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立川志らく師匠の著書に『立川流鎖国論』(梧桐書院、2010年11月)があり、そこで師匠は「それまで談志は『落語は人間の業の肯定』だと言っていた。それが六十代のなかばごろから『落語はイリュージョンである』と言いだした。/落語における会話は、なんだかよくわからないが強烈におもしろいもの。それは非日常であり、まるでイリュージョンだ、と言ったのだ」と書いています。
そんなイリュージョン落語を体現させたものの一つが「志らくのピン」というCDに収録されている「無精床」だと思います。この噺は、現実の日常世界でお客さんと床屋さんとが交わすであろう会話なんかクソッ喰らえのはちゃめちゃイリュージョン会話で構成されています。
困った男は、整髪してもらいたい意思を伝えるために「頭を切ってもらいたい」と言うと、「血が出るぜ」とこれまた信じられないような返事。男は意味が伝わらなかったかと思い(床屋に入って首切りを頼む客はいないと思いますが)、「いい男になりたい」と言い直しますと、「そりゃ無理だ」との返事。この床屋さん、もしかしたらものすごく正直な人なのかもしれませんね。男が「頭をこしらえてくれ」と言い直しますと、今度は「神をも畏れぬ行為だ」と言い返して来ます。業を煮やした男が「床屋だろう」と言うと、「床屋だよ、俺がスチュワーデスに見えるか?」とまたまた予想外の返事。
こんな調子でなかなか意思疎通が図れなかったんですが、それでもなんとか相手の男が客だと分かると、床屋のおやじは「へいへい、いらっしゃいませ」と態度を急変させ、なんとか整髪してもらえることになります。しかし、床屋のおやじがうっかり手をすべらせて、可哀そうに男の顔から血が出て来ます。すると一匹の犬がさっと近寄って来るではありませんか。男が「シッ、シッ」と追い払おうとしますと、床屋のおやじがもの凄いことを言います。「この犬は性質(たち)が悪い。この前、耳をスポンとやったら、パクッと食べてしまい、人間の耳がうまいと気がつきやがった。それ以来、よだれを垂らしてやって来るんですよ。犬がほしがってますから、お客さん、二つありますから一つやってください」。
この床屋のおやじ、剃刀をしめらす水を入れた桶のなかにボウフラを二匹飼っており、太郎とナターシャと名付けて可愛がっていたり、とにかく全てがまともじゃないんですが、そんな床屋のおやじの常軌を逸した言動を志らく師匠がポンポンとたたみ掛けるようなスピーディな語りで描き出し、うーん、これがイリュージョン落語の面白さなのだなと大いに納得させられます。
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