じることで、邪魔にならない自然な置物のようになってゆけば空気の流れや自然の声が聞こえるようになってゆくのだろう。邪気を祓って自然に溶け込んだ状態に入れば、かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心になってもっともっとひろい領域、高い次元が観えて来るのだろう。 2019年7月20日 琢
2019年07月20日
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扇の要要が有るからまとまっている多くの人のこころや思考も一貫性を求め歪みを是正してゆく國の要、町や村の要、家族の要精神、魂、心に一本通ったもの愛はその中心に有るもので菩提心での行使は場に潤いをもたらし全体を照らしてゆく仮我・偽我から善我を育み真我を遠望して内と外を照らしてゆく多くの試みをしながら人が求めてゆくものは根底に流れるすべての仕組みと意味を自覚することだろう。眼に見えないものを求め、見えないが故に迷い葛藤しながら心の中心軸を確かなものにしてゆく。扇の要のようにどんなものにもそれをまとめている中心軸が有る。心の奥にはその根拠になる魂が有って、智慧もつ意志のエネルギーと言われ、転生で刻まれ記憶した意識が潜在するが、この世に生まれたときはすべて忘却、喪失、無知の状態でゼロからその中心軸を構築してゆくことになる。経験と共にその何故かを円環的に思考して、何を為すべきか、その使命の自覚ができるように一貫性を求めて歪みの是正をしてゆく。愛はその中心に有るもので菩提心と共に行使して場に和をもたらしてゆく。仮我・偽我から多くの障碍や試練を越えながら善我を育んで真我を遠望してゆくのだろう。他の役に立ち歓びを与えること、そこに自分の存在価値が有り居場所が有ること、それが心の幸せになっている。 2019年7月19日 琢
2019年07月19日
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選択は迷いの元だが途上の通過点で良き因縁側での関わりは開花の肥やしになるもので感謝、報恩、敬意と共に接すれば願う果報を引き寄せることになる歪んだ道も強度を増して脆さを防ぐことにもなる過ちや無駄さえ不動の為の杖になる自分の足で歩くことが自分にしか歩めない道を拓くことになる他力に感謝して自力で歩むことだろう自力、他力は多くの論議を生んでいるが、自分の道は自分の足で歩くことが基本だろう。どう歩めばいいかは誰しもが模索することだが家族や友人はありがたいもので、その良きヒントを与えてくれる。多くの良き因縁側での関わりから多くのヒントを得ることになるが選択するのは自分自身ということだろう。迷いや葛藤はみんな同じで、歩むべき道を自分で見つけてゆくことが基本だろう。始めから、生まれたときから道が観えている人はいないだろう。紆余曲折はどの道にも有って美しく、良き縁、相談相手がヒントを与えてくれるが、感謝、報恩、敬意と共に歩めば願う果報を引き寄せることができるようになってゆくのだろう。歪んだ道も強度を増して脆さを防ぐことになる。過ちや無駄さえも不動のための杖になってゆくだろう。どの道もこれが絶対に正しいと言うものは無く、人生に本当の意味での失敗も無いだろう。自分の足で道を歩み、自分にしか歩めない道を拓くこと。他力に感謝して自力で歩むことが基本だろう。 2019年7月18日 琢
2019年07月18日
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出会い、出来事、事態に一喜一憂するが表情は明るく在りたいと思うすべてのことには相応の意味が有り今何故その現実が与えられたか楽しいことにも苦しいことにも過去からの延長が有り快は苦の励みになり苦は自分を変える糧になる障碍や試練は途上で超えなければならないもので超えた先には充実の満足が得られる充実感は信念を強くして明日の気力を沸き立たせてくれる身の周りに起きること、出会い、出来事、事態に人は一喜一憂するが、その時の表情は明るく前向きのものでありたいと思う。与えられる現実のすべてには相応の意味が有るもので、今何故その現実が与えられたかを考える。楽しいことにも苦しいことにも過去からの延長が有るもので快苦にも意味がある。快は苦の励みになり、苦は自分を変える糧になるものだろう。超えるべき多くの障碍や試練は自分をステップアップさせるもので、生きていれば迫る痛みや苦しみも超えるしかなく、超えた先には超えたものにしか解らない体験が残ってゆく。人の苦しみ我が苦しみというが、超えたものだけがその不安感や恐怖感について語ることができて説得力の有るものだろう。他の救いになることに充実感が得られてそれが信念を強くさせ,明日の気力を沸き立たせてゆくものだろう。 2019年7月17日 琢
2019年07月17日
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心を安定させるためにムラとブレを少なくし行為を慎重にして集中力を高めれば雑念が少なくなり選択に迷いが無くなる不安感や恐怖感は妄想を滅すれば経験と共に減ってゆく放棄や諦めはまだ可能性の有るものが多くすべてこれからのカオスととらえて想像上の結果に惑わされず確実、適切に対応することだろうもうダメだ、絶対無理だと思うことも、自分の愚かさからくる想像上のもので、まだ結果が出ていない未然のものが多い。心を不安にさせるものは未知のもの、未熟な経験不足のものが多く、この先どうなるかの恐怖感が心を暗くさせて消極的になってゆく。心のムラとブレを少なくすることで道を歪めないように努めることが大切だろう。本心からの・魂の願いに集中すれば雑念が少なくなり選択に迷いが無くなって来る。自分の愚かさを自覚できれば短絡的になっている想像や妄想でもまだ可能性の残っている部分が多く、まだ現実になっていないものを簡単に諦め、放棄せずに、少しの可能性を追い求め人智を尽くして人智を超えれば奇跡が起こることも有るだろう。カオスは未然のこれからのもので混沌としたものだが自分の対応如何で好転させられるものだろう。想像上の結果に惑わされずに確実、適切に対応することが未練や悔いを残さないことに繋がってゆくのだろう。そうして至るものが勝解、念、定、慧だろう。 2019年7月16日 琢
2019年07月16日
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礼儀、礼節の大切さ挨拶しないのは失礼になる人の和はそこから始まる無視されることの寂しさかと言って自己顕示はあつかましい行為は相手の立場を考えて反応には感謝と敬意で笑顔が場を和らげる良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉が場の雰囲気を良くし他に必要とされるところに自分の居場所が有る他の歓びが我が歓びと戒めと課行に励む人間は感情の動物で、敵対や悪口雑言、裏切りで怒り、憎しみや恨みをを抑えきれずに心を乱してしまう。其処での行為は取り返しの効かない過去をつくってしまう。共生には和が必須のもので、そのためには礼儀、礼節は大切な心構えだろう。人の和は挨拶から始まってゆくもので、無視されることの寂しさ、かといって自己顕示はあつかましく思える。行為は相手の立場を考慮して、その反応には感謝と敬意で応え、笑顔が有れば場が和んでくるだろう。使う言葉は良い言葉、誉める言葉、感謝の言葉が場の雰囲気を良くし、大人げない批判や揚げ足取りをしないことだろう。他の助けになったり役に立つことが歓びを与え、それをうれしく思う自分がいて、それが自分のこころからの歓びになっている。他に必要とされるところに自分の居場所が有り、煩悩、業・カルマを空じる戒めと課行の心掛けで和を広げれば自ずと道は拓かれてゆくのだろう。 2019年7月15日 琢
2019年07月15日
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夜空を見上げれば低空の飛行機が海底から見上げるホウジロザメのようにゆったりを通過してゆく点滅の灯りが美しくジュラルミンの腹を照らしながら海底の小さな生き物が見ている並んで通ってゆく白いサメ幻想的な夜の散歩自分もあれに乗ってみたい南の空から北へ東の空から西へ一瞬の夢がロマンになる昼の淀川は大きな蛇のように蛇行していて,土手を歩けば晴れた空や河のきらめきが美しい。ピクニックに来た人たちは焼き肉を焼いている。家族や友達の楽しいひと時だろう。思い出は心に刻まれてゆくもので、そこから憧れのような夢や希望が湧き出してくる。夜空を見上げてみれば、生駒山から直角に伊丹空港に向かう飛行機、北や南にとんてゆく飛行機が有る。低空の飛行機は海底から見上げるホウジロザメのようで、白い腹を見せながらゆったりと通過してゆく。点滅の灯りが美しく、ジュラルミンの腹を照らしながら、自分は海底の小さな魚のように見ている。並んで通過してゆく白いサメを観ながら幻想的な夜の散歩も良いものだ。あれに乗って自分も飛んてゆきたいと思うことも有る。南の空から北へ、東の空から西へ、そう思えば一瞬の夢がロマンになっている。人は願いと共に歩んでゆくのだろう。 2019年7月14日 琢
2019年07月14日
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何が有ってもおかしくはないがこれは誰にも言えることで自分だけでなく明日生きている保証は誰にも無い危機感は誰にも有って確立には現実味が有り形有るものは時と共に崩れてゆく体の機能も衰えてゆくもので多くの経験でカバーしている身に付けた智慧が先を拓いてゆく失敗に学び自然の仕組みに逆らえず自分の個性を生かして歩むべき道を見つけ出してゆくこの地上では時と共に変化が起きてゆくもので、その変化に自分を合わせて願いに向かうしかない。人それぞれには生い立ち育ちの条件制約が有って、その範囲内で前に進むしかない。人は共同体で共生しているもので自分だけの都合は許されず、助け合うことで良き縁を恩恵として調和する自分を求めながら歩を進めている。どんな変化が起きようとそこに自分の居場所を見つけ出すしかなく、自然の摂理に逆らうことはできない。体も時と共に衰えてゆくもので、その機能の低下は経験によって得た智慧でカバーしてゆくことになる。どう変化に対応するかがこの現象界の宿命のようなものだろう。一見矛盾のように思うが物理的な変化への対応には、変わらない愛・菩提心での対応が求められ、智慧には根底に愛が有るものが求められている。失敗に学び、自然の摂理に逆らわず、自分の個性を生かしながらそれぞれが歩むべき道を見つけ出してゆくのだろう。人の世は 必然の道 天の道 歩むべき道 辿るべくして 2019年7月13日 琢
2019年07月13日
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忍土耐え忍ぶところで多くの気付きを得る強靭な精神力は忍辱の積み重ねからで切れてその場から逃げれば得るべきものが得られず愚かさの自覚ができれば良き縁の選択ができて今までにできなかったことができるようになる願いの成就はその先に有るもの歓喜のときは一瞬だが達成感が先の力になる通過点で何を得るかで道が観えて来るこの世は厳しいところで、心が現象に現れてくるところからこの現象界は忍土と言われている。辱を耐え忍ぶことを忍辱・にんにくと言うが、やること為すことすべてに失敗がつきものでその原因を修正浄化することから失敗を少なくしてゆく途上で強靭な精神力を培わせるものだろう。自業自得は為して与えられる現実のことで人のせいに出来ず、自分の未熟を教えてくれている。何をしても思い通りに成らず無力、非力を嘆くことから自分の愚かさに気が付くことになる。その自覚ができれば良き縁の恩恵に感謝できるようになり、念ずれば花開くようになってゆく。忍辱は願いの成就への充電にもなっていて、智慧を蓄えるときでも有るだろう。人は挫折、絶望を超えるたびに強く成ってゆくもので願いの成就はその先に有って歓喜の瞬間は一瞬のものでも、そこで得たものが障碍や試練を超える原動力になってゆくのだろう。 2019年7月12日 琢
2019年07月12日
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経験から学ぶものが多く騙されたことにとらわれれば怒りで顔が歪むこの世は良いことも多く良い方を観れば笑顔が多く悪い方を観れば眉間にしわが寄る不運を偶然と思わず修正点を教えていると思えば自分を整えることで望まない現実が少なくなる失敗を人のせいにすれば自分を正さず同じ失敗を繰り返す辱に耐え忍び、ただ素直に成ることだろう失敗は負け組に入ったわけでなく誰もが経験することで、その時は格好が悪くても自分の弱点を教えているものと思って改めておくことで失敗は少なくなってゆく。成長過程にはいろんなことが有るもので、騙されることも多く、裏切られることも多い。すべて自分の無知、未熟から与えられる現実で、四苦八苦で多くの障碍や試練に対処するたびに深化するのが人間だろう。神も仏もあるもんかと思うことが有っても、その原因を探してみればすべてが必然の自業自得だったことが解って来るだろう。苦ばかりにとらわれれば怒り憎しみ、悲しみで顔が歪み、良かったことを想えば笑顔が増えてゆく。不運を偶然と思わず修正事項を教えていると思えば自分を整えることになり、望まないことが少なくなってゆく。人のせい、責任転嫁で逃げてしまえば自分を正すことをせず同じ失敗を繰り返してしまう。どんな無様な現実も耐え忍んで受け止め、ただ素直に改めることで奥の深い自分に成ってゆくのだろう。 2019年7月11日 琢
2019年07月11日
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大志を抱けばその青写真を心に描き理想を建前として自分を整えてゆく誰にも理想は有るがこれが絶対というものは無くその日と独自の生き方、歩みを見つけ戒めと課行と共に実践してゆく体験はその反応を受けることで現実を観て自分の修正浄化をしてゆく善我を育み無私、利他の誠心と共に煩悩やカルマを空にすることで調和してゆき大願成就はその先に有る生きる途上には夢や希望の目標が必要で、人はその目標に向かって根源の力を出し、無限のエネルギーが湧き出し、多くの障碍や試練を突破し,道が違えば生まれ変わる力ももっている。将来必要になるものを予見する能力ももっている。どんなことにも準備が必要で描いた青写真の実現のために理想を掲げ、個性を生かしながら自分独自の生き方、歩み方を見つけ出してゆく。多くの失敗に学び、試練を呼びかけととらえて、改めるべきを改めながら戒めと課行と共に日々の努力を積み重ねてゆくことになる。体験はその反応を受け、与えられた現実を観て自己の修正浄化をすることになる。すべて善意でとらえ善我を育みながら無私、利他の誠心で自分のためにではなく他の為に役に立つこと、そこに人は無上の歓びを感じ、それが使命のごとくさらに頑張ることができるのだろう。大願成就はその先に現実のものとなるのだろう。 2019年7月10日 琢
2019年07月10日
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傍観と主宰では感じ方や受け止め方が違う他人事のときは責任を感じず客観的評価をするが主催者側になれば配慮、視野を広くして問題を少なくする人生の主導権は自分に有って人知れずの準備を重ね多くの経験から他に依存しない自分をつくる他人任せに充実感は無く悔いを残さないためには責任回避をせず相応の責を負うことで傍観者にならないことだろう人は自分が見えず人に見てもらって自分を整えてゆくものだが、主観だけでは間違いが多く、行いは客観的に見て理性を通して行為してゆく。人と関わる縁を良き因縁側でのものにすれば双方の成長の原動力になる。傍観者には責任は無いがその意見の中には見えなかったものを教えてくれるものが有る。一般的な見方で客観的な評価には自分ができていない正論が有るが原点に戻るべきときには大いに参考になることが多い。主催者側になれば広い視野や配慮が必要で、問題を少なくするために人知れずの準備を重ねる必要が有る。自分の人生の主催者は自分で、他人任せにせず主導権は自分に有るものでなければ充実感が得られず悔いの多い歩みになってしまう。他に依存するのは楽だが責任は人のせいにして自分を改めることが無く、自分に主導権が無い。自分の道は自分の足で歩くこと。単なる傍観者にならないことだろう。人には評価する人と評価される人が有るが、全員が試されているもので、どう評価されるかは自分次第だろう。 2019年7月9日 琢
2019年07月09日
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道を歩む者の死は返っていった帰天した、旅立ったの感覚だが散った花は二度と戻らず実を残してゆく種は風に吹かれて至るところで花を咲かせる因縁果報、因果応報は自然の摂理ですべてが必然の仕組み過去の因を知らんと欲せば 現在の果を観よ未来の報を知らんと欲せば 現在の業を観よ天工、人工は過去に学ぶものそのデーター、統計から未来を推測できる無力、愚かさを自覚すれば、忍土の歩みがどうなるかが分からず、どう歩めば良いかを運勢・易・占いで見てもらいたくなるのが人情だろう。その答えはすべて自分の中に有ることを信じられず、多くの経験を積みながら自分の傾向をを観て次第に明確になってゆくのだが、非力を思うほど運勢を信じようとする。気付きは運は自分で変えられるもの、未来は自分で拓いてゆくものと感じさせるが、人の死は自分で決められないものと、その時まで懸命に生きることを考えることになる。与えられた現実のすべては過去の行いとそうさせた因・心・魂によるもので必然の結果だと見るのが因縁果報、因果応報だろう。心・因は行為の結果で変えてゆけるもので自分次第で運命を変えてゆけるものだろう。易学は天工、人工、天体と地上現象のデータ学、統計学で、人それぞれの心・意識の中には多くの通過点が記憶されていておぼろげながら自分の行く先は感じているものだろう。人間の可能性は信じることから拡大できるものだろう。 2019年7月8日 琢
2019年07月08日
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鏡は自分を整えるもので動的な自分は見えず外から見た自分は他に教えてもらうしかない苦言はありがたいもので修正事項を改めれば不調和な部分を浄化できる素直であること感謝して応えることで協力者が増えてゆく縁はありがたいもので自分を成長させるものだろう意地を張らず行為を正せば自分を変えられる失敗もなくすべて思い通りに成る人はいないだろう。魂とは、その中に潜在する意識はどんなものかが分からず、忘却、喪失、無知で生まれてくるのが人間で、この地上の一点での歩みを始めるのが人間だろう。欠陥だらけで無知な状態で始めからうまくできる人はいない。観自在は自分の在り方を観ることだが、途上での出来事はすべて通過点で、忍土の仕組みを勉強しながら自分を整えてゆくが自分が何ものかを解っている人は少ないだろう。外から見た自分が分からず、他に教えてもらうしかない。苦言はありがたいもので不調和な部分を浄化することができる。素直であること、意地を張らないことが重要なことで良き因縁側での交友が自分を開花させることになる。感謝を忘れなければ協力者が増えて至らない部分を補うことで人は成長してゆくのだろう。心を表わす行為を修正することで良き現実を引き寄せてゆけば、未来は大きく開かれてゆくのだろう。 2019年7月7日 琢
2019年07月07日
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5月1日は元号の発表の日突然ではなく事前には知らさないものだが印鑑や印刷物などの変更は心構えの準備しかできない整えて調和する準備のすべては自覚することから始まるカオスへの対応は自覚とその心構えが重要でかたよらず こだわらず とらわれずひろく ひろく もっとひろく有るがままに 在りのままに 自然体での対応が事に逆らわないものに成るどんなことをするにも、どんな願いを果たすにも、目標を立ててその準備から始めることでしか成就は与えられないだろう。どんな目的に向かうかの青写真を描き、それを果たせる自分に成る準備を怠らないことだろう。元号の変更は確実であってもその日までは知らされず、発表が有って初めて新しい時代が動き出すことになる。それまでは心の準備しかできず、すべてを整えて調和する準備のすべては自覚することから始まるのだろう。刻々カオスへの対応も自覚とその心構えが重要で、こころはかたよらず、こだわらず、とらわれず ひろく ひろく もっとひろく、煩悩やカルマを空じることに始まり、善意と共に具われば、有るがままに、在りのままに自然体での対応が、事に逆らわず、身に付いたものが適時に出てくるのだろう。多くの経験と交友から身に付けて体幹に入っているものが智慧で、その領域の広さが未来を拓いてゆくことになるのだろう。 2019年7月6日 琢
2019年07月06日
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主義は信念と共に有りこだわれば意地になる日々の心境は変化していて体調や天候の影響を受け明るいときと暗いときがある最近の自然現象は以前とは違うもので生命の危機を感じさせ死の想像と共に不安感や恐怖感が増してゆく一個の人間として無力を感じるが人工の結果の異変には連帯してその責を受けることになる地上に共生する一人の人間として自分を整えて不動を求めるしかないだろう歴史的に見ればいつの世もどうなるか分からないのがこの現象界だろう。平和、治安に恵まれた国にいても明日生きている保証は誰にも無い。同じ生きるなら暗く生きるより明るいときを刻んだ方がいいと誰もが思っている。共生するものにはそれぞれの願いが有ってその主義は信念と共に有るだろう。こだわりは意地になり、日々の心境は変化していて体調や天候の影響を受けやすい。最近の自然現象は以前からのものとは違ってきている。生命の危険を感じさせることが多く、最悪の事態や死の想像を掻き立てることが多く不安感や恐怖感は病だけのものからだけでなくなってきている。一個の人間としては無力なものを感じさせ、どんな事態になろうと連帯的責を負う覚悟を抱かせてゆく。この地上に共生する一人の人間としてできることは、自分のこころを整えて不動を求めるしかないだろう。羅網は天が一本の糸で編んだ網をこの世にかぶせたもので、その網の目の一つが自分ということですべてがつながっている、連座していると言えるだろう。 2019年7月5日 琢
2019年07月05日
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心は汚れが無いものでも魂が宿った体には横軸からの遺伝子を受けて業・カルマは誰にも有るものでそれを空じる宿命を背負っている悪いことをしていないと思ってもそれが苦の原因になっている四苦八苦は誰もが出遭うもので生きるほど摩擦を起こしてしまう人の心には善悪両面有るもので殺人の可能性はゼロではない本能と感情のコントトールが必要で出会ってみなければ分からない事態に遭遇するとき如何に信念を貫けるかも忍土での修行の一つだろう程度にもよるが争いに巻き込まれて冷静でいられる人は少なく、感情が高ぶれば何をするか分からなくなってしまうのも人の業だろう。心は汚れの無いもので、自分では何も悪いことをしていないと思っていても、受け継いだ遺伝子の中にあって魂の中に潜んでいるものをもっている。業・カルマはそういうもので悪癖のように何度も同じ過ちを繰り返してしまう。その修正浄化のために生を受けたと言う意味も含んでいる。業・カルマは誰にも宿命的にもっているものだと言う。人間にはどんなに善人でも善悪両面の可能性は有るもので、本能と感情のコントロールができない時には殺人の可能性もゼロとは言い切れないだろう。ものの弾みでそうなってしまう場合もあり、常に自己管理をして戒めと課行を心掛けておく必要が有るだろう。信念に間違いがないか、既成概念、固定観念に固執していないか、過去のとらわれが無いか、責任転嫁をしていないかのチェックを怠らないことだろう。 2019年7月4日 琢
2019年07月04日
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自己回帰で確認することは感謝、反省、敬意心が素直であること他のせいにして逃げず改めるべきは改め恩恵には感謝を忘れず報恩に向かうこと愚かさの自覚ができればすべてに敬意を示せる身勝手をつつしみひろい心になることで良き縁が観えて来る自己の向上には因縁を整えることだろう種はそのままでは芽を出さず花を咲かせることができない。土や水や日の光を縁として芽を出すことができる。因縁果報のことだが、自分も同じで良き縁と共に成長してゆくのが人間だろう。友の大切さを思うが縁は出会い、出来事、事態のすべてで必然のものだと言われ、意識的に自分でつくりだせないものだが、自分のこころに与えられた現実がある。ただ素直であることが大切だろう。他のせいにして逃げず身を正すことで進化してゆくことができる。恩恵には感謝を忘れず報恩に向かうことで更に関わりに広がりが出てくるだろう。自分を最も低い人間と思えばすべてに敬意を示すことができる。愚かさを自覚すれば身を慎む戒めと課行の励行と共に今までとは違う反応を得ることができる。ひろい心になることで良き縁が観えて来るようになるだろう。領域が広く成ればいろんな立場が見えてきて、次元が高くなるほど見渡すようになり多くの心の宇宙が観えて来るのだろう。因と縁を整えることで開花することができるのだろう。 2019年7月3日 琢
2019年07月03日
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理想を描いて身を正し正論、義務付けをせず自分ができていない正論を他に押し付けないこと義務は心を圧迫するもので秩序を保つものも有るが自己の向上には自分を戒め、課行をするもので自分にできていないことの押上をしないことが和の元になってゆくならぬことはならぬものだろう会津には什の掟が有って、地域的なものであっても、人としてやってはいけないことが習わしになっている。ならぬことはならぬものなり、どの地域に育とうと決めごとには従うことが大切だろう。人は理想を描き、自分の希望や夢に向かって身を整えながらその準備をしてゆくのだろう。こう有るべきという理想論は有るが,自分にできていない理想や正論を他に押し付けないことだろう。義務は心に圧迫をかぶせるもので秩序を保つものは有るが、自己の進化向上は自分の煩悩やカルマを空じる戒めや課行をするものだが、それは自分のためのことで他にそれを押し付けることはできないだろう。心掛けはできていないからするもので,さもできているかのように優位に立って人を見下すことをしないことだろう。大切なのは人との和で、和が恩恵になってゆくもので良心に従って人としてやってはいけないことの戒めをもっておくことが大切なことだろう。 2019年7月2日 琢
2019年07月02日
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有るべきものが無いときその疑問は多くの想像を掻き立てるその何故かを想うときまず自己回帰してみる自分に原因が無いと思えば相手側を洞察する過去の言葉や心境を思い現在への変化を察し自分の愚かさを考えて分相応を思い対立を起こさず論争になれば末路を想像し理解すれば行為が変わって来るどんなことにも意味が有り、その意味を考えてみることで受け止め方が変わってくる。心の中には多くの興味と疑問が湧き出すもので、その度にその何故かを考えることになる。外からの情報はすべてがカオスでその場での対応如何でおみ思わぬ現実を与えられることが多い。挨拶や言葉、通知や返事、表情や態度に変化が有る時に疑問を感じて多くの想像をしてしまうものだが、まず自己回帰してその原因を観てみる。原因が自分でなければ相手側を洞察してみることでその訳が観えて来るだろう。原因は多くの場合過去に有るもので、有るべきものが無い理由が必ず観えて来る。人のカオスの受け止めは知性を通して本能と感情で受け止め、応答するときは理性を通して出してゆくことになる。善意で解釈しなければ感情が高揚して出した行為が双方を傷つけることが多い。自分の愚かさを自覚して分相応を考え、対立を避け、論争になれば末路を考えて冷静に成ることだろう。行為は感情に流されず思い止まれば、別の表現で返って来る現実が変わって来るだろう。 2019年7月1日 琢
2019年07月01日
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