全31件 (31件中 1-31件目)
1
被害者にもそうなる必然のものが有って相応の原因を自分がどこかにもっている原因と結果には必然の法則が有って古来より喧嘩両成敗とされ双方の反省が必要になる事故の査定でも責任の分担が適用される一方的に加害者だけを裁けず自分の非を修正浄化することでこの世が成り立ってゆく責任転嫁で逃げないことだろう自己顕示や自我我欲の強い人は、良いときほど俺が、俺がと言って良いとこどりをし、悪い芽が出れば保身のために逃げてしまう場合が多い。関わりには責任の分担が必要だが、責任転嫁で他のせいにして逃げてしまえば交友関係は消滅してしまう。被害者にもそうさせた自分がいて、何の責任分担も無いとは言えず、全部加害者だけを責めるわけにもいかない場合が多い。原因と結果の法則はどの場面にも通用するもので、原因が有るから必然の結果が出てくることになる。良いときだけ自分の手柄のように言っても、正すべきときに逃げてしまえば人望を失うだけでなく、その人の進化が止まってしまう。どんなに偉い人でも結果が悪ければ相応の責任を担い、その原因を修正浄化する必要が有る。共生していれば摩擦は起きるもので一方的に片方が悪いとは言い切れないだろう。喧嘩両成敗とはそういうことからだろう。孤立には相応の理由が有るもので、自分だけの不満で他を裁くことはできないだろう。時には原点に戻り、人間としてどう在るべきかを考えるときをもつことが大切だろう。 2019年5月31日 琢
2019年05月31日
コメント(0)
赦す心が有れば自分を大きくして許容範囲が広くなり素直に学べば大局的見地から場の空気が読めるようになってタイミングを合わせれば地の利、時の利と共に望む現実が得やすく成る無私、利他の誠心が有れば和が生まれ信頼関係や絆が結ばれる自分一人で願いは叶わず他の助けや恩恵に感謝すれば響働して望む現実に恵まれる自分の常識に固執すれば他の常識を間違いとして自己正当化をしてしまうが、この世に絶対というものは無く、それぞれの生い立ち育ちの条件制約での生き方に人権が有るもので、そこに学ぶことで自分を大きくすることができる。対立や摩擦に苦が伴うもので、赦す心が有れば、認めて理解する心が生まれて懐を広くすることができる。多くの常識を知ることで視野が広くなって、場の空気を読むことから大局的な判断ができるようになる。運は自分でつかむもので領域を広げることで場の流れが観えてきて、タイミングや地の利、時の利と共に望む現実に恵まれるようになる。心をひろくすれば和が生まれ、認め合い、理解し合うことから信頼関係と絆が結ばれてゆくことになる。自分一人で叶うものは無く、他の助けや多くの恩恵に感謝することで響働すれば、望む成果が得られるようになる。 2019年5月30日 琢
2019年05月30日
コメント(0)
急いては事を仕損じる待ってみること信号一つ待つゆとり心のゆとりは災害の予防にも成るよく観て歩くことで転倒の予防になる意見を述べるときも割り込まず相手の話しを良く聴くことで対立の予防になる摩擦のときは最悪の末路も視野に入れて善処すれば悔いが少なくなる気が急いていてせっかちに成ることが多ければ、軽率な失敗も多く、自分本位のときほど気を付けて慎重に対処する方がいいだろう。目的の場所に行くときに信号一つの遅れで運命が変わることも有るが、その分早めに出かけて心に待つゆとりが有る方がいい。急いては事を仕損じるという言葉が有るが、結論を急ぐあまり大事なことが抜けていて、どこかで打っておくべき布石が欠落したために大きな失敗をすることが多い。心のゆとりは災害の防止にも成り、場の雰囲気を読んでおくことも必要だろう。運にも流れが有り、バイオリズムを観ておく必要も有って、周りへの配慮をせずに自分だけの都合を優先すれば相手に不快感を与えて対立することも多い。場を読み相手の話しを良く聴くことで対立の予防にも成る。摩擦を起こしそうなときには最悪の末路も視野に入れて善処すれば悔いが少なくなるだろう。自分が為すべきことに未練が残らないように歩むことも大切な心掛けだろう。 2019年5月29日 琢
2019年05月29日
コメント(0)
小さなことから大きな発見が有る思ったことを語り合えば些細なことにも意味が有り大きなことにかき消されても小さなものの堆積が大きく成るもので原因は小さな時に修正し大きくさせないことも障碍や試練を越えやすくする困ったときは他と相談すればその意見の中にヒントが観えて来る発明は無知、素人の声にヒントが有り不便を便利にするはアイデアが生まれる小さなことを無視できないだろう身の周りに自分を成長させるヒントが有るもので、それを見逃さないことだろう。どんなものにも意味が有り、そこには成り立ちの仕組みが有る。日々の積み重ねが大きく成るもので、小さなことから大きな発見をすることも多い。他人との交流から得るものが多く、些細なことにも意味が有って、小さなことの堆積が大きくなってゆくことを知る。失敗の原因は小さな時に修正して大きくならないようにすることも大切なことだろう。願いが有れば障害や試練に遭遇するが、それは進化の過程に越えなければならないもので、放置や逃避は自分の可能性を捨てることになる。困ったことは他と相談することでその意見の中に大きなヒントが観えて来る。発明は無知、素人の声がヒントになってアイデアが生まれ、創造することから便利なものができてそれまでに考えられない快適な生活ができるようになる。心・魂にも多くの気付きが有り、為すべきことへの自覚ができてゆくことになるのだろう。 2019年5月28日 琢
2019年05月28日
コメント(0)
実り、収穫は営む者の願いの成果だが思うようにならないのが世の常で日々の努力の積み重ねで得た智慧がその確率を高めてゆく人の成長も強い意志と準備の成果で多くの障碍や試練を超えた先に得られる歓喜の瞬間が有る至った境地に立つときその先の目標が観えて来るこれで終了ではなく常にその先を求めるのが人間だろうこの世は忍土で思い通りにならないものだが、挑戦有るのみでやればやるほど賢くなってついにはできるようになってゆくとき、その心にはえも言えない満足感が得られるが、願う道はその先にずっと続いているのだろう。求める次元や領域は一条件では得られず、すべて一過性の途上に有るのが人の道で、放棄せず、諦めずの努力が報われるのもこの忍土でしか味わえないものだろう。努力の成果はすべて必然のもので、相応の果報が得られるようになっている。成就は歓喜の瞬間で、そこには実績と身に付いた智慧が有って、更に続く道を切り開いてゆける自信が湧き出してゆく。災害や病の試練が有っても気力さえ失わなければ、超えたものにしか得られない領域と次元が有るのだろう。不安感や恐怖感は克己で払拭し、準備で得た智慧が幸運へと導いてくれる恩恵も偶然のものではないだろう。果てしなく 険しく続く 天の道 受容してなほ 見えぬ道のり 2019年5月27日 琢
2019年05月27日
コメント(0)
友達は出会い、挨拶から始まり交友と信頼から親しくなって関わりには責任が発生し責を負うことで絆が結ばれ良いときの果報を共有し悪いときの責の分担をする責任転嫁は自分の進化を止めてしまう逃げれば修正せず修正し無ければ願いの成就は無くなる失敗が人を成長させ何もしなければ交友は無用になり良き縁に恵まれることもない幸運は自分の努力で得られ、良き縁の恩恵と感謝と共に自己の進化が有って身に付いた智慧が先を拓いてゆく。友達は良き縁の選択からで、出会い、挨拶から交友が始まり信頼関係が生まれてゆく。関わりには責任が発生し、その責を負うことで絆が深くなる。良いときの果報を共有し合い、悪いときの責を分担することで関わりは友から親友になってゆく。責任転嫁は自己の進化を止めてしまうもので、逃げれば修正できず、修正し無ければ願いの成就は無くなる。途上での多くの失敗が人を成長させるもので、失敗から学んだことは智慧になって先を拓くことになる。好転反応は因の転換から得られるもので、心が体を使って行為し、その心を転換することで与えられる結果が変わってゆくことになる。心を変えるには行為から改めてゆく方がいいだろう。行為が歓迎され、誉められ、感謝されれば、それが歓びになって他の役に立つ自分に成る努力を積むことから自分が変わってゆくことになる。 2019年5月26日 琢
2019年05月26日
コメント(0)
不安は重心が浮いている状態で心が安定せず自然体でいても重心が定まらず真剣での対峙では適切な対応ができないクンバハカ法はケツノ穴を閉めることで重心は丹田に定まって何ごとにも動じない状態に成る不安材料を滅しておくことストレスが心を不安定にさせる四諦は苦を滅する方法で理に叶ったかまえになれる無・とらわれない境地が必要だろう無と空の違いを理解しておくことが重要だが、無は何もない状態で空は有るものは無くならず主張しない状態を保っていることを言う。何かに夢中になっているときは他の思いは無の状態で専念できていることだろう。最も良くないのは不安感、恐怖感で重心が浮いてしまい心が安定しなくなってしまう。自然体でいてもいつも浮ついていて真剣での対峙では適切な対応ができなくなっている。クンバハカ法はけつの穴を閉めることで重心を丹田に落とすこと、でんとした構えになることで何事にも動じない状態に成っている。不安材料を滅しておくことが大切で、ストレスを溜め込まないこと。仕事や対人関係の問題や病への不安もとらわれを解いて見切り、割り切りで自分独自の歩みができるようにすること。四諦は苦を滅する方法で四苦八苦から自分を解放して歩むべき道を歩むことができるようになる。理に叶った自然体になれば、とらわれを無にして適切な対応ができるようになるだろう。 2019年5月25日 琢
2019年05月25日
コメント(0)
挨拶を返さない人がいれば嫌な奴と思う前に自分がそうさせているかも自意識過剰になっているのか必ずその訳が有る感謝、反省、敬意を思えば相手の心境を考えて自分の領域を広げて修正点を見直すこと自己正当化をしないことだろう皆対等と思えば自己顕示をしないこと我欲を出さず、自己保存をしないこと和を思えば無私、利他の誠心を心掛けること挨拶を返さない人がいれば、何でだろうと思う。何か自分に落ち度が有ったか、嫌われているとか、眼中に無いのかとか、前回に悪いことをしたのかとか、その違和感から自己回帰をしてしまうことが多い。嫌な奴と思う前に自分がそうさせているのかと思ってみることも大切だろう。挨拶の有無で人生が変わることも有る。感謝、反省、敬意を心掛けて自分の領域を広げ、自己回帰して改めるべきを改めておくことの大切さを思う。些細なことの中にも見落とせばのちに重大な問題になることも多い。他人のせいにして自己正当化をしないこと、どんなことにも意味が有ってそれを知ること、他の反応は自分に与えられた現実で、そこには必ず反省点がある。我欲で観えなくなっているか保身のために自分だけのことを考えすぎているかのチェックも必要だろう。和は大切なもので、言葉や態度に気を付けて、無私、利他の誠心で場に臨むことが、場の雰囲気を良くすることになるだろう。 2019年5月24日 琢
2019年05月24日
コメント(0)
伝達は押し付けでなく、義務付けでなくやさしい心配りが必要で相手を良く観てその心を理解した上で自分のこころを伝えること親しい関わりになれば和が生まれ信頼関係の構築は認め合い、理解し合うことで響働すれば絆が結ばれて一人ではできないことも協力し合ってできるようになる人の和の大切さを想う縁を結ぶこと、その縁と共に成長してゆくのが人間だろう。本当は魂の中に有るものが生まれたときには忘却、喪失、無知のために何をすべきか、何が自分に向いているかが分からず、一から模索してゆくのが人間で、自己の向上のために共生しているこの現象界で多くの条件、制約を抱えて歩んでゆくことになる。種はそのままでは開花せず縁と共に芽を出し開花と共に実を残し種族保存をしているのが生きとし生けるもののすべての仕組みだろう。そこにそれぞれの使命、願いが有って、それを果たすには多くの恩恵が必要になる。神仏のご加護、良き縁との出会い、友や同志との和が無ければ自分の開花は得られない。人は認め合うこと、理解し合うことで協力し合うことができて、信頼関係の構築から和と絆が結ばれて、協力し合うこと、そういう恩恵と共に一人ではできないことができるようになる。他の歓ぶ顔が自分の歓びと感じるのもみんな同じだろう。布施や奉仕もその一つでそれが自分の徳を積むことになり、大願成就ができるようになる。すべての元になるのが和だろう。 2019年5月23日 琢
2019年05月23日
コメント(0)
表現力は人によって違うもので教養が有るほど深く比喩が適切なほど解りやすい勉強は仕入れ、収穫するもの学んだものを正しく使うことで身に付いたものが智慧になる表現法には文学的なもの科学的なもの、品格を示すものでその相手によって立ち位置が違うもので誰にでも理解できる表現が誤解されにくく難しい言葉より子供でも解る表現が好ましい表現は心に有るものを他に伝えるもので、人によって表現の仕方が違う。標準語や地域によって違う方言、それぞれには味が有るもので、常識や考え方の違いから学べるものが多い。教養が有るほど深く、比喩をうまく使うほど伝わりやすい。経験を積むほど説得力が有るもので、勉強はその仕入れ、収穫をするものだろう。学んだことは正しく使うこと、実践、体験したものは身に付いてゆくもので、応用する段階で智慧になってゆくものだろう。表現法には文学的なもの、科学的なものが有って品格を示すものが有る。相手によって変えるもので、相手の立ち位置に立って表現することで、認め合い、理解し合えるものだろう。誰にでも理解できる表現が誤解されにくく、難しい言葉より子供でも解る表現が好ましい。言葉や行為は心を表わすもので、相手によって反応が違い、返って来る現実は自分のこころを示すものと言える。現象観は途上での現実を観て学ぶことで、どんな反応が返って来るかはすべて自分の行いによって変わってくるものだろう。 2019年5月22日 琢
2019年05月22日
コメント(0)
出会いから知り合いへ知り合いから友達へ友達から仲間、同志との響働へそこに善友が有って常識の違いを学び知らなかった気付きを得て摩擦が少なくなってゆく仮我・偽我から善我へ自分だけの都合を滅し無私、利他の誠心を心掛けて共生の意味を知る何を為すべきかどれだけ生きるかよりどう生きるかを考える出会いは人にはつくれないと言うが、歩みの途上には多くの出会いが有って自己の向上のための良き縁に成ってゆく。その場その時だけの縁でなく、交友が始まれば仲良くなるほど自分のことより相手の歓ぶ顔が見たくなる。善友は良き因縁側での関わりで、三つの「ち」の条件制約による常識の違いを学ぶことになり、より視野の広い自分、懐の深さを求め、幅と奥行きの有る自分に成ってゆく。知らなかった多くの気付きを得て、仮我・偽我から善我を育み、摩擦を少なくして自分だけの都合を滅し、無私、利他の誠心を心掛けるようになる。集団での共生の意味を知るようになれば、良き縁の恩恵に感謝できるようになる。何かの目標に向かって響働することで信頼関係が構築され、深い絆が芽生えてくる。自分が何を為すべきかも次第に絞られてゆき、他の役に立って歓ばれること、その顔を見たくなり,嬉しくなってそれが自分の歓びになっていることを知るとき、自分の為すべき役割を自覚できるようになる。 2019年5月21日 琢
2019年05月21日
コメント(0)
言葉と文字には深い歴史と意味が有り人の名前には親の願いが入っている子は親に誉められたいと願うもので名前に通じる道を歩んでゆく最近はゴロ合わせの名が多いが時代の流れに因んだ流行が有る令和はみんなが仲良く和することで元号による名前も多くなるだろう令と和は万葉集の一節からのもので世界平和を願わないものはいないその願いに沿った歩みをするそういう時代を期待してのことだろう人は魂が何か良く解からないもので、その中に記憶されてきたものが有って、その延長線上に今自分がいることを知らず、そのすべてを忘却、喪失、無知の状態で生まれ、何のために生まれてきたのかを模索しながら歩んでいる。名前を付けられるが、その名前には親の願いが入っていて、気が付けばそういう道を選んで歩んでいる。言葉や文字には深い歴史と意味が有り、子は親に誉められたいといつも思って生きてゆくことから、親の願いに沿った、その名前に沿った生き方を無意識に選んでゆく。令和はみんなが仲良く和している状態を願った元号で、令と和は万葉集の一節からのものだと言う。世界平野を視野に和を奨励する意味だろう。日本は和の国、大和魂、その国民は大和民族と言われている。元号にちなんだ名前もこれから増えてゆくだろう。自分もそういう時代を期待して世界平和への一石を投じたいと思っている。その為に自分を磨いている。 2019年5月20日 琢
2019年05月20日
コメント(0)
人が見て思考する範囲は狭いもので井の中の蛙大海を知らず的なもの行為には許容が必要で受ける心には幅と奥行きが有って生い立ち、育ちの条件、制約に影響され赦す心が必要になる見たもの、受けたものを拒まずとらわれに支配されずひろい心を求め否定せずに受け入れること常識の違いに学び笑顔で対応すれば人の心は開かれて共有できるものが増えてゆく隣りの家は綺麗だとみんな思うが、そこにも問題は自分以上の大きなものを抱えて外からは見えないのだろう。権力や経済的なものが充たされて心に悩みや迷いが無くなるかと言えばそうはならないのがこの忍土の世だろう。人の心にはとらわれが有って、業やカルマ、煩悩も有る。四苦八苦の原因の多くは自分のこころから与えらるものが多く、心を空にしてひろい心を保つための修行の場がこの現象界だと言える。途上で見たもの感じたものから常に円環的思考を重ね、この世の多くの仕組みに学び、自分の在るべき姿を求めながら歩んでいるのが人間だろう。それぞれの生い立ちや育ちの条件制約の影響を受けて狭い範囲の常識で判断するから苦が多く、迷いや葛藤に悩むことになる。見たもの、受けたことにとらわれず、ひろい心を求めることでしか、心が空の状態にはならず、自覚したことに専念することができない。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろくこれが般若心経 空のこころ なり 奈良薬師寺高田好胤 2019年5月19日 琢
2019年05月19日
コメント(0)
このままの自分でいいと思う人は無く別人のように成りたいと思うが衣装、化粧、装飾を変えただけでは中身が整わず顔色、肌の色、人格までと思えば何かに燃えて代謝を良くし教養と運動での鍛錬と煩悩、カルマを空にして崇高な目的意識をもち邪気を祓って揺るぎない心を求め因の転換に努めれば好転反応と共に今を明るく機嫌良く生きるようになれる自分を変えるとはそういうことだろう自分に絶対の自信をもっている人は少なく、どこかに迷い、疑問を抱えている人がほとんどだろう。どれだけ勉強して知識を積み上げても、このままの自分でいいと思っている人はいないだろう。夢や希望を具現化しようと描いた青写真に向けて歩む途上での怠惰が自分の進行を止めているように思う人が多いだろう。別人のように成りたいと外見だけを変えても中身が整わず、顔や肌の色が良くなり人格までと思えば、教養と運動での鍛錬と煩悩、カルマを空にする戒めと課行に励み、崇高な目的意識,意志をもち邪気を祓って揺るぎない心を求め、因の転換に努めることしか無いだろう。人の心は弱いもので、それが分かっていても一休みしてしまう甘い自分に負けてしまうが、何かを転機に気を新たにすれば不可能なことは無いだろう。克己ができるようになるだけでも好転反応と共に、今を明るく機嫌良く生きられるようになるだろう。自分を変えるとはそういうことだろう。 2019年5月18日 琢
2019年05月18日
コメント(0)
途上では多くの障碍や試練に出遭うが目的に向かうために必要なもので修正事項に気付かせるためにおもの何ごとも準備が必要で失敗はその原因を教えその仕組みを解らせるもので試練はその呼びかけと思う方がいい一つ一つの障碍には必然の意味が有って模索、迷い葛藤を減らすたびに的を得てゆくもので心に念じたことは成就できるものでどんなことも願わなければ開花に至らない球根だけでは花は咲かず土や水や日の光の縁が有って初めて芽が出て花開くことになるのが自然の摂理で、オスメス男女とその子孫などをヒントに出来上がっている便利なもの、文明もすべてがその応用で科学もそこから生まれてきている。何かをしようと思う・作為、やってみる・触、その結果・受、を見て・想、思、別境では、欲界、勝解、念、定、慧で学んだ知識を実践して智慧にする転識慧智を繰り返しながら自分の特性の自覚ができてゆく。人には夢や希望が必要でその大志に至る準備を繰り返し積み重ねて始めて成就が得られる。何度も失敗するがそこに失敗の原因を学び、修正浄化しながらできるようになって、体験したことが智慧に変わってゆき、その智慧が先を拓いてゆくことになる。すべてがその準備と言え、障碍、試練には必ず必然の意味がある。この世の仕組みが解かってゆくほど、心に念じたことは開花に近付いてゆくもので、どんなことも願わなければしようと思う意志をもたず、願ったことは実現に向かってゆくものだろう。 2019年5月17日 琢
2019年05月17日
コメント(0)
今生きて在ることの意味多くの体験を積み重ねて現役を離れた今周りで去ってゆく仲間が多く超えてきた試練も多く六回も救われて何の功績も無い自分が生かされているのは何故かこの命を何に使うかこれからが本来の為すべきことが何か現象観から絞り出されてくることで何ができるかを想っている積んだ体験、超えてきた実績なってみなければ解からないこと誰かの救いになればと願っている誰でも生きていれば超えるしかない障碍や試練、痛みや苦しみ、不安感や恐怖感、超えてきたからこそ今生きている。自分には相応の、自業自得と言える痛み、苦しみを超えてきたこと。なってみなければ解からない体験と共に今の自分が在る。財や名声には無縁だったことにも意味が有るのだろう。赤字ばかりで黒字を知らない大バカ者だが、それが誰かの役に立つときにはうれしく、人の歓ぶ姿が観たくて、それが自分の歓びになっている。六回も救われ、生きてきたと言うより生かされてきたこの自分をどう使うか、他の役に立てられるか、失敗ばかりで何の果報も得られずだったが、それを生かすときが来ているように思う。誰でも一度は味わう絶望、それは人生の終わりでなく新たな光に向かうべきときだったこと、殻を破るときだったように思う。自分の甘さ、愚かさを教えてくれた多くの体験が誰かの役に立つときがあるだろう。使命が有るとすればそれしかないだろう。 2019年5月16日 琢
2019年05月16日
コメント(0)
人はいろんな場面に遭遇するがその度に思考しているものでその円環的思考は自分の在り方を観るもので流れえ、バイオリズム、適正を観て原因と結果の仕組みを知り自分の為すべきことを想うこの円環的思考はあの世に行ってもやっていると言う魂に潜在する使命を思い出そうとするもので前世、今世の記憶を来世につなげてゆくのだろうそれが見えないために人は迷い葛藤するのだろう自分が何ものであるかを一生知らずに過ごす人もいれば、ある程度気が付いている人も、これしか無いと自覚する人もいる。今世の一転生での悟りは無理なことで、魂に記憶されていること、何のために生まれてきたかの意味を知ること、その自覚ができれば迷いは消えてゆくのだろう。人はいろんな場面に遭遇しながら円環的思考を重ね、その流れ、バイオリズム、適正を観ながら自分の為すべきことや自分だけにしかできないこと、満足のできる歩み、本心からの歓びを模索している。経験を積むほど自分の歓びやうれしく思うことがどんなことか、他の役に立って必要とされることが観えて来る。ああ、そうだったのかの気付きが多くなってゆき、為すべきことが鮮明に自覚できるようになってゆくのだろう。魂にはそのすべてが刻印されてゆくもので、修正すべきことや宿題になるもののすべてが記憶されていると言う。 2019年5月15日 琢
2019年05月15日
コメント(0)
振り返ってみれば幼い頃の思い出は楽しいことばかりで父は厳しく褒められることは無かった外で遊んだことばかりで成績は悪く苦は無かったが高校では受験勉強以来スランプが多く大学のときは社会を客観的に見て友達との議論が多かった社会人、結婚と共に苦が多くなり無知、未熟、無力と共に迷い、葛藤の連続になった総じては友との交友が恩恵だったように思う思い起こせば「落ちこぼれ」の類だったために成績が悪く、行ける進学校が無く、通勤電車で悪で有名な高校しかなかった。程度の悪い生徒ばかりだったが、対立さえしなかったら気のいいやつばかりで仲間意識も強くもっていた。受験勉強以来スランプばかりで、自分に自信がなく、常識を取り戻すことから、やっとまともな大学に行けたが、学問の勉強より交友、議論が盛んで、社会を客観的に見て語り合ったことで大局的な思考になっていった。感じたのは高校出と大学出の違いはそこに有るように感じた。専門分野の入り口の門をくぐるようなものが学部の選考だろう。社会人、結婚と共に忍土の厳しさにもまれ、四苦八苦が多くなってゆくのも人生だろう。無知、未熟、無力を感じながら、自分は何のために生まれてきたのかの模索が始まってゆく。迷いや葛藤の連続だったが友人を大切にしてきたことが救いになっているように思っている。人は誉められる方に伸びてゆくもので、父から得られなかった誉め言葉が今は自分の救いになって、歓びになっている。 2019年5月14日 琢
2019年05月14日
コメント(0)
口約束には証人が必要で調査、捜査には文書やメモも証拠に成るが考え方や主義は観察するしかなく生き方の違いが観えて来るその人がどういう人間かはその生きざまを洞察するしかなくその歩みを幅で観るしかない分析や分類は判断基準になり期待に副うかどうかはカオスの対応を見てからになる深層を観るには日々の行いを観ること信頼は和と絆を深くさせ因縁側で関わることになる人を見るとき、何かを委ねるときには和と信頼が必要になる。表層、見た目だけでなく深層を観なければ信頼するには至れず、自己の向上には良き縁に恵まれることが途上での必須事項になる。自分を信じ、人を信じることが大切で、その人がどういう人間かはその生きざまを観ることになる。その歩みは点でなく線で観ることでどういう心で歩んでいるかが分かる。その交友関係を観れば知り合う前のことも理解できて、どういう付き合いをしているかも観えて来る。多くの人との付き合いから常識の違いを知って受け入れて認め合うこと、理解し合うことで、分析、分類したものが判断基準になってゆく。カオスへの対応の仕方からどういう考え方か、どういう主義かが観えてきて、何を必要としているかもわかって来る。他の必要に応えて歓んでもらうことが自分の歓びになってゆくのが人の歩みと思えば、そこに自分の使命、為すべきことが観えて来るだろう。 2019年5月13日 琢
2019年05月13日
コメント(0)
暗黙の了解は紳士協定のようなもので信用したもの通例や慣例によるもの洞察によるもの言葉や文書に明記しないために割り切り、見切り、解釈の違いによって破られることが有る人は自分に嘘をつけず覚足を破ること、期待に反することで信頼関係が崩壊して相手の前に出られなくなる交友が消えることも有る赦す心は大切なもので懐を深くすれば許容が広がってゆくこの世は争いの多いもので対立や喧嘩の元になっているのは、自分のことばかりで思い通りにならず人のせいで責任逃れをして身勝手な主義主張から対立して信用を失ってしまうからだろう。言葉や文書にしなくても関わりから信頼関係が構築されるものだが、それは暗黙の了解のもとで紳士協定のものだろう。相手のセンスや通例、慣例によるもの、洞察によるもののために解釈の違いが都合によって発生し、自己正当化をすることでこころの約束を簡単に破ってしまうからだろう。常識の違いも大きく、狭い心ではそういうもめごとが消えることが無い。人は自分に嘘をつけず、裏切れば相手の前に出られなくなって交友が消えてしまうことも多い。人は自分で掘った穴にはまることが多く、自分から崩れ去ってゆくことも多い。争い事には赦す心が大切で、末路を考えて指摘追求をほどほどにすることは賢いことだろう。懐を深くすれば許容が広がってゆき交友も活発になってゆくことになる。 2019年5月12日 琢
2019年05月12日
コメント(0)
人の願いと好みは意識によって異なるもので三つの「ち」による影響魂による前世からの影響が有り外観、匂い、音、味、触感で感じ方が千差万別で本能と感情での受け止めから考え方に違いが生じ行為することで思わぬ反応が返ることも多く行為は理性でするものだが本能や感情が先に出ることが有って行為の前に間を置く必要が有る冷静に成れば行為が変わり行為が変われば反応が変わり、考え方も変わるいつも思うことだが感情的になって失敗したことが多く、相手が冷静なほど乱れてゆく自分がいて、自分が反省する場面が多かった。人には願いと好みが有って、三つの「ち」【血筋、土地柄、時代の知】による影響が有ることと、魂による前世からの影響がって、希望や願いごとに違いが生じる。見た目、匂い、音、味、触感で感じ方が千差万別になっている。知性で感じ、本能と感情で受け止め、それぞれの常識で考えて理想を通して行為してゆく。カオスへの対応で思わぬ現実を与えられることも多く、感情が理性に勝ってしまえば、心にも無い行為に出てしまうことが多い。行為の前に間を置く必要が有る。瞬間的な感情を抑制して行為することを心掛ける必要が有る。我に返ってみれば行為も変わってきてその反応も変わり、善意の相手が観えれば感じ方や受け止め方、考え方も変わって来るだろう。冷静にならなければ正常な判断ができなくなるときが多い。 2019年5月11日 琢
2019年05月11日
コメント(0)
この世には簡単に死ぬ人もいるが自分は六回も救われ会社の倒産、絶望で人生終わったと思ったが人はまだ役が残っていると言う生きている人生から生かされている人生と思うようになって死への不安感や恐怖感が薄れ今は他の役に立つことがうれしく歓びになっているなった人超えた人にしか解らない体験それを生かすときだと思うようになっている不調には早期の処置が重要で諦めや放置が身を捨てることになるまだ生きる余白が残っていると感じる人の命ははかないものというが、人生50年から80年、そして100年も夢ではなく、長い転生を思えばそれでもあっという間のことだろう。どう歩みどう生きるかが問題で悔いを残したくないと思う。会社の倒産で絶望を味わい、もう終わったと思っていた人生も、今は六回も救われてまだ生かされている。人はまだ役が残っていると言うが、多くの苦しみを超えてきたこと、痛み、恥に耐え忍んで来たこと、成ったものにしか解らない体験が誰かを救うことになるならと、それかも知れないと思っている。死への不安感や恐怖感が少し薄れて、超えてきた自分をどこで使うかを思うようになっている。人の歓ぶ顔がうれしく、自分の歓びがそこに有るように思えば、諦めず、放置せず早期に処置をして救われてきた命をどこに使うべきかの自覚ができればいいだろうと思っている。 2019年5月10日 琢
2019年05月10日
コメント(0)
挨拶は大事なもので言葉と表情の一致も言葉は丁寧でも態度、表情に邪気が有れば人は違和感を感じる本音と建前のギャップを無くし理想の建前に努め良心に従って本心で接すれば無私、利他の誠心は人の心に伝わってゆく自分のこころを整えて期待に副えるように他の為に尽くすことで他の歓びが自分の歓びになって笑顔が増えてゆく暗い表情よりも明るい笑顔が人の心に安堵を与えてゆく。どんな人の笑顔も素晴らしいもので、その笑顔を観るために歓びを増やしてあげたいと思う。特に子供の笑顔は素晴らしいもので、嬉しいと想うことをさせて誉めてあげることでその方向に伸びてゆく。躾けは挨拶することの大切さを教え、誉めることで笑顔が増えてゆく。大人になってもみんな子供と同じようなもので、綺麗な言葉、誉める言葉、感謝の言葉が場を明るくし笑顔が増えてゆく。人の行為には本音と建前が有って、そのギャップが目立つもので理想とする建前に努めることで本音の奥に有る本心が人の心に伝わってゆく。無私、利他の誠心で心を整えてゆけば他に必要とされる自分に成って、人智を尽くせば他の歓びが自分の歓びになって笑顔が増えてゆくだろう。人を生かすことで豊かな実りを得られるようになってゆくのだろう。 2019年5月9日 琢
2019年05月09日
コメント(0)
人との関わりは良き縁ではあるがその場とのときの必然のものでつかず、離れず、責を負わずではその場限りのものに成ってしまう命をかけることも有り運命共同体のときも有る必然のものには宿命的なものもあってそれぞれには決まっているかのようにその流れの中で自分がどう生きるかたとえ不本意なものでもそれを条件に生きてゆくことになるそこに居場所が見つかる多くの人が手探りの歩みばかりで、どう歩むべきかを迷い、葛藤しながら魂の許す範囲で生きることになる。この世には因縁果報、因果応報、自業自得、原因と結果の法則が有ってすべての人が必然的な道を歩んでゆくことになる。人との関わりは、出会い、出来事、事態に発生してゆくもので良き縁に成るものもその場その時の必然のもので、つかず、離れず、責を負わずで表面だけでのものはその場限りのものに成ってしまう。命を懸けるものや運命共同体のものも有って、偶然でなく宿命的なものもある。それぞれが決まっているかのようにその流れの中でどう気付き、どう自覚して、どう生きるか、たとえその時は不本意なものでもそれを条件に生きてゆくことになるのが歩むべき道になっていて、必ず一本の白い道が観えて来ることになっている。障碍、試練は必然のもので超えるべきもの、超えた先には先が観えるもので成就はその向こうに有ることの呼びかけだと思う方がいいだろう。苦を超えた体験は貴重な智慧になって蓄積されてゆき、他の救済に役立つものに成ってゆく。運は自分でつかみ取るものだろう。 2019年5月8日 琢
2019年05月08日
コメント(0)
不要なもの、必要なものは人によって異なるもので何が不足しているかは相手の立場に立たなければ分からず必要とされる自分に成るには無私、利他の誠心が望ましい自分の都合だけで生きれば人は去ってゆく困るのは手助けが無くなることで孤立、孤独になる原因は唯物的、刹那的、利己的に成ることで共生は助け合い支え合うことでそれが恩恵になっているその歓びが自分の生き甲斐になってゆく空しさを感じるときは自分の都合のために人を利用したときで、自分だけのメリットのために動けば、自分に疑問を感じ始めて自分から崩れてゆくことになる。何が必要か、不要かは人によって異なるもので何が歓ばれるかは相手の立場に立たなければ分からない。必要とされる自分に成るにはまず自分が無私、利他の誠心に成ることが望ましい。自分の都合だけで人を利用するばかりでは人は去っていってしまう。ギブアンドテイクは助け合い、補い合うところに言えることで、自分のメリットだけで動けば協力者がいなくなってしまう。孤立、孤独になる原因は唯物的、刹那的、利己的に成ることで、願いの違うものとの共生には助け合い、支え合うことが必須のことで、その恩恵を縁として人は成長してゆくことになる。他の歓びが自分の歓びになり、そこに生き甲斐を感じるのが人間だろう。 2019年5月7日 琢
2019年05月07日
コメント(0)
人生には避けて通れない道が有るどの道をゆこうと自分が選んで歩む道で自業自得から与えられた現実にはその原因が秘められている他のせいにして逃げれば自分の可能性を捨てて進化、成長は止まってしまう迫るカオスには戒めと課行と共に適切な対応をすること無私、利他の誠心が求められている人は調子が良くなれば有頂天になって自分のことしか見えなくなってしまう。未完成なもので何をするにも失敗ばかりで、その原因を一つ一つ正しながら歩むことになる。失敗は運が悪いのではなくその原因を正すことで無くなってゆくものだろう。すべてが必然のもので偶然うまくゆくものはない。障碍や試練も必然のもので修正箇所を教えてくれるものと思う方がいいだろう。願いの成就には避けて通れない道が有って、願いが有るから障碍や試練が有ると思うこと。障碍、試練はすべての道の通過点で超えなければ至れないのが成就ということだろう。自業自得から与えられた現実には必然の原因が秘められている。他のせいにして逃げてしまえば自分の可能性を捨ててしまうもので、進化、成長が止まってしまう。迫るカオスへの対応は粗末に扱わず、戒めと課行と共に願いに向けた適切な対応が必要になって来る。その心は無私、利他の誠心で因縁側で歩むためのものが必要になっている。 2019年5月6日 琢
2019年05月06日
コメント(0)
人は追いつめられたとき思考がはたらき始め日常には無い微妙な覚悟ができて托身できるようになる現実を自業自得と受け止めてその関わりに委ねること自分の甘さを克己して相応の境地になれるとき迷いは無くなり澄んだ心になってゆく自分を信じ、人を信じて先を待てるようになる無理な結論を出さず素直に与えられた現実を受け止める人は窮地に追い詰められたときには相応の覚悟ができるもので、重心は丹田に収まってきて身を委ねて運を天にまかせられるようになる。とどのつまりには居直ったようになることができる。瞬間的な思考は微妙になって咄嗟の閃きが適切な対応を引き出すことになる。覚悟したときには托身ができて、その関わりを必然の縁ととらえることができるようになる。自分の甘さを克己できて相応の覚悟ができるようになって澄んだ心になってゆく。迷いは無くなり、相応の対応ができていて、準備段階では考えられない境地に至るようになる。自分を信じ、人を信じて先を待てるようになっている。無理な結論を出さず、身を委ねることで、素直に与えられた現実を受け止められるようになってゆく。無念無想、空の状態に成ってゆくことで、生きていれば超えるしかなく、超えてみれば、成ったものにしか解らない体験が残ってゆき、人の苦しみが解るようになってゆく。 2019年5月5日 琢
2019年05月05日
コメント(0)
学びは一生かけても尽きることは無く場所が変われば新たな学びが有るすべてのカオスへの対応は一定ではなく生まれ変わっても更に幅が広く奥が深い何度転生しても菩薩の領域には至れずただ理想を求めて素直に歩むしかない諦めず、放棄せず誠実に生きるのみだろう菩薩や如来の領域や次元に至ることが悟りなら、何度転生しても不可能なことだと感じてしまう。お坊さんのように出家して毎日その修行をしていてもその領域に至ることはなく、ただ何か一つのことを自覚出来ることしか無いだろうと言われている。菩薩行は一生かけても尽きることはなく、場所が変われば新たな学びが有り、すべてのカオスへの対応は一定ではなく、生まれ変わっても更に幅が広く、奥が深い。ステップアップにはこの三次元の現象界でしかできないことが多く、その一か所での現象観の積み重ねによってでしかランクアップができないと言われている。一転生一条件と言われ、その一点にも多くの気付きが有るもので、無数の条件を超えて使命と自覚することを果たすことを積み重ねてゆくしかないのだろう。お金やものはもって返れないとよく言われているが、魂に刻み込んで記憶したことは潜在意識に残ってゆくもので、何度もその繰り返しをしながら領域を広げて次元を上げてゆくしかないのだろう。 2019年5月4日 琢
2019年05月04日
コメント(0)
自分が無力、未熟、愚かと思うほど相手が大きく見えて自分に疑問をもち最も低いと思ってしまう自己正当化ができず修正事項を探すことになる同列から見ればもっと自信を持ってほしいと思われても至らない自分がいて自己顕示を戒め自我我欲を抑制し自己保存の資格もなく謙虚になるしかない相手に非が有っても論破の無意味を感じてしまう叱られたときうまい口答えができたり、言い訳や釈明が適切な人を見れば自分もと思うが自分にはそんな器用なことができず、内容が伴っていないことばかりで、歳と共に経験を積んできても未だにそれができない自分がいる。不機嫌な相手には言われっぱなしで、返す言葉が瞬時に出て来ず、何と愚かな、未熟な自分だろうと思う。相手にそれを言う資格が有るの?と言いたいが、自分にはそれができずじっと耐え忍ぶしかない。とらわれるほど自分が小さくなっていってしまう。そういう時いつも思うことだが、自分は最も低いもので言い訳釈明は醜いものだと、分相応の自分がいるだけだと自分の愚かさを自覚して、とらわれずに先をゆくべきだと結論してしまう。自己顕示を戒め、自我我欲を抑制し、自己保存はその資格もないと思うようになっている。至らなさを思えば、相手に非が有っても論破ほど無意味なことで、人それぞれ別個のものとして比べるから惨めになってゆくのだと思ってしまう。かたよらず こだわらず とらわれず ひろく ひろく もっとひろく 2019年5月3日 琢
2019年05月03日
コメント(0)
心を整えれば調和ができて場に馴染むことができる何処の場に行っても馴染めるように視野を広くして常識を受け入れて自然体でいれば地域を超えて認め合い、理解し合うことができる期待に応えればよろこばれ 役に立てば必要とされる心の領域が広く成れば分相応の歓びが湧いてきて何処でも通用する自分に成れる自分の都合だけで生きれば摩擦が多く失敗も多くなる。失敗の原因を正すことで摩擦は少なくなってゆき、業・カルマや煩悩を抑制するほど場に馴染めるようになってゆく。孤立は孤独感を多くして自分の存在性を消してゆくことになる。多くの手法を学び自分のこころを整えることで調和した心になれる。失敗に学び忍辱するほど体験と共に智慧を得られ、誰にでもどこででも通用する自分に成ってゆく。身に付いたものは自然体で適切に使えるようになってゆく。常識の違いを受け入れることで認め合い、理解し合うことができて、調和することで周りからの恩恵も増してゆく。心の領域を広げることで人の苦しみ我が苦しみ、人の歓び我が歓びのこころと共に、使命の自覚が確かなものに成ってゆくだろう。超えた苦は人を救う力に変ってゆき、そこに何を為すべきかの使命の自覚ができるようになってゆく。 2019年5月2日 琢
2019年05月02日
コメント(0)
人は芸術や音楽を通して心を表わしその心は国境、地域を超え時代を超えて人の心を打ってゆく時代や地域の価値観が変わっても良いものは良いと感じその良さはその分野の基礎になってゆく教養は基礎としてその人の品格になりそれぞれの心の基盤になっているセンスはそこに現われ人としての約束を果たしてゆく誰にも生い立ちや育ちとその条件、制約の枠の中で歩んでゆき、常識が形成されてゆく。肉体に魂が乗っているのが人間で、三つの「ち」で受ける影響と魂に有る潜在意識の中にはそれまでの記憶が刻まれていて、心の奥に有る魂には前世からの願いが詰まっている。そのすべてが忘却、喪失、無知の状態で生まれてくるために一から人生を始めることになっている。そのために必要なことは無知を埋めて教養を培ってゆくことになる。体を使って心を表現し、魂を揺さぶるることで忘却、喪失したものを思い出す旅をしている。芸術や音楽を通して表した心は国や地域を超えて人の心を打ってゆく。良いものは良いと感じ、その良さはその分野の基礎になってゆき、時代や地域を超えてその基礎は教養としてその人の品格になっている。人の基盤になっているものがセンスとして現れ、その個性と共に約束を果たしてゆくことになるのだろう。令和はのびのびと安らかに和を広げる時代に成ってほしいと願っている。 2019年5月1日 琢
2019年05月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

![]()
