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親の願いは時代遅れの部分が多く価値観の変化を視野に子の特性を伸ばし流行の変化に合わせて子の心に火を点すこと子の意志には魂からのものが有り長期的にその適正を伸ばすこと感謝、反省、敬意を促しこの世に絶対の生き方は無く人として有るべき姿を一緒に求め一個の人格をして受け入れること定型化した育て方をしないことだろう名前には親の願いが入っているものだが、子の成長過程では良くできたことを誉めてあげることが大切で、子は誉めて欲しいからいろんなことに挑戦し、誉められる方向に伸びてゆく。親の望みは時代遅れの部分が多く価値観の変化を視野に子の特性を伸ばし、時代のニーズに合わせて子の心に火を点すのが親の仕事だろう。子供の意志には魂からのものが有り、長期的展望でその適正を伸ばしてあげることだろう。自分で目標を立てさせ感謝、反省、敬意を大切さを教えておくことでその伸び方に大きな影響を与えることになる。この世に絶対はなく、それぞれの個性を生かして悔いの無い歩みをさせることが正しいと言えるのだろう。人のせいにせず自分の責任を果たすことを教えれば、道はたくさん有ってどれを選択しても失敗でなく、この世に本当の失敗は無いと言われている。途上では人として有るべき姿を一緒に求め、一個の人格として受け入れることが重要で定型化した、個性を殺して型にはめたような育て方をしないことだろう。 2019年6月30日 琢
2019年06月30日
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常識は地域によって異なり過去からの習わし、しきたりで受け継がれ、慣れ親しんだものセンスは時代の風潮に合わせ言葉や行為に配慮が有るもの常識の違いを超えて心地良くさせるもの人として有るべき姿を示すもの教養と洞察が必要で個性を生かし場に馴染んだ手法で調和してその人にしか出せない味を出すその背中は他の模範になる品や風格が出るときは集団での在り方に観えて来るもので、生い立ちや育ちが分かり、外見だけでなく性格の良さや教養も感じさせ、和顔愛語の接し方に現れている。常識はみんな違うもので、地域的な習わしやしきたりに過去から受け継がれて慣れ親しんだものだろう。人のセンスは時代の風潮に合わせたもの、言葉や行いに見えるもので、常識の違いを超えて心地よくさせるものだろう。どの地にも通用し人として有るべき姿を示すもの、教養と洞察力が必要だろう。持って生まれた個性を生かし、その人にしか出せない味をさりげなく出せる人、自分がそう在りたいと心掛けてみるが、いつも反省ばかりで本能や感情に揺さぶられて心を乱してしまう。自分が目指したい姿は言葉や行為のつくろいでなく、ありのまま、有るがままの背中が他の模範になる人間で,なかなか成れないものだが戒めと課行で自覚に至ればと願っている。 2019年6月29日 琢
2019年06月29日
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思い通りに成らないのが忍土で欲は甘えになり忍土は甘えを許さず耐え忍ぶことを教える捨てる神あれば拾う神ありでそこには恩恵が有る自分の愚かさを知れば分相応を自覚し無力を知るほど良き縁を求める変化への順応から多様性と協調性を培い和を広めれば念ずれば花開くときが来る人には夢と希望が必要で、その目的のために努力する。青写真を心に描き、目標を立てて挑戦してゆく。その途上には多くの障碍や試練が有って、超えるたびに成長し、自分を整えてゆく。忍土は思い通りを許さず、諸行無常は形あるものは変化と共に崩壊してゆく。自分の都合だけにこの世が有るわけは無く、変化への順応性を育んでゆくことになる。甘えは許されず耐え忍ぶことを教えてくれる社会に共生している自分に気が付くことになる。そこには神仏や良き縁の恩恵が有って感謝するほど恩恵が深くなってゆく。自分の愚かさの自覚ができれば分相応を求め、無力を知るほど他の助けの必要性に気が付き、感謝、報恩と共に願いを引き寄せてゆくことになる。順応性から多様性、協調性が育まれ、変化への対応が適切にできるようになってゆく。和が広くなるほど恩恵も多く、挑戦無しには得られないものばかりで、あらゆることをやってみることでその仕組みに気が付き、勝解から意識に念が湧き出して定に入れば智慧になって先を拓いてゆくことになる。 2019年6月28日 琢
2019年06月28日
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魂は心の奥に有るもので良心はそこに根付いているもの慈悲慈愛の心は誰にも有って良心に従って善我を育むことで救済に向かい和を広げてゆく業・カルマは癖のようなもので同じ過ちを繰り返し自分を苦しめるものだが分かっていても止められず逃げてもついてくるものその虫を起こさないように空じることで治まらない心を鎮められる禅定して心を空にすることだろう禅は心の別名だと言われている。心の奥には魂が有って魂には転生での記憶や自覚が刻まれている。それを思い出しながら為すべきことを果たす旅が人生ということだろう。誰にも願いが有って生い立ち育ちからくるものと魂からのものが有る。良心は魂に根付いているものだが苦の元になる業・カルマも誰もがもっている。良心に従って善我を育み良い部分を増やしてゆけば和が広がり摩擦が減ってゆく。カルマは悪癖のようなもので戒めておかなければ同じ過ちを何度も繰り返させ、分かっていても止められず、逃げてもついてくるものだろう。その虫を起こさないように心を空じること、忍辱してとらわれないようにすることでこころは鎮まってゆく。禅定することでその境地を求めれば心は空になってゆく。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころなり 奈良薬師寺高田好胤 2019年6月27日 琢
2019年06月27日
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怒ること、切れてしまうこと歪めること、引きこもることそこに甘えがある許される、赦してもらえると思う心にも同情を求める心にも言い訳や釈明にも進化の邪魔ものがいる忍辱と克己その行は挑戦で逃げたら終わりになってしまう何かをすれば必ず失敗が有り失敗が向上の元になるその恩恵になるのが良き縁だろう因縁が有って必然の果報が有るもらう幸せには必ず甘えが有って、してもらえなければ拗ねて怒り、泣く癖がつく。子は誉める方向に育ってゆくものだが、何でもしてあげれば何もできなくなってゆく。機嫌を取るほど増長してゆくものがいて、意のままにならなければ怒り、切れてしまい歪んだ心になって拗ねて引きこもるときも有る。そのすべては甘えで、許される、赦してもらえると思う心が有る。同情を求める心、言いわけや釈明の用意にも進化の邪魔ものがいる。忍土の厳しさを学び、忍辱と克己、その行は挑戦で逃げたら終わりになってしまう。何かをすれば必ず失敗が有り、失敗が向上の元になる。失敗させないようにすれば自分でしようとしなくなってゆく。できればうれしく、してあげたくなるのが人間で、自分の無力を知るほど誰かの助け、良き縁が必要になりその恩恵に感謝の心が生まれてくる。こころ・因と縁が有って必然の果報が得られることを知ってゆくのだろう。 2019年6月26日 琢
2019年06月26日
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どれだけ耐え忍んで来たかなぜ自分だけにこんな苦ばかりその体験を積みに生まれてきたようなもの其処で自分に何ができるかその気付きが円環的思考と共に為すべきことの自覚ができてゆくそこに使命の発見が有る努力の積み重ねと自分にしかできない方法で個性を生かして尽くすことそれが他の歓びになっている居場所はそこに有る自分の天職は何だろうと思ったことは有るだろう。自分に向いたことを模索しながら多くの挑戦と共に世の中のことが解かってゆく。人それぞれには果たすべき使命が有るのだろうと思うが自分にどんな使命が有るかが分からず願ったことを叶えようと日々努力を重ねてゆく。幸せ観には三つの分類が有って、もらう幸せ、できる幸せ、あげる幸せ、自分はそのどの段階かを観ながら体験して身に付いたものを智慧にして障碍や試練を超えて善我を育んでゆく。心からの歓びは誉められて誰かの役に立つこと、他に歓びを与えることで、人はうれしいと思うことをしながら生きていると言ってもいいだろう。疑問のたびに円環的思考を重ね、歳と共に絞られてゆくものが有る。自分に何ができるかから、何が本心からの歓びになるか、自分に出来ること、自分にしかできないやり方で誰かの役に立つことのうれしさを求め、それを使命と自覚しながら迷いを無くしてゆけば、そこが自分の居場所になっているのだろう。 2019年6月25日 琢
2019年06月25日
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世間でいう勝ち組、負け組とは財や名声を得たかどうかで一期間の通過点の判断で安定して不動の心境は忍土では難しく悟るための有る部分の自覚魂・意識に潜在する今生での使命その自覚に至れば上出来ということだろう迷いや葛藤に打ち勝つこと見えないところにその境地が有る見えないものを信じることだろう人は見た目で判断してしまうがそれは氷山の一角で、氷山は見える部分が5%、見えない部分が95%、そのどっちを観るかで歩み方が違ってくるだろう。世間でいう勝ち組、負け組は財や名声を得たかどうかで判断してしまうが、その過程を観なければ見えて来ないものが有る。表皮だけでなく深層を観ればその仕組み・因縁果報が見えてきて、見えた部分だけで判断する愚かさを自覚できるようになる。一期間の通過点での判断では安定した不動の心境には至れず、一転生一条件での自覚ができれば、自分が何のためにこの世に生を受けたか、魂に潜在する意識に刻まれているものが観えて来るだろう。それが分からないから歩みに迷いが出て葛藤の連続になり、目で見たものだけを信じれば本質が何であるかが見えずに道を歪めてしまうのだろう。円環的思考を重ねて何故このカオスが有るか、どう対応すべきかが多くの気付きと共に観えてきて、その命を懸ける使命の自覚ができるようになるのだろう。見えないものを信じることだろう。 2019年6月24日 琢
2019年06月24日
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お金は「お足」と言い足が生えたように出てゆくもの「もの入り」は何かとお金のかかることが多く「稼ぐに追いつく貧乏なし」で生活苦は重ねて起きるもの苦は続くものだが永久ではなく「苦しい時の神頼み」楽しいことより苦しいことが多く感じ自分だけ何でこんなことにと思う人が多い多くの人は自分は死なないと思っているが生命力が強いほど死の不安が強く病院に行こうとしない早期の処置が命の救いになる違和感がそれを呼び掛けているお金は計算するほど出てゆくもので貯めたつもりが溜まらないもの、「お足」と言ってすぐに出てゆくものだろう。若いときほど出てゆく材料が多く子育ては楽しことも多いが辛いことも多く、下座の行をさせられることが多い。人はうれしいことや楽しいことを求めて歩んでいるが苦ばかりが多く感じ、超えなければならない障碍や試練が多いが、無知や未熟を埋めるときには失敗が多く、失敗に学んで成長してゆくのが人生だろう。しばらくは続くものだが、超えるたびに強く成ってゆき忍土の仕組みを知ることで経験を積むほど智慧がついてくる。孟子は「天はその人にやること為すことすべてを失敗せしめ、何をしても思い通りにさせないものだ。そうして強靭な精神力を培わせてそれまでにどうしてもできなかったことができるようになるのだ」と言っている。「病は気から」というが心が腐れば身体も腐ってゆくもので、そのバランスを調和させてゆくことも人生の一つだろう。違和感はそういう苦の予防のための呼びかけということもできるだろう。すべての恩恵に感謝できれば流れは変わってゆくだろう。 2019年6月23日 琢
2019年06月23日
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生まれたときはまったくの無知から始め成長の過程は時と共にこの世の仕組みを学んでゆくが心の奥に有る魂には忘却、喪失したものが潜在している途上の通過点でどういうものかが分かってゆき多くの気付きと共に経験を積むほど自分の為すべきことが鮮明に成りこの命を何に使うかその自覚ができてゆく仮我・偽我から善我へそして真我を遠望できてくる父母恩重経というのが有るが、親には10の恩が有ると言うもので生まれてからの生い立ち育ちにはその愛に包まれて幸せを感じながら人は成長してゆく。自分が何ものかが分からず、何をすべきかも分からないまま迷いや葛藤の中でできることを増やし、無知を埋めてゆく。どんなものにも意味が有って、したいことをするたびにどんなものかの仕組みを覚えてゆく。心の奥に有る魂には前世以前から積み上げてきたものが刻まれているが、忘却、喪失、無知の状態で人は一から始めてゆく。やること為すことすべては途上の通過点で、多くの四苦八苦に出遭いながら夢や希望を成し遂げようと経験を積むほどこの世・忍土の自覚ができるようになってゆく。自分の個性、業・カルマの傾向が解って来るほどそれを戒めながら課行の心掛けを実践してゆくことになる。何で?どうして?から、そうか、これかも知れない!が鮮明になってゆき、この命をどこで何に使うべきかの選択ができてゆく。全く分からなかった仮我・偽我は不安と恐怖を越えながら良心に従って善我を育むようになり、自分が本当にしたかったことの自覚ができてゆくことになるのだろう。 2019年6月22日 琢
2019年06月22日
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生命は自律で生かされ臓器は適切にはたらいている心臓は1日10万回鼓動している心と頭脳は他のことに専念できて体を使って行為することができる願いは意志と行為で遂行し経験したことは智慧になってゆく日々カオスへの対応をし途上の体験は通過点で何かに気付き多くの恩恵を縁として願いを開花させてゆくことができる心が病めば身体が病んで目標に専念できなくなるそのために自分を整えておく必要が有る人の歩みはいつも迷い、葛藤、不安と恐怖の連続で魂の意識に潜在するものが分からず、自分の中に有る解答探しの旅をしているようなものだろう。多くの出会い、出来事、事態を越えながら学び、積んだ経験を智慧に換えてゆく。夢や希望の成就に向けて青写真を描き、そのための専門知識を勉強しながら健康と共に願いに専念して生きている。体験は途上の通過点で歓びや苦しみを通して根底に有る仕組みを知り、今自分が何を為すべきかを模索して歩んでいるが、体に異変が出ればすべてが停滞し、治療して再び歩み始めることになる。病は気からというが心と身体の自己管理が必要で、願いに専念できるように自分を整えておく必要が有る。臓器は自律的に動いているもので、体全体はこころ・魂の指令によって行為している。こころが病めば身体も病んで目的に専念できなくなってしまうだろう。 2019年6月21日 琢
2019年06月21日
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人には見えても自分が見えず長短が見えても長所を誉める人や短所を指摘する人がいる両方との関わりで自分が見えてくる共に因縁側で関われば欠点を修正し長所を伸ばすことができる人の成長はその関わりを縁として開花に向かってゆく念じて心に刻み定に入れば花開き実をつける花には種が有って種は縁が無ければ芽を出せず開花することができない。土と水と日の光で芽を出すのが種でそのままでは種は芽を出すことが無く、開花してもミツバチがいなければ実をつけることはない。人間も同じで、自然の摂理から学ぶことが多い。開花の為にはそのすべてに意味が有ってその恩恵と共に共生していることになる。人は自分が見えず、他人には見えていてもどんな姿をしているのかは映し鏡のように人に見せてもらうしかないだろう。個性や長短は人に誉められたり指摘されなければ自分の特徴が見えて来ない。人との関わりはそれを教えてくれるもので、それを縁として開花に向かうしかないだろう。何でもやってみようとするが自分だけでできるもの無く協力者の縁を恩恵として成り立つものばかりで、自分の無力や愚かさを自覚することからすべてが始まってゆく。三つの自覚【忍土の自覚、愚かさの自覚、恩恵の自覚】と共に自分の願いを果たしてゆくことになる。感謝するほど成就の可能性が高まってゆく。自分が何もので何処に向かってゆくのかを知るために生まれ、魂の願いをゆくのが人生ということだろう。 2019年6月20日 琢
2019年06月20日
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正論は当たり前のこと理性は誰にも有るが感情に負ければ心と行為は乱れる常識と理想は誰にも有るが行為に矛盾が出るのが人間だろう善悪の分別はできるが建前と本音にギャップが有る良くないのは分かっていてもそれを止められず何度も同じ過ちを繰り返す業・カルマはそういうものだろう有るものは無に出来ず如何に空にするかが日々の精進だろう知識の豊富な人は正論でものを言う場合が多いが、行いが伴っていないことが多く、相手を正論で押さえつけても自分ができていないものが多い。誰にも理想が有って自分を整えようとするがそれがうまくできていない場合が多く、自分の都合を優先するたびに人に迷惑をかけることになる。摩擦を起こし感情に負けてしまえば心と行為は乱れてしまう。常識や理想通りの行動がとれないのが人間なのかも知れない。善悪の分別ができても行為に偏りが出てしまう。良くないのは分かっていてもそれが止められずに何度も同じ過ちを繰り返してしまう。業・カルマはそういうもので悪癖のようなものだろう。人には煩悩が有って生きるためのもの、自分探しの途上で自分を煩わすものだろう。そういう心を空にするために生まれてきたとも言える。どの家に生まれ、どこで育とうと、どの時代に生きようと煩悩との闘いがそれぞれの人生行路には有るのだろう。有るものは無に出来ず、如何に空にするかで使命の自覚ができるようになってゆくのだろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころなり 奈良薬師寺高田好胤 2019年6月19日 琢
2019年06月19日
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原因と結果には法則が有ってすべてのことには必ず原因が有り相応の結果が生まれる心の有り方にも相応の現実が返って来る心は体を使って行為しその行為が現実を生み出してゆくこころ・因を変えれば行為が変わり行為が変われば態度が変わる態度が変われば習慣が回る習慣が変われば運が変わる運が変われば人生が変わるよくついているとかついてないとか言うが運は自分がつくり出すもので、何で自分だけがこんな目に遭わなければと思っても、それは過去に自分が行った行為の結果が返って来るもので、自業自得ということになる。原因と結果には法則が有るもので、すべてのことには原因が有って相応の結果を生み出している。人は自分のこころを表現するとき体の一部を通して行為するもので、その行為には相応の反応が返って来ることになる。自分を変えたければその因となる心を変えることから始め、外に出す行為を改めることでその反応は変わってくる。行為を変えれば心が変わってゆき態度も変わってゆく。態度が変われば習慣が変わり、習慣が変われば運が変わってゆく。運を変えれば人生が変わってゆくことになる。そこに必要なのは根底に愛が有ること、愛を菩提心で行為することが必須条件になっているのだろう。 2019年6月18日 琢
2019年06月18日
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慣性の法則は宇宙や地上現象にも有るもので人のこころにも有って驚きや痛み、苦しみも慣れることで受け入れればどうなるかの不安も長くは続かず工夫して待つことで超えられることが多い焦りは禁物で悪循環にならないために戒めと課行の心掛けが自分を救うことになる多くの体験を通して通過点の先に未来は広がってゆく突然苦を与えられたときには普通の人はパニックになってしまうが、しばらくすれば慣れてきてどうすれば良いかを考え始める。慣れることの大切さ、それまで耐え忍ぶこと、あわててとっさに異常な行動をしないことが大切だろう。慣性の法則は宇宙や地上現象にも有るもので、慣れることで受け入れられるようになってゆく。どうなるかの不安や恐怖も長くは続かず、工夫と待つことで楽になって大概のことは超えられる。焦りは禁物で、もがくほど深みにはまる場合が多く、悪循環を起こさないためには、逃れたい気持ちを抑制して戒めと課行の心掛けを励行すれば、急場をしのぎながら超えてゆけ、ついには自分を救うことになる。人は多くの障碍や試練を超えて、多くの通過点と共にその先の未来を拓いてゆくのだろう。心得ておくべきは、すべてのことには意味が有り、多くの出会いを縁として成長し、試練は超えた先の呼びかけだと思えば、必ずその先に歩むべき一本の道が観えて来ると信じ切ることだろう。 2019年6月17日 琢
2019年06月17日
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冷え切った心には荒んだ心にも善意のぬくもりが必要でやさしい一言で救われる思いやりやいたわりで人の心は癒やされるもので絶望には一条の光になるどん底から這い上がる気力を与え生き直しをする恩恵は有るもので神仏は誰かにそうさせる恩恵への感謝の心は報恩に向かわせて愛は代償を求めず人の心はそれで立ち直ることができるかけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め 善光寺石碑途上では願いが有るほど障碍や試練に出遭うもので、無知や未熟なほど修正箇所に気付かせて忍土の厳しさを自覚させ、自分の愚かさを自覚させ、それでも救われる恩恵を自覚させる。何で自分だけがこんな目に遭わなければならないのかと誰しも思う。四苦八苦は誰にも有るもので願いが違う場合は挫折や絶望のどん底に落ちることも有る。冷え切った心には、荒んだ心にも、善意の心のぬくもりが必要で、やさしい一言で救われるときがある。思いやり気配りやいたわる心に人の心は癒やされるもので、絶望には一条の光になることが多い。どん底から這い上がる気力を与え、その恩恵に感謝して報恩に人を向かわせる。神仏は観ているもので、誰かに救いの手を指し延ばせることが多い。誰にも守護指導霊はついているもので、神仏がそれを動かすことができるのだろう。人の心はそれで立ち直ることができる。何かをハッと気付かせるときがある。 2019年6月16日 琢
2019年06月16日
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自分の思考と人の思考は違うもので自分の思考の押し付けはできない始めは共通点を語り合い親しく成れば疑問点を聞いてみる互いの生い立ち育ちの違い条件制約の違いが参考になることが多く良き因縁側の交友から多くの違いを学ぶことができてかたよりを修正しこだわりやとらわれの容認ができて視野を広げることができる善友は開花の良き縁に成る何でも話せる友の大切さ、お互いのタブーに触れることなく率直に語り合うことから常識の違いを受け入れて、自分の思考と人の思考の違いを知れば、受け入れることで更に親しくなることができる。自分の思考の押し付けをしないことだろう。始めは共通点を語り合い、親しくなるほどに疑問点を聞いてみること。生い立ちや育ちの違い、条件制約の違いが参考になることが多い。友との良き因縁側での交友から多くの違いを学ぶことができて受け入れることで領域の広さが出てくるだろう。自分のかたよりを修正し、こだわりやとらわれの認め合いや理解し合いができれば絆が深くなってゆく。自分の常識だけでは通用しない部分を知ることで赦す心が生まれて、調和できるようになってゆく。生活環境の違いを知るほど幅が広くなり、許容するほど懐が深くなり奥ゆきの広い自分に成ってゆく。善友は開花の良き縁だろう。 2019年6月15日 琢
2019年06月15日
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良くない応えが出たときはそうさせた自分を思いその原因を正しその流れのときは慎重な行動を心掛け感情に流されないように冷静に努めて戒めと課行を励行する悪いときはいつまでも続かず耐えて待ることが流れを好転させる焦るほど裏目に出るもので結論を急がず耐え忍ぶことが進化の元になる気に食わない応答が有ったときやい思い通りに成らない応えや意に反したことが有れば一瞬怒りに包まれてしまうことが多い。気分を害したときは感情的に成りやすく、自分らしからぬ応答をしてしまい、望まない末路を引き出してしまう。人の反応にはそうさせた自分がいるものでよく考えてみれば相応の原因が有る場合が多い。和解するべきときがあるときは意地を張らず素直に自分を改めることだろう。そういう流れのときは他でも同じような問題が出るときが多く,短気を起こさずじっと耐え品ぶしかない。冷静を心掛けて戒めと課行を励行することだろう。焦らずに待つことも修行の一つで、人の心は変化しているもので待ってみることも好転の要因になる。焦って思う答えを引き出そうとするほど裏目に出てしまうもので、結論を急がずに耐え忍ぶことが自分の進化の元になる。忍辱はこの世に生まれ出た理由の一つだろう。 2019年6月14日 琢
2019年06月14日
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天から与えられた使命と力に気付かないものはその領域と次元がどんなものかが分からず手探りの道をゆくしかない必要な力は魂から湧き出すもので肉体の三つの「ち」の影響を受けそのギャップに悩むのだろうそれぞれが誰にも無い苦を超えて救済の使命を果たすことになるそれを信じて自覚するものは祈りと共にその魂に従うことになる天賦の才は誰にも有るものだがそれに気付くものは少なく、誉められる方向に歩みながら迷い、葛藤の末に自分を信じ、人を信じることから願いの赴くところに歩んでゆくことになる。一生自分が何ものかが解らないまま過ごす人も多いだろう。自分が何に向いているかは何かをすることからその傾向を知り、自分にしかできないやり方を見つけ出してゆくことになる。他と関わることでこころ・魂の領域や次元を理解できるようになり、そこに使える力を出してゆくことから根源の力が有ること、そこに無限のエネルギーを注ぐことができるようになる。本心からの願いを知れば生まれ変わる力も具わっていて、どんなことをも突破する力や覚醒したときには第七番目の霊的な力を出すこともできるようになる。その多くの経験はそれぞれの特性を生かし他の救済に向かうことで、本当の使命の自覚ができるようになるのだろう。 2019年6月13日 琢
2019年06月13日
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平成を振り返れば夢が消え、絶望から新たな生き直しへ天工の災害と人工の災害が多くテロとの戦い過信の恐ろしさ求めたものは「浩然の気」だった背伸びをやめて有るがまま、有りのままに自然体で高望みをせず与えられた条件で今を明るく機嫌良く生きることそのどこかに自分の役割が有りそれに応えることで存在性の自覚ができる思い出せばあのときの絶望は必然だったような気がする。成るようにして与えられた絶望だったが、それは人生の終わりではなかった。父の倒産は70歳だったが自分は53歳だった。何の果報も得られず成し遂げたものは何一つなく、聞こえてきたのが「お前には財も名声も渡さん、餓死はさせないから自分の為すべきことを為しなさい」だった。夢は消え新たな生き直しのための光を求め、与えられた環境は人工と天工の災害ばかりでテロとの戦いの世界だった。過信の恐ろしさ、忍土と愚かさの自覚から求めたものは「浩然の気」だった。宇宙大自然と一体化する心境で、のびのびと安らかな心境だった。背伸びをやめて、最も低い人間として体験して来たことを活私奉公させていただくこと。有るがままに、有のままに、自然体で高望みをせずに与えられた条件の中で、闇を照らす月のように誰かの足元を照らせればと、今を明るく機嫌良く生きることに専念することだった。そこに自分の在り方が有ると自覚できるようになった。病を与えられ六回も救われて、今生かされている自分がいる。 2019年6月12日 琢
2019年06月12日
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自分の常識は既成概念から始まり固定観念になっているが人はみなそういうもので自分の常識でそれぞれ違う生き方をする他の常識を受け入れることで見識に広がりが出て領域が広くなってゆく智慧はどの常識にも通じるもので有るがまま、有りのままの自然体で臨機応変に対応してゆける身に付けることで先を拓いてゆく生まれ育ちと条件制約が血筋、土地柄、時代の知に合って、誰もがその影響を受けて成長してゆくが、根底には三つの「ち」の既成概念が意識に組み込まれてそれが固定観念になっている。そのためにそれぞれの願いや生き方が違うものだが全体に通用するまでに至らず、他の常識を受け入れることで見識が広くなってゆく。人との交流は縁有るもので、そこに学べば修正浄化するほど他に通用する自分に成ってゆける。領域が広くなってゆくことで学んだことの実践、体験から身に付いた智慧が育まれ、体幹に入った智慧は、有るがまま、有りのままの自然体で臨機応変に対応することができるようになってゆく。知識はそのままでは智慧にならず、実践して使うことから身に付いてくるもので、その智慧が自助、救済の元になってゆき、先を拓いてゆくことになる。単なる知識も転識得智で、実践して智慧に転じることで人は賢くなってゆくのだろう。 2019年6月11日 琢
2019年06月11日
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化は化けること変化、進化、文化、転じること天地一切の自然現象に学ぶことは多く、大きい科学は深化させれば願う文明は開かれてゆく人の智慧は願いを叶えるもので領域、次元を超えて自然の摂理に学び万物の霊長として深化してゆく達したものの先を求めて創造は破壊のはじめなり原始時代から今を思えば人間は多くの文化文明を発展させてきている。その元になっているのはすべて自然の摂理からの応用で、信仰心は祈りと共に心の安定になって、より便利なものを考え出し、化学反応を起こさせることから全く別のものをつくり出してきた。科学は現象観から最小公倍数を公式にしながら広く応用したものだろう。化は化けることで変化、進化、文化は別のものに転じること。天地一切の自然現象から学んだものばかりだろう。科学を深化させれば願う文明が開かれてゆく。常に新しいものが創造され古く成ったものは消えてゆく。5年後にはアッと驚くものがつくり出され、それまでのものを破壊してゆく。創造は破壊のはじめなりで、ここにも諸行無常が有って、時と共に変化しながら過去のものに成って変化と共に消え去ってゆく。過去の文明は遺跡として発掘されながら、何億年前の研究から未来の創造が為されてゆく。人は万物の霊長として進化と共に達したものの先を求めてゆくのだろう。 2019年6月10日 琢
2019年06月10日
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人としてやってはいけないことならぬことはならぬもの理性で制御すべきことが多くいかに生きるためとは言え如何に仕事のためとは言え良心に逆らうことは行為に移さないことどんな言い訳や釈明も許容できないものを人はもっている本能的なものとも言え人には条件、制約がある共生のためのものでその枠の中で社会は成り立っているその枠の中で自然界は成り立っているやっちゃいけないことを人はやってしまうものだが、赦されることと赦されないことが有る。人間として原点に戻るべきときがある。法律は人がつくったもので完全ではなく、地域によっても条例が違うことが多いが、人として有るべき姿は有るもので、良心に従って行為すべきときがある。法律以前の問題で、自然の摂理に抵触することは戒めるべきだろう。それをするのは理性でしかなく描いた理想に向けて自分を整えてゆくとき、如何に生きるためとは言え、如何に仕事のためとは言え、自己正当化ができないこと、どんな言い訳や釈明も許容できないものを人はもっている。本能的なものと言え、人には相応の条件、制約が有って、命の尊厳を冒すことが有ってはならない。その枠の中で社会は成り立ち、自然界が成り立っている。為政者は国益というが、侵してはならない一線が有るだろう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2019年6月9日 琢
2019年06月09日
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飛鳥、白鵬、天平は70年サイクルだが鎖国、開国以来世界への影響を拡大させ明治、大正、昭和、平成と経済力、回復力を増大させ自然環境の変化と共に世界の存在性が上昇している黄金の国ジパングから文か、文明の奇跡の国へ小さな島国も「井の中の蛙大海を知らず」ではなく静かな大国になっているやさしく、人が良く、親切な民族として品格がある国として多様性、協調性をもっているフランシスコザビエルに言わしめた『この国の人々はやさしく、親切で人が良く、貧しくても品格が有る』。それが日本人・大和民族だろう。飛鳥、白鵬、天平の奈良時代は70年サイクルだった。鎖国、開国以来、遅れた国だった日本は奇跡的な進化と共に世界への影響を拡大させてきた。四季の移ろいが鮮明で美しく、金の産出量は世界の半分以上で黄金の国ジパングと言われ、神に守られている国がこの日本だろう。災害大国としても自然災害への対応は先進国で、多様性と協調性をもった民族として飛躍的な発展を遂げている。小さな島国で「井の中の蛙大海を知らず」と言われたが、その文化は奥深い魅力あるもので、開国以来目覚ましい発展を遂げている。神風と共に奇跡的な発展途上では多くの失敗が有ったが、今は静かな大国になっている。この誇らしく咲いた花をどう末代までつないでゆくかが今後の日本人のテーマだろう。東京オリンピック、万国博覧会が控えていて世界の注目度は上昇し、世界遺産登録も格段に増えていっている。一人一人の使命の自覚が求められている。 2019年6月8日 琢
2019年06月08日
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失敗から失敗しない方法を知り自信は小さなことの積み重ねから湧き出し仕組みを知ることで方向、距離、速度の組み合わせからその可能性が分かる自分の特性を知れば強い意志と共に挑戦してできることが多くなる日頃の訓練が有れば効果的なことができるようになるやるかやらないかは自分次第で何ごとも一所懸命に成ればやってできないことはない為せば成る 為さねば成らぬ 何ごとも 成らぬは人の 為さぬなりけり 上杉鷹山やってできないことは無く、できないと思う心が何もさせず、どんなものか、どういう仕組みで成り立っているのかを知らないまま自信を失ってゆく。何度失敗しても挑戦するたびにその原因を修正できてできるようになってゆくことを知り、自分の得意分野を知ることができる。失敗から失敗しない方法を知るたびに自信が湧いてくる。その仕組みを知ることからどんなことでもやってできないことが無いことを知る。自分の傾向を知ることで得意分野が何であるかが観えて来る。何でもその条件、制約に従って手順を間違えず、努力の積み重ねが有れば必ずできるようになってゆく。やるかやらないかは自分次第ということで、挑戦しなければ何も得られず、やりもせずできない言い訳や愚痴をこぼせば悔いや未練だけが残ってゆくだけだろう。 2019年6月7日 琢
2019年06月07日
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人脈には実戦を退いた人が多く直接的な恩恵は少なくなったがその智慧から学ぶことができる羅網の網の目の一つで人のつながりの大切さを思う自分一人でできないことも助けや救いと共に強い意志が有れば自覚できた使命を果たすことができる多様性や協調性が必須で小さなことでも先を拓く布石になってゆく諦めないこと、投げ出さないことだろう愚かな自分の頭ではもうダメだと思ったことも、まだ可能性が残されていることが多く、過去の人のつながりが局面を打開できることも多い。1%の確率でも諦めなければ大きな果報につなげることができる。人脈には実戦を退いた人が多くなったが、直接的な効果よりもその智慧から学べることが多い。この世は羅網で天が一本の糸で編んだ網をかぶせたもの、その一つの網の目が自分だろう。どこかでつながっているもので命作網が人脈になってゆく。悪いことや人を騙すことをすれば世間を狭くすると言うが、どこでつながっているかを知らずにやってしまう行為が自分の可能性を狭くしてしまうことになる。人とのつながりの大切さを思うが、一人ではできないことも助け合いや救いの恩恵と共に強い意志さえ有れば、自覚できた使命を果たすことができる。小さなことでも先を拓く布石になっているもので、始めから大きな果報を期待しないことだろう。人の協力と信用は布石の積み重ねたもので成り立っているのだろう。 2019年6月6日 琢
2019年06月06日
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人と関われば長所と短所を見分け長所を誉めればその方向に伸びてゆく短所は改善策でアドバイス人は自分の意志で己を変える主導権は自分に有り選択は自分の意志でする悪いところの指摘追求は自分の愚かさを知るものはしない正論が反感になることを知っているから改善のヒントしか与えられずそのヒントが気付きになるもので実践、体験して智慧を得るかどうかは自分次第で苦境を脱するのは自分でしかない進化向上を願えばただ素直に成るしかないだろう人が途上で得る智慧は自然の摂理から因縁果報を知ることだろう。どんなに良い種でもそのままでは花を咲かせることはなく、良き縁と共に芽を出して花を咲かせ実を遺すことになる。生きとし生けるもののすべてに意味が有って、四季の移り変わりと共にその営みを繰り返している。人の心は体を使って行為し、返って来る反応を見て自己の修正浄化をしながら成長してゆく。原因と結果の法則はすべてに通じているもので、因の転換が好転反応を引き出してゆく。すべては自分の意志で為すことで、取捨選択の主導権は自分がもっている。良き因縁側での関わりから映し鏡のように、それまで見えなかった自分が映し出されてゆき、自分の傾向を知って進化向上のための改善をしてゆくことになる。良心に従ってただ素直であること。意地を張らずに改めるべきを改めることで自分を整えてゆくことから先が拓かれてゆくことになるのだろう。 2019年6月5日 琢
2019年06月05日
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人はみな自分が特別だと思っている生きるための救いの恩恵が有るが過信すればその域を超えて思わぬ落とし穴にはまる他に害を為す行為に守護は無く厳しい現実を与えられる自業自得で改めなければ進化は止まり途上の恩恵は受けられず運命に逆らうことになる好転を願えばただ素直に成ることで因を転換して自己顕示、我欲、保身をしないことだろう言われてみれば良く解かっていることも、他の迷惑や害になることも、当然のこと、当たり前のことだと言いながら、それができていないことが多い。業・カルマは特にそういうことで無意識にやってしまうことが多く、同じ失敗を繰り返してしまう。みんな自分に都合のいい考え方をするもので、日ごろの課行や戒めにしていなければ悪い行為をやってしまうことが多い。誰でもみんな自分は特別だと思っていて自分だけの恩恵が有ると思っているが、過信すればその域を超えて思わぬ落とし穴に落ちることが有る。他の害になる行為に守護は無く厳しい現実を与えられることになる。自業自得ということだろう。改めなければ進化は止まり、同じ失敗を繰り返してしまう。運命に逆らえば途上の恩恵が受けられず、悪因、悪業を嘆くことになる。好転を願えば、ただ素直に成ることが重要で、良くない因の転換をして心を入れ替え、醜い自己顕示、我欲、保身を戒めておくことだろう。 2019年6月4日 琢
2019年06月04日
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我慢すること耐え忍ぶことは赦すこと、許容することから共生のための必須条件を自覚させる人は忍辱のために生まれたようなもの切れる行為をすることで人生行路から外れてしまう忍耐から多くの学びが有り愚かさの自覚ができれば恩恵への感謝が生まれる最も低い位置に立てば思い上がりが無くなり自然に溶け込むことができる自意識過剰はよく有ることで、とらわれを意識することで形だけ整えようとするが自分が思うほど人は見ていない。自分には迫害でも他人は普通の場合が多く、何でと思うことも我慢するしかない。耐え忍ぶことはこころの中で赦すこと、許容することから愛と共に共生のための必須条件を自覚できる。人は人辱と共に深化し、進化のために生まれてきたと言える。もしそこで切れた行為をしてしまえば人生行路から外れてしまう。忍耐から多くのことを学び自己の修正浄化ができて、愚かさの自覚ができれば多くの恩恵への感謝が生まれてゆく。自分を最も低い位置に置いてみれば、上には上が有り自分の非力と愚かさが観えてきて、思い上がりや妄想、錯覚が消えてゆくだろう。その時に自然に溶け込んでゆける自分に成っている。ただ素直に成ることだろう。 2019年6月3日 琢
2019年06月03日
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甘やかしは子供をダメにする何をしても許されれば錯覚して一人では勇気が無いことも群れを成せば出来る蛮行を強さと錯覚しじっと耐え忍ぶことができない直ぐに切れて道を歪めてしまう過信、錯覚は幻覚で都合が悪ければ人のせいにして逃げ自己反省が無く反社会的行為に走ってしまう陰湿な犯罪はゆたかなところに多くなっている人に厳しく自分に甘い人は多いが、人にやさしく自分に厳しい躾が必要になってくる時代が有る。治安が良いところで豊かさを比較する風潮が多くなれば、物やお金に固執して観自在ができなくなってしまう。人は生い立ち、育ちの条件制約の中で自分の価値観を見い出そうとしながら歩んでゆくが、親に与えられる愛が無い場合、過度の甘やかしが有れば、何をしても許されると錯覚してしまう。一人では勇気が出ないときに群れを成せば何をしてもいいと思ってしまう。蛮行を強さと錯覚することが多く、他の苦しむ姿に歓びを感じてしまう。じっと耐え忍ぶことができず、すぐに切れて道を歪めてしまう人が多い。過信や錯覚が幻覚を引き起こし、自分だけの都合次第で責任転嫁をするようになる。自己反省が無く孤立して反社会的行為をしてしまう。闇に入れば自分の居場所がなく、もがいてあがくことが人の迷惑になってしまうのだろう。 2019年6月2日 琢
2019年06月02日
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克己ができていなければ弱気に打ち勝てず諦めなくていいところで諦める言わなくてもいいときに言ってしまう言わなければ分からず言うことで理解を乞い自信を失ってしまうまだ起きていないことには可能性が残っているカオスで自分の対応如何で好転もある自分に負ければ主導権は他に有って心ならずも従わざるを得ない世に恐ろしいものは自分だろう見えないものを恐れる心、お化けや悪霊を恐れ、最悪の事態を恐れる。怖い人への恐れもすべて自分の心の中に有って、妄想や錯覚の元になってしまう。自分に見えないものは人にも観えず、切迫すれば言って助けを求めようとする。弱い部分を見せれば弱い人間だと思われ、言わなければ分からない部分を言うことでホッとしても、自信を失ってゆくだけだろう。克己ができていればどんな重圧にも耐え忍び、怖いと思う心に打ち勝つことができるようになる。人は恐ろしいと想うとき、未生のものに驚いて逃げ腰になってしまう。意表を突かれたときほどグッとこらえ、場の状況を読むことで冷静になって来る。まだ起きていないものにはまだ可能性が残っているもので、放棄せず、諦めずに最善を尽くせば、人智を尽くして人智を超えることができるだろう。自分に負ければ主導権は他に有って心ならずも従わざるを得なくなる。世に恐ろしいものは自分自身だろう。 2019年6月1日 琢
2019年06月01日
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