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今日もセミウォーキングを行った。連れ合いも早く目覚めたようで、一緒にオベリスクやブルーモスク等を見て回った。途中、5時過ぎにスルタナメット広場で、ブルーモスクからのアザーンを聞いて、連れ合いは荘厳さを感じていたようだ。一旦連れ合いをホテルに送って私だけが続きの歩きで、トプカピ宮殿の外壁沿いに坂道を下って海岸通りまで出た。夜の海岸通りは流石に静かであった。坂道を上ってホテルに帰ったとたん、突然スマートフォンが妙な動きをしだした。どのキーをタッチしても「5」が反応するだけで、開けなくなったのだ。大変だと焦ったが、何故か3つのボタンを同時に長押しすることで、再起動できたときにはややホッとした。朝食は、何時もより少し遅らせて、7:30からとした。姫達は少し遅れて参加した。今日は9:00には出発しようとのことになった。先ず、近くの地下宮殿に入った。広場を抜けたらほんの直ぐの所に入り口がある。入ると中は結構広い。何百本という柱で地面を支えながら巨大地下空間を構成している。コンスタンティヌス大帝が造り、ユスティニアヌス帝が修復したとのことで、トプカピ宮殿などに水を供給していたのだ。柱の下部にはメドゥーサの頭部が使われているもの(2箇所発見)があるが、各地の建築廃材をも寄せ集めて造った部分もあったようだ。外に出て、トラムに乗って、下っていき、結構長距離を乗り、ガラダ橋を通って、カバタシュのターミナルで降りた。歩いて行くと左手にボーダフォンのアリーナが見えてくる。更に進んだところにドルマバフチェフモスクがあり、その隣が目的のドルマバフチェフ宮殿だ。ボスポラス海峡に面した、交通の便(海からの)が良い立地条件だ。大きな時計台が先ず目を惹く。だれもが目をとめて写真に収めている。宮殿に入るにはどうやらミュージアムパスは利かないようだ。姫がチケットを入手してくれる。帝国の門の前で先ず記念撮影だ。中の庭も広く、よく手入れされている。海から出入りするための門がある。宮殿の入り口では、連れ合いがトルコの女性達であろうか若い数人に頼まれてカメラのシャッターを押していた。内部は基本的に撮影が禁止されているようで、私は正直にシャッターを切らなかった。赤い絨毯が敷き詰められたクリスタルの階段を上って2階に上がる。どの部屋も豪華で、広々としていたし、調度品も素晴らしい物が沢山置いてあったようだが、振り返ってみると、如何にも博物館的な様相であり、歴史的にも迎賓館として使われるだけで、王侯達は近くの小宮殿で過ごしたとある。中にはハレムもあったようだ。トルコのスチームバスのスペースが印象的だった。ここで建国の父アタチュルクが亡くなったとのことだ。11:45ドルマバフチェフ宮殿を後にして、ボスポラス海峡クルーズの乗船場へと向かった。第1と第2のボスポラス海峡大橋をくぐって、途中ヨーロッパ側で2箇所、アジア側で2箇所の計4箇所の立ち寄るクルーズ船だ。船からドルマバフチェフ宮殿の全容が見渡せる。天気も良く、絶好のクルーズ日和となったのは幸いだった。第1ボスポラス大橋の麓にこぢんまりしたモスクが見える。オルタキョイモスクは人気のモスクなのだそうだ。暫く進むと第2ボスポラス大橋が見えてくる。吊橋の形状は似ているが、この橋は日本が手がけたものだ。橋の麓には要塞ルメル・ヒサルが今なお威容を誇っている。メフメト皇帝が、対岸(アジア側)のアナドル・ヒサルに呼応するように建造したものだ。近代的な吊橋と、歴史を感じさせる要塞とのコントラストは、いやが上にも詩情を掻き立てられる。クルーズの醍醐味と言っても良い。近づくと、石造りの堅固な要塞が眼前に迫る感じで、ボスポラス海峡を通過する船はことごとくここでチェックされていたであろう事は一目瞭然だ。そんな間にも海峡を通過してすれ違う大型船は引きも切らない。アジア側の停船場で、クルーズ船を降り、1船やり過ごして、その間休憩した。簡単な食事を採ったが、避暑地的な感じのところで、多くの人は大橋を車で渡ってくるようだ。再び次の船に乗船して、帰路に就いた、デッキは広々していて、海風に吹かれながら14:30最初に乗船した停船場に帰ってきた。降りてすぐさま、地下のケーブルカーに乗り込み、一気に丘に駆け上がった。1駅だけの地下の登山電車という感じだ。降りるとそこは新市街の繁華街であった。少し雰囲気を味わって再びトラムに乗り、カラキョイで降りた。姫は、イスタンブールは学会で1度訪れているとのことだが、婿殿は、地図を開きながら、トラム線を選んでくれる。後で、机上で振り返ることなら何とか出来るのだが、歩きながら適切に乗車するトラムを選ぶことは並大抵のことでは無い。平面的に交差する路線なら、まだしも、途中に地下に潜ったり登山ケーブルカーで地上(丘の上)に出たりと上下の変動がある路線なので、私と連れ合いだけでは、こう要領よく乗り継ぐことは出来なかっただろう。適切な列車に乗せてくれたことに感謝だ。新市街を散策したが、何しろ人混みでごった返していて、まるで中国人で混み合う心斎橋のような雰囲気だ。そんな印象しか無かった。シシハーネ駅では何と長いエスカレーターを5段も降りて、トラムに乗ると突然外に出て、平地を走っているという有様で、何処をどう乗車したのかトレースバックすら出来ない。(京葉線で地下から地上に出る感じだ)取りあえず、15:44目的のスレイマニエモスクに着いた。シュレイマン大帝によって建造されたオスマン帝国繁栄の象徴的なモスクだ。クルーズ時の夕焼けに映えていたモスクであり、夕暮れ時、ガラダ橋からライトアップされて美しい姿を見せていたモスクだ。因みにガラダ橋近くのモスク(イェニ・ジャーミー)は修理中なのか、暗く光を失っていたのに比べて、とても綺麗だった。多くのモスクが存在しているが、既に博物館に変貌したものや、修理中のモスクなどがある中、概観と、内部の壮麗さで、スレイマニエモスクほど壮麗なものは無かった。中で、30分ほどイスラムの気分に浸った。最近のスマートフォンにはGPS機能が付いているので、写真を撮ったところの地名などを日付や時間と共に記録してくれる。後で見返した時に便利だ。開放的な中庭で記念の写真を撮り、外廊に出ると、ボスポラス海峡が全面に広がるという、絶好の眺望がある。イスタンブールが、もし、平地であったなら、このような眺望は望めないわけで、何とも絶妙な天の采配であると感じた。この地にして、アジアとヨーロッパの接合点であり、過去キリスト教徒とイスラム教徒が戦って鎬を削り合った場所なのだと思う時、得も言われぬ感慨が襲ってくる感じだ。スレイマニエモスクを出て、また姫達は最短でホテルに帰る路線を探してくれる。相当歩いたので、疲れているだろうからとの気遣いだ。トラムの駅まで少し歩いて下ったが、トラムに乗ったら、3つめの駅が、ホテルのある広場近くの駅だった。17:50ひとまずホテルで休憩して、18:40再び新市街のレストラン(ここも姫達がネットで調べて予約していた)に向かうことになった。タクシーを使ったが、このタクシーの運転手は途中事務所に寄って、何やら中の人物から叱責されている感じだった。無口のままタクシーは走った。ホテルから海岸通りに下るのだが、当然左に曲がると思っていた進路を右に曲がり、ケネディ通りと名づけられた海岸線を疾走して半島を回り込んで、マルマラ海側を走り、広い道を通って、旧市街を迂回するように走った。渋滞が考えられるからだと解釈したが、それにしても大回りだ。運転も結構荒い。そのお陰で、ヴァレンスの水道橋下をくぐり抜けることが出来て、観光的には良かったのだが。アタチュルク橋を通ったのか、ガラダ橋まで戻ったのか判然と思い出せないが、ともかく、レストランNeolokal Cuisineに着いた。ネットで調べてみると、イスタンブールのレストラン13,385軒中212位にランクされている。ここからも、スレイマニエモスクは眺望できる。残念なのは、金角湾との間に古い比較的高いビルがあって、それが眺望を邪魔していることだ。 ビールを飲んだら、急に眠気が差してきた。美味しい料理は、全てシェアするタイプになっていて、どれも珍しく美味しかったのだが、眠気には勝てなかった。暫くすると、急な眠気も覚め、食事を十分楽しむことが出来た。レストランを出たのは22:30で、帰りもタクシーを使った。帰りのタクシーは、夜も遅いこともあってか、来るときの大回りルートは採らず、料金も20リラ(僅か400円)と3分の1くらいの額であった。遠回りしても1200円と、交通機関の料金は極めて安いので、トルコが人気の1つになっているのだと知った。ホテルに着いたのは23:05イスタンブールの街を満喫することが出来た。
2019.08.31
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イスタンブールに泊まって、2日目の朝になった。夜明け前に足が攣った。連れ合いも足が攣ったようで、流石に昨日は良く歩いたものだと感心した。4時半に起き、今日は彼の地でのセミウォーキングを行った。ホテル近くのスルタナメット広場には、早朝着くイスタンブールに到着した飛行機からの観光客であろうかバスが次々と到着していた。広場から歩き始めてドイツ皇帝から送られたという噴水の建屋、エジプト時代のオベリスクなどを見て、広場を外れ、旧市街の坂道の中に入って降りていった。5時過ぎになって、お祈り(サラー)を勧めるアザーンの声が流れてきた。そこにはソクルルモスクがあり、子供達が境内でサラーに行くべく集まっていた。広場からモスク内をのぞき込んだが、何人かの人たちがお祈りを待つ風情だった。そこから暫く下ったが、海に出ること無くまた再び坂を上って、広場に帰り、ホテルに帰着したのは6時半前であった。ホテルでは、浴そうに湯を張って、とっぷりと浸かった。朝食は7時からホテルの裏庭で採った。8時頃になって姫達夫婦が降りてきて、朝食の後半は一緒だった。今日の予定を話したが、何といっても隣のトプカプ宮殿を先ず見ようと出掛けた。姫は予めMuseum Pass(220リラ)を購入しておいてくれたので、大抵の宮殿やモスクには入り放題であった。昨日書き忘れたが、市電などに乗るために、関西のイコカのようなトラフィックパス・カードを買っておいてくれたので、小銭の用意無しで乗れるのがありがたかった。トプカプ宮殿は、昔「トプカプ」という、この宮殿の秘宝である「宝剣」を盗む映画があって、観たことを思い出す。(その宝剣は最近まで日本に貸し出され、秘宝展が行われていた)門を入ると広い前庭がある。宮殿内の広場も洗練されていて、今や博物館になっている。あちこち動き回ったら、連れ合いはしんどくなったのか、少し休むというので、私と姫夫婦だけがハレムに入っていった。順路のままに歩いたので、どうなっているのかという全貌は掴めないが、土で囲まれた宮殿内には多くの美女が住んでいたのであろう。特に最後に行き着いた皇帝の間は周囲のタイルがとても綺麗で、流石に美しく彩られていた。そこから中庭に出るようになっていて、そこは美女(籠姫)達の居住区とのことだ。つぶさに観ていては、時間が幾らあっても足りない感じだ。そのままハレムの外に出て、連れ合いと合流した。少し休んだせいで、元気を取り戻していたようだ。庭園を抜けて、ボスポラス海峡が一望できるカフェで、冷たいコーラを飲んだ。風が適当に吹き抜けて、気持ちの良い眺望に一時見ほれていた。ボスポラスを背景に何枚かの写真を撮ったが、他の観光客も同じ所でシャッターを押していた。トプカピ宮殿を出て、アヤソフィア博物館(昔は聖堂だった)に向かったが、途中で、墓所であるモスク内にも立ち入った。私が観た3つの小さなモスクには、幾つもの棺が並べておかれていた。名前などを記した銘板は無かったようだ。時あたかも何回目かのお祈りを誘うアザーンが聞こえてきた。そこを出て、回り込んで、アヤソフィア博物館に入った。昔は聖堂であったと言うが、それは壮麗な天井の高いモスクの形をしていた。歴史に深入りすると時間が無いが、東ローマ帝国がビザンツ帝国になり、そこにオスマントルコが侵入してという具合に聖堂はその所有者を変えていった。聖堂時代のタイルがオスマン帝国によって塗りつぶされ(イスラムは偶像崇拝を禁じている)ていたが、トルコ建国の父、ケマル・アタチュルクがトルコ共和国を建てるに当たって、一部が剥がされ、綺麗な肖像画のタイルが、そこここに浮かび上がっていた。中でも、正面天井のマリアがキリストを抱いている聖母子像のタイル壁画は、秀逸であった。回廊の傾斜路を上っていくと(スロープと書いてあったので、階段では無いとは思ったが、そこは完全な斜路であった)2階部分の回廊の周りにもモザイクが所々剥がされていて、キリストが、皇帝や、洗礼者ヨハネ、聖母などを祝福している壁画が見られた。博物館は半分修復中と云う事で、全容を見わたすことが出来なかったが、それでも壮麗さは十分に伝わってきた。アヤソフィアを出てくる頃には、前の広場は観光客でごった返していた。一旦ホテルに帰って昼食を採って少し休憩してから、再び出掛けた。今度はブルーモスクの名で知られるスルタンアフメトモスクに入った。ここはまだモスクとしての機能を果たしているようで、観光客はお祈りをする人とは別の入り口からモスク内に入り、堂内を見学するようになっている。荘厳であるが、モスクの中は大きな空間であり、信者では無い我々も、厳粛さを感じずにはいられない。女性は皆、頭にショールなどを巻いてはいることになっている。観光客が半ズボンなどで来ていると、それを覆うようにと腰巻きなどが貸し出されているのは、最早観光地としての配慮が十分行き届いていることを示している。グランドバザールにも足を運んだ。勿論交通パスを使ってのトラムでの移動だ。古い時代から脈々と繋がる広大な市場で、あらゆるモノを打っているという感じだ。まるで迷路のような通路が縦横に走っている。その全てが、屋根に覆われているから、規模は相当なものだ。歴史の重みというか深みを感じさせてくれるところである。時折、「ニィ・ハオ」などと声が掛かるが、大概は、「こんにちは」と言うところをみると、日本人もたくさん来ていることが分かる。ある店の親父は、アニメであろうか、映画で「トラナガ」を観たとのことで、私がその主人公に似ていると大きな声を上げて一生懸命笑っていたのが印象的であった。帰りもトラムを使ったが、広場に戻って、庭の端にあるハマム(浴場)の近くに来ると、トルコ人が話しかけてきた。日本人はそれとなく分かるようだ。本人は、名古屋から来た客をハマムに案内して出てくるのを待っているところだという。日本に居住して渋谷で3ヶ月日本語を勉強したと言うだけあって、なかなか上手な日本語を使っていた。何やらHISと提携して、客を紹介して貰っているようだ。その案内人に紹介された、「TALHA」という土産物屋に行ったが、なかなか値の良い、タイルなどの土産品を置いていた。そこで、姫が予て欲しかったというトルコ石のイヤリングを購入することになった。ついでにというか、タイルを購入したが、値の張るようで、1枚7000円はするというのを、イヤリングを買うとのことで、4000円に負けてくれたのは良かった。イズミック製のタイルはなかなかのものだと観光ガイドには書いてあった。値段交渉をしたとき、「エルトゥールル号」の話(トルコの難破船を紀州の日本人が救助した)を持ち出して値下げを迫ったのだが、逆に、イラン・イラク戦争で、トルコの航空機が、JALも躊躇している中、テヘランに飛んで、日本人をすんでの所で救助してくれた話を持ち出されてしまった。結構物知りのおじさんであった。買物の上客とみたのか、特別に地下室のジュータンを見せてくれた、何枚も何枚も床に転がし広げてくれたのだが、光りの加減で色が変わる絨毯をみたときには心底綺麗だと思った、絹で織っているのだそうで、何となく肌触りもしなやかであった。トルコのキリムは結構有名なのだが、そんな比では無さそうなことは素人でも分かった。それもそのはず、日本なら300万円はするとのことだが、最後65万円にまではすると結構売る気になっていた。連れ合いもその気になりかけていたようだが、結局は衝動買いをする事無くその店を辞することになった。しかし、店主は、相当に未練があるようだった。翌日、イヤリングを調整して貰ったのを受取に行った姫が店主の残念そうな言葉を聞いてきたようだ。そこから少し脚を伸ばして、ホテルの近くでもある「Seven Hill」でビールを飲んだ。小さなビルダが、最上階から見る夕方の風景は、今日行った、アヤソフィアやブルーモスクがよく見える絶好の場所のようだ。ホテルに戻ったのは22:40と遅くなった。斯くして、イスタンブール2日目の夜も更けていった。
2019.08.30
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ドーハに着いたのは未明の3:20だ。以前に来たドーハの空港よりも格段に大きくなっている。何やら世界ベスト空港のトップの栄誉を得たという宣伝文句が至る所にあった。マスコット人形の前で記念撮影をし、そのまま、ビジネスラウンジに入った。トランジットの客は大勢いて、仮眠のスペースは満室であった。この日は、とても寒く、半袖で来たことを後悔するほどだ。ビジネスラウンジは特にクーラーが効きすぎているようで、時折室外に出て、暖(?)をとる有様だった。姫のショールなどを借りて、何とか仮眠することが出来た。6時過ぎにラウンジを出て、イスタンブール行きのゲートへと進んだ。室内をモノレール(トラム)が走るほどの広大さで、動く歩道も長距離だ。真新しい空港は気分がすがすがしくなる。そういえば以前の空港は一寸手狭だったことを思い出した。先ず少量の金額をトルコリラに交換した。1リラ=約20円だ。現金での交換は少し割高になるようだ。7:00にゲートインして、バスで機体の傍まで行き、タラップを上って機内に搭乗した。機体が動き始めたのは8:00を少し過ぎてからだ。滑走路は満杯のようで、数分ごとに、ひっきりなしに出発便が離陸しているがなかなか順番が回ってこない。テイクオフしたのは8:28だ。ほぼ30分滑走路までをゆるゆる進んだことになる。空港にはまだ広大な空き地があるようで、漸次拡張されることになるだろう。機内ではひたすら映画を観た。まだ英領時代のインドのホッケーの映画「The Gold」や家を売ったが、なかなか離れようとはしないスリラー映画の「ザ・イントルーダー」、高校生のバスケの名選手(ジョン)が氷の湖に落ちて20分経過後に助けられ、奇跡の復活を遂げる「ブレークスルー」はなかなか感動的な映画だった。途中トイレに行こうとしたときに、車内販売のワゴン車が、なかなか通してくれなかったが、どうやら中国人のCAのようだった。カタール人のCAは気を揉んでいたようで、この辺りも偏見かも知れないが、中国人の対日本人に対する態度は横柄だと感じた。ドーハから出発した機体はサウジの東海岸沿いを北西に進んだ。私はトルコへは初めてで、念願がやっと叶ったというところだ。トルコ領空に入ってからは、北部を西進し、アンカラ上空を経て、新イスタンブール空港に向かった。11:45機内アナウンスで、あと35分でイスタンブールに到着するとのことで、空港の気温は27℃と云う事だった。12:07陸に緑が見え始め、ボスポラス海峡も更には吊橋も見えてきた。イスタンブールだ!!12:22無事空港にランディングした。到着と同時に映画「ブレークスルー」は、おぼれた選手(ジョン)が蘇生して元通り元気になったときと符合していたのでより一層感動的な気がした。これまではイスタンブール市街のアタチュルク空港を使用していたが手狭になったようで、市街からは遠く35km離れた黒海沿岸の新イスタンブール空港への到着だ。周りの飛行機は、見わたす限り、トルコ航空のものばかりであった。A7ゲートに着いた。この空港は2018年10月29日に開港したという真新しい空港で、周りはまだまだ整備中の広大な空港だ。現在は4本の滑走路を有し、すべて黒海に向けて南北に設けられている。今後の建設計画によると最終的に横風用滑走路を含めて6本の滑走路が設けられる予定であり、全施設が完成すると年間1億5000万人が利用でき、最終的には2億人まで拡大して、世界最大の国際空港となる予定であると説明されている。ともかくもドーハの新空港(ハマド空港)も素晴らしかったが、このイスタンブール新空港は桁違いの広大さだ。広大な空港内を動く歩道に乗って移動するが、なかなか出口まで到着しない。あっけにとられるような空港だ。ドバイ空港も素晴らしかったが、それに勝る感じだ。とはいえドバイには現在、新しい空港が建設中だとかで、空への出発口は各国とも盛大さを競っている。13:40イスタンブール市街地に向けた路線バスに搭乗した。14:00バスは出発した。空港郊外も広大で、高速道路もゆったりしている感じだ。出来たばかりのようで、交通量は差ほど多くは無い。しばらくは緑の野を走る感じだ。30分ほど走った14:30、バスは市内に入ったようで、渋滞が始まった。モスクが随所に見られるようになった。イスラム圏の国だ。10分足らずでアタチュルク橋を通る。車道を堂々と通る人たちや物売り。30分間ほど渋滞の中を走った後に金角湾の沿道を走ることになる。左にはガラダ橋が遠望できる。右に折れて細い坂道を登り詰めるとスルタナメット広場に到着する。空港を出てから1時間15分ほどで着いた。この辺りが歴史指定地区になっているイスタンブールの顔の部分だ。ホテル「ハギアソフィア・マンション」までは歩いて直ぐの絶好の場所だ。歴史地区の一角を占める立地のホテルはなかなか感じの良い風情だ。それもこれも皆姫達がネットで予約を入れておいてくれる。観光の小冊子まで作ってくれているというサービスは、並みのツアーガイドそこのけの感じだ。フロントマンは、日本語の勉強をしたという、2mには少し届かない上背のやさしい風貌の男性だった。取りあえずホテルにチェックインして荷物を降ろした。暫く休憩して、直ぐにイスタンブールのボスポラス海峡を挟んだ対岸のウシュクダルに向かった。海岸までは徒歩で幾らも掛からない、下り坂なので問題なく歩ける。イスタンブールの旧市街地で、海岸近くはエミノニュと呼ばれている。そこから地下鉄でウシュクダルに向かう方法もあるが、洋上を渡し船で行くことにした。日がまだ高いボスポラス海峡のつかの間のクルーズは、心地よいものだ。写真ではよく見かけていた風景が眼前を360度の視界で見える。特にはボスポラス第1大橋(別名ボアジチ橋)が見える。最近では「7月15日殉教者の橋」とも呼ばれているようだ。この橋は、イギリスが建造したとのことだが、現在は日本のIHIが補修に携わっているとのことだ。ともあれ船はウシュクダルの停船場に着いた。前進も後進も、旋回すること無く往復するので、船は中央から前後は対象形に造られている。ウシュクダルについて、暫く海岸通りを散策した。ちょっと見上げるところのカフェで、コーラを飲んだが、トルコ語しか通じないので、専らメニューを指さしての注文となった。店の名前は「Katibim」とかと付いていたので、江利チエミのウシュクダラの歌詞の中にそういった名前が出てくることを思い出した。とって返したフェリー上からは、日没の綺麗な景色を見ることが出来た。特に、スレイマニエモスクの夕日に照らされたドームとミナレットは感動的な風情であった。エミノニュ側の岸壁について、その足で、ガラダ橋まで歩いた。ガラダ橋の下は、レストラン街になっていて、賑わっていた。「SEMBOL」という簡易レストランで、ビールとアンチョビを食べた。店を出たのは21:00を回っていた。ホテルへの帰りは、路面電車でスルタナメット広場近くまで帰ることが出来た。斯くしてイスタンブール初日は暮れていった。
2019.08.29
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前の2日分は、旅行記の後に記するとして、まずは旅行記から始める。今日は午後からイスタンブールに向けて出発するので、午前中に旅行の準備をするだけだ。成田で姫夫妻と合流するので、旅先の心配は全くない。朝はいつも通りセミウォーキングをした。名神桜井から東大寺公園に出て第1小学校裏を通って帰宅した。旅行準備もそこそこに午後1時前に、連れ合いとスーツケースを先ず水無瀬駅に送って、私は一旦車を置きに帰ってから出発だ。姫に立て替えて貰っていた旅行代金を振り込むのだが、ATMからだと、振り込め詐欺に注意するようにチェックが掛かる。振込などあまり経験が無いので、慎重を期すが、それでも引っ掛かる人が居るのだろう。口座番号だけでは心許ないと思っていたが、名前が出てきたので、安心して、送金のボタンを押した。送金手数料は取られるものの、昔なら現金書留などしかなかったことを思えば、便利さはこの上ない。中国辺りでは、現金では無く、こういった事が日常茶飯事になっているのだろう。駅で、連れ合いと合流して、阪急電車に乗った。準急はがらがらで、昼の出発も悪くない。準急電車でそのまま梅田について、何時ものようにガラガラとスーツケースを引きずりながら関空高速バスの乗り場に進んだ。バスにはトイレが付いているが、その扉が振動でがたがたいっているのを、前に座った西洋人が、紙の詰め物をしていた。旅慣れている感じだ。特徴的な赤いトラスの天保山橋を渡る頃には早くも海外旅行のムードが高まってくる。いよいよ関西空港連絡橋に差し掛かる。前回台北に行ったときには、まだ橋は修復中で、片側しか通れなかったが、今はもう完全復旧している。夕方4時前には関空に到着した。連れ合いのスーツケースの締まりが悪くなったようで、さっそく売店で、黄色いベルトを購入していた。荷物を預ける段になって、LCCのジェットスターのカウンターに行ったが、何も考えず荷物を詰め込んだので、重量がオーバーし、エクセスを取られた。確か7200円だとか、あまりに迂闊だった。そういえば、LCCを使うのは、台湾の時と今回だけで、LCCは荷物の制限量が少ないことを失念していたのだ。仕方ない。それも旅の一環だと連れ合いは鷹揚だ。17:40発の飛行機は到着の遅れとかで、10分遅れるとのことだ。海外なら之くらいのことは放送に値しないのだが、日本は矢張り律儀である。やがてバスに乗って、航空機近くまで進んだ。ロビーから直接乗り込むタラップを使い慣れているので、地上から乗り込む方式が如何にもローカルなイメージだった。航空機はA320のエアバスで、中は、乗り合いバス的なイメージだ。席に落ち着いたところで、暫くして、18:10動き出して、18:15にテイクオフした。成田までは順調で、到着地点から、国際線の発着ビルでまでは、再度バスでの移動だ。成田は久しぶりだ。薄暗くなっているので、何処をどう走ったかは分からなかったが、ともかくも、姫達が待つ国際線の出発ロビーに着いた。ここからは姫の後を付いていくだけで事足りるので、何やらツアー客の気分である。先ず、カタールのドーハまで行き、そこでトランジットして、トルコのイスタンブールが最終到着点だ。使用航空会社は、カタール航空だ。オリックスの機体マークで、私がサウジからドーハへの往復に使った航空会社だ。その時は、少し遅れて、到着して、一寸トラブったことから、あまり良い印象は持っていなかったが、その後、国際線も拡充して、今や、エミレーツ航空よりも進んだ航空会社になっているとの事だ。姫夫婦が共にプレミアム会員とのことで、ビジネスクラス扱いで、荷物を預ける事が出来、スムーズさもさることながら、LCCでエクセスを取られたものの、ここではエクセスを取られることは無かった。姫達と行動を共にするメリットはこういう所にもある。海外旅行で、最も緊張する(個人的に)のがイミグレーションだが、最近は、顔認証の装置が備わっていて、従来とは少々趣きが違った。パスポートの顔写真が付いているページを読み取り画面に当てて、顔は鏡で読み取り、両者の一致具合を見るようだ。パスポートの写真は2011年と古いので、ちゃんと見分けてくれるかとあらぬ心配をした。然し、何ら問題は無く、無事イミグレを通った。然し、海外に出掛けるという証拠は、自分のパスポートには残っていない。何となく、スタンプが無い事は寂しい気がするが、そんなことはどうでも良いのだろう。向こうのコンピューターには残っているのだから、此方が心配することではない。成田でのラウンジ使用と、機内への搭乗は姫夫婦が共にプレミアム会員とのことで、ビジネスクラス扱いとなっているので快適で、スムーズである。昔ビジネスクラスで、海外出張をしていたときには、差ほどにも感じなかったが、歳を取ると、こういった事がとてもありがたく感じる。時間ぎりぎりに搭乗口に向かっても、比較的スムーズに機内(QR807)に案内される。座る座席は、勿論エコノミーではあるが、そんなことは私にはどうでも良く、乗り込みの時の優先加減がストレス無く行えることがありがたい。機内は、両サイド3人掛けと、中央4人掛けの、ボーイング777-300ER型機だとのことだ。何時も機種については関心が無いのだが、従来よりもレッグルームがやや広い感じがした。ともあれ、最近問題になっている、B737MAX8型でないことは確認して安心した。私と婿殿は通路側の席に付くとすぐさま、左隣の真ん中のシートは空席である事が分かり、ゆったりと座ることが出来たのはラッキーだった。連れ合いは、通路を挟んで、隣の席だったが、その横は、客がいたようで、少し窮屈そうであった。姫は、その前の席で、ここも、隣は空席だったようで、ドーハまでの長時間飛行は、結構ゆったりと向かうことが出来た。席の前のモニター(TV兼用)には懐かしいアラビア文字の注意事項などが書かれていて、如何にも中東国の航空機に搭乗している感が高まった。カタール航空は、JALとの共同運行(アライアンス)となっているため、日本人にも配慮した、機内放送になっていることはありがたい。22:00に機体は動き始めた。結構長い時間を掛けて、滑走路の端まで進み、機体は22:28テイクオフした。いよいよ海外に向けて出発だ。後は寝るだけなのだが、目が冴えている。テレビで映画「ダンボ」を見て楽しんだ。連れ合いのテレビは、なかなか操作ができにくそうで、結局上手く映らなかったようだった。機体がドーハに近づいたときの、通過した航路路図を見てみると、東シナ海を抜け、上海辺りから中国上空を西進し、パキスタンのカルカッタ上空から、インド上空に入りアラビア湾を陸地にほぼ平行に進んで、今問題になっているホルムズ海峡のイラン寄りを通過、東からドーハに進入していた。到着予定時間は3:20とのことだったが、テレビモニターでは、3:16とほぼ時間通りの到着を示唆していた。長い飛行距離なので、少々の遅れなどは取り戻せるもののようだ。22:00に出発して翌日の3:20着は、6時間の時差を考えると、11時間20分の長旅と云う事になる。然し、今回は、あまり疲れる事も無く旅が出来たようだ。連れ合いは、日頃から、寝る時間がずれていることもあって、飛行中は、あまり寝付かれず、機内を散歩したり、アテンダントとお喋りをしたりして、過ごしたようだ。いずれにしても、大して疲れることも無く取りあえずのドーハに無事到着することが出来た。
2019.08.28
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。明日からイスタンブールの旅行なので、その用意をした。このブログは2019年9月21日書いている。旅行中は書けなかったからだ。8月27日に日経新聞に特集された内容だ。***日経アジア・アフリカ感染症会議が8月31日に開かれるに当たって特集されたものだ。天然痘が世界で根絶されたのは1980年5月だ。感染症に人類が初めて勝利した瞬間とされる。他の感染症(ポリオ、はしか)なども根絶可能と考えた。然し、新たにエイズ、エボラ出血熱、新型インフルエンザなど新型感染症が出現した。こういった感染症は、瞬く間に世界に拡散する。2018年来はしかが世界で大流行している。特にアメリカが深刻だ。一旦2000年に根絶宣言をしてからの大流行は、凄まじい。患者数は182カ国36万人余りだ。今年に入って既に1000人以上のアメリカ人が感染している。ワクチンを接種しない旅行者が旅先から持ちかえるものもあり、また、SNSでワクチンは安全では無いとの噂が拡散したことだ。この噂の弊害は予想以上のもので、様々な対策が検討されている。こういったSNSのワクチンが危険だとの偽情報に惑わされて予防接種をためらうことも感染症の拡散を大きくしている原因の1つだ。ワクチン接種を拒んだり避けたりする動きはアメリカだけでは無く欧州やアジアにも広がっているSNSの悪い点が感染症予防に関しても弊害となっている。。2018年に大流行をしたエボラ出血熱も1年余りで1800人を超す死者を出したが、今なお根絶してはいない。コンゴ民主共和国の北東部の紛争地域で、国際的な協力体制も紛争という政治的な背景で届かない。日本でも子宮頸がんについてはワクチン接種による健康被害が報告されたこともあって、摂取か否かで未だに結論が出ていない。このままでは日本だけが子宮頸がんの発症におびえ続けなければならなくなる。予防接種は、絶対的では無い。返って悪さをする場合がある。フィリピンでのデング熱のワクチンが逆に悪さをすることが分かり大問題となっている。然し現段階で、ワクチンが最も有効な手段である事に変わりは無い。一体どう考えたら良いのだろうか。歴史的には中世ヨーロッパで発生したペストがある。歴史を大きく揺るがした。第1次世界大戦時にはスペイン風邪が発生した。これは世界的パンデミックに繋がった。新聞の図には2000年以降世界を襲った、5つの主な感染症が纏められている。1つは中国東南アジア、日本で問題になったSARS(重症急性呼吸症候群)だ。2003年、中国広東省を起源に、インド以東のアジアとカナダを中心に流行、32の地域と国で2003年までに8000人超の症例が報告された。2つは、新型インフルエンザ(H1N1)のパンデミックだ。2009年にメキシコで初確認、世界に一気に広がり、パンデミック(爆発的大流行)が宣言された。日本だけでも約2000万人が受診した。3つはMERS(中東呼吸器症候群)だ。2012年9月以降、アラビア半島を中心に発生報告があり、こうした国から帰国した患者が欧州や韓国などでも見つかった。これまでの患者数は約2500人で、約850人が死亡した。滞在年は大幅にずれていたがアラビア半島で生活していた私は流行に巻き込まれなくて良かったと安堵したものだ。MERSによる経済損失は1症例当たり5000万ドル以上だ。之については規模は小さく感染者は186人で済んだが、経済的打撃は甚大であった。終息までの2ヶ月間で、2700以上の学校が閉鎖され、1万7000人近くが検疫された。経済損失は推定100億ドルだ。4つはエボラ出血熱だ。2014年~16年にかけてアフリカ西部で大流行し、1万1千人超の死者が出た。之に次ぐ今回のコンゴ民主共和国のアウトブレイクでは1年あまりで、死者数は1800人超とされる。この場合の経済損失は計530億ドルと1症例当たりの損失額は非常に大きい。5つはジカウイスル感染症だ。2015年~16年にかけて中南米で大流行した。ブラジルだけで、2015年に40万~130万人の患者発生があったとの推計もある。これら感染症に唯一有効なのはワクチンである。世界保健機構(WHO)も積極的に対応に乗り出している。症例1つに対してワクチンを開発する費用は約30億ドルと云われている。これは高いように見えるが、予防効果や世界の人口比率からみると安いものだという。(1人当たりで見ると40セント)こういった感染症に対して、日本にも治験プラットフォームを作る必要性とメリットが述べられている。プラットフォームは欧米が先行していて南アフリカのケープタウン大では結核ワクチンの治験や免疫研究が進められている。こうしたプラットフォームを日本に作るメリットとしては、1つは日本が持つシーズで世界に貢献できるという人道的見地からの価値で、2つは日本の製薬や検査薬が、新興国や発展途上国の市場を狙えること、3つは国際社会の中で日本の存在感が高まることを挙げている。このような感染症に対して日本の企業も様々な努力を行っている。富士フイルムは結核とHIVの検出に、写真技術を応用した、銀フィルムの使用の実用化を進めている。アフリカの各地では迅速に且つ確実に、そして安価に検出できることを目指している。マラリアやエボラ出血熱、デング熱などでも日本の企業が世界の注目を集めている。デング熱ワクチンは武田薬品が開発中で、予防効果は確認したとされる。デング熱は蚊を媒体にしてウイルス感染する。世界で年約3億9000万人が感染し内2万人が死亡する。日本でも発症例が報告され、また去年フィリピンで、622人の死亡が報告されている。このワクチンはサノフィが9歳以上を対象として開発している。武田薬品は対象を4歳以上に広げた予防効果を確認しているので世界発になる可能性がある。このほかにも田辺三菱製薬がインフルエンザワクチンを製造する技術の開発を進めている。大日本住友製薬と愛媛大学はマラリアの治療薬やワクチンの開発を、また、アンジェスはエボラ出血熱の治療薬やワクチンを開発している、ワクチンの世界市場は米メルク、米ファイザー、英グラクソ・スミス、サノフィの大手4社がほぼ寡占しているが、日本の動きも注目されていて、開発が成功すれば、この牙城を突き崩すことが期待されている。こういった熱帯地方で猛威を振るう感染症は、温暖化する日本への波及も懸念されている。こういったワクチンの開発は日本のみならず世界的にも貢献することは間違いの無い事実だ。
2019.08.27
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で折りかえし、帰りは今日の受診予約票に名前を書くために楠薫堂を通って帰宅した。後刻、楠薫堂で前回(7月受診)の結果を聞いたが、血糖値的には、前回よりも改善していたし、基準値外の数字も見られたが、軽微で、特に問題は無いとのことだ。旅(イスタンブールと米子)が続いたので今振り返っている。(2019年9月19日)***8月14日から8月24日の間の新聞特集だ。1. 鋼材鋼材の流通価格は下落に転じている。表によると、熱演鋼材は8万円強で、H形鋼は9万円を推移している。私が勤めていた頃とあまり変わりは無い。秋口から鋼材の需要期に入り、堅調が予想されている。建築などを中心に盛り上がりを予想している。4~6月はハイテンションボルトの不足もあって出荷が滞ったが、鋼材需要の時期が後ろにずれただけという。自動車などに使う薄板鋼板は、現在在庫が多いが、減る方向に向かっている。電炉は値下げしたが高炉は値上げ申請している。高炉大手と自動車大手の価格交渉が大詰めに来ているとのことだ。2. 段ボール原紙出荷は前年を割り込んだ。段ボール原紙のキロ当たりの単価は1割上昇して、90円だ。スマホや、自動車関連の動きは鈍いが、ネット通販向けが好調のようだ。不要品の返品も急増しているとのことだ。消費増税を前に、即席麺、レトルト食品用が一定の伸びを示し、洗剤やトイレットペーパーなどは前年の2~3倍の量が出る。中国の環境規制で、輸出量が減り、価格も低迷している。脱プラスチックでの代替で伸びているのはアパレル、魚を歯込む発泡スチロール、スーパーのトレイなどだ。3. 石油化学バンパーなど自動車で最も多く使われる合成樹脂ポリプロピレンは急落し2割安い1トン1000ドル程度に落ち込んだ。自動車市場の落ち込みは中国やインドで、前年割れが続く。然し日本では前年を上回っている。混合部材は自動車で1台当たり50~60kg使う。軽量化のためにバンパーやインパネに多く使われるようになった。最近はスポーツ多用性車(SUV)やハッチバックのバックドアに使うことが多くなっている。新増設計画はインドやタイ、オランダなどで進行中だ。4. ばら積み船鉄鉱石最大の輸入国中国がハイペースで粗鋼生産を増やしている。荷動きは堅調だ。ばら積み船で運ぶのは鉄鉱石や石炭など(注:我々造船屋は、それらを鉱石運搬船と呼んでいたが、商売的にはばら積みと呼んでいるようだ)で、インフラに必要なものだから世界の景況に左右される。足元では堅調だが、ブラジルの鉱山ダム決壊やオーストラリアのサイクロンの影響で、荷動きは停滞した。船舶燃料の規制もスクラバーを付けて運航するか、新しい燃料に切り替えるかの問題があるが、スクラバーの場合、工期が1ヶ月掛かり、問題もある。グレードの高い油を使用するにはコストが高くなる。ばら積み船の市況を示すバルチック海運指数は中国の経済成長を当てに世界の海運会社が船舶の建造を大量に発注しているが、之がどう転ぶかは大きな影響力を持っている。現在バルチック指数は1日、2万5000ドル超だが、7月末には1日6500ドルしていた、今後の動きは中国次第という見方もある。5. 人材サービス自動車を中心に製造業は停滞している。人材サービス市場は堅調で、時給は上昇基調だ。最低賃金が900円を超える見通しだが、全ての基準が最低賃金に連動しているので、平均時給なども上昇する。人口減少が続く中、女性の活用やシニアの動員でも人手不足の解消にはなっていない。転職などを含めて人材市場の拡大に結びついている。6. 銅ここに来て(米中経済制裁応酬)で銅の価格が下げを早めてきた。1トン5800ドルが底値とみられていたところ5600ドル迄下がった。中国経済の減速が原因だ。現在銅需要が伸びるような兆候は無い。ただ、EV車は、普通のガソリン車1台当たり20kgの使用に対して、2~3倍に増えるとされているが、EV車の普及の時期など不透明で、判断が難しい。当面の底値を5500ドルとみているが、米中関係が改善されても6400ドルまでの高騰は考えられない。7. 原油原油相場は8月に下げ足を早め、1バレル60ドルを下回った。シェールオイルが増産される(少なくとも2020年までは続く)ので、供給過剰が見込まれる。ただでさえも供給過剰なので、米中の関税合戦が続けば、価格は50ドル迄下がる可能性もある。イランとアメリカの対立も一過性との見方が多く、相場を押し上げることはあっても、価格に大きな影響は無いと見られている。OPECの減産も5月以降は影響力が低下している。相対的にOPECの生産シェアと価格決定力が低下している。8. 穀物日本は食用油や飼料などで年間約300万トンの大豆を輸入している。輸入先の7割を占めるアメリカでは洪水や長雨で、大豆の生産は、都合2割程度減るとみられている。アメリカ産は減っても世界の在庫は潤沢だ。ここでも中国の大豆輸入がどうなるかが大きな焦点だ。熱波の影響や作柄悪化、相場上昇などコスト負担の要因にはなる。9. 天然ゴム天然ゴムの世界消費の4割を占める新車販売の減少で、天然ゴムの相場が、一時急落した。これまで中国で生産していたタイヤを、アメリカが関税を引き上げたことで、売れ行きが減少した。中国は生産地をタイやベトナムなど東南アジアにシフトしようとしている。米中の対立が、ここでも大きく影響し、需要が鈍くなっている。
2019.08.26
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄の往復だ。帰りは第1小学校裏を通った。何時ものカラオケ仲間の内、店の社長と年長の枚方に住む女性、それと友人の3人と、我々2人との5人で枚方の「恒づね」で昼食を採り、流れて、枚方の女性の行きつけのカラオケ店で、6時頃まで歌った。その後、遅くなったので、夕食もとのことになって、同じく枚方の麒麟閣で、私は冷麺を食べ、遅くまで談笑した。遅くなったので、友人を吹田の自宅まで送り届けた。***7月28日に宮城県南部で、震度4の地震が観測された。震源は三陸沖だろうかと思ってみていると、震源地は三重県の沖だとのことだ。何かの間違いかなと思ったが、之が「深発地震」なのだと書かれていた。深発地震は震源が地下300km以下で発生するとのことだ。今回の地震も、震源の深さは約420kmと極めて深く、地震の規模はマグニチュードM6・5とのことだった。この地震で最も大きく揺れたのは三重県では無く、遠く宮城県だった。この深発地震の特徴は、揺れ方に特徴があって、近くでは揺れないが、遠隔地で大きな揺れになる。通常の地震は深さが70kmまでの浅い場所で起こる場合が多く、それより以深だと、発生頻度は低くなる。ところが深さ300kmを過ぎるとまた地震の発生頻度は増加するとのことだ。地震のタイプには2種類あって、1つは海のプレートと陸のプレートの間で起こる「プレート間震動」で、之が、我々が通常感じる地震だ。もう1つはプレート内の断層によって起こる「プレートに断層地震」だ。共に、震度は100km以浅で起こる。(他にも直下型があるが)プレート間断層地震は、海洋プレートが沈む過程で、プレートの周りのマントルが高温高圧で、断層を圧迫して、そこにひずみが貯め込まれる。過去に起こった地震で貯め込まれたゆがみもある。その状態で、更にプレートが深く潜ることによってプレート内の変形が増大して、再び活動するというメカニズムで起きるとされている。海のプレート地震が高温のマントルで熱せられて軟らかくなり、ひずみが貯め込まれにくくなるために起こるとされるが、最終的には海のプレートはマントルに溶け込んでしまう。こうした深発地震は海のプレートが沈み込むような場所で、しかもプレートが固くひずみを蓄えやすいところにしか起こらない。日本列島周辺が正にそういった位置にあり、他にはニュージーランドの北方やロシアのカムチャッカ半島付近も該当地域だ。最近では、1994年に起きたボリビア深発地震は震源の深さ631 kmと深いにもかかわらず、マグニチュードは8.2という規模で死者10人を出した。ナスカプレートが南アメリカプレートの下に沈み込んでいる場所に当たり、南アメリカの広範囲で身体に感じる程度の振動を観測したばかりでは無く、遠く離れたアメリカやカナダのトロントでも地震計が揺れたとのことだ。通常の地震の震度分布とは異なり,震源の真上(震央)の震度は小さいが,遠く離れた場所で大きなゆれが観測される「異常震域」と呼ばれる現象が起こる。三重沖の地震も、之に該当し、三重での揺れは差ほどでは無かったが、宮城県で震度4と大きく揺れたのはこのためだ。震央では地下の地震波が伝わる間に、途中のマグマやその近傍の熱せられた岩石を通過する間に地震波が弱まる一方で、プレートを伝わった地震波は減衰せずに、遠く離れた場所で、大きな揺れを起こすのだ。こうした海のプレート内部を伝搬して発生する地震をスラブ内地震と呼ぶのだそうだ。意外に遠い場所で強い地震が発生するメカニズムはこうしたことから起こるようだ。之がもし、震源が浅ければ、もっと大きな被害になる可能性もあるので、あながち油断は出来ないとのことだ。三重沖の震源となれば、最大M9級になる恐れもある南海トラフ地震への引き金になるか知れないわけだ。2015年5月30日に小笠原諸島沖で発生したマグニチュードM8・5の地震は深さ682kmが震源だった。之も典型的な深発地震であった。この時には、日本全国の広範囲で有感震動があったようだ。最大震度は5強を観測した。過去にも小笠原沖では深さ400km台で、M7級の地震は発生していた。ここまで規模の大きな地震はなかったようだ。また世界では、1994年6月の南米ボリビアで発生した深発地震のほか、2013年5月にオホーツク海でM8・3、深さ約600kmという地震が発生している。このときはモスクワでも揺れを感じたという。今日の新聞では、東北地方の日本海沖に地震が多く発生する理由が説明されていた。大地震を呼ぶ「ひずみ」が何故この辺りに集中して起こるのかについて産総研の高橋雅紀上級主任研究員はフィリピン海プレートの運動が根本的な原因だという説を述べている。従来は太平洋プレート主因説であったので、新説だ。現在は、太平洋プレートが北米プレートとユーラシアプレートの下に沈み込み、その時これらの陸側のプレートを西向きに押している。同時に陸側のユーラシアプレートも、僅かながら東向きに動いている。こうした東西からの圧縮はどのようにして起きたのかを上手く説明できていなかった。ここで、高橋上級主任研究員はフィリピン海プレートの存在を持ち出した。関東地方の地下は太平洋プレートと、フィリピン海プレートの両方が沈み込んでいる特異な地域になっている。元々、フィリピン海プレートは太平洋プレートが陸側のプレートに沈み込む間に割って入る形で、北向きに沈み込んでいた。フィリピン海プレートはある程度まで沈み込むと、陸側のプレートと太平洋プレートの狭い隙間に突っ込むことになり、それ以上北へ進めなくなった。それが原因で、フィリピン海プレートは方向を北から北西に変えることになる。この地下で起こったフィリピン海プレートの進路変更によってその真上にある陸側プレートが大きくねじられることになった。この結果として陸側のプレートが西向きに動き始めたのだというのだ。フィリピン海プレートのこの複雑な動きによって陸側のプレート下に潜り込む辺りの南紀トラフで、巨大な地震が発生することになると云うわけだ。この辺りの説明は、理解不足も手伝って、なかなかしっくりと腑に落ちるわけではない。之が日本海東縁の地震の遠因になっているというのだから、もう一歩飛躍的な説明と言わざるを得ない。然し、この東西圧縮の動きは、中部から中国、四国地方にまで及んでいるのだ。ともかく、陸側のプレートは地表に止まり続ける一方で、海洋プレートは海嶺で誕生して年間数cm~10cmの速度で移動している。接する日本海溝付近では、太平洋プレートとフィリピン海プレートがせめぎ合っていることは容易に理解できる。太平洋プレートとユーラシアプレートのせめぎ合いは、丁度日本の東北地方辺りになり、フィリピン海プレートとユーラシアプレートは東海、南海の部分でせめぎ合うことになる。こうした海洋プレートの陸側プレート下への沈み込みが不規則な経過で起こることが、より日本に於ける地震予知の難しさを助長している。加えて、太平洋プレートがユーラシアプレートに沈み込む間を縫うようにフィリピン海プレートが介入する南海地域は、より複雑な性状を持つことになる。これだけの研究が行われていて、なお、地震回避が出来ないとなると、最早日本中何処に逃げても地震から身を守ることは出来ないのではないかと感じるのだ。【古今和歌集】836.瀬をせけば淵となりてもよどみけり 別れをとむる柵(しがらみ)ぞなき (みぶのただみね) 早い川瀬を堰き止めれば、深い淵となっても淀むだろうが、人の別れを止める「しがらみ」というものはないのだ (せけば ・・・ 堰き止めれば 、しがらみ ・・・ 流れをさえぎる柵 )
2019.08.25
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今日のセミウォーキングは西国街道からJR側道に降り梶原高架下迄で折りかえした。帰りはシャルマンを通った。急に思い立って、連れ合いと星乃珈琲で朝食を採った後、コーナンで買物をして帰った。***第7回アフリカ開発会議(TICAD7)」が28日から横浜市で開かれる。最後の巨大市場として、世界がアフリカに期待を寄せている。そんな中、日本に集結するアフリカの首脳達に対してどのように対応していくのか、そんな記事が目立つようになった。日経の「複眼」欄で、3人の見解を聞いていた。スタンダードチャータード銀行アフリカ中東チーフエコノミスト、ラジア・カーン氏はボツワナ出身だ。TICADは1993年に始まり今回で7回を数える。近年はヨーロッパやアメリカもアフリカ開発に力を入れている。新たにロシアも同種の会議を予定しているとのことだ。その中でも中国が開く、中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)は支援金額が日本の約2倍に上るとのことだ。ここでも一帯一路は確実に根を張りだしている。そんな中、中国からのインフラ融資は焦げ付きが相次いで、問題となっている。中国側もアフリカ側も双方に問題があるが、アフリカ側にインフラなどへの財政支出に余力がなくなっているというのが大きな問題だ。民間のビジネスを拡大し、アフリカ貿易全体のパイを大きくする事が必要だ。現在の対アフリカの日本のシェアは中国に比べて小さい。TICADで日本とアフリカの企業同士が協力出来るためにはどのようなことが期待できるのか。多くの日本企業にとって、アフリカ進出はリスクが高いと考えられているという。というか、私などの経験からすると、企業同士の協力といったレベルまでアフリカが到達していないのではないかと思われるのだ。アフリカはアフリカで、インフラが足りないことでイノベーションが起きやすいという。確かに一寸した改革が、大きなインパクトになり得ることは理解できる。アフリカで銀行口座を持っている人は少ない。そんな中、ケニアの「エムペサ」のようなモバイル送金システムが爆発的に普及した。これは中国当たりでも、口座無しの金の流通が発達したのと同じ事が云える。携帯電話で行われるやり取りの電源は太陽光エネルギーが使われる。こうした状況下でTICADに期待される日本の役割は何かということだが、モバイル関連のこうした事業を拡張していくためには、アフリカには資本が不足している。一方で日本は、人口が高齢化し、貯蓄が多く、利率が低いといった、閉塞感が強い。こうした真逆の環境下にあるアフリカと日本は、正に補完関係があるというわけだ。何やらここまで読んでみると、日本にはメリットがあまりないような気がするのだ。そこで提案されていることは、日本で余った資金をアフリカに投資してみたらと云う事だ。そういった表面的なことは分かるが、本当に投資して見返りがあると云えるのだろうか。そんな懸念がある中、サハラ以南(サブサハラ)では、南アフリカ、ナイジェリアという域内総生産(GDP)の約半分を占める大国が低成長にあえいでいるため、2018年の経済成長率は3%と、世界平均を下回った。そんな中、コートジボワール、エチオピア、セネガルなどは6~8%台の高い成長率を記録している。こうした低成長の国も現在が底だといっているが、果たしてそうだろうか。現在、アフリカの特典としては資源があり、中国などの資源需要は今後も増加するとみられる。しかし資源頼りばかりでは、あまりにもリスクが大きい。そういったことを念頭に置いて、日本はアフリカに進出を試みなければならないとしている。日本企業はこうしたアフリカの多様性を認識して、リスクを正しく管理することが肝要だ。なんだか抽象的な指摘であり、具体性が欠けるので、今一つ腑に落ちない気分だ。経団連サブサハラ地域委員長で、トヨタ自動車副社長等を経験した小沢哲氏は、サブサハラの経済状況は資源価格の高騰を背景に、2003年から2014年ぐらいまでは経済成長が5%を超え、1人当たりの国内総生産(GDP)も増えた。然し乍ら、2015年以降は厳しい状況が続き、やっと2018年後半にようやく下げ止まった感があるということだ。然し、もう一段の上昇する気配は今のところ無いようだ。アフリカの人口は現在13億人だが2030年には17億人に増加することが見込まれている。日本と違って人口ボーナス期にあると云える。当面はこの人口増加(年率2.5%)は続くとみられている。こうした人口増が、日本の企業が期待する購買力を持った中間層であるかと言えばそうはならない。そういった点がアフリカの難しいところだろう。アフリカでは若年層の失業率が高い。サブサハラでは毎年1500万人の新規労働力が発現するがこの労働力を吸収する受け皿がない。之を解決するには製造業しか無いというわけだ。IT企業などは、固定費が小さいためにこれほどの労働力を吸収することは出来ない。日本企業(製造業)がアフリカの実情を知らないのでは無いかという感じだ。これほどの労働力を当面安価で利用できる場所はアフリカが最後だろう。日本企業が、アフリカをより良く知るためにTICADという場所が使われるべきだとしている。現にトヨタ関連では、チュニジア、モロッコ、南アフリカで、自動車部品などの製造にアフリカの労働力が使われている。日本企業数は増えているが、販売を対象にしたものが多いようだ。消費者を求めるよりも先ず、製造者を作り出すことが肝要では無いかということだ。尤もなことで、インカムが無いところに支出が生まれるわけは無い。トヨタがサプライチェーンとして組み込んでいるアフリカの労働力をどう言った部門に適用したり、拡大したり出来るかを考える機会になれば良いのでは無いだろうか。そうして製造した部品を次には組み立てることになるのだが、そうした高度な技術や技能は一朝一夕に叶うという気がしない。専門学校のような教育システムを考えるとか、留学するなどの手順で、技術者のポテンシャルアップを努める必要があるだろう。小沢氏はTICADの枠組みを通じてアフリカ市場にプライオリティー(優先順位)を置いて取り組む企業がどれだけあるのかをまず調査して。市場としての潜在力がある10カ国程度を選び、日本が進出できそうな企業とその相手国をマッチングさせることを考えるべきだとしている。英王立国際問題研究所リサーチ・ディレクター アレックス・バインズ氏は1980年代からアフリカ研究に携わっている。アフリカを分析して次の2点を指摘している。1つは平均年齢が若く、人口が急速に増えていくこと。もう1つはそれが都市へと流入を続けることだという。こうした特徴を踏まえてどのように対応していくかだ。アフリカ最大の民主国家であるナイジェリアについては、現在ガバナンスが脆弱であり、之を如何にするかが問題だとしている。人口が増え都市に集中すれば、より多くの情報に接することになり、更に情報を求めて民衆は活動する。こうした流れにガバナンスが追いついていないというのが現状のようだ。アフリカには中国が侵入しているが、日本が意図した進出を中国が実践していると評している。中国が先ず取り入ったのは、ジブチ、コンゴ共和国、ザンビアの3国だ。これら3国は、中国に財政面でべったりの状態だ。このほか、中国の視点は、アフリカ人の幹部育成のためのトレーニングにまで達している。アフリカ諸国が中国に取り込まれてしまえば、日本は大きく遅れることにも成りかねない。TICADを通じて、日本がアフリカをどのように組み込んでいきたいのかを先ず焦点を絞っていかなければならないだろう。もう少し真剣にアフリカを感じなければ2050年に世界人口の3分の1がアフリカ人となるとされる中、大きく出遅れてしまうことになりかねない。【古今和歌集】835.寝るがうちに見るをのみやは夢といはむ はかなき世をもうつゝつとはみず (みぶのたゞみね) 寝ている間に見るものだけを夢と言おうか、いやそうではない、はかないこの世も現実とは思えない
2019.08.24
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今日は雨が降っているので、ウォーキングは中止した。中学校のサマースペシャル(勉強会)の後半の最終日だ。私は途中で、整形外科を受診するため抜けなければならなかった。1人の生徒と数学の問題に取り組んだが、幾ら説明をしても腑に落ちた風では無いので、若いアドバイザーに交代して貰った。後のことは気になったが、病院は相変わらず待たせるので、結局終わったのは学習会が終わってからであった。その生徒が理解したのかしなかったのか、確かめるすべは、若いアドバイザーに聞くだけだった。何とか理解した風だとのことだが、本当はどうなのだろうか。その後連れ合いは、小学校の学習ボランティアさん達とお茶会をすると言って出掛けていった。終わった頃に猛烈な雨が降ってきて迎えに行ったが、マンションが2棟あって、迷ってしまい、往生した。夜はボランティア仲間の人とカラオケに行こうとのことになっていたが、雨が一時酷くなったので、行く、行かないのやり取りに大童だった。***中国の「一帯一路」は確実に前進している。今回はカンボジアの情勢だ。中国がカンボジアに軍事拠点を置くとの疑惑が深まっている。地図を見れば、中国とカンボジアは国境を接しているわけでは無い。ただ要諦はこの国が南シナ海に面していると云う事だ。習近平が、一帯一路を推進することの直接の要因になっていることは何やら頷ける。中国と隣接の国ラオスも既に中国の食指が伸びていることから、カンボジアとの軍事連携が進めば、中国の南シナ海でのプレゼンスは盤石となることだろう。中国は南シナ海の人工島で既に軍事施設を建設しているという。中国自身は、之を否定しているようだが、この辺りにも習近平の狡猾さが現れている。既にメディアが報道し、写真まで公開されていることであり、これは公然の秘密と云う事だ。然し何故否定しているのだろうか。それは合法的で無いからに他ならない。カンボジアはこうした流れの中で、中国の南シナ海に於ける陸の軍事基地と見做されるということだ。同国南西部の港町、シアヌークビルは今、東南アジアで最も急速に「中国化」が進んでいる。中国系カジノの建設が盛んで、それに付随したホテルや商店、飲食店が続々と進出して来ている。建設の労働者やカジノなどを目当ての観光客が多量に流入している。ここに建つホテルは皆中国人のオーナーのようで、英語では通じず、中国語しかだめのようだ。現地カンボジア人も中国語の勉強を強いられている。シアヌークビルの南東20kmにあるリアム海軍基地を中国が少なくとも30年間独占利用する密約が出来ているとのことだ。之に対して、中国はもとより、カンボジアのフン・セン首相も否定しているという。どんな密約がかわされているのだろうか。こういった密約は、トップ同士の間で了解しているが、表面的には否定(対国民)をする場合が多い。日本も核を持ち込まないと言っておきながら、実際は持ち込んでいたという佐藤元首相の話などが思い浮かぶ。リアム海軍基地は地図で見ると明らかなように南シナ海に進出したい中国にとっては願ってもない位置にあり、そこから中東と東アジアを結ぶ海上交通路の要衝であるマラッカ海峡は目と鼻の先だ。ベトナムやマレーシアでの進出が壁に当たっている現在、このカンボジアが中国にとって最良の位置を占めていることが分かる。南沙諸島へも容易に到達することが出来るわけだ。然し日本もただ手をこまぬいていたわけではなく、中国が借り受けようとしているシアヌークビルのの隣に日本の資金援助(ODA)で経済特区を整備し、中国の進出を阻む目論見であった。しかし、リアム海軍基地は少々離れているため、日本側のこの作戦は必ずしも的を射た形にはならなかったというのが実情だ。習近平のあくなき工作には日本もついて行けないという所だろうか。おそらくは、多額の金が動いていることだろう事は推察に難くないと思っている。そのリアム基地の周辺をみてみると、北部(シアヌークビル街の方向)には中国主導の経済特区が広がっている。面積は日本主導の特区の15倍で、160社超で2万人が働く。規模でみても、唸らせるものがあるが、習近平の「一帯一路」にかける執念がみられる感じだ。この間みてきた、ジプチの自由経済特区の広さも他国に群を抜いて広大な範囲であった。独裁国家ならではのこういった世界進出の野望に1自由主義国家が立ち向かうなどは、おそらく無理であろう事が分かる。中国は、軍の進出をカモフラージュすることもあって、同時にリゾート開発も行っている。マカオのサンシティー・グループなどが中心となりカジノやホテル、住居などの複合施設を2019年末には完成させる予定だ。適当に飴をしゃぶらせつつ、気がつけば、どっぷり中国に支配されていると云う事になるだろう。ただただ、カンボジア国民が、早期にこのことに気づくと云う事を願わずにはいられない。既に、モルディブ、マレーシア、スリランカなどは、中国の行き過ぎに気づいて手綱を占めているところだが、元に戻す事はかなり難しいようだ。新聞に、この辺りの模式図が掲載されていたが、シアヌークビルとリアル海軍基地の間には、緩衝材的にリゾートエリアが大きな部位を占めている。更に内陸部の中国主導の経済特区とリアム基地との間にはシアヌーク国際空港が存在している。シアヌークビルとこの国際空港は、南部経済回廊の一部を成す、国道4号線でしっかりと繋がっている。また、中国の経済特区の位置は、首都プノンペンに近いという地理的な優位性もある。中国がリアム基地、経済特区、リゾートを結ぶ一辺10キロほどの三角形を制すると云う事は、内部にあるシアヌーク国際空港をも取り込む形になって、空(空港)、陸(国道4号線)そして海(リアム基地)のアクセスを手中に収めると云う事に繋がるのだ。さらに、国道4号線に対しては、今春、中国が2000億円を全額負担して並走する高速道路の建設に着手したという。4号線沿いは延々と木々が伐採されて焼かれ、地元住民は「中国企業が土地を買い占めた」と語っていると言うから、その凄まじさは容易に想像できるほどだ。アメリカはこうした動きにも懸念を表明している。何故日本は他人事なのだろうかと思ってしまうほど手ぬるい気がする。中国はシアヌークビル北の「ダラサコル経済特区」開発の為に。近傍の海岸線の2割もの土地を99年契約で借りたことが判明したのだ。こうした中国の進出の結果、国民は無残にも置いてきぼりになっている。シアヌークビルの人口は約16万人だが、その半数のが約8万人は中国人だ。中国の飛び地と言っても過言では無い。加えて中国人観光客も年間100万人単位で訪れるとかで、住宅需給も逼迫し、家賃が1年で5倍になった場所もあるという。シアヌークビルの事業の9割超は中国人の所有である、ホテルは156のうち150が中国系、飲食店は436のうち414が中国系とまるで、中国そのもののようだ。あな恐ろしい中国パワーである。【古今和歌集】834.夢とこそいふべかりけれ 世の中に うつゝあるものと思ひけるかな (きのつらゆき)夢とこそ言うべきでした、世の中に現実のものがあると思っていましたが
2019.08.23
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。七草の会のモーニング会が吹田の星乃珈琲であった。9時からお喋りをして、その後、その中の1夫婦のお宅にお邪魔して、スイーツなどを頂いた。そんなことで、中学校のサマースクールは欠席した。***韓国が日韓軍事情報協定(GSOMIA)を破棄した。日韓の対立が段々と促進される。文在寅は少し前に、反日表現を緩める発言をしていたにもかかわらず、破棄を決めた。こうした日韓の対立をせせら笑うように北朝鮮は、ミサイルを相変わらず発射し続けている。事の発端は、日本が、韓国に対して輸出管理上「グループA(ホワイト国)」を外し、厳しく(というより普通の扱いに)したことに韓国が反発したとの表現になっている。歴史というものは、一定期間を切り取って表現することではなかなか理解しがたい。こうした事態になる背景には、韓国が徴用工問題で、日本の進出企業の財産を差し押さえるなどの行動に出たことや、それ以前から慰安婦問題を蒸し返してきたことなどが、ある。消しがたい歴史は、どこかで妥協するなどしなければ、永久に消えるものではなく、韓国のいらだちや卑屈感は、日本が占領下に置いたことから始まっているわけで、この事実を乗り越えなければ、永久に終わることは無い。韓国は「謝罪」「謝罪」と連呼するが、その時々に適切に謝罪して一旦納まっていてもまた繰り返すわけで、これはもう手が付けられない。あたかもパレスチナ問題と同じ状態になってきた感がある。中東の問題はユダヤ民族とアラブ人の対立という形で、之に領土が絡んで、抜き差しならぬ事態になっている。然し、一旦はオスロ合意で治まったかに見える両者の関係だったが、今なお紛争が続いているのが否定しがたい事実なのだ。日本と韓国は、民族が違うもののモンゴロイドという括りでは同じだ。こういった近しい関係にある事が返って対立関係を強くしているのかも知れない。互いに自分の方が優越しているといった意識があるからかも知れない。GSOMIAを通じて成された情報交換は2016年以降29件だそうだが、最近は減少傾向にあったようだ。5月以降に北朝鮮がミサイルを発射した8回のうち7回で情報を交換したとのことだが、最近発射したロシア製の模倣とみられるミサイルは、変則的な軌道で飛行するため捕捉や迎撃が難しい。分析には米軍や日本のイージス艦などが収集する情報が必要で、GSOMIA破棄は、韓国にとっても自国防衛に影響が出るのは確実だ。アメリカはこの破棄通告に、怒りの通告をしたようだが、何しろ自国の安全だけが確保されれば、中距離ミサイルなどどうでも良いといったトランプの考え方だからそれほど重きを置いていないのだろう。破棄を主張しているのは文在寅とその取り巻き連中のようで、実際に国防を担う軍としては「戦略的価値は十分にある」と、むしろ擁護論が強いようなのだ。更に言えば、韓国の国民自体は、こういった軋轢を望んでいないとも言う。ただ文在寅とその一派だけがいたずらに我を張っているだけとの見方も出来る。文在寅は、到底一国の大統領という器では無く、単なる左翼のアジテーターでしか無いという熾烈な意見もある。トランプも然り、文在寅も然りで、互いに同じ穴の狢のようだ。トランプは金さえ儲かれば、後のことはどうでも良いとばかりに振る舞っているし、文在寅は、とにかく民族至上主義というか、北朝鮮との統一しか頭にないようだ。共にバランス感覚が欠如した変人と言わざるを得ない。然し、彼らを支持する連中は、彼らが流す情報のみで判断させられているから、勢い、「それ、行け!」という事になってしまうのだろう。香港でのデモは、結構自分たちの判断で、身に迫る危機感が発露だから、納まるところを知らないようだが、韓国の反日感情は、明らかに政府の締め付けと誘導である事は間違い無い。人は誰でも根底に流れる嫌悪感を刺激され続ければ、忘れていた記憶に火を付けて拡大することも出来るからだ。ホワイト国を外したという言葉上の厳しさだけを採れば、韓国国民は、政府が、日本は自分たちを信用していないのだと言えば、その通り信じ、けしからんと同意するだろう。政府が、日本から輸入した軍事に関わる部品を北朝鮮に横流ししていたことを隠していたなら、国民は知る由もないからだ。世論の誘導というのは、かくも簡単にできるものだと驚いてしまうが、トランプのやり方などは、その際たるものだろう。反日、と言い続けることは都合が悪いと判断したのか、最近は安倍が悪いとの表現に皆が一転して表現を変えている。この情報操作の恐ろしさは、何だろうかと思ってしまう。昔サウジアラビアにいたときに、彼らもブッシュは憎いが、アメリカ人はそれほどでも無いと言った表現をして、新車を購入するときには、アメリカ製のシボレーを買っていたのを思い出す。文在寅が、GSOMIAを破棄するというのは、北朝鮮が、韓国を攻撃しないと言った安易な考えが根底にあるのかも知れない。然し乍ら、金正恩は、何をほざいているのかといった具合に取り上げていない。現実に、北朝鮮が韓国を攻撃したことは1度や2度ではない。2010年の延坪島を攻撃したこともまだ記憶に残っている。かつて太陽政策を採った金大中も、結局は成功していない。同じ民族でも、いや同じであるからこそ、意見が違うことで相容れないのは、一般社会でもよくあることだ。実際問題として、GSOMIAが機能しなくなったことでの日本側の問題は軽微なのだという。むしろ、日米韓という、一見固い防衛体制が採られていると言った状態の一角が崩れるという事実を世界中(北朝鮮やロシアにも)に知らしめたことだろう。そして、一旦壊れた安全保障上の問題は、再構築することは非常に難しいという点だ。正に、文在寅は、何をしているのかという、むしろ呆れるような感覚で捉えている。韓国国内の世論はどうなのだろうか。どうやら評価は分かれているようだ。与党や政権を支持する革新系のメディアは破棄の決断を肯定的にみている一方で、野党や保守系メディアは国内政治のために日韓問題を利用したと指摘し、日米韓安保協力の亀裂を憂慮している。どうやら与党の人たちも、ただ、韓国が膝を折って日本に許しを請うなどと行ったことは絶対に認められないという面子の問題のようだ。究極の安全保障問題でさえ、そういった面子が先行するのかと呆れてしまうが、案外そう言ったことは引くに引けず、それに気づいたときには、取り返しの付かない状況になっていると云う事なのかも知れない。日本の採る道としては、いたずらに過度な反応をしないで、冷ややかに韓国の非を国際社会に淡々と知らしめることだ。当然と思うことも、理路整然と知らしめることを怠っては、流言飛語に負けてしまう。落ち着いて、文在寅の愚かさを知らしめることで、韓国国内に、やっぱり、これはまずかったと気づかせる内部からのいらだちを待つ方が得策のような気がする。韓国の野党側とのパイプをつなぐこともまた必要かも知れないし、その点でトランプを使うことをも考えた方が良いかもしれない。【古今和歌集】833.寝てもみゆ寝でも見えけり おほかたはうつせみの世ぞ夢にはありける (きのとものり) 寝ても見え、寝なくともあの方の姿が見えます、大体のところ、現世の方こそ夢なのでしょう (見ゆ ・・・ 自然と見える、寝でも ・・・ 寝なくとも 、おほかたは ・・・ 大体のところ )
2019.08.22
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今日は雨が降りそうだったので、セミウォーキングは島本高から若山神社口に上がりそこから東大寺公園を経由して帰宅した。汗が異常に噴き出すと共に、耳元に虫がうるさくつきまとうのには参った。中学校の後期のサマースクールの初日だ。生徒には、来たからには何かを得て帰って欲しいと何時も思う。***日経新聞によると、エネルギーの構図が大きく変わりつつある。化石燃料に代わって再生可能エネルギーが台頭してきた。更に、シェールガスが伸びてきたことによって、中東に依存してきた体質も変化が見え始めた。ところが日本のエネルギー政策は再生エネルギーへの転換が上手く行われていない感じで、原子力発電なども思惑通りになっていないようだ。中国の風力発電機の企業エンビジョンのことが書かれていた。敢えて世界5位の企業を例にとって説明している。その会社1社で、日本の総電力量に等しい約1億kWの電力を扱っている。対象は、EVの充電設備やエレベーター、室温センサーなど約5千万の機器をネットで繋げているという。国の大きさは勿論違うし人口も10倍と違いがあるが、何時も日本はどうしてしっくりいかないのだろうかと思ってしまう。中国は2018年までの10年間で、風力発電量は22倍、太陽光は何と700倍弱に急拡大したという。正にエネルギー大国になってきている。世界での再生エネルギーの中国の割合は30%となっていて、2位のアメリカ10%を引き離している。中国が目論む「中国製造2025」を達成するためだが、こうした背景を聞くにつれトランプの焦りが手に取るように分かる気がする。貿易摩擦の根底が見える感がある。中国は電力を火力に頼っていたが地球温暖化と何よりも市街地の大気汚染は看過できないほどになっていることから、再生エネルギーを重点分野に位置づけることで進んでいる。この点は習近平の方針は間違っていない。日本などよりも余程スマートと云えるかも知れない。風力と太陽光を合わせて現在の1割弱から2030年には3割弱にまで引き上げる目論見だ。中国は一帯一路でこうしてクリーンエネルギーを輸出する方針を貫いている。中国の太陽光パネルは上海郊外の250kmの間に集中していて、ここのロンジンソーラーは世界6位で、なんと日本の需要の7割を生産できるキャパシティーを有する。パネルのコストは日本よりも3割~5割程度安い。1971年の世界のシェアは71%と驚異的で、かつては首位だった日本は僅か2%に落ち込んでいる。アメリカのソーラー会社も之に押されて窮地に陥り、トランプは中国製を念頭に太陽光パネル輸入にセーフガードを掛けた。然し、中国は先手を打って、海外への生産移転も行っていることから迂回輸出で、アメリカへも、インドへもパネルを供給し続けている。中国の再生エネルギー強化はエネルギーの安全保障政策上必須になっている。製品輸入で世界を席巻しているが同時に技術特許に関しても、世界に冠たる国になっている。2016年時点で、特許権数17万件で、アメリカの1.6倍、日本の2倍に達している。之に対しトランプ、アメリカはパリ協定から離脱するなど時代に逆行した動きをしている。日本はといえば、水力を除く再生エネルギーの割合は約8%と低迷している。太陽光発電の買い取りなどの政策で、何やら一貫性が無い感じがして、停滞してしまっているようだ。世界は再生エネルギーへと舵を切っていることから、中国が、世界を席巻する方向に動いているのは確実で、日本などは遙かに置いて行かれるのでは無いだろうか。日本はこれまで原子力にあまりに頼りすぎたために、再生エネルギー普及には何やかやとクレームを付けるが如く進展を阻んできたような気がする。アメリカ、コロラド州には再生エネルギー研究所があり、太陽光や風力発電による電力供給がどのような需給関係を引き起こすかなどと云ったシミュレーションを行っていて世界中から見学に訪れているとのことだ。再生エネルギーの天候による不安定さを如何に平準化するかなども研究されている。日本のように、ただそう言った不安定さを恐れるばかりに二の足を踏む消極的な対応とは一線を画している。トランプは石炭産業の復活を公約してパリ協定から離脱した。地球全体を俯瞰することが出来ないローカル大統領の浅はかさだ。然し、アメリカの企業は、之とは裏腹に風力発電などを強力に推し進めている。米IT企業などは、風力発電以外の電力は購入しないという決断までして協力に推し進めている。カリフォルニア州では、2045年までに全てCO2を排出しないエネルギーにする事を法律で定めたようだ。天候による電力の不安定さに対しては蓄電の技術も義務づけることを忘れていない。トランプがおかしな方針を立てているが一般企業は着実にエネルギー革命を実行している。アメリカの強さの所以だろう。北欧のデンマークの2050年までには化石燃料は全廃し、再生可能エネルギーへと転換する目論見だ。エレクトロライザーという装置がある。余った電力を水素に変えるものだ。風力発電の電力が余っているときには水素を製造し、不足時に水素を酸素と結合させて電力を取り戻すといった装置だ。ヨーロッパは再生エネルギーに適した場所が限られ、また天候にも左右されやすい。電気を融通できる技術は、必須の要素だ。こうした技術の開発を進めている。また、幾つもの発電設備を1つに束ねて巨大な仮想電力発電所(VPP)の如く運営する技術も進んでいる。最大手では計700万kWの発電能力を持つものまで現れている。これは原子力発電7基分に相当する量だ。欧州全体で電力を賄うシステムもあるようで、EU域内ではこのシステムで、電力を融通し合う事出来、再生エネルギーのシェアは3割を超えるという。一方実情は、ポーランドでは石炭発電が8割を占めていたり、ドイツでも、石炭発電の割合は4割に達していたりとなっている。こうした実情ではあるが欧州は全体として2050年には100%を再生可能エネルギーとする計画だ。そのため、研究開発費は27億ドルを準備し、アメリカの21億ドルや中国の20億ドルを越える額だ。日本はといえば、再生可能エネルギーの1kW当たりの買い取り価格が、太陽光で15.2円、陸上風力で、20円と、ドイツの共に8円に比べてコスト高だ。こうして弱点を持っている。ただ、地形がままならぬ中、再生エネルギーの割合は2010年度の9%に比べ、2017年度は16%と増加している。世界的にESG投資が叫ばれる中、このままでは日本が投資先として選ばれなくなる懸念もある。政府は現状の再生エネルギー率16%を2030年には22~24%へと挙げる目標を掲げている。然し一方で、日立製作所は風力発電機製造から撤退するとの表明もあり、何やら全体的にちぐはぐ感がある。強力な推進者がいない感があり、日本はやがて世界から取り残されるのではないかという懸念が感じられる。【古今和歌集】832.深草の野辺の桜し心あらば ことしばかりはすみぞめに咲け (かむつけのみねを) 深草の野辺の桜よ、心があるなら、今年ばかりは墨染めの色で咲け (藤原基経が亡くなった時の歌、墨染め・・・喪服色)
2019.08.21
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今日のセミウォーキンク゛は高浜堤から河口32.0km迄で折りかえし帰りはシャルマンを通った。昼食と買物で松坂屋からイオンを回った。***最近ティラノサウルスに関する記事が出ていたように思ったが、見過ごしてしまったかも知れない。この機会にティラノサウルスに関して収集した記事を振り返ってみた。 今から約6850万~ 約6550万年前、北アメリカ大陸に生息していた肉食恐竜、ティラノサウルス・レックスは、現在知られている限りで史上最大級の肉食恐竜の一つに数えられている。恐竜時代の最末期を生物種として約300万年間生態系の頂点に君臨するが、白亜紀末の大量絶滅によって地球上には化石が残るだけになった。2004年8月12日付英科学誌ネイチャーには、肉食恐竜の中で最大級のティラノサウルス(体長約12m、体重約5トン)の化石を調べた結果、1日に体重が約2kgも増える急激な成長期が4年間あるとのことだ。他の恐竜を圧倒する巨大な体になるために一時期に集中的に食べ、急成長したと考えられる。14歳ごろ1トン程度だった体重がその後の4年間で1日当たり2.07kgのペースで急増し、18歳ごろにはほぼ止まるという成長パターンだという。同系列のアルバートサウルスなども同様な成長パターンだ。ほかのは虫類のように一生成長を続けるというわけでも無さそうだ。寿命は長くても30歳程度だったとみられる。因みにアフリカゾウの寿命は2倍以上だ。中国遼寧省の白亜紀前期の地層(約1億4千万~1億3千万年前)から発見されたティラノサウルスの化石から、全身が羽毛に包まれていたと云う事も明らかにされた。2007年の記事ではティラノサウルスはニワトリと近縁であるとのことだ。化石の中のタンパク質コラーゲンを調べた結果、アミノ酸の配列が現生のニワトリと近似しているとのことだ。恐竜は鳥類の祖先であるとの説の貴重なデータだとされている。2009年の記事ではティラノサウルスは仲間の間で、縄張りなどをめぐって戦うことがあったようだ。化石に同時代のティラノサウルスの歯形が残されている。現生の動物たちも同様な行動があるので、納得しやすいことだ。2017年1月の記事ではティラノサウルスに関する10の特徴を示している。1つは、吠えないということだ。大型恐竜は大地を震わせるような吠え声で他を威嚇していたのかと思えばそうではないらしい。コミュニケーションは他の大型鳥類と同じく、ブーブーやクークーといった静かなものだったようだ。2つめは、トリケラトプスの首のフリルを噛んだり、引っ張ったりしていたとのことだ。最終的にはトリケラトプスの首を切り取る習慣があったようだ。ティラノサウルスにとってはトリケラトプスの首の筋肉は大のご馳走だったようだ。3つめは、ティラノサウルスは力で恐竜の頂点に君臨したのでは無く、知性ゆえに捕食者として頂点に立てたということだ。ティラノサウルスの祖先はティムルレンギア・エウオティカというウマと同等の体躯の獣脚類恐竜なのだ。ティラノサウルスの仲間は数百万年の間、より大型の肉食恐竜の脇役だったのだが、知性と鋭い感覚で上り詰めたと云う事らしい。4つめは、ナノティラヌスの発見だ。ティラノサウルスの成長途中の化石だとのことだ。これで、ティラノサウルスは成長に応じて大きく外見を変えていたことが明らかにされた。5つめは、歯に被さっている鞘の存在だ。獲物を捕食したとき、歯に被さっている鞘が、歯を保護する役目だとのことだ。この歯の構造は他の肉食恐竜にも共通だ。6つめは、彼らは共食いしていたということだ。いくつかの骨の化石から、そのトレードマークであるギザギザの歯による傷が見つかっている。ただし仲間を殺していたのか、それとも死んだ仲間の肉を食べていたのかまでは明らかではない。どちらもありそうだ。7つめは性別が極めて分かりにくいとのことだ。中にははっきりとメスと分かる化石もあるようだ。妊娠した恐竜は鳥類と同じく、エストロゲンの急激な上昇によって髄様骨が形成されるという。一寸難しい。8つめは、10歳代の恐竜は、仲間内で強烈なバトルを繰り広げていたようだ。子供と雖も、体長7m、腰の高さは2.5m、体重は680kgあったというから、このバトルはさぞ壮絶だっただろう。9つめは、群れで行動していたとのことだが、互いは直ぐ手が届く範囲内には居なかったと云う事らしい。10番目は、ティラノサウルスには唇があったとのことだ。牙はエナメルで薄くコーティングされていたが、虫歯を防ぐには、エナメルの湿気を保たねばならない。唇はそのために付いていたというわけだ。2017年4月には、ティラノサウルスのような二足歩行する肉食恐竜は、首の長い巨大草食恐竜と同じグループに属するという従来の分類よりも、むしろ角を持ったトリケラトプスの仲間に近いとの新説が出された。恐竜は鳥に似た骨盤を持つ「鳥盤類」とトカゲに似た骨盤を持つ「竜盤類」に大きく分けられる。従来、ティラノサウルスなどは、首の長い巨大草食恐竜が属する竜盤類に分類されてきたが、新説では鳥の起源に近い、獣脚類と近縁だということだ。さらに歯のデータの解析などから、初期の恐竜は、肉食と考えられてきたが、実のところ雑食だった可能性が高いことが判明した。2017年11月にはティラノサウルスの短い腕が実は飾りものではなく、恐ろしい武器だった可能性があると発表されている。顎や脚、それに体が巨大である割に腕は恐ろしくちぃっぽけに見える。然し、この腕が、接近戦の際に、相手を「凶暴に切り裂く」為によく適応しており、長さ約10cmの鉤爪で獲物に深い傷を負わせられたとする説が出てきた。「獲物の背中に乗っていようと、顎で噛み付いていようとティラノサウルスはその短くて強力な前肢と巨大な鉤爪で、深さ数cm、長さ1m以上の傷を相手に負わせることができたとの主張だ。従来は、この短すぎる腕は、飛べない鳥の翼のように機能を失った器官という見方がほぼ定説だった。または、巨大で力強い顎とその筋肉が大きく進化するのと引き換えに、この腕は小さくなったという意見もある。更に別な説としては、暴れる獲物をつかむもの、休んでいる姿勢から立ち上がるときに体を支える補助、交尾の際に相手を捕まえるため、などがある。また、球関節にも似た珍しい形の関節のおかげで腕をさまざまな方向へ動かすことができ、切り裂く動作には理想的だったとも述べている。その上、ティラノサウルスは進化の過程で3つの鉤爪のうちの1つを失っており、残りの2本の爪にかかる圧力は50%増加し、1撃のパワーはより強力になったと考えられる。2019年3月には、ティラノサウルス・レックスの祖先の化石が米ユタ州で見つかったとある。ティラノサウルスはもともとは取るに足らない小さな恐竜であったようだ。自分よりはるかに巨大な肉食恐竜であるアロサウルスの横にくっついて狩りをする、小さな捕食者だった。8000万年前までに、北米のアロサウルスが衰退するのに伴い、ティラノサウルスは約10倍に巨大化した。その結果、アロサウルスに代わり、王座を華々しく独占するようになる。2019年4月の記事では史上最大のティラノサウルスがカナダで見つかっており、体重は推定8.85トンで、現在のゾウより重かった。【古今和歌集】831.空蝉はからを見つゝもなぐさめつ 深草の山けぶりだにたて (僧都勝延) 現世に残された私たちは、その亡骸があることでかろうじて心をなぐさめていたが、こうして弔いが終わった今、そのよりどころとなるものはなくなってしまった。静かな深草の山よ、せめて煙を立たせて何かがそこにまだあるということを知らせてほしい
2019.08.20
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。連れ合いと、孫で弟の方と映画「ライオンキング」を観に桂川イオンに出掛けた。実写との絡みで、よくできた、アニメーションというか、新しい製作方式のようで、流石ディズニーといった感じだ。小5の孫も吹き替え映画に食い入るように観ていた。テレビのアニメで事前に観ていたようで、おおよその流れは知っていたようだが、所々テレビとは違っていたという。映画を終えて、昼食を食べ、今度はゲームコーナーに遊んだ。UFOキャッチャーを何度かトライしたが、それでも自身が3つ商品をゲットしたので大喜びだった。コイン落としも楽しんだが、あまり劇的な状態にはならなかった。そうこうする内に塾の時間も迫ったとかで、引き上げたが、イオンには5時間以上いたことになる。***ルネサンスの朝というタイトルで、4週に亘って美術作品の紹介があった。宗教がらみの絵画は、あまり興味をそそらないが、順に作品を見ていく。ジョットの「哀悼」はキリストが十字架から取りおろされた場面を描いている。抱きかかえるのはマリアだ。この絵画からルネサンスが始まったという。抱きかかえるマリアをよそよそしいと解説するものもある。涙を流さず、イエスの顔を凝視しているからだろうか。周りを取り巻くのは何故か女性ばかりで、男は遠巻きの感がある。1人後ろからのぞき込むようにしているのは十二使徒のひとり、聖ヨハネだとのことだ。磔時の杭の痕がある足を持っているのはマグダラのマリアだという。皆それぞれが、起こってはならないことを受け入れられないといった表情なのだろうか。空には10人の天使が舞っている。何を思っているのか、思い思いの表情で、特にイエスを凝視しているわけでも無い。悲しみの表情を浮かべていると云う事だが、この辺りの解釈が、私にはどうしても分からない。パドヴァ・スクロヴェーニ礼拝堂に描かれたフレスコ画だ。この礼拝堂はヴェネツィアから遠くないパドヴァにある。こうした絵を通じて、文盲の人たちを啓発していたようだ。次の絵もジョットの「小鳥への説教」(部分)だ。空と背後の人などを除いた部分画だ。説教するのはフランチェスコだ。風貌はイエスに似ていたという。弟子を待たせて、小鳥に説教をすると、木の上の鳥たちも聞き入るというものだ。フランシスコは、小鳥たちに創造主をたたえるように、やさしく勧めた。小鳥たちが美しい羽根を持ち、綺麗な声で歌うことが出来、そして何処にでも飛んでいけることなどを感謝しなさいと言う。それもこれも皆神様の思し召しなのだというわけだ。彼が小鳥たちの上に十字を切って祝福した。じっと聞き入っていた小鳥たちは説教が終わるとすぐに、歌を歌いながら飛び去っていった。この小鳥への説教は、そのような伝道のために歩き続けていく途中の出来事であった。サンフランシスコというのは聖フランシスコから名を取った街だ。そうかこの人の名前が付いていたのかと一寸感心した。更にジョットの「ヨアキムの夢」(部分)これも大きい絵の一部だ。草を食む1頭と寝そべる3頭の羊を写実的に描いている。この絵も、スクロヴェーニ礼拝堂に所蔵されている。キリスト教の伝統ある物語の一つである、ヨアキムとアナに関するストーリーの一幕を描いた作品だ。マタイの福音書などから想像を巡らせて描いたものだという。ジョットが羊飼いであったと言うことがこの作品からも分かる。ヨアキムは聖母マリアの父として知られる。この絵では取り上げられていないが、ヨアキムが寝ている右下と対比して、左上には天使が浮遊する姿を描いている。さらにこのヨアキムと天使との関係にクロスするように右上の岩山と左下の羊飼いらがいるという構図だ。次はフラ・アンジェリコだ。ジョットが亡くなって60年ほどのちの人だ。この画家はルネサンス時代に入っている。ドミニコ会の清貧の修道士だったとのことだ。「受胎告知」はどれだけの画家が取り上げているのか知らない。とにかく沢山存在し、少しずつ構図が違うので、ややこしい。実際に観てもその差が分からないくらいに、似たような図柄もあるようだ。新聞で紹介されているにはコルトーナ司教区美術館蔵とある。大天使ガブリエルが降りたってマリアに妊娠を告げる場面だが、ガブリエルの口から発せられる言葉がラテン語の文字になって表されている。この文字も金色だ。ルカ伝の福音書の1節だそうだ。この絵が嵌め込まれた祭壇の下には小さな絵が並ぶ、装飾部がある。「聖母マリアのエリサベツ訪問」が有名だそうで、マリアが洗礼者ヨハネを身ごもった従姉妹を訪ねる場面だ。背景の湖はトラズィメーノ湖だという。もうこうなっては、聖書を知らず、かつまたイタリアを熟知していない身には、なかなか理解しがたい。絵の左上には、アダムとイブが小さく描かれている。アダムとイブが犯した原罪を、今から生まれてくる救世主が救うという話のつじつまになっているようだ。ガブリエルの指は1つが神と精霊を指し示し、もう一方は、マリアを指しつつ、この受胎は内緒だと云っているのだそうだ。サンマルコ美術館の簡素な「受胎告知」も紹介されていた。マリアの姿がフレスコ画で描かれている。現代の女性と何か通じるところがある、端整な顔立ちで描かれている。ピロ・デッラ・フランチェスカが取り上げられていた。「出産の聖母」は1460年代、出産の聖母美術館蔵だ。この絵はモンテルキ村のロマネスク聖堂の祭壇の壁画として描かれた。マリアが懐妊してお腹が大きくなった絵を見るのは初めてのことだ。他にも所々にあるそうだが、何やら安産祈願でもあるようだ。この画家は80歳まで生きたと言うが、田舎の画家のままだったという。華々しい話はあまり残っていないとのことだ。算術に熱心に取り組み「算術論」「遠近法論」「五正多面体論」を現したとのことで、本当に画家だったのかと思わせるような人生だ。同画家の「モンテフェルトロ祭壇画」が挙げられている。甲冑姿で跪いているのが、ルネサンスの理想都市とされるウルビーノを収めたフェデリーコだ。ナポレオンが絡んで、この絵は転々と移され、現在はミラノのブレラ絵画美術館に所蔵されているという。遠近法を会得したと言うだけあって、この絵は完璧な手法で描かれ、10m離れて観ると、人物の群像が立体的に見えてくるのだという。新聞に示された絵も、そう思ってみるとそのように見えてくるから不思議だ。左右に3聖人ずつが描かれ、後方の4人は大天使だ。天井の貝と卵(ダチョウの卵)は「マリアの属性で、ダチョウの卵は無性で光が当たると生まれるとされると信じられていたとか。絵画の中にかくも多くの逸話や物語を閉じ込めているというのも興味深いことだ。ただ、解説してくれる人が居ないと皆見過ごしてしまうことだろう。最後に矢張りレオナルド・ダ・ビンチが取り上げられている。「東方三博士の礼拝」だが、この画題も多くの画家が手がけている。ただ、ダ・ビンチの絵は何やらデッサンで止まっているかの感がある。それもそのはず未完だとのことだ。然し、人物の表情はそれぞれ綿密に描かれていて、ダ・ビンチらしさを感じる。ウフィツィ美術館で私も見たことがある気がする。何しろ作品が多いので、しっかりとは印象に残っていないのだが。この絵の中には多くの馬と、象(動物は合計で20体)、そして人物は79人も描かれているのだという。生まれたキリストに跪く、森羅万象を現しているようだ。正に宗教画の極地の感がある。何とダ・ビンチが生まれた翌1453年、コンスタンチノープルが陥落したのだ。(月末からイスタンブールを訪れるのは何かの縁かも知れない)之が契機で、イタリアでの内部紛争は終わり、ギリシャや東方から多くに人材が集まり、ルネサンスが起こったと云う事だ。最後の作品「キリストの洗礼」は、ミケランジェロの師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオとの共作だ。この絵もウフィッツィ美術館にある。洗礼者ヨハネがヨルダン川の水をイエスの頭に杯で注ぐ(洗礼を施す)場面だ。人々に洗礼を施す中の1人にイエスがいたと云う事だ。その後、ヨハネは、「私こそ、あなたから洗礼を受けるべきですのに」とイエスの足元にひれ伏したということだ。ヨハネとイエスの足にヨルダン川の流れがまといつくように描かれている。後年水の描写に取り憑かれたというダ。ビンチだが、洪水の絵を多く描いているとか。今日の水の恐ろしさを既に予言していたという事か。
2019.08.19
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今日のセミウォーキングは西国街道からJR側道に入って梶原高架下で引き返した。姫達が湘南へ帰るのを、回り道して貰い高槻のカラオケ大会に送って貰った。最近は病気だとか検査だとかで来られなくなる人が増えた。今日は店の社長を入れて11人の集まりとなった。昨日と言い、今日と言い、湿度が高く不快指数は上がりっぱなしだ。今日も先月と同様、人数も少ないこともあって4曲歌うことになった。採点方法はDX精密という方式は先月と同じだ。パネルを使用しないで、この得点だけで競うことになる。どうやら歌の上手下手よりも、選曲に依るようだという漫然とした傾向があること、リズム感のある曲の方が、点が出やすいことなどが傾向としてあるようだ。とはいえ、どの曲が良いかとなると、容易に判断は出来ない。100点満点では無く、ボーナス点も付くことから、過去に350点を出した例もあるので、勢い当たり外れの得点差は大きくなるのだ。申告制だから、判定の差は歴然となる。5位まで入賞と決めた。私と連れ合い、友人の3人は既に練習をしているので、おおよその点数の出具合は分かっている。他でも練習している人はだいたいの点を掴んでいるが、大会にしか来ない人は、全く見当が付かないと云う事になる。1曲目は個人戦で、自由な曲を選曲出来ることになった。因みに出された申告点の最低は50点、最高は191点と、全くの当てずっぽうになってしまう。トップは保険屋の男性で、「想い出迷子」で119点を出した。然し申告点は90点で、+29点だ。一応オーバーはマイナスよりも後回しになる。2人目は私で、「南部蝉しぐれ」を歌い、132点が出た。(申告135点)で3点アンダーだ。俄然有利なトップだ。練習のたまものだ。3人目は京都の男性で、「男の涙」で66点(申告140点)、-74点だ。4人目の今回最年長男性は「海その愛」で80点(申告191点)と話にならない。5人目は常連ハスキー女性で「愛は一期一会」で68点(申告120点)と、-53点で今迄のところ2位だ。6人目は枚方の歌の上手い女性で「私の名前が変わります」で125点を出した。申告点は138点で、-13点は2位に急浮上。7人目は連れ合いで、「中之島ブルース」で82点(申告点92点)と-10点で、枚方女性を抜いて、暫定2位になった。ところが、8人目の社長は「横浜円舞曲」で57点だった。しかし、申告点は60点と絞っていたので、-3点と私と同点になり暫定1位が2人になった。9人目の一寸音を外す男性は「寒春(ふゆ)の酒」で25点しか出なかった。こんなことは初めてだ。申告点は低めの82点だったが-57点だ。ここで選外と分かった。10番目の会長は「みちづれ」で95点を出した(申告点150点)。これも選外。最後11番目は曲の入力を担当してくれている友人だ。「ごめんよ」を歌って、101点を出した。申告点は105点故、私と、社長に次ぐ3位だった。従って連れ合いは4位になったというわけだ。夕食を採って、2曲が始まった。同じ方式だ。歌う順も同じ。トップ男性は、「群青」で72点(申告120点)、2人目の私は「時の流れに身をまかせ」で149点(申告200点)だ。練習の時には199点が出ていたのにと、当てが外れた。3人目男性は「花も嵐も」で58点(申告130点)。4人目男性は「夕日は赤く」で54点(申告117点)この男性は全く分からんとぼやき続けた。ここまでは、共に埒外のようだ。5人目女性は「愛いつまでも」で66点(申告78点)とやっと申告-12点とそれらしい点数が出た。6人目の女性は「あんた」で113点(申告115点)と-2点一躍トップだ。6人目の連れ合いは「又逢う日まで」で86点(申告点92点)-6点と、2位に付けた。8人目の男性は「東京砂漠の片隅で」で144点(申告180点)でこの時点4位だ。9人目の男性は「ありがとう」で94点(申告点80点)で唯一オーバーで最下位決定だ。9人目の男性は「流転夜曲」で47点と奮わず、(申告点150点)で大きく脱落だ。最後の友人は「新宿慕情」で88点(申告点95点)で-7点と3位に割り込んできた。4位と5位は繰り下がり、それまで5位に引っ掛かっていた私は選外になってしまった。ここで中締めとなり3人が帰宅した。3曲目は、採点法は同じだが、他人の歌を何点出るか予想する方式だ。選曲は自由で、自分がまず最初に申告すると決まった。トップは京都の男性で、「お前に」で、59点、友人が高めながら(全員オーバー)62点を申告していて勝った。2人目保険屋は「ゆうすげの恋」で55点、これも皆オーバーで、社長の68点が勝った。3人目の会長は「おかんの塩むすび」で103点を出した。今度はそれらしく保険屋の100点が勝った。4人目の連れ合いは「昭和流れ唄」で78点と奮わず、社長の75点が勝った。5番目の私は「北の旅人」で101点だ。1曲目の印象があるので、皆高めを予想しオーバーで、会長の110点が勝った。6人目の社長は「又逢う日まで」の松崎しげるバージョンで、99点だった。皆オーバーで100点の会長が連続ヒットだ。7番目の枚方の女性は「カモメの願い」で203点を出した。この人は何時も高得点に絡む。予想したのは本人の155点が最高で、本人が採った。とりの友人は「赤提灯の女」で64点だ。私がドンピシャの64点を当てて勝った。私はこの方式がおもしろいと思うのは、DX精密では画面のテロップにそこまでの得点が表示されるから、予想との点差が刻々とよく理解できるからだ。然しボーナス点までは一寸予想が付かないので、最後にまた、一緊張あると云う事になる。さて、4曲目を始めることになった。今度は歌手を北島三郎、石原裕次郎そして中村美律子の3人の中の曲に限定することになった。歌の順は3曲目と同じで、方式も全く同じだ。トップは京都の男性で、「北の漁場」で、79点、本人が75点を予想して之が勝った。2人目保険屋は「加賀の人」で68点、京都の男性がドンピシャの68点で連続して勝った。3人目の会長は「横浜物語」で87点を出した。枚方の女性が85点で勝った。4人目の連れ合いは「涙の花舞台」で76点だ。私が75点で勝った。5番目の私は「雪国の町」で52点と全く点が出ない。歌手限定に足を取られた格好だ。友人が高めながら75点で一番近く、勝った。私で言えば、149点も出れば、52点もあるという波乱なので、予想は付けにくいわけだ。6人目の社長は「想い出アカシア」で64点だった。これは友人が60点予想で勝った。7番目の枚方の女性は「もどりゃんせ」で96点を出した。皆高めに予想を外したが、ここでも友人が99点で、連続して勝った。最後の友人は「兄弟仁義」で50点だった。私が高めながら59点で一番近く、勝った。と言った具合で、今日は友人が一番勝って、私は2番手だった。【古今和歌集】830.血の涙落ちてぞたぎつ 白川は君が世までの名にこそ有けれ (そせい法師)悲しみの血の涙が落ちて沸き立つこの川が、白川と呼ばれていたのは、あなたが亡くなる前のことです (たぎつ ・・・ 水がさかまく) 素性法師は僧正遍照の子だと書いてある。そういった関係なのかと改めて思った。
2019.08.18
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今日は高槻カントリーでの年1回の高山右近杯ゴルフコンペだ。夕べ遅くに姫達が帰阪したが、朝少し話をしただけで、高槻CCに出掛けた。連れ合いは、三人会で、友人のお母さんが亡くなったこともあって、弔問に出掛けていったのち、夕方から教え子の同窓会に参加した。私は帰って姫達とぽんちゃんで夕食を採った。右近杯は、10時スタートと遅いので、ゆっくり出掛けた。2年前の記録と比較しながら逐次記録していく。パートナーは何時もと同じく、友人夫妻だ。アイアンが打てなくなってしまったことが、痛切に感じられると共にドライバーの飛距離もますます落ちてきた。しかし、今日は、何故かパターが良く入ったので、何とか2年前と同スコアになった。コンペティーは、何時ものGティーとは桁違いに遠い。勿論、ノータッチで、完全カップインが要求されている。今日はインからのスタートだ。( )内は2年前のスコア。No.10 TSは、当たりはまずまずでFWCRだが、飛距離は出ない。2打は良い感じで右のラフだ。然し3打で届かず(之を乗せないと・・)4オンで、2パットのダボだ。 (8打)友人は3オンだが、3パットしてダボと同じだった。夫人はTSをバンカーに入れるなどして3パットの8打スタートだ。No.11 コンペティーなので、4Wで1オンした。そして2パットのパーだ。(ボギー)友人も全く同じだが、夫人はバンカーに入れボギーだった。No.12(クリーク) TSは、良い感じで飛んだが左ラフだ(FWが必須)。何時もGティーからなので、2打は、APかPWでのショットだと思い、ボールを探すあまり飛んでなく、まだ距離は残っていた。しこでクラブをカートまで取りに帰り、疲れてしまった。2打を7Iで打ったが、ラフに食われてクリーク手前だ。アプローチは飛び過ぎて奥のカラーだ。4オン2パットのダボにしてしまった。(ダボ)友人も夫人も悠々のパーで上がった。No.13 TSは良い感じでFW右だ。2打も当たりよくFW左だ、アプローチは9Iで届かず(乗せなければ・・)、4オンにしてしまった、1STパットを惜しくも外してダボだ。(ボギー)友人は2打を少しショート、3オンで2パットのボギーだ。夫人は私と同じだった。No.14 (打ち降ろし)今日は距離が長いので、4Wでトライしたが、当たり悪く天ぷらになり、池の手前で落ちた。(これは考えられない)2打で巧くピンに寄せパーを拾った。(ダボ)友人は右に外し、乗せて3パットのダボだった。夫人はTS悪く、2打も池に入れてダブルとしていた。これは一寸気の毒だった。No.15 TSの当たりは今一で、右バンカーの手前だ。友人夫妻にはずっと置いて行かれる。焦りの2打は低くバンカーに入って僅かに前に出た。ラフからの3打は当たりが悪く、4打でも右に出てバンカーだ。貧すりゃ鈍するで、5打はGRを越えて向こうのラフ。6オンの2パットで8打になって仕舞った。(ボギー)友人はここを楽々パーだ。彼我の差は大きい。夫人はボギーで切り抜けた。No.16 TSは良い感じだが左ラフとのぎりぎりのFW側だ。ノータッチは辛い。2打はFWCRだ。3打は良い感じで飛んで、ラフだ。左足下がりは辛い。4打を池を避け気味に届かず、GR左手前だ。何と5打で届かない。(これは大きなミスだ)6オンして1パットだったので7打で納まった。(8打)友人は4オンながら3パットして同じになった。パットは貴重だ。夫人も同スコアになった。No.17 ここは打上だ。TSは良い当たりでFWCRだ。2打を右ラフに入れた。3打で届かなかった。(ここも届かさなければ・・・)ラフはきつい。4オンの2パットでダボとした。(ダボ)友人は3オンで3パットのダボだ。夫人は3パットで8打だっだ。No.18 (最後池越え) TSは何と変な当たりで右がけ上へ(これは痛恨だ)。何とか落ちてきたが、2打でやっとFWに出るだけになった。3打で左ラフ、4打でFWの夫人の球の近くへ。ここで感違いしていたが、夫人は3打目、私は5打目になっていた。池の手前に落として、6打で届かなかった。7オンで2パットの9打になってしまった。(トリプル)友人はここを楽々パーだ。夫人もボギーで上がったのは立派なものだ。友人とは9打も差が付き、夫人とは同スコアだった。水ばかり飲んで、昼食は焼肉を採ったが、味は分からない。後半は、ますます不安になる気分だった。No.1 TSはまずまずで、FWCRだ。2打は良い感じで飛び左のラフだ。残り80YDをPWでベタピンに付け悠々パーだ。(トリプル)友人は2打をバンカーに入れ、1度で出ず2度目はGR向こうのラフ。アプローチが反対のラフまで転がり、結果は8打だ。夫人はボギーでのスタートだ。No.2 TSは良い当たりで左のラフだ。2打の3Wは中途半端なFWCRだ。3打は良い感じに飛んで乗った。しかも1パットのパーだ。(ボギー)友人は2オンまでは良かったが、何と4パットしてダボだ。夫人はボギーで上がった。No.3 ここは、Gティーに比べて随分後ろだ。TSは良い感じなのだが距離は出ない。左ラフだ。5Iでは巧く飛ばない。3打は超良い感じだが、これも届かない。しかも4打をチョロする始末(之が痛恨)。PT手乗せたら近くにより、1パットでダボとなった。(ボギー)友人はここでも3オンながら、再度4パットでトリプルだ。なんだか変だ。夫人は良い感じに飛んで、ボギーで収めた。No.4 長めの7IでGR手前の際で止まった。然し、安易にそこからPT3つだ。ボギーにした。(パー)友人はGR外したが1パットでパー、夫人はGR外し、2パットのボギーだった。No.5 比較的相性の良いロングホール。TSは一寸高めでFW左だ。2打は良い感じで飛んだと思ったがTSが飛んでないので、中間ラフを越えない。3打もラフに食われて又右のラフだ。4打で何とかGR手前だ。5オンして、1パットで沈めボギーだ。(パー)友人は、同じく1パットだが、こちらはパーだ。夫人は、ダボで上がった。No.6 打ち上げ右DLの相性は良くないホールだ。TSは先ず先ずでFWCRだ。2打は中途半端で右FWだ。140YDを3Wでトライしたら、結構良い感じだったようで、カラーに止まった。然しそこからが不用意。PTで寄せようときつすぎて、結局4つ叩いた。(これは3つだろう)これは痛恨のトリプルだ。(ダボ)友人はここで左にOBした。更にクラブのカバーを落としたりタオルを忘れたりと結構時間が掛かった。ここはトリプルとしていた。(私は、この経緯に少し乱されていたようだ)夫人はダボで上がっていた。No.7 長いミドル。TSは少し高めに飛んで、左ラフだ。一寸腑に落ちない。2打でやっと、FWに出た感じだ。3打では当然のように届かない。4オン2パットのダボだ。(ダボ)友人はFWCRから、最後アプローチでバンカーに入れ、APウェッジで乗せて、1パットで沈めボギーとしていた。夫人はトリプルだった。No.8 FW花道の向こうがピンだ。3Wを握って、当たり悪く2打でオンだ。2パットのボギーだった。(ボギー)他の2人もGRを外し、皆ボギーだった。No.9 TSは低いゴロのように飛び、左のFWだ。2打はダフった感じでフラットなFWで止まった。3打は良い感じで下の段まで降りた。4打で、まずまずの花道だ。5打で当然載ると思ったがバンカー左の今にも落ちそうな感じだ。6オンになって仕舞い、最後も1パットで決まったからダボで納まった。(ダボ)友人は最後は占めてボギーで終了だ。夫人はトリプルとなって仕舞った。今日はショットに難があったもののパットがよく、バランスを取った。終わってみると、No.15、No.18ホールの大叩き、No6ホールのイージーさを除けば、之が実力と言うところか。結局、前半54となって、100は切れない。どうもインが苦手なようだ。慎重にFWに乗せていけば、9打は改善できるはずだ。
2019.08.17
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今日は台風の余波で、ウォーキングは中止した。***断片的に本を読んでいるが、なかなか頭に入らない。イスタンブールにはどういった所があるのか、ガイドブックなどを横に置き、下調べを始めた。最初に到着するのは空港だが、トルコの国際空港は、イスタンブール市街から約35km離れた黒海側にあるようだ。2018年10月29日に開港したとあるからまだ出来たてだ。望みは高く将来は2億人のアクセスが出来る世界最大の国際空港とする予定だとか。それで、現行のアタチュルク国際空港は閉鎖され(国際線としては)るとか。先ず、ボスポラス海峡について、写真を見ると如何にも東洋と西洋の交差するところといった地域の特性が表れているようで、郷愁と美しさを感じる。先ず気になるのが橋梁だ。3つの橋が架かっている。第1番目の橋は最近「7月15日殉教者の橋」と名前を変えた、旧ボスポラス大橋だ。吊橋で、1973年竣工だ。現在は自動車専用道路のようだ。2013年にIHIが補修をした橋(IHI建造か)だ。第2ボスポラス大橋 (ファーティフ・スルタン・メフメト橋:英が建造か)はボスポラス大橋より5kmほど北に位置している。オスマン帝国の皇帝、メフメト2世に因んだ名だ。この橋も自動車専用だ。第3ボスポラス大橋は第1、第2橋よりも北に架橋されている。トルコ・イタリア連合が落札 した橋だ。工事は韓国のSK建設と現代建設が担当した。2016年に竣工している。金角湾に掛かる橋として、アタチュルク橋と可動橋(跳ね橋)のガラダ橋がある。イスタンブールから離れるが、イズミット湾連絡橋がある。イスタンブール南東のイズミット湾に架かる橋だ。IHIが受注し2016年に竣工している。更に、世界最長つり橋としてダーダネルス海峡に架かる橋が計画されている。主塔間の長さが2023mと、明石海峡大橋(1991m)を抜く。日本は受注逃し、韓国勢が施工するようで、2023年竣工を見込んでいる。主立った橋はそんなところだ。モスク関係に移ると、アヤソフィア大聖堂がある。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代の正統派キリスト教の大聖堂として建設されたが、現在は博物館になっている。途中オスマン帝国によってモスクとして使用されたという。内壁は基本的にはオスマン帝国時代に塗られた漆喰仕上げ、大理石仕上げとなっているが、一部が剥がされ、東ローマ帝国時代のモザイク壁画をみることができるようになっているとのことだ。歴史を垣間見られそうだ。トプカプ宮殿は、君主が居住した宮殿で、私が知ったのは映画であった。ここも、現在は博物館として公開されている。トプカプはトルコ語で「大砲の門」を意味するようだ。ドルマバフチェ宮殿は、ハレムだったが初代トルコ共和国大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクは執務室として使った。宮殿内のすべての時計は彼が死亡した9時5分で止まっている。イスタンブールの地下宮殿というものがある。正式名はバシリカ・シスタンと呼ばれ、東ローマ帝国の大貯水槽だ。地下にこのような施設があるのを不思議に思うが、当時(今もだが)水が如何に貴重であったかを思わせる。確か、ローマにも同じような遺跡があったと記憶するのだが。スルタンアフメト・モスクは、トルコのイスタンブールを代表するモスクで、世界で唯一優美な6本のミナレットと直径27.5mの大ドームをもち、内部は数万枚のイズニク製の青い装飾タイルやステンドグラスで彩られ、白地に青の色調の美しさからブルーモスクとも呼ばれる。 キリスト教のカテドラルも荘厳だが、イスラム教もモスクはドーム天井が如何にも華麗である。スレイマニエ・モスクは、頂点の高さ、地上53mに達する大ドームを中心としたドーム群と4本の長いミナレットを持つ。第一次世界大戦中に武器庫に使われたのが原因で火災の被害を受け、1956年に修復されて元の姿となっている。スレイマニエ・モスクは礼拝堂のほか、マドラサ、医学学校、病院、給食所、宿泊所、商業施設、ハンマームなど、多くの付属施設を持ち、複合施設群を形成している。エユップ・スルタン・ジャミイ という小型のモスクはムハンマドの弟子のエユップ・エンサルがコンスタンティノープルに侵攻し、戦死した場所だ。オスマン帝国では、スルタンの即位の際ここで、帯刀の儀式を行うのが習わしとなった。(ジャミィはモスクと同意だ)イェニ・ジャミィはイスタンブールの旧市街のガラタ橋のたもとにある。もともとはユダヤ人が多く住んでいた地域に、1598年にムラト3世の妻、サーフィエ・スルタンによって建造が開始され、1663年、メフメット4世の時代に完成した。内部はイズニク陶器の色とりどりのタイルで装飾されている。敷地内には、メフメット4世とその母の霊廟がある。この近くにエジプシャン・バザールがある。リュステム・パシャ・モスクはイェニ・ジャミィの近くに建っている。オスマン帝国、スレイマン1世の時代(1561年から1563年頃)に建築された。エジプシャン・バザールの近くでもある。商店街の2階に建てられている。膨大な量の優美なイズニックタイルで有名である。(ここは改装中だとか)ルメリ・ヒサルはオスマン帝国のメフメト2世がわずか4か月ほどで造営した城塞で、「ローマ人の土地(ルメリ)の城」という意味だ。新市街側の第2ボスポラス橋(ファーティフ・スルタン・メフメト橋)のヨーロッパ側にある。多いときで400人のイェニチェリが駐留した。対岸のアジア側にはアナドル・ヒサルがある。 アナドル‐ヒサルは14世紀末、オスマン帝国のバヤジット1世が東ローマ帝国のコンスタンティノープルを攻略するために建築。現在は塔と城壁の一部が残っている。金角湾の入り口には東ローマ帝国によって鉄製の太い防鎖が張られ、オスマン艦隊の進入を阻止していたが、メフメト2世は艦隊を陸上から丘越えで金角湾に移動させるという奇策に出てコンスタンティノープルを陥落させた。 この痕跡は最早見られないだろうが、それにしても大それた事を考え、実行するものだ。カパルチャルシュと呼ばれているようだが、グランドバザールとして有名なバザールがある。カパルチャルシュは「屋根付き市場」を意味するようだ。アーケード付のバザールのようで、1455年から1461年にかけ、当時のオスマン帝国皇帝のメフメト2世の命により建設された。16世紀のスレイマン大帝の時代に大幅に拡張され、1894年の地震で損傷したが修復されて現在に至る。広さ30,700平方メートルで、66の街路、4000の店舗がある。宝石類、陶器、香辛料、絨毯類を扱う業者が、業種ごとに同じ街路に集中している。バザール内に2つのモスクが残存している。エジプシャン・バザールは、1597年から1603年かけてイェニモスクの一部として造られた。18世紀中頃からはエジプトから輸入される香辛料等を多く扱うことになった。後に、シルクロードを経由して中国やインド、ペルシアなどの商品も売られるようになり、香辛料を扱う店が集まっていたことからスパイス・バザールとも呼ばれる。L字型をしたアーケードに合計88軒の店が並んでいる。またTahmis Sokak側に18軒の店がある。これらの店が面する通りは丸屋根のアーケードで覆われている。ガラタ塔は、石造りの9階建ての塔で、高さは66.9メートル。イスタンブールの街を一望できるという。写真も多くあって、きっと景色が良いことだろうと期待している。色々羅列したが、もう少し時間があるので、ブラッシュアップしてみたい。トルコは、世界一の親日国だという。「アナ・ヤバーニ」(私は日本人:これはアラビア語だが・・・)が通じるかどうか。サウジアラビアでは、飲み物を1本ただで分けてくれた記憶があるので、試してみたいと思っている。ユシュキュダルでは江利チエミの「ウシュクダルの唄」が通じるだろうか。鼻歌で歌ってみようかなとも思っている。今回はトルコと言ってもイスタンブールだけになりそうだ。若ければ、バックパッカーでトルコ中を回ってみたい気もする。然し東のシリアや、クルドの地域は、さぞかし危険なことだろう。取りあえず筆を置く。
2019.08.16
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。堤防を北に進んで行くと、東から西へ幾つもの白いきんとん雲のような雲が流れていた。やがて、西空の黒っぽい雲の中に消えていった。台風の風の流れがよく見えた。雲の間の東の空は青く澄んでいた。又、帰りの堤防では南の空に2重の虹が架かっているのが見えた。それもやがて5分程度で消滅した。今日は年金の支給日。買物で西武やイオン、コーナンに出掛けたが、台風のせいであろう、人出はかなり少ないようだった。***日経に3日に亘って、「官僚制の劣化を考える」というコラムが掲載された。官僚経験者を含む現役3人の教授の話だ。専門的な理論や、高邁な理想へのアプローチなど、素人にはなかなか分かりづらい内容だが、表面的なことや、推測される内情などを掻い摘まんで、拾ってみることも又何かの意義があるかも知れない。何分こういった事には慣れていないので、間違って理解しているかも知れないが・・・。近年は、公務員志望者が減少しているとのことだ。官僚の劣化、官僚が政治の完全な使い走り的な様相を見せている昨今では、さもありなんという感じがする。今の官僚は、政治改革や行政改革の名の下、政治主導に様変わりしている。その原因になったのが、1990年代の証券不祥事から財務省接待汚職といった事件だ。政治主導に変えるとして内閣に人事局が創設されることになり、官僚の幹部は政治家の掌中に入ってしまった。そして昨今の国会答弁などに駆り出される官僚は、専ら野党の追及に対する説明に終始することになった。こうしたことが高邁な理想を掲げて官僚になった人たち(又志望する人たち)に倦怠感と疲労感を与えている。政治主導と言いながら、実際の作業は皆官僚が行っているのが現状だ。政治側が、現在の官僚と同等の知識を持った人材を抱えているわけでは無い。政治家の側にこういった複雑で高度な判断出来る人材がいないというのが現状だ。勢い、専門知識を有する官僚の幹部が、政治家の側近と言った立場に置かれることになる。そしてそういった幹部の人事権を握るのが政治家(首相など)だ。一般のサラリーマンは、上司の査定の下に置かれ、その上司の気に入られなければ、出世はあたわないと云う事になる。そんな極めて常識的な原理が、政治家と官僚の間にも出来上がると云う事になっている。首相に忖度する官僚は反吐が出るほどの数を見てきた。そうすることが彼らの出世に繋がるからだ。そんな典型的な例を、つい最近見た。森友問題の国有地売却を巡って不当に土地を値引きしり、そういった証拠を示す公文書を改ざんした佐川宣寿や彼の部下の財務省職員らは告発されたものの結局は不起訴とされ、悔しいが、有耶無耶にされてしまうことだろう。これは首相夫人が、大いに関与していたにもかかわらず、首相等をかばいまくった結果に相違ない。そして司法の側も、不思議なことに三権分立って本当なのかと言うくらい、実に首相寄りの判断を下す結果になっているのだ。曰く、「必要な捜査を行ったが、起訴に足りる証拠を集められなかった」とのことだ。やる気が無いことおびただしい。こういった厚顔無恥な応答や所業が評価されるに至っては、心ある者なら、官僚になることを敬遠するに違いないと考えるのだ。そんなことを受けてか、政治家の側で若手議員などが大臣の諮問を受けて調整したり、被議員として任用されたりする政治側と、官僚側とは独立していなければならないと提案している。折角高度な任用試験をクリアしてきた人材を、下らない首相や政治家の保身を助けるためだけに働かしてはそれこそ国益に反することになる。以前は、官僚と議員が連携して政策を作り時には首相に対しても毅然とした意見が述べられる状況にあったという。それが、国家公務員法の改正(官僚に人事権は内閣が握る)によって、さまがわりせざるを得ない環境になって仕舞ったのだ。首相の意に沿わぬ(意見が異なる)官僚は合法的に排斥され、太鼓持ちのような官僚のみが、適材適所といった言葉を乱用して合法的に居残ることになるのだ。そんな状態では、高度な専門性や分析は不必要になり、官僚機構全体が政治の下請けになって仕舞うことになる。というか、その典型的な例が佐川の不起訴決定という結果になるわけだ。国家公務員は、採用時に限らず昇進時には競争試験を受ける決まりになっている。だが、政治サイドの斟酌で、こういった事は無視され、従順(政治家に)な者ほど重用されると云う事が横行している。そういったことを透明化する手段は何も存在していないのだ。ただ、首相なり官房長官が「適材適所」と言うだけでまかり通る人事なのだ。サラリーマン世界では、上司の非を追及したが為に、昇格試験さえも受けさせて貰えず、置き去りにされる例は多い。官僚の世界でも同じ事が言えるのだろう。トランプなどは、側近や閣僚を奔放に解雇させている。単に彼の意向に沿っているか否かで決まるようだ。アメリカの場合は、公務員を資格任用すると言うよりも政治任用するケースが殆どだ。このような任用のあり方で良いのだろうか。アメリカの場合は、政権交代と共にこういった関連の人たちは総入れ替えされることで、均衡を保っているのだろうか。政治家(政党)が変われば政治は変わる、そう言った永年の経験を持つ国と、日本のように、政権が変わったとしてもそれをサポートする官僚は変わらないという国の成り立ちの違いは、十分に考慮されなければならないだろう。そういう点から日本は英国型を採り入れるのが至当と考えられる。英国型は首相・大臣に公務員の直接的人事権は無い。勿論政治家に忖度することの無いようにと決められているという。日本は、議会制民主主義を模倣していながら、この点をなおざりにしている点が良く理解できない。独仏は特定の政治家との関係を重視する任用制度になっているようだが、この時には政権交代で、同じように失職する幹部のために天下りと手厚い年金が必要となるとされる。政治任用される補佐官等はあくまでも首相・大臣に仕えることが本務であって、各省庁を直接命令指示するような制度にしてはならない。日本の官僚が世界的に評価された点として、政策形成に於いて「目的」の設定という、本来政治家がやらなければならない領域まで行っていたことを是とした上での評価だ。これは、本来官僚に与えられた、職務を逸脱する行為と言わなければならない。官僚は、一般国民からの預託を受けていないわけで、そういった立場の者が、政策を論じることは民主主義にもとる行為だというわけだ。本来の政治改革・行政改革は、こういった事を踏まえて行わなければならないが、日本の場合は、官僚がその独自性をかなぐり捨て、自らの保身のままに、政治に阿った結果が今日の姿である。このような結果、政治に対する独自性や、独立性を失って、公文書を政治の望むままに改ざんしたり、統計資料を、政権の都合の良いように切り取ったりするなどと云った事が平気で行われているのだ。先日の佐川宣寿元国税庁長官や財務省職員ら計10人が堂々と不起訴処分になった新聞記事に接し、官僚の劣化を考えるという、解説記事を振り返るとき、日本はまだまだ、政治的後進国であると言うことに気づくのだ。【古今和歌集】 829.泣く涙雨とふらなむ わたりがわ水まさりなば かへりくるがに (小野のたかむら朝臣) 泣く涙は雨と降って欲しい、それで「渡り川」の水が増されば帰ってくるだろうに (渡り川・・・三途の川、水かさが増せば亡くなった妹が三途の川を渡れずに帰ってくるだろうから)
2019.08.15
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今日のセミウォーキングは霧雨が降っていたので、近場を回ることにし、名神桜井から島本高を経て、百山団地を回って帰ってきた。太郎君一家と比叡山と知恩院の墓参りに出掛けた。早く出掛けることにして、8時前には島本を出発した。心配したお盆渋滞も殆ど影響なく、思ったより早く比叡山に着いたら、お詣りの人もまだ少なかった。お盆の墓参りで、曇り空だったことは無かったので、普段より涼しく感じた。そのまま、叡山を下り、知恩院にお詣りしたが、大修理中の御影堂は覆いを取られていて、昔ながらの偉影を現していた。納骨堂前の池には沢山の蓮の花が咲いていた。お参りを済ませ、高槻まで帰って、先斗入るでスパゲティーを食べ、太郎君夫妻の誕生会に替えた。夕方は台風接近の報もあったが敢えてカラオケの練習に出掛けた。***トルコが受け入れていたシリア難民に帰国を促している。これまでトルコのエルドアンは難民を積極的に受け入れてきたが、ここに来て経済が好転しないこともあり、方針を変換したようだ。難民に対して母国シリアへ帰還を促している。既に入国した人の数は360万人居ると言うから、凄い人数だ。その内50万人はイスタンブールに住んでいるとのことだ。月末にイスタンブールを訪れる予定だが、不穏な動きなどが起こらねば良いがと思う。シリアからの難民と云う事だから、国境近くの問題で、遠くイスタンブールまで波及しないだろうと思っていたが、そう単純では無いようだ。トルコとアメリカとの間はすんなり行っていないようで、2018年にアメリカ人牧師を拘束した辺りから特に難しくなった。アメリカはトルコに経済制裁を加えたことで、経済が悪化トルコショックと呼ばれる通貨下落が起こった。それが周辺国へも波及して、株の暴落などを招いている。トランプは、やたらと経済制裁を発動するようで、現在は対中国が紛糾しているただ中だ。経済制裁で、国民の生活は一層苦しくなった上に、難民は、ともかく、職を得るために低賃金でも働くことになり、トルコの最下層の人たちから職を奪ってしまうことになる。エルドアンの主要な支持層はこうした低所得者層であり、シリア人が入ってきたことで、イスタンブールの低賃金労働者の多くは彼らの職が奪うと考え、被害者意識が強まっている。世論調査によると、現在トルコにおける最重要課題とされたのは1位が経済(26%)、2位が難民(18%)との結果だった。エルドアンの方針転換は、こうした国民の難民がらみによる反感を和らげ、国民の人気を取り戻したいとの思いからだ。一方では難民の受け入れに賛同していた欧州やアメリカはこうした動きを快く思わない。エルドアンは、流石に難民をいきなり本国へ送還すると、大混乱を起こし、人道的な見地からも問題だとして、シリアとの国境辺りに安全地帯を設定して、そこに送り込もうとしているようだ。こうした安全地帯を設置することで、難民がトルコから追い出しやすいと考えたのと、アメリカと決定的な対立に至らないようにと配慮した形だ。安全地帯として考えられているのは、トルコがテロリスト集団と見做しているクルド人が実効支配している地域になりそうだ。エルドアンにとっては、この地域はトルコであって、トルコでは無いと行った地域で、クルド人も、難民も同じようにトルコにとっては厄介者といった扱いだ。こうした安全地帯を設けることで、クルド人掃討はひとまず回避されることになり、アメリカを慰撫する形になるからだ。クルド人は過激派組織イスラム国(IS)を掃討する祭に、アメリカに協力した。エルドアンにとっては、クルド人が支配するこの地域への空爆をしないことでアメリカの顔を立て、その地域にシリア難民を送り込むことで、収めようとしているわけだ。この辺りの考え方は、トランプの難民に対してのやり方と類似したところがある。然し乍ら、安全地帯を、国境から数十kmという広域に設定したいトルコだが、安全地帯を設けることに対しては、アメリカは同意しているもののそれほど広範囲にする事に対しては異を唱えている。しかもシリアのアサド政権は安全地帯といった地域の設置自体を認めていない。こうしたエルドアンの一方的な思惑がすんなり通るとは思えないので、これからも曲折がありそうだ。エルドアンの最近の動きは、不可解な点が多い。北大西洋条約機構(NATO)に加入しながら、7月には仮想敵ロシアからミサイル防衛システムを購入してトランプを揺さぶっている。クルド人が実効支配する地域を安全地帯に設定することで、クルド掃討攻撃をいったん棚上し、トランプへの配慮を見せるという両面作戦を採っている。過去の歴史的経緯から見て、トルコがロシアの武器を買うなどと云うことは、考えられなかった事だが、エルドアンにとっては、アメリカの言いなりにはならないといった反骨精神が見え隠れするところだ。危険な取引なのかも知れないが、日本の安倍のように何でもかんでもトランプの言いなりで、事足れりとする盲目的なやり方よりも何かしら主体性を感じて、感心するところがある。勿論、トルコはアメリカによる経済制裁を解除させたいと言う思惑があるが、国家としての主体性だけは維持しなければならないと思っているのだ。トルコは歴史的に移民や難民に対して鷹揚な国であった。ここに来て、一大方針の転換を行ったのは、エルドアンへの国民の人気低迷が原因だ。何とか人気を取り戻そうと必死になっているとみられる。3月の地方選では、与党の公正発展党(AKP)は首都アンカラとイスタンブールの両市でエルドアンの属する党が敗退している。これは、実に四半世紀ぶりの一大エポックだ。この選挙を有耶無耶にして覆し、6月にやり直し選挙を強行したが、それでさえイスタンブール市長選は大差で敗北するという結果になって仕舞ったのだ。すでにイスタンブールでは、エルドアンの施政は受け入れられなくなっているとみられるのだ。安全地帯の設定自身も、シリア側に設けるのか、トルコ側に設けるのかについても問題は波乱含みだ。シリアのアサドは非情な人間で、自国の民に平気で銃砲を浴びせて顧みない。すんなりと安全地帯が平穏に保たれるといった保証は無い。エルドアンの安全地帯構想は、シリアとの了解で作られたものでは無く、エルドアンの独走に近く、トランプの一時的な同意を得たに過ぎない。トランプはこの辺りに米軍を派遣することは考えていないことから安全地帯の設定自身が中途半端なエルドアンの独りよがりになりかねないと云う事だ。然し乍ら、既にエルドアンは、一部難民に対し、20日までにイスタンブールから退去して安全地帯(最初に登録された東部などの県または無登録の難民は特設のキャンプ)に移動するようにとの指示を出している。そこが安全かどうかも分からず、また、退去の手順や、方法などは、特に考えられているとは思えない。当面の低所得者層の国民の支持を回復するための付け刃的な施策のように見られる。その1つの例は、シリアへ強制送還された例もあるとのことだ。命からがら逃げてきたところへ力尽くで帰されれば、その先待ち受ける運命は、自ずと見えている。以前の解説で、エルドアンも、トランプも共に経済音痴だと評していたものがあった。互いの独善、強権が、国を誤った方向に導きかねないものと注目される。【古今和歌集】828.流れては妹背の山のなかに落つる 吉野の河の よしや世の中 (よみ人しらず)流れゆくと妹山と背山の間に落ちる(流れる)吉野の川のような、ああこんな世の中である
2019.08.14
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で折りかえし、シャルマンを通って帰宅した。***アジアでは水問題が深刻になっている。東南アジアの河川と言えば、先ずメコン川やプラマプトラ川が挙げられる。そんな、メコン川を巡って、流域国の間で軋轢が起こっている。メコン川を介して、上流国のダム建設と、下流国の洪水や干ばつ被害の問題が大きくなってきた。メコン川はチベット高原を源流とし、中国やラオス、タイなどを通ってベトナムから海に流れ込む。上流に位置する中国やラオスではダムを建設して、水力発電を行っている。中国は国境ぎりぎりの景洪ダムで放水制限をし、さらにラオスはサイヤブリダムでの試運転を始めたことで、下流のタイの水量が急減した。タイでは100年ぶりの渇水状態だという。タイ北部チェンライで撮った写真を見るとその様子がよく分かる。メコン川の漁師は、魚が捕れなくなって収入が減ったと嘆いている。影響を受けるのは漁業だけではない。メコン川の下流域の世界最大級の穀倉地帯も、水不足による不作は大きな問題となっている。タイのプラユット首相は水不足解消のため中国など上流3カ国にダムの放水量を増やすよう要請し、水量は少しずつ戻っているとはいえ、北部では依然として例年の半分ほどの水位が続いているとのことだ。メコン上流ではダムの建設ラッシュが続く。世界最貧国の一つであるラオスは近年、メコン川の豊かな水を使って発電し、周辺国に売ることで7%前後の経済成長を実現してきた。そのラオスが中国などの後押しで2030年までに約150のダム新設を計画しているとのことだ。中国も同じく2030年までに20以上のダムを造る計画のようだ。ラオスは外貨獲得のため、また、中国は水力発電を増強して世界最大の温暖化ガスの排出国の汚名返上と言ったところだ。そのひずみが下流の国々に及んでいる。メコン川の水利用は東南アジアの流域国で構成するメコン川委員会(MRC)が利害の調整役を務め、中国もオブザーバーとして参加している。MRC構成メンバーはタイ・ラオス・カンボジア・ ベトナムの4カ国だが、MRCには中国を動かす力がない。そんな中国には下流の流れをコントロールするダムが多くあり、強引にメコン川への放水量を減らしているのだ。中国は2015年に「瀾滄江―メコン川協力(LMC)」という経済協力を立ち上げた。自国と、メコン流域の国のみが参加可能な協力機構だ。そこでラオスやカンボジアなどの小国へ経済援助の名の下、自国の要求が通りやすく画策している。既存のMRCの活用で十分の所をわざわざLMCを立ち上げるのはAIIBの設立同様に中国が主導権を採ることを狙ったものだ。之に対抗するようにアメリカもメコン川流域の犯罪防止に向けた1400万ドル(約15億円)の支援や日本と協力した送電インフラ整備などの企画を打ち出している。メコンを巡る権力闘争は米中の確執を反映する一面だ。メコンを巡る経済協力は多数存在するが、殆どの機構に中国が入り込んでいる。LMCは中国の世界規模戦略一帯一路の一角を占める重要な面を持っている。ジャカルタやバンコクなどアジアの都市が世界でも最速のペースで地盤沈下を続けている。地下水の過剰なくみ上げが原因だ。一方では異常気象によるゲリラ豪雨も頻発している。雨が降る度に住民の多くが洪水の脅威にさらされる事になる。インドネシアの首都ジャカルタはもともと低地であり、加えて、約1000万人の水を確保するために地下水を汲み上げていて、年平均で5~10cmも地盤が沈下しているとのことだ。この沈下スピードは、世界で最も速いペースだと専門家が指摘している。ジャカルタ北部では海抜ゼロm地帯が増えている。2007年には市街地の7割が水につかる大洪水に見舞われた。インドネシア政府はジャカルタ沖に巨大な防潮堤を造ることを計画したが野党の反対で、実現していない。そこで、ジョコ大統領は最後の手段として、首都移転を考えている。タイの首都バンコクも海抜1・5mの湿地の上に築かれた都市だ。ここも年平均2cmのペースで沈下している。放置すれば2030年までに都市の40%が水没するとの試算もある。2011年にはバンコクなどを流れるチャオプラヤ川とメコン川が氾濫した。中部アユタヤやバンコク北部などの工業団地が長期にわたって水に浸かった。ホンダやトヨタなど日本の自動車工場なども被害が甚大で、5兆円近い経済損失が出て、政権を揺るがす騒ぎになった。タイは慢性的な財源不足であり、放水路の設備も十分ではなかったようだ。洪水を防ぐ主要な2つの放水路のうち、1つ目が完成するのは早くても2025年になりそうだ。フィリピンでは、マニラ首都圏の170件の洪水対策の7割が未完成で、4割近くは着工すらしていないという。6月までの少雨でマニラの一部ではいまだに水不足であり、且つ洪水にも悩まされている。シンガポールを除く東南アジア主要5カ国とインドなど南アジア3カ国の都市では洪水対策をとらなかった場合、損失は2030年に2270億ドル(約24兆円)にのぼるとの試算がある。さらに気候変動によるゲリラ豪雨などのリスクも高まっており、洪水対策がアジア共通の課題となっている。シンガポールは総額100億シンガポールドル(約7700億円)をかけて、直径6mの巨大な地下トンネル網を建造中だ。2025年までに総距離約90kmのトンネル網の完成を目論む。家庭や工場から出た排水を、トンネルを通じてくまなく浄化施設に集め、飲み水として再利用するプロジェクト(下水道の高速道路)だ。排水を上水にするとは、日本では考えられないことだが、シンガポールでの水の確保は特に切実だという。政府は2060年に排水の再処理と海水の淡水化によって、水需要の85%を満たす長期目標を掲げている。現時点で水需要の40%を排水の再処理水で賄なっているが、トンネル網は、この割合を一段と高めることができる。シンガポールが巨額を投じて計画するこの水事業は、長年頼ってきた隣国マレーシアから横やりが入ったからだ。これまで、シンガポールは1962年に結んだ99年間の長期契約に基づき、マレーシアから1000ガロンあたり1円未満の価格で大量の水の供給を受けてきた。ところが、2018年5月に政権復帰したマハティールは「裕福なシンガポールが理屈に合わない安い価格で水を買っている」として、値上げを要求したのだ。この要求はもっともだと思うものの、契約は契約と価格見直しを拒むシンガポールとの間で折り合いは付かない。このまま推移すると、両国関係が悪化した際、シンガポールは水の供給を止められるリスクがあるのだ。一方のマレーシア側にも複数の州のダムの貯水率が大幅に下がり、コメの栽培にも影響が出ているのだ。雨量減少と気温上昇といった気候変動が頻発すると、これまで水資源が豊富だとされていたマレーシアも窮することになる。国連の人口推計によると、アジアの人口は2055年まで増加が続く見通しで、その分、水の需要が増え、水資源を巡る国同士のあつれきも激しくなると考えられる。アジアは今、様々な要因で、水との戦いを強いられている。【古今和歌集】827.浮きながらけぬる泡とも成りななむ ながれてとだに頼まれぬ身は (とものり)浮いたまま消える泡ともなってしまいたい、このまま流れてゆくとさえ期待することのできないこの身は
2019.08.13
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の折り返しだ。今朝はモーニング(朝食)を採るため星乃珈琲に出掛けた。数日前に万歩計をポケットに入れたまま洗濯したために使えなくなった。試しに昔壊れた万歩計を持ち出して使うと表示されることが分かったので、又使い始めたが、履歴の表示が出なくなっていた。やむなく新しくdretec製の万歩計(最初に使っていたのと同型)を購入した。思い出すだけで、6年間で3つ目の計器を使うことになる。***7月中、日経に標題の説明コラムが6回に亘って掲載された。経済音痴の私は読んでも全て分かるわけではないが、なんだか薄ぼんやりと理解出来たような気になった。税金は日本国民の3大義務の1つであり、個人的にはサラリーマン故に、これまで源泉徴収という形で有無を言わさず徴収されていた。法人税(企業の税)となると、会社では経理部が担当していて、どうなっているのか、我々設計部門は知る由もなかった。日本は外国に比べて法人税率が高いなどと云われて、数字だけを見るとなるほど高いと知るくらいだ。グローバルな世界では、日本の企業は不利であり、法人税率を下げることで、企業を儲けさせて、その利益を従業員に還元すれば良いのにというくらいの感覚で捉えていた。アベノミクスも、そういった論理の上で、法人所得を上げ、それで個人の給料も上げられ、その上昇した給料が消費に回って、やがてデフレが治まるだろうと言った目論見だったはずだ。然し、現実には、おそらく企業は利益を上げているのだろうが、それが、従業員等に再分配されず、企業の内部留保として滞ってしまっているのが現状ではと無いかと思われる。そんなことを思いながら、「企業と税金」を読んでみた。6つの言葉の解説が成されている。纏めることなど出来る能力は無いので、そのまま転記するか、分かった部分だけを抜き出してみる。1つは「損金」だ。企業は、株主に対して業績報告をしなければならないが、これは「企業会計」という方法で行い、税金は別な「税務会計」によるのだという。税務会計は、今まで知らなかったが、それを理解するキーワードが「損金」だ。企業会計では、「利益=収益-費用」と計算するが、税務会計では「利益(課税所得)=益金-損金」と計算するという。同じようなものだが、例えば、交際費は費用には計上するが、損金ではないという具合に項目や計上のタイミングが違うのだという。交際費を沢山使って節税対策にしようとはさせないぞと言うわけだ。そんな説明の中で、ソフトバンク(SBG)が最終損益は黒字なのに税法上は赤字となって、法人税を支払っていなかったという例が紹介されていた。何やら欠損金が多く算入されていて、そのような結果になったというのだが、どう言った項目があったのかなどは示されていない。税金を払わずに海外で巨額のファンドを立ち上げていたのかと、納得がいかない気分だ。とにかく、この損金は最大10年間繰り延べることが可能で、大企業では所得の半分を限度にこの損金補填という形で処理できると云うことだ。合法的なのだろうが、どうもしっくり来ない。2つ目は「税負担率」だ。日本のそれ(法定実効税率)は、30.62%でアメリカの27%、ドイツの30%よりも高い。然しドイツとは似たようなものだと思うのだが。日本の企業は税に対して、真摯というか、案外社会貢献的な意味合いを感じている面もあって、諸外国が、税をコストと考えるドライな思考とは違うようだ。税務戦略という点では、日本は諸外国に比べて甘いと云うことなのだろうか。最近は味の素の例として、税務戦略に取り組んで、直近の33%を将来的に25%に抑えようとしているとか。3つ目は「移転価格税制」だ。企業が海外の拠点との取引価格(移転価格)を意図的に設定して一方の利益を他方に移すことを防ぐための国際課税上の仕組みと説明にはある。自動車会社の例が示されていた。日本の親会社が100万円でつくった自動車を海外の販売子会社を通じ、170万円で消費者に販売したとすると、グループ全体で70万円の利益が出る。この時、海外子会社に150万円で卸した(移転価格)としたら、親会社の利益は50万円、海外子会社の利益は20万円となる。仮に日本の税率を30%、子会社所在地の税率を10%とすれば(50万円×30%)+(20万円×10%)=17万円がグループ全体で納める税額となる。之に目を付けて、親会社から子会社への移転価格を120万円に設定すると、親会社の利益が20万円、子会社の利益は50万円となる。利益合計は70万円のままだが、グループ全体で納める税金は11万円ですむ。税率の高い日本で払う税額は15万円から6万円に変わるというわけだ。この移転価格が妥当かどうかの判断は非常に難しい。ホンダの例では2004年にブラジル子会社の二輪車事業で同様の問題が提起されたが、10年掛けて追徴課税を免れたという話があった。4つ目は「組織再編税制」だ。合併や分割の際には資産の移動が生じる。資産は持ち主が変わった(移転した)際にその損益に課税するのが原則だが、一定の条件を満たしていれば、その時点では課税をしないことになったということだ。A社がB社を吸収合併(M&A)するといった組織再編を行った時、B社の株主からみると、持っていたB社の株がA社の株に変わるだけだが、税制ではB社の株主がB社の資産と負債をA社に売却して、対価を受け取るという取引になる。対価から資産と負債の差(純資産)を引いた額が譲渡益となり、課税されることになる。B社株主は現金収入がないのに税金を払うことになり、再編に消極的になりやすい。そこで組織再編税制では資産が移転する前後で経済的に実質的な変更がないとみられるいくつかの要件を設け、満たしていれば実際に株式を売却する時まで課税を繰り延べることができるようにしたとのことだ。この猶予がなされる前の2002年には、中外製薬がスイスのロシュグループ入りのため米国子会社を切り離した際に、税務当局から約350億円を課税されて支払った例がある、一方、この新しい制度を悪用してヤフーが子会社合併で、欠損金を引き継ぎ、税負担の軽減を計ったと認定され、最終的に摘発された例もあるようだ。5つ目は、「連結納税・グループ法人税制」だ。比較は単体納税だ。親会社と子会社があるとき、親会社が黒字、子会社が赤字の場合、これまでは親会社は黒字分の税金を支払い、子会社は赤字故に課税されないという具合に単体課税だった。例えば親会社が100億円の利益が出て、子会社が100億円の損失が出た場合は、これまでなら親会社が30億円程度の法人税を払うことになるが、連結納税では子会社の100億円の赤字補填に親会社の利益を使うことで、相殺して利益ゼロと扱われ、法人税の支払いを免除されるという仕組みだ。この制度は、連結をグループに拡大することも考えられていて、その時のグループは100%支配下にある企業に強制的に適用されるとのことだ。この例(連結前)として、日本郵船は親会社が219億円の赤字計上なのに、子会社の積み重ねの黒字のために192億円の法人税を支払ったケースがある。それ故に連結税制を早期に導入したいとの表明だが、もっともなことだ。連結納税を既に導入している製造業に、NEC、ソニー、東芝、商社では丸紅、住友商事、伊藤忠商事、建設では大成建設、鹿島、通信ではNTTなどがある。6つ目は「タックスヘイブン」だ。法人税や利子・配当への税金がゼロだったり、非常に安かったりする世界に約60の国・地域がある「租脱回避地」のことだ。この制度を利用してアップルやグーグル、フェイスブックなどの大手IT企業が過度に税金を回避していたとのことだ。ダブルアイリッシュ・ウィズ・ア・ダッチサンドイッチという名前がある。アップルが1980年代に編み出したとされる「究極の節税手法」のことだ。その手法はこうだ。まずアイルランドに2つの会社をつくる。パソコン販売などの事業をアイルランド以外でも展開するA社と、米国本社から提供されたブランドやノウハウといった知的財産を持つB社。B社は事業の実態がないペーパーカンパニーだ。ダブルアイリッシュはこの2社を指す。A社とB社の間の取引は、B社が持つ知的財産を使った見返りという名目で、A社はB社にオランダのC社(ペーパーカンパニー)を経由して費用を支払うというものだ。オランダ企業を挟むのでダッチサンドイッチというわけだ。オランダとアイルランドは税を優遇し合う関係にあり、特許料のやりとりは非課税扱い。A社はB社に知財の対価を支払っており、もうけにあたる課税所得が少なくなっている、と言った具合にアップルは租税回避地を利用して、アメリカ以外の税負担率を数%程度に抑えてきたというわけだ。合法的とはいえ、あまりの節操のなさに、EUは2018年にアップルに143億ユーロ(約1兆7000億円)の追徴課税を命じたのだ。
2019.08.12
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今日のセミウォーキングは西国街道から工事中のJR側道を梶原高架下迄歩いて帰りはシャルマンを通った。***北朝鮮が10日、短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体発射、之で7月25日以降、5回目の発射になる。今回は安倍もゴルフはやっていなかったのだろうか等と考えてしまう。短距離ミサイルなら問題ないとトランプに言わしめている。だからといって、この短距離ミサイルは日本に十分届く代物だ。日本もやっと防衛体制の強化を急いでいるとは書いている。最初に打ち出されたときには問題なしと安倍はゴルフを続けたのだが、ここに来てようやく尻に火が付いたと云う事だろうか。それにしても動きは緩慢だ。新型ミサイルを飛翔体と呼び、ことさら問題無さそうに伝えていたが、新聞などのよると、高度に計算されたミサイルである事が判明したようだ。撃ち落としにくい低高度を保ちながら飛行し、下降段階で軌道が変わる複雑な動きをするのだとのことだ。ロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」に類似しているとの韓国情報だ。ロシアがここにも顔を出す。日本の今の迎撃態勢ではややもすると打ち落とし得ないかも知れないとの物騒な話になっている。アメリカから高い迎撃装置を買わされ、それが役に立たないばかりか、中距離なら問題ないと、北朝鮮を鼓舞するとも云える言動を吐くトランプなのだ。一体あの相撲を見せたおもてなしは何を意味していたのだろうかと、つくづく、稚拙なおもねり営業をする新米営業担当者のような振る舞いに反吐が出そうな気分だ。今回の発射は、東部の威輿(ハムフン)付近から日本海へ2発で、飛行距離的400km、高度約48kmだった。これまでの高度の半分以下で飛行するこの新型ミサイルは低高度の空気抵抗にも抗して飛ぶことが出来るようだ。更に飛行終盤の下降段階で再上昇する事が出来る変則軌道を持つという特徴がある。従来のミサイルは発射から着地まで1つの放物線を描いてとぶ、所謂高校時代の物理で質点の運動という動きをするものだったが、これは進歩している。現在の迎撃体制はミサイルを放物線の頂上近くと着弾直前の2段階で迎撃する事になっている。ところが最初の迎撃に使われるイージス艦に搭載した海上配備型迎撃ミサイル「SM3」では、撃ち落とせる高度は70km以上でないと駄目だ。地対空誘導弾パトリオット、ミサイル(PAC3)では打ち上げられたミサイルの弾道を計算して着弾直前の迎撃に備えるのだが、相手は単純な放物線を描かないとなると、これも打ち落とすことが困難になる。おそらく揉めながら配備したイージズ・アショアでもこの点は同じだろう。そうなると日本は北朝鮮のミサイル攻撃にまるで抵抗力が無いと云う事になる。しかも同胞として頼んでいたアメリカまでもが傍観すると云う事になりそうなのだ。ひたすらにイージズ・アショアの数を増やして多層的に複数回の発射で打ち落とすべく迎撃態勢を取らねばならないと云う事になる。何やら商売人トランプが、金正恩と結託して日本にイージズ・アショアを大量に買わせる芝居を打っているのだろうかと勘ぐってしまう。安倍なら俺の云うことは逐一聞くから、新型の威力を見せつければ、日本は1も2も無く買いに来るだろうと言い合っていたかも知れない。政府は一連の発射に静観姿勢を貫いているとのことだが、実際は打つ手が無く、手をこまぬいているという方が正しい表現ではないだろうか。北朝鮮の新型ミサイル発射や、その性能を分析したのは韓国とのことで、日本へは日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)に基づいて情報を手依拠しているとのことだ。文在寅は日本の輸出管理の正常化に対抗してこのGSOMIAの破棄を考えているとか。一瞬それでは日本が困るかと思えるが、韓国がGSOMIAを通じて知らせる内容は発射地点等の限られたもので、今回のミサイルが特殊な動きをするなどという詳細は、自衛隊が行っているレーダー追跡によるものだとのことで、GSOMIAの廃棄などは大した支障にはならないと言う専門家がいた。こうしたことからGSOMIAの破棄は逆に、韓国に自衛隊からの飛行状況などのデータが行かないことになり困るのは韓国側とのことだ。それでもなお、韓国がGSOMIAを破棄するとすれば、アメリカが黙っていないと云う事もあろうが、それ以前に文在寅が、日米韓の同盟を廃止、同胞の北朝鮮を採り、且つ中国に擦り寄っていくのではないかとさえ見られている。そうなると、在韓米軍は引き上げ、その分日本の米軍基地は増設され、日本は、中国、北朝鮮だけで無く韓国までも敵に回すことになり、自由主義側最先端の防波堤に位置することになるかもしれない。トランプが、そこまで見通しているか否かは知らないが、短距離とはいえ、早めに北朝鮮のミサイル発射にお灸を据えるくらいのことをしなければならない。何時もへらへらと、短距離なら問題ないとし、又会談を近い時期に持つとだけ言っているのでは日本はたまったものではない。金正恩は米韓演習を嫌っていて、それを牽制するようにミサイルを撃っているとのことだ。米韓演習を止めれば、ミサイルも撃たないと言っているが、真実の所は分からない。というか、金正恩には、そのようなことには無関係にとにかくミサイルの発射を正確に行えることを計画的に検証しているわけだろう。なにこれとクレームを付けるのは、実際のミサイル発射を正当化するための口実である可能性もある。トランプも直裁的に自国(アメリカ)領土に関係が無ければ問題なしとしているようだが、そこは矢張り商売人でしか無く、軍事の専門家で無い事がこうした軽薄な行動を採らせているのだ。堤防も蟻の一穴と言うが、現在の均衡を破ろうとするのは、中国や北朝鮮、ロシアと云った国々だ。韓国も取り込まれたら、太平洋で防波堤となるのは日本しか無くなるわけだ。トランプは自国に危険が迫ったときに事を考えるというような気持ちでいれば、世界が大きくどんでん返しになるかも知れないのだ。後に、トランプは愚かしい大統領だったと述懐してみても最早後の祭りと云う事になる。アメリカは、もう少しバランス感覚のとれた、人物を大統領にしなければ、とんでもないことが起こりそうな気がする。そんな時、トランプを「ドン」と呼ぶことで悦に入っていた安倍を糾弾しても、最早之こそ、愚かしい事になるだろう。そうなるとあの人を小馬鹿にしたような薄ら笑いだけは見なくて済むことになるが、それにしてはあまりに代償が大きすぎる。トランプにとっては今回のミサイル発射は露程も痛くないことなのだ。それを安倍は焦るどころか同調して、ことさら問題ないと傍観者の如き振る舞いだ。何でも(拉致家族など私が解決する等など・・・)こともなげに公言するだけで行動しないし、真実警戒をしなければならないときに傍観者でいられるような振る舞いは、最早一国の宰相としてはその任にあらずと云う事だ。言葉を発すれば「近隣諸国と連携を取って、適切に迅速に対応する」という決まり文句だが、その近隣諸国に当てになる国など無いのだと知るべきだ。北朝鮮に対して、対中国とは全く違った緩やかな対応しかしていないのは、明らかに、金正恩もトランプも共に相手を見くびっているとしか思えない。国連の安全保障理事会の決議違反等さらさら眼中にはないようだ。金正恩はトランプが米韓軍事演習をすることに異を唱えている一方、トランプも演習は金が掛かるからしたくは無いと言っている。馬鹿な話でしか無い。金正恩を甘やかしたままで、本当に力を付けてきた段階で対応しようとしてもこれまた後の祭りになること請け合いだ。【古今和歌集】826.あふ事を長柄の橋の 長らへて恋ひわたる間に年ぞへにける (坂上これのり)逢うことを伸ばし伸ばしにして、ただ恋しいと思っている間に年月が過ぎてしまった
2019.08.11
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今日のセミウォーキングは西国街道から大阪染工を経て宝寺踏切で折りかえした。帰りは第1小学校裏を通った。昼食と買物で久しぶりに西武へ行った。半ズボンと半袖シャツ2枚を買って貰った。***米中の貿易紛争は拡大の一途を辿っている。アメリカは中国を為替操作国に指定した。中国が人民元の上昇を抑えるために人民元を売って、ドルを買う等の操作を行って、究極自国の貿易を有利にしているという判定をしたのだ。私は、経済については、素人なので、こういった通貨や為替の問題が、どういう風なメカニズムで、世界経済に影響を及ぼすかについて説明は出来ない。元々新興国としていた中国は過去にもたびたび為替に介入してきたので、今回が特殊ではないのだが、貿易不均衡にいらだつトランプにとっては我慢のならないところだ。8月1日に対中関税引き上げ第4弾(ほぼ全ての中国製品が対象)を発動すると表明した。中国も対抗策を採ったわけだ。少し前にトランプと習近平が会談して、一時休戦したはずだったのだがあの会談は何だったのだろうか。人民元が、1ドル=7元に下落したのだ。この値は11年ぶりのことだ。このことを以て中国は、為替に介入したと断定して関税強化を決めたのは1ドル=7元というのがリミットだと考えていたからだ。この処置に関して、中国は反撃のコメントを述べているが、それは、「わがままな単独主義と保護主義の行為で国際ルールを激しく破壊し、グローバルな経済と金融に重大な影響を及ぼす」と言ったものだ。過去の経緯から見ると、この中国の反論は、字面だけを見れば正にその通りなのだが、それは、元安が、自然な流れの中であればという前提だ。どうやら専門的に見れば、中国が為替に介入していると云う事の方が当たっているようなのだ。トランプは内(FRB)に向かってドル安誘導を計るようにと言っているようなものだ。アメリカの経済は堅調ではあるものの、ドル高傾向が輸出に悪影響を及ぼしているという見方だ。かつてトランプ政権内では、之に対抗するようにドルを売って調整しようとの強硬意見もあったようだが、世界の基軸通貨ドルを売るという行為は為替市場ではタブーとされていて、そこまではしなかった。然し、ここに来て、そのタブーさえも犯しかねないような状態になってきているとのことだ。今や、アメリカと中国は世界のトップ2の経済大国になっていることから、世界経済への影響が更に重大な局面になっている。解説を上滑りに読んだだけで、この両大国が、互いに為替操作に介入してしまうと、円高傾向で推移している日本はダメージを受けるとされる。それが具体的にどのような形になって表れるのかはよく分からない。(説明できない)新興国も自国のためにと、通貨安に走ると、資本の流出に晒されるという。(具体的なイメージが出来ない)基軸国(今はアメリカ)が通貨安を仕組むと、混乱は世界中に伝搬して、世界の経済が減速し大混乱になるとされる。2015年には人民元ショックが起きた。元の基準値を突然切り下げたために、市場で元売りが殺到して中国から大量のマネーが流出して大混乱を来たし、グローバルな株安を招請したのだ。自国の通貨が安ければ、輸出が増大することは理論として分かる。中国が元安の1ドル=7元を容認した経緯は、既に米中貿易紛争の影響を受けて、国内経済が悪化していることを物語る。中国の中堅自動車メーカー北汽銀翔汽車は操業を停止する事態になっている。輸出不振で、26万台を製造した3年前に比べて今年の前半でたった4万台しか製造していないのだ。こうした国内の事情が中国の元安誘導を容認させたとみられている。アメリカがドル安誘導をしたなら、中国が対抗せざるを得ない事情は単純に輸出が減ると言うばかりでは無い。中国は3兆1千億ドルの外貨準備を抱えている。ドル安が進めば、その価値は大きく損なわれることになるわけだ。一方対外債務は1兆9千億ドル台で推移しておりドル安で債務が減少してもそれ以上に外貨準備が減少する方が大きく影響することになる。ここは捨て身でも元安に誘導する迄に追い込まれていると云う事も云えそうだ。こうした状況下で、新興国は多大な影響を受けている。南アフリカのランドは5%下落し、チリの株価は4%下がった。世界景気に敏感な銅も売られて国際指標の先物価格は安値水準となった。このような影響が、何故起こるのかは、説明しきれないが、ともかく、世界中に影響を及ぼしていることに違いは無い。米FRBは10年半ぶりに利下げに踏み切ったけれど、新興国では64億ドル(約6700億円)の資金が流出超となった。流出したお金が回収されないのだ。関税を互いに掛け合うだけの場合は、2国間の問題で住むが、事が為替に及べば、その影響は世界を広く揺さぶると云う事だ。(その先に書かれたハイイールド債などのことはよく分からないので飛ばす)国際通貨基金(IMF)の2019年の成長率の予測は3.2%と2010年以降最も低い値になっているが、米中の衝突はこの値を更に低下させる方向だという。FRBの利下げで戻ってくるはずのお金が戻らないとか、株価は下がったままで上がらないとか、世界の経済はすくんでしまっている。この状態は2009年に世界金融危機になったとき以来最も危険な状態だという。過去リーマンショックを紛いなりにも乗り切ったのはG20を中心にした、各国の問題意識の共有と政策協調だったという。然し、現在の状況は保護主義の蔓延で、世界を冷静に見られない近視眼的な状態に陥っており、あたかも1930年の大恐慌を想起させられるほどだという。ここに来て、中国(人民銀行)は1ドル=7元を更に下回る基準値を設定するような兆しだ。中国では基準から上下2%の範囲でしか変動が認められないとのことになっている。もうこの辺りになると何を意図して何を行っているのかの整合性すらつかない。要は中国は、アメリカに対抗して、元を低く誘導して、あくまで貿易上の優位を手に入れようとしている様に見える。後先のことは、最早どうでも良いと言いたげな風情だ。制裁第4弾が発令される事による中国国内のダメージをのみ保護する目的に終始しているかに見える。1ドル=7.2~7.3元まで下落すれば、関税第4弾の影響を相殺できるとみているようなのだ。元安が、中国が考えるように緩やかに進めばまだ何とかなるのかも知れないが、急激に下がるようなことになれば、中国から海外へ資金が流出してしまう事も考えられる。そのようなことになれば、2016年に行ったように海外への送金を規制する事も考えられる。日経を含む外資系企業が、中国で稼いだお金を本国に送金できない事態になって大混乱を起こしたことが再現されるかも知れない。中国は責任ある大国だから輸出競争力のために為替操作などしないと言っていたが、やることと云う事は全く一致していない。経済もややこしいが、中国も、いやトランプも又ややこしい存在だ。【古今和歌集】825.忘らるゝ身を宇治橋の 中たえて人も通はぬ年ぞへにける (よみ人しらず) 忘れられた身はつらいもので、仲が絶えたまま、通う人もなく月日が過ぎました (この頃の宇治橋は人も絶えたとの意も込めて)
2019.08.10
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今日は前回雨で流れた北摂天神会ゴルフコンペだ。先週同様、暑い日ではあったが、若干風があって、少しはましな感じだった。然し乍ら、ショットはどれも良い感じには当たらず、パターも今一つで、不本意な結果になってしまった。一応コースバイコースで記録する。インからのスタートだった。82歳のお医者さんの先生と友人夫人との3人の組だった。Gティーからで、何時もの通りだったのだが・・・。No.10 TSはまぁまぁの感じでFWCRだ。先生は随分先を行く。2打目120YD残って、6Iはチョロしてしまった。残り80YDを8Iでオンし、重い芝を2パットしてしまった。ボギーだった。ここは3人ともボギーだった。(±0)No.11 110YDショートでピンは下段だ。7Iでオンした。2パットのパーだった。先生も同じパーで、ここはバンカーに入れた夫人のみボギーだった。 (±0)No.12(クリーク)TSはど天ぷらだった。後ろで後輩が囃し立てた。ラフから2打を5IでFWに付けた。然し3打は、シャンク気味に、右に飛んでしまい、4オンとなった。惜しいパットが外れてダボになった。先生は楽々パーを取った。夫人も私と同じだった。(-1)No.13 やや打ち上げ、右ドッグ。TSは良い感じでFWCRだ。2打も良い感じでFW左だ。3打はバンカー越えだが、一寸引っ張ってGR左だ。7Iで寄せきれず2パットのダボだ。先生は、TS、2打ともチョロ気味だったが、3打で見違えるように良く飛びGR手前だ。4オンになり、2パットのダボだった。夫人は、TSは良かったものの、ここを何故か9打としていた。(-1)No.14 (打ち降ろし)左GRで126YDだ。前回同様TSを6Iで短く持って1オンした。これはニアピンになった。之が唯一の賞だ。然しパーだった。先生は、同じく1オンでパー、夫人は、少しGRを外してボギーだった。 (±0)No.15 TSは良い感じでFWCRだ。2打はまぁまぁで右ラフだ。3打は9Iで辛うじてオンした。2パットのボギーだった。先生は3オンながらピン近でパーだった。夫人は、私と同じだった。 (±0) No.16 TSは良い感じで一寸右目に真っ直ぐに飛んだ。然し先生は更に前を行く。毎回置いて行かれる。2打をチョロして右ラフだ。3打は良い感じに振り抜けたが、左足下がりのラフだ。4打を、GR手前にまでした運べず、更に5打でシャンク、考えられない。6オンで3パットになって仕舞い、トリプルだ。先生はここをボギーで手堅く上がった。夫人はバンカーに入れるなどして私と同じトリプルだった。 (-2)No.17 このホールは2打目が打上だ。TSはどうも芯に当たらず、FW右だ。2打もそこそこの右ラフだ。残り90YD上りを、少し届かず、4オンになり2パットのダボだ。先生は同じ感じでダボだった。ここは夫人のみボギーだった。 (-1)No.18 (最後池越え)。TSは良い感じでFWCRだ。然し距離は出ない。2打をチョロして、3打を又左のラフに入れ、4打もチョロ気味で、5オンにしてしまった。しかし、1パットで沈めてボギーだった。このHは皆ボギーだった。(±0)前半は、5打改良の余地あり。後半に備え、上着だけ着替えて、昼食はスープカレーを食べた。No.1 TSは、飛びは良くないがFWCRだ。2打もまずまずのFWCRだ。3打で辛うじてカラーだ。然しそこからPT3つ叩いてダボだ。先生もボギーだった。夫人のみ8打だった。(-1)No.2 TSは、良い当たりで、FWCRだ。2打は良い感じで、FW右だ。3オンしたが2パットのボギーだった。先生はここを2オンしてパーだ。夫人は3オンしたが3パットで、ダボだった。 (±0)No.3 TGはかなり前方の、サービスホールだ。TSは少し高めに上がり左だ。2打でGR近くまで運んで、3オンとし、2パットのボギーだ。先生はTSがすこぶるよく、2オンはしなかったが、1パットでパーだった。夫人は私と同じボギーだった。 (-1)No.4 フラットなショートで短い。9Iで、良い感じだったが、少しショートした。2オンし、OKに近い球を2パットしてボギーだった。ここは、2人とも1オンしパーだった。 (-1)No.5 このホールは何となく合う感じだ。TSは良い当たりで、右のラフぎりぎりだ。2打も良い感じでFW右だ。3打で、少し当たり悪く、右土手からGR手前ラフだ。4オンが先ず先ずで、1パットのパーを拾った。(このホールだけ納得だ)先生は、ボギーで、夫人は運悪く池に入れ、3パットもあって8打だ。 (±0)No.6 何時も長く感じる、打ち上げ後フラットなミドルだ。TSは変なところに当たって、右ラフだ。2打は快調にFWCRだ。3打は少し当たり悪く右のラフだ。4オンで、しかも3パットの7打だ。ここは2人ともダボだった。(-2)No.7 長いミドル。TSの当たりは先ず先ずだが、右ラフだ。2打は良い感じでFWCRだ。3打では少し届かず、4オンとなり、2パットのダボだ。先生はボギーで上がっていた。夫人は、ここを4オンで3パットの7打だった。(-1)一寸疲れた感じだ。No.8 今日のピン位置はバンカー越えだ。6Iでトライしたが、良い感じに見えた打球はバンカーに捕まった。悔しい。2打で出して、そこから2パットで、ボギーだ。先生はGRを外したが、1パットでパーを取った。夫人は、ダボだった。(±0)No.9 TSは良い感じで、左側だ。ラフが深くボールが見つからない。ここら辺だと言うところから打たせて貰った。FW左バンカーの手前だ。3打を少し当たり悪く右ラフだ。4オンしたが、ピンに遠く、3パットの7打だった。先生はボギーで上がっていた。夫人は、良い感じで、先生と同じくボギーだった。 (-1)今日は先生に名を成さしめた。3位になっていた。後半は7打は縮められそうだ。そうして架空のタラレバで、先生とやっと肩を並べられる感じだ。ニアピンが獲れただけ、何ともしっくり来ないゴルフだった。同期の友人が優勝、夫人の夫である友人はベスグロの82だった。彼我の差ますます開く感じだ。段々衰えていくとはいえ、82歳の先生にかくも置いて行かれるとはただただ感心すると同時に、もっと頑張らねばと次回に掛けることにした。急いで帰って連れ合いがリラクルに行くのを送ることになっていたが、取りやめになったらしい。
2019.08.09
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0kmで折り返し、帰りはシャルマンを通った。父母の墓参を途出掛けた。先ず千里寺へ向かったところ、吹田ICがその先の事故のため閉鎖されているとのことらしく、中国自動車道の分岐点辺りで、しばし考え、中国道を走って豊中ICから一般道を戻る方が近いかと豊中ICに向かった。分岐(JCT)部はスムーズに走れたが、カーブを曲がったところで、中国道も渋滞していることが分かった。致し方ない、じりじりじれながら豊中へと向かった。帰りの一般道もどうやら混んでいるようで、今日は千里寺参りを断念し、京都の大谷本廟だけに絞ろうとのことになった。それなら、いっそ、新名神の神戸JCTを回り込んで、空いているはずの新名神を使って戻り、京滋バイパスから京都線を使えば良いとのことになった。しかし、トイレの問題が生じ、やむなく豊中ICで降りることになった。後は171号線を戻り、途中、箕面のコープで買い物などして、箕面トンネルを通り、新名神に入って、高槻に帰った。すると新たな交通渋滞情報が分かり、高槻から先も又渋滞しているとのことだった。やむなく高槻ICで降り、171号線を使って、途中、昼食を採りながら、やっと大谷本廟にだけは参ることが出来た。帰りも一般道を走ったが、見上げる京滋バイパスはトラックが殆ど動かない状態であった。日本は車が多くなりすぎたようだ。***かんぽ生命の不正はどう決着していくのだろうか。不適切な疑いのある物件は直近の5年分だけで18.3万件に及ぶ。その手口というのは実に壮絶で、本当か?と思わず疑いの声が先行するほど悪辣だ。本人が知らないうちに知らない人が書いて保険に加入しているなどと言うのは特別のことではないようだ。目先の契約獲得のためには、嘘でも何でもつきまくり、果ては偽造の契約書まで作って新規の契約をしまくるというおよそ考えられない詐欺集団だ。かんぽ生命と日本郵便は、顧客本位では無かったとわびたようだが、あんな謝り方、そして責任は取らないという居座り方、断じて許しがたい。ふと森友加計問題で、佐川が起訴されなくて事件に幕が下ろされる時期と重なり、日本はどうなっとるんじゃである。佐川の場合、そもそもの発端は一国の宰相がついた嘘が起源である。安倍が一連の虚偽を正当化してしまった風潮がここかんぽ生命の不正でも脈々と生きているといった感じだ。かんぽ生命や日本郵政の場合は、トップが辞任して責任を取るなどと言った甘い処置では済まないはずだ。詐欺が公になったのだから、責任者は、詐欺を指示した咎で逮捕投獄されるべき案件だ。然し居座ると言うし、それを許している。何じゃ。持ち株会社の日本郵政の株は政府が6割を占めている。ということはこの極悪人の黒幕も又安倍と云う事になる。下手人共々投獄されてしかるべきだ。そんな嘘つき、詐欺師の元締めを我々はトップに頂いていると云う事になる。あなおぞましや。事が発覚したとき、ノルマ制を一旦止めるとした。一旦だ。そしてノルマ達成度合いで支払われる給料体系に影響が出ないように(郵便局員の給与が下がらないよう)と特別の指示が出たという。おいおい、騙された方は放置して、騙した側の心配をするのかと、腐りきった体勢が腹立たしい。前島密が始めた当初の理念はすこぶる立派なのに、こうしたノルマ体勢を引いて、嘘をつくまでして、国民を騙し、挙げ句の果ては、不正を感知した内部の人間に対して、会社を売る気かと脅迫する始末。その後、日本郵便は社員にネットへの投稿禁止を指示している。隠蔽だ。何やら解説を見ると、日本郵政の中の全国局長会議(全特)が、与党と通じていて、票田となっていることから、大きな力を持っているという。完全民営化には成っていないことで、新しい商品を出すためには民業圧迫とならないようにとの配慮から、政府の認可が居るとのことだ。民間と呉して経営が成り立たない基盤となっていたようだ。そこに導入されたのがノルマ制だ。新規事業のみカウントするとしたノルマは異常なもので、損益よりも目標達成度合いに評価点が置かれていた。赤字の郵便局よりもこつこつと日常作業で黒字を達成している局の方が評価点が低くなるといった具合なのだ。こんなことが本当にあるとしたら、それを評価している奴も同罪で縛につくべきだ。ネックは全国何処でもあまねく郵便を定額で届けるユニバーサルサービスがあるからだ。それが赤字の元凶で、そう言われると、なるほどと頷いてしまう。そんな全国津々浦々の郵便局で、かんぽ生命とゆうちょ銀行を扱わなければならなくしてしまった。郵便局を民間に託す時期もあったが、郵便局自身をリストラすることには大きな抵抗があった。それが全特が支える郵政族という族議員だ。示された図表では、2003年度から2016年度に掛けて、地銀は5%削減され、信金は9%削減されている中、郵便局の数は殆ど変わっていないのだ。政府も実質の民営化に向けて、政府の持ち株比率を64%から3分1近くに下げ、株を放出しようとしているようだが、減配になるかも知れないと証券業界からの横やりが入る。また放出による益を東日本大震災の復興財源にと目論んでいるようだが、原価の株価は目標額1.2兆円を確保するためには100円近く株価が低迷している。そして今回の不詳事だ。株価は何処まで下がるのか、収拾が付かなくなってきている。金融庁も同罪だが、ここに来てゆうちょ銀行への通年検査の通知を出した。問題としたのは、経営戦略という根本的なことだった。低金利政策が続く中、郵政グループ全体として集めた金を国債で運用利殖を得るとの構想は破綻してしまっている。そこで行われたのがノルマ制だ。郵便局員を総動員して、不正な金融商品を売っては解約新規の契約をと矢継ぎ早に不正に走ったことになる。こんな経緯を見ると、金融の何たるかを理解しない我々レベルでも経営が向上することなど期待できないと思ってしまう。それにしても今回の不正契約で生じた損害に対して、日本郵政やかんぽ生命、いや、大株主の日本政府はどのような処置を採るのだろうか全く見えてこない。ことは、かんぽ生命、2万2千件で保険料の二重払いから始まった。顧客に不利益となる保険の乗り換え契約で、顧客に半年以上にわたって新旧契約の保険料を二重払いさせていた事例だ。かんぽ生命では新契約を結んで6カ月以内に旧契約を解約すれば乗り換えとみなし、郵便局員に支払われる手当や営業成績が新契約の半分となる。このため、一部の局員が手当の満額受給などを狙い、6カ月が経過した後に解約させる不正販売をしていた。この時顧客は解約まで新旧両方の契約の保険料を負担する。顧客が旧契約の解約から3カ月以内に新契約を結んだ場合も乗り換えとして扱うので、局員は手当てや営業成績が減る。このため解約からの期間が3カ月を超えてから新たな契約を結ぶ事例も多かった。新契約までの間、顧客は保険に入っていない状態になるこの顧客の無保険状態と、新旧契約の重複契約で保険料の二重支払いという2件が代表的な詐欺の例だ。郵便局に勤める職員が述懐する言によれば「新しい契約を結んでも、既存の契約をすぐに解約しないやり方は以前からあり、この不正は2016年ごろから横行していたとのことだ。 成績優秀者に手当をはずむ一方、成績不振者には研修や顧客の少ない地域への配置換えなどの「ペナルティー」を科していた例もあるということで、悪者が正直者より評価を受ける安倍政権下の官僚そのままの事例だ。【古今和歌集】824.秋といへばよそにぞきゝし あだ人の我をふるせる名にこそありけれ (よみ人しらず)「秋」という言葉は、自分とは関係ないものと思っていたが、浮気なあなたが私を 「飽き」て見捨てるということにぴったりの名前だったのですね (あだ人 ・・・ 浮気な人、ふるせる ・・・ 古いものとして見捨てる)
2019.08.08
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。中学校のサマースペシャル前半の最終日だ。連れ合いと共に参加し、何人かの子に接した。終了後に、アドバイザーの1人からラグビーのルールとスクラムなどについてブリーフイングを受けた。その後、連れ合いは豊津に出掛けていった。***中国の国防白書の紹介が5回(日)に亘ってあった。4年ぶりの発表だという。2050年ごろまでに「世界一流の軍隊の建設をめざす」ということで、軍事大国になることを唱っている。中国が発展するための障害になることを許さないとしている。当面の相手国はアメリカで、常に念頭にあるのはアメリカだ。1980年代に主張しだした事に第1列島線と第2列島線構想がある。対米防衛戦線で、第1は日本の鹿児島から、沖縄を含み、台湾を取り込んで南は南シナ海を取り込む形で設定している。それは手始めであり、第2では小笠原諸島からグアムを通り、南はニューギニア島まで至る線を設定している。この第2次列島線を2020年までには突破しようと目論んでいる。そうして究極的には、2050年には世界的な制海権を手に入れるといった構想に繋がる。安倍が言う地球俯瞰外交どころか、地球をアメリカと同等に折半して支配すると言った遠大な構想なのだ。以前は対ソ国防を重視し、長い国境を防衛するために陸軍が主体であったのが、ソ連の崩壊もあって、ロシアは対中国との関係改善に動いたために、中国が目指したのは東の太平洋進出と云う事になったのだ。台湾を自国と同義とする中国は沿岸警備程度だった海軍を増強し近海海軍へと転換を図った。勿論之に伴って空母「遼寧」を紛いなりにも完成させ、空軍も増強してきた。中国がインド洋や西太平洋へ進出する意図の表れだ。核の反撃能力や中長距離の精密打撃能力の向上も計画している。強い国が世界のルールを変えるのだと公言している。アメリカを想定していることは勿論だ。アメリカは之に対抗して、南シナ海で「航行の自由」作戦を展開し、中国の勝手な動きを牽制している。中国は台湾を不可分の領土として、強くアピールしている。台湾の独立を認めないと云う事だ。之に対して、アメリカは台湾への介入を強める如く、台湾海峡に太平洋艦隊(第7艦隊)を派遣、通過させている。台湾を中国が死守したいのは太平洋やインド洋へ進出する足がかりのためだ。台湾での陸戦を考えているのか、中国もアメリカの海兵隊同様の海軍陸戦隊を新たに組織した。台湾を取られたくないという本土習近平の焦りもあるようだ。客観的に見て、台湾は既に中国本土とは相容れない体勢になっていることを理解しない中国はこれからも無理なごり押しを仕掛けてくるかも知れない。中国と台湾の軍隊を比較した表が示されていた。中国:台湾で項目毎に比較してみると、総兵力は200万人:22万人、陸上兵力は98万人:13万人、空母・駆逐艦:フリゲートは80隻:20隻、海兵隊は1.5万人:1万人、戦闘機は852機:327機と、圧倒的に本土側が有利だが、そうはさせまいと台湾の後ろには、アメリカが居て日豪が居るという感じなのだ。尖閣列島を釣魚島と勝手に命名して中国固有の領土だと宣言し、この辺りの海域のパトロールを強化している。日本の領海は確実に踏みにじられているのだ。中国がこの辺りに進出してきたのは2008年12月だ。この頃から実力で現状を変更しようと動き出したという。青森沖で、中国の公船が領海内に侵入してきたと言うが、これまでも、境界すれすれや意図的侵入は多い。日本の動きを観察しているようだ。習近平は表向きの顔で日中関係の新しい歴史的スタートラインについたと表現しながら、沖縄本島と宮古島との海峡を3度も空母遼寧を通過させていて、中国機もその辺りを偵察飛行している。之に対して日本の航空自衛隊がスクランブルを掛けたのが2018年度に638回を数えたという。ロシアが南下したいといった渇望と違って、上海辺りを集中的に外洋への窓口とすれば足りそうだし、福州もあるでは無いかと言いたいのだが、それでは満足しないようだ。単なる交易では無く世界制覇なのだから。中国は勝手に九段線(中国の赤い舌)を設定している。南シナ海のほぼ全域を囲う9本の破線でその中は全て中国の領海だと、国際法上、何の根拠もない主張を繰り返している。既にフィリピンの提訴で国際仲裁裁判所では、九段線に法的根拠はないとする判決が出されている。中国のごり押しが通れば世も末だという感じだが、世界を布武したい中国は聞く耳持たずといった状態だ。ここを死守したい中国の意図は、原油などの通行の主要ルートである事と共にアメリカが進出してこないようにとの防波堤的な意義のためだ。南シナ海は水深が深く、中国も原潜を潜らせて、アメリカを何時でも攻撃できる体勢にあることを示したいわけだ。東南アジア諸国も、この中国の横暴には対抗している。アメリカも日本も更にはオーストラリアも団結して中国の横暴を抑えようとはしているが、中国のごり押しが何処まで続くのか、尖閣列島の帰趨も含めて、これからも小競り合いは続く感じだ。7月23日に竹島上空に中国とロシアの空軍機が複数機侵入した。中国とロシアによる合同訓練と云う事だが、如何にも騒々しい。昨日の脅威は今日の友好軍とばかりに中国の防衛白書内ではロシアとの協力は世界平和に不可欠としている。あんたら2国が世界をかき回しているだけではないかと言いたいが、そんなことを真顔で云える白書も又滑稽である。ひとえにアメリカ駐留軍を中心とした日本、時には韓国の動きを牽制するものだ。中ロは都合の良いときに協力し合うへんてこな関係だが、大事の前の小事的感覚なのだろう。中国はさらに、ASEANと合同で、中国・広東省沖で合同の海事訓練を実施した。カンボジアとは密約で同国南西部の港町に前哨基地を置く密約をかわしたと米紙が報じた。これは、中国、カンボジアとも否定しているようだが、疑念は晴れないとのことだ。カンボジアは親日的でもあるがより親中だ。そこに一帯一路の名の下巨額の中国資金が流れているのだから、中国寄りになることも否めない。あまり報道されていないのか、それとも注意がいかないためか、カンボジアの情勢はあまり伝わってこないものの、プノンペンの街中は中国資本が大量に流入し、各所で工事が行われているようだ。6月23日に建設中のシアヌークビルが倒壊し、28人が亡くなったが、これも中国企業の手抜き工事だったとのことだ。推して知るべしとは云えないかも知れないが、中国によって犯される悲劇はこの程度ならまだましと云う事かも知れない。最後に中国の国防費の年時変化を示した棒グラフがあるが、2000年辺りから一定の割合で増加し続け、2019年は前年比7.5%増の1兆1898億元(約19兆円)だ。この伸び率は、経済成長率(6.0~6.5%)を9年連続上回っている。なお、公表金額には研究開発費などは含まれていなくて、実際の額はこの2倍以上もあろうかとのことだ。やっていけるのか・・?中国の国防白書には「平和と発展の道を堅持する」と唱っているとのことだが、ロケット軍の増強や核反撃能力の強化などが併記して掲げられるという、自己矛盾的な内容になっている。誰も、何処の国も戦争を忌避、平和を希求するとしながら、実際の行動は正に一触即発、その結果は人類の滅亡に繋がることを知りつつ、愚かしくも時を打ち続けている。因みに2018年の世界終末時計は、トランプのツイート、ロシアとアメリカの核兵器製造、北朝鮮、イランなどの核兵器問題などで、残りは2分程度まで縮まったとなっている。トランプも、習近平も時計を縮めることのないように自制して貰いたいものだ。【古今和歌集】823.秋風のふき裏がえすくずの葉の うらみてもなほうらめしきかな (平貞文) 秋風が吹いて裏返すクズの葉の裏、それが次々と「裏見」せるように、恨んでもまだ恨めしいことかな (くず ・・・ マメ科のつる草の名前、裏見は怨みを掛けている)
2019.08.07
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今日のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下迄を往復し、帰りはシャルマンを通った。中学校のサマースペシャル2日目だ。***再起動するマイクロソフト(MS)という日経の記事がある。MSと言えば、パソコン基本ソフトの「ウィンドウズ」が直ぐに思い浮かぶ。パソコンをより機能的に稼働させる驚異的はソフトだと、今まで(今でも)ずっと使い続けてきた。そういった往時の最先端企業が今や落ち目になっていると云う事が最近語られるようになった。より新しいアーキテクチャーが出てきたと云う事よりも、グーグルやアップルに主導権を奪われ、埋もれてしまったと云う事かも知れない。この落ち目になった企業として、米国のDECやサン・マイクロシステムズ、更にはヒューレット・パッカードや、富士通そしてあの巨大企業IBMも同様の息切れした企業という範疇に入れられている。ところが、その中で、MSが過去数年間で、驚嘆すべき復活劇を演じてきたというのだ。2019年6月期の売上高は前期比14%増の1258億ドル、純利益は同2.4倍の392億ドルに達し、ともに過去最高を更新した。足元の株式時価総額は1兆ドルを超えGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を抜き世界一に返り咲いたのだ。図に示されたMSの株価を見ると、過去に例を見ない上昇ぶりをしてしている。定常的な30ドルを前後する2001年~2012年頃に比べて、今や140ドルに迫る勢いなのだ。図に示されている期間は丁度ビル・ゲイツがCEOを降りて、さらにスティーブ・バルマーが降りた後の時期に一致している。その時期は数年前で、サティア・ナデラがCEOに就任した時期だ。この期間に驚異的な上昇を遂げているのだ。何かしら大いに意味ありげな図表である。ただ、業績がうなぎ登りになったと云うだけではないようだ。以前は競合他社を力でねじ伏せて何が何でも利益を守る(過去MSは「悪の帝国」と呼ばれていた)にといった姿勢だったのが、そういったことは一切無く、現在、個人情報問題や競争制限行為で物議を醸しているフェイスブックやグーグルなどとは対照的にクリーンでなのだ。意味ありげな図表は、矢張りCEOのサティア・ナデラにあるようだ。かれは、インド出身で、その社内評価は、極めてソフトだというのだ。新聞には、ナデラが部下に声を荒らげたり、怒りのメールを送ったりする場面は想像できないと幹部が言っているとのことだ。之に反して、先代(スティーブ・バルマー)、先々代(ビル・ゲイツ)は結構粗っぽかったようだ。大企業にありがちなワンマン経営者を直ぐに思い浮かべるが、実際にそういった典型名CEOらだったようだ。ナデラCEOは「社員一人ひとりが難題に立ち向かい、乗り越えようとすることで、個々人が伸び、その結果、会社も伸びる」と言い続けたという。なんだか教科書的で、そういった優等生的やり方でどうなるのだと言った事を思う時代に育った者には、そんなソフトな対応が功を奏するとは思えないと考えてしまう。然し、現実の図表は、彼の方針が、そういった懸念を払拭するどころか、驚異的な成長を遂げていることを示している。ナデラは就任以来、一貫して「型にはまった(fixed)マインドセット」から「成長志向の(growth)マインドセット」へ転換しなければならないと言っている。そして、「成長」とは心意気であり、利益など数字ではないとしているのだ。彼が、信奉するのが、ピーター・ドラッカーの残した「文化は戦略にまさる」という言葉だという。この彼の採ったやり方の具体例として、次のトピックスが挙げられていた。かつて、マイクロソフトのトップは、日英独など主要市場は毎年1回訪問し、顧客との懇談や会見をするというのが定例になっていた。ところが、それを、ナデラは必要な時に必要な場所に行く方式に改めたというのだ。そんな結果、過去5年間の来日は2回にとどまる一方で、ベトナムなど新興市場にはしばしば足を運んでいるのだ。日本へは年1回と固定して考えるのが「型にはまった考え方」であるのに対し、臨機応変に訪問先を選ぶのが「成長志向の考え方」だと言うわけだ。その方が合理的であるし、より有効だと云う事だ。定常飛行をしているところは、そのまま放置してもよもや墜落はしないだろうが、これから飛び立つところでは、的確な離陸条件を整えなければならないとでも云えるだろうか。更に詳細な例として、4年前の「ウィンドウズ10」の発売イベントでは、ケニアの小さい村でセレモニーに臨んだとのことだ。ケニアをこれからの成長の舞台だと踏んだからだ。通常新製品を華々しく発表するときのお膳立ては、大都会での華々しい発表会だとするのが常識(都会セントリック)だと思うところが、今までのやり方なのだ。因みにセントリックとは都会中心だと云う事らしい。そういったことの積み重ねが現在の急成長をもたらしたと聞けば、なるほどと云うしか無いが、ビル・ゲイツが、立ち上げ、低迷に陥いった状態が続いたバルマーの統治を立て直すのに、こういった考えで会社を引っ張っていくなどという考えは、おそらく常人には考えられなかった事だろう。そうで無くても低迷を脱するために、大声を張り上げ、叱咤し、自ら先頭に立って、大舞台(日本や、欧州など)にてこ入れするのが普通のように思える。それ以外の手法を他の誰が採れたというのだろうか。こういった事を率先して出来るのが、ナデラだと言うことになる。むしろナデラならではと云う事だ。更には、過去に激しく争った相手でも、必要なら柔軟に手を結ぶという戦略だ。これもなかなか出来ることでは無い。そんな例として、データベース市場で覇権争いをした米オラクルとクラウド基盤の相互接続で合意したことや、ゲーム市場で激しくぶつかったソニーと提携すると言ったことをやり遂げている。更には、バルマー前CEOが「ソフトウエア市場を殺すがん」と、口を極めて攻撃したオープンソースのLinuxにも歩み寄り、開発者コミュニティーと良好な関係を築いたとのことだ。そして極めつけは「ウィンドウズ」を絶対視する発想から組織を解き放ったことだ。こんな会社の柱となる不可触の事項をも柔軟に考えられる思考力なのだ。ナデラがCEO就任時に全社員に当てたメッセージでも、「Windows」という単語はなかったとのことだ。普通ならば、我が創業者が、立ち上げた世にも希なる素晴らしいソフトを守れとか、更に改良を加えて、世の中に旋風を再び起こそうとか言ったアジテートは無かったというわけだ。そんなことよりも、他社の優れた技術を、積極的に取り込むことで、より使いやすい有用なシステムを作り上げることを選択したのだ。そうか、それなら俺もとはなかなか踏みきれないことだ。私も会社時代に社のトップや上司が、「変わろう!」とかけ声を掛けていたが、今考えると、変えたくないのがそのトップや上司では無かったかと感じてしまう。ナデラのようなやり方をすると、失敗してしまったらどうしようとか、変える事へのリスクを先に考えてしまいそうだからだ。之を見たとき、2代目のバルマーは一体何だったのだろうかと思ってしまった。マイクロソフトの今後が楽しみな気がする。【古今和歌集】822.秋風にあふたのみこそかなしけれ 我が身むなしくなりぬと思へば (小町)秋風にあう田の実こそつらいものだと思います、飽きられて頼みを失った我が身が空しくなってしまったことを思えば(たのみ・・・田の実(稲))秋風は飽き風を掛けている
2019.08.06
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄を往復した。中学校のサマースペシャル(学習会)が始まった。結構大勢が夏休みの宿題を持ち込んで励んでいた。昼食と買物を松坂屋出済ませて、夕方には太郎君と孫達が三々五々やってきた。弟が真っ先に、続いて兄貴が塾帰りで遅くに、そして最後は太郎君がやってきた。連れ合いは、その度毎に食事の世話で大童だ。皆が帰ったのは10時を越えていた。弟の方は泊まりたかったようだが、明日(学習会がある)を考えて、次回送りとした。***自動運転車の実証試験研究が本格的に行われる。ここで言う自動運転とは人が介入しないレベル4の基準を満たすものだ。10月から首都圏の一般道や高速道路で始められるようだ。周囲の交通情報と連携して、外部からの信号に従って都市部で安全でスムーズな運転が出来るかどうかを確かめる。車独自のセンサーの向上、カメラの性能アップ、GPSによる位置情報の確認など、個々の技術は相当なレベルまで上がっているようだが、交通システム全体を見たときに必ずしもスムーズに自動運転が可能だという検証はされていない。突き詰めれば、自動運転は如何に周囲の交通状況に応じた運転が出来るかどうかだ。連続する都会の信号を如何に巧く走ることが出来るかなどは、スムーズな運転には必要な項目だ。今も適用されているのだろうが、系統式信号機というのがあって、法定速度で走っていると、連続する信号は車の到達に合わせて青信号に変わるというのがあった。こうすることで、車は一々赤信号で止まる必要は無くスムーズに進むことが出来る。この方式は、予めプログラムされた信号が、車の流れと合ったときには、殆どストレス無く通ることが出来たが、今回考えられているのは、信号機がアクティブに信号の切り替わりを車に電波で知らせると言った事を含む内容だ。また、高速道路に進入しようとする車から、発信された電波を拾うことによって、合流地点の車の速度や車間距離などを調整すると云った事も考えられる。今は、私などは、高速道路の合流地点に差し掛かると、進入してくる車が認められると、走行車線から追い越し車線に移り、目視で、進入車両との間合いを計っているのだが、之が自動的に感知して、自分の速度と進入車の速度を互いに調整することになるわけだ。外部からの信号をキャッチすることで、車の速度を調整してタイミングを計って安全に合流できることになる。実証実験は内閣主導で、参加する企業や大学はトヨタ自動車や三菱電機、名古屋大学など計28機関だ。お台場や羽田空港付近の一般道、首都高速道路の一部で、一般の自動車に混じってこれらの自動運転車を最大100台ほど走らせる計画だ。こうした要素技術は2018年にはかなり場レベルまで個別の研究が進んでいる。警察などは通信機を配置して、信号機の切り替わりなどを車に信号を送り、国土技術政策総合研究所(国総研)などは、高速道路の合流地点(インターチェンジ)にセンサーを設置して、本線を走行中の車の位置や速度などを検知して合流しようとしている自動運転車に配信する試みが行われている。すでに、高速道路の渋滞や故障車などの情報を知らせる次世代型の「自動料金収受システム(ETC)2.0」も徐々に進められいる。政府は2020年をめどに、アクセルやブレーキ、ハンドルの操作を自動運転システムが行い、緊急時に自動運転システムの要請でドライバーが対応する「レベル3」の導入を高速道路で実現することを目標に掲げている。こうして、合流前の車両は的確に判断することが出来、安全でスムーズに本線走行の車列に安全に合流できるよう、本線の交通情報を合流前の車両に伝えるシステムを開発する。特に、見通しの悪い合流部では詳細なコントロールが必要になってくる。感知器を道路に設置して、そこから得られる信号を、合流部手前に設けるアンテナを使って車両に送信することで、本線への進入速度やタイミングを自動で調整できるように目論まれている。受け取る車側は、受け取った情報で車の安全走行機能がどの程度向上するかなどを検証する。こうした自動運転に必要な、外部状況を把握するツールとして、白線や標識を認識するカメラ、周囲の他の車両など障害物の位置を検出するレーザーなどのセンサーの開発などは既にかなりなレベルまで到達しているようだ。渋滞の情報や信号等で交通を規制する交通環境の状態を一括纏めてデジタル3次元地図というものがすでに作られている。こうした3次元地図上に全てのデータを集約して。車の動きをコントロールしようとするものだ。それを踏まえて、より自動化の進んだレベル4を実現しようとしている。こう言った考えの基に、中国では河北省雄安新区において、百度(バイドゥ)などが参加して、同様の企画が進められている。欧州でも地図大手のHERE(ヒア)テクノロジーズなどが完全自動運転に向けのデジタル地図の整備を進めている。こうした企画を遂行するためには、該当箇所に通信機器を配置するなどの膨大な費用と時間が掛かると予想される。実証試験の結果から、有効な配置場所の選定や優先の順位などを判断しようとしている。こうした計画を見ていると、ある特定の区域については比較的早い時点で実施が可能になるような気がするが、そうした特定区間は今のところそれほど広くは取れないだろう。列車の制御なら、定められた線路の上を走るだけだから、自動運転のイメージも浮かべやすいが、一般道路のように、合流や分岐が多岐に場合は、かなり難しそうだ。突発的な問題を加味すると、なかなか一元的に制御することは難しくなるのではないかと思われる。トヨタはすでに、1990年代から自動運転の研究を始めており、相当量の技術の蓄積がある。車の目となる車載のカメラや、周囲に発する赤外線レーザーレーダー等の技術は既に実用化の域に達している。加えて人工知能(AI)を駆使して、過去の走行データなどを分析することで、合流や車線変更の可否を判断する事が出来るとされる。高速道路では、合流や分岐が限定されているので、車線変更や合流、追い越し等の自動化は取り組みやすいのだが、一般道路では、今回の実証試験で、ある程度の知見が得られるだろう。来る東京五輪開催までには、実用化の目処が立てられるであろう事が期待できる。現在は少し下火になったようだが、少し前までは高齢者による道路逆走やブレーキとアクセルの踏み間違いなどが多発した。自動運転とそれらの問題とは性質が異なっているが、高齢者や身体的ハンディのある人が、特定の区間とは云え、手放しで車に乗っていられるとなれば、事態が変わってくるとも云えそうだ。ルネサスは2017年に、運転手のいない完全自動運転の車を試作した。あくまで、車自体を制御し、走る」「曲がる」「止まる」といった事が自動で行えるかどうかの確認だ。こういった車自体の自動化については、かなりなレベルまで進化している。後はランダムな状態変化に適正に対応できるかどうかが焦点だ。2019年には、三菱電機が自動運転技術を搭載した実験車の試験走行を行っている。ホンダも2020年にはレベル3の車の実用化を計画し、独フォルクスワーゲン(VW)やBMWも同様のレベルだ。技術的には各社ともレベル3は順調にクリアされているようで、レベル4の車が走行することも最早眼前に迫っていると云えそうだ。徐々に高まる自動運転に備えて、自動運転車が公道を走行する事を可能にする道路交通法改正案が国会で審議されている。【古今和歌集】821.秋風のふきとふきぬる武蔵野は なべて草葉の色かはりけり (よみ人しらず) 秋風が吹きすさぶ武蔵野は、一面の草葉の色が変わってしまった (なべて ・・・ 一面に、草葉は言の葉に掛けている)
2019.08.05
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で折りかえし、帰りはシャルマンを通った。昼に避難訓練でサイレンが鳴るとか言っていたが、全く気づかなかった。買物でイオンに出掛けた。***表題の件で、日経に3日に亘る解説記事があった。これからの経済政策に求められる方向として、第1に非常時型の実験的・冒険的政策から平時の正統的政策への回帰を挙げていた。今はもう、デフレ、金融危機、リーマン・ショックやなどと言った緊急事態では無く、地に足を付けた政策を採るべきだという。何が冒険的であり、何が正統的なのか、よく分からないが、要は地に足が付いた政策と言うべきなのだろう。第2には生産性の向上に真剣に取り組めという。表面的に巧く機能しているかに見えるが、それは生産年齢人口の減少を女性、外国人、高齢者といった一時的な労働力を動員することで凌いだだけだという。このような場当たり的な(動員型と称する)見かけの生産力上昇でクリアすることでお茶を濁してはならないと言う事だ。第3には、財政・社会保障改革に超党派で取り組むことだという。肝心の与党は、金融審議会の真摯な答申を、難癖を付けて有耶無耶にして受理せず、問題の本質を顧みていない。野党はこの表層的な振る舞いを非難するだけで、本質的な議論をしようとはしない。誰も老後を年金だけで生活できるなどとは思っていなくてもその状態を如何にクリアすべきなのかを議論しようとはしない。真摯に議論するというのは安倍の最も得意なジェスチャー的発言だが、もうそろそろ本気度を出さないと、正に「狼じじい」になって仕舞うだろう。野党も反対ばかりを唱え、実際に舵取りを担うことになったときのことを考えて発言しなければ、本気の議論にはならないと言う事だ。自民党と言うよりは安倍は、憲法改正をしたくてたまらない。参院選では自民党の数は減ったものの、与党の合計議席は過半数を超えた。それを根拠に、一定の理解が得られたと憲法改正の議論が俎上に上ることを国民が認めたと結びつけている。何とも強引なことだ。然し、改憲勢力が発議をする3分の2には達しなかった。そこで考えているのが、野党の切り崩し、乃至は、自分大事のすれからし議員の取り込みといった手段だ。訳のわからない会派に参集して、訳のわからない方向に導こうとする議員の出現を許してしまった。安倍の頭の中には、何とか長期政権を維持したというレガシーを残すことしか無いようだ。敵失の中で勝っている野球チームのようなもので、国民は、彼を全く信用していない。然し、有権者は何故、投票に行かないのか、それが最大の問題点だ。反対票を投じないことは、暗黙の内に認めたことになると云うことを表現していると云う事に気づかねばならない。今の世界で、日本が憲法を変えなければやっていけないと云う事は何も無い。自衛隊ですら、言を左右にして、現憲法下で一応違憲であるという判断は下されずに過ぎている。憲法改正しないと、自衛隊の皆にとって失礼だという位の根拠で憲法を変えるのだとしたら、大いに問題だ。日本の過去の歴史を調べるまでも無く、軍隊を持たないとしていた時から、これほどの軍隊を持つに至ったのだから、自衛隊を軍隊として真っ向から容認すれば、集団的自衛権はおろか、先制自衛権、果ては疑わしき相手には先制攻撃して平和を勝ち取るのだという具合に1歩1歩拡大解釈されることは目に見えている。今日時点では考えられなかった事が1年後には考えても良さそうだになり、2年後には考えなければならないに変わり、そして3年後にはそう考えることが至極当然だという具合に誘導されるのだ。中には、お仕着せの憲法は受け入れられないので、自前の憲法にしなければならないと言った訳のわからないことを平気で述べる輩もいる。内容などは頓着しないで、とにかく自分たちが作っていないという点だけを取り上げているのだ。何かおかしい。現憲法が施行されて久しいが、これまで、憲法上の縛りで、国益を損なったことや、国民が痛めつけられたことがあっただろうか。そんなことは聞いたことがない。なのに何故改正が必要なのか、全く分からない。そんなことよりも、これから先の超高齢化に向かう時代の年金や医療、などと云ったことを真摯に取り上げて明快な解答を出す方が先決では無いか。安倍が提唱したアベノミクスは第1、第2の矢までは何とか弦を放れたのかも知れないが、一番肝心の第3の矢(成長戦略)は何処に行ってしまったのだろうか。目先のことに手を取られ、政治家が最も行わなければならない長期的展望を捨ててしまったのでは無いかと云う事だ。残り少ないとは云え、まだ任期は残っているのだから、この際1つくらい国民のためになることを残してレガシーとしたらどうか。外交問題でも、一体何が解決したというのだろうか、対ロシアの北方領土問題も、その昔と何ら状態が変わらないばかりか、返って後退している感が否めない。プーチンの手先のメドベージェフを易々と北方領土の視察に来させてしまっている。正に言うだけ番長、犯人を遠巻きに「ご用だ、ご用だ」を叫ぶ意気地無しの目明かしの如きだ。一体プーチンとは何度会談を開いているのだろうか、その間何を言ってきたのだろうか。全く役にも何も立っていないのが現実だ。対北朝鮮問題でも、この所何発も何発もこれ見よがしに撃ち出されるミサイルに対しても、何ら応答もせず、安全保障上の問題は無いとして、ゴルフを最後まで続けたと言うから、最早何をか況やだ。どの国も、強権を有した独裁者には、自らの身の危険を恐れて、直言諫言をすることはないようだ。現在の安倍は、独裁とは言えないかも知れないが、取り巻きのだらしないことと云ったらない。顔色を覗って、忖度することで、ご機嫌を取るような輩が横行している。独裁者なら、黒を白と言わせるかも知れないが、おそらく安倍の場合は、灰色を白と位は言わしめるほどの力を有しているのだろう。そう言った力強さは、内に向かうだけで、トランプに対しては、一切「仰るとおり、ご意向のままに」と温和しすぎる。日米同盟が、不平等だとトランプに言わしめ、ミサイルもアメリカに届かなければ、そんなの関係ねぇとばかり容認する始末だ。一体、枡席に椅子を持ち込むまでしてへりくだった朝献外交の成果が之かよと言いたくなるほどだ。僅かに、文在寅に対しては、ホワイト国(グループAと言い替えるどうだ)を見直して、きちっとやるぞと初めてそれらしい対応をするに至った。弱そうな国には強気で出られるが、トランプやプーチンには、一言も発声できない典型的なパシリの性情そのままだ。ここに来て、中国の一帯一路政策に対しても、容認するといった方向に動き始めているようだ。習近平の対世界戦略の野望を陰から支えようとしているのと同じ事だ。こうして見てくると、もう、支離滅裂で、どの方角にも塞がった状態の所謂八方ふさがりになって仕舞っている。この出口の見えない関係を打破する有力な方法が1つだけありそうだ。それは、安倍自身が早々に退陣することに他ならない。後継に又大した人材がいないことも分かっているが、膠着した内政外交を切り開くヒントくらいは退陣することで自ずと生じるのでは無いだろうか。彼のレジェンドは何かと言えば、アベノミクスと地球俯瞰外交と云う事かも知れないが、その成果は、全く実りの無い、言葉先行の9年間だったと云う事に成るだろう。【古今和歌集】820.しぐれつゝもみづるよりも 言の葉の心の秋にあふぞわびしき (よみ人しらず) 時雨が降りしきって木の葉の色が変わるよりも、あなたの言葉に表われる心の秋を見るのがつらいことです (心の秋・・・心の飽き)
2019.08.04
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今日のセミウォーキングは西国街道を北へ向かい、緑地公園を経て山崎駅から宝寺踏切で折りかえすコースだ。万歩計の電池を交換した。外は極めて暑い。家の中でクーラーを掛けて、ゆっくりしていたが、夕方から、籠友会の懇親会があるので、早めに会場の茨木「片桐」に向かった。従って、予定が重なった九人会の鱧の会は不参加とさせて貰った。今日は島本も、高槻も夏祭りだ。水無瀬駅に着くまでに多くの人と出会った。島本にもこれほど大勢人が居るものだと感心した。とにかく、駅までの数100mの間にしたたり落ちる汗をぬぐいながら、駅に着いたら、しばし列車の来る間も汗が抑えきれない程であった。列車内の何分かでやっと汗が引いたものの、何時もなら準急で駅を飛ばすのが快適だったが、今日ばかりは、もう少し車内にいたいと思うほど早く茨木市駅に着いた。そこから又片桐までの区間はアーケードの下だが、矢張り汗を掻きながらゆっくりと歩いた。1時間ほど早くに着いてしまったが、新会長は既に来ていた。昼に、現役との試合があったようだが、とても見に行ける状態では無かった。参加者リストを貰ったが、30人弱の参加だった。顧問の先生方3人と、上は7期生(82歳)から11期、12期、14期と1人ずつ参加者がいた。我々の15期生は1人を除いて4人が参加していた。少し間を於いて、続くのは22期から26期までの5年~11年ほど後輩連中だった。中には、先輩に言われたから来たという歩行時に杖を必要とする先輩もいた。我々の年代になると、その昔バスケットコートで激しく走っていた人たちなのかというくらい、既に風体は老人のそれになって仕舞っている。一番若い26期生でも63-4歳と既に定年は過ぎている者達ばかりだった。壇上で期別に自己紹介が行われ、それぞれの人生を歩んできたことが紹介された。絆の芯に同じ高校で同じバスケットボールに親しんだという連帯感の集まりであった。何となく、なかんずく若い人達にバトンが移っていく事を感じた今日の懇親会であった。散会し、三々五々帰る頃には、少しは涼しくなっていたが、それでも熱風の中を歩いている感じだった。水無瀬に着くと、夏祭りもフィナーレになっていて、抽選の当選番号をアナウンスしているところだった。正に夏真っ盛りの1日だった。***解ける北極圏の氷という記事が出ていた。極寒の北極も地球温暖化の波が押し寄せているようだ。今日のこの暑さは、きっと昔の夏の暑さを凌いでいるのではないかと、思えるような記事だ。北極圏の氷が過去最速のペースで解けている。2007年の夏に、日航機長による観測史上最小の海氷面積を記録した北極海上空1万mから撮られた航空写真が新聞に出ていた。このときは、北極は急速に進行した海氷の「大崩壊」と表現されていた。それまで20回飛行した中で、2007年の状態が融解の最拡大したときだとのことだ。その後、2012年に北極海の氷の面積が最小になったとの記事があった。2007年時を上回る状態になっているという写真が公開されていた。北極海を覆う海氷の面積は2007年が417万平方kmであったのに対し、2012年では341万平方kmにまで減少したとの観測結果だった。その当時も、このままでは北極の氷が消失してしまう。各国は積極的な温暖化対策を取るべきだと警鐘が鳴らされていた。そして今年、2019年はその2012年の記録を更新するかも知れないと危惧されている。付された写真を見ると、何と、海の上を犬ぞりが走っているように見えるほど、氷の面影は無く全面が水で覆われている状態になっているのだ。(グリーンランド北西部の海)北極圏の氷は大きく2つに分類される。1つは北極海を覆う海氷で、もう1つはグリーンランドなどの陸地の上に形成される氷床だ。今年はグリーンランドの上空に南の暖かい空気が流れ込み、気温が上昇し、氷床や付近の海氷が例年よりも早く解けだしたとのことだ。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の2013年の報告書では、海氷と氷床のどちらも地球温暖化の影響で減り続けていると警鐘する。このまま温暖化が進むと、今世紀の半ばまでに9月の北極海で海氷がほとんど存在しない状態になる可能性が高いという。北極圏の氷が減少すると、日本や欧米など中緯度地域の冬に寒波をもたらすと予想されているのだ。ともあれ、2019年1月にロシア極東サハ共和国のオイミャコンで、点下59度を記録したことや、アメリカ、イリノイ州シカゴやミネソタ州パークラピッズで、記録的な寒波に襲われたのも、こう言った北極海の氷の減少に由来しているのだという。海氷の減少が何故に地球の中緯度に寒波をもたらすかについては、こう説明されている。「夏に海氷が減り秋冬にかけて氷の成長が遅くなると、氷よりも温度の高い海水からより多くの熱が大気に放出される。これにより北極圏上空の気流に乱れが生じる。普段は北極の上空に閉じ込められていた非常に冷たい寒気が、気流の乱れによって欧米やシベリア上空などに流れ出し、寒波を引き起こす」という訳だ。なるほど、そういったメカニズムかと納得するが、地球全体は温暖化しているものの、そういった局所的な温度の変化がバランスを崩して起こる現象のようだ。このような勢いで氷床が解けると、今世紀末までに海面が最大で82cm上昇するとIPCCは試算している。仮にグリーンランドの氷床が全て解けると、海面が約7m上昇すると見込まれている。日本などでは、津波や高潮などの災害のリスクが高まるといった懸念や南の島国では水没する恐れのある国もあるようだ。しかし、その一方では、北極の海氷の減少がもたらすプラスの側面もある。欧州や北米とアジアをつなぐ北極航路が通行可能になることだ。日本から欧州に向かう際、東シナ海やインド洋を通る南回り航路が使われている。これに比して海氷減少で通行可能になったロシア沖合の北極海を通る航路は、距離で約6割に減少する。また、海賊の多発地域も回避でき、安定した物資の運搬が出来るとされている。既に2010年ごろから夏の期間に限り北極海航路の運航は始まっている。また北極圏には石油や天然ガスなどの資源が多く眠っていると推測されている。アメリカやデンマークの研究者らによると、世界でまだ発見されていない天然ガスの30%、石油の13%が北極圏にあるとしている。特にロシアのカラ海、ヤマル半島、ノルウェーのバレンツ海やアメリカのアラスカ沖合のチュクチ海、カナダに跨がるボーフォート海などが有望な地域とみられている。ボーフォート海と言えば、ここで掘削するために、私たちが設計したこのブログの表紙のリグHenry Goodrichが思い起こされる。現在のようなブームがその頃に続いていたらと思うと感慨ひとしおだ。北極圏の氷海の減少の功罪がここに提起されているようだ、このまま航路の利便性や資源を享受することは、地球の自然環境破壊と表裏一体である事は悩ましい現実である。【古今和歌集】819.葦辺より雲ゐをさして行くかりの いや遠ざかる我が身かなしも (よみ人しらず) 葦の生えている水辺から雲を目指して飛んでゆく雁のように、ますますあなたが遠ざかってゆくこの身が悲しく思われることです (葦辺 ・・・ 葦の生えている水辺 、雲ゐ ・・・ 雲、いや ・・・ ますます)
2019.08.03
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。***ナショナル・ジオ・グラフィックス(学術誌「ネイチャー」)によると、ギリシャ南部の洞窟で見つかった頭骨が、21万年以上前の現生人類(ホモ・サピエンス)のものであるとする論文が発表されて話題になったとのことだ。2つの化石が、わずか数センチしか離れていない場所で発見されたが、両者の年代には大きな開きがあった。ネアンデルタール人の方は17万年前で、現生人類は21万年前と測定されている。アフリカ大陸以外で現生人類が発見されたとすれば、最古の骨ということになる。しかし、之に対して信頼性を疑う専門家もいる。スペインの古人類学者アルスアガの見立てでは発見された別の頭骨を分析した結果、全てネアンデルタール人のもので、少なくとも16万年前のものである可能性が高いとのことだ。今回話題になっている2つの頭蓋化石が発見されたのは、1970年代後半で場所はギリシャ、ペロポネソス半島のアレオポリという町の外にあるアピディマ洞窟だ。この2つの化石は共に洞窟の壁の岩に閉じ込められた形で見つかった。岩に埋もれていること自体少々考えられないが、1つは1900年代後半に、もう1つは2000年代前半に掘り出されたとのことだ。何故取りだした年がこうも離れているかについても疑問だ。ともあれ、第1の頭骨(アピディマ1)は、ほぼ完全な状態だったが、長いこと岩に閉じ込められていたために歪んでしまっていた。過去の分析では、ネアンデルタール人のものと結論付けられていた。もう1つ(アピディマ2)は完全ではなく、手のひら大の部分的な頭骨の破片が発見された。当初は、同じ位置から発見されたことでもあったので、同じネアンデルタール人のものだと考えられていた。然し、之をドイツのハーバティ(ネイチャー誌に発表した人物)がCTスキャンなど最新の技術を応用して、分析し、既知のホモ・サピエンスやネアンデルタール人の頭骨、そして、種は特定されていないがユーラシア大陸とアフリカ大陸で発見された、およそ78万~12万5000年前の更新世中期の頭骨と比較してみた。すると、アピディマ2の破片の方は後頭部で、現生人類のものとそっくりであった。後頭部は顎の骨と同じように、時代、人種に依って特徴的なものを含んでいるとのことだ。ネアンデルタール人の後頭部は引き伸ばされたように細長い「シニョン」と呼ばれる特徴的なふくらみを持っているのに対し、アピディマ2の破片にはこの特徴は無かった。同じ箇所で、全く違う化石が発見されたことに対して、当初は懐疑的に考えられていた。それというのも、ネアンデルタール人と現生人類がこれほど至近距離で同時に存在するようになるのは6万年前以降と考えられていたからだ。更なる詳細分析の結果アピディマ2の化石は21万年前のものという結果が出たのだ。ネアンデルタール人ではなく現生人類である化石が、21万年前のものであるとすれば、これまでアフリカ以外で発見された、15万年以上前にヨーロッパで発見された最古のホモ・サピエンスより古く、最も古い現生人類とされる18万年前にイスラエルで発見された上顎骨の一部より遡ることになる。この研究が正しければ、現生人類がアフリカを出たのはこれまで考えられていたよりもはるかに早かったことになる。つい最近まで、人類は長くアフリカに留まり、現代人につながるホモ・サピエンスの集団が大陸を出たのはほんの6万年前と考えられていた。しかし、このほかにも、中国の中央部では210万年前の石器が見つかっていて、現生人類が既にそこに住んでいたことを示唆している。また、小型人類のホモ・フローレシエンシスは70万年前には東南アジアの島に到達していた。そして、ネアンデルタール人の祖先もまた50万年前にはヨーロッパへ到達し、40万年前にデニソワ人と分岐したとされている。このように、現生人類が長くアフリカに留まっていた事に対する反証は多くある。ギリシャでの発見化石も現生人類とする証拠が、徐々に出現しているようだが、まだ教科書を書き換えるのは早いとする研究者も多いようだ。2014年、アルスアガらのチームはスペインの洞窟シマ・デ・ロス・ウエソス(「骨の採掘坑」という意味)で発見された43万年前の頭骨を分析し、顔はネアンデルタール人だが、ネアンデルタール人に特徴的な細長い後頭部はなかったと発表した。(この発見に関しては後述)このことから、アピディマ2の頭骨も、初期のネアンデルタール人だった可能性は認めているものの、なお、アピディマ2の化石はシマ・デ・ロス・ウエソスの頭骨や同じ年代の他のネアンデルタール人の骨とも違うとのことだ。世界の各所で、こつこつと発見される新旧人類の化石だが、まとまった形で発見されるのでは無いため、確実な議論を展開するまでには至っていないようだ。最近では古い化石からもDNA鑑定が出来るようで、強力なツールになっているが、ネアンデルタール人と現生人類の間に異種交配があったことや、その他まだ考えられていないことなどもあるであろう。今回の発見から、21万年前にホモ・サピエンスがギリシャまで到達していたとしても、長くはそこに留まらなかったと見られている。彼らは、既にそこに居たネアンデルタール人との間で交配し、同化していったのか、更に移動を続けていったのか、この先に繋がる化石の発見を待たなければならないだろう。スペインの洞窟で43万年前の現生人類(初期人類)の化石(大腿骨)から、DNAを解読した事が記されている。ここでは地下墓地に約30人が埋葬されており、40万年間、冷たく湿った状況で維持されていたため、長い間、古代DNAが保存されていたとみられている。この30年間の発掘調査で28体分のほぼ完全な化石を発見している。外見は欧州などにいたネアンデルタール人に似ていたが、DNAの特徴はシベリア南部で見つかった別の初期人類デニソワ人とよく似ていた。互いの祖先が近縁だった可能性があるとも記されている。この初期人類は、ネアンデルタール人やデニソワ人と同様に現生人類とは別の絶滅した系統とみられるとのことだ。このことからも、まだ発見されていない多くの絶滅した人間集団が存在していた可能性が示唆されている。ネアンデルタール人のゲノム研究の結果、当初は人類の祖先とされていた。現人類より、脳の容量が多く、彫りが深い顔立ち。現生人類(新人)に対して旧人と呼ばれていて、進化の途上にあると考えられていたのだ。 しかし、1998年に、細胞質内のミトコンドリアのDNAの比較から、ネアンデルタール人は現生人類の直接の祖先ではなく、約60万年前に共通の祖先から分かれた人類だと判明した。どうやらネアンデルタール人は現生人類に滅ぼされたようだというのだ。交雑した後に滅ぼすといった時代の変遷を思う時、何やら現世の人種間の問題に被さるような気がする。【古今和歌集】818.荒磯海の浜のまさごと頼めしは 忘るゝ事のかずにぞありける (よみ人しらず) 荒磯海の浜の真砂のように多いと期待していたのですが、忘れるくらいの量だったのですね
2019.08.02
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今日のセミウォーキングは西国街道を途中から、工事中のJR側道を通りつつ梶原高架下迄で折りかえした。着々と工事は進んでいるようだが、この道路と171号線、または名神高速道路へのアクセス口はどうなっていくのだろうか。連れ合いと、星乃珈琲でモーニングをし、マンダイで買物をして帰った。***31日ASEAN外相会議がタイのバンコクで開かれた。その終了後に出した共同声明で複数の外相が南シナ海を巡る緊張の高まりに対して「懸念」を示したと明記した。10カ国の外相が一堂に会し、一部加盟国が中国と領有権を争う南シナ海問題などについて協議し、その後中国とASEANの外相会談も行われた。終了時の写真であろう、掲載された真ん中には中国の王毅外相も手を組んで並んでいた。本来の10カ国の外相は常日頃見たことが無いのでどの国の外相かは知らないが、参加国はインドネシア,カンボジア,シンガポール,タイ,フィリピン,ブルネイ,ベトナム,マレーシア,ミャンマー,ラオスの各国だ。日中韓はASEAN+3として協力的立場にある。南シナ海には7月に中国の海洋調査船が南沙諸島近辺で海洋調査を実施し、中国とベトナムの艦船が対峙する事態を引き起こしている。中国に手を引けというわけだが、そのようなことで引き下がる中国ではない。今回の共同声明の文言がやや強い口調になったのはベトナムの意向がより反映している。しかし、「幾つかの懸念に留意する」から、せいぜい「懸念」表明をするぐらいが関の山だ。中でもラオスや、カンボジアは中国から経済支援を受けていて、親中路線を採っているだけにASEAN全体の表明としては薄めざるを得ないのか。ラオス、カンボジアは南シナ海に面していないというよそ事なのかも知れない。ASEANの問題点は南シナ海以外にも、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャの難民問題や、朝鮮半島の非核化迄も俎上に上がっている。 南沙諸島を地図上で見れば、中国からはほど遠いと見える。この領域をフィリピン、ベトナム、マレーシア、そしてブルネイが、自国領域として争っているのならまだ理解出来ないことは無いのだが。フィリピンは自国の最北部バタン諸島(南シナ海北端部)を領有し、沿岸警備隊による周辺海域の警備を強化したいる。幸いこの地域での中国や台湾との軋轢はないようだ。フィリピンも中国からの経済支援が欲しいとあって、なるべく、紛糾しないでおこうとの政策であったが、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)で6月、同国の漁船が中国の漁船に衝突されて沈没したこともあって中国への対峙姿勢をやや強めている。ドゥテルテは「我々には中国を南シナ海から追い出すことはできない。米海軍第七艦隊に中国の前に立ちはだかってもらいたい」と発言している。尖閣諸島への中国の進出に悩まされる日本と同じ心境だ。中国は、強かで、先ず、フィリピンが望む同地域の天然ガスの共同開発を持ちかけていると同時に、この地域への域外国の関与を遮断すべき(関係の無いアメリカに入ってくるな)という文言を行動規範に入れようとの思惑だ。曰く、「域外国は中国とASEANの仲を引き裂くべきではない」というわけだ。何を根拠にしているのか、とにかくASEAN諸国連合と中国は支援関係というものはあっても、中国は同地域の国では無い事を理解しなければならない。アメリカも、中国や日本と同様に、ASEAN諸国とは、支援関係にある事を考えると、この域外という文言が中国にとってのみ有利に働くと解釈しているに過ぎない。とんでもないことだ。中国としては、何しろ協同であれ、一旦その地域に橋頭堡を得たら、それが実績となり、その後は強引なやり方で、全てを取り込むくらいのことは頭にあるだろう。先月初めに中国は南シナ海で弾道ミサイル実験を強行した。同海域で中国がミサイル実験をするのは初めてのようで、ASEAN外相会談を念頭に置いたデモンストレーションである事は明らかだ。アメリカが出張ってきても中国には力があると言うことを誇示している。アメリカは、南シナ海で「航行の自由」作戦を展開している。この辺りは、日本にとっても原油運搬の重要な航路に位置しているし、台湾にとっても重要な地域である。そんなアメリカに対し、習近平としても、国内向けに、トランプ何するものぞと言うところを見せなければならないと云う事もある。日本を含むアメリカと中国との対決は、軍事演習の名を借りながら、この地域で盛んに行われているのだ。今回のミサイルは、アメリカの空母を標的にしたもので、中国には、空母ばかりではなく、アメリカのハワイまで届く中長距離弾道ミサイル(東風26)をも備えていることから、事は簡単にいかない。米中貿易紛争は中国側の譲歩も見られるが、こと南沙諸島と、台湾となると、中国も一歩も引かないとしている。所謂中国の「核心的利益」というものだ。中国にとって妥協する余地のない国益であり、これを守るために武力行使を含むあらゆる手段を排除しないとしている。(戦争という言葉も使っている)この南シナ海に関しては、2011年頃までは准核心的利益であったが、最近はどうやらその範囲が広がっているようだ。このように中国の核心的利益は、年を追う毎にその範囲を広げている。ASEAN諸国が如何に中国を封じ込めるかについては殆ど取りうる手段は無いように思われる。中国は、自らの版図を拡大するために、「一帯一路」政策を採っている。あたかも、表向きは共栄的な意味合いではあるものの、実質的には、経済を通じた覇権の拡大行為だ。マレーシアでは、中国にどっぷり浸かったナジブが降ろされマハティールが再登場し、中国が受注していた鉄道建設などの大型インフラ事業を相次ぎ中止するという、バランス感覚が戻った感じだ。しかし、カンボジアではますます親中国政権が力を付けている。野党を何やら不正な選挙で封じ込め、中国寄りを鮮明にしている。然し乍ら、急激なインフラ開発はやがて社会的な負担も大きいと感じ始めている。スリランカでは2017年、港湾開発の債務の返済ができず、港湾の運営権を中国に譲渡したという中国の底意が知れる事態になっている。そこで、インドネシアやタイでは中国が協力する鉄道敷設に遅れを生じたり、ラオスで進む高速鉄道の建設も、債務問題が浮上している。一帯一路をより透明化するためと称して、日本も一帯一路構想に民間企業が関与していく方針を示している。愚かしいことをと思って見ていたが、やがて、見抜いたかの如く、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を提唱するにいたっている。しかし、日本は対中国に敵対的で無い事を取り繕っている。こんな日本のやり方をすれば、中国の思うつぼになりそうだが、そういった懸念は無いのだろうか。中国の一帯一路に昔のシルクロードを思い浮かべ、ノスタルジーを感じるのは感心しない。それよりもむしろ、一帯一路のルートはかつて帝国主義がその版図を広げるときの歴史の道そのものだ。ラオスはこの期に及んでも、一帯一路を好意的に捉えている。地域的にも中国に地殻、農業国のラオスとしては、中国の資本攻勢は甘く映るのかも知れない。ここにきて、中国「一帯一路」政策に浸かったために、中国の提供する債務圧力におしつぶされる心配が出始めているのだ。南シナ海と一帯一路共に中国の対外危険政策だ。【古今和歌集】817.あらを田をあらすきかへしかへしても 人の心を見てこそやまめ (よみ人しらず)荒れた田を粗く鋤き返すように、何度繰り返してでも、あの人の本心を見極めるまではこの恋は終わりにしない(あらを田 ・・・ 荒れた田)
2019.08.01
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