最大の出来事はもちろん「東日本大震災」である。
死者・行方不明者は2万人に上った。
戦後日本の災害の中で最大で、途方もなく大きな命が失われた。
一方、今年も日本の自殺者は大災害にも上回る3万人を越えた。
これは十数年続いている現象で、なかなか改善には向かっていない。
天災から逃れることができないことはあっても、自殺は防げることができる。
自殺する人の理由は様々だろうけど、物事の見方、考え方を変えることで、救われる命もあったはずだ。
生きていれば、必ずいいことがある。
生きてて良かったと、感謝できる日が絶対来るのだ。
大切な命をおろそかにしないために、幸せになる考え方を広めていきたいと思っている。
幸せの考え方を変えることは、"うつ病"防止に有効で、自殺予防につながる。
小林正観は、宗教家ではないが、心の研究家である。
先月10日、62歳で他界した。
〔 〕内は僕のコメントです。
宇宙を貫く幸せの法則 小林正観
第2章 『幸せ』に関する100 の法則 (抜粋)
そわか
「神が、人間の成す行為の中で好きなものはどんなものだろう」と考えていたら、「そわか」の三文字に思い至りました。
「掃除」の「そ」、「笑い」の「わ」、「感謝」の「か」です。
人間の行為・行動の中で、神が好むベストスリーが「そわか」。
この三つの行為を続けている人間を、どうも神様が応援しているように思えます。
〔掃除をしている自分、笑っている自分、感謝をする自分を、自分で認める。そうやっている自分に喜びを見出せるならば、幸せの扉は開きます〕
すべて笑顔で
次から次へやってくる現象に対して、どんなことがやって来ても、愚痴を言わない。泣き言を言わない。落ち込まない。それから相手を攻撃しない。非難しない。中傷しない。それを笑顔で受け止めて「あーこれが私の人生なんだね」って思って、笑顔で生きていくことが今生でのテーマなんです。
〔この項を読んで、ポール・ニューマンの「暴力脱獄」という映画を思い出した。この映画に関しては、町山智浩が素晴らしい解説をしていたのでそちらを紹介します。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6933921
“私”がすべてを決める
宇宙は、すべてゼロ状態で、ものごとが淡々と起きているだけなので、それをどうとらえるかは、全部<本人の趣味>の問題です。
“私”がすべてを決めているのです。
〔あなたがこのストーリーの主役です。すべての共演者、シナリオ、舞台、衣装、音楽、...はあなたのために用意されたものです。物語は必ずハッピーエンドになりますから、最後まで見てください〕
この世に生きる三つの意味
この世に生きるということは、雨あられのように降ってくるありとあらゆる現象に対して、いかに不平不満を言わないようにするか、これが第一段階です。さらに同じ現象に対して不平不満を言わないどころか、いかにその現象の中に「うれしい・楽しい・幸せ」を見つけるか、これが第二段階です。最後に同じ現象の中で、いかに「ありがとう」と感謝することができるか、これが第三の段階です。
人間は、結局これが問われているのだと思います。
〔この世のあらゆる物は、神様が用意してくださったものです。全て何かの意味がある。あなたは試されている。ひとつひとつの謎を解くには、時間がかかります。時間をかけて、ゆっくり解きほぐしてください〕
ありがとう
心を込めなくてもいいから、「ありがとう」をたくさん言っている人には、「ありがとう」と言いたくなるようなことが次から次へと起きてくることになります。
あまりにも面白い現象がたくさん出てくるものですから、今度は本当に心から「ありがとう」を言い、自分も周りから「ありがとう」といわれるような行動をしたくなります。それがずーと繰り返し続くわけですから、そういう人たちは、もう「ありがとう」しか出てこないような人生を送ることになる、というのがどうも真実らしい。
もし、この法則を使いこなすことができたら、人生、面白くて仕方ないという状況になるでしょう。
〔毎日を、より多くの「ありがとう」を言うゲームにしてみよう。「ありがとう」を言うタイミングをいつもねらって、うまく言えたらワンポイント。たくさん言えた日は、楽しい一日になります〕
そばにいるのが楽しい人
社会の問題を自分でいっぱい抱え、暗い顔して悩んでいる人がいます。その人は問題点を次から次へと列挙してくるだけだから、たぶんその人のそばにいても楽しくないと思います。ところが、いつもニコニコしながら、今日も空がきれいだとか、庭の花がきれいに咲いたとか、いつも楽しい言葉がその人から出てくるとします。その人のそばにいるのが楽しくなりますよね。
〔社会の問題を考えることはいいことですが、悩んでもしょうがないことは棚上げしましょう。自分の役割を把握したら、任せる人に任せて、あなたの大事な時間は、あなたの楽しみに使いましょう〕
許せない人
人間は、五十年間許せない人に対しても、感謝することは出来るのです。
もし、あの人が嫌いだとか、許せない、どうしても好きになれない、呪いの対象である、憎しみの対象であるとか、その感情を自分で抑えることができないという人がいるとすると、その人を許す必要はない。好きにならなくてもいい。まして尊敬なんて出来なくてもいいのです。
でも、「感謝することはできるか」ということを考えてみてください。
もしかすると、その人に感謝することはできるかもしれません。
〔現在の自分を認めることができれば、過去に関わりあったすべての人を認めることができます。今の幸せを体感できれば、過去の全てに感謝することができます〕
今、幸せの中にいる
「幸せ」とは「何かを得る」とか「欲しいと思っていたものを手に入れる」ことではなく、「今の自分が『幸せ』の中にいること、『幸せ』の中にそんざいしていること」を知ることです。
欲しいものを得たいとか、今以上の何かを得たいなど、自分以外の外に求めるものがあり、それが求められた、得られた、ということで「幸せ」を感じるならば、人生は実に苦悩に満ちたものでしかないでしょう。思い通りに得られるものなど、ほとんどないからです。「得る」ことや、「手に入れること」を考えている間は、本当の「幸せ」は手に入ることはないように思います。
〔人生の目的は"幸せ"になることです。お金や地位や名誉がそのための手段だと思われていますが、それは間違いです。幸せになるには、あなた自身以外のものは何もいりません。あなたが今持っている"幸せ"に気づけばいいだけなのです〕
頼まれごとの人生
〈不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句〉を一切口にしないという生活を三ヶ月から四ヶ月続けてやっていると、頼まれごとが始まります。
頼まれごとというのは、自分にできないことは来ませんから、頼まれごとは頼まれたらやる。でも、どうも単なる頭の数合わせのようなものだったら、断ってもいい。自分が尊重されている場合やこの人でなければというものであれば、基本的に全部引き受けましょう。でも、すでに先約が入っているものについては「NO 」と言っていい。
頼まれごとが始まったら、ただひたすらやっていく。それが〈頼まれごとの人生〉です。そうすると自分自身がある方向のもとに、使われているということに気がつきます。
“使われる命”-これが使命、天命と言われているものです。
〔自分のことは、自分では良くわからないものです。自分の顔を肉眼で見ることができないのと同じです。自分の顔を見るためには、鏡を見ます。その鏡に当たるのが、他人の目です。他人の目に映った姿に、自分の本質が隠れています。いろんな人にいろんな角度から見てもらって、だんだん分かってくるのです。中には不本意な意見もあるでしょうが、違うと思ったら無視すればいいし、そう見られたくなければ、反省して自分が思われたい方向に努力すればいいだけです。鏡だってゆがんだ物もありますから。なんとなく自分も納得できて、心に負担がない生き方ができれば、それがあなたの姿なのです〕
「喜ぶ人を喜ばす」のが神様の特性
私たちが、身の回りにうれしい、楽しいことを起こしたいと思ったら、ただひたすら喜んで、うれしがって、幸せだ、ツイてると思うこと。そうすると神は、人間を喜ばせたくてしょうがない存在なので、喜べば喜ぶほど、もっと喜ばせてくれる。しかし、してあげたにもかかわらず、何の感動も喜びもないと、「じゃあ、この分は喜ぶ人のところへもっていこう」ということになります。喜び方の達人に対して、この「神」という方が、その喜びの内容をグレードアップしたくなるようなのです。
〔神様は、全ての人に幸せになってもらいたいと思っています。それを信じて、素直に自分の幸せを確認すればいいのです。人それぞれ幸せの形は違います。だから、人と比べたり競っていては、自分の幸せを見失ってしまいます。何か嫌なことがあっても、それは神様からのメッセージなのではと考えて見ましょう。あなたの周りには、いいことがいっぱいころがっています。それをしっかり自分の喜びにしましょう〕
幸せの三つのかたち
人間の「喜びや」「幸せ」というものは、どうも三つのかたちをとるのではないかと、私は思ってきました。
過去、自分におきたことを全て「受け入れる」こと。それが全部自分に必要だったと思うこと。そう思うことで、その一つ一つのこと全て、感謝の対象になります。これが第一のステップである「幸せ」です。
第二のステップは、その全ての過去を受け入れた延長線上にあるのですが、現在の全てを受け入れることです。現在の自分を取り巻いている状況を全て受け入れて、それに「感謝する」ことです。過去の全てを受け入れるのと同じように、全てを受け入れるというのは、「それがなければ、現在の自分がないのだ」と思い定めることです。そうすると、全てが感謝の対象になってきます。それは全て「喜び」になり「幸せ」になり、感謝の対象になるのです。
三つ目の「幸せ」というのは、「自分の存在が『感謝される』」という「喜び」です。自分の存在が(自分がこの世に生まれたことが)、感謝され、喜ばれるという「幸せ」を味わってしまうと、"至上の喜び"です。もう引き返すことはできません。この「喜び」や「幸せ」を味わうと、何回も何十回もそれを味わってみたくなります。この「喜び」は、三次元的な「喜び」とは全く異質なもので、「魂がうち震えるほどの喜び」です。
〔この考え方ができると、今まで原因不明だった体の不調も改善されます。自分を苦しめていたのは自分だったんだと気づくでしょう。これは僕の体験でもあります〕
近藤誠著『「健康不安」に殺されるな』 2023年04月15日
ダニエル社長著『コロナと金』 2022年09月27日
ジェフリー・ケイン著『AI監獄ウイグル』 2022年02月05日
PR
サイド自由欄
カテゴリ
カレンダー
キーワードサーチ