作品制作の依頼・注文が途切れ、時間が余ったので、世相講談的に昨今の事件や事象に対する、自分の意見をランダムに記録しておこうと思います。
順序は特に考えもなく、まず思い浮かんだ「バドミントン選手賭博事件」。
僕は、高校時代バドミントン部で青春を謳歌しました。
朝から晩まで部活一色で、友情あり恋愛ありの、世間と隔絶したワールドを一途に過ごした時代でした。
10年ぐらい前の僕なら、あの頃が人生で一番楽しかったと思える時代です。
(今は、今が一番幸せだと考えることができています。)
あれから40年、いまだにあの頃の仲間と忘年会に集って、青春を懐かしんだりしています。
なので、”バドミントン”と聞くと、自分のテリトリーの話になります。
ラケットを置いてから40年以上も経っているので、バドミントンのプレーに関しては論評できる能力はありませんが、日本のバドミントン界が、世界の中でどう立ち位置が変化したかはわかります。
ゆえに長年低調なレベルにあった日本バドミントン男子部において、世界ランキング2位の桃田選手の登場と上昇は、驚嘆すべき快進撃でした。
テニスの錦織圭を引き合いにする紹介がありましたが、その通りでしょう。
まさか世界レベルの大会で優勝するような選手が育つとは、マイナースポーツだった時代を思うと隔世の感があります。
それが今回の失態です。
謝罪会見で、涙を流す図を見せられ、”好事魔多し”を痛感しました。
(ちなみに会見で処分を告げた銭谷欽治会長が、僕らの時代のヒーロー選手でした。)
残念であることは語るまでもありませんが、ふとここで思ったのは、世間で居丈高に猛バッシングする”悪いこと”はいったいどのことなのか。
事件の”罪”の核心は何かということでした。
警察に摘発された罪状は、「警報185条・単純賭博罪」。
「第185 賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。 」という項目に触れたということです。
「賭博」というとわかりづらいので、言い換えれば「ギャンブル」が悪いという話です(英語の方が意味が通じるってのも妙ですが)。
射幸心をあおって賭けをして、金銭を授受する「ギャンブル」は、日本の法律では禁止されているのです。
ただし、仲間うちでやる賭けなどは含まない。
主として胴元がいるギャンブルが論議の対象になります。
しかし、誰でも頭に思い浮かぶのが、「公営ギャンブル」は?ということ。
競馬、競輪、競艇、オートレース、様々な形態の公営ギャンブルがあります。
それから「宝くじ」や「TOTO」も立派なギャンブルでしょう。
でもこれらは、国や自治体が”胴元”になっているからいいということになっています。
寺銭は公共に使われるから、税金か寄付のようなもの?
宝くじのTVCMでは、未来からやってきた自分が過去の自分に”感謝”までしています。
となると問題は、ギャンブル自体の罪悪ということではなく、合法か非合法かということに集約されることになるでしょう。
つまり非合法のギャンブル施設は、暴力団の資金源になるから悪いという結論になります。
今回このカジノを警察が摘発したのは、この筋が窺えたからでしょう。
もしこのカジノが暴力団に関係ない、個人経営(?)の店だったら手入れもなく、お咎めなしだったかもしれない。
まあ個人経営のカジノを暴力団が許すとも思えないので空論ですが(闇の法律違反は命にかかわります)。
それでも暴力団が関与しているパチンコ店とかは抵触しないのですかね。
どのパチンコ屋がその筋なのかは、客にわかるはずもないですし。
パチンコは景品を交換するので、金銭の授受はないなどというのは嘘っぱちなのは周知のとおりです。
それに、北朝鮮に関与しているパチンコ店はいくらでもありますが、それは問題に上がらないのでしょうか。
暴力団は国内問題ですが、北朝鮮送金ルート黙認は制裁破りの国際条約違反になります。
「賭博罪」自体は、ギャンブル依存症になって人生を破滅させるのを防止するという側面も備えています。
それは「覚醒剤取り締まり法」にも通じます。
”依存症”というのは、脳の病気でもあり(脳内ホルモン異常)、治療しなくては治りません。
であれば公営だろうが私営だろうが、あらゆるギャンブルは依存症につながるので、本来区別はありません。
「公営カジノ法案」なるものも議連で論議される昨今、もう少し考えを整理する必要がある気がします。
バトミントンは強かったけど、世間知らずの頭の弱い若者が、成り行きで落とし穴にはまってしまった、というのが本筋です。
社会人の常識も知らず、合法非合法の区別もつかぬまま、先輩に引きずられてしまったわけです。
(引きずり込んだ先輩についてはここでは論じません。)
警察のご厄介になった以上は処罰を受けなければなりませんが、やり直す機会は残すべきでしょう。
銭谷会長は桃田の「日本代表の指定解除・無期限の試合出場の禁止」という処分を言い渡すと同時に、”東京五輪”までに復帰する可能性も示唆しました。
それで復活して、人生を再興すればそれでいいと思います。
あのチャラいキャラクターも是正されればいいですね。
「法律」というのは、「道徳」に準拠します。
ギャンブルは道徳的に良くないから法律で罰するというのが基本にあります。
でも、道徳的に良くないことは、結構楽しい。
そこに人生の悲喜劇があるわけです。
年頭を騒がせた「ベッキー不倫騒動」も、道徳サイドの違反で世間のバッシングを受けました。
ベッキーはこのバッシングのせいで(不倫のせいではなく)、CMや番組を下ろされ、3億を超す損害を受けてしまいました。
では、”不倫”は犯罪なのかというと、刑事的には何ら問題はありません。
ただし、民事においては、離婚の原因として認められるということで、慰謝料や財産分与に影響が出ます。
”不倫”に関しては、この言葉に歴史が浅く意味も曖昧なので線引きが難しいのですが、同様の単語で”不貞”という言葉があります。
”不貞”とは、貞操を守らなかった、つまり性的交渉を持ったかどうかに焦点が絞られます。
民法では不貞があったかどうかに判断の違いが生まれます。
ベッキーは不倫はないと言い続けてますから、不貞もないという意味でしょう(証明は難しいですが)。
ゲス乙女の妻が離婚を請求した場合、不貞の有無が問題となるかもしれません。
精神的恋愛は不倫に含まれないということです。
その辺は先の問題ですが、乙武さんの場合はすべて認めていますので、一緒に謝罪した奥さんが離婚を考えていない以上、法律的には何の問題も発生しません。
どっちみち、他人が糾弾する問題ではありません。
(イクメン不倫議員の場合は、議員という職務に鑑み問題とされます。)
バッシング騒動で、「カップヌードルCMクレーム事件」にも一言。
カップヌードルの新しいCMに、クレームが殺到したので放送を中止したという事件です。
放送開始後1週間で中止が決まったという、対応の早さよ。
そんなCMがあったんだ、見れなくて残念、と思っていたら、見覚えのあるCMでした。
ビートたけしのおバカ映像で、いったい何が放送中止になるほどのクレーム対象だったの?というものです。
カップヌードルのCMは、歴代ばかばかしい発想で注目を集めているので、路線を継承発展させたと見えます。
結局、矢口真里の起用がいけなかったようで、「不倫=再起不許可」図式が世の中に存在するようです。
僕個人の嗜好は、「小柄な女性を好むわけ」にも書いたように、小柄好きで矢口真里も好きです。
http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/200705010000/?scid=we_blg_pc_rank_user_2_title
あの事件自体も、矢口真理の意外な裏側が見れて面白かった。
彼女もCM・番組すべて降ろされ、さらに元夫に多大な慰謝料を支払い、何億という損害を受けたわけです。
社会的制裁は十分すぎるほど受けています。
そこから這い上がる彼女は、むしろ応援すべき存在と僕は思うのですが、世間の審判は違っているようです。
というより、クレームを出した人たちは、どれほど物を考えて行動を起こしているのでしょうか。
”不倫=悪=批判”という単純な図式に従って、考えた気になっているだけではないでしょうか。
恋愛は人の性(さが)です。
生物学的には正しい行為です。
相手が(もしくは自分が)既婚者かどうかは、たまたま制度が定めた条件に過ぎない。
ベッキーと紀香の違いは、恋愛の相手が既婚者か同棲者だったかの違いだけです。
人が定めた紙切れ一枚の問題に、それほど真実があるとは思えませんが。
「不倫や虚偽を擁護する内容だ」との批判が電話やメールで殺到し、放送を中止したと日清食品側の説明があったそうですが、こちらも問題です。
「不倫や虚偽」を批判するのは勝手ですが、「不倫や虚偽を擁護する」意見まで封殺しようとすることは民主主義に反する。
自分と反対の意見に対しても、尊重するのが民主主義です。
この思考欠如の根っこは、”ヘイトスピーチ”にもつながる排他主義です。
そもそも批判をする人は、本当に石を投げる資格がある人なのでしょうか。
批判をするなら、もっと重大なことがたくさんあるのに。
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