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今日は雨のためウォーキングは中止した。連れ合いと映画「ナポリの隣人」を見に出掛けた。イタリアの親子関係と隣人との交わりなどが描かれている。ナポリの風景が見られるかと期待したが、薄汚い町の様子しかなかった。映画の内容も少し重たいものだったが、世界中何処にでも同じようなことがあるものなのだ。***インドがカシミール地方のパキスタン側を空爆した。カシミール地方はパキスタンとインド、そして中国に囲まれた山岳地域で、インドとパキスタンの永年に亘る紛争の土地である。互いに領有権を争ってなお解決が付いていない。今回インドが停戦ラインを越えてパキスタン側に侵入し、バラコットにあるテロ組織の最大の拠点を爆破したのだ。インドが越境して空爆をしたのは1971年以来のことだ。この空爆の原因となったのは、14日にインド北部のジャンム・カシミール州プルワマ地区で発生した、同国警察隊を狙ったイスラム過激派ジェイシュ・モハメド(JeM)による自爆テロ(インドの治安部隊の車両に爆弾を積んだ車が突っ込んだ)で、インドの治安部隊の42人が死亡した事件だ。今回の空爆はそれへの報復とみられる。(インドメディアは300人~400人のテロリストが死亡したと報じている)まず、インド政府は報復を宣言し、インド軍がJeMと銃撃戦を始めた。その後の流れでパキスタンの支配地にあるJeMに向けて砲撃を開始し、パキスタン側も応戦したため、数千人の住民が避難する事態となったようだ。今回の空爆時に撃墜されたインド軍機のパイロットは、パキスタン軍に拘束されが、その後釈放された。然し釈放されても、危機回避には繋がらず、緊張感は続いている。インド側の言い分は、14日のテロにパキスタン政府が支援するなど関与している(パキスタンは存在を否定)とし、パキスタンは之を否定、その証拠を出せと迫っているようだ。このテロ事件以来、インドはパキスタンに対テロ対策としてなんらかの具体的行動を起こすように要請したが、パキスタンは動かなかった。この事件以来、両国間は再び悪化の一途を辿った。インドはパキスタンに付与していた最恵国待遇を剥奪し、パキスタンからインドへの輸出品に200%の関税をかけた。今回の紛争は今に始まったことではなく、1947年にインドとパキスタン両国がそれぞれイギリスから独立以来紛争が続いている。植民地時代はインドとパキスタンは一体だったが、独立する段階でイスラム教徒の多かったパキスタンがヒンドゥー教徒中心のインドから分裂した経緯がある。こう言った宗教上の問題もあって、インドとパキスタンは常に犬猿の仲なのだ。特に、カシミール地域の領有問題は両国の対立を象徴するものとして永年騒憂の中心になっている。このこの地方を巡って、過去に3度戦火を交えている。第1次印パ戦争は独立時、第2回は1965年、そしてバングラデシュ独立をめぐる3回目は1971年のことであった。ここ数年も、断続的な銃撃戦などは起きていたが、大規模な戦闘は、第3次印パ戦争後は影を潜めていた。1972年、国連の調停によってインド・パキスタン管理ライン(LOC)が設定され、両国は1999年、LOC沿いに軍事衝突に至ったものの、今回、インド、パキスタンの両軍機がLOCを超えて互いを空爆し合ったことは、1972年以来、初めてのことだ。それだけに今回の衝突は異例であり深刻だ。このように、今回のインドとパキスタンの緊張は、1971年以来の高さのレベルのもので、それぞれが核保有を宣言して以来の極めて重大な事態だ。このまま本格的な紛争に突入すると、両国が核の使用に走らないとも限らず、世界が等しく両国に自制を求めているところだ。これは、アジア全体の安全保障のバランスが崩れる恐れもあって危惧されている。両国は「抑止力」の名の下に核開発を競い合ってきた。特にパキスタンがインドによる越境攻撃に備え、戦術核ミサイルの開発に力を入れてきた。その結果、インドは約130発の核弾頭を有し、パキスタン側は140発の核弾頭を有している。(一説にはインドが130~140発、パキスタンが90~110発を保有しているとするものもあり、様々だ)両国とも核拡散防止条約(NTP)には加入しておらず、互いの国をターゲットに軍拡競争を進めているからだ。北朝鮮がNPTに加入していながら、日本など不特定な国を全て核攻撃の対象にしているのとは異なってインドとパキスタンは、互いの国同士が対象であっただけに、世界的にも放置されていた感がある。パキスタンのカーン首相は就任当初インドとの関係改善に意欲を示していたが、現在の関係は悪化に転じている。この空爆を受けてパキスタン軍はその後侵入してきたインド空軍の2機を撃墜したと発表し、撃墜に先立って、カシミール地方のインド側の支配地域を報復空爆している。互いは自国に都合の良いような発表をしているが、緊張感が高まっていることに変わりは無い。カーン首相は27日、テレビ演説し「状況がエスカレートすれば、私や(インドの)モディ首相にも制御できなくなる」と述べ、モディ氏に対して事態収束に向けた対話を呼びかけた。モディ首相の方も全面衝突は望んでいないはずだがこの状態の放置は危険である。インドの今回の空爆は、4~5月に総選挙を控えている、モディ首相は、与党が劣勢とされる中、世論から弱腰対応を批判されたくないとの思いがあり、有権者を意識したものだとする穿った観測もある。一方、パキスタンのカーン政権は軍部に近く、軍内部の強硬論を無視できない。発足後、半年しかたっておらず、反インドの世論にも配慮せざるを得ないといったところだ。ここで問題が、より複雑になっているのは両国の世論だ。インド政府とパキスタン政府は、それぞれ「緊張のエスカレートを望んでいない」と公言しているものの、互いの国の国民に根深く残っている民族(宗教)上の対立としこりだ。こう言った双方のナショナリズムの高揚が、人々の不満や不安を互いに相手国への敵愾心となって攻撃を助長する事になりかねないのだ。新聞などで掲載されている、写真を見ると、自国が相手国を攻撃したときの驚喜する場面が描かれているが、こう言った人々の心の中には、核戦争になったときに互いがどうなるかなどの思慮はまったく見られないのだ。このように、インドとパキスタンの両首脳は、自分の支持を高めるために相手国への国民の敵意を利用しながらも、それが暴走しないようにコントロールする必要があるわけだ。両国の首脳であるモディもカーンも自らの権力の維持のためには、こう言ったナショナリズムの発露を無視して行動するわけにはいかず、国民を慰撫しながら、自らの権威を保つという、ポピュリズム的な行動を取らざるを得ないことになっている。両国のバランスが崩れる事態になれば、インドを支援するロシア、パキスタンを支援する中国やサウジアラビア、そして両国のいずれとも軍事協力を行うアメリカなど、周辺国を巻き込んで緊張感が増すことが懸念されるのだ。インドはヒンズー教徒、パキスタンはイスラム教徒と、互いの独立は、民族を分離する意味もあったわけだが、永年の対立は、一向に治まることはないようだ。インドもパキスタンもカシミール地方に近い互いの空港を閉鎖し、対峙している。アメリカは両国に自制を促しているし、中国も最悪の事態にならないように回避することを求めている。こういった時にただただアメリカ追従しか外交能力の無い日本は仲介のイニシャティブを採れないのは、残念なことである。【古今和歌集】686.かれはてん後をば知らで 夏草の ふかくも人の思ほゆるかな (凡河内みつね)枯れ果ててしまう後のことも考えず、夏草が深く茂るように、あの人のことを自然と深く思い込んでしまう(思ほゆ ・・・ ひとりでに思われる )
2019.02.28
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点までの往復だ。今日は姉の携帯の買い換えも視野に、ヨドバシカメラに出掛けた。私のスマートフォンも電池が弱ってきているのか相談をしようと思っていた。それにつけても、通信費の高額な事への割り切れない気持ちはぬぐい去れない。どう考えても高すぎると思うのだが、なかなか突破口を開くまでには至らない。スマートフォンの面を保護するためにグラスフィルムを貼っている。その角に何かの拍子にひびが入ったため交換品を買って、貼り付けを依頼しようかと思ったら、有料だという。以前はサービスでやってくれたのにとやむなく支払ったが、できあがりは四隅に空気溜まりが出来るなど散々だ。之で金を取るのかと一気に不満が膨らんだ。***新聞によると、次世代高速通信規格「5G」を巡って世界最大の携帯関連見本市「MWC19バルセロナ」が開かれたようだ。そんな見本市があることを初めて知ったが、中国ファーウェイの折り畳型と、別売りディスプレーを装着可能な韓国LGの分割型が目を引いたようだ。私はその両者とも興味は無いが、次世代の通信規格5Gには大いに関心がある。通常スマートフォンを見るときは画面が大きく、持ち運びは適当に小さくと云うのが理想だからその意味では折りたたみ式は、すこし気になるが、現状でもそれほどの不便を感じることはない。折りたたみの場合、経年変化で折りたたみ部に不具合を来しそうだし、ゲームのためにわざわざ別売のディスプレーを取り付ける事も面倒だ。ソニーは特異な縦長のスマートフォンを発表したとのことだ。従来の縦横比が16対9なのに対して、発表の製品は21対9だとのことだ。この場合持ち運びの利便性はかなり落ちると思われるのだが、どうなのだろう。5Gの最大速度は毎秒20ギガビットと従来の4Gより通信速度が100倍速いという。そのことには大いに興味がある。さらには通信の遅れが殆ど発生しないという。こうして大量のデータを一気に送ることが出来る。(2時間の映画ならわずか3秒でダウンロードが可能になる)こういった事から、1平方km当たり100万台までの機器が接続可能だという。通信速度だけを採れば、通常の通信機能であれば現在の4Gでフラストレーションがあるわけではない。しかし、やがて配信されるであろう大量の動画については、4Gでは対応し得ないだろう。これら送られた大量データをよりスムーズに見る為には5G機能が不可欠となる。移動するバスの中で、競技場で行われている映像を、鮮明に時間のずれなく鑑賞できると云ったことが云われている。これらの事は、是非味わってみたいポイントだ。要は配信されるコンテンツの問題だ。折りたたみも、別型ディスプレーも適切な動画なりソフトの配給が伴わないのなら、技術先行の単なる自己満足でしかないだろう。更にもう1つ大きな問題として、電池の寿命の問題がある。ランニングで使用して1日経たないうちに放電し尽くしてしまうのは如何にも短すぎる。さらには、運が悪いと2年経てば、電池自身の寿命が尽き、取り替える必要があるとの説明を受けた。いくら何でもそれでは早すぎるだろうと思うものの店員(新人らしかった)はそう説明した。アップルは5G対応の機種を発表していないようで、それも道理かも知れない。5G対応機種でなければ動かないといったソフトでなければ現行の4Gでそれほど困らないからだ。要はソフトに依るわけだが、5Gでなければならないとなると、アップルは中国や韓国に後れを取ることも考えられる。5Gの利点は、個人ユーザーのスマートフォンに画期的な変化をもたらすと云うよりは、IoTの市場で、大量のデータを高速で送受信する際にその本領を発揮するようだ。リアルタイムで情報を処理して遅滞なく送信できると云う事から、車の自動運転や遠隔医療、さらには建機の遠隔作業などが現実の対象となり得るのだ。韓国のKTがデモしたものは、船の修繕で効果を発揮する例だ。作業員が5Gに繋がった眼鏡を装着し遠隔地にいるベテランがカメラを通じて作業の安全を確認するといった用途だ。現実の世界に拡張現実(AR)を組み合わせて使用するようだ。中国では鉄道の5G化に取り組んでいるという。電車を待つ間に、映画を高速でダウンロードできる等の試みだ。又、2019年内に5Gを使うゲームの試験運用を始めるとのことだ。ゲームのスムーズ化は5Gの得意とするところだ。然しゲームにはあまり興味は無い。ドイツでは無人化へ向けてロボット活用のために5Gが使われるし、ボーダフォンやAT&Tは自動運転のためのアシスト事業に応用が考えられている。然しまだ5Gをどのように使うかについては未知数のところが多い。普及すれば、工場や交通インフラ、車、医療現場などといった大量データのやり取りが必要な対象には有効であろうと言うことだ。ヨーロッパでは5Gに対して2025年までに50兆円にもなると云う投資が行われるという試算もあるようだ。5Gの技術はアメリカが最も進んでいる。EUが之に続き、日本はアメリカとの技術格差は1.1年だとのことだ。次いで韓国の1.9年であり、中国は約2.8年の遅れで追従している。韓国を例に取ると、5Gを使った商用サービスの提供に並々ならぬ意欲を燃やしている。2020年に20億ドル程度の市場規模が、2023年には100億ドルを越え、2026年には381億ドルになると見込まれている。更に2030年では最大で60兆円の経済効果を見込んでいるとのことだ。このために最大約2兆4500億円の投資が考えられている。SKテレコムは立体映像「ホログラム」の配信サービスを開発している。ホログラムのデータは1立方cm当たり、1ギガバイトと、2時間の動画を上回る容量がある。SKが韓国とイギリスを結んだ実験で、ソウルからロンドンにいるサッカー選手のホログラムと対面し、その動きが遅滞なくリアルに投影されたという。車への適用も又進められている。車載端末に数秒後の信号変化を予告する機能を付けたり、カーナビの地図に道路の運行状況をリアルに反映させて、地図に表すと共に、その時点での最短迂回ルートなどを示すことを企画している。SKは半導体工場の検査ラインで複数の角度から部品を撮影することで、即座に不良品を摘出する仕組みを構築している。また、KTでは、造船大手の現代重工で、カメラでの監視機能を使って作業者を危険から守る仕組みを作っている。次のような例えが引用されていた。人工知能(AI)が頭脳で、あらゆるモノがネットに繋がる「IoT」が視覚や聴覚に相当するとすれば、5Gはこの五感を脳に伝える高性能な神経細胞に例えられるという。5Gの実際のアプリケーション事業はもう目前に迫っている。アメリカや韓国は2019年に商業化を果たすようだが、日本は2019年半ば以降にプレサービスが始まる見込みだという。世界は確実に変わっていく。技術の進歩は正に驚異的である。【古今和歌集】685.心をぞわりなき物と思ひぬる 見ぬものからや恋しかるべき (ふかやぶ)自分の心ながら道理に合わないものと思った、逢っていれば恋しいはずもないのに(わりなきもの ・・・ 道理に合わないもの )
2019.02.27
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今日は私だけが友人夫妻とゴルフだ。連れ合いは、三人会もあり、続いて学習会の方にも参加するのでゴルフを諦め、私は逆に学習会を休ませて貰った。ゴルフのコースは宝塚けやきヒルだ。前回の亀岡GCは体たらくだったのでリベンジ成るかとPTを敢えて難しい方(使いこなせるかを最終的に見極めるため)に絞って持参し、SWは2本入れて臨んだ。しかし、結果は散々の上塗りだ。PT(L字に似ているが特注の棒タイプ)が全くと言って良いほど乱調で(何と3パット以上が13Hもあった)、今日で、貰ったパターが使えないことが分かった。(之が収穫と云えるか)アウトからのスタートになった。No1(4):真っ直ぐの2打目クリーク越え。TSは良い感じでFWCRだ。2打は3Wでクリークを越えGR手前下だ。3オンしたが3パットのダボ。之からが3パットのオンパレードになろうとは。友人はパーで、夫人はGバンカーに泣きトリプルだ。No2(3):右をクリークが走る長目のショートホール。TSはDRで一寸ズレて、クリークに入る直前だ。救済で置き直して2オンした。1パットのパーを拾う。友人は、楽々1オンのパー。夫人はTSを当たり損ね花道に止まったが2打を何とチップインだ。周りを探しても見つからず、何と入っていたのだ。驚きのショットになった。No3(4):広い谷越えで、2打目から斜め左打上だが距離は短い。TSは良い感じで飛んだが、FWには少し届いていなかった。2打を3WでFWCR花道だ。然し3打が強すぎてGR向こうに飛びすぎた。4オンの1パットでボギーだ。結果は同じかも知れないが、気分は良くない。友人も同じスコアだ。夫人はトリプルとなった。No4(4):No3と逆に今度は超打ち降ろしで右ドッグのアイランドグリーンだ。TSはドライバーを使ったが、やや当たりは悪く右のラフだ。楽々2オンかと思ったが、芯に当たらず敢えなく池だ。(正確にはこのショットが駄目への始まりか)罰打を加え4オンでしかもカップの位置が難しく、4パットしてしまった。友人はパーだ。夫人も3パットのトリプルだった。No5(4):ほぼ真っ直ぐなミドル。TSは引っ張りすぎて左に微妙にOBだ。然し救済として、セーフ判定。前が悪かったので同情された。然し、2打も当たり悪く左ラフだ。3打で右カラー、やっと4オンの2パット(実質3パット)だ。心の乱れは如実に表れる。友人もここはダボとしていた。夫人はトリプルだ。No6(4):グリーン手前に大きな池がある。TSは超良い感じで、FW右だ。2打の3Wも良い当たりで、池は越えたがGRも越えてしまった。3オンなのだが3パットのダボだ。友人はここをボギーとしていた。夫人はダボだ。No7(3):手前の大きなバンカーの向こうのGR表面は見えない。7Iで当たり悪く右ラフだ。そこからの2打はGRを越してしまった。感覚が分からない。3オンで2パットのダボだ。(実質3パット)友人夫妻は共にGRを捉えたものの共に3パットのボギーだった。No8(5):超打ち降ろしの最後右ドッグのロング。TSはアゲンストを押して、良い感じFW右に出た。然し2打を引っかけて左のラフだ。3打で、GR近くまで運んだが、4打でミスり、そこからPTで3つのダボだ。友人はTSをロストし、上がってトリプルだった。夫人は明らかにOBで、上がって9打だった。ここは皆スコアが悪かった。No9(4):超打ち下ろしで、FWが2列(2段)あるホール。TSは右に流れて、下段の右FWをそれたラフのぎりぎりだ。そこから4Wで良い感じに乗った。(良かったのは之くらいか)然しここも3パットでボギー止まり。友人は楽々のパーで、夫人はトリプルとなってしまった。昼食時も出てくるのは花粉症の話。友人は一寸辛そうだ。然し、ゴルフで辛いのは私で、友人は鼻はむずむずらしいがゴルフには表向き影響がなかったようだ。No10(4):谷越え、最後右ドッグ(これも谷が掛かる)だ。TSは何とか谷を越えた。然し、2オンは狙うべくもなく、PWでレイアップしたが、少し距離が足りなかった。3打を載せきれず手前の砲台下だ。4打でGR向こう。やっと5オンして2パットと、このホールは短いが決して侮れない。然し、友人は楽々2オンでパーだ。夫人は私と同じであった。No11(3):TSは7Iでバンカーだ。振りが弱いのにインパクトで緩んでしまう。2打でGR向こうに外し、そこから実質2パットのボギーだ。友人は1オンしてバーディーを取った。夫人は1オンのパーだ。No.12(4):右と左は段違いのFW。TSは良い当たりで、上の段の良いところまで飛んだ。2打は、4WでGRを少し右にそれた。3オンは当然だが、ここでも又3パットのダボだ。友人も全く同じで、夫人はトリプルだった。何度か友人を越えるチャンスもあったが、ことごとく抜けなかった。No13(5):超打ち降ろしで最後左ドッグ。TSは良い感じで左のバンカーの手前だ。2打も良い感じで少し右のラフだ。ここまでは良い感じだ。しかし、3打も当たりは良かったが、あと数㎝でキックが悪く、向こう側から池に落ちた。結局5オンになり、しかも3パットでトリプルだ。3オンならパーも取れたろうにと悔やむ。友人は巧く運んで1パットのパーだ。夫人は10打叩いていた。No14(4):打上。TSはまぁまぁだが右のラフだ。(何時もここに飛ぶ)2打を、前を見たのであろう右にチョロした。3打でGバンカーに捕まり、4打で出ず、5オンの3パットでダブルだ。友人夫妻は共にボギーで上がっていた。この差は大きい。No15(4):折り返しのこのホールは超打ち降ろし。TGが遠目で、TSではFWに届かなかった。2打は良い感じで花道に付けた。ところが3打をクリーンに当ててしまってGRオーバーのOBだ。(貧すりゃ鈍するとはこのことだ)打ち直し3オンで、2パット、罰打共でトリプルだ。友人も池に入れるなどで、同スコア、夫人はダボだった。No16(3):手前に口を開くバンカーの超打ち降ろしショート(向こうは池だ)。8Iでピン右にオンした。ここでも3パットだ。やっていられない。友人はパー、夫人はダボだった。No17(4):池越え。TSは良い感じで飛んでFWCRだ。2打も良い当たりだったが左のGバンカーに捕まった。2回でやっと出て、実質3パットでトリプルとなった。友人はパーで、夫人は、バンカーに入れたがダボで上がった。No18(4):手前の池は多少気になるが、むしろ2打目に掛かりそうなクリークが嫌だ。TSはあまり良くないがまぁまぁだ。2打でレイアップして溝の手前の良いところに飛んだ。3打で載せきれず、4オンの2パットでダボだ。友人はボギーで夫人は私と同じだった。之では駄目だ。何とかしなければ、パターは元に戻そう、SWも自分の使っていたクラブでやろうと思った。OBをしまくった前回よりも更に悪かった。そういえば前回はパットも同様悪かった。こんな気分では堂々と高速で帰れないので、一般道を走り30分余計に時間が掛かった。
2019.02.26
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄で、帰りはマンボウを通った。連れ合いが請け負っている月2回の配食サービスに付き合った。又、今日は確定申告のため姉を伴って連れ合いと3人で、ふれあいセンターまで出掛けた。姉は既に自分で書類を作成していたようで手渡しだけで済んだようだ。殆どeTaxと同じように画面誘導で作成したので来年はパソコンから行っても良いかもしれない。何しろ、医療費辺りは領収書の添付は不要(5年保存要あり)とのことだから尚更だ。又変更も利くらしい。確定申告を終えて、中学校のテスト前学習会に参加した。高校入試も近く、過去問題の難しいのを持ってくる子もいるので、一寸力が入った。***青森東沖から房総沖の日本海溝全域で、高確率で地震の発生が予想されている。私の住む近畿からは遠いが、なんらかの影響は避けられないだろう。以前に(2018年9月)南海トラフ地震についての考察が成されていたし、その前には2016年、熊本地震、そして北海道でのシリアスな地震(北海道胆振東部地震)もあったので、日本に於いて何処がどうという区別無く地震災害は起こることが明白なのだ。改めて「どこでも地震」の心構えをとのスローガンになっている。然し、心構えをしていても多少の対応は可能だろうが、抜本的に対応することなどとても出来ない。26日に政府が公表した大きな被害をもたらすであろうM8級の地震が起こる確率は日本海溝側全域で高く、同時に津波の発生も予想されている。東日本大震災があったのでもうしばらくは大地震は来ないであろうとの思いもあるようだが、それは単なる勝手な気休めに過ぎないようだ。また、南海トラフなどで起こる全国の海溝型地震についても、危険度が国民に分かりやすいよう、発生確率を4段階にランク分けて発表している。日本海溝の地震発生確率の見直しは、大震災を受けて暫定的に行った2011年以来。計算手法や基準となる過去の地震を変更したとある。こんな所にAIの活躍はないのかと思うが、そこまでの記述はない。発表によると、今後30年以内の発生確率は、宮城県沖のM7.9程度の巨大地震が「ほぼ0%」から20%程度に上昇している。東北の太平洋側の陸のプレートが大震災後に地殻変動が続いて起きていて岩板が東に移動しているからだとのことだ。青森県東方沖及び岩手県沖北部と宮城県沖ではM8級の巨大地震が従来考えられていたよりもさらに高い確率で起こり得るというものだ。それぞれ区別して確率を発表しているが、それは地域を確実に限定しうるものでないことは我々は経験的に知っている。当たれば良し(当たって欲しくはないが)、よしんば当たらなければ、それでも逆に良いわけで、最大限の注意を払っておけと云う事に変わりは無い。北海道の千島海溝でも同様のことが云えるし、日本海溝の岩手、宮城、福島さらには茨城までが高確率で発生が予測されている。青森県東方沖及び岩手県沖北部では90%程度以上と予想されていて、最早必ず起きるであろう事は疑えないようだ。更に茨城県沖でも80%程度の確率で起こると予想されている。津波も地震と同時に起こるが、海溝寄りの領域では30%程度の確率であるところ、海溝の外側(東側)では7%と低くなる。陸側に済む日本人にとっては地震が起きればそれはほぼ津波に繋がるものと考えていた方が安全だ。ここで、発表内容が良く理解できないのだが、東日本大震災で起きたような複数領域が連動して起こるM9級の超巨大地震は起こりえないとしている。このことは朗報なのだろうか。(ほぼ0%と見積もている)根拠とされる事例はあまりないからだとのことで、まさしく起こりえないというわけでも無さそうだ。然し乍ら津波が発生するM8級の地震は全域で高い確率を示しているとのことだ。この差をどう解釈して良いものやら迷ってしまう。そして評価の最後には、確率評価には限界があり、実際はもっと高確率の可能性もあると締めくくっているのだから、実にいい加減だとしか云いようがない。その程度の茫漠とした情報で、如何に対応せよというのか理解に苦しむのだ。 ともあれ同レベルで評価されているとすれば、太平洋側に住んでいるよりも日本海側に住んでいる方が地震による被害は少なそうに見える。以前からも云われているように、特に中国地方の島根や鳥取辺りに住んでいる方が地震や津波による被害を受けにくいと云えるようだ。そうと分かってもおいそれと住居を変えることは出来ない。こういった事を考えると、サウジの学生が「何故日本人は地震で危ないところに住み続けているのだ」という問いの意味が切実感を増してくる。海溝型地震の発生確率で高いとしている地域は図を見る限りは日本列島に沿って途切れているところがなく、何処でも太平洋側の確率は全て高い(確率が26%以上)というカテゴリーになるようだ。中には評価が困難な領域もあるようで、それは日本の鹿児島より南部に集中している。特に太平洋側の日本海溝に面した沿岸では高い津波が再び来ると考えた方が良いとしているが、どうも茫洋として、国民を単に不安に陥れる効果しか無いようだ。高い津波に対応する備えをせよとアドバイスされても近所に山があるかとか、頑丈そうな高い建物に入っていける事が可能かとか、所詮個人が考える備えなどはそれほど効果的な対策はないだろう。こう言ったもっともらしい発表は、ありがたいようで、一層対策が立てられないだけに何やら無意味に響く。ランク分けや確率は、行政による対策事業などの優先順位をつけるのに有効だが、「地震はいつでも、どこでも起こる」という心構えで備えたいと締め括られていたのでは、二の句が継げなくなるのだ。ロバート・ゲラーでは無いが、地震は予知できないのでしょうという冷めた気持ちになってくるのだ。一部の地震学者の自己満足的な結果に終始する公式発表は、その確率の故にどのように動けば良いのか、多くの事例を引用して、出来る範囲での減災を計画するしか無いように思える南海トラフ地震の発生予想で提言されているように、もし巨大地震が起こったら、最悪の場合、1410兆円程の被害が予想されると云った尤もらしい試算など。之など、では個人レベルでどうしろというのだろうか。むしろ日本に地震か発生確率の濃淡があるのならば、起こりにくいところに都市機能を分散していくように政治的な配慮で導かないと、無意味であろう。統計を簡単に誤魔化したり、正しいことを曲げてしまうような政治家や官僚の中で幾ら地震に対する警鐘を鳴らし、対策をと呼びかけてみても今や詮ないことにしかならないようだ。【古今和歌集】684.春霞たなびく山の桜花 見れどもあかぬ君にもあるかな (とものり)春霞がたなびく山の桜花のように、いくら見ても飽きないあなたです
2019.02.25
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を通った。歩行を始めてから今日で2万4000kmを歩いたことになる。夕方高校時代のバスケットOB会である籠友会の幹事会が茨木の片桐で行われた。会長はすでに(自分より)若い人に受け継がれているので、幹事としての参加だ。4時からだと電話では聞いていたが、外はまだ明るいので、早すぎたかと思った。時間より更に早く着いたので、茨木神社に詣った。茨木に3年間通って居たのだが、詣った記憶は無く、おそらく初めてのことだと思う。***南米ベネズエラの混迷が深まっている。全くあまり例のない、2人の大統領が並び立つ事態が続いているのだ。1月10日に2期目の大統領就任式を行った、反米を掲げるマドゥロを前任のチャベスからの因縁も加わってロシア、中国、イラン、キューバ、ニカラグアなどが支持。一方、之を追うように1月23日に暫定大統領就任を宣言した野党指導者グアイド国会議長をアメリカやカナダ、ブラジル、ヨーロッパなど計約30カ国が支持し、国際社会を二分している。アメリカのトランプは、ベネズエラは喉元にあるのに加えて、フロリダにはベネズエラ系の移民が19万人と多数を占めているので、之を取り込みたいという意図も働いている。ベネズエラ国内でのデモは反政府系が多いが、中にはマドゥロを支持するデモもあるようだ。社会も分断されている状態で、カギを握るベネズエラ軍へ両大統領が擦り寄る形だ。全く国民を無視したマドゥロ政権は、海外からの救援物質の到着を阻止する愚行に出ている。その中には食料品や医薬品も含まれていて、深刻さを増しているのだ。ベネズエラの沖合近くの3島(アルバ、キュラソー、ボネール)への全ての船舶の移動と貿易を差し止めると発表した。この島々には、アメリカからの人道支援物資が集積されているところだ。アメリカは既にマドゥロ政権を認めず、野党指導者のグアイド国会議長を暫定大統領としてグアイド宛てにこれらの物資を送付しているところだ。マドゥロはこの受取を拒否することで、あくまでも野党に主導権を握らせないという構えなのだ。今日(2月24日)時点での動きでは、マドゥロは、アメリカに手を貸したことを理由にコロンビアと断交を宣言している。コロンビアは既に、反米左派であるマドゥロとは対立しているので、特段のことではない。今月の初めには首都カラカスでグアイドの呼びかけによる数万人に及ぶ大規模なデモが行われている。海外からの救援物質の受け入れをするようにとのデモだが、之に対してマドウォは拒否している。何とも奇妙な話だ。グアイドは暫定大統領を宣言しているので、軍隊に対して人道支援の物資を国に入れるようにと命令しているが、軍隊はなおマドゥロの指揮下にあるため予断を許さないという所だ。23日には陸路コロンビアから運ばれる支援物資がコロンビア北部ククタに集積されたのを前にして、ベネズエラとの国境のシモン・ボリバル橋では治安部隊と群衆が橋上で激しい攻防を行っている。アメリカのポンペオ国務長官は人道支援物資の国内搬入を阻止したことに関し、アメリカは断固とした行動を取ると表明している。また、1月10日にマドゥロが大統領2期目の就任式を行ったが、之を追いかける形で1月23日にグアイドが暫定大統領を宣言した。そのグアイドの任命した大使が、中米のコスタリカの首都サンホセにあるベネズエラ大使館を占拠して対抗している。コスタリカは、アメリカ同様にグアイドを暫定大統領として承認している。中米エルサルバドルもマドゥロへの支持を撤回している。自国民を苦しめさせることをも厭わないマドゥロは一体何を考えているのだろうか。グアイドを承認する国々がこうして海外で政権移転の手続きを始めることが予想されている。アメリカを筆頭に、フランス、ドイツ、スペインなどはグアイドを支持している。更に南米のブラジルやアルゼンチン、チリなどもグアイド支持だ。従ってマドゥロはグアイドを拘束しかねているのだ。もちろん日本もグアイドを支持している、トランプが云う事に異論を唱える訳のない日本は当然の意思表示だ。マドゥロ政権側から見れば、グアイドは許可無く海外に出向いて、政権を揺るがしているので、何とかしたいのだろうが、国民が一層離反する様な手段で、対抗しているのだ。いっそ拘束してしまいたいところだが、グアイド支持の国が多く、そこまで踏み切れないといった形だ。既にアメリカからの石油産業への経済制裁が利いており、さらにヨーロッパからの追加制裁を恐れるあまり、マドゥロも簡単には動けないと云ったところだ。原油輸出に制裁が掛かり、世界の原油価格が上昇することが懸念されるが、ベネズエラ産の原油は重質油で、しかも世界の供給量の僅か1%にしかならないので、今のところ世界市場に大きな圧迫感はないようだ。OPEC自体も減産に向かっているので、いざ不足となれば、価格の調整は原油の生産量を少し見直すだけで大きく問題にはならないようだ。インドはまだベネズエラからの原油輸入を制限していないので、そこを増やすことも考えられている。いずれにしてもこの先どうなっていくのか、どうなれば良いのかについては論を待たないのだが、シリアのアサド政権を支持するように、ロシアの思惑はどの辺りにあるのか、極めて不可解な感情がわき上がってくるのだ。ここに来て、トランプはベネズエラ軍の兵士に、政権離反を訴える警告を次のように発している。「もしマドゥロへの指示が続けば、あなた方は全てを失うことになる」というものだ。ただツイッターでつぶやくだけではなくその裏では、アメリカの軍事介入も辞さないという意味のことが込められている。ベネズエラ軍としても、既に高官達の間では離反が相継いでいるものの、主要な幹部は依然マドゥロ支持を崩していない。グアイド側は、支持をお願いするベースだ。軍がマドゥロを支持しているのは、軍幹部が要職に取り立てて貰ったこともあり、又軍幹部は石油産業に地盤を持ち既得の利権を維持したいが為だ。冷静に考えれば、救援物資は国民の上や医療に必要で、差し迫っていることから、政権の帰趨は別にしても搬入の許可は当然のように思えるのだが、政権の維持とはそういったことなのだろうか。もしここでマドゥロが一部を緩めると最早止めることが出来ないほどに雪崩を打って政権交代が起こってしまうと考えたのだろう。然し、遅かれ早かれ、政権の移譲は時間の問題のように思える。そうなったときにマドゥロを受け入れてくれる亡命先とか、処刑を免れる手段でもあればそちらの方向で迫ることも又必要では無いかと思われる。【古今和歌集】683.伊勢のあまの朝な夕なに潜(かづ)くてふ みるめに人をあくよしもがな (よみ人しらず)伊勢の海人が朝夕に潜って採るという海松布のように、私もあの人に満足するまで会える手段があったらなあ(かづく ・・・ 潜って採る、みるめ ・・・ 海草の名前、あく ・・・ 満足する)
2019.02.24
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0kmまでで、帰りはシャルマンを通った。早朝から連れ合いと共に、連れ合いの元同僚が主催するバスでのカニツアーに参加した。このカニツアーはもう何十年と続いているそうだ。場所は京都北の久美浜で、参加者は60人乗りのバスで、補助椅子を出さなければならない57名に達していた。従って本日の中学校の土曜スクールは不参加とさせて貰った。朝は8時半に阪急水無瀬のロータリーに集合だ。遅れてはいけないと早めに出掛けたがバスは待機していたものの、まだ誰も来ていなかった。暫くして段々と人が集まりだした。時折飲み会などで顔を合わす人も何人か居たが、殆どの人は見知らぬ人ばかりであった。之でも島本の先生方全てが集まっているわけではない。連れ合いの説明では用務員のおじさん2人も参加しているようだから、先生以外は私を含め3人と云う事かも知れない。顔見知りの先生達は互いに会話している風でもあるが、バスの中はただ淡々と外の景色を見るだけだ。大山崎ICから京都縦貫道へと入っていく。何度か車で走るコースなので特に目を引く物もない。しかし、何時も前方だけを見つめて運転するのと違いバスだと座席は高いし、通り過ぎた車窓を振り返ることも出来るので又違った感覚がある。丹波ICから先は新しく出来た道路で、初めて走る様な気がする。綾部JCTで舞鶴自動車道と交差するが、バスは天橋立方面に走る。この辺りまで来ると一寸旅行気分になるが、バスは淡々と走る。宮津天橋立ICでバスは一般道に降り、宮津の街を走るが、小さな町だ。それでも山の中を走ってきただけに、開けた感じがする。海沿いの道の駅「海の京都宮津」の駐車場に止まってトイレ休憩だ。バスから出て、身体を伸ばすが、海が綺麗だと、皆海岸方面に歩いていた。連れ合いは、同僚さんと話しながら先を歩いていた。突堤は閑散としていたが天橋立の砂州は目の前にあった。ここから伊根行きの船も出ている風だ。風は冷たいが、震えるほどではなく2月にしては暖かな陽気だった。再びバスに乗って、目的の「みなと悠々」に到着した。久美浜湾の日本海側の細い砂州の位置にあって、久見浜湾のラグーン側に面したところだ。久美浜は昔、中学時代に臨海学校で訪れた記憶があるが、多分このラグーン内で泳いだのだろう。日本海側ならもう少し波も荒く海水浴は向かないと思うからだが、定かではない。中学生になって初めて平泳ぎが泳げるようになったのはこの久美浜なので、特に記憶に残っている。思えば、孫達は既にスイミングスクールに通っていたので、バタフライまで出来るようになっていることを思うと、相当な違いだと感心してしまう。2階の大広間に通されたが、ただただ、設けられたカニづくしのバイキングをひたすらに食べるだけだ。周りの席は指定席らしく、名前が書いておいてあった。名前のない席があったので、知らずに座ったところ、隣の席と同じ人たちがそこにも座るという7名の席だったらしい。それなら、テーブルごとにもう1つ名札を立てておけよと云いたかったが、我慢して、誘われるままに、集団の席の空いた隅っこの方に移動した。前の席には若い女の先生2人が座っていたが、どうやら小学校の先生で、1年生と2年生を担任したいるようだった。連れ合いは巧く会話の糸口を見つけて話していたが、私は食べることに専念していた。カニというのは面倒くさいものだ。確かに美味しいと思うが、口に入れるまでが大変で、手はべたべたに汚れてしまう。特に、こう言った所で出されるかにはズワイガニのそれほど大型のものでは無いので、努力の割には得られる身が少ない。手を汚した分だけたっぷりと食べられるというわけではないのだ。その反対に身を取って残ったカラは段々と多くなっていく。それを見越して大型のカラ入れが置いてあるが、それだけは有効に使えた。見かねて連れ合いが、身をほぐしてくれるが、それでもまだ十分ではない。他にもカニの料理が並べられているので、勢いその方に手が行ってしまう。連れ合いはカニの刺身が良いと云うが、どうも私は苦手だ。蒸した方が、何となく食べやすい。コンロであぶって焼きカニを食べている人もいるし、真ん中辺に陣取った、ベテランの人(何回も来ている幹事の先生達)はゆでたカニをお盆に山のように積み上げて挑戦していた。あそこまで徹底すると元は取れるかな、等と思いながら手近の料理を食べていた。制限時間は2時間半ほどだったが、最初の意気込みはどこへやら、段々と満腹になってしまった。最初はさぁ、食べるぞと意気込んでいたものの、いざカニを前にしても面倒さが先に立って、進まなくなってしまうのだ。気がつけば、既にフルーツに手が行っていた。カニをたらふく食べたという気にはなっていないが、どこかお腹はいっぱいになっていたのだ。時間制限が終わる前に退席したが、後はすることがない。お風呂(温泉なのか)に入っても良いとのことで、何人かの人たちは入っていたようだが、何故か後が切迫した中、服を脱いで、また着ると云う事が何やら億劫に感じられ、風呂は遠慮した。日帰りバスツアーでの一時的入浴は何となく私の中ではしっくりとこない感じなのだ。卓球台もありますとかビリヤードもありますとか書かれていたが、玄関近くにあったのは、どちらもミニタイプで、子供だましのものだった。確かに看板に嘘は書いていないものの、矢張りこれは誇大表示では無いのかと失笑してしまった。帰りの出発時間までロビーと云っても狭いところだが、そこでソファーに座って、少々居眠りをしながら待った。予定通り、14:30「みなと悠々」を出発した。久美浜の海岸通りは、砂漠状態で、さらさらの砂土だったが、そこで何かを作っているのか、そんな形跡が見られた。ただ、ここは田舎という感じが諸に出ていて、カニ以外には何も無いと云っても良い感じだ。バスは一寸寄り道をして、食の都「丹後王国」を訪れた。そこには、大きなカニのオブジェ(空気で膨らませたもの)があって、その前で全員の記念撮影をした。駐車場も広く、中の公園も充実している感はあったが、冬だから、訪れる人はそれほど多くはなかった。之でも夏場など行楽シーズンはいっぱいになるようだ。土産を買うほどでもなく、そそくさとバスに戻った。パンフレットによると、丹後七姫という名称で呼ばれている伝説があるとのことだ。聞いたことがないが、彼女達は皆丹後地方の出身なのだとか。その名前は「小野小町」「静御前」「間人(はしうど)皇后」「安寿姫」「細川ガラシャ」「羽衣天女」だそうだ。特に「間人皇后」という名前は初めて知った。聖徳太子の生母だとのことだ。再びバスに乗り、途中で、京丹波PAに立ち寄ったほかはひたすら水無瀬に向かって走り続けた。バスの中で簡単な挨拶があったほかは、全くの流れ解散で、バスを降りてから、連れ合いの懇意の先生方と「さと」で食事をして帰宅した。【古今和歌集】682.石間ゆく水の白波 立ち返りかくこそは見め あかずもあるかな (よみ人しらず)石の間を行く水の波が繰り返し寄せるように、このように何度も逢おう、きっとそれでも飽きたりはしないだろう
2019.02.23
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄で、帰りも水無瀬堤を経由した。小学校の学習会に参加し、少し早めに切り上げ、すぐさま中学校のテスト前学習会に参加した。テストの最終追い込みで来る生徒もいるがその数は少ない。***はやぶさ2がリュウグウへの着陸に成功したようだ。そんなデータが送られてきて、管制室は大きな喜びに包まれたようだ。小惑星に着陸した探査機は、2005年に小惑星イトカワへ着陸した「はやぶさ」に次ぐ2機目となる。今回は、リュウグウ表面の直径6mという非常に狭い円内へ着陸するという極めて高度な技術が必要とされていた。表面が不整で、着地点の適当な場所が見つからなかったことによるようだ。2014年12月に打ち上げられたはやぶさ2は、打ち上げ後1年経った2015年10月には地球の重力に引かれながら再び近づき、ハワイの上空、地球から約3090kmに最接近した時点で、一斉に観測が試みられた。一旦は通信が途切れて、気をもんだが、健全であることが確認されて喜び合った事が記録されている。その時、地球の重力を利用して加速するスインングバイという方法でそれまでの秒速30・3kmから31・9kmに加速され、地球の南側に抜け、本格的に目的地リュウグウに向かう軌道に乗ったのだ。そして、途中で地球の撮影もしながら、2017年、はやぶさ2は順調に飛行を続け、小惑星リュウグウまであと1年、約3000万kmまで迫った。打ち上げ以来、約24億kmを順調に飛行したという。2018年初めから約半年間、イオンエンジンを噴射し、同年6月に、リュウグウから高度約20kmの地点に到着した。高度20kmで約1年半とどまり、リュウグウの地形などを調べたところ、予想以上に大きな岩の塊に覆われており、着陸に適した平地が少なかった。そこで、着陸を延期し、岩の大きさや分布を詳細に調べて着陸候補地を赤道付近の半径3mの狭い範囲に絞り込んだ。2018年10月はやぶさ2からドイツとフランスが共同製作した探査ロボット「MASCOT(マスコット)」が投下された。予め10月下旬に控えるはやぶさ2の着陸に先立ち、生命の謎に迫る痕跡を探ろうとしたものだ。はやぶさ2が地球に持ち帰る岩石は数mmでしかない。リュウグウ表面で数cm大の岩石を分析できれば、より多くの科学データがとれると計画されていた。そして、このたび、はやぶさ2は2月21日午後1時15分ごろ、リュウグウの地表との距離を測りながら、待機中の高度20kmから秒速40cmで降りていったのだ。高度5kmからは減速し、秒速10cmで高度を下げ、ゆっくりとリュウグウへ近付いた。高度45mで2018年10月に既にリハーサルで投下した目印のボール(ターゲットマーカー)に光を発射して目印からの反射をカメラのが捉えて、進むべき方向を決定して、目印のターゲットマーカーに向かって高度8.5mまで降下・接近する。着陸予定の直径6mの円の中心はターゲットマーカーから約4m離れていると言うことだが、何故そんなずれがあるかは不明だ。ターゲットマーカーを横にみながら円内へピンポイントで着陸せしめるのだ。これは見るからに極めて高度な誘導法であり日本の技術の高さを物語る。精度的に云えば、日本からブラジルにある直径6cmの的を狙うくらいの難しさだとのことだ。着陸時の誤差は2.7m程度のずれしか許されない。これらの操作は、全て送られてくる電波と解析されたデータをもとに判断される。リュウグウと地球とのやり取りに片道約20分はかかる。従って着陸直前の操作は地球からの指示ではなく、高度500mより低い高度では自動運転に切り替えて行う。はやぶさ2の本体は幅1m、縦1.6m、高さ1.25mで、太陽電池パネルを広げた幅は6m、重さは約600kgだ。はやぶさ2は少し上昇したりもしたが、数秒間着地している間にリュウグウ表面に向けて岩石を砕く小さな弾丸を指令通り発射することにも成功した。こうして、舞い上がる表面の物質(岩石)のかけらを採取して、すぐに地表を離れ、通常の待機位置の高度20kmに戻る。はやぶさ2はこの後も、6月末までにあと1~2回、着陸と試料採取を試み、人工的にクレーターを作って風化していない地中の岩石を露出させた上で採取するミッションにも挑戦する。そして、採取した岩石を2020年末に地球に持ち帰る計画だ。リュウグウは地球から3億km以上離れた直径約900mの天体で、地球と火星の間を通る軌道にある。イトカワとほぼ同じ辺りを公転している。惑星になりきれなかった小惑星リュウグウは生命誕生の謎に迫る有機物や水を含んだ鉱物が比較的豊富な「C型」の小惑星に分類されている。太陽系が誕生した約46億年前の痕跡をのこしていると考えられていて、生命や地球の海の起源を探る手がかりになることが期待されている。2005年に小惑星イトカワに着陸した初代はやぶさは弾丸を発射できず、地球に持ち帰れたのはごく微量の微粒子だけだった。はやぶさ2は合計約0・1gの岩石採取を目指しているとのことで、いずれにしても少ない量だが、飛躍的に新たなことが分かるのではないかと期待されている。2014年に欧州宇宙機関(ESA)の探査機ロゼッタがチュリユモフ・ゲラシメンコ彗星の100km圏内に入ったところで得た水分子は、地球の海の水と特徴がかけ離れているとの分析結果を発表している。普通の水素と異なり中性子がある一重水素の割合が地球の海の水の約3倍と高かった。地球の海の水をもたらしたのは彗星か小惑星かという議論がなされたが、主な起源は彗星でなく小惑星の可能性が高いとしている。リュウグウからはやぶさ2が持ち帰った資料に含まれている水分を解析することで、その起源が明らかになるだろう。【古今和歌集】681.夢にだに見ゆとは見えじ 朝な朝な我が面影にはずる身なれば (伊勢)夢でもあなたの姿を見かけたとは思えません、毎朝鏡で見るこの顔が、恥じ入るほど恋にやつれているところを見ると(朝な朝な ・・・ 毎朝 )
2019.02.22
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今日は友人夫妻とゴルフだ。場所は亀岡GCで、ゴルフは去年の末から3ヶ月ぶりだ。 久しぶりのゴルフで、結果を危惧したが、案の定、全く出鱈目になって仕舞った。貰ったパターを使ったが、どうにも慣れなくて、これも巧くいかなかった原因の1つだ。(思い出したのが遅かったので、自分のことしか覚えていない)インからのスタートである。No.10は、パー5。久しぶりで、且つ、朝一のTSは先ず先ずで、FW右だ。2打も快調で、FWCRだ。調子に乗ったわけではないが3打で、左のバンカーに入れてしまった。4打で出てオンだが、ここで3パットしてしまった。之が今日の敗因の前兆である。然し4オンは私だけだったので、出足は先ず先ずだったのだ。連れ合いも3パットだ。以下は、私:友人:友人夫人:連れ合いの順に結果だけを書く。(7:7:8:9)No.11は2打(通常)で右ドッグの打ち上げだ。TSは良い感じでカート道の右だ。2打は一寸トップ気味で先に進み、FWの凹みに入った。少しの移動だったので、3打で4Wを使いGRの少し左を若干オーバーしてしまった。4オンで、2パットは先ず先ずか。友人は相変わらず、締めてくる。連れ合いも先ず先ずだ。(6:5:7:8) No.12はだらだらの打ち上げ。TSは狙い通りに左だが少し引っ張りすぎた。弾んでFWに出てきた。3Wで気負い当たらなかった。3オンで2パットはこれもまだ良しだ。何と友人は3パットのダボ、夫人は1パットのボギーと対照的だ。(5:6:5:11) No.13は中間が凹んだやや打ち上げショート。TSはGRの少し左だ。2オン2パットのボギーだ。友人も同じで、何と女性陣は2人ともパーであった。連れ合いの1オンは光っていた。(4:4:3:3) No.14は打ち下ろし池有り。TSは少々右だが、跳ねてFWCRに戻ってくる。ここで2打を載せきれないのが駄目なところだ。GR右に外した。しかも3打でチョロ、4打をGR向こうに外す体たらく。5オン1パットは、全く頂けない。このホールから崩れた。友人は勿論パーだ。(6:4:5:8) No.15は広いフラットコースだ。TSは前を引きずりチョロだ。ラフからよせば良いのに3Wで天ぷらした。(これは何時もそうなるのに・・・)逆に3打は超快音だ。4オンしたが、又ここで3パットだ。パターが使いこなせない。友人のことまで気が回らなかったが、バンカーで大叩きしたとか、しかも3パットのおまけを付けていた。夫人のみ気を吐いた感じだ。(7:9:5:9) No.16は、パー5。TSは狙い通り、良い感じで、FW左だ。2打はそこそこで左FWを進んだ。つま先下がりの3打で頭が上がったのだろうトップした。4オンだ。そして又3パット。友人は飛ばし屋面目のパーオンだが3パットのダボだ。(7:6:7:9) No.17は打ち降ろし150YDのショートだ。DRで打ったが、右に出て右のGRに乗った。2打をトップ気味にGR向こうに外し、3オンの1パットでボギーだ。何とも情けない。友人はここで見せた。5Wで有ろうか、ピン近に1オンしてバーディーだ。(4:2:5:7) No.18は、TSは良い当たりで、FWCRと何時もより飛んだ。然し、2オン狙いで、あろうことかチョロだ。3打でもGR少し手前とスッキリしない。そこからPTで3つダボだ。連れ合いはここで疲れたようだ。(6:6:6:10)友人は勿論、夫人にも後れを取ったが、3パットが(含む4パット)4回だから致し方ないかと思い。午後に掛けたのだが・・・。 後半はアウト、前半を忘れて仕切り直しだ。No.1は、TSは普段より少し右目狙いで良い感じで飛び、特設のマウンドを越えたFWCRだ。これはこのホール2回目の快挙だ。2打では少しチョロ気味でしっかり当たらない。3打で載せられるはずが少し右で隣のGRだ。4オンし、1パットで沈んだ。(5:5:8:10) No.2のTSは先ず先ずかと思ったが少し左過ぎてバンカーに捕まった。2打で出せないのは気負いすぎだ。3打でやっと少し前のFWCRだ。4オンし、2パットだ。友人は良く飛ばすので、こういう所はパーを取る。(6:4:6:7) No.3(超打ち下ろし)ショートは今日のピンは左GRの奥だ。TSを打ち降ろしにかかわらず7Iでオンした。友人よりは2番手は大きい。ここを4パットしたようだが何故か記録は3パットとなっていた。(誤魔化したわけではないのだが)友人は1オン2パットのパー。連れ合いも1オンながら3パットでボギーとした。(2回目の1オンで、惜しい)(5:3:5:4) No.4は、打ち出し池越え、HDCPが1のホールだ。TSはまずまずの感じで左のFWだ。2打はつま先下がり。腕が伸びていないのか、また、チョロだ。3打は又超良い当たりだ。4オンになったが何とここで又4パットだ。友人を越せるときにはミスが出る。悔しい。(8:7:9:10) No.5は何とか1オンした。2パットでパーを取る。友人も同じだ。連れ合いは何故かこのホールをG/Uしまった。(3:3:7:9) No.6は、TSは右に出て隣との境のネットに当たってラフに落ちた。2打は、今度は左のラフだ。3打を、前にも失敗したGバンカーに捕まり、出るのに2打掛かって5オンだ。しかもここでも3パットだ。友人もあまり奮わなかったが、夫人はボギーで上がった。(8:7:5:10) No.7は、TSは又、前を引きずりチョロしてしまった。しかも2打を引っかけて左崖下にOBだ。打ち直してFW右に出し、3打でバンカーだ。4オンして2パット、罰打2を加えて8打だ。友人は楽勝のボギーだ。(8:5:6:8) No.8のTSは乱れたまま、チョロして左ラフだ。2打を左沿いに進み又ラフだ。3打のインパクトで緩んだかGバンカーに捕まる。あごが深く、手こずってやっと6オンだ。しかも3パットで、だめ押し、辛うじて1桁だ。もう戦意を喪失だ。(9:5:6:9) No.9は、パー5。TSは右に出て、土手部で止まった。2打は、今度はFWの左だ。3打も、まずまずの当たりでFW左だ。しかし4打目はシャンク気味に右のバンカーに入れた。そこから5打をホームラン、6オンだ。辛うじて1パットでダボだった。友人は楽勝のボギーだった。夫人は最後乱れた。(7:6:10:8) PTも使いこなせず、SWも巧く使えずだ。さらにはつま先下がりのチョロ2回は何とか克服しなければ。様にならない初ゴルフであった。
2019.02.21
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄の往復で、帰りは楠薫堂を通り受診表に名前を書いて帰った。軽く朝食を食べて、1ヶ月前に検査した結果を聞きに楠薫堂に出掛けた。ヘモグロビンA1Cの値は、劇的には下がらない。久しぶりに肉を食べに雨明に出掛けた。午後は中学校の放課後学習会だった。***独ロ間のガスパイプライン計画(ノルド・ストリーム2)にアメリカが反対を表明した。ロシアからヨーロッパへのガスパイプラインは現在ウクライナを経由するラインがあり、さらには黒海を経由するサウス・ストリーム計画(その後計画は中止になったようだ)やトルコを経由するナブッコラインが計画されている。之まではロシアからのガス輸送網は旧ソ連諸国を経由する大陸ルートだけだった。2009年初めにはガス価格交渉の難航でロシアがウクライナヘのガス供給を一時停止し、通り道をふさがれた西欧もガス不足に見舞われた。ウクライナを迂回出来るこのラインにロシアは期待を寄せていたし、ガスの供給を一方的に止められたヨーロッパも批判が噴出していた。バルト海の海底を通した新たな輸送管(ノルド・ストリーム2)が完成すれば、ガス供給を巡る「政治リスク」の回避につながると期待されてきた。ノルド・ストリームはサンクトペテルブルグ近郊ビボルグからフィンランド湾を経て、バルト海の海底を通過、ドイツのグライヒスバルトに至る全長約1224kmのガスパイプライン計画だ。総投資額は110億ドル(約1兆2100億円)で、北欧5カ国の排他的経済水域を通過する。デンマーク、フィンランド、ノルウェーも敷設を相継いで許可、ノルド・ストリーム1は2005年に着工が決まり、2009年にはドイツもロシアも承認して本格着工が成された。ロシアの独占エネルギー企業ガスプロムが51%、独エネルギー大手エーオンなど欧州企業3社が49%分を出資している。1本目の輸送管(ノルド・ストリーム1)は2011年に開通し、既に稼働を始めている。ドイツは脱原発の柱として期待をし、ロシアもウクライナを迂回することで問題を回避できるとの思惑で一致していた。しかし、この頭越しの独ロ接近に、中・東欧は反発していた。また、欧州内にもロシアとの急接近を警戒感する意向も根強い。2012年末に803kmの第2輸送管が稼働し、2600万世帯分に相当する年550億立方mのガスの内、ロシアからのガス輸出量の3分の1がバルト海経由に切り替わると計画されていた。(ノルド・ストリーム2は2019年末に稼働する予定)ここに来て、アメリカはこのノルド・ストリーム2に反対の意向を強めている。ドイツのロシアからのガス依存度が高まることで、ロシアに首根っこを押さえられてしまい、北大西洋条約機構(NATO)の団結を乱され、欧州の安全保障上問題だと懸念している。一方ではアメリカのガスを売りたいという底意があるし、さらにはウクライナの安全保障の問題も関係しているので、問題は単純ではなさそうだ。このパイプラインは、2017年にアメリカで成立した、対ロ制裁強化法での経済制裁の対象になり得るというのだ。この計画に対して、ウクライナは当然反対しているし、予てポーランドも反対しており、バルト3国も同調している。さらにはフランスも、それまでのドイツ支持の立場から若干変化してきている。ウクライナは今、ロシアから欧州へのガスパイプラインの通過による通行料を得ているが、之がノルド・ストリームの開通で減少し、そのことでウクライナの地政学上の価値が低下する。そうなると、ウクライナ領のクリミア半島でのロシアの力が相対的に強化されるとの思いがある。一方当事国ドイツは、パイプライン計画でロシアへの依存度が高まることはないとしている。イランからのパイプラインも計画中だと云うが、イランは、アメリカが制裁中だし、思うに任せない。ロシア依存を明確に打ち消す根拠は見当たらない。むしろアメリカが、ガス売り込みを掛けてくる事への警戒感があるようだ。更に問題は、ドイツが単独で、ロシアと結びつくことへの警戒感が欧州全体にあることだ。特にポーランドやバルト3国あたりは、かつてロシアの驚異にもろに晒されていただけにロシアへの警戒感は根強い。EUは域外からガスを運ぶパイプラインに関して規制を強化する方向だ。規制ではパイプラインの所有とガス供給の分離などを徹底することが考えられていて、之が厳格に適用されれば、ロシアのガスプロムにとって大きな打撃になる。こう言った声を背景にドイツはロシアとの再交渉をするようだが、結果がどう出るかは未知数だ。確実にドイツへの風当たりが強まっていることは否めないようだ。之に対して英エコノミスト紙は、新パイプラインはロシアのワナだとしている。現在のノルド・ストリーム1が特に供給量に不足を来しているわけではないこともあり、3つの点で、ロシアの政治的な思惑が掛けられたプロジェクトだとしているのだ。それにしてもメルケルが何故、こう言ったロシア主導のプロジェクトに肩入れしているのかについては、様々な憶測を呼んでいるが、明らかにされていない。第1は、ノルド・ストリーム2が完成すれば、欧州に迷惑を掛けることなく、ロシアは意のままにウクライナへのガス供給を止められることだ。プーチンが忌み嫌うウクライナや、バルト3国さらには、ポーランドはこうしたロシアの更なる進出を警戒している。第2に、ノルド・ストリーム2は過度にロシアへの依存を高めることだ。EUは安全上の理由から、調達先の多様化を進めてきており、ガスの輸送量や購入価格の透明性を求めてきた。しかし、この監視をドイツが行うことになったために実効の成果が疑問視されている。メルケルは欧州の安全保障よりも、安価なエネルギー確保を目論んでいるとの指摘だ。ウクライナ経由の既存の輸送は、ロシアの思惑で自在に絞られるなど政治利用が多い、これは欧州にとっては極めて重大なことだ。第3に、ノルド・ストリーム2の建設は、西側の同盟国間の亀裂を起こさせ、東欧と、西欧間の対立を生み、この計画に反対してきたアメリカと欧州の間にも亀裂を生じさせた。これはプーチンの思惑通りであり、西側の相克は新プロジェクトのコスト110億ドルの見返りとしては十分だとの思惑だ。メルケルはCDUの党首の座を追われ、連立を維持するためにSPDの協力を必要とした。そのSPDのシュレーダー元首相は、ノルド・ストリーム2とロシア石油大手ロスネフチ双方の取締役を務めているという。何やらきな臭い匂いがしないでもない。エネルギーは常に国家を揺るがす。その輸送手段のパイプラインもまた然りで、多国間を経由するケースや、ましてや政治主義の異なる国をまたいでの輸送となると、様々な思惑が絡んでくるだけになかなか難しい。【古今和歌集】680.君といへば 見まれ見ずまれ 富士の嶺のめずらしげなくもゆる (ふじはらのたゞゆき)あなたのことといえば、逢おうと逢うまいと、富士の山の火のように、常にこの心は恋しい思いで燃えます(見まれ見ずまれ ・・・ 見ようと見まいと関係なしに 、めづらしげなく ・・・ 変わることなしに )
2019.02.20
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今日は雨のためウォーキングは中止した。***一帯一路の問題は常に注意を払っておかねばならない課題だと思う。習近平が一貫して考えている世界制覇への具体的な進捗の現象だからだ。日経17日のAsian Reviewではモルディブの状況が書かれていた。モルディブはインドの南端でベンガル湾側のスリランカと対象の位置にあるアラビア海の小さな島国だ。小さな島国で通常の地図では点でも表せないような所だが、公海上の要所であるから中国が目を付けるのも納得できる。更に1つの国家を成しているので、籠絡しやすいと云う事もあるわけだ。習近平はそこに食指を伸ばし、基地を造ろうとしている。勿論モルディブは国の体裁を持っているので、いきなりずかずかと乗り込んで基地を造るというわけにはいかない。中国の採る常套手段は先ず相手国へ経済援助と称してインフラ整備を提案する。大概の国(スリランカも同じ)はインフラを整備する資力が無いので、中国の示す案に飛びつく事になる。そして中国から借金する形で、自国のインフラを整えるのだが、気がつけば借金の返済が出来なくなり、やがて中国の意のままに属国的な状態になって仕舞うのだ。国自体を支配してしまうと云う事にはならないにしても、借金で首が回らなくなった身では夜逃げも出来ず、国の一部、港湾や空港などを、中国に自由に使用を許すという風に開放させられることになる。イギリスが香港を中国から借りる形で自由に使ってきた逆バージョンを今度は中国が世界中で行っているのだ。モルディブでは前大統領ヤミーンが中国の甘言に載せられて、大型の借金を行っていた。おそらくは、同時に大金がヤミーンに賄賂として渡っていたであろう事は疑いの余地は無いだろう。昨年末選挙でヤミーンを破ったソリ大統領が対中債務の整理を始めたようだ。グーグルマップなどで拡大すると分かるが、モルディブの首都マレと空港は互いに離れた島の上にあり、これらの島同士を道路と橋梁で、結ぶことは当然の要望としてあった。そこへ中国が建設の資金を出そうというのだから乗ってしまったのだ。後先のことはあまり深く考えることなく同意したのであろう。大統領顧問(ナシード)と中国大使の間で債務高の話になったところ、大使はモルディブの対中債務が32億ドル(3500億円)になっていると話したようだ。中国外務省の公式見解ではそれは事実ではなく13億ドルだと云っているようだが、このずれは多少の見解の相違と片付けられない額だ。いずれにしても、モルディブのGDPは40億ドル程度であるから、その債務の大きさはかなり大きいと言わなければならない。当事国間での話し合いでは債務総額の確定は難しいと見て外国の協力を求めることになったようだ。パキスタンのグアダル湾の開発も一帯一路の一部で、重要な位置を占める。パキスタン政府も中国の進出に疑問を抱きだしているようだ。グアダルの土地を中国企業に売却することを凍結するために法律を改正した。グアダルは中パ経済回廊(CPEC)のインフラ計画の元を形成するところであるが、どうやら中国の本心(中国は自らの利益のみを考えている)を知るに至り、グアダルそのものに利益をもたらさないことを知ったのだ。中国カシュガルからインド洋(アラビア海)に面したグアダルへの道路を整備することで、容易にアクセスが可能となる。中国の意図はこのグアダルが南下政策上の要所であると言うだけのことだ。また、グアダルはオマーン湾にも面しており、ホルムズ海峡からペルシャ湾へのアクセスの喉元になっているのだ。じっくりと世界地図を見れば、インドを包囲しつつ海上の主要レーンをその支配下に置こうとする目論見が一目で見えてくる。スリランカは多額の債務返済に行き詰まり、2017年に南部のハンバトン港の運営権を既に中国企業(と言っても国有企業故に中国そのもの)に譲渡している。このことは中国の思惑である借金漬けにさせて返済不能にせしめて債務のワナにはめ、相手国の要所を召し上げるという計画の実践された典型例である。このことにようやく気づいたスリランカだが、対応策として、インフラ整備の援助国を多様化し始めた。日本はコロンボに路面電車の建設のためにローン(18億5000万ドル)を提供し、インドもまたスリランカの鉄道近代化に13億ドルの融資を行う計画だ。中国のインド洋進出はインドにとっても死命を制する故にインドは東のバングラデシュに対し、中国からの資金調達に十分注意するように特別に警告したようだ。アフリカに目を転ずれば、今最も注目されるのがジプチだ。人口わずか100万人という小国だ。この地はアラビア海からアデン湾を抜け紅海経由でスエズ運河に至る首根っこの場所に存在している。スエズ運河は今なおアジアとヨーロッパをつなぐ要衝だ。入り口のバベルマンデラ海峡はアラビア半島東のホルムズ海峡と同様に交通の要衝となっている。この辺りはかつて海賊が頻繁に出没していた地域である。日本の自衛隊も自国の船舶通航の安全を確保するためこのジプチに駐在施設を有している。この地はアメリカ軍や旧宗主国であるフランスなど7カ国の軍事基地もあるが、中国は原油の備蓄や精製などの施設を有する広大な土地を国際自由貿易区として囲い込み、その中に自らの軍事基地を造っている。ジプチの高官の話に依れば、これらの施設は全て中国のモノであり、もうジプチのモノではないと自虐的に公言しているほどだ。さらに、そのジプチが経済的な拠り所としているエチオピアにも中国の手は伸びている。ジプチとエチオピアの首都アジスアベバを結ぶ総延長750kmの鉄道は一帯一路の目玉事業である。1970年に開通していたこの鉄道に40億ドルもの資金を投じて全線電化の改修工事を行って2016年に新装開通している。現地のジプチ人も働いていたが、大金を得ていたのは皆中国人だ。さらに、中国の進出はエジプトにも迫る。現在の首都カイロは慢性的交通渋滞と大気汚染に悩まされている。そこで、総工費450億ドルを掛けて新首都を建設しようとの巨大プロジェクトが動き出している。そこには世界で3番目に大きい「アルファター・アラリム・モスク」も併せて建設中だ。新首都の規模はUAEのドバイにある「ザ・ワールド」を上回る。そこに中国は30億ドルの事業を携えて介入している。さらには、スエズ運河の拡張工事を90億ドル掛けて完成させている。ここにも中国資本は投入されていて、中国の対エジプト投資総額は219億ドルにも達している。こうしてスエズ運河とエジプトを手なずけて中国の進出は地中海にも及ぶ。ギリシャ最大のピレウス港は既に、中国の支配するところとなっている。ギリシャはユーロ加盟のメリットを活かして急激な好調期を迎えたが、債務危機(EU、IMF)でバブルははじけ急破綻に追い込まれ、ユーロ加盟以前よりも貧しくなっている。ギリシャの疲弊は激しく、そこに多数の難民が流入して最早貧民窟の如き様相になっているという。中国は、そういった弱みに擦り寄る形で、巧みに自国の権益を広げ、ヨーロッパへの足がかりとしている。次なるターゲットはイタリアだ。国内が揺れているイタリアは、国民の人気取りで、多額にお金が落ちる中国一帯一路への関与を考え始めているようだ。アメリカやEUが対中に一線を画す政策を採る中、これを逸脱する可能性もなきにしもあらずだ。今後がますます注目されるし、日本は、一体どう考えているのか、さっぱり議論がないのが気がかりである。【古今和歌集】679.石上布留(いそのかみふる)の中道 なかなかに見ずは恋しと思はましや (つらゆき)中途半端に姿を見なければ、恋しいと思うことはなかったのに(ふるのなか道 ・・・ 布留へ行く途中の道 、なかなかに ・・・ 中途半端に )(「石上布留」は現在の奈良県天理市布留町あたり)
2019.02.19
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。連れ合いと映画「女王陛下のお気に入り」を観た。英語の原題は「The favourite」だ。17世紀初頭のイギリス王家の話で、女王は病弱なアンだ。スチュワート王朝最後の君主に当たる。イギリスの王朝は通暁するだけでも難しく複雑だ。各王朝時代のそれぞれにストーリーがあり、かつて「ブーリン家の姉妹」というのも王室の1コマを扱った映画だった。こうした歴史を知るには、歴史を客観的に述べた書物に依るのだが、映画はそういった内容の一部にスポットを当て、制作者の解釈が加えられ脚色される。映画を通じて知る歴史は全くの誇張ではないにしろ真実を正確にそのまま伝えているのでは無いと思う。映画上の主役であるアン女王はあまり教養の無い人物だったようだ。幼友達のサラ・ジェニングスに政治の実務を任せていた。この映画は、権勢をほしいままにするサラと没落貴族の娘でサラの従姉妹のアビゲイル・ナイシャムとの確執を描いている。最初はサラがアビゲイルを不憫に思うと共に、細やかな気遣いを示すので取り立てて自分の家に召使いとして雇い入れる辺りから物語は始まる。アビゲイルは、初は政治に興味を示すことなく純粋に仕えることで、信頼を徐々に得ていく。こうした流れで、サラとアビゲイルは女王の寵愛を巡って関係が悪化していく。アン女王が全幅の信頼を寄せるサラは、当時のホイッグ党党首(首相)もトーリー党党首も異を唱えることが出来ないと言うくらいに権勢を奮っていた。当時の女王を前にしたイギリス議会の様子も描かれているが、全く女王(代理のサラ)の上意下達の雰囲気で終始する。国政のあるべき方向を決めるのはホイッグとトーリー党の党首がアンの前で、如何に思惑を説明するかに掛かっていて、後はアン女王の鶴の一声で行方が決めるというものだ。その代弁をサラが行いあたかも女王の如く振る舞うのである。まさかこんな単純なシステムでイギリスの議会が左右されていたわけではないだろうがほぼ之に近い状態だったのだろう。アン女王はグレートブリテン(アイルランドの女王でもある)最初の女王で、それ以前はイングランドとスコットランドは別々の国であった。それらが統合されてアンは、両国の女王になったのであった。夫君はデンマークとノルウェーの王族であり、グレートブリテンの統治者として君臨はしていない。その夫君とアンの間には17人もの子が出来たが、内、6回の流産と6回の死産を経験していたという。映画ではそのことを象徴的に兎を17匹飼うことで心を癒やすという設定にしてある。こうした不幸な出産や子供脆弱さの原因は抗リン酸資質抗体症候群(APS)故であったようだ。何不自由なく生まれ、育ち、殆ど好きなことをして過ごし、何でも美味い物を存分に食べていたら、健康な身体も侵されるであろうことは映画でなくても決まっていることだ。ネットでアン女王の肖像画を見ると、ふくよかな体つきだが、死んだときの棺はほぼ正方形に近いほど太っていたと伝えられている。この肥満体質もブランデーの飲み過ぎが原因だったとか伝えられている。こう言ったエピソードなりは映画では取り上げられていないし、アン女王自体の生涯を描いた作品ではない。傍証的に調べたものだ。アンが姉のメアリー2世とその夫のウィリアム3世との共同統治の跡を継いで、即位したのはスペイン継承戦争の真っ只中で、フランスやスペインと戦っていた。サラの夫は最前線で司令官として戦っていたがその最前線に兵や資金を送るとか送らないとかのやり取りが映画の中で繰り広げられる。しかし、女王は戦争による疲弊で、国民が反対しているのを慮って、次第に和平派に傾き始める。その裏ではサラとその失脚を画策するアビゲイルとの確執がうごめいている。サラとアビゲイルのやり方はホイッグ党とトーリー党との論戦で象徴的に表現している。国民の意思が反戦争(和平)であることからアン女王は次第にホイッグ党を離れ、トーリー党の和平派に力を注ぐようになる。本来の歴史ではこの戦争の成り行きなりが主筋であり、映画の内容はずれているのだが、そこがポイントの当て方だというわけだ。歴史の事象を淡々と伝えるだけであれば、あまり面白みが無いと云う事なのだろう。この辺りの事をホイッグに与するサラ(夫が最前線の司令官)と之を追い落とそうとするアビゲイル(トーリーに組み込まれる)が女王の寵愛を絡めて露骨に戦うという形で展開していく。このアン女王の時代にイギリスがスペインの無敵艦隊を破りヨーロッパではイギリスとフランスが台頭、北の植民地で広げられた戦いはアン女王戦争と呼ばれている。アビゲイルは最終的にサラに毒を盛る。それに気づかずサラはコーヒーを飲み、そのまま乗馬で森に出掛けて途中で落馬、瀕死の重傷を負う。農夫に命を助けられて、宮廷に一時復帰するが最早実権はアビゲイルに移っていたという展開だ。そんな中、サラの夫アールバラ公が軍資金を横領した疑惑が起こる。映画ではアビゲイルが帳簿を調べて不正をアン女王に告発する形を取っている。アン女王は、まさか幼友達のサラがそんな不正を行うわけはないと、その場では一蹴するが、根本的には疑惑をぬぐい去ることは出来ず、兵士を派遣してアールバラ公を追放してしまう。映画ではまんまとアビゲイルの画策が通ったかの如く描かれていて、アビゲイルが従来のサラがアン女王の側近として政治を牛耳る立場に取って代わることになる。そのアビゲイルはわがままぶりを遺憾なく発揮してそれまでの不遇を一気に取り返したかに見えた。アン女王への忠誠も半ば上滑りのように立ち居振る舞うまでになっていった。映画のラストで、アビゲイルが椅子に腰を掛け、本を読みながら兎の1匹(それはアンが失った子供の1人でもあるのだが)を足裏で踏みつけ苦しさに兎が鳴く声で気づいた女王がアビゲイルの本性を悟るという下りだ。アンはアビゲイルに従来の威光をかざして僕のように足をさするように命令し、且つ自分の命令なく勝手に言葉を発することさえも禁じてしまうのだ。その後アビゲイルがどうなっていくのか、アンがどう国政に対して向かい合っていくのかは映画では語られていない。その後は史実に戻らないといけないわけだ。この映画で、病んでいるとは云え、絶対権力者はアン女王であると言うこと、そして彼女に取り入って政治を恣意的に運用するもしないも、アン女王に如何に取り入るかで決まると言うことを示している。何やら次元の低いところで、世の中の政治の本質が左右されているのかと思うと恐ろしい気がする。忖度という言葉が流行った。日本でも時の為政者に取り入り、祭り上げ私的な欲に走ることが平気で行われている。そんなことを思い起こさせる映画であった。史実は映画よりももっと複雑で、陰湿なものだろう。その辺りの機微を、史実を詳しく知らない観客に容易に分からせるには時間も空間も足りないわけで、映画はそれをコーヒーに毒を入れる行為で象徴的に表しているのだろう。最初のサラの高慢さと意地悪さが目に付いていて可愛そうな境遇のアビゲイルに共感が行きそうになるが、やがて策を弄しつつサラを追い落とそうと画策するアビゲイルが狡猾だと思えてくる。アン女王はそれらを等しく見つつ且つ正しい判断を下せることが最低の条件では無いかと思う。サラはやがて何とか復活を果たし、84歳という長寿を全うしたという。サラの夫である、アールバラ公家は後のウィンストン・チャーチルや又イギリス皇太子妃ダイアナもその子孫だという。イギリス王室のほんの一時期の歴史ではあるが、女王を中心にサラと従姉妹のアビゲイルの3人で、醸し出す事柄が政治をも動かし、紆余曲折しながら脈々と続くのだ。The favouriteは好きな部下は寵愛するが批判的な人間は排除する典型的な情実人事の元のようなアン女王の物語だ。現代にも通じるアン女王の施政だが、高尚なことばかりと思わせる政治の世界も、何やら個人レベルのドロドロした事で成り立っているという証のような映画であった。【古今和歌集】678.あひ見ずは恋しき事もなからまし 音にぞ人をきくべかりける (よみ人しらず)逢わなければ恋しいこともなかっただろうに、こんな思いをするなら噂にだけ聞いておけばよかった
2019.02.18
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で、帰りはシャルマンを通った。孫の野球2試合を観戦した。日に日に成長していく姿が頼もしい。夕方はカラオケ大会だったが、連れ合いは具合が悪く、私のみが参加した。人数も少なかったので、盛り上がりに欠けた。***日立製作所がイギリスで進めてきた原発新設計画を凍結すると発表して、日本が国策とした原発輸出案件は事実上ゼロになった。そんな経緯を振り返る記事が日経に連載された。契約書によると、日本企業の出資者は日本政府が責任を持って集めるとあったようだが、政府(経産省)が役割を果たさなかったことが書かれている。筆頭出資者として考えられていたのが東電だが、川村会長(当時)が出資を拒んだとある。その理由は福島第1原発事故の賠償や廃炉に金が要る中、新しい事業に出資することは出来ないということだ。もっともなことだと思う。2012年イギリスから原発建設を打診されたときに、中西副社長(当時)は受諾を決めたが、川村は懸念を示したという。川村は原発全体の建設や運営にも関わる英事業は原子炉メーカーの日立にはリスクが大きいと心配していたという。中西は、奮闘して、英政府が最大限に支援するという約束を取り付けて、やっと事業継続を認めさせた。然し乍ら2018年に入って再生可能エネルギーが台頭し、社内でも英事業に反対する社外取締役の声が大きくなったようだ。準備に月数十億円が出て行く中、採算については明確ではなく、見通しも又欠如していたようだ。中西は孤立した形だったという。中西の立場(経団連会長で安倍を囲む経済人会合のメンバー)では、致し方の無い事であったかも知れないが、安倍は日立を後押しせず、中西は日立として英政府に支援拡大を求めた。之を読むと何が国策かとの思いがする。兵器や軍艦には惜しみなく金を出すのに、何故、一方の原発プロジェクトに金を出さないのかとの疑問だ。私個人としては、基本的に原発には反対だし、国内の原発事故の整理もまだまだの段階で、国策として海外に原発を売り出すことの不条理さを感じている。従って結果としては、この事業凍結は意にかなうものだが、日本政府は一私企業に国策を任せたきりで、果たすべき事をやらないことは如何かと思う。原発輸出計画は日立だけでなく、東芝も、さらにはトルコへの三菱重工のプロジェクトも全て頓挫している。では何故そうなったか。日本のエネルギー政策で電源の20~22%を原子力で担う事になっているが、この数字を何時決め、又どういった根拠であったのか良く知らない。福島原発事故後、殆ど先行きが見えない段階で、安倍は海外向けに放射線の漏洩の問題に関して「Under control」と言い放ったが、これは何時もの口先男のやり方で、それがどれ程空しく響いたことか。与党の中にも小泉元首相のように、原発無しで電源は確保出来るという者もいる中、さしたる議論無しに先ず原発ありきの発想から押したのが今のエネルギー計画である。国内での事故処理が終わらぬままに、原発離れして技術が低下する対策として海外への原発輸出をその「つなぎ役」として考えられていた。それが頓挫したことで、エネルギー政策そのものがぐらついているのが現状だ。国民の声は原発廃棄の方向であるにもかかわらず、確固とした信念も又議論もなく事務的に強引に推し進めようとする政策に誰も付いてこなくなり、政府もただただ民間1社にお鉢を預けるだけだから埒が明かない。こう言った原発離れのムードの中、原子力を選択する学生の数も段々少なくなっているようだ。技術の世界は実務無しの理論だけでは伝承することは困難だ。原子力がまだ脚光を浴びていた2009年頃は東芝など原発メーカー6社の原子力部門の採用人数も250人程度あったが、2017年度には約100人と減じている。原子力の基礎研究の予算も半減以下となり、その殆ども福島の事故処理に回されているとのことで、原発自身収縮の方向に向かっている。一方中国では、日本に取って代わるように原発に力を入れている。特に最重要プロジェクトと位置づけられている華龍1号は米仏の加圧水型軽水炉(PWR)をベースとして、中国が独自開発した第3世代原子炉だと主張している。華龍1号は既に福清原発や田湾原発で建設中であり、広西チワン地区でも建設を進めている。更にこの華龍1号は中国の海外輸出の主力ブランドとして取り組んでおり、パキスタンのカラチでも海外進出1号として建設が進められている。更に輸出拡大の名の下、イギリスやアルゼンチンでも許認可の手続きが始まった。日本が撤退を決めたトルコの黒海沿岸での建設に取って代わるように後がまを狙っている。中国の原発拡大路線は2015年頃から始まっていて、2016年には32基が営業運転をしており、24基が建設中であった。2019年では、新聞によると世界中で既に40基が稼働していて、アメリカの4割に達し、原子力大国になっている。中国の更なる目標は2030年には、国内の原発の発電能力をアメリカを抜いて世界1位にすることを目論んでいる。また、中国のハイテク振興策「中国製造2025」の重点項目として原発を位置づけている。こう言った流れの中、アメリカは中国の原子力開発に危機感を持っている。アメリカの民生原子力技術が中国によって軍事分野に転用されることを防ぐため、マイクロソフトが中国での建設計画に圧力をかけ工事を凍結させた。第3世代の原子炉技術がアメリカから盗用されたものであると懸念し原子力分野においてもアメリカは中国の追従を許さない姿勢だ。中国は部品などの90%近くを国産化で間に合わせていると称しているが、この影響が今後出てこないかどうかだ。原発はCO2排出が少なく、環境に優しい安定的なエネルギーが得られるという額面的な安全神話が普遍的であれば、全く問題にはならないが、どれほど安全対策が採られていた(5重の安全策などと称していた)としても現実に事故が起こっており、重大な事故の陰にはうやむやに消えていった小規模の事故もあって、数え上げたらきりがないのだ。事故における「ハインリッヒの法則」が原発には当てはまらないということはなく事故には普遍的なものなのだ。さらに人間が扱うものだけにヒューマンエラーは必ず起きる。チェルノブイリやスリーマイル島、福島第1原発だけが原発事故ではないのだ。そんなことを思うと、福島原発事故は2011年に起こり、10年近く経過するのに、今なおその処理で、溶融燃料(デブリ)の状態ですら正確に捉えられていないのだ。デブリの取り出しを開始するにも後2年かかる見通しだし、廃炉にしてしまうまでにはまだまだ20~30年はかかると推定されている。廃炉工事にかかるコストも当初は2兆円としていたが今やその値は8兆円にも膨らんでいる。しかも、この数字とて、どの程度の正確性があるのかははなはだ疑問なのだ。原子炉の寿命は当初稼働30年程度とされていたが、これを適切な手当を講じてとはいいながら延長使用している。これとて限度があり、国内で廃炉を予定している原発はすでに24基となる。放射線の処理や廃炉を真面目に考えたときの総コストを考えると、今まで原発が断然有利とされたストーリーが覆ることになる。玄海2号の廃炉費用は365億円とされているが、九電の之までの安全対策費の集計は、9000億円とのことだ。正に出口を考えずに造り続けた弊害がここに来て一斉に吹き出した感がある。放射線廃棄物の処理法なども確定していないまま、(トイレのないマンションと揶揄され)原発を至上とした結果が今日だ。ランニングコストが安いという触れ込みであったが、之には廃炉に要するコストなどは考えられていないだろうし、また不測の事故処理費用などは当然含まれていない。今になって原発のコストは石炭の1.5倍、太陽光や風力など再生可能エネルギーの約3.5倍となると言い出している。これは偏に永年に亘り原発が有利、有効だと遮二無二推定させてきた政府の大きなミスリードにある。原発がクリーンで安いといった人たちは何処に隠れてしまったのだろうか。また、かつての日本のように、中国は原発を造り続けている。しかも日本に近い東海岸沿いに多く存在している。もし、その1つでも、事故を起こしたなら(中国で事故が発生する確率の方が遙かに大きいと恐れている)あのPM2.5の様にその影響は必ず日本に降りかかるだろう。今が原発に引導を渡すときなのだ。【古今和歌集】677.陸奥の安積の沼の花かつみ かつ見る人に恋ひやわたらん (よみ人しらず)陸奥の安積にある沼に咲く「花かつみ」の花のようなあの人を、私は“かつ(時々)見”ているんだけれど、時々だからこそ、こうしてずっと恋しい気持ちが続いてしまうのだろうか。(花かつみ ・・・ 野生の花菖蒲の一種か、諸説あり不明)
2019.02.17
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄で、帰りは島本駅を通った。中学校の土曜スクールに参加した。また、夕方からは淀屋での九人会の新年会に参加した。よく飲む仲間の方に座ったので、良い気分に酔ってしまった。***統計不振問題が終息するどころか広がりを見せている。新聞等で発表される図表などの下に「政府○○による」などと書いてあるのは皆嘘なのかも知れないとの思いに駆られる。不正の発覚以来、今日は昨日より問題点は広がり、明日は更に混迷の度合いを増すという正に拡散の様相を呈している。問題が多岐に亘っているようでここ数日の論点を纏めた記事に従って頭の中を整理してみた。毎月の勤労統計調書(毎勤)というのがあって常用労働者5人以上の事業所を対象に賃金、労働時間及び雇用の変動を厚労省が調べている。規模の小さい事業所は抽出調査で、500人以上の事業所は全数調査するように決まっている。その決まりを無視して東京都は、従業員500人以上の事業所でも抽出調査しかしていなかったという。更に、不適切と分かった後も適切に復元すらしなかったのだ。この調査をベースに雇用保険や労働保険の支給額を算定したり、雇用者の総所得を算定したり、さらには需給ギャップの算出に使っている。毎月の勤労統計の労働時間もこう言った調査を利用している。その結果、雇用保険など多数の過小給付が判明したとのことだ。私も一時期失業保険を受けていたので、推測では、受けた額が少なかったと思うものの、何ら証明する手だてもなく、泣き寝入りに近い。厚労省は、過去に消えた年金問題でも、杜撰な運用で、巨額の年金が失われたことがあったが、今度も又厚労省の不手際(というか犯罪)だ。分かりやすく言えば、高額の報酬を出す会社のみ抽出対象として、統計を取るので、世の中の全てが高報酬を得ているという判断になり、その結果、急に景気も良くなったと判断されるという寸法だ。安倍が、アベノミクスが成功したかに宣伝しているが、実は嘘をベースの虚偽答弁だったと云う事になる。2018年の実質賃金は嵩上げされていたことが政府関与を疑わせる大きな根拠になっている。政府が官僚に騙されていたという見方もあるが、官邸からそうなるように指示していたのではないかとの疑いが浮上している。よもや、というのが今の世の中、まかり通っているので、よもやがよもやでは無いのかも知れない。何しろ、森加計問題で、首相の関与があれほど明からさまであったことでさえ、有耶無耶に押しつぶしてしまう政府だから、今回の統計不信にも政府関与があったとしてもあながち唐突な話でも無さそうだ。やれないことを出来るとか、美辞麗句だけは素晴らしい安倍の絡まることだけに不信は募るばかりなのだ。事の是非を糺すべき筈の監督委でさえも初期の発表では大都市圏の都道府県からの要望だったと、組織的隠蔽ではないとしていたが、これも後に大嘘であることが判明している。何と監督委の中に厚労省の幹部が同席していたという杜撰さだ。犯罪者の刑罰を決める裁判官の中に犯罪者の元締めが居たというようなものだ。この頃の社会現象だろうか、明らかに間違っていることでも、最初は白を切るように否定から始まり、やがて時をおかずに不正を認めるというパターンが多いようだ。話を戻して、統計不信の原因について、焦点に1.抽出調査を変えた動機、2.不正内容の省内での共有範囲、3.組織的隠蔽の是非、と云ったことの解明が必要だ。これら全てが黒となれば、(濃い灰色であっても)厚労省解体に至るだろうとのことだ。厚労省は現在統計値の修正に大童とのことだが、一体どういう風にすれば訂正されるのか、迄は追跡されていないし、修正しようにも基本になるデータを廃棄したり紛失したり(本当か嘘か分からないが)しているようで、データの無くなった2004~2011年の扱いは如何ともし難いようだ。ここで又不思議なのは訂正すべきと一丸となっているかと思いきや、野党の追及に対して統計値の公表を全て行うことに厚労省は難色を示しているとか。官僚の行きすぎを政府が緩めている今の内閣は正に隠蔽の最先頭を走っているようなものだ。雇用者報酬、総雇用者所得、景気動向指数等は全て毎勤によって算出されているので、之を修正すると影響が多岐に及ぶ。統計が不正確であれば、これらの数値は誤って伝わり、政策への反映が間違うこともあるわけだ。特に日本経済の実力を示す潜在成長率と需要と供給の差を示す需給ギャップは政府の景気判断の重要なファクターだ。厚労省に対して、行政のトップである首相や官房長官が烈火の如く起こるならばまだ分かるが、なぁなぁに済ませている様子を見ると、政府が意図的に行わせたと疑われても致し方ない。国民も舐められたものだ。政府が特に重要と位置づける基礎統計の1つに1948年から導入の賃金構造基本統計調査がある。年齢、性別、雇用形態などに応じた賃金を調べ、都道府県に年1回公表している。その調査に次のような不適切処理があったのだ。1. 本来調査は対象事業所に出向き書類を手渡し、又回収する筈が郵送で処理していた。2. 調査対象から本来入れるべきバーやキャバレーを除いていた。3. 回答期限を計画より短く設定していた。などだ。1番は統計法違反の可能性があると軟らかな表現をしているが、明らかに違反だ。何故こう言った不適切処理が行われたかについての原因究明を総務省行政評価局に担当させている。自分(厚労省自身)にやらせたら、又嘘の上塗りになりかねないからだ。何故郵送処理を始めたのか、それも2006年から始まっていると云うから既に10年以上違法が放置されていたわけだ。どう考えてもプロ手段がこぞって見過ごすことは考えられないので、組織による関与は議論の余地がないだろう。むしろ、積極的隠蔽を図ってきたとしか云いようが無い。加えて、統計に関する予算計上では郵送という事実に反して、よりコストの掛かる訪問調査を前提に予算を確保していたという2重の裏切りだ。架空計上という違法のダブルヘッダーなのだ。この統計調査は、時に春闘の組合要求額の査定にも使うとあるから、もう滅茶苦茶だ。そうした厚労省の違法調査の解明過程で、今度は総務省の調査でも不手際が判明したのだ。消費者物価指数(CPI)を算出する小売物価統計がその問題点だ。調査する職員が店舗を訪問して実際にモノやサービスの価格を写し取らなければならないところ、2年前から非常勤の大阪の職員が実店舗調査をしないで、従来の価格データをそのまま記入していたのだ。約2万7000社で、約550品目がそういった対象になっていた。言い分は家庭の用事が忙しく時間が無かったし、値動きが少ないので、調べなくても良いと判断したというのだ。「忙しいなら引き受けるな!」と言うことだし、「勝手な判断をするな!」とも云いたいところだ。地味ではあるが仕事の内容の重要性を慮る意識の欠如である。この事実を受けても、総務省は先ず自身の保身から言い訳を始める。調査のやり方、結果計算の手法は国の指示通りであり、問題は無いとし、今回の場合は調査員個人の人的怠慢やミスの類いで本質的ではないとうそぶくのだ。何を寝ぼけたことを、と思うのだが、そういった基本的なことの重大さを末端の職員の単なるミスで片付けるトカゲの尻尾切りがここでも行われている。この辺りからして役人の根性を見る気がする。不適切を確認されたのは全国で合計21万価格データの内180だという。これだけならCPIなどの重要な政策指標に起こるずれは少ないだろう。しかし、ここでも次の如き実態の解明が求められている。1. 杜撰な実態を見抜けなかったチェック体制の不備(ガバナンス欠如)2. 今回の180の不適切価格が氷山の一角かも知れないと言う事3. 最終的には調査員のモラル統計不信はこれだけで終わるような気がしない。終息無き悪夢のような事象がこれからも起こりえないと誰が言えるだろうか。抜本的対策として分散型の統計集計と中央統計局などといった独立組織への一元化が案としてある。(欧州などは一元化している)しかし、人材はそう簡単には育たない。時間が掛かるという。正確なサンプリング方法の改善も考えないといけない。この意味では今ではデータ収集に長けた民間の方が進んでいるかも知れない。正しいフィードバックシステムの構築も考えるべきだ。要は、間違いを見つけたら即謝罪し、適正に修正することを積み重ねるべきである。隠蔽は最も忌むべき行為だ。様々な点で、日本は諸外国に後れを取っていることは否めないようだ。【古今和歌集】676.知るといえば枕だにせでねしものを 塵ならぬ名のそらに立つらむ (伊勢)枕が人の心を知るということなので、それさえしないで寝たものを、どうしてチリでもない自分の恋の噂が勝手に広まっているのでしょう(枕は共寝の秘密を知るということなので)
2019.02.16
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄で、帰りはシャルマンを通った。今日は小学校4年生の放課後学習会だ。連れ合いはそれに先立って、学習ボランティアのメンバーさん達とムクでランチを共にした。***現代社会は情報技術(IT)の社会と言っても過言ではない。AIなどもその中心的な存在で、進化の成り行きが注視されている。AIに必要な要素のデータを如何に集積し、そこから必要な要素を抽出するかが最重要事項となっている。最近見たTVでは買物レシートを写真に撮って送るだけでお金が貰えると云った事もあるようだ。今まではデータは学術的目的で収集する以外には殆ど顧みられなかったようだが、今は如何なるデータでも目的によっては重要なファクターとなるようで、世の中の事象全てをデータ化して分析するといった方向に動いているようだ。日経で連載コラムとして取り上げたのもこう言った背景を解析するためだろう。冒頭、世界の情報と知識が一握りのITを扱う企業に集中して既存の企業を脅かす事態になっていると説明されている。過度の集中や独占を禁止する独占禁止法では扱いきれない状態になってきているという。アメリカのスタンダードオイルがあまり強大化して(富を集中独占)国家に比肩するようになり34社に分割されたのを皮切りに一企業が市場を独占し、価格を自由に操作することなど不当な競争が出来なくなるように独禁法が制定されたが、現在では独占の防止対象がGAFAなどのIT企業に移る時代になってきた。個人の情報を最大限に引き出し、個人の嗜好を分析して、計ったように次なる興味対象(を推定して)を提案してくるといった手法が出てきている。私の場合も例えばゴルフ場の検索をすると、その後は過去に行ったことのあるゴルフ場のCMテロップがスマートフォンにちらちらと誘うように出てくる等の例だ。他にも本をネットで注文した場合などは、この本を読んだ人はこんな本も読んでいますよといった自分の興味をさも熟知しているかの如き提案をしてくるのだ。こう言ったデータや富、頭脳が集中することをニューモノポリーと呼ぶようだ。検索機能やSNSなどを無料で提供し、これらの便利な機能を使えば使うほど段々抜けられなくなり、ついついのめり込んでしまうと云うわけだ。殆ど麻薬に近い存在になっている。こう言ったIT企業の最大の特徴は従来の企業と違って固定設備や人員が少なくて済むと云う事だ。GAFAにBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)を加えたIT7社の総ユーザー数は何と130億人(重複ユーザーもあるので)と世界人口を上回っているのだ。独占の例が挙げられていた。日本大手のLINEの無料アプリが突然使えなくなったという。アップルから圧力が掛かったようだ。アップルのアプリ配信サービスを介せずにLINE上で無料アプリゲームが楽しめるシステムがアップルの怒りに触れたとのことだ。圧力を掛けたアップルも、掛けられたLINEも口をつぐんで話さない。こう言った無言の圧力で支配する新手の寡占が始まっている。ソフトに絡むものは国境を越えて世界に拡散し、各国の人や企業を飲み込んでいくのだ。従来モノを対象に立てられた独禁法では、情報といったモノでない存在を規制することは出来ないのだ。日本の公取委もこの不合理(不当圧力)を解消しようと立ちあがった。GAFAの天敵と呼ばれるEUの委員に参画を申し入れたが実効は上がらない。その訳は対応する人材の多寡が如実に物語っている。アマゾンに対して経産省が公聴会への呼び出しを掛けたが「任意なら出ない」とにべもなく断られたという。法整備のされていない現段階では強制的に出席させることは出来ないのだ。(警察も逮捕状無しでは任意でしか聴取されないのと同じだ)アマゾンが抱える経済学者は170人以上いる。之に対してEUの委員会ですら20人の学者に留まり、まして日本の公取にはたった2人しかいないのだ。之では端から勝敗は決まっている。日本のITにおける脆弱性が諸に分かる。私の経験でも、独禁法に抵触している談合の告発を行ったときに、人手が足りず談合を計画している具体的日付を教えてくれたら対応が出来るかもと実に心許ない返事だった。之では日本から談合はなくならないと感じ、又実際その通りなのだ。日本も一時経済大国と言われたが、こう言ったフェーズの異なるIT部門へのしかるべき投資(資源配分)は全く行われてこなかったのだ。何とも情けない政府、官僚であることかと今更ながら痛感する。それ故、日本はイージーだとアマゾン辺りからは歯牙にも掛けられていない。6月に大阪で開かれるG20にも議題として取り上げられる予定の、国境をまたぐ流通圏の議題だが、日本がホスト国として取り仕切る力は残念ながら持ち合わせていないだろう。中国には「老賴地図」というサービスアプリがあるという。テンセントが「微信」の追加機能として提供しているアプリだが、借金問題に厳しく臨む地方政府が借金の額などの個人情報を公開しているという。これなど、日本では考えられないが、国家統制が染みついている中国ならではだ。しかし、このアプリで、新たに居住地域を探している人にとってはその地域を選択から除外する根拠に役立つというわけだ。こういった国家統制がまかり通り、個人情報が容易に集められる中国は「ニューモノポリー」の未来像である。日本の現状がどうなのか自分の個人情報がどの程度把握されているか詳しく知らないが、中国辺りでは国家が個人を完全に把握するときは目前に迫っているようだ。ヨーロッパでもグーグルの情報網は舌を巻くほどだ。ドイツ政府(カルテル庁)の幹部の言によると、ウェブの閲覧履歴やスマートフォンの位置情報、趣味など、また、秒単位で部屋のどの椅子に座っているかまで把握されているというのだ。SNSや無料の検索サービスはその都度、個人情報を提供し続けていることになるのだ。ドイツはフェイスブックのデータ収集を大幅に制限するよう命じたし、ノルウェーでも、消費者協議会がグーグルなどの利用者のプライバシーが守られるように動いている。グーグル辺りは例えば、任意情報を提供しないという選択肢の文字に通常の人が避けがちな赤い文字を使うなどして心理的に誘導することで半ば強制的にデータ収集をしているのだ。之に対抗する動きもある。個人情報を守りながらウェブサイトを利用できるソフト「ソリッド」が開発されているという。開発した人は、ウェブの父と呼ばれるイギリスの科学者ティム・バーナーズだ。そこまでの力量の人なら対策も可能だろうが、我々一般のユーザーは余程しっかりしないと個人情報は垂れ流し同然のようだ。遅まきながら日本もドイツを見習い、行きすぎたデータ収集を防ぐために独禁法の適用拡大を検討し始めたようだ。向こう3軒両隣といった近隣へのオープンな付き合いになれ、個人意識の低い日本は、国民性として差ほど個人情報に対して厳格な意識を持たずに生活してきたが、今や、世界の潮流として我に返るべき時が来たのかもしれない。「ニューモノポリー」の弊害の具体例がある。一方的な規約改定が行われるというアマゾンは世界15カ国で通販サイトを運営し年間300億アクセス、200万以上の企業に出品のチャンスを与えてきた有数のプラットフォーマーだ。然し、このことが寡占を増長させ、意のままに出品企業をコントロールしてしまうのだ。最悪のパターンは出品企業に対しては顧客情報の詳細は隠し、アマゾンだけがそのデータを集積できるシステムとしているのだ。そして売れ筋商品と見るや自社で同仕様の製品を開発して自社PBで市場に投入するやり方だ。出品企業から盗用を訴えても、一蹴するという有様だ。グーグルは自動運転にも乗り出そうとしている。これも製品に関するデータをグーグルが独占することでプラットフォーマーとしての技術開発で主導権をとって支配力を行使しようとする例だ。之に対して、既存の自動車メーカー、トヨタやGMがとった業界側のライバル同士が手を組むと云ったことも出現している。これらへの対抗の動きもある。EU委がグーグルにスマートフォンの製造企業に不当な圧力を掛けたとして約5700億円の制裁を課したし、アマゾンに対しても同様な措置を執るべく調査中だ。日本の公取委もIT大手の商取引の実態解明に乗りだしている。IT企業と取引のある企業に対し、情報提供を求める窓口を設置した。中小企業へのアンケートに依れば、事の多寡にかかわらず改善して欲しいプラットフォーマーがあると、殆どの中小企業が答えた。今まで無料として扱われていたデータが価値を持っていることが段々に明らかになった。シカゴの商取引の中でも、モノでないデータもある指標を作って取引対象にしようとの動きだ。中国辺りでは既に行われていて、米中がここでもデータの見える化で競う形だ。そういったデータの市場価値をいち早く取り込んだのがニューモノポリマーで、既に国家を越える力を有している。フェイスブックがインスタグラムを買収した際にインスタグラムの資産価値は1000億円程度だったが、2018年には100倍の11兆円に加速度的に急成長している。日本でもインスタ映えの名の下、全ての人が写真をアップしていることでも分かるように、写真共有サイトの世界標準を握っている。今なら当然合併に異論も出ただろうが当時は一顧だにされなかったようだ。データの価値が、個人レベルでも重要だと認識され始め、企業の悪質な情報漏洩に罰金が課せられ、個人の損害賠償も認められる方向だ。(アメリカは既に導入済みだが日本やヨーロッパは未導入)M&Aに際しても、データの寡占という観点から合併審査されることになりそうだ。この先、データが世界を動かすと言う事に変わりはない。あらゆるモノがデータという価値を持つ。今後はそういった意味を考え乍ら見ていく必要がある。【古今和歌集】675.きみにより我が名は花に 春霞 野にも山にもたちみちにけり (よみ人しらず)あなたのせいで、私のことは表だってしまい、その噂が春霞のようにあちこちで立って広がっていることです。
2019.02.15
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今日のセミウォーキングは島本高から若山台を抜け、東大寺公園を通って島本駅を通過した。いよいよパソコンが動かなくなったので、ヤマダ電機に持ち込み修理を依頼した。1週間から10日程度掛かるとのことだ。(ブログが頓挫していたのもそのせいなのだ)***実際のゲーム結果以外でも新聞にゴルフについて載ることがある。12日の日経にBizワザでゴルフのマナーについて書かれていた。ゴルフはマナーのスポーツと云われていて、昔はドレスコードなど割合厳しく云われていた事を思い出す。しかし、最近になってゴルフのグリーンフィーなどが安くなり、若い人たちでも気軽にプレーすることが出来るようになった。そんなせいか否か、服装も結構自由になってきたようだ。更に加えて、ゴルフ場が乱立したものの、ピークを過ぎたことで、今のゴルフ場は集客に大童となった状態だ。私などはどちらかと言えば安くプレーできるゴルフ場を選ぶことが多く、逆に名門コースなどでは萎縮してしまう方だ。ゴルフを社交の手段としたこともないので、それほどメンバーのことを考える事も無く、勝手気ままに楽しんできた方だ。それでも永年云われてきたことについては場を重ねるに従って自然に身についたと思っている。マナーについて書かれた新聞記事を見ると、最初に挙げているのは相手がボールを打つ際の言動に気をつけよと云っている。相手がクラブを持って構えたら(アドレスに入ったらと理解しているが、その少し前からプレーが始まっているのかも知れない)会話や物音を立てるのを控えよという。その点では先ず私は合格点だと思うし、ほぼ同行する仲間もこの点は守っている。中には、少し離れたところで話す者も居るようだが、それは希なことだ。良く気の付く人は必ず相手が打つボールの行へを見ている。私もそうだが、大して腕が良いわけではないので、実際見ていないと何処に飛んでいったかが分からなくなり時にロストボールになって仕舞うことがあるからだ。もう1つのポイントは打つ人の視界に入らないようにすることだ。ボールの行へを追うには横から(打つ人の背中側)では十分ではなく真後ろから見るのがわかりやすいのだが、これも、バックスイングの時に相手の目に入ることがあるので、避けた方が良いとのことだ。自分の日頃の立ち位置を再度考えてみる必要がある。次にボールが狙った方向にしっかりと飛んだときには「ナイス ショット!」と声を掛けるのが基本だ。然し、新聞には毎回同じ事を云えば良いというわけではないという。打った人の感触を慮れと云う事だ。之など当たり前のことで、のべつ云うのは、まるで、プレーをまともに見ていないことを表現していることが丸わかりだ。そういえば多分気のいい人なのだろう、明らかにミスショットでない限りは「ナイス ショット!」という人がいて時に反発を覚える事もあるので、注意したいところだ。然し、私の場合本当にナイス ショットと思えば声を出すようにしている。自分が納得した当たりの時に声が掛からなければ矢張り一寸寂しいからだ。自分の打つ番の時に注意すべきは、とにかくてきぱきとプレーすることだ。ゴルフ場にも必ず「如何に早く!」プレーするかを唱っているところが多い。多少プレーが巧くても遅いのは悪だと云う事だ。アドレス時の素振りも、1~2回に止めようとのことだ。これは実プレーでは守っている。というか、タイミングが早すぎる傾向にあり、もう少し落ち着いてやる方がプレー全体としては時間短縮になることもあると感じている。素振りの先に相手が居ないようにとあるが、何時も実戦時の素振りだから相手が先に居ることはない。これはアドレスに入る前に横で振ることに対する指摘であろう。スムーズなプレーが大切だと云う事で、自分なりのルーティンを持つと良いと提案している。様々な独自のルーティンがあるようだ。私は友人と回っていたときに、ある1人が「ゆっくり、大きく」といいながらティクバックから素振りしていた。之など常にせかせかしている気分の時には使えるのではないだろうか。言い聞かせながら自分の身体に教え込むのだ。アドレスに入る前にボールの後ろに立ちドライバーを目標地点にかざして位置取りをすることなども1つのルーティンだ。途中のフェアウェイやラフから打つ場合、グリーンに遠い人から順に打つようになっている。最近ではレディファーストといって準備が出来て早く打てるようなら、前の人が先に打っても良いという風にルールが変更になったと聞いている。そうならないように、予め残りの距離を推定して打つクラブを選んでおくようにとある。アマチュアで、へぼゴルフの私などは何本かのクラブを持って行くことにしているがだいたいの仲間はそのようにしているようだ。中にはその先、まさかのバンカー入りを考えて数多くクラブを下げていく者もいるようだ。残りの距離をおもむろに市販の距離計で測っている仲間もいるが、これは今までは公式には認められていなかった。このたびのルール改正で、今年からは正式に使用が認められるようだ。今までお目こぼし(それほどたいそうな気分ではなかったが)だったことを堂々と行えるようになったようだ。私などはどのクラブを握ってもあまり距離に変化が無いこともあり、それほど気にせずゴルフ場に設置されたヤーデージ杭で十分に事足りている。さてグリーン上では色々と気遣うことが多くなる。誰もが知っているようで、案外守られていないのが、ボールとカップを結んだ線上の所謂ラインを踏んではいけないと言うことだ。綿密に手入れされたグリーンは特に少しの足跡でも微妙にボールの転がりに変化を与えることになるようだ。最近のパブリックゴルフ場は雑なところが多く、ボール落下に依るデボさえも修復されないままのものを見かけることが多い。最近はアプローチが早く乗ったときには他人のデポ後を直す余裕が出来ることも多くなったが、以前は自分のプレーに夢中のあまり、気づかず通り過ぎていた。デポの修正は、穴の周りから掘り起こすように芝を持ち上げるのだが、専用の道具もマスタールームに置いてあるケースが多い。私などはドライバー用のロングティーを使って簡単に柴を持ち上げるようにしている。グリーン上は勿論グリーンのカラー部分でも走らないようにと書かれている。直接自分のボールに近づくと相手のラインを踏んでしまう恐れがあるとき、早くプレーしようと走りたくなるが、それは駄目と云う事だ。カートの移動では、基本的に役職の低い人や若手が操るのが望ましいとされている。私は今まで、ハンディーの低い人が持つものだと思っていたので頭を切り換えなければならない。実際には概ね私が操る事が多い(リモコンにしろ、運転にしろ)ので、実際には問題が無かったわけだ。ゴルフ場へは様々なトラブル(途中の渋滞や事故など)を想定してスタートの1時間~1時間半前には到着しておくようにと書かれている。私はずっとそのような気持ちでいたが、どうやらそう思う人が少なくなったのか、マナーの1つに入っているようだ。スタート前に打ち放しはあまりしないがパターなどの練習をするので時間をもてあますことはない。然し、到着してさしたる練習も、中には身体さえ十分にほぐさないでスタートする人もいるようで、少し信じられない。また、ゴルフ場によっては、早めのスタート(前の予約組が遅れてくるとき等)を勧められることもあるので、早めの到着でもそこそこでスタートする場合もある。2017年のゴルフ人口(コースに出る人)は、ピークだった1992年の半分以下の670万人だったとか。減少の理由の1つにゴルフマナーも入っているとかだが、私はそうは思わない。一定の技術レベルに到達するのに時間が掛かる事などの方が理由としては大きいだろう。HDCP(ハンディキャップ)ゲームで、ネット打数で順位が決まるので、それなりにゲームとして成り立つが矢張り巧い(グロスが低い)方が気分が良いに決まっている。常に負ける(グロスで)相手とはやりたくは無いとと言う事もあるのでは無いだろうか。歳を取ると緑の絨毯の上を歩くことが出来るだけでありがたいと思うが、若者にはとてもそういった心境にはなれないのだろう。マナーを教えるゴルフスクールもあるようだ。ゴルフ場で、受付や精算の仕方、ロッカーの使い方も教えるのだとか。そういえばそんなことさえ知らない時代もあり、見よう見まねで習った時代を思い出す。先ず車で到着したらキャディーバッグが降ろされ、カートに乗せられてスタート地点に運ばれる事さえ知らず、オロオロしたこともあった。然し1~2度訳知りの人と来れば、だいたいのルーチンは分かるし、プレーは可能だ。しかし、今までに述べたマナーとなると、身につくまでには少々時間が掛かるようだ。マナーとは習熟して自然の動作の中に現れてきて初めてスマートに見えるものだ。他にも様々な事象にぶつかる。全部のルールを習熟することは難しいが最低のルールやマナーは知ってからコースに出てほしいものだ。
2019.02.14
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄で、帰りも水無瀬堤を通った。コーナンで、電気毛布を購入した。まだまだ寒い日が続きそうだ。夕方から、カラオケの練習に行った。***人工知能(AI)の話が新聞に登場しない日は無い。既にAIが組み込まれた機器なりが世の中には出てきているようだが、それが政治の世界にも及ぶという記事があった。既に政策の立案から選挙まで、様々な動きが出始めているという。AIを理解し、使える政治家が出現すると政策の決め方も変わってきて、政治が可視化できるようになるかも知れないとのことだ。そうなると良いのだが。「AI政治革命」となる可能性があるとのことだ。しかし、それには多くの考慮すべき点がある。出てきた政策のチェックや運用などが、民主主義との兼ね合いで、どのように展開するかとの問題だ。今度の統一選で、AI党が出てくるという。AIを駆使し、「しがらみのない公正な政治」「施策のスピード化」「情報の蓄積とノウハウの次世代引き継ぎ」がスローガンだ。既にAI党として地方選に立候補した人がいて、落選はしたが、徐々にAI政治が現実として選択肢の1つになる気配も出てきているようだ。政治の要素にAIが適合性を持つことは既に指摘されている。その1つに予算配分があり、AIによる決定なら結果のトレースバックが可能だが人間による結果はその妥当性評価が難しくなるという問題である。こう見ると、AIの特性が活きた側面を持っていることを感じる。また、政策立案をAIを使って行うという実証試験が行われている。内容は、2050年に日本が持続するための政策提言だ。それによると、この先、日本は地方分散型の地方政治を進めなければ日本の将来性は無いと云ったSuggestionが導き出せるとのことだ。また、保育園の入所選考についてもAIを導入する計画が試されているという。ニュージーランドでは既に、AI政治家が登場している。SAM(サム)と云う政治家だが、まだ実用化にはほど遠いとのことで、AI議員が人間議員との精緻な議論をできる段階にまでは至っていないと云う事だ。まだまだ、SFの世界でしかないとのことで将棋や囲碁のようには簡単に行かないと云う事だ。さすれば政治という広範囲な内容を漠然と適用することは実際的でないとしても個々の専門的な要素に絞り込めば有効に活用が可能であるという見方もできそうだ。当面は、AIを政治のサポートとして活用する動きが見られる。今流行のデータを積み上げてAIにより分析することで、未来を予測し、適切な施策を導入するといった使い方だ。紙に纏められた様々なデータはそれ自体では抽象的な性向しか得られないがAIを利用することにより精密な傾向とより的確な解が得られるという予想が可能だ。又こうして決められた政策は有権者の納得を得られやすく信頼性も高いと云えるだろう。ここで、問題なのはAIと雖も人が設計するものだから特定の企業や外国で設計されたAIを闇雲に適用することも問題であろう。AI自身にバイアスが掛かっていればそこから導き出される結果は偏向したものになることが考えられるからだ。従ってAIの分析結果を政治家にフィードバックする手段や方法をどのようにするかが別な問題として出てくる。こうしたことを突き詰めていくと人間が間に介在する事で様々な新たな問題が起こりうることが見えてくる。新聞でも見通しているように、AIを政治手法として使う時代が訪れたとして、AI立法の立案過程での対案、修正案、その他原案をブラッシュアップする方法との絡み合いを如何に行えるかと云う事にもなる。そういったことを含めてAIに全て丸投げし、対案もAIが提案するとすれば、果たして人間が蚊帳の外に置かれ、何のためのAI政治なのかという本質的な問題になってくる。現実に立ち返ると、現在の政治があまりにも人間くさく、人間の感情や欲望が内在し権力を持った者へのへつらいや忖度などが果たして厳然としたAIによる決定にスムーズに移行が可能かという現実的な問題も出てくる。民主主義は少数意見の人たちのことを完全に閉め出さないという一面もあるがAIによればそういった数値に表れない微妙なニュアンスが果たして組み込まれるのかという問題も出てくる。一方ではAIはやがてシンギュラリティー(特異点)を迎えるという。人間の感覚や情緒はほぼ直線的に変化していくのが通常だ。中には突然突拍子もなく人知の及ばぬ事を見いだしたり行ったりすることもあるかも知れないが、それは希なことだ。之に反してAIの技術進歩は指数関数的に突然急激に進化するというものだ。未来学者カーツワイルは之を「収穫加速の法則」と呼んでいる。そのシンギュラリティーは2048年には訪れると予測されている。数学の直線と2次方程式を紙に描いてみれば2次方程式はXが増加するに従って急激に変化することがより感覚的に理解できる。現在の技術レベルや内容から推し測った四半世紀後の状態よりも、現実の四半世紀後の方が遙かに進んでいると云う事だ。我々が今すぐに対応することも出来ないし、予測すら出来ないことであるかも知れないが、これだけAIと言うことが氾濫する時代であることを考えると、今から頭の片隅に置いておく必要があるのではないかと思われる。人間の知能とAIによるコンピュータ上の知能の解は甚だしくGapする事は必定で、その延長線上ではAIが人間を支配する時代が来るという予想もまんざら唐突感があると言うことも云えない。根本的にはAIを形作る初期は人間が介在しているわけだから現時点で十分に未来予測を行ってしかるべき対策なり規則を作成しておかなければならないだろう。現実の生活にも我々が意識するか否かにかかわらず、AIが既に使われているだろう。現実生活に即したAIの活用が今我々が理解しうる限界だとしてもAIによる人間の支配等という突飛なことまでは想像が至らない。然し乍ら世界の先端の最も優秀な頭脳が集積してシンギュラリティーという人知を越えた1点を考えて日夜検証する作業を行っているという現実があると言うことも又事実なのだ。【古今和歌集】674.群鳥のたちにし我が名 今更に事なしぶともしるしあらめや (よみ人しらず)群れた鳥が飛び立つように一斉に広がってしまった私の噂、今更何ごともなかったかのように振舞っても、何の効果があるでしょうか(むら鳥 ・・・ 群れている鳥、ことなしぶ ・・・ 何ごともなかったかのように振舞う、しるし ・・・ 効果 )
2019.02.13
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄で帰りはシャルマンを通った。連れ合いは元同僚さんとの夕食会に出掛けた。夜遅くなってヤマダ電機のスタッフが来訪し、パソコンの修復を試みてくれた。一旦は良くなったかに見えたパソコンだが、皮肉にもヤマダ電機の人が帰った後、やがて、再び使えなくなってしまった。こんな風にパソコンにはたびたび泣かされてきた。今回のことの次第を書き留めておく。ブログを、ワードを使って書いていた時、キーが急に利かなくなってしまったのだ。キーを叩いても反応しない。パソコンが不調になったことは過去にも何度か経験しているので、こんな時はあまり気にせず、強制終了の手はずで、CNTL+ALT+DELキーを同時に押すことにしている。それでもウンともスンとも云わない。そこで、最終的な手段として、あまり勧められない強制終了で、電源を落とし、復旧を試みた。このやり方は良くは無いが、過去に何度かやったことがあり、その都度何となく復旧していたので、最後の綱としてやってみたのだ。ところがモニターはブラックアウトするのに、電源は完全に切れずに電源モニターランプは点いたままなのだ。こうなっては私には為す術がない。ヤマダ電機のテクニカルサポートセンターに電話した。何度かのコール音の後、応対に出た女性に事の次第を告げる。この作業は実は何時も無駄なのだが仕方ない。通り一遍のやり方(私が行ったことを)やってみるようにと云うだけだ。それはやったが駄目だったというと初めて、買った店に電話するようにと指示があった。そして電話すると、テクニカルスタッフは別件にて応対中だという。(これも何時ものことだ)コールバックを約束して貰い、漸次待機だ。この時は早く復旧して作業を続けたいと思っているので、気持ちは焦っている。比較的早く電話が来て応対してくれたが、結論は矢張り電話での解決は無理とのことだった。これも又、想定内のことではあった。私はヤマダ電機のテクニカルサポートの会員になっている。毎月3218円という会費を払っているのだ。これは結構高額なので止めたいと思っているが、その気持ちが煮詰まってくる頃にパソコンが不調になるという皮肉な巡り合わせになることが多い。今回も又正にその類いである。会員の特権で出張修理を依頼すると、来られる日は24日と、2週間程度先になるとのことだ。いくら何でもそれまでは待てない。直ぐに店頭に持ち込むと、受け付けてくれるとか。私には何度か、出張できてくれて直してくれるベテランのスタッフ(S氏)がいたので、その人がいるかどうかを尋ねると今日は休みのようだ。明日(即ち今日、12日)11:00に出社するのでその時電話してくれることになった。こう言ったテクニカルの人達の仕事は結構ハードなようで、毎日遅くまで作業(ほぼ出張で対応)して、帰宅が遅くなるようだ。朝はというと昼前頃の出社が通常なのだという。そして今朝きっかり11:00に電話があり、出張なら24日が最速だと同じ事を云うくらいだからS氏の日程もビッシリなのだ。初めてのことではないので、何とかやりくりして、夜中帰宅時に立ち寄ってくれることになった。(このブログは遅れて書いているので、これ以降は12日以降のことだ)電話で予め指示して貰ったように、接続しているプリンターやHDDなど全てを外し、電源も外した。ノートパソコンなので、しばらくは内部電池が利いている。問題の電源モニターランプは点灯したままだ。21:00前になって、やっと訪問を受けた。その頃には内部電池も完全に放電してランプは消えていた。そしてS氏が再度AC電源をつないでスイッチを押すと何と通常通りNECの文字が現れパソコンが立ちあがったのだ。やれやれそんなことならわざわざ来て貰わなくても良かったのにと、多少気の毒に思ったものの、パソコン復旧で、又ブログを書けるとその時はその方に気が行っていた。そこで思い出したのが丁度昨年の4月に同じような症状が出て、今回のように、一旦完全放電してから復旧したことを思い出した。その時と同じ症状だったのだ。技術的な詳しいことは分からないが、バッテリー内で電流の対流現象が起こったとのことで、強制終了も受け付けず、パソコン自体はスリープ状態と認識しているとのことだ。(やや納得しがたいところもあるが)どうやら今回もその状態だったのだ。何故にそうなるのか、聞いても分からないので、追求はしなかったが、取りあえず、直った(と思った)と安堵した。S氏は折角来たからと、勝手に侵入した不要なセキュリティーファイルを3ヶほど除去してくれた。パソコン自体はそれほどシリアスな状態ではないとのことで、Windowsにまつわる話など雑談をした。マイクロソフトは、2018年10月からOctober Updateと称する大々的なWindows Updateを展開中とのことだ。最悪の場合、マイクロソフト社製でないソフトが使えなくなる可能性があるとかだ。私の使っているロータスアプローチ、オーガナイザー、一太郎などが使えなくなる可能性がある。最悪の場合、1台はStand alone、もう1台はネット接続して2台を別々に使わなければならない事が起こりうるというのだ。あくまで可能性とのことだが、あまり良い話ではない。現在は殆どの機能がスマートフォンで行えるためにパソコンの使用が落ちているとのことだ。しかし、最終的には入力方法が唯一のネックとなってパソコンが完全に無くなることは無いであろうとのことだ。Siriなどの音声入力が充実してはいるものの、まだ完璧とは云えない。最近はポケトークという極めて優れた翻訳ツールが市販されているようだ。TVのコマーシャルだと、数カ国語の翻訳がほぼ完璧に出来るとのことで、言葉の分からない国へもポケトーク1台持って行けば、意思の疎通に事欠かないという。新聞によると、通常レベルで5万円、プロレベルだと8万円と少々高いが、海外で仕事をする上でも使えるようだ。但し、日本語でしゃべった内容を機械が翻訳して、相手国の言葉でスピーカーが相手国の言葉で発声するわけだから、通訳が1人介在するのと同等だ。正確さについての考察は見られなかったが、精度も実用上は十分のようだ。願わくは互いにイヤホンを付けた状態で、日本語をしゃべれば相手にはイヤホンが相手国の言葉に翻訳して聞こえ、相手もそれに対応して相手国の言葉で返すと、こちらには日本語で聞こえると云った状態になればタイムラグ無く、スムーズな会話となるとなるのだがと思うが。ともあれ、IT技術の進歩は超速で、最初にパソコンが登場した1970年代から半世紀ほどで、今日のような高機能機器まで発展するとは、当時は想像もしなかった。私が最初にパソコンに触れたのはシャープのMZ2000だった。それはカセットテープでBASICをロードして動かす初歩的なものだったが、黒字に緑の線で描かれた画像を何となく驚異を以て見ていたものだ。そんな昔を思い出しながら今日なお、故障の問題や電池の問題などで大幅な制約が起こり得ることを再認識させられた。今後どのようなイノベーションが起こるかは予想できないが、こう言った故障なりに即刻対応できないと大幅なロスが生じることになりブレーキが掛かってしまう。望むらくは、あらゆる故障に速やかに対応できる万能システムが既装されているマシンが出来ることが望ましいと思った。【古今和歌集】673.あふ事は玉のをばかり 名の立は吉野の川のたぎつせのごと (よみ人しらず)逢う時間はほんの少しだけなのに、噂になるのは吉野の川の流れのように早くて止まずに騒がしいことだ(玉の緒ばかり ・・・ ほんの少しの時間だけ、名の立つ ・・・ 噂になる、たぎつ瀬 ・・・ 水が激しく流れる川瀬)
2019.02.12
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。パソコンがフリーズして、二進も三進もいかなくなったので、購入先のヤマダ電機に電話した。取りあえずは、HDDも電源も取り外して放電したままにしておくようにとのことだ。その後訪問してくれるという。***ヨーロッパは今、結構賑やかしい。イギリスはEU離脱で大混乱、「嫌だから止める、はいどうぞ」とは行かないようだ。離脱するとなると、ヨーロッパだけに留まらず、また、離脱するかしないか、又どのように離脱するかについても一筋縄ではいかないようだ。ドイツは比較的安定しているかに見えたが、極右が台頭し、メルケルがCDUの党首を辞するなど、盤石といったイメージからは遠くなった。フランスは反政府デモでマクロン政権を揺るがしている。もう9週連続で、いやまだ続いているようだ。イタリアは、これまた我が道を行くで、排他主義が蔓延っている。何とかEU要求に歩み寄りを見せ、予算がやっと承認された状態だ。これら各国の問題は、個々の問題であると同時にヨーロッパ全体に関連していて互いに連動し合っているのだ。ハンガリーでは、大規模なデモが発生している。この国では、労働時間を現在の上限、年250時間から400時間まで可能とすると云う日本の働き方改革とは真逆の法律が通ったようだ。国民は「奴隷法に反対」の下に結集している。反移民を掲げ、ドイツやフランスとも対決するポピュリズム政権もこの法案で、国民の総スカンを食っている。個々の国の状況は異なるものの、問題が多発し、EUそのものが瓦解することまでにはならないだろうが、危機的な状況にあることは確かだ。イギリスでは親EUと反EUが従来の保守党を分断することになった。草の根的な反EUは国民の3割を占め(EU残留が利益になるとする人は60%いるのだが)、未だに根強い割合だ。ギリシャやイタリアはほぼ半数が反EU的発想になっている。ドイツ社会民主党(SPD)辺りは高学歴の指導者が労働者の不満に応えられず、中間層下辺の就労者に見放されつつあるという。失業者と移民にばかり目が向けられて自分たちが顧みられていないと感じているようだ。各国とも形は違うが、社会の中間層が置き去りにされていると感じ、それが両極端の方向に分離して、従来の既成政党では国民の声を吸い上げられなくなっているようだ。特に移民問題では、流入する移民が自分たちの立場を危うくするという恐怖感を持っている。国は何故自分たちを大切にしないのか、と云うやっかみが生じている。排他的、攻撃的ポピュリズムがEU全体に蔓延してきたと云える。平均的にはヨーロッパの7割はEUを利益となるとしているが、特にイギリスがEU脱退を巡って大混乱になっているのを見て、反EU的国であったデンマークやスウェーデンなどの国々は自らを親EUに導く心理が働いているようだ。ここにきてEUも瓦解を避けるために、中間層に重きを置き始めた。各国に求めている緊縮財政をやや緩やかに運用するよう変化している。あまり厳しくルールを押しつけると、各国の中間層の離反を増長させるだけだと察している。これらの現象は日本でも当てはまることで、今後外国人労働者を本格的に受け入れる段階で、ヨーロッパ同様に道を辿らないとも限らない訳だ。日本は、宗教的問題も、底辺労働者への理解も中途半端なままで、外国人をただ便利な労働力とだけ割り切って考えているようだが、その内重大なことに気づくときには手遅れになる恐れもある。ドイツと日本の類似点は中間層への目配りの不足だ。ドイツはヨーロッパの黒字を1人貯め込み、他国の怠慢を責め、日本は富を内部留保の形で貯め込み、中間層に還元しようとはしていない。かつて、我慢強く慣らされてきた国民性も、ついに破綻し、反発を招くポピュリズムが台頭する土壌を形成している。危機(Crisis)は、ギリシャ語の原義によると、「分かれ道」とのことだ。アメリカが独自の道を歩み、イギリスが離EUで共に自国第一主義を追求する中、日本もヨーロッパも今正に、Crisisに立っているとも云える。アメリカのトランプのやり方がポピュリズムの際たる現象かも知れない。形式的には従来の既成政党枠組みの中にあるようだが、今のアメリカは一部の限られた志向の勢力に支持基盤を置くことで、国全体のバランス感覚を脱ぎ捨てて進んでいる。この現象もトランプが大統領になる前には殆ど歯牙にも掛けられていなかったが、国民の不信感が爆発した故であろう。永年に抱き続けてきたアメリカの世界に果たす役割をこれ以上無理して続行することの無意味さを知ったと言う事だろうか。トランプは今、議会とねじれ関係にいて、政治空白を作っている。メキシコとの壁建設を強行しようとするのはあくまで自分個人の支持層への強いアピールである。むしろそういった選択肢しか、今の彼の頭には無いのである。国際的な状況を見ると、一時的ポピュリズムに走っても、やがて復元力が働かざるを得ない時が来るという見方も出来る。こうした流れの中で、世界は従来の枠組みのままでは納まらないであろう。各国のポピュリズムの乱れは、必ず国際社会で、互いの軋轢になり、従来とは違った枠組みの形成が予想される。之に力を与えるのが、SNSの威力だ。無党派で、支持政党もなく、ただ漫然とした生活を送っている若者層辺りに直接語りかけ、共感を得てテーマごとに支持を集めると云ったことも考えられる。言葉を換えれば、段取り無しに、直裁的に結果が出るといった形だ。その最終的姿を今想像することは難しいが確実に世界はポピュリズムを経て現状の変革に動いているようだ。日本は既成政党や之を支える支持組織が段々と脆弱になっている上、それらの組織は現状のぬるま湯的状況にさして強い不満を持っているわけではなく、奇妙なバランスの状態にあると云える。こう言った中間の団体が弱体化し、団体の属さない無組織層が激増している。そういった目で見ると、日本はやや遅れている感は否めない。既存の傲慢な政治を咎めることが出来ない野党も然りだが、国民の側も、SNS等による政治的盛り上がりに欠けており、充足感のないまま、諦観が之を野放しにしている感がある。昔、ホロニックマネージメントという言葉が使われたが、現在はそういった中間抜きの個々がSNS等で、従来の手順を飛び越えた形で糾合して有機的にまとまるという形態が予想される。【古今和歌集】672.池にすむ名ををし鳥の水をあさみ 隠るとすれどあらはれにけり (よみ人しらず)池にすむオシドリが水が浅くて潜りきれないように、恋の噂に名が出るのが惜しいので隠れようとしたけれど、うまくゆかず世間に知られてしまった。(をし鳥・・・オシドリ、おしどりの「おし」に「惜し」を掛けている。
2019.02.11
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ブログを作成できない。今のところ、復旧の見込みが立たない。しばし、休憩だ・・・。久しくパソコンが不調で頓挫していたが、やっと修理から帰ってきた。何やらスイッチボードが壊れていたとか、デジタルに生きているとこんな時に全く無力さを感じる。今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0kmの地点までで、帰りは楠薫堂を経由した。連れ合いと孫の野球の試合を観戦した。まだ少し寒い。連れ合いは、夕方遅く、急な胃痛に悩まされ、時間外で病院を訪れた。***2025年、大阪で開かれる万博のテーマは「命輝く未来社会のデザイン」だ。そんな万博開催を見越して、多くの分野の人々へのインタビューによるシリーズ記事が日経に連載された。第1回目は最先端医療の実用化に取り組む阪大澤教授の命に関する提案だ。Inochi未来プロジェクトは、産学官がオープンに議論する場であり、ヘルスケアを若者の力で解決しようとしている。戦争や貧困、高齢者の身体の衰え、認知症といったテーマが万博のテーマにふさわしい。中東からの重症な心臓病患者の受け入れにも取り組んだという。日本にも心臓病患者はいるだろうに、何故中東なのか分からないが・・。こう言った医療を大阪が先頭に立って産業化すべきだとのことだ。そのため、医療のオープン化は必要だとし、異業種、スタートアップの参入も重要だという。万博は様々な刺激を与えてくれることは確かだ。外人が多く集まることもまた然り。現在はインバウンドが3000万人を超えているので差ほど外人を意識することは少なくなったかも知れないが、1970年の万博の時は、ある種新鮮だった。日本は徐々にグローバル化されてはいるが、矢張り万博時のイベントを通じて世界を肌で感じる機会が増すことは意義がある。大阪の中之島には再生医療など先端医療の研究拠点「未来医療国際拠点」が計画されているとか。万博と医療の結びつき、iPS医療の成果の紹介など、様々な企画が計画されている。2回目は、五輪メダリストの朝原氏だ。スポーツを通じての健康作りが目標だ。大阪で市民クラブを結成し、小学生から高齢者まで600人が集うという。ドイツでのスポーツ取り組みに刺激されたという。スポーツを通じ、世代を超えた交流が成されている。日本のスポーツは部活という閉じられた世界での限定された指導者の価値観に左右されている。よい場合もあるだろうが、偏りは否めない。指導者との相性で、一切が支配されるのは矢張り不自然だとの思いだ。人生100年時代でも、健康でなければ意味は無い。それには関わるコミュニティーが多いほど幸福度は高いという結果もある。政府の投資も製品開発などに限られ、コミュニティーの整備まで考えが及んでいない。部活で落ちこぼれた子供の受け皿になったり、高齢者も参加できたりするコミュニティーは、スポーツの国民的土台形成に重要だ。ここでも大阪駅北の再開発に期待が寄せられている。大きなコミュニティーの場になり、命輝く未来社会に繋がる。現在の人々(特に若者)は人と人がフェーストゥフェースで繋がる機会が少なく、SNS等の無機的な関係になっている。生身の人間同士がコミュニティーを通じて交流することが特に必要な時代だ。万博で、日本もこういった事を発信できればとのことだ。ソーシャリィティーに関しては日本はまだまだ遅れているのではないか。孤独死などのない健全な社会を望みたい。3回目は、WHO神戸のメンバーだ。アフリカやインドネシアなどの新興国の保険政策に永年携わってきたという。日本では常識の国民皆保険は世界では注目に値する制度だ。之を高齢化社会にどのように適応させるかが大きな試練であると見ている。病院に行くと常時老人で溢れかえっている。之など皆保険の利点なのかそれとも行きすぎ面であるのか、との思いだ。正しく適応させれば、世界に於ける長寿社会として指標になるだろう。現在の日本は平均寿命84歳、健康寿命75歳で、世界の上位レベルだが、全高齢者を病院が全て抱え込むのは限界があり、その意味で、地域コミュニティーが大事だ。WHOは神戸大と共同で、認知症早期発見・対応を研究している。神戸市の70代の市民約8万人がデータ提供をしている。地域と高齢化による病気の相関の知見は世界のモデルになるだろうし、世界への発信も有意義だろう。万博はこうした機会を得る絶好のチャンスだ。単なる技術紹介に留まらず、社会システムや総合力の結集が望ましい。こうしたシステムを低コストで実現できれば、所得の低い国での応用も可能になる。心電図の機能からの情報で、転倒予防に繋げるシステムも研究中とか。地域のセンターや在宅での高齢者のケアシステムなどが、確立できれば世界は注目するし、未来への展望も大きい。4回目は、アンドロイドロボット研究者の石黒教授だ。ロボットを通じて人間らしさやヒトとは何かを研究している。AIの文字が盛んに使われる時代になり、ロボットが人間の仕事を奪うとか、ヒトを越えて支配する世の中になるとの話も聞かれる。その前にというか、その時に如何にヒトとロボットが共生するべきかという時代が到来する。現在のロボットは機械である。スマートフォンなどは情報端末としての便利さはある。いずれはこれらが合体して、自律すると別な次元になる。ロボットが人との対話(会話)で自動的に室温をコントロールするエアコン操作を行うなどといったシステムは基本的だが重要な共生パターンだ。万博はこう言った共生スタイルをアピールできる格好の場になる。石黒教授のアンドロイドが世に知られたのは2005年の愛知万博だ。それから20年経過した2025年の大阪万博の進化ぶりへの期待は大きい。万博はこう言った技術進化のエポックになる。ただ万博が見世物だけに終わっては駄目だ。従来の万博は10年後、20年後の予想させるものだったが、現在の技術進歩の変化は激しく、予測は困難だ。介護機器の展示で終わるのではなく、それらの機器を使って高齢者の生活の展望の提供が求められる。今万博ありきで、目標なり展開を決めているが、定期的万博に限らず例えば大阪の中之島に計画されている「未来医療国際拠点」の開催に合わせて、プレ万博などを開いて街の活性化に繋げることも又よいであろう。【古今和歌集】671.風ふけば浪打つ岸の松なれや ねにあらはれて泣きぬべらなり (よみ人しらず)風が吹くと浪が打ち寄せ、岸の松の根が洗われるように、人目もネ(泣声)をあげ、はばからず泣いてしまいそうだ
2019.02.10
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄の往復だ。病院で手当てして貰ったコルセットを装着しての歩行となった。少し加減が良いような気がする。中学校の土曜スクールに参加した。今日は既に私立高校の受験日に当たっているようで、3年生の姿は見えなかった。巧く志望の高校への進学が決まれば良いのにと思う。イオンで買ったミカンが2回連続で2,3個腐っていた。クレームすると、流石に1袋サービスしてくれた。夕食は、太郎君一家と金の豚で採った。豚コレラの話もあるので、牛を主に頼んだところとても美味しかった。孫は傍らでIQのアプリに挑戦していたが、結構良い点を取ったのにびっくりした。***最近、フィリピンの紹介書を読んだ。「急成長する若き大国」と副題がある。この所、本を読む機会が少なくなって、朝のウォーキング中が主な読書時間だ。ハンディな新書でも半月かかってしまう。私がフィリピンに出張していたのは、1994年だからほぼ4半世紀前の事だ。懐かしさもあり、あれからどんな風に変わってきたのかを知りたいと思った。また、太郎君が時折出張でフィリピンに行く機会もあるとのことで、その意味でも最近の状態を知りたいとも思っていたわけだ。私が居た頃のフィリピンはフィデル・ラモスが大統領の時代となるが、何やら既にアロヨが大統領だったような気もして混乱している。それほど昔の話だ。小学校や中学校の屋根には「Education 2000」と大きく書かれていたことを思いだした。まだ、ニノイ・アキノが凶弾に打たれたことが強烈に残る感じの時であった。時を経て今はドゥテルテが大統領となり、フィリピンも相当に変わってしまったようだ。2015年時点で日本から進出した企業が1400社にもなると云う。1994年時点で何社あったかは知らないが、日本の進出ぶりがひときわのようだ。フィリピン人は人なつっこい感じがして、かつて太平洋戦争時に甚大な被害をもたらした日本に対しての感情も既に相当和らいでいるようだ。ここら辺りが、韓国や中国などと決定的に違う国民性なのであろう。対日誹謗を国是とする国とはえらい違いだ。フィリピンの企業としてはエレクトロニクス関係が唯一特筆できるくらいで、他は、サービス業が主な国だ。コールセンターがフィリピンにあるのは、彼らがアメリカに統治されていた時代に学んだ英語が物を言っているようだ。東南アジア諸国と一味違うのは矢張り孤立した島々で構成されているからかも知れない。ASEAN加盟10カ国の内GDPでは、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールに次いで5位だが、インドネシアを除くと皆同程度だ。戦争後は、他の諸国に比べて、著しく工業化が遅れ、「アジアの病人」と揶揄されたとある。かのマルコス政権の独裁が工業化への道を閉ざしたようだ。マルコスは特定の富裕層を優遇し、賄賂などの横行が激しかったと記されている。為政者によって、これほど国の姿が変わるものかとも思い、国民自身がしっかりと見極めなければならないことを感じる。この期間がフィリピンの失われた時間だったのかも知れない。日本もしっかりとしなければ誤った方向に連れて行かれる感じがする。フィリピンの発展形式は、他の国々が通常通る、農業→製造業→サービス業の経過を辿らず、製造業の過程を飛ばし、一気にサービス業の隆盛を迎えたことにある。自国に特筆する産業がないこと、又、英語が公用語であることなどから、労働力を輸出(出稼ぎ)するという独自の発展形態を取った。何と出稼ぎ労働者が自国に送金する額は年々増加し、名目GDPの10%を占めるまでになっている。私が居た頃も男性は「パロ・パロ」と呼ばれ、落ち着かず浮気者だという定評だったが、その代わりに女性はしっかりと働いていたようだ。しかし、このことは、後に私がサウジで働いていたときにサウジの鉄骨会社の実質のマネージをしている男性が、フィリピン人だったことから、出来る男は海外で稼いでいるのだと云う事を実感した。経済が回復したのは前大統領のベニグノ・アキノ3世によるところが大だという。汚職、腐敗を退け、治安の安定化を図ったことは大きかった。私が居た頃から既にミンダナオ島のムスリムの動向は過激であったようだ。当時NPA(ニュー・ピープルズ・アーミー)と呼ばれるテロ集団が恐れられていたことを思い出す。今はそれがアブサヤフなのだろう。現在は、そのミンダナオ出身のドゥテルテが、辣腕を振るい、時に常軌を逸する超法的な大量殺人で、麻薬関係者を処分し、その撲滅を図っている。フィリピンの貧困率は25%と高く、特にマニラ(中心のマカティ)の所得水準とミンダナオ島の所得水準では、10倍以上の開きがある。ジニ係数も43%と高い。(示されたグラフによると、マレーシアの貧困率は1%程度と低いのに、ジニ係数が46%とフィリピンより悪いことに驚く)電力料金もマニラは他の国の首都での価格よりも2倍程度高い。自動車の販売台数は年々増加しているが、自国生産はさっぱり伸びていない。というかフィリピンで自動車を生産しているのかさえも、知らない。この先フィリピンが飛躍するには製造業の発展が必要だが、それはそうたやすく出来るものでは無い。スペインに統治され、アメリカに統治が移り(一時日本が統治した)歴史的背景から、スペインが導入したエンコミエンダ制から来るアシエンダ制による大農園制度が一部に富を偏析する事になって仕舞ったようだ。アメリカも統治方式を変えず(日本の様に農地解放が成されなかった)、そのまま踏襲した形になってフィリピンの成長を遅らせたとも云える。ドゥテルテ大統領が、この先どのように国を導くのか興味のあるところだが、先ず、イスラムの住むミンダナオ島の政治体制を如何にもって行くかが焦眉の問題となっている。過激派組織アブサヤフとドゥテルテの対峙で、どのように進展するかだ。どの国もこうしたがん的な要素を持っている、フィリピンが発展するためには、このがんをどう処置して行くかに掛かっているとも云えそうだ。【古今和歌集】670.枕より又しる人もなき恋を 涙せきあへずもらしつるかな (平貞文)枕以外に知る人もいないはずのこの恋なのに、悲しみのあまり涙をとどめかねて人に漏らしてしまったのだ(せきあへず ・・・ 堰き止められずに)
2019.02.09
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄を往復した。JR横の北側の広い道路は2月末に完成すると表示されていた。(これまでは1月末だったのだが、安易に遅らせている)腰痛の診察を受けに水無瀬病院に行った。予約をしてあったので、今回は30分程度の待ち時間で受診できた。痛さが我慢できないようだとMRIを撮りましょうのことだ。コルセットを支給して貰った。午後は連れ合いと、小学校4年生の学習会に参加した。温和しくこつこつと勉強する姿が健気だった。***日経の4回に亘る米中衝突を読み解く。米中摩擦が起きてこの方アメリカと中国は、貿易などで双方が牽制し合っている。トランプが恐れるのは、来たるべき5G時代の登場で、中国の台頭を許さない、というか、アメリカを凌いで貰っては困るとのことで、衝突は激しくなっている。ファーウェイの孟副会長をカナダで逮捕させたのはこの象徴的な出来事だ。逮捕したのは自由競争で、競い合うなら文句の付けようがないところだが、ファーウェイの技術はアメリカから盗んだものだと云う事でアメリカは怒っているのだ。逮捕の表向き理由としては、ファーウェイが、アメリカが経済制裁を科すイランに製品を違法に輸出したというものだ。事実はどうあれ、一番の懸念は5G時代の覇権を中国には握らせられないという点だ。知的財産権などどうでも良いとばかりに突き進む中国のやり方は至る所で露見している。その知的財産で、5Gの特許関係ではファーウェイが全体の29%でトップを占めているという。中国も一応特許を押さえようとしているのが面白い。また、人工知能(AI)でも、ここ20年で発表された論文数は、中国が37万本で、アメリカの33万本を上回っている。中味は別としても中国の技術覇権に向けた意慾は凄まじい。トランプは中国人の就労ビザを制限した。中国から入国するのは、技術盗用でしかないとの決めつけだ。中米からの入国者は麻薬や悪事を行う者と決めてかかるのと同義の発想だ。ともあれ、中国の勢いはそれほど凄いものだと云う事だ。GAFAというアメリカのIT企業の雄に比して、中国ではBATISと言う名で括られる、IT5大プラットフォーマーがある。習近平が「AI発展計画」で指名したバイドゥ(B)、アリババ(A)、テンセント(T)、アイフライテック(I)それにセンスタイル(S)だ。自由競争のGAFAに対する、国家肝いりのBATISと言ったところだ。国家統制企業が自由競争企業に勝ると云ったことを実践するかのようだ。こういった競争の背後には、中国の執拗な技術盗用があるとされる。GMは車載機器に中国が仕掛ける盗聴用の半導体(バックドア)がないかをチェックしている。また、アメリカの国家安全保障局(NSA)は「クラウド・ホッパー作戦」というハッカー攻撃を注視している。最近APTと呼ばれる中国人ハッカーが逮捕されたのは記憶に新しい。ほんの氷山の一角であり、こう言った経済スパイによるサイバー攻撃の9割以上は中国だ。中国には250を越えるハッカー集団がいて、全て中国共産党に繋がっていると見られる。ハッカーによる被害額は何と1400億ドルを越えるという。湾岸戦争時アメリカがイラク軍を翻弄したサイバー攻撃を逆手にとって、中国が今アメリカに攻撃を仕掛けているのだ。スノーデンはNSAがファーウェイのシステムに侵入し、機密情報を得たとして、アメリカに追われる身となったが、双方ともやっていることは大差ない感じなのだ。ただ、アメリカは、政府が入手した情報は民間には流さないとしているが、中国は国有企業に垂れ流していると違いを強調しているようだ。しかし、まあ五十歩百歩だ。とにかく世界中をサイバー攻撃が飛び交っていると見た方が良い。中国はこのほど月の裏側に到達した。アメリカ(NASA)がコスト削減を理由に月への探索を縮小(中止)した間を縫って、宇宙大国を標榜する中国が分け入ったのだ。とにかく資金に物を言わせる中国は約45兆円の研究開発投資を行い、日本や欧州を抜き去りアメリカの51兆円に迫っている。論文数でもとにかく量を追求してその数はアメリカを抜いて世界一になっている。国家の締め付けで、中には捏造までして論文を量産するという弊害が出ているとのことだ。また、海外で学んだ一流の人材に対する待遇は極端に高く、経済面での貧困層との差はおそらく天文学的な数字であろう。ペンス副大統領は中国を名指しで非難する演説を行ったが、その表現からは、もう許さないというニュアンスがありありだ。思えば日本も、戦争の反省を長く引きずり、世界第2位の経済大国になった中国に、最近までODAを行っていたと云うから、笑止なことだ。中国は、産んだお金を国内の貧困層の救済に充てるべきところ、アメリカに対する対抗心から全て、軍事やIoT、AI等につぎ込んで、覇権を確立しようとしているのだ。かつて、アメリカとソ連の冷戦時代には、アメリカの自由競争を前提とする、民主主義と市場経済がソ連の計画統制経済に勝利したが、ここに来て、中国の躍進は、国家統制下の経済も十分に市場経済に匹敵することを示したようだ。この所のビッグデータがハイテクの勝敗を決する世の中では、プライバシーを重んじる民主国家よりも、自由に個人データーを集め自由に使用することの出来る共産国家の方が有利な立場につくと云う事だ。アメリカのアルファベットのシュミット会長は(AI分野で)2020年には中国はアメリカに追いつき、2025年には追い越して、2030年には産業を独占するだろうと予測している。共に緩めることの出来ない覇権争いがたけなわと云ったところだ。これから2030年まで米中間の衝突は事あるごとに喧伝されるだろう。【古今和歌集】669.おほかたは我が名もみなとこぎいでなん 世をうみべたにみるめすくなし (よみ人しらず)もう、自分の名も世間に出してしまおう、憂き世を嘆いたままでいても逢うチャンスは少ないから(おほかたは ・・・ 大体のところ、うみべた ・・・ 海辺、みるめ ・・・ 海草の名前)
2019.02.08
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。連れ合いと映画鑑賞のダブルヘッダーだ。「天才作家の妻」の方は、夫がノーベル賞を取った作家だが、実はそのゴーストライターが妻だという話だ。ノーベル賞授賞式という、夫の華やかな舞台で脚光を浴びる中、ついに妻が影の存在の間までいることが我慢の限界を超したという話だが、黒子に徹することが出来ないのは、矢張り人間だからか。夫がつい発した言葉、「My wife didn’t write.」の一言がかちんときたのか。最後に人は正当に世間から認められたいという事だが、その賞がノーベル賞以外でも矢張り同じ事だろうか等と考えた。もう1つの「七つの会議」は池井戸潤の原作だ。中堅電機メーカー(東京建電)で起こった不祥事の話を中心に、サラリーマンの出世、正義などを絡めて物語は展開する。あり得ないような話のようだが、実際に世間で起こっている内容はもっと凄まじいものがあるようで、ドラマ仕立てで、傍観視すると、現実の事件と交錯して、何やら象徴的な感じすらする。グータラ社員を粧っていた男が実は正義のヒーローで、会社の悪事を暴いていくという内容だが、あまりに出来すぎている感がある。現実の世界でも同様な悪事や不祥事、隠蔽などが行われている事を考えると、悪事の告発はこうは簡単にはいかないだろうと現実の方が空恐ろしく感じる。東京建電で、過酷な売上ノルマを上げる為に下請けに製作依頼したねじの強度を誤魔化すという事が発端だが、ねじは機械部品の共通部品であるから、ねじを素材に取り上げた事で、一般の理解を得られやすいとしたのだろう。親会社(ゼノックス)からの締め付けでは、ゼノックスから東京建電へ出向し、社長を務めた男からの過酷な売上増強命令がその元凶だ。ふと東芝の社長による「チャレンジ!」を思い起こさせた。出来もしないことをただただ精神論で、押しつける上層部に対しての答えは、改ざんしかないわけだ。映画でも見事に象徴的にねじの試験結果を改ざんすると言うことをやっている。ちゃっちいけれど、試験機でボルトの引張り試験をするところまで出てくるので何やら信憑性が増そうと云うというものだ。映画ではネジの引っ張り強度が140kN必要なのに70kNしか持たない、半分の強度しかないねじを製品に組み込んで出荷したというものだ。世の中の製品は全て安全率(4程度)が見込まれているので、半分の強度でもたちまち破壊するには至らないが、繰り返し使用すると又別だ。この映画でもこう言った悪事に荷担する者は営業など売上に直接携わる者達だ。試験記録を2倍あったと改ざんしても、それが何を意味するかはおよそのことしか理解しないのだろう。事実映画には、製造部門に携わる者は端っこに追いやられている。下請けのねじメーカー(トーメイテック)の社長辺りは、最早技術屋とは言いがたい面がある。然し、映画では無骨な下請け工場(ねじ六)の社長などは真っ当に製品を作ろうとしている。この姿が当たり前なのだが、それを許さないパワーが働くのだ。ここで思い出すのは、かつて耐震強度を改ざんした姉歯だ。今どうしているのか知らないが、彼辺りが技術屋が結果を誤魔化したはしりでは無いかと思っている。技術屋が誤魔化し始めたら世の中は終わりだ。そう感じたものだ。この映画では、営業屋(営業一課)がごまかしの先鋒をいっている。営業二課は、今少し真っ当に描かれている。出世至上主義な方がどちらかと言えば悪をも厭わないというところだ。事件が発覚して段々と上層部に話が上がって行くに従って、ついに、社長までもが、俺は関係ないという。映画では、そもそもごまかしをトーメイテック社長に強引に依頼したのは東京建電の社長その人だった。まぁ、学生時代の先輩後輩の関係で断り切れなかったのだとか。腐りきっているとしか云いようが無い。裏には、親会社ゼノックスからの強い締め付けがあった。親会社の常務が出向して東京建電の社長に納まったときに、この売上至上の体質が植え込まれたのだ。話は、どんどんと進み、ゼノックス社長(この映画ではそれ以上のトップはいない)の前の御前会議とやらで、悪事の次第が詳らかにされるが、正義を期待された最終的な判断を下すゼノックス社長の出した答えも又隠蔽だ。やるせない。何故正直に公表しないのかという正義派の社員の詰め寄りに、東京建電の社長も又親会社ゼノックスの社長も公開しない理由として、2000億円の損失(会社存亡)と、そこに働く社員達を路頭に迷わせないとする理由を述べている。この映画の副題に、「全ての日本人に問う」、「働くことの正義とは?」とあるが、この問いかけは、今まで日本で不祥事を隠蔽してきた社長や関係者に止めて欲しい。彼らに映画を見せて感想を聞きたいものだ。少なくとも、私は技術屋として過ごしてきたが、いずれの時にも、技術に絡む隠蔽などはなかった。ただ、談合、カルテル、賄賂と云ったことは近くで見聞きもした。脱税も又経営者が侵す安直な不正だ。この脱税は、言葉を換えて「申告漏れ」と称するらしい。(明らかな故意なら所得隠しだ)税務署が気づけば払えば良いでしょとの開き直りだ。こんなこと個人ベースではとんでもないことなのに。又企業が垂れ流す公害問題なども悪事の一端だが、この辺りは、最近は少し是正されてきたのかも知れない。いずれにしても、技術を誤魔化して(例えば検査結果を改ざんするなど)製品を世に出すなどは次元の違う何か根本的な倫理欠如と云える。決められたことをルール通りに行う。なぜか、そんな当たり前のことが、胸を張って云わなければならなくなった世の中になったのかと、空恐ろしい。昔は中国製品など、ごまかしや手抜きの最たるものとして感じていたが、今思い起こせば、日本も、その大企業とされる基幹企業に於いても、こう言ったごまかしが日常に行われていたのかと強く憂うる。このごまかし、何やら安倍晋三の森加計問題で世の中を欺いて、今なお生き延びていることを考えると、日本は何から何まで、ごまかしの社会になって仕舞ったのかと残念でならない。思い出す技術(検査改ざん)などで問題になった事件としては、東洋ゴムの免震装置の性能不正問題、日産の完成検査ごまかし、神戸製鋼の品質改ざん、三菱電線工業や東レ、そして三菱マテリアルの品質データ改ざん、マツダの燃費不正操作、三井不動産グループや年金機構、旭化成(建材)などの傾いたマンション問題、スズキの燃費不正測定、ジャパンパイルやKYB、川金HDの免震装置検査データ改ざん、日立化成の半導体データ改ざん、日本ガイシの検査不正、レオパレスの施工不良・・・等など、これでもかと云うほどの技術がらみの不正のオンパレードだ。日本の国体がおかしくならなければ良いのだがと思ってしまう。映画「七つの会議」をそんな気持ちで観ていた。【古今和歌集】668.我が恋を忍びかねては あしひきの山橘の 色に出でぬべし (とものり)この恋を隠しきれなくなっているので、このままでは 「山橘」の実のように目立って、世間にばれてしまうに違いない(山橘 ・・・ ヤブコウジ)
2019.02.07
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今日のセミウォーキングは雨が降りそうなので、何時でも帰れるようにと山側を歩いた。島本高から若山台を通り、東大寺公園から島本駅を通るコースだ。島本駅に近くなって小雨がぱらついたが、さほど濡れずに帰宅した。小学校2年生の学習会に参加した。先生が子供達に、お約束として、1つは、自分が決めて参加しているのだから自主的に勉強すること、2つは挨拶をすること、3つは、学習ボランティアも先生だからそう呼びなさいと云う事を最初に話して、勉強に取りかかった。スムーズに勉強が進んだ。なかなか良い感じで学習会が出来た。終わったその足で、中学校の放課後学習会に参加した。理科(電流、電圧、抵抗)を学習する生徒にかかり切って、あっという間に1時間半が経った。今日は、連れ合いは具合が悪く、不参加だったので、理科は、解答を横目で見ながらの指導になったが、巧く教えられたと思っている。***以前から何度か問題になっている、豚コレラが5府県に拡大したと農相が発表し、「きわめて重大な局面」だとのことだ。愛知県の養豚場で「豚コレラ(ASF)」の感染が確認されて後、この養豚場から計1140頭が出荷された長野、滋賀、岐阜、三重、大阪の5府県の養豚場の子豚からも陽性反応が出たということだ。何とも、身近に迫ってきた感触で、気分が悪い。豚やイノシシ特有の病気で、発症すると発熱や全身の出血などを起こし、致死率が極めて高い伝染病だ。しかし、よしんば感染した豚肉を食べても人には感染しないとか。然し乍らコレラと聞けば引いてしまう。まして、豚、イノシシとは云え、致死率が高いとなれば人にもなんらかの悪影響がないとは云えないと感じるからだ。このように、人がASFに感染した豚を食べても問題は無いとするが、人がウイルスの保菌者になり、之が逆に豚に感染すると云う事にもなるので、矢張り食べないに越したことはないのだ。トンカツ屋はさぞかし人の入りが悪くなっているのでは無いかと思う。ムスリムなら、不浄な故だと一蹴するかも知れない。この豚コレラは2018年9月9日、国内では熊本で、1992年に感染が確認されて以来、26年ぶりに岐阜県内で感染が確認された。一旦、2007年に「清浄化」が達成されたとしていたが、またしても復活だ。今回の感染ルートは不明だという。それが今回の感染報告の最初だった。そしてこのたび岐阜県以外の養豚場でも発症が確認されたのだ。之までに合計約2万6000頭の豚が殺処分された。政府は当初軽く見ていたのだろうか、発生後3ヶ月を経過した去年の12月になってやっと、首相官邸危機管理センターに情報連絡室を設置した。然し今なお沈静化は見られない。2018年9月の記事からその後を振り返ってみる。岐阜市の養豚場で死んだ豚から豚コレラのウイルスが検出され546頭の殺処分が行われた。本格的な検査前は、80頭の豚が死んでおり、死んだ豚は報告されず、集められもせず放置されていたという。当初(8月)は熱中症にやられた程度の認識だったようで、死んだ豚の60頭は肥料にすべく発酵させていたという。対応が遅く、後手後手で、処置も全くいい加減だった。9月16日になって、岐阜市で死んだ野生の子供イノシシが発症の原因だと分かったとのことだ。防護柵を設置して野生イノシシが他県に移動するのを防止したと言うが、何とも手ぬるい感じだ。同じ頃、(9月19日)中国・黒竜江省ハルビンでアフリカ豚コレラ(ASF)が猛威を奮っているという記事が出た。米中貿易戦争で、中国は報復として、アメリカ産豚肉の輸入を停止し、ロシア・東欧産豚肉の輸入(関税引き上げ後もロシア産の方が高いのに、意地で)などが急増したためだとしていた。また、関税逃れの密輸も疑われていた。中国のいい加減さを考えると影響などは計り知れない。その後、中国ではASFの発生に伴い殺処分された豚の総数は、60万頭に及んでいると報じられた。ASFは20世紀初頭にケニアで報告された豚の感染症で、もともとアフリカサハラ砂漠以南やイタリアのサルジニア諸島に常在しているウイルスだ。経口、経鼻、ダニなどを媒介して感染が広がる。これも、人には感染しないとされるが感染を食い止めるには、豚の徹底処分しかない。アフリカとイタリアの一部に限定して存在していたASFだが、その後、ジョージアを経由してロシアに伝播、そのあおりで、中国遼寧省瀋陽市にまで伝搬した。そして、瞬く間に中国全土に広がり、4万頭以上の豚が感染拡大防止を理由に殺処分された。中国当局は沈静化を発表したが、どうやらそうでも無かったようだ。人が食するものでも中国の処置はぞんざいなことを考えると豚の扱いなどいい加減であろう事は推察に難くない。それほど中国の養豚管理(エサの加熱処理など)は先進国には及ばないと云う事だ。加えて中国の情報統制(隠蔽)で、感染拡大防止より、人が食しても問題ないという方を強調して、パニックを回避したようだ。食べてもいいならば売ってもいいはずだと拡大は止まらない。何しろ、食べることが最重要事項である中国ならではの対応だ。それでも風評により、感染が知れれば価格は暴落する。しかし、逆に中国では、豚コレラ問題が収束しなければ、価格の上昇が続くという、豚肉は中国人の食卓に欠かせない食材であるうえ、牛肉などに比べると割安で代用が利きにくいからだ。賃金が伸びないこの機に家計のことを考えると結果はそうなるのだ。価格が下がるのか上がるのか、中国では少なくとも、人に害がないとなれば価格上昇になるのだろう。そこが不可思議なところだ。そんなことで、中国では、むしろ感染を外部に漏らしたら即逮捕だというなんだか本末転倒だ。2003年のSARS蔓延の時も同じ轍を踏んでいる。何しろ、中国の養豚数は約7億頭、世界全体の半分の豚が中国で飼われている。また世界の60%以上の豚肉が中国で消費されている。7億頭中の4万頭の殺処分(発症当時)は数字的には問題ないと見えるかも知れないが、感染発覚後1カ月余りの間でのこの数字だ。2017年にロシアでのASF感染ではロシアの全豚の8・3%にあたる200万頭の豚が殺処分された。もし中国でロシア並みの感染が広がれば、事態は深刻になる。日本人にとっても他人事ではないことになるのだ。そして、今年、愛知から発生した豚コレラによって、同県と出荷先の長野、滋賀、岐阜、大阪の5府県の豚全7600頭の殺処分を始めた。何しろ何事に対しても反応が遅くいい加減な対応の政府は豚コレラを収束させる暇も無いほど統計不振などでてんやわんやの状態だ。【古今和歌集】667.したにのみ恋ふればくるし 玉のをのたえてみだれん 人なとがめそ (とものり)心に秘したままで恋することは苦しいので、(緒が切れた玉が乱れるように)いっそのことすっかり心を乱してしまいたい、世間がどう思おうとも
2019.02.06
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今朝は旅先なのでウォーキングは中止だ。今日はもう、大江戸温泉物語、山下家から帰る。帰りもバスを待つ間カラオケを楽しんだ。昨日より良い天気で、バスのドライブ旅行も楽しめた。大津駅前で解散したが、大津駅に向かう道すがら学生時代の友人とぱったり会った。大津に越して、住んでいるとかだが、今以て仕事をしているようで、仕事帰りのようだった。頑張るものだ。***日経に2週に亘って認知症の特集があった。アルツハイマー病は世界の死亡原因の上位10の中で唯一増加している。2017年の患者数は世界に5000万人近くいる。これが2030年には7500万人を越えると予測される。2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人は発症するという。もうすぐ後期高齢者になる身では、実に身につまされる気がする。グラフを見ると、現在の日本における認知症患者は600万人を越えていることになる。さらに、発症前の軽度の認知障害は520万人程度もいるようだ。認知症になる前は縷々気になるが、認知症になって仕舞えば最早区別が付かないからどうなろうと関係ないなどと思うわけにも行かないのだろう。自分がもう既にそうなっているのかも知れないが、通常はそれこそ自分の認知症予備軍のどの程度なのかを把握できない。認知症の原因としてはアルツハイマー型が約6割を占めている。他にも、「脳血管性認知症」や「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」などがあるそうだ。そのそれぞれで治療法が違うと云うから厄介だ。さらに、早期発見できたとしても根本的な治療薬や予防薬はまだ開発されていない。意味のある治療が1つもないとされている。ただ、糖尿病や肥満などがリスク要因だと云うからなるべくそういったことから遠い位置に身を置くようにしなければならない。食事は幸いに、連れ合いがバランス良く考えてくれているので偏ることはないし、むしろ健康志向が強いので、心強い。運動は、ただただ歩いているだけだが、それもやらないよりは良いわけだし、信じて続けている。余談だが、五木ひろしの歌に「百里、千里を歩いても、歩くだけなら意味が無い・・」と言うのがあり、どうすりゃ良いのだと問いかけながら歩くことがある。(歌の意味は違うのだが)睡眠も大切だとあるが、そこそこ熟睡できているのであまり心配はしていない。これらの生活習慣を良い感じに保っていても、認知症発症を遅らせる可能性があると云うだけだからどうもはっきりしない。認知症かと思ったら掛かりつけの医者に相談しろとあり、その上で神経内科の専門医を受診しろとある。物忘れと認知症は違うと云うが、自己査定ではどういったことをチェックしていけば良いのだろうか。最近は、30~40代の若年層の人も認知症を心配して受診する人も多いのだという。矢張り決め手はMRIによる画像診断だ。最近では、AIを導入して、人間では見落としかねない画像(白質病変や脳動脈瘤など)を発見診断すること迄なされているという。人間の医者だと、ある程度病状が進み、画像にはっきりと出てくるまで見落とされることもあるようだが、AIだとその心配は無くなるという。医師の人手不足なり、専門医の少ない遠隔地などで有効ではないかと期待されている。SPECT画像で診断する方法もあるとか。SPECTはSingle Photon Emission CTの略で、放射線を含んだ薬剤を注射し、脳の血流の変化を外から観察する方法だ。ただこう言った画像も正確に(見落としなく)判断するためにはAIに脳の異常を見分けるための大量のデータを事前に学習させる必要がある。医者、装置、データといったものがリンクして病気対策が進化することが必要になる。どうやら予防は出来ない認知症だ。かといって之が特効薬という薬も無ければ、治す手だてもないというのが現状のようだ。特集の2回目は認知症になったらどうするかと云ったことが焦点だ。地域で認知症を支える活動が盛んのようだ。京都市の宇治には、認知症の人や家族が運動がてら働ける農園があるという。物づくりをしたり、人と交流したりすることで、生活に張りを持たせて、少しでも改善させようとの試みだ。認知症カフェ、というのもあって、町ぐるみで助け合おうとのプロジェクトだ。オランダやイギリスが発祥のようで、日本は2000年頃に始まったということで、こう言った面では遅れた後進国と云わざるを得ない。認知症カフェに参集することで、生活に締まりが出て、参加するための身支度や作業することで認知障害の進行を遅らせるのだという。2017年には全国で約5800ヶ所に増えたとのことだ。こう言ったカフェも作ればそれだけで成功するわけではない。施設に来る認知症の人が少ないとか、スタッフが集まらないとか、資金面とか内容をどうするのかなどで問題があるとのことだ。自分だけは絶対大丈夫などと云ってもそれが保証されているわけではない。まして6割がアルツハイマー型となれば、逃れられない現実なのかも知れない。以前(2017年12月)に読んだ記事だが、アルツハイマーの治療が従来研究されてきたアミロイド標的薬の治験では無く、脳のリンパ系や免疫系に目を向ける治療法が研究されている。アルツハイマー病の発症に重要な役割を果たすと考えられ、脳を免疫防御しているミクログリア(小膠細胞)という特別な細胞を遺伝性のアルツハイマー病患者100人から採取し培養して観察・研究している。これらの細胞が健常者と認知症患者との差を見極めるのだ。ミクログリアがアルツハイマー病で損傷した部位に引き寄せられる事は解明されている。この細胞の免疫応答が過剰なのか、不足しているのか等を見極めるのだ。認知症が生む負担は2018年に1兆ドルを越す(世界のGDPの1%以上)と予想されていた。かのビル・ゲイツはアルツハイマー病治療の研究に1億5000万ドルを投じる決断をした。彼は、最近の研究は長足の進歩を遂げているので、アルツハイマー病を抜本的に抑える方法を開発できると考えている。勿論従来通りの脳内のアミロイドβやタウといった異常タンパク質を除去する薬の研究も行われている。さらに未来を見据えて、神経幹細胞を移植することで、認知症患者の萎縮した脳を回復させられるとの考えの研究も進められている。いずれの方法でも良いが、早急に解決策を見いだして貰いたいものだ。【古今和歌集】666.白川の知らずともいはじ 底きよみ流れて世々にすまんと思へば (平貞文)(人に問われても)あなたのことを知らないなんて言いません。白川は、川底が清ら(であるので、いつでも水が澄ん)で流れるように、私もずっとあなたの所に通い続けて住もうと思っています(世よ ・・・ ずっと)「白川-知らず」「流れて-永らえて」「澄む-住む」と掛詞の連続だ。
2019.02.05
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1泊で大江戸温泉物語の北陸の山下家へ出掛けた。今日のウォーキングは中止だ。大津からバスに乗り、加賀市まで連れて行ってくれる。朝は早く起きた。1列車余裕を持たせて、6時42分の列車に乗り、長岡京で乗り換え、大津着は7時20分の予定だ。最近、JR西日本は何か事があると直ぐに遅延する。余裕はそのためも必要だ。福知山の事故が引き締めさせているのかも知れないが、安全のことだからむやみに文句を言っても始まらない。案の定でもないが、私たちが乗った列車の後続の列車から遅れが出ているようだった。この時間、長岡京で快速に乗り換えると、もう列車は満員だった。立っていくことを覚悟していたが、それほど若くもない人が自然な風に席を譲ってくれた。ありがたいことだと思うと同時に、そうか、席を譲られるような歳になってしまったのかと自分の外見を想像してしまった。こんな時も案外若い連中は寝たふりをするなどして、席を譲ることなどは希なのだが。京都まで私が座った。この所私の腰をやけに気遣ってくれるが、まだ立っていくことにそれほど抵抗はない。京都からは少し空いたので、連れ合いも座ることが出来た。京都から大津までには2駅で、2つのトンネルがあるので、車窓を楽しむこともそれほどではない。まだ旅気分ではない。何時もなら高速道路で駆け抜ける辺りで、列車で通ることは少なくなった。予定通り早めに大津に着いた。外に出ると寒いので、コンビニの中で少し買物などして時間を潰した。駅のベンチには、おそらく同じバスに乗るのであろう、年配のご婦人方がいた。案の定バスでその顔を見かけた。この機に北陸方面に行く人は少ないからであろうか、大江戸温泉物語は破格のサービス価格で1泊旅行を提供してくれているので人気は高そうだ。7時45分集合といういつもの場所に行くと、既にバスは停車して待機していた。決められた席に座り、予定通り8時にバスは出発した。我々は何度か来ているので慣れたものだ。暫く走って大津ICから名神高速に乗った。そこから竜王IC迄は高速を使うのもいつも通りだ。次の客のピックアップポイントは近江八幡駅前になっている。三井アウトレットパークはまだオープンしていないので道路は混んでいない。暫くたんぼ道を走って近江八幡駅に着いた。そこでバスはきっかりと満員になる。近江八幡を出発したのは丁度9時だ。全くの予定通りだ。今度は八日市のICから名神に乗り、ひた走る。米原JCTから北陸道に入るが、今日は暖かいので、道路走行も楽なようだ。ただただ走って、休憩は南条SAだ。昼前の11時40分には着いた。トイレ休憩だが、簡単にスナックを買ってバスに戻る。30分弱の休憩なので、あまりゆっくりは出来ないのだ。以前に乗ったバスは、おばちゃん達が、結構賑やかに話していたが、今日の客は温和しい。11時過ぎに南条SAを発車して、後は目的地まで走る。福井を通り越して、金津ICで高速道路を降りた。見慣れた道を、先ずあわら温泉の客を降ろすために左方向に曲がる。大江戸温泉物語の北陸コースは、あわら温泉に行く客も同じバスに乗っている。あわら温泉宿で3分の1近くの人を降ろして、元来た道を戻り、我々の目的地である山代温泉山下家へ向かう。丁度昼を過ぎる頃に加賀市(石川県)に入った。このバス旅行、大阪、京都、滋賀、福井そして石川と2府3県にまたがる大旅行なのだ。その1泊旅行のバス代は無料だと云う事だから、ありがたいことだ。ここまで来ると馴染みの道路だ。果たして何回来たことだろうか、この間も山中温泉で、スペイン旅行で知り合った仲間と再開を果たしたばかりだ。ほどなく山下家に着いた。昼を少し過ぎた12時半前だ。島本を出てから6時間近く掛かっているが、バスに揺られ、居眠りをしながらのことだから楽なものだ。チェックインして部屋に入るまでは少し待たなければならない。部屋はいつも通り、上等ではないが、広々している。寝るだけなので十分だ。部屋で待機し、温泉に入れる3時に浸かりに行った。屋上の露天風呂だが、置かれている壺湯2つは湯が入っていなかった。段々と手を抜いていることが歴然だ。見れば天守閣仕立ての建物は修繕中だ。それでも温泉だけは同じだと、ゆっくり汗を流した。とはいえ、4時半からは、落語の寄席が始まる。山下家がほのぼの亭をお抱えで落語を掛けているのだ。宿泊客は無料なので暇つぶしもあり聴いた。寄席で落語を聴くことはないので、珍しかったが、本題よりも取っ掛かりの話の方が面白かった。落語を聞いた後は夕食だ。大勢の客を捌くので、時間制限が1時間半となっている。まぁ、1時間半もあれば、足らないことはない。お酒は別だが、海産物からお肉まであらゆるものがバイキング形式なので、ついつい食べ過ぎてしまいそうになるのが欠点だ。連れ合いが特別に頼んでいて呉れたカニ1杯が付いている。お酒も利き酒3種というメニューをA(少し上等)とB(普通)の2つ頼んだので、合計6種類の利き酒をする事が出来た。どの酒が美味いとか、辛口、甘口などと云ったうんちくを述べる力量は無いが、上等と言われる酒はなんだか美味い気になるから不思議だ。然しよく飲んで美味しいと感じる立山がBクラスに入っていたので、Aクラスはよほど上等なのかと思った。美味しく夕食を済ませ、今度は8時から、カラオケルームを借り切って、練習がてらに歌った。然し何を歌うかを決めるのに時間が掛かるので、2時間も歌ったが、あまり数多くは歌えない。連れ合いは朝が早かっせいもあり、お酒も手伝って、眠いようで、殆ど歌わなかった。10時には終わって、最後に寝る前の温泉に浸かりに露天風呂に向かった。落語、温泉、夕食、カラオケとどっぷりと旅を楽しませて貰った。【古今和歌集】665.みつ潮の流れひるまをあひがたみ みるめの浦によるをこそ待て (きよはらのふかやぶ)満ち潮が流れていてまだ干ることのない昼間は逢いづらいので、海松布が浦に寄る夜まで逢うことを待っています(みるめ ・・・ 海草の名前:海松布)
2019.02.04
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から国道117号線沿いの五領小迄歩いた。井尻辺りで道路拡張工事が行われているが、今のところ極めて限定的なようで、工事の全貌は窺い知れない。今日は節分で、連れ合いが買ってくれた恵方巻きを東北東の方角に向かって食べた。連れ合いは夕食を、このほどMGC出場権を獲得した中野円花達と採ると言って出掛けた。中学時代の教え子が、今や全国レベルになっている。教師というのは、ありがたい職業だ。***日経の十選だが、「宇宙をさがして」という茫洋としたテーマだ。選者はと見ると女優の鶴田真由だった。女優とは似つかぬ題材だと思ったが、少し調べると、彼女はアフリカを訪れたことががあり、TICADの親善大使をしているとか。ケニアやスーダンを訪れたり、パタゴニア大紀行等も経験しているようだ。その他にも世界各国を経験していることが窺える。そんな経験から宇宙観を抱くようになったのでは無いかと思った。さて、1回目は「胎蔵界曼荼羅」だ。この画は見たことはあるが、あまり注意をしてこなかった。空海が唐の恵果から受け日本に持ち帰った物だ。一朝一夕に理解できるようなものでは無いが、中央に大日如来を配し、四周を12院で取り囲んでいる。中心の大日如来のもつあらゆる宗教的な救済の機能を、段階的に配された仏、菩薩、明王、天といった、400体余にも上る多数の諸尊の姿で表わしたものだという。そう聞くとなんだか宇宙と結びつく感じだ。イランのイスファハンのシェイク・ロトフォッラー・モスクの天井を見たときに思い浮かんだのだとのことだ。そこで見た感覚を曼荼羅に見たことで、世界の全ての宗教は同じ事を表現しているのでは無いかと思ったという。なかなか素晴らしい体験をしたようだ。第2回は、デューラーの「メランコリア1」だ。大きな羽根をつけた天使が憂鬱に沈んでいる銅版画だ。右上の魔方陣等で有名だ。占星術でメランコリーを表す星は土星だ。土星の公転周期は約29年で、「サターンリターン」と呼ばれる。この周期で人間もターニングポイントが訪れるとするようだ。この周期ごとに鬱が現れると云う事でも無いが、何やら私にも符合するところがあるようで、あながち一笑に伏せない。そんな鬱傾向の人は心的霊感を得るとのことだが、そんな気配はない。デューラーも31歳と43歳の時にそれぞれ父と母を亡くしている。確かに31歳はサターンリターンは当てはまるが43歳はそうでも無いようなのだが。ともあれ、星々の発しているエネルギーは私たちになんらかの影響を与えているとの説明には同意できる。第3回はフェルメールの「占星術師」だ。占星術師は、星々が発するメッセージをすくい上げるという。この絵は「天文学者」とも題されているが、どちらが正解なのかは置くとして、描かれた人はフェルメールの友人のレーウェンフックではないかとされている。微生物学者の彼は顕微鏡で数多くの微生物を発見したが、ミクロ(微生物)はマクロ(宇宙)に繋がったのかという。惑星の位置を測定するアストロラーベが描かれている。しかも、開いている本は「星の研究と観察」とのことで、何ページなのかも分かるのだという。天文学者も占星術師だったわけで、画題はどちらでも正解という所だ。科学者は聖職者でもあり、ガリレオも自分のホロスコープを作っていたという。第4回は村上隆の「時空をねじ曲げ、隣りにいる」だ。名前も初めて聞くし、作品も初めて見る。抽象画は最早、私の理解の範疇を超えているので、感動を得るとかの対象ではない。2015年に森美術館で開催された展覧会に出品されていたようだ。作者が地球を踏まえて頭には又別の宇宙があるという感じだ。男女2人だけの芝居を演じたという鶴田ならではの感想が述べられているが、肉体と精神、大宇宙と小宇宙、陰陽の交わる点にいる物が宇宙を垣間見ることが出来るのでは無いかと、表現している。私にはとてもそういった感想は書けない。第5回はゴッホの「星月夜」だ。鶴田はサン・レミの精神病院も訪れているようだ。ゴッホの作品の多くがこの病院の中で描かれている。星月夜は、ゴッホが盲信していた自然世界との一体化の表現そのものだ。人間(ゴッホ)は死によって星へと到達するのだと述べ、星が降るような空を創造したいと望んだという。本作でゴッホは、本来の静寂に包まれた闇夜を描くのではなく、自身のエネルギーを発散するかの如く、黙示禄的な印象を抱かせる激情に溢れた夜を描いたとのことだ。そびえる糸杉がゴッホで、ぐるぐる渦巻く空へ上り詰めるのだといった気迫を感じる。第6回は、北山善夫の「この世界の全死者に捧ぐ」だ。この画家の名前も、作品も今回初めて知る。森美術館での「宇宙と芸術展」で冒頭に掲げられていた絵のようだ。和紙の上にびっしりと極細のインクペンで書き込んだ「宇宙画」シリーズのひとつだという。説明を聞くまで分からないが、大小の銀河系や星々、輝く恒星、死にゆく星、ブラックホール、宇宙の風景を描いている作品だとのことだ。この絵の中には人々の魂の生と死が含まれているとか、その後の掲載の両界曼荼羅や星曼荼羅だとか、とにかく宇宙と宗教はどこか通じているのだという展開だ。鶴田はノルウェーのベルゲンも訪問している。この絵を見て北欧のオーロラを思い出したという。オーロラはラップランドに住むサーミ族の先祖達のスピリットだと知らされる。オーロラ(私は見たことはないが)とこの絵は何か共通するところもあるようだ。宇宙、エネルギー、命、宗教、どれも何かしらのつながった物を感じるというのだ。第6回はクリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」だ。この画家も初めて知る。受胎告知は多くの画家が出がけているが、この絵は聖エミデウスを伴っていることと、空にはUFOらしき物体がありそこからマリアに向かって光が射しているという図柄だ。然し、他にもUFOらしき物が描かれている絵画があるという。映画スターというのは、多くの人を熱狂させる存在であるとのことで、そのことからイエスは2000年以上もの間、人々を熱狂の渦に置くスーパースターだというのだ。そういえば「ジーザスクライスト・スーパースター」という映画があったのを思いだした。宇宙から光を得た存在という事だろうか。第8回は、ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」だ。これは若い頃からよく目にする図だ。我々理工学を志した者にとってはダ・ヴィンチは神的存在の人だ。この人こそが、全ての道は宇宙に通じていると理解していたのでは無いかと云う。ウィトルウィウスはローマ時代に活動した建築家だ。彼もまた万能な科学者と言った感じだ。類は友を呼ぶでは無いが、聡明さは聡明さを呼ぶのであろう。ダ・ヴィンチはウィトルウィウスに啓発されて、この素描を描いたという。人体部位の比率は絶妙なバランスを持っていることが分かる。この絵は宇宙摂理の中で人間の構造はどうなっているかを示したものであろうとの解説だ。第9回は「竹取物語絵巻」第三巻だ。かぐや姫が竹から生まれたのは、竹は短期間で真っ直ぐに成長し、その殺菌力から魔除けの力があるとされている故だ。そんな竹から生まれたとするかぐや姫だが、やがて天女に迎えられて空に帰るというくだりの絵だ。地球(=人間)に馴染めないかぐや姫と云う事なのだろうか。宇宙は人間にとってまだまだ遠い存在なのだろう。ここで鶴田は、インドのガンジス川の辺にある死を待つ人々のいる家を思い出したとか。インドにも行ったのだろうか。第10回は、フラーの「フラードーム」だ。これも初めて見る。モントリオールにある、ジオデシック・ドームのことだ。モントリオール万博のアメリカ館だったという。2種類の三角形で組み立てられた限りなく球に近い正多面体構造だ。後に発見された炭素原子60個で構成されるサッカーボール状のC60がこの構造に似ていることからフラーレンと名付けられた。フラーレンがフラー製作のドームの形状に似ていたのであって、その逆ではないことだが、鶴田は逆に解釈しているのかも知れない。ともあれ、全ての美しいものは自然の法則の中にあるのだと結論づけている。多くの知見を持つ女優だと改めて感じたし、興味深いことにひととき誘って貰った。【古今和歌集】664.山科の音羽の山の おとにだに人に知るべくわが恋ひめかも (読人しらず)山科の音羽の山の羽音ほど(些細な)の噂でも、他人の知るような恋をするだろうか、我慢しよう(音にだに ・・・ 噂でさえも )
2019.02.03
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄の往復だ。三日月と金星の関係が、トルコ国旗のようだが、かなり広がって配置されていた。中学校の土曜スクールに参加した。今日はなぜか初めて参加した女生徒に付きっきりになって、数学(昔で言う幾何)の問題に取り組んだ。金光学園の入試問題で、最終問の立体に関しては時間切れでもあったが、難解で即答は叶わなかった。持ち帰って解くことが出来た。昼には教育に関する講演会「共育」がふれセンで行われ、参加した。教育長や各校の校長、教頭等教師が多数参加する中、ボランティアの人たちも大勢参加して教室は満員だった。***アメリカがINF(中距離核戦力)全廃条約破棄をロシアに通告した。之を受けて、ロシアのプーチンも、条約義務履行の停止を宣言した。このままでは、1987年にレーガンとゴルバチョフの間で交わされた軍縮条約が6ヶ月後には反故になりそうだ。トランプは何処まで世界をひっくり返せば気が済むのか、と言った気がするが、プーチンの狡猾さも、又上手を行くようだ。アメリカの言い分は、ロシアは条約に違反し、既に軍拡体勢に入っているので、このままだと、ロシアに後れを取り、アメリカやヨーロッパを危険に晒すことになるという危機感を訴える。さらに、この条約とは無関係に核戦力を強化する中国への対抗の思惑も絡んでいる。NATOもアメリカに同調して賛成を表明している。ロシアは逆にアメリカがヨーロッパに配備したミサイル防衛システム(MD)の迎撃ミサイルこそ条約違反だと反論し、互いの主張の溝は埋まらなかった。これで、冷戦後の軍縮を支えた条約が今夏に失効し、大国間の軍拡競争が再燃することになるようだ。然し、アメリカは通告後も対話は続ける方針で、ロシアが違反を改めた場合には条約にとどまる可能性も残すとしている。しかし、プーチンは、アメリカが戦力増強に動けば「同等の措置で対抗する」と表明し、責任はアメリカにあるのだとして、このまま新型核戦力の開発に動くとみられる。互いに責任は相手にあるとしているので、条約履行の道筋は見えない。ロシアの中距離ミサイルの射程に入るヨーロッパや日本(アジア諸国も)新たな安全保障上の脅威となることは必定だ。それでも、ヨーロッパには、MDシステムが有効であろうから幾ばくか安心料があるが、日本はアメリカの情報待ちで、米軍から通知があって初めてイージス艦配備のスタンダード・ミサイル(SM3)で迎撃して、撃ち漏らしたら、陸上の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)で対抗する手はずだ。何となく心許ない感じだ。然し乍ら、アメリカもロシアも、手放しで軍拡競争をするほど財政に余裕があるわけではない。アメリカはトランプが核戦略を実行した場合、今後10年間で4940億ドル(約54兆円)が必要となるという試算結果もある。一方のロシアも経済は停滞しているし、直近の国防費は約2兆8000億ルーブル(約4兆6500億円)と身の丈を超えた水準で推移しているのだ。過去に、アメリカとの軍拡競争の末にソ連が崩壊した苦い経験もある。このため、軍拡競争を避けるために、ロシアは核軍縮の「新たな枠組み」の協議を米国に提案している。(具体的にはどうなのだろうか)ここで焦点になるのが中国を取り込めるかどうかだ。中国はロシアと共に極超音速兵器など新型ミサイルの開発を進めているが、米ロに比べ核戦力に劣っているため、軍縮への参加は否定的のようだ。そこで日本はとなるが、アメリカのINF離脱で東アジアの安全保障環境が悪化することを懸念しているものの、アメリカを正面から批判できずにいる。情けない話だ。さらに、河野外相は「アメリカの問題意識は理解するが、条約が終了せざるを得ない状況は世界的に望ましくない」とい婉曲的な表現で誤魔化し、そのうえで「日本は、米ロだけでなく中国を含む関係国としっかりとやりとりしながら、国際的な軍縮に資する枠組み作りに貢献したい」と何時もながら口八丁の愚にも付かない(やる気も又アプローチも持ち合わせていないのに)表現をしている。安倍同様言うだけ番長の政権だ。日本は安全保障をアメリカに大きく依存しているために、アメリカの離脱方針を正面から批判できないのだ。北朝鮮や中国が核兵器を放棄せず、軍備拡張を続けているためにアメリカの「核抑止力の強化」に頼らざるを得ないのだ。しかし、日本は北方領土を返却して貰わなければならないという命題がある。アメリカが手を引くことに手放しで同調するようでは、対ロ関係も巧く進展することは望めないわけだ。はったりを云えというわけでは無いが、核軍縮という大義名分は表向き世界に受け入れられることであるから、アメリカに対してもロシアに対しても、又中国に対しても絶対に芯のぶれない核廃絶を主張していくことを躊躇してはならないのだ。昨年12月に行われた、国連総会本会議で、各国に核兵器禁止条約への署名と批准を求める決議案が賛成多数で可決したときも、アメリカの「核の傘」の下にある日本は他の40カ国同様に反対している。唯一の被爆国でありながら、人道的な意見さえも封じ込めなければならないとは実に情けないことだ。広島と長崎で被爆し死んだ人たちやその後放射能に侵されてくるしみ続けている人たちはどうでも良いのかと云う事だ。核廃絶が見通して気にも無理なようであったとしても、アメリカにもロシアにも、中国にも核の悲惨さを説いていけるのは日本でしかないのだ。アメリカに耳の痛い言葉を言うときにロシアに擦り寄る必要は無く、あくまでも地球的な見地から核廃絶を(俄に効果が出ないと分かっていても)主張していくべきではないか、それが外交ではないのかと云う事だ。いたずらに地球儀俯瞰外交とか云いながら世界を遊び回っていないで、肝心なところで同調しそうな国を多く見つけ出して核廃絶運動の主体となるべき役割があるのではないのか、日本は既に外交を諦めて、ただただアメリカの言いなりでしかやっていけないのか、そろそろ自問しても良いだろう。【古今和歌集】663.さゝの葉おく初霜の夜をさむみ しみはつくとも色にいでめりや (みつね)笹の葉の上に置く初霜は夜寒いため、凍りつくが、それが透明で色が出ないように、二人の仲は他人に絶対知られないようにしよう
2019.02.02
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄の折り返しだ。小学校4年生の学習会に参加した。子供達は全くと言って良いほど手が掛からない。今日は九九の練習用のプリントを何秒で終わるかを挑戦する子が多かった。19秒で終わったという子もいた。夕食は、連れ合いの元同僚さん達と一緒に飲んだ。私以外は皆教職を経験した人たちであった。連れ合いの手前一緒に呼んで貰えるのだが、様々な話が聞けて、居るだけで結構楽しい。***1月末から日経に連載された、「アジアが越える」を読んだ。アジアが変わろうとしていると云う事だ。拾い上げてみると、先ず意外な出だしに果物の王様と言われるドリアンの話題だ。フィリピンに居た頃に食べてみるかと言われて、匂いがきついので逡巡したことを思い出すが、そのドリアンがタイの産地農家を激変させたとのことだ。その背景にアリババ集団のネット通販があり、自社サイトで、1分間に何と8万個のタイ産ドリアを中国に販売したというのだ。この例でも分かるように、通販を国外展開する目論見をアリババは持っているというのだ。交流サイトが行き渡れば個人が商人になれるわけで、タイやベトナムではフェイスブックが多用されているという。東南アジアの主要国でのSNSの使用時間は、2~3時間と長く、中国でも2時間は費やしているという。日本の48分に比べて格段に長い。このSNSの発祥はアメリカだが、アジア各国はこのSNSを使い、自らビッグデータを作り上げて、それをビジネスにつなげている。アジア太平洋が扱うデータ量は世界最大で、2017年時点では月間43エクサ(エクサは10^18)バイトとのことで、中国、インドが1,2位である。之まで、先進国の後追いであった経済も、アジア独自で展開できるまでになっている。世界の人口の約半分である、アジア40億人の経済も独自の発展を遂げる時代になってきたと云う事だ。特にネット環境下で育った20~30代の「ミレニアル世代」がその牽引車だ。インドの格安ホテル(OYO)のCEO話が引用されていた。19歳で起業、わずか2年で客室数の国内最大手になった。宿泊の需給、イベント、天候などあらゆるデータをAIで分析、ホテル代をこまめに変更(1日4300回も変えている)して収益の最大化を図っているというのだ。こうした起業家によるユニコーン企業はアメリカの115社に対して、中国85社、インド14社、韓国他で12社とアジア勢が肉薄している。このような芸当は、IT技術が進んだ現代でなければなしえなかったことだ。アメリカと中国のハイテク技術の覇権争いはこう言った側面にも背景を落としているのだ。こうしたSNSなどを使った個々人の連帯意識は、少数のエリートが権力を振るう体制に変革をもたらすことになるとも見られる。第2次世界大戦後のアジアは貧困からの脱出が至上命題だった。今の60歳代以上は自由より経済発展を優先し、開発独裁に服従することに慣れていた。また、40~50代は1997年のアジア通貨危機を経験し、安定志向が強い。一方、ミレニアル世代は権力への服従心は薄く、政治には無関心だが、ネットを通じて瞬く間に連帯する。香港の民主化を求める「雨傘運動」、台湾の台中接近に抗議する「ヒマワリ学生運動」などがその例だが、変心も厭わない。政治的ではなく経済的な不満を優先するのだ。インドネシアでは、45歳を超える人の立候補を認めないとする政党が現れた。豊かさに慣れ、インターネットが当たり前の世代の若者が、アジアをどう引っ張っていくかが問われている。マレーシアの例では、1981年のGDPは約1900ドル/人で、韓国と同レベルだったが2018年には約1万700ドルと伸びたものの韓国の3分の1と低迷している。タイは更に悪い結果をしめす。そこには、製造業の発展度合いの差が現れている。マレーシアは、旧来型の産業から逸脱できずに韓国の半導体、携帯電話などの高度技術化に乗り遅れたためだ。従来(20世紀)は豊かさを求めて欧米を目指す人が増えたが、今や、高成長で、可能性の溢れるアジアへの環流が盛んになってきた。2015年には、北米への移住者は5448万人に対し、アジアへの移住者は7508万人だという。正に反転だ。勿論軋轢もある。文化が異なる、自国民の雇用が奪われるなど、人手不足の解消に思わぬ副作用を起こさないような手だてが肝要だ。深センには世界のテックカンパニーが群がり、今やアメリカのシリコンバレーを凌ぐ勢いだという。中国発の経済特区は、世界の耳目も人も引き寄せている。デジタル技術を活かせば、あらゆる事がチャンスに変えられ、しかもスピード感が他を圧倒する。このダイナミズムが起業を目論む人たちを魅了する。高度人材向けのビザ発給を抑えるトランプ政権は今のアジアにとっては有利に働いている。ファーウェイ創業者の1人が逮捕された意趣返しで、中国ではカナダ人が相継いで拘束されたが、こう言った政治的思惑による不安定さの克服が、今後の課題の1つである。倍加年数というのがある。(初めて知った)高齢化率(65歳の人口が総人口に占める割合)が7%から14%になるまでに要した年数のことだが、フランスが115年間と長いのに比して日本は24年間と短時間で高齢化が進んでいる。特に韓国ではわずか18年となっており、急速な高齢化が問題になっている。韓国や中国は1960~70年代に産児制限施策を取り、出生数を抑えることで、働き手の見かけの割合を増したかにして、人口ボーナスを享受したが、その効果も中国では既に切れて、アジアでも2020年代には終焉する。姑息な手段で得た結果だが、生産人口がピーク時のアジアの所得水準は、アメリカの半分を下回る(日欧は約8割)。急速に訪れる高齢化に如何に対処していくかが課題になる。タイの年金は国家予算の2%止まりだとか、日本は年金予算だけで10%強だからタイ(アジア)の貧困対策の問題は、根深いものがある。インドネシアの医療対策に、デジタル技術が活用されている。スマートフォンアプリ「ハロドク」で、ビデオやチャットで医師と患者を結び、1回の診察料は約400円だとか。日本でもそれほど重篤でない人が数多病院に通う現状の打開に何か参考にはならないだろうかと思った。【古今和歌集】662.冬の池にすむにほどりのつれもなく そこに通ふと人に知らすな (みつね)冬の池に住む「にほ鳥」のように、私が無関心を装って密かにそこに通っているということを人に告げるな(にほ鳥 ・・・ カイツブリ、つれもなく ・・・ 無関心に・冷たく)
2019.02.01
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