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復元前の東京駅を見る機会もあまりなかった私だった。構内には数えきれないほど歩いているのだが、赤レンガをじっくり眺めたことは記憶にない。お仲間の随筆が東京駅を見学することに発展した。構内のドームに12支のうち8つの干支のレリーフを見ることができた。構外から見る東京駅、すばらしかった。子供のころ横浜に住んでいた私の記憶には、レンガの家をよく見た記憶がある。何やら懐かしさが蘇ってきた。三菱1号館美術館では、ルノアールの作品を堪能できた。こんなにもたくさんの目にすることはなかった。シスレー・モネー・ドガ・などなど。都内をめぐるスカイバスがまたよかった。天井のないバスでビルの谷間から下町情緒にまでふれてきた。通る人が、バスに向かって手を振ってくれるのがまたいい。おのぼりさんを実感したのが、ウーロン茶一杯1000円かなあ。半分のこしてきたのが悔やまれるんだから、笑える。
2013.05.24
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今年こそ東の窓にグリーンカーテンを、と実行に移した。夫はゴーヤしか頭にないようなので、夫の留守の間に、花も楽しめる実も楽しめるものをと考え、購入してきた。どうやら八重のクレマチスのような花を咲かせるらしい。名前は…・度忘れしてしまった。明日確かめてみよう。草むしりをした時、ミョウガがはびこってしまったので、思い切り芽を引き抜いて捨ててしまった。そのあとで、その芽をめんつゆに付け込んだ漬物を知人から頂戴した。とてもおいしくいただいた。もったいないことをした。残念。ミョウガの若芽は漬物でも天ぷらでも卵とじでも美味しいということだ。かえすがえすも残念.ひと眠りしたらみどりのカーテンの植物の名前が浮かんできた。その名はパッションフルーツだった。さても物忘れのひどくなったこと。あぶないなあ。
2013.05.17
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午前中は7月に行う社会を明るくする運動にて配布する、紙人形しおりを制作。会員9人がそろって和気藹々。ひるをはさんで保護司会OB会の総会に出席のため途中退席。保護司会OB会出席者平均年齢約80歳。かつて犯罪を犯してしまった人たちの再犯をさせない努力をした面々。皆それなりに元気な方々ばかりだが、共通するのが物忘れ。大笑いするエピソード続出。そして配偶者等の介護。私の場合は息子の介護だが。わずかな時間の親睦会。こんな時間の過ごし方もいいかも。
2013.05.15
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10日に大学病院に出かけた。私の体内に病変はないか、いつも検査前に思いながら出かけていく。大学病院の門を入ると、点描画のような緑の銀杏並木が目に入った。この風景には思い入れがある。2年前私自身の脾臓摘出から、さらに血液腫瘍科での治療をしたときに見た風景であり、10年前の輪禍に遭遇した明日をも知れない状態の息子が、5か月ぶりに目を開けた時の希望を映した風景でもある。病歴の多い私に更なるダメージを与える結果にはならなかった検診結果であった。また寿命は延びたらしい。運に見放されてはいない。この強運を味方につけて、これからの生き方を決めていかねば。息子とどう向き合っていくかが今の課題だ。自宅療養にするか。今のまま、病院まで出かけて介護するのを選ぶか。今のまま私とその家族が健康なら問題はないのだが。いつまで、車で出かけられるかが問題でもある。
2013.05.12
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連休中は自宅で過ごさせてやりたい。毎年のことで、介護のほうも要領が分かっているためゆったりとした雰囲気で過ごせそうだ。しかし、看護師さんと介護士さんの仕事を家族がするのだから、体力オーバーになるのは見えている。それでも顔が見えないと呼んでいるかのように声を出すので、顔をのぞかせると、満面の笑顔を見せてくれる。疲れが吹き飛んでしまう。いつも思うことだが、ずっとこのまま、そばにおいてやりたい。できることなら。今我が家には病気が多すぎる。私の体力も過信はできない。娘もお父さんも手術を控えている。私たち親が年を取りすぎている。気持ちだけでは簡単に決められないところが悩みだ。今の病院のようにずっと入院させてくれるところはないだろうし。かといっていつまでも病院まで出かけていけないのも目に見えている。親が動けないとき、親亡き後も悩みのたねだ。ねえ祐ちゃん、どうしたらいいんだろうねえ。
2013.05.02
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