2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全36件 (36件中 1-36件目)
1
仕事時間である。間に1時間の昼飯タ~イム……のみ。適当に休憩はしてるけどねぇ。というわけで、本日も21時過ぎになり、腹も減り疲れもしたので、データのバックアップをとってオシマイだ…オシマイにする!やっと週末だが、暦通りの出勤だ…。ああ、腹が減った…。帰りにビールでも買って帰るか…。最近の金曜日、”…”が多いよなぁ。
2006年04月28日
コメント(0)
本来の目的だった POSH だが、こちらもそれなりには面白い。ざっと眺めたところで、気に入ったのは、"Bob's your uncle" というフレーズ。英国でよく使われているらしい(本当かどうかは判らん)が、このフレーズの説明がいろいろ書いてあるが、要は…"It's used to show how simple it is to do something" ということであるらしい。バブジョアンコーみたいな発音になると思うが、こんな言葉がいきなり会話に出てきたら、普通、(意味を知らんかったら)びっくりするよなぁ。思わず、Who's Bob? って聞きたくなるもんなぁ。まぁ、Bob ってのはsomeone who you don't know であって、特定の誰かではないが。POSH は、こうしたフレーズや言葉について、解説してある本だ。先ほどの "English as …" が米国的な本ならば、こちらは実に英国的な本である。前者がまじめくさった顔でバカ笑いを求める本なら、後者は実にまじめな顔で読者をくすりと笑わせる。英国流のユーモアにはどこか皮肉めいた部分があるので、どちらが好きか、人によって相当に分かれるのではないかと思う。個人的にはどちらも好きである。そうそう、POSH には raining cats and dogs の説明もある。英和辞書にも書いてある、あの有名な言い回しだ。突飛なイメージなので大抵の人が知っているのだが、実際に使われることは滅多にないフレーズである。見出し語に raining cats and dogs とあったので、ひょっとして結構使われるのかなと思ったら、初っぱなに"This slightly outmoded expression for a heavy downpoured …" と書いてあったので、やっぱりかぁと思ったのだが、内容は…まぁ、自分で買って読んでください。とりあえず、it rains cats and dogs. という言い回しは、slightly outmoded ということで(笑)
2006年04月27日
コメント(0)
といっても、その用事までには時間があったので、またまた某書店へ立ち寄り、怪しい本を買ってしまった。"POSH" by Michael Quinionという蘊蓄本を買うつもりで立ち寄ったのだが、実は立ち読みして迷ってしまった。値段が1330円+消費税で、この価格と内容を考え合わせると、個人的な感覚だとちょっと高く思えるからだ。結局、迷ったあげくに購入に踏み切った。怪しい本というのは、それではなく、辞書やボキャビル関連のペーパーバックの側で、ひっそりと目立たぬように隠れていた(ように見えた)本だ。こいつが、たった88ページしかないのに、1040円+消費税もしやがる。でも、手に取った瞬間に、購入を決めていた。タイトルは… "English as a Second F*cking Language" by Sterling Johnson ( and a distinguished panel of experts )バカな本である。もちろん、学生諸君はこういう本を買ってはいけない。こういった本は分別のある大人が買ってニヤニヤしながら読むべきもので、何しろ、タイトルの下に書いてあるのが、"How to swear effectively, explained in detail with numerous examples taken from everyday life"であって、しかし、その書き方は英語の教本めいていて可笑しい。まぁ、F*cking の*分の理性があれば、楽しめるのは間違いない本だ。内容を教えろって?そんな下品なことは、この日記では書けないよ(笑)
2006年04月27日
コメント(0)
昼休みにぱらぱらめくってみたが、やっぱり面白い。言葉を通して雑知識を増やすには最高。でも、ちょっと考えてみた。この本を語彙増強(ボキャビル;勉強)の為に使うのは、良いのかどうか。この本を読む為に英和辞書を牽きまくるのは興をそぐこと間違いないだし、英英辞書を普通に使える人ならと前に書いたが、読み通すにはある程度の語彙がないと解説さえ読めないことになる。英語学習者が”語源で覚えるボキャビル本”として利用するのは、やめておいた方が良いかもしれんな。自分のように”日本語でも英語でも、判らん単語は判らん”と開き直ることができれば、楽しい読本なのだけど。ああ、でも、例えば生活語彙が3000語程度だとして、そこから先のプラス7000語程度を、こんな形で説明してある本は無いかな。中学英語の語彙+アルファ程度の語彙で解説してある、ステップ別ボキャビル本…そんなのがあれば、語彙の勉強そのものが楽しくなるんじゃないかと思うのだが。そうか、小中学生を対象にした百科辞典を読むのが一番良いかもしれない。英米の子供向け百科辞典について、調べてみようかな。日本の子供向け百科辞典にも、結構大人が知らなかったり忘れていたりすることが書いてあるし(笑)う~む、ボキャビルではなくトリビア蒐集の方向に行きそうだなぁ(笑)
2006年04月27日
コメント(2)
このところ日頃の生活がボロボロなんで、帰りの電車の中で居眠りする始末。手からMerriam-Webster's Vocabulary Builder を取り落としそうになって危うく握りしめ、気付いたところが降りる駅。帰宅時に降りるのは終着駅だから乗り過ごすことはないのだが、ちょいと冷や汗が出た。以前は本を手にしていて眠り込むようなことは無かったのだが、このところは慢性的な疲労蓄積状態のようで、週末に惰眠をむさぼるくらいじゃ回復しない。ん? ということは、肉体的疲労というよりは精神的疲労の方が蓄積大ということか…。それはともかく、Merriam-Webster's Vocabulary Builder(以下、MWVBと略)眠り込む前に読んだ部分が、hosipice。ホスピスという言葉は日本語にもなっていて、ターミナル・ケアという言葉と連れだって使われることが多い。MWVBは、"home hospice care"という言い方があることも教えてくれる。オヤジの三回忌がまもなくだが、死が見えてきた時、その瞬間まで自分の家で過ごしたいと思う人は、たぶん少なくない。"home hospice care" というのは、そうした個人の為に看護士やボランティアの人達が個人の自宅でケアすることだ。とりあえず自分の死は遠い先になる予定だが、平均寿命の半分をとっくに過ぎてしまった。人生の終着駅を何処にするか、今のところは決めていない…100歳を越えたら考えるつもりだから、今決めてもどうせ途中で変わるに違いない。今は雄大な自然を目の前にしてあの世に行くのもいいなぁ、などと考えているが、100を越えたら、若いおねぇちゃんの胸元でぽっくり逝きたいなどと考えが変わるかもしれない。いずれにせよ、今のうちに心身の衰えを防いでおかねば、と思う。風呂場の小さな鏡に映った自分の肉体を見た時、筋肉が落ちたなと思う。カロリー制限をして脂肪を落としたのは事実だが、そろそろ筋肉を増やしておかないと、年齢的に後は落ちる一方だ。手軽にできるトレーニングメニューでも考えてみるかなぁ。
2006年04月27日
コメント(0)
つらつら読んでみると、これが結構面白い。語源で覚える為のボキャビル本と紹介している人達が多いような気がするのだが、これは言葉を楽しむ為の読み本だと考えた方がいい。”単語の背景知識を知りつつ、気付いた時には語源解析まで出来るようになっていた”そんな取り組み方がベターだと思う。勉強の為だけに読むのは、ちょっともったいないかな(笑)普通に英英辞典が使える人なら、苦労なく読めるだろうと思う。結局途中で放り投げた"AMERICAN SHORT STORY MASTERPIECES"よりも、ずっと面白い。アチラはいろいろな文体に出会えたが、やっぱり趣味に合わない小説はどうもこうもならん……根性無しと呼んでくれ。
2006年04月26日
コメント(0)
ボロボロに忙しいのは、まぁ、仕方ないとして(笑)ちょっと用事で博多駅まで出かけ、時間が少しあったので書店に立ち寄った。特に何を買うという目的があったわけではないが、洋書コーナーをチラチラ見ているうちに、幾つかのボキャビル本が目についた。で、久しぶりに買っちゃった…ボキャビル本を。Merriam-Webster's Vocabulary Builder.このボキャビル本、面白い。最初の言葉、antebellum の解説を読んで、そういう感じか、と思わず膝をポンッ!単語の意味は”戦前の”という意味なのだが、解説を読んで”大正ロマン”とか”鹿鳴館”なんて言葉を思い出したよ。たいていのボキャビル本は、単語の羅列と簡単な説明のみだ。しかし、この本は読んで楽しいボキャビル本である。こういう本がたくさん出てくれると、文化を含めた単語情報を頭に収めるのが楽なのだが。外国語学習の2本柱は文法と語彙だ。文法については、文法書で学ぶしかない。そして、それは可能である…どれくらい時間がかかるかは、大いに個人差があるのだが。語彙は無限に等しい。無限に等しいと同時に、各々の単語には歴史があり、その歴史はそれを使ってきた人々の感情の積み重ねでもある。その感情の積み重ねが、単純な単語リストからは把握できない。日本で売られている外国語=>日本語辞典でも、なかなか把握できない。例えば、先程あげた antebellum は国内の某英和中辞典には、形容詞として、”戦前の”という訳語が挙げられている。Merriam-Webster's Vocabulary Builder. を読むと、"Often the word antebellum summons up images of ease, elegance,and entertainment on a grand scale that disappeared in the postwar years."と書いてある。この記述の差は大きい。”戦前の”という訳語のみでは、学習者は上記のような言葉にまつわる感情を感じ取ることは不可能だ。まことに言葉は難しいのである。
2006年04月26日
コメント(0)
月曜日だっ………グチるぞ(笑)----------------------足りないものは、イロイロ、ある。時間もお金も頭も根性も、何もかも足りない。足りないものばかりだ。せめて、どれか一つでも他人に分けてあげられるほど豊富にあれば、ちっとは人生も変わるのだろうが、ないモノはない。結局のところ、時間に追われ、お金に使われ、無い知恵を絞って、ダラダラと生きている。同じことの繰り返しの中で、また、今年もゴールデンウィークがやってくる。できるものならゴールデンウィーク中は仕事をして、その後に連休をとりたいものだが、自分が許しても会社は許してくれない。う~~~~~む。それはそうとして、新しいオフコンが入って、画面周りの設計部分が少し変わったんだった。近々データエントリー用PGを一本組まにゃならんので、ちょいとマニュアルを読んでおかなきゃなぁ……ゴールデンウィークの過ごし方はマニュアル読みとなりそうだな……。ペーパーバック2,3冊抱えて湯治場にでも潜り込みたいなぁ。時折、日立のPERSONA HPW-600JCを取り出して通電しているが、いつか16メガ増設したいなぁ。もう市場には無いだろうけど。たまに通電しておかないと中身が腐るしなぁ(笑)600JC…未だに数時間はバッテリーが持つのは実に素晴らしい。これで反応スピードがもう少しよければ、毎日持ち歩くんだけど。いや、液晶が少しへたれてきてるんで、画面を見続けるのはちょいとつらかったりするが。なんか、ダラダラ書いてるなぁ。朝9時に最初の一行を書いたのだが、この1行を書いているのは夕方6時20分だ。ちょっとした暇を見つけて、書き加えているもんだから、前後の脈絡が変だ。ま、月曜日だし、仕方ないか(疲笑)と言ってる間に、10時だよ……OTZ
2006年04月24日
コメント(0)
予定は21時。そこらあたりで一段落するはず。今日事務所に残っているのは自分一人だ。やっと週末がやってくる。最近は競馬のことを考えるヒマもない…ストレス溜まるよなぁ(笑)ただ今、データ退避やら何やらの最中…。帰りに一杯やっていきたいところだが、そんな時間も無いなぁ…。とりあえず競馬新聞でも買って帰るか…。
2006年04月21日
コメント(0)
先ほど縄抜けの技について書いた後で思ったのだが。店と店との売買は認められている。経産省が”輸出目的”という言葉を使ってそれを認めた。ならば、客が使用権を購入した店に替わり、その所有権を他店に売ることを代行する権利を持てば、客はあくまでも売買契約の代行者であり、最初の店は客に対して所有権を売ったことにはならず、次の店は合法的に所有権を得ることが可能だ。よし、領収書に次の文言を付加することにしよう(笑)”当店は使用権者がこの**の所有権を他店へ代行販売することを許可する。その販売代行時の差益もしくは差損は、本領収書の使用権料金に含まれるものとする”これで、どうだ~(笑)
2006年04月20日
コメント(0)
PSE法 経過措置の一部終了に伴う対策についてのページにQ15が追記された。ページ左上の更新日付は未だ2006.3.14更新のままである。経産省は日付の重要性が判っていないのか、それとも誤魔化しているのか。要点は、地方自治体から買受人に対する所有権の移転を伴うものではないため、地方自治体による販売とは言えず、販売の規制の対象外ということである。うむ、なるほど。焦点は所有権にあるのだな。みなしレンタルもそうであったように、所有権の移転が売買の本質という考え方は、大筋で間違ってはいないのだろう。ということは、所有権の移転が無ければ全ての商品を取り扱うことができるのは当然で、ならばリサイクルショップ店頭での売買は品物の所有権の売買ではなく、使用権の売買で片付きそうな気もする。使用権の売買であれば、PSEマークなど全く関係ない。漏電しまくりの電気製品であろうが何であろうが、所有権は移転しないのであるから問題無しである。ここで問題になってくるのは、所有権の破棄だ。店側がどの時点で所有権を破棄できるか、という問題である。これについては法律問題としても非常に面白いと思うのだ。所有権の破棄が合法なら、縄抜けの技となる。これまでは販売する側の対処として、経産省は泥縄的に対策を行ってきたわけだが、この使用権の売買と所有権の破棄というのを考えた場合、購入する側(客)からの対処も可能ではないかと思えてくる。個人が所有する物品の所有権の破棄がどの時点で行われるかというと、我々一般庶民が思いつくのは、ゴミとして出した時である。要らなくなった電動鉛筆削りを燃えないゴミにした時、我々は自然発生的に所有権の破棄を行っている。そこで、店が物品を販売し客が物品を購入する時、そこで行われる売買契約はあくまで使用権の売買と、購入者が所有権者に代わって物品を廃棄することを明確にした文章があればいいのではないか。物品が廃棄された時、所有権は消滅する。所有権はその物品が廃棄されるまでは店側にあるが…いや、そもそも店側に所有権がある必要もないのではないかと思えてくる。委託販売(他者に販売スペースを貸し出す)という形式はOK、という経産省の表明があったから、最終使用権者が廃棄するという文言が領収書の片隅に”常についてまわれば”所有権者が誰であろうが関係ないような気がする。最初の所有権者はおそらくメーカーであろうが、メーカーにとっての縛りはPL法である。そこに抵触しない限り、所有権者ではない最終所有者がいかに物品を破棄しようが、関知する必要は無いのではないか。…… このまま行けば所有権という権利の根本に立ち戻って考えてみなければならなくなりそうなので、思考ゲームはここらでやめておくが、こうして考えていくと、”使用権所有者が物品をもしくは物品の使用権を廃棄する場合、店の所有権は消滅する”という文言を領収書に載せておくだけで、問題が解決しそうな気がしてきた。廃棄するとは、その物品が(いかなる理由であれ)使用権者にとって本来の用をなさなくなった時に生じる行動であり、その結果として物品が(いろいろな意味で)処分されたならば、物品は存在しないものとなる。ゴミに出されればオシマイだし、どこかの処理場で分解されればオシマイだ。使用権所有者にとっての廃棄というのは、転売もありうる。廃棄の方法は様々な法律(たとえば家電リサイクル法)に反しない限り、自由ではないかと思う。個人が店に電気用品を売ること自体は経産省が認めているわけで、そこではPSEマークの有無は問われない。経産省の言葉によれば、販売店に戻った段階で流通前ということになるから、店はメーカーと同様に所有権を主張できるのではないか。正常な商取引によって売買が行われたのであるから。そこでPSEマークを添付するかどうかは、その店の判断である。そして先ほどと同様の流れが、ここで新たに生じることになる。このリ・サイクルが物品自体の消滅まで続くわけである。法律を専門とする方々、これってどうでしょう?
2006年04月20日
コメント(0)
久しぶりの有給休暇。本当は10時くらいまで朝寝坊する予定だったが、子供達の手前もあって、7時に起こされてしまった…。しかし朝飯のあとは、何をするでもなくのんびりまったり。とりあえずコーヒーの為に湯を沸かす間、テレビのチャンネルをあれこれ替えていると、NHKで”英語でしゃべらナイト”の再放送をやっていたので、少し見た。ジャスミン・アレンは可愛ぇぇのぉ、などと爺さん言葉で呟きつつ、その後、俳優の山本耕史さんの出演。彼の言葉で”これは!”と思ったのは、英語を喋る時に”役を作っていく”ということ。確かにその”役を作っていく”というのは大切なことで、特に英会話の勉強をしている人にとっては、ひょっとしたらもっとも大切なことではないかと思う。自分は会話は苦手だが、いや、そもそも日本語でも”日常会話”というのが苦手だったりするのだが(笑)、言葉を大雑把に二種に大別すれば感情の伴わない言葉と感情の伴う言葉に分けることができるのではないかと思う。感情の伴わない言葉あるいは文章とは、解説文だ。たとえばマニュアルの文は基本的に感情を伴わない。感情を伴う言葉あるいは文章とは、主に会話文だ。人の口から出た言葉には必ずや何らかの感情が伴う。3人称視点で書かれた小説で言えば、片や状況説明の文であり、片や登場人物の発する言葉である。コロケーションという言葉があるが、良く知られているように、これは言葉と言葉の結びつきの強さのことである。ある言葉が特定の言葉と結びつきやすい、そういうことを言っている。会話に使われる言葉には、いわば感情的コロケーションとでもいうものがある。ある感情的シチュエーションで頻繁に使われる、ということだ。ご存じの方も多いが、 of courseなんて言葉は、和訳の”もちろん”という意味ではないし、もっと強い感情がこもっている。”もちろん”言い方にも依るのだが。そうした感情的コロケーション(専門用語で何と呼ぶかは知らないが)を教えてくれる教材はあまり見たことはない。自分の場合は映画や小説の中でいくつか知ることになったが、学校教材の中で教わった覚えは無い。いかん、この手の話は長くなる。今日はだらだら、何もせずに過ごすことに決めたのだ。さぁ、ダラダラ過ごすぞ~(笑)
2006年04月20日
コメント(0)
疲れた…。決めた!明日は有給休暇をとる!!明日は自宅でダラダラ過ごすことにする!!!つーわけで、残業だ~~。
2006年04月19日
コメント(2)
川内議員のblogで知ったが、未定稿ながら、"平成18年4月14日 衆議院決算行政監視委員会速記録(未定稿)"がネット上にアップされたので、読んでみた。川内議員の追求に、経産省の谷みどり課長がのらりくらりと逃げる姿勢は、実に面白い。憤慨を通り越して面白いと感じさせられる。全く”お役人”的な答弁だ。西野副大臣の答弁は比較的まともであると感じられたが、やはり情報不足の感は否めない。辻褄合わせに奔走する経産省から渡された資料や情報だけでは、当然のことながら、中古品の危険性・非危険性についての認識も誤ったものになろう。こういう事を考えていると、官僚の行動を監視し規制する為の、別立ての法律あるいはそれに基づく管理監督組織が必要になるのではないかと思う。いわば官僚専門の公安組織のようなものだ。当然のことながら、その組織を構成するのは国民の代表たる議員でなければならない。そして、身内裁定を排除する為に、官僚経験上がりの議員は就任できないようにしておかねばならないだろう。今回の出来事は、誰がどう言おうが、やはり官僚の暴走ではないかとしか思えない。官僚による恣意的な法律の運用が出来ない仕組みが、絶対に必要であると思う。運用の些細な内容についても、事前に国民に公表し、国会に提出され、議員の承認を得る必要があろう。電気用品安全法の運用の失敗は、官僚組織の内部だけで運用についての決定がなされたことにある。このままでは、以前に書いたように、一部の役人の恣意的解釈のみがまかり通り、国民の為の法律ではなく、法律の為の法律と化してしまう。小泉内閣が本当に国民に顔を向けているのならば、官僚の暴走が許される仕組みを無くし、行政不信・政治不信を払拭するよう努力してもらいたい。無理なような気もするが…。さて、今になって、公売は”PSEマーク不要? 国の対応遅れ、混乱続く”というようなニュースが流れているが、このような事態はこれまでの論議の中で何度も言われてきたことだ。それにしても、中古電気用品販売にかかわる業者の皆さんの、17年度決算はどのような具合になったろう…。
2006年04月19日
コメント(0)
さぁ、愚痴るぞ(笑)眠気というのは逃避モードだ。自己防御のモードといってもいい。他者は知らず、自分に限ってはソレだ。昨夜は早めに寝た。普段の自分と比べれば”とてつもなく早く”寝た。にもかかわらず、今朝は眠い。身体の芯が重く感じられるのは、体重のせいではないだろう。睡眠時間のわりに熟睡できていないのが、その原因だろうと思う。いや、部屋が眠気を誘う温度だというのもある。自分が日中に過ごす仕事部屋(電算室とも言う)のエアコンは、その日によって効きが異なる。室温20度の設定にしてあるが、コンピュータやらプリンターやら、とにかく多くの機器のせいで室温は上がる。毎日同じ室温設定だが、日によって現実の室温は天と地ほども開きがある。効き過ぎて18度を下回り震えながらエアコンを止めたり、全く効かずに流れ出る汗をハンカチで拭きながら仕事をしたり…。劣悪な環境とまでは言わないが、歳をとってくると結構ツラかったりする。その上、今は時間に追われる生活だ。景気向上を僅かでも実感する一握りの人達の中に、自分も自分の会社も属してはいないから、相変わらず出口の見えない長いトンネルの中で足を引きずりながら進んでいる状況だ。進んでいると書いたが、果たして進んでいるかどうかさえ、判らない。むしろ逆の方向へ迷い戻っているのではないかと思うことも、しばしばだ。こうした状況の中で、時に心が折れそうになる。後になれば”いい体験をさせてもらった”と思える日が来るのかもしれないが、そのただ中にあっては、ただただ苦しいばかりである。眠い目をこすりつつ出勤し、残業して家に帰り、風呂に入り、飯を食い、家族と僅かばかりの会話をして、就寝し、眠い目をこすりつつ出勤し、残業して家に帰り、風呂に入り、飯を食い、家族と僅かばかりの会話をして、就寝し………。身体的にというより精神的に消耗していく毎日だ。さて、少し毒を吐いたので、気分も少しだけ楽になった。またまた、仕事を頑張るか…。
2006年04月19日
コメント(0)
何かを考えるヒマなんて無かったなぁ…(遠い目)…それはともかく、今日こそは早めに帰ろうと思っている。たまには下の子とのコミュニケーションをはかっておかねば、どうもオヤジの立場がなくなりそうな感じだ。帰宅時には寝ているし、出勤前の僅かな時間に顔を合わせるだけじゃ会話もままならぬ。もちろん土日にはアレコレ話すこともあるが、アチラにはアチラの(友達と遊ぶという)都合があるもので、こちらの思いとあちらの思いがすれ違う状況も発生する。ところで、ちょっと試してみたくてWindows2003サーバーの180日試用版をダウンロードし既にCD-Rに焼いているのだが、これを触るヒマもない。事務所内で使うファイルサーバーは以前に書いたようにLINUX+SAMBAで構築する予定なのだが、HDDが足りず、それを買い出しに出かけるヒマもない。現在のNTサーバーが手狭になっている為、一部の同僚から無言のプレッシャーをかけられているような気もするが、買い物に行けないのだから仕方ない。それはさておき、今ひとつ問題としてあるのはコスト削減なのだが、そこでWindows2003サーバーの存在がクローズアップされてくる。正確に言えば、問題はサーバーの問題ではなく、オフィス製品のコストの問題であったりする。事務所内では異なるバージョンのオフィス製品が混在している。冷静に書いているが、混在しまくっている~と叫びたいほど混在している。97版、2000版、XP版を縦の軸とすれば、横の軸にはパーソナル版とプロ版がある。ライセンス等の管理を考えればもっとも、機能を限界まで使うようなスキルのある人間は事務所には一人もいないので、ワードやエクセルのファイルのやりとりに大きなトラブルは生じていない。よって、今すぐにどうこうしなければならないわけではないが、隣のワードは良く見える、などということが(密かに)起こっていたりするから、少しばかりややこしい。いや、皆さんがOpenOfficeを使ってくれればいいんだけどねぇ。過去の資産(MS-Office製品で作成された文書やらワークシートやら)を完全に取り込むことができれば乗り換える、という話でもなく、”やっぱり慣れたアプリを使いたいけれど新しいモノも使いたい、全然違うのはイヤ”と思うのが常であったりする。というわけで、Windows2003サーバーのターミナルサーバーを個人的に試しておくか…という気持ちだ。----------------あ、いかん。時間が。仕事に戻るか…。
2006年04月18日
コメント(0)
今週・来週と過ごしてしまえば、ゴールデンウィークの到来だ。話が早すぎるって?そんなことはない。勤め先は暦通りの休日だ。というわけで、1日・2日は当然出社。その上、月初めにはいろいろややこしい処理がある。いっそ3日・4日を出社して、8日・9日を代休にしてもらいたい、と言いたいところだが、そんな要望が通るわけもない。かといって1日・2日の二日間で月初のモロモロを片づけようとすれば、それこそ残業しまくりで死ぬ思いをすることになる。その死ぬ思いを避ける為には、当月(4月)の仕事を少しずつ前倒ししていって、早めに月初の仕事に取りかかれるよう準備するくらいしかできない。我が家ではゴールデンウィークだからといって何処かへ出かける風習もしきたりも約束も義務も無いが、話を聞くに、下の子の同級生の中には何処か国外に遊びに出かける子もいるらしく、不満気な顔色が見え隠れする。よし、じゃぁ、ウチもハワイ(笑)だ、なんて急遽決められるような蓄えはない(すくなくとも自分にはないが……カミさんは持ってるかも)ので、(お金がかからないよう)山登りに行くか、と我が子を誘う算段となるが、果たして日頃の運動不足ゆえ自分自身が山道を歩めるものやら、まことに心許ない。仕事のことも頭が痛いし、休暇中の過ごし方についても頭が痛いのである。ところで、高校生になった我が子。英語の練習を時折させているが、カミさんの前では口を開きたがらない。まぁ、中高生といえば、そのような年頃なのではあるが、語学ばかりは口を開かないと始まらない。その上、高校には行っていきなり副読本に文法解説書を購入せねばならん学校だったりするから、オヤジとしても頭が痛い。正直に言えば、文法用語は苦手だ。用語そのものは面白くもあるのだが、それを使うことに興味を持てない。自分は”説明して”と言われると、ナントカカントカの形容詞的用法などと言わず(言えず?)、この語句はそこの名詞を説明する為に加わった分などと言ってしまうし(笑)ところで、ペーパーバックを読んでいると日本語訳をつけずに単語を覚えてしまうことがある。例えば、"THE BIG GREEN GRIN"を読んだ後は、GRACKLEという鳥がいることを知った。元より鳥にそれほど興味があるわけではないから、辞書を牽くことも面倒で、googleでイメージ検索して、”これだろう”と思われる鳥の写真を見た。百聞は一見にしかず、である。この鳥に関して言えば、日本語で何と呼ぶかは知らないし、知る必要も無い。自分の頭の中には、そうやって日本語による対訳の無い単語が幾つか収まっている。自分は翻訳家でも通訳でもないので、それで十分だと思う。仮に誰かに説明する必要が出てきた時には、英語でグラックル(カタカナ読み)と呼ばれる鳥が世の中に存在していることを伝えられればいい。そういうわけで、およそ3年弱後の我が子の大学受験時には、オヤジの知識は何の役にも立たないことが判っているから、オヤジとしては自分に出来るところまで協力して”後は知らん”と放り出す(笑)予定ではある。我が子よ、その時は、笑って許してくれ(笑)
2006年04月17日
コメント(0)
詳しくは衆議院TVと川内議員のBlogにて、どうぞ(笑)とだけ書いて終わるのはナンだから、一言だけ。谷みどりさん、終わってるよ…OTZ何が(終わってる)というのは、あえて言わんが。
2006年04月17日
コメント(0)
懸案の2つ。残る1件も片づいた…関係各社(者)には、もう感謝しまくり。こちらの方は通常の形に戻り、最善の形となった。先の一件は、以前にPCの事で相談を受けたことのある人と最終的に話をすることになり、逆に”お世話になりました”と言われる始末。”こちらこそご迷惑をおかけします”と平身低頭ながら、日頃から親切は出し惜しみしてはいけないなぁと、改めて感じ入る次第。*さん、またPCがおかしくなったら言って下さい(笑)とりあえず案件が片づきつつあるので、今夜はぐっすり寝られそうだ。ああ、良かった。社内でも事務の社員と少し話をし、処理が押し詰まらないよう、改善していこうと決めた。いや、アルゴリズムだけ考えてつつオフコンとPCを触っていられたら幸せな人間に、他の作業は重すぎる。何せ頭の中はまだ8ビットなんだから。歳をとり役職が上がれば、それなりの仕事が増える。たとえ採用時がプログラマ兼システム管理者であろうと、勤労20年を越えて気付いた時には、まったくコンピュータとは無関係な仕事を任されてしまっていたりする。根がのんびり屋の自分には、やっぱり時間に追われてそれをこなす能力など無いと、はっきり自覚した昨日今日であった…。
2006年04月14日
コメント(2)
今回のミスについては、大きく分けて2件ある。そのうちの時間的にシビアな1件については、同僚と取引先には迷惑をかけることになったが、どうやら片づきそうだ。もう1件は時間的に少し余裕があるので、午後からあれこれ動いてみるつもりだ。なるべく他者に迷惑をかけず円満に片づけたいものだが…。今回のミスは明らかに自分の失敗なので、もう落ち込む一方だ。逃げ出せるもんなら何処かに逃げ出した気分だが、社会人としては逃げ出すわけにもいかない。しばらくは落ち着いてメシが食えない精神状態が続きそうだ。幸いなことに、来週は比較的余裕のある週だ。いっそのこと、一日ゆっくり休むか……。
2006年04月14日
コメント(0)
今回、相当に落ち込んでいる。内容は若干異なるが、似たようなミスは2度目だ。関係各社に電話をし対処方法を探っているが、なかなかシビアな状況。損失が生じれば手出し(お金)のおそれも生じる。なにより契約の問題もあり、当事者に迷惑をかけることにもなる。悔やんでも悔やみきれないが、このミスの理由ははっきりしている。新しいオフコンへのデータ移行のタイミングがきっかけではあるが、問題はそこにあるのではない。自分のキャパシティの問題だ。一時期に作業が集中して、時間に追われて十分なデータチェックができなかったというのが、前回・今回ともに直接の原因である。キャパシティは時間と能力の足し算だ。一定の作業量をこなすには、時間が足りなければその分能力の上限が高くあらねばならない。逆に能力が足りなければ十分な時間をかけるしかない。今の自分の仕事について冷静に分析すれば、時間が足りないのに、それを補う能力も足りないということになる。このままでは三度目のミスもありうるので、早急に解決策を練る必要がある。短時間に集中する作業の時間的分散…言うは易く行うは難し、だ。う~む、どうするか。
2006年04月14日
コメント(0)
英語教材(PROVISION)CDを購入してあったので、それをとりあえずリッピング。本文(お話)の部分を編集し、専用CDを作ることにした。初出単語の発音も録音されているが、こちらは無視。文の中では単語の発音は微妙に変化する。いわゆるリンキングが顕著な例だ。また、本文の意味については、本日帰宅して食後に解説した。むろん判らない単語については自分自身で辞書を牽かせた。そういうわけで、今回の作業は、レッスン1の本文のみを50回繰り返すCDを作る、ということ。linuxマシンが”とある事情”で使えない状態なので、録画用WindowsXPマシンで作業することにした。linuxを日頃触ってる人なら以下の説明もいらないだろうから、MS-Windowsを使っていて同時にこの手に詳しくない人だけ読んで試して、という気持ちだ。まず行ったことは、当然リッピング。(音楽トラックを音声データにして保存)これは CD2WAV32を使用。次に本文の部分のトラックだけを編集用フォルダにコピーして、audacityで不必要部分を削除した後、名前を付けて保存。(wav形式のまま)最後に編集後の音声ファイルを50回繰り返す音楽CDを作成した。ここは市販のCD焼きソフトか、フリーウェアのCD作成ソフトを使えばいい。以上が作業手順だ。さて、ここまでは慣れてしまえば簡単な作業。しかし、この後に難関が待ちかまえている。何が難儀かといえば、我が子にこのCDを毎日1回ずつ聞かせる、というのが一番の難関だったりする。1日1回10日間ほど流し聴きでもしてくれりゃ御の字なんだがなぁ。10日間で同じ文章(1分弱)を500回耳にする計算だ。英語好きなオヤジとしては、我が子と楽しく英語したいのである。少なくとも500回聞きゃあ単語単体ではなく文章の中で現れる英語の音が耳に残るはずだ…と思う。というか、そうあって欲しい。CDを聞く前に我が子に自分の声で文章の読み方を教えたが、自分でCDを聞いた結果、発音に間違いはなかった…まぁ、上手下手の評価は自分で下すものではないが、少なくともアクセントの位置とリンキングについては(非ネイティブとしては)それなりに伝えられたと思う…思いたい…たぶん。まぁ、作成したCDを我が子が聞いてくれれば、オヤジの発音の正確さと不正確さが判るのではないかと思う。もっとも会話に興味がない本読みが趣味のオヤジの発音であるから、まぁそれなりと思ってもらって構わないが…とりあえずオヤジの威厳が薄れないように密かに努力しておこうか、なんてことも考えている。”お父ちゃん、その発音、違う”なんて指摘を受けない為にも(笑)
2006年04月13日
コメント(0)
asahi.comの記事。NHK受信料支払い義務化 総務省検討、値下げ前提に要するに、不払いが全体の3割にものぼる現状をどうにかしよう、というのが趣旨と思えるが、その一方でチャンネル数(サービス)を減らし、値下げを検討する案もある、と。最終的にどのような結論になるかは判らないが、昨今のNHK批判には耳を閉ざしたまま強制徴収の法律を作ろうというのなら、当然のことながら自由契約としなければならないのは道理である。現在では受像器(TV)を所有しているだけで視聴料を徴収する形となっているが、これは”契約”の概念に該当しない。強制徴収とした場合、NHKと正式な視聴契約を結ぶ結ばないの選択肢がなければ、多くの賛同を得ることは難しいだろう。しかし、自由契約となると、むしろ視聴者が激減しそうな気もするが(笑)自分はもちろん契約するよ。一部契約が可能になれば、の条件付だが。正直、ウチの家族としてはNHK総合とNHK教育だけあれば、困らんから。衛星放送なんぞ見る気は無いし、NHK-hiも見る気はない。地上2波だけあれば個人的にはOKだ。ついでに視聴料が安くなれば、もっとOK!当然のことながら放送法自体の改正も必要になってくるので、それも論議されているようだが、怪しい方向へ論議が進まないよう、視聴者そして国民の一人として、しっかり目を光らせておきたい。
2006年04月13日
コメント(2)
精神的なものかもしれないが、今イチ本調子じゃない日々が続いている。有給休暇でもとって一日だらだら過ごせれば、少しはマシになりそうな気もするが、そうもいかないのが中小企業に雇われた貧乏人のツライところ。とりあえず子供達が独立するまでは、定期収入を確保しておかねばならないので、辞めるわけにもいかん。家のローンが無けりゃ、もう少し楽なのかもしれないが、ローンと残業は全く関係ないので、雇われ人である以上は、この状態が続く。かといって独立・起業するような元気があるわけもない。というような愚痴はさておき。今週から各地方で電気用品安全法の講習会が始まった。各地方の経済産業局が担当して説明を行っているということらしい。各地方局の職員にとっても、今回の騒動は大迷惑な話だったろう。しかし、各現場で業者と対面するのは、そうした人達だ。彼らも大いに愚痴をこぼしたいのではないかと想像している。いや、身内に甘いお役人達のことだから、ひょっとしたら”文句を言う国民の方が間違っている”とでも言いだしかねないか?(笑)
2006年04月12日
コメント(2)
誰にとってのニュースバリューかと言われれば、これはもう、発信側にとってのニュースバリューとしか言いようがない。我々読者とは無関係なところで、ニュースの取捨選択は行われる。これは紙と電波のメディア(仮にこれらを旧メディアと呼ぼう)しか無かった頃の旧弊というやつだ。しかし、大手メディアは未だにその論理で動いている。電気用品安全法は、彼ら大手メディアの大半にとって、既に旬のネタではなくなっている。何故、旧メディアの時代にはニュースの取捨選択が行われ、一つのネタを引っ張ることをしなかったのか。枠の問題である。もちろん彼らにとってのネタの重要度の問題もある。紙面も放送時間も限られていた。現在でもそうだ。限られている以上は、そこへ載せる情報はメディアの側で取捨選択するしかない。これは当然の成り行きであろうと思う。しかし、ネットメディアは、ある意味、無限である。同じネタを幾度載せようと、そこに制限枠があるわけではない。いや、確かにサーバーの容量の問題はあろうが、一つの記事が要する記憶容量はごく僅かなものだ。”限られた枠”の問題は、ネット上には存在しないと言っていい。必要であれば別枠を作ればいい。しかしながら、旧メディアは同じ体制を続けており、その記事発信の仕組みに変化はほとんど無い。確かにネット上に情報(ニュース)を流してはいるが、言うなれば本紙面に対するサブセットのようなものである。言い方を替えれば、新聞や放送局等の大手メディアは、未だにネットとの付き合い方を決めかねている。或いは、旧来の枠組みの中で窓口が一つ増えただけくらいのとらえ方で終わっている。そこにはどうやって収益を上げるかという問題もある。収益を上げる…新聞のネット配信における有益なビジネスモデルが出来上がれば、今とは別の形の報道がなされる可能性はある。そうなると、これまで紙メディアで棲み分けられていた部分…日刊の新聞VS週刊誌といった形…は消えてなくなる可能性もある。今はそこに至る過程にあるのではないかと思う。新聞の売り上げは落ちていると聞く。新(しいコトを)聞(く・かせる)役割は、紙から電子情報へと静かに移行し始めている。出版社に勤める人間の言葉を聞くと、読者は移ろいやすいものだ、と言う。しかし、実は移ろいやすいのはメディアの方かもしれない。
2006年04月11日
コメント(0)
我が子がなんとか高校生になれたのはいいとして。その子が使う英語の教科書だが…PRO-VISION というヤツらしい。そこで早速、その教材のメーカーのサイトを覗くと、PRO-VISIONとは「前方を見ること」という意味の合成語です。と書いてあった。皆さん、ご存じの通り、provision という単語は”あらかじめ用意すること”と”いう意味合いの言葉だ。動詞の provide は、今ではよく用いられる言葉で、インターネットに接続している人の大半は、provider (プロバイダ)を利用している。provider というは、方法や手段を提供する人のことだ。provisions とすれば(蓄えた)食料品であったりもする。いや、だから、最初に PRO-VISION という言葉を見た時に、自分としては勘違いしてしまったのである。個人的には PRO-VISION ENGLISH COURSE という語の並びは座りが悪く感じられるが、これはまぁ商品名でもあるし、個人的感覚は無視するとして、先(大学受験や将来の英語の勉強)に備えるという意味かなぁ、と考えたのである。う~ん、蓄えになる英語かぁ、などと気楽に考えていたのが、実際にサイトを見ると、まぁ、そうではなかったという…(笑)そう説明されれば”ああ、そうですねぇ”と言うしかないのだが。ただ、自分の考え(普通に使われる意味合い)ならアクセントは普通にviにあろうし、メーカーの考えならアクセントはPROに有りそうな気がする。この辺り、どうなのだろうなぁ…。などなど悶々と考えていたら、修行が足りんなぁと思い始め、ここで愚痴をこぼしている。まぁ、オヤジの愚痴はともかく、内容紹介をざっと見て感じることは、何だか重い話が多い。と同時に、英語を教えるだけではなく英語の学習を通じて他の事を教えようとしている、という気がするのである。言い換えれば、自分はそこにある種の臭いを感じてしまった、というわけだ。その臭いがどういった類のものであるかについては、ここで明言するつもりはないが。高校時代は遠く離れて今や覚えてもいないくらい昔のこととなってしまったが、自分の時代にはこんな重い話題があったかなぁ…。さっぱり覚えていないところをみるに、やっぱり面白くない題材ばかりだったのだろう(笑)この教材で若干気になるのは、例えば、PRO-VISION ENGLISH COURSE II の第3話にあるような"Gender Stereotypes"というような題材が入っている点だ。母語である日本語で議論してもジェンダーに関する議論は難しい問題である。それを英語の教材として持ってくることは、一面的な見方を押しつけるようなことになりはすまいか…オヤジとしては、そんな危惧を抱いてしまう。ジェンダー論の論拠となったマーガレット・ミードの研究は否定されているし、今更ジェンダー論の何を扱うのだろうと思っているのが…。ジェンダーに関する議論は難しい問題と先程書いたが、これはジェンダー論そのものの難しさよりも、ジェンダー論を論じる人達を扱うことの難しさである。ジェンダー論は突き詰めていくと、現在の社会システムの破壊につながってしまいかねない危険性がある。家族の崩壊をはらんでいる。英語の教科書というのは本来、英語を学ぶ為のものであり、他の目的で利用されることがないよう、文部省には気をつけてもらいたいものだが。無理かなぁ。
2006年04月10日
コメント(0)
勘違いや思いこみの類であってくれればいいが、と思いつつも、このところの経産省の動きを見ていると、どうも情報操作を行っているように見える。いや、情報操作を行うこと自体は、これまでも行ってきたのだろうが、今回の電気用品安全法の中古品売買への適用に関連しては、ひどく目立つのだ。目立つというか、稚拙という言葉の法があっているかもしれない。なんだか、突っ込み所をわざと増やして、国民から”バカだアホだ”と呼ばれることを楽しんでいるのではないかと、そんな気がしてくる。例えば、4月5日付けのPDF文書”絶縁耐力検査の結果について”を見ても、うかつな人ならともかく、ちょっと考えれば「あまりに母集団の数が違いすぎて有意なデータとは言えないではないか」との突っ込みが入りそうなのは明確だ。とても統計的に有意な確立であるとは思われない。総件数が739件程度であるから、全ての内訳(用品名、型番、使用歴、メンテの程度、その他基礎データ)を出してもバチは当たらんと思うが?このやり方は、新聞広告で中古電気用品の危険性を訴えた時のアレと、驚くほど似ている。おそらく、数値自体に間違いはなかろう。つまり数値の偽造は行っていないだろうということだ。問題は、自分のような素人でも、意図すれば同じ数字的マジックを利用できるということだ。単純な話、サンプルの集め方次第では、簡単に数値を逆転できるわけである。こうした資料をこれ見よがしに出してきて、経産省は一所懸命に中古排除を訴えようとしているが、最終的に何を目指しているというのだろう。今回の問題を考えていて、自分はコンビニの弁当を思い出した。防腐剤を使っているという風評があって嫌う人もいるようだが、まともに製造されたものは徹底的な滅菌処理を行った結果として日持ちする、というのが事実である。その上、一部の店を除いて、たいていは賞味期限の前に店頭から外し、廃棄処分とする。腐るという現象が何によって引き起こされているか、しっかり認識していれば、夏場に自宅で朝炊いておいたご飯を夕方に食べる方が、コンビニ弁当よりも実は雑菌を多く口に入れていると想像できるだろうに。コンビニ弁当が特別に危ない、などということはあり得ず、むしろ朝から放っておいて夕方に食べる自宅のご飯の方が(厳密に言えば)雑菌による腐敗は進むと考えた方が正しいことになる。しかし、腐敗という点において、自宅のご飯は安全だがコンビニ弁当は危ないかも、という風評が確かに生きて徘徊している。思わぬ人から真顔で言われる経験もあった。経産省が行っているのは、まさにそうした風評を広める行為であり、その風評とは”中古電気用品は危険である”という内容だ。しかし、冷静に考えれば直ぐに判ることだが、8年使っている自宅のテレビと5年前に製造されて中古品として販売されているテレビとでは、どちらが危険だろうか。ちゃんとした製品をちゃんと使えば、どちらも危険ではないのは、自明ではないか?中古家電が火災の原因になる、というデータを経産省としては国民の前に提示したいのだろうが、現実に起こる火事の原因として電気用品が取りざたされるのは、誤った使用によるもので、それはどんなに安全基準で縛りをかけようとも、避けられないものである。さて、ここで、よいこのみんなは、総理官邸キッヅルームの火事を防ごうのところを、よくよもう。火事の原因を調べてみると、もっとも多いのが放火だよ。とかいてあるね。つまり”人”がいちばん、かじのげんいんになっているんだよ。だからほんとうは、でんきようひんなんかじゃなくて、人をきせいしたほうがあんぜんのためなんだ。もちろんえらい人たちは、そのことをかんがえていて、人をかんたんにきせいするほうりつを作ろうとしているんだよ。冗談はともかく(半分冗談じゃなかったりするから鬱になるが)、ここに電気用品による火災のことが書いてある。”また、電気器具からの火災も意外と多いんだ。一つのコンセントから、いくつもの電気器具を同時に使用する「たこ足配線(はいせん)」をしていたために、異常に発熱(はつねつ)して火事になったり、家具でふまれたコードが痛んでいたために発火して火事になることもあるんだ。プラグについていたほこりと湿気が原因で火がつくこともあるんだよ。”はてさて、ここに書いてあるのは、経産省が言いたい中古家電そのものの危険性ではなく、電気用品の使用法の誤りによる事故じゃなかろうか。経産省の言い分を聞いていると、どうも”中古家電そのものが火を噴く”ようなイメージを与えられてしまうのだが(笑)まさか、総理官邸が子供にウソを言うようなまねはしないよね?
2006年04月10日
コメント(0)
残っているのは、自分を含めて4人。そのうちの一人が今帰ろうとしているので、残り3人。自分ももう少ししたら帰る予定なので、残り2人…彼らは今日中に帰ることができるのだろうか??腹、減ったなぁ……。
2006年04月07日
コメント(2)
4月に入って一週間。3月末と比べて、マスコミ報道は一気にしぼんだ感がある。昨日の”「危険」風評も絶えず PSE新制度から1週間” by Sankei Web くらいか…。正直な業者の人達は不安を抱えたままだろうと思う。正直者がばかを見る、という言葉が正しく当てはまっているわけで、それを引き起こしたのが経産省と二階大臣だということは、繰り返しておかねばなるまい。民主党の川内議員は、変わらず努力されているようで心強い。公式ページによると、党内では、PSE法プロジェクトチーム(PT)が立ち上がることが決定したということなので、電気用品の中古販売が誰にはばかることなくできるよう、民主党議員の皆さんには頑張ってもらいたい。もっとも、与党自民党と同じく民主党も(誰とは言わないが)問題児を抱えているので、妙なところで足を引っ張られねばいいがと、少しだけ心配してはいる。経産省の”経過措置の一部終了に伴う対策について”のページは、相変わらず、2006.3.14更新という文字を残したまま、新たに更新を続けている。ところで…。個人的な感想であって客観的根拠は無いが、今回の経産省のぐだぐだな対応で、本当に危険な電気用品が出回りそうな気がしてきた。(建前でしかない)経年劣化による事故を心配しているのではない。この問題を追ってきて、PSEマークそのものの信頼性がどうも低くなっているというか、ひょっとしたらこれから危険なPSEマーク付き製品が市場に流れるのではないか、と、そんな不安が心を去らない。一人の消費者として、新品を購入する際にも中古品以上に気をもまねばならなくなってしまった。…なんだかなぁな世の中だよなぁ。
2006年04月07日
コメント(0)
昼間のNHKのニュースで、この事が流れたらしく、それを見ていた同僚から教えてもらった。この情報は3月に流れていたもので、ソースはナショナル・ジオグラフィック・ソサイアティだ。これについては、大御所 James M. Robinson が本を出すようで、個人的な判断はそれを読んでからということになるが、おおよその見方としては、これまでのユダ像に何を足すものでも何を引くものでもないということだ。ナショナル・ジオグラフィック・ソサイアティのサイトに、英訳のPDFがあるので、後でダウンロードし打ち出して、帰りの電車の中ででも読むか、と考えている。パピルス文書は4世紀頃のものらしく、それに先行する2世紀頃のギリシャ語文書からのコプト語翻訳版というのが、現状では定まった見方のようだ。現在の聖書内で正式に福音書と認められているものは1世紀後半のものであり、また、オリジナルのギリシャ語版を書いた連中が当時の、いわばオカルト派(誤解されるか?笑)らしく、そういう立場から書かれたものという前知識をもって読んだ方が良さそうだ。アサヒ(ネットニュース)も取り上げていたが、そのまんま誤解を生みそうな表現なもので、これが国内の怪しいオカルト本作家に利用されそうで、ちょっと気分的にはよろしくない。そういう連中に限って、懐疑的見方があることをすっぱり切り捨てた主張をするのである。物事は両面から見なきゃねぇ…。
2006年04月07日
コメント(0)
長年使用してきたオフコン(F社の某)から、同じF社の新しい某へ移行した。ネットワークにぶら下がっているMS-WindowsNT(ファイルサーバー)をどうするかについてはペンディング状態だが、関係する数人の元へ新しいPCが配置され、旧PCと並んでいる。現在、新旧両マシンを同時稼働しているが、おかげで自分の部屋は蒸し風呂状態だ。狭い部屋の中に新旧オフコンが2台とレーザープリンター2台、端末用PC2台とコンソール1台、おまけに自分の個人使用PCが1台…。廃熱で蒸し風呂になるのも仕方ない。冷房が効かねぇよ~と叫びつつ、日時業務に(文字通り)汗を流すこととなっている。移行そのものはおおむね順調で、大きなトラブルもなかった。明日からは新マシンのみの稼働となるが、旧機種の端末として使用していた旧PCは、新たなファイルサーバーを立てるまでは、そのまま使用してもらう予定だ。問題は、ファイルサーバーを立てるのにまとまった作業時間がとれないこと。ああ、実に頭が痛いことよの~~。
2006年04月06日
コメント(0)
午後9時かい…。ただ今、残業中……。既に我が目は死んでるぞ。根性無いんで、もう少ししたら帰る予定。早く帰って、風呂入って、メシ食って、寝たいなぁ。
2006年04月05日
コメント(0)
新しい波所属議員(Wikipediaより)衆議院議員( 海部俊樹、愛知和男、二階俊博、井上喜一、江崎鉄磨、松浪健四郎、金子善次郎、伊藤忠彦、井脇ノブ子、川条志嘉、藤野真紀子、矢野隆司 )参議院議員( 扇千景、泉信也、鶴保庸介 )この顔ぶれ、覚えておこうと思う(笑)どういう意味かって?いや、意味など無いですよ(笑)
2006年04月04日
コメント(0)
九スポ(東スポ)を読め!(笑)”何だよ、あのいきなりPSE(電気用品安全法)のごり押しって”俳優の森本レオさんも怒っている。具体的名称は挙げてないが、経産省の態度に異を唱えている。あちらこちらで叩かれている経産省のビンテージ品リストだが、ITmedia に次のような記事が…。経産省「販売店からもらったリスト、そのまま出した」複数の中古楽器販売店からリストをもらって作成したリストらしいが、間違いがあって当然だ。ビンテージなんてものは人によって定義も違うし、同じ商品でも判断は分かれる。例えば自分の好きなPCの世界で言えば、古い8ビット・16ビット機なんてのは全てビンテージと言っていい。流石に初代のPC-8801は手元に無いが、PC-8801FAは押し入れの中に眠っている。PC-9801LTは仕事場の端っこに眠っているし、X1turboも実家に(捨てられていなければ)残っている。興味の無い人間にとってはゴミだが、自分にとっては未だ捨て去れぬ宝物だ。販売してあれば、もちろん迷わずビンテージ品に指定していいと思っている。オフクロやカミさんにとっては、どうやら本当に粗大ゴミでしかないようだが…(悲しいなぁ)いい加減、無駄な仕事を増やすようなマネは止めてもらいたい。しなくてもいい仕事を役人にさせる為に国民は税金を払っているのではない。一度出したものは引っ込められない、というのが経産省の本音かもしれないが、陽気も増して怪しい人物が徘徊することの多い時期だ。醜いモノを公衆の面前にさらけ出したままでいると、捕まるよ~(笑)
2006年04月04日
コメント(0)
ストレス溜まりまくりだと現実逃避の為に書店に走る自分だが、ウィークデーには書店に行く暇が無いので、アマゾンに走るわけだ(笑)金曜日の夕方、仕事の手を休めてコーヒーを飲みつつ、アマゾン内部を散策。ペーパーバック4冊を購入したが、はてさて読む暇があるのか自分でも判らない。最近の購入傾向として、8~10歳程度対象の児童向けペーパーバックを1冊は注文に含めてしまう。中学生が辞書を牽けば何とか読み進めることができる程度の内容だが、春から高校生になる娘の好みをつい考えてしまって、自分(お父さん)用にはスティーブン・キングのホラー短編集( Everything's Eventual: 14 Dark Tales )を購入するかたわらで、そうした本を購入してしまう。まぁ、大人が読んでもそれなりに面白いから、損をした気分にはならないのだが、今回注文したのは"Coraline" by Neil Gaiman である。注文した4冊は全て”24時間以内に発送”というものばかりで、金曜夕方に注文した物が土曜日の夕方には届いたから、何というか素晴らしい。在庫にあれば翌日には手に入ることが判ったのは、ちょっとした収穫だった。もっとも、半年以上前に注文した本で、未だに入荷していない(こちらに発送されていない)のがあるのも事実だが(笑)土曜の夜、Coralineの出だしを少しだけ読んだ。中学生が辞書を牽き牽き読める、というのは少し訂正する。そもそも中高生向けの辞書には、luvvy なんて言葉は載ってない。語の発音と語が使用されている場面を考えれば、love-y というような意味であることは直ぐに判断できるが、辞書頼みの学生にはちょっとツライかもしれない。この辺りはとりあえず想像力を駆使するしかないわけで、活字を読む場合でも音に対する注意力が必要になる。本来、luvvyなんて言葉は翻訳できないものであるし、翻訳者はそこを無理矢理翻訳しなければならないのだから、正直、ツライ商売だろうなぁと同情する。翻訳を生活の糧とするわけでもない自分のような”ただの”本好きにとっては、頭の中で情景を思い浮かべて意味を推察するくらいで十分なのだが、よくよく考えればそれと同じことを母語である日本語でもやっている。初見の言葉を自分達がどのように処理するか、ということを考えてみると、周囲の文言をよく考え、文脈上その初見の言葉がどのような位置に置かれているのか無意識にあるいは意識的に判断しようとしていることが判る。意味するところを把握するには、漢字であればその漢字の主要な意味が推察の鍵となるし、カタカナであれば外国語の知識を駆使して、その意味をとらえようとする。もちろん、たいして重要でないと判断すれば、意味など知ったことかとなる。外国語の本でも同様だ。ある程度の語彙力と文法力は必要だが、母語と同じように処理することはできる。但し、処理する能力を高めるには大量にソレに触れることが肝心である。辞書の便利さと辞書の不便利さについては、いろいろな人が書いているだろうから、わざわざ自分のような素人が書いたりはしなくてもいいだろうと思うが、ここだけの話、高校生になった娘にどのような英和辞書をプレゼントしようかと頭を悩ましてもいる。英単語の対訳語が羅列してある辞書ではなく、しっかり語義が説明してある物を贈りたいが、なかなか難しい。日本語に疎い我が娘のことであるから、英英辞典は論外だ。学校の授業の中では英文和訳の比重は大きい。となると十分な対訳語も必要になるのである。そこで必要になるのは英語の能力ではなく日本語の能力である。極論すれば学校の授業の中では、luvvy のような単語も和訳しないといけないわけだ。自分のような単なる本好きなら、その語が使われたシチュエーションと大まかな意味を把握していれば良いのだが…。そこで、現在、悩んでいる。候補としては、2冊出版されている”英英和”ということになろうか。暇を見つけて、書店で手にとって中身を見てみるつもりだが……。
2006年04月03日
コメント(0)
末代まで笑いものになりそうな規制を始めてしまった経産省だが、結局のところ二階経済相というのは、そういう人であったのだなぁと多くの人が得心したことに違いない。今回の問題を通してずっと思っているのは、電気用品ならぬ省庁の仕組みが経年劣化しているのではないかということ。あまりにも民意とかけ離れていて、その態度は傲慢を通り越している。同じ省内で地方局との意思疎通も満足に行われず、右で言う言葉と左で言う言葉が違う。これまで経産省の役人の幾人かが発言してきたが、ただ混乱を拡大してきただけだ。しかし、恐ろしいのは経産省の暴走ではない。本当に恐るべきは、役人の暴走を抑えきれない仕組みにある。電気用品安全法の改正については、規制対象を”上市前の製品”とするだけで十分であると思う。そうすることで、大半の矛盾は解消する。未だに勘違いしているマスコミもいそうだが、電安法自体は規制緩和の産物であって、規制強化ではない。安全基準は電取法と同様であり、検査を民間に任せることで、むしろ安全基準は低くなっていると考えた方が良い。自己責任は製造(輸入)業者とそれら商品を購入する消費者が追うべきものであって国は積極的に関与しない、ということが立法の根幹にあると思う。これから”怪しいPSEマーク貼付品”が増えることになろうし、また、貴重な電気用品が他国へ多く輸出され、そこで悪評を被るようなことがあれば、自分は日本人であると胸を張って言えない時代が来るかもしれない。考えすぎだろうとおっしゃる方々がおられることは重々承知だが、自分ではなく自分の子・孫達が冷たい目で見られる状況は招きたくない。ハードオフは当面レンタル販売、次に自前検査販売という形をとるらしいが、他の中古家電販売業の方々もまた、今のままでは同様のやり方を選択せざるをえないだろう。大手販売業と中小販売業の格差は広がりそうな気がする。富める者はますます富み、貧しき者はいよいよ貧しくなる。そんな時代に我々は生きている。
2006年04月03日
コメント(0)
全36件 (36件中 1-36件目)
1