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今回の定期試験対策では、理科の補習を随分行った。 希望制を取ったが、中2生10名、中3生8名の申し出があった。 こちらから声を掛け勧めた生徒もいたが、みな意欲的によく頑張っていた。 他にも授業時間に指導した生徒もいるので、 全体ではもっと多くの生徒に係わったことになる。 やらなくてはという、意識の高揚を感じる。 理科は要点を押さえ、基本演習をすれば、高得点が可能な教科だ。 得点が伸びない生徒は、その作業が中途半端なのである。 いつも後手になり、掛ける時間量が足りない。 また理科は、一度得点のコツを掴むと、 どう料理すればいいかが見えてくる、おいしい教科でもある。 今回の補習では、出題確率の高いパターンを繰り返し解かせた。 暗記はここを押さえよ。 この図が出る。 この角度の短文記述が出る。 そういった得点源の情報をすべて伝えた。 素直にすべて自分のものにさえすれば、95点は取れる内容だ。 基本用語+ベタ中心の出題ならば、100点も可能であろう。 後は、どこまで自分で繰り返し定着を図ったかの差が出るだけだ。 正規授業を確保し、時間さえあれば、 理解度も安定し、もっと伸びるであろう。 だが現状では、このような補習に頼るしかない。 だから普段から疑問点が出たなら、その都度質問&ミニ補習を申し出て欲しい。 その地道な行為と意識が、結果を生むのである。 ちょうど夏期講習の申し込み期間だが、 理科が苦手で不安な生徒は、この期間にしっかり立て直そう。 特に1分野に注意だ。 入試に向けた得点のコツは、いくらでも伝授する。 補習や対策の案内は、塾内のボードに告知するが、 相変わらず見ていない生徒がいる。 見ていながら参加から逃げている生徒もいる。 いつも決まったメンバーだ。 君らがそれでいいのなら、こちらもしつこく言わない。 だが、チャンスは自分で掴み取るものだぞ。 川で手網を持ちながら、目の前を泳いでいく魚を見過ごしている。 この川という場所が塾なのだ。 面倒くさいのなら、なぜ川に来ている。 何度もここに、君は何をしに、何を捕まえに来ている。 その目的をじっくり考えてみよう。 今回の期末も今日で大半が終了する。 手応えはどうだろうか。 次は14日からの塾内トライアルテストだ。 追試もある。 範囲は2~3日中に発表する。 さあ夏休みと気が緩むタイミング。 ここの踏ん張りと計画性が、後日の成果を生む。 せっかくの前向きな意識。 リズムを乱すなよ。
2008.06.30
親御さんと面談すると必ず出る言葉がある。 「部屋で何かやってるようだけど、効率のいい勉強をしてるんだか」 「何をやったらいいのか、自分でもよく分かってないみたいなんです」 「何をどうしたらいいか、先生からぜひ勉強のし方をアドバイスして欲しい」 こんな感じだ。 こういう話題が出るのは、比較的意識の高い親御さんに多い。 色々と試してみたが、どうもしっくりと来ない。 しかも最近は、言えば言うほど反抗し、全然親の言うことなど聞こうとしない。 先生からビシッと言ってくれないか。 経緯はよく分かるのだが、さあ、どうコメントすればいいのだろう。 勉強のし方が分からない。 これは、いつの時代も共通の悩みだ。 だがこの話題を語る時、絶対に外してはいけない視点がある。 勉強のし方が分からなくて困っているのが、 本人なのか、親なのかということだ。 本人ならば、現状を聴き取り、改善のヒントを与えられるだろう。 だが本人にやる気がなく、親だけがヤキモキしているのなら、 欲しているのは子どもの勉強法ではなく、親の立ち合い方ではないのか。 このいずれかを明確にし、対応しないと、 大きなずれを生むことになる。 私は色々な方法論を語る。 こういう時はこうしたらいい。 それならばこうしてみたらどうか。 その一つ一つは、相談の内容と主格が誰かということで語り分けている。 親御さんの悩みは切実だ。 子どもの成績を青天井にしたい。 クラスで30番を、1番にしたい。 実際の面談ではせめて平均点ぐらいはと言うが、 心の中では、間違いなくトップを望んでいる。 では実際の子どもはどうかというと、 全然やる気がない。 そのギャップに悩みながら、家庭では勉強に立ち合い、 常に好成績を目指し、勝負している。 結果が思うように出ないとき、相談が来る。 どうしたらいいかと。 私はそういう親御さんに正直に語る。 すべてを一度リセットしてみませんか? 今までのやり方をすべて白紙にし、もう一度練り直してみましょう。 白紙にタイトルから書き直すのです。 そして目的を明確に、しっかり書き込む。 誰が何のためにする取り組みなのか、 その軸を太く中心に描き切る。 勉強の中心には、子どもがいなくてはならない。 家庭学習は、お母さんのための指導講座ではない。 その基本を忠実に守るのです。 家で立ち合うことが深くなればなるほど、 結果に対する親のジレンマは飽和を迎えてしまう。 主役は子ども。 その学びに親の技術や視点は有用であっても、 感情はまったく役に立たない。 「勉強しなさい!」 「何でこんなの分からないの!」 「さんざん先週やったじゃない!」 問い詰めるほど、子どもの得点は下がっていく。 気付いて欲しいのです。 誰が取り組み、誰が時間と闘うべきかを。 子どもが30点を取ってきたら、どうするか。 「何よこれ、あんた勉強しないからでしょ!」 と語っても、100%成長はあり得ない。 感情の入った感想は、子どもにとっては最低の雑音。 そうではなく、 「何でこうなったかよく考えてみ。そして間違いをもう一度調べてみな」 と、一歩引いたアドバイスに徹するのである。 そして、「こことここは出来たじゃん。やったね」と誉めてあげる。 このプラスのストロークが大切なのだ。 親が夢中になり過ぎると、子どものリズムが破壊されてしまう。 そんな生徒、いや親子を何人か見てきた。 家で毎日課題を与えられ、ずっと親が立ち合っている。 出来ないと叱られる。 その子は塾で泣いていた。 その後、授業での集中を欠き、 成績はどんどん落ち、やがて塾をやめたが、 やめる時のお母さんの台詞が忘れられない。 「お宅にいても成績が上がらないので」 私は敢えて言わなかったが、今もその子のことが気になる。 なぜ気付かないのだろう。 誰が勉強し、誰が育とうとしているのかを。 親がどんなに完璧なカリキュラムを組んでも、 それは子どもにとっての道具でしかない。 使うための課題でしかない。 感情を吹き込み、力を持ってはいけないのだ。 学びというものは、自分が苦しみ、発見し、 その隙間から見えてくる光を頼りに、 一歩ずつ築いていくもの。 親はその工程における、アドバイザーであればいい。 歩みが遅いからと縄をかけ、引っ張ってはいけないのである。 自ら発見し、自信を持てるように、 手の届く位置に道具を並べ、選ばせればいいのだ。 そういう意識を持った親は、 子どもの本質を素敵に成長させることが出来る。 子どもを大切に思う心と、子どもに仕向ける行為は違う。 大切に思うのなら、子どもが形成すべき軸を、 一緒に磨き育ててあげよう。 三者面談をすると、ここぞとばかりに語る親がいる。 その内容は、勉強しないという否定的なものばかりだ。 「やってるじゃん」 と、口論する親子もいる。 その場で勉強法が分からないから教えて欲しいと言われても、 私は語れない。 親の意識、子の意識をもう一度見直し、 学習スタイルを立て直さなければならない。 細かい勉強法の前に、まず打ち込むべき楔があるのだ。 その大切さが理解でき、初めて方法論の枯渇が始まる。 そう思っている。 勉強のし方が分からない。 勉強が出来るようになりたい。 こういう言葉を、素直に子どもから聞きたい。 だがそれがあるとしたら、 その子の家庭は、きっと勉強に無関心であるような気がする。 毎日神経をすり減らし、課題を与えられている子どもからは、 決して出てこない言葉。 そんな気がする。
2008.06.29
常識力の弱い子どもは、あらゆる面で損をする。 新しいことを学ぶ時には、各自が持っている常識力が使われる。 生活や体験、会話、情報収集などで得た、知識のベースのようなものだ。 Aを学ぶ時に、その背景にあるBを知っているかどうか。 軽く見られがちだが、実はとても大きな要素を持っている。 例えば、中学地理でEUを学ぶ。 その時、フランス・ドイツ・イタリア・イギリスなどの国と位置が分からない。 学校では、それくらいの知識は具わっているものとして授業が進められる。 もちろん小学校で履修済みという前提がある。 ライン川・ユーロ・経済協力・酸性雨など、話はどんどん進んでいく。 ルール工業地域とノートに書きながら、ドイツの位置を知らない。 ベルリンの壁を知らない。 ヨーロッパの宗教の大半が、キリスト教であることも知らない。 そんな子どもたちが非常に多い。 お隣中国での北京オリンピック。 行われることは知っていても、北京がどこかが分からない。 中には「ペキン」とだけ記号のように捉え、 それが中国の首都であることを知らない者もいる。 ここは埼玉県だが、隣接する栃木や茨城が分からない。 江戸の都の話で今の皇居に触れるが、その皇居を知らない。 幕末に織田信長が登場する。 理科ではもっと激しく知識の差が出る。 カエルが哺乳類などというのはまだいい方で、 太陽が西から昇るとか、平気で言う。 以前に、「家で伝えてほしい知識たち」という記事を書いた。 子どもたちの知識の弱さに警鐘を鳴らしたつもりだ。 ここで取り上げた項目ぐらいは、最低限知っていて欲しい。 余計なお世話だと思うかも知れないが、 こういったものは新しい単元を学んでいく時の、理解の背景になるものなのだ。 知っているかどうかはハンディになり、 それは理解度へ、やがて試験結果に繋がっていく。 「知らない」 「聞いたことがない」と、 受け身で待つのではなく、 自分で探し、調べるのである。 もちろん、そのために家庭での環境のあり方は大切だ。 様々な話題や情報を親が仕向け、伝え、考えさせていかなくてはならない。 タレントの話題よりも、まず押さえるべき常識に目を向けて欲しい。 定期テストに時事問題が出る中学のある生徒が、 お母さんがまとめてくれたという、リストを見せてくれた。 手書きで解説がまとめてあり、私のリストよりもむしろ詳しいくらいだった。 隙間時間を使い、新聞やPCで調べてくれたのだと言う。 素晴らしいことだと思う。 子どもの持つ常識度は、親の意識の差でもある。 それは単なる知識だけでなく、 姿勢、礼儀、言葉など、あらゆる面で表出してくる。 敬語が正しく使えるか。 礼をわきまえた挨拶ができるか。 ゴミの始末や履き物の整頓が正しくできるか。 こういったことは、 家庭でいかに円滑にコミュニケーションが取れているか、 そして、いかにその大切さを説いてきたかが素直に出るものだ。 常識力と言っても幅は広いが、 一つ一つの視点を大事にしていけば、いくらでも育てることはできる。 親のこだわりがあり、 それに付いていく子の興味がある。 試験で答えられないという得点の背景に、 具わっていない常識の弱さはないか、答案をじっくり検証してみて欲しい。 「お前、これ常識だろ。こんなことも知らないのか」 こう論ずる前に、それを家庭で与えてきたかを振り返ってみて欲しい。 普段、新聞は読んでいるか。 地図帳は近くにあり、親子で一緒に開いたことはあるか。 テレビのクイズ番組などを、意識して見ているか。 その、気になった情報をメモに残しているか。 辞書が食卓の脇にあり、何度も開いているか。 大人の持つあらゆる知恵を、食卓などで語りかけているか。 その大切さを説いているか。 そして、それに対する意見や感想を語り合っているか。 こういった行為の積み重ねが、少しずつ結果を生むのである。 学校や塾は常識を教えるための機関ではない。 道徳指導はしても、それは欠落している部分を指摘するという立場に過ぎない。 定着はどこで行うべきか、 言うまでもなく家庭であろう。 子どもが損をしないように、日頃から様々な知識を与え、 ぜひ家庭の空気を意義あるものにして欲しい。 やがて大人になり社会で闘っていく上で、 常識は掛け替えのない財産になるはずだ。 7月にまたトライアルを実施するが、 幾つか常識を問う問題をぶつける予定だ。 今までのトライアルで取り上げた内容が、幾つもその後の定期試験に登場している。 だが、答えられない。 期末で「11月3日=文化の日」が答えられなかった生徒。 その意味をじっくり考えよう。
2008.06.29
『一枚の紙』 紙が一枚ある 机の上にポツンと置かれた 何も書いてない真っ白な紙 課題が与えられる 表には君の強さを書きなさい 裏には君の弱さを書きなさい さあ君は何を描くだろうか 表を眺めながら考えても 自信を持って描ける誇れるものが すぐ浮かばない 困った君は紙を裏返し 弱い部分を懸命に探そうとする 弱点と短所 きっと頭の中で様々なことが渦を巻き 人との繋がりや比較や 人と交わす日常の言葉が過ぎるだろう いつもこんなことばかりして注意される あいつにはこれで負けている きっとみんなより頭が悪い 親にはいつもこう言われる いつしか君は 弱い部分の評論家になりきり 他人との比較を背負いながら つまらなさそうに紙の裏ばかり埋め始める 自信もなく小さな字で 何故だろう 弱さに負い目を持ち、尻込みし 上目遣いに、控えめに こそこそと 人と比べて劣っていることだけ書いて これでいいのかい これが君なのかい 君たちは夢を持ち続ける子供ではないのかい 人付き合いの機微は大人になって学ぶもの 子供なら まず表を埋めなさい 堂々と 字がはみ出るくらい埋めてみなさい 先生は誇れるものを持つ人間が好きだ 足跡をたどり 経験し学び取った本物の強さを さあ、ここに描いてみなさい 思いつかなかったら悩むのだ 諦める前にすべきことが何かある それでも何もなかったら泣けばいい 十数年の人生で得た 誇れる強さが何もなかったら それはとても悲しいことだから でも諦めてはいけない 紙を裏にすることは自分から逃げること 今、真剣に強さを探している姿 その姿だって君の強さなんだ だから 涙を拭いて ほら、いつもの笑顔で 自信を持って生き生きと・・・・・ 表はまだ白紙だよ Jun 10, 2006 2年前に書いた。 ちょうど梅雨時の6月。 子どもたちに接し、思うところをメッセージに託した。 試験を迎え、悲喜の思いが芽生えるこの時期。 何故かもう一度記しておきたくなった。 試験が終わり、 さあ、君の努力はどんな表情を見せるだろう。 時に魂を込め、やっただけの価値を、どこまで掴めるだろう。 思うようにならない。 こんなに、こんなに頑張ったのに。 そんな時に、君は何を思うだろう。 君の行為は常に一歩から始まる。 君が選んだものを持ち、お気に入りの服を着て、 君自身の地図に向かって歩いていく。 丁寧に仕舞っていた希望を手に、 君は幾つもの試練を受けながら、ゆっくり歩いていく。 勉強というものは、先の見えない旅のようなものだ。 一つ一つの旅程に君の足跡が残っていく。 迷いながら残した、大きな足跡。 それはしっかり記録したい。 失敗や成功は、どんな場面にもある。 頑張ったのなら誇りに思えばいい。 結果が降って来なくても、無形の価値は君を賢くしていく。 だから前向きに進むことに、 もっと自信を持っていたい。 最高の自信を、自分のために掲げていたい。 思うようにならないことなど、誰にでもある。 そんな時、どう次の行為に移れるかが人の価値を決めていく。 自分を責める必要はない。 自信を失ってはいけない。 ここまで築いてきた過程は、しっかりここにある。 どんなに小さくても、どんなにヘタクソでも、 それは君が精一杯描いた地図。 一枚の紙を前にして、 君は何を書けばいい。 裏返して、失敗や自信のない言葉を重ねるか。 君がまず描くべきことは、 こんなに頑張ったのだという行為でありたい。 自分なりに時間と闘い、こうしてこうやったと、 表に、細かくはみ出るくらいに書けばいい。 臆することなく、堂々と熱い記録を残せばいい。 成功にも失敗にも必ずあるもの。 それは初めの一歩。 君の目標がはっきりしているのなら、 今の視野を大切にしたい。 常に笑顔を意識し、追い風を背に感じていよう。 成功の陰には苦悩がある。 きっと、いいことがある。 そう感じていよう。 自信を失ってはいけない。 君の自信は他者ではない、君が守り、磨いていくものなのだ。 前を向いていれば、 きっと、すぐ次の目的地が見えてくるだろう。 勉強の旅は、まだ途中。 君の描く地図もまだ未完成だが、 少しずつ形が見えてきている。
2008.06.28

昨晩、教室のベランダの窓にいました。 ニホンヤモリのようです。 ヤモリは古くから家を守ると考えられていて、 災いを遠ざける縁起のいい動物です。 民家に棲息していて、自然にはいないそうですね。 脚に特徴があり、壁を器用に登っていきます。 表情や動きが、結構かわいいものです。 縁起がいいから、生徒たちも見ておこう。 今日、授業後に逃がすよ。
2008.06.27

う~ん・・・ やはり予想通りに、みんなやっている。 特に男子に顕著だな。 早速コメントを書いたが、かえって火に油を注いでしまった。 何やら女子までクスクス笑いながら、「しゃ~ん」とか言っている。 男子はポスターの前でポーズを付け、バトルではないか。 あのなぁ、お前、 モノマネは素晴らしいが、まだ北辰申し込んでないぞ。 3のつく数字と3の倍数だけ・・・・ 授業中にもその余波がないわけではない。 「じゃあ、まず問1から問3まで解いてみろ」 「問・・・・しゃ~ん・・・」 「答えは、60キロメートル毎時だ」 「・・・ロック・・・ジュウ~・・」 学校も大変だろうと思う。 まあ子供たちも息抜きで楽しんでるのだし、 あまりカリカリすることもないのだが。 でも、私はこういうノリは結構好きだ。 ケジメさえちゃんとしていれば、大いにやって楽しめばいい。 そういう主義だ。 子供たちの間で流行るものは、最近は半年も持たない。 ギター侍も、テツ&トモも、ですよも、今はいずこ。 「そんなの関係ねえ」とか「ぐ~」とかも、 子供たちの間ではもう旧い。 私がガキのころは、加藤茶や志村けんのマネだけで何年も持ったものだが、 今は情報が複雑に入り組んでいるからな。 入れ代わりが激しい。 芸もギャグも、結構真面目でシンプルだね。 でも、今思えば、 加藤も志村もとんでもないことやってたな。 あちこちであれをやられたら、 教育委員会が怒るのもうなずける。
2008.06.27
授業の後、連日のように生徒たちが残って自習している。 真剣な者、つい雑談になってしまう者、様々だが、 みな目的を持ちここに残っている。 テストでいい点を取りたい。 あいつには負けたくない。 一人一人の想いが、教室のあちこちに基地を作り、 灯りに照らされている。 今日も最後の生徒は11時半まで頑張っていた。 彼らの試験は明日から。 苦手な教科の仕上げに、懸命にペンを刻んでいた。 もう少し早く始めていればよかった。 繰り返される後悔を背負い、自分を律しようとしている姿。 素敵だと思う。 今日から試験が始まった学校の仲間たちは、 試験が終わるや、昼過ぎから次々とここに集まって来る。 召集を掛けずとも、自分の意思で闘いにやって来る。 授業などなくても関係ない。 教室に来ることで、彼らはそこに熱い可能性を描きに来ている。 互いの意識が刺激になり、また意識が高められていく。 試験の結果を語り、明日の対策を協議し、 課題に向けてまた動き出す。 6時間も7時間も、教室の一角に陣取り、 たった1枚の試験のために真剣な時間を重ねていく。 90点いったかも知れない。 君のそんな笑顔が、次の行動を約束していく。 精一杯頑張れよ。 試験は逃げない。 君が攻め込み、喰らい付いていけばいい。 時間に追われ、たかが1点と思ってはいけない。 100点は1点の積み重ねで生まれる。 結果は後悔の検証ではなく、達成の検証でありたい。 ここに来て補習を受け、質問し、自学に夢中になれる。 そんな君たちを、塾長は本気で支えたい。 11時だろうが、12時だろうが、深夜だろうが、 君たちが求めるのならば、いくらでも教えよう。 不安がり悩み抜いた課題を、自力で引っ張って来なさい。 君に拾えるように、破壊してあげよう。 昨夜は明け方に、結局2時間寝てしまった。 火曜の朝から現在まで68時間で、睡眠は2時間しか取っていない。 こんな睡眠時間でも塾長は授業をし、自分の仕事ができる。 君たちの意識を感じるからだろうか。 君たちがここに来て、熱く語ってくれるからだろうか。 何だかよく分からないが、 やたら爽やかな、 常識を超えた不思議な気分がする。 君たちもまた頑張っている。 14歳の今、15歳の今、用意された仕事のために。 いつまでも頑張れよ。 君らしく。 塾長は毎日教室の鍵を開けながら、 大勢の出会いと、笑顔と、素敵な空気を待っている。 そのストーリーには、 君自身のひたむきな行為が似合う。 自習している時の姿勢。 辛くても眠くても、君は語らずペンを刻んでいる。 まだ見えぬ先を感じながら、 大きな不安と歓喜を捕まえながら。 何を考え、何を叫びたいのか。 硬質な沈黙と時の流れの中で、 言葉はなくとも、いつもの君らしい表情はなくとも、 その一部を、今日も、 背中がそっと語っている。
2008.06.26
こうも多忙だと、しっかりとした記事が書けない。 25日は試験直前もあり、9時間の補習と授業。 4コマで12人の生徒を見た。 昨晩は業務が終わらず、徹夜だった。 今月だけで6回目。 だが授業になると頭が冴える。 不思議だ。 現在また、41時間起き続けている。 理由はどうあれ、結局、保護者への発送が遅れた。 明日中に処理はできそうだが、 通達が守れず申し訳ない。 まだ終わらない。 睡眠を削るしか、時間が得られない。 時間を超えた職人の域へ、 あと、もう数時間。 また徹夜か。 それは65時間という未知の領域だが、 明日も7時間の授業がある。 子ども達は、自習に補習に、みな懸命に頑張っている。 それに応えねばという思い。 だが、眼がやたらと重い。 どうするか。 とにかく、 行けるところまで行こう。 空が白んできたころ、 済みませんが、 30分だけ仮眠をください。
2008.06.25
実力が出し切れなかった。 試験のあとで、こういう言葉がよく飛び交う。 しかしこれは考えてみれば、おかしな話だ。 全員が同じ条件で同じ土俵に立ち、実力を判定する。 試験とはそういうものであり、有利不利はないからだ。 50点しか取れなかった。 俺の実力は80点はあるのに。 変な問題ばかり出しやがって。 あいつより悪いなんて在り得ない。 いくら言い訳をしても、得点は上がったりはしない。 その50点という数字が君の実力なのである。 畜生と思うのなら、次回に巻き返せばいい。 人とは不思議なもので、 良い時は語らず、悪い時は語ろうとする。 良い時は、これが自分の実力とばかりに、絶対評価になる。 悪い時は、これは実力ではないと絶対評価を否定し、 他者との間の相対評価を求めようとする。 平均点が何点で、誰々が何点でと。 平均点にも届かない時は、 低い男子の平均点や、他者の失敗例を引き出し、 少しでも自分の評価を上げようとする。 逆に高得点が取れれば、平均点がいかに高くても語ることはない。 相対評価というものは、自分の絶対値を上げることで付いて来るものだ。 何位だったかの前に、まず、何点だったかがある。 50点でも90点でも、仮に20点であっても、 その自分が残した得点は、100%受け入れなくてはならない。 それが答案用紙に復元した君の実力だからだ。 先日の将棋名人戦で、羽生善治氏が新名人に返り咲いた。 4勝2敗での勝利。 彼の棋譜もまた、彼の実力である。 仮に一手、悪手を指してしまい、負けたとしても、 詰まらないミスをした、本当は俺の方が実力はあるなどと言うだろうか。 彼らにとって棋譜は答案であり、 その答案の質を高めるために、日々の精進がある。 実力が出し切れなかったという言葉は聞こえがいいが、 よく考えてみれば、出し切れないということが実力なのである。 では、出し切るためにはどうすればいいか。 方法はただ一つ。 練習することだ。 試験ならば問題を想定し、何度も解き、準備を重ねる。 修練がキレを生み、精度を高めていくのである。 私はテニスもサッカーも野球も本格的にやったことはない。 私は間違いなく、 フェデラーのサーブは拾えない。 ロベカルのシュートは止められない。 クルーンの直球は打てない。 だが、少しでも経験のある者なら、 子供であっても触ることが出来るかも知れない。 その差はどこから生まれるのだろうか。 力の差は待っていても生まれない。 実力を上げるということは、努力による安定性を高めること。 安定性が身に付けば、力を出し切れるのである。 評論家になる前に、汗をかく。 学びにおいては、とても大切なことだ。 10の知恵を身に付けた者は、 10の努力をしている。 1000の知恵を身に付けた者は、 1000の努力をしている。 10の努力で1000の知恵は拾えないのだ。 でも・・・・・と語る前に、 自らの行為で10を、20、30にしていく。 そして答案のます目に、蓄えた実力を再生していく。 それが学びのベクトルであり、 試験の鉄則なのである。
2008.06.24
塾生保護者様へ 毎月送付しております「学習レポート」ですが、 今回は添付書類の用意と、時期が補習対策等のピークと重なった関係で、 発送が1週間ほど遅れております。 遅くなり、申し訳ございません。 お待ちの方も居られるかと思いますが、 明日、火曜日発送で進めておりますので、今しばらくお待ちください。 なお、保護者会(面談)は30日(月)より、 トライアルテストは漢検の関係もあり、7月14日(月)から開始と決定しました。 7月11日の漢検を希望される方は、大至急お申し出ください。 級により追加申し込み可能です。 夏期講習の案内を含め、各詳細は、 レポートとともにお送りいたします。 以上 宜しくお願い申し上げます。
2008.06.23
苦手な数学が80点台になったよ。 学校で試験を返された時、思わず泣いちゃった。 塾で教わりながら、色々やってきて良かった。 私、本当に頑張ったんだから。 前回の中間テストでの、ある生徒の言葉だ。 なかなかやる気が芽生えず、長いこと苦しんだ。 以前にもここで何度か紹介した女子生徒である。 最近の記事では、後半で取り上げた。 この記事のあと、本人とも話し、補習を受けることになった。 たった二回の私の補習だが、何か感じる部分があったのだろうか、 とても素直によく学んでくれた。 家でも色々話し、頑張ることの意義が少し見えてきた頃、 中間テストに突入した。 準備が不十分なままでの定期試験だったが、冒頭のような結果が出た。 私が見た教科も大きく伸び、5教科では塾のアップ賞を取った。 初めてのことだった。 5月半ばまで硬かった表情が、少しずつ柔らかくなっていく。 笑顔が現れ、眼が輝いていく。 そんな進行形の嬉しい姿が、私の前にあった。 漢検も申し込み、避けていた北辰も申し込み、 以前はカベの内側にあった意欲的な行動と姿勢が、 まだ不十分ながらも確実に見え始めている。 そんな、弾ける前の期待があった。 先日から彼女は、私の本番授業を受けている。 期末に向け、真剣に私と向き合っている。 大きな収穫を与えてあげたい。 頑張る君に結果を分けてあげたい。 私の思いに沿うように、彼女は自分から姿勢を正した。 他の教科でも、授業後にしばらく補習を受け、頑張っている姿があった。 私の授業では、正解することの嬉しさが、素直に表情を変えていった。 昨日のテスト対策には息を切らして訪れ、率先して着席した。 以前ならば誰と一緒が嫌だとか、必ず逃げるための言葉を語っていた君。 今回はなかった。 何が君を変えたのだろう。 対策での正解率も、以前より確実に高まっている。 そして、何よりも姿勢が良くなった。 私の板書をただ眺めている仲間たちの中で、 プリントの余白に懸命に書き写していた君。 分からなくても諦めず、ペンを放さなかった君。 その行為を見て、彼女はさらに伸びるだろうと感じた。 苦手な数学が80点台になったよ。 学校で試験を返された時、思わず泣いちゃった。 塾で教わりながら、色々やってきて良かった。 私、本当に頑張ったんだから。 今回も精一杯頑張ろうな。 特に前回良かった数学と理科は、いい結果出そう。 試験直前の次の授業は、少し厳しくいく。 しっかり着いて来いよ。 塾をやっていて思う。 生徒が変わっていく 「きっかけ」 とは何だろう。 何人も頑張ることを選択しては、喜びと諦めに枝分かれしていく。 その流れを一番感じるのは、本人。 だが次も頑張ろうと、きっかけを探し、掴んでいくのも本人だ。 彼女が色々と悩んでいることも知っている。 元気な仕草の中に、弱さがあり、 弱さの中に、負けたくないという強さがある。 恥ずかしがり屋の君には、いつも殻があった。 口実を作り逃げることで弱さを見せまいとした。 だが今の君は、その弱さを見せている。 いや、弱い強いを超えた、素直な自分をぶつけようとしている。 真剣に考えてくれるお母さんに支えられ、 周囲に励まされ、叱られ、勇気付けられ、 その意味を君はどこかに仕舞い、前へ進もうとしている。 いいことだと思う。 肩肘張らずに歩いて行けば、答えは用意されているだろう。 受験というものの延長で、自分を大切に見つめ始めた。 その一歩を素直に感じていられる。 そんな君が塾生であることが、何よりも嬉しい。 苦手な数学が80点台になったよ。 学校で試験を返された時、思わず泣いちゃった。 塾で教わりながら、色々やってきて良かった。 私、本当に頑張ったんだから。 言葉を超えた空気の持つ温かいもの。 その記録が、実体験として彼女の周囲に溢れている。 14歳。 君の光は進行形だ。
2008.06.22
長い期末テスト対策が終了した。 前日徹夜で作業をしていたこともあり、正直疲れた。 金曜の昼から土曜の夜まで、35時間教室にいた。 テスト対策の参加者は44名。 みんな自分のために頭を使い、長時間頑張っていた。 私も徹夜の状態で8時間教壇に立った。 みなのしっかりとした気合が心地よかった。 中3生は日曜が北辰テストだったが、 夜11時近くまで問題と向き合っている生徒もいた。 私が作業を終え帰宅したのは、もう日付が変わった頃だった。 ちょうど大会と重なって対策に来れなかった者が数名いた。 一方で、来れるはずなのに来なかった者も数名いた。 対策は参加を勧めてはいるが、強制ではない。 自分にとって必要と思えば、ここに知識を拾いに来ればいい。 いつも5教科を手掛けるが、中には指定教科だけをやりたいという生徒がいる。 国語・数学はいいので社会と英語をやりたい。 だが塾ではそれは許可しない。 直前になってそういう状況に追い込まれている理由を、よく考えてみよう。 計画はどうだったのか。 普段からの取り組みは、しっかり出来ていたのか。 まずいという危機感の原因は誰が作ったのか。 また、もう大丈夫という数学は、果たしてどれだけの達成度なのか。 そういった反省をしっかりし、次回に繋げていくことが大切なのである。 直前に教科を指定してくる生徒は、 往々にして自己本位で考えがちだ。 準備作業が後手になり、全体の中で都合よく序列を付けてはいないだろうか。 この教科がまずいという時には、どうしても深刻な教科にだけ目が行きがちだ。 蓋を開けてみると、実は全部不完全だったということはよくあること。 計画を見直さなくてはならない。 大切なのは全体の底上げであり、 そして、期日までに設定ラインに到達することなのである。 テスト対策は、その各自のライン上での仕上げをサポートするものだ。 準備不足で 「虫食い」 になった状態を埋め合わせるものではない。 自分でひと通りこなし、課題を見つけてから来いと言うのは、 そういうことを指して言っている。 照準を定め、ギリギリまで手を加えるべきリストを作るのである。 その補填作業の中に、塾での対策がある。 対策で100の情報が与えられても、その活用のし方は各自違う。 45番目と78番目が必要な者がいれば、 23番目と65番目、さらに94番以降すべてが必要な者もいる。 その選別は君が行うのだ。 100のうち95個が必要な状態で臨み、本番で点が取れるだろうか。 知識や傾向の塗り絵は、面積が少ないほど丁寧にこなせる。 教科単位でほとんど真っ白な状態では、 納得のいく結果には届かないのだということを、ぜひ知って欲しい。 テスト対策と言えど、 君自身が塗り上げ、ターゲットをどこまで明確に定めたかという、 事前準備が要なのである。
2008.06.21
明日21日(土)は、中学部のテスト対策。 期末に向けて仕上げを図る貴重な日だ。 中1生は入学後2度目の定期試験だが、 前回の手応えと反省を踏まえ、確実な準備をしたい。 小学校と違い、学力の判定が前面に出てくる中学校。 期末の成績と提出物の達成具合によって、1学期の評定が決まるぞ。 その記録は、高校入試で使われる。 中学14回の定期試験の積み上げが、とても大切だということを早く知ろう。 評定の「2」が付けば、それは消せないのだ。 何が出るかは塾にある。 傾向に沿って対策し、中間の巻き返しを図ろう。 家の用事も部活もない。 必ず出席すること。 中2生は、今回から2学期にかけての試験が鬼門だ。 履修内容が高度になり、基礎が出来ていない生徒の低迷が多発する。 しっかり準備した者と、いい加減に過ごした者の差が、 一気に広がる期間に突入する。 特に、英、数、理で難しい単元に入った学校は要注意だ。 電流など、補習をすると言っているが、誰も申し出に来ない。 忠告しておくが、侮ると30~40点台が平気で出るぞ。 コツを知れば90点台が取れる。 その差は、自分の課題をどれだけ知り、動けるか。 要するに、意識の差でしかない。 中1の時の過去の栄光を眺めていても、今の結果には繋がらない。 気持ちを切り替え、必要な知識をしっかりと蓄えよう。 前回の中間が不振だった者。 今回は気合を入れてリカバリーするように。 対策に不参加の者は、確実に得点を失っていることを知るべし。 中3生は、入試を占う1学期の評定に繋がる、大事な試験だ。 もう何度も受けてきて、何をどうすればいいかは君が知っている。 中学の定期試験で点が取れないのは、 数学を除き、暗記量の不足が最大の原因だ。 必死で覚えなさい。 部活を引退し、今回は気合を入れて臨んでくる生徒が増える。 過去と同じ意識では、益々差が開くぞ。 翌日の日曜が北辰だが、中3にとって対策の参加は言うまでもなく必修。 今回の結果は受験を決めるのだという気概を、 存分に見せて欲しい。 途中参加も受け付ける。 たった1時間でも来れるなら来い。 来ることで拾えるものがあるのだ。 80点でいいやと思うか。 81点にしたいと思うかは。 君次第なのだ。 「期末でいい点が取れますように」 七夕の短冊に書いた願いを実現させよう。 中1・中2 午前9時~午後3時。 中3 午後3時半~午後9時過ぎ。 いずれも途中休憩を入れる。 範囲表に載っている学校教材、プリント等は持参されたし。
2008.06.20
地元のT西中の3年は、今年も社会の進度が最悪だ。 もうすぐ7月になろうというのに、まだ歴史が終わらない。 今回の試験範囲は、日清戦争から第一次大戦まで。 しかも地理の後半との抱き合わせが範囲だ。 歴史には、この先、 「世界恐慌」「満州事変」「第二次大戦」「戦後の民主化」「国連と条約」と、 入試最頻出の部分が続く。 このままでいくと、どうやら1学期には終わらず、9月にずれ込みそうだ。 それは、本来4月から始めるべきの公民が、 9月半ばから始まることを意味する。 一体何をやっているのだろう。 しかも毎年、懲りもせず。 ここ2年ひどかったが、今年はさらにひどい。 模試や北辰では、春から歴史の全範囲が出題対象だ。 当然彼らの学校は、すでに全生徒がハンディを背負っていることになる。 明後日の日曜には6月の北辰があるが、 「ニューディール政策」「日中戦争」「農地改革」「戦後選挙法改正」「サンフランシスコ平和条約」「冷戦」などが出ても、習っていないのだ。 しかもこれらはご存知のように、極めて高い確率で出題されやすい。 9月初頭の北辰に至っては、私立の相談会で使う大事な実力テスト。 彼らはそこで、習っていない公民の問題を解くことになる。 仮に6点のハンディだとすれば、5科偏差値でマイナス1.5である。 これが何を意味するか、学校は考えているのだろうか。 そんなの自分で見ておけとでも言うのだろうか。 自己防衛せよ。 自分で先取りせよ。 何で毎年同じことを叫ばなければならないのか。 いい加減にせよと言いたい。 今回の期末では、別の中学の2年生の範囲が、 明治維新の改革の次の「文明開化」までとなっている。 その後「自由民権運動」をやれば、次は「日清戦争」だ。 時代も明治で、ほとんど変わっていないではないか。 次のテスト対策は、2年と3年を一緒にやるのか? 今は部活の大会期間で、学校は3限で終わっているらしい。 そんな余裕の時間割をするのなら、 各教科の進度を調べ、しっかり補習授業をしてくれよ。 理社は塾で習わない生徒が、圧倒的に多い。 塾に通っていない生徒だっている。 学校の指導が生命線なのだ。 特定の生徒が不利にならないように、 正しい指導計画で進めていただきたい。 また北辰や入試に向け、塾で補習しなくてはならない。 学校の失態を、早期に埋め合わせなくてはならない。 改善の兆しが見えない大人の所業。 もう、うんざりである。 生徒が可哀想でならない。
2008.06.20
A君(仮名)はおとなしい、いい生徒だ。 授業には姿勢よく参加し、彼なりに頑張っている。 塾では、不明な点や気付いた点はそのつど個別で指導し、 彼もまた真剣に学びながら、一定の理解を示す。 今年から仲間になった彼は、生活の中に塾というものを取り入れ、 その中で新しい体験を重ねている。 まだ勉強の大切さや、後に訪れる受験というものを知らない学年。 部活に夢中になり、それでも塾は決められた日にしっかり足を運んでいる。 彼は塾で分かっても、家でやり直さない。 曖昧な課題を探し、自分でやろうとしない。 宿題を除き、家庭での自発的な勉強はほとんどないと言う。 勉強し、成績を上げることの意義がまだ分からないのだろう。 部活や自分にとって楽しいことが、どうしても生活の中心になり、 学習の定着が徐々に疎かになっていく。 お母さんから相談を受けた。 家で立会いながら勉強させているが、一向に理解を示さない。 そもそも、やる気がない。 そんな状態で塾に通っても、集中して向き合えるとは思えない。 のんびりしているので、自発的に質問をしているとも思えない。 ならば、家で課題を決め、少しずつでもこなしていければ同じではないかと。 私も補習授業中だったので、お母さんとはゆっくり話せなかったが、 その場では、もう少し時間をかけて見守りましょうと伝えるしかなかった。 家での様子は、今初めて聞いたこと。 その状況も含め、学校生活、成績、時間管理、学習法など、 全体の見直しとアドバイスを加え、修正していく段階にある。 そう思った。 A君はまだ、勉強の意義が分かっていない。 今頑張ることが後に結果を生むということも知らない。 仮にそう説いても、現実的なものとして考えられないのだろう。 好きなことと学びの選択の中で、 日々体験しながら、学習のリズムを掴もうとしている。 嫌いなことも自分のためにはしなければならない。 それをこなしていく免疫を鍛え始めている段階。 やる気が起きないのなら、そこから直していかなくてはならない。 そしてハードルを越えることの意味を、 彼なりのスタンスで教えていかなくてはならない。 塾というものは、本人次第でその効果をどうにでも変えられる。 だがもう一つ忘れてはいけない大切なものがある。 それは、休まずに塾に 「通う」 ということだ。 自分で教室に出向き、学びに行くということは、「待ち」 とは違う。 自宅学習ならば「計画」も「ペース」も「甘え」も自由だが、 塾ではそうはいかない。 嫌いなものも苦手なものも、課題として取り組まなくてはならない。 仲間と刺激し合い、競争し、知らない知識を探り、重点を知り、 家庭とは違った、自分を高めるための空気と時間がある。 褒められ、叱られ、悩みの相談をしてもらい、ヒントを模索していく。 塾に通うということは、 そういった環境に自分を置き、考えながら進んでいけるという意義がある。 A君はこの教室で学ぶことが好きだという。 ならばここで、じっくりと育ててあげたい。 塾は目的を持ち、勉強するところ。 そんな感覚が芽生え、A君は、 自分への試練を感じながら、少しずつ闘っているのだろう。 同じような生徒を何人も見てきた。 彼らは悩み苦しんだが、ここで共に頑張り、最後は笑顔で巣立っていった。 自己解決し結果を残していくには、時間が必要だ。 A君のお母さんにも、可能ならばその時間を作って欲しい。 塾という環境を利用し、じっくりと学びの成果を記録していって欲しい。 やる気に対して個別で色々と語っていこうと思う。 自発的に取り組むようになれば、彼は凄い結果を出せる能力を持っている。 週明けに面談を行おう。 まずはそこからだ。 週末土曜のテスト対策は朝9時から。 昼休憩を挟み、午後3時まで行う。 厳しいゼミだが、全教科の点になるポイントを徹底して与えるので、 必ず参加して欲しい。 やるべきことをやった結果と、中途半端な結果は違う。 不参加では可能性は得られない。 そのことも今後のために、体験を通じ教えたい。 A君のお母さん、是非じっくり見守ってください。 今は勉強の意義を説き、理解させ、方法を与えていくタイミングです。 A君本人も、勉強の価値が少しずつ分かりかけている段階。 そこで技術だけを与え、強制しても、1年後の実力には繋がっていきません。 かと言って、待てない。 それも分かります。 まず手順を踏み、私が色々とアクションを掛けます。 本音を訊き、実情を知り、すぐに必要な手法を選定していきます。 本来1対1のコースが理想なのですが、 無理ならば、まず現状の中で多岐に渡り改善を加えていきます。 色々と課題も与えようと思います。 一つのことから始め、成功体験を積むことが、全体の底上げには必要です。 成功させます。 少し時間をください。
2008.06.19
中国でのオリンピック開催が危ぶまれている。 チベット暴動による、国内の騒乱。 それに伴う聖火リレーのトラブル。 新疆ウイグル自治区の独立に伴う混乱。 各国のボイコットと、スポンサー離れの問題。 深刻な大気汚染と黄砂。 それを懸念した有力選手の出場辞退。 四川大地震による甚大な被害と、目処の立たない復旧。 地震による四川核施設の被害の不透明さ。 5月から続く大雨による大洪水。 洪水被災者4000万人を超えても、まだ振り続けるという予報。 地震と豪雨によるダム決壊の危険性。 先日報道された北京市内の冠水映像。 洪水とリンクした鳥インフルエンザ等の伝染病の危惧。 農薬等の食に対する安全面や、水の問題。 台風、酷暑といった気象予測との、開催日程の問題。 四川で表面化した、耐震建築基準の不透明さ。 国内開催反対派の、今後エスカレートするであろう阻止行動とテロ。 課題は他にも多数ある。 これほどまでに不安材料に溢れた五輪が、近年あっただろうか。 あのジュセリーノ氏も、 「北京ではオリンピックは行われない」と予言している。 今後、何か深刻な働きがあるのかも知れない。 冷静に見て、さらに大地震や大規模な自然災害が重なるようなら、 中止もあり得るのかと思えてきた。 中国は国の威信をかけて成功させようとするだろうが、 各国の来賓や選手を呼ぶ以上、何よりも安全が第一だ。 開会式でトラブルが起きるようなら、平和の祭典でも何でもない。 空気などの環境整備は、着実に進んでいるのだろうか。 8月8日まで、あと50日。
2008.06.18
試験がだんだん近付いてきた。 君は色々な知識を得ようと必死だと思う。 どんな方法を実行しようが、試験は決められた日にやって来る。 その日にどれだけの力を身に付けているか。 単純でありながら、とても大切な意味を持っている。 時間を掛け、いっぱいやったのに、いつも結果が出ない君。 何がいけないのだろう。 最後の数日間の作業を一度見直してみよう。 あれこれと集め、まとめた知識は、本番で使うため。 君は本番用に、その知識を研くことをどれだけやっただろうか。 暗記するというリストをコツコツと作り、 すべき要点や弱点をまとめ、揃え、 さあ次の段階、それをどこまで機能的に整理し、必死に頭に叩き込んだか。 学ぶ時に使う道具は、頭に定着させるためのツールである。 1000の知識を抽出し並べても、300しか頭に残らなければ、 それは300の努力でしかない。 だが500の知識を選び、そのうちの400を吸収すれば、 400の達成なのである。 何を意味しているのだろうか。 試験直前には、拾い集めるという作業から、 整理し加工するという作業にシフトしていくことが大事だということだ。 バラバラに集積されたものを、系統づけ、括っていく。 曖昧な情報をより鮮明にさせ、 本番で使える知識を 「武器」 として装備していくのである。 私はよく△の知識を○にせよと言うが、 まさにそのことである。 △を○にするには、工夫が必要だ。 知識を系統づけ、制覇し易い 「型」 に持っていく。 そして、頭の中のマップにパズルのようにはめ込んでいく。 言わば、 自分なりの精密なガイドを一枚描くのである。 飽くまでも本番で役に立つものであること。 その仕上げと研きに、しっかりとした時間を割くのだ。 点を取るにはアウトプットとしての演習も大切だ。 いつ知識を集め、まとめ、いつ整理し、 いつそれを使った実戦演習をするか。 その計画と時間の割り振りは、結果に直結する。 試験直前は欲張らず見直せという格言は正しい。 対策勉強で築いた力を、精一杯研いてみよう。 まず一度仕上げ、余力と時間があればさらに手を加えればいい。 個展に出品する作品が、前日まで未完成ということはない。 試験に対抗する君の知恵は、 期限を決め、君が一度完成に持っていくのである。 前日に慌てて、あれもこれもと寄せ集めた知識では、 試験は戦えない。
2008.06.17
前回厳しく言ったせいか、今回は範囲表の提出がスムーズだ。 いつもと違うメンバーが、配布された日に持って来る。 あまりないケースである。 先日はT中のMさんが、部活の後にわざわざ届けてくれた。 範囲を見ると、中間との重複がかなり見られる。 1か月の量では問題が作れないのだろう。 先生方の苦労が伺える。 中には中間と同じ問題を出すとか、 範囲のワークから出題するとか、 事前に出る問題が分かっているものもある。 こういうものは、きっちり得点しなくてはならない。 自宅での準備学習は順調か。 不明な部分は早めに塾で確認を。 私の理社の補習は、スケジュールを組んで行っている。 希望者は申し出るように。 特に中2の理科。 「電流」が範囲の学校は要注意だぞ。 理解度により、一気に差が出る単元なので、 曖昧なままで終えるのは危険だ。 範囲表は1年生が未提出だ。 対策ゼミの設定のために、至急必要。 今日、必ず持参して欲しい。
2008.06.16
教室での生徒たちの様子から、 良きエピソードや、仲間の励みになるような話題を探し、 この場でどんどん触れていきたいと思う。 A君が初めて○○。 Bさんからこんな報告が。 C君、○○達成やったね。 Dさん、そんな時は○○しよう。 E君、君なりによく頑張ったな。 Fさんその調子、明日も頑張ろうな。 G君、素敵なエピソードありがとう。 Hさん心配するな、君は○○だ。 I君から○○の質問が来た。 Jさんがこんな嬉しいことをしてくれた。 K君の今日は、いつになく格好よかった。 Lさんと遅くまで面談した。 M君、自己ベストおめでとう。 Nさんのノートは素晴らしい。 O君は今日も自習に来ている。 Pさんの凄いところは○○だ。 Q君、とうとうやったな。 Rさんから、こんな申し出があった。 S君、目標の○○は達成できたか。 Tさん、掲示デビューおめでとう。 U君、○○してくれて有難うな。 Vさん、ボードのコメント素敵だったよ。 W君は夢のためにこんなことをしている。 Xさん、今君がすべきことは○○だ。 Y君が一人残り、遅くまで頑張っていた。 Zさんの今日の笑顔は最高だぞ。 こういう日々のシーンに触れながら、 教室が動いていることを伝えていきたい。 それが皆へのメッセージとなり、励みになることを期待し、 こんな仲間がいるよと伝えていきたい。 教室には共有できるヒントが幾つもある。 悩みも、光も、みんな生きている。 素敵な行動も考えも、そして言葉も、 ここで演じられている。 それをコーディネートできるのは、私しかない。
2008.06.15
よく聴く生徒は伸びる。 授業であっても、指示や通達を出した時でも、 彼らはしっかりとこっちを向いている。 そして動作にロスが少ない。 よく聴いていない生徒は、大抵、 ボーッとしているか、友達と何かをしている。 2時間の授業に10回出席したとしよう。 そして、授業中に大事なことを毎回10個教わったとしよう。 よく聴く生徒は10×10=100の情報を、 知識として得ることができる。 あるいは自身を高める手段として、記録ファイルに残すことができる。 よく聴いていない生徒は、100の情報をどんどん逃していく。 3×10=30なら、その差は70。 100回の授業ならどうなるか、言うまでもないことだ。 対策授業などで仲間と参加する者は、 私の指示や解説を聞き逃しては、隣や後ろに訊いている。 お前が聴くべき相手はそいつの言葉なのか。 自分を磨くためにここに来ているのなら、 すべき役割をしっかり考え、個人で私と対峙しなさい。 昨日の英検の時もそうだ。 注意を聴いていない生徒が数名いた。 普段の授業も然り。 君らはやる時はやると思っているのかも知れないが、 学び育っていく君らに、やる時もクソもないのだ。 何かに係わり体験していく時が、すべて「やる時」なのである。 自分のアンテナに隙間を作ってはいけない。 もし聞き逃したのなら、 聞き漏らしたことを不安がり、直接指導者に確認し、 自己解決するくらいの意識が必要なのだ。 自分の立場を知る。 今の状況を知り、すべきことに目を向ける。 そして耳を傾ける。 こういった一連の基本姿勢を、どう大切に思うかが、 長期間の中で差を生み、結果に残っていくのである。 ちゃんと聴いていなくても点が取れた。 そういう者にひと言言っておくが、 一過性の成績にはボロが出るぞ。 しっかり聴いて自分と闘っている者と君との違いは何か。 以下をよく見ておきなさい。 よく聴く生徒は(には)、 発見がある。 時間ロスが少ない。 記録が残る。 疑問がその場で解決できる。 点に繋がるルールを知ることができる。 視点のブレがなくなる。 常に姿勢がよくなる。 他者に迷惑をかけない。 私語や落書きをしない。 的確な質問が出来るようになる。 集中力が磨ける。 自信がついてくる。 単元ごとの重点の強弱が分かる。 うなずき納得する回数が増える。 成績が安定する。 ノート筆記のタイミングが学べる。 宿題を忘れずに利用出来るようになる。 次の計画のヒントが得られる。 いつも聴くという生活習慣が身につく。
2008.06.15

北辰対策と英語検定で、土曜はハードな一日だった。 作業を終え帰宅した時は、もうすでに日付が変わった深夜だった。 仕事がハードということは有難いことだ。 私が動けるうちは、子どもたちに色々と尽くしていきたい。 学校や家庭とは違った視点で、大人の知恵を与えてあげたい。 みんなの頑張りを見て、そう思った。 部活の大会の直前で、夜まで練習し、 その後、自分のためにここに集まって来る。 今は辛いだろうが、明日のために必ず役立つだろう。 勉強も、将来の夢も、常に進行形。 自分にできること。 自分にできそうなこと。 自分にできたらなと思うこと。 毎日何をするかは、君が考えて決めていくことだ。 自分のために向き合っている姿。 まだ漠然とした目標でかまわない。 複数の学年が一緒の目的を持ち、ここに居る。 自ら志願し、夜10時近くまで真剣にやり抜いたこと。 ハードルや試練は、君を強くするはずだ。 出来栄えはどうだったか。 お疲れさん。
2008.06.14
学習をし、頭に信号を送り、記録していく。 その方法は様々だが、 せっかく実行するのなら、効率を追求したい。 ある一定の情報を暗記する時、 大切なことは、その切り口をどう設定するかである。 どのような方法で記憶し、定着させていくか。 その選択によって、効率は大きく変化する。 それは暗記だけでなく、演習や分析、まとめ作業など、 あらゆる学習行為に共通して言えることだ。 昨日の詰まらない話は、作業の手順と全体バランスの大切さを説いている。 勉強が味気ない苦痛な者にとって、 机に向かうことは、それだけで辛いことだ。 学習内容を自分で決められるとしたら、誰もが好きなことをしたい。 数学が大嫌いなら、率先して数学はやらないだろう。 だが勉強は5教科ある。 そして今の力を自分は知っている。 英語をやりながら、数学が気になる。 社会を暗記しながら、理科の試験範囲が気になる。 でも嫌いなものはやりたくない。 どうしても、やり易いものに比重を掛けてしまう。 こと試験に照準を合わせた場合、 全体としての底上げを図るために、絶対に必要なものがある。 こんな理論を塾人が言うと叱られるかも知れない。 誰もが触れていない考え方。 それは、全体を一つとして捉えるということである。 5教科の塊を1教科としてくくるのだ。 国語だ数学だと、別物のように区分するのではなく、 「国数英理社」という一つの教科があり、その細分化された単元に、 国、数、英、理、社という大見出しがある。 そうイメージするのである。 そしてそれらは、さらに細かい小見出しの集合体で構成されている。 各教科が独立したものと考える者は、そこで自分の手順に酔う。 得手不得手を加味して計画を立てるが、自分の器で転がしているだけになる。 今日は英語と、英語ばかり4時間も行い、他の疎かな点が見えない。 そしてAの次はB、Cの次はDと、学習の切断が起きる。 試験で失敗する者は、その一つ一つのかたちにこだわる余り、 全体バランスを見失ったケースが多い。 教科を大見出しと捉えれば、計画は自ずと変わってくる。 今日の計画は5つの大見出しをこなすこと。 30分単位でメリハリを付け、小見出しを15個こなす。 そんな手順が自然と身についていく。 計算練習→ 社会用語暗記→ 国語読解→ 英文法例文まとめ→ 数学図形演習→ 理科教科書マスター→ 漢字リスト作成→ 社会ワーク→ 英語教科書音読→ 理科用語カード作成・・・・・ 一連の時間の中に、このような流れが、計画に沿って可能になっていく。 一つ一つを完璧にしようなどと思っては、 何日やっても完成しない。 仮に完成しても、次の作業に没頭することで、記憶はどんどん風化していく。 そうではなく、あらゆる要素を 「同時進行」 で進めていくのである。 それにより、短期間での反復が可能になり、 定着を高めることが出来る。 例えば、例のような小見出し作業を100ぐらいリストアップする。 そして自分の弱点と照合し、何を厚めに組み入れるべきか、 細かい組み立てを試みるのだ。 今日は英語と、漠然とした計画を立てていて、一体どんな収穫が残るだろう。 先週やった理科はどれだけ頭に残っている。 数学はここ5日やっていない。 それでは、質の高い記録は残っていかないのである。 5教科を一つの教科と見ることで、各教科が大見出しになり、 学習の強弱に適切なバランスが保てるようになる。 頭の中のノートに、幾つもの見出しを描き、 意図的に並行して刺激を与えていく。 様々な信号を送り込んでいく。 昨日の記事の話は、 嫌いな数学も全体の中では大事な要素を持っているということだ。 好き嫌いを超え、すべてが一つなのである。 右脳左脳という言葉があるが、脳の効率を考えた時、 勉強内容の性質やリズムは変化をつけた方がいい。 そういう意味でも、1教科ばかり継続する行為は非効率だろう。 君なりの見出しには何があるだろうか。 5教科の教科書を重ねてみよう。 そしてそれを紐で綴じたものを、1教科とイメージしてみよう。 決して厚くはない。 試験の範囲は、その何十分の一に過ぎないのだ。 学習のメリハリを保てるようにと、 君が拾うべき幾つもの小見出しがその中にある。 試験は1教科なのである。
2008.06.13
毎日の夕食のメニューが5種類しかなかったら、 あなたはどうするだろう。 あなたはどうリクエストするだろう。 「カツ丼」 「ラーメン」 「ハンバーガー」 「焼き魚定食」 「カレー」 これしかない。 カレーの好きなあなたは、初めのうち、カレーばかり食べ、 適度にハンバーガーやカツ丼をおり交ぜながら順調だ。 だがそれもひと月ともなると、いい加減飽きてくる。 たまには寿司も食いたい。 味噌汁と漬物と焼き海苔で、軽く済ませたい。 さっぱりと酢の効いた和風もいい。 ソースの旨いフランス料理も、月に一度ぐらいは味わってみたい。 そんな欲望が、沸々と湧いて来る。 2か月目。 いよいよ限界だ。 「何だ、またカレーかよ」 「だってあなた、カレー好きじゃない」 「いくら好きって言ったって、今月これで15回目だぞ」 「でも、魚もラーメンも嫌なんでしょ? じゃあどうする?」 確かにカレーの好きなあなたは、ほぼ一日おきにカレーを食べていた。 当然飽きるはずだ。 あなたは翌日のメニューに、初めて焼き魚をリクエストした。 翌日の食卓には、秋刀魚が1尾並んでいた。 数ヶ月ぶりに箸をつける、嫌いな魚だった。 あなたは半分ほど食べながら、素直に思った。 大嫌いな魚がいつになく旨かったのだ。 何故だか分からないが、とてつもなく新鮮な嬉しさがあった。 あなたは食べながら泣いていた。 こんな話が実際にあるわけはない。 この話に触れ、何を感じるか問いたいのである。 5種類のメニューを、勉強の5教科に換えてイメージしてみる。 代入してみよう。 毎日の勉強のメニューが5種類しかなかったら、 あなたはどうするだろう。 あなたは何をリクエストするだろう。 「国語」 「数学」 「英語」 「理科」 「社会」 これしかない。 英語の好きなあなたは、初めのうち、英語ばかりやり、 適度に国語や社会をおり交ぜながら順調だ。 だがそれもひと月ともなると、いい加減飽きてくる。 たまには違うものも学びたい。 そんな欲望が、沸々と湧いて来る。 2か月目。 いよいよ限界だ。 「何だ、また英語かよ」 「だってあなた、英語好きじゃない」 「いくら好きって言ったって、今月これで15回目だぞ」 「でも、数学も理科も嫌なんでしょ? じゃあどうする?」 確かに英語の好きなあなたは、ほぼ一日おきに英語ばかりやっていた。 当然飽きるはずだ。 あなたは翌日の課題に、初めて数学をリクエストした。 翌日の机には、計算のテキストが一冊並んでいた。 数ヶ月ぶりにペンを向ける、嫌いな数学だった。 あなたは半分ほど解きながら、素直に思った。 大嫌いな数学がいつになく楽しかったのだ。 何故だか分からないが、とてつもなく新鮮な嬉しさがあった。 あなたは解きながら泣いていた。 話の趣旨は明日語りたい。
2008.06.12

好きです。 5000円たまったか? 頭はのびたかな? うーん、 お父さんとお母さんは、私も仲良くなって欲しいです。 いずれも、2~3年前のもの。 勉強以外のお願いも色々あって、楽しい。
2008.06.11
試験に向けて対策勉強をするとき、 差が出るのは次の4点だと思う。 1 暗記〈知識〉の精度 2 暗記〈知識〉の量 3 照準の正確さ 4 演習の量と定着度 1と2は、セットで力を発揮する。 答案用紙に正確に書けるようにするために、記憶の精度を上げる。 同時に幅広く量を確保していく。 精度を上げるためには、反復してすり込む必要がある。 知識が安定してくると、処理速度が増す。 その相乗効果で量がどんどん増えていく。 3は、それらが的を射た作業であるかを指す。 重点から細部へ、中心から周縁へ、 効率よく攻め込んでいるかどうかだ。 範囲が明確なら、試験で問われる「型」をイメージしてみる。 そしてそれに沿って、点を取るべく作業を重ねていく。 1、2がいくら素晴らしくても、3とずれていては効果は薄い。 4は、様々な問題を解き、実戦力を磨くことだ。 問いには色々なパターンがあるが、量を解くことで解法の蓄積が可能になる。 いわゆるアウトプット作業と言われるもので、 免疫力を高めるためには、対策の仕上げには欠かせない行為だ。 アウトプットしながら課題が出てくれば、 それを再加工し、「知識」あるいは「解法手順」としてインプットしていく。 発見をリストにすることで、定着の奥行きが増していく。 要するに知識を高めるために、再び1に戻り、覚えていくのである。 4は応用力、対応力を具えるためにも絶対に必要だ。 野球のバッティング練習で、直球ばかりやっていても実戦では役に立たない。 様々な投手と向き合い、あらゆる球種を体験し、 それに対する「策」や「コツ」を研究し、初めて本番で生きるのである。 学習も同じなのだ。 範囲に沿った設問を、あらゆる教材から抽出し、 縦横無尽に解きまくってこそ、力が付き、スピードも増す。 そして課題をまた自分の力に変えていく。 その量とフォローが結果を大きく左右するのである。 自分の学習は一体どうなのかを、 ちょっと考えてみよう。 すべて中途半端では、高得点は難しい。
2008.06.11
期末試験まで、あと15~16日。 試験の範囲表はまだ出ていない。 実は定期テストの結果というものは、 この期間の過ごし方で大方決まってしまうものなのだ。 厳密に言うならば、範囲表が配られる前、一週間の過ごし方。 君は試験を意識し、どんな過ごし方をしてきただろうか。 範囲表が配られれば、みなが動き始める。 まるで号令のように、計画を練り、提出物のチェックを始める。 あいつも、あいつも。 普段、部活と遊びに没頭していた者が、 何やら急に色めき立ち、勉強らしきことをし始める。 その時点から動き始めても、君は差を付けることは出来ない。 差を付けるには、号令が出る前に自ら動いていなければならない。 試験をあるレースとしよう。 スタートを早く切ることは、もの凄く有利なことだ。 他者がまだ気付かないうちに、自分だけ先に行ける。 こんな分かり切っていることを、何故みんなやろうとしないのだろう。 ギリギリまで楽をし、先送りし、 実施の通達が出てから、さあどうしようと慌てる。 試験範囲などというものは、前回の範囲を把握していれば容易に判断できる。 中間の次からが範囲なのである。 さらに言えば、 今回の期末の範囲が出た時点で、2学期の中間の範囲までもが分かるのだ。 試験の対策やっているかと私が訊いたら、ある生徒が言った。 「だって、まだ範囲もらってないから」 範囲の配布は、勉強の開始の指示ではない。 そのことをしっかり受け止め、工夫しない限り、 納得いく結果を得るにはほど遠い。 対策勉強というものは、何度もやりながら次第にコツが見えてくるもの。 前回の反省を踏まえ、どうしたらより効率が上がるか、 自身で分析しつつ、高度な展開を求めて行かなくてはならない。 その点が曖昧な生徒は、いつも同じ結果を反芻していく。 対策に 「待ち」 はないのである。 範囲表が出ていないということは、今動けば差を付けられるということ。 今日、単語のまとめをするだけでも、 仲間に一歩先ずることが出来るのである。 試験後生徒に訊くと、 今回は頑張ったのにあまり伸びなかったと言う者がいる。 毎日何時間もやったのに、結果が出なかったと言う者がいる。 彼らの共通点は、スタートが常に「待ち」になっている点だ。 試験の範囲が手元に来て、告知を受け、 すべきことを探しながらやっと行動に出る。 みなと同じ集団でレースをしているから勝てない。 号砲の前に動くのである。 仲間が寛いでいる間に、リードを取るのである。 一歩先を行くことで、余裕が生まれる。 余裕によって、深さが得られる。 普段の勉強で貯金が不十分ならば、 このタイミングで一気に貯めるのである。 得点を買うための準備を、 誰よりも早く仕掛けるのである。 今回はもう2日ほどで範囲が出てしまうが、 次もその次も、そういう意識を持ち、 自分と向き合って欲しい。
2008.06.11
漢字検定の追加受検を7月に行う。 平日夜に実施するので、部活には支障はない。 定期試験も終わり、ベストな時期での検定である。 ご存じのように漢検は、内申書の特記事項として評価が高い。 中3受験生で6月に受けなかった者は、 合否云々ではなく、この受検チャンスを確実に拾って欲しい。 次は秋。その後は半年無い。 ここで今回体験しておくと、絶対有利になる。 6月の受検生も、今回再度受けることができる。 先日の手応えで判断し、希望者は申し出て欲しい。 中2生以下も、受検制度が変わることを念頭に、積極的にチャレンジしよう。 いや、ぜひ必修という意識を持って欲しい。 早めに級を得ることは、後の計画を絶対的に有利にする。 漢字力は、あらゆる教科の記述に影響を持つ。 定期的に受検することが、学校成績や偏差値を引き上げるのである。 親御さんもぜひその点を認識され、 恰好のハードルを与えて欲しいと思う。 繰り返すが、 期末試験も終わり、今回は準備学習の期間も作れるベストな時期に行う。 塾生として、必修であり、 自分を有利にするチャンスだ。 明日11日までに、受検希望者は検定級を教えて欲しい。 今日来る塾生には全員確認する。
2008.06.10
まあ、想定の範囲なのかも知れない。 正直、私自身、よく分からない。 9日はT西中の修学旅行の帰りの日だった。 塾は、その日の夜も授業を行う。 毎年そうしている。 関西から電車で揺られ、最寄り駅に着くのはちょうど授業の開始の頃。 昨年も、一昨年も、少し授業にズレ込んでの到着だった。 みんな家に着くや、テキストを手に急いでここへ来る。 中には家に帰らず車で直行する者もいた。 腹を空かした彼らは、お土産をつまみ、授業に参加していた。 授業があれば、疲れていてもここに来させる。 それがわが教室の慣習であり、 親御さんにも理解と協力を頂いてきた。 私がなぜそういった仕組みにこだわるのか。 それは彼らが受験生だからだ。 君らはもう中2ではない。 半年後には高校の出願先を確定しなくてはならない受験生なのだ。 修学旅行は学校行事だが、受験はそれを超えた次元で訪れる。 確実に訪れる。 時間をどう使うかは、君の問題だ。 塾は君が来る前提でメニューを用意して待っている。 それは、今日という日は二度とないことを踏まえた、君のためのメニューだ。 君らは受験生。 定時に40分遅れた。 だからどうしたと言うのだ。 ここに、この街にいるのなら、足を引きずっても来いよ。 駅で解散した時に、学校行事は終わっている。 違うかい? 塾長は、来れる可能性があるのなら、君らが来るものと信じていた。 どうしてそこまでこだわるのか。 部活の引退も近づき、本格的に受験にシフトしていく時。 中間の反省を抱え、期末まで2週間強の今。 君がすべきことは、君自身が一番知っているはずだ。 どんなに疲れても、ここに来る。 そして自分のために執念を見せる。 受験を乗り切っていく勉強魂は、 ここに足を運び向き合うことで、可能性とともに鍛えられていく。 違うかな。 今回の対象者は5名。 来たのは、1名だった。 休むという連絡が入ったのは2名。 他の2名は、連絡すらない。 休んで当然とでも思っているのだろうか。 連絡を入れた1名が言っていた。 みんな休むってことで話がまとまったと。 君らは帰りの電車の中で、闘わず逃げることを算段した。 そして休むことを前提で、家に直行した。 そりゃあ家に帰って風呂入って、飯食って、早く寝たいだろう。 塾長はそうするなと言っているのではない。 月曜の7時半から9時半。 君らの居場所はどこなのだよ。 家で疲れを癒し、おたべを食ってる時間なのか。 なあ、受験生。 受験ってやつはな、逃げやしないが寄っても来ないぞ。 君が少しずつ踏ん張り、努力を蓄積し、近づいていくものなのだよ。 毎日が勝負なんだよ。 甘え、楽を求めるのは簡単だ。 だが、その小さなことが、やがて歪みになって出てくるぞ。 今日すべきことは、今日消化していく。 かりに理解が不十分であっても、 実行したという達成感が次に繋がるのだ。 だから、定時には君はここにいなければならないのだ。 残りが30分であろうと、20分であろうと、 ここでテキストを開き、教わり、解かなくてはならないのだよ。 今からじゃ、もうあまり時間ないですよね。 そう電話口で言った君。 君はいつから終了の合図を自己管理するようになった。 チャイムが鳴るまでの時間も、延長の時間も、 すべてこの教室が君に対して決めること。 休む口実として、君が都合良く決めることではない。 1名は親御さんから休むという連絡が来た。 疲れているのは分かるが、どうしても来れないほどだったのか。 実際に会っていないので、お叱りを受けるかも知れないが、 特別な日として、甘えを許したとしか思えない。 家の考えに対しては、私は介入できないので、 親御さんの言葉には従う。 だが私がなぜこだわるのかを、ぜひ分かって欲しい。 特別な日ではないのである。 昨年の同時期に、同じような記事を書いている。 ドラマはここにあるという記事だが、 ここで語っている趣旨を、理解していただきたい。 特に修学旅行の件を、じっくり読んでいただきたい。 受験を乗り切っていくスタートとして、今日がどういう意味を持つか。 いやー参ったなという経験や苦しみが、心を作り、 突き進むきっかけを生むのである。 この年は、後日もうひとつ別の問題が起きた。 意識のズレという記事に書いたが、 これは女子生徒だった。 私は吼えているが、 自己管理と意識が、受験期にいかに大切かを分かっていただきたい。 今年の君らは、みな運動部の男子。 体力も加味し、事前に帰宅日に授業をやると告げた。 間に合わずズレ込んだ分は、もちろん補習で埋め合わせる。 だが時間内はここに来て、君のすべき作業をせねばならない。 それが受験生のルールなのだ。 遅れたのならば、荷物を持って直行しなさい。 君と同じ部活の先輩たちもみなそうしてきた。 眠ければ、ここに来てうとうとしなさい。 空腹ならば、ここに来て囓りなさい。 家でくつろぐのと比べ、果たしてどちらに可能性があるか。 空白を作ってはいけない。 収穫云々ではなく、来て頑張ったという記録を残すのである。 それが安心になり、明日の動力になるのだ。 連絡すらなかった2名。 君らの処遇は、じっくり考えたい。 私が帰る時、他塾の生徒を見かけた。 君らと同じ学校、学年の生徒たちだ。 荷物を持ち、遅くまで頑張っていた同級生がいる。 君はその時間、何をしていた。 根性という言葉は今や死語かも知れないが、 君次第でどうにでもなるのだよ。 もう受験生。 親御さんも含め、 すべき線引きを、分かっていただきたい。
2008.06.10

今年もやるよ~ みんないっぱい書いて飾ろう 勉強のこと テストのこと 受験のこと 部活に 友達に 将来の夢 何でもいい みんなで願い かなえよう
2008.06.09
『彩の国高校進学フェア』 の日程が決まっている。 今年は8月2日〈土〉と、3日〈日〉。 例年よりやや遅い日程だ。 埼玉の中3生のほとんどが保護者とともに参加する、一大イベントである。 もちろん塾生の中3生は、全員参加。 しっかり担当の方と話してきて頂きたい。 案内はこちらをご覧頂きたい。 左上の出展リストをクリックすると、参加高校の一覧が分かる。 県内外のほとんどの高校が参加するこのイベント。 一日で気になる学校の訪問をすべて済ますことができる。 校風、カリキュラム、部活、進路と、質問をいっぱいしてみよう。 案内パンフを集めるだけでも価値がある。 その場で内定は出ないが、名前や成績を控える学校も多い。 十二分に活用し、秋に向けての志望校確定に役立てて欲しい。 受験生以外であっても、出向くことで様々な資料を手にすることができる。 制度の変わる2010年入試の情報が、得られるかも知れない。 こういう機会に、積極的にチャンスを拾いに行こう。 予約は一切いらないが、服装は面談できるもので。 生徒は制服が一般だ。 お母さんもこの日だけは仕事を調節し、 子どもの受験と向き合って頂きたい。 2日土曜に行かれるのを勧める。
2008.06.08
塾生の親御さんにお願いです。 ホワイトボードを買ってください。 ホームセンターなどで売っている、軽くて簡単なもので構いません。 45×60ぐらいのサイズがいいでしょう。 それを、食事をする場所、居間などに設置してください。 ボードの近くには食卓があり、テレビがある。 そういう場所を選んでください。 設置したら、子どもに目標点を大きく書かせます。 次の期末テストの目標点です。 小さい字はダメです。 高い、希望とも言える点を、自信を持って書かせます。 1教科ごとに書き、合計点を出します。 そしてその下に、何かコメントを書かせます。 「絶対に取る!」 「必死に頑張ります!」 「達成するぞ!」 モチベーションに繋がるものなら、何でもOKです。 書いた文字は、しばらく消さずにおきます。 期末が終わるまで、食卓のすぐ脇に掲示し続けるのです。 食事をしながらも、テレビを見ながらも、視野に入る状態。 家族が協力しながら、そういう空気を創っていくのです。 試験が終わったら、実際の得点も記入させます。 プラス・マイナスの得点差も書き、 達成していれば花丸を、未達ならば残念な絵を書き込む。 そして次回への目標を、欄外に書かせましょう。 この一連の作業は、確実に得点を引き上げます。 点が取れない大きな理由は、 目標が曖昧であり、 それが子ども自身の中にしかないからです。 常にごまかせる、調整できる状態に置かれているからなのです。 目標は隠し持っているよりも、他者と共有した方が達成しやすい。 その基本を踏まえ、公表、公約させるのです。 宣言することにより、子どもは注目されていることを悟ります。 リビングに自分の書いた文字があり、 毎日、何度も目に飛び込んで来ます。 テレビを見ようとリモコンを手にし、時計に目をやると、 すぐそばで自分の宣言が睨んでいます。 親は語る必要はありません。 環境に語らせるのです。 そういう空気を創るのです。 目標点を書くと言って、メモに小さく書き、 親が修正していてはいつまで経っても伸びません。 親が修正するということは、 その得点は、本人ではなく親の目標点だからです。 また、小さく書くからもみ消されるのです。 堂々と大きく家庭の中に記し、保存することが大事なのです。 ホワイトボードには、他にも色々な活用法があります。 以前書いた記事に、ヒントがあります。 ぜひ参考にしてみてください。 ホワイトボードは、1000円程度で売っています。 目標点はコソコソと書いていても結果に繋がりません。 描き、宣言させ、掲げていくのです。 その行為は、必ず成果をもたらします。 勉強しなさいと語ることだけが、親の仕事ではありません。 勉強させる空気を意識してみてください。 子どもが自分で書いたものは、否応なしに重いものです。 なぜでしょう。 受け身ではなく、能動的だからです。 成功のカギは、そういった自発的な攻めに隠れています。 描かせてください。 そのツールとして、ボードは格好の武器になるはずです。
2008.06.08
みんな、今日の漢検はお疲れだったな。 部活もあるので、時間帯は夜の設定だったが、 みんな定時には集まり、真剣に解いていた。 修学旅行から帰ってきたT中の中3生は、 帰宅後すぐの受検だった。 疲れと眠気の中、それぞれよく頑張っていたと思う。 漢検や英検のようなイベントを教室で取り組むと、 普段眠っている生徒たちの一面を見ることができるような気がする。 漢字など興味の無さそうな者が、対策に顔を出し、 コツコツと自分に力を付けようと頑張っている。 英語の嫌いな者が、リスニングの練習をしにここに来て、 真剣な表情でマークシートを埋めている。 メンバーは、定期試験の成績とは違う、 別の意識を抱えた生徒たちだ。 彼らが頑張り、また同じ境遇の仲間たちが呼応し頑張る。 普段見られない、コミュニケーションと目標が生まれていく。 検定試験は必修ではない。 申し込まなければ、その分、自分に自由な時間が得られる。 でも彼らは申し込んできた。 みながサッカーやバレーで、お笑いで盛り上がっている時に、 ここに来て真剣にカベと向き合うことを選んだ。 尊いことだと思う。 ひと月前の申し込みから、君たちの中に生活上の変化があったと思う。 試験は決まった日時に実施される。 その決定事項が、ジワジワと君を支配していた。 対策で準備し、合格点に届いた届かなかったと、 盛り上がり奮起した時間は、 受検を決めたことにより得られた、プラスの行為だった。 試験が迫るにつれ、不安は高まり、 プリントや過去問が欲しいと、授業後に待ったこと。 家で何度も解き、課題を探し、弱点補強をしたこと。 みんな君の選択が生んだ、価値のあるものだ。 眠っている才能は誰もが持っている。 だがそれを引き出すチャンスは、待っていてはいけない。 自ら場を設定し、追い込むことで発見できる、 深い力がある。 今日、この教室で、頑張ったこと。 自分の証明のために答案を埋めたことを、 忘れるなよ。 準備を含めやり抜いたことは、 合否を超えて、次への君の財産になっている。 午後から夜遅くまで、 教室で6時間7時間と投資したことを誇りに、 しっかり君の記録に刻んでおけ。
2008.06.07
勉強ができない生徒ほど、 勉強を壮大な、まるで命がけで取り組むべきもののように捉えている。 勉強とは覚悟すべきもの。 奮起せねば太刀打ちできない、先の見えないもの。 勉強ができない生徒は、こう考え、 一大決心をもって臨もうとする。 何かをするにも、壮大な計画を立て、 あたかもこの無謀な計画を達成できなければ明日が無いかのように、 自分に修練を課そうとする。 勉強のできない生徒は、 英語なら、「英語」 そのものを攻略しようとする。 数学なら、「数学」 そのものを攻略しようとする。 そうすることが結果に繋がると思っている。 彼らの視野は、いつも漠然とした 「全体」 であり、 「部分」 を探し、拾っていこうとはしない。 本来勉強とは、生活の延長から気軽に取り組めるものだ。 入り口はいくつもある。 巨大な牙城を正面から正攻法で崩していく必要もない。 構える必要はないのである。 君がもし勉強のしがらみに悩んでいるのなら、 すぐできる目先のものから始めてみればいい。 一大決心はいらない。 英語なら、目の前にある単語を覚えればいい。 数学なら、まず連立は完璧にしようと、徹底してやればいい。 あれもこれもと不安な要素を集めても、 処理し切れなければ、君の役には立たない。 計画も完璧である必要はない。 簡単な、すぐ実践できるものから始めればいい。 読書で言えば、長編ではなく短編集のようなもの。 厚い上下刊を身構えて読むのではなく、 どこからでも入れる短編集を少しずつ読んでいく。 そんなイメージを勉強にも重ねてみよう。 明日からではなく、今から。 勉強はすぐ始める旬の積み上げがいい。
2008.06.07
中間テストの結果がほぼ出揃った。 再三督促しても、いまだ報告のない者が3名いるが、 もう、しつこく確認することもない。 彼らの結果は空白になり、次回期末のアップ賞の資格も失う。 成績や理解度、ミスの傾向などが分からないということは、 塾での個別対応に大きな支障を生むだろう。 それ以前に、指導を受けた先生に大して、大変失礼な話だ。 どんなに悪い点数でも、すべてをさらけ出し、 自分で受け止め、先生に教わり対策を重ねていくのが塾。 目的をはき違えてはいけない。 塾は黙秘でごまかせても、自分はごまかせないぞ。 ここに来て教わる目的を、よく考えてみなさい。 今回は全体的に伸ばしてきた生徒が多い。 学校による平均点が微妙に違うので、本来一律に並べられないが、 得点分布はこのような結果だ。 440以上 4名 420~439 5名 400~419 2名 380~399 9名 1学期中間で青天井となる中1は、この中には1名しかいない。 構成を見ると、大半が中3である。 私が注目しているのは、もうすぐ400というメンバーだ。 ここには自力で伸ばしてきた者が何人もいる。 200点台だった数値が、塾と係わり、努力によってここまで来た。 大いに評価したい。 今回100点を取った者が2名いる。 中3のN君は数学で達成。 教室で出来るメンバーと揉まれ、いい感じで結果を出した。 もともとの丁寧さに加え、周りの仲間のスピードが刺激になり、 処理力が高まった印象がある。 社会で失敗し5教科では不本意な結果だったが、 次は合計での底上げに執念を見せて欲しい。 中2のSさんは社会だ。 家でコツコツ頑張る生徒だが、今回は待望の達成、おめでとう。 後日勉強法を訊いたら、 君は学校のプリント内容を、別の紙を使って、何度も書いて必死に覚えたと言っていた。 いいと思う。 成功の体験をまた次に活かしていこう。 理科は早く相談しなさい。 W君、学年1位取れなかったな。 だが、2位は立派だ。 N君も3位を取り、二人で90台が8教科とは素晴らしい。 ともに次回はトップを再度狙っていこう。 理社合計のノルマは190点だ。 今回、掲示デビューを果たした生徒。 もう少しで逃した生徒。 よし、次こそはと燃えている生徒。 1か月後の主役は、今日からの行動で決まっていく。 夏は近いぞ。
2008.06.06
試験は君が受けるものだ。 配られた問題と向き合い、頭を使い、 解答用紙に君自身が知識を刻んでいくものだ。 誰の助けもなく、 調べることも許されず、 頭の中にしまったはずの道具を引き出し、駆使しながら、 時間の中で文字を埋め、答案を作っていく。 試験というと、その答案に視点が移りがちだが、 本来、試験には様々な過程がある。 日程を知り、目標を立て、計画を練り、実践し、 そして必死に暗記し、納得のいくかたちへと仕上げていく。 その試験に向けた対策がどの程度かによって、 答案の埋まり方が違ってくる。 答案の持つ光が違ってくる。 みな知っている。 本気で頑張った者には、良い結果が訪れることを。 だが、みなその過程において、悩む。 いくらやっても理解出来ない、頭に残らない。 思うように行かないジレンマがある。 試験に向けた君の勉強を、一つの作品としよう。 手段は問わない。 範囲に沿った君の創作が課題だ。 納期は試験当日。 君はその作品を持って、答案と向き合う。 さあ、その作品は君の武器になるだろうか。 中途半端な虫食いだらけのものなら、役に立たないだろう。 魂を込め、しっかり組み立てたかどうか。 最後まで諦めず、納得のいく仕上げまで辿り着けたものかどうか。 試験会場で使うのは君だ。 繰り返すが、誰も力を貸してはくれない。 君が事前に、どれだけ真剣に汗をかいたか。 どれだけ自分を大切に考え、行動の貯金をしたか。 その判定が、 答案を前にして起きるのである。 道具を集めよう。 君にとって必要な知識という道具。 テキストを頼りに、そいつを一つ一つ丁寧に組み立ててみよう。 重心や粗密に工夫し、パーツを噛み合わせ、 君にとって武器になる、唯一の作品を作るのだ。 工程は問わない。 だが、納期は決まっている。 試験への準備期間。 君がどれだけ頑張ったかにより、作品の完成度は変動する。 試験の得点は、結果として導き出された数値。 それは、 試験時に椅子に座った瞬間に、君が何を持っているかで決まる。 どんな計算された装備をしているかで決まるのだ。 座るまでの過程で何をし、 その場に、 どんな水準の作品を持ち込むことに成功したかで決まるのである。 試験対策という作品。 未完成では勝てない。 壊れそうなポンコツでは役に立たない。 与えられた過程の中で、 誰にも負けない光を持った、重い作品を紡ぐことに、 一度こだわってみなさい。 これは過去に一度触れたテーマだが、 大切な時期である今、 もう一度触れたいと思った。
2008.06.06

漢字に親しむために、 こんなものを貼ってます。 「あっ、これ知ってる~」 生徒たちが指差し確認していく。 四字熟語はけっこう言えそうだ。 だが、下の段には、 何だか難しいものもある・・・・ 「いしもち」「うぐい」「このしろ」・・・・ う~ん。
2008.06.05
今日から地元中学の修学旅行だ。 7月にかけ、各中学が交代で旅立つ。 関東圏はどこもかしこも京都へ。 昔は修学旅行といえば、秋と相場が決まっていた。 紅葉の京都、奈良。 思い出は尽きない。 6月は梅雨の季節。 いつから初夏になったのだろう。 中学だから? あいにく暫く雨が続きそうだな。 楽しい思い出。 いっぱい持って帰って来いよ。 懐かしいやつをひとつ。 何年経っても、このイメージは変わらない。
2008.06.05
試験の結果を生徒に訊くと、 即答出来る者と、そうでない者がいる。 今後その生徒が、どのような成績推移を見せるか。 そのやり取りだけで、ある程度見えてくる。 自分の試験結果を覚えていない。 それは試験というものの価値が、彼らにとっては弱いからだ。 成功、失敗から生まれる達成感も反省も、一過性で弱い。 各教科どこを間違え、どこで点を稼いだか。 いや、どんな問題が出たかも曖昧なのだろう。 試験というイベントに、ストーリーを描いていないのである。 そういう生徒は、得点への執着も弱い。 「どうせ・・・・・だし」 「たぶん・・・・・だったかな」 こういう台詞は決まって彼らの口から発する。 誰が受けた試験なのか。 誰が問題と闘い、答案を埋めたのか。 採点された答案を受け取り、赤で直したのは誰なのか。 失敗した。 あるいは満足いかない。 そういう感情が、次へのエネルギーに繋がっていく。 悔しい思いをし、次回は絶対に頑張ると行動に出るとき、 前回の記録が起点となる。 本人の意識の中で、その記録が曖昧なまま定まらないのなら、 次へのステップが踏めるわけがないのだ。 計画も作戦も、手順も、一切が手探りだ。 得点への執着が弱くても、自分のスコアを常に捉えていれば、 段取りが組める。 だが、手元にスコアがなければどうにもならない。 自分の得点が分からないという者よ。 他人事のようにごまかし続ける者よ。 断言するが、 君の成績は、何度試験を重ねても上がりやしない。 自分の置かれた状況を受け止め、巻き返しを企むなら、 行動の原点となる得点結果と、答案の分析を用意しなさい。 それらを広げ、素直に受け止め、 目標計画と手順を入念に組み立ててみなさい。 結果を知らなければ、ただの一過性のゲームだ。 試験はゲームではない。 試験とは、学校で学んだことの理解度を測るハードル。 どんな記録が出たのかを正しくファイルし、 自分に還元し、役立てていく義務があるのだ。 答案を親に見せる生徒は多いと思うが、君は問題も親に渡しているか。 親の庇護を受け学校で学んでいる君は、 こういう問題を解き、私はこう書き、これだけ点を取ったと、 親に報告する義務があるのだ。 ここを反省し、弱点を埋めながら次はこう対策を立てていくと、 親に説明する義務があるのだ。 それを、君自身が点も分からず、一体何をやっている。 成績は君自身の姿勢と精神力でいくらでも変わる。 伸びたいのなら、伸ばす算段を組みなさい。 伸ばすために、ギリギリまで頭を使いなさい。 そして、今自分が取れる得点に誇りを持ちなさい。 どんなに悪くても誇りを失わず、 頑張るという方向を見詰めていなさい。 大切なのは点の多寡ではなく、 どれだけ自分を知り、意識し続けているかなのだ。 それが汗を生み、次の 「かたち」 を生むのである。 塾長は伸びた仲間を何人も見てきたが、 彼らはみな得点を言えたぞ。 みんな失敗を悔しがってたぞ。 どんなに低い点でも堂々と言い切ったぞ。 何が違うか。 その原点をもう一度君なりに、 しっかり描き切ることから始めてみなさい。 試験には次がある。 次の一歩。 その足場は、今の得点だ。
2008.06.05
中3生対象の次回北辰テスト。 特別な事情のある1名を除き、 在塾生全員が申し込んできた。 開塾以来初めてのことで、気持ちがいい。 今回は漢検、英検、期末テスト、修学旅行、部活大会と、 過密スケジュールの中での実施。 その中での高い参加率は、生徒本人や親御さんの意識の高さを示している。 大会日程がずれ込むかも知れないから・・・・ 期末の直前だから、そっちに力を入れたい・・・・ 迷っている生徒もいたが、 北辰の意味合いを説明し、前向きな受験を決断してもらった。 今回は様々な検定や試験が一気に来るので、 その準備のし方をどう組み立てるかがとても重要だ。 子どもたちは日程が近づくとそればかり夢中になるが、 本当は、その先にある次の試験も、常に視野に入れておかなければならない。 あまり 「ミクロ」 にならず、「マクロ」 で捉えていく。 全体を見ながら、大局を押さえていく。 最後に控えた期末に向けての対策は、英検や北辰の勉強をしながらも、 同時進行で進めていくのである。 期末の対策が2週間かかるなら、2週間前に始める。 途中、英検や北辰があるからと、期間を圧縮して済ませるわけにはいかない。 むしろ北辰などに時間を割くのなら、 その分、期末の勉強は、普段より早く始めなければならない。 こういった意識と計画性は、試験結果に素直に表れてくるものだ。 目先のスケジュールに追われ、全体を見失ってはいけない。 曖昧な時間計画で一つ一つに没頭していると、 最後が過密になり、期末に対し思うような仕上げが出来なくなる。 そういう生徒に限って、こう言う。 「今回は色々あって、十分勉強できなかったから」 これでは理由になっていない。 作戦ミスは自分にあるのだということを、しっかり自覚せねばならない。 カレンダーは決まっているのである。 カレンダーを操作し、今日何をすべきかということをしっかり記すのは、 君なのだ。 何が 「正」 で、何が 「副」 なのか。 重なった作業の 「濃」 「淡」 をはっきりと描き切るのである。 思うように出来なかったと、後でぼやいても始まらない。 そうならないようにするにはどうすればいいかを、しっかりと考え、 結果という作品を仕上げて欲しい。 受験に向けての一つのヤマがこの6月。 着実に今週から動けよ。 中3の期末対策は3週間だ。
2008.06.04
12 板書を写す時に、用語の漢字説明に書き込んだ欄外の部分まで、そのまま写している。 例えば「徴兵令」を説明するとき、 「徴」という漢字を間違えるなと補足する。 「象徴」と「初期微動」を書き、 「徴」と「微」の違いをはっきりさせるんだぞと告げる。 するとそれをノートに、そのまま復元しているではないか。 縦書きで書けば、ご丁寧にちゃんと縦書きで複写している。 位置までが板書そのままだ。 イラストを描けば、何とそれまで書いている。 お前なぁ、今明治の歴史をやってんだろ? そこに「初期微動」が出てきたらおかしいだろう。 私の場合はよく発展的な説明をするので、 まともに写してたら偉いことになる。 「P派」「余裕」「のび太」「被子植物」。 社会のノートだぞ? 君には違和感というものがないのか。 今何を学習していて、何が主で、何が補足説明なのか。 しっかり聴きなさい。 ノートは自分で後に見て分からなければ意味がない。 復元に夢中になるのはいいが、少しは工夫してみろよ。 13 プリントやワークなどで、途中で答えの間違いを指摘されると、闇雲に書いたものを全部消す。 問いが5個あっても10個あっても、全部消しゴムで消してしまう。 どこが間違っているのか、確認もしない。 誰が全部間違えてると言った。 懸命に考えて出した答えではないのか? 答えに自信があるのなら、消す必要もないだろう。 間違いを指摘されたら、まず戻って1問ずつミスの確認をしなさい。 それでも判明しなければ、答え合わせで赤を入れればいい。 問題を解く時に消しゴムを使うのは、誤りを発見した時だけだ。 あのなあ、 全部消して、答えと解説を待っていてどうする。 できるヤツは、解くという訓練を大切にするものだ。 誤答を恐れずに紙面を埋めようとする。 そして仮に間違いを指摘されても、どれがそうなのか考えようとする。 消しゴムは失敗をごまかすための道具ではない。 修正すべき箇所を発見した時に、初めて使うもの。 おい、 全部消して、ぐしゃぐしゃじゃないか。 自分が記入した解答に自信が持てないヤツはダメだ。 結局都合よくリセットを繰り返すだけで、伸びるはずがない。 14 ワーク・教科書・ファイルなど、必要な勉強道具をいつも学校に置いてくる。 塾でも家でも、やろうと思う時にモノがない。 試験の前でも、提出日の前日でも、肝心な道具が揃っていない。 おい、どうやって対策学習するんだよ。 範囲表にP38~45って書いてあるぞ? 何で学校なんだ? 前回もそうだったよな。 点を取りたかったら、商売道具は必死に抱えて来い。 プリントが無いと友達にコピーを頼み、ワークを借りているお前。 一体、何をやっている。 提出物も間に合わないじゃないか。 勝負は身の回りの確認から始まるもの。 中途半端にモノの管理をしてるヤツは、結果も中途半端で当たり前だ。 荷物が重いって? 冗談こくなよな。 小まめに点検し、カバンに入れないからだろう。 不要なガラクタをいつも詰め込んで、何を言っている。 できるヤツほど、カバンの中身はいつも必要なもので詰まっているものだ。 計画性も注意も試験の一部。 肝心なときに道具が揃わない者は、可能性を平気で捨てる者。 範囲表をなくしたお前もそうだ。 いつまで経っても、伸びるはずがない。 15 ここに書いてあることは超重要だから覚えろよと言うと、考えもせずにすぐ「ムリ」と言うやつ。 用語の暗記を指示する時も同じである。 この5つはセットで覚えろ・・・・・無理・・・ おいおい、お前はたった5つも覚えられないのか。 さっき玄関で唄ってた、平成なんとかの歌詞は何だよ。 そういうものは都合よく頭に入るくせに、無理もクソもあるか。 出来るやつは、早速ノートに朱書きし、語呂合わせを考えている。 点を取るために必要だから言っているのだ。 お前は料理教室で「野菜の皮むき」を習う時、 無理とか言って包丁も握らないのか? それでレシピが作れるのか? 大工を習う時に、棟梁に「ノコギリは引けませんよ、無理です」と言うのか? 同じことだということを認識せよ。 解くための知識の道具がなければ、実戦問題なんか解けやしない。 断言しよう。 考えもせずに「無理」と言うやつは、いつまで経っても絶対に伸びない。16 対策授業などで、いつも決まって定位置のように後ろに座る。 せっかく早く来ても最後尾に座る。 しかも友達と並んで、世間話をし、 さながらピクニックのようだ。 後ろに座ると、板書は見づらく、声も聴き取りにくい。 指導者の指示に対する緊張感も、距離の分弱くなる。 私が作業を与え、巡回すると、 そういう生徒はいつも取っつきが遅く、空欄も多い。 手で隠し何をやっている。 そのプリントの落書きは一体何だ。 今は絵文字を習う時間か? 埋められないのなら、前に来いよ。 対策は自分のために参加し、自分で知恵を奪って帰る場だ。 おい、お前。 今どこやってるんだ? 答え合わせも間に合わず、結局隣に聞いてるじゃないか。 そんなんで何が残る。 できるやつは、何しに来てるか真剣に考え、 いつも最前列で緊張しながら恥をかいている。 その違いをよく考えるのだな。17 プリントを解いている時、「なあ、○○、今日体育でさぁ」 などと脈絡のないことを言っている。 お前なぁ。 そんなに体育が好きなら、ウサギ跳びでもするか? 今、何やってんだよ。 目の前の課題に集中し、解くのが仕事だろ。 お前のひと言で仲間が迷惑してるってことが分からんか。 鼻唄うたってるお前も同じだ。 それにちょっかい出してるお前も同じだ。 なぜ黙って神経を一点に集められない。 そういう行為をするヤツに限って、 家でも学校でも、同じように散漫な時間を過ごしている。 今日体育で何だよ。 BTBの色反応と、どこに関係があるんだよ。 私の前でやれば頭を叩くが、叩かれる前によく考えろ。 短時間集中型の塾でさえそういう感覚の者は、 時間の割に頭に入らず、結局伸びてこない。18 授業で説明を加えると、「先生それ、習ってませ~ん」と勝ち誇ったように言う。 3人揃って、まるで輪唱のように言うヤツもいる。 だから、何だ。 習ってないのなら、今ここで学んでいけよ。 塾ってのは、お前の知らないものを習う場だろ。 それとも何かい? 学校でやってないものはやる必要がないってことか? あのなぁ。 どんな学びにも初めってものがあるんだよ。 何をいつ教えるかは、指導者が決めることだ。 こういう発言をする者は、よく思い付きで言うクセがある。 答えを訊くと、考えもせずどんどん言ってくる。 ただ知ってることを並べているだけ。 記号問題の時なども当てずっぽうに言いまくり、 考えている節がない。 そりゃあ、何度も言えば当たるだろうさ。 できるヤツは、習ってないことを習えるということに期待感が溢れている。 習ったことばかり復習していれば、飽きて文句を言い。 習ってないことに触れれば、壁を作り拒絶する。 お前は一体なにを学ぼうとしている。 どんなメニューにも食い付いていく姿勢が芽生えない限り、 伸びないのだということを知りなさい。
2008.06.03
以前に書いたもの〈加筆あり〉に新作を加え、 一度まとめておこう。 君はこれらに該当しないだろうか。 伸びる伸びないは君次第だ。 1 テストの時、「始め」の合図の直後に、懸命にシャーペンの芯を入れ替えている。 しかも筆箱をガサガサあさり、なかなか見つからない。 かなりのロスタイムだ。 できるやつは直前に数回ノックし、芯がまだあることを必ず確認する。 さりげないことだが、この習慣はとても大切だ。 入試では絶対にロスを起こしてはならない。一事が万事である。 みんなが解き始めているのに一人でカチカチやっている。 私が監督の時はそいつの前で腕を組み睨む。 結局芯がなく、先の丸い鉛筆で解き始める生徒もいる。 何をしている。 そんなんで勝負に勝てるのかい。 スタートからすでに負けていることを自覚せよ。 消しゴムがないおまえも同じだ。2 プリントの大問3から解けと指示しているのに、一人だけ大問1を解いている。 右半分後半の○○からやれと2度も指示しているのに、 ご丁寧にも左上の1番から始める。 人の話を聞いていないのだ。 そういう生徒はいつも決まっているが、見つけしだい頭を叩く。 結局解き直しでみんなに遅れを取り、答え合わせに間に合わない。 私がボードで解説しているのに、まだ下を向いて違う所を解いている。 揚げ句に、解きながら前の答えの○つけを同時進行で行っている。 到底理解できているとは思えない。 自業自得である。 集中して話を聞きなさい。 「えっ、どこ?」などと隣りに聞いているヤツも同じだ。 漢字が違うだろ!3 プリントの大問1の答え合わせの後、2を飛ばして3をやれと指示した時、「えーっ、2番やんなくていいの? やって損したー」と言うやつ。 損しただと? 問題演習に損得があるのかよ。 指示された所だけ仕方なくやっているのなら、すべて身にならないと思え。 みんながやっていない2番が解けたということは、 自分だけプラスになっているということを自覚しなさい。 こういう省エネタイプの生徒の頭は、常に受け身であり、絶対に伸びてこない。 伸びる生徒は、時間が余れば指示を待たずに次の問いにどんどん向かっていく。 やった所が飛ばされても苦笑いで文句を言わない。 そして最後に答えを確認してくる。 損したという生徒たち、この違いをよく認識せよ。 そもそも先に進めるだけのスピードが必要。 お前なあ、 空欄ばかりで先に進んでもしょうがないんだよ。4 赤ペンで修正していく答え合わせの時、記号問題の解答を「ア」とか「ウ」のように記号しか書かない。 自分の書いた「エ」に×を付け、脇に赤ペンで「ア」を書き込む。 「ア」が何なのか完璧に理解していればいいが、 出来ない生徒の大半は、よく解らずに正解の「ア」を書いているだけだ。 おまえが知るべき知識は「ア」という記号なのか。 出来る生徒は、問題文の選択肢の用語も同時にマークしている。 あるいは解答欄の脇に記号の指す意味を書き込んでいる。 「ア」とか「エ」とかをいっぱい集めて何になる。 たまたま当たった選択肢の場合はもっと悲惨だ。 ○を付けて終わり。確認もしない。 おい、大切なのは、正確な知識をいかに身に付けるかではないのか。 問題文の用語をマークせずにただ○×してるだけなら、 クソの役にも立たない演習だ。 そこの「イbオイ○××エ」って何だよ。 説明してみろ。 5 テストの氏名欄に書く名前が、判読不能なほど乱雑極まりない。 続け字のうえ斜めに傾き、速記のようなヤツがいる。 漢字の部首も旁もゴチャゴチャで、文字の切れ目すら判らない。 そういった、慌てて書くやつは、決まって点が悪い。 往々にして後半頭を抱えて伏せていたりする。 そんな暇があったら丁寧に書き直せよ。 出来るやつは答案の文字もそうだが、名前もしっかり書いてくる。 「始め」の後の落ち着きの差が、そのまま出ている。 おい、名前の後にハートマークを描いてる、そこのお前。 テストはゲームや遊びじゃない。 スタートから精神的に負けていることに、 いい加減気付きなさい。6 ペンケースの中身がいつもゴチャゴチャしていて、肝心なものが入っていない。 ペンケースがやたらと膨れている。 中身を見ると、シールやらキーホルダーやら落書きメモやらが次々と出てくる。 中には、ポケットティッシュやガチャガチャのケースが入っていたりする。 外はといえば、ストラップが数珠のように提げられている。 外見は、メール文字やハートマークで、 ニューヨークの地下鉄のようだ。 あのなあ。 ペンケースはその名の通り、文具を入れるものではないのか。 そういうヤツに限って、コンパスを取り出すと芯がない。 マーカーがかすれて出ない。 消しゴムに鉛筆の芯が刺さっており、使うと黒くなる。 一体何なんだよ。 出来る生徒は、必要な物が確実に収納されている。 しかも忘れたやつに貸してやるほどの余裕すらある。 授業に必要な道具は何なのか、認識の差がもろに出る瞬間だ。 おまえらの商売道具は何なのか。 中3で虫キングとかスーパーボールとか、後生大事に持ってるやつ。 おい、おまえだよ。 今日中に、100均で消しゴム買え! 7 ここに書いてあることは超重要だから覚えろよと言うと、考えもせずに「ムリ」と即答する。 用語の暗記を指示する時も同じである。 この5つはセットで覚えろ・・・・・無理・・・ おいおい、お前はたった5つも覚えられないのか。 さっき玄関で唄ってた、平成なんとかの歌詞は何だよ。 そういうものは都合よく頭に入るくせに、 無理もクソもあるか。 出来るやつは、早速ノートに朱書きし、語呂合わせを考えている。 点を取るために必要だから言っているのだ。 お前は料理教室で「野菜の皮むき」を習う時、 無理とか言って包丁も握らないのか? それでレシピが作れるのか? 大工を習う時に、棟梁に「ノコギリは引けませんよ、無理です」と言うのか? 同じことだということを認識せよ。 解くための知識の道具がなければ、実戦問題なんか解けやしない。 断言しよう。 考えもせずに「無理」と言うやつは、 いつまで経っても絶対に伸びない。8 プリント学習の答え合わせの時、自分の間違えた部分を懸命に消しゴムで消し、正解を書き込んでいる。 何故そんな面倒なことをする。 間違いは赤ペンで修正していけばいいだろう。 答え合わせは、誤答と正答を比較し頭にイメージ化する作業でもある。 消しゴムで消しながら、プリントをクシャクシャにしてるヤツ。 汚い消しゴムで、プリントを真っ黒にしてるヤツ。 隣の解答欄まで消してしまい、せっかくの正解が半分消えているヤツ。 何をやっている。 答え合わせは赤ペン一本でどんどん進んでいくもの。 余計な作業で分かりにくくしてどうする。 こういうヤツは、テストの時も見境なく消しゴムを使う。 途中まで合っているのに、それを控えずに全部消しまくる。 作文もそうだ。 何回消せば気が済む。 もっと技を磨きなさい。 できるヤツは部分消去の技を持っている。 歯を食いしばって消しているヤツは、 必死の割りにいつまで経っても伸びない。9 試験の時に、まだ充分時間があるのに、問題用紙に夢中になってイラストや絵を描いている。 こういう生徒に限って点が悪い。 諦めているというか、緊迫感も根性もない困った連中だ。 少なくとも制限時間のある、タイムトライアルの時。 お前は脳みそも使わず何をやっている。 見直ししても分からんだと? だったら悔し泣きして、次から分かるようにしてみなさい。 できるヤツはギリギリまで粘り、見直しを繰り返す。 用紙の欄外は、計算、下書き、推敲などで一杯だ。 おい、そこの「ドラえもんの七変化」とか書いてるお前。 4BとHBの使い分けは見事なもんだが、 人生のタイミングを踏み誤るなよ。 裏返しの答案に名前は書いたんだろうな。 10 学校や塾の連絡事項を、ペンで手の甲にメモ書きし、ゴチャゴチャになっている。 忘れないように記録するのは悪いことではない。 だがお前たちにはメモ帳というものがないのか。 ひどいヤツになると1週間前のものが消えずに残っている。 そこに重ね書きするから、まるで斬新なアートのようだ。 そもそも何故、筆箱に「ポスカ」が入っている。 花丸で色分けしてるヒマがあったら、メモを用意しなさい。 そんなことに夢中になっているから、肝心な連絡を聞き漏らすのだ。 しっかりした生徒は、メモすらいらない。 連絡プリントもクリアファイルなどでしっかり管理している。 お前のプリントはどうだ? まさか、カバンの中でクシャクシャになってないだろうな。 手に書くことに夢中になる前に、よく聞き、頭で整理しなさい。 ノートも机も、落書きだらけではないか。 教科書にプリクラを貼ってるような生徒は、 成績上位者にはいない。11 テストが近づき、授業で暗記すべき重点を指示すると、「今やっても、忘れちゃう~」とか言う。 忘れちゃう~だと? じゃあお前はテストの前日に、すべてまとめて暗記するのか? ほう、大したもんだ。 そんな時間と集中力をいつから手に入れたのだ。 じゃあ聞くが、前回のあの点数は忘れずに取った点なのか? それ見ろ、 直前にお茶を濁して、結局点が取れないではないか。 忘れるのは気合が足りないからだ。 仮に忘れたなら、見直せばいいだろう。 インプットは1回ではない。 何度も見直し、反復し、定着させていくものなのだ。 汗を掻いて必死に暗記している先輩たちを見習え。 ワークに「ちょ~でる!!!!」なんて書いてる暇があったら覚えろよ。 教えていて悲しいぞ。 今やらないから結果が出ないのだ。いい加減に気付けよ。 今やっても、わすれちゃうだと? じゃあいつやれば忘れないのだ。 結局、口実を作って逃げているだけではないか。 断言しよう。 そんなやつは直前にいくらやっても忘れるだろう。 いや、直前になってもやらずに逃げ続ける敗者だ。 俺は、いまやれと言っている。
2008.06.03
6月の教室は様々なイベントで忙しい。 検定試験の後に、月末には期末テストがやって来るが、 計画と行動の歯車をしっかり噛み合わさないと、 ただ慌ただしいままで夏を迎えることになる。 中3生はここに北辰と修学旅行が重なる。 行事予定だけでなく、月間の学習計画を必ず立て、 受験の序盤戦での収穫を大切にしたい。 教室には連絡用のホワイトボードがあるが、 生徒によっては全然見ていない者がいる。 大事なことを書いている。 見ずにやり過ごすのは君の勝手だが、 知らないと困ることが必ずあるはずだ。 下駄箱のすぐ脇にあるのだから、 後で聞いたりしないで済むよう、チェックすること。 今月は特に多いぞ。 修学旅行の帰りの日は、 塾開始時刻に間に合えば授業は行う。 毎年間に合っているので、今年も普通に行う予定だ。 教材を持たずに直接来てもいい。 とにかく受験生はここに来ることが使命と考えよう。 数日間離れていた勉強の感覚を取り戻すように、しっかり学び、 翌日ゆっくり休めばいい。 今日は衣替え。 街のあちこちにも、 少しずつ夏色が増している。
2008.06.02
続きだが、 先生のこういう偏屈なこだわりが、 社会科嫌いを育てているような気がする。 「排他的は付けなくてもいいが、付けた方が意味が通じていい。排他的経済水域とはEEZと言って、国ごとの鉱産・水産資源を守るために、協定によって定めたラインのことだ。漁業の規制などが騒がれるが、与えられた水域の資源を守り管理していくという別の役割も持っている。面積世界一はアメリカだが、日本も世界6位という広さがあり、資源保護の面で考えても世界の中で大事な位置付けにあるんだ。沖ノ鳥島の護岸工事は、この水域を守るために行われたことは知ってるよな。この水域の制定によって、遠洋・沖合漁業の枠が狭まり、養殖・栽培漁業などの育てる漁業が・・・・」 私が教師なら、 地図や写真、グラフなどを手にこんなことを語るだろう。 「排他的」という意味をよく説明し、 両方正解とするだろう。 そして入試に向けてこうした方がいいと、アドバイスするだろう。 学校ではどうなのだろう。 生徒の興味は、先生の指導方針と実演で、大きく動く。 「やっても報われない」 生徒がそう思い始めない、素敵な理解のある、 そして興味をひく授業を期待したい。
2008.06.01
地元の中間テストで、納得のいかない問題があった。 ある中学の社会の問題だが、こんな問題だ。 『資源保護のために他国の漁業活動を規制している水域を何と言いますか』 答えとして、200海里の経済水域というものが浮かぶと思う。 塾生も 「経済水域」 と書いたが、×だったらしい。 正解は 「排他的経済水域」。 経済水域と書いた生徒がかなりいたようで、 複数の生徒が抗議したが、一切受け入れないとのことだ。 確かにEEZを訳せば、「排他的経済水域」 だが、 公民の教科書を開くと、 「経済水域」 と明記され、「排他的」 とは書かれていない。 この扱いは教科書ごとに異なり、 排他的を〈 〉で括って表記しているものも多い。 この中学も地理の教科書 〈別の出版社のもの〉 には、 「排他的経済水域」 となっており、 公民の教科書には 「経済水域」 となっている。 今は社会ニュースなどの呼び方でも、「経済水域」 が一般である。 私が納得いかないのは、 少なくともその中学で使用している教科書 〈公民〉 に書かれている太字の用語を、 忠実に答えていて、何で×なのかということだ。 先生は何にこだわっているのか、一切受け付けないそうだが、 本来×というものは理解されていないものに与える判定。 この生徒は意味も背景も十分理解していながら、 先生のジャッジによって 「分かっていない」 と判定されている。 塾では直接私が社会を指導しているが、 試験前の対策でも、排他的は付けても付けなくてもいいと指導した。 指導用の教材、ワーク等は、いずれも排他的は 〈 〉 か無しの扱いだ。 現に北辰テストでも入試でも、「経済水域」 で○である。 と言うか、模範解答が 「経済水域」 となっている。 国の教科書に明記されていることは指導要領の範囲。 先生のこだわりは分からなくもないが、 入試で正解とされることを書いて不正解となるのは、いかがなものか。 納得がいかない。 私の見解? 変えませんよ。 入試では 「排他的」 は付けなくても○ですから、 今後もそう指導していきます。
2008.06.01
同じ程度の理解を持ちながら、試験結果に差が出るのは、 スピード力の違いに因ることが多い。 A君 何事も慎重にこなす生徒で、字もしっかり書く習慣が付いている。 問題に対しては、一つ一つをじっくり考えながら進める。 まず問題用紙に答えを書き、それをまた丁寧に解答用紙に写していく。 問題用紙の記入にも、しっかり漢字を使い、殴り書きはしない。 まるで自己採点のために答えを複写しているかのようだ。 あらゆる作業が丁寧で、卒がない。 B君 いつも雑で、字も汚い。 問題は必要な部分以外は読み飛ばし、あまり深く考えようとしない。 問題用紙の答え記入は、その時の気分。 消しゴムもあまり使わず、ペンで塗りつぶした訂正跡があちこちにある。 解答用紙はさすがに綺麗に書くが、それでも字は決して丁寧ではない。 この両者を比較したとき、 私の経験では、B君に軍配が上がることが多かった。 理由を色々考えてみた。 見て歴然としているのは、「スピード力」の差だ。 試験は制限時間内で処理するもの。 どんな立派な考えや知識を持って臨んでも、 答案に反映させなくては得点にはならない。 A君はじっくり時間を掛けまとめる作業には長けたものがあるが、 一定時間内に仕上げる上での時間の使い方には課題がある。 逆にBくんは、雑ながらも、仕上げるという点では目的を失っていない。 試験で高得点を取るためには、 答案の密度と正確性を上げることが必要だ。 そのためには、時間の中で処理速度を調節するテクニックが求められる。 不得手な設問には時間を割く。 そして、解ける設問は高速で処理していく。 速さのアップ、ダウンと言うか、 自分の中に時間配分のリズムを確立していくのである。 答案の書き方は丁寧に越したことはないが、 時間を犠牲にしてまでこだわることはない。 ○ならばいいのである。 その分の時間調節が、数分という問題と向き合うタイムロスに繋がる。 3分でも5分でも素早く終えることで、見直しに移ることが出来る。 見直しはどこを重点にすべきか、解きながらマークしておくのだ。 そういった処理のメリハリが身につくと、 点を取るべく部分と、拾うべき部分の組み立てが、 徐々にうまくいくようになる。 試験は自分のペースに酔ってはいけない。 相手の示した問題量と内容に対し、 どう対処すべきか、全体を見て即断しなければならない。 すべてを順序よくこなすこともない。 出来る出来ないをすみ分け、速さのアップダウンを意識し、 答案にエネルギーを注ぐのである。 A君はその点を意識すれば、大きく伸びるコツを掴めるはずだ。 試験にとって優先すべき点を外さないこと。 努力と得点術は、 ある意味別次元で磨かなくてはならないものなのである。 メリハリあるアップダウンとはどういうものか、 最後に一つ例を書いておこう。 問1~問8まである試験問題。 C君はまずザーっと目を通し、 自信のなさそうな問3、問6に印を付けた。 以下、その手順。 〈 〉は高・中・低の処理速度。 問5 〈中〉 直前の暗記を使う問題 忘れないうちに丁寧に 問1 〈高〉 基本問題 リズミカルに処理 問2 〈超高〉 得意な部分 高速処理 問4 〈中低〉 出来そうな問題 やや慎重に 問8 〈高〉 得意な部分 高速処理 ここまでの回答のミスチェック〈超高〉 問6 〈低〉 苦手な問題 思い出しながら処理し半分ほどで中断 問7 〈低〉 範囲からそれた応用題 時間を掛けミスに注意 問3 〈超低〉 苦手で時間の掛かる問題 ザッとやってみて途中中断 問1~2を再度見直し〈高〉 問8の入念な見直し〈中〉 問4の空欄をやり直し〈中低〉 問7を再度問題から読み直し完答にもっていく〈中〉 問6と問3に再度トライ〈中低〉 全体の見直し〈高中〉 問5の再チェック〈超高〉 問6とりあえず何か埋める〈超高〉 残り5分 問3の完答を目指さず全体見直しをする〈中〉 問1から順にやることがすべてではない。 設問には序盤も終盤もないのだ。 それは、君が時間を割り振って解いていく上での、 ストーリーに過ぎないのである。
2008.06.01
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