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いよいよ大晦日..皆様いかがお過ごしですか?12時間遅れで地球で1番遅い年越しを迎えるので..深夜のんびりとマテ茶を飲みながら、肩にアマゾンインコのマリオを乗せ..様々な書き物をしています。年の終わり、年末年始の挨拶..やり始めるとキリがありませんが、離れている親しい友人を思い出しながらのお便り..嫌いな仕事ではありません。今年を振り返ってみました。唯一、振り返ることが許される1日..大晦日。日本で過ごしていたらソンナ時間はないのかもしれません。こちらは年末全てがストップするかのように、穏やかな余裕ある時間が訪れます。スタジオなど全てがお休みとなり、通常の予定が全て休止状態となるからです。どんな1年だったかというよりも、受身で過ごしていないので「どんな1年にしたか..」 今年は無理に誰かと折り合いを合わせ、過ごすことを辞めました。NOをハッキリさせた年でした。心地よくない場所や機会、人物と距離をとり、正直に過ごす.. 我侭に聞こえるかもしれませんが、ただただ集中したかった。うっかり見失いそうになっていた方向を定めることができました。心無い人々から離れ、大切に思うことを同じく大切にしている人々と過ごすのは実に健康的です。剣道、写真、音楽..を通じて来年も尚一掃、つながっていきたい。頑固に逞しく届けていきたいものがあります。皆様、御閲覧ありあとうございました。勝手なことを綴り続けるツタナイ場所ではありますが、今後ともどうぞよろしくおねがいします。先日の放送内容ですが御拝聴希望の方はメールアドレスを教えてください。MP3でお届けします。(私書箱にどうぞ)
2006.12.31
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いよいよ今年も最終日直前、今日は今年最期のラジオ番組を行っていました。なにごとも締めがあるのはいいことです。前向きに1年を振り返ることができました。今回の放送では親しいアーティストの皆様にコメントを頂いてきました。歴史的な喜劇女優Edda Diaz, 人形使い・彫刻家Salvador Macari, トップベーシストWilly Gonzalez, シンガーソングライターFlorencia Ruiz..そして新進気鋭のインターネット放送consept radioのPatrisio & Maxi この1年育んだ友情を番組を通じてアラタメテ暖めつつ、豪華な出演者に彩られ華やかな番組となりました。皆さんに感謝!何よりも相方Fernando君、今年は1年を通じて本当に大きな大黒柱として君臨、舞台を通じて共に旅を重ねてきた仲間に感謝! 最終日というのに今日も結構問題やまづみでしたが..(音響担当者遅刻、やるきなしで放送中眠っていたりもしました) しかも今日は今年1番の暑さといっても過言でない猛暑、その中でラジオ局の前で待ちぼうけ..放送開始直後も音声の乱れまくり、やり直しを余儀なく行ったほど..徹夜で10時間以上の準備を行っているので、つらい流れでした。我ラジオ局、引越しをしてから何処か怪しい雰囲気があります。倒産かも? しれません.. メディアな日々が続いています。昨日は剣道の授業にテレビ局が取材にきました。なんでも移民の街・ブエノスアイレスという特集が行われるそうで、新しいタイプの移民を探しているそうです。まさか剣道着で撮影を受けるとは夢にも思っていなかったので思わず緊張してしまいました。ただディレクターの記者の方が穏やかな人でとてもクリエィティブなカメラマンだったので防具などを使用した素敵な場面に感動しました。30分ほどのインタビュー、そして稽古風景を30分ほど撮影していました。3月に放送予定だそうです。生徒も大いに楽しんでくれて今年最期の稽古が思い出深いものとなりました。良い1年だった..と思える年末を過ごせるのは素敵なことです。
2006.12.30
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本日16時(アルゼンチン時間、日本は深夜4時)Jardin Colibri ultimo programa 2006desde 16hs 生放送 はちどりの庭puedes escuchar .. en Radio Internet AMPAIRAhttp://www.ampaira.com.ar/online/amponline2.htmconduccion Mari Sano locucion Fernando Del Riopalabra 2006 特別取材喜劇女優 Edda Diaz, 彫刻家 Sarvador Macariアーティスト Willy Gonzarez, Florencia Ruiz,遅いですが..もし夜更かししていたら御拝聴ください。上記のページをクリックでラジオが流れ始めます
2006.12.29
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ここのところ年末は交通事故が多発しています。毎日テレビをつける度、これでもかと続く交通事故のニュースに目をふせるばかり..御家族のことを思うといたたまれません。大盛り上がりの賑やかな年末が最悪の思い出が刻まれてしまうなんて..でも思えば交通事故に限らず大晦日に起こったライブハウス火災事件(194人死亡)も含め、毎年かなしい思い出を重ね続けているアルゼンチンの年末。慌てがちな師走、どうか十分気をつけて過ごしてほしいです。今日アフリカに住むダンサーの友人から思わぬ知らせを受け取りました。12月8日、非常にポピュラーなフォルクローレ歌手Tamara Castro(タマラ・カストロ)が交通事故で亡くなった.. 丁度その日、壁の塗り替えのためアンテナを外して、他たてこんでいたため情報に疎くなって過ごしていたので全く知りませんでした。誰かが事故で亡くなったことは何となく耳にしていたのですが..最近フォルクローレ関係者と遭遇することもなくなっていたので、20日たった今さら知って本当に驚いています。ダンサーの友人は彼女と非常に親しく、よく話を聞いていました。2004年リオハの音楽祭Chayaに出演した際にバックステージで「Muy bueno suyo !!」(あなたの良かった!)と声をかけてくれた、その気さくさと暖かい人柄、パワフルなステージが忘れられません。当日の新聞にも並んで掲載され、またどこかで会えたら.. と次の機会を楽しみにしていました。江戸っ子下町の姉御肌な人で..彼女のインタビューは愉快で本当に良い味を出していました。子供ができてから常に子供の話をステージで..ママさんシンガーとしても素敵な佇まいだった。飾り気のない元気マンマンな歌声は、素朴に胸を打たれます。大きなガウチョ帽子を被り、ギターを掻き均しながら歌う、彼女ならでは力強い世界を築いていて爽快だった。姉御ぶりから年上だと思っていたら34歳。若すぎる..今日は何だか眠れそうにありません。当時、丁度フェスティバルのリポートを日本のラジオ局に届けていたので、確か彼女のインタビューのカセットがあるはず..今すぐには聞けないけれど、夢いっぱい語ってくれた彼女の話、多分今週末に放送予定の今年最期の番組で紹介します。今日は何だか眠れそうにありません。明日はテレビ局の取材があるのですが..クマ顔で出演となりそうです。残念で、残念で、残念で..なりません..(泣)
2006.12.27
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話は前後しますがクリスマス前はドクメント更新と思わぬ仕事に追われていました。出会いのマジックの一言につきるのですが、ドクメント更新事件で走り回った後、友人の写真家がコンテストに入賞した授賞式へ駆けつけました。サンマルティン劇場で舞台撮影を学んだ同期の桜..専属フォトグラファー、カルロスフルマン氏に学んだメンバー10人は授業が終了してからも親密な交流が続いており、彼らのお陰で生活が一気に豊かになったといっても過言ではありません。才能豊かで繊細、しかも協調性のある仲間との一時は最高に楽しい。メンバーの中でも特に際立ったマルシア、彼女はSalon Nacional (最も重要な写真選抜)で最高の賞を受賞しているツワモノ。クリエィティブで芸術家肌の彼女は写真を通じて様々な機会に登場します。そんな彼女がどんな作品で受賞したのか興味津々かけつけました。作品は意外や意外..劇場のカーテンのみが撮影され木枠に丁寧にいれられたもの。彼女ならではの作品を想像していたので意表をつかれ見つけるのに苦労しました。肝心な彼女が現れず..会場を早々に後にして目の前に聳え立っているガラスの板に釘付けとなりました。ガラス版画..キラキラ輝くガラスが四方八方に広がっていました。独特の場所に飾られているので周囲との雰囲気が素敵で..思わず写真の撮影を始めると、大柄のオジサンが近づいてきて..「どんな感じ?」デジタルなので画像を何気にお見せするとオジサン感動! 「僕のために働いてくれないかな」 なんと作者の方でした。作品を全て撮影、当日におこなわれるレセプションの模様と共に契約、思わぬ仕事となりました。でもこの仕事、本当に楽しかったです。以前、写真家ダニエルキブリスキー氏に個人指導を受けたことがあるのですが..彼は国立美術館の専属カメラマンで美術作品を収めるプロフェショナルでした。美術作品が写真家の手によって更に生きたものとなるマジック..実際みるよりも感動させられたりして、カタログを見て見に行って思ったほどでなかった..そんなことありませんでしたか? 美術作品を収めるプロの機材は持ち合わせていないので、報道写真的に周囲の雰囲気を盛り込んだ撮影を行いました。作家ギジェルモスニェ氏はトテモ気さくな素敵な方で仕事うんぬんよりも出会えて良かった。何よりも作品が素敵です。ボルヘス文化センターにて13日まで開催中。作家 GUILLERMO SUÑÉ のホームページ http://www.sunevitraux.com.ar/
2006.12.25
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がんばれ..我慢 etc 辛抱などをこちらのロック用語で「アグアンテ」と叫びます。まさにそんな一言、アグアンテなクリスマスでした.. 8年目のアルゼンチンクリスマス、これまで思えば実に様々なクリスマスを過ごしてきました。 ホテル滞在時はホテル勤務の皆様と乾杯(労働の刹那さをわかちあう一時)、ラジオ局アナウンサーの御家庭(ユダヤの興味深い一時)、写真家の友人の御家庭(文化的なクリスマス)、ハイメトーレス氏の御家庭(御家族の多さにビックリ..)、国営放送の局長さんの御家庭(マリオが爆竹に驚いて暴れてヒンシュク)、 バレエのリリアーナ先生のお宅(ダンサーの皆様と賑やかに踊る)、教会で演奏..(牧師さんのお話を演奏で繋ぐ)実に様々な一時..そして今年も思わぬ誘いを受けました。音楽家Willy Gonzares氏より御家族の田舎で過ごそう、とFlorencia Ruizからも御家庭のクリスマスへ誘って頂いたのですが.. (皆さん暖かい誘いありがとう!!)が、無謀と知りながら全て丁重にお断りして「今年は静かに一人物思いにふけるクリスマスにします!」宣言。世間の雑踏から離れ、来年の準備と書きものや作曲にいそしむクリエィティブなイブ、聖なる夜を静かに過ごす予定だったのですが..ささやかな夢も信念も見事に打ち砕かれました。我が家のある建物は非常に音抜けが良い昔の作りなのですが.. とんでもない騒音を繰り広げてくれた部屋4件。ガラスがビリビリいうほどの騒音.. しかも嫌いな音楽がオンパレード.. そして深夜12時には爆竹を建物内部でぶっぱなしてくれました.. まさに戦場。目を丸く丸くしたマリオは肩にしがみつき震えていました。なんとこの状況が早朝8時まで.. 大部分は2時をすぎると静かになったのですが、最寄の部屋が全く収まりをみせない。廊下でつながっているので思い切って注意をしにいったのですが.. そそくさと戻ってきました。アンプを部屋の外に出し音楽を最大で流しながら..床はビールで水浸し、部屋の主どもは床に座り、目が思い切り座っている.. 「危険度大」 ここまでくるとほっておくしかありません。 仕方ないので早朝、外出..お散歩非難。道端に散乱するゴミ、ゴミ、ゴミ.. 爆竹の燃えカス、割れたビンを避けながら 国会議事堂前の開けた広場へ。ベンチの前には膨大なビンが転がっています。大部分のベンチには酔っ払いが眠っている.. 酒臭さが漂う街角。なんとか座れる場所を見つけて一服。暖かい日差しを背中に受けながら空を見上げていました。空だけはイツモ変わりなく青い、広い..そして幸いにもゴミは浮かんでいません。クリスマスって..何だか好きになれません。部屋に戻るとマリオがヨロヨロ飛んできました。ようやく収まった騒音、ジョンデンバーの「日差しを背に受けながら」を聞きながら、やっとやっと書いています。パソコンの上に座ったマリオの顔はパンダのよう.. インコもクマが出きるんですね..
2006.12.24
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手続きの途中で退席すればよし、と一抹の不安を抱えながらまずは指定された役所へ行ってみました。元国銀を利用した役所は結構みごたえがあります。地下にある手続きの場所の後方には大きな金庫、その真上に警備員が銃口を向ける小さな穴のあいた警備室、古い銀行内部を垣間見ることができて面白かった。受付でおそるおそるドクメントを提示すると..「はははは!あなた残念だけど今の年代までひとっとびね!若い写真を貼るチャンスを逃してしまったわよ」と大笑い.. なんだ.. これって愉快なことだったのですね..。幼い頃に完璧に手続きが済まされているので更新のみでOK!さすが移民大国アルゼンチン。お役所の方は実に手続きはスムーズでした。1.必要な書類をチェックされ番号をもらう2.再びチェック3.コンピューター打ち込み4.写真提出、指紋採取 終了興味深い商売が繁盛していました。役所の前で「写真写真!」と呼び込みのお姉さん、証明写真を最寄の喫茶店で即興のスタジオを開店、デジカメで撮影してプリントアウトしていました。丁寧にデジカメで確認してくれるので取り直しもできて心地よかったです。役所の中でも撮影は出来るのですが、冷たい感じでアマリ良い写真ではありませんでした。ハラハラしたドクメント大作戦も無事終了、唯一驚かされたのは、新しいドクメントは来年4月に出来るそうです。
2006.12.21
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先延ばしになっていた「やらなくてはいけないこと」..の一つ、携帯ドクメントの更新を行っていました。期限が切れてから早いもので11ヶ月..。近々出国の予定があるので、やるべきことをやってクリーンにしておかなければ..と重い腰を上げ、早朝入国管理の警察へ。手続き関係は非常に腰が重くなってしまいます..延々と待たされ、並びに並び、面倒な書類と格闘するのは想像しただけで気が滅入る。 かれこれ6年前に手続きを行って以来ですが、その当時は手続き専門家にお任せしてしまっていたので勝手がわからずウロウロしながら、他人を見よう見真似で最終チェック機関にたどり着きました。3時間、やっとここまで来た.. 後は支払いのみ!と思いきや.. 担当の受付がドクメントオリジナルを見て顔をひきつらせました。一気に怖い顔になり..「ちょっとあなた8歳の写真のドクメントでは通用しないわよ!」 はぁ..なんと携帯どころか大元のドクメントが更新されていなかった..しかも!16歳での更新を必要とされている..ということは20年以上。。。。でも前回このドクメントで新しい携帯ドクメントを頂いている..手続きがどのように行われ専門家がいかなる手段を使ったのかは謎ですが、とにかく携帯を頂いてしまっている以上、先方も強くは出られない,, でも、ここでドクメントを取り上げられてしまってはカナリ面倒なことになる。今更墓穴を掘ることもない.. 逃げてしまおうか,,
2006.12.20
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昼過ぎにブエノスアイレス市内中心 Via Monte と Uruguay に位置するオフィスに強盗が入り、警察官が即かけつけたため逃げ損ねた強盗が人質をとってたてこもりました。一部始終をテレビ局数社が報道していましたが..なんと、Canal America が「犯人と電話が繋がっています」..??テレビを通じて犯人との会話が延々と交わされ始めました。「とにかく家族と弁護士を連れてきてほしい、辺りにいるやな感じの人達(銃を構える警察官)をどこかにやってほしい」ヘススとラウラという二人の犯人の会話がマルデ世間話のようにアナウンサーと交わされ、そんな会話を聞いていてシミジミ..この犯人、それほど悪党でもないかも..?? 後ほどラジオによると、この二人ロビンフッドのように..強盗をしては、その金品を多くの貧しい人々にばらまく..そんな奇特な強盗犯だそうで.. つい最近つかまって服役、出所したばかりだそうです。かといって人質にとられた人達も盗まれる人もたまったものではないので、決して誉められはしないものの..何だかこのやりとりは少し微笑ましかったりもしました。最期、電話には人質にとられた方も出てきて「大丈夫、決してヒドイしうちはうけていないから、早く家族と弁護士を連れてきてあげて、カメラも!」どうやら犯人はカメラを通じて何かメッセージを発したかったようです。クリスマス前の珍事件でした。そのうちキット彼らはラジオで話をしたりするのかもしれません。
2006.12.19
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心地よく昨日見たバレエの感動を保ってたのですが、今日、思わぬ昨日の公演の批評..不満に接してしまい興ざめしそうになったので、その場をササッと逃げ出してきたところです。バレエを良く知っていらっしゃるのは百も承知です。そして自分がバレエのテクニックの詳細を審査員ができるほどわかっていないことも.. ただ、ふと思ってしまったのは.. 知識を披露する場ではなく、知識で闘う場ではなく、知識を通じて前向きに語り合える場にいたい.. 知識を土台にして創造に向かう場にいたい.. 感動を失うなら知らないほうがいい。どうもエゴの強い方は、知識で身を滅ぼしている機会が多いのかもしれません。寂しい気持ちになりました。帰宅してから昨日の写真を再度チェック。再び感動を蘇らせることができました。撮影することができて良かったです..昨日の大雨で一気に涼しくなり、今日は非常に爽やかで心地よい1日でした。
2006.12.18
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深夜12時..只今、ブエノスアイレスは物凄い雷が鳴り響き、大雨がザンザンと降っています。つい先ほどコロン劇場の特別公演、長年に渡りバレエの振り付けを担当していた Oscar Arais が引退されるということで..その最期の仕事がコスタネーラ、野外の大舞台で上演されました。無料ということもあり、5000人近く集まっていました。演目は「白鳥の湖」、そして「眠りの森の美女」。全てを披露するわけではなく、その一部を独自の解釈で元の振り付けに手を加えた振付でした。コロン劇場はリニューアルするため既に閉まっていて、2008年までは開かれることはありません。その間は他の劇場や今日のように野外の舞台を使用して、コロン劇場所属のアーティスト達は仕事を続けるとのこと.. しばらく彼らは不自由な日々を送ることになるのでしょう。久しぶりに見たコロン劇場のバレエ..素晴らしかったです。さすがコロン劇場..ダンサー一人一人、気品で漲っていました。何より衣装が素晴らしい..こういった野外ステージで見ると尚一掃、驚かされます。コロン劇場の豪華な舞台では舞台美術の一部のように溶け込んでいるので、ソレほど感じなかったのですが、本当に凄い衣装を使用している。特に踊らず舞台を歩くだけの役割の方(眠れる森の美女の王様)が異常に映えていました。普段コロン劇場を訪れることのない人々も大勢きていて、終わった後まるでサッカー場のような歓声が沸き起こっていました。今後コロン劇場改築中の外での公演、見逃せません。新しい観客と舞台で非常に面白い体験ができそうです。ある意味でオハコイリだった芸術が庶民の手に届けられる..アルゼンチンの平均的な文化水準、マタ新たな成長を見せることでしょう。コスタネーラはアウトドアな方達が休日を過ごす場所..サッカーボールを手に見ていた子供達への影響は永い目で見てトテモ大きなことだと思います。それにしても今日は本当に暑かった..これは、きっと大雨が降るだろうと思っていました。幸い公演が終わってから降り始めました。猛暑、ドシャブリ、猛暑、ドシャブリを繰りかえしている今日この頃です。
2006.12.17
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このタイトルは誤解を招くかもしれませんが..(笑)年末の「最終回」が続いています。昨日は剣道のクラス最終回でした。数ヶ月で大いに成長した生徒達と打ち上げ。終わってから軽く乾杯を済ませ、ベーシストWilly Gonzarez のコンサートへ。今日は今年最期ということで特別ゲストにJuan Faluをむかえ非常に豪華で華やかな舞台でした。Juanとの共演は息を呑む掛け合いにドキドキしつつ名場面を撮影..前回に引き続きWillyは再び高熱を出していて、体調はイマヒトツだったようですが自身の愛息子ジョルディ君が会場を大いに盛り上げていました。のりの良い曲で彼は喜んで踊りはじめます..それを見る父親Willyの顔が最高。ジョルディ君は最近チャランゴを手にして「Mari Sanoのように弾く!」と言ってくれているようです。本当に愛嬌のある繊細で素晴らしい子です。今日の場所は新しく復活したCristobarという歴史あるカフェ。今日はその復活記念でもあったようで場内は満席、遅く駆けつけた私は撮影も兼ねて階段に居座りました。階段に腰掛けてフト壁に目をやると人形使いの白黒の写真が..壁一面にはアルバムのジャケットなどが張られていて、店内の机はガルデル一色。内装は全て大理石、Willyの奥様が話してくれたのですが店長の古き良きものへのコダワリが感じられます。ステージも良い感じで何よりアコースティックな音が抜群に抜けが良いので名パーカッションMario Gussiの音が際立っていました。今回で3度目のWilly演奏体験..回を重ねるごとに、細やかなテクニックと自身の楽曲に惹かれています。特にSayaというボリビアのリズムを使用した曲のコード展開とアレンジがすきです。
2006.12.16
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今年も後2週間..ブエノスアイレスはスッカリ休みモード。市内公共の劇場の多くが既に公演を終え、ガランとしています。年末のパーティーなどに向けてソレゾレの家庭、もしくは友人同士の企画はドンドン立ち上がっていますが、今年は少しソンナお祭りモードに距離をとっていたい。できるだけ来年にむけて様々な準備と制作に打ち込みたい..時折、年末が近づくにつれて複雑な気持ちになります。振り回されず時間を有効に使いたいのですが、頼まれごとが重なって自分の時間をコントロールできず、ついつい時間を浪費してしまう流れが続いていました。明日からは全て一掃、一新.. 広場で飛び立つ鳥達にエネルギーをもらいました。
2006.12.15
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魔法の絨毯=アルフォンブラ・マヒカという非常に強力なトリオの公演がありました。メンバーはギターQuique Sinesi, ベース Matias Gonzares そして友人のパーカッション Horacio Lopez 彼らはカレコレ20年以上前に名バンドネオン奏者 Dino Sarusi のサポートとしてヨーロッパで活動、アメリカも含め世界を渡り歩いた素晴らしい奏者の融合。 8年前、15年ぶりに再び戻ってきたアルゼンチンで、名前に惹かれ1番初めにブエノスアイレスで見たライブが彼らの演奏でした。そのときはギターのQuiqueはヨーロッパに滞在中でキーボード奏者とのトリオでしたが..あまりに素敵だったので再度見に行ったのですが、案内が間違っていて2度みることは出来なかったのですが、その強烈な印象の中心 Horacio Lopez氏と後に親しくなり、Duoでの仕事を制作するに至りました。92年以来、「久しぶりの演奏ということで少し緊張していた」,,とギターのQuiqueが話していましたが、確かに演奏が始まる前のメンバーはソレゾレ表情が固かったようです。それが第一部を終え観衆の大反響と共にガラリと変換、飛び立つ前の緊張感から解き放たれた鳥たちが自由自在に飛び回る..まさに自由自在、楽曲のアレンジが常に意表をつく豊かさ,, 以前に見たあの感動そのまま、いやそれ以上でした。元アルゼンチン館スタッフの Nati と Marcelo も駆けつけてくれて二人とも喜んでくれたので、なお嬉しかった。彼らの演奏は再度、同じ場所 NoAvesturuzで行われます。時間が許せば再び聞きにいくかも。こんなマジックはナカナカ体験できない。
2006.12.12
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今日、公演先のディレクターと打ち合わせのために出かける途中、御近所の音楽家ウィリーの奥様に呼び止められました。思わぬ長い立ち話となり打ち合わせに少し遅刻してしまったのですが.. 思わぬ話にビックリ、呆然..ショックです。ここ数日、30度を超える真夏日で人々はグッタリしている今日この頃。数日に渡り異臭が漂っていたそうです。しかも日に日に酷くなる..「これはたまらん」と異臭のする御宅へ苦情を入れ、応答がないので管理人と共に捜索。なんと..御近所の高齢の女性が亡くなっていたそうです。身寄りがないため1週間経過..承認として旦那様のウィリーは遺体の確認までさせられたそうです。話を聞いている間に警察の搬送者が到着、これから亡骸が運びだされる直前。その様子を拝見する前に、その場をおいとましましたが.. 何だかイロイロな様子を想像してしまって複雑な気持ちです。奥様はお香をドッサリ買いに行くところでした。帰宅して大家さんにお話すると、結構この手の話はよくあることだそうで..もっと凄い話を聞かされてゲンナリ。一人亡くなって自然に土に帰るのは理想的ですが、都会,,人社会はそうもいかない、誰かに迷惑がかかってしまう。最後の我が身の始末、キッチリしたいものです。
2006.12.11
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何かを強調するとき Total トタル!と付け加えます。誕生日トタル!..な1日でした。昨日12月10日は様々な誕生日が重なっていました。多くの誘いをこなすためにハシゴ..そんな1日。ブエノスアイレスにあるサーカス専門学校の24周年、その記念公演に先日共演した友人が出演、撮影もかねてかけつけました。彼らの多くは世界の街角でパフォーマンスを行っています。出会った当初..6年ほど前、そして現在の彼ら.. 大きく成長した舞台とその技術に見とれていました。暫くぶりに会う友人の発展は何より心ときめきます。友人FernandoはGrupo Electrogenoというグループ名で奥様Parmeritaと活動しています。夫婦で息の合った絶妙なコンビネーションが素敵でした。サーカス公演中、物凄い嵐でブエノスアイレスは水浸し。本当に物凄い雨でした。自転車をサーカス学校にくくりつけ、次の予定バレエのリリアーナ先生の誕生日パーティーへ。最近まで公演していた舞台シンデレラの出演者達で溢れ賑やかに盛り上がっていました。嬉しそうな先生..終わるギリギリに駆けつけることができました。この日は音楽家の友人フロレンシアルイズのアサード(焼肉)への予定までこなすことはできなくて残念でしたが.. ブエノスアイレスでの年末は毎年予定をこなすのに必死です。(汗)
2006.12.10
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我ペンションの専属ペンキ塗りマリオさん、72歳。モクモクと静かに手早く作業をされています。アシスタントとして高い高い階段のしたでウロウロしていました。一部始終、ペンキ塗りの仕事を見せて頂いたのですが..乾いた後に大きく色が変わるので好みの色を作るのは難しいのですね。テッキリ色を選ぶだけかと思っていたら、チューブや塗料などイロイロ混ぜて色を作り出していました、しかも壁用のペンキと鉄などに塗るペンキは別物。残った塗料を自転車に塗ろうとしていて笑われました..部屋の中に広がった青空(天井)を柔らかな暖かい日差しに囲まれ(壁)眺めています。
2006.12.09
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インターネット映像配信 YOUTUBE にビデオをアップしてから約1ヶ月たつのですが、なんとボリビアからビデオを見た感想が届きました。最もチャランゴに思い入れのある聖地的なボリビアからの反響.. しかも多くのチャランゴ工房があるコチャバンバから..。インターネットって凄いです。Primeramente un abrazo cordial y un gran saludo desde Bolivia, tuve la grata suerte de ver la entrevista suya en canal siete acerca de su Danza Charango, sinceramente quede muy emocionado con tanta mistica en la misma, soy boliviano tengo 20 años guitarrista, tengo hermanos que son charanguistas, reconocidos en mi ciudad y a nivel nacional (todos jovenes) iniciantes y uno con ya grandes espectativas, vi su entrevista en www.youtube.com/marisano y me gusto mucho, no tengo conocimiento si usted ya se presento en bolivia y me gustaria saber si tiene en mente hacerlo pues en mi pais el charango tiene bastante acogida pues muchos remontan su existencia y origen a estas tierras, y su interpretacion es sin lugar a duda algo nuevo y realmente bueno y creo yo seria una super idea si ustedes vienen por aqui, bueno si tienen previsto eso, me gustaria ver todo su numero completo si esto es posible, le agradecer me de informacion si ustedes estaran por aqui en algun momento de antemano gracias por su atencion y mis reiteradas felicitaciones para usted y sus acompañantes... y esa labor tan linda de compartir el arte...Cochabamba-Boliviaお便りの主はボリビアのギター奏者の方でお兄さんは有名なチャランゴ奏者だそうです。「踊るチャランゴ」を新しい、そして演奏をとても気に入って下さったようで、ボリビアで全ての演奏を行ってほしい..という内容でした。98年、約8年前にボリビアを初めて訪れることができました。ボロボロのバスを7日間かけて乗りついで死にものぐるいで到着した街、ラパス。10歳の頃(1978)アルゼンチン滞在中にボリビア人の女性教師が日本人学校の多くの生徒に教えていました。本場のエッセンスとボリビアの歌も教わり、様々な舞台に立つ機会も含めて音楽を通じた楽しい素敵な一時。アルゼンチンでの5年間の子供時代の中心はチャランゴ。その魔法のような一時の遠い始まり、先生の出身地ボリビア..どうしても訪ねてみたかった。そんなボリビアに辿りつくまでの冒険、夢、願い..をこめたアルバム Parque Latino から約10年、再び新しいアルバム「踊るチャランゴ danza charango」を制作しています。今度はそのボリビアに演奏で伺えることができるのだろうか.. 初めての旅が大変だったのと同じく長く険しい道のりになりそうですが.. でもキット新しい冒険、新しい夢、願い..何より新しい出会いの旅になるでしょう。物語は途絶えることなく常に過去を踏まえてつながっていきます。踊るチャランゴはアルゼンチン滞在以前の幼少5年間(1972-1976)メキシコで過ごした際のダンス「鹿の踊り」における体験が大きな比重を締めています。そのメキシコにも2004年に再び辿りつき国立舞踊学校で「鹿の踊り」を学ぶ機会を得ることができました。来年の物語を見据えながら..今日もバレエのレッスン。素敵な白鳥の中で相変わらずアヒルが一羽、統制を大きく乱していますが邪魔にはなってないみたいです。(多分..)
2006.12.06
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大家さんの提案で部屋のペンキを塗り替えることになりました。壁はトモカク、せっかくなので出来ればアーティスティックな天井にしたい..いろいろ作戦を立てています。とはいえ狭い部屋は楽器や資料などで溢れかえっているので、塗り替えの間、廊下に荷物を出すための箱詰め作業を今日から行っています。よくぞココまでものが増えたものだと..シミジミ。シンプルに物のない生活をしたくて、今の住まい(個室ペンション)に収まっているのですが、整理しつつ処分、最低限に必要な物だけにして、新しい色で2007年を迎えます
2006.12.05
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昨日、日本教育EXPOで見た日本映画 NITABO で津軽三味線の音色に久しぶりに触れ、そして障害者ならではの仕事としての背景を知って驚きました。盲目の少年が新しい三味線を開拓するまでの物語が描かれていたのですが..映画の中で出てきた言葉の数々.. 例えば「イタコ」、そして「ボサマ」「ゴゼ」「当道座」 (用語解説も含めてコチラのページを御参照ください。)早速、帰宅してからモーレツな勢いでインターネット検索をかけてみると..一気に世界が広がっていきました。盲目文化..「盲目は障害ではなく文化です。目で見えない文化と目で見える文化があるのです」と話す盲目のアーティストの方、タイトルは「盲目は光からの解放」.. ふと目を閉じて部屋の中ですごしてみました。何処に何があるかはわかっているし、狭い部屋なので問題なく動けるのですが、暫くすると何ともいえない孤独に襲われました。時が流れるごとに心の奥へ奥へと進んでいくような..深く深く自分と向かい合う。嫌というほどに..思わず目を開け首をふりました。音に鋭くなるのは当然のこと。楽器奏者にはアマリ会いませんが,,, アルゼンチンでもコスキンフェスティバルでの盲目の素晴らしい歌い手の少年が度々クローズアップされていました。有名なのは盲目芝居カンパニー。Konex財団などの支援を受け公演を行っています。検索した様々な記事に必ずといっていいほど出てくるのは「修行」という言葉でした。体育界を離れてしばらく忘れていましたが、何事も「修行」,,と思えば大したことないのかもしれない。最近、おこってばかりいたことを反省!写真はコスキン音楽祭のペーニャで絶賛されていた盲目歌手の双子姉妹。
2006.12.04
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日本教育EXPOが終了しました。 新しい日本をみつけたような..気がしています。知っているつもりで知らなかった..昨日、新鮮に感じたスペイン語で聞く日本の教育についての講演。今日は様々なイベントを見ていて思ったのですが..決して日本文化そのものだけではなく、どこかアルゼンチン色に染まったもの。子供に歌を聞かせている太鼓を叩く女性の方は、コチラで有名なマヌエリータという子供の歌を日本語に変えて聞かせていました。2階に展示されているアニメや折り紙に関しても日本のアニメを模倣しているだけとはいえない..太鼓の音色ひとつにしてもそう。どこかエッセンスが違う。スペイン語での俳句もしかり..新しい日本がアルゼンチンで育っている。そんな経過と種に触れる機会となりました。 自分の仕事仲間、アルゼンチン芸術関係者と過ごしているのでナカナカこういった機会に接することがなかったのですが、プロモーターとして関わっている友人に感謝。彼女のプロフェショナルな仕事を通じて、多くのアルゼンチンの方が日本の素敵なものを知る機会になったことにも感謝。 今回、非常に大きな役割を果たしたプロモーターの方は元愛地球博アルゼンチン館スタッフ。6ヶ月、日本で過ごした彼女がアルゼンチンから日本に貢献..愛地球博健在!他の国でもそんなことってあるのでしょうか。愛地球博物語 To be continued
2006.12.03
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只今、ブエノスアイレスで日本の教育EXPOが行われています。スペイン語で日本の教育をあらためて見直すのは新鮮な機会でした。剣道の授業があったので途中で抜け、再び戻るとそこにはお寿司がありました。久しぶりの日本食、しかも握り寿司.. 感動!! なんだか急に日本が懐かしくなってしまいました。EXPO education Japan プログラム
2006.12.02
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2日ほど前に左足ふくらはぎを痛めてしまいました。前回のAdrogue公演の際に舞台でひねった箇所が悪化したようです。それほど重症ではないのですが..踊ることにおいて制限されてしまう。痛みを感じる度に落ち込みます。友人のアーティスト、フロレンシアに「年かな..」とチャットでつぶやくと「Noooooooo」と怒られました。日本では御馴染みの冗談なのですが、こちらでは大いに怒られてしまいます。結婚、出産なども含めて年齢による選択の機会は皆無、全て本人次第、個人の選択が尊重されます。そんなことが南米に暮らしていて..特に芸術大国アルゼンチン・ブエノスアイレスで1番心地よく、気に入っていること。あらためて気を引き締め大きな青い空を見上げていました。夏に向かって少しずつ暑くなってきています。フロレンシアは4作目の作品「FOGON」の記念ライブを行っていました。レッスンを終えて駆けつけるつもりだったのですが、歩くのに困難だったため辞退..(残念!)きっと盛り上がっていたことでしょう。
2006.12.01
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