【1月】
1)エジプト国民投票で改正法案に賛成多数
チュニジアの「ジャスミン革命」の余波を受けて、2011年エジプトにも革命のうねりが起き、30年以上独裁政権を維持してきたホスニー・ムバラクが追放されました。
2012年に大統領選挙が行われ、ムスリム同胞団のムハンマド・ムルシが当選したのですが、2013年にクーデターが勃発、失脚しました。
暫定軍事政権が、ムルシの制定した憲法の改正案を問う国民投票をしたわけですが、98%という圧倒的多数で承認されたと言います。
当然暫定政権に都合のよい改正案になっているので、ムルシ派は反発、選挙をボイコットしていたので、投票率は38%しかありませんでした。
投票率が悪ければ、投票に動員をかけられる陣営が有利になるのは、我が国と一緒。
この後、エジプトの大統領選は5月に行われ、軍人のアブドルファッターフ・アッ=シッシーが当選(得票率97%、投票率47%)しました。
ちなみにアッ=シーシの得票数は1200万票で、前回大統領選のムルシの得票数は1300万票でした。
選挙は、勝った方は”民意”と言いますが、負けた方は”独裁”と呼びます。
民主選挙と言う名目ですが、結局、属性の数の多い方が勝つだけのことです(どの国も同じですが)。
「アラブの春」などと呼ばれたエジプトの革命?は、軍事政権に戻り、終身刑(デモ隊に発砲を命じた・殺人罪)で囚われていたムバラクは、再審で晴れて無罪となりました。
【2月】
2)中国と台湾が公式閣僚級会議
僕の子供の頃は、学校の授業でも台湾は、「中華民国」という国名で教わっていました。
具体的な表現は忘れましたが、漠然と、悪い中国「中華人民共和国」、良い中国「中華民国」と色分けされて認識していました。
それが突然、1971年「国際連合・安全保障常任理事国」が中華民国からの中華人民共和国に変更され、72年日中国交正常化によって国交樹立、と同時に中華民国との国交を断絶してしまいます。
僕はこの時高校1年、何がどうなったのかさっぱりわかりませんでした。
昨日まであんなに共産主義中国を誹謗していたのに、突然笑顔で握手して、それまでの友達をあっさり裏切ってしまう。
大人社会不信になりました。
国交断絶と言っても、民間は普通に交流を続け、ジュディ・オングや欧陽菲菲はそのまま日本で活躍していましたけど。
台湾と日本の関係を調べていたら、こんなYouTubuがありました。
東日本大震災の時の、台湾の援助は感動するほどありがたいものでした。
”感謝”を知る国こそ、真の友好国です。
政界引退会見で石原慎太郎は、中国ネットの「中国は本当に嫌いですか?」と言う質問に対し、
「嫌い。共産主義も嫌い。共産中国嫌いだ。あなた方がチベットをなくしたんだ」
と、答えました。
でも、石原老人も台湾は好きなはずです。
3)韓国と北朝鮮が約6年ぶりの高官協議
読売がどんな思惑でこれを10大ニュース候補にしたかはわかりませんが、この時は38度線の板門店で会っただけ。
10月に正式な高官協議をする予定でしたが、韓国市民団体が北朝鮮体制を批判するビラを風船につけて飛ばしたところ、北朝鮮軍がそれを銃撃、銃弾が韓国に着弾したことから韓国が応戦して銃撃戦が起きてしまいました。
結局それがもとで、高官協議は白紙撤回。
ばかばかしいから朝鮮のことは構わない方がいいです。
4)国連調査委が北朝鮮による外国人拉致などについて報告書公表
もちろん日本の要望で作られた報告書です。
国連予算を2番目に多く払っている(1番はアメリカ)日本だから、これぐらいは言える権利はあるでしょう(もっとあると思うけど)。
報告書には、北朝鮮で国家最高レベルの決定によって「組織的な人権侵害が広範に行われている」と記されています」。
日本人らの拉致を「国家による大規模な外国人拉致として他に例を見ない」と、当たり障りのない?非難をしています。
それで、実際に何をしてくれるのかと言うと、「人権侵害にかかわった者の責任を追及するため、安保理に対して国際刑事裁判所(ICC)への付託や国連特別法廷の設置」を勧告しました。
さらに、調査委のカービー委員長は17日の記者会見で「金正恩(キム・ジョンウン)第1書記にも責任がある可能性がある」と語っています。
こうなると、絶対、拉致問題は解決しなくなると思います。
実際に何がどうなれば解決になるのかと言うことですが、とりあえず誘拐した人を返してほしいということだと思います。
そのためには「他の条件は付けない」と言うぐらいにしないと進まないのではないか。
「金正恩の責任」なんてことを言ったら、なおさら無理です。
拉致問題解決のために働いている人達は、解決させない方向へばかりに動いている気がしてなりません。
北朝鮮が韓国を支配することを認めるから、日本人だけは返してくれぐらい言ってみては?
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