途中まで降りたものの、疲れと寒さで足がすくんで動けなくなったジャックの耳に、かすかに人の声が届いた。
「がんばれージャック」
誰かが僕を応援している。
それも一人じゃない。
大勢の声だ。
下が見れないジャックは、とにかくその声を励みにして、又、一歩一歩降り始めた。
小一時間ほどそれが続き、疲労困憊ようやく地上に戻った。
「母さん、母さん、僕、行ってきたよ、ほら、金貨がこんなに―」
ポケットから金貨を出して見せると、村人から歓声が上がった。
「ジャック!どうしたんだこれは!金貨があるのか、雲の上に!」
「うん、たくさんの金貨が降ってくるんだ」
あわてて口をふさごうとした母親だったが、遅かった。
ジャックの言葉を聞くが早いか、村人が次々豆の木を登りだした。
「あ~だめだよ、皆さん、雲の上にはなんにもありませんよ~。この子はちょっと頭がおかしいんです~」
村人はそんな声にはかまわず、次々と上っていく。
「あ~ばかだねこの子は。みんなに盗られちまうじゃないか」
「大丈夫だよ母さん、金貨はすんごくあるから。それに、金色に輝くハープが、次々と金貨を降らしてるんだ」
「金色に輝くハープだって?」
「そうだよ、金貨も降らすけど、いい音も出すんだ。金貨はその音に合わせて、踊るように降り注ぐんだ」
「ジャック!それは、爺ちゃんが言っていた魔法のハープだよ!悪い魔法使いに騙されて盗られちゃった我が家の家宝だ」
「え~、うちにあったの?」
「そうだよ。確かに爺ちゃんに聞いた。そんなところにあったとは…。ジャック!もう一度上って行って、魔法のハープを取り返しておいで!」
「え~!!もう一度登るの~?」
「あたりまえだろ、うちの宝なんだよ。あのばかどもに横取りされちまうじゃないか」
「だって、母さん、僕もうくたくただよ。それに登るのはいいけど、降りるときはめちゃくちゃ怖いんだ」
「ジャック!いくら怖いって、今の母さんより怖いものはないはずだよ!」
ぐっと近づけてきた母親の顔は、言葉通り怖かった。
すると、一転、にっこり微笑んで、
「おまえが頼りなんだから。母さんにはお前しか居ないんだよ。おねがいだよ~」
猫なで声で頼んできた。
と思ったら急に、
「お~いおいおい…たった一人のかけがえのない母さんが、こんなに頼んでも、おまえって子は…こんな恩知らずだったなんて…」
今度は泣き落としに来た。
「わかったよ母さん。僕行くよ。がんばるよ」
泣き伏せていた母親が、にっこり笑ってジャックを抱きしめた。
「いい子だ。おまえは、やっぱりいい子。私の子。がんばって来るんだよ―」
ジャックは大きく頷いて、颯爽と登り始めた。
雲の上は大騒ぎだった。
村人が、手に手に金貨をつかみ、よだれを流して喜んでいる。
その歓声の渦の中に、ジャックはようやくたどり着いた。
と、なんとひとりの村人が、金貨の山を登り、金色に輝く魔法のハープに、手をかけようとしているではないか。
「あっ、ダメだ、さわるな~」
と言おうとしたら、
「やめて~たすけて~」
それはすさまじい金切り声が、四方に響き渡った。
声の主は、金色に輝くハープ自身だった。
手にかけようとした村人は、驚いて金貨の山を転がり落ちた。
同時に、なんとハープも転がり落ち、ころころ転がって、ジャックの足元で止まった。
ジャックとハープは目があった。
すると、今度は地の底から響くような太い大声が、あたりに響き渡った。
「だ~れだ~!だ~れが、そこに、いるのだ~」
ほこらの奥の大きな扉が、地鳴りと共に開き、そこに身の丈十倍ほどの巨人が立っていた。
村人は、恐怖に目を見開き、悲鳴を上げて逃げ始めた。
「こら~!まてい~!」
待て、と言われると、人はますます逃げ足が速くなり、一斉にもと来た豆の木にしがみついた。
そこで、村人は、ジャックがそうであったように、あまりの高さに怯え、立ちすくんだ。
が、今度は後ろからどんどん人が押してくる。
押された村人は、豆の木に掴まることも出来ず、つぎつぎ空中へ投げ出されていった。
投げ出された人々は手足をばたつかせたが、急に鳥のように飛べるようになるはずもなく、地上に向かって、かき集めた金貨と共に、ひらひらと落ちていった。
ジャックは一人、逃げ出さずに立ち止まっていた。
勇気があったわけではない、ただ逃げ遅れたのだ。
「だ~れだ~おまえは~」
巨人はジャックに向かって言った。
「ジ、ジャック、―ジャックです」
「なぜ、ここに、いる~」
「あっ、あの木を登って来たら、ここに来ました―」
巨人は雲をつきぬけそそり立つまめの木を見た。
「こんな、わるさを、しおって―。よからぬまほうつかいの、しわざだろうー」
「あの、僕は、魔法使いに、牛を売って、その代金を、取りに来ました。そして、貰いました、金貨を。だから、それは、牛の代金だから、いいはずですけど―」
巨人は長く垂れ下がった前髪の奥の目で、ぎろりとジャックを見た。
「そんな、うしのことは、しらん。このきんかは、まほうつかいのものではない。きんかをかってにもっていたのなら、かえしなさい」
「え~、だって、魔法使いが……。それに、このハープは、もともと、うちのものだって、うちの家宝だったんだって…」
「かほう?だれが、そんなことを」
「僕の母さんです」
「それも、ちがうな。このはーぷは、わしのものだ。むかし、いっときだけ、まほうつかいにぬすまれたことがあったが、おどかしてとりもどした。そのとき、なにかおもいちがいをしたのだろう」
「でも、母さんが…、どうしよう…」
「きんかは、はーぷがかってにだすもので、わしには、なんのかちもない。―ここまで、のぼってきた、おまえのゆうきにめんじて、くれてやる。―だが、はーぷは、だめだ。きんかをだすはーぷが、ちじょうにあったら、どんなことになるか。さっき、おちていった、ものどもをみればわかるだろう。よくふかき、にんげんには、わたせない。―これは、おまえを、しあわせにはしない―」
巨人の言うことは、真実味があり、騙したのは、魔法使いの方だとジャックにも解った。
だけど、ジャックは、目の前のハープをどうやって持って帰るかしか頭になかった。
「お願いです。このハープを、母さんに見せたいんです。一目見せたら、必ずまた持ってきます。だから、少しの間、貸してください」
巨人は、すこし黙っていた。
お願いです、お願いです、両手を合わせ、目をぎゅっとつぶり、ジャックは祈った。
「ははおやに、みせたら、すぐもどすのか―」
「はい、一目母さんに見せて、僕が嘘をついてないって解ってもらったら、今の説明をして、返します」
「ははおやが、かえさないといったら?」
「僕が、母さんを説得して、ちゃんと返します」
自信はなかった。
「それなら、できるかどうか、やってみるがいい。にんげんが、よくにかてるか、どうか、みてやろう」
ジャックの目が輝いた。
ハープを背中にくくりつけ、母の待つ地上へ向かう。
今度は二度目だから、怖さも半減している。
頭の中で、母親に言う台詞を考えていた。
このハープは、天に住む巨人のもので、我が家の家宝ではない。
たまたま何かの都合で、我が家にあったのかもしれないが、それは、魔法使いが巨人を騙して盗ったもので、結局その魔法使いは巨人に返した、我が家の家宝は、魔法使いに騙されたのではなく、返したのだと。
説明の段取りを考えてみたが、あの母親がそれで納得するとは思えない。
かといって、ハープを持って帰らなかったら、さらなる悲劇がジャックを襲うはずだ。
やはり、ここまでの行動は、間違っていないと信じよう。
あれこれ考えていると、ハープが不意に話しかけた。
「お前の家の家宝だったってのは、うそだな」
「えっ?何でそういえるの?」
「おいらが居たのは、王様のお城だ。お前の爺さんは、その家来だ。誰かが、話しを作り変えたんだな」
言われてみると、ジャックのお爺さんが王様だったなんて話は聞いたことがない。
王様でもないのに、魔法のハープを持っているのはやっぱり変だ。
母さんは、騙されてたか。
それとも、母さんはそれを知ってて、僕に嘘をついたのか。
「それから、言っとくけど、おいら地上では金貨をだせないからね。天上だと気持ちよく音が金貨に変わるけど、地上だと人間の欲が邪気を出すから金貨にならないんだ」
あ~又説明しなくちゃならないことが増えてしまった。
「それと、巨人がさっき、おいらは巨人の物だって言ってただろ。あれも、ちょっと違うんだな」
「えっ?どういうこと?」
「おいらを作ったのは、魔法使いで、欲がない人間の前では金貨を出すように魔法をかけたんだ。だけどそんな人間は居なかった。おいらは純粋に音楽を奏でたいんだけど、欲に駆られた人間に試されてばかりで、うんざりしてるところを、あの巨人が助けてくれたんだ。天上に行ったらあんなふうに好きなだけ奏でられたから、おいらにはよかったけどね」
ジャックの頭はこんがらがってきた。
結論が出ないまま、ジャックは地上にたどり着いた。
そこには、ジャックが初めて見る母親の姿があった。
なんと、あの母親の目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちているではないか。
「おおジャック。よく戻ってくれたねえ。空からたくさん人が落ちてきたよ。母さんが悪かった。怖い思いをさせてしまって」
自分の生還を、涙を流して喜んでくれる母親に、ジャックは戸惑いもあったが、今まで感じたことのない喜びを味わった。
「母さん、僕ね―」
ジャックの声がつまり、言葉が続かなくなった。
すると、聞き覚えのあるしわがれた声が、
「ほほう、魔法のハープを盗んで来たのか。見かけによらずたいした奴じゃ」
魔法使いだった。
「違うよ、盗んだんじゃない。巨人に借りたんだ。母さんに見せるため」
今、涙を流して自分を抱きしめている母親が、魔法のハープと聞いてどう反応するか不安がよぎった。
しかし、あんな嘘までついて、ジャックに危険な思いをさせた母親が、意外にも興味を示さない。
「おい、どうした。お前が欲しがっていた、金貨を出す魔法のハープじゃぞ」
「ジャックごめんよ。母さんが悪かったよ。ハープなんて要らない。お前が無事に帰ってきてくれれば。欲に駆られて、自分をなくしていた母さん恥ずかしいよ」
「母さん、僕こそゴメンよ。母さんのこと、ちょっと信じてなかった」
魔法使いは二人の様子を見て頷いた。
それから、長い杖を空に向かってまわし、呪文を唱えた。
ハープに閃光が走り、それが豆の木に伝わり、共に消えた。
豆の木が消えると、あちこちで人の声が聞こえた。
空から落ちた村人が、頭を振り振り起き上がった。
「村人は何も覚えていない。今日のことはお前達親子の秘密にしておけ。ちょっといたずらが過ぎたかも知れんので、お詫びに贈り物じゃ」
魔法使いが杖を振った先に、牝牛が立っていた。
昨日売ろうとした老いた牛ではなく、若い、これから何年も乳の出る牝牛が。
驚くジャックが、我に帰ってお礼を言おうとしたときには、すでに魔法使いの姿はなかった。
ジャックと豆の木(前編) 2009年12月07日 コメント(1)
幸福の王子 (後編) 2009年09月22日 コメント(1)
幸福の王子 (前編) 2009年09月21日
PR
サイド自由欄
カテゴリ
カレンダー
キーワードサーチ