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けっきょく、真の「自分」などは誰にも、当の本人にもわからない。本人も自分はこうだと思い込んでいるだけです。 物事の真相などというものは、誰にもわからない。それを見る人によって異なるのだから。
芥川龍之介の「薮の中」の映画化である「羅生門」(1950年大映)がそれをテーマにしたものですね。 京の都に近い山中で、旅の武士の死体が発見される。検非違使に事件の関係者が尋問されるが、その証言がそれぞれ食い違う。
旅の武士とその妻が山賊に襲われた。そして侍は死亡し、妻は山賊に狼藉される。逮捕された山賊(三船敏郎さん)、や武士の妻(京マチ子さん)、発見者の証言、霊媒師の口を借りて語られる死んだ武士の霊の証言。それぞれが語ることが異なっていて、真相は人間の心の奥深い薮の中。
黒澤明監督の出世作であり、ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した作品として知られます。
この「羅生門」は私も好きで、初めて見たのはNHKのBSだったか教育だったかで、これはすごい映画だと思いました。
黒澤監督の作品では「隠し砦の三悪人」(58)と「用心棒」(61)とともにベスト3だと思っています。 有名な「七人の侍」(54)はそれほど面白いとも、世間でいわれるほど良いとも思わない。
アメリカで作った「荒野の七人」(60)の方が映画としてもよくできているのではないか。
西部劇「荒野の七人」は設定がオリジナルの「七人の侍」よりも納得のできるものです。
山賊団に悩まされている村の農民が国境を越えてアメリカの町に自衛のための銃器を買いにやって来る。出会ったユル・ブリンナーの拳銃使いに「銃を売っている所を教えてくれないか」と頼むと、彼は銃は高いし、それよりも拳銃使いを雇うほうがいいぞ、と。
そういうわけで、村人は七人の拳銃使いを雇って村へ帰る。
黒澤監督の「七人の侍」の農民は江戸時代の農民だといわれます。
戦国時代の農民は浪人を雇わなくても自分の村は自分で守ることができるはずだと。 兵農分離以前の村人は専業農民ではなく、兵士でもあって、合戦に参加して戦った経験者がいくらもいるはず。現にこの映画でも村内から槍や刀や甲冑が発見され、こいつら「落武者狩り」をやってたんだと(刀狩り前の農村に武器があってもおかしくないはずだが)。
「七人の侍」の基本設定が成立しなくなれば、その映画世界も「嘘」になってしまいます。
西部劇「荒野の七人」の良い点は、農民は「自分たちの手でやろう」という自立心が最初からあることです。ただそのための武器を買う伝手がないから、出会ったアメリカのガンマンに代わりに買ってくれませんか、となったわけで。 話が「羅生門」から脱線して「荒野の七人」になってしまった。
連合艦隊司令長官 山本五十六 2022年06月13日