9.11テロの時、勇敢に救助に当たり、命を落とした29歳のレスキュー隊消防士の生前書いていた詩として、ネットで伝わっていたもの。
だったのだが、後にノーマ・コーネット・マレックというアメリカの女性が、わが子をなくした時に書いたものだとわかった。
9.11の追悼式で読まれたということは間違いないらしい。
感動した誰かが、ネットに配信したときに、勘違いが混入したのだろう。
わが子であれ、家族であれ、恋人であれ、友人であれ、愛する人を失うことほど心を痛ませることはない。
『幸福論』を語りながらも、営々と築き上げたものを一瞬に消し去ってしまう『死』という運命が厳然と存在することに突き当たる。
『死』が『不幸』ということならば、敗北である。
それを乗り越えるために、多くの賢人は道を開いてきた。
僕も、今日を後悔しないように、やるべきことはやっていこうと思う。
『最後だとわかっていたなら』 ノーマ・コーネット・マレック
訳・佐川睦
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと
だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
『許されざる者』 その2 2013年11月15日
『許されざる者』 2013年11月08日
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