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中3生にとっては、今が一番精神的に辛い時。 見えつつある進路に、頻繁に試験が重なり、 不安や焦りがどんどん広がっていく。 でも独りで悩むことはない。 曇りの次には必ず晴れが来る。 今が辛いのは、それだけ今が大切だから。 フォローしてあげたい。 道を説いてあげたい。 悩みの中にも笑顔を探してあげたい。 塾長はいつもそう思っている。 何でも相談しろよ。 塾長は、 君のための言葉を用意して待っているぞ。
2008.09.30
連日、コピー機が凄いことになっている。 受験生が入れ替わり撮っていくのだが、その数は半端ではない。 ここ2か月でカウントは約16000枚。 塾の休みの日を考えると、毎日300枚稼動していることになる。 先週末はN君が許可もなく100枚ほど撮っていたので、 自由に無尽蔵に撮れるものではないと、釘を刺した。 今日も延べ15人ぐらいだろうか。 自習生が次々と勝手に複写しては、失敗している。 ミスコピーの山も凄い状態である。 彼らが撮るのは主に塾に常備している教材や、北辰などの過去問。 まあ、やる気をもって有効に活用してくれればいいが、 勝手に片っ端から撮り、ただ集めているだけなら見過ごせない。 その日に中途半端に解いた用紙をゴミ箱に捨てていったり、 机の中に大量に忘れていったりするのを見ると、 やはり黙っているわけにもいかないようだ。 撮った用紙は使い捨てではない。 しっかりファイルし、自身の力に転化させていくものだ。 無許可使用禁止も考えたが、ある体制を決めた。 使用時に、氏名・撮った教材名・枚数を記録させる、 「専用のノート」を設置しようと思う。 そして、日々私が、無駄な使い方をしていないかチェックする。 教科の偏りや、実力やタイミングがずれた、 非効率な活用をしていないかも同時に審査していく。 捨ててあれば、誰のものかも分かる。 10月から実施するぞ。 ぜひ意義のある使い方を心掛けるように。 いいな。
2008.09.29
君は 自転車に乗れる 君は 泳ぐことができる 君は 文字を書くことができる 君は 家族の名前を言える 君は 歌が歌える 君は 遠くまで買い物に行ける 君は 本が読める 君は 走れる 君は 跳び 投げることができる 君は 繰り返し計算ができる 君は 複雑なゲームができる 君は 一人で食事ができる 君は 友と議論ができる 君は いつも機械を操作できる 君は 素早くラケットを振れる 君は 重い荷物を運べる 君は 早く着替えることができる 君は 笑い 泣くことができる 君は 電話ができる 君は 好きなことをいっぱい語れる 君は・・・・・ どんなことにも初めがあった ヘタクソで ぎこちなくて でも君はいま たくさんのことができる 弟より兄の方が上手い 妹より姉の方が上手い 兄ちゃんはかっこよく 羨ましい 私も早く お姉ちゃんのようになりたい 小さい頃のひた向きな心 君は大切に持っているか 自転車はただ眺めていても乗れない テキストで研究しても乗れない 父にコツを教わっても乗れない 空き地でペダルに足を乗せた あの覚悟 こぎ出した時の あの感触 そう 思い出してみよう どんなことにも初めがあるのだ 君が未知のことに踏み込むのなら その第一歩が記念日になる 初めから上手くできるわけがない 何度も繰り返し 少しずつかたちを作っていく そして 涙と汗と 笑顔の数だけ 君は強くなり 安定していく 間違いなく 今 課題があるのなら ちょっとマジに向き合ってみないか 初めて15メートル泳げた時のように 初めて跳び箱を5段跳べた時のように 真剣な空気を感じてみないか 成果はいつも 一つ一つの熱い重なり 100の課題にも すべき第一歩がある 君の一歩は 決して裏切らない 目の前に その記すべき場所がある
2008.09.28
ここ2日間、模試を返しながら何人かに聞いてみた。 「この前決まった、新しい総理大臣は誰?」 返答できない生徒が多数いた。 世の中が大きく動いても、気づかない。 と言うか、知ろうともしない。 これは子どもの意識云々では片付けられない、 与える側の大人の責任が大いに絡んでいる。 家庭で親子の会話が保てない。 ニュース番組や新聞の情報を、共に語りながら共有できない。 そんな家庭の空気が当然のように育った子どもたちは、 自ら調べ、興味を持とうとは思わない。 大人が仕向け、情報を与え、考えさせ、語らせる。 そういう流れを大人が常に意識していなければ、 子どもたちの方から率先して語り、そこに楽しみを見い出そうとは思わない。 学校でも、朝礼やHRなどで板書しながら情報を与えるべきだろう。 教科書を超えた、生活に繋がるニュース。 師から生徒へしっかり伝え、話題や調べるべきテーマを共有すべきであろう。 そういった家庭や学校という教育の場において、 社会に対する大人の意識(子どもたちに伝えるという使命感)のようなものが、 徐々に薄れてきているような気がする。 新聞もテレビ欄を見るのなら、その裏にある第一面をなぜ見ない。 子どもも中学3年生ともなれば、ある意味自分の責任でもある。 社会の試験範囲が政治であっても、知ろうとしない。 そうかと思えば、細かい閣僚まで知っている者もいる。 その差は何なのだろう。 「本人の意識の問題だよ」では済まされない、 根の深い課題があるような気がする。
2008.09.27
中3受験生にとって、この先はしばらく鬼門が続く。 北辰3回、中間試験、期末試験、英検、漢検が、 ここ2か月超の間に立て続けに行われる。 どれも大事だが、特に10月の北辰と中間・期末は重要だ。 これらの出来によって進路が決まると覚悟して欲しい。 今までの勉強の集大成をはかる時が来たのである。 今、面談しながら全国模試を返しているが、毎日の学習時間を訊いてみると、 1時間、2時間という受験生がいる。 そんな小学生すら普通にやっている時間で、自分の大望が叶うのか? 弱点があり、すべきことが山積みなら、真剣にカベに立ち向かえよ。 自分に投資できるのは今しかないのだよ。 年末に慌てても、記録は変えられないのだよ。 3年間通う高校に価値を感じるのなら、 今、命がけで、限界まで挑んでみなさい。 時間は戻って来ないのだ。 カウントダウンは始まっているのだ。 平日1.5時間、土日3時間やっていると言った、男子。 受かりたいのなら、その3倍やりなさい。 その程度では追いつかないのだ。 一気に成績は上がらないのだよ。 時間を費やし、まとめ、反復し、必死に覚えなさい。 問題が擦り減るほど、大量に解いてみなさい。 いいか、これがラストチャンスだ。 受験生たちよ。 自分を大切にしなさい。 塾長は多くの先輩たちを受験に送り出し、 それを踏まえて君らに言う。 人生には勝負に出る時があるのだ。 それは君だけに与えられた選択肢ではない。 受験生全員に仕向けられた、決められた道なのだ。 君がやらなくても、仲間はやるぞ。 差を付けるか、差を付けられるか。 それは、今、君が自分をどれだけ熱く感じているか、 支えてくれている周りの人たちを、 どれだけ大切に感じているかで決まるのだ。 受験生にとっての秋は、今回だけだ。 後悔するなよ。 学べることに、向上できることに感謝せよ。 6か月後には桜が咲いている。 君はどの高校の門をくぐる。
2008.09.26
PC故障のため、暫く教室からの更新のみとなります。 連絡事項としては、 1 英検の申し込み1次締切が本日25日まで。 2 全国模試の結果返却を、一人ずつ面談のうえ実施中。 3 中2自然教室の振り替え授業を、週末27日に実施。 4 M中3年の中間試験対策を、週末27日に実施。 の4点。 3の中2の振り替えは、教科によって時間が異なるので注意。 二回該当の生徒は両方になるため、4時間頑張ってもらいます。 数学16:30~18:30、英語19:00~21:00です。 4の中間対策は、9:30~16:00の予定。 居残り質問・補習も受けます。 他の中学は後日実施です。 以上。
2008.09.25
私の授業のスタンスは、とにかく生徒たちに解かせることだ。 解説は要点だけ押さえ、どんどん問題演習を進めていく。 解説を入念にする手法もあるが、それだけでは力は育たないと思っている。 ポイントと、狙われる角度や切り口さえ与えてあげれば、 生徒たちは自力で工夫し、ある程度解くことが出来る。 そこで詰まったら、細かい指導を付加していけばいい。 若い先生はその意味が分からず、目いっぱい解説をしようとする。 授業の7割も8割も解説していて、生徒たちにとってはまるでシアターだ。 塾の授業は講義ではない。 「解く」 という技術を身に付け、実戦力を育てる場だ。 そのためには、頭を使い問題と向き合う時間を、執拗に演出してあげなくてはならない。 言い換えれば、解くという行為を通じて、 発見と修正を重ねていくということである。 「理解すること」 と 「解けること」 は違う。 説明主体の授業は、その前者にウェイトを置きすぎるあまり、 本番でなかなか点が伸びない。 ひと言で、練習が足りないのである。 練習によって身に付く対応力が足りないのである。 先生は 「授業では理解している」 と語るが、それはその場での感想。 大事にすべき部分は、いかに 「理解させるか」 ではない。 試験でいかに力を発揮させ、「正解させるか」 なのだ。 私は、授業の解説は1~2割で十分だと思っている。 残りは徹底して問題演習にあてる。 そして解かせながら、パターンの習熟と課題の発見を進めていく。 いわゆる生徒の持つ潜在的な力を引き出し、 それをうまく使いながら、能力を高めていくという手法である。 初めの解説の持つ私の位置づけは、 まず今学ぼうとしている部分の本筋を通し、 敵を知り、武器を与え、臨戦態勢に入ることにある。 与えられた知識は道具である。 生徒はその道具を使いこなすことによって、実戦力を磨いていく。 質の高い道具をいくら与えても、使う機会が少なければ、 やがて錆び、価値を失っていく。 だから私は、徹底して解かせる。 あらゆる問いに対し、免疫が育つまで指揮を振る。 技術というものは、生徒自身が悩み、場数を踏むことによって育っていく。 表面だけ理解した気になっている生徒を、 師は安易に認めてはいけない。 次々と問題を手に、懐に攻め込み、 アベレージを上げることに執着しなければならない。 少なくとも私は、 それが 「解ける」 という力を引き出す、 最良の方法なのだと考えている。
2008.09.24
中学理科に出てくる計算問題は、大きく次の20種類。 1 レンズ(焦点距離等) 2 力と圧力 3 音の伝わる速さ 4 密度 5 濃度 6 平均の速さ 7 力学的エネルギー 8 オームの法則 9 電流による発熱 10 定比例の法則(化学変化と質量比) 11 反応する物質の過不足 12 溶解度 13 中和(酸アルカリの量) 14 地震(震源からの距離・波の速さ) 15 柱状図(かぎ層の位置・傾き) 16 星の日周・年周運動 17 南中高度と緯度 18 気象観測 19 湿度と飽和水蒸気量 20 蒸散量(対照実験) 法則や原理を知り、公式と比例式を用いれば、 何も恐れることはない。 これらの半分は、比例式だけで解ける。 問題パターンもいつも決まっており、 繰り返し出るベタ問題ばかりだ。 不安な者は聞きに来なさい。 コツを知れば、「なーんだ簡単じゃん」となる。 そう、簡単なのである。 難しいと構えるから理解できない。 入試の得点の6割以上はこいつらだぞ。 憎かったら叩きのめせ。 とにかく来い。 一気にコツを教えてやる。 その代わり死ぬ気で覚えて帰れよ。
2008.09.23
課題を送った生徒のうち、4名と顔を合わせた。 ちょっと異質な空気を想定していたが、 普段と変わらぬ普通の感覚で接触できた。 ある生徒は、締め切りが近い英検の申込書を持ってきた。 中2の女子。 塾をやめるどころか、 秋にここで検定を受け、これからも頑張るぞという姿勢を見せてくれた。 何だか嬉しかった。 自分の与えられた境遇に気づいてくれたのだろうか。 家でどんな会話があったのだろう。 それは分からないが、前向きな姿はいつになく輝いて見えた。 もう一人の生徒は中3生。 皆が帰った後に友人と残り、自習していた。 小一時間になる頃、様子を見に行き、初めて知った。 私が与えた課題を黙々と埋めていたのだ。 土曜に届いた課題を、早速日曜から手がけ、ほぼ完成に近かった。 彼はその後も居残り、最後の一問を埋めて私に提出していった。 脇を締め、賞状の受け渡しのように、私に渡し帰っていった。 最速の提出1号。 何だか、言葉に出来ない思いが過ぎった。 折り目が付き、何度も消し傷んだ、懸命に向き合った課題の束が、 妙に重く感じた。 こいつ、やるな。 その姿勢を忘れず、受験にぶつけろよ。 最後に消灯しながら、呟いていた。 まだ1日目。 今後どうなるかは分からないが、 こうして前向きに取り組んでくれる仲間がここにいることに、 そういう生徒がこの教室にいることに、 いつになく有り難いという気持ちで一杯になった。 他の12人のメンバーは手掛けているか。 自力で向き合い、自分を磨き切り、ここに持って来いよ。 祝日。 教室は開いている。
2008.09.23
退塾者が出るかも知れません。 でも今回は、敢えて塾としての考えを貫きました。 先日も書きましたが、塾で取り組んでいるトライアルの未受験者に、 いよいよ課題問題を郵送しました。 金曜に発送したので、土曜には着いているはずです。 1名はたまたま来られた親御さんに直接渡したので、 郵送分は全部で12名。 土曜、日曜と、それを元に親子の会話があったに違いありません。 「あんた、塾でちゃんとやる気あるの?」 「真剣にやらないんだったら、通っても意味ないよね」 という親御さんの言葉は想像するに易しいですが、 それは理にかなったことで、大いに語ってもらいたいと思っています。 何が良くて何がいけないのか、 話し合うことで課題を見つけ、今後にプラスになる発見をしていただきたい。 そう思っています。 問題は生徒がこぼす逆のケースです。 「もう、あの塾、急に抜き打ちするし、うざいって」 「だって成績と関係ないし、意味ないじゃん」 「こんなのやんないよ。面倒だし、もう塾いいよ」 こういう子供の言葉に、真剣に向き合い、 学ぶことや塾通いの本質を語っていただける親御さんならばいいのですが、 中には子供の言い分を全面的に受け入れてしまう方がいます。 「お世話になったんですが、子供がこう言ってますので、ちょっとやる気が出るまでしばらく塾をやめて様子を見たいと思います」 このような話が来たら、今の私の結論は決まっています。 残念ですが、引き止める理由はありません。 まあ、やる気が出るまで家で遊んでいただくしかないだろうと思っています。 子供の言い分で行動が決まるのなら、そうすればいい。 家庭の方針であるならば、致し方ないでしょう。 でも、一つだけ伝えておきたいのです。 学びの主役は子供ですが、学びの環境を与えるのは親だということです。 環境という言葉には、時間、ノルマ、姿勢、習慣化などの意味を含み、 また、塾との係わり合いのすべてをも含みます。 楽しく、好きなことをして、自分のペースで日々を送ることは理想ですが、 人間の営みはそうはいきません。 ましてや中学生という世代は、様々な体験をし、カベと向き合い、 それを自力で解決していくことで成長のヒントを掴んでいく、 とても大切な時期です。 やってみよう。 君なら出来る。 ほら、出来たじゃないか。凄いな。 こういう過程を経ながら、みな少しずつ自信を持ち、 次のステップに繋げていくのです。 ハードルは越えられない高さであっては無理が生じます。 でも、真剣にやるかやらないかで決まる程度のハードルは、 大人が示してあげることで、子供のエネルギーに転化出来るのです。 楽をしたい、逃げていたい。 子供たちはみな、そう思います。 でも時として逃げられないカベがある。 その現実をまず子供たちに受け入れて欲しいのです。 それは、本人の成長のためであることはもちろんですが、 後に必ずやって来る受験というものに対する準備でもあります。 常に先のことを視野に入れ、今を考えてあげる。 子供だけでは理解できない故に、大人の厳しさが必要なのです。 ぜひ親御さんと意をともにし、 こういう投げかけを通じて、子供たちの意識と力を育てたい。 私は、そう思っています。 「もう、あの塾、急に抜き打ちするし、うざいって」 一切抜き打ちはしていません。 「だって成績と関係ないし、意味ないじゃん」 成績に大いに関係する重要なものだからやっています。 「こんなのやんないよ。面倒だし、もう塾もいいよ」 自分で率先して出来ないから与えているのです。 重点にトライすることが面倒なら、一体何をするのでしょう。 トライアルの趣旨については、7月17日8月1日8月28日8月31日 これらの流れをご覧いただければ有難いと思います。 お子さんに少しでも感じるものが芽生え、 行動を起こしていただければ、塾としては嬉しいことです。 担当の講師たちも応援しています。 明日のために、笑顔のために、今は逃げられない。 その思いが伝わることを願っています。
2008.09.22
今朝早くのM4.8の地震(震度3)は、久々の関東を震源とするものだった。 ここも結構揺れたが、 規模としては被害も出ず、ちょうどエネルギーが発散できて理想的な発震だった。 関西や新潟、東北でも有感地震があったが、やはり台風禍は確率が高まる。 今回はすべて小規模で何より。 だが一方で、プレートの動きの沈黙が気になる。 また気になる時に、書くかも知れない。
2008.09.21
崖に縄ばしごが下がっていて、それを上っていくとする。 高さは15メートルほどある。 上は見晴らしがいいと聞き、一度上ってみたいと思っていた。 君はその時に何を持っていくだろう。 飲み物? 弁当? それとも、携帯やカメラだろうか。 さあ、どうだろう・・・ 実はこの時に必ず持っていくべき物がある。 「縄ばしご」だ。 途中、上の方の縄が切れそうになっているかも知れない。 何かの弾みで、あるいは下から誰かに引かれて、千切れてしまうかも知れない。 もし、はしごがなくなれば、降りられなくなる。 見晴らしどころではない。 これは、自分のルートを守る上で大切なことなのだが、 意外と気づかないものだ。 自分の足場をどこまで意識できるかには、個人差がある。 何か行動を起こす時、あるいは何かを始めようとする時。 君はしっかり足元を見ているだろうか。 今までの足跡と、これから先の歩みの延長につけるべき足跡を、 君は大切にしているだろうか。 何かをする時、人はみなその「何か」に夢中になり、 足場の脆さには気づかないものだ。 自分の安定が家ならば、 どこかに行ったなら、必ず戻って来なければならない。 買い物にしても旅行にしても、帰れなければストーリーは未完だ。 足場を固めるということは、ただ注意するということではなく、 そういった一連の作業を完結させる上で、大切な意味を持っているのである。 学びの場においても、その学ぶ「もの」だけに捕らわれてはいけない。 目的の「もの」は、自分の描く足場の延長上にあるのだと常に意識していたい。 何度も往復するのである。 情報を交錯させ、作り変え、運び、保管し、再び使っていく。 そのためには、太いパイプや道のような、 自分だけのルートを築いていかなくてはならないのである。 目先の行動や思いつきは、片道しかない状態に似ている。 戻って来れるのか。 収穫を運ぶ道はあるのか。 それは君が決め、造り、守っていくことだ。 崖を上り切れば、さらに崖があり、はしごが掛かっているかも知れない。 挑戦することは素敵なことだが、 あまりに目先にこだわり、背後を忘れてはいけない。 地上に帰ってくるという前提の挑戦。 そのために、「縄ばしご」を準備していくという発想が価値を生む。 前ばかり夢中になり、目的に酔っている姿には、 必ず落とし穴が待っている。 まるで遊園地の迷子のような状態。 そんな経験はないだろうか。 だが、君は自力で戻らなくてはならない。 学びの場では、誰も迎えに来てはくれない。
2008.09.21

S君がいよいよ来た。 中2の時から何度かここで取り上げた生徒だ。 彼は今、中3生。 先日の校長会テストでクラス1位、学年5位を成し遂げた。 そして2日前に届いた北辰テストも大きく伸ばし、自己ベストを達成。 一気に来たという形容が相応しい、素晴らしい成果を見せている。 彼は前学年から何度もこの教室に足を運び、黙々と闘ってきた。 その風景は、去年の初夏の記事にも書いている。 彼には絶対に成績を上げるというオーラがあった。 どうすればいいかと考える前に、とにかく目の前のターゲットと向き合っていた。 その時私も、大きく伸びるであろうと語っているが、 努力の姿勢が結果となり、学校の成績は最高のものを残せた。 去年の夏その成果を称え、再び彼を取り上げている。 彼はその後も休むことなく自習に来ている。 もちろん今でも。 ボードに、その時間にすべき教科別スケジュールを書き。 3年になり、ややスランプに見舞われたが、 彼の姿勢は変わらなかった。 私と面談し、答案のコピーを元に、勉強法について語ったこともあった。 彼は常に素直で、可能性をしっかり自分のものにしていった。 そして自分に必要な作業を心得、常にそいつと向き合っていた。 1学期の期末で巻き返したが、まだ納得のゆくかたちになれない。 そんな彼は、夏休みも頻繁にここに来て、黙々と課題を埋めていた。 苦手があるのだと、私の元に来ては、問題を幾度もコピーしていた。 そして真剣に解いていた。 今回、彼が大きく伸びたのは、けっして巡り合わせではない。 長期の努力がかたちになったのである。 もちろんまだ安定とは言えないが、 その高いステージに上がる 「資格」 を得たのである。 成績は誰だって上げたい。 だがそのためには、他人以上に時間を掛け、自分を高めていかなくてはならない。 近道などないのだ。 回り道を不平を言わずに歩んだ者にしか得られない、価値ある手応え。 そいつをS君は自分で手にした。 昨日、彼と立ち話をした。 「まぐれにならないように頑張ります」 彼は今も進行形で邁進しようとしている。 私は言った。 「今までの努力がかたちになってきたんだ。自信を持て」 「今の塾生の中で一番多く自習にきてるのは、お前だぞ」 彼は嬉しそうに恐縮していたが、 私は更なる闘志を彼に感じた。 常に自分のラインを高く描き、挑んでいくS君。 先日の地名トライアルでも、全塾生の中で唯一満点だった彼。 あと少し。 この年末に、さらに飛躍させたい。 私の目標も、彼のために再確認させられた。 わが塾生たちよ。 君は自分にとって価値あることに、最高の投資をしているか。 結果というものは輪郭ではない。 中身だ。 そいつを満たすために、今、精一杯汗をかけ。 努力は辛いものだが、君を必ず聡明にする。 そして君を必ず成長させる。 焦って結果を願ってはいけない。 待ち、信じ、築くのだ。 努力は決して裏切らない。 君を確実に進歩させているのである。 彼や彼の親御さんから頂いたものたち。 この教室で君が学んできた足跡として置いておきたい。
2008.09.20
夏の成果をはかる、北辰と全国模試の結果が揃った。 北辰は塾外生の申し込みもあり、今回の受験生は30名を越えた。 結果には個人差があるが、数字を見る限り全体的に上昇しているようだ。 塾生の成績について、前回の成績との推移を見てみたい。 次の数字は、塾生たちの偏差値の上下(対前回比)である。 5教科型で比較している。 +4.7 -1.5 +1.5 +0.8 +2.4 -2.7 +5.4 -0.9 +7.6 -1.8 +1.9 +3.5 +1.9 -1.1 +4.7 +2.0 +7.9 +1.2 -5.2 +3.3 -0.7 -1.8 +1.8 +1.5 -2.1 +1.3 +3.9 みなよく健闘している。 前回伸ばした生徒は今回の伸びは鈍るものだが、 それでもさらに上昇している者もいた。 全体の平均は、+1.47。 ダウンがいる中で、平均としての約1.5アップ。 志望校の偏差値マップを、 ワンランク上に変える者が数名出てきそうな勢いである。 塾で実施した全国模試の結果も比較的良好であった。 同様に偏差値の前回との上下を見てみると、 小学平均 +4.17 中1平均 -0.67 中2平均 +1.13 中3平均 +2.42 という結果で、塾全体では+2.04だった。 中1は受験者が少なく、ややデータとして問題がある。 偏差値を伸ばした生徒の比率も塾全体で63%と、 今回に関しては手応えを感じた生徒が多かったようだ (前回よりダウン、横ばいは、ともに19%)。 2ケタ伸ばしてきた生徒も数名いた。 北辰にしても塾の模試にしても、 大切なのは見直しと失敗のフォローをどこまで出来るかだ。 必ずチェックし、何が○で何が×だったのかを分析しよう。 全国模試は来週から随時本人に返却していく。 一人一人個別に面談しながら、アドバイスや注意事項を語っていく予定だ。 さあ、また模試祭りが始まる。
2008.09.20
台風は房総をかすめ、太平洋へ抜けようとしている。 勢力も弱まっており、通過に伴い列島の天気は急速に回復するだろう。 地元では体育祭が延期になるなど、行事に支障が出たが、 風雨による被害の心配はなさそうだ。 台風通過後は気温が上がるが、 こういう日は強い地震に注意したい。 関東近辺も今日は注意日である。 静穏期間とエネルギーの関係、遠方の中規模地震との連鎖性、 月齢、微振動、磁気の異常など、 発生への様々な条件も揃っている。 天気の回復に比例して、発生確率も高まるだろう。 先週はブラジルの妙な預言者の噂でもちきりだった。 生徒たちも「先生、明日地震来るんですか」などと聞いてきたが、 予言のとおりすべてが運んだら苦労しない。 そもそもはるか遠方の国から、岡崎という地名を指定してくること自体、 考えてみれば胡散臭い話だ。 可能性というものは、様々な条件を分析するから見えてくるものだろう。 だが、今週末はちょっと条件が揃いつつある。 あまり大げさに書くと、無責任と叱られそうだが、 私も以前、気象学や地球物理学を学んだことがあり、 我流ではあるが、地殻変動や地震現象の危険な条件を想定して語っている。 土日が静穏ならば、またしばらくエネルギーが溜まることになり、 かえって深刻なことになるだろう。 プレートの歪みで考えれば、M4程度が周期的に起きてくれる方が、 適度に発散できて好ましい。 地震は忘れた頃にやってくるというのは、 エネルギーが長期間溜まり開放されるからで、 言葉の裏には、直前の静穏期間が関係している。 現在かなり長い静穏が続いているということも、 週末の危険度を高めている。 フィリピン沖には台風14号が発生し、 今回とほとんど同じコースを辿ろうとしている。 カリブ海で多発し、被害をもたらしているハリケーン。 ラニーニャ現象による海水温の上昇が、 熱帯低気圧などの局地風を強大化させている。 オゾンホールの拡大など、地球環境が悲鳴をあげている。 今年の冬は強烈に寒いらしい。 地震、雷、豪雨、台風、寒波。 自然を受け入れ、乗り越えて行く工夫と準備を、 この秋のうちからしっかり進めておきたい。
2008.09.20
反復することである。 技術を習得するのに、反復に勝るものはない。 どんなに素晴らしい教本があろうと、 どんなに高質な指導があろうと、 あなたの反復により得られる安定性にはかなわない。 今、高い技術を持っている人たちは、 ただ教本を眺め、知恵を蓄積しただけではない。 その知恵を使い込み、繰り返し体に染み込ませた結果、 技術を磨くことに成功したのである。 彼らにも初めがあった。 だが彼らは、下手くそで、何も分からない初期の段階で、 諦めることをしなかった。 10回で身に付かなければ、20回30回とやり直した。 何度失敗しても繰り返す。 納得いくまで、ただひたすら反復していく。 何か安心できるリズムというか、 押さえ込むべきシナリオというか、 そういったものを自分の軸にしっかりと焼き付けていく。 その汗の結晶が、高い技術を約束するのである。 あなたがあるものを克服しようと思うのなら、 そいつと向き合わなければならない。 そいつを心底憎いと思えるか。 そいつと心中する覚悟が持てるか。 その微妙な差が、時の蓄積とともに大きな見返りとなって残されていく。 英単語を200語ものにする。 そう決断したのなら、眺めていても定着はない。 書きまくり、吠えまくり、高い安定を求めるのである。 ボールペンを1本空にするか。 3本空にするか。 その気合の差は、そのまま力となり技術となっていく。 あなたが掲げる理想も、綿密な計画も、 反復という行為のために用意されたきっかけに過ぎない。 高いステージに上がろうとするなら、 今目先にある敵を、連打で倒すのだ。 繰り返し、繰り返し、これでもかと打ちのめすのである。 こいつには負けたくないという強い思いが、 結果として、あなたの収穫の構図を描いていく。 反復することである。 技術を習得するのに、反復に勝るものはない。 どんなに素晴らしい教本があろうと、 どんなに高質な指導があろうと、 あなたの反復により得られる安定性にはかなわない。 200語ものにするのなら、 終わりは200ではない。 400、500とその先を視野に入れ、加速するのである。 教本は知識であり、リストは賢くなるための情報。 使うのはあなたであり、 どこまで吸収できるかは、あなたの汗と時間が決める。 3回の反復で分からなければどうする。 4回やる。 それでもダメなら、5回やる。 仮に20回やっても分からないのなら、 21回やるのである。 活路は、その一つ多い回数に挑む接点から生まれて来る。 試験で点が取れない。 知っていれば解けたという知識があるのなら、 そいつを料理せずに何をする。 貧弱な武器では戦えない。 戦いで勝利するためには、頭で兵法を描いているだけではダメなのだ。 覚えるのである。 これでもか、これでもかと、 絶大な武器が定着するまで、大量に反復し、頭脳に刷り込むのである。 執念の反復は、時として理論や分析を超える。 分析し頭を悩ます時があるのなら、 時がへばるくらいに、反復し覚えていくのだ。 1000回の反復で得られるものと、 100000回の反復で得られるもの。 誰が見ても後者に勝機があるのは歴然だ。 だが勝負の可能性は、 実は、1001回目から開き始めているのである。 あなたは、 その意味を知っておく必要がある。
2008.09.19
「埼玉県南部地区中学校長会テスト」 の結果が返却されたようだ。 これは今年度から導入された、いわゆる公的テストで、 第1回は8月末に、10市、76中学、中3生約13000人で実施された。 川口市はもともとこのテストを発案したという経緯もあり、 実施対象中学の母体となっている市である。 現在の公立中学では、北辰テストを進路の指針として使うことが出来ない。 大まかに偏差値を訊くことはあっても、受験指導の中心には置けない。 これは以前に公教育から 「競争」、 いわゆる業者テストのもたらす 「偏差値」 を排除したためで、 まったくもって非現実的な、不透明な進路指導を余儀なくされてきたわけだ。 それでは正確な指導が出来ないというわけで、 今回の公的テストの導入に至ったという経緯がある。 テスト問題は業者に一任せず、校長会で作成する。 全科40点満点と、本番の入試に合わせており、 今回出た平均点も北辰なみの5科100点弱と、難度は適切なものだったようだ。 課題はその結果をどう進路指導に活かしていけるかという部分にある。 あくまでも地域の学力把握ではなく、 個人の受験のための資料作成として実施したのなら、 有効な活用が望まれる。 偏差値は成績表に具体的にプリントされないが、 試算による数値は伝えられたようだ。 昨日、その結果をある生徒が持ってきた。 学年5位と高い数字が出ていて、 定期テストとは違う判定基準であることがよく分かった。 私も嬉しかったが、これは力が付いてきたということを証明であり、 何よりも本人が嬉しかっただろうと思う。 他のメンバーはどうだったのだろうか。 夏の成果の報告が待たれる。 このテストは11月、1月と、あと2回実施される予定だ。 高校側の受け皿がこのテストをどう受け止めているかは、 今のところ具体的な基準も、使われ方も定かではない。 個別相談で生徒の努力と実力が評価されることを願う。 来年から県の入試は、全科100点満点になる。 制度の改正に伴う細かい変更点が、このテストにも色々と出てくるだろう。 また、受験学年の後半3回だけでは、資料として乏しい。 力のある者が大失敗をすれば、それがデータとして使われる。 進路指導の基準として用いるのはよいが、よき指針が出来たと、 その結果ばかりに重きを置きすぎてもまた課題が生まれるだろう。 いずれにせよ、導入した以上、意義のある使用が不可欠。 公教育に競争という動きが出つつあることは、私は賛成だ。 過去の反省を踏まえ、中途半端で終わらない、 しっかりとした制度の定着を望む。
2008.09.18
毎回、塾の試験となると必ずいる。 「今日あるって知らなかったー」 「聞いてませーん」 と言う者たち。 小学生たちもみんな知ってることだよ。 何で君たちだけいつも知らないの? 自分で改善してみなよ。 こうしなきゃと、工夫してみなよ。 また次もそれでいいのかい? 教室には連絡事項をいつも貼り出している。 お知らせや予定、そして役立つ大切な情報を掲示し、 ボードには目立つように大きく連絡を書き込んでいる。 君らはここに来て学ぶ以上、それらを丁寧に確認し、 教室の約束や次の準備確認をする義務があるのだ。 それはここでのルール。 家庭教師の先生が来て連絡を置いていくのではない。 君らが来て、この教室を利用しているのだ。 塾との係わりを保ち、最大限役立てようとするのなら、 君の責任で観察し、把握していかなくてはならない。 それが私の姿勢。 なぜそんな基本が出来ない。 出来ない、いや、しようとしないのなら、 「聞いてないよー」などと言うものではない。 それとも何か? 小さい子のように、一つ一つ念を押し、 メモをポケットに忍ばせてあげなければ分からないのかい。 塾はな、 君らに自立を求めている。 学びを通じ、自分で考え行動できる成長を求めているのだ。 今回の地名トライアルで、知らなかったと言った者たち。 ここに何しに来ている。 ここは、君が学び、チャレンジする場ではないのか。 夜ここに来て頑張るのなら、視野をもっと広く持ちなさい。 担当の先生に教わり、ただ帰るのではなく、 教室を存分に使いこなしなさい。 教材も、情報誌も、ニュースも、データも、 みんな君のために用意してある。 そして連絡ボードには、特に大切なことが飾られている。 英検、漢検、北辰、補講、振替授業、試験結果、用意するもの、対策日程。 使いこなすのは、君らなのだよ。 今日、私から指摘され、北辰を申し込んでなかったことに気づいた受験生。 ボードを見ろよ。 基本だろ。 君のことだろ。 今回のトライアルは、7月の段階で発表し、生徒宅にお知らせも送った。 8月には専用の連絡プリントを送付し、念を押した。 教室には先月末からそのプリントを掲示し、 実施日と予習しておくようにとの指示を明記している。 大きく、目立つ位置に。 もう20日以上。 それでも知らないと言うのなら、 君がいかにいい加減に教室を出入りしているかという証明。 君は家に帰り、いつも試験を抜き打ちでやると愚痴るか。 さあ、吠えれば改善されるだろうか。 管理の甘さが原因なら、 君が工夫しない限り、次も同じではないのか。 周りを見なさい。 受験を迎え、やがて大人になっていく上で、 自分の行動に対する責任が問われるときが来る。 様々な情報を集め、管理し、使いこなしていくのは、 与えられたものをどう捕まえていくかという、君の姿勢にかかっている。 損するのは君だ。 その練習を、この教室という小さな社会でしてみなさい。 「今日あるって、聞いてませーん」 だから何だ。 今日やるんだよ。 君の姿勢など訊いてない。 小学生すら知っている、決められたスケジュール。 今日やるんだよ。
2008.09.17

今日から「地名トライアル」を始めた。 高校生を除く全塾生に、共通問題を課して実施している。 今日は小5から中3までが授業の後に残り、チャレンジしていった。 地名といっても、子どもたちが知っていて然るべき基本地名。 鳳至、石動、土庄、弟子屈、指宿、婦負、放出、胆振、国頭、千厩、 吾平、邑楽、梼原、宿毛、麻績、員弁、宝飯、加悦、占冠などを読み、 地図の位置を示せと言っているわけではない。 北海道、長野、埼玉、大阪などの位置と、 有名な県庁所在地を確認しているだけである。 世界の方も、ドニエプロペトロフスクとか、 ペドロパブロフスクカムチャッキなどの位置を問うているのではない。 アメリカ、イギリス、中国などの常識で知っておくべき国と、 少しの有名な首都や都市を確認しているだけである。 みなの常識がどの程度かは、全体が終わってから集計するが、 今日の答案を見る限り、結構空欄が目立っていた。 受験生で関東地方の県名が埋められない。 アメリカや韓国を知らない。 だって興味がないからではない。 知らなければ入試に勝てないのである。 また、そんなことも知らない生徒など、高校も欲しがらないだろう。 そこまで真剣に受け止め、レベルアップを図って欲しい。 今までのサボりのつけが出ている生徒たち。 何とかしろよ。 私が見て危険領域と判断した者には、しっかり追試を行う。 君のために必ず行う。 前回のトライアルの再追試を受けずに、不合格のままの生徒がいる。 このブログでも報告しているが、全部で13名。 約束の課題は準備が終わり、発送の段階だ。 連絡プリントでも掲示のお知らせでも、さらには口頭で督促しても、 動こうとしなかった君らに相応しい量の課題を用意した。 ぜひ楽しみにしていてくれ。 今週中に自宅に届くと思う。 親にも確認してもらい、正しく期限内に提出するように。 約束とはこういうもの。 真面目に立ち向かい、追試でほぼ満点を取った仲間とのミゾは、 君が自分の汗で埋めなくてはならない。 君は塾にいて、ここのルールに沿って学んでいる。 すべきことは私が示す。 自分は誤魔化せても、塾は誤魔化せない。
2008.09.16
私は昭和34年生まれ。 ロカビリーやビートルズには届かず、ガキの頃は歌謡曲を聞いて育った。 小学生の時、モノクロのブラウン菅には昭和歌謡が流れていた。 GS、演歌、いしだあゆみ、奥村チヨ、園まり、西郷輝彦、黛ジュン、 そして素敵な音色のムード歌謡のようなものが全盛だった。 学校の帰りによく「森とんかつ泉にんにく・・・♪」などと唄ったものだ。 小学生の終わり頃、ギターを弾きながら唄う新しい音楽と出会った。 長髪で、ジーンズを穿き、不思議な空気の中から奏でる音色は静かで素敵だった。 加藤和彦、カルメンマキ、ジローズ、もとまろ、中山千夏、赤い鳥、ベッツイ&クリス、ビリーバンバン。 後に、フォークというジャンルであることを知るが、 歌謡曲全盛の中で、彼らの存在は次第に大きくなっていった。 拓郎や陽水が出始める頃には、私はもう中学生になっていた。 ちょうどアイドル歌手が次々と登場する時でもあり、 アグネス、天地、南、郷、麻丘、西城などのアイドルと、 陽水、ガロ、チューリップ、かぐや姫などのフォークがごちゃ混ぜになり、 さらに演歌も健在という不思議な時期だった。 中学の終わりから高校にかけては、フォークと洋楽にはまった。 ビートルズやイーグルスに感動する一方で、 自分で作曲するフォークの世界に傾倒し、片っ端から聴いた。 そして、詩に共感していた。 今でもシングルが大量にあるが、すべて多感な当時の思い出だ。 中学の卒業の時は、六文銭の「出発(たびだち)の歌」をみんなで唄った。 高校2年の修学旅行のキャンプファイヤーでは、かぐや姫の「妹」だった。 ギターを買い込み、アルペジオやスリーフィンガーで格好つけていた。 教本は、「時代」の付録の歌本だった。 カポを付け、ピックで毎日弾いては親に叱られた。 フォークは素敵だと思う。 今はCDになり、手元にあるが、 やはりフォークの良さは、レコードをあのターンテーブルに置き、 歌詞カードを手に、初めの音を聴く瞬間ではないだろうか。 ヒスノイズが出るほど何度も聴いては、またアームを最初に戻す。 懐かしい思い出である。 私が高校時代から80年代前半かけてに出会ったフォークの中で、 今振り返ってみても、ベストと思えるものを挙げたい。 一部ニューミュージックと呼ばれるものもあるが、 私にとって思い出の曲であり、今でも聴いている。 「20歳のめぐり逢い」シグナル 「東京」マイペース 「ふれあい」中村雅俊 「いちご白書をもう一度」バンバン 「なごり雪」イルカ 「池上線」西島三重子 「コーヒーハウスにて」相曽晴日 「夢の跡」村下孝蔵 「秋桜」さだまさし(山口百恵) 「待つわ」あみん 「青春の影」チューリップ もう説明不要だ。 塾生の親御さんで同世代の方もいらっしゃるだろう。 きっと感覚は解っていただけると思う。 勉強から外れこういうのもたまにはいい。 ※「20歳のめぐり逢い」
2008.09.15
勝負のとき、人は誰しも勝ちたいと思う。 1本勝負なら、勝ちか負けだ。 ならば勝つことを望む。 だが2本勝負となると状況が変わってくる。 勝ち負けの他に、1勝1敗の引き分けが起きる。 この引き分けというものをどう受け入れるか。 それは、その人の成長を占う上でとても興味深い。 「引き分けなら十分じゃないか」 「いや、勝たなければ意味が無い」 こういった考えは素直に姿勢に出るものだ。 結果が引き分けだった場合を考えてみる。 負けなければいいという発想を持つ人は、 引き分けを受け入れ、1本でも勝ったという部分に視点を向けることが出来る。 こういう人は、守りを固めながら得たものを大事にし、堅実に伸びていく人。 逆に、勝たなければならないという発想を持つ人は、 1本勝ったということよりも、もう1本が負けたということに視点の大半が向いてしまう。 常に緊張感を持ち、攻め続け、得たものまでを曖昧にしてしまう人。 何が成功し、何が失敗したのか。 その線引きをしっかり出来るかどうかは、次の戦いに大きな意味を持つ。 引き分けは、五分である。 かたち上、勝負はついていないが、 その受け止め方により、本質的な勝負ははっきりとついている。 勝ちを疎かにする人は、その勝ちが定着せずにグラついても気づかない。 その分、次の勝ちを取りに行けばご破算になるのであろうが、 それは生産性のない行為だ。 1勝を大事にする人は、必ず伸びてくる戦略的な才を持っている。 ひとつの成功を基盤にしっかり保ち、 次の戦いにそのヒントを使い込んでいくことが出来る。 3本勝負なら、普通は2本勝ちたいと思う。 だが1勝2敗であっても、その1勝をどう見るかによって、 次の行動が変わってくる。 試験で失敗しても、その中で何か成功といえる手応えがあるのなら、 大切にしなければならない。 勝ちを前提とした勝負は、結果として負けを防ぐことに終始する。 そうではなく、 負けを前提とした中に、勝機を掴んでいくのだ。 そして一つ一つの勝ちにこだわり、武器にし、次に繋げていくのである。 これは本人だけでなく、周囲の考え方にも言えること。 ○○を失敗したではなく、 ○○は成功したという発想。 周囲がどう評価し、どう視点を示してあげるかによって、 次の一歩が違ってくるものだ。 1勝1敗の状態には、君を成長させるきっかけが眠っている。 なぜ勝ったのか、なぜ負けたのか。 その報告を君の手で、頭にしっかり刻まなくてはならない。 君自身がしなければならない。 そして「勝った」というストーリーを大切に記録するのである。 戦略というもの。 それは、優位な部分から切り拓いていくものだ。 君の今後のステップは、 その小さな成功の第一歩にある。
2008.09.14
明日は祝日だが、授業は平常どおりに実施する。 日程は間違えないように(23日も普通にやるぞ)。 教室は午前11時には開けるので、率先して自習に来て欲しい。 北辰の締め切りは16日火曜。 中3はもちろん、中1も実力の確認のためにぜひ検討を。 英検の締め切りは25日木曜。 検定は、挑戦することで自分を高めることが出来る。 年にそれほどチャンスはない(受験生は最終回)。 学びの秋に、自分の可能性と向き合ってみよう。 教室の改装だが、実施が延びている。 什器の品切れなどのトラブルがあったためだが、 今週末には実施出来そうだ。 また直前に報告したいと思う。 学校の勉強はどうだろうか。 体育祭などが重なりスケジュールが乱れているかと思うが、 中間試験もすぐやって来るぞ。 特に中2生は、重要・難解単元なので要注意だ。 電流は大丈夫か? 理科は毎年こいつで成績が大きく動く。 コツを教えるから、遠慮なく補習を申し出なさい。 3連休の折り返し。 君はどんな計画で過ごしているか。 修正が必要ならば、残ったあと1日を大切に。
2008.09.14
私が最も講師に望むことは、決められた日時にここに来ることだ。 正しくここに来て、手順を守り、 生徒たちに正しくエネルギーを注いでいただく。 何よりも望むことである。 指導における技術は、育てることが出来る。 だが、来る来ないは絶対的なものであり、スタートを意味する。 どんなに力量があっても、定時に居なければ 「無」 である。 生徒は来る。 講師に会いに、学びに来る。 各家庭の事情の中、決められた曜日の決められた時間に塾との係わりがある。 それが何を意味するかよく考えれば、 冒頭の言葉の趣旨は解るものかと思う。 種々の都合でスケジュールの変更を申し出てくる講師がいる。 致し方ない事情であれば、相談し、対応を打ち合わせるが、 本来、安易に変えられるものではないということを、 常に意識しておいていただきたい。 それは、私ではなく、生徒が保護者が望んでいること。 親御さんの仕事や、兄弟の習い事。 食事の時間や用意、送り迎えと、様々な事情が絡んでいる。 講師たちには、 そういった家庭の事情と連携して今の日程が組まれているのだということを、 理解しておいて欲しい。 塾の都合でご家庭に日程変更をお願いするのは本意ではない。 だが幾度となくお願いすることになってしまっている以上、 試験前の補習など、何らかのかたちで還元していきたいと思っている。 授業の時間割は、教室運営の要である。 どんな仕事もローテーションを組み、成り立っている。 学校の先生が都合よく休めるだろうか。 授業を別の日に振り替えることができるだろうか。 講師に都合があるように、クラスの生徒にも都合がある。 変更のリスクは、講師と生徒との間だけではない。 背後には家庭があり、 また、生徒本人の学習のリズムも意識していなければならない。 教えるという仕事は、労働時間だけでは量れない、 人と接する深い仕事なのだ。 相手が子どもだけに、機微に渡る配慮が必要なのである。 決められた時間にここに来て、生徒を迎えるという意味を、 すべての講師たちに、もう一度再認識していただきたい。 そして、自分なりの存在軸を改めて見直して欲しい。 自分が何と係わり、どういう役割でここに足を運んでいるのか。 教室の主役は生徒たちだが、 営みの主役は、あなたたち講師なのだ。 その意味を、自分の軸と照らし合わせ、考えてみて欲しい。 自己都合でいつでも変更できると解釈している講師は、ここにはいらない。 教務という仕事を安易に考えている講師は、ここにはいらない。 それが私の結論。 私は体を張って生徒を守る。 それだけだ。
2008.09.13
中3生の理科は天体に入ったのだが、 これを苦手とする生徒が意外と多い。 第二分野だけに、用語もそれなりに出てくる。 また、メカニズム的な概念の理解も必要とされる。 一部、数値を用いた計算があることも、その理由の一つだ。 天体というものは、余り親からも直接教わらないジャンルである。 子どもたちは小学校の授業で習った程度のことを、 曖昧に抱えたまま中3を迎えている。 「太陽が西から昇る」 「星座はプラネタリウムのように天に張り付いている」 「月は光を発している」 といった、誤った考えを持つケースも予想以上に多い。 メカニズムという言葉を使ったが、 天体の肝はまさにその部分の理解にある。 なぜ○○なのかを正しく説明できるかどうか。 細かい用語知識は、その説明のための道具として一緒に習う。 星座は平面上で形を描いていると思っている生徒が多いが、 実はその一つ一つの星には、もの凄い遠近感がある。 地球からの距離も関係し、それぞれの光る強さも違って見える。 こういうことを具体的に図を使い説明してあげると、 みな「へ~」と発見のまなざしを見せる。 私は、こういう発見と理解の積み重ねが大切なのだと思う。 用語をただ暗記するのではなく、 メカニズムを知り興味を持つことが、何よりも大事に思える。 それが次に繋がっていく。 次に質問を並べてみる。 試験で○になる解答を考えてみて欲しい。 意外と難しいことが分かるかと思う。 1 なぜ昼と夜があるのか 2 太陽や星が東から昇り西に沈むのはなぜか 3 季節(年を通じた気温の変化)が生じるのはなぜか 4 宵の明星とは何で、またなぜその位置に輝いて見えるのか 5 オリオン座が夏に見られないのはなぜか 6 木星は満ち欠けをしないのに、なぜ金星は満ち欠けをするのか 7 しし座が夜中に南中する季節では、日の出の時しし座はどの方位に見えるか 8 秋分の日の赤道と北極では、太陽はどのような移動を見せるか 9 北斗七星の8時間の動きを、図を描いて説明しなさい 10 冬至の日に支柱にできる太陽の影が、どう移動していくか作図しなさい このような問題が、仕組みを理解し正しく述べられれば、 この単元はほぼ理解できていると思っていいだろう。 親御さんもトライしてみて欲しい。 「説明するとなると、けっこう難しいのね」 たぶんそう思われたであろう。 子どもたちはそれをこなし、さらに用語を覚え、多くの問題に当たっている。 もちろん、他の教科の勉強も並行しながら。 「何よこれ、勉強不足でしょ」と、ただ試験結果を叱る前に、 こんなことを学んでいるんだと知っておくことは、 言葉を選び一緒に考えていく上でも、有意義である。 子どもたちは、子どもなりに頑張っている。 私はいつもそう感じている。
2008.09.12

ちーちゃんは、小6の終わりの頃から通っている。 今中3だから、ここの仲間になってもう3年になる。 教室にはもっと古い仲間が8人いるのだが、 ちーちゃんは、何だか人一倍古くからここにいるような気がする。 天然で、明るく、おっとりした、とてもいいヤツ。 彼女の人柄からか、同じ中学の仲間も増え、 今は11人になった。 彼女には苦手としている科目がある。 中学に入ってからずっとその科目に苦しんでいる。 でもちーちゃんは、負けず嫌い。 失敗しても、何度も何度も挑み続けている。 そのちーちゃんが、今年の1学期の終わり頃から変わった。 ちょうど期末の準備期間の時、毎日のように自習に来ていた。 苦手な科目や暗記をコツコツとやった成果が出て、 試験結果も大きく伸びた。 ちーちゃんは夏休みも随分長時間頑張っていた。 先日記事にした 「基地」 の一つは、彼女のものだ。 24時間特訓では眠気と闘い大変だったが、 それでも最後までやり遂げた。 北辰はどうだったのだろう。 社会が凄く出来たと嬉しそうに語っていたちーちゃん。 まだ結果は来ていないが、伸びていることを期待している。 ちーちゃんは今日、授業の後に残り、自習していった。 「塾長~、理科と社会のプリントくださ~い」 天体のプリントを渡し、公民は教科書を読み憲法を覚えろと指示すると、 彼女は憲法のページをコピーし、懸命に覚えていた。 教室の隅で。 一人で。 自分に立ち向かうカベと闘うように。 伸びるだろうと思う。 いや、伸ばさなくてはいけないと思う。 芽生えてきた闘志を称え、ぎりぎりまで力を貸してあげたい。 いつも笑顔で「塾長~」と尋ねて来るちーちゃん。 私の言葉を真っ向から信じ、実践してくれるちーちゃん。 失敗ばかりしていたコピーが上手になり、 カバンには宝が一杯だ。 頑張ろうな。 あと少し。 結果がすぐ出なくても慌てるな。 君の素直さは、必ず花を咲かせ、実を結ぶから。 真剣に聴き、健気に頑張ろうとしている。 そんな素敵なちーちゃんを応援したい。 夏の終わりの風景。 顔を隠しても、ボードの頑張りはしっかり写っているぞ。
2008.09.11
国語の成績は上げようとしてはいけない。 国語の力というものは、自然と定着、安定してくるもので、 学問で語られる、いわゆる 「基礎」 「定石」 というものとは、 微妙にズレた位置関係で存在している。 よく本を読めば国語が出来るようになると言われるが、 国語の力と読書量は必ずしも比例しない。 大切なのはその 「読書漬け」 になった時期である。 幼児期から小学生の頃に、他人の何倍も本を読んで育った子は、 読解に役立つ処理信号が感覚的に身についている。 だが、中学生になってから読解力をつけようと本を読み耽っても、 成果がかたちになる前に、大抵は時間切れになる。 目的が成績アップのためであり、 本来の読書の意義とズレているからだ。 読書によって培われる読解力とは、目に見えない漠然としたものである。 その漠然としたものが重なり合い、パターンごとの分析力として定着していく。 それには時間が必要なのである。 小さい頃から本を読ませる意義は、その時間を与えるという点にある。 もし、あなたがすでに中学生以上の年齢で、国語の成績を上げたいのなら、 読書ではなく、別の方法を模索すべきだ。 方法はある。 「書く」 ことである。 自力で文章を書いてみるのだ。 書くと言っても、メモ書きや仲間うちの伝言メールのようなものではない。 課題を決め、文章の型を学ぶ前提で頭をひねってみるのである。 生徒に文章記述の問題や作文を書かせることがあるが、 それなりに 「書ける」 生徒は、ほとんど例外なく国語の成績が良い。 彼らはなぜ上手く書けるのかと言えば、 「書く」 という経験を何度も積んできたからだ。 文章のツボというものは、書きながら自然と身についてくるものだが、 書かなければ永久に上達しない。 読書のように、文章を 「目で追う」 ことと、 表現を考え修正しながら、文章を 「書く」 ことは、 同じ文章に向き合う行為でありながら、根本的に違う。 書けるようになるということは、文の構造や流れを把握すること。 語句の意味、係り受け、主述関係、 さらには助詞、助動詞の働きに至るまで、文を細かく理解し、 次の文との関係や、段落のあり方まで把握することだ。 それは読む上で、それこそ目に見えない武器になる。 書ける力を持っている者は、読み解く力も自然と身についているものなのだ。 では、書く練習をすればすぐに国語が得意になるのかと言えば、 これもやはり時間が必要だ。 しかし、「読む」 よりも数段早く結果は出てくるはずである。 初めに、国語の成績は上げようとしてはいけないと言ったが、 国語には、こうすれば上達するという直球がないのである。 直球がないだけにみな苦しみ、 漠然とした学習に終始し、平均であれば良しと妥協していく。 語彙力は別で鍛えることは出来るが、 ただ知識として機械的に暗記した語句に、価値は薄い。 生活や文章の中で使いこなせてこそ、身についたと言えるものだ。 だから読書で出会った語句は、調べ、意味を把握し、 次に自分の筆記や会話の中で使っていくという循環が大切になっていく。 国語は成績を意識すればするほど、 技術に走り、本筋を見失っていく教科である。 確かに過去問などを大量に解けば、問題の型は学べる。 色々なパターンの問題を科学的に配分し、訓練すれば、 得点力も上がるだろう。 塾ではその技法を取らざるを得ないが、 本来の国語力を鍛えるためには、 「書く」 という習慣も忘れずに実践して欲しい。 国語の力は、あらゆる教科の、あらゆる問いと解法と記述に関係してくる。 勉強のし方が分からないと、蔑ろにしてはいけない。 社会科などで、問いの意味が分からないという生徒がたまにいるが、 ならば電話帳(過去問)の問いの部分だけを片っ端から読み、 スムーズに読解できるか練習してみればいい。 短文記述の問題なども、何度も書き、校正を重ねていけば必ず上達する。 そのうち、ピタッとはまる時が来るはずだ。 分からない、出来ないと言っていても、進歩はない。 書きながら、読みながら、文書というものに慣れるように、 文字の世界に触れる時間を増やすのである。 私はこうして偉そうに文章を書いているが、 決して文章作法を学んだわけではない。 何度も読み、何度も書き、 慣れただけに過ぎない。
2008.09.11
せっかく欠席授業を振り替えても、 来ないんじゃなあ。 みんな、スケジュール管理はしっかりしような。 一回一回のロスはもったいない。 先生たちも準備し、授業計画を立てて待っている。 振り替えや宿題、提出物などの連絡事項は、 必ず専用メモに控えよう。 教材や使用したプリントなどに書いているから、忘れる。 手の甲に書くのもダメだ。 メモ帳を用意しなさい。 日々大切に。 そして、塾との関わりも大切に。 試験もすぐ来るぞ。
2008.09.10
ここに来て中3生の動きが活発だ。 問い合わせや、入塾についてである。 夏期講習の延長を含め、すでに3名。 さらに2名の仲間も、入る前提で体験を重ねている。 受験が迫り、いよいよ本腰で自分に磨きをかける時。 今までの勉強の流れと成績の移りを考え、 やらざるを得ないという覚悟が生まれているのだろうか。 みな決して親主導ではなく、真剣に自分から行動を起こそうとしている。 わが教室は、そういう生徒は限界まで受け入れる姿勢でいる。 ○○高校に入りたい。 頑張って成績を上げたい。 そういう、眼に輝きを持った子どもたちを、 わが教室は、 もう締め切りましたと役所のようにゲートを下ろしたりはしない。 仮に偏差値が40であっても、 技術を与え、その子がここで頑張ることで、 偏差値が45に上がる可能性があるのなら、 私は徹底して面倒を見る。 その「5」という数値は、その子の進路を決めるだけでなく、 その先の高校での頑張りに繋がっていく。 受験時の苦労と伸びが、高校の学びに重なっていく。 常にそう思って、生徒の笑顔を引き出そうと腐心している。 事情があり、この9月まで塾の経験がない子もいる。 経験がないからと、後手に徹することはない。 今日からすべきことを丁寧に消化していけばいいのだ。 素直に学び、自分のために夢中になれる。 私はむしろ、そういう子を大切にしたい。 昨日も、そんな期待を感じさせる子が仲間になった。 彼女の眼は輝いていた。 初めて会った面談の時も、体験を終えた後も、輝いていた。 私の経験からして、間違いなく伸びるだろう。 塾が初めてということに、何も不安を感じることはない。 慌てることもない。 足場をしっかり固め、ついて来い。 難題をいっぱいあげよう。 こんなことも知らんのかと、厳しく叱ってあげよう。 君は2回くらい泣くだろうか。 辛くて、悔しくて、止まらない涙。 その一つ一つの経験を自信に変えていくのは、誰でもない君だ。 今までの足跡が曖昧ならば、検証すればいい。 明日の手順が分からなければ、ここで探せばいい。 仲間はいるぞ。 君を支えてくれる先生もいるぞ。 眼の輝きをしっかり守り、 その時に大切と感じられる記録を残していけばいい。 ゴールまではもう少し。 君を大事にしてくれる人に、常に感謝しながら、 踏み出そう。 道具をしっかり抱え、 素直な第一歩を踏み出そう。 けやき通りの風情が寒蝉から枯葉に変わるころ、 強く伸び、成長している君がいる。 そんな明日が、もうすぐそこにある。 君の眼の中にある。
2008.09.10
「小さな時間を大切にする」 「一点に集約する」 「整理・分類し強弱をつける」 「使い易く加工し機能化させる」 「定期的に点検・確認する」 「反復し頭に刷り込む」 「道具を絞り込む」 「記録をファイルし蓄積していく」 「誰のための学びか」 学習は、これらを意識することで、 劇的に変わることがある。 君はどの程度意識しているか。
2008.09.09
其の一 「今のところで、よく解らないやついるか~?」 生徒数の多い集団クラスなどで、講師が生徒たちに聞く。 授業の進行上、よくある風景だ。 解らない者は手を挙げろと、講師が全体を見回す。 だが、手を挙げる生徒はいない。 と言うか、挙げるわけがないのだ。 下手に手を挙げれば、授業の流れの妨げになるばかりか、 講師に非難されることが目に見えている。 「何だ、お前、こんなことも解らんのか」 「お前、さっきの説明ちゃんと聴いてたか?」 「またお前かよ、じゃあ終わったあと残れ、課題出すから」 こんなことを言われてまで、手を挙げようとする者はいない。 そもそも、 「今のところで、よく解らないやついるか~?」は、 さあ次にいくぞという、一つの号令に過ぎない。 それに対し素直に反応する生徒もいなければ、 講師も 「どうせ反応がないだろう」 という前提で語っている。 意味のない暗黙の了解だ。 その証拠に、 「今のところの説明、よく解ったやつ~」 なんて聞いても、誰も手は挙げない。 手を挙げれば、何か余計な作業が増えるかも知れない。 突っ込まれ、墓穴を掘るかも知れない。 だったら、リスクを避け静観するに限る。 この手のやりとりには、 このような無反応が当然のような空気がある。 だから、 「今のところで、よく解らないやついるか~?」 と、聞くこと自体ナンセンスなこと。 講師の言葉に、生徒は気付かれないように周りを見回す。 しかも他人事のように。 解ったのかどうか、本当に判定したいのなら、 講師も工夫しなければ意味がない。 例えば、まず全員に手を挙げさせ、こう言う。 「解ったやつだけ、手を下ろせ」 だいぶ違ったリアクションが見られるだろう。 いずれにしても、 「今のところで、よく解らないやついるか~?」 という台詞が板につき、 勝手に講師のペースで進んでいく授業ほど、 生徒の理解をないがしろにした、三流授業である。 生徒の反応や機微に触れた、細かい進行を意識するなら、 こんな台詞は絶対に言わない。 脚本にあってはならない。
2008.09.09
生徒たちが、北辰の自己採点を語り合い、盛り上がっていた。 社会は簡単だったのだろうか。 満点(40点)だとか38点だとか、景気のいい点数が聞こえる。 その分、理科が難しかったようだ。 5科で自己ベストの声もチラホラ聞こえる。 偏差値換算表で、およその予想偏差値をはじき出す。 ガッツポーズをした者。 大切な時に手応えを残せてよかったな。 今日授業をした生徒は、3人とも社会に関しては満点だと言う。 本当かどうか、答案が返ってきてから検証しよう。 まあ、今日の授業前、授業後は、 お祭りで良し。
2008.09.08
さあ困った。 T西中の3年生。 社会科がまだ「戦後の民主化だ」。 公民の「こ」の字もない。 どうするのだろう。 前回の授業。 農地改革・財閥解体などを簡単に語句を列挙して終えたらしい。 何をやっているのだろう。 昨日の北辰テストには公民も出題された。 3問なら、5科偏差値1.5に相当する。 どう弁解するのだろう。 今週からは体育祭の準備に入り、慌しくなる。 授業はしっかり確保できるのか。 どう計画し、指導しようとしてるのだろう。 弱ったものだ。 学校の授業を大切にしなさいといつも言っているが、 この件に関しては言えないね。 だって、学校に合わせていては手遅れになるから。 今後の北辰も、受験も待ってはくれない。 塾はそれを前提に進める。
2008.09.08
二学期に入り、塾の問い合わせが増えてきている。 夏期講習からそのまま継続でという生徒もいるが、 外部からの新たな問い合わせが、いつになく多い。 広告は何も打っていない。 夏休みも一切宣伝しなかった。 以前からここが気になっていたとか、 地元で前からここで頼みたいと思っていたなど、 有難いお言葉をいただいている。 塾生の親御さんの知り合いや、塾生の友人も多い。 再三ここにも書いているが、 わが教室は強制的な勧誘を一切しない。 生徒たちに肌で感じてもらい、 親御さんも含め、納得の上で入塾の判断をしていただいている。 美辞麗句で誘い、強引に引き込もうとする塾もあるのだろうが、 私のところはオープンなので、まったくあり得ない話だ。 飛込みで面談に来られても、 体験設定にならなければ名前も電話番号も訊かない。 通塾の目的が教室の方向とずれている方には、 うちはやめた方がいいと平気で言ってしまう。 仲間になる以上、真剣に頑張ってもらいたい。 また、頑張る生徒には、塾はとことん応援する。 その至極当たり前の塾のあり方を、 昔も今も踏襲し、生徒たちの笑顔に還元している。 もし教室に興味がおありなら、一度お越しいただきたい。 勉強に対する悩みなど、気軽にいつでも相談の時間を作っている。 そして実際の生徒たちの様子を見ていただきたい。 中3生もまだ募集している。 うちは受験が近いからとゲートを閉めることはしない。 受験の2週間前でも、その子の可能性が引き出せるのなら、 入塾を許可している。 飽くまでも 「子どもにとっての教室」。 その方針は、常に地域一番を視野に、 ずっと変わらずにいる。
2008.09.07
与えられたものを貪欲にこなす生徒は、どんどん伸びていく。 よく、「闇雲にやってはダメ、計画性が大事」と言われるが、 それを上回る貪欲さと行動力があれば、何ら問題はない。 私はよくこれをやっておけと、プリントやリストを渡すが、 当日か翌日のうちに徹底してこなしてしまう生徒がいる。 本来なら解いたり暗記したりの計画を、 他の作業とのバランスの中で決めていくのだろうが、 彼らの場合は即ものにするという前提で、すぐに行動に移す。 「昨日渡したやつ、よく見とけよ」 「あっ、夜中にやって、もうほとんど覚えちゃいました」 こんな会話が普通になる。 計画にこだわる生徒は、 自分で計画を立てながら、自分自身を縛ってしまうことが多い。 ずぼらに攻めていく生徒は、元々細かい計画がないので、 行けるところまで一気に行ける。 大事なのは計画を守ることでも、予定内容をまっとうすることでもない。 いかに行動し、成果を残すかなのである。 計画をこなしたという記録と、これをやったという記録は、 180度違う。 「今日はこれをやり、こいつをこれだけものにした」という報告文が、 就寝時に自分に向けて書けるかどうか。 日々、攻めている者と、計画を機械的にこなしている者の違いは、 そういった振り返るという行為の中に明確に出てくるものだ。 誰しも、明日からやろうと、色々な作戦を練ったことがあるだろう。 さあ、それでいつも成功しているだろうか。 やるべきことを見繕った時点で、目の前にやるべきことがあるのだ。 ならばそいつを、今から崩しに行けばいい。 計画というものは、期限とすべき量が決まっていて、 それを分配し、割り当てていく時に役に立つもの。 毎日の学習においては、型にこだわることなく、 どんどん攻め込み、吸収した者に、間違いなく軍配が上がる。 ほんの少しでもいいのである。 考えたり先送りする前に、 貪欲に、ひたすら向き合って欲しい。 そして、これをものにしたという積み重ねを、 一日単位ではっきりと残せればベストだ。
2008.09.07
ブログ開設からちょうど1000日目らしい。 初めのうちは余り書いていなかったので、 実際に書き込んだ日数はもっと少ない。 開始半年後からは、一日も休んでいない。 振り返れば、連投はもう2年4か月になる。 よく持ったと思う。 1000日を節目に、 自分の中で大切にしているエントリーを、 テーマごとに幾つか拾ってみたい。 リストをまとめて載せる予定だ。 それとは別に、敢えてここで言わせてもらうが、 私の書いた内容と極めて同じ内容の記事を、他のブログでよく見かける。 私はよく方法論や精神論について書くが、 どう見てもこれはパクリだろという日記を、後日何度も目にした。 中にはテーマをヒントに微妙にアレンジされたものもある。 テーマは共有のものなので私の関与する部分ではないが、 その先の技術的な部分や考え方を、 引用や紹介ならともかく、自分の発想のように書き連ねるのはいかがなものか。 それに対するコメントへの返答も、まるで我がもの顔のように語られている。 同じ職種の者が、似たような経験と環境の中で考えること。 「たまたま」ということなのだろうか。 手順や細部までかなり似たものもあるが。 たまたまなのだろうか。 私のブログをリンクされている方も、そうでない方もいる。 楽天の方も、そうでない方もいる。 このブログも定期的に巡回されているはずだ。 数年前から何度も書き、温めてきた意見や方法論を、 自由とは言え、都合よく(自分の発想のように)使われては、 やはり残念としか言いようがない。 あちこち巡回される方なら、 第三者で気付いている方がいらっしゃるかも知れない。 たまたまであることを信じ、今後の推移をみてみるか。 1000日の経過を迎え、敢えて指摘させていただいた。
2008.09.07
「受験生の君へ」 もう今から書いても、受験生は誰も見ないだろう。 でも何故か、書いておきたいと思った。 明日は北辰の決戦日。 この第4回がどれだけ大切かは、君たちももう知っていると思う。 中1から続けて受けて来た者は、今回が10回目の北辰だ。 中にはまだ2回目という者もいるだろう。 北辰は県の模試だが、ただの実力判定模試とは違う。 偏差値による合否判定も出るが、その結果を君は自身の面談で提示する。 どんな結果が出ても、それが君の力として記録され、 私立の進路確約を決定付ける武器となるのだ。 俺は本当はもっと出来る。 君がいくら吼えても、結果は変わることはない。 刻まれた成績記録が、素直に君の実力となるのである。 塾で、私を始め色々な先生が、何度も語ってきた9月北辰の意味。 君たちはもう十分に分かっていると思いたい。 今までの北辰は今回のための助走期間。 それは私の台詞ではなく、高校の担当の先生の意識でもある。 先生方も構えている。 その結果を手に相談会に訪れる君たちを待っている。 私は、君たちに自信を持って笑顔で相談会に行って欲しい。 そして確約の知らせをしっかりと持ってきて欲しい。 この夏、随分と厳しいことを実行してきた。 やる気がないのなら帰れと何度も叱り、檄も飛ばした。 すべては明日から始まる、君の受験のためだ。 受験は個人で戦わなくてはならない。 塾で友と支え合い、刺激し合い、励まし合っている君たち。 そういう学びは貴重であり、大切にすればいい。 だが、試験というものは、突き詰めれば自分との闘い。 悩み、迷い、苦しんでも、結論は君が自力で掴まなくてはならない。 そういうスタンスの訓練を、塾は夏のあいだ何度も重ねてきた。 今までの訓練と試練は、君にとっての 「闘い」。 だがこれからは、君が自力で向き合うべく 「戦い」 なのだよ。 明日の試験はそのデビュー戦。 長時間準備し、鍛えてきた技量を、 君なりの執念の魂を、 しっかりと答案に刻んできて欲しい。 君の人生にはこれから様々なハードルがあるだろう。 でもその向こうにはその都度幸せな瞬間が待っている。 君だけの財産。 そいつを掴むのは、誰でもない、君だ。 君が汗をかき、頑張り、乗り越えていくことで手に出来る素敵なもの。 大切にしろよ。 さあ、明日その第一ハードルがやって来る。 越えなければならない。 しかも納得のいく姿勢で、余韻を残し。 出来るかなではない。 出来なくてはならないのだ。 そのための期間が、苦闘とともに君の中にある。 そうではないのか。 君らしさを刻んでこいよ。 堂々と淀みなく、軸に自信をかざしながら。 最高の答案を提出してこい。 15の戦い。 決戦はもう遥か遠方に見えている。 大きな予感をしっかり感じてこい。
2008.09.06

北辰の過去問を解いた結果らしい。 おお・・・・ これは・・・・ 彼は今日も11時間教室で闘っていた。 本番で好結果が出るといいな。 他のメンバーも今日はいつになく真剣だった。 みんな、明日、頑張れよ。
2008.09.06
手帳を10冊、携帯を5台。 いつもカバンに詰めて持ち歩いている人はいない。 手帳は一冊に書き込んでいく。 携帯は一台で使いこなす。 手帳にしても携帯にしても、 あらゆる情報が一つに集約されているから便利なのである。 判りきっていることなのだが、 その考え方を勉強に利用している人は少ない。 携帯の記録情報に比べ、勉強における学習情報の量は、 比較にならないくらい膨大なものだ。 複雑、膨大な情報ならばこそ、その管理に工夫が求められる。 バラバラに抱えていては、効率のよい管理は出来ない。 いかにコンパクトに集約していくか。 そこに視点を置きたい。 携帯に収められた電話帳も、履歴も、 すべて用途別に機能化されているから使いやすい。 学びにおける記録も、項目や機能をもっと意識すれば、 上質な情報源として使いこなすことが出来るはずだ。 以前より一冊のノートに集約せよということは語っているが、 みな、なかなか実行できていない。 「集約する」 ということはどういうことか。 例えばあなたが大型スーパーに買い物に行くとする。 30品目買うものがあれば、あなたはメモをしてから行くだろう。 まさかブツブツ唱えながら懸命に暗記しようとはしないはずだ。 では、そのメモはどうだろう。 「牛乳・洗濯バサミ・週刊誌・ひき肉・単三電池・靴下・明日のパン・シャーペンの芯・ペットフード・ゴミ袋・卵・延長コード・頭痛薬・CD・・・・」 と、バラバラに書くだろうか。 食品は食品、雑貨は雑貨と、区分して書き分けるのではないだろうか。 それは売り場を想定し、効率のよいメモを作ること。 まさに、情報の集約を無意識に行っているのである。 学習においても、このコーナーごとの区分はそのまま応用出来る。 様々な知識や暗記事項が、脈絡もなく混在していては、 頭に収めようにも収められない。 インデックスを打ち、分類していく。 ドキュメントファイルのように、区分しながら放り込んでいくのである。 情報が集まりファイルが厚くなったら、さらに細かく区分し、 質や優先順位をはっきりさせていく。 こういった一冊に 「集約する」 という作業は、 情報が多く複雑なほど効果が望めるものだ。 携帯や手帳がなぜ一つなのか。 なぜ十もあったら不便なのか。 身の周りに氾濫しているテキストやプリントをよく見てみよう。 そして要不要を見極め、重点を書き抜き、区分けし、 自分のインデックスに収めてみよう。 成績はその一冊の機能性に比例して表れてくる。
2008.09.06
切り札が何かということは、本人しか知らない。 それはまた、見方を変えれば、 「本人にしか分からないもの」 でなくてはならない。 あいつは○○が得意だとか、○○が強いとかいう言葉は、 他者から見た一定の対象に向けての評価であり、 必ずしも本人の切り札とは重ならない。 人にはみな切り札があり、また弱点がある。 力を試された時、その配分がどうかによって、 結果と序列が生まれる。 切り札を持ち得ても、大量の弱点を同時に抱えていては、 好結果は蓄積されていかない。 切り札がほとんどなくても、弱点がない身であれば、 手元にはそれなりの結果が残る。 人はみな、ならば弱点がなければと思う。 そして苦手を克服しようと、弱点中心の時間編成に没頭していく。 さあ、どれだけ成果が出ただろうか。 しばらくして振り返ると、掛けた時間の割りに伸び悩んでいる自分に気づく。 あれだけやったのに。 こんなに頑張ったのに。 弱点はいつまで経っても離れて行こうとはしない。 肝心なものを忘れている。 切り札である。 切り札は自分が攻めていく時の武器。 それを磨き、鍛えることを忘れてはいけない。 弱点はいくら改善しようとしても、消えることはない。 だが進行形の切り札は、放置すれば精彩を欠く。 磨かなければ必ず錆び付く、本来弱いものなのだ。 弱点を無くそうと動くのなら、 そのエネルギーを切り札の生産に精一杯託したい。 弱点が悩みなら、それを覆い尽くすほどの切り札を確保すればいい。 成績が伸びない者の発想は、 弱点にばかり目が行き、獲れるべきものをいつも逃している。 逆に、成績が伸びる者の発想は、 弱点があるのなら、それを遥かに上回る数の得意な対象を育てていこうとする。 学力のキズを修繕し、平均を目指すのなら、 その時間を別の強みの部分に注ぎ、全体としてのレベルを上げてみる。 とても大事な発想だ。 切り札というものは、君の中に必ずある。 それが何であるかは、他者には見えない君しか知らないもの。 君が探し、照準を定め、磨くのである。 弱点が100あるのなら、 切り札を1000蓄積すればいい。 弱点を80、70と減らしていく作業と、 切り札を100、200と重ねていく作業。 どちらが有意で希望の持てる取り組みかを、ぜひ考えてみたい。 痩せた畑を耕し、汗をかき、再生に思案しているのなら、 その時を、新しい土地に種を蒔き育てるという行為に注ぐのである。 一つ一つの種は、知識になり、君の切り札になっていく。 攻めるということは、そういうこと。 だがそれは、守りを疎かにせよということではない。 守る暇がないくらいに攻め続け、使える武器をしっかり確保せよということ。 切り札を幾つも装備した自分の陣形に誇りを持てということだ。 いくら弱点を覆い、消そうとしても、 守りに徹し、難攻不落の牙城をどんなに築いても、 攻め切れない陣形では戦えない。 弱点の修繕に明け暮れ、手応えが未だに掴めないでいる君。 君は何で勝負に出ようとしているのか。 発想を一度替えてみてはどうだろう。 戦うための切り札は、自分が鍛え、増やし、大きくしていくものだ。 それは君にしか分からない、 常に力を秘めたものでありたい。
2008.09.05

秋恒例、学期の節目の改装を行う。 今週末に実施の予定だ。 生徒も講師もやや戸惑うかも知れないが、 教室の空気が新鮮であるためには、定期的なリフレッシュは必要だ。 また今月は、一部のクラスのみ、編成の見直しも行う。 2学期も始まり、勉強も軌道に乗るころ。 真剣に学べ、かつ楽しめる教室を作れたらと思う。 とにかく、マンネリを一新する。 ↑ これは関係ない
2008.09.04
地元の中学で、今週末(6日)に体育祭を行うところがある。 夏休み明け、始業式の日から連続5日は、 毎日ハードな練習で生徒たちもへばっているようだ。 この中学はいつもこの時期に実施するのだが、 まだ残暑厳しい9月第一週に、 過密スケジュールで実施する利点があるのだろうか。 受験生たちは翌日7日が北辰テストである。 その県公開模試の大切さは、ここでも何度も触れてきた。 本来ならば前日は塾で入念な対策を行うべきところ、 生徒たちは陽が傾くまで競技で汗だくだ。 体育祭というものは以前はもっと涼しい時期に行われた気がする。 自身の学生時代の記憶でも、当日に赤とんぼが飛んでいた。 今週はまだ夏ですよね。 体育祭は体育の日、文化祭は文化の日あたりにあるから味がある。 そんなことを言っている私は古いのだろうか。 そうかと思えば、別の地元中学では、 北辰の日が体育祭という年があった。 その時の塾生の対応を今でも覚えているが、 もし雨天なら延期なので、それを見越して北辰の申し込みだけはしていた。 そんな生徒が学年に相当数いたという。 まあ、当日は確か晴れたのだが。 ここは今年も年間スケージュールで重なっていたのだが、 クレームがあったのか、どうやら1週間日程をずらしたようだ。 さらに別の中学では、英検と公開授業が同じ日曜で重なったこともあった。 生徒が心身ともに没頭できる日程管理を、 対外的なことも配慮しながら、打ち出すのが大人の仕事。 何だかしっくりいかない日程が、いつも2学期に集中する。 生徒たちよ、体を壊さず頑張れ、 としか言いようがない。
2008.09.04
あなたは絵を描く。 室内の道具を題材にした、油彩の静物画。 あなたは画材を揃え、イーゼルを立て、 真っ白なキャンバスにデッサンを始める。 単調な線を何本も重ね、輪郭と材質を描いていく。 やがてあなたは、背景に着色を施す。 色合いに注意しながら、 初めは淡く、そして次第に重く、濃く。 何度も塗りこみ、光と質感を表現していく。 次にあなたは静物に筆を向ける。 キャンバスの中心にあるそいつを目掛け、 命を吹き込むように、 大胆に強く、色を刻んでいく。 細密に、時には全体のバランスを考えながら、 遠近感に注意し、輪郭の影と光を忠実に捉え、 躍動する主役に、際限なく重ね描きをしていく。 最後にあなたは、全体への手直しと修正を加えつつ、 題材にそった完成品へと仕上げていく。 絵画には手順がある。 主役が静物だからと、いきなり油で鮮明に描いたりはしない。 デッサンし、淡彩で輪郭を捉え、次第に濃い色で形を描き、 最後の仕上げに、微妙な色合いと質感を描きこむという段階を踏む。 それが表現手順として最も理にかなっているからだ。 これを学びの世界に復元してみる。 まず全体をザッと押さえ、主題をかたちとして捉える。 そして各項目の要点を、全体の流れを掴むように確認していく。 流れが把握できた時点で、より深く細かく、 理解を前提とした学習に移行していく。 まず何から始め、何を浅く、何を深く押さえていくか。 主題であるポイントはどこなのか。 それが中心に鮮明に描き切れているか。 そんなことを意識してみると、 まるで絵画の制作と同じだなと思う。 出来上がった作品は、あなたが記憶にしまっておく学習地図。 そんな作品が何千枚も保管されているのが、学びの世界。 慌てて主題だけを拾ったものは弱い。 主題を理解し自分のものにするためには、 主題を引き立たせる背景があり、手順の伏線がある。 そして理解という存在感を持たせるには、 何度も繰り返し描きこむように、反復の刷り込みが必要なのである。 そんなことを意識しながら学んでみると、 疎かに出来ない学びの流れが見えてくる。 小学時代にデッサンを終え、中学1年で淡彩を施したもの。 そんな描きかけの、 「学びの作品」 が眠ってないだろうか。 取り出し、油を加えるのはあなただ。
2008.09.04
中3生へ。 4日後に迫った「北辰テスト」は、今までの北辰とはわけが違う。 理由はもう分かると思うが、準備は順調か。 君らの受験はその日から始まるのだ。 暢気にテレビを観たり、携帯を操作したりしている「時」を、 もっと大切に感じなさい。 県の受験生の大半は部活から身をひき、 この夏から自分のために真剣に動き始めている。 満を持したように新たな仲間が加わる一方で、みな力を磨いてくる北辰。 今までとは違うレベルの戦いになるということを、 君らは本当に認識しているか。 すべきことをこの4日で淡々とこなしなさい。 7日の夜に後悔しても、答案は変えられない。 9、10、11月の3回戦。 2本勝負の場合、 1本目に失敗すれば、残り2本が記録になる。 1本勝負なら、 大記録を刻めば、直ちに確約が転がり込んでくる。 命懸けで自己ベストを狙えよ。 直前準備として何をすべきか。 今日、明日、明後日と、全員に用紙を配る。 必ずセルフチェックしなさい。 「4点」で、5科の偏差値は「1」変わる。 「2点」で、教科ごとの偏差値は「2~3」変わる。 4点とは、大半の設問の2問分。 たったの2問分だ。 全教科3問ずつアップすれば、5科で15問。 偏差値は7以上上がるのだ。 3問ずつ。 不可能ではないだろう。 そのための仕上げをしっかり進めなさい。 今までの北辰は今回のための助走期間。 9月北辰は、人生で1回限りだぞ。 驚異的な記録を叩き出し、 その結果を、自慢げに塾長に持って来い。
2008.09.03
勉強の方法はみな違って構わない。 だが、目標(到達点)は同じでありたい。 勉強には確かに 「方法論」 が存在する。 しかしそれは、こうしろというルールではない。 効率や手順を科学的に追究した、一つの論拠に過ぎない。 Aという手順を踏まなければ成績が伸びないのなら、 みな最終的にAを模倣するだろう。 だが実際には、10人いれば10人がみな違った手法をとっている。 それは勉強の奥行きであり、深さであり、また妙味でもある。 過去の記録が示す、一般的な 「方法論」 を信ずるのなら、 徹底してそいつを真似てみればいい。 なるほどという収穫があれば、自分に復元し、活かしてみればいい。 少しでも手応えが残るのなら、それは君にとっての進歩。 勉強とはそういう価値の模索を繰り返しながら、 自分にとってしっくりいくルートを定めていくことなのだ。 「方法論」 を信じないのなら、 君なりのやり方に終始し、達成を目指していけばいい。 指針がなければ当然迷いが生まれるだろう。 どうすべきか、これでいいのか。 君の責任のもとで悩み、新たな方法論を構築していけばいい。 勉強には、絶対的な方法など存在しない。 すでにある 「方法論」 は、成功への一例でありヒント。 100%君を育てるという約束で存在しているわけではない。 だから、利用するという視点が意味を持ってくる。 成績のいい仲間がいて、彼の方法を完璧に真似たところで、 彼のコピーには永久になれない。 それは 「彼の実力」 というものに基準を置いているからだ。 君の目的は、彼を自分の中に復元することではない。 彼を模倣するのではなく、さらに上を目指すことにある。 そのためには方法を盗み、アレンジしていく工夫が絶対に必要だ。 自分だけの学びのルールブックを、しっかり描き、 常に軸に据えていく覚悟が必要なのだ。 君は失敗したことがあると思う。 どんな失敗でもいい、その後そいつをどう料理してきた。 真摯に向き合い、反省し、自分の糧としてきたか。 中途半端にやり過ごし、曖昧なまま葬ってこなかったか。 君の求める方法というものは、そういう身近な、あるいは経験の中に、 工夫を待ちながら存在している。 失敗したなら、そこから最高の学びを奪い取る。 成功とは、そんな精神の強さに裏付けられたシナリオのようなもの。 方法を探し、成功の疑似体験を重ねる前に、 自分の辿って来たルートを振り返り、正しく分析してみよう。 すべきことは、その過程に幾つも眠っている。 君はその一つ一つにナンバーを打ち、 君なりの方法で料理していけばいい。 そして自分だけの 「器」 を探しに出てみよう。 勉強というものは、変化の連続。 そして迷いの連続。 だがどんな手順を踏もうが、最後の到達点はみな同じだ。 自分にとっての最高のステージ。 そいつのために、今君は目の前の課題に喰らい付いている。 それでいいのである。 そのために君は、理想的な手法を模索し続けている。 色々と試しながら、挫折しながら、君は強くなっていく。 そこにルールはない。 ルールは君が決めればいいのである。 苦しいなら、それを回避する術を学べばいい。 手応えが生まれたのなら、掴み取り、絶対に手放すな。 君にとっての真の 「方法論」 は、 そんな日常の出会いと行為の背景に眠っている。 方法の 「器」 は、売られていない。 君が苦しみ描くから、そいつは光るのである。 価値があるのである。
2008.09.03
先刻お電話を頂きましたF様。 ブログをご覧いただいてのお問い合わせ、ありがとうございました。 お話の高校の立地と交通について調べたところ、 我が教室とは相当な距離があり、概算で片道2時間半は掛かるようです。 せっかくお電話を頂いたのですが、 今後の通塾を考えると、時間的に厳しそうですね。 その旨、ご本人様にお伝えいただければと思います。 大学を志しておられるようなので、ぜひ頑張ってください。 拙ブログはあまり高校生向きに書いていませんが、 何か参考になるものを拾っていただけるなら、有り難く存じます。 今後もぜひ宜しくお願い申し上げます。 お問い合わせありがとうございました。
2008.09.02
連日コピー機がフル回転している。 受験生たちが、教材、入試問題、北辰の過去問などを複写していく。 入れ替わり来るので、もの凄い枚数である。 去年には見られなかった熱い風景だ。 結果に繋がるかどうかは分からないが、 遮二無二解こうとしている姿勢は、明らかに前進しようとしている姿。 後日、きっと手応えになって返ってくるであろう。 だが一つだけ忠告しておく。 プリントが大量に手元に残り、散逸させるなよ。 中途半端に未消化を重ねても、成果は薄い。 ただ束にして持ち歩くのではなく、自分で再編集するのだ。 整理し、切り抜き、書き込めるノートやファイルを作っていく。 同じプリントを10人に与えても、その活用すべき部分も深さもみな違う。 自分流の活かし方が守られて初めて、 比例的な成果が期待できるのである。 そこをしっかり守り、効率のよい活用を心掛けなさい。 だが君らの真剣な表情と意欲。 塾長は高く評価しているぞ。 昨日はトライアルの再追試に、中1生が取り組んでいた。 事前に申し出てきたので、9月の追試を許可したが、 授業後、仲間が帰っていく中、3名残り頑張って解いていった。 伸びる伸びないは、与えられたものにどこまで係われるかの差。 川を渡らなければ向こう岸に行けない。 ならば水に踏み込むのである。 橋はないか、舟はないか。 周りを見回し、楽をしようと思案する前に、 自力で渡るという前提で、水流や川幅を分析するのである。 そして踏み込む。 強さというものは、自分の決断と、立ち向かう行動力から育っていく。 そんなことは、体験を重ねる度に解ってくるものだ。 昨晩、遅くまで頑張っていた中1生たち。 まだ中学の試練というものが分からない仲間たち。 いい体験をしたな。 彼らの明日が楽しみである。
2008.09.02
9月の心得○ 夏休みの成果を再確認しておく せっかく取り組んだものが頭から消えないうちに、 見直しとチェックをしっかり実行すること。○ リズムを崩さない 新学期の授業が始まり、さらに体育祭の練習も加わり、 体調を崩すケースが多い。 遊びはほどほどに、生活ペースに気配りを。○ 学校の授業に集中する 2学期は授業進度が速くなり、理解の差も明確に出始める。 内容も厄介な単元が多い。 授業に気合を入れ、確実に理解したい。○ 各種検定の受検計画を練る 秋口の英検、漢検に向けて、早めにスケジュールを組み、 地道に対策勉強を進めておこう。 中間が近づくと時間が取れなくなる。○ 受験生は確実に受験モードへ 北辰などの模試をしっかりクリアし、 学習時間を一気に増やしていく。 暗記による知識確保+正確筆記のマスターを最優先に。○ 塾を活用する 自習、質問、補習の申し出、プリントの入手など、 授業のない日も来塾し、最大限活用すること。 家で集中できない者は特に。○中間の準備を早めに手がける 範囲を想定し、先取りを進めよう。 やっただけ差が出る、大事なテストになる。 提出物も多くなるので、9月からコツコツと進めておこう。※塾のルールとして、次の8点は守るように。 9月から特に強化します。 ・遅刻をせず、定時には着席 ・挨拶をしっかり元気よくする ・授業は静かに受け、私語は一切慎む ・宿題を必ずやってから来る ・授業時間に飲み物や菓子を持ち込まない ・掲示物、ボード、連絡プリントをしっかり確認、管理する ・使用したスリッパの整頓 ・帰りに寄り道をしない
2008.09.01
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