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高齢で入党されたUさんの歓迎会。それぞれが自己紹介をした。Uさんも人生を語った。40数年前、党員のKさんを知り、以来ずーと支持をしてきた。党の人は皆いい人ばかり。この歳で何もできないが、ご一緒させてもらいますと・・・。一品料理持ち寄りで、テーブルは盛りたくさん。楽しい歓迎会。みんなで世直しで頑張ろうと、固い握手。
2007年10月31日
昨夜から承知の、今朝は長野駅頭での宣伝当番。ところが、がばっと起きたのが家を出る15分前。いやはや、大失敗の大慌て。急いで急いで、駅へ向かう。小生がいかないと、音が出ない。ハンドマイク持参は市議の担当。遅れれば、責任重大。現地に到着したのは、音出しの5分前だった。ややほっと。県委員長の司会で、原田・中野さん・衆院北麓信越の比例で、長野1区の予定候補山口さん・石坂県議がそれぞれ訴えた。今日はおもに山田洋行元専務の宴席への接待について「宴席に防衛長官経験者」「守屋前次官認める」など、今朝の赤旗しんぶん記事の、赤嶺政憲議員の衆院テロ特別委員会での追及を取り上げた。驚くべきことが次々と明らかに。しかし、「宴席に防衛長官経験者」その人の「名前は」の追及、時間切れでさらなる追及が出来なかった。市田書記局長が記者会見・・・二つの大事な問題が明らかとなった・・・として。○「守屋氏が、接待を受けた軍需専門商社「山田洋行」の元専務との宴席に、旧防衛庁の長官経験者が同席していたことを認めたことです。「森田氏は相手に迷惑をかけるからといって名前は言わなかったけれども、明らかになれば迷惑迷惑がかかるような話し合いがその宴席で行われていたということだ」と指摘。「官僚と軍需産業との癒着だけでなく、成果との癒着が明らかになった」と強調。○「テロ特措法の目的以外には油は使われていないということをアメリカ大使館と口裏を合わせをしたことを喚問の中で自ら明らかにしたことです。」・・・略
2007年10月30日
毎週月曜日が「赤旗」しんぶんの配達日。控室で配食弁当について、関係施設の職員と懇談。長野市に配達料(燃料費)50円くらい補助してほしいとのこと。150食の配達をしているが、赤字である。希望する高齢者は増える一方。範囲を拡大し、希望にこたえたいが負担が多すぎる。燃料代くらいの負担をしてもらえば、需要にこたえられる。これまでやってきた長野市はわずかに23食で撤退するとのこと。一層重要な役割を果たさなければならない。市の事業の隙間を埋めるどころか、本格的に取り組むことが必要な時、詩の民間業者への支援を求めたい。同感であり、早速検討し対応したい。
2007年10月29日
昨日は24時間雨。今日は、朝から好天気。妻は、10・28東京集会で医療生協の要請で早朝東京へ。私は、赤旗集金で読者を訪問。市議選で共産党が6人全員で当選で、大喜び。「私は貴重な一票を原田さんに入れてよと話し,入れてもらったんだよ。」とうれしいそうに話してくれた。感謝である。「この辺は学会が強いんですよ。」という。でも、最終日、『「I」をよろしく』との絶叫に閉口、抗議しようと思った。よほどひどかったのか。「原田さん、この辺は昔は学会が影響あったが、今回はちがいますね。団地のおじちゃん達がすごかったたよ」「お茶飲み懇談会」に参加している仲間が、元気にがんばっているから・・・。様相は一変。空気が変わってきた。「共産党頑張れ」明るく元気な住民の暖かい空気が醸成している。
2007年10月28日
午前中、長野市の市制110周年の記念式典に来賓として出席。式典は午後1時50分ごろ終了。午後の行動 台風が近づいていて、雨は午前から、午後にかけても晴れる気配はなし。しかし、雨には負けられない。北陸信越の比例代表の予定候補「山口のりひさ」さんとともに街頭宣伝を行った。若槻支部がアナウンサーや付き添えで行動を共にしてくれた。私の地元上野の中央公園では、降りしきる雨の中、山口典久・原田のぶゆきが訴えた。雨の中、握手を求めて宣伝カーに来てくれた支持者。うれしい。お茶飲み懇談会で、仲良くお付き合いをしてきた団地に赴き、訴えた。雨の中、次々にコーモリ傘をさして聞きに来てくれた。戸をあけて、じっと聞いてくれている馴染みのおばあちゃんもいた。「頑張れや」「応援するからな」うれしい。自称「姥捨て山」どころか、この団地のしたたかな生き方に大いに学んでいる。18回も続いている、お茶飲み懇談会への期待も大きい。「やめないで、続けて欲しい・・・。」うれしいこと。午後5時から、山口さんと若槻の地元の区長さんはじめ著名人を回った。「がんばって。応援するから。」うれしい励ましの言葉・・・感動である。この行動を通して、2人に日曜版購読してもらった。夕方6時 若槻団地の「国政・県・市政語る懇談会」開催。 雨の中にもかかわらず、22人が参加。 山口さんはじめ、石坂県議、原田が訴えた。 第一部、1時間の報告と懇談・ダムはどうなるんですか。・長野市の労働相談は施策が貧しい。しっかりやってほしい。・今度は国政で頑張ろう。などなど、気持ち一つで頑張ろうと意志統一。第二部は懇親会。 田中応援団のTさんが「それぞれの選挙御苦労さまでした。引き続く国政でも健闘を祈ります。健康に留意されがんばってください」とあいさつして「乾杯」。 そばが7割という「団子」入りすいとんは最高。 山口さん、石坂県議と談笑。 楽しい一時。 1100世帯がこの支部の活動範囲。 支部が主役で、ご近所の人たちと仲良く付き合い影響を広めている。
2007年10月27日
長野市は、今年春から県議選、参院選、市議選と頑張り善戦健闘をした。 今度は総選挙。 国政の選挙では、わが党は苦戦している。 参院選も。 今度こそ、「衆院選挙」で「山口さん」を国会へ押し上げたい。 1回の選挙で当選させたい。 そんな思いを込めて、今日は、中野さなえさんと一緒に活動した。 共産党の足腰強く、土台を作るため日本共産党への入党のお誘いをした。 元創価学会員の人が、呼びかけに応えてくれた。 「一貫して共産党を応援してきた」と。 あとの二人は、二十歳時代から共産党の新聞を読み、一貫して支持してきた。 「あなた方が頑張らないと、世の中良くならない。ともによろしく」と奥さんともども入党をしてくれた。 夕方雨の中・・・女性後援会の仲間と 「赤旗しんぶん」購読のお願いで、地元を訪問。今年春から、県議選、参院選、市議選と続いた選挙のご支援にお礼を言い、「今度は国会選挙で山口さんを押し上げたい。そのために、赤旗しんぶんを購読してほしい。」と訴え、次々購読に協力してくれた。
2007年10月26日
市議選前後を通して、共産党市議団始め、市民や議員及び各会派から議会の改革問題で提案があった。 さっそく本日、会派代表者会議が開催され今後どうするか協議した。 すでに、市議選直後にわが党市議団は、議会改革案を独自に会派及び各議員に文書で申し込んでおいた。 新しく結成した自民系与党新友会と社民系の市民ネットから離脱して作られた「政信会」という会派も、わが党市議団とかなり共通する内容で提案し記者会見までした。 机の上には、二つの提案が各会派の代表に配布されていた。 今後どうするか、協議したいとの議長の提案があった。 私は、「各会派や無所属議員の議会改革の案を持ち寄り、公開の場である議会運営委員会で議論しよう」と提案した。 いろいろあったが、各会派の案を、11月12日までに持ち寄り精査し、検討することとなった。 わが党市議団が市民の声を議会に反映し、短期間のうちに、議会で議論されることになったことは喜ばしいこと。 議会の様変わりと言えるのでは。 市民の目線で大いに議会改革で頑張りたい。
2007年10月25日
先日死亡事故を起こした交差点に信号機設置をと、地元区長さんとともに警察署と長野市の交通政策課へ要望に出向いた。 後を絶たない事故に、必ず大きな事故につながるのでは心配していた矢先、バイクとダンプの衝突で、バイクに乗っていたご近所の団地に住む63歳の男性が死亡してしまった。 頻繁に起きる事故に、地元から区長さんへのひっきりなしの要望、また私にも、市民から「何しているのか」との強力な要請もあり、本日の要請となった。 カーブで見通しが悪いところに、交通量が多く、横断するに一苦労。 車の間隙をぬっての横断は、命がけ。 道路の在り方が、構造上不安全。 それぞれの関係機関も承知している。 これ以上の大きな事故の起きないように、速やかな信号機設置が必要となっている。 長野県の公安委員会や、建設事務所にも要望する必要があるので石坂県議にもお願いするつもりだ。
2007年10月24日
市長室で、恒例となっている議会選出の農業委員の委嘱を市長より受ける。そのあと、市長と懇談。市長は、「農業公社が始まったが、ほぼ順調に行っている」とのこと。とりわけ、農業支援事業は需要に追いつかないほど、という。しかも、信州大学の学生が校内で組織され大勢の学生が登録し協力してもらっている、とのこと。1時間740円の労賃(パート代金)で1か月ほぼ45、000円ほど。この労賃に対して、長野市が支援することを提案。ところが市長は支援どころか、事務手続きなど支援しているので、一部を市に還元してもらいたいと言った。(市の職員は「それはできない、労働者派遣法にひっかかる」からダメといった。私が「小規模農家は、大変だ。」さらに「30ヘクタールもやっている、大規模農家も食ってはいけない状況だ。」と一言。市長は、「とんでもない。うまくやるかどうかは、農家個人の責任。個人責任だ」と言ってのけた。傍らにいた職員は、「そうなんです。品目横断農業で大変なんですよ」と、一言いいながらうなづいた。新自由主義の典型のような市長発言にさもあらんか。この問題でも、12月議会で論戦に挑みたい。
2007年10月23日
質問のみで、45分間。質問しがいある時間である。今から質問準備で資料集めなど、調査活動で忙しい。財政・合併建設計画の進捗と今後の計画・合併特例債の運用状況と今後国保会計○国保会計の10年間の推移・加入状況・国保料の推移・滞納者数・滞納額の推移・短期保険証並びに資格証明証の発行状況・国からの補助金削減の推移・滞納者の年齢と年収入・住民税増税で国保・介護料への影響を受ける人数と額保健福祉○子どもの医療費入学前まで無料の現状について・対象人数は・・・年齢別で・長野県と長野市の財政負担分は・長野市単独となるが6年生まで引き上げるとすれば、対象人数は何人か。財政負担はいくらか。・国からのペナルティもあると言われているが、長野市の場合どうなるのか。・医療費の窓口無料を施行している自治体もあるが長野市ではどうか。障害は何か。○後期高齢者医療制度と長野市での課題・長野市・・・75歳以上の高齢者何人。制度導入により国保・健保脱退者何人となるか。扶養されている高齢者は何人か。・長野市の保険料はどのくらいになるのか。○産婦人科など医療対策・長野市における産婦人科医の現状と問題点、今後の課題。○労働問題・雇用・・・市内の派遣・臨時・パートなど非正規雇用の実態と対策。・労働相談件数とその内容について・市内障害者雇用の現状と対応策などなどを当面調査中。
2007年10月22日
昼の12時から1時までの1時間、「後期高齢者医療制度」凍結と見直しで署名を行った。議員では石坂県議と私、さらに地区委員会や県委員会の勤務員など総勢8人ほど。石坂県議が風邪にもかかわらず、マイクを握り署名の協力を訴える。30分ほどぶっ続けで訴えたので、声がしわしわ気味。代わって私も30分ほどマイクを握った。「来年4月から75歳以上の高齢者を対象に後期高齢者医療制度が施行される。年金が1か15000円以上の方から月々6200円の保険料が天引きされる。今でも、介護保険料が年金から4000円ほどひかれているので、合わせれば1万円以上となる。暮らしていけない。具合が悪くてもお金が心配で病院へ行けなくなる。滞納すれば保険証がこない。お年寄りの命も健康も脅かすこの制度は、凍結・見直ししかない。そのために署名運動であることを伝え、協力を呼び掛けた。1時間で78筆の署名ができた。次々と、信号待ちの高齢者も若い者も時間を割いて署名してくれた。声を大にして、世論を高める必要がある。
2007年10月21日
暑さ中の市議選で、アナウンサー・運転手・炊き出し・事務所のお手伝いなど、大変なご苦労をいただいた皆さんと表記の内容で懇談会を開いた。 春の県議選で長野市区で2議席確保や参院選で中野さんが大善戦、市議選でも6人全員当選で日本共産党への期待と注目が集まっている。 来る総選挙で、山口さんを国会へ押し上げる絶好のチャンスと30人が集まった。私が、市議選以降の議会の動きについて報告。山口さんは、長野市議会など地方政治に大きな変化が起こっていること。国政では衆議院で日本共産党は9議席、今度は650万票獲得で倍以上に議席を増やしたい。自公の悪政を変えたい。後期高齢者医療制度、戦争と9条などわかりやすい話に一同、うなずいて真剣に聞いていた。懇親会では、「山口さんへの質問」タイムが設けられ、参加者全員が集中質問。・民主党の小沢さん、最近おかしくないか。・どうしてこの道に入ったのか。・子供は何人いるのか。・奥さんをどうやって大事にしているのか。・生まれは、両親は。・学生時代何をしていたのか。などなど、書ききれないほど質問攻めにあう。明るく、和やかな懇談会。お酒も手伝ってか、元気のいい集いであった。前田鉄工労働組合幹部の指揮で「がんばろう」の全員合唱でお開きとなった。
2007年10月20日
昨日、私から交通事故問題で区長さんに電話したら、早速区長さんから連絡があった。一刻も早く、交通事故解消で関係機関へ要請したいとのこと。長野市、長野県、中央警察など所管の公的機関への要請を行うこととなった。
2007年10月19日
トラックとバイクが衝突し、63歳のバイクの人が死亡という新聞記事を見せられた。場所は、私が市役所に行くとき通過する交差点。大小の事故が頻繁に起きているところである。すでに、地区でも、私も関係の機関には、信号機など交通安全施設の整備について要望をしていた。とうとう、死亡事故となってしまった。交差点から先線は現在行き止まりとなっており、完成時に信号をつけることになっている。しかし、もはや、道路整備の後の信号機などといっていられない。ご近所や知人から、「何とかしてほしい」と強い要請である。早速、関係区長さんに連絡し、「再三、市に要望してきたが、死亡事故という大事故で見過ごせない。」「区長さん始め関係者の名前で再度要望してほしい。」「私も積極的に、事故のないように安全施設整備で、市の道路課や交通政策課などへ働きかける。」と連絡。快く要請することを約束。時間をとって一緒に関係機関へ要請に行くことになった。「大事故がおきないと、交通安全対策はすすまないのか」と厳しいご意見も頂戴した。対策を速やかに取れるよう手を打ちたい。
2007年10月18日
市議選も終わり、控室の大掃除と模様替えもひと段落した。今日は、4年間ともに苦労してきた仲間の労をねぎらい送別会を行った。
2007年10月17日
その一。最終日、候補者である私の地元を、ゆっくりと候補者カーを走らせて最後のお願いをして回った。その時、これまで尋ねても、「足が悪いから、投票にも行けない」と言っていた80歳を超えるご夫婦がなんと、よちよち歩きで玄関から道路まで出てきて手を振ってくれた。いわく、「福祉のことで一生懸命やってほしいから」と無理無理出てきたという。その様子を見ていたご近所の人は、「あの人が外へ出てくるなど考えられないこと。よほど、福祉の願いで託したいことがあったのでは」と言って、この人も、感動気味。その二。同じ時間の、同じ場所でもう一人の女性が、出てきて励ましてくれたが、その時「共産党でないとだめだね」といったという。傍らにいた方が「共産党に入りたいんじゃない」という情報を教えてくれた。市議選から3週間ほどたつが、こんなことがあったとはゆめゆめ思いもよらなかった。共産党への期待、注目度は少しづつ上昇している。期待にこたえた頑張りが今必要と、痛く感じている。
2007年10月16日
膨大で不必要な書類がかたずけられ、今日は机、本棚などの移動で合理的な配置換えが完了した。議会事務局職員も、かたずけられた部屋を見て、「広くなりましたね」と言ってくれた。部屋の面積は特に広くなったわけではないが、みんなの創意でレイアウトが功を奏した感じだ。議員や団事務局職員が力を合わせた、協力のたまもの。ここを拠点に、本格的な議会活動が開始される。
2007年10月15日
市議選後ようやくゆっくりと散髪。馴染みの床屋さんで、ややもするといびきまでして寝てしまう。今日も、市議選の話をしながら、ひと眠り。親戚からも立候補する者がいて、複雑な思いであるという。しかし、地元で、店にいつも来てくれる一人でもあり、わが「原田」を応援してくれた。期待にこたえなけらばと思う。
2007年10月14日
市議選のポスターに代えて、新しい紅葉色の「山口のりひさポスター」を張り出した。支部の皆さん総勢7人で3組で総行動。3、000世帯の周辺に一気に115枚が貼られ、燃える「山口ポスター」が目につく。自公政治への批判は今も続いている。県議選、参院選、市議選と多きく前進したこの勢いで、総選挙では「山口さん」を国会へ。連続した3つの選挙で疲れは出ているが、長水や長野県党の踏ん張りで、北陸信越の比例で国会議員を取る構えが求められている。分厚い共産党を作ることと併せて宣伝でも大いにがんばろう。午後は、住民自治協議会主催で「元気なまちづくり市民会議」が開催され、来賓として出席。市長ほか、各部長も3人出席。20年来の要望である、産業廃棄物処分場の撤去問題。地下水や雨水の汚染でリンゴやコメが心配。自然環境の悪化で、これから先、未来永劫にわたってこの一帯が住めなくなるのでは。市はもっと踏み込んで、ボーリング調査など徹底してもらいたい。と厳しい指摘があった。我慢がならない。堪忍袋の緒が切れた感じ。市の対応に、痛烈な批判が相次いだ。リンゴやコメは特産地。風評による消費者への影響で農作物の販売も心配。じりじりした思いである。住民「放っておけない。産廃業者の敷地内調査ができなければ、敷地外調査はできるはず。」市「意向に沿って検討したい」住民「検討ではだめだ。この場でやると答えてほしい」市「なんとか検討したい」児童館、児童センターは満杯。ほぼ60人定数が倍の120人。おやつの時間は、学年ごと3回に分かれて行っている。とても正常ではない。拡充してほしい。児童クラブ施設は、耐震診断をしたが、限界である。他への施設の移転、耐震強化策を講じてほしい。強い口調での要望。保護者「5年も前から要望してきた。危険でしょうがない。一刻の猶予もないこと。」と切実 な訴えだ。市「わかるが、お金がない。他にやらなければいけないことが山ほどあり、そこまで回らな い。」人口2万人で年間10万人以上も利用のコミニュテーセンターは、あまりにも狭すぎる。改築を要望したい。との声はこれで何回目か。毎年である。市「耐用年数はまだ。お金がなくとても拡充できない」と冷たい答え。住民自治協議会を長野市で真っ先に立ち上げ、環境、福祉、子育てなど雪かたずけ、読み聞かせなど、他分野にわたって利用している。本格的に住民自治のモデル作りで頑張っているこの地区は、やる気満々。取材に来ていたある社の記者は、「若槻はすごいですね。活発ですね。驚きました。」と感想を述べていた。私も来賓のあいさつで、「『元気なまちづくり市民会議』は、市長の公約で、前の市長のときの『緑のテーブル』の呼称を変えて、長野市や市長が命名したもの。元気の出る会議にすべきだ。長野市や市長の最大公約であるなら、福祉や子育てなどで頑張っている地域住民の声に真摯に耳を傾け向けるべき。予算の使い方を住民の目線で質してもらいたい。入札差金や道路や公共事業の年度の繰り越しもかなりある。きちんと使えるようにすべきである。。特に児童クラブについては緊急焦眉の課題。議会で大いに頑張りたい」とあいさつした。流石会長さんもまとめで、「最初から最後まで、すべてが『金がなくできない』では、さっぱり元気が出ない。何のための市民会議か」会長さんも少々あきれ顔。それにしても、地区住民は、「自分たちでできることは、自分たちでやろう」と気持ちは十分にある。必要な支援をしないとこの気持ちも癒えてしまう。まさに、議会での大奮闘が求められていると痛感。
2007年10月13日
15日に模様替え予定の控え室。大々的な大掃除は、今日も続いた。大昔のワード「ルポ」2台。印刷機、古のカメラなどなど廃棄となる。片隅に、ほこりにまみれて置かれている段ボール箱。中身を点検。何と、40年か50年も前ではないかと思われる、わが党市議団の大先輩達の奮闘ぶりが綴られている資料が積まれていた。貴重品である。大事大事に保管。しかるべき時が来たら、資料集として世に出したいものばかり。わが党市議団の歴史と伝統を汚さずに、市民の命や暮らし守って引き続き頑張りたい。「生活と健康を守る会」駒沢団地班開く。 18回目の「お茶飲み懇談会」を続けてきた、生健会「駒沢団地班」の体制強化目指して会議を開いた。班はまだ小さく、これからが正念場。11月の県の総会めざして、班を強化することと、総会へ大挙して参加しようと討論。今後、月1回は班会議を開き、会員を増やし、さらに県の総会には3人は行こうと確認。地域に根ざした班を作ろうと意気が高い。元気のいい班会となった。
2007年10月12日
午前中、控室の大掃除続行。不必要な書類が大量に出た。執務室でなく、だんだんと「議員控室」に姿を変えつつある。15日が模様替えがの最終日。議員個人の持ち物の整理は前日の14日まで。しばらくは連日超忙しい日々となる。夕方は、稲田地区後援会の懇談会。20人ほどが一堂に集合。私が、選挙後の市議会の動きについて報告。議会運営委員会委員長や農業委員に就任したこと。党市議団のメンバーが、新たにつくられた少子化対策特別委員会の委員長に任命されたことは画期的なこと、など報告。党市議団が7議席減のなか、6議席確保で存在感増していることを確認。参加者は皆大喜び。私が、議会運営委員会委員長になったことも、「すごいね」。さまざまな要望を受け止め、実現めざして頑張ることを誓う。石坂県議も県議会報告。市議、県議ともに共同で住民要望解決で頑張ることを誓う。
2007年10月11日
昨日の議会人事の議会に続き、今日は補正予算や監査委員など、市長提出の議案審議のため臨時議会続行。 議案が3本のため審議時間に余裕があり、休憩時間の合間に控室の整理整頓・大掃除となった。 4年以上の長い間山ほどたまった、書類などを片づけた。出るは、出るは資源ごみ。貴重な資料はしっかりと保存するも、不必要なものが大半。それでも、みんなで協力しながら、後片付けの成果が出て控室にふさわしい「議員控え室」になりつつある。 これから4年間6人の議員が力を合せ、公約実現目指して全力投球で「市民の暮らしが第一」でがんばり決意である。
2007年10月10日
議会の機構と議長、副議長など人事を決める議会が招集された。まずは、議長、副議長選挙が行われた。わが党市議団は、議長候補に宮崎副団長。副議長候補に私、原田が立候補。それぞれ、所信表明を行った。私は次の通り、副議長としての所信を述べた。副議長選に当たり「原田のぶゆき」の所信表明 日本共産党長野市議団の原田のぶゆきです。副議長選挙に立候補するに当たり所信を述べさせていただきます。 私は20年前、自らの人生の大転機となる市議会議員となって以来、一貫して地方自治の精神である「住民の安全、福祉、健康の増進を図ること」を信条としてきました。今、ますます重要な課題となっています。 小泉「改革」の下で、市内の格差と貧困の広がりは際立っています。 国民健康保険料を払いたくても払えない滞納者が、一万世帯を超え、就学援助を受けざるを得ない児童・生徒は3、800人余です。 さらに、住民税や公的年金控除がなくなり、若い者も高齢者も税金が2倍・3倍・4倍となり、国民健康保険料や介護保険料も上がり、圧倒的な人たちが、暮らし向きが悪くなったとの声を寄せています。これに追い打ち掛ける様に、長野市は、介護手当を削減、成人学校の受講料も値上げし、さらに、国は、来年4月から後期高齢者医療制度の創設で、75歳以上の高齢者から容赦なく、保険料を6千円余も年金から差し引きとしています。暮らしはますます深刻になるばかりです。こういう時にこそ、議会や議員が、子ども、高齢者、障害者はじめ市民の暮らしの守り手として行政に対すチェック機能を果たさなければなりません。とりわけ議員自らが、議会費の使い方などきちんと襟を正すことが求められています。 市議選を通して、市民の皆さんから議員や議会に対して、市民の声をきちんと市政に届けてほしいこと。税金の無駄遣いを正してほしいことなど、要望が寄せられました。 そこで、私は、次の点について提案したいと思います。 第一は、政務調査費による視察や委員会など行政視察では旅費規定での請求はやめ、すでに長野県議会も実施している通り、実費請求とし、費用弁償・日当なども請求しないこと。 第二に、政務調査費における3、000円以内の会費での飲食はよいこととしているが、税金での飲食は一切中止すること。第三に、海外視察については、介護手当の削減や成人学校の受講料の値上げなど市民に耐えがたい痛みを強いている中、長野市にとってさしあたって税金を使っての海外視察の必要性はなく、廃止すること。第四に、議会報については、質問者の個人名や会派名を明記し、各議員、会派の議論を市民に情報提供する視点で改善を図ること。第五に、議会質問のうち、個人質問については、一問一答方式に改め、代表質問と同じように制限時間は質問のみとすること。以上について、提案します。すでに、会派代表者会議でも、各派の議会費の予算要求の際に議論し、全会一致で、「改めて議会運営委員会で議会改革について協議すること」を申し送りすることになっています。私は、議会改革について真剣に取り組んでいきたいと思います。また、「戦争はしない」「武器は持たない」「他国で戦争しても協力はしない」という憲法9条の精神が込められている、非核3原則明記の「長野市平和宣言都市」を堅持し、冬季五輪で平和を発信した長野市から、全国に、世界に憲法9条を守ろうの声を広げていく決意です。私は、副議長として、議長とともに力を合わせ、議会の民主的運営に全力を尽くし、議会が市民の代理者としての役割を果たすことのできるよう重責を果たす所存です。議員各位のご支持をお願い申し上げ、副議長選挙にあったての私の所信とさせていただきます。結果は新友会が24票。私は9票。公明党が5票。無効1票。党市議団のほかに3名が投票してくれた。過去にない得票であった。また、各委員会の役員人事も決まった。わが党市議団の関係は次の通り。建設企業常任委員会 副委員長に「阿部孝二」新設の少子化対策特別委員会委員長に「野々村ひろみ」議会運営委員会委員長に「原田のぶゆき」農業委員には「原田のぶゆき」が選出された。いよいよこれから、本格的な議会活動が始まっていく。市議選での公約実現目指し全力を尽くす決意である。
2007年10月09日
細かな雨が車のフロントを濡らしている。秋らしい少々寒い朝だ。週一回の配達の当番日。配達コースは、30部で約30分。手頃な配達時間だ。配り始めたら、雨足が強まってきた。濡れないように、新聞をやっけで覆いポストへ入れてくる。菅平など東の山並から、真っ赤に染めた雲が出てきた。見事な朝焼けだ。こんな光景は、早起きしないと遭遇できない。早起きは三文の得。今朝は、それを地で行った。妻と数か月ぶりの温泉に。(ではなく1年ぶりという) 午後になり、雨足が強くポスター貼りは中止。午後5時ごろ、急きょ、妻とともに飯綱東高原にある天狗の湯と洒落こんだ。県議選、参院選、市議選と三つの大きな選挙があり、一時も気が抜けず温泉どころではなかった。県議選・参院選は自分の選挙以上に頑張れということで、特に県議選では、自分の選挙でも出来なかった、全集落で県政報告会を開いてきた。参院選でも市議選以上に対話や支持拡大をこなしてきた。それもあり、さらに、市議選でもがんばり、得票率ではほぼ20%に近い健闘をした。ようやく、2時間ほどの貴重な時間を使い、妻とともに温泉で一休みとなったのである。帰りは、家まで約30分。山道を下り始めると、小さな動物に出会う。タヌキだ。何と、国道に出るまでの20分ほどで、狸の出会いが4回。猫に2回。しめて小動物に6回も遭遇した。4匹のタヌキの出会いには、驚いたし、感動もした。しかし、車にはねられたタヌキなど小動物の死骸が道路上に見かけることもたびたびだ。人の命も健康も守らなければいけないが、里山に住むタヌキ達小動物も安心して棲み続けられる自然環境も守らなければと痛感。明日から2日間、臨時議会。9日は、議長、副議長など議会の機構と役員選出。10日は、補正予算など議案が提出される。
2007年10月08日
第31回の若槻文化芸術祭に招待されあいさつ。これからは、来賓で呼ばれるのは、地元の議員としては私のみ。地元の自民系の県議が苦杯をなめ落選。地域では、議長経験者の「大物」市議も先日の市議選に出なかったので、議員は私だけとなった。 会場に行くと、早速、「今日の来賓あいさつは議員さん一人で頼みます。」と言われた。通常は、区長会長もやるのに、それが抜き。ともかく、遠慮なくやらせてもらった。舞台部門では、地元小学生のコーラス、合奏、皐月高校の吹奏楽、舞踊、大正琴、民謡、コーラスなどなど、デパトリーは幅広い。展示部門では、写真、絵画、盆栽、書道、松代の建物の手づくり模型など多種多彩の出し物である。 地域の知り合いが、一同に参集しているので、会う人会う人「おめでとう」「よかったね」「がんばって」など、お祝いと励ましの言葉がよせられる。 中には、全く面識ない方からも、「この地域ではあんたしかいないから、店に来る人来る人、原田さんにね」と言っていたよ。という電気屋さん。 人口2万人のこの若槻で、県議もいなく、市議で私がただ一人。責任の重さを実感した。がんばらないといけないことを痛感。中野さなえさんも公募で絵を出展 中野さんのホームページに載せている、中野ギャラリーの「絵」が壁一面に展示された。数十点という大規模出展。HPでも評判だが、この会場でも人気上々、大好評。日本共産党の参議院長野選挙区候補者で、先の選挙でも大善戦大健闘の余韻残っている会場の雰囲気だ。「原田さんと同じ上野だそうで」などと言われれば、小生も、まんざらではない。共産党員も様々な形で、個人の持ち味活かした地域とのかかわりを積極的に持ちたいものだ。
2007年10月07日
県議選や参院選、市議選に協力してくれた皆さんを尋ね入党のお勧めをした。「県議選で長野市で2議席、参院選でも中野さんは大きく支持を伸ばし、市議選でも6人全員当選で、共産党への期待は強い。 しかし、国の悪政を変えるにはあまりにも議員が少ない。得票を伸ばし、議席を大きく伸ばしたい。そのためにも共産党を大きくしないといけないが・・・。」と呼びかけ、64歳、72歳、39歳の男性が快く応え入党してくれた。 しっかり握手した。長く続いている「お茶飲み懇談会」の参加者で、選挙でもチラシ配りなどで協力してくれた人たち。 さらに、日刊紙の読者で、39歳という、まだ若いのにリストラで休職中の人。 「毎日、ハローワークへ行き就職を探しているが全くない。親の遺族年金に世話になっている。困っています。」と言った。 「日本の政治の貧困は、臨時やパート、派遣労働などでまともに働く環境になく、賃金も安く大変な事態、責任は国にある。悪政の大本を変えないと暮らしは良くならないことを話す。 日本共産党を大きくして政治を変えましょう」と訴え固い握手をした。人口の1%の共産党を作る計画に挑戦。
2007年10月06日
来年度の議会予算で会派代表者会議が開かれた。海外視察、政務調査費、費用弁償などである。わが党市議団は、海外視察は廃止を主張、政務調査費は実績を見て、月額97、000円のところ月12、000円減額で85、000円とした。 海外視察は、どこの会派も希望なしで、来年度は行われないことになった。また、意見の相違があるので、今後、議会運営委員会で協議することを「申し送り」することを確認した。 市議選で市民から寄せられた声が反映し、海外視察は「希望なし」。市民の声を代弁した、わが党市議団の主張や提案は、実現へ一歩前進。しかも、今後「議運」で協議するとしたわけだから、さらなる改善に向け道は開かれた。 9日の議長選、副議長選のための立候補の受付を行った。わが党市議団は、議長選に宮崎副団長、副議長選には団長の私が挑戦する。他派は、与党の新友会は予想外の4期のO氏。6期のT・M氏はどうしたんだろうか。新会派の政信会は、社民系の市民ネットから飛び出した11期のM氏。副議長は、党市議団代表で私原田が立候補。与党はN氏。公明党は、今回は出なかった。与党の新友会が過半数いかないので、公明党を引き寄せたか。水面下でいろいろ画策はあったかもしれないが、わが党市議団は、海外視察廃止、政務調査費での飲食は一切廃止など、議会改革を掲げて本会議場で主張する。10月9日が議長や副議長、委員会の委員長、副委員長の役員を決をめる議会である。
2007年10月05日
昨年、「にこにこ会」旅行を行ったまま、選挙が続いたため反省会をやらずに来てしまった。次回の旅行の相談を兼ねた総会を開いた。国会解散などで総選挙も予想され、いつ頃がいいか、定かでないが春ごろにしようかと検討。北海道の有名な動物園。魚がおいしい温泉場など。一杯飲みながらの相談会は、2時間余。後援会恒例の旅行会が待ち遠しい。
2007年10月04日
この各派代表者会議は、議会運営の為の議長や副議長など議会の役員構成を決める為、議会運営委員会の役割を担うもの。議運に匹敵する重要な場である。最大会派与党の新友会は、過半数割れの17名で4人が出席。わが党市議団は、第2会派の6名で原田(団長)・野々村(幹事長)の2人が出席。公明党は5人で1人。与党の新友会から2人が飛び出し、さらに、社民系の市民ネットから2人が出て、民主系の新人1人を加えた新会派、政信会は5人でここも1人。わが党市議団6人の存在感は、ぐうーっと大きくなった。議席数で比例配分すれば、定数2人の監査委員や農業委員も配分されても問題なしの勢力となった。当然、常任委員会や特別委員会、監査委員、農業委員など議席数に応じ、民主的に配分することを求めた。明日が本番。来週の9日~10日が臨時議会であり、様々な攻防が続くかも知れない。あくまでも、公開で民主的に役員人事を進めて行きたい。
2007年10月03日
市議団の役割が決まる。団長 原田のぶゆき副団長 宮崎利幸幹事長 野々村ひろみ副幹事長 小林よしかず(政策委員長)副幹事長(渉外委員長)あべ孝二副政策委員長 佐藤久美子(合併・中山間地担当)事務局 角井純子電話・ファクス 266-7882ご要望、ご意見遠慮なくお寄せ下さい。
2007年10月02日
記者会見発表内容議会改革に関する党市議団の提案 今回の市議選を通して、市民の皆さんから議員や議会に対して、市民の声をきちんと市政に届けてほしいこと。税金の無駄遣いを正してもらいたいことなど、様々な要望が寄せられた。 そこで、次の点についてご提案したい。 まず一つは、政務調査費による視察や委員会などの行政視察では旅費規定での請求はやめ、すでに長野県議会も実施している通り、実費請求とし、費用弁償・日当なども請求しないこと。 二つ目は、政務調査費における3、000円以内の会費での飲食はよいこととしているが、税金での飲食は一切中止すること。三つ目は、海外視察については、介護手当の削減や成人学校の受講料の値上げなど市民に耐えがたい痛みを強いている中で、長野市にとってさしあたって税金を使っての海外視察の必要性は無く、廃止すること。四つ目には、、議会報については、質問者の個人名や会派名を明記し、各議員、会派の議論を知らせるという視点に立った内容に改善をはかること。五つ目は、議会質問のうち、個人質問については、一問一答方式に改め、代表質問と同じように制限時間は質問のみとすること。以上について、提案する。
2007年10月01日
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