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森田先生は「神経質」という月刊誌を刊行されていた。昭和5年から昭和16年まで続いた。森田先生は昭和13年に亡くなられているので、その後は「森田正馬伝」を書かれた野村章恒先生が編集委員として継続されていた。しかし、この雑誌には「神経質」という名前が付けられていたため、読者の中には、この言葉に引っかかる人が少なからずいたようである。名前を変えてもらわないと、恥ずかしくて人前で広げることができない。私も今でこそ神経質性格は宝の山であると思っているが、神経症で苦しんでいたときは、 「神経質」な人だと言われると、そんなことはないといつも反発をしていた。その当時勤めていた会社で、典型的な神経質性格を持った営業マンがいた。その営業マンは神経質性格をプラスに活して、 500名ぐらいいる営業マンの中でいつも10本の指に入る素晴らしい営業成績を叩き出していた。彼の営業スタイルは、得意先から依頼された事項を、細かくメモ帳にメモして、会社に帰ってくるとその依頼事項を丁寧に片付けるというやり方だった。彼は得意先から依頼されたことをそのままにするだけではなく、常にプラスαを付け加えて処理するという主義であった。風貌は標準以下で、言葉遣いもどちらかと言えば乱暴であったが、得意先からの信頼感は絶大であった。彼に依頼しておけば、それ以上のプラスαを加えてお返ししてくれるのでありがたい。そうこうしているうちに、彼の営業エリアには、同業他社の営業マンは寄り付かなくなった。注文が彼のところにばかり流れるので、ほとんど商売にならないのだ。会社では彼のことは一目置かれていて、ボーナスも多く、海外研修旅行も世界各地に出かけていた。そんなトップセールスマンであった彼が最も嫌っていたのが、 「お前は神経質な奴だ」と言われることだった。誰が見ても細かいことを気にしてすぐに大きな問題に発展させてしまう彼を見ていると、まさしく神経質性格そのものだと思う人が多かったが、彼は、自分は神経質ではないと言い張っていた。彼にとっては、神経質な人は根暗で暗い。自分の殻に閉じ籠って、いつもうじうじしている。自分の思っていることの10に1つも言えないしできない人だ。いつも悲観的でネガティブなことばかり言う。先入観が強く、いつも悲観的な決め付けをしている。そんな人と付き合いたいと思う人がいるか。彼にはそんな人間には絶対になりたくないという強い意志が感じられた。さて、私が業務の仕事をしていた頃、女子社員の採用の仕事も任されていたことがある。その時に本社からの指示では、必ずYG性格テストをするようにということだった。そのテストには、神経質な人、明るく外交的な人、物事に積極的に取り組む人など、ある程度の判定ができるようになってきた。本社人事部からは、とにかく神経質な人と診断される人は、最初から除外するようにと言われていた。明るくハキハキとして、電話応対が上手で外交的な人。人間関係にトラブルを起こさないような人。意欲ややる気が満ち溢れてるような人。仕事に対する能力を持ち合わせているような人を選ぶように言われていた。私は森田理論学習を続けており、神経質性格は類まれなる素晴らしい性格であると認識していた。しかし、世間一般的には神経質な人は付き合いにくい人、自己中心的で融通のきかない人とみなされていた。今でも神経質という言葉を嫌い、そういう性格を明るく外交的な性格に変えようと思っている人がいるかもしれない。私は森田理論によって、もともと持っている神経質性格は変えることはできないと学んだ。変えられないことにエネルギーを使うよりも、自分の神経質性格を改めて見直すことが必要だと思う。神経質性格が良くないと言うのは、あまりにも一面的な見方であると思う。よくないと思う面はそのままにして、神経質性格ののプラス面の評価を重点的にして、プラス面とマイナス面のバランスのとれた考え方をすることが必要であると思う。細かいことが気になるというのは感受性が非常に豊かであるということである。文学や音楽や絵画を存分に鑑賞出来るのはこの性格のおかげである。私はクラシック音楽が好きで、交響楽団の友の会にも入っていたし、年末のベートーベンの第九の演奏会にも数回参加した。友人たちにも勧めてみたが、わけのわからないドイツ語をピーチクパーチクと歌って何が面白いのか、と言われた。その手の演奏会に行ってよく思うことだか、時々集談会の仲間に会うことがある。それは同じ神経質性格者として、芸術鑑賞能力がもともと豊かに備わっているということではないかと感じている。私はプロ野球が好きで、よくテレビで鑑賞する。その中でどの解説者の解説が最も適切であるのか、という視点で見ている。すると、バッターの心理状態を細かく分析してくれる解説者がいる。また、ピッチャーの攻め方について的確な指摘をする解説者がいる。そういう人は分析力の能力のある人だということが分かった。人を納得させる分析は、神経質性格でないとなかなかできない。だいたいプロ野球の世界で活躍した人は、大味な人が多い。そういう人の話は、おもしろくない。そういう時はテレビの音声を切って、ラジオの解説を聞いたほうが良いことがある。私が注目している解説者で、広島の前監督の野村謙二郎氏がいる。この人の解説は面白い。それ以外の人の解説は、知識は増えるかもしれないが、あってもなくてもいいような解説ばかりである。これ以外にも、まだ慣れてはいないが、日米で200勝を達成した黒田博樹氏も素晴らしい解説をする。以前の解説者では楽天の監督だった野村さんや元中日の監督の落合さんや巨人の元ピッチャーの江川卓さんの解説が好きだった。江川さんは神経質性格であると聞いたことがある。この人たちに共通しているのは、豪放磊落と言うよりも緻密な理論家といったほうが適切である。人をうならせる解説をする人は、細かいことによく気がつき、大いに気になるという神経質性格を持ち合わせていないとできないことである。そういう人の話には味があり、面白い。共感するところが多く、とっても役に立つ。
2017.07.31
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胃にはピロリ菌(ヘリコバクターピロリ)のような強酸性の環境下に耐えられる菌が常在しています。医師は、ピロリ菌がいるとガンになりやすい。だから除去してしまいましょうと言います。でもよく考えてみてください。ピロリ菌は昔から自分たちの胃の中にいたのです。そして一定の役割を果たしていました。胃壁を柔らかくしてくれているし、胃酸の逆流を抑えてくれる働きです。普段は体によいことをしてくれているわけですが、体や心が弱ってくるとそのピロリ菌が暴れ出して、慢性胃炎や胃潰瘍になり、放っておくとガンになることもあるわけです。人間は人間にとって不都合なことがあるとすぐに対症療法で処理しているのです。するとピロリ菌はいなくなったけれども、今度は胃酸の逆流等の困った症状が出やすくなるのです。別の問題で悩むことになります。対症療法で一つの問題が解決したように見えても、また新たな問題が発生することになるのです。新たな問題は今までよりも、解決するために多くの労力や時間がかかることが得てしてあります。これを本末転倒と言います。胃の場合でいえば、バランスが崩れて、問題が問題を生み出して対応に苦慮するようになります。本来は、胃炎や胃潰瘍の原因を取り除くことが先決です。多くはストレスや人間関係等でしょうからその改善を図ることです。さらに食事内容を見直すなどして抜本的な対応が望まれることです。これは農作物を作るときにも同じことが起こります。例えばトマトが儲かるからといって同じ土地で大量の化学肥料を使い、何回も連作していくと、連作障害にかかり、病気が増えて収量は激減します。そこで一般的には土壌消毒をして悪い細菌をみな殺しにしてしまいます。クロールピクリンなどの薬剤を使えば土壌細菌は全滅にできます。でも一時は回復して成功したかのように見えますが、対症療法を行っている限り抜本的解決にはなりません。またすぐに悪い菌で汚染されてしまいます。しだいに無駄なお金と労力を費やすことになります。ここで視点を変えて土作りや輪作を考えて実施すれば、労少なくして多くの果実を手にすることができます。対症療法はその場限りのものです。今の世の中、対症療法で問題解決を目指して、症状が抑えられるとすぐによかった、これで幕引きということが実に多いと思います。これは神経症の治療も同じです。特に薬物療法では完治することはないと思います。森田先生は神経症が治るのは、人生観が変わったから治ったのだといわれています。物の見方、考え方を原点に返って見直すためには、森田理論の学習をしていくことが大切だと思います。
2017.07.30
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生活の発見誌2014年10月号 高良武久先生の話より引用します。生の欲望の裏には、死の恐怖がある。死の恐怖は社会からの落伍も意味します。この恐怖があるからこそ我々は一生懸命に努力して、落伍しないように、あるいは、健康を保つように衛生を守っていくように努力する。片方だけで、その恐怖不安というマイナスの面がなくて、プラスの面だけでやれるというのは、ありえないのです。神経質のいい面というものは、やはり一方に不安を持ちながら、それに刺激されて努力していくこと、そして向上心というものがあって、それに乗ってゆくっていうことが、あるがままだということですね。不安と欲望の関係について簡潔に述べられています。私は森田理論で一番重要な考え方というと、「生の欲望の発揮」を上げたいと思います。森田先生の親交の深かった古閑義之先生も、「生の欲望の提唱は、森田先生の晩年において強く主張された重大な事項で、この生の欲望の提唱こそ、森田の神経質解明の根本理論であると主張してやまない」といわれています。ここに触れない森田理論学習は空中分解を起こしてしまうのではないかと思っています。一つの学習テーマとして独立させるだけの価値があります。森田理論は「生の欲望の発揮」から始まって、巡り巡って「生の欲望の発揮」に戻ってくる理論だと思っています。それぐらい核となる考え方です。「生の欲望」という言葉は、普通では聞きなれない言葉です。私は次のように解釈して生活の中に定着させています。・日常茶飯事、雑事に丁寧に取り組む。・規則正しい生活を心がける。・好奇心に沿って手足を出していく。・一人一芸を身につける。・行動実践に当たっては、今一歩踏み込む。ものそのものになりきるように心がける。・物の性を尽くす。そのものの持っているものを活かす。人のために尽くす。・境遇に従順になる。運命は積極的に切り開いていく。・無所住心の生活態度、変化の予測と臨機応変な対応を心がける。
2017.07.29
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神経症は自分で症状を治そうとすればするほど、ますます悪くなるものである。神経症の治ると治らないとの境は、苦痛をなくしよう、逃れようとする間は、 10年でも20年でも決して治らぬが、苦痛はこれをどうすることもできない、仕方がないと知り分け、往生したときには、その日から治るのである。すなわち、 「逃げようとする」か「踏みとどまる」かが、治ると治らぬとの境である。(森田全集第5巻 389ページより引用)普通、神経症で苦しんでいる人は、なんとかこの苦しみを取り除きたいと思っている。薬物療法でも、森田療法でも、他にどんな精神療法でもいいが、とにかく体にべったりと張り付いているコールタールのような気味が悪い異物を除去してほしい。ほとんどの人は、その症状に10年も20年もとりつかれて格闘しているのである。お金には変えられない。もし、特効薬のようなものがあるのならいくらでもお金を出してもいい。藁にもすがるような気持ちなのである。そんなときに、上記のようなことを言われたらな気持ちになるだろうか。いい気はしないかもしれない。神経症のアリ地獄に陥ってる人は、無責任極まる事を言われているのではないかと思うかもしれない。でもこの言葉は、神経症を治すために考えられるすべてのことに手を出して、その度にはね返され、もはや精根尽き果てて希望が見いだせない人にとって福音の言葉ではないか。地獄の底に落ちて、もうなすすべがないと白旗を上げた人にピンとくる言葉ではないかと思う。精根尽き果てて背水の陣を引いた人にはよく分かる言葉なのである。私の場合を振り返ってみよう。私の症状は対人恐怖症であった。それは中学生頃から始まったように思う。とにかく、友達との人間関係がうまくいかない。付き合えば付き合うほど不愉快になるのである。そのうち友人たちを避けるようになった。ひとりで過ごすのが精神的に楽なのである。しかし、心の奥底では友達を求める気持ちも強かった。また友達に一目置かれて尊敬されるような人間になりたいといつも考えていた。こういう状態で社会に放り出された。生活のために仕事を始めたのである。ところが、そのうち人間関係が悪化して、生活の糧を得るという目的が希薄になってきた。会社では、良好な人間関係が基礎にないと仕事を続けることは困難であると思うようになった。森田理論で言うところの手段の「自己目的化」が起きてきたのだ。私の注意や意識は、会社内の人間関係を壊さないためにはどうするかという点にばかり向いてきた。注意や意識が外に向かわずに、自分の内へ内へと向かいだした。それは経験した人ならだれでもわかると思うが、自分に対する信頼感がないために、精神的にとても辛いのである。このような状態で生きていても、苦しいばかりである。自分は苦しむために生まれてきたのだろうかと考えるようになった。つまり、頭の中も生活の面でも全てが悪循環のスパイラルにはまっていったのである。その悪循環のスパイラルの中にいると、そこから抜け出す光明は全く見えてこない。このまま一生を終えてしまうのか。森田理論学習によって、症状はそのままにして、目の前の仕事や生活に丁寧に取り組んでいけば症状は治ると学んだ。私は素直に森田理論に従い、さらに先輩方のアドバイスを忠実に実行に移していった。1年くらいすると、会社での仕事が好循環を始めた。会社内での評価も上がってきた。これが森田でいう治るということかと感じた。しかし、常時自己内省的な状態から、やることなすことが外向きになって、行動面では問題がなくなっても、人の思惑が気になって精神的に苦しいという状態は依然として強かったのだ。次第に、これが森田の限界だと思って森田理論に魅力を感じなくなってきた。森田理論では自分のこの苦しい症状はとることはできないだろう。そんな力は森田にはないのだろうと思っていた。つまりこの時点で、別の意味で、症状をとるということあきらめてしまったのだ。 10年も20年も森田理論の学習を続けてきて、症状がよくならないので、症状を治すことを諦めざるを得なかったといってもいい。それからは対人恐怖症を治すための努力はしかたたなく止めてしまった。そこに投入していたエネルギーはどのようにしたのか。その頃、私が取り組んでいた事は、森田全集第5巻の中には、森田先生が普段の生活ぶりについて、いろいろと説明されていた。どうせ対人恐怖症が治らないのなら、森田先生のやることなすことを徹底的に自分の生活の中で取り入れる努力をしてみようと考えました。特に、森田先生は形外会などで鶯の綱渡りや踊り、民謡などを積極的にされていました。一人一芸を自分でも豊富に持ち、入院生たちと積極的に楽しまれていました。私もそれにヒントを得て、トライアスロン、テニス、スキー、魚釣り、資格試験への挑戦などにどん欲に取り組みました。一人一芸では、楽器の演奏、どじょうすくいの踊り、しばてん踊り、浪曲奇術などを手始めに、いろいろ挑戦してみました。もし対人恐怖症が完全に治るのならその方法に頼っていたと思いますが、治らないので、やむなく諦めざるを得なかった。そして治すために使っていたエネルギーを、自分の趣味や興味のあることに集中して使うようにしたのです。振り返ってみると、私の他人の思惑が気になるという特徴、あるいは個性と言ってもいいかもしれませんが、これは一生涯変わらないだろうと思います。他人の思惑が気になろが、なるまいが、自分の人生においては、どちらでもいいのではないか。むしろ他人の思惑が気になるというのは、人を安易に傷つけたりすることが防げるかもしれない。その特徴をできるだけプラスに活かしていけばいいだけのことで、それを修正することは難しいし、無駄な努力になってしまうかもしれない。症状を治すことをやめるという事は、そこに使っていたエネルギーを「生の欲望の発揮」に向けて切り替えるということだと思います。そうすれば、症状と格闘することがなくなるので精神的にはずっと楽になります。そして気持ちを前向きに外向きに使うことができるようになるので、精神的にも健康になり、日常生活もどんどん生産的、建設的に変化してゆくのだと思います。私の症状を治さずに治したというのは、まとめてみるとこのようなことなのです。
2017.07.28
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森田先生は、 「面弱しは、気が強い」と言われている。この言葉の意味するところはどういうことだろうか。森田先生曰く。神経質の対人恐怖で、優勝欲のために、恥ずかしがってはならぬと、負け惜しみの頑張りのため、ますます劣等感を増長して「面弱し」になってしまうものである。具体的な例では、イソップ物語にキツネと葡萄の話がある。狐が葡萄の木を見つけて、葡萄を採って食べようとした。ところが、いくら飛び上がって取ろうとしても、葡萄を取ることができない。普通動物の場合は、精一杯努力してどうにもならなければ諦めてしまう。つまり、自然に服従する。ところが、人間の場合はその事実をねじ曲げようとする。イソップ物語に出てくる狐は、あの葡萄は酸っぱ過ぎて食べられるような代物ではないのかもしれない。きっとそうに違いないと思おうとした。自分が食べてみて、この葡萄は酸っぱい。食べることができない。それだったらよい。この狐は確かめもしないで、無理やり作り上げた事実を自分に押しつけて納得させようとしたのである。このようなことをしていると、能力や実力がない自分を卑下するようになる。自分自身が信頼できなくなる。自己を否定することはとても辛い。また、自己否定する人は他人を否定する人でもあり人間関係は悪化するばかりだ。自分の欠点や弱み、ミスや失敗を取り繕って、他人の目に触れさせないようにしようとする努力は、自分の思いとは反対の結果をもたらすことが多い。隠そうとすればするほど、普段は他人が見逃してくれるようなことでも、ちょっとしたきっかけで他人の注意がそこに向くようになる。それでも隠したり取り繕っててしまうと、周囲の人はそれをことさら取り上げて噂話として面白おかしく囃し立てるということになる。ふんだりけったりというのはこのことだ。そうなると、雑談の場に加わることが恐怖となる。また、他人と話をすることが恐ろしくなり、傍目から見ていると、人間関係を拒絶しているように見えてくる。自分の本心としては、人に受け入れてもらい、楽しい交流を望んでいるにもかかわらず、結果としては孤立して生きていく方が精神的に楽だと思うようになるのだ。それでも人に認めてもらいたい、評価してもらいたいという気持ちが強い人は、みんながしり込みするような大きな夢や目標に向かって努力し、成功の栄冠をつかもうとする。しかし、なかなか人が容易に達成できないような目標に到達することは難しい。仮に目標に到達できたとしても、他人から「どうしてそのエネルギーを仕事に向けてくれないのだ」などと言われて、自分の功績や成果を正当に評価してくれない。そうなればますます周囲の人との人間関係の溝が拡がってくる。「面弱し」というのは、事実を否定して 「かくあるべし」を強く持って、雲の上の方から地上を見て、あれがダメだ、これがダメだと愚痴をこぼしている人のことを言うのかもしれない。どんなに理不尽、不愉快であっても、事実をそのままに認めて受け入れて生活するという態度が大切である。そうでない人は、周囲の状況に合わせるということがなく、闇雲に自分の主義主張を周囲の人に押し付けるのである。周囲の人から見ると、 「あの人は気が強い」「堅苦しい」「息が詰まりそうだ」と受け取られる。そして、本来の人間関係である、何でも気兼ねなく話したり、ことさら隠し立てをしないで交流するということが難しくなるのだ。これと同じようなことで、森田先生は 「慇懃な人は強情な人である」とも言われている。私が忙しいのも、見境なしに、廊下に座って、無理やりに丁寧に、お辞儀をするような人は、何かにつけて、人と調和・妥協のできない人である。その人は、単に自分の礼儀さえ全うすれば、人の迷惑はどうでもよいという自然主義の結果であるから、受けた相談で、自分に少しでも都合の悪い事には、決して妥協はなく、自分を犠牲にするということは、毛頭ない。すなわち強情であるのである。特に目上の人に対して、状況や場所を無視して、自分の思いのままに勝手な振る舞いをする人は、その人に迷惑をかける人である。 「かくあるべし」が強いために、それをどこまでもやり通そうとするために、周囲との調和が図れなくなるのである。自他ともに不幸の種をふりまいていることになる。「かくあるべし」は今までに受けてきた教育によって、多かれ少なかれすべての人が持っている。森田理論では、人間は誰でも「かくあるべし」を持っている。それをすべてなくすることはできない。しかし、 「かくあるべし」を少なくして、少しづつ事実本位・物事本位の生活態度に変えていくことができる。そうすれば葛藤や苦悩は少なくなり、少なくとも神経症の蟻地獄に陥ってしまうことはないと考える。むしろ生きていく意義を見出して、人生は楽しいと思えるようになると思われる。(森田全集第5巻 280ページより引用)
2017.07.27
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倉田百三氏は様々な強迫観念に苦しんだ。観照障害、不眠、耳鳴り、回転恐怖、計算恐怖、いろは恐怖などである。観照障害は、物事を見た場合に、部分見えるけれども、全体がつかめないという症状です。倉田さんが夕日を眺めていたところ、夕日の太陽の赤いところはわかる。目を他に移せば赤くなった雲はわかる。けれども、全体として夕焼けを知覚できないというものです。ものを見た場合、部分としては見えるけれども、全体としては見えない。ですから、感動が起こらないのです。木を見た場合も、木肌とかは部分的に見えるけれども、全体としては松の木と感じとれない。何か紙一重隔てて見ているような気がすると言うことで、これはいけない、こういうことではいけないから何とかして、物を全体として掴まなければいけないということで、非常に悩まれたわけです。この強迫観念に対して森田先生は次のように指摘されている。節穴から差し込む陽の光でも、これを平常心で眺めれば別にどうということもない。これを意識的に凝視すれば、そこにはあたかも天文の星雲世界のごときほこりの渦巻きがあり、さらによくよく観察すれば、さも一定の法則でもあるかのようなほこりの運動が見える。こんなささいな光線の中にも、思い定めれば、そこに宇宙を、そして宇宙の法則さえ発見できるかのごとくである。こういう意味の発見に、人は自己の精神機能の発揮の喜びを覚える。倉田さんが、 「池の水面によどむほこり、街路の風に吹かれて舞う反古」にも限りない美を感じるというのも、そういうことである。これを直ちに美と称するのは思い違いである。倉田さんが美ととらえたのは、対象そのものではなく、自然の凝視という意識的努力の成功の喜びである。自己の欲望を達成の努力に対する快感を持って、これを美と誤想しているに過ぎないのである。対象を如実に眺めてそこに美を感得しているのではなく、美と快を混同して、自分の快適な気分に陶酔し耽溺しているだけである。これはふとしたきっかけでこの気分は容易に反転する。人間であれば誰しもしばしば陥る不快な気分のときに、対象に陶酔し耽溺できないのは全く当然であるが、倉田さんはこのことに焦りもがき、自分から美の感覚が失われたと嘆き、俺に執着して計らい、ついに強迫観念陥っていいったのである。不眠症も耳鳴り症も、不眠や耳鳴りの不快な気分を思い捨てようとして、いよいよこれに執着しはからい、その計らいを打ち捨てんとする虚しい努力の結果である。倉田さんのすべての苦悩の根源は理想主義にあった。そしてこの理想主義は、彼の強い生の欲望、完全欲のあくなき追求の反映であった。生の欲望と完全欲を果てしなく満たさんとするがゆえに、その道程を妨げるもののすべてを意識的に排除しようとしたのである。そうした排除の心理は、己の理想の実現の障害になりうる。どんな小さなものであっても、これを振り払わずにはおられない。倉田さんの理想主義は、 「真理に服従するこころがけではなく、実は自分の都合のいいように、世の中のことをやりくりしようとする理想主義である」と見なしていた。迷妄から脱せよ、事実を事実のままに受け入れよ。そこから生まれるのでなければ、真の理想主義ではない。倉田さんから渡される日記を見て、森田先生はいつもそうつぶやいていたという。(神経症の時代 渡辺利夫 TBSブリタニカ参照)
2017.07.26
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森田先生の物事に集中するという考え方は、世間の常識とは少し違います。机上論で腹式呼吸でもやり、周囲のことも何も忘れて、心が一つになった時が、仕事が最もできるというふうに考えるのは、思想の間違いである。精神は四方八方全般に働いて、しかも現在の仕事が最も適切にできる状態を、 「無所住心」と言うかと思います。森田先生はひとつのことに心が奪われている状態は物事に集中しているとは言えないと言われている。そうなってしまうと決して仕事はうまくはできない。その仕事だけではなく、周囲のことに色々と気を配り、精神状態が四方八方に働いているときにこそ、仕事がうまくいくのだと言われている。普通、一般的には物事に集中している状態は、一心不乱になって無我夢中で取り組んでいる時である。しかし欲望が強いときは必ず強い不安が出てくる。オリンピックの競技に出場したときや、大きなコンサートホールで、ソロ演奏をするような時、大きなプレッシャーがかかってくる。それまで十分な練習を積み重ね、練習の時は問題なくこなせるようになっていても、本番の時にはその不安は大きなプレッシャーとなって、時としてパフォーマンスの低下を招く。イチロー選手は、その大きなプレッシャーに押しつぶされないように、あらかじめ決められたルーティーンを大切にしている。目の前の打撃に集中するためには、余計なあらゆる邪念や雑念は振り払わないといけないのである。これは森田先生の言われている集中という考え方とは相反する考え方である。私も集中ということについては、不安や恐怖のない状態で、目の前の取り組んでいる課題に対して、一心不乱に取り組んでいくことが重要であると思う。神経質性格の人の場合、最初は欲望の達成に向かって努力しているが、そのうち欲望に付随して出てくる不安や恐怖に注意や意識を向けてそちらの方と格闘するようになる。手段の自己目的化という現象である。その時欲望の達成は忘れ去られる。あるいはどうでもいいというような投げやりな考え方になる。森田先生は森田理論で土台となる考え方は、 「生の欲望の発揮である」と言われている。そう考えれば、目の前の課題や問題点に対して、ものそのものになりきって、一心不乱に取り組んでいく事は絶対に必要である。お使い根性では、新しい感情、気づき、発見は出てこない。ものそのものになりきっている状態は、まさしく雑念もなく、一心不乱の状態である。それは別の言葉で言えば集中しているということである。どう考えても、雑念に煩わされることなく、目の前の事に集中するということは、大切であると思う。言葉にとらわれていると、森田先生の集中という言葉の意味を取り違えることがある。森田先生の言いたい事は、不安、恐怖、不快感、違和感など自分の気になる感情に対して、それらにのめり込んで(つまり集中して)格闘するような事はダメだと言いたいのではないだろうか。そういう嫌な感情は欲望が強ければ強いほど大きくなるという特徴がある。神経質性格の人はどうしてもそちらのほうの感情にとらわれやすい。そして精神交互作用によって神経症として固着させてしまう。そのような集中の仕方は一害あって一利なしである。森田理論で勉強しているように欲望と不安は両方のバランスを取りながら生活をしていくという態度が大事なのである。物事に取り組む時はものそのものになりきる。つまり取り組んでいるそのものに集中していく態度が必要である。しかし、さらに大事な事はバランスという考え方である。物事にはプラスがあれば必ずマイナスがある。欲望があれば不安がある。長所があれば欠点がある。森田先生が言いたい事は、両面観でものを見るということである。一つのことだけにとらわれて、周りが見えなくなってしまうことは問題だ。片寄った見方は必ず問題を生じる。自分の一方的な考え方ではなく、第三者から見た客観的な見方、考え方も加味して総合的に物事を見ていかないとものを見たということにはならない。集中するという森田先生の言葉をそのまま受け取っていると、前に言われたことと、今言われていることが違うように感じられることがある。それは言葉尻をとらえて理解しようとしているからである。森田先生は手を変え品を変え、様々な具体例を示しながら、森田理論そのもの本質を伝えようとされている。われわれは森田理論を理解しようとするとき、そこに思いを馳せて、森田先生の真意を理解しようとすることが大切であると思う。
2017.07.25
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嫌な性格の人とどういう風につきあっていったらいいのか。森田先生は次のように言われている。人と交際するときに、性格が違がおうがなんであろうが、自分の感じのままに、好きは好き、憎いは憎いで、そのままに交際していけばよい。嫌いだからといって、必ずしも「私はあなたが憎いから、お断りしておきます」とか、いちいち挨拶をする必要もない。当たらず触らず、会釈笑いでもしていればよい。この会釈笑いというものは、我々の人に対する社交的な自然な反応であって、自分の心に不快があっても、人と応対すれば、これを隠そうとして、かえっって著明に現れることがあるという事は、誰でも自覚することであろう。その自然なままでよいのである。それで、憎いままに、じっと自分の心を持ちこたえていることを、私は「自然の感じたままに服従する」と称します。しかし同時に相手は、同窓生であるから、挨拶くらいはしておいたほうがよかろうと考えて、お世辞の1つも言うのを、私は「境遇に従順」と称するのであります。たったそれだけでよろしい。この際に、自分は「人を憎んではならない」 「人は愛であれ」 「敵を愛せよ」とか、いろいろな教訓を引き合いに出して、われと我が心をため直そうと反抗するのを、私は「自然の感情に服従しない」と称する。これと同時に、自分は、あの憎たらしいのが、不愉快だから、彼に会うところへは行かないとか、話しかけられても、対応もしないとか言えば、それはわがままであり、 「境遇に従順でない」と称するのである。 (森田全集第5巻 568から570ページより引用)人間は誰でも好きな人と嫌いな人がいる。普通の人は嫌いな人に対して、 「虫の好かない奴だな」と思いながらも、なんとか最低限の付き合いをしている。挨拶をする。必要最低限度の付き合いをする。神経質な人は嫌いな人に対して、どうしてそんなことをしなければいけないのかと思っている。嫌いな人に愛想を振りまくのは、自分の気持ちに嘘をついていることだ。嘘をつくのは苦しい。だから挨拶もしない。仕事で必要なこと伝えなければならないことがあっても、同僚に頼んで伝えてもらう。あるいはメールで済ませる。つまり嫌いな人とは全く付き合いを持ちたくないのである。このやり方は本人は問題ないと思っているが、思い上がりも甚だしい態度ではあるまいか。そのくせに、心の中では、自分を理解してくれる人を強く求めているのである。さらに自分のすべてを受け入れて、自分のわがままを許してくれる人を探しているのである。犬猿の仲のような、そんな姿は第三者から見るとどんなふうに見えるのだろう。誰の目から見ても、その人とその人が嫌っている相手の人との人間関係がぎくしゃくしているのがすぐにわかる。大人なのだから、相方が歩み寄って妥協して付き合えばいいのにと思っている。喧々諤々の態度を私たちにこれ見よがしに見せつけるのはやめてもらいたい。周りの人たちを巻き込んで、みんなが必要以上に気を使っているのが分からないのだろうか。当事者本人を呼んで話を聞いてみると、最初は自分のことを無視されたとか、からかわれたとかちょっとしたすれ違いが原因となっている。そんな態度とる相手に対して怒りを感じたのである。森田理論で言うと、それは自然現象である。その怒りは行き着くところまで味わいつくせばよいのである。ボタンの賭け違いが起きたのか。それは、不快な感情を味わい尽くす前に、すぐに相手の理不尽極まる態度に対して対抗しようと思ったのである。この相手なら、我慢しなくても、自分の力で相手に勝つことができるかもしれない。いや、絶対に勝てる。不快な感情を相手に倍返しすることによって、自分の怒りの感情を鎮めることができると考えたのだ。それが1番正しい怒りの感情の処理方法だと思っていたのだ。では、実際に楽になったのか。または思惑通りに進んだのか。そうではありませんね。最初に考えていたこととは大きく食い違ってきました。寝ても覚めても相手のやることなすことが気に食わない。今や悩みの大半は、相手との人間関係のことである。これではいけないと思いながらも、それ以外の事は考えらる状態ではない。憂鬱だ。つらい。誰でもいいから何とかしてくれ。上司に自分の想いを聞いてもらうと少しだけは楽になるが、すぐにまた元に戻る。今や解決方法としては、相手が会社を辞めるか、自分が会社を辞めるか、 2つに1つしかないような気がする。会社を辞めるのは簡単だが、その後の生活が心配だ。生きていくのが嫌になってしまった。そのうち家族との関係もちょっとしたことで言い争うようになった。こんな結果を招いたのは、最初に感情の取り扱い方を誤っていたためであると思う。相手どんなに理不尽な態度をとられて怒り心頭なっても、対症療法で、その感情を相手に吐き出すことは短絡的であった。森田理論では、どんなに腹が立っても、まずその感情を味わうということが大切なのである。ちょっとだけ味わうという事では不十分だ。骨の髄まで味わい尽くすことが重要なのだ。相手にその不満を倍返ししてやろうと思ってもよい。極端な話相手を殺してやろうなどと考えてもよい。よく考えると、すぐに軽率な行動をとる人は、怒りの感情を味わうということが不十分な人である。軽率な行動をとることからは将来何も生まれてこない。人間関係は悪化するばかりである。それに対して感情をとことんまで味わいつくす人は、そのときは注射針を打たれた時のようなチクリとした痛みは感じるが、すぐに流れ去って、後々まで悪影響を及ぼすことはないのである。
2017.07.24
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森田先生は「不即不離」について次のように説明されている。神経質者の考え方、あるいは精神修養の誤ったものは、その恐ろしいという心を否定・圧迫し、一方には近づきたいという心に、いたずらに鞭打ち、勇気をつけようとして、無理な努力を工夫し、その結果は、かえって精神の働きが萎縮し、片寄ったものになってしまう。恐ろしくないように思おうするから、いたずらに虚勢を張ってかたくなになり、強いて近づこうとするから、相手の迷惑などにも、少しも気がつかず、図々しくなってしまうのである。これに反して、両方の心が相対立しているときには、相手に接近してもくっつききりに即しない、すなわち不即の状態で、相手の喜ぶときには、近づき、相手の迷惑のときには、ちょっとその場をはずすなどである。また、一方には、恐ろしいために、離れていても、離れきりにはならないで、ちょっと相手の話し声がするとか、暇な時があるとかいうことを、極めて微妙に見つけて、直ちにその近辺に近づいていくというふうに、不離の状態になる。つまり即するでもなく、離れるでもなく、常にその駆け引きが、自由自在で、極めて適切な働きができるのである。「親しんで狎れず、敬して遠ざからず」というふうになるのである。 (森田全集第5巻 243ページより引用)私が以前勤めていた会社にはとても気難しい部長がいた。前日自分の贔屓のプロ野球のチームが負けただけでイライラして、その気持ちを周りの人に吐き出していた。その状況をわきまえないで、その部長に近づいて仕事の進行状況や問題点の相談などに行くと、いつも怒りが爆発していた。私はその部長の直属の部下としてサポートしていた。機嫌が悪い時は、なるべく近づかないようにしていた。他の営業所の所長からは、部長に電話をする前に、まず私宛に電話がかかってきて、今の部長の精神状態は安定しているかどうか確認してから、改めて部長に電話をするという方法をとっていた。これは状況をよく観察して、状況に合わせて行動を選択するということだと思う。森田先生は、 犬を連れて散歩に行くと、犬は主人のそばばかりにくっついて歩くのは、退屈でたまらないから、何かを見つけてはサッサと駆け出していく。見失いはしないかと心配していると、また、どこからともなく帰ってきて、主人の足元へ絡みついてくる。これが犬の自然な心で、いわゆる「不即不離」の状態である。すなわち、犬は退屈のために主人を離れるが、そうかといって、絶えず主人を見失いはしないかということが気にかかるから、決して離れてしまう事はない。それでは、どうすれば「不即不離」が体得できるのか。欲望と不安のバランスをとる事を心がけて生活すればよいのである。欲望の充足のために努力するのはいい。ただし欲望の追求が無制限に放置されてはならない。もともと欲望が強いときには、必ずその反対に不安がつきものである。要するに欲望の追求だけに偏ってもいけないし、不安との格闘だけに偏ってもいけない。不安と欲望を目の前の状況をよく見て、状況に合わせてバランスを取るということが大切なのである。神経症を発症するというのは、欲望と不安のバランスが崩れているから起こることである。神経症で苦しい時は、生の欲望の発揮は蚊帳の外になり、注意や意識を不安を取り去ることばかりに集中している。神経症から解放されようと思うなら、まずは不安と欲望のバランスを回復させることである。「不即不離」を人間関係に応用していくと、幅広い人間関係を構築していくことになる。神経症の人は対人関係が苦手で、親友と言われるような友人は2 、 3人いればそれで充分だというふうに考える人もいる。その考え方はコップ一杯に水が満たされた人間関係が2、3個しかないということである。そうなると、その友人と対立したときはどうなるのか。あるいはその友人が理不尽な態度をとるようになった時はどうなるのか。考えてみれば恐ろしいことである。自分がよりどころとしていた人間関係が崩れやすいということである。その先に待っているのは孤立である。「不即不離」を中心とした人間関係は、コップに少しだけ水が満たされた人間関係をたくさん構築することだ。そして、その時その場に応じて付き合う人変えていくことだ。必ずしも親密な付き合いをする必要はない。無理のない範囲で、付き合ったり離れたりするような人間関係を築きあげることだ。仕事仲間、家族関係、親族関係、同級生、OB会、趣味の会、自治会、集談会の仲間など幅広く薄い人間関係をたくさん作っておくことである。つながりがあれば、あとは必要に応じて引っ付いたり離れたりする。憑かず離れずの「不即不離」の人間関係を築きやすい。年賀状1枚を出すだけの人間関係も立派な人間関係だ。そんな関係の人を、仮に300人作ったとすると、人間関係で問題を抱えたり、孤立してしまうということは考えにくい。
2017.07.23
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島田紳助さんのある番組にお父さんがオカマであるという家族が登場した。そのお父さんには6人の子供がいた。島田紳助さんはその家族の日常を撮影したVTRを見て、次のように言った。「子供たちに感動した。ちょっと小汚いオヤジをもつ子どもたちは、普通はお父さんを友達に見せないんですよ。そんな家が多いのに、こんな爆弾みたいなオヤジを抱えた子どもたちが、親父と一緒にテレビに出る。しかもお父さんのことが大好きだという。(一家の長男に向かって)長男、普通の家庭なら、家に友達を呼ばない。キミはそれができるやろ。(うなずく長男に)それが偉いのだ。俺は君の立場だったら、友達には父親はもう死んでいないという。友達に、 「変なお父さんだね」と言われて、 「すごいお父さんだろ」と言えるの君が素晴らしい」(島田紳助の話し方はなぜ9割の人を動かすのか 久留間寛吉 あっぷる出版社参照)確かに自分の身になって考えても、もし自分のお父さんがオカマだったら恥ずかしくて、友達に見せることができないだろう。学校ではお父さんのことを必死になって隠して、お父さんがこの世に存在しないものとして対応するのではないか。それどころか家では家族みんなが寄ってたかってお父さんのことを非難したり無視するだろう。そして家族がバラバラになる。崩壊するかもしれない。この話は対人恐怖症で悩んできた私にとっても、とても考えさせられる話であった。私はかって、自分の弱みや欠点、ミスや失敗をすると、決して他人は見逃してはくれないと思っていた。それらは他人に知れ渡ると、みんなからのけ者扱いされて、 1人で寂しく生きていかなければならなくなる。所詮孤立して仙人のような生活をすることはできないわけだから、自分の弱みや欠点、ミスや失敗はあっても構わないが、人に見つからないように出来る限り隠さなければならないと考えていた。注意や意識の方向が常に他人の視線を意識して、自己内省するようになった。自分のやりたいことや夢や目標に向かって努力することがなくなり、必死になって防御することばかり考えるようになった。そうしていると気分がうつ的になり、生きることそのものが苦痛になってきた。しかも防御すればするほど、自分の思いとは反対に、自分の弱みや欠点、境遇や能力、ミスや失敗は相手に筒抜けになっていることがわかってきた。踏んだり蹴ったりの悪循環を繰り返していた。それは夜中に部屋の中で電気をつけると、部屋内から外のことはよくわからないが、薄手のカーテンだと窓の外からは部屋内のことが、手に取るように分かるようなものであると思う。学校で答案用紙を返されたとき、自分の得点が平均点以下であったとき、私はいつもすぐにカバンの中に入れて隠していた。友人に頭の悪い奴だとか能力のない奴だとかに見られないための精一杯の抵抗だったのである。人が見せてくれと言っても、なんだかんだと理由をつけて、決して見せる事はなかった。ところが反対に、悪い点を取れば取るほど、その答案用紙を周囲に見せる友達がいた。私には彼の行動の意味が全くわからなかった。自分を守ることをしなかったら、みんなからバカにされたり、時には仲間外れにされるのに、どうして自分の首を絞めるようなことをするのだろうと思っていた。ところが、実際では弱点や欠点、ミスや失敗を隠さずにすぐ公にする彼のほうにこそたくさんの友人がいた。隠し事がないと、相手が身構えることがなく、安心してざっくばらんに付き合えるのだ。その彼は、学歴はなかったが、定年前まで多くの部下を抱える大会社の部長をしていたという。中学の同窓会で聞いた。ガキ大将でいつも友達を何人も従えていた彼だった。片や、都合の悪い事を隠し通そうと懸命の努力をしていた私には、ほとんど友達ができなかった。そして会社勤めでは、中間管理職にまでにはなったが、部下の育成や教育はほとんど見るべき成果をあげることはできなかった。今になって思えば、小学生の頃からボタンの賭け違いをしていたツケが、その後大きな開きとなって現れたのである。森田理論では、事実を隠したり捻じ曲げたりすることを嫌う。どんなに自分にとって不都合な事実であっても、事実を事実のままに認めなければならない。そして事実に素直に服従しなければならない。その瞬間は注射針を打たれたような痛みはあるが、長い目で見れば、そうした生き方が1番安楽な生き方であるということを教えてくれている。私たちは事実を隠したり捻じ曲げたりしたくなった時に、そのようなことをすれば、自分の思いとは反対の方向に事態が進行してしまうということを肝に命じておくべきだと思う。
2017.07.22
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以前、タレントとして活躍されていた島田紳助さんが報道番組「サンデー・プロジェクト」のキャスターをされていたことがあった。田原総一朗氏を始めそうそうたる論客が出演されていた。その時期に話題となっている政治や経済の問題を掘り下げて議論する番組であった。お笑い出身の島田さんは果たしてうまく乗り切れるものだろうかと思っていた。島田さんも引き受ける事は決めたものの、日増しに「自分に出来るだろうか」という不安ばかりが募っていったという。最初の1年間は、毎週土曜日の晩にあすこそは辞めると言おうと思っていたそうだ。うまく進行できないということが、自分にとってすごく辛かったという。政治や経済の問題について、野球で言えば、打ったこともないような内角の球が来るわけですよ。こんな内角の球は、どう打ったらいいのか皆目見当もつかないというような球が。半ば逃げ腰ではあったが、それは心の1部の問題で、実際の島田さんは、放送に合わせて時間をかけて取り上げるテーマについて予習を欠かさなかった。ビジネスにおける情報収集や下準備のように、番組と真摯に向き合っていった。番組を降板する頃には、国会議員の立候補者として名前が取りざたされるまでになったと言われる。島田さん曰く自分には無理だからと言って、それを正当化して最初から何もしないということが1番よくない。出来なかったら出来ないなりに、精一杯自分ができる範囲内のことするのが大切なのではないか。サンデー・プロジェクトのスタート直後の島田さんは、未知の領域であり、全く何も出来ないような状態であった。それでも引き受けると言ったからには、少しでもやるべき事、自分の出来る範囲内で精一杯やっていく。「よくわからない」などの屁理屈をこねて逃げ回るようではダメだと島田さんは身を持って力説しておられる。(島田紳助の話し方はなぜ9割の人を動かすのか 久留間寛吉 アップル出版社参照)これと同じような話は森田先生にもある。突然に富士川博士から、東洋大学の「教育病理学」の講義の口を授けられた時は、思いがけないことであり、僕はとくにその方面の研究をしたものではないから、ずいぶん見当のつかない恐ろしいことであった。けれども、僕の平常のことを知っている人に見込まれたことなら、なんとかならない事はなかろうという要領で、さっそくこれを引き受けたのである。その時は本当に恥以上であって、恥ずかしい恐ろしいになりきって、一生懸命に下調べをして勉強するほかに道はない。それで恥を突破して次第に向上するのである。(森田全集第5巻729ページより引用)この2つのエピソードから学ぶ事は何か。人から依頼されたこと引き受けようか、あるいは断ろうか迷う事はよくある。依頼されるということは、その人に任せればなんとかなるのではないか、と思って依頼されているのである。依頼する人の人物を見て、この人なら途中で投げ出さないで成し遂げるだろうと判断して依頼しているのである。片や依頼された自分にとっては、うまく責任を全う出来るだろうかと不安になるのは当然である。ましてや、全く今まで経験したことがない事はネガティブな思考に陥りやすい。そのような状態で引き受ける事はうまくいかないのは目に見えている。無責任な態度であるという人もいるだろう。特に神経質性格の人はそのような考え方に向きやすい。森田先生は、このように迷う場合は有無を言わずに、引き受けなさいと言われている。そういうチャンスはいつもいつもめぐってくるとは限らない。せっかくのチャンスをみすみす逃していると、そのチャンスは他の人に与えられる。あとで引き受けっておけばよかったと思っても、後の祭りである。そしていったん引き受けたからには、その責任を果たすべく、精一杯の努力をすればよい。一生懸命努力をしたにもかかわらず、結果が思わしくないときはそのときに考えたらよいことだ。とにかく、人から依頼された事はよっぽどのことがない限り引き受けた方がよい。気が進まないとか、自信がないとかいうのは屁理屈だ。森田先生も1時間の講義をするのに、 8時間の時間を使って準備をしておられたという。神経質性格の人は、チャンスはいろいろ目の前に与えられるが、悲観的、否定的な取り越し苦労を繰り返した挙句、最終的には辞退するということが多い。そうなると、後から振り返ってみた場合、辞退してよかったということは当然あるだろう。でも、数は少ないのではないか。もしあの時引き受けていたら、今の私の人生は大きく花開いていたかもしれないと後悔することが多いのではないだろうか。以前の生活の発見誌に、「自信というものは、行動していくことで少しずつ積み上がっていくものです」とある。よく、 「私は自信がないからやりません」という人がいますが、何の経験もなく自信があるというのは、自信ではありません。少しずつ行動や実践することで、自分にもやれることが積み重なり、そして「できる」と言えるようになった状態が本当の自信です。そういう経験もなしに、最初から「私はできます」と言う人がいるとすれば、それは「自信」ではなく「過信」しているに過ぎないのです。
2017.07.21
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今日は「日々是好日 」について考えてみたい。一般的には、毎日苦労や煩わしいことがなく、心穏やかに生活できている状態のことを指すのだろうか。その上、安定した仕事で給料がたくさんもらえる。欲しいものは何でも手に入り、美味しいものはいつでも食べられる。美人の奥さんやイケメンの主人と結婚し、子供たちが素直ですくすくと育っている。周りの人間関係が良好で、いつも温かい交流が続いている。自分は何もしないで、思いつく限りの贅沢ができるような生活を享受している。そんな生活をしている人がいる。高額な宝くじに当たった人である。あるいは、多額な親の遺産を相続した人である。あるいは、多額な生命保険や損害保険が手に入った人である。あるいは、潤沢な年金暮らしができる人である。お金が十分にある人が、「日々是好日」の生活を満喫するためのひとつの条件になるのか。これに対して、森田先生曰く。金があろうが、なかろうが、位が高かろうが、毎日毎日を明るく朗らかに、好い好いと暮らし得る人、それが本当の幸福児であります。そこにあるのは希望である。生きている以上は必ず希望はある。すなわち「日々是好日」とは、煎じ詰めれば「希望」ということに帰着する。つまり、あれもしたい、これもしたい、と言うことがすなわち好日なのである。この〇〇したい、すなわち希望は、人が息を引き取る刹那まであるところの事実である。あらんかぎりの力で生き抜こうとする希望、その希望のひらめきこそ、 「日々是好日」なのである。こういう人は目の前に解決しなければならない問題点や課題を持っている人である。あるいは夢や目標を持って努力している人である。森田で言えば生の欲望の発揮に邁進している人である。そのような生き方をした人は、人生を終わる時に当たって、あっという間の人生であった。いろいろ苦しいこともあったけれども、今となっては、充実した楽しい生活であったと思えるのではないだろうか。「日々是好日」と言うのはお金がたくさんあって、精神的な悩みが全くなく、やりたいことが全て出来て、欲しいものが何でも手に入り、食べたいものが何でも食べられるような事ではないようだ。亡くなった私の母親がよく言っていた。昔はお金がなかった。生きていくのがやっとという状態だった。今は、遺族厚生年金もはいる。お金に不自由することは全くなくなった。生活のすべてにわたってお金さえ出せば、ほとんど賄えるようになった。掃除、洗濯、後片付け、食事なども人任せで生きていけるようになった。田んぼも小作に出して、煩わしい農作業がなくなり、その上有り余る小作料も手にすることができる。後は、思う存分やりたいことをして、美味しいものを腹いっぱい食べられる時代になった。日本中の有名な観光地にもほとんど行った。カラオケ教室にも通った。趣味や手芸の教室にも行った。昔では思いもしなかった贅沢な料理を毎日口にすることができるようになった。これ以上のことを望めばバチが当たるような生活をしている。でも、何も思い煩うことがないように見えるかもしれないが、何かむなしい。今日は一日何をして暇をつぶそうかと考えるようになった。しいてやらなければならないことがない。生きているという実感がない。砂を噛んで生きているような味気ない人生を送っているような気がする。もう何時お迎えが来てもいいような投げなりな気持ちになることがある。昔生活が苦しかった時は、生きていくために懸命に日常茶飯事に取り組んでいたのだ。それはつらいことではあったが、絶えず生きる目標を持つことができていたのだ。今は、お金があるためにそんなことに目くじらを立てて真剣にならなくても生きていける。人間は余裕ができると手抜きをするようになる。自分自身ができることでも、お金を払って専門業者に依頼するようになる。また掃除機、洗濯機、炊飯器、水洗トイレ、テレビ、ゲーム機などの便利な道具ができて手間暇をかける必要がなくなり、余暇時間を娯楽に費やすようになった。自分のできることや本来自分のやるべき日常茶飯事の手を抜くということは、人間の生き方を放棄して動物のようにただ命をつなぐだけの生き方に甘んじていくということである。それは本来の人間性に背く生き方であり、生きることに葛藤や苦悩を招くことになる。
2017.07.20
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引き続いて感情の法則の活かし方を考えてみたい。3番目に、 「感情は同一の感覚に慣れるに従って、にぶくなり不感となるものである」とある。これは、多くの人が経験されていることだと思う。例えば、部屋の中が少し散らかっているなと感じるとする。しかし、掃除をしないでそのままにしておくと、その汚い部屋にいても平気になってしまう。梅雨の時期、布団が少し湿っぽくなる。そう思いながらも、そのままにしておくと、次第に不感となってしまう。他人から見ると、異常な状態なのに、今や本人は感覚が鈍くなり、不感となっているのである。最初は素晴らしい感じがあったにもかかわらず、実に残念な結果となっている。森田理論では、直感、最初に感じた感情を大切にしなさい、と言われている。いわゆる「純な心」である。最初に感じた感情は初一念と言われている。これを簡単に見逃していると、引き続いて観念や理屈の入った初二念というものが出てくる。これは多分に「かくあるべし」が入っている。 「かくあるべし」的な考え方は、自分や他人を否定することになりやすい。森田理論を学習すると、時間が経っても、直感、最初に感じた感情を思い出すようになる。どんな人でも初一念の後に、初二念が出てくるのですが、この際初二念は無視して、初一念にフォーカスするのである。こうなれば観念上の理想と理想とかけ離れた現実が葛藤を起こし苦しむということがなくなります。しかし、この初一念は、ともすると見逃しやすいという特徴があります。この初一念をどうすればキャッチすることができるか。この部分は森田理論を生活の中で活かしていくために、とても大事なところです。ここで感情の法則の3番目はにわかに注目されます。どんなに素晴らしいアイデアを思いついたとしても、感情はその時の状況によって、どんどん変化していきます。つまり忘却の彼方忘れさられてしまうという特徴があります。ここで大切な事は、素晴らしいアイディア、素晴らしい気づきや発見をしたときは、それだけでとどまるまることなく、目標や課題の達成に向けて行動、実践するということです。この事で肝に銘じておきたい言葉があります。いったん発生した不安や怒りの感情は、取り消すことはできません。しかし、新たな実践や行動を始めることで、新しい感情を作り出すことができるということです。いったん発生した不安や怒りの感情は、やりくりしたり逃げたりしないで、とことんまで味わいつくすということが大切です。そして次に、目の前に立ちはだかっているなすべきことに、イヤイヤ仕方なしにでも取り組んでいく。そのうち、少しでも関心や興味が出てくると必ず新しい感情が養成されてきます。新しい感情が出てくると、相対的に以前にとらわれていた不安や怒りの感情の占める割合は少なくなってくるのです。森田理論には、 「休息は仕事の中止ではなく、仕事の転換にあり」という言葉があります。これは昼間は四六時中休みなく動き回れという事ではありません。同じ仕事を続けていると、体も頭も緊張状態がなくなり弛緩状態に移行してきます。そういう時は、新たな仕事に転換をすると、体も頭もリフレッシュされて、再び、精神の緊張状態を作り出すことができる。この言葉は、マンネリに陥って、やる気も起こらなくなり、頭の回転が悪くなったとき、ぜひ生活の中に取り入れていただきたいと思います。マンネリに陥ったり、何もやる気が起こらたくなったりしている状態は、黄色信号が点滅しているのです。
2017.07.19
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森田理論の中に「感情の法則」というのがある。みなさんは「感情の法則」を生活の中で、どのように活用しておられますでしょうか。森田先生は、 5項目ほどあげておられる。それら全てを完璧に理解するよりも、 1つでも実生活の中で活用することの方が大切だと思われる。私の活用を挙げてみたい。感情の法則1、感情は山形の曲線をなし、 ひと昇りひと降りして、ついに消失するものである。この法則を初めて聞いたときは大変驚いた。それまでは、例えば相手に理不尽なことを言われて腹が立ったときは、一気に怒りが頂点に達し、その怒りはよもや、時間の経過とともに収まっていくということは考えもしなかった。むしろ収拾がつかなくなりどんどん増悪していくと思っていたのである。憤懣やるかたない怒りが頂点に達した時、それを鎮めるために相手に喧嘩を売ってスッキリする必要があると思っていた。あるいは相手が強すぎて太刀打ちできない場合は、すぐに逃げ出していた。しかし、耐えたり我慢していてもストレスが溜まるばかりで一向に楽にはならない。この法則は、このような状況に遭遇した場合、山形の曲線の頂上部分で行動を起こす事は得策ではないと気づいた。頂上部分では普通はパニックでイライラして、そこで行動を起こす事は支離滅裂な言動になりやすい。他人から見ると、 「どうしてあの人はあのように取り乱すのだろう」 「あの人は感情のコントロールが全く出来ない人だ」 「あの人は人間的に未熟な人なのだ。距離を置いて付き合わないと将来大変なことになるかもしれない」などと思われてしまう。森田先生は、 「腹がたったからといって、それをすぐに解放させるような言動は、その後の人間関係がどのように破壊されるか、普通の人なら容易に想像ができる」と言われている。この法則は、感情の高ぶりが山の頂上にあるときは、決してすぐに行動として表面化させてはならないという事である。感情の波は昇りきれば必ず下り坂に向かう。これを生活に応用するにはどうすればよいのか。波が昇りきった所をやり過ごし、波が沈み込んだところ狙って行動を起こせばよいのである。そうすればやぶれかぶれで簡単に人間関係を破壊するような言動にはならないはずだ。パニックになって少しでもすぐに楽になりたいと思っても、しばらく時間を置いてみることが大切だ。せめて5分、10分程度の時間をあけてみる。案件によっては、 1日とか2日時間をとることが必要な場合もある。その間に、その怒りの感情がどういう変化を見せるか、客観的な立場から観察してみることができるようになれば、この法則を自分のものにできたということである。感情は、その時々の状況に応じてたえず変化しているのだ。森田先生の生まれ故郷である高知県では、腹立たしいことが3日も続くということは、腹を立てた人に理があるということであると言われている。そういう場合は、泣き寝入りをする必要はない。多少冷静になってきているので、相手の無理難題を客観的によく整理して再び論争をふっかけてもよいと言われている。なんでもかんでも、相手に頭を下げていると、普段の生活や仕事の中で自由自在こき使われるようになる。それでは人間関係が支配・被支配の関係になり、支配されるほうの人は、ストレスが次から次えとたまってしまう。これは精神面では不健康なやり方である。森田理論は理論として学習するだけでは不十分である。それよりも、その理論をいかにすれば自分の生活の中に根付かせていくことができるのかを考える方が意味があると思う。そうしなければ森田理論が絵に描いた餅になってしまう。
2017.07.18
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山陰地方を回ってきました。大山(だいせん)は境港方面から撮っています。中国地方最高峰です。ボタンは島根県中海に浮かぶ大根島で撮りました。大根島の由志園では4月から5月上旬に3万本のボタンが咲き乱れます。大根島はボタンと雲州人参の里です。この日は足立美術館にも行きました。ここでは横山大観の作品もさることながら、陶芸家河井寛次郎の言葉と川上四郎の昔の田舎の原風景を描いた絵に感銘しました。
2017.07.17
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資格試験などを受けていると一定の時間を過ぎると、できた人は答案用紙を伏せて退席しても結構ですといわれる。すると早速退席する人がいる。その時自分が半分もできていないと焦ることがある。もうあの人はできたのか、自分はまだまだまだだ。どうしよう。焦りまくって問題に集中できなくなることもある。でもこの場合、彼には難しすぎてやる気がしなくなったんだなという受け取り方もある。このように受け止めれば、かえって落ち着いて、集中できることもある。でも実際の事実はどうなのかは彼に聞いてみないと分からない。自分勝手に推論して、判断を下すというような問題ではない。それなのにあえて結果を類推するということは、闇夜に鉄砲を放つようなものである。めったに目的物に当たることはないだろう。仮に当たればまぐれだ。それでも我々はこういう先入観による決めつけをよくする。警察で誤認逮捕ということがある。わずかな証拠を基にして捜査を行っていると、無実の人を犯人に間違いないと思い込んでしまうのです。少し前にはインターネットのサーバー攻撃の誤認逮捕があった。普通の刑事さんは早期に犯人を挙げて事件を解決したいものです。だから最初から黒だときめつけて捜査をするし、事情聴取をする場合は自白を得るために、あれやこれの手を使う。このように明らかに推測の域をでないにもかかわらず、決めつけで対応する場合があるのです。でも先入観によるきめつけや断定は、弾みがついてきて、ますますその決めつけや断定を強化していく。後からその人が犯人でないということが分かると、取り返しのつかない、大変な不祥事という結果になる。人間にはそうした決めつけという行動をとりがちだ。神経質者の場合は、このきめつけという行為が多い。事実を無視して、決めつけでもって行動の選択や方向性を作り上げていくのである。それは往々にして、自ら間違った分析をして、それを元にして一人相撲をとっているのである。ある刑事さんは「白の捜査」をするという。「この人は本当はホシではないのではないか」という前提で捜査をしていくのです。本人が自白しても、にわかに信じないで事実だけを積み重ねていく。本当のホシなら最終的に白にはならない。そうなって初めて逮捕する。ホシではないという可能性を一つずつつぶしていくのが捜査だというのです。そうすると先入観や思い込み決めつけに引きずられることなく事実と向かい合うことになる。神経症の悩みは事実を誤認して、その結果、苦悩や葛藤を抱えていることが多いものです。神経質者も決めつけかなと思った場合は、一旦それを保留にして、事実の裏付けをとるようにすることが必要です。そのためには、いかに自分は事実を無視して、決めつけや先入観で物を見る傾向が強いということを自覚することが必要です。時間をおいて改めて考えてみる。第3者の意見を素直な気持ちになって聞いてみる。などの態度が欠かせません。
2017.07.17
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暑さの苦痛の回避につき、洞山禅師の有名な問答がある。ある時、ある僧が洞山禅師に、寒暑の時に、どうすればこれを逃れることができるか」と問うたところが、師曰く、 「無寒暑のところへ行けばよい」 、僧 「いかなるか是れ無寒暑のところ」 、師 「寒のときは自分を寒殺し熱のときは、自分を熱殺せよ」といった問答である。寒殺、熱殺とは寒さになりきる、暑さになりきると言う事である。冬は寒く夏は暑い。動かすことのできない、やりくりのつかない事実である。その事実に、あるがままに服従・忍受して、暑さを感じないように気を張るとか、ことさらほかのことを考えて気を紛らわせるとかはからわないことをいうのである。このときには自分は既に暑さのうちにあり、暑さのままにあるから、あたかも山に入れば山は見えず、水の中におればかえって寒さを感じないように、自分自身に暑さを感じないようになる。それは自己観察、自己批判がなくなるからである。これに反して、もし暑さの時、自分の気持ちのみ注意して、汗が出るとか、体がだるいとか、気分がムカムカするとかいうふうにこまごまと気をつけるならば、自己批判のために苦しくて仕方がない。これでは身体が耐えられないかもしれない。神経衰弱になるかもしれないなどと考えるようになり、したがってこれから逃れよう、あるいはこれに勝とうとして苦痛と回避との間に心の葛藤が起こり、仕事や周囲の事は少しも気が向かず、いたずらに苦悩を増すばかりになるのである。だが、夏の暑さの苦痛は当然の苦痛としてそのままに苦痛を忍受していれば、心は単一にそのままであるから、心の葛藤はなくなり、したがって、心はおのずから周囲の事情に反応し、適用するようになり、自分の仕事や遊びことの欲望に刺激されて、自らその方に調子に乗って行くようになって、ますます暑さも疲労も自覚しないようになるのである。ものそのものになりきるとは、不安や恐怖などに対して、対立的な態度を取らないということである。あるがままに受け入れるということである。しかし、ここで、あるがままに受け入れれば、不安や恐怖は無くなるのなら、そうしようという態度ではまずいのである。そういう手段をとるということは、そうすることによって、自分の不安や恐怖を回避したいという気持ちが心の奥底にあるので、かえって不安や恐怖は強くなっていく。だから不安や恐怖でパニックになったときは、一時的にその事にとらわれる必要があるのだ。対人恐怖の人で言えば、他人から非難されたり、無視されたり、からかわれたしたときはイライラむしゃくしゃする。その憤懣やるかたない気持ちをいったんは行き着くところまで行かせることが必要なのだ。極端な話だが、相手を殺してやりたいほど憎んでもよい。その気持ちが高ぶれば高ぶるほどよいのだ。この態度は台風が来た時の柳の木の対応である。台風が来たとき柳の木は枝を振り乱して錯乱状態にある。それが苦しさになりきっている姿である。ところが台風一過、次の日、何事もなかったように枝を垂れている。これに対して大きな松の大木は、台風の風をまともに受けながら、台風と死闘を繰り返しているように見える。しかし、大きな台風に対しては、力尽きて倒木してしまうことがある。台風一過、次の日に無残な姿をさらしている。ここで大切な事は、不安や恐怖などに対して、最初から耐えたり我慢するやりかたは、不安や恐怖をやりくりしたり逃避したりする方法となんら変わりのない結果をもたらすということである。自然現象である不安や恐怖などについては、行き着くところまで行かせて、よく味わってみることが重要なのである。味わい尽くすことで、その不安や恐怖から速やかに離れることができる。大事なところなので、もう一度繰り返す。不快な感情はすぐに安易に抑圧してはならない。自然の流れに任せて行き着くところまで、行き着かせることで、速やかに不快感は過ぎ去っていくようになっているのだ。高まってきた不安や恐怖に耐え切れなくなって、周囲の人にグチをこぼしたり、喧嘩をふっかけたりすることがある。これは不快な感情に対してすぐにでも取り除こうとしているのである。このような行動をとると、不安や恐怖から解放されるのではなく、不安や恐怖を増悪させてしまうことだけは肝に銘じておく必要がある。このことを体得すれば、人間関係はかなり改善できる。
2017.07.16
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達磨大師の仏性論に次のような文章があるという。「至人は、その前を謀らず、その後ろを慮(おもんばか)らず、念念道に帰す」今日はここで言われている、「念念道に帰す」ということについて考えてみたい。森田先生の説明によると、以前にしでかしたミスや失敗などにいつまでも拘泥しない。また、これから先のことについても悲観的になっていつまでも思い悩む事をしない。その時々の現在に対して、「現在になりきり」全力を尽くしていくことが「念念道に帰す」と言う事だと言われている。過去や未来のことにいたずらに多くの時間を費やすのではなく、そのエネルギーの大半を今現在にフォーカスさせていくということである。神経症で苦しんでいる人は、これが反対になっている。つまり、過去のことを後悔したり、未来のことに取り越し苦労ばかりしている。そして日常生活や目の前のやるべき仕事がおろそかになっている。本末転倒というのはこのことである。「念念道に帰す」とは、僕は高い診察料を取る患者の診察をしても、ゴミやわらなどまでも捨てずに整理して、風呂焚きをする時も、この無報酬の原稿を書いても、常に最善・全力を尽くしてやっている。仕事も遊びごとも、僕には同じ熱心さである。特に自分ながら、おかしいのは、将棋を指すときに、負けたら悔しがり勝ったら喜ぶ。 4 、 5番もやって後には、幾番やって、何度勝ったかとかいうことは、少しも覚えていられないことである。ただ、「現在になる」ばかりである。勝ちの誇りも、負けの恨みも、少しもその後に残らないのである。「現在になる」ということを、車に酔うということに応用すると次のようになる。車に酔うと気分が悪い。ムカムカして今にも吐きそうになる。この時、決して心を他に紛らせないで、一心不乱に、その方ばかりを見つめていることが大切だ。息をつめて、吐かないように耐えている。吐けば楽になるとか考えて、決して気を許してはなりません。断然耐えなければならない。この時、ちょっと思いちがいしやすい事は、自分の苦痛を見つめていると、ますます苦しくなるような気がして、ついつい気を紛らせて、他のことを考えたりしようとすることである。早く行き着いて寝ようとか、ここまで来たから、もう十分だとか、都合の良い楽なことを考えようとするからいけない。こんなとき、後2 、3分というところで、安心し、気が緩んで急に吐き出すようなこともある。過去や将来のことについて思い悩むのが我々人間の特徴である。それは人間が動物と違って言葉を使うからである。言葉を使って抽象的、論理的にに推論できる能力を持っているからである。ミスや失敗をすると後悔や懺悔をする。あるいは将来を取越し苦労して、予期不安で手も足も出なくなる。これらに思い悩むことをなくすることはできない。これこそが人間の人間たるゆえんである。後悔や取越し苦労は、将来のリスクを軽減できる面もあるので、役に立つ面は役に立てる必要がある。しかし、神経質な人はその程度が度が過ぎているという面がある。ここが問題なのである。度が過ぎていると、行動が停滞して、生活がしりすぼみになってくる。いかにもバランスが悪い状態になっている。その場合、バランスを回復させるためには、この際、後悔や取越し苦労には時間切れを宣言して「現在になりきる」方面に100%のエネルギーを注ぎこむことで、やっとバランスがとれてくるようになる。私たちは誰でも、何かに無我夢中で取り組んでいるとき、時間が早く経過しているのを後から気づくことがある。この状態はまさに「現在になりきっていた」状態である。そのためには、森田では日常茶飯事に丁寧に取り組むことを勧めている。今まで機械的に取り組んでいたのならば、少しだけ丁寧に取り組んでみる。あるいはもっと効率的になるように少しだけ工夫・改善をしてみる。新しい気づきや発見が見つかるようになれば、もう「現在になりきる」状態になっている。今やっている日常茶飯事に今一歩のめりこんでみるだけで十分に目的は達成できるはずだ。
2017.07.15
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森田先生曰く。不眠でも、赤面恐怖でも、なんでも、これを治そうと思う間は、どうしても治らぬ。治すことを断念し、治すことを忘れたら治る。神経症で苦しんでいる人は、何とかして神経症を克服したいと思っている。森田先生の言われている「治すことを断念すると治る」の真意は何か。神経症で苦しんでいる人が、不眠なり、強迫観念なりを治したい。苦しいことが楽になりたい。それは当然のことである。しかしこれは病気ではないから治すべきはずのものでないという事を知れば、これを度外視して、普通の人のように働く。そのうちに、仕事に心を奪われて、治そうとすることを忘れる。そうして治るのである。森田先生の所の入院療法は、ただ「外形・外相」を重視する。心の内には、 「自分は病身である。劣等で意志薄弱である」とか、どのように思っていてもよい。心の内には、苦しみながら、びくびくしながら、いやいやながら、どうかこうか、人並みの仕事をやっていさえすればよい。ジェイムズは、 「悲しいためにに泣くのではない。泣くから悲しいのである」といったが、泣くのが外証で、悲しいのが心の内の内証であると思う。外証の変化に対応して、内証はいかようにも変化する。これに関連して私の体験を書いてみたい。私は30年前に生活の発見会の集談会に参加し始めた。 6ヶ月ほど経過した時、幹事の人から図書係を引き受けることを勧められた。あまり乗り気ではなかったが、是非にと言われて引き受けた。図書係は集談会で販売する本を一手に保管・管理して集談会当日、机の上に並べてみんなに説明・販促する仕事だった。参加者に説明するためには、書かれている内容について、あらかじめ知っておくことが役にたつ。そのために、私が保管・管理している本については全てタダで読ませてもらった。次に、それぞれの本について特徴をまとめた。そして集談会の参加者を念頭に置き、あの人にはこの本を進めたらよいのではないかと考えるようになった。そのためか、私が図書係をやっていたときは本がよく売れた。そして次にはどんな本を取り揃えておけばよいのかを考えるようになった。そのために他の森田関係の図書もいろいろと読むようになった。その中で森田正馬全集、形外先生言行録、森田正馬評伝などに出会ったのである。そのうち図書を販売するよりも、参加者はそれぞれにいろいろな森田関係の本を読んでいることに気がついた。そこで集談会の中で、 「私に影響を与えた森田関係の本」の情報交換を行うことを提案した。その次に、そういった本を集談会に持ってきて、お互いに貸したり借りたりすることを思いついた。そうした本にはマーカーや鉛筆で印が付いていたり、書き込みがなされていた。大切なところは、読む前から、あらかじめ分かっているのでとても役に立った。生活の発見会の元役員の人が、次のような話をされていた。 「神経症の症状はキツイ時に、世話役を引き受けて、なんとかみんなに喜んでもらうような運営を心がけているうちに、自分の症状を治すことが後回しになってきた。でも、後で振り返ってみると、世話役を一生懸命にこなしているときは症状の辛さは忘れていたんですね。そういうことを感じてからは、今現在神経症で悩んでいる人たちに、集談会の中で、世話役を引き受けて一生懸命取り組んでいると神経症は楽になりますよと教えてあげられるようになった」神経症の症状で苦しんでいる人は、症状そのものをいかにして治すかというように正攻法で攻めるよりも、症状そのものはいったん棚上げにして、目の前のなすべき課題に対して、今までよりも今1歩、 「現在になりきる」という実践に取り組むことで、視界が急に開けてくることがある。森田療法は「不問療法」であると言われる人がいる。この不問というのは、症状そのものを治したいということに対しては問題や課題としてとり上げない。つまり、症状不問ということである。それよりも目の前の課題に取り組ませるのだ。その態度を貫くことが、森田先生の言われる、「治すことを断念し、治すことを忘れたら治る」という意味だと思う。
2017.07.14
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森田先生は「人生観が変わったから病気が治った」と言われている。逆に言えば、神経症は「人生観を変わっていかないと治らない」ということでもある。今日はこのことの意味を考えてみたい。その前に、現在神経症の治療はどうなっているのか。主流は薬物療法である。不安が強い人やうつ病の人に対しては効果がある。精神療法と並行して補助的に薬物療法を利用すればよい場合がある。しかし、今の精神医療の現場では薬物療法に大いに偏っている。薬漬けになるのは論外だ。薬は不安などを軽減させることはできるが完治させることができない。薬は対症療法であり、神経症の元になっている人間や人生に対する考え方の誤りを正してくれるものではない。つまり、薬に頼っていてもすぐに再発しやすい状況を招く。さらに生きづらさは解消されることがなく一生涯継続する。薬物は足を折ったときに使う松葉杖のような役割を持っているだけだ。次に神経症のための精神療法は、現在30種類以上があると言われている。その中でも今現在1番取り組まれているのは、認知行動療法である。それは保険適用になっているからだ。認知の誤りの修正と暴露療法により、最終的に不安をなくするというやり方である。森田療法と大きく違うところは、不安や恐怖に対する考え方である。修正認知行動療法では最近では森田療法の考え方を取り入れて変化している。ただ、アバウトに言えば、認知行動療法は、不安や恐怖は取り除くべきものであるという考え方に立っている。森田療法では、不安や恐怖はなくすることはできない。欲望があるから、それに付随して、不安や恐怖が発生するのだ。不安や恐怖をなくすることにエネルギーを使っていると、神経症かどんどん増悪してくる。不安や恐怖を排除してはならない。不安や恐怖には大きな役割がある。不安や恐怖に学んで、問題点や課題を明確にすることが必要である。さらに、不安や恐怖は自分の欲望について教えてくれている。不安や恐怖を見つめることによって自分の欲望を明確にし、その達成のためにエネルギーを燃やし続けることが大切であると教えている。以上の視点に立って、森田理論を学習することによって、どのように人生観が変わっていくのか、思いつくまままとめてみたい。まず第一に、神経質性格は決してマイナス面ばかりの性格ではないということだ。神経質性格は意思薄弱性気質、発揚性気質などの人たちとは全く異なる性格の持ち主である。神経質性格の人は、自分の性格をつまらない性格だと認識する傾向が強いが、それはあまりにも偏った一面的な見方である。プラス面とマイナス面を同じ数だけ上げてよく比較検討してみることが必要だ。そして自分に持ち合わせてない面は人に譲り、自分の元々持っている。プラス面をいかんなく発揮させる生き方がとても大切だ。神経症に陥っている人は、バランスが崩れている人である。本来は不安と欲望のバランスをとりながら、慎重に生きていくことが重要だ。不安や恐怖ばかりエネルギーを使っていると神経症になる。反対に欲望の追求ばかりにエネルギーを使っていると、人間関係が悪化し、自分自身も生きている意義が失われてくる。味気ない人生で一生を終わることになる。私はいつもサーカスの綱渡りの曲芸をイメージしている。このバランスの取り方を人生の中で実践できる人は、森田の達人だと認識している。私たち神経質者は物事を見る時に、先入観や決めつけ、論理的な飛躍、マイナス思考やネガティブ思考、自己否定や他人否定に陥りやすい。客観的で妥当性のある考え方が出来なくなっているのだ。その1番の原因は事実、現実、現状、実態を軽視しているからだ。いくら自分にとって気に食わない状態が目の前に現れたとしても、事実をよく見つめて正確に把握することが必要である。森田で言うところの「事実唯真」の態度である。事実を大切にして、事実に服従していくという生活態度の養成がとても大切である。事実唯真の反対の態度は、 「かくあるべし」を自分や他人に押し付けることである。そのことが、いかに苦悩を発生させ、葛藤でのたうちまわているのか自覚を深めて、「かくあるべし」を少なくしていく生き方を身につけていく必要がある。最終的に森田の目指している方向はただ1点、 「生の欲望の発揮」にある。不安を生かして欲望が暴走しないように注意しながら、できうる限りの「生の欲望の発揮」に向かって努力精進することが人生の醍醐味であると考える。
2017.07.13
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今日は平常心ということについて考えてみたい。弁護士で心臓神経症の人が森田先生のところに治療に来られた。その人は、 「自分は10数年禅をやっており、 100ほどの公案にもパスしており、座禅をするときには平常心是道となることができるが、電車の中で卒倒しそうになるときには、どうしても平常心になることができない、どうしたらいいものか」と相談された。これに対して森田先生は、あなたの言われる平常心は少し間違っているように思われると言われた。死は恐ろしい、腹が減っればひもじい、あなたならば電車に乗れば恐ろしい、それが平常心というものではないか。そもそも平常心というものは、作り出すものではなくて、そこにあるものである。恐ろしいならば恐ろしいままの心、恐ろしくないならば恐ろしくないままの心、それが平常心である。電車の中で心臓神経症の発作が起こったら、逃げ出したり交番に書き込んだりしないで、じっと受忍していれば、そのまま発作は経過して、苦悩は雲散霧消する。心臓に欠陥が無いという事は、あらかじめ分かっていることだから、苦しくなった時に、恐怖でパニック状態に陥ったら、そのままパニックになりきって時間が過ぎるのを待てばよいのだ。このようなパニックが起きると大変だと、その1点に注意を集中するとますますその感覚はますます増悪してしまう。そしてついにたえずそのことを予期恐怖するようになる。次第に電車に乗れなくなる。最終的には症状として固着してしまい、思考の悪循環、実生活上の悪循環が積み重なり生活が後退していく。平常心と言うのは、当然の心、あるべきはずの心、すなわち我々の心の事実である。夏は暑く、冬は寒い。心臓麻痺は恐ろしく、幽霊は気味が悪く、腹が減ればご飯が食べたい。木に登れば、ハラハラするし、畳の上に寝転んでいればハラハラしない。その当然のあるがままの心が平常心である。この患者は、電車に乗って、心臓麻痺を想像しながら、しかも畳の上で、座禅をするときと同じ心持ちになりたいと望み、それを平常心と思っているのであった。この方は高学歴がありながら、森田先生の言われることは全く理解できなかった。パニック障害が強すぎてなんとしても克服したいという気持ちが空回りしすぎていたのか。あるいは森田先生の助言を端から受け入れる気持ちがなかったのか。森田療法を受け入れるという素直な気持ちにならないと、一生涯苦難の人生を歩むしかない。現在パニック障害の治療法としては、精神療法の面では認知行動療法が主流となっている。認知の誤りを修正し、治療者が付き添いながら少しずつ不安に慣らしていく方法である。実際に効果はあるようですが、それだけでは再発する割合が高いのではないか。根本的に治癒しようとすると、森田理論を応用する必要がある。その中でも不安や恐怖の特徴とその役割は徹底的に理解する必要がある。森田理論では不安や恐怖を完全に取り去るという考え方ではない。不安や恐怖を抱えたままで、目の前のなすべきことを嫌々仕方なしにてもできるような人間に変わっていくような態度を養成することにあります。森田は不安や恐怖を邪魔者扱いにはしていない。不安や恐怖は人間にとってなくてはならないものである。そもそも、不安や恐怖がわき起こらない人は、危険な場面や大きなリスクを抱えた場合、それを乗り越えることができない。不安や恐怖の強い人は、強力なレーダーを標準装備しているようなものである。強力すぎるがゆえに取り越し苦労か尽きないのであるが、持っていない人にとってみればとても羨ましい装備なのである。また不安や恐怖は、問題点や課題を示してくれるだけではなく、夢や目標も明らかにしてくれる。このように考えると、不安や恐怖を取り除くためにエネルギーの大半をつぎ込む人を見ていると、水車に決闘を挑んで飛び込んでいったドン・キホーテを連想させる。
2017.07.12
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「花のように、鳥のように」という歌がある。歌詞の中に、 「 花のように、鳥のように、世の中に生まれたら一途に、あるがままの生き方が幸せに近い」とある。森田理論学習をした人がよく耳にする「あるがまま」という言葉が使われているので、なんとなく親しみを感じる歌である。森田で言われている「あるがまま」を十分に理解して使われているのかどうかは疑問である。今日はこの「あるがまま」について考えてみたい。森田先生曰く。自分は5尺何寸であるとか、体重幾貫目とか、貧乏に生まれたものとか、人前では、ぎこちなくなるもの、自分は小人であって、飾り、言い訳し、とりつくろいたくなるものとか、利害特筆に迷い惑うものなど、素直にそのまま、正直に認めておくことです。しかし、 5尺1寸と正直に自認しようとすれば、それではなんだか心細い、少なくとも5尺3寸くらいには思いたい。人前で固くなる、気が小さい、小人だ、試合の時は足の震えるものなど、そのまま、あるがままに考える事は、なんだか浮かぶ瀬のないような気がして苦しい。もっと気を大きく、朗らかにすれば、 1寸のものも、3寸に伸びあがり、小人でもいくらか、君子らしくなるかもしれない、というはかないい考えが頭に浮かんでくる。そこで色々な小細工を工夫して、臭いものに蓋をし、我と我が心を欺いて「自欺」と言うことにもなる。しかし、このようなから威張りの考え方は、そのためにかえってますます小胆・無能になり、浮かぶ瀬はなくなるのである。この話は「あるがまま」の説明がよくわかる話である。つまり森田先生は持って生まれた自分の容姿や性格などは、その事実を素直に受け入れることが大切だと言われている。嫌な感情などがわき起こった時もその事実を素直に認める。しかるに、多くの人は思い違いをして、自分にとって都合の悪い事実を絶対に受け入れようとしない。それどころか、その事実をいつわったり、ごまかしたり、隠したりする。そしてついには徹底交戦で反抗するようになる。このような態度は、「あるがまま」とは言えない。現実に起こった出来事や不快な感情を認めないと、自分の中で葛藤や苦しみが生まれてくる。これが不幸の始まりである。花や鳥や動物は、 「かくあるべし」を持たない。言葉を用いて考えることをしないからだ。人間は言葉を駆使して、「かくあるべし」でがんじがらめになっているようだ。 「花のように鳥のように」という歌では、人間も鳥や花や動物のように、自然に服従して生きて行けたらよいのにという気持ちを歌ったものだろう。でも、人間はもはや後戻りはできない。言葉や頭を使って、様々に抽象的に論理的にも考えることができるのが人間だ。そして考え違いをするようになった。頭で考えたことを、事実よりもっと価値のあるものとみなすようになったのだ。森田理論では、頭で考える事は大切ではあるが、それよりも事実、現実、実際の方がもっと大切ですよ。その点を無視した考え方や思想は、全くもって意味をなさないのですよと声を大にして言っているわけです。森田先生の有名な句に、 「かくあるべしという、なお虚偽たり。あるがままにある、すなわち真実なり」というのがある。あるがままの反対語を上げるとすると、 「かくあるべし」である。森田先生は、 「何々でなくてはならぬ」という「べし」、すなわち当為を持ち出すのが、当世の教育の弊害であって、教育が高いほど、ますますこの「べし」で鍛えあげて、融通の利かぬものになってしまうのであると言われている。さて、森田先生はこの「あるがまま」については、重要な点が2つあると言われている。1つは、苦痛はそのまま苦痛になりきると言うことで、頭痛でも不眠でも、苦痛不安のままに、そのまま我慢して働いていさえすれば、いつしかその苦痛も意識から離れて忘れてしまうのである。これを森田理論学習ではあるがままの受動的側面であるという。2つ目は、生の欲望になりきることが大切であるといわれる。エジソンや野口英世などは、一心不乱に研究に没頭してしまうから、苦痛も寝食も忘れてしまうようになる。これを森田理論学習では、あるがままの能動的な側面であるといっていた。課長に頼みたいけれども、恥ずかしい。旅行したいけれども、心悸亢進が恐ろしい。このような場合にも、いたずらに欲望と恐怖をとの二途に迷うことをやめて、恐怖は恐怖のままに受け入れて、生の欲望に向かって突進するときに、 、初めて生滅が尽きて、安楽の境地が得られるのである。このことを一言で言うと、 「苦しいまま素直に、現在の境遇に服従すればよい」ということである。
2017.07.11
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森田先生は事実には、「主観的事実」と「客観的事実」があると言われている。たとえば心臓麻痺恐怖の人がいるとする。医者が検査してあなたの心臓は問題はない、大丈夫だという。これは客観的事実である。しかし本人はやはり恐ろしい。医師の診断に納得できない。これは、主観的事実である。この時、患者は大丈夫だという客観的事実と、自分は怖がるものであるという主観的事実とを認めなければならない。神経症に陥っているような人は、客観的事実を無視して、主観的事実に重きを置いている。本来は客観的事実と主観的事実を天秤にかけて、調和のとれた考え方や行動をとることが大事なのである。バランスのとれた思考ができなくなって、主観的事実に振り回されている状況である。傍から見ているとなんでそんなに強情なのだろうと見えてしまう。でも本人は真剣である。真剣であればあるほど滑稽で異質に見えてしまう。もっとわかりやすい例がある。イソップ物語のすっぱいぶどうの話である。腹を空かせたキツネがぶどうの木を見つけた。ところがぶどうの木が高くて手が届かない何回ジャンプしてもぶどうを取ることができない。そこで狐は負け惜しみで、あのぶどうはきっとまずくて食べられるようなものでは無いはずだ。自分のぶどうを採って食べたいと言う気持ちを欺いた。そして自分はもともとぶどうは好きではなかったのだと思おうとした。また、そのぶどうを取る力がない自分に対して「自分は何をやってもダメだ」と自己否定をした。ここでの紛れもない主観的事実は、ぶどうを採って食べたいという気持ちである。しかし、努力しても、その欲望が叶えられないので、逆にその気持ちを抑圧しようとしたのである。森田理論では、腹が立つ、悔しい、嫉妬する、不安である、悲しいなどのネガティブな感情でも人間の意志の力でなくしてしまおうなどと考えてはいけないといういくら理不尽で嫌な感情であっても、感情自体に良いも悪いもない。どんな感情でも価値批判しないでそのままに受け入れることが大切なのである。この場合の客観的な事実は何であろうか。自分は背が低くて葡萄に手が届かないということである。それでもぶどうを食べたいという気持ちがあるなら、その障害を取り除くべく、なんらかの手立てをする必要がある。例えば、何か台のようなものを持ってくる。あるいは脚立のようなもの探してみる。いずれにしろ、目的が達成できるようにいろいろと工夫をするようになる。ただし、ぶどうが食べたいという主観的事実を無視していると、そのような建設的な方向には向かない。感情をねじ曲げたり、自己否定、自己嫌悪の方向に向かう。ここで大事なことは、主観的事実をありのままに素直に認めるといういうことである。これを無難に通過すると、客観的事実のほうに注意や意識が移っていく。するとそこに存在する問題や課題を解決するために、いろんな気づきや発見が生まれ、やる気やモチベーションが次第に高まってくる。そういう意味では、主観的事実と客観的事実は「かくあるべし」でやりくりをするのではなく、どこまでも事実に忠実に従うという態度をとることが大事になる。主観的事実と客観的な事実を、今の自分にとっての主観的事実とは何か、あるいは現実に目の前に立ちはだかっている客観的な事実は何かに分けて、どちらの方にも偏ることがないようにバランスを意識することが大切なのだと思う。
2017.07.10
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結婚している男性で家事のすべてを妻に任せている人がいる。料理、洗濯、部屋の掃除、後片付け、整理整頓、ペットの世話、観葉植物の手入れまでほとんど妻に任せている。自分のやることは、配偶者の不十分なところを見つけては文句を言うばかりである。こういう男性は、妻が泊まりがけの旅行に行った時など、途端に右往左往する例えば全自動式の洗濯機の使い方がわからない。どれぐらい洗剤を使ったらよいのかもわからない。料理などは作る気にもならず、外食したり、総菜を買ってきて済ます。こうした男性を作るのは小さい頃から家庭の中で家事の分担をさせてこなかった親にも責任がある。最近では料理をしてみたいという子供に対して、 「あなたはそんなことはしなくてもいい。勉強だけを頑張りなさい」という親もいるという。このような育て方をしていると、家事・育児に対しては、配偶者に全面的に依存してしまう。神経症の発症という面から見れば、とても危険なことである。それは神経症からの回復という過程の中で、日常茶飯事をきちんと取り戻すということを重視していることからもよくわかることだ。では、子どもに対してどのように家事の分担を考えていったらいいのかまず幼児期には、自分の身の回りの事は自分でやれるようにすることが大切だ。小さな子供なら、毎日でも着替えや脱いだものをきちんと畳む事。出かけるときには自分で上着を着て靴を履く事。自分のことを自分でできる子供は、どんなことでも「自分の意思できちんとやる習慣」は知らず知らずのうちに身についてくる自分のことは自分で出来るようになったら次は家事の手伝いをさせる。例えば箸を並べる、料理を運んで並べる。食べ終わったものキッチンまで運ぶ。簡単なことから始める。そしてゆくゆくは食べ終わった食器を洗うなど、子どもの年齢と能力に合わせて、手伝わせる家事をステップアップしていくとよいでしょう。家事をするということは、決して楽しいものではありません。でも、どんなに嫌なものでも、やらなくてはいけないのか家事というものです。それに手をつけることで、子どもの中に「なんとか早く終わらせよう」という気持ちが芽生えてくればしめたものです。子供なりにいろいろ工夫して、素早く終わらせるための工夫をするようになります。料理ほど、多くの「なるほど」と出会える機会はありません。料理には、何を作るか。そのための材料の調達。料理の手順。下ごしらえ、味付け、盛り付けなど様々な要素が組み合わされます。毎日の食事を準備するということは、とても大変なことです。それだけに、料理に挑戦することは様々な能力を身につけることになります。それを子供と一緒になって取り組むことは、子供を教育する上においてはとても有効なことだと思います。家の中で全員が役割分担を持ち、協力し合うことで家庭は円滑に運営することもできます。そういう子供が大人になった時、不安や恐怖、不快感などに一時的にとらわれるようなことがあっても、それらを抱えたまま家事や育児に組めるような人間になるのではないでしょうか。そういう意味では神経症に陥る人は、小さい頃から家庭の中で役割分担を持ったこともなく、甘やかされて育てられてきたということかもしれません。(男の子を伸ばす母親はここが違う 松永暢史 扶桑社文庫参照)
2017.07.09
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平成7年8月号の生活の発見誌に職場の人間関係の悩みに関する記事があった。3 点ほど挙げられていた。1 、自分は周りの人たちから良く思われていないという悩みです。他人の思惑や評価が気になるタイプの人に多い悩みです。2 、仕事の空き時間や休憩時間に同僚達と接するのが苦痛という悩みです。対人緊張の強い人に多く見られます。話の輪の中に入りたいが、うまく話ができなくて苦しいと訴えられます。3 、上司との人間関係です。上司が地位や権力を利用して、無理難題をふっかけてくる。ミスや失敗を許してくれない。時には自分の人間性を否定してくる。私も対人恐怖症だったので、この3つはすべて当てはまります。森田理論を勉強して、仕事の中に応用してくる中で気づいたことを整理してみたい。1番目についてですが、他人思惑や評価を気にしているときは、頭で考えることのほとんどは、自己防衛のことです。目の前の仕事のことはほとんど考えていない。自己防衛にエネルギーを使うことで、自分が楽になればいいのですが、楽になるどころか、ますます精神的に追い詰められていく。森田理論で言うところの精神交互作用で増悪し、アリ地獄の底へ真っ逆さまに落ちていく。そして、仮の自分、見せかけの自分を取り繕うということばかりに力を入れるようになる。自分はミスや失敗の多い人間ではあっても構わないが、他人から能力の無い人間だと見なされてはならない。自分は悪い人間であっても構わないが、人から悪く思われることは嫌だ。自分は気が変であっても構わないが、他人から根暗で気が変なやつだと思われる事は避けたい。仕事で成果をあげることは関心がなくなる。人のために役立つことをすることもなくなる。日常茶飯事に丁寧に取り組むこともしなくなる。こうした悪循環からどうしたら抜けてることができるか。私が取り組んできたことを整理してみたい。気になる事は気になるままに持ち続けて、普段の日常生活を丁寧に規則正しくするように形の方を整えていく。そして、目の前の仕事の能率を上げるように注意や意識の方向を変えていく。ちょっとした小さなことで、人に役に立つことをどんどん実践していく。また、会社では、利害関係ですぐに対立的になりやすいので、会社以外での人間関係づくりを心がけいく。1番目については、不安と欲望のバランスが崩れてしまっているということが大問題である。こういう場合はどんなに苦しくても不安のほうはそのまま放置して、生の欲望の発揮という方面に最大限の力を入れることであると思う。 2番目の問題は対人恐怖の人で言えば雑談恐怖という事だと思う。雑談恐怖症の人は、他人が自分のこと非難したり軽蔑したりからかったり、無視されることをとても恐れる。自分の容姿やミスや失敗、身内の悪口を言われること恐れているのである。恐れているとそういうものを隠そうとする態度が出てくる。他人にとっては隠そうとすればするほど、そのことがよく見えてくる。また雑談恐怖の人は目的のない会話と言うのが苦手である。目的がある会話は自分が主導権をとって、意欲ややる気のある発言をすることができる。だが雑談恐怖の人は雑談は意味があるとは考えていないのである。しかし私は雑談と言うのは、しっかりとした目的があるように思う。それは味気ない人間関係の中に潤いをもたらすという目的である。歯車と歯車が噛み合っている所には必ず潤滑油が流れている。潤滑油がなければ、金属と金属がこすれてギクシャクしてくる。雑談をそのように捉えれば、雑談に参加することこそ意味がある。中身のある話をする必要は無い。私はあなた方を拒否してはいけませんよ。良好な人間関係を維持して行きたいと思っていますという意思表示をしていることと同じことなのです。人気のある人を見ていると、自分の容姿やミスや失敗などの話が出てくれば、はにかみながらも笑いの提供者となっている。自己防衛に汲々としている人を見ると、相手のほうも自然と攻撃してやろうと対立的な関係になっていくのではないだろうか。そういう人間関係は自他共に不幸になる。 3番目の人間関係ですが、上司との人間関係が全く問題がないという人はいないと思う。もし、そんな人が存在するとすればイエスマンだろう。上司は自分の課に与えられたノルマや責任を果たしたいと考えている。進捗状況が思惑通りなら問題は起きないが、ほとんどの部署では問題が山積しているのではなかろうか。ノルマや責任が果たせなければ、上司の責任問題になるので、上司も必死なのである。どこの職場でも、上司が冷静さを失い、言いたい放題で部下を追い詰めることになる。これでは、上司にとっても部下にとってもお互いに不幸である。では、どうしたらいいのか。私は1つの手がかりを見つけた。上司の理不尽極まる言動に対して反発ばかりしていても何の解決策にもならない。それに対して私のとった対策は、理不尽な言動をあらかじめ封じる作戦だった。上司の机の上には未決と既決の箱があり、未決の箱の中には、これから我々に指示命令へするであろう案件があった。その内容を上司がいないときに見て、事前につかんでおき、自分の意見や対策を立てておくことが大変有効であった。また、本社からの直属上司に対する指示命令事項はあらかじめ私宛にもメールしてもらうように依頼していた。これは、多くの人にとっては参考にならないかもしれないが、上司の抱えている課題や問題点を事前に察知して少しでも対策を立てれば、自分が楽になると思う。また上司と部下の人間関係は、短ければ1年、長くてもいずれは解消されるものである。そのことを理解していれば、理不尽な上司の下で1時的な感情のもつれでやぶれかぶれになって喧嘩を売ることはなくなると思う。上司と対立して退職された方を多く見てきたが、実にもったいないことだと思う。会社に在籍する1番の目的は、生活の糧を得ることである。そのためには、優柔不断、臨機応変に振る舞うことが最も大切なことである。
2017.07.08
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今日は「宿命」と「運命」について考えてみたい。私は宿命と言われると、すぐに「砂の器」という映画の中で演奏された交響曲「宿命」を思い出す。父親がライ病に罹り、村に居ることができず、一人息子を連れて、日本中を放浪する人の話だった。理不尽でやるせない宿命に翻弄されて生きていかざるを得ないこの親子に対して、交響曲「宿命」の旋律が胸を打った。宿命というのは、人間が自由自在に改良することができないものである。地球という惑星に人間として誕生した。日本人として生まれた。戦国時代に生まれた。あるいは過酷な戦争中に青年時代を過ごした。マネー資本主義が世界を席巻し、生存競争の激しい時代に生を受けた。養育能力のない両親のもとで生を受けた。神経質性格、容姿、精神的および肉体的能力、生育環境、境遇などは宿命というべきもので、人それぞれ異なっており後から容易に修正することは不可能である。それなのになにか勘違いして、宿命に歯向かい、修正しようと企てる人は多い。しかし、なかなか思った通りには変更できないので、苦悩や葛藤が生まれる。森田先生は、沸き起こってくる感情に対してもそうですが、宿命に対しては、素直にその事実を受け入れて、むしろそこを土台としてしっかりと認識することを強調しておられる。そして覚悟を決めて生きていく。そのことを「運命を切り開いていく」と言われている。運命は堪え忍ぶには及ばない。耐え忍んでも、忍ばなくても結果は同じである。重要なことは、我々はただ運命を切り開いていくべきであると言われる。その例として、正岡子規の話をされている。正岡子規は、 7年にわたる肺結核と脊椎カリエスによる抑臥に、堪え忍ぶことのやりくりや心構えを求めることをしなかった。病苦に泣くのみであった。極貧の中にあって看護人もなく、寝返りも打つには柱につないだ紐を引っ張ってこれをやるという仕儀であった。子規は痛みと喀血の耐えがたきことを、はからうことなく、ただ慟哭していた。痛みに常に襲われながらも、俳句と随想の創作活動は続けていた。正岡子規の優れた作品はこのような状況の中で生み出されていった。これが人間がどう生きて行けばよいのかという一つの答えである。形外会で佐野さんという方が森田先生に次のように質問した。「私は本年、医大の本科生になりましたが、どうも医科に入ったのは間違っていたのではないかと思います。私の頭が向かないためか、難しくてわからない。いっそやめて郷里に帰り、家の商売でもしたほうが、自分に向いていると思いますが、どうでしょう」これに対して森田先生は次のように答えている。こんな考えが起こるのは、誰でもありがちのことで、そのままでよい。ただ、迷いながら、かじりついていればよい。これは正しい人生観のできない幼稚な思想から起こることで、この形外会でも今まで時々説明したことであります。 「自分の頭に向くか向かないか」とか考えるのが、そもそもの考え違いであって、それは例えば、自分には暑さ寒さが向かないとか、苦労することが不適任であるとかいうようなものである。ともかくもわれわれは、各々その境遇に応じて、従順にこれに適応し、あるいはその運命を切り開いていくということが、第一の着眼点でなくてはならない。(森田正馬全集第5巻 765ページより引用)ここで大切なことは宿命に対しては素直に服従して、生の欲望にのっとり前向きに生き抜いていく覚悟を決めるということだと思う。
2017.07.07
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嘘にはつかないほうがよい嘘と、ついたほうがよい嘘があるような気がします。加計学園問題については、菅官房長官が嘘をついていたことが明白になりました。今になって、民進党が指摘していた文部科学省の秘密文書が存在することが明らかになりました。するととって返したように、改めて徹底的な再調査を行うことにしたという。再調査を行わないと、東京都議選に悪影響を及ぼしかねないという世論の動向を無視できなくなったのです。実際に都議会自民党には国政レベルの逆風が吹き荒れました。こういう嘘は早晩追求されればされるほどすぐに明らかになります。そして、明らかになった時点では反論できなくなり自分の方が窮地に追い込まれます。それでも言い訳や反論を繰り返していると今まで積み上げてきた信頼は地に落ちてしまいます。それはいずれ真綿で自分の首を絞めるように効いてきます。こういった嘘は自分たちの立場や利益を都合の良いように守ろうとしており大変見苦しいと思います。最初から否定するのではなく、再調査を約束すれば済むことですが、力に任せて闇に葬ろうとしたのでしょう。考えてみれば、この世の中は嘘で満ちあふれています。インターネットを見ていると、 「株をやっている人に絶対に儲かる銘柄を教えます」という宣伝がやたら多い。そんなに儲かるのなら、人に教えないで、自分ひとりでやっていれば、今や億万長者になっているはずだ。自分が億万長者になっていないのに、どうして明日の儲かる銘柄がわかるのだろうか。銘柄教えてその銘柄が思惑から外れて値下がりしたとしても、その人が責任をとる訳ではない。すべて自己責任である。せっかく高いお金を支払って教えてもらった銘柄が下がったとしたら、踏んだり蹴ったりである。こんなことは冷静になって考えると誰でもわかることだが、だまされて財産を失う人が後を絶たない。最近田舎に住んでいるお年寄りを狙っての訪問販売業者が多い。家の床下にもぐりこんでシロアリの検査をする。そしてシロアリがいるのでシロアリ駆除しないといけない。駆除しましょう。あるいは喚起を良くするために、送風装置をつけないといけない。などと言って高額な商品を売り込むのである。あるいは、水道水の検査をして、不純物除去を目的として30万円以上もするような浄水器を売り込むのである。その手の訪問販売業者が多く、昼間は家でゆっくりしているととんでもない目にあうという人もいる。オレオレ詐欺は今や日本の風物詩となっている。どうしてあんなものに騙されるのかと思うが、やっているほうは電話1本で100人に1人、500人に1人がひっかかってくれれば充分にやる価値があるのだろう。でもこんなことで人をだましていると、自分の将来は次第にじり貧になっていくのではなかろうか。私達は嘘や詐欺に引っかからないように注意しておく必要がある。だいたい働かないで宝くじが当たるような不労所得が入ってくるような甘い話があるわけがない。親の遺産を受け継いだり、生命保険や損害保険で思わぬお金が入る事はあるが、それ以外は考えにくい。儲けたいと思う気持ちが強ければ強いほど、嘘や詐欺に引っかかりやすくなる。それは自分の頭の中で客観的な考え方が出来なくなっているのだ。しばらく時間をおいて考えると容易に判断できることが、気持ちが高揚しているために冷静さを失っているのだ。そういう時はいくら気持ちが高ぶっていても、即決してはいけない。しばらく決断まで時間を置くことである。そして、冷静になったときにメリットとデメリットを書き出して比較してみるのである。あるいは第三者の意見を聞いてみることである。短絡的に即決をするとあとでバカを見るのは自分である。一般的に神経質者は取り越し苦労が多く、様々な角度から比較検討してみることが多いようだ。迷ってばかりでチャンスを逃すことが多い。しかし、いったん弾みがついてしまうと、猪突猛進でどこまでも突っ走ってしまうとこともある。では、普段の生活の中で嘘は絶対についてはいけないかというとそうでもないと思う。私たちは小さい頃からウソをついてはいけないと教育を受けてきているので、何でも正直に話さなければならないと思っている。そういう「かくあるべし」を前面に出してしゃべっていると、人間関係が円滑に進まない。例えば、ちょっと濃いめの化粧をしている女性に向かって、ちょっとけばけばしいなと思っても 、「きちんと化粧されていますね」というのが常識である。「気持ち悪いですね」というのは非常識だ。あまり趣味がよいとは言えないようなバッグを自慢された場合、 「希少価値のあるバックなんですね」と返答をする。これらは、ついてもよい嘘だと思う。むしろ人間関係を円滑にするためには、つかなければならない嘘だと思う。自分の身を相手の立場に置いて考えれば、言っていいことと、言ってはいけない事はおのずから明白になる。森田先生は、 「かくあるべし」から出発するのではなく、人情から出発した方が良いと言われている。虫の好かない相手であっても、知らんぷりをするのではなく、せめて挨拶くらいはする。自分の信条に合わないから、無視するというのは潤滑油が切れた歯車を無理矢理に回すようなものである。ついてもいい嘘というのは人間関係を豊かにして潤いをもたらす。だだし、その嘘も度が過ぎると、相手に「イヤミ」という嫌悪感をもたらすので注意が必要だ。
2017.07.06
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森田先生は、「苦楽はあざなえる縄の如し」と言われている。楽をしようと思えば、苦しみを乗り越えなければ、楽にならない。働いて給料を得たということと、苦痛をおして働いたという事は、同一事件の裏表、両方面です。給料を得たことを喜びといい、働いたのを苦痛という事は、単にその一面を取り立てて高唱し、注意を促すというのにとどまり、実は必ず同時に、その両面が切っても切れぬように、接続関連しているのであります。楽と苦は互いに関連して取り離すことはできない。苦楽は、同一事の両面の見方であると言ったほうがよいと思う。森田先生は物事を見る時に、先入観や決め付けで判断すると間違いが多くなると言われている。物事を見るときは、プラスの面を見れば、必ずマイナスの面も見る必要がある。これを両面観でものを見るという。これを発展させていくと、あらゆるリスクを検討・考慮して物事を判断するという多面観に行き着く。私はこの両面観については、 2つの点で役に立っている。1つは対人恐怖症で神経症に陥った時は、人の思惑が気になり不安や恐怖にとらわれていた。森田理論を勉強していくうちに、その状態は1方面に偏ってバランスが崩れている状態だと気がついた。私の対人恐怖症の葛藤は、他人から良い評価を得たいという強い欲望があることに気がついた。不安や恐怖はその欲望が阻害されているときに発生していた。その時に私が取るべき行動は、その欲望に向かって努力精進していけばよかったのである。そうすれば不安と欲望のバランスがとれて何も問題は起こらなかったはずだ。ところが私は生の欲望の発揮は無視して、不安や恐怖を取り去ることにばかりエネルギーを使っていた。そして最終的に行き詰まるようになってからは、逃避することばかりを考えるようになった。森田理論学習で、欲望と不安の単元を学習してからは神経症の成り立ちがよく理解できるようになった。それからは少しずつ生の欲望の発揮に力を入れることができるようになった。次に私は「神経質の性格特徴」を学習するまでは神経質性格は良くない性格だと思っていた。神経質性格の人は、細かい事が色々と気になり気苦労ばかりする。損な性格だと思っていた。小さいことを気にしない性格に修正していかないと、社会に適応することはできないのではないか思っていた。しかし森田理論学習で神経質性格は類稀な素晴らしい特徴を持っていることを学んだ。細かいことがいろいろと気になるという事は、鋭い感受性を持った人間であるということである。人の気持ちもよく分かるし、音楽や芸術などの鑑賞などもより深く味わうことができる。また、様々なことに興味を持ち、思索したり分析する能力も兼ね備えている。これは向上・発展したいという生の欲望が極めて高いということである。一つのことに粘り強く取り組むこともできる。真面目で責任感も強い。神経質性格の人は、ネガティブで悲観的な面ばかりに目を向けて分析してはならないのである。マイナスの面があれば、それと同じだけのプラス面があるはずだ、という気持ちで性格分析をする必要がある。メンタルヘルス岡本記念財団の元理事長の岡本常男氏は、 「自分で10の欠点があれば、必ずその裏に10の長所がある。それを見つけ出して、その長所で勝負していかなければならない」と言われていた。私の机の前には「やじろべい」が置いてある。さらに小学生が理科の実験で使う天秤も置いている。本当はお土産物屋で売っている傘がバランスよく配置されたものを天井にぶら下げたいと思っている。これらは、一方的な考え方で自分を自己否定したり、他人を批判したくなった時に、「ちょっと待って。それは一面的な見方になっているのではないか」といつも警告してくれているのである。
2017.07.05
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形外先生言行録に河原宗次郎さんの話がある。川原さんが入院中のことです。森田先生が、 「河原君、その植木鉢をのけなさい」と言われた。私はハイと言って、すぐ大きなシュロ竹の植木鉢を抱えて、少し離れたところで置き換えた。「河原君そこはいけない」と言われたので、その思い植木鉢を持って反対の側に置き換えた。そこでよいと言われるかと思ったら、叱るように、「そこはダメだ」と指摘されてしまった。私は植木鉢をどこに置いてよいかわからず、そのまま立ち往生し、頭の中が混乱してしまった。戸惑う私を放っておいて、森田先生はそのまま奥へ行ってしまわれた。私はこの時、はっきり指導や指示してくださらない先生を恨めしく思った。今にして思えば、シュロ竹は日陰で強く青々とした葉を鑑賞するものであるから、玄関先とか、事務所とか、喫茶室などの片隅などに置くのにふさわしいと分かっている。それを日本式の庭園の真ん中であっちこっちに移動してみても、森田先生の気にいるはずもなかった。でもその時は、親切丁寧に指示や指導してくださらない先生に腹が立ったのである。森田先生は、河原さんがシュロ鉢の置き場所は当然知っているだろうと思っておられたのだろうか。でも河原さんは知らなかった。そうした場合、普通の人は親切丁寧に設置場所を説明するのではないだろうか。森田先生はそうはされなかった。すぐに奥のほうへ行ってしまわれた。これは河原さんに、「そんな事は自分で考えろ」と突き放されたように見える。森田先生は、多分河原さんに教えてしまえばすぐに問題が解消することは重々分かっておられたのでしょう。そのほうが自分もイライラして気をもむことがなくすっきりすることができる。でも、答えをすぐに教えるということは、その人が問題の糸口を発見したり解決するという楽しみを最初から奪ってしまうことだということを考えておられたのではなかろうか。森田理論では、その人が意欲的になったりやる気が高まってくるのは、決して他人から指示や命令などでは起こらない。対象物をよく観察していると、様々な感じが発生して、次第に高まってくる。するとそこに気付きや発見が出てくる。気付きや発見が見つかると、人間は行動や活動をしたくなってうずうずしてくる。一般的に建設的で生産的な行動はこのようにして生まれてくる。ここで重要なことは、自主的な行動には、その人に「気付きや発見が生まれる」ということである。問題を抱えていたり、壁にぶち当たっているときに、すぐに解決策や答えを教えるという事は、その人が自ら乗り越えるという本来のプロセスを軽視していることである。問題を乗り越えていくという楽しみを奪ってしまう。さらに、やればできるという自信をつけたり、さらに大きな目標にチャレンジするという芽をことごとく摘み取ってしまうことになる。森田理論学習に参加していると、学習を始めたばかりの人にいろいろとアドバイスをしたくなることがある。しかしこれは厳に慎まなければならない。初心者は学習の中で森田のエッセンスを学び、それを日常生活の中に応用してみる。それでもなかなかうまくいかなくて、出口が見えなくなって、藁をも掴むような気持ちでアドバイスを求めてくる。その時にするアドバイスは有効である。重要な事は、なんでもかんでも「森田理論ではこうなっています」と最初からアドバイスをするのではなく、相手の変化や成長をじっと待つという姿勢である。しんどいことだが相手のためになるのはこの姿勢をとり続けることである。すぐにしょっちゅうアドバイスをする人は、相手が問題を解決したり成長するのを共に喜ぶのではなく、自分の知識や経験を自慢して吹聴しているのかもしれない。つまり自己満足にすぎないということだ。
2017.07.04
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赤道付近では地球の自転速度は時速1,669 kmであるという。地球が太陽の周りを回る公転速度は時速1万400 kmである。太陽系は天の川銀河の中心部から2万6,100光年離れたところに位置している。太陽系は天の川銀河の周りを時速86万4,000 kmのスピードで回っている。それでも太陽系が天の川銀河を1周するのに約2億年かかるそうです。天の川銀河は宇宙空間を時速216万km (秒速6,000 km)のスピードで移動している。天の川銀河の隣にはアンドロメダ星雲があり、お互いの重力によって毎秒279 kmのスピードで接近している。今から200万年後には、この2つの銀河は完全に合体してしまうという。これを基にして計算すると、我々は1時間当たり5,184万kmほど移動している。1年では189億km移動していることになる。このことから何がわかるのか。少なくとも次の2つのことが言える。宇宙の現象を見ると、絶えず猛スピードで変化流動しているということだ。地球が太陽の周りを回って1年たつとまた元に戻るといっても、実際には1年前の場所に戻っているわけではない。今まで来たことのないような場所に到達していることになる。次に宇宙は自由気ままに動き回っている訳ではない。太陽は巨大な引力を持っているが、我々の住んでいる地球を始めとする多くの惑星が、太陽に飲み込まれないだけの遠心力を持っている。引力と遠心力が釣り合ったときに初めてその存在が許されているのである。少しでもお互いのバランスが崩れれば、太陽に飲み込まれてしまうか、太陽系の外に飛び出してしまう。そうなれば私達人間を始めとする生物がこの地球上で生存できる事は出来ない。これは物事を見るときに片方だけを固定的に見ては間違いが発生するということである。物事は流動変化を前提とし、自分と他人との相互関係のバランスをいかに維持していくのかという視点が欠かせないということである。この宇宙の現象から我々の精神生活も離れる事は出来ない。私たちも不安、恐怖、不快感などで一時的に苦しんだりとらわれたたりすることがしょっちゅうある。しかし、いつまでもそれらに関わりあうことはできない。1つのことにとらわれて留まっているということは、宇宙で言えば、存在そのものが許されないということになる。不安や恐怖などは、対処できるものはすぐに手をつける。考えてもどうしようもない事は、苦しいけれどもそれらを抱えたまま次の行動に移ることが基本になる。ぐるぐる回るコマは廻っている時が安定している。前に進んでいる自転車は動いているからこそ安定している。動きを止めた途端にすぐに倒れてしまう。われわれの精神生活もこの法則から逃れることはできないのである。次に、人間は1人で生きていくことはできない。人との関わり合いの中で初めて生き長らえることができる。相互関係の中で利害が対立することは日常茶飯事である。自分の欲望を満たすために他人を支配したり従属してしまうことは、宇宙の法則から見ると、人間関係のバランスを崩してしまうことである。その方向では一時的に上手くいく事はあっても、長期にわたって成功することはない。なぜなら自然はバランスが崩れると必ずそのバランスを取り戻そうとするからである。マグマの移動により、プレートの歪みが溜まると必ずその歪みを解放する力が加わるのと同じことである。他人と意見や利害が対立するときは、話し合いや交渉が必要になる。お互いが支配したり支配されたりする関係になると、後々まで遺恨を残してしまう。主張するところは主張し、譲るところは譲るという人間関係を保ち続けるという強い意志が必要となる。森田理論は人間はその自然の一部であるという。自然の動きに合わせて一緒になって変化し続けていく生き方を目指している。時として自然に反発して傲慢になっても、最後には反省して謙虚になって自然を敬う態度に立ち返ることが重要である。
2017.07.03
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1999年10月号の生活の発見誌に、私のよく知っている人が巻頭言を書かれていた。内容は、 「晩酌のビールをいかに美味しく飲むか」という実践課題だった。喉が渇くと格別に美味しく感じるという生理現象をうまく利用して、仕事から帰っての晩酌のビールに焦点を合わせ、いかに喉を渇かして家に帰るかが、実践の最大のポイントになるという。会社では、支給されたお茶以外は控える。そしてとにかく体を動かす雑事があれば喜んでやっている。喉を渇かす目的で動いておりますので、体を動かすことが苦になりません。また、この実践は、尻軽く動くことで、結果的に人のために尽くすことにもなります。さらに、普段の運動不足の解消にも役に立っています。外出したときは、極力エレベーターを使わずに階段を使うようにしています。なお晩酌のビールは、どんなに欲しくなっても1本までと決めております。それは明日を楽しみにするためにということです。 この実践課題は素晴らしいと思います。私は以前、仲間と一緒にバトミントンをしていたことがあります。終わった後、仲間の家に行ってビールを飲むのが楽しみでした。めいっぱい運動して汗をかいた後のビールの味は格別でした。こんなに美味しい飲み物がこの世の中に存在していたのかと改めて感じました。このように工夫すれば日常生活の中でいくらでも楽しみや感動を見つけ出すことができるのだと思います。普段実践課題というと、布団を上げ、家の中の掃除、靴磨き、風呂やトイレの装置、洗車、整理整頓などを挙げる人が多い。そういう実践課題ももちろん大切ですが、いつも行っている生活の中で、潤いをもたらすようなちょっとした楽しみを見つけ出す事を実践課題として取り上げることが大切です。この方がよく話されるのは、「鯛の粗炊き」を美味しく作る方法。食器の後片付けのやり方。カラオケをプロ歌手並みに歌い上げる方法。雑草の処理をする方法。剪定の上手なやり方。路傍に咲く花を楽しむ方法。相撲観戦をより楽しむ方法。昔の映画を楽しむ方法。付近の山や近くの温泉を楽しむ方法。などなど。日常茶飯事で行っていることに対して、日々様々な発見や工夫をこなして、普段の何気ない生活の中に数多くの楽しみを見つけておられるのです。この方は自分の生活の楽しみ方はちっぽけなことばかりだ。だから大きな声で自慢話をするようなものは何もないと言われる。私はこれこそが森田で追い求めているものではないかと思います。日常生活を離れて、森田はないわけですから。普段生活を楽しむと言うと、それなりにお金をかけて、人から与えられる楽しみを求める人が多い。海外旅行やゴルフ、観劇やグルメ三昧などです。それらはすべてそれ相当のお金がかかります。でも普段ストレスのかかる仕事や人間関係から一時的に逃れるためには、それ以外の方法はなかなか思い付かない。そんな人にはこの方の実践は参考になると思う。普段何気なくやっている日常生活の中で、 1手間2手間をかけて、日常生活そのものを豊かにして楽しむ方法である。やろうと思えば、お金もかからないし、すぐにでも、誰にでもできることである。集談会の中で、こうした発見や工夫例がたくさん出てくるようになれば、それを応用して生活を変革してくる人も出てくる。それが積み重なっていけば、神経症の克服はもちろんのこと、生活していく事、生きていくことが楽しくなり張り合いがでてくるのではなかろうか。それが本来我々が目指している人生の醍醐味というものではなかろうか。
2017.07.02
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岡山県真庭市は、県の北部に位置し、岡山県内でも屈指の広さを持つ。しかし、人口は5万人に過ぎず、その面積の8割を山林が占める。典型的な過疎の地域である。市内には大小合わせて30ほどの製材業者がいる。この10数年来の出口の見えない住宅着工の低迷に喘ぎながら、厳しい経営を続けている。それほど厳しい製材業界にあって、 「発想を180度転換すれば、斜陽産業も世界の最先端に生まれ変わる」と息巻く人がいる。中島浩一郎さんである。中島さんは従業員を200名ほど抱える製材会社の代表取締役社長だ。この会社では「木質バイオマス発電」を行っている。製材所では樹皮や木片、カンナクズといった木のクズがたくさん出る。その量は実に年間4万トンであると言う。今まではこれを産業廃棄物として産廃業者に処理してもらっていた。その費用は実に年間2億4,000万円かかっていた。現在は木のクズを利用した発電を行っているので、処理費用はゼロである。さらに、自分の工場で使用する電気のほぼ100%をバイオマス発電でまかなっている。その金額は年間1億円であるという。また、余った電力を電力会社に売っている。販売する電力が年間5,000万円の収入になる。そのための設備投資が10億円かかったが、すでに完済しているという。製材工場から出る木のクズは発電事業だけでは使い切れない。そこで思いついた使い道が、それらを2センチほどのペレットにして燃料として販売することだった。このペレットを1キロ20円ちょっとで販売している。顧客は全国に広がり、 1部は韓国に輸出されている。特に、お膝元の真庭市内では、一般家庭の暖房や農業用ハウスのボイラー燃料として急速な広がりを見せている。これを行政が「バイオマス政策課」を作って強力に後押ししている。ペレット専用のボイラーやストーブを農家や家庭が買うとき、補助金を出しているのである。市の調査によると、真庭市で使用するエネルギーのうち、実に11%をこのペレットでまかなっているという。 11%と聞くとそれほど大きくないと感じるかもしれないが、日本全体における太陽光や風力も含めた自然エネルギーの割合はわずか1%である。それと比べると驚くべき数字だ。しかもその割合は年々増え続けている。(里山資本主義 藻谷浩介 NHK広島取材班 角川書店 28ページより引用)本来ゴミとして捨てられるものの利用価値を見つけて、最後まで活かしていくという考え方は森田理論に通じる。「物の性を尽くす」という考え方だ。森田先生のエピソードに古下駄の話がある。ある入院性が鼻緒の切れた古い下駄をゴミ溜めに捨てた。それを見ていた森田先生は、それはまだ燃料としての使い道がある。そのものの持っている利用価値を最後まで活かしていくという考え方が大変重要であると説明された。1960年代までは、家で使う燃料は全部山から調達していた。裏山から薪を切り出し、ご飯を炊いたり風呂を沸かしていた。炭焼き小屋があって木炭も作っていた。そのため、山はとても手入れされて綺麗であった。今は山は荒れ放題である。足を踏み入れることは大変危険である。蛇やスズメバチなどの危険生物がいる。イノシシ、鹿、熊などが増えてわがもの顔で動き回っている。そこで私のふるさとの山はヒノキの木を植えることになった。これはかって受けてきた山の恵みを放棄することだ。今や農家の冷暖房、風呂、調理のエネルギー源は、完全に「電気、石油、ガス」にとって変わった。身近にある自然の燃料源は見向きもされず放置されるようになった。「石油やガス」は取り扱いが煩わしいということがない。手を汚すことがなく、都会と何ら変わりがない。しかし、その方向は農家が貨幣経済に完全に呑み込まれる事を意味していた。その方向は、お金に振り回される生活を受け入れざるを得なくなった。それと並行して農家の人たちが元気をなくし、生きがいを失ってきたということが1番の問題である。今や農家でも自分たちが食べる物を自分たちで作るということをしなくなった。自給自足の生活よりは、お金を払って魚や肉、野菜までも買って生活するという仕組みが完全に定着した。農家にはそれ以外にも高額な農機具、自家用車や軽トラックなどが必需品となっている。それなりの費用を賄うために、単一作物の大量生産や労働の切り売りによる現金収入の増大が不可欠となった。そうした生活スタイルは、労働の喜びをなくし、地域の人間関係を希薄にしてきた。田舎暮らしは刺激がなく、楽しいことがなく、若者は村から都会に移り住み、お年寄りだけになってしまった。空き家や耕作放棄地が増大し、過疎や限界集落がどんどん拡がっている。これらの問題を解消するには、田舎の持っているものの潜在価値見つけ出して、とことん活用していくことだと思う。そう考えれば、田舎には田畑がある。山がある。竹がある。山菜が生えている。カキやクリなどの果実がなっている。四季折々の花が咲き乱れている。魚が住んでいる池や川がある。山にはイノシシなどがいっぱい住んでいる。野菜つくりや米作り等に精通したお年寄りがたくさん住んでいる。生活の知恵を数多く持った貴重な財産である。また耕作放棄地や空き家はタダ同然で使用できる。空き家など住んでくれれば補助金を出すところもある。これらを昔のようにとことん活用するようになれば、田舎暮らしは張り合いも出てきて、むしろ都会よりはストレスのない人間らしい生き方をすることができるようになると思う。そのためには森田でいうところの、自分たちが元々持っていたものに焦点を当てて、とことん活用するというところに考え方を転換する必要がある。
2017.07.01
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