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一方的な迫害が有ってもそれをさせている自分がいるその原因を正せば和が生まれる怒らず、怨まず、憎まずすべて内から湧き出すもので行為を慎んでただ耐え忍ぶこと、待つことで観えるべきものが観えて来るとらわれは増幅するものでもがくほど深みにはまってゆく転依はそのとらわれを別のものに転ずることで袋小路の闇にも一条の光が差し込んでくるいつも思うことは短気を起こさないことで、多くの失敗が短気からくるものだったこと。今はかなり修正してきたが、そのために耐え忍ぶこと、待つことから煩悩、カルマをある程度空じることができるようになってきた。一方的な迫害が有ってもそうさせている自分を反省し、赦す心が出てきている。この世の摩擦は願いが違うこと、常識の違いからのものが多く、怒らず、怨まず、憎まずの心掛けを実践することで認め合い、理解し合えるようになってきた。迷い、葛藤が内から湧き出すもので、心を乱すのも自分が弱いことからくるものだろう。行為に移さず、ただ耐え忍ぶことが必要なときがある。その努力が有れば見えるべきものが観えて来る。冷静になれば見えてくることが多い。とらわれは増幅するもので、もがくほど深みにはまってしまう。転依はそのとらわれを別のものに転ずること、気分転換やほかに目を移すことで袋小路の闇にも一条の光が差し込んでくる。ひまわりのように光に向かうことだろう。 2019年11月30日 琢
2019年11月30日
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自分の評価は他人が決めるもので催促せず評価のための行いは本当の心でなく努力の積み重ねに下されるもの果報を急げば過程を省くことになる心の調和は現実に現れるもの背伸びをせず自然体に与えられるもの自分独自の智慧が他の救いになってゆく誰にも誉められないときに自画自賛で他の注目を集めようとしてしまうが、冷ややかな目で見られてしまう。自分の評価は他人がするもので催促すれば自分の値打ちを下げることになる。評価のための行いは本当の自分でないことが多く、評価の対象にはならない。人の値打ちは努力の積み重ねで他人がその価値を決めるものだろう。個性にその独自性が出るもので同じ行いにも人それぞれの特徴が出るだろう。果報を急げば得るまでの過程を省くことになってしまう。自分を整えて調和した心には相応の現実が与えられる。自分が想うほど人は見てくれないものだが、他の為に生かされていることに気が付けば、その評価を求める必要は無いだろう。背伸びせず自然体に現れているものが人の価値で、自分独自の生き方の背中を人は見てくれるものだろう。 2019年11月29日 琢
2019年11月29日
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心の栄養は爽やかな感動を積むことストレスは不安と恐怖からで心に濁りが出るもの一日一善の心掛けで心が汚れることはない人は他がために生かされているもの煩悩で心を乱すことなく煩悩やカルマを空じて無私、利他の道を歩めばいつか為すべきことが観えて来る出会い、出来事、事態には意味が有り良き縁に転じれば我が道がはっきりと観えて来る自分一人にこもることなく多くの交友を重ねることで得るものが多く、心の境域に広がりが出てくる。人の心は不安定なもので、平穏な心も一瞬で苦に変わってしまう。不動心を求めても心は定に入らず不安、恐怖でいつも揺れているのが心だろう。心の栄養は爽やかな感動を積むことで、願いの成就には一日一善の課行と煩悩、カルマの戒めが必要になる。怒らず、怨まず、憎まずで血を濁すことなく、心を汚さないこと。人は他がために生かされているもので、煩悩、カルマを空じることで無私、利他の誠心で善我を育もことだろう。自分にどんな使命が有るのかが分からずに迷いと共に流されてしまうことが多いが、出会い、出来事、事態の意味を知ることで、それを自分に与えられた必然の良き縁に転じれば、歩むべき道がはっきりと観えて来るだろう。 2019年11月28日 琢
2019年11月28日
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人類の究極の願いは世界が平和であること怒り、怨み、憎しみから争いが止まず歴史はその連鎖を刻んでいる人の和の大切さ心を整えれば調和が生まれ変化は歪みを是正するが新たな歪みをつくり出す明るい方を見れば苦を忘れ暗い方を見れば苦が大きくなる恐怖、不安に覆われれば異常な行為をする同じ時を刻むなら明るい方を向く方が良いだろう人にはいろんな願いが有るが、魂の願いが潜在意識に有ってもそれがどんなものかを気付くには多くの時間と経験を積むしかない。生まれて以来ゼロから始めるからで仮我・偽我で歩み始め、迷い、葛藤、失敗から多くのことを学んで成長する。多くの関わりから常識の違いを受け入れて摩擦を少なくしてゆき、自分を整えながら善我を育むことになる。夢や希望はそれぞれ違うものだが、原点には世界が平和であることをみんな願っている。歴史を見れば戦争、紛争の連鎖が止まず、多くの葛藤の現実が残されている。和の大切さ、心を整えて調和した自分に成ろうと努力した形跡が残されている。揺れる心は不安と恐怖と共に異常な行為を繰り返してしまう。明るい方を見れば苦を忘れ、暗い方を見れば苦が大きくなってゆく。同じ時を刻むなら明るい方を向くしかないだろう。今を明るく機嫌良く生きてゆくことだろう。 2019年11月27日 琢
2019年11月27日
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宿命は変えられないが運命は変えられる歩むべき道の途上では選択の決定は自分がするもの刻々カオスへの対応をどうするかで願う道は拓かれてゆくどんな些細なことにも粗末な対応をしないこと人智を尽くして人智を超える持てる力のマキシムを尽くすことで必然の結果が得られて最高の通過点に至ることができるその歓喜はその先の道の勇気と気力を培うことになる失敗や障碍試練は自己の向上の改善点を教えてくれるもので、試練をその呼びかけと思えば前向きな姿勢になってゆき、挑戦への不安や恐怖感は消えてゆく。人には宿命が有るもので変えることができないが運命は自分の努力如何で変えることが出来 る。通過点での選択は自分がするものでその結果はすべて自分に返って来ることになる。刻々カオスへの対応をどうするかで願う道が開かれてゆく。決して粗末な対応をしないこと、人智を尽くして人智を超えてゆくこと。、自分のもてる力のマキシムを尽くせば願う結果は必然のものに成ってゆく。運命を料理で言えば日々の献立みたいなもので、使う素材は宿命でどう仕込むか如何で振る舞う人に美味しいもの差し向けることができて喜んでもらうことだできる。その積み重ねで最高の通過点に至ることができるのだろう。その歓喜がその先の道を拓いてゆくための勇気になり、気力になってゆくことになる。 2019年11月26日 琢
2019年11月26日
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人との交流は関わるほど広く深くなる心に定着すれば安定の元になってゆく情が湧き出して絆を強くしてゆく常識の違いを超えて思考傾向の一部になってゆく無くてはならない存在になり心の支えになってゆく多くの疑問を解明し判断基準の一助になっている途上の縁として自己形成の基礎になってゆくものだろう考えてみれば、身の周りに起きることを偶然のものでなく必然と思うほど、出会い、出来事、事態のすべてが自分に与えられた縁と言うことだろう。どんなものにもその意味が有り、出会いは自分ではつくれず、障碍や試練も必然のものと思えば超えるしかなく、超えた経験が多くなるほど、どんなことにも前向きに成ってゆく。多くの失敗も自己改善と共に少なくなってゆき自分に自信が湧いてくる。人、友との交友で得るものは多く、情と共に絆が強く成り、多くの常識の違いを受け入れることから領域が広がってゆく。それが思考傾向の一部になって次第になくてはならない存在になってゆく。迷いや葛藤も交友と共に少なくなってゆき、多くの疑問を解消できてそれが判断基準になってゆく。周りのすべてが途上の縁として自己形成の元になってゆくのだろう。 2019年11月25日 琢
2019年11月25日
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心の浮沈を少なくする有頂天を戒め煩悩・カルマの抑制をする興味へのとらわれから行き詰まりになれば転依を心掛けてとらわれの矛先を別のものに転じ常に光に向かうこと適性の傾向を知ることで形ではない本心からの歓びを求め他に必要とされる自分に成る代償を求めずにうれしさの中に本当の歓喜が有るこの命を何に使うかが観えて来る人の本当の歓びは自分の為でなく他の為にはたらくときに有るのだろう。人には相応の使命が有るもので、それを尽くすときに本心からの歓びを得る。人は出会いと共に人となるもので、魂がそう仕向けてゆくのは、人は他がために生かされる存在だからだろう。心には浮沈が有るが、有頂天を戒め、思い上がりや過信に気を付けて心を平成にすること、行き詰まり、挫折には転依しながらとらわれの矛先を別のものに転じ、常に光に向かうことから適性の傾向を知ることだろう。形や表層だけものでない本心からの歓びを求めて善我を育み,菩提心と共に人の役に立って必要とされる自分に成ること。代償を求めず、嬉しさの中に本当の歓喜を得ることで為すべきことが観えてきて、この命を何に使うかの自覚ができるようになる。悟りは無理でも自覚することが多くの気付きの賜物だろう。 2019年11月24日 琢
2019年11月24日
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俄かには信じられないものには戸惑いが有って自分の常識を超えているもの自分の辞書には無いものに初めての次元と領域を感じ霊魂不滅の法則も話しには聞いているが肉体と魂・心は一体のもので死と共にすべてが終わるとしか思えず魂が霊魂となって次元を超えてゆくこと水や空気が無くても滅することが無いと言う肉体は条件が多く一定期間だけのもので何が有っても全うすべきものだろう魂が何であるかの説明ができる人は少ないだろう。成仏したいと思う人が多く、阿弥陀さんが西方浄土に連れて行ってくれると信じる人が多いが、この三次元・忍土に生きていれば目に見えるものしか信じ切れず、四次元がどんなものか、不成仏霊の留まるところ,五次元は霊界、知っていても見た人はいない。この世にはにわかに信じがたいものが多く、自分の常識を超えているものには戸惑いがある。霊魂不滅の法則が有ると言うが忍土では信じ切れず、肉体と魂・心は一体のもので死と共にすべてが終わると思う人が多い。魂は霊魂になって次元を超えてゆき、水や空気が無いところでも滅することが無いのだろう。身に迫るカオスにはいつも円環的思考を繰り返し、説明できないことは前世からの宿命と自分に言い聞かす。肉体には条件が多く一定期間・寿命は初めから決まっているものと思うしかなく、この与えられた命を何が有っても全うすると念じることしかできないだろう。同じ時を過ごすなら、今を明るく機嫌良く生きてゆくことだろう。 2019年11月23日 琢
2019年11月23日
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計画性をもつこと夢や希望をもてばその青写真を描き通過点を設定する実戦での多くの失敗は成し遂げるための原因と修正事項を教えている試練はそのための呼びかけで生きていれば超えるしかなく超えた先に道が観えて来る頑張れば雲の上は晴れ障碍を越えれば先は啓けている信じることで可能性は大きくなってゆくいつも思うことだが自分は試されているのだろうと。この問題をどう処理するのか、どういう結果を導き出すのかと。神仏も人々もみんなに観られているような気がしてくるときがある。人には夢や希望が有るがその具現化のために青写真を描いて成就の計画を立てることになる。学んだことを実践し、身に付いたものが智慧になって先を拓いてゆくことになる。途上の失敗はその原因と修正事項を教えているもので、試練はその呼びかけと思えば前向きに超えようとする。生きていれば超えるしかなく、超えた先には希望の光が輝いている。頑張れば雲の上は晴れで離陸した飛行機が雲を抜けてゆくとその上は全くの晴れた空が広がっている。障碍や試練を超えた先には必ず一本の白い道が観えて来るのだろう。自分を信じ、他を信じることで可能性は限りなく広がってゆく。 2019年11月22日 琢
2019年11月22日
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転んでも起き上がる希望する処へ行くために何度も転びながら落胆しても希望を諦めず立てた目標に立ち向かう耐え忍ぶこと待つこと、焦らないこと前に向いていればいつかゴールが見えて来る人はその背中を見ている自分の為には強く成れず他の為を思えば強い自分がいる人は他がために生かされている自分が何をしたいのか、魂の願いが観えずに歩みながら夢や希望を抱いてその具現化のために目標を立てて、障碍や試練を超えてゆく。途上には多くの通過点が有るが超えるたびに智慧を付けてゆく。身に付いた智慧は単に知っているだけのものでなく応用の効くもので、先を広げてゆくことになる。何度転んでも起き上がり、落胆しても希望を諦めずに立てた目標に立ち向かってゆくことで強靭な精神力が培われてゆく。耐え忍び、待つこと、焦らない歩みと共に前に前に進むとき、必ずゴールが見えてきて自分の歩みに間違いが無かったことを知る。人は共生しながらその背中を見ている。失敗に学びその修正浄化と共に人は深化してゆく。自分の為には強く成れず、他の為には強く成れる自分がいる。救いの恩恵は有るものでその報恩に向かえば本心からの歓びを知ることになる。人は他がために生かされているのだろう。 2019年11月21日 琢
2019年11月21日
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下り坂の心には相応の理由があるいくつかの原因の重なりと先が見えない不安には耐え忍び、時を待つことが大切で否定的思考を抑えて明るい光を観ること誤解、錯覚、過信を戒めて日々善行に努めることで超えた先には新たな確信が戻って来る邪気を慎みとらわれの分別をしておくこと短気を起こさなければ広い視野と共に領域が広がって来る袋小路に入れば短絡的になって、心には焦りと不安感ばかりでもうダメだと自分を捨ててしまう人もいる。まだ可能性が残っていても諦めてしまう人が多く、転依・気分転換、チャンネルを変えてみれば活路が観えて来るのに放棄してしまうにはもったいないことが多い。心が下り坂になるには相応の理由が有るもので、いくつかの原因の重なりと先が見えない不安感が元になっている。耐え忍ぶこと、時を待つことも大切な工夫の一つだろう。希望を捨てず明るい光を観ることが必要なときがある。誤解、錯覚、過信を戒めて日々善行に努めれば、新たな気付きができて確信が戻って来るだろう。邪気を慎み、短気を起こさず、とらわれの分別をしておくことも必要だろう。人には気分転換やリクリエーションが必要で、全く違う趣味やスポーツ、旅行などから一皮むけるヒントが得られる場合が多く、広い視野に立ってみれば心の領域に広がりが出てくるだろう。 2019年11月20日 琢
2019年11月20日
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人の心は見えず話しの内容で程度は分かるが交友を深めなければどんな体験を積んで何を掘り進めているかが分からない自分の心さえ分からず出会い、出来事、事態にどう対応できるかさえ分からない行為は心でするもので願う反応を得たければ相手の心を観なければ同意を得るのは難しい交友に学ぶところが多く自分の進化、開花の元になる誰がどんなことを考えているかが分からず、集団ではそれが分かるまで自分を出すことができない。観察だけでは自分が知りたいことが解からず、親しく成って話を聞かなければ見えて来ない部分が多い。交友を深めることでどんな体験を積んで、何を願って掘り進めているかが観えて来る。自分の心さえ分からず、常識の違いを受け入れることで幅広い思考ができるようになってゆく。どんな良い種でも水や土や光の縁が無ければ花が開くことはなく、心・因も良き縁と共に開花に向かうことになる。行為は心でするもので願う反応を得たければ、自分の都合だけでなく相手の心を知らなければ助力や協力を得られない。目的意識をもつことと、切磋琢磨して自己の改善をしてゆかなければ自分の進化や開花を果たせないだろう。人は出会いと共に人となると言うことだろう。 2019年11月19日 琢
2019年11月19日
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起きることには終わりが有る始めがあれば終わりが有るもので生まれれば死ぬときが来る慌てないこと、焦らないこと落ち着いて適切な対応をし錯乱状態には鎮静化を心掛け耐え忍ぶことと共に間違った行動をしないことこの戒めが自助になり悔いを少なくして他に迷惑を掛けなくなる生きていれば超えるしかなく待つことも智慧の一つで超えた先には貴重な体験が残る多くの試練と共に超えた智慧が先を拓くことになる途上にはいろんなことが起きるもので、その度に試されているのが自分の歩みだろう。起きることには必ず終わりが有るもので慌てないこと、焦らないこと、耐え忍んで超えてみることしか無いだろう。落ち着くことが重要で錯乱状態には鎮静化を心掛け、間違った行動をとらないこと。この戒めが道を歪めることを少なくする。悔いが残らないように、試され、何かの呼びかけと思って、その場しのぎの行為をしないことだろう。それが他の迷惑を少なくすることになる。生きていれば超えるしかない場合が多く、待つことも視野に前向きな心を心掛けておく必要が有るだろう。そうして超えた先には貴重な体験が残り、耐え忍ぶことで強靭な精神力も培われてゆくことになる。身に付いた智慧は応用の効くもので先を拓いて運命を変えることのできるものに成るだろう。人は試されていると言っても良いだろう。 2019年11月18日 琢
2019年11月18日
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人は目的に向かって動いている一つの目的は大きな目標を掲げ描く夢は壮大なものそこに至る道を歩み出すその軌跡には紆余曲折が有るが目的意識をもつことが重要でその成就の為に多くの失敗に学び自分を整えてゆく多くの関わりを縁にして助力、協力、救いの恩恵と共に念じる花を開かせてゆく仮我・偽我から善我を育み悔いの無い道を歩めるようになる自分が何ものか、何のために生まれてきたかは、後で観えて来るものだが全く暗中模索で、すべての人が魂の意識に刻まれているものを忘却、喪失、無知の状態で歩み始めることになる。人は感動と共に夢や希望を描き、その目的の成就に向かって歩んでゆくことになる。その軌跡には紆余曲折が有るが、目的意識をもつことが重要で、そのために多くのことに挑戦し、失敗からその原因を学び自分を整えて調和したものにしてゆくことになる。多くの関わりを良き縁として助力、協力、救いの恩恵を得て、念ずれば花開くと言う言葉が有るが、心に念じたものの具現化を果たすための取り組みに励むことになる。始めはその厳しさから自分の愚かさと無力に気付きながらその自覚をするようになり、何度か救われるうちにその恩恵に感謝するようになる。報恩に向かう途上では仮我・偽我から善我を育みながら自己の改善を重ねて悔いの無い道を歩むことになるのだろう。心に念じたことは必ず花を咲かせるようになる。 2019年11月17日 琢
2019年11月17日
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楽しいことに不安を感じうれしいことを歓べない満足感を恐れる心は至ることが無かった現実から小さな歓びに不安を感じ途上の通過点で自分を大切にできず本心を通すことができなかったこと絶望ですべてを失い自分一人で耐え忍んできた心険しい道を歩み転落を恐れて挑戦しなかった自分がいる言い訳や釈明は認められず自分を信じ切れなかった歩みが有る考えてみれば人は波乱万丈と言ってくれても、そこにいた自分は強く生きられなかった反省が残っている。自分さえ我慢すればうまく治まる、争いを嫌う心が有って、場の雰囲気を壊すことを恐れる心が有った。自分の立場を思えば取るに足らないもの、無い方が良いものと上に逆らえなかった小さな自分に慣れきっていた。楽しいことに不安を感じ、嬉しいことを歓べなかった。一度も至ることの無かった自分、浅く軽率な自分、その現実に小さな歓びにさえ不安を感じて自分を大切にできなかったことの結果が今の自分だろう。本心に忠実でなかった偽我も絶望ですべてを失ったと思い,一人耐え忍んできた心が有る。険しい道を歩み、転落を恐れて何もできなかった自分がいる。言い訳や釈明も空しく、自分を信じ切れなかった歩みが有った。そんな迷いや葛藤の歩みでもその人生が失敗だとは言えないだろう。この世に絶対はなく、どんな歩みでもその人生が失敗だったと誰も断定できないだろう。 2019年11月16日 琢
2019年11月16日
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楽しいことが有るから頑張れる夢や希望が有るから苦多き道をゆく人は超えるたびに表層から深層に触れ人智を尽くして人智を超えてゆく本心からの歓びを得るために山を越え谷をわたる目標が無ければ快感のみを原則として苦を越えようとしない楽をして得るものは無く苦しみを越えたさに笑顔が有る平穏無事なときに苦がやって来れば逃げ出したくなるのも人情だが、そこにただ生きているだけでなく目的が有れば艱難辛苦を超えてゆこうとする。良いことも多く、その成就の歓喜を得ようと頑張れる。夢や希望が有るから苦多き道でも行こうとする。人は超えるたびに表層から深層に触れ、人智を尽くして人智を超えてゆくことができる。それは本心からの歓びを得るためで、山を越え谷を渡りながら多くの経験を積んでゆく。もし、目標が無ければ快感だけを原則として苦を越えようとしないだろう。どんなものも表裏一体で楽あれば苦が有り、自分が楽をすれば誰かが苦を背負ってゆくことになる。助けや救いも有るもので、この世には自分の意識以外のものもはたらいている。感謝を忘れず報恩に向かいながら他の為に生きているのが人間だろう。苦を超えた先の笑顔を求めながら。 2019年11月15日 琢
2019年11月15日
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苦しみや悲しみは超えるしかないもので超えた先に何かが分かって来る逃げようとするほど不安と恐怖感は消えず想像する病気をつくり出す体験することでその仕組みが解かって来るその原因を知ることから自己の修正浄化ができて摩擦が少なくなってゆく良心に従って行動すれば煩悩あ、カルマを空じ善我と共に信頼の構築ができて来る和が生まれればものの道理が観えてきて自分を成長させてゆく為すべきことの自覚ができれば不動になれる迷いや葛藤の連続が誰の歩みにも有るもので、見えていないものが多く経験と共にその仕組みが解かって来れば、その対応の仕方が観えて来る。逃げていては何も始まらず、身の周りに起きることは自分に関係の無いものは一つも無く、自己の修正課題を教えてくれるものだろう。痛み、苦しみは超えてみるもので、逃げようとするほどさらに苦しくなってゆく。不安、恐怖感が自分を押しつぶしてゆくもので、立ち向かった先に越えたものにしか解らない智慧が湧いてくる。ものの道理を知ることは経験と共に有るもので、摩擦を起こす原因はすべて自分の中に有って、善我を育ことでしか少なくできないものだろう。良心に従って行動することで仮我・偽我から抜け出すことができるようになる。煩悩、カルマを空じることから摩擦が減ってきて、信頼関係の構築と共に和が生まれてくるだろう。すべてはそこから始まるのだろう。 2019年11月14日 琢
2019年11月14日
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過去は消せずどうしようもないものだが過去に学べば繰り返すことは無くなる業・カルマを空じれば同じ過ちは少なくなる理想を掲げて日々精進し善我を育めば救えない心は無い他の役に立ち与えた歓びは自分の歓びで他の期待に応えるところに自分の居場所が有るよく人に迷惑をかければ世間を狭くすると言うが、人は気付かずに多くの迷惑をかけているが、自分は精一杯生きているつもりになっていることが多い。振り返ってみることが大切で、別の視点に立ってみれば過去にはそういう迷惑をかけてきたことに申し訳ない気持ちが湧き出してくるだろう。過去は消せずどうしようもないものだが、過去に学べば繰り返すことは無くなってゆく。業・カルマは誰にも有るものでそれが迷惑の原因をつくっていることに気が付けば、禅定して空じることで同じ過ちを繰り返すことが少なくなってゆく。理想を掲げて日々精進して善我を育めば、救えない心は無いだろう。他の役に立ち、与えた歓びが自分の歓びになっていることに気付き、他の期待に応えるところに自分の居場所が有るのだろう。 2019年11月13日 琢
2019年11月13日
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とらわれとは苦ばかりでなく、夢や希望もとらわれでとらわれたものを思考して与えられた現実と共に円環的思考を繰り返す自分の傾向が分かって来るほど為すべきことが絞られてゆく為すべきことの自覚ができれば本心の歓びが分かって来る袋小路に入れば気分転換と共に転依は別の興味を沸き立たせ多くの仕組みに共通点を見つけ出す常識に違いを受け入れることで領域が広くなって得た智慧が先を拓いてゆく何度も失敗を重ねながら人は賢くなってゆくもので、途上では自分の欠点・修正事項が観えて来る。自分を整えて通用する自分に成るために弱点を埋めてゆく。通用すれば調和できるようになり、和が生まれることだろう。、人は興味あるものにとらわれるが、苦ばかりでなく夢や希望もとらわれと言えるだろう。とらわれたものに思考して与えられた現実と共に円環的思考を繰り返し、次第に自分の傾向を知ることから為すべきことが絞られてゆく。そういう気付きを積むことで自覚できるようになって、本心からの歓びが何だか分かって来るようになる。時には袋小路に舞い込むことが有るが、気分転換が必要で転依して別のとらわれをつくることから解決策が観えて来ることが多い。趣味、散歩、運動などでリクリエーションするところにヒントになる共通点が観えて来る。常識の違いを受け入れることで視野が広くなり、領域が広く成れば身に付けた智慧が先を拓いてゆくことになる。 2019年11月12日 琢
2019年11月12日
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落ち込むときその原因を探せば自分がつくり出している迫害が有ってもそれをさせる自分がいる他のせいで片付ければ自分を正すことが無く同じ現実を繰り返す何で自分だけがと思うがみんなそう思っているもので忍土の自覚はすべてに意味が有ることを知り愚かさの自覚ができれば恩恵への感謝の心が湧いてくる誰でも過去に何度か救われたことが有るもので、あれが無かったらとかあの出会いが無かったら今の自分はいないと思っている。適切に助けが入ることを想えば何処かに神様がいるように思う。何をやっても自分だけは助けられると過信することは良くないが、自分を信じることの大切さを感じる。落ち込む時にはその原因を自分がつくり出しているもので、迫害が有ってもそれをさせている自分がいると思えば、素直に自分を改めておくことが重要なことだろう。同じ現実を繰り返して神も仏も有るものかと怨む心が自分を歪めてゆくことになる。この世の厳しさ、忍土の自覚ができればすべてに意味が有ることを知り、自分の愚かさの自覚ができれば、恩恵への感謝の心が湧いてくるだろう。怒らず、怨まず、憎まずに心・因の転換をすることで好転反応が現れてくる。 2019年11月11日 琢
2019年11月11日
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恥ずべき行為は後ろめたい心を遺すが理想、良心に反するものでそれを正当化すれば辱は辱で無くなり当たり前のことになってしまうそれが常識になる恐ろしさは世界を暗くしてしまう国益のために暴力も正当化されてしまう人としての原点は一人一人の心の中に有るもので鏡に映して正す必要が有る幸せは平和の中に有り戦争に有るものは不幸だけだろう日本は世界初の被爆国で広島、長崎にはその傷跡が残されている。動物には無いのに人間はなぜ同族の殺し合いをするのか、そこには自分だけの都合しか考えないところが有って、動物の脳は旧皮質脳、人間の脳は新皮質脳で自己顕示欲、自我我欲、自己保存のために邪魔なものを殺してしまうと言う。恥ずべき行為は後ろめたい心として残るが、それを正当化することで恥が辱でなくなってしまう。それが常識になる恐ろしさは世界を暗いものにしてしまう。国益の為と為政者は言って暴力を正当化してしまう。人としての原点は一人一人の心の中に有るもので理想や良心に反する行為は絶対に避けるべきだろう。鏡に映して正す必要が有るだろう。人々の幸せは平和の中に有るもので戦争に有るものは不幸だけだろう。みんないい人なのに国同士がいがみ合うのは為政者の都合が優先されるからだろう。為政者の心の中心軸にある都合を魂が納得するものに入れ替える必要が真っ先に有るべきだろう。 2019年11月10日 琢
2019年11月10日
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時が来たと言うときに本人はそれに気付かない見えないものにとってチャンスを逃した経験が多く自分が想うときは違っている場合が多い迫るカオスに何かが観えて来るもので良き縁の重なりに共通性が重なるとき次第にその覚悟が定まってゆく縁もゆかりもないところには無いものそれに気が付くとき魂現が観えて来る自分には霊感が有ると錯覚するときに、大きな勘違いをしてしまうもので、自分は召し出されたもののように当てものに終始してしまう人がいる。公表するほど当たらないもので多くの人の迷惑になってしまうことが多い。自分が何のためにこの世に生まれてきたのかは、始めはみんな分かっていないもので自分の未来がどうなってゆくのかを知りたいと思う人が多いが、未来は自分が切り拓いてゆくもので、ぼーっとしているとチャンスを逃すことが多い。妄想や錯覚で想像したことは現実になることが無く、日々迫って来るカオスにその恩恵が観えて来るもので、同時に良き縁の重なりが有り、共通点が重なるときに、人は次第にその覚悟を定めてゆくものだろう。縁もゆかりもないところには無いもの、必ず救いの恩恵がはたらいているもので、自分が本当に為すべきことの気付きはその恩恵の中に有るのだろう。 2019年11月9日 琢
2019年11月09日
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時は戻せないもので過去を消すこともできないが修正事項に気付けるもの偶然でなく必然だからこそ原因の修正が必要になる仮我・偽我から善我を育めば修正の仕方も違うものに成り恩恵への感謝と共に認め合い、理解し合うことができて調和と共に助力、協力し合い響働すれば絆が強く成る心は安定し道が歪まなくなり更に信念は強く成ってゆく多くの人との関わりから交友が始まり、友達が多いほど気を使うことも多いが勉強することも多く、助け合いの恩恵も多くなってゆく。常識の違いを受け入れることで視野が広くなり、騙しや裏切りにも出会うが赦す心の大切さが分かって来る。時と共に多くの体験を積み、過去を消すことはできないが自分の修正事項に気付けて、与えられる現実が偶然でなく必然だからこそ原因の修正が必要になって来る。気が付くまでの自分は仮我・偽我で善我を育むことで修正の仕方も違うものに成ってゆく。忍土でも人は守られているものでその恩恵に感謝することで認められ、理解し合うことから調和と共に助力、協力が得られ、響働すれば絆が強く結ばれてゆくことを体験することになる。その時に心は安定しているもので道が歪まなくなっている。自分を信じ、人を信じることから道は拓けてくるのだろう。 2019年11月7日 琢
2019年11月07日
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国が豊かになれば人は唯物的、刹那的、利己的になる人間は考える動物で敗戦後の復興のときよりも複雑で根の深い事件が多発する苦しみや悲しみを超えるとき耐え忍ぶことになるがそれができなくなってゆく外見はゆたかに見えていても見栄体裁の不満が心を腐らしてゆき汚れた行為が横行する泥水の中から咲く美しい蓮の花のように心だけは汚さないように今を明るく機嫌良く生きることだろう便利になるほど欲しいものが多くなってゆく。手に入れるにはお金が必要で、心のとらわれがものに集中してゆくために、目に見えるものばかりを欲しがって唯物的、刹那的、利己的になってしまう。見えないものを信じなくなってしまう。人は四苦八苦に出遭うようになって深化してゆくものだが、苦しみや悲しみを超える時には耐え忍ぶことになるがそれができなくなってしまう。豊かさは外見に見えるもので見栄体裁ばかりを気にし始めて、いつも心は思い通りに成らない不満に覆われてしまう。発展途上の貧しさを知る子供滝の笑顔には光り輝く目が有るが、ゆたかになるほど本当の笑顔が少なくなってゆく。欲に駆られて思い通りに成らない不満が心を腐らしてゆくのだろう。汚れた心での行為が横行し人々の心を暗くしてしまう。泥水の中から咲く美しい蓮の花のように、身は汚れても心だけは汚さないようにしたいものだと思う。同じ時を過ごすなら、心を腐らさないように今を明るく機嫌良く生きることだろう。 2019年11月6日 琢
2019年11月06日
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まじめな人ほどストレスに弱く神経症になりやすい四角四面は完全でなく少しは心のゆとりが必要で自分を責めないように転依の心掛けをもつ方が良い気を転じることは不真面目のようで視野を広げることになる興味有るものへのとらわれは掘り進めることで別の世界が観えて来る袋小路になれば気分転換も必要だろう思いつめること、自分を追い込むことで自律神経が失調してしまう。その先がうつ病で励まされるほど落ち込んでゆき、自分を責めて悪循環の思考を始めてしまう。まじめな人ほどなりやすくストレスに弱く周りの人はそっと見守るしかできなくなってしまう。まじめとは四角四面でなく、完全を求めても自分の愚かさを自覚して他に協力を求めることも必要なもので、自分だけで解決しようとするほど落ち込んでしまう。転依・気分転換、趣味、チャンネルを変えてみることも必要で、人は仕事ばかりでなくリクリエーションが必要だろう。気を転じることは視野を広げる元になる。興味を別のものに置き換えてみることが必要だろう。袋小路に入れば出口が見えず落ち込んでしまうが、視点を変えることで発想を変えれば出口は必ず観えて来る。不安感や恐怖感が自分を追い詰めることになる。自分を解放することが大切なことだろう。 2019年11月5日 琢
2019年11月05日
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人間は愚かな行為をやってしまう動物でどこかに矛盾が生じ他の迷惑になっている何度も繰り返すのがカルマで煩悩と共に空じる必要が有る有るものは無にはならず空じることから過ちは少なくなってゆく日頃の心掛け、課行と戒めが必要で願いを果たすためには善我を育むこと他の役に立つには無私、利他の誠心であること愛・菩提心が必須だろう何をやってもいつも反省ばかりで失敗が無くならず、その原因を見つけ出すまで何度も過ちを繰り返してしまう。自己の修正浄化はそこから始まって失敗が少なくなってゆく。人間は愚かな行為をやってしまう動物だとつくずく思い知らされる。自己正当化しても、どんな言い訳をしてもどこかに矛盾が生じて他の迷惑になっている。煩悩やカルマは誰にも有るものだが無にはできず、禅定して空じることが必要になって来る。日頃の心掛けで日々課行と戒めが必要で願いを果たすためには、善我を育むこと、他の役に立つ自分に成るには無私、利他の誠心が必要だろう。其処には根底に愛・菩提心が必須だろう。苦は不安感、恐怖感で倍増するもので不動であるためには自分を信じ、人を信じることだろう。 2019年11月4日 琢
2019年11月04日
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追い詰められたときは周りを見渡して視野を広げてみれば別の発想が出て来るもの自分の位置を考えれば何をすべきかが観えて来る選択に間違いが無いように自分を信じること覚悟が決まれば先が観えて来る周りの助けや恩恵が自分の救いになっている感謝を忘れないように反省と敬意で前に進むことだろう重要なのはいつも前向きであると言うことで苦ばかりが多いのは自分だけでなく、必ず超えてゆく決意が必要になる。思うようにならないのがこの忍土の世だと言うこと、自分の無力や愚かさを知っていること、多くの恩恵に救われることが多く感謝を忘れないことが大切なことだろう。追い詰められたときには周りを見渡して視野を広げてみれば別の発想が出てくるもので、自分の位置を考えてみれば何をすべきかが観えて来るだろう。選択に間違いが無いように努め、自分を信じることで覚悟が決まれば先を拓くことができる。どこにいても救いの恩恵は有るもので感謝、反省、敬意は怠らないことだろう。どんな時も自分の行為が心の表れで、人はそれを見ているもの、もし自分が孤立していれば相応の原因が行為に有ったと言うことだろう。 2019年11月3日 琢
2019年11月03日
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歩みの途上に必要なものは生命力、経済力、挑戦意欲勇気と気力で障碍や試練を超えること苦ばかりのようだがうれしさと歓びが有るもので歓喜の為に耐え忍ぶことができる待つことも重要で妄想、錯覚、迷いと共に余計な行為を慎み望まない現実を与えられないように多様性、協調性を培い無私、利他の誠心で歩むことで世界と調和できるようになってゆく善意の努力を積み重ね、多くの挑戦から得るものが多く、失敗から学ぶことで自己の修正浄化ができる。苦ばかりが多いように感じるが未熟が原因で自分の甘さを克服しながら体験したものが身に付き始めるほど苦は少なくなってゆく。必要なものは生命力、経済力で挑戦と共に自信が湧き出して勇気と気力で超えてゆくことになる。時にはうれしいことや歓びが伴うもので、人は歓喜のために苦労を超えて成長するもので、耐え忍ぶことから強靭な精神力を身に付けるようになる。マイナス思考では超えてゆけず、妄想、錯覚から迷いと共に萎えてしまう場合が多く、未生のものに怯えることなく、自分を整えることで前向きに歩むことが大切なことだろう。経験と共に多様性と協調性を培って無私、利他の誠心で歩むことから先が拓けてくるのだろう。 2019年11月2日 琢
2019年11月02日
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生きるための糧は血と汗の積み重ねから得るもの生きる途上には誰にも四苦八苦が有り煩悩、カルマを空じ多くの試練を超えて自業の修正浄化をして善我を育み 自分を整えて調和させたところに大きな歓喜が待っているそのすべてが精進で発菩提心、修菩薩行と共にのびのびと安らかな心境を得て浩然の気になってゆく二見【勝ち負け、損得、プラスマイナスでものを見る】のとらわれが自分を他と比較させ感情の抑制を阻害していた頃には見えなかったものが、絶望と共に別の観方ができるようになってゆく。生きるための糧を得るために人ははたらいて多くの四苦八苦【生老病死、愛別離苦、求不得苦、怨憎得苦、五蘊盛苦】に遭遇し、その原因と結果の法則を知ることから自分を変えようと煩悩、カルマを空じ、多くの試練を超えて自業の修正浄化をしてゆく。その時点で仮我・偽我から善我を育むことになる。そうして多くの途上の通過点から得たものが智慧になってゆく。自分のために弱く人の為なら強く成れる自分に気が付き、他の役に立つことの歓びを知る。そのすべてが精進で、発菩提心、修菩薩行と共に自分を整えて調和させることから、のびのびと安らかな心境を得て、浩然の気【宇宙大自然と一体化する心境】に至れるのだろう。 2019年11月1日 琢
2019年11月01日
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