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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄を往復した。昼食を先斗入ルで採って、買物をして帰った。電気とガスを統合する申し込みを行った。出鱈目なガバナンスの関電には儲けさせたくない。***日経に、iPSの臨床応用で、何やらきしんでいるような記事があった。目の難病治療薬の実用化へ向け、世界の先端を走っていた、理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーが理研を辞めて、別のベンチャー企業トップとして再出発したという。高橋はiPS細胞からつくった網膜の細胞(網膜色素上皮細胞)を使い、目の難病の一つである加齢黄斑変性を治療する臨床研究を実施し、2019年度中に医薬品の承認取得へ向けた臨床試験(治験)の開始をめざしている。そんな中、もっとも緊密なパートナーとなるはずだったヘリオス(鍵本忠尚CEO)とのパートナーの関係を解いて、独自にビジョンケアを創業(8月1日)し、これまでも協力関係にあった大日本住友製薬とともにiPS細胞を使った目の病気の治療に取り組むことになった。なぜ、こんな事態になったのか。ヘリオスの前身は日本網膜研究所で、高橋も創立者の一人だったし、iPS細胞を応用した目の治療の治験を目的につくった会社なのだから、連携するのは当然だとされていた。ここに来て、高橋が意図している加齢黄斑変性の治験をヘリオスが最優先で着手しないことに業を煮やしたようだ。学者と企業の視点の違いがあからさまになったと云う事のようだ。多くのバイオベンチャー企業にとっては、資金繰りが大きな問題となる。上場してからが正念場となる。新しい治療法を開発し、再生医療等製品として承認を得るうえで一番のハードルとなるのが治験だ。病院と組んで治験を受ける患者を一定数募集し、安全性と有効性をデータで示さなければならない。これには多くの人手とコストがかかる。そのコストの多くは治験が大きなポーションを占める。新薬開発には1000億円程度の研究開発費と10年近い歳月を要する場合があり、その大部分は治験による。治験を行う場合、製品開発中は、売上は立たないので、費用ばかりが膨らむことになる。ベンチャー企業と雖も利益が上がらなければ、赤字が続くことになり、なおのこと上場は困難になる。東証マザーズの場合、上場5年後以降、売上高が1億円に満たず利益もない場合は上場廃止となる。従って、開発費を維持するためには、ほかに稼ぎ頭となる製品が必要となる。上場後の資金需要を支える「クロスオーバー投資」が重要になるが、日本はこれが薄く、優れた新薬の種を持っていても上場廃止の懸念がつきまとう。即ち利益が出るまでに相応の投資が継続できるかどうかが問題になるわけだ。日本の新興市場では業績が厳しく評価されることになる。こういったシステムを厳格に守るとするなら、米ナスダックに上場しているC型肝炎治療薬で有名なギリアド・サイエンシズや核酸医薬のサレプタ・セラピューティクスなどもジャスダックやマザーズでは上場廃止となってしまう。それほど、日本のベンチャー企業に対する扱いは厳格だと云う事だ。こういった創薬の企業がアメリカに流れていくのは、日本にはこうした厳格さがあるためだ。このため、当面の稼ぎ頭となる製品を探す企業は多い。ヘリオスは大手企業から投資を引き出しており、資金は比較的潤沢だ。それでも常に次への布石を打っていく必要はある。iPS製品に先行して各国で治療効果を示すデータが集積されつつある体性幹細胞を使った複数の製品を持つことは、合理的な経営判断といえる。こうした経営判断が、とりもなおさず、高橋が目指しているiPS細胞を使った加齢黄斑変性の治験を最優先はしないと云う事に等しいわけだ。上場時に掲げていた重点投資先を変更することになる。そういったことで、ヘリオス側と高橋の間には考え方の相違が生じたと云う事だ。ヘリオスはiPS細胞から網膜色素上皮細胞をつくり、シート状にして治療に使う技術などの特許の独占的な実施権を理研から得ている。この特許権を巡って、高橋は特許の死蔵は無駄になるので、返還を要求していて、政府関係者も之に同調している。一方、ヘリオスは、死蔵することなく独自に治療法の確立を目指している為、特許を使用することになり、手放すわけにはいかないという立場だ。だだ、現段階では費用対効果を考慮し、どのような目の病気に使うのか、他のどの治療法と組み合わせるのが最適かなどを、データをもとにしっかり見極めるという。そして、iPS細胞治療を長期的な事業の柱として重視する姿勢に変わりはないが、現段階では、高橋の進める滲出型加齢黄斑変性の治療には大きな将来性を見いだせないと判断したようだ。こうなると最早、素人が云々することは出来ない。高橋も、鍵本も共に熟達した医師である。その辺りの議論を、纏めていく必要があるようだ。鍵本は目前の対象として、網膜色素変性の治療を重点的に考えているようだ。といわれても、滲出型加齢黄斑変性と網膜色素変性との差がどれ程のものかなどと云った事は分からない。企業ベースで、具体的な製品化の道筋などは次期四半期決算の発表時に明らかにするということだ。最後に、記事はこう述べている。「目の病気に悩む多くの患者にとって、今回の出来事が治療薬開発の足を引っ張るのだけは避けたいところだ。」正にそのとおりだ。中味を十分に知らずに表面面だけで判断するなら、両者とも互いの治療法の確立(治験)が重要である事は十分に認識しているようだ。只どちらにプライオリティーを持たせるかで、若干の相違が生じている感じだ。こうした少しの行き違いで、研究が遅れて、その間に、米欧が独自の技術で先行して製品を開発し、世界市場を席巻する懸念もある。健全な競争を通して日本でよりよい製品がいち早く生まれ、患者の利益を最大化する方向に物事を進めなくてはならないと結んでいる。ヘリオスと、新しく創業したビジョンケアが共に反目することなく、特許も互いに融通し合うなどの便宜を計りつつ多くの患者に安定した治療法を提供して欲しい。ヘリオスが開発を進めている内容が表に記されていたが、治験中のものは体性幹細胞を使う「脳梗塞」と「急性呼吸窮迫症候群」であり、iPS細胞を使う、「滲出型加齢黄斑変性」や「代替性肝疾患」、「萎縮型加齢黄斑変性」などは臨床の前段階である。ここで、両者のプロフィールをネットから調べて併記しておく。高橋政代: 1961年生まれ、京都大学卒。日本の医学者、眼科医。医学博士(京都大学)。京都大学助教授を経て、2019年7月まで理化学研究所多細胞システム形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクトのプロジェクトリーダー。現、ビジョンケアCEO。鍵本忠尚:1976年生まれ、九州大学医学部卒業。株式会社ヘリオス代表取締役社長、医師九州大学病院にて眼科医として勤務の後、2005年に起業。日本の大学発のバイオ技術でBBG250を利用した眼科手術補助剤を開発、欧州において承認取得・発売を果たしデファクトスタンダードの地位を獲得した。加齢黄斑変性の治療という初心の実現を目指し、2011年2月、株式会社日本網膜研究所(現:株式会社ヘリオス)設立。
2019.09.30
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で折りかえし、帰りはシャルマンを通った。***日米の貿易交渉は合意に至った。米中の貿易戦争や韓国の徴用工、慰安婦などの問題に隠れて、あまり大きく報道されなかったようにも思える。例によって安倍晋三の笑顔と、ウィンウィンの結果などと言った、虚飾にまみれた報道などで、成功裏に終わったのかと錯覚させられる。何のことはない、トランプに良いようにあしらわれた結果になっているようなのだ。アメリカべったり、トランプ様々の首相の表現は、相当に割り引いて聞かなければならない。今の日米関係では、まぁこんな所かと云う事かも知れない。この交渉何時がピークなのか、成るようにしかならないと言う事もあって、深く経過を追っていなかったのだが、8月25日にすでに、日米首脳による、貿易交渉は基本合意していたようだ。9月25日に交渉締結の合意に(正式)至って共同声明に署名している。協定そのものは時間の関係で若干遅れるとのことだ。そして協定の発効は2020年頃になると云い、一方が通告すれば、4ヶ月後に効力を失うという文言も入っている。要約は次のようだ。工業品は車が焦点だが、日本に対する追加関税は発動しないことになった。そして、アメリカに輸出する自動車・自動車部品の完全撤廃は先送りになった。農産品についてはアメリカから輸入する牛肉に関する関税は削減し、段階的に9%にまで落とすことになった。豚肉も1kg当たり482円から50円に下げる。コメについては無関税枠を導入しない(輸入量は制限無し)とのことだ。デジタル関連では国から企業へのアルゴリズムなどの開示要求は禁止等を盛り込んでいる。アメリカは70億ドル以上の市場開放につながるとの考えを示し、日本は、貿易協定とは別に、アメリカ産の飼料用のトウモロコシを購入すると申し出ている。この結果(関税の下げ幅)は環太平洋経済連携協定(TPP)以下になるとのことだ。日本が米国産牛肉にかけている38・5%の関税は段階的に引き下げ、2033年4月に9%にするとの結果はTPPと同水準だという。アメリカがTPPを離脱しても、実を取ったことになる。アメリカの農家は中国との貿易摩擦の影響で、輸出が急減している。之を日本が受け皿になることで決着したようだ。ここまでは、アメリカの要求通りで、日本の一方的な譲歩になる。にもかかわらず、日本がアメリカに要請してきた工業品の関税引き下げでは自動車本体の関税撤廃は先送りされた。アメリカはTPP離脱の段階で「自動車関税を2025年で撤廃する」と合意したにもかかわらずだ。アメリカは対中国に厳しい要求を突きつけていることを盾に日本を脅している感じだ。やっと自動車への追加関税を回避すると云う事で、アメリカに押し切られている。商売人のトランプにしてやられている感じだ。安倍は、この結果をウィンウィンだと称している。無茶な追加関税をちらつかせるのを抑えたからとでも言いたいようだが、一寸本末転倒の感じだ。全くトランプの術中に嵌まっているでは無いか。之に対して様々論評がある。まず辛口(こちらの方が正解だと思う)は、日本が農作物で譲歩した割に自動車は、今までのレベルと同じだという指摘だ。ところが、之に対して、「統治」に関心の低い大統領を相手にして、「相打ち」・「ドロー」の結果に持ち込めたのは決して悪くなく、むしろ成功の部類だとする意見だ。全く以て鼻持ちならない政府よいしょ、のご用論者だ。この論者の焦点は、トランプが仕掛けた、追加関税を引っ込めさせたという点にあるようだ。何をか況やだ。やくざから、因縁をふっかけられて、様々機嫌を取っている中、その因縁を引っ込めたというだけのものではないか。それを「相打ち」「ドロー(引き分け)」と称し、それが成功だと言っているわけだ。頭がおかしいのではないかとさえ思う。政治に疎い商売一本の大統領をなだめたから、成功かい?と問いたいくらいだ。また返す刀で、一部の識者(反対者)が述べる今回の交渉において日本が「失うことばかり」であり、「米国への譲歩が目立つ」などと論評している事に対して、これは外交、特に貿易交渉の実態を知らない学者の戯言だと表現している。ここまで卑屈になれるものかと、ご用論者を浅ましく思う。貿易交渉は「甲子園の高校野球」ではないから、どこかで治めなければならない。決着を見ることこそが重要とのあらぬ比喩を出しているのだ。世界は新たな「不確実性の時代」に入りつつあるから、時に折れることが必要だと云う事らしいが、何故それが今回の結果の日本の譲歩で、アメリカの勝利なのかがよく分からない。こうした評価の裏では、矢張りアメリカの庇護の元日本が成り立っているから仕方ないという、事が見て取れる。いわく「急変する国際情勢に対応する戦略観」とのことらしいが、そんなことを個々のアイテム(貿易然り)にも全て影響せしむとなれば、全く日本はアメリカの属国であることを認めているようなものだ。アメリカがごねなかったことを喜ばなくてはならないだろうと結んでいる。何をか況やだ。更に、今回のトランプは国内的に来年の選挙を控えているため将来に亘る、追加関税を課さないという保証は無いと言い、不確定要素があるが、まぁ、追加関税はないだろうという言質(現状)を信じるしか無いと云う事だ。最後にこの識者も、交渉事には勝ち負けはあるが、アメリカの言いがかり(自動車に関する追加関税)をともあれ回避したことは、負けではないと評価していることだ。農業製品については目論んでいたTPP程度ではないかと、此方は想定内となだめている。こうした識者を抱える政府には、おそらく民の声など聞こえないわけだ。いやはやだ。之に対して毎日新聞は社説で、日米貿易協定の合意はウィンウィンとは言えないとしている。私の感覚をそのまま表現していることに意を強くした。工学を専攻してきた、政治、経済、貿易音痴の私にも分かる同様の指摘なのだ。アメリカ産牛肉や豚肉への関税は、アメリカがTPPを離脱したにもかかわらず、日本が一も二もなくTPP並みの水準にただちに引き下げるとする一方で、もう一つの焦点だった日本車への関税について、米国はTPPで約束していた撤廃を見送る上、自国産業保護のために、継続協議に持ち込み、見通しとしては撤廃は困難だということだ。トランプは「米国の農家にとって偉大な勝利だ」と誇り、かつまた「自動車業界からも評価される」のだ。どう見ても先の識者の感覚とは相容れない。一方対EUとは、日本が農産物、EUが車の関税削減で合意しているのだ。此方の方がまともではないか。さらにどう言う成り行きか、首相は自発的に、協定と別に日本企業がアメリカ産トウモロコシを大量購入すると申し出ていることだ。これは、茶坊主の極みとも言って良い。トランプが日本車関税撤廃どころか、追加の高関税発動をちらつかせたためだと見抜いている。政治を知らない、商売人が、脅しを掛けてきたことに屈したのだ。結果は仕方ないとしても、「ウィンウィン」だとか、「このデールは成功だ」などとだけは云って欲しくないのだ。
2019.09.29
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄の往復で、帰りは第1小学校裏を通った。今日は孫の小学校の運動会だ。早く行って場所を確保しようと、ばーば(連れ合い)は力を入れていたようだが、朝の出発前に、太郎君から、孫が急に体調を壊したとかで、運動会に参加しないとの電話が入った。楽しみにし、頑張って準備をしていたのだろうにと、可愛そうになったが、身体には変えられない、我々も観戦する意味を失ってしまった。そこで、休むと言っていた中学校の土曜スクールに参加した。集まる生徒の数は、段々細っていくようだ。終わって買い物に出掛けた足で姉の所に行ったが、スマートフォンの扱いに四苦八苦しているようだ。***日経新聞に5回に渡って、恐竜(を研究する人たち)の話がでていた。2003年に、北海道むかわ町で発掘された国内最大の恐竜の全身化石(全身の8割以上の化石が見つかっている)は、通称を見つかった自治体名にちなみ「むかわ竜」と呼ばれてきた。このほど新種恐竜であると分かり、学名を「カムイサウルス・ジャポニクス(日本の竜の神)」と名づけられた。約7200万年前、中生代白亜紀の地層から発掘されたむかわ竜は、草食恐竜のカモノハシ竜の一種で、9歳以上の成体と見られ、体長8mで、体重は4~5・3tonと推定されている。国内で発見された恐竜としては最大で、気候が比較的穏やかな海辺で活動していたとみられる。これだけ全身がそろった恐竜化石は日本で初めてである。頭骨の形から鳥に似たトサカをもっていた可能性もあるという、頭や背中の骨の一部が独特の形をしていた。北大の小林快次教授らは、カムイサウルスは「エドモントサウルス族」というグループに属し、その下の属と種では全く新しい竜であると判定した。むかわ竜を発見した小林は2004年に日本人で初めて恐竜学の博士号を取得したパイオニアだ。恐竜学という学問がある事も、小林が研究者で、トップを行くと云う事も初めて知った。これまでに10種の新種に学名を付けた。数ある発見のなかで代表格が「デイノケイルス(恐ろしい手)」だ。1965年にモンゴル・ゴビ砂漠の中生代白亜紀末(約7000万年前)の地層で長い両腕の化石(長さ2.5mの腕)が見つかった。全貌が分かるまでに、約50年かったが、2000年に、若いデイノケイルス、2009年に成体の胴体などが発見されたことなどから、ようやく明らかになった。肉食恐竜のような鋭いかぎ爪、植物食恐竜のようなくちばし、背中にはひれがある。成体は体長11m、重さ6・4m(推定)。ゆっくりと動き回りながら、長さ2・4mもある腕で植物を集めたり、魚を捕ったりして食べていたとみられる。先端が丸みを帯びた足の爪は、湿地などを歩くのに適していたという。小林らの国際チームは2008年から2010年にかけて2体の全身骨格をモンゴルで発見している。ティラノサウルスに匹敵する巨体に、1mもの長い頭部、水平に広がったくちばし、背中には帆があった。また、1996年には新種の恐竜「ネメグトマイア」の化石を掘り当てている。トリケラトプスの歩き方をコンピューターで解明した人がいる。トカゲのように「肘」を横に張りだして歩くのか、イヌやネコのように脚を真っすぐ下に伸ばすのか。同じ4本脚でも歩き方はまったく変わり、体つきも変わる。この謎を解いた恐竜学者は名古屋大学博物館講師の藤原慎一だ。ネコやカメレオンの骨格や筋肉のつき方を手がかりに、パソコンで筋肉や骨の動き方をくわしく分析する独自のアプローチで、恐竜の歩き方や姿勢を突き止める。トリケラトプスの「肘」の関節の筋肉がつく場所をコンピューターで再現して調べると、脚を伸ばすときに使う伸筋が強いことがわかった。これは脚を伸ばして歩く哺乳類などと同じだ。「トリケラトプスも肘を真っすぐに伸ばし、腹や腰の位置を高く保って歩いていた」と藤原は解析する。ティラノサウルスのような二足歩行する肉食恐竜は、首の長い巨大草食恐竜と同じグループに属するという従来の分類よりも、むしろ角を持ったトリケラトプスの仲間に近いとの新説がある。ティラノの仲間である獣脚類は鳥の起源と考えられているものの、これまでディプロドクスなど首の長い巨大草食恐竜が属する竜盤類に分類されてきた。新説ではティラノはトリケラトプスやステゴサウルスなどの鳥盤類と近縁となる。藤原の弟弟子に岡山理大講師の林昭次がいる。国内ではほとんどみられない、化石を切り刻んで研究をする希有な存在だ。林が解いたのは、ステゴサウルスの背中に幾つも生えた大きな骨の板に関わる謎だ。板が何のためにあるのかが長年の謎で、「肉食恐竜から身を守る防具にした」との説が有力だったが、決め手に欠いていた。3年間に、米国やカナダ、スイス、日本にある約20体のステゴサウルスの化石を切り、顕微鏡で中をのぞいた。内部は血管が通っていた穴がたくさん空いたスカスカな構造。「こんなにもろい構造では防具には使えない。血液の熱を外気へ逃がす放熱板だったのでは」。林の研究成果で論争は決着した。藤原や林の研究は産業に密着しないので、研究費の捻出に苦労する。それは涙ぐましいことだ。藤原の場合、2012年に現在の名古屋大学博物館に助教として採用され、2017年に講師に昇格しやっと研究費が貰えるようになったという。それでも、研究費がもらえることは恵まれている方だとのことだ。之を補うために、最近流行のインターネットで不特定多数の人から資金を募るクラウドファンディングを活用する事が増加している。筑波大学助教の田中康平は、ドローンを使って、化石のある場所などの立体地図を作る手法を駆使し、モンゴルの砂漠で恐竜が集まって産卵した集団営巣の跡を発見した。また、映画ジュラシックパークで、最強と言われた、ティラノサウルスが敗れたのが、スピノサウルスだ。その化石が西日本で初めて発見された。発見者はパナソニック社員の宇都宮聡だ。こうしたアマチュア化石ハンターが、恐竜の発掘には欠かせない存在だ。北海道のむかわ竜も最初の発見者は地元のアマチュアだった。スピノサウルスについては大きいものでは全長が18m、体重が9ton程あったとされる。頭部が現存している生物の中で最も噛む力が強いとされる。ワニのような形状をしている事から噛む力が強く、圧倒的な攻撃力を持っていたと予想されている。モロッコで発掘された9500万年前のスピノサウルスの化石から、ティラノサウルスよりも2m以上大きいことが明らかになっている。恐竜の研究ではなかなか生計が立ちにくいが、幅広い愛好家は日本中にいるようだ。岡山理大では日本発の博士号が取れる恐竜学の専門コースがある。石垣忍はその教授を務める。モロッコの原野で、恐竜の足跡化石を調査したのが恐竜との出会いだ。恐竜博物館の運営に力を入れている。大学の一角に2018年に開館した博物館は開館後2万人が訪れた。タルボサウルスが紹介されていた。中生代白亜紀後期(約7000万年前)の現在のモンゴルと中国に生息した肉食恐竜だ。ティラノサウルス科に属している。生息地域における生態系の頂点に君臨し、草食恐竜を捕食してたと考えられている全長10~12m、体重4~5tonと同科のティラノサウルスに並ぶサイズで、白亜紀の東アジアでは最大級の獣脚類だ。恐竜の話を聞いて、想像することは楽しい。単なるSFでは無く、確実に地球上に存在していたからだ。
2019.09.28
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今日のセミウォーキングは西国街道を梶原高架下迄歩いた。帰りは楠薫堂を通り、朝1番の診察表に名前を書いて帰宅した。その後開院時間に出掛け、通常の診察を受け、定常の薬を貰って帰宅した。毎回同じで、薬を減らそうとも、言われず、受診し続ける感じだ。連れ合いは三人会で高島屋迄出掛けていった。***来月から、「ゲノム編集」された食品が出回ることになるようだ。ゲノム編集とは、ゲノム(遺伝子総体)を人工ヌクレアーゼというDNA切断酵素を用いて、破壊したり、挿入したりすることだ。要するに都合の良いように遺伝子を作り替えることになる。自然のものでは無いと云う事だから、生物の品種改良などとは一寸違ったニュアンスだ。こういった食品が出回ることに対しては、若干違和感があるが、厚生省は特に問題とは捉えていないようだ。自然な状態の生物を人工的に変えることになるので、なにがしかの問題が起こるのでは無いかと思ってしまう。しかし、従来行っている品種改良と、科学的な差が無いという判断で、そういった情報を開示しなくても良いと云う事らしい、イネやトマトなどの植物や、魚、牛といった動物の実りの量や甘さなどを、遺伝子を調整することで、変えられるわけだ。イネは収穫量を多く、トマトはより甘く、魚は太った状態で等など、人間の都合の良いように加工するのだ。そうした生産物に対して、販売するときに、特別断らなく(表示しなく)ても良いと言う事になったらしい。店頭に並ぶこれらの食材は、自然のモノか、遺伝子を編集したモノかは消費者には解らないという。何となく違和感を覚えるのは、科学的には問題ないのだとの説明だ。ここで思うのは、昨今の自然現象でも、「今まで起こったことのない」とか「想定外」などと云う言葉をよく耳にするが、之と同じように、ゲノム編集に於いても、現段階で科学的に解明されている時点では何ら問題は無いとしても、将来的にそれが、そのまま問題ないと云えるかどうかについては甚だ疑問なのだ。問題が起こった時点で、振り返ってみて、あの時ああいう風に決めたのは、問題があったなどと云うことが無いようにと祈らずには居られない。「ミスタチオン」という遺伝子がある。魚や、牛などにあって筋肉の増加を抑える働きをするのだが、この働きを止めることで、肉付きの良いマダイを作るというのだ。現在マダイでそうした試みが行われている。開発者は厚労省にこういったゲノム編集の技術や詳細、有害物質が無いなどと云った事を示さなければならないが、食品には、そういったことを表示する必要は無いとしている。厚労省は、先に述べたように、従来の品種改良などと、科学的には変わらないのだからと表示義務はないとしているが、本当にそれで良いのだろうか。従来の品種改良は、農作物などに、放射線を当てたり、薬品に浸けたりして、遺伝子の一部を無作為に変異させている。(突然変異など)こうして出来たものの中で、優位(優れている)ものを選んでいる。それに比べるとゲノム編集は無作為の場合に比べて、ターゲットになる遺伝子だけを操作するのだから、より安全だし、効率は良いという論調なのだ。遺伝子(DNA)の不要な部分を切り取ったり、その部分に違うDNAを挿入したりするために、人為的なメスを使うのではなく遺伝子情報の切断を担う酵素を作る遺伝子を当該作物に組み込むのだ。元に戻すには、ゲノム編集したモノと元の品種を交配させることで取り除ける。簡単に復元可能であるし、問題は起こっていないので、リスクは特別に大きくはないと判断したようだ。食品表示を義務化しないのは、「食品表示法に沿って義務にすると、違反した場合に特定して罰しないといけない事になる。現段階ではそういったことが出来ないから」というのだ。おかしな事もあるものだ。なるほど、不特定に放射能を浴びせたりするのではなく、特定してDNAを操作するだけで、必要なら元に戻せると云う事で、リスクは従来と同程度というならまだ理解できるが。DNA組み替え違反を行っていた場合に、それを識別できないから表示を義務化しないというのは、本末転倒ではないかと思うのだ。更に加えて、アメリカなどからの輸入品にゲノム編集のモノが混入していても識別できないからと云う事も述べられている。更に危なっかしさを感じるのだ。もし表示を義務化しても、事業者が対応できないことも理由の1つに上げている。何をか況やだ。現在安全性に問題は無いというやり方で行われているゲノム編集が、この先どう言った形で(想定していない)行われるかは分からないのだが、それらが識別できないから、表示はしなくて良いという論理なのだ。どことなく変な響きがしてならない。EU等では、司法裁判所が、遺伝子組み換え食品と同様に規制すべきだとの判断を下している。之に対して欧州委員会は検討中だとのことだ。日本のように先進的に認める国は珍しいとのことだ。何かにつけて海外の顔色を覗って事を進める日本にしては極めて思い切った先進性だ。消費者側の消費者連盟などは、全てのゲノム編集食品の安全審査と表示を義務化するように署名運動を行っているという。此方の方が極めて納得しやすいのだが・・・。東大が2018年に実施した、市民への意識調査では4~5割の人がゲノム編集食品を「食べたくない」と回答している。国が、こうした環境下で、ゲノム編集食品が無秩序に流通するのを防ぐため、表示の義務無しとしたのだと言っているようだが、何を言っているのか、正気なのかさえも疑問に思ってしまう。石橋を叩いてなお渡らずと言うことを云っているのでは無く、ゲノム編集食品でも良いのだと納得した消費者は問題にしなくても良いが、食べたくないという人には、ちゃんと表示をして選択出来る権利を残しておくべきでは無いのか。ゲノム編集は、1996年に登場して、急速に発展している。2012年に「クリスパーキャス9」(注)という簡易な手法が出来たことで、世界中に広がり、数年で実用化段階になったものだ。食品表示部会の説明では、「焦って制度を作ったように見えるかも知れないが、迅速に対応する必要があった」ということだけで、何故迅速にする必要があったのかについては語られていない。もしや政治向きの忖度等が働いたのではないのかとさえ勘ぐりたくなる。十分な考慮無しにワクチンを投与して、後で、収拾が付かなくなった例など、厚生省は必ずしも常に正しいとは云えない。新聞記事に掲げられた表では、EUもだが、ニュージーランドでもゲノム編集を含む遺伝子改変の技術はすべて規制の対象にしているという。ところがアメリカは、特別な規制は無いと云う事だ。先頃、日米貿易交渉で、日本が相当譲歩させられた中に、牛肉の問題が大きく関税引き下げで押し切られたようだ。トランプが仕掛けたアメリカの牛の中には、こうしたゲノム編集の牛肉が大量に押し寄せることを想定しているのではないかと直感的に思った。殆ど日本の国益(日本国民の健康)などは度外視するような政府の事だから、アメリカ追従でゲノム編集問題なしと、短絡的に走ったのではないだろうか。「これはゲノム編集したモノです」と何故書けないのか、太って美味しそうな鯛の写真が掲げられていたが、それでも良い(安全である)と信じた消費者が選ぶ事は自由だが、敬遠しようと懐疑的な人は、一目で分かるようにしておいて欲しいものだ。(注)「クリスパー・キャス9」(CRISPR―Cas9):遺伝子(DNA)を自在に加工・編集するゲノム編集技術のひとつ。加工する遺伝情報の居場所を探しだす「ガイドRNA」と、DNAを切断するハサミ役の酵素「キャス9」からできている。これを細胞の核に注入すると、ガイドRNAが、DNA上の遺伝情報をみつけだし、キャス9がその場所でDNAを切断し、遺伝子を働かないようにしたり、遺伝子の情報を書き換えたりする。
2019.09.27
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今日は第26回七草の会ゴルフコンペだ。前回山の原でコンペをしたが、暑さで途中棄権も出てコンペは不成立であったために、今回改めて第26回にコンペとなった。場所は旧知の亀岡GCだ。気候が良くなったこともあって、大勢の客が入っていた。カートには最新式の距離モニターが付いていた。今回は2組、8人であったが、私は1組目になった。アメリカから帰って間もないI氏と、友人夫人Mさんと、会長夫人Kさんの4人で回った。プレイは、内心今日こそはとは思っていたが、結果は散々だった。友人が断トツで、大きく置いて行かれた感じだ。帰りはKさんの知り合いとかがやっているコスモス園に立ち寄り、その後は何時ものコースで、吹田の長次郎で夕食を採って歓談して、別れた。別れて直ぐに連れ合いは疲れていたのであろう、車中で、ぐっすりと寝ていた。今日はアウトからで、我々の前にはレッスンプロともう1人が2人で回っていた。レッスンプロは青ティーから打つのだが、常に私の届かないところまで飛ばして、2打で乗せるべくGRが空くのを待つというパターンだった。その分、私も常に待たされた。私の組では私1人だけ白ティーだったので、常に最初に打つ必要があったからだ、No.1は、TSは皆が見守る中、やや左に出て、前方左の土手の下辺りに止まった。2打は7IでやっとFWCRだ。3打の当たりは悪く、4オンで2パットのダボだ。I氏は調子が出ず、8打スタートだ。M夫人は私と同じだが、K夫人は、ボギースタートとなった。No.2のTSは、まぁまぁの右ラフだ。もう少しでFWなので惜しい。それでも、2打は良い当たりで、FWの左に飛んだ。135YDを6Iでトライだが、ダフリ気味で、少し届かなかった。7Iで転がして1パットのボギーだ。I氏はここでも3パットで7打だった。M夫人は惜しい2パットが外れてダボだ。K夫人も同様だった。No.3(超打ち下ろし)ショートは今日のピンは左GRの右だ。TSは7Iでトライしたら、丁度乗った。2パットのパーだ。I氏も、M夫人もダボだが、M夫人は1オンしていて、私よりもピンに近かった。(このニアピンは後続の女性に塗り替えられた)K夫人は3パットでダボだった。No.4は、打ち出し池越え、HDCPが1のホールだ。TSは良い感じの音で真っ直ぐに2打も良くFW左だ。然し、3打、4打とトップ気味で悪く(これは前回も同じだ)、40YD残したアプローチも、何と短くて乗らないではないか。愕然だ。6オンで、しかも3パットは何物かに憑かれている感じだ。他の3人は、皆ダボで上がっていた。No.5ショートは、6Uを使ったが、もう少しのところ(当たりが悪い)でバンカーに転げ落ちた。1度で出ず、3オンとなったのはピンに近かった。1パットのボギーだ。I氏はダボで、M夫人はカラーから2パットでパーを拾った。K夫人は、バンカーなどに入れ、7打だった。No.6は、TSは、まずまずの当たりで、右のFWだ。2打は良くてFWCRだ。3オンして2パットのボギーだった。I氏は同じくボギーで上がった、I氏のドライバーは良く飛ぶ。M夫人は6打で、K夫人は2打をOBしてしまい。11打を叩いた。(これは勿体ない感じだ)No.7(やや打ち降ろしで、FWは遠い)TSは良い感じだったが、FWには少し届いていなかった。2打は良い感じで左に飛んだがあわやOBかと思ったところセーフだった。暫定球まで打ったが、セーフで良かった。バンカー越えを3オンし、2パットのボギーだった。I氏はダボ、M夫人はTSを天ぷら気味に崖下の隣のコースにOBだ。プレ4からDRでGRを越した。結果は7打だった。K夫人はダボでの上がりだ。この時、M夫人は前のホールに何とアイアン3本置き忘れて、後続組が持って来てくれた。No.8のTSはダフってしまい左手前のラフだ。2打は良い感じで、カート道にも助けられて、良い位置まで転がった。前下がりで、バンカー越えのアプローチをダフって、4オンとなって仕舞った。2パットのダボだ。I氏はここで苦労をしていた。7オンになっていたが、長いパットを1つで沈め8打だった。M夫人は、快調にボギーで、K夫人はダボだった。No.9は、パー5。TSは真っ直ぐに飛んだ、今日一だった。2打も快調で、3打では乗らないが快調だ。4オン2パットのダボで、温和しく上がった。I氏は最後真骨頂で、3オンして、2パットの理想的パーであった。M夫人は、ダボ、K夫人はこれも頑張ってボギーだった・前半を終えて辛うじて50は切ったが、という感じだ。今日は、チョロがあまりにも多すぎる。No.10はパー5。TSは皆の見る中、何と弱々しく、レディースTの前のラフに落ちた。2打、3打とトップ気味に右を進み、4打でやっとFWCRに戻せた。やっと5オンで2パットのダボだ。I氏はここでも調子よく、3オン2パットのパーだ。夫人2人はボギーで上がった。皆に置いて行かれた。No.11は2打(通常)で右ドッグの打ち上げだ。TSは良い感じでFW左だ。2打も良い感じで、FWCRだ。3打で乗せようとしたが、6Uで、また打ち損ね4オンとなった。2パットのダボだ。I氏はここでもボギーで上がった。M夫人は、7打、K夫人は8打だった。No.12はだらだらの打ち上げ。TSはまずまずの感じでFW左だ。2打も良い感じだが、届かない。3打をミスってGRに届かない(之がお粗末だ)。そこからパターで3つのダボだ。I氏はこのホールもボギーだ。3ホール連続5打と、凄い勢いだ。M夫人は7打で、K夫人は9打だった。No.13は中間が凹んだやや打ち上げショート。ピンは中央だ。TSは3Wで良い当たりだったが、やや左にそれカラーだ。7Iで寄せ、ボギーとした。I氏はここでボギー、M夫人は、バンカーに入れてダボを叩き、K夫人は1オンしながら3パットのボギーだった。No.14は打ち下ろし池有り。TSはDRで一寸左気味に出て、FWCRに転げてきた。池が怖くて2打を右ラフに、3オンしたが突っ込みが足らず3パットのダボだ。I氏はここで果敢に2オンしてパーを取った。M夫人は、ボギーで、K夫人もカート道利用でパーを取った。No.15は広いフラットコースだ。TSは良い感じでFWCRに飛んだ。2打も超良い感じでFWを進み、3打で何と隣り(右)GRに乗った。7Iで寄せてオン、1パットのボギーだった。I氏はここで崩れて、3パットの7打だった。M夫人は、ボギーで上がり、K夫人は7打であった。No.16は、パー5。TSは良い感じにFWの真ん中だ。2打も快調に進んだ。然し、3打で、チョロして、4打であろう事かシャンク気味に右土手へ。OBは免れたが、そこからまたバンカーに落として、6打もまたバンカーから出ず、7オンで、1パットの8打だった。(極めつけの魔のホールだ)I氏はボギーで上がっていた。M夫人もボギーでK夫人はダボだった。No.17は長い打ち降ろし175YDの左GRのショートだ。DRでトライしたが、何とこれも当たらず、左ラフだ。2オンしたが3パットのダボだ。I氏はここをボギーで上がった。後半は見違えるほどよくなっている。M夫人はボギーで、K夫人は7打だった。No.18は、TSはやや当たりが悪かった。2打は良い感じで飛んで、3打でGR向こうのカラーだ。そこから2パットでボギーだった。I氏も夫人方もここはダボだった。気楽に行けるとは思ったが、結果的には連日のゴルフが堪えたのだろう、後半の方が悪かった。連れ合いの方は、今日は何とか楽しくプレイできたようで、何よりだ。歓談の後、何時もの吹田の長次郎で皆と夕食を採ったが、そこまでの道で、千里付近で渋滞が酷かった。
2019.09.26
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今日は第182回九人会ゴルフコンペだ。高校時代の同級生の大会だ。場所は太平洋GC宝塚コースで、ここには、友人に誘われて、別途のコンペ(アカデミーゴルフ・コンペ)に参加したことがある。2回目のコースだ。従って、中学校の放課後学習会は不参加とさせて貰い、連れ合いは参加していた。今日は久しぶりに参加者が多く、4組のスタートだ。私の組は、宝塚に住む友人Aと滋賀に済む友人Bの3人だ。スタート前に何人かのビデオを撮ったが、皆体が回りきっていない。それでも飛距離に相当の差があるのはやはり芯を捉えるか否かの差だろうか。9:05アウトからのスタートだ。皆70歳を越えているので、フロント(白)ティーからだ。No.1:いきなりロングでややドッグレッグ。右にバンカー、左は緩やかな土手、なだらかに下っている。TSは中途半端な振りで取りあえずFWCR。2打は超良い感じでFWをキープした。残り200YD右目だ。然し3打目をチョロして、4打目も当たらず5オンにしてしまった。それも遠くて3パットになった。友人Aは、飛距離は出る方で、さしたるミス無くボギーで上がった。友人Bは9打だった。(どうも友人Bについてはゴルフ以前のようで、特記の他は記載を省略する)No.2:緩やかな打ち降ろしのミドル。右はラフが凹んでいる。TSは良い感じで、FW左からCRに転げた。しかし2打目はまたチョロだ。3打ではトップ気味だが、結果はオンだ。然し連続3パットでダボになった。友人Aはボギーだ。No.3:全面池越えのショート。TSを7Iでトライだが、少し右に振れカラーに止まった。7Iで転がして乗せ、2パットのボギーだ。友人Aも同じくGRを外してボギーだった。No.4:緩やかに打ち上げて右にドッグレッグ、2打から水平のロング。TSは巧く当たらない。FWだが、直ぐ目の前だ。2打もトップで、チョロだ。焦りが悪循環を呼ぶ。3打と4打は超良い当たりでFWCR。5オンだ。1パット目が短すぎて、2パットになった。友人Aは最後1パットで沈めてパーで上がった。彼我の差は歴然だ。友人BはOBしていた。No.5:谷越えミドル。しかも、FWまで遠い。嫌な感じのホールだ。TSは当たったが、一寸低めだ。カートで橋を越えていくと、手前の土手の中腹に止まっていた。2打は7Iで何とか脱出のFWだ。残りままだ200YDある。3打を少し引っ張って、左の凹んだラフでバンカーの手前だ。4オンは巧くいき、1パットのボギーだ。友人Aも谷は完全に越えていなかった。このホールはダボで私がリードだ。No.6:126YDでガードバンカーがやけに目立つショート。右の崖のせり出しはさほど気にならない。TSは6Iで、振りが甘く届かない。ここも7Iで転がしてオンし、2パットのボギーだ。面白みが無い。友人Aは見事にGRを捕らえたが、ピンに遠い。惜しいバーディーパットが外れてパーだ。No.7:白ティーからは右になる崖は少し気になる程度だ。左ドッグの2打から打ち上げのミドル。TSは先ず先で、左のFW。2打は前下がりで、トップしチョロ気味の左ラフだ。3打もGRには届かず、4オンにしたがピン傍で1パットのボギーだ。友人Aは3オンで、同じくボギーとした。友人BはTSを前方の木に当て、OBだ。No.8:打ち上げて打ち降ろす感じのミドル。TSは少し右にずれたがFWだ。2打は、良い当たりでGR近くまで飛んだ。3オンで、惜しい1パットが外れてボギーだ。友人AはここでGバンカーに捕まりダボを叩いた。No.9:打ち降ろし、右にドッグレッグで右コーナーはバンカーがありOBも待っている。TSは、音は今一でバンカーの左だ。2打はバンカー越えで、先ず先ずFWCRに付けた。残り105YDを7Iで置きに行って届かない。右ラフだ。4オンしたが遠く、3パットの7打だ。友人は、TSを左にそらしたが、そこからの2打が抜群で、FWCR。ほぼ3オンで2パットのボギーは素晴らしい。友人Bは、No4.HでOB9打から、その後は全て8打だった。昼食時には、友人Bが自分の体のこと、医者を様々に変え受診していることをよどみなくしゃべっていた。No.10:緩やかな打ち降ろしミドル。やたらにバンカーが目立つ。右はOBが出そうだ。TSはいい感じでFWCRだ。2打で6Uを持ち乗せようと狙ったが、何とチョロしてしまった。3オンで、これも惜しい1パットが外れ、ボギーだ。 友人Aは、3オンで、3パットしてしまいダボだった。友人Bは1パットで、ボギーを取った。(今日最高の出来だ)No.11:このミドルホールも右は危なそうだ。左はバンクになっていて、土手に当たればFWCRに出てきそうだ。当然左を狙う。TSは左バンクからFWCRに出た。ここでも2打をチョロしてしまい、右ラフだ。2打の落下点のFWは極端に狭く、その右はラフで大きく凹んでいた。3打も当たらず、やっと4オンだ。ダボになった。友人もここはダボとしていた。No.12:ロングHで、ここも右はやばい、左向こうにバンカーが見える。そこまでは飛ばないだろうと狙いを左に採る。TSは何と行き先が見えないと思ったら右へOBらしい。やってられない。プレ4からの当たりは右ラフで、5打では届かなかった。6オン2パットの8打だ。友人Aも何故か付き合いよく8打叩いていた。No.13:池越えのショート。132YDと手頃だ。6Iで打ったが、ダフってしまって、池に入った。プレ3から、オンして2パットのダボだ。友人AはGRを外して、ボギーだった。No.14:ほぼ真っ直ぐのミドルで、2打から打ち降ろし。TSは良い感じだが右ラフだ。2打を3Wで少し高く上がったがFWCRだ。3打で乗せきれなかった。4オンの1パットのボギーだ。友人Aはダボとしていた。No.15:ロングホール。TG直前に池があるが、あまり気にならない。TSはまずまずの当たりでFW左だ。だが左ラフだ。3打はまぁまぁのFWCR残り150YDだ。4打では乗らず、花道だ。5オンはGR奥5mだ。2パットのダボになった。友人Aはボギーで納めていた。NO.16:左手前は木と崖がせり出した右狙いのミドル。TSは良い感じで左の残り150YDだ。2打も良い感じで右目のラフだ。3打のバンカー越を見事オンしたが、何と3パットだ。気持ちが緩んでいる。友人Aは、ちゃんとボギーで上がっている。No.17:ショートH。白ティーからは左が池だが、あまり影響は無さそうだ。ニアピンが掛かっていたが、TSで、6Uを握ったが、当たりが悪く左にそれた。7Iでピン近に寄せ、パーを拾った。友人は、見事1オンを果たし、之がニアピンに繋がった。惜しくもカップに蹴られてバーディー逃し、2パットのパーだ。友人Bはこの時東京から電話が掛かり、兄が、外出して行方が分からなくなったと言った電話だ。電話応対に追われ、このHも次もプレーは諦めていた。No.18:ミドルだが、向こうのFWまでは凹んだラフだ。やや左ドッグ。TSは何と引っかけてしまい左OBだ。プレ4から6Iでは届かなかった。5オンで1パットのダボだ。友人Aも友人Bの電話が気になったのか乱れてダボとしていた。なんともいえぬ気持ちの収まりが付かない感じだった。OBが2回も有り、更にチョロも数えられないくらいにあって、池ぽちゃもありと波乱のゴルフだった。表彰式では、友人Aはグロスでトップだったが、仲間全体に冴えない記録しか出なかったようだ。私は前回来たときよりも、2打改良となったが、どうもしっくりしない感じだ。コースとしてはアンジュレーションもありおもしろいのだが、今度来たら少しはましになっているだろうか。表彰式もしらけてしまった。帰りは下道で帰ろうかと思ったが、矢張り高速を利用していた。帰り着いて暫くして、連れ合いは学習会から帰宅した。
2019.09.25
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km点までで、帰りはシャルマンを通った。久しぶりに肉を食いに、桂川の雨明に出掛けた。帰りに映画「記憶にございません」を見たが、全くの喜劇で、劣悪首相が頭を打って、善人に戻るという他愛ない内容だ。今の首相もどこかで頭を打てば、等と考えては不謹慎になる。***パナマ運河が気候変動で危機にさらされている。パナマ運河の中間に人工的に建造されたガトゥン湖の水位が1.8mも低下しているのだ。ガトゥン湖の通常の水面は雨期には標高26.5mまで上昇し、乾期が終わる頃には25.9mに下がる。 水位が24.4mを下回ると、ここを通過する船舶が船底を擦る可能性が出てくる。そのため、運河庁は、通過するネオマックス船に積荷の制限を付ける。更に、24mを下回ると、通常のパナマックス船も危険にさらされることになる。今年6月、パナマは1903年の独立以降で最も深刻な干ばつに襲われ、ガトゥン湖の水位は、問題の危険水準に迫ったのだ。過去にも1916年に今年よりも長い乾期に見舞われて、危険水位に近づいたことがあったが、その時よりも更に危険な状態になっているという。 ガトゥン湖と共に近くに作られたアラフエラ湖は雨期の間に雨水をため、乾期に備えるが、この水は運河の船舶の航行はもちろん、首都パナマ市への飲料水の補給源になっている。パナマ市の人口は増え、運河を航行する船舶も増加していることから、水位の低下は以前にも増して危険域に達する可能性は大なのだ。船が水門を通るたび、各閘門間で水位を調整するために、ガトゥン湖から2億リットルの水を放出する。この放水により、乾期には水位が月に80cm低下することもあるという。この辺りのメカニズムはよく理解できないのだが、パナマ運河の通行状態を見れば、頻繁に水位を調整しなければならないので、ロスする水量も半端な量では無いと分かる。今年はこうした水位の低下の関係で、通過船舶に積み荷制限を課したために水の放出量も多くなったのであろうか。そんな関係で、パナマの運河庁の収入は数百万ドル落ちた。パナマックス船には辛うじて積載制限を付けることはなかったが、もし水位が24mを下回るようになれば、更に収入減になったであろう。7月以降は、雨が降ったので、水位は24.7mに上昇したが、2014年以降干ばつが続いており、乾期も長期化する傾向にあるのではないかと懸念されている。乾期が続き、湖に十分な水量を貯め込むことが出来なければ、パナマ市に供給する水が制限されたり、パナマ運河を航行する船舶に対する積荷制限が厳しくなるため、政府の歳入が低下するだけでなく、通航する船舶側も不安定な積荷制限を嫌ってパナマ運河の航行を敬遠することになるかも知れない。これは気候の変動がパナマを脅かしている事に他ならない。気候変動で、気温が上昇すれば、水の蒸発量は多くなり、ガトゥン湖の水位はさがる。一方では海面の上昇によってカリブ海の人気観光地サンプラス諸島はその内水没するだろう。そこに住む住人のクナ族数千人はたちまち行き場を失うことになる。パナマの深刻な干ばつは、太平洋の赤道付近の温かい海水が東に移動する「エルニーニョ現象」の最盛期に発生している。また海面水温は20~30年周期で変動する「太平洋10年規模震動(PDO)」が、こういった海面の上昇に拍車を掛けている。かつて雨期と言えば、毎日3~4時間雨が降り続いたが、今では同じ雨の量でも1時間に集中して降るケースが多い。之を読んで、日本も同じく集中(ゲリラ)豪雨が多くなっていることと符合するので、地球全体がそのようになっているのではないかと感じる。こうした観点から、1日の降水量が多い、上位10件を調べると、その内8件までは2000年に以降に起きている。それにもかかわらず、運河地域の降水量は6年連続で平均を下回っている。その分乾期が長期化しているのだ。今年の乾期は1ヶ月早く起き、1ヶ月遅くまで続いた。こうした現象が地球規模の気候変動によるのかどうかは、長いスパンで計測しないと結論は出ない。然し今年はエルニーニョ現象が強く、その結果干ばつが長期化することは懸念されている。2016年には新たな水門を設置して大型船のネオパナマックス船が通れるようになった。然し、更に大型船を通すためには更なる運河の改修が必要になるが、水位が、現状のように低くなる傾向がある以上、斯くは作業を休止するしかないとのことだ。干ばつが進行するなら、海運会社はパナマ運河のルートから他の航行ルートを探すことになる。それは米大陸横断鉄道であったり、北極海航路になったりする可能性がある。現に北極の氷は溶け、今まで閉ざされていた北極ルートが使えるようになるからだ。之も気候変動故の結果だ。そうなれば、上海からニューヨークへの航行距離はパナマ運河を使うよりも4000kmほど短く出来るとのことだ。パナマはこうした事態に対応するために、様々な対策を講じ始めている。まず、ガトゥンダムでの水力発電を停止した。パナマ市に水を供給するために新たに3つめの人造湖を作ることを検討している。更には近くを流れるインディオ川からガトゥン湖へ水を引き込み、水位を上昇させる案も検討中だ。個々のどれかを選ぶと言うよりもそれら全てを行う必要があるのではと言うことだ。いずれにしてもパナマは下流の人々の生活を犠牲にしても気候変動による影響から逃れることを考えなければならない状態になっている。ガトゥン湖の干ばつ時の写真が掲載されているが、遠くに大型船舶が停泊しているその手前には、数多くの木の幹が水面上に突きだしている光景を捕らえている。干ばつで水位が低下し、普段は水面下に沈んでいるはずの木々が突きだしているのだ。ガトゥン湖は人工湖と言うが、どうも自然のままの部分もあるようで、一寸見る限りは、水位が少しくらい上昇しても木の幹があるところには船舶は通れないように思える。ふと思ったのだが、ガトゥン湖はパナマ運河の中でも最も標高の高い部分にあるわけでガトゥン湖の水位が下がればそれこそ、閘門で仕切って船舶を上昇させる量が少なくて済むのでは無いかと思うのだが。また、湖底を浚渫することで対応は出来ないかとも考えるのだが、それをすると周りの山が崩れてしまうと簡単に諦めているようだ。然し元々人工的に作った湖なのだから、周到な準備を行えば、浚渫による水位の確保は可能だと思われるのだが。パナマ運河を航行するユーチューブがネット上にあるが、之を見る限りでは、こういった乾期の危険な状態を窺い知ることは出来ない。それよりも元からそうなのか、大型船舶が2隻平行してパナマ運河を航行することが出来るようになっているのには驚いた。フィルムは高速度カメラに依っているために実にスムーズに進行しているように見えるし、船舶の前後関係も途絶えることなくひっきりなしに通行している様子がよく分かる。パナマ運河については、交通の輻輳もあり、中米のニカラグアで新運河を建設する計画まであるようだ。例の中国が計画した運河だが、それほど簡単な工事ではないことは歴然で、2014年に着工してといった計画は既に大幅に遅れていると共に、資金不足や反対運動で完成は遠のいているというか計画そのものが頓挫するといった見方もあるようだ。いずれにしても、地球規模の気候変動は様々な悪影響を我々にもたらし始めているようだ。
2019.09.24
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今日のウォーキングは雨のため中止した。久しぶりに姉と連れ合いと3人で、美濃吉での昼食をとった。***世界で、宇宙を対象にした起業家が興した会社が1000社もあるという。日本でも新興勢力が続々名乗りを上げている。北海道赤平市の植松電機もその1つだ。従業員25人の会社で、鉄スクラップ用の大型マグネットを製造している。池井戸潤の下町ロケットに似た感じの会社だ。社長の植松努は流体力学を学び、航空会社に就職したが、自動車部品の修理業を営んでいた北海道の実家に帰って、手がけたのが大型マグネットだ。本業拡張のため、工場建設をした段階で、最早必要ないと素っ気なく切られてしまった。そんな中で、北海道大学の永田晴紀からロケットの電子機器製造で、参画しないかとのオファーを受けたのだ。なんだか、作られたようなシナリオだが、投資した大きな工場、飛行機製造も可能にする工作機械などが、こういったオファーを受ける下地にあったのだ。永田らは資金に行き詰まり、植松電機がその分部品製作を担うという形のロケット製作が始まった。打ち上げ総費用は2000万円と見積もられた。然し、部品を内製できることから200万円程度で出来るとなったようだ。従業員の給料その他のことは言及していないが大丈夫なのだろうか。そこで打ち上げ(カムイ・ロケット)が試みられたのが2005年3月だ。この時は高度300mしか飛ばなかったようだ。私はロケットの打ち上げに関して、新聞記事をスクラップしているが、こうした記録は無かった(見逃したか)ように思う。失敗に関しては新聞社も取り上げなかったのだろうか。そこから試行錯誤が始まった。高く飛ばすためにはエンジンを大型化する必要があるが、そのためには液体酸素のタンク配置を改良しなければならなかった。事が巧く運んでいないときには往々にして、やる気がそがれるものだが、ここで植松の情熱が、製作への牽引力となり、開発は順調に進み、2007年8月にはロケットが音速を超えた。こうして、今までに100機以上を打ち上げたという。(そんなにも、という感じだ)植松がロケット開発に投じた設備投資は6億円だ。最高到達高度は地上8.5kmで、まだ十分とは云えない。宇宙開発は三菱重工やIHI等の大手が手がけるものだとの常識に挑戦している。一方、世界では、この間に(2000年前後)にアマゾンのジェフ・ベゾスがロケット開発のブルーオリジンを立ち上げ、イーロン・マスクはスペースXを創業している。こうして世界の宇宙スタートアップは1000社を超える。世界の宇宙ビジネスの市場規模は2018年に45兆円に達した。月への挑戦を試みるグループ(ispace)がある。米Xプライズ財団が主催する月面探査レースへ参加した。メンバーは、袴田武史、中村貴裕そして、吉田和哉だ。袴田と中村は大学で航空宇宙工学を学び宇宙への情熱を持つ若手で、吉田は東北大の教授だ。探査車の開発費用は最低でも1500万円必要だ。その上、探査車を月に送り込むためには少なくとも重さ1kg当たり、1億円の資金が必要になる。そこで行き詰まりかけたが、ここでも救世主が現れる。不動産会社の社長が3000万円の寄付を申し出たのだ。そうなると事態は好転、吉田の設計した探査車が月面レースのコンテストの書類審査と試走で、評価が首位に成り、50万ドルを獲得した。そして、IHIや日本航空、KDDI、スズキなどが相継いでスポンサーに名乗りを上げたのだ。探査車は完成したが、ロケットが確保出来なかったところ、イーロン・マスクのスペースXと月への輸送契約を結んだのだ。2021年に月着陸、2023年に探査車を送り込むという計画だ。ispaceの陣容は今や100人に膨らんでいる。NASAやJAXAの出身者もいる。これほどまでに宇宙に情熱を持つ人たちがいるのかと感心する。宇宙のごみの掃除屋を目指す人たちがいる。アストロスケールホールディングスの岡田光信だ。宇宙ごみを衛星に付けた磁石で捕らえて、一緒に大気圏で燃やす技術を開発している。一直線にこの仕事に就いたわけでは無い。財務省、コンサルタント、ライブドア、ITスタートアップといった変遷の後だ。案外こういった人が多い気がする。宇宙へのきっかけは高校時代に始まるが、その後忘れていて、再び気づいたきっかけは、指先でひねったら回り続ける小型のスピナーに出会ったことだ。製造元を訪ね、そこで宇宙用の部品を製作していることを知るのだ。こうしたインセンティブが人を動かすのだと、私などには少々及びも付かない経験があるようだ。それからは宇宙学会に参加するなどの動きを早め、やがて宇宙ごみの問題に行き着く。誰もが手を付けていない、それでいて問題となることに興味を持ったという。それがきっかけで、国際会議から帰って10日後に起業したとのことだ。バイタリティーが半端ではない。2017年に宇宙ごみ観測衛星を打ち上げたが、失敗したようだ。それでも2020年にはごみ除去用の実証衛星を打ち上げようと計画している。先人毛利衛から貰った「宇宙は君たちの活躍するところ」という色紙が支えになっている。2019年1月18日に打ち上げられたイプシロンロケットに搭載された7つの人工衛星の1つに人工流れ星衛星「ALE-1」がある。約1m四方の箱にパチンコ玉程度の流れ星の種400個が詰まっている。之を打ち上げ、大気圏に突入する際に流れ星の種が燃える様子が流れ星のように見えると云う事だ。2020年にも種の発射実験を始める。既に世界中の企業などから問い合わせがあるという。関わっているのが宇宙エンターテイメントビジネスのALE社長岡島礼奈だ。この着想は18年前だという。東大時代(天文学科)の同級の友人と千葉の牧場を訪れ流れ星観察を行ったときのことだ。この人もすんなり宇宙に入ったわけではない。最初は2008年に金融のゴールドマン・サックス証券に入社している。リーマンショックで、あっさりリストラされ、一念発起で、昔夢見た流れ星に到達したようだ。2011年に起業している。億単位のロケット打ち上げ費用が必要だという誰もがぶつかる壁があった。ここでもまた夢のような巡り合わせがあったようだ。ゴールドマン時代の上司が自腹で出資したという。それが契機で、その後、個人投資家からも出資があり、決め手はJAXAのイプシロンに流れ星衛星が搭載されると決まったことだ。2020年の発射開始から成果が問われるとあるが、冒頭の、2019年に搭載された「ALE-1」は何だったのだろうか、その関係が見えない。岡島のもう1つの狙いは、人工衛星を使ったデータビジネスだ。ALEの流れ星の種に超小型センサーを取り付けて、宇宙空間から大気圏に突入して燃え尽きるまでの間、宇宙環境の計測を行うのだ。宇宙の中間層(50~80km)のデータ収集で、気候変動やごみ収集にも役立つと踏んでいる。ここで紹介された個人は皆バイタリティーが旺盛のようだ。宇宙は国家が開発するものとしてきた従来の考えや形が、より身近な存在になるようで、興味深い。
2019.09.23
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今日のセミウォーキングは大阪染工から宝寺踏切迄の折り返しで、帰りは第1小学校の裏を通った。今日から前回の台風時にズレた瓦を直して貰うことになった。夕方から恒例のカラオケ大会だが、今日は集まりが少なく、店の社長を入れて10人と一寸寂しかった。入院手術の人や、術後の回復期の人など、矢張り寄る年波には勝てないという所だろうか。人数が少ないので、おそらく4回歌うことになるだろうと予測したが、実際にその通りとなった。全て個人戦で、申告点に近い人から順に成績が決まるが、予測点をオーバーしてしまうと、下回った人よりも下位に来るという決まりだ。採点方法は、TVだけで、システムはDX精密と、これまたどんな点数が出るのか、曲によって異なるという塩梅で、早く言えば当てもののようなものだ。1曲目始めに歌うのは、ハスキー女性だ。「九官鳥」を歌って、62点(申告98点)だ。2番目の元気男は「夢追い酒」で111点を出した(申告点75点)オーバーで望み無しだ。3番目年配女性で「ごめんよれい子」で82点(申告点84点)と最有力に躍り出た。4番目の連れ合いは「東京の灯よいつまでも」で54点しか出なかった。(申告点90点)マイナス36点で、トップの女性と並ぶ。5番目の音を外す男性は「対馬海峡」で45点と最少得点だ。(申告点86点)。6番目の枚方の女性(新人)は「下町の太陽」で159点をたたき出した。(申告点240点)これは差がありすぎる。枚方では毎日のように練習をしているのだそうだ。点数は出るようだ。7番目の友人は「足手まとい」を歌い、73点だった。(申告点66点)はオーバーで、ほぼ権利無し。8番目のビブラート男性は「君こそわが命」で87点だった。(申告点90点)でマイナス3点は、2位に付けた。9番目の私は「涙の操」で80点、(申告点105点)はマイナス25点である。とりになった社長は「なやみ」で62点を出した(申告点60点)は2点オーバーで、権利無しだ。総合では、マイナス2点の年配女性が1位、マイナス3点のビブラート男性が2位、私は計らずもマイナス25点ながら3位となった。DX精密採点故点数の開きが大きいのはやむを得ない。何時もの元気男も今日はことのほか静かだ。この後お通夜があるらしい。夕食を食べて、2回戦に入る。順番は1曲目と同じだが、社長は本来のくじ通り7番を歌うことになる。1番の女性は「赤坂シャイニーブルー」を歌い87点(110点)だ。( )内は申告点。マイナス23点は遠いように思われた。2番目の男性は「星降る街角」で102点(80点)、オーバーだ。3番目の女性は「おはん」で165点(130点)、これもオーバーだ。4番目の連れ合いは「北空港」で、83点(213点)しか出なかった大きくマイナスだ。5番目の男性は、「今日の夜嵐」で44点(80点)だ。点数は出ないが、マイナス36点は現在2位だ。6番目の女性は「橋」を歌い、180点(242点)でマイナスだが差が多い。7番目の社長は「旅路」で118点(110点)とオーバーで僅差ながらダウンだ。8番目の友人は「雨上がり」で82点(79点)。更に僅差ながらこれもダウンだ。9番目の男性は「黄昏のビギン」で38点(86点)。法外に低い得点でガッカリのようだが、申告点よりマイナスだ。最後に歌うのは私で、「上を向いて歩こう」で何と321点(320点)が出た。これも凄いが、テレビでは花火がボンボン鳴るありさまだ。よく出るとされる歌なのだそうだ。然し乍ら1点でもオーバーしているので、差がマイナスの人より下位だ。1位はマイナス23点のトップバッターの女性のものとなった。特筆は連れ合いのマイナス130点ながら5位と、私のプラス1点で6位となる結果だった。ここで、何時ものように3人は帰るのだが、お通夜だという男性も今日はここで帰った。3回戦は6人での闘いだ。歌う人の点数を他の人が予想する入札方式だ。歌の順番の入れ替えだ。1番は年配女性で「もう一度1から出直します」で110点を出した。ドンピシャを当てたのは友人だった。2番目の枚方女性は「花も嵐も」で121点を出した。之には連れ合いの予想点120点が近かった。3番目は連れ合いで、「おゆき」を歌って82点だった。本人がドンピシャの点で勝った。4番目は私で「南部蝉しぐれ」で125点を出した。私は124点を申告していたので、勝ったことになったが自分の申告点より高い結果だったので、おかしいと云う事も云えるのだ。皆の予想点は100点~120点に分散しており、私がプラスで除外された場合、近いのは120点を予想した人になるのだが・・・。5番目は友人で、「恋あざみ」を歌って、79点を出した。本人は85点で、之には76点の社長が勝った。最後の社長は「なでしこ」を歌い、76点だった。ドンピシャで当てたのは枚方の女性だった。そして4回戦だ。時間が早いので4回までやるのが恒例になりつつある。歌う順は3回戦とほぼ同じで、1番と2番が入れ替わった。1番は枚方の女性で、「恋船」を歌い80点が出た。皆高く予想していたので、90点の友人が買った。2番目の高齢女性は「黒髪」で88点と出た。皆高い予想で、93点の枚方女性が勝った。3番目の連れ合いは「おもいで酒」で87点を出し、年配女性がドンピシャで勝った。4番目は私で「星影のワルツ」を歌い、161点と高得点だ。この歌も出るようだ。皆低い予想だったので私の110点が勝った。5番目は友人で、「冬子のブルース」を歌い70点と奮わなかった。私が80点予想で勝った。最後の社長は遠藤実の「お袋」を切々と歌い、91点を出した。90点の友人が勝った。3回戦と4回戦の方式はどうも勝敗の決め方がおかしいのではないかとクレームが出た。調べてみることになったのだが、過去の勝敗を見てみると、矢張りはっきりしない物が数点出てきた。1回戦と2回戦は、自分が申告していた点よりも低くないといけなかった(オーバーは駄目)ので勝敗決めは一貫していたが、3回戦と4回戦はどうやら逆の感じで決めているようだ。歌った得点よりも、申告点が低い方が勝ちとしていたのだ。妙に感じる方が正常であったわけだ。不具合の例(1回戦2回戦との違いで見る)を1つ挙げると、最後に歌った、社長の「お袋」は得点が91点だったわけだ。この時の6人の申告点は、低い方から80点、85点、88点、89点、90点、100点とあった。得点は申告点をオーバーしてはいけないことを守ると、80点~90点までを申告した5人は得点が申告点をオーバーしているため除外となる。ここで、1人100点を申告していた人(実は私)が、差はマイナス9点ながら一番近いと云う事になるというわけだ。今回は歌う前に得点より低い予想点の方が勝ちとしていたので、ゲーム上は問題ないわけだが、1回戦と2回戦の決め方とは全く逆だったわけだ。こう言った所にも落とし穴があるのだと、改めて気づかされた。
2019.09.22
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今日のセミウォーキングは島本高校から若山神社口を通り、東大寺公園を通って帰宅した。中学校の土曜スクールに参加したが、文化祭開けとあってか、集まった生徒は少なかった。***洋上風力発電が日本でも本格的に動き出すようだ。現在経産省が国内4カ所を有望区域に選んでいる。1つは長崎県五島列島にある福江島、2つめは秋田県能代町と男鹿半島沖、3つめは秋田県由利本荘市沖、4つめが千葉県銚子沖だ。その内、長崎県五島列島にある福江島の沖合で、浮体式洋上風力の実証実験が進められている。その様子がルポされていた。同島は2030年までにエネルギー自給率100%以上になるまで引き上げる目標を掲げている。福江島沖合に実験用の1つ大型の洋上風力発電機が据えられている。戸田建設が手がける洋上風力「はえんかぜ」だ。風車はビル20階に相当するタワー(全長は172m)の先に、3枚の白い羽根付き、風を受けてゆっくりと回転している。この風車は、海中に約80m(直径7.8m深さ76m)の浮体を浮かべて、その上に建設されている。所謂浮体式風力発電型だ。浮体の上部は鋼、下部はコンクリートで構成されている。流石建設会社の浮体だ。之が造船会社なら、全て鋼製で構成されていることだろう。下部にコンクリートを配置することで、装置の重心を下げて安定性を高めている。少々の風では動揺しない設計となっている。風車は、風の向きや強さに応じて方向や羽根の角度を調整できる。台風の接近など所定の風速を超える場合、風車の回転を止めて風を受け流して耐える構造となっている。この発電装置で出来た電気は海底ケーブルを通じて5km先の陸地まで送られる。発電能力は2000kWで、五島市の世帯数の約10分の1にあたる一般家庭約1800世帯分の電力を賄うことができる。ここで使われている風車は2013年環境省の実証事業として五島市の別の島周辺の海域で稼働させていたものを現在の場所へ移したものだ。着底式にしないで、浮体式にしたのはヨーロッパの海のように遠浅な海岸が少ない故だ。浮体式の方が技術的な難易度が増すが、その分設置する場所は着床式に比べて格段に自由度がある。五江島を実証実験の場所に選んだのは、ここらは台風が通過する可能性が高いからだ。日本近海に設置する場合、どうしても台風の洗礼を受けることを想定していなければならない。実験で実際に強度面のチェックも行えることが必要だ。勿論1年を通じて安定した風量が見込める海域だからだ。洋上に風車を設置するためには、その海域の漁業者との合意形成が必要となる。風車を建てる(洋上に浮かべる)ことで魚への影響がどうなるかが最大の焦点になる。魚が逃げ、漁獲量に影響が出る可能性もあるが、設けた浮体が、魚礁の役目を果たして魚が集まるのではないかとの思惑もある。それらの影響を事前に調べるために、戸田建設は現在の風車の20分の1の大きさで発電能力100kWの小規模試験機を2012年に設置して影響を計測している。風車が回転する際に発生する音が周辺に生息する魚などにどう影響するのかも調査の対象だ。その結果、設置前後で漁獲量に差がないことを確認した。なお、風車を設置する場所は漁が頻繁に行われない場所を選んでいる。送電時の海底ケーブルへの接続が容易に出来ることも考慮されている。五島市では漁業従事者の人口が減っている。風車設置で、浮体が魚礁となって、逆に魚が増えるのであれば、漁業振興につながる可能性も期待できると言った見方もあるようだ。実際に設置するとなると、更に大型の風車になり数も10基程度を設ける計画になっているため、実証実験が全てをクリアにするわけではない。国際エネルギー機関(IEA)は日本の風力発電が2040年に現在の約5倍の310億kWhまで拡大すると予測する。こうした予測には国内4カ所の有望区域が含まれているが、正式な事業者は、公募を通じて、今年度内にも正式決定する予定だ。五島市では、既に実証試験を行っている戸田建設が選ばれるだろうが、そうなると、2023年にも運転を始める体制を整える。環境省としては、再生エネルギーの普及は是非推進したいところで、現在石炭火力に頼っている電力を代替できるように期待している。勿論、解決すべき問題や、多くの課題があるだろうが、四方を海に囲まれた日本では、その特長を生かす洋上風力は重要な脱炭素社会の実現に向けた切り札の1つだ。日本で洋上風力を推進するための課題の1つは、国内の産業育成だ。大陸棚が多く洋上風力に適した強風が年間を通して吹くイギリスでは、2000年代前半から大型風車の設置が進んだ。同時に欧州の風車メーカーは風車の大型化など開発・生産体制を増強した。之に対して、日本は風車製造の事業は縮小傾向で、中には撤退する企業も多い。日本製鋼所は2017年3月末で風力発電機の出荷を終え、日立製作所は2019年1月に風車の自社生産の停止を発表している。風車製造に関係する事業の育成や、現地雇用の推進なども考慮しなければならない。風車製造の原材料や部品は極力国内で生産できるようにしなければならない。こうした育成体制の構築が求められているところだ。部品製造、点検・修理といった関連の国内産業の活性化と雇用を増やす仕組みが緊急に必要となる。クリーンエネルギーとしては先行投資している原子力発電があり、そのための補助金は惜しみなくつぎ込まれているのだが、原発の有事に於ける危険性を勘案すると、国民の間に、尻込みする意見も多くなってきた。まして、原発誘致のための交付金を不正に関電役員に配ったという、高浜町の話を聞くと、まるで出鱈目な体制が構築されていたのだと云う事を思い知る。東電の東日本大震災時の福島原発ばかりでは無く、関電も、美浜原発で特段の天災時では無いときに、蒸気噴出事故を起こし、死者5人を出す大事故を起こしているのだ。喉元過ぎればなんとやらで、関電は会長、社長以下、20名に及ぶ幹部社員が、高浜町からの付け届けを受領していたという。言語道断も甚だしいことだ。そんな利権がどす黒く渦巻く原発は本来の放射性物質による危険は元より、この辺りで、腐った関係を断ち切らなければならないのでは無いだろうか。2つ目の課題は発電コストの高さだ。調査会社ブルームバーグNEFによると、2012年に1kWhあたり約24円だった世界の洋上風力の発電コストは、風車の大型化などを背景に2018年には約13円まで下がった。ただ太陽光は既に約9円まで下がっており、さらなるコスト低減が必要だ。之に関しても、当初、洋上風力は差ほど脚光を浴びていなかった関係で、コスト計算は割高になりがちだったことを考えると、太陽光とのコスト差は現在考えられているよりも低下することは間違いない。現在は、風力の発電コストにおける発電機の比率は約4割で、設置や系統連携にかかるコストなどが残りの半数以上を占めている。海底に風車を固定する着床式の洋上風力の場合、船体を海面から持ち上げて作業するための専用船が必要となる。有望区域で計画されているもののほとんどは着床式を予定しているが、現状日本には専用船がほとんどない。現在の日本の法律では、外国籍の船を使うことができないため、用船料は1日数千万円程度かかるという。大林組や清水建設などのゼネコン大手が2020年以降に専用船造船を終える計画で、隻数が増えれば設置費用も低減する可能性はある。之など初期費用が過大に算定されているだけで、量産効果が今後は期待できる。3つ目は周辺環境の整備だ。洋上に風車を建設するためには、風車の部品などを一時的に沿岸部に集積する「拠点港」が必要となる。設置工事の期間とコストを抑えるために重要な役割を担うが、現状では日本にほとんどない。整備の動きはある。国土交通省は一部の一般海域が有望区域に選定されている秋田県の秋田港を拠点港として改良する計画が発表されている。整備されれば、能登半島より北の日本海側の全てをカバーできるとみられる。世界で加速する脱火力発電の動きに加え、日本では原子力発電所の再稼働の行方が不透明なままだ。風力発電への期待は高まるが、多くの課題を官民一体で解決する取り組みが必要となる。
2019.09.21
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今日は第24回北摂天神会ゴルフコンペだ。従って、中学校の文化祭も小学校の放課後学習会も参加できなかった。ゴルフ場について直ぐ、先輩が使わないかとクラブのU6をくれた。ありがたいことだ。急に涼しくなって、快適なゴルフ日和だ。今回も前回のお医者さんと友人夫人と3人の組み合わせは同じだ。リベンジをと思っていたが、またしても先生に負けてしまった。年齢に関係なく、良く飛ばす先生だ。アウトからのスタートだった。一応コースバイコースで記録する。( )内は改善可能数字。No.1 TSは、飛びは良くないがFWCRだ。(残り160YD)2打もまずまずだが、GR左のラフだ。3オンで2パットのまぁまぁの出発だ。先生もボギーだった。夫人は7打だった。(0)No.2 TSは、良い当たりだが、右のラフに入ってしまった。2打は良い感じで飛んで、GRの近くまで飛んだ。そこからPTでトライしたが、矢張り7Iくらいで寄せれば良かった。4つパターしたことになる。ダボにしてしまった。先生はTSが良く飛んだものの左ラフで、2打3打と失敗して、ダボで同じになった。夫人も同じくダボだった。 (-2)No.3 TGはかなり前方の、サービスホールだ。TSは良い感じで、FWCRだ。然し先生には叶わない。6IでGR迄60cmと届かない。7Iで寄せて1パットのパーだ。先生はTSが良く飛び、2打がキックよくオンして、1パットのバーディーは素晴らしい。夫人はここでダボを叩いた。 (0)No.4 フラットなショートで短い。9Iで、一寸トップ気味になって仕舞い。GRをオーバーした。7Iでの寄せは遠く、ボギーとなった。先生は、左のバンカーに入れ、1打で出ず、ダボを叩いた。夫人は、ボギーだった。(0)No.5 このホールは何となく合う感じだ。TSは良い当たりで、右のラフだ。もう少し左狙いでも良さそうだ。2打はトップ気味のチョロで、FWCR。続く3打も痛恨のチョロ、結局4打で右のカラー近くだ。7Iでの寄せがよく、ボギーとした。先生は、3打目をGRオーバーし、戻しに手こずってダボとした。夫人は私と同じで、ボギーだ。 (-1)No.6 何時も長く感じる、打ち上げ後フラットなミドルだ。TSは先ず先ずだが距離は出ていない。右ラフだ。2打は良い当たりだが、左のラフだ。3打で乗せなければならないところをショートした。この辺りの突っ込みが悪い。4オンし、2パットのダボだ。先生もダボだが、夫人はTSを左にOB、8打になってしまった。 (-1)No.7 長いミドル。今日はこのホールが魔のホールとなった。TSは飛ばないまでもFWCRだ。2打、3打とトップやチョロで無様だったが、更に、GR近くのショートアプローチを届かせなかったのは遺憾だ。5オンになり2パットは何とも情けない。このホールは2人ともボギーだったので尚更だ。 (-2)No.8 今日のピン位置はFWの延長だ。6Iでトライしたが、届かない。しゃくり上げるような打法ではこうなるかも。7Iで寄せたが、2パットを要してボギーだ。先生は何と、1オンをカラー付近に乗せたが、下りを1パットで沈めてバーディーを取った。夫人は、2オンだが1パットで沈めて、パーだった。(0)No.9 TSは良い感じで、FWCRだ。意識したわけでは無いがフラット部に止まった。2打目はクリーンに当たり、左バンカー近くのラフだ。しかし、3打目が右横に飛んでしまい、バンカー越えのアプローチが残った。うまくオンし、ピンに寄ってたが3パットの7打だった。先生はここを1パットのパーで上がっていた。夫人は、私と同じくダボだった。前半は、7打改良の余地ありだ。それにしても不甲斐ない。先生から5打も遅れた。後半は気を取り直したが・・・。No.10 TSはまぁまぁの感じでFWCRだ。先生は随分先を行く。2打目110YD残っていたが、6Iで乗せられない。動揺した3オンは3パットを誘った。1パット目が遠く、極端にフックした。先生はパーで、夫人は私と全く同じだ。 (-1)No.11 110YDショートでピンは上段だ。7Iでオンしたが上段までは飛ばない。何とか2パットでパーとした。先生と夫人はボギーだった。 (0)No.12(クリーク)TSは良い感じだが、手加減しすぎて距離を残した。2打はPWでまさかのクリークを越えただけになった。3オンで2パットのボギーだ。先生はTSの当たりは悪かったが、2打で何とか乗せ、パーを取った。夫人は2オンながら3パットで私と同じだった。(-1)No.13 やや打ち上げ、右ドッグ。TSは良い感じでFWCRだが先生にも夫人にも置いてゆかれた。2打はFWの左だ。3オンして、1パット目は入っても良い感じだが手がすくんで2パットのボギーとした。先生は、TS、2打とも素晴らしい当たりで、楽々パーだ。夫人は、TSは最高だが、2打でOBぎりぎりにしたため動揺して7打を叩いた。 (-1)No.14(打ち降ろし)右GRで110YDだ。前回同様TSを6Iで打ったが、あろう事か、もう少しなのだが池に落ちた。3オンの2パットでダボだ。先生は、1オンながら3パットでボギーだ。夫人もダボにしていた。 (-1)No.15 苦手なホールだ。TSは意に反した右に飛びバンカー横だ。ここでもTSで先生や夫人に負ける。2打をまずまずのFWに戻したが、3打で乗せようと力みすぎてチョロだ。更にアプローチがカラーで、5オン1パットの6打になった。先生は、TSは最高だが、2打目を右にロストしてしまった。どう探してもボールが見つからない。7打になった。夫人はボギーで上がっていた。(-1)No.16 GR手前が池のアップダウンのロングだ。TSは低目で飛んでFWCRだ。2打は良い感じで右ラフだ。然し池をよけるつもりが吸い込まれるように入った。避けるときは完璧を期せと言われた。池越え5打でカラーに落ち、そこから2パットで、ダボにしてしまった。先生は、TSも2打も一寸おかしく、3パットもあって8打だった。(ロストを引きずっているようだ)夫人はボギーで上がり、2ホール連続オナーだ。 (-1)No.17 このホールは2打目が打上だ。TSは何とか右ラフだ。2打もそこそこの右ラフだ。アプローチは、残り80YD上りを、9Iでニアオンだ。8Iでも良かった感じだ。4打で乗って、2パットのダボだった。先生は1パットでボギーとし、私と同じだった。(0)No.18 (最後池越え)。TSは良い感じでFW右だ。2打も良い感じでFWCRだ。残り145YD池を恐れて7Iで刻むはずがチョロ。4打も当たらずすんでの所で池手前に止まった。5オンで2パットのダボだった。先生はここで見事にパー。夫人は8打叩いていた。(-1)予想に反して、前半より1ポイント落としてしまった。8打は縮められるはずなのだが。今回も80歳(前回82歳としていたが)の先生にTSは完全に及ばない。どうしてなのだろうか。それにしても納得のいかないゴルフだった。先輩から頂いたU6(ユーティリティー)は使わず終いだった。早く終わり、帰り小学校の学習会に行っていた連れ合いを拾って帰宅した。
2019.09.20
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。***日経の特集記事だ。最近の経済は、モノ、距離、時間と言った物理的な量から離れたところに存在するようになったと言い、そこにはどんな豊かさやリスクがあるかを考えている。ダイキンは、東大に10年間で100億円の研究開発費を投資したと表明した。この意味を日本最高の知性へのアクセス権だという。2019年度に約700人の技術者を東大に送ってAIから哲学までに渡る交流を重ねようとする。アメリカのヘッジファンド、サードポイントはソニーに対して、半導体事業を分離せよと提案した。半導体部門は黒字だが、ソニーの営業利益の7割はゲームや音楽の販権だ。ものを切り離して、無形資産に投資を集中した方が企業価値は上がるとした。之に関しては、私は常々疑問に思っている。無形に投資することは必要かも知れないが、モノを軽視すると果たしてその先に何が残るかが心配なのだ。精神だけでは生きていけないのでは無いかという懸念だ。もう1点、子供(とは限らないが)がゲームに集中して、発想や想像力が高まったとして、残るモノは何かと考えたとき、退廃的なモノしか残らないのではないかと思うのだ。米S&P500社の時価総額の内、特許など目に見えない無形(intangible)資産の価値はこの40年間で、17%から84%に膨らんだという。富の源泉はモノから知識やデータへ移ったという。(武士は食わねど高楊枝、高邁な理想に生きよと云う事か)モノ(工場など)有形資産の価値は1年で4%減じるだけなのだが、一方の無形資産の価値は模倣されるなど陳腐化の速度が速く、1年に2割減じるという。この価値を保つためには優秀な資源に資源が集中することになる。格差が増すと云う事だ。例としてウーバーは、自動車の持ち主と乗客を結ぶデータやアルゴリズムで成長したが、運転手を従業員としては扱わず、最低賃金の支払いを免れてきた。このように無形資産への投資は、労働者への支払い(労働分配率)を低下せしめている。オランダの研究者も、2000年から2014年間で、世界で無形資産に投資する割合は3ポイント上昇したが、逆に賃金分は5ポイント低下したという。富の源泉がモノから無形に移ることで、世界は変わりつつあるという。東大の助教中西は、人のように動くロボット開発をしようと、グーグルの副社長に誘われ、立ち上げたベンチャー「シャフト」はその副社長のグーグル退社で敢えなく5年で解散になった。このように、GAFAは巨額の設備投資や生産に掛かるコストが不要なために、独占的な市場占有率を持つようになり、シェアを勝ち取った者が最後に市場を寡占するという形態になる。この例として、フェイスブックやテンセントなど上位5社のシェアは2008年度から2018年度で、55%から73%へと急上昇している一方で、自動車業界は同期間に47%から42%と横ばいに終始している。勝者がはっきりし、富が集中すると、余ったお金は、運用リスクの低い債券などに取りあえず集中する。このため、金利低下を招き、経済は停滞気味になると云うことだ。(なかなか難しい)無形資産が富を生む経済は、姿を捕らえきれないリスクが広がることになる。ハッカーなどによるシステム破壊などだ。例として、自動車事故の場合、運転手の過失では無くシステムの破壊によるなら、損害は拡大する。英ロイズは20120年以降、こうしたサイバーリスクを各種保険から切り離すと決めた。米のセキュリティ-専門家が、実験的試みで、走行中のハンドル操作や、ラジオの音量までコントロールできるサイバー攻撃を成功させ、車の価値を無にせしめリコールせざるを得なくなった例もある。このように悪者による攻撃もサイバーには差別無く可能になる事や、有用なシステムもコピーで拡散するなどのリスクも増大する。情報流出や対策費は2021年までに年6兆ドルに達すると予測され、これは日本のGDPが消し飛ぶ計算だ。米中戦争の本質もこの知的財産の侵害関係が問題になっているのだ。アメリカの知財での優位が、中国による盗難によって、大きく目減りすることを恐れているのだ。金融危機直後の2008年に、英エリザベス女王が高名な経済学者達に「何故危機が起きると誰も分からなかったのですか」と質問したときに、英国学士院は、金融機関がそういった判断を間違えることを「誰も信じたくなかったのだ」と応えたそうだ。人は見たくない現実から目をそらそうとする。人による最終判断の重要性は、AIの時代にますます重要になってきそうだ。今までの経済ではお金が豊かさや幸せの尺度であったが、形の無い資産の時代には何が幸せの価値に繋がるのだろうか。米ミシガン州の腎臓移植を待つ患者の場合、腎臓移植のドナーの一致が、簡単に見つけられた例を挙げている。ドナーと患者間の腎臓マッチングは、お金では解決できないし、計れない。然し、このマッチング理論を使うことで、金では計れない幸せを患者にもたらすことが出来るのだ。示された表によると、2005年ほんの数件だった臓器のマッチングは、2018年には1000件近くまで増加しているというのだ。今までなら考えられなかった膨大なデータ処理が可能になったことで、適合ドナーが見つかる確率が飛躍的に増大したのだ。ここで奇妙なことが書いてあった。これまでに世界で1万人ほどの移植を実現してきたとのことだが、それによって、それら患者の人工透析が不必要になった。そのことで、人工透析にかかる医療費が激減し、GDPが縮んでしまうのだ。こうなると従来の経済感覚では良くないことになると云うのだ。最早幸福を貨幣価値で換算することの限界が来ているというわけだ。さらに、シェア経済についても、部屋や、車など、個々人が所有するのでは無く、融通し合うことで、モノの生産が抑制され、GDPの低下の原因になる。これも、好きなときに好きな対象を使えるなどといったお金では測れない幸福度が増加している。膨大なデータをある条件の下に探し出すことも可能になった。欲しいモノやサービス、更には仕事までもが無駄なく見つけられることになる。こうしたデジタル技術の進化で、労働市場を効率化し、2025年には世界の雇用が7200万人増加するとの推計もある。需給のすれ違いによる失業率の低下も起こっている。これまで、無駄を通じて行ってきた生産や投資は、最適解が見つかった事で、無駄の排除による、見かけの成長は鈍化するように見えるかも知れない。これからは低成長でも、活気のある経済、豊かさや幸福感の捕らえ直しが必要になってくる。様々なことを想起させてくれる内容だが、果たして今の自分に照らしたときのどれ程の変革が期待できるかを思う時、それほど簡単なものでは無いことに気づく。世の中は、徐々に変革している。少なくともこうした流れに乗れないまでも溺れること無く、また置いてきぼりにされること無く、頑張って生きていたいと考える。
2019.09.19
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今日は茨木高原CCが主催するプラチナゴルフコンペがあり、誘われて参加することにした。70歳以上を対象にしたコンペらしく、ティーグランドは時にはレディス・ティーよりも前に特別の設定されたものだ。茨木高原CCが独自に考案したもので、エージ・シュートとを達成して貰うためとの説明があった。初めての試みだとかで、今回の様子を見て次回の開催を含めた要領を決めたいという思惑のようだ。そういえば各ゴルフ場とも老人向けに前の方にティーグランドを設けているようだ。従って、中学校の放課後学習会は不参加とさせて貰った。家では、先の台風でズレた屋根の補修も今日から取りかかって貰うことになっている。***茨木高原CCは、丁度4年前の昨日、高校時代の友人達と九人会で1回ラウンドしたことがある。当時の記録を見ると、雨と霧で最悪の状態だったことが記されている。後半もやるか中止するかを迷うほどの劣悪コンディションだった。スコアは120と法外な記録が残っている。晴れた日にもう一度リベンジしたいコースではあったと記録しているが、快い気候の今日も、あまり良い結果は残せなかった。今回は、友人と七草会の女性1人の3人で回った。連れ合いも七草の会の他のメンバーと3人で、コンペ外の、通常のラウンドとして加わった。メンバーの1人がまだ70歳未満なので、付き合う形だ。ゴルフ場へは山道を行くのだが、新名神が出来たので、千提寺ICで降りて、比較的早く行くことが出来るようになった。山道は相変わらずクネクネ道で、台風で倒れた木々がそこらに見えていたものの、取りあえずは無事到着することが出来た。白ティー(標準)からでは無いので、今後の参考にはならないが、とはいえ、もう間近にこのティーが必要になるときが来るのだ。友人は、短すぎると不満そうだったが、ともかくバーディーを取るのだと心を切り替えたようだ。アウトから、8:18のスタートだ。取り敢えずホールの状況を書いてみる。連れ合い達はインから先に出発した。No.1は打ち降ろしミドル。Tショットは天ぷら気味に左のラフで、傾斜部だ。2打は打ち辛くGR手前までしか飛ばない。3オンになり2パットのボギーだ。まだ寝不足で目がかすんでいる。友人は、パーで、女性はダボだった。No.2はショートで、途中はやや凹んだボール状だ。6Iでトライした。GRから僅かにズレて、右のラフだ。2オンし、2パットのボギーだった。ここは誰も1オンせず、皆ボギーだった。No.3はロングだが、然し、今日は332YDだ。TSは一寸高めに上がってしまった。FW左だ。2打を左足下がりで少々当たりが悪く、3打も同じような状況で、GRには届かなかった。4打目のアプローチをトップしてしまい、GR向こうに外した。5オンになってしまい2パットのダボだった。友人は長打力を生かしてパーを取った。女性はダボで同じだ。No.4は打ち降ろしのミドルで、TSは右目に出た。2打は左足下がりでミスショット。バンカー越えのアプローチはトップでGR向こうのカラーだ。そこからまた3パットで連続7打だった。ここは2人ともダボを叩いていた。No.5はフラットなミドル。このTグランドはレディス・ティの遙か前だ。TSは一寸引っ張りすぎて、左だ。1人で探して、木の下のラフから2打目を打つも、GRには届かなかった。3打目をまたトップして、GR向こうのカラーだ。こんなケースが3回連続した。PTで2つのボギーだった。友人は、2オンしたが惜しいバーディー・パットを外してパーだ。女性も2オンだったが、3パットのボギーだった。No.6はロング。然し今日は329YDだ。TSは池の横からで、左のFWだ。2打はよく当たり、右のFWだ。3打で載らず右のラフだ。そこから楽々GRをと、振った球は左に引っ張りすぎてバンカーだ。5オンはGRカラーで、2パットのダボは情けない。友人は、ボギーで、女性は同じくダボだった。No.7はショート。3Wでトライし、バンカーを越えて、巧く1オンした。2パットのパーだ。友人はボギーとし、女性も1オンのパーだった。No.8はミドル。TSは良い感じでFWCRだ。2打をGR近くまで運んだが3打で何故かバンカーに入れてしまった。4オンで2パットのダボだ。友人はバーディー逃しのパー、女性は1パットでボギーとした。前半最後、No.9はミドルで、1打、2打はまずまずだったが、3打でGRを少しオーバーし、4オンとなった。2パットのダボだ。友人は2オンしたがバーディーを狙い3パットしていた。女性はボギーで上がった。食事時に連れ合いの組と話したが、連れ合いは、成績はともかく、気持ちよくプレーできているようだ。後半のスタートが早く、そそくさと出て行った。我々も11:30にはスタートだ。No.10は、ミドル、TGは池のまだ前だ。TSは良い感じでFWCRだ。ここは見事2オンできた。然し下りに付けて、1パット目がまずく、3パットしてしまった。ここはパーとすべきだった。友人も女性も、ここはボギーだった。No11のショートは深い谷越えだ。最初3Wを持ったが、女性がDRで届かなかったのを見て、DRに替え、見事1オン。しかも10cmで、あわやホールインワンの所だ。バーディーをゲットだ。記念の写真を撮った。友人はボギーで、女性は3パットのダボにしていた。No.12はミドルで、TSは高めだが良い感じでFW右だ。2打でGRに一寸届かない。3オンの2パットでボギーだ。友人はパーを取り、女性はボギーだった。No.13もミドル。このTGも極端に前だ。極端に上って、極端に下るコースだ。TSは天ぷらで、馬の背のトップまで届かない。2打は良い感じだがFW右だ。3オンして2パットのボギーだった。友人は、流石に馬の背を越えて転がり落ちて、FW右だ。私の2打目より少し後ろだ。2オンだがバーディー・パットが外れ3パットのボギーだった。女性は、ダボだった。No.14は打ち上げていくロング。レディースTと同じで、329YD。このホールは良い感じの所は無くやっと5オンだ。2パットのダボとしと、これまでのロングは皆ダボだった。友人は2打で失敗するなど、結果は私と同じくダボだった。女性は最後バンカーに捕まり2打でやっと出て9打としていた。No.15はミドルで、TSは良かったが、何故か3オンになり、しかも3パットしてダボとなった。友人はここでも2オンしたが、矢張り3パットで、ボギーにした。何度もバーディーを取り逃がしている。女性はダボであった。No.16はロング。途中まで登って後は下りだ。TSは低めだが良い感じで右ラフだ。そこから3Wを使い一寸天ぷら気味にFWCRだ。3打目で右ラフ、4打目はGR向こうのカラーだ。1パット目は惜しくも外れたが、2パットで納めて、ボギーであった。友人は、失敗して7打。女性も3パットの7打だった。No.17のショートは、打ち降ろしで、グリーン手前は池だ。3Wでトライ、良い当たりだが、右奥のバンカーに入った。1回で出てオンして、1パットが惜しくも外れてボギーだ。ここで友人はミラクル。TSがGRをややオーバーのカラー。そこから何とパターでねじ込んだ。バーディーだ。女性はボギーだった。最終No.18はミドル。TSは低いが、伸びて、右ラフだ。2打は良い感じで飛んだが左に引きすぎたのかGR左のバンカー越えの斜面だ。3オンは素晴らしく巧くいった。1パットで沈めてパーを拾う。友人はボギーで、女性は7打の上がりであった。コンペのためのスコアシートを出し、後刻当たっていたら連絡があるという。(夫人のみが飛び賞だったが、友人と私は当たらなかった)試合後は連れ合い達と合流し、しばし、話し込んで、女性を送って家に届け、残りの人たちで長次郎に行き、夕食の寿司を食べた。
2019.09.18
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0kmまでで、帰りはシャルマンを通った。***ついに由々しき事態が発生した。サウジの石油施設が何物かによってドローン攻撃を受けたのだ。おそらく今回もイスラム武装組織フーシによるものだとの見方だ。今年の5月にもサウジアラビアの施設はフーシによってドローン攻撃を受けている。この時は同国中部の石油パイプライン施設がドローン10機で攻撃を受けたのだ。ホルムズ海峡の小競り合い(互いの国の敷衍を拿捕)などから、直接的に石油施設を攻撃する所までエスカレートしている。イスラム教シーア派武装組織「フーシ」は親イランのイエメンの武装テロリストグループだ。この、フーシはサウジと敵対するイランの支援を受けているとされる。前回は攻撃の序の口と言うべきか。フーシがサウジに攻撃を仕掛けるのは、サウジが、イエメンの内戦に介入し、イエメン側と戦闘を続けているからだ。この時もイランが背後で、糸を引いているとの見方が成されている。イランが核合意の履行義務の一部停止を表明したことを受け、サウジと同盟するアメリカが対イラン制裁を強化したことが遠因だ。今回のサウジ石油施設2カ所の無人機による攻撃は、サウジ東部のアブカイク、クライスにある施設2カ所で、日量約570万バレルの原油生産減につながると原油生産に支障があると表明している。(サウジの日量生産能力の約50%に当たる)この量は世界全体の生産量の約5%に相当するのだが、在庫を活用することで、何とか大きな混乱は無いように済ませられそうだ。アメリカは、原油の需給が逼迫するのを避けるため、必要ならば戦略石油備蓄(SPR)を放出する用意があると表明した。現実には、国際エネルギー機関(IEA)が言うように、十分な量の商業在庫があるようだ。之の攻撃に対しても日本は煮え切らない態度で終始している。フーシが犯行声明を出しているが、フーシはこれまでもサウジ国内の天然ガス施設やパイプライン、タンカーを無人機で狙うなどしてきている。今回の攻撃は過去最大規模だ。アメリカは、この攻撃にイランが背後から関与していると主張しているが、イランは関与を否定している。サウジアラビアのアブドルアジズ・エネルギー相は就任早々の出来事だ。望まない洗礼を受けている。日本や中国、インドなどはサウジが供給する原油だけでなくプラスチックなど石化への依存も強めているので、中東の混乱はアジア製造業のサプライチェーンを直撃する。ホルムズ海峡近くでタンカーへの攻撃や、産油国の石油施設の防御の脆弱さがクローズアップされ、偶発的な国家間の衝突リスクなどが懸念されている。原油は世界経済の減速で需要が減退傾向にあるが、供給面ではアメリカによる制裁でイラン産の供給が大きく減った。サウジが主導する石油輸出国機構(OPEC)やロシアは価格下支えのため協調減産を続けている最中だ。このまま、需要が減っているのに価格が上がることは、消費国の石油離れを加速しかねず、産油国としても歓迎できない現象だ。アメリカとイランはいずれも本格的な戦争に突入することを望んでいないものの、偶発的な武力衝突に至るリスクは一段と高まってきた。往々にして戦争はこうしたきっかけで触発されるケースが多いのだ。イランの関与が疑われているものの、まだ断定するには至っていないようだ。之に対して、サウジは今回のイラン関与の証拠品である、ドローンの残骸やミサイルなど破片を公開した。更には巡航ミサイルが「北方からサウジに飛来してきた」として、南のイエメンからの攻撃ではないと指摘した。そもそも、フーシがこういったミサイルや攻撃兵器を「開発」できると考えている専門家はほとんどいない。大半の専門家たちは、どこを経由したにせよ、イランからの密輸だと考えている。アメリカ軍、サウジ軍はサウジと、隣接するUAEに増派する事を決定している。この攻撃でイランが直接関与しているか否かが大きな焦点だ。いち早く、フーシが「犯行声明」を出したが、アメリカやサウジはフーシではなくイランが巡航ミサイルなどを使用したと主張している。一体この攻撃で、得をするのはいったい誰かということだ。ここに来てイギリスも、ドイツもフランスもがアメリカに歩調を揃えるように声明を出し、「ほかの納得のいく説明はない」として、攻撃がイランによるものだと事実上、断定して、イランを非難している。もうこれ以上事態の悪化を防ぐための強い主張だ。石油施設は地上からの攻撃、あるいは弾道ミサイルによる攻撃には、比較的強いものの、ドローンや巡航ミサイルに対する防衛は不完全だと言うことを露呈した。いずれにしてもサウジはイランとの全面戦争は避けたいと思っているから直接名指しを避けているが、攻撃が南のイエメンからではなく、北からであるというのは、どうやら事実のようだ。穿って見れば、イエメンからドローンやミサイルを発射して、迂回させて標的を攻撃したという可能性は否定できないとはいうものの、根拠は薄いようだ。一方ではアメリカが主導する海上警備の有志連合へは参加を決めている。これで、同連合への加盟は米・英・オーストラリアのほか、バーレーン、サウジ、UAEなど反イラン勢力が結束したことになる。かなりクリティカルな状態にはなっているが、アメリカの対イラン強硬派のボルトンが解任されたこともあり、アメリカのイランに対する論調もやや和らいできたようだ。イラン内部にも強硬派は居るし、反イラン政府分子が引き起こした可能性もある。どちらも、強硬派という勢力を抱えていることは確かのようだが、現在の所そういった勢力を押さえる方向で動いているようだ。こういった時には軍事評論家や、外交評論家が出てきて、様々に論調するが、真実の所はなかなか見えない。しかし、ここで軽々に行動(臨戦)を起こすことは得策でないと双方共が考えている。イエメンのフーシ派とそれを支援するイランという構図は変わらない。イエメンとサウジの対立も厳然としてあるわけだ。キーマンである、サウジのムハンマド皇太子とイランのハメネイがどのように考えるかに掛かっている。一方、犯行声明を出した当のフーシ(マフディー・マシャート議長)も、過激な発言をしている中で、一方的にサウジ領内をドローンや弾道ミサイルなどあらゆる方法で標的にすることを中止すると発表している。全く支離滅裂な感じもするが、やり過ぎをイランから攻められた可能性も出てきている。フーシとしても現在は和平の方向に動いているようだ。今回の攻撃について、ヨーロッパ(英・仏・独)は、イランの責任だと言うことを明確にしているが、軍事オプションについては依然として慎重な立場を示している。考えてみれば、これからの戦争はドローンが主流になるのでは無いか、とも云える。1機数億円もする巡航ミサイルよりも簡便なドローンにすれば、1000~3000万円で買えるかもしれないからだ。かといって手軽に事を起こされては叶わないのだが・・・。
2019.09.17
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。手元を照らす電灯が暗くなってきたので、新しい電灯を買いに行った。最近は、普通の蛍光灯はもう売っていない感じで、最近は皆LEDになっていて、寿命は長いらしい。然し、セットする側(電灯を取り付ける側)が旧式なので、点灯時に点滅する嫌な癖がある。車検の見積もりに出掛けたら、このタイヤでは車検を通らないとのことだ。以前にも指摘されていたので、新替はしなければならないと思っていた。見積額は81000円であった。タイヤ交換を含む分高くなっている。5年経過、45000kmを越えているので致し方ないかも知れない。1年9000kmはよく走っている方だろう。夕方太郎君一家と外食に出た。今月初めに出来たばかりの高槻のステーキハウス、ブロンコビリーというところだ。ニュージーランドで育った肉が対象のようだ。***日経新聞に「ギグエコノミー」という言葉があり、5日間の連載で、特集記事が掲載されていた。初めて聞く名前だ。英語ではGig Economyと書くようだ。早速調べてみると、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方のことだと説明されていた。「ギグ(gig)」は英語のスラングで、ライブハウスでの短いセッションや、クラブでの一度限りの演奏のことだという。さらに、クラウドソーシングで商品デザインを受注したり、オンライン配車サービスの運転手となったり、インターネットサービスの多様化に伴い、個人の働き方が変化しているとのことだ。昔人間である私には、テレワークなどと言った在宅勤務などの状態など想像できないのだが、今では、情報通信機器等を活用し時間や場所に制約されず、柔軟に仕事する働き方が出来る時代なのだ。そうなれば、在宅勤務も可能になるわけで、朝の通勤ラッシュに揉まれることも無く、交通渋滞や大気汚染なども関係ない世界が出現するわけで、画期的なことだ。2019年現在、日本にはこのテレワーカーが約158万~228万人いるとのことだ。それほど居たのかと驚きだが、最大でも就業者数の3%程度だという。(他の記事では2017年には企業の15%程度はこの方式を採用しているとの数字もあった。)アメリカはこの比率が6.9%(1060万人)とのことで、日本はまだ半分程度出しかない。こうしたインターネットを通じた単発業務の引受人が日本でも増加しているとのことだ。2015年頃から米国のメディアで頻繁に使われるようになった用語だとのことだ。便利なようだが、低賃金や待遇の悪化に苦しむ人たちも多いとのことだ。こういった形で、ギグエコノミーを支える人たちはどう考えているのだろうか。サクマランという女性はイラストレーターで、洋服の着こなしや、化粧をイラストにしてインスタに投稿している。保育士だったのがこの仕事を始めるようになったとのことだ。最初はフォロワーがつかず苦労をしたが、仕事が来始めたのはフォロワーが3000人を超えた頃からだ。別の例ではITエンジニアが、企業に週3日程度出むいて企業の営業支援システムの整備や拡張を請け負っている。企業で会社員として働いていた経験もあるが、フリーランスの道を選んだのだ。なんだか不安定なように見えるのだが、会社員時代よりやりやすいとのことだ。稼ぎはというと、トップクラスの人で、年商は1700万円を超えるとのことだ。普通の企業の会社員ならせいぜい月収30万円というところだから、ボーナスを見ても年収500万円となって格段の差だ。38歳のこの人は余ったお金をあしなが育英会に寄付しているとのことだ。ここでまた感心だ。之は良い方の例で、逆もある。こうした不安定な仕事では、賃金も不安定であり、境遇も押さえ込まれることもあるだろう。国は、こういった働き方を「雇用類似」と表現し、法規制が必要かどうかを検討中なのだという。ネット上で個人と企業を結ぶ仲介役になれないかと起業した例では、東日本大震災後に、働く場所を失い、しばらくは家族から離れられないと感じた人たちが、働き口を求めて、このサイトに照会する件数が増えたという。今では登録者数100万人以上、企業からの依頼額は2000億円を超える日本最大級のプラットフォームになっている。銀行員から転職した人は、ヘルスケアのサービスを企画したが、巧くいかず、助言を得て「個人に眠っている知識や経験を流通するサービス」を始めた。その結果、企業を立ち上げ動画制作、美容相談、占いなど200以上のカテゴリーで約25万件のサービスを揃えている。NTTコミュニケーションズで3年間勤めた後、ネット通販のコンサルティングを手掛ける企業に転職し、その後、副業を始めた人も居る。ウェブ制作など色々な仕事に挑戦し、究極ライター業に落ち着いた。最初は月収6000円だったのが、書くスピードを上げたり、発注元に企画や構成のアイデアを提供したりと努力を重ね、今の月収は100万円を超えているという。その後プロジェクト単位の仕事のオファーを受け、フリーランスのライター組合を作った。結果の成果は70人のライターが携わる、大型案件を受注するまでになった。一方では、納品後、報酬が払われず、依頼主と連絡が取れなくなった例もある。こうしたフリーランスの保護も課題の1つで、イギリスやドイツでは法的な保護を行うようになってきている。日本はまだ緒に就いたばかりだ。アメリカの例では、配車サービスのUBER(ウーバー)がある。ドライバーをする退役軍人はガソリン代自前で、2割程度の手数料をウーバーに払っているが、なかなか苦しいようだ。アメリカでも、フリーランスを守る法律が出来、最低賃金が決められ、800ドルを越える仕事には契約書が必要だと義務づけている。何処やらのお笑い企業も同様なトラブルがあったようだが・・・。逆のケースも紹介されていた、結婚式のメーキャップアーティストとしてフリーランスをしていたが、時に10時間に及ぶ仕事もあり、体力的に持たなくなった。そこで、MS(マイクロソフト)のエンジニア採用担当に転職したというものだ。全てフリーランスの方が、自由時間があるとは限らない。誰でもがフリーランスに向いているというわけでは無いとのことだ。5回目の記事は心を打つ。84歳のギグエコノミーの担い手の話だ。敗戦時10歳だった島村は、日本を負かしたアメリとはどんな国かとアメリカに留学帰国して雑誌社で翻訳の仕事をしていた。人生100歳の時代には、まだ16年あると意気盛んで、登録したサービスを通じて平安時代の衣装についての論文を英訳する仕事の一翼を担った。自分でも、「AI時代に人間翻訳は生き残れるか?」というタイトルの本も出版した。いやはや凄い人も居るものだ。シニアパワ-として61歳のギガワーカーの話も。外国を経験するならラストチャンスと、アップル日本を退社し、アメリカの本場アップルに就職。経験を積んで、帰国した。日本の企業で働く気になれず、ギガワーカーとして好きな時に働いているという例だ。63歳で、広告会社に勤めていた人も、ネットで仕事を請け負うプラットフォームを友人に聞いて、登録して仕事を始めた。3年ほどで、およそ300件の仕事をしたという。私が知らないネットの向こうには力を借りたい人が沢山いるという。なんだか勇気の出る話だ。だが、甘い話ばかりでは無く、低賃金に苦しむ人も居ると言うから、注意は必要なのだろう。
2019.09.16
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今日のセミウォーキングは西国街道からJR側道におりて、梶原高架下迄だ。帰りはシャルマンを通った。***日産にはほとほと困ったものだ。完成検査の不備から始まり、排ガス検査書類偽造、カルロス・ゴーンの不祥事と続いた挙げ句、ここに来て、西川広人社長の驚くべき不正の報だ。一体何が正義で、何が行われていたのかと全面的な不信感が残っている。検査不備や、ゴーンについて、影に隠れていた西川は、何と統治能力に欠けた社長かと思っていたが、ここに来て、自ら濡れ手に粟的なことをやる人物だと知って、さもあるのかと妙に腑に落ちた感がある。今回しでかしたことは、社内規定に違反し役員報酬を上乗せして受け取ったのだ。そして、良くある話だが、「見つかっちゃったら返します」的な正義ぶりなのだ。そして自ら社長を、辞めるならいざ知らず、平に降りて、まだ居座ろうとの魂胆だ。全く懲りない人というのはこういった類いの人のことであろうか。その詳細は、日産の制度、(というか、殆どの会社がそういった制度を取っているのかも知れない)で、社長の報酬を自社の株価に連動した形で、受け取る事になっているようだが、その制度を悪用して、報酬計算を行う期日を変更し、当初より4700万円多い利益を得たというのだ。問題視されているのは「ストック・アプリシエーション・ライト」(SAR)と呼ばれる株価連動型インセンティブ受領権のことだ。之を利用するに当たり、期日行使日にまだ日産の株価が上昇を続けていたために行使日を1週間後にずらして当初より多くの利益を得たのだ。頭が良いというか、姑息というか、正に商売人だ。之が発覚したのは、元幹部が6月に、雑誌のインタビューで指摘したことから疑惑が浮上したという。ゴーン被告の調査を行っている時に発覚したと言うから、また何をか況やだ。之はゴーン追及途上で、ケリーに刺されたのだ。西川社長曰く、「(グレッグ・ケリー被告ら)事務局に任せていた」からだという。そして、「しかるべき金額は会社に返納する」というのだ。之が発覚していなかったら「ごっつっあん」で済ませていたであろう。問題の報酬制度は「ゴーン体制時代の仕組み」だとし、「仕組みそのものの見直しが必要だ」とのことだ。そこでそう言うかという感じだ。この制度、ゴーンだけがやっていた(知っていた)訳でも無かろうに、その尻馬に乗った自分はどうなのだと言いたい。皆悪者は他だと押しつけて、自分もまたは犠牲者なのだという論法は、今までも良く聞いた話だ。それを糺していくのが社長では無いのか。戦略的なことや会社の方針は皆ゴーン任せ、そして自分は、のほほんとしているなどという構図は、大企業の社長という椅子にふさわしくない。こういった事を平然とやってのけ、ゴーンやケリーを追及するのも良いが、返す刀で、社員をリストラ(1万2500人)することを平然と発表する。何処に正義があるというのだろうか。ここに来て社長辞任を急いでいるようだが、何か他にもぼろが出そうなのだろうか。社内には西川を慰留する動きもあるようだが、そういった連中は同じように影で美味い汁を吸っていたのではないだろうか。そうで無くても、ゴーン体制を堅持してきた張本人の1人では無いか、何故直ぐ辞めないのかと訝しく思ったのだ。ゴーン疑惑の後、日産の業績は低迷している。当たり前のことではないか。社長で留まるのは、業績アップで立て直す為で、辞任はそれからだと言っていたそうだが、本人の認識欠如も甚だしい。それでも抗しきれないとしてやっと辞任を発表したが、何と取締役としては残留する意向だという。べらぼうだ。踏みとどまっていた西川の後任は社外の人材も候補に含めて、約100人いたのだという。なるほど、流石大会社だとは思うものの、それだけの人材がありながら、ゴーンや西川のやりたい放題で、誰も口を出せなかったと言うから、日産という会社の専制さ加減に呆れてしまう。西川が上乗せして受け取った額は、4700万円とのことで、ゴーンの不正行為で、被害総額は350億円と推定していることから、比較すると軽微な気もするが、それを放置していては、話が前に進まない。さもしい会社と言われても仕方ないではないだろうか。案の定、フランスの新聞フィガロでは「ブルータスが辞任した」と報道されているようだ。フランス人に取ってみれば、国を挙げて、ゴーンを救済しようと走っていたが、ここに来て、さしものマクロンも、ゴーンのひどさを認識したのであろう。裏切り者的な発想から、西川を古代ローマのカエサルを殺害したブルータスに見立てたのであろう。「西川、お前もやっていたでは無いか」という気持ちなのだと思われる。遡って、日産の完成検査不備問題(2017年)では、国内で販売したほぼ全ての車、24車種で不正が発覚、121万台をリコールし、その費用は250円億円とのことだった。検査の不備が一部で常態化していたとのことだった。この時も、西川は自分を含めた社内処分について言及していたのだが。1つの会社で、全車種がリコール対象になるなど前代未聞だが、そういったことを常習的に行ってきたわけだ。この時、一時、軽自動車を除く新車在庫約6万台の販売を一時停止する事を余儀なくされている。さらに、こうした無資格検査が発覚した後でも無資格検査を行っていたというから最早手が付けられない。この対象車両は 約4000台に上っている。私は、一時、ISOの機関で働いていたことがあるが、こうした手順を守っている会社にはISO9001という品質保証がなされているというお墨付きの証明書を発行していたのだが、その時は、日産の名前は出てこなかった。一応ISO9001は取得しているのであろう。要は、こういった書類上の決定事項も、現場が順守していなければ、何の意味も持たない。これは即ち会社としての統治が利いていないという証になる。物事に許認可制は、無駄なような気もするが、こうした抜け駆けをする企業も(ましてそれが大企業にも)あるというのだから、許認可やむなしになってしまうのだ。日産のコマーシャルを揶揄するように、「やっちゃえ日産」で、やっちゃった新車の「無資格検査」とされたものだ。この時も西川は、現場の意思疎通が巧くなかったかの如く責任転嫁の発言をしているが、もってのほかだし、問題のすり替えもはなはだしい。結果的には自ら責を負わず、生産担当の松元史明副社長を退任させることで、幕引きを計っている。之で、日産は900億円の減益(総額で)を強いられたとのことだ。その後も、日産は排ガス検査で数値改ざんという不正を行っている。その対象は、調査した車の53.5%に当たる1205台で見つかったとのことだ。生産台数の1%程度での抜き取り監査なので、実際の車への波及は相当な数だろう。この時は、このまま走り続けても直ちに重大な影響が起こらないと、リコールは行われていない。これと同様の不手際で、スバルは最高経営責任者(CEO)は引責辞任しているがゴーンも、西川も逃げ延びていた。この時には自動車業界挙げての不正になり日産のポーションは若干薄められたようだ。何ともお騒がせな会社である事か。
2019.09.15
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。中学校の土曜スクールに出た。4~5人程度の出席で、一寸拍子抜けであった。夕方カラオケの練習に出掛けた。DX精密という採点法で、「上を向いて歩こう」を歌ったら、318点が出て、何と花火が上がるという快挙だった。然し、これは歌がそうなっているのであって、歌がうまいとかではないことが分かっている。***インドが7月22日に打ち上げた無人月面探査機「チャンドラヤーン2号」が着陸に失敗し、降下中に通信途絶えたことが伝えられた。おそらくは墜落したのだろう。インドは月の南極部付近に水があるとの期待感を背負っていた。計画では、月の南極付近に軟着陸させ、着陸後に探査車を走行させ、月の南極周辺で、月の状態や物質を調べるなどの観測活動を行う事を目論んでいたのだが、すんでの所で目的の達成は先延ばしになった。成功すれば、月探査は旧ソ連、米国、中国に次ぎ4カ国目となるはずだった。着陸態勢に入り、月面から高度2.1kmの地点で着陸機からの信号が途絶えた。チャンドラー2号は、約40km離れた月を回る軌道に約1ヶ月掛けて8月20日に到達していた。探査機本体から切り離された、着陸機「ビグラム」が南極近くに降下し、着陸後は探査機も月面に降ろして月の岩石などを詳しく調べる計画だった。ビグラムは7日早朝、着陸を目前に大きくて予定の軌道からそれはじめとのことだ。現在の所まだ原因は明らかになっていない。これまでも月への着陸は成されているが、殆どは降りやすい表面の赤道付近に着陸し、南極付近に着陸した探査機はまだ無い。南極近くに着陸するのは簡単では無い。それでも南極を目指すのは、ただ初めてだからと云うだけではなく、南極や北極周近には、これらの宇宙開発に欠かせない水資源が豊富に眠っているとされるからだ。インドは2008年10月、初の月無人探査機(チャンドラヤーン1号)を打ち上げ、月の暗いクレーターの内部をとらえ、初めて内部の起伏が明らかになった。また、地形カメラによる観測から、月の地形の一部がデジタル標高モデルとして立体的に浮かび上がった。クレーターの内部には太陽光があたることはなく、常に極低温に保たれている。地球からこのクレーターを直接観測することはできないので、観測されたことは快挙であった。更に観測結果から、月の表面に水の分子およびヒドロキシ基(OH基ともいう)が存在していることが明らかになった。クレーターが形成されるプロセスと、この水分子・ヒドロキシ基の生成にはなんらかの関係があることも明らかになった。ここで、水があるとの表現は、実際に我々が地球上で見る水たまりがあるわけでは無くまして、湖や海を発見したというわけでは無い。月に水がある、というのは、月に水の分子とヒドロキシ基(OH基)が存在しており、それらは月の表面数mmの岩と砂とに、こういった水分子などのスペクトルの吸収パターンが観測されたと云う事だ。(この辺りは専門的なので難しい)そうした、水分子が存在している領域は、かなり広い範囲である事も発見されている。以前から、水の存在は予測されていたものの、しっかりとした論文で、言及したものはなかったということだ。更に水に関して言及されていたのは、おそらく月の砂の中には1000ppmくらいの水分子は含まれているのではないかとのことで、そうだとすると、月表層の土を1トン処理すると、約32オンス(900グラム)の水が得られるだろうとのことだ。水は、人が月で生活するために必要なだけでは無くロケット燃料の原料やエネルギー源としても期待されている。水を分解することで、燃料の液体酸素と液体水素が作れるからだ。従って、これらの「水」を地球にいる感覚で、利用するということは、現状では大変困難であるとのことだ。少し、我々の受け取り方を修正しなければならないと云う事のようだ。チャンドラー1号がこうした情報をもたらしてくれたときに、世界各国は月の探査競争が活発化していたこともあって、(既に日本と中国が無人探査機を打ち上げていた)インドは2011~12年にはロシアと共同で月面に探査車を着陸させる「チャンドラヤーン2号」の打ち上げを予定していた。インドは2014年に世界で初めて、探査機を火星の周回軌道に乗せ、宇宙開発で成功が続いていた。そうした計画からすると、7年程度の遅れがある今回の打ち上げだが、インド独自の打ち上げと云う事が背景にあるのかも知れない。インド宇宙研究機関(ISRO)の宇宙計画はコストが安い点が特徴だ。自国ロケットを使用したチャンドラヤーン2号の予算は約98億ルピー(約150億円)で、アメリカの多くの映画の制作費よりも安いのだ。月面探査を巡っては今年1月に中国が世界で初めて月の裏側へ無人探査機の軟着陸を成功させた。中国は米ロに次ぐ「宇宙大国」として成果を上げており、インドもそれを追うように宇宙開発に力を注いでいる。この失敗で、インドの宇宙大国への道はやや後退した格好だ。モディ首相は「科学に失敗はない。あるのは挑戦と努力だけだ」と述べ、インド宇宙研究機関(ISRO)の科学者らを励ましたとのことだ。もし之が、中国の場合、いや北朝鮮の場合だと確実に誰かが処刑されているのでは無いかと思うほどだ。インドは宇宙空間での安全保障にも力を入れ、3月にミサイルを用いた人工衛星の撃墜実験に成功している。特定の国を標的にしたものではないと強調しているが、中国への警告であるのは明らかだ。ここに来て、中国が人類初となる月の裏側への着陸を達成したことが念頭にあり、成果を急いだのではないかとの観察も出来るが、今回の失敗で今後の宇宙戦略の見直しを迫られる可能性があるようだ。インドの月探査は、日本と無関係では無い。日本とインドは月探査で協力することで合意している。2023年度を目標に共同で、月の北極か南極に着陸することを目指して探査機を打ち上げる事を計画している。打ち上げるロケットは日本の次期主力ロケットH3だ。しかしながら、今回、着陸には失敗したが、月周回機は正常に動いており、月面の撮影などを行っている。こうした貴重なデータは、今後の共同探査に行かされることになる。インドの宇宙開発の実力は急速に力を付けてきている。有人宇宙船も2022年までには打ち上げを目指して準備中だ。アメリカ、ロシア、中国に次いで、宇宙大国になることは確実だ。日本は、アメリカとの技術力の差は大きすぎるし、欧州とは競合する部分が多い。インドは共同開発を行う上で絶好のパートナーであり得る。この失敗を何とか次に伝えてほしいものだ。日本は、最新型の人工衛星H2Bロケットを発射台付近の火災のため一時打ち上げを中止していたが、やがて成功した。今後とも宇宙探索には注意を払っていきたい。
2019.09.14
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今日は雨のためウォーキングは中止した。朝の雨は久しぶりのことだ。定例のガス点検に来てくれたが、異常は無いとのことで、まずは安心だ。今日連れ合いは学習ボランティアの人たちとランチ会をした。私は、学習会で小学校に出掛けていった。***10回に亘る十選「仏像(美の潜む場所)」の連載が終わった。この十選は時に興味深いテーマを取り上げるが、仏像に関しては、珍しい。京都国立博物館の浅湫(あさぬま)毅氏の案内で見ていく。1回目は、法隆寺「釈迦三尊像」だ。止利(とり)仏師の作(鞍作鳥という説明もある)になる。623年(推古31年)作だと、光背の裏に銘文がある。本尊頭上の不思議な造形は蓮の台の上に載った丸い宝珠だとのことだ。上部の火炎は宝珠が光っているところを表している。 下方の蓮の花も中央の花びらが前面に来るはずなのに一番奥に表現されている。そんなところが、この時代の仏師の拘ったところであろうか。釈迦三尊は、仏教における仏像安置の形式のひとつである。釈迦如来像を中尊とし、その左右に両脇侍(きょうじ)像を配した造像・安置形式だ。両脇侍として配される尊像の種類は一定ではない。法隆寺金堂に安置されている釈迦三尊像の脇侍は薬王菩薩・薬上菩薩と称している。2回目は、薬師寺「薬師三尊像」だ。製作年は2つの説があり、まだ決着は付いていない。飛鳥時代後期と奈良時代説だ。前者の説は、藤原京の薬師寺で製作された像を移したものとし、後者の説は平城遷都頃に新たに鋳造したものだとしている。製作年は置くとして、中尊薬師如来は写実的で、安定した造形だ。脇はあでやかな日光、月光菩薩の立ち姿だ。中尊の台座に表された数々のモチーフは、衣が足れ下がっていて見えにくいが、最上部には葡萄が表されている。前面と背面の中央には塔のようなものを捧げるひれ状の足を持つ鬼がいる。風字形をした6つの龕(がん)に描かれた南洋の人物を思わせるレリーフは口に牙がある事から人間では無い事が分かる。薬師如来に従う十二神将の原型かも知れないとのことだ。3回目は興福寺「十大弟子立像のうち富楼那像」だ。インドの僧で、釈尊の十大弟子の一人。説法することがきわめて上手であったことから説法第一の阿羅漢と称された。本尊釈迦如来の周囲を取り巻く脱活乾漆の群像だ。脱活乾漆というのは木組みに粘土でおおよその型を作りその上に漆とおがくずを混ぜたペースト状の素材と漆に浸した麻布を交互に盛って造形し最終的に粘度を抜く技法だ。こうした技法は奈良時代に流行した。この像らは734年(天平6年)光明皇后が母橘三千代の1周忌法要のため造像したものだ。十大弟子とは釈迦の弟子の中でことにすぐれた10人の総称だ。それぞれ仏教の修行徳目の一つにすぐれるとされる。舎利弗(智慧第一)、目けん連(神通第一)、摩訶迦葉(頭陀第一)、阿那律(天眼第一)、須菩提(解空第一)、富楼那(説法第一)、迦旃延(論議第一)、優婆離(持律第一)、羅ご羅(密行第一)、阿難陀(多聞第一)が総勢だ。第一とは第一人者と言うくらいの意味のようだ。4回目は、安祥寺「五智如来座像」だ。智拳印を結ぶ大日如来を中心に、東に触地印(降魔印)の阿閃如来、南に与願印の宝生如来、西に阿弥陀の定印の阿弥陀如来、北に施無畏印の不空成就如来を配する金剛界の五智座像だ。五智如来は、五大如来ともいい、密教で5つの知恵(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)を5体の如来にあてはめたものだ。安祥寺の開基は真言僧の恵運で、入唐した八家の一人だ。製作年には諸説あるが858年ではないかと考えているとのことだ。今年新たに国宝になるという。5回目は、平等寺「薬師如来立像」だ。この像を安置するのは平等寺で、因幡堂として名が通っている。こう呼ばれるのは、2つの奇跡からだ。まず最初は、橘行平が因幡国を訪れた際病を得たところ、夢に高層が現れ、海に霊木があると告げられる。それは薬師如来で、之を祀ったところ病が癒えたとの話だ。創建は1003年だ。2つめは、その薬師が行平の屋敷に飛来したことだ。この像は一木造りで、衣の起伏などに穏やかな表現が見られるとのことだ。京都の町中で、庶民の信仰を集めたが度重なる火災の被害に遭い、今では木造を納める厨子に車輪が付けられ、何時でも運び出せるようになっている。6回目は、西往寺「宝誌和尚立像」だ。顔の彫り方が異形だ。僧形が割れて下から十一面観音がのぞいている。この像は中国の南北時代に活躍した僧の宝誌和尚だ。梁の武帝が画家にその肖像画を描かせようとしたが、自ら顔を割いて下から観音が姿を現し、それが自在に動いたので、ついに画家は描くことが出来なかったとか。さらに、この像は鉈彫(なたぼり)という全面に粗いのみの目を残す技法で彫られている。宋王朝の正当性を主張するため、この宝誌和尚が王朝出現を予言したと、利用された。この形式の像はここただ1つである。7回目は、平等院「阿弥陀如来座像」だ。1052年、藤原頼道によって宇治・平等院が建立され、翌年鳳凰堂(阿弥陀堂)が建てられた。現在は、長い修復期間を終えてさっぱりした姿になっている。本尊の阿弥陀如来は仏師定朝の現存唯一の作だ。無我の境地で、蓮華に坐す、仏像中の仏像といった風情だ。これ以降、定朝の彫刻スタイルが模せられ、仏像の定番になった。阿弥陀如来は、大乗仏教の如来の一つで、梵名のアミターバは「量しれない光を持つ者」とか「量りしれない寿命を持つ者」との意味で、無量寿仏などともいわれる。8回目は、永観堂禅林寺「阿弥陀如来像」だ。この像は正面を向いていない。左を振り向く「見返り阿弥陀仏」だ。伝承では、永観が念仏を唱えながら阿弥陀如来の周りを巡っていると、如来が先導するように一緒に回り始めた。驚いた永観が立ち止まると、如来は左を振り向いて「永観おそし」といったまま元に戻らなかったという。たまげた伝承だが、左足を少し前に、左肩を下げた姿は正に歩行を止めた瞬間を捉えている。袈裟の膝部分も微妙に高さを変えるなど、動きを捕らえた秀作になっている。9回目は、妙法院「二十八部衆立像のうち迦楼羅像」だ。三十三間堂の名で親しまれる蓮華王院にあり、鎌倉中期、仏師湛慶(運慶の長男)の作だ。迦楼羅はインド伝説の鳥ガルダがその源流で、仏教に取り入れられて守護神となった。横笛を吹いているが、右脚でリズムを取っている様だという。迦楼羅は古代インドで、火や太陽を神格化した神と言われ、巨大な霊鳥でありヘビを常食する鳥王とされていた。ヒンドゥー教でも尊ばれる神である。10回目は、大倉集古館「法蓮商人座像」だ。恰幅がよく、目を見開いた座像だが、右膝を立てている。右手は袖口を掴んで前に伸ばし、左手はその袂を引くという動きがある像だ。長く法蓮房信空の像ではないかとされてきたが、8世紀に九州で活躍した伝説の僧法蓮上人だと分かった。法蓮は英彦山(ひこさん)の中興の祖で英彦山に12年こもっていたときに龍より宝珠を与えられたのだが、この像はその瞬間をあらわしているとのことだ。
2019.09.13
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今日のセミウォーキングは高浜堤から河口32.0km迄で、帰りはシャルマンを通った。連れ合いは、七草会の女性に付き合って江坂迄行った。その後、ヨドバシカメラで修理を依頼していたロンジンの時計を引き取って帰ってきた。私はその間、車の運転免許の高齢者講習を受けに高槻の自動車教習所に出掛けた。今回は認知症の検査ではなく、従来の免許証更新講習とほぼ同じ事だった。座学は無く、目の視野測定と視力検査をして、後は実際に車を運転するという内容だ。静止視力0.8、動体視力0.4、夜間視力回復時間は25秒という結果が出、視野角度は160度と75歳以上の中ではやや優れているとの評定であった。自分の認識としては59歳以下としても普通かやや優れていると思っていたから、矢張り衰えは確実に来ているのであろう。実地講習では、しっかりと運転が出来たと思うが、ブレーキ操作が早すぎるとか、検査員が何かと注文を付けていたようだ。教習所内ならトロトロ運転で構わないかも知れないが、実際の道路では、あおり運転を招きかねないことを推奨しているようで、納得がいかなかった。それでも、無事に高齢者講習終了証明書を貰って帰ることが出来た。第4次安部内閣の組閣が終了したが、重要閣僚は留任や横滑りで、今回在庫一掃内閣といった顔ぶれだ。目玉の小泉環境相に引っ張られて、マスコミもミーハー受けする内容を報じただけだ。***5G戦争で、アメリカの敗色が濃いようだとの意見が掲載されていた。アメリカが中国を相手に5Gから締め出しを計ってから1年が経過した。世界のデジタル網はアメリカと中国といった2大潮流になるのかと懸念されていたが、ここに来て、アメリカが後退し、中国の独壇場となりかねない雲行きだ5Gを押さえることは政治や軍事などでも優位に立つことを意味していて、このままでは中国の思うがままになりそうだという見通しだ。米中の貿易戦争で、アメリカは中国をいたぶっているかに見えるが、その肝の所では中国はひけを取らないばかりかアメリカを凌駕しそうだと云う事だ。5G戦争の始まりは、昨年8月アメリカがファーウェイやZTEを排除すると決定したときからだ。徐々にその効果は上がってきていた。ファーウェイの機器に忍ばせたソフトで、情報の抜き取りを行い、アメリカは自国や同盟国の機密情報が中国に流れるという絶大な懸念を有していた。然し、ファーウェイなど排除の政策と同盟諸国への同様の呼びかけにもかかわらず、5Gから中国2社を何処まで排除できるかについては、情勢から見てアメリカは極めて不利な立場にある。アメリカの呼びかけに1も2も無く追従したのは日本で、他にはオーストラリアが応じただけだ。イギリスとフランスは検討中とし、ドイツに至っては、排除は困難としているからだ。既にドイツとイギリスの間では4G時代のインフラで、ファーウェイが浸透しているからだ。アジアに於いても米中の5G戦争でアメリカが勝つことには否定的な空気になっている。元々中国寄りのカンボジアでは年内にもファーウェイの技術を使って5Gのサービスを開始する手はずだ。タイもファーウェイを排除しないと表明している。フィリピン、インドネシア、ミャンマーでも地元の大手通信会社と契約して5Gで中国製を採り入れることを容認しているのだ。この原因は、中国製が安いこと他に選択肢が無い事が挙げられる。ファーウェイとZTEの2社で、世界市場の4割弱を占めているという結果からも歴然だ。価格が東南アジアで絶対的な力を有していることは議論の余地が無い。インフラ整備と雖もコストを度外視しては叶わないからだ。もう1つの問題は、アメリカは中国の諜報活動を非難しているが、既にアメリカも情報スパイ活動を行っているわけで、この現実から、中国だけを非難できないとの趨勢になっているようだ。中国も危険だが、アメリカも相応のスパイ活動を行っているでは無いかとのことだ。かつて、米国家安全保障局(NSA)のスノーデンがスパイ活動を行っていたことを暴露している。そんなことで、情報が抜き取られる先がアメリカから中国に変わるだけでは無いかという論理だ。まして、イスラム人口が多い、インドネシア、マレーシア、パキスタン、ブルネイなどでは中国よりもアメリカに情報が流れる方が怖いとする気持ちがある。そこで短絡的な意見としてある外交官の言葉が引用されている。「サダム・フセインのイラクがそうだったように、アメリカは云うことを聞かない国には爆弾を落とす。だが、中国は気にくわない国にもお金(投資)を落とすまだ、中国の方がましだ。」ということだ。ここに来て、中国の「一帯一路」は確実にアジア諸国に根を張りだしていることを痛感する。アメリカと中国のどちらが怖いかについては、国の立場や、国民感情が、過去どのように醸成されてきたかにも依るだろう。然し、中国の政治姿勢と、絶対的な共産主義の体制から見て、中国の恐ろしさは論を待たないが、現実にお金を出してくれる国で、コストが安いとなると、目先にとらわれた選択になることも頷けないわけでは無い。セイロンのように、港を乗っ取られてから気がついても既に遅いと云う事だ。あと何年か後に、中国が世界の覇権を握ったときに初めて、現在の5G選択の不具合を感じても二進も三進もいかなくなっていることだろう。ではどう対処すれば良いのか、それは中国に負けず、コスト面で戦えるようにすること、それを基に実際のシェアを獲得して標準化の主導権を握るなどしなければならない。さらに、ファーウェイとZTEの2社に依存することで起こる潜在的なリスクをもっと広く宣伝することが必要だろう。通信インフラは5Gで終わるものでは無い。続いて起こる6Gをにらんで、新技術で主導権を握ることを考えるべきだ。一方の中国政府は、5Gで国内経済をテコ入れして米中貿易摩擦の長期化に備える動きをしている。既に4社に5Gの免許を交付した。免許交付を受け、40都市以上で5Gのサービスを提供する動きとなっている。ファーウェイはあらゆる分野で、全面的に5Gをリードしている状態で、さらに、アメリカの半導体大手のクアルコムやインテルも中国の5Gの普及を支持する方針を打ち出している。一方では、トランプ政権は人工知能(AI)の優劣を左右しかねない5Gの開発で、中国勢が先行することを強く警戒している。中国の5Gの経済効果は巨大だ。通信インフラの投資だけで20兆円に達するほか、スマートフォンの販売も大きく後押しすると見られている。2018年の中国のスマートフォンの出荷台数は3億9770万台とのことで、世界の約3割を占めた。しかし、この2年間は連続で前年割れをしており、5Gで立て直しを計画している。2030年までには直接的な効果と間接的な効果で16兆9千億元(約260兆円)の経済効果と、2000万人近くの雇用創出効果をもたらすと試算されている。日本も5Gに力を注いでいるが、5Gでどう言った世界が到来するのか、まだまだ一般には遠い存在のようだ。
2019.09.12
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。新しく買った、洗濯・乾燥機が納入された。古い洗濯機と乾燥機を廃棄するために、1万円以上掛かった。無償でやってくれれば良いのに・・・。中学校の放課後学習会に参加した。その後連れ合いは昔の同僚さんと夕食に出掛けた。***トランプが、ボルトン補佐官を解任した。之でアメリカの安保政策が変わっていくのだろうか。以前から2人の間には考え方の違いがあったようで、こうなるのも自然な成り行きだとのことだが、それにしてもトランプ政権は閣僚の入れ替えが多い。任命時からおよそ分かっていたことだろうに、あまりに軽々しすぎる感じだ。ティラーソン元国務長官やマクマスター元大統領補佐官ら多くの政権高官を、ツイッターを通じて解任してきた。ツイッターでの解任通知など、一寸考えられない軽薄な感じもする。日本では、余程の不祥事でなければ、一旦閣僚に任命されたら、彼らは、恋々と地位を保全するように動くケースが多いことから考えると、アメリカは意外と淡泊なのかも知れない。この解任劇も、トランプのツイッターで知らされるという軽々しさだ。どうやらトランプとの考え方が真っ向から対立した模様だ。国家安保担当の大統領補佐官は外交・安全保障政策の司令塔で、北朝鮮やイランに対し強硬姿勢をとってきたボルトンの解任で、より柔軟になると云うか、曖昧な態度になっていく感じだ。直接の対立はアフガンに対する政策の違いのようだ。2人はアフガン和平協議のために反政府勢力タリバンを大統領山荘キャンプデービッドに招くか否かについて激しい口論になったとのことだ。タリバンとの合意に前向きなトランプに対し、ボルトンは信頼に足らないとして協議に反対した。意見が対立したことは間違い無いが、トランプは解任したと言い、ボルトンは自ら辞職を願い出たとしている辺りは微妙なニュアンスの違いになっている。既にボルトンは、最近開かれたアフガン和平に関する政権幹部の協議も欠席していたし、6月末の韓国と北朝鮮の軍事境界線で開かれた3回目の米朝首脳会談にも同行していない。ボルトンはブッシュ(子)政権で国務次官や国連大使を歴任、チェイニー副大統領(当時)らとともに対外強硬派のネオコン(新保守主義派)として知られている。ボルトンはまたイラク戦争の旗振り役の一人だった。また、イラン核合意からの離脱やロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約の失効を主導した。トランプ政権のタカ派の代表のような男だ。ボルトンが政権を去れば、当面のイランや、アフガン対策は少し柔和になるとも言われている。この解任(辞任)劇の是非はともかく、ここで日本の閣僚と比較してみると、アメリカの閣僚の自由さを思わざるを得ない。日本なら、首相の言いなり、思惑通りのコマでしか無い感じで、日本に於ける閣僚の裁量の浅さを思わずにはいられない。対イランでも、ボルトンはかねて軍事行動を主張してきたが、トランプも一旦はイラン攻撃に傾いたが、大統領選への影響を懸念してその判断を実行直前に翻した。ここら辺りは云うだけ先行で、周りの反応を見て日和見的にやり方を変えるトランプの真骨頂だ。トランプが正解なのか、ボルトンの考えが妥当なのか、即時に判断を下すことは難しいかも知れないが、トランプの依って来たる行動規範は、ただ自分の再選でしか無いという感じが何時も伝わってくる。ボルトンはイランの体制転換が必要と唱えてきているが、トランプは之を明確に否定している。現体制を維持したままイランが核開発を止めるかと言えば、どうしてもそうは考えられないのだが。ポンペオ国務長官も、ボルトンの政策決定の手法に賛同はしていないようだ。トランプがボルトン解任に当たって他の閣僚も辞めさせることに賛同していると云った事を引用しているが、根拠が無いことではないのだ。ポンペオは中庸を行くという感じだが、元々はどちらかというと、イランや北朝鮮に強硬な姿勢をとる意向なのだ。しかし、ボルトンのように、直言や対立は避けていて、トランプとの関係は極めて良好とのことだ。より日本の閣僚に近い行動を採っているのかも知れない。そういった経緯もあって、ボルトンの辞任でトランプ政権の外交政策は融和的になるとの見方がある。一方のイランの行動がどうなるのかについては、まだ未知数だが、アメリカ側としては若干の緩和を期待している。原油市場も下落していることを見れば、アメリカとイランの対立が緩るむ事を期待しながら見守っているようだ。トランプはボルトンの北朝鮮政策に対しても批判している。トランプの北朝鮮歩み寄りを真っ向から否定する考えだからだ。ボルトンは北朝鮮に対して、リビアに採った方式「リビア方式」を主張したのだ。リビア方式とは、カダフィ政権が先に核計画を放棄し、その後に制裁緩和などの見返りを与えるというものだ。リビアの場合、アメリカはカダフィの体制保証をせず、後に同政権は民衆蜂起で崩壊したというものだ。ボルトンは、北朝鮮にもこのリビア方式を当てはめようとしていたことからトランプ政権内部でも確執があったようだ。この方式は、金正恩が最も嫌う内容であろうし、トランプは、そういった極論を回避しようとしているからだ。トランプが、あまりに北朝鮮に対して甘い対応をしているように見えるが、こういった内容が北朝鮮に露呈していることをかき消そうとしての行動かも知れない。トランプはボルトンの後任について「ふさわしい人物が5人いる」とし、来週に指名するとしている。***その後、大統領補佐官に任命されたのがオブライエンだ。(これは18日の記事だ)最近になって、イランが背後で画策したという疑問符が付く、サウジアラビアの石油施設へのドローン攻撃をどのように捌くのかが、最初の試金石になるだろう。トランプ政権の大統領補佐官(国家安全保障担当)はオブライエンで、4人目だ。猫の目のようにくるくる変わる人事が、世界にどう映っているのか、アメリカという国の、腰が落ち着かなくなっていることは確かのようだ。
2019.09.11
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4:30には目が覚めたが、今日は旅先なのではウォーキングは中止した。少し余分に寝て、5:08に起きた。然し折角米子まで来たのだから、ホテルの前の海岸通りを少し歩いてみた。7:30には散歩から帰って、ホテル7階の温泉に入った。この5月に開業したホテルで、白砂の美しい弓ヶ浜の一角にあり、7階の展望風呂は、幅が十数mとゆったり浸かれる。海の向こうの左方面には境港の町並みが遠望できる、美保湾の懐にある。朝風呂は1人か2人の入湯客しかいなく、殆ど貸し切り状態だ。ゆっくり浸かれた。また、部屋に帰って、部屋の露天風呂にも入ったがなかなか落ち着いた良い風呂であった。後で(14日)新聞を見たら、専門家が選ぶ日本の絶景露天風呂の3位に選ばれるほどの温泉だ。朝食は8時からで、創作和食もなかなか手が込んでいて、連れ合いは、特にしじみ汁が美味しいとおかわりをするほどであった。浴後、部屋で少しゆっくりしたが、帰りも青春18切符なので、そうゆっくりもしていられない。9:50にはホテルを出て、9:57観光センター発のバスに揺られて、米子駅に着いた。同じルートを帰るのもおもしろくないので、鳥取を経由して帰ることにした。ここで失敗したのが、十分検討をしなかったために、山陰本線周りの城崎温泉経由とすれば良かったものを、鳥取から因美線経由としたのが良くなかった。確かに山陰本線周りよりも少し早く帰ることは出来そうだが、後に述べるカラクリがある事に気づかなかったのだ。それは後に述べる。米子発は10:49だ。快速とっとりライナーで、海岸線沿いに鳥取に向かった。海岸線は風がよく吹くのだろう、風力発電の風車があちこちに建てられていた。御来屋の駅には山陰最古の駅舎の看板が掲げられていた。何のことは無い、ただただ古く、資金を投入していないと云う事を示すものでしか無いようだ。ここら辺りは、ほぼ国道9号線と併走して走る形だ。その後少し内陸部に入った列車は由良駅に着く。ここには「コナン駅」の名前が付されていて、この辺りは名探偵コナンの作者の出身のようだ。ともかくも、何でも客寄せのいわれを作りたい過疎地方の思惑が見える。そんな内に倉吉に着いた。時間は11:45だ。倉吉は岡山から山陰に抜けるときに車で良く通った町だ。松崎、泊と再び日本海に方向(北)に向かって列車は進む。浜村には中学時代の臨海学校で訪れたことがある。ここらの海岸で、初めて平泳ぎをマスターした記憶がある。今の孫達は、小学校の時に既にバタフライまで出来るようになっていることを考えると隔世の感があると言うことだ。途中の駅に鳥取大学前と言う名があるが、JRで大学名が駅名に使われているところを他に知らない。ともあれ、千代川を渡ると鳥取に着く。12:38着だ。ここで13:19発の山陰本線があったのに後から気づいたのだ。まぁ仕方ない、というか、因美線に乗るチャンスは少ないので、今回の選択も悪くは無かったのだが・・・。因美線は14:10に智頭行きがある。それまでの1時間半ほどの休みが取れるわけだ。鳥取駅構内で、昼食とスウィーツを食べた。駅の待合室はクーラーが良く利いていて快適だ。鳥取から智頭までの駅名は殆ど聞いたことがなく、読み方もなかなか独特だ。津ノ井は良いとして、東郡家(ひがしおこげ)、郡家(おこげ)は読めるものでは無い。河原も良いが、国英(くにふさ)もなかなか読めない。など珍しい名前が続き、鷹狩、用瀬、因幡社と続いて、やがて智頭駅に到着した。14:58となっていた。ここで智頭急行に乗り換えるのだが、何と、智頭急行線はJRにあらず、別途急行券(乗車券)がいるとのことだ。それを聞いて津山周りの列車を待つ人も居たようだが、我々他、大概の人は追加料金を支払っていた。どうも1本取られた感じだ。米子から島本まで1人1000円で帰る青春切符のつもりが、ここで短区間1200円も必要だとは・・・。まぁそれも致し方ない。これも旅の内と連れ合いはここでも寛容の気持ちを述べた。智頭急行は上郡までで、出発は15:32だ。連れ合いは、出発までの間に近くのスーパー(いかり)で買物をしていた。他には何も無さそうな町だ。列車は時間通り発車した智頭急行の次の駅は恋山形という名前だ。ピンク色に配色した駅には日本に恋の付く駅は4つだと書いている。その内の1つだ。列車の行き交いの為しばし停まるので、運転士(ワンマンカー)は外に出てゆっくり出来ますとアナウンスする。山郷(やまさと)からあわくら温泉迄は長い長いトンネルだ。西粟倉、大原と続き、宮本武蔵駅に着く。勿論、付近に宮本武蔵の生誕地伝承があることから命名されたとのことだが、1日の乗降者は10人程度とのことだ。この後も中国地方を横断する智頭急行は佐用に達する。佐用に着くと、またもや高校生がどっと乗ってきた。学校の引け時だろう、高校生は思い思いに車内を埋め尽くした。ここはまた姫新線との分岐点でもある。我々は、そのまま上郡まで出て、そこから山陽本線の相生駅まで走り、山陽本線で、姫路まで出るコースを採った。上郡ではたった5分の乗り換え時間しか無く、しかも離れたホームから階段を越えて、別のホームまで移る必要(智頭急行とJRは別会社)があって、この乗り換えだけは今回一番急がされた。上郡から有年を経て相生までの車内も結構混雑したが、何とか座ることが出来た。相生では向かいのホームへの乗り換えで済み、昨日の朝来た路線をトレースバックするだけだ。姫路に着いたのは17:38だ。流石に日本の鉄道だ、田舎路線を含めて殆ど時間通りに発着している。だから青春18切符などで無謀とも思える1日旅行が成り立つのかも知れない。姫路からは新快速で、これはもう通常の生活の延長だから特筆することは無い。昨日と今日の列車は全て2人とも座ることが出来たのはラッキーだった。新快速の停車駅高槻で、連れ合いは外に出て買物をした。その間私は、駅の構内で座って待っていた。買物を終えた連れ合いと共に、島本駅に着いたのは予定通り19:28であった。もし、福知山周りで帰ったとしたら、島本着は後1時間後の20:25であったろう。斯くして、姫の婿殿から譲り受けた青春18切符は、忙しさもあったが、ゆったりとした温泉ホテルの宿泊が付いて、完全に使い切ることが出来たのである。
2019.09.10
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朝のセミウォーキングは上牧駅裏から梶原高架下までで、JRの側道を通った。今日は青春18切符を使って米子に行こうと決めている。宿は、姫にネットで手配して貰った「游月」だ。今年オープンしたばかりの真新しいホテルのようだ。姫の婿殿から譲り受けた青春18切符の残り4枚を消化するという目的もある。有効期限は10日までなので今日と明日が4枚使うチャンスなのだ。イスタンブール旅行の疲れを癒やすなどしていられない。島本10:34発の連絡が良さそうだったが、少し余裕を見て9:56島本発の列車で出発した。島本駅に着いただけで汗だくの状態になるほど外は暑い。次の高槻で新快速に乗り換える。新快速を使えるのはありがたいことだ。姫路までは一気に進む。11:33着だ。神戸を過ぎた辺りから徐々に旅行気分が湧いてくる。姫路から相生までは山陽本線の普通列車だ。先ず英賀保の駅に着く。読み方は「あがほ」だ。夢前川を渡り、はりま勝山を過ぎ、網干を通る。網干までは島本町を通る列車の最終地とする列車もあるので、親しんだ名だと感じる。竜野の手前で夢前川を渡る。夢前川は兵庫の2級河川だが何となく名前の響きが良い。竜野でも外は熱気がムァーとしていて、暑さは増している。やがて相生に着く。ここで乗り換えるのだが、相生発の岡山行きは12:26しかなく、早めに出てきたものの、ここで計画していた列車に乗ることになる。止まっている列車は途中の上郡までしか行かない。相生駅は真横を国道2号線が走り、車がひっきりなしに通っているので結構騒々しい。相生にはIHIの造船所があり、何度か足を運んだところだ。やがて黄色のローカル線が入線してくる。相生を出ると、有年を過ぎて千種川を越え、山の中へと入っていく。上郡、三石は山の中を走る感じだ。三石辺りで国道2号線と併走するが、ここには船坂峠があり、玉野に奉職していたときに帰阪した際よく渋滞していたことを思い出す。またこの辺りには備前焼の窯元があるようで、レンガ造りの煙突が散在している。吉井川の支流、金剛川と併走して走り、途中和気清麻呂公の碑の側を通る。和気を過ぎると吉井川と併走する形になる。吉井川は岡山3大河川の東方の川だ。熊山と万富の間で山陽自動車道の下をくぐる。万富の手前で吉井川を越え、瀬戸に到着だ。瀬戸内海と言うが、この内陸の名前が付けられたものか、一寸不思議な感じがする。上道の手前から山陽新幹線と併走する形になり、東岡山で赤穂線と合流する。高島、西川原を過ぎて13:37岡山駅に到着だ。ここでは14分ほどの連絡時間で、トイレを済ませ、弁当を買って、吉備線総社行きに乗り換える。吉備線の名前を探したが、それは現在桃太郎線と名前を変えている。10:57総社行きのワンマンカーに乗る。2駅ほどの備前一宮で大勢の人が降りた。吉備津や、秀吉の水攻めで有名な、備中高松に停まる。単線だから上り線との待ち合わせになる。小さな足守駅を過ぎ服部辺りで、連れ合いに外国人女性が不安そうに行き先を問うているようだった。やがて東総社を過ぎ、総社駅に到着した。14:30分着で、ここが桃太郎線の終点だ。ここで伯備線に乗り換えなければならない。3番線に移動だ。14:50倉敷方面からの列車に乗り、総社を出発した。豪渓を過ぎる頃に、同じ枡席のおばあちゃんが話しかけてくる。色々、話す内に年上かと思っていたら何と3歳も若いことが分かり、一寸びっくりした。日羽、美袋(みなぎ)、備中広瀬と岡山3大河川の内の西の高梁川沿いに北上する。そのおばあさんは、この辺りは、ダムが5つ(名前を1つずつ挙げていた)あり、先の台風で、川が氾濫して大変だったのだと話してくれた。途中車中が暑すぎると連れ合いは車掌にクレームしていたがやがて、調整してくれたのか涼しくなった。連れ合いは、通り過ぎる車掌に「ありがとう」と言っていたが、若い車掌はきっと、うるさいおばさんだと思っていたことだろう。備中川面で対向の貨物列車と行き交い、外はにわか雨が降り出した。同席のお婆さんは、この辺りは千屋牛が有名だという。初めて聞いた名前だが、此所らでは有名らしく、車窓の看板もその名前があった。方谷を過ぎると新見市に入る。お婆さんは、新見市の姫新線で戻った方面のようだ。「昔は阿哲郡と言うとったんじゃ」と岡山弁丸出しだ。そういえばそんな名前が岡山の奥の方にあったと思いだしたが、平成の大合併で、阿哲郡は消滅してしまったのだ。そこに行くと我が島本町は未だに三島郡だから、他所の土地の人間が聞くと、新見市は都会で、三島郡はど田舎という感じに見られるだろう。いやはや。井倉洞のある井倉を過ぎると長いトンネルに入る。石蟹の次は新見だ。新見には16:05に到着した。お婆さんと別れて、新見発の別列車、西出雲行きに乗車した。もう相当米子が近いと思っていたが、新見は丁度岡山、米子間の中央くらいに位置している。お婆さんも居なくなったので急に静かになり、列車は上り線との待ち合わせで、随時停まりながら淡々と北上していく。いつの間にか分水嶺を越えたようで、川の流れが逆になってきた。既に鳥取県に入っている。右に日野川を見ながら走る。根雨で日野高生らが沢山乗車してきた。川は線路の左側になっている。伯耆溝口辺りでは東に大山が見える。もう少し雄大かと思っていたが、遠いせいか、少し高い山という感じしかしなかった。岸本、伯耆大山を過ぎ、東山公園の次が米子だ、米子には18:12に着いた。ホテルでは夕食を食べないことになっているので、駅前の家富良(かぶら)に入って夕食を採った。ホテルからの迎えのシャトルバスはないようで、市営バスで観光センターまで行かなければならない。観光センターはホテルのほんの近くで、そこまでは送迎があるのだという。何やら協定で米子までの送迎は出来ないのだとか。19:45予定よりやや遅れてホテルに着いた。このホテルは5月に新装オープンしたばかりで、ヤフーの地図ではまだホテルが載っていないようだ。流石にホテルは綺麗で、部屋内にも露天風呂があるという豪華なものだった。温泉に浸かり、体を休めて、青春18切符はあと明日の2枚を残すだけになった。
2019.09.09
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今日のセミウォーキングは大阪染工から山崎駅迄で引き返した。途中、タオルを落としたのだが正確に来た道を帰ったところ、そのまま路上に落ちていた。10:00になって、姫達はとんぼ返りで、湘南へ帰って行った。婿殿の実家に顔を出すと云う事も帰阪の目的の1つだが、我々はともかくも、帰りに楽をさせて貰った。昼前に城南宮に正五九月詣りの締めを行った。連れ合いによると今日は、非常に運気の良い日なのだそうだ。正五九月(しょうごくがつ)とは、陰暦の正月と五月と九月との称で、忌み月として、結婚などを禁じ、災厄を払うために神仏に参詣するものとしたとある。元々忌み月とされていたのだそうだ。念願のお詣りを済ませて、ゆったりした気持ちで、帰途に就いた。途中ココイチでカレーを食べ、高槻の友人に土産を届けに行った。帰りに、エディオンに立ち寄って、洗濯・乾燥機を購入した。洗濯機も乾燥機もどちらも同じように不調になったので仕方が無いのだが、洗濯も乾燥も1槽で出来る新型(最早新型発表される型落ちのものだとのことだが)を購入した。帰りに姉の所へも土産を届けた。明日からまた米子へ1泊旅行をするので、今日のブログは後刻したためる。(2019年9月22日書いている)***華麗なるAI人脈という特集記事があった。カナダ、トロントのAI革命を彩る3人の華麗な人脈に始まる。トロント大名誉教授のジェフリー・ヒントン、その弟子でフェイスブックにいるヤン・ルカン、孫弟子で、モントリオール大教授のユシュア・ベンジオのことで、AI研究者は彼らのことを「カナディアン・マフィア」と呼んでいる。トロントは世界中からAI研究者が集まり、グーグルや、エヌビデアも研究拠点を置いている。スタートアップ企業も200社以上生まれた場所で、今や北のシリコンバレーと呼ばれている。ヒントンが発表した論文は当初余り注目されなかったが、今は言葉を換え、ディープラーニング(深層学習)として有名になり定着している。元々はニューラルネットワークと書いていたことで古くさいと見向きされなかったのだそうだ。やがて10年掛けて認知度が高まった。2012年AIの国際大会で、静止画像の認識の精度を競ったところ、エラー率が26.1%の東大を抑えてトロント大が断トツの1位になったのだ。しかもエラー率は2位と10ポイント差を付けた15.3%の圧倒的精度での優勝だ。AI革命のスタートだとされる。後に、フィレンツェでの内容公開では、各国ともトロント大の内容説明に集まった。その時初めてディープラーニングの凄さを知ったとのことだ。説明を聞きながらその凄さが分かったと言うからこれもまた凄いことだ。こうしてディープラーニングは動き始めたのだ。この3人の出会いは30年前に遡るとのことだ。ヒントンはルカンの論文を読み、それが元でルカンがヒントンの下で研究を始めた。トロント大を出てベル研究所に移ったところにヒントンが書いたニューラルネットワークに関する章を読んだベンジオが訪れたのだ。こうした経緯で、3人は共にAI研究の道を歩み始めた。そして2019年6月15日、彼ら3人は揃ってコンピューター科学のノーベル賞と言われる「チューリング賞」を獲得したのだ。こうしてAI研究は爆発的勢いで進み始めた。ルカンは、現在フェイスブックにいるが、ヒントンの下で1年間の研究生活の後に、AT&Tのベル研究所にいた。このルカンがドットコム・バブル崩壊時にAT&Tから解雇の憂き目に遭ったというのだから一寸した驚きだ。然し、そこで見捨てないのが世の中というか、能力は捨て置かれないというのが正しい見方かも知れない。NECが助け船を出したのだが、そのNECも巨額赤字を出すに至ったのだ。NECがディープラーニングを諦めたので、ルカンもNECを去った。この辺りのIT業界の盛衰は、私のような重工業時代に生きた人間にとってついて行けない感じだ。しかし、NECにはルカンと共にパブニックやボトウが加わっていた。彼らの働きでNECが世界トップクラスの顔認証技術を有するに至ったのだ。人種や性別毎の顔のデータは多ければより正確性を増す中、少ないデータで精度を高める課題に挑戦していたのだ。ここで、パブニックの年齢を振り返ると驚くのは、彼が82歳と云う事だ。この点は実に驚異的であるとさえ思う。こうした大家の後押しで、NECは顔認証の精度世界1の結果を得たのだ。100万人中1人のエラーと云う精度だとのことだ。私が、成田空港で通った顔認証のメーカーは知らないが、おそらくNECのものでは無かったかと想像している。(後で調べたら確かにNEC製で日本初の導入だ)別の人脈では、グーグルでAIによって猫の顔認証を成功させたラリー・ペイジがいる。彼が出会ったスタンフォード大のセバスチャン・スランは大学に籍を置きつつグーグルで、「グーグルX」を率いている。自動運転技術の開発だ。そこにAIを研究していたアンドリュー・ングが加わる。グーグルのAI研究機関、グーグル・ブレインの設立に繋がった。猫の顔認証のアイデアは、ングの所で学ぶインターン生のアイデアだという。参考にしたのはヒントンの論文だ。ヒントンはグーグルのフェローとして迎え入れられている。グーグルはまた日本のスタートアップも買収した。東大発のシャフトが対象で、加わったのは中西雄飛と加藤崇だ。之を仕掛けたのはアンドロイド生みの親アンディ・ルービンだ。人脈は網の目のようだ。然しルービンが退職して、ドリームチームは解散しそれぞれが起業している。凄まじいパワーだと感心する。東大の松尾豊教授の人脈も凄い。松尾が産総研にいたときにウェブページから関連性を表すネットワークを取り出す技術開発で、国に研究費申請を出したら「広告なんてくだらないものをやるな」と却下されたという。そんな判断を下す国の担当者のレベルが、正しいのかどうかについては他の件でも同様の問題を見てきた。確かに貴重な税金を使うのだから、行き当たりばったりでは困るのだが、本当に真贋を見分ける力が必要だと思う。松尾は、スタンフォード大から東大に移って今AI研究の第1人者だ。松尾研は多くのAIのスタートアップを排出しているようだ。あらゆる分野でAI技術がインキュベートされているようで、今後が楽しみである。AI将棋を開発した集団がいる。将棋AIの「ボナンザ」を開発した電通大の保木、改良を加えた山本、そのAI将棋を破った平岡といった面々だ。彼らが所属するHEROZを主宰する林といった面々は照明や空調を自動で調整する仕組みを作っている。最後は、早熟の天才だった清水亮だ。22歳でマイクロソフトの「アーキテクト」の肩書きを有する。ドワンゴを創業した川上量生と魚釣りゲームを製作してヒットさせている。そこにソニーの北野宏明が加わる形で、AIを使う学力診断サービスを始めた。こうしてみてきただけでも、AIへの日本の動きが少し見えてくる感じだ。特集の中にもあったが、日本が携帯電話の分野でガラパゴス化したように、偏狭的な発展をしないようにグローバルな視点でAIを育てていってほしいものだと感じた。
2019.09.08
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昨日少し仮眠をして、今日は1:00に起きた。テレビでは丁度無実の罪で20年間獄中生活を強いられた50歳代の女性のドキュメントが放映されていた。何ともそら恐ろしいことだ。平穏に暮らせているだけで、幸せだと云う事を痛感する。婿殿も起き出してきた。皆も目を覚まし、いよいよ2:00に大阪に向けて出発した。姫達の車にはもう慣れているし、新しく圏央道が開通してからも何度か来ているので、道も熟知しているつもりだ。しかし、姫は心配なのか、丁寧に道を教えてくれる。藤沢ICから新湘南バイパスに入る。この新湘南バイパスが圏央道に繋がったので、随分と時間が短縮できている。茅ヶ崎JCTからは圏央道に入る。暫く走って、海老名南JCTから東名へのバイパスが出来ている。このバイパスも最近出来たばかりで、以前は、海老名JCTまで北上して、東名に入らなければならなかった分、距離が短縮したのだ。バイパスの終点は東名との交点の伊勢原JCTだ。ここを過ぎて、東名に入った頃には姫もようやく安心したようだ。途中、分岐した東名を自然に右路線を走っていた。右路線は意外とトラックが少ない。一寸ラッキーな感じだ。足柄SAの手前で右路線は再び左路線と合流して1本になる。何時ものように足柄SAでトイレ休憩と、湘南での土産(特にかまぼこ)を買うために停車した。2:50のSAはそれでも一部の土産物屋は開店している。流石に交通量の多い東名だと感心する。そこで運転を婿殿と交代するはずが、姫が運転できる状態だとのことで、姫と運転を交代した。御殿場JCTからは当然新東名に入る。運転を代わって貰ったので、私はボーッと車窓を眺めていた。深夜だというのに交通量はそれほど少なくは無い。浜松が近くなり、天竜川を越える橋が、私が関係した都田川橋だ。新東名高速で斜張橋はこの橋しかないようだ。4:37浜松SAに到着した。10分足らずのトイレ休憩だ。更に暫く走ると意識すること無く新東名から伊勢湾道路に入ることになる。豊田東JCTまでが東名で、それ以降は伊勢湾道路の区分になっている。運転は、ひたすらに伊勢湾岸道路に入るように気をつけておけば問題ない。浜松を出てから1時間ほど走って。5:40頃、明るくなった名古屋港の名港大橋を通過した。後は、四日市JCTで新名神道路に分岐し入っていく。私は少しうつらうつらしたようだ。新しく出来た新名神は、姫達も何度か通っている。車は快調に走る。気がつくと鈴鹿SAに到着するところだ。私は、新しく出来たこのSAで初めて入る。正式には鈴鹿スマートICとなっているから、ETCなら出ることも出来るようだ。まだ6時なので人は多くない。建物内を少し歩いて、また車に乗った。車のHDDに収録されている音楽を聴きながらの走行だ。かまやつひろしの「我が良き友よ」など、流石にどっぷりの演歌は少ない。亀山西JCTまでが新しく開通した新名神だ。この道路も、鈴鹿辺りの慢性的な渋滞を解消するのに大いに役立っている。草津JCTで名神と合流し、暫く走って、瀬田東JCTで、京滋バイパスとの分岐点に出る。我々はそのまま名神を走る。7:02に大津IC(SA)に到着した。連れ合いは、そこでまた土産を買っていた。土産物が多くなった。ここら辺りはよく来るので、特に感慨は無い。考えてみれば、下りの大津SAで降りたのは初めてかも知れない。もう家は近いが、ただ最後まで無事に帰り着くことが肝要だ。30分ほど休憩して、再出発した。7:40京都東ICで降りた。何と、料金は6550円、土曜深夜割引があってこの値段だ。車で帰るメリットは大きい。2人が青春18切符で、とろとろ帰るのと殆ど代わらないわけだ。姫達が送ってくれて、大感謝だ。更に青春18切符で、また旅が出来るのだから尚更だ。姫達にとって、京都は慣れたもので、スルスルと蛸薬師に入っていき、そこで、「京菜味のむら」に入った、8時を少し回っていた。そこで、おばんざいセットの朝食を採った。私と姫は、欲張って6鉢を注文した。連れ合いと婿殿は4鉢と控えめだ。この店は、人気があるらしく、外国人(特に中国人が目に付いた)が多く店外にも列を成していた。店員の女性が、一寸生意気な感じがしたのだが、まぁそれも仕方ないか。私はこの店が通りの北側(実は南側)にあると錯覚していた。8:50に店を出て、姫が運転する車に乗った時、車は東に向けて走っていると錯覚したのだ。やがて左折したので、何故また北に向かうのか、この先またどこかに寄るのかと思っていたのだ。実は真反対で、正確に家路への南へ向かっていたというわけだ。納得するまでに少々時間が掛かってしまった。後は順調に水無瀬の家まで帰り着くことが出来た。家に到着したのは9:40だった。今日1日が始まっていた。8月28日に出発してから、13日目に無事帰宅したというわけだ。今日は土曜日で、中学校の土曜スクールがある日だが、予め欠席を通知していたので、そのまま失礼した。土産を先輩宅に届け、松坂屋で昼食を採った。夕食は早めに駅前の「ぽんちゃん」で採った。落ち着いて飲むビールは格別だった。長い間留守にしていたので、姉の所へも顔を出し、元気な姿を確認して、湘南での滞在を含めてトルコ旅行は完璧に終了した。
2019.09.07
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今日は湘南滞在4日目で、明日帰阪予定だ。今朝は違った方向にセミウォーキングした。引地橋までは従前通りだが、川沿いに北(上流)に向かって歩いた。伊勢山公園を目指したが、それは違う山の上で、どうやら手前の山に登ったようだ。国道1号線側が俯瞰できる住宅地に入り込んだ。そこで引き替えして、山を下り、元来た道を帰って、清水橋から姫の家まで帰り着いた。例によって、婿殿を辻堂駅まで送った。今日の姫は午後から大学に出るだけだとのことだ。9:00に姫の家で朝食を採り、一寸寝てから「イスタンブール大聖堂」の2回目を読み終えた。実際にイスタンブールに行ってきた直後なので、書いてある内容が頭の中により良く入り込むようだ。記載してある内容は上梓されるだけあって、内容は詳細で、所々「そういうものがあったのか」とか、「そんな歴史的な背景があったのか」と言った内容も多かった。旅行などで見て回るときは、時間も限られていることから、それほどじっくりと時間を掛けて見て回るわけにも行かず。たいてい表面を流し見るだけの結果になるのは仕方ない。しかし、臨場してみる景観は素晴らしいものだったが、往々にして、写真を撮ることに忙殺され、じっくりと見渡してないことに気づくこともある。12:30姫を大学に送り、コインランドリーに洗濯ものを入れて、連れ合いと再度T-SITEに昼食を採りに行った。今度は2階の「Life -Sea」と言う名のレストランで、ここも美味しいよと云われていたところだ。1時間ほどで食事を終え、またコインランドリーに戻った。テレビでは相変わらず韓国のタマネギ男曺国の話で持ちきりだ。文在寅も、何故このような悪評高い男を法相に任命するのか、そのメンタリティーが計り知れない。次いで京急の事故のニュースが続く。トラックの運転手が何故このルートを採ったのか、そして無理矢理踏切内に入ったのか、運転手が死亡してしまったので、解明するのは難しそうだ。人は得てして、常識では考えられないことをしでかしてしまう。そんな事例の1つでは無いだろうか。コインランドリーを出て、T-SITEから道を挟んだ対面のヨークマートに買い物で立ち寄った。姫の家は辻堂駅まで、歩きなら少々時間が掛かるが、近くに湘南モールあり、モール「FILL」があり、一寸遠いが、ヨークマートありで、なかなか便利な位置にあるようだ。買物を終えて、姫宅に帰ってきたのはまだ陽が高い時間だった。テレビを見たり、イスタンブールの旅を思い出したりしている内に眠り込んでしまったようだ。2時間少しは眠っただろうか、夕食時間に起こされて、焼き飯を頂いた。連れ合いの焼き飯はレタスが入っていたり、とても美味い。特にこのところ外食続きだったので、ことさら上手く感じた。姫は、今晩は、大学のお仲間さん達との飲み会があるというので、夜は遅くなるとのことだ。飲んで帰ることになるので、大阪への車の運転は、私と婿殿とで引き受けることにした。会社の婿殿からメールがあり、一旦迎えに出たものの、新橋を出る時間と辻堂に着く時間を混同したために空振りになって仕舞った。一旦家に引き返して、再度迎えに行くことになった。そんなことで、今日の内に大阪に向かうか、それとも明日(土)になってから出発するかと迷ったが、結局少しだけ仮眠を取って、日が変わってから真夜中に発つことにした。少し仮眠を取ることにした。***この間に文在寅が何故敢えて不正疑惑の側近、曺国(チョ・グク)を法相に任命するつもりなのか、について、見てみた。先ず、曺国の不正内容は、娘の進学などに関する奨学金の不正受給疑惑だ。他にも私募ファンドへの投資(民間投資会社への巨額投資)とか、親族を通じた不動産の偽装売買疑惑など叩けば叩くほど(皮を剥けば剥くほど)不正が出てくると云う事で、タマネギ男と揶揄されている。韓国の政治家に(日本もほぼ変わらないが)不正を働いていない者は居ないと言うくらいに乱れている。大統領の権力があまりに絶大すぎるために、在職中は押さえ込まれていた不正でも、一旦退職すると一斉に叩かれ、中には逮捕されるなどと行ったことが珍しくないのだ。今回は、特に娘の不正入学疑惑に対して若者が怒っているようだ。娘の論文の捏造と、それを受理した教授の曺国への忖度、といったどこかで聞いたことのある内容だ。学歴を特に金科玉条として、必死になっている韓国の学生にとって、このことは想像以上に怒りをかうものであったに相違ない。朴槿恵前大統領の友人で、国政に関与して指弾された崔順実(チェ・スンシル)の娘もまたこういった不正入学で問題になったが、懲りないことだ。然し、文在寅としては、ここで、方針を変えれば、いよいよ政権のレームダック化が加速すると踏んでいるようだ。反対派は多いものの、革新派の者は、何はともあれ文在寅と、更に次期大統領候補と言われる曺国を支持する勢力が半数近く存在しているという事実だ。更に曺国は「検察改革」を推進する事を標榜している。文在寅が任命を止めれば、こういった改革者を失望させることになる。曺国自身にも不正疑惑があるようだ。それは、曺国の大学教授就任のためのキーになる論文が、実は複数の日本人学者のモノをそのまま出典もつけずに韓国語訳されたものであるとのことだ。(それが論文の30%を占めている)いやはや、親子揃って、論文の盗作か、と嘆かわしい。そんな男が法務大臣になる、考えられないことだ。かの国も、日本も、本質的には偉くなったら成り得のようだ。
2019.09.06
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今日も4:30に起きた。今日のセミウォーキングは北に向かうことにした。東海道本線の線路を越えて、(この線路が島本駅まで繋がっているのだと妙に感心しながら)辻堂駅に出て、山側に向かって歩き始めた。湘南モールを過ぎ、駐車場を越えると、徳州会病院がでんと建っている。ここの理事長は2012年に大型の選挙違反で、息子や夫人もろとも一家で捕まったようだが、やがては不起訴になったようだ。息子は、今は衆議院議員として、ぬくぬくとしているのだろうか。まぁそんなものなのかという感じだ。湘南にこれほど大きな病院を建てているのだから、如何様にももみ消す可能なのだと思ってしまった。国道1号線を越えて、小さな大浄公園まで歩いた。帰りは、ちょっと東の丸山公園を回って、建設中の広大なマンション横を通り、再び線路の踏切を渡って、帰宅した。シャワーを浴びてイスタンブールの本を読んだ。出勤時に送って行くべく、昨日と同じ時間に声を掛けたが、寝坊をしていたとのことだ。危ないところだ。今日は急いで、細い近道を行くからと、姫が運転して辻堂駅まで婿殿を送った。姫は今日、昼からの出勤で良いとのことだ。朝食を姫宅で食べ、明後日(7日)私たちを送って車で帰阪してくれるという。荷物(スーツケース)を宅急便で送らなければならないと考えていたのだが、そうなると大助かりだ。喜んで、送って貰うことにした。私も運転することになるので、「ちょいのり保険」という車の保険に加入してくれることになった。何でも手軽にネットで予約できるものだと、改めて感心した。ちょいのり保険とは、自分の車を対象には入れないとのことだ。私が姫の車を運転すると云った事に対して、帰り着く3日間ほどが有効な簡便な保険だ。11時前には3人で湘南モールに車で出掛けた。湘南モールのフードコート、潮風キッチンで早めの昼食を食べた。私は久しぶりにソバを食べ、日本に帰ったら先ずソバでしょう、という感じだ。連れ合い等はローストビーフ丼を採っていた。ZARAなどでの買物の間中、私は通路のソファーで待っていた。その後、姫を大学に送って、我々2人は葉山にあるという日本1美味しいコロッケ屋さんに向かった。連れ合いが何処で仕入れたのかネットで調べたようだ。姫が運転して午前中に行って帰ることも考えたようだが、あまりにぎりぎりなので、我々2人だけで行くことになったものだ。早速ちょいのり保険が有効になってくる。昨日通った湘南海岸の道を採ったが、昼過ぎの道は予想通り渋滞が激しかった。また、走行中に京急電車が、神奈川新町付近の踏切で大事故を起こしたとのニュースが入った。30人ほどが怪我をしたとのことで、何やら痛ましい限りだが、数日前のことなら、我々も巻き込まれていたかも知れないとびっくりした。13:30には葉山旭屋牛肉店に到着した。渋滞が無かったら30分程度では来られる距離だ。コロッケを買って、帰路に就いた、帰りは比較的スムーズに走れたが、反対側の車線(往路)は車がビッシリと詰まっていた。こんな所で来年オリンピックのヨットレースが出来るのだろうかと訝しかったが、まぁ、それなりには考えているのだろう。姫達の家の近くの湘南「FILL」モールに立ち寄って、買物をして帰った。普通なら、今日はもう帰阪する日としていたのだが、姫達が送ってくれると云う事で、急遽島本の自宅のガスの点検日の変更や連れ合いの歯医者の予定の変更などの連絡をしていた。姫達が送ってくれることになる前は、我々2人は、彼らが買った青春18切符で帰る予定にしていたのだ。5枚綴りの内1枚は婿殿が使っていて、まだ4枚は有効なのだ。しかも有効期限が10日までと日数がない。車で帰るとなると、その4枚は消化できなくなるわけで、我々2人が帰阪後その4枚を使うためにどこか1泊の小旅行(4枚使うため2日必要)をすべしと云う事になった。4枚8000円ほどを引き受けることにしたのだ。夕方のテレビでは、京急の踏切事故が大々的に報じられていた。また台風15号が接近しているとの報道だ。丁度姫達が大阪に送ってくれた後、湘南に戻る頃が危ないとなるようだ。夜、姫を迎えに出て、買物をして帰った。婿殿を迎えるのは私1人で出掛けることになった。最早、湘南の地はほぼ土地勘が出来たので、苦労は無い。色々話し込んでいる内に12時を回ってしまったが、ともかく就寝した。
2019.09.05
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今日は4:30に起きた。目覚める前にイスタンブールの夢を見ていたようだ。セミウォーキングは引地川に向けて歩き始め、引地公園から大平橋を経て、作橋を通り、辻堂小学校の前を通って、姫宅へ帰った。随分遠回りした感じになった。途中広大な土地の屋敷を見かけたが、きっと古くからの名家なのかと想像した。また途中には諏訪神社や日枝神社があった。この辺りは、古くは東京の避暑地であったようで、最近では、宅地化されたものの1つの屋敷を何軒かに割り込んで建てられている家が多く、概して細々して小さくなっている。路地も細く、且つ網の目状なので、一体自分が今どの方向に進んでいるのか分からなくなってしまうのだ。また、海岸近くなので、海抜は低く、津波が来たらひとたまりも無い感じだ。大平橋辺りで海抜4.9m、小学校で約10.2mとなっていた。今日こそは婿殿を辻堂駅に送って(7:40)、後に時間差で姫を大学まで送った(9:50)。姫は今日は形ばかり大学に出るだけで、昼前には終わるとのことだった。連れ合いと2人で、朝ご飯の代わりに、またT=SITEのスターバックスで軽くサンドイッチを食べた。テレビでは相変わらず、韓国の曺国(チョ・グク)の悪事を暴き立て、それでも必死に抗弁するという茶番劇がニュースの大半を占めていた。更にはBrexitではジョンソン首相がかき回しているようなニュースが流れている。なんだか世界がおかしくなっているようだ。12:00前に姫を大学の正門まで迎えに行き、湘南海岸沿いのレストラン「珊瑚礁」に昼食を食べに出掛けた。ここのカレーライスは有名だとかで、注文したが、宣伝通り美味しいカレーだった。この海岸沿いにはおしゃれなレストランが沢山ある。前に来たときには「Bills」に入ったが、海の見える涼やかなレストランだった。何しろ人気店なので、少々待つことを厭わないことが条件だろう。マンゴージュースも頂いた。ココナツオイルがたっぷり掛かったサラダなど、名前を思い出そうとしても難しくてなかなか出てこない。それほど美味しいと云うことだ。食事を終えて、姫宅に帰ったのは3時前であった。少々睡眠を採って、体を休めた。ほぼ3時間程度寝ただろうか。婿殿の帰りを待って、隣の駅の茅ヶ崎まで走り、日帰り湯の「竜泉湯」に浸かりに出掛けた。前にも来たことがある日帰り湯だが、最近値上がりしたとのことで、一寸不評を買っている。 壺湯や炭酸泉 更にはサウナなどに入って、併設されたレストランで、夕食を食べて、22:30には帰途に就いた。12時前には就寝した。旅先での行動はしれている。通常の生活から隔離されて、あまり書くことが無い。湘南の2日目は終わった。
2019.09.04
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今日の行動で、ドーハから羽田までの旅については、昨日の分に纏めて書いた。閑話休題で、2週に亘って日経新聞に特集されていた「ナチスの略奪」で、ナチスによって略奪された名画についての話を読んでみた。映画「ヒトラーVSピカソ」で取り上げられた、ナチスにより強奪された絵画についての話だ。ヒトラーは「自分の本質は政治家では無く、芸術家である」と信じていたという。ならば狂気の芸術家であろうが、芸術家はその言葉を了承しないだろう。そんな青年時代の夢を引きずり、美術館の建設を夢見たという。イタリアのムッソリーニを訪ねた際ウフィツィ美術館等を見て、自分が作ろうとしている美術館には世界的美術品が無い事を痛感したという。こうしてヒトラーは美術品の略奪を組織的に行ったのだ。その先ず1つに、ヨハネス・フェルメールの「天文学者」がある。ユダヤ財閥ロスチャイルドの個人コレクションだったこの作品はナチスに没収されたのだ。ヒトラーは写実を好み、特にフェルメールが好きだったようで、特にこの「天文学者」は右手で地球儀を回転させていることから、自分が世界を手玉に取ることと重ね合わせていたのかも知れないという穿った見方もあるようだ。一人の狂気が、収集した美術品は、敗戦が濃厚になって、方々に疎開されたという。ヒトラーは抽象画を毛嫌いしていた。著書「わが闘争」の中でキュビズムやダダイズムなどの近代美術を「精神錯乱的、退廃的人間の病的な奇形」と称している。それを世に喧伝するのに、わざわざ「退廃的芸術展」と称したこれら作品を集めた展覧会を開いたという。作品を退廃的として、ドイツ国民に見させ、自分で確かめよと呼びかけたが、4ヶ月で200万人もの入場者があったという。「これで見納め」と言った懸念もあり、多くの人を集めたとされる。負の芸術家として、多くの作品を展示されたエルンスト・ルードヴィヒ・キルヒナーは自殺している。彼の作品「兵士としての自画像」は「娼婦と兵士」という名で出展されたが、この作品はキルヒナーが軍隊生活に適応できず心身共に衰弱している時代に描かれた。こうした退廃的とされる作品は焼却されたりしたが、後に外貨稼ぎや他の古典作品との交換などに活用されたという。それにしても、ヒトラー始めナチスの高官達は希代の大泥棒と言って良い。こうした名画を始め、邸宅や貴金属、高級家具、食器類などを裕福なユダヤ人から強奪している。ナチスが退廃的として、後にスイスでオークションに掛けられた作品の中に、フィンセント・ファン・ゴッホの「ポール・ゴーギャンに捧げる自画像」がある。これは最高価格17万5000スイスフラン(当時約1900万円)で落札された。このように、ナチスが強奪した作品はスイスでロンダリングされたものも多かった。売上金がナチスに流れることは承知だったので、ニューヨークのMOMAはこのオークションには参加しなかった。ナチスでヒトラーに次ぐナンバー2のヘルマン・ゲーリングはヒトラー以上の美術品収集欲を持っていたようだ。ゲーリングが愛した妻の眠る彼の別荘を、最初は収集した名画で細々と飾り始めたが、権力を得るにつれ、別荘は何度も建て替えられて巨大な建築物になった。ゲーリングが集めて美術品の中にはナチスが退廃芸術と批判していた、シャガール、クレー、ゴッホ、ピカソ、マティスの絵画もあったという。私など、後半のピカソやマティスこそなかなか理解出来無いものの、シャガール、クレー、ゴッホを退廃的と決めつけたナチスに疑問を感じる。矢張り、あの頃はまだキリスト教の影響が強く、宗教画の縛りから脱していなかったのであろう。そんな中、ピエール・オーギュスト・ルノワールの傑作「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」も彼の手中にあったという。この可憐な表情の肖像画を、裕福なユダヤ人銀行家の両親は気に入らなかったという。両親は中世の王侯貴族のような肖像画を求めていたからだ。時代が違うと人々の好みや感性まで変わるものかと、改めて感じる。このイレーヌ嬢の絵画はイレーヌ本人と最初の夫との間に生まれたベアトリスに引き継がれたが、その時点で、ナチスによって奪われ、一家は強制収容所に送られたのだ。それがゲーリングの目に留まったという経過を辿る。ソ連軍がベルリンに向けて進軍してくると、ゲーリングは多くの美術品をアルプスにあるナチスの高級幹部用のリゾート地ベルヒテスガーデンに運ばれた。然し、この可愛いイレーヌの絵画は連合軍の手で、イレーヌ本人に返却されたとのことだ。その後イレーヌはこの絵をスイスの大実業家エミール・ゲオルグ・ビュルレに売却してしまうのだ。忌まわしい過去を蘇らせるからだったかも知れないという。ゲーリングはフェルメールへの執着を捨てきれず、「キリストと姦婦」というフェルメール作(と思っていた)の絵画を165万ギルダーで手に入れた。しかし、その絵はオランダの天才贋作家ハン・ファン・メーヘレンによるフェルメールの贋作であった。後にメーヘレンはナチスにフェルメール等母国の宝の絵を売ったとして捕らえられるが、彼自身の贋作だったと証明されて、逆にナチスを騙した英雄としてもてはやされるようになった。ゲーリングは監獄でこの話を聞いてさぞ落胆したことであろうとのことだ。ナチスが初めから奪取しようとしていたのがベルギーの古都ヘントにあるファン・エイク兄弟が描いた祭壇画「神秘の子羊」だ。この絵画は名画故に数奇の運命を辿った。ナポレオンに略奪され、フリードリッヒ3世を経てヴェルサイユ条約の約束の下ベルギーに戻ったという。しかし、ナチスは条約にもかかわらずこの祭壇画を略奪したのだ。敗戦近くになって、ノイシュバンシュタイン城からオーストリアの岩塩坑へと移された。そして爆破寸前であったという。この時、救出で活躍したのが、現地の技師や労働者達だ。坑道入り口を爆破して内部を守り、後にやってきたモニュメンツ・メンと呼ばれる60人ほどの美術館関係者らによって救出されたのだ。クリムトの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」については、アデーレのユダヤ人一家からナチスが没収したのだ。戦後はウィーンのベルベデーレ宮殿に飾られた。その正式な所有者として名乗り出たのが、アデーレの姪のマリア・アルトマンでオーストラリア政府を相手取り訴訟を起こした後正式に帰属が認められ、絵は大西洋を渡ってニューヨークのノイエ・ギャラリーに収蔵されるに至っている。このようにナチスが略奪した芸術品の総数は約60万点にも及び、今でも10万点が行方不明だという。不明の一端は、ナチスの手先として働いたユダヤ系ドイツ人の美術商ヒルデブラント・グルリットが隠し持っていた1500点などもあり、追跡調査はまだ続いている。美術品は、このような数奇な運命を辿っているものも多く、作品そのものの評価に加えて、その歴史を知るのもまた興味深いことだ。
2019.09.02
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今日のセミウォーキングは4:30に起き、地下宮殿のある広い通りを歩き、途中から海岸通りの方に降りていった。坂道はかなり急だが、既に何人かの人はその道を逆に歩いて上ってきていた。途中アタチュルクの肖像の旗を掲げる役所らしき横を通り過ぎ、海岸線のスィルケジ駅からエミノニュ駅まで出た。5:10になっていた。暗いイェニ・ジャーミーが見える。そこから裏道を少し歩いて、元来た道を引き返す形で、坂道を上ってホテルへと帰着した。ホテルに着いたのは6:00であった。お湯を張り、浴槽に浸かった。少し遅く、7:45に朝食に降りて、いつも通り、オムレツとコーヒーを注文して、ホテルでの最後の朝食を終えた。今日は帰国の日でもある。15:30には空港に向けて、ホテルを出ることになるが、一旦チェックアウトして荷物を預けて最後のイスタンブールを楽しむことになっている。姫達とは11:30にロビー集合としていたので、私だけは、その間に最後の外出を試みた。何となくトプカピ宮殿の庭園を楽しむべく出掛けたのだが、皇帝の門をくぐると、直ぐ左に見残していたアヤ・イリニ博物館が目に留まった。ミュージアムパスを有効に使って中に入ると、荒れ果てた感じの建物で、壁画などは無く、ステージのような階段部分があり、演奏会に使われていたと云う事だ。そこから少し進むと、見落としていたイスタンブール考古博物館に下りていく道があった。ここにも入ったが、ギリシャ・ローマ時代の遺物が多く展示されていて、中には紀元前のものまであり、アレクサンダー大王の立像や大王の石棺までがさりげなく置かれていた。2階への階段の踊り場には、メデューサのレリーフが飾られていた。ここトルコは、ギリシャやマケドニアにもほど近いのだと改めて感じた。1人で見るのは勿体ない気がして、連れ合いと来なかったのを残念に思ったが、出発前の僅かな時間故に、駆け足の見学だから仕方ない。まだまだ知らないところが多くあるのだと思いながら、1時間少しばかりの短い時間の見学を楽しんだ。昼前にホテルに帰着し、荷造りを済ませて、約束の時間にロビーに降りた。ホテルのチェックアウトを済ませ、荷物を預けて、4人揃って最後の外出をした。新市街のショッピングモールで、買物などをするのが最後の楽しみだ。トラムと地下鉄を乗り継いで、ともかくもタクスィム駅まで出た。オスデリックという名のモールに入ったが、そこは、世界中どこも同じ形式のモールだった。トルコ語の素養が無いので、読み方は覚束ない。買物時は姫夫婦とは別行動を取り、我々はスーパーでバラマキ土産のチョコレートなどを買い、モール内のゴールドストーンカフェで、チャイ(お茶)や甘ったるいソフトクリームまで頂いた。帰りの地下鉄では車内で、ギターを弾く連中がいて、日本では考えられないことだが、これがトルコらしいと言うところかも知れない。メトロでホテルのある旧市街へ帰るのだが、最早どう走っているのかさえ分からない、確かレベントという駅からイスタンブール大学がある駅まで6つの駅を通った。途中金角湾を渡る橋を通ったが、橋の真ん中に駅がある、特殊な橋であった。イスタンブール大学駅から乗り換えて、トラムで、スルタンアフメット駅で降車した。このトラムは何度か乗っているのでもう土地勘が湧いている。スルタンアフメット駅近くには古びた石積みの石塔があり、それがオスマン帝国0kmを示す碑だと姫が説明してくれたが、どういう記念碑なのかよく理解できなかった。歩いて、ホテルに帰着した。預けた荷物に土産物を入れ直して、15:05帰国の途に就いた。婿殿が、少し不足する交通パスカードにチャージしに行ってくれた。こう言った所が実に素早く細やかなフットワークだ。背の高い(199cmだという)ホテルマン達に見送られて、ホテルを出立した。ホテルマンは、SNS等で、口コミの宣伝を依頼してくるなど、抜け目は無かった。とにかく落ち着いて、ゆったりしたホテルに連泊できたことは、この旅を豊かにしてくれた。15:30いよいよ空港行きのバスに乗車した。来た道を引き返すことになるが、町中の喧噪は相変わらずで、それでも郊外に出ると、至ってのんびりした交通量の少ない高速道路を走った。来たときよりも空いていたようで、1時間足らずで空港に到着した。19:45が出発の予定時間で、荷物を預けるカタール航空のデスクはまだ閉まったままだ。ビジネスクラス扱いであったが、膨大な荷物を預けているトルコ商人なのか、やたらと時間が掛かっていた。その間おそらくサウジアラビア辺りからの客であろう、アバヤに身を包んだ女性も大勢列に並んでいた。17:30荷物の預け入れが終了し、ボーディングパスを貰って、イミグレーションへと進んだ。セキュリティーで丸いブースの中を通るのだが、振り返って、婿殿の通る様子をカメラで写していたら、係官や姫にたしなめられた。17:50パスポートコントロールも終えて、ラウンジに入ることが出来た。小1時間ラウンジでゆっくりして、記念と実用性を兼ねてトルコ製のベルトを買って貰ったが、支払い表示はユーロになっていた。確かまだトルコはユーロ圏では無いはずなのだが、空港は別格と云う事だろうか。帰りは、一寸慣れたこともあって、記憶もぞんざいだ。飛行機に搭乗して出発前に少し眠ったようだ。19:55飛行機は動き始めた。カタールのドーハまでは4時間ほどのフライトだ。専らテレビの映画を観たのだが、「アベンジャーズ」の内容がどうだったのか、あまりよく覚えていない。予定より少し遅れてドーハに到着した。真夜中23:59だ。ドーハ発は明朝6:45の予定で、たっぷり時間はある。ビジネスラウンジに入ったが、また寒い夜を過ごさなければならなかった。姫のショール等を借りて何とか眠りについた。引き続き、9月2日の事もここに書いておこう。朝は5:40に目覚めた。勿論空港内故に、ウォーキングは中止だ。新しい空港だったので、歩いてみるのも良かったのでは無いかと思っている。6:00に出発ゲートから搭乗して、機内に入ったが、決められた席よりもその前の最前列の席の方がレッグルームが広いので移動した。ラッキーにも帰りも搭乗者が少ないようだ。連れ合いと並んで座ることになった。6:50飛行機は動き始めた。7:05テイクオフだ。つかの間のイスタンブールともお別れだ。他にも見るべきところはあったかも知れないが、これ以上無く効率的にイスタンブールを満喫することが出来た気がする。眼下には飛び立った広大で、未完成の空港が見える。世界は段々と新しくなっていくのだと、改めて感じる。狭い日本に閉じこもっていてはそんな世界の潮流を知る事が出来ない。空港は国の玄関口だ。日本も、インバウンドを当て込んで、空港の整備などは行ってはいるようだが、なにぶん国土が狭いために、イスタンブールやドーハの様にはいかないだろう。そういえば、新しく建設中だったドバイの新空港はどうなっているのだろうか等と思いを馳せた。機内では早速朝食が配られた。カタール航空の機内食は、正直あまり美味しいとは思わなかった。後はうつらうつらしたりしながら、1日掛けて羽田に向かうことになる。到着予定時刻が夜の10時過ぎなので、成田着では、家まで帰ることが出来ない。羽田からなら姫達の住まいの湘南までは何とか帰り着くことが出来るので、帰りは羽田着の便を選択してくれたのだ。機内でのことは特に書くことも無い。満席でなかったことはラッキーだった。22:30ようやく羽田に到着した。予定よりも若干早めの到着となった。バゲッジクレームでは長い時間待ったような気がするが、ようやく荷物を受け取って外に出たのは23:06だった。京急に乗り、横浜から東海道線で、辻堂駅に着いたのは、翌日になっていた。タクシーのトランクに無理矢理荷物を積み込んで貰って4人揃って姫宅に到着した。8月28日に水無瀬の駅を出発して、1週間の駆け足海外旅行だった。去年の暮れに同窓会で台北に出掛けて以来の海外旅行となった。矢張り海外旅行は楽しい。明日(3日)から暫く湘南に滞在することになった。後でのことだが、(このブログは9月15日に書いている)同じ京急線で大事を起こしていることを知った。くわばらくわばらだ。
2019.09.01
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