全41件 (41件中 1-41件目)
1

スマホとか液晶では、韓国のサムスンの後塵を浴びている昨今であるが・・・・・時宜を得たこの本が売れているそうで、本屋で中身をざっと見たわけです。なかなかいいジャン♪、買おうかどうか迷っています。【10年後に食える仕事、食えない仕事 】 渡邉 正裕著、東洋経済新報社、2012年刊<内容紹介より> グローバル化やIT化の進展によって、日本人の職の72%が急速に価値を失いつつある。世界経済の悪化が、その変化のスピードをさらに早めるだろう。失業は増え、給料の下落は止まらない。本書は、この困難な時代に立ち向かうために書かれた「仕事・職の航海図」だ。 あらゆる仕事・職を4つに分類、日本から消えゆく職業、逆に最後まで残る仕事などを豊富なカラー図版やチャートを使って分析しながら、では私たちはどのように対処すべきかを明快に論じる。 職の本で定評のある著者が放つ衝撃の一冊。就活中の学生も、現状に不安を感じているビジネスパースンも、定年後の再就職先に悩んでいる世代も必読です。 さあ、あなたの選んだ仕事は10年後もあると言えますか?<大使寸評>グローバル化、IT化が進んだ昨今、韓国や中国に伍して日本の強みを生かす仕事とは何か?外国人にとってハンディとなる日本語が、日本人の強みであるとする著者の切り口など、気に入っています。Amazon10年後に食える仕事、食えない仕事 また、著者HPのコラムが興味深いのです。著者の 渡邉さんは、エルピーダメモリやシャープの苦戦を、これらの職業はグローバル最低賃金に収斂する宿命にあると説いているわけで・・・・鋭いですね。リタイアした大使に実害は少ないといっても、危機感を持たざるをえないわけです。10年後、日本人が食える職業 これが「坂の上の雲」が見える仕事だ!より 本で示したとおり、まさに「重力の世界」にはまり込んで韓国企業らとの血みどろの戦いに敗れたエルピーダメモリは倒産し、同じ構図でシャープが台湾の鴻海精密工業との提携を発表するなど、ビジネスパーソンが職を得て食べて行くうえで危機感を持たざるをえないニュースも多い。 半導体や薄型テレビの歴史が示すとおり「重力の世界」の職業はグローバル最低賃金に収斂する宿命にあり、このエリアの拡大とともに、日本人の貧困は進み、職も失う。これが日本のサラリーマン賃金が年々下落傾向にある基本的な理由だ。私の分析では、個人も政府も何も対策を打たなければ、10年後には、国内就業者の72.5%を占める「重力の世界」の働き手は賃金が下がるか、失業する。渡邊さんは、次のように「日本語ネイチィブのメリット」を説いているけど、韓国で英語での仕事を強いられた大使としては、強く賛同する次第です(笑)「日本人メリット」で食える仕事の条件より◇「日本人メリット」とは何か 分かりやすいように、究極的に経済のグローバル化が完了した「国境なき世界」を想定してみよう。そこでは人類70億人が、日本を含むあらゆる国の労働市場に、当たり前のようにアクセスできる。ハングリー精神旺盛な中国人やインド人は、豊かさを求めて、賃金水準がアジア一高い豊かな国・日本へと、雪崩を打って押し寄せてくる。 中国人もインド人も10億人単位で存在し、高等教育を受けた優秀な層が上位1割だけとしても、その2国の優秀層だけで、日本人全体の人口を上回る。生まれたときから豊かでハングリー精神を失っている平均的な日本人が、これらの新興国人とハンデなし、横一線でまともに競争したら、残念ながら勝ち目はない。超優秀な一部を除いて、多くの日本人は失業してしまうだろう。 ところが神も心得たもので、『バベルの塔』の話ではないが、そのようなことにはなっていない。現実世界では、各国で言語も文化も異なり、各国政府が国益を追求して、労働者の参入規制を行っている。たとえば外国人が中央政府の官僚の職に就くのは不可能だ。どんなにグローバル化が進もうが、言語や文化、そして国による規制が参入障壁となって活躍できない職業は存在し続ける。 たとえば超優秀な中国人が3年で日本語をマスターして朝日新聞の記者になったとして、日本でスクープをとれるだろうか。日本の政治家や官僚はもちろん日本人である。警戒して、あえて中国人記者に重要な情報を一番最初に話すとは、到底考えられない。ましてや日本語ネイティブでない以上、名文家として『天声人語』を書けるようにもなれない。引き続いて著者のブログ編集長ブログを読んでみます。
2012.04.30
コメント(0)
<空洞化/海外進出情報>空前の円高と政府の無策?により、企業の海外移転は止まらないようです。日本が生き残るためには、中国が出来ずに日本だけが出来ることに集中しなければならないようです。とにかく、集中投資と人海戦術による価格破壊のようなコストに勝てるわけがありません。最近はビジネスモデルの違い(垂直統合/水平分業)が取り沙汰されるようです。・・・・そういう趣旨で空洞化/海外進出情報を集めています。4/23「VSサムスン」中国と台湾の温度差より 電子機器受託生産(EMS)世界最大手の台湾Foxconn(=鴻海)社が、シャープと資本・業務提携するという超弩級のニュースが話題を独占した3月下旬のEMS/ODM業界。フォックスコンを率いる郭台銘董事長が韓国Samsung Electronics社への対抗意識をむき出しにしていることから、「日本・台湾連合VS韓国」という図式で語られることの多かったこの提携だが、4月に入っても、同じ構図のニュースが続くことになった。テレビ事業のテコ入れを図るソニーによる台湾、中国業者との提携話だ。 一つはソニーがパネル大手の台湾AU Optronics社(AUO=友達)と、アクティブマトリクス式有機EL(AMOLED)テレビ製造で合弁も視野に入れた提携交渉を進めているというニュース。さらに、中国家電大手でテレビシェア首位のHisense社とは、中国での販路拡大のほか、テレビの生産委託で交渉しているというもの。いずれも日本発のニュースだが、これを報じた中国、台湾メディアはおしなべて、「日中台連合でSamsungに対抗する」という日本の論調を前面に出して伝えていた。 さて、日系、台湾系、中国系による今回の一連の提携話では、日台から目の敵にされている感のあるSamsungだが、中国での動きで最近、気になる報道があった。 当社も「中国西安、サムスン誘致成功の裏に過剰な優遇? 15年間は収入なしか」として伝えたが、Samsungのフラッシュメモリ工場の誘致に成功した中国陝西省の西安市が、総額2000億元(1元=約13円)にも上る優遇を与える約束が決め手となり誘致を勝ち取ったのではないか、とするものだ。 一連の報道が、西安とSamsungを批判する意図があったのは明らか。ただ一方でこの報道は、Samsungが中国の地方にとって、常軌を逸する優遇を与えてでも誘致したい存在であることを浮き彫りにしたのも、また明らかだ。 江蘇省昆山に生産拠点を置くEMSのある台湾人幹部は、「日本の技術のみが欲しい台湾系のEMS/ODMと異なり、生産拠点、市場、労働力を提供する形になる中国にとっては、Samsungも大切なお客様だ」と強調。「『対Samsung』でも中国は、台湾とは温度差があることを、日本は頭の片隅に置いておくほうがいいだろう」と話している。 4/23韓国サムスンが日本人技術者引き抜き加速、人材戦略弱い国内勢より 韓国サムスングループが日本人技術者の引き抜き攻勢を強めている。巨額の赤字に苦しむ国内電機各社による事業縮小と人員削減。開発環境や処遇が悪化すれば優秀な技術者が自ら会社を離れても不思議はない。日本が先行する技術が人材とともに流出すれば、大きな競争力格差が生じかねず、逆境の今こそ持ち前の技術をビジネスに活かす人材戦略が必要だ。<年収10倍の提示も>「ここ半年、人事担当役員が直接、コンタクトしてくる」――。某大手ヘッドハンターがサムスン電子(005930.KS: 株価, 企業情報, レポート)などサムスングループによる日本人技術者引き抜きの様子を打ち明ける。これまでは日本に常駐するヘッドハンティング専門部隊が打診してきたが、最近は給与を即決できる役員からの「一本釣り」も多いと語る。 ハイテク業界で10年以上のキャリアを持つこのヘッドハンターによると、普段は東京、横浜、大阪に常駐している各10人前後のサムスンのヘッドハンティング部隊が独自に作成した人材候補リストを手に定期的に電話をかけてくる。だが、このところは役員が直々にヘッドハンターに働きかけ、年収の交渉に応じるなど採用のスピードを早めているという。 ロイターが独自に入手したサムスンの人材候補者リストには数十人の名前が並ぶ。社名、所属部署、年齢(30―50代)、会社と自宅の電話番号、メールアドレス、実家の住所まで入っている人もいる。技術者の担当分野はリチウムイオン電池、太陽光発電、エアコンのインバータ技術などで、いずれも日本企業が最先端の領域。勤務先はパナソニック、シャープ、東芝、ダイキン工業、三菱電機などだ。4/9シャープとの提携はEMSの終わりの始まりかより Tech-On!もフォックスコンの郭台銘董事長とのインタビューに、「必ず勝てる、共にSamsungに挑もう」という見出しをつけていたようだが、今回の提携を伝えた中国、台湾の論調で最も多かったのも、これに準ずるものだった。すなわち両社の提携が、Samsung Electronics社をはじめとする韓国勢に対抗することを目的にしたものだとするものだ。 このほか主要な論調としては、「シャープの狙いはフォックスコンの資金と生産能力の引き受け、フォックスコンの狙いはシャープの技術」「シャープとの提携でフォックスコンは、米Apple社が2012年の投入を目指すといわれるスマートTV『iTV』の受注と生産を目指す」というものが目立った。 郭董事長は今回、シャープの第10世代工場である堺工場の生産・販売を担当するシャープディスプレイプロダクト株のうち、シャープが保有する92.96%の半数に相当する46.48%を、660億円で個人で取得することになった。シャープによると、フォックスコンは同工場の生産能力の半数を引き受けるという。一方、台湾紙『経済日報』(3月29日付)は台湾業界筋の話として、フォックスコンが、シャープの技術である酸化物半導体(IGZO)技術を堺工場に導入し、AppleのiTV用パネル専用ラインにすると報道。部品からパネル、組立まで一貫した「ワンストップ・サービス」をアップルに提供するための体制整備を急ぐとしている。 同筋は、「最大顧客であるアップルの求めに応じ、フォックスコンはこれまでの組立業務から、パネルを含む川上の部品への取り組みを強化している。売上総利益率の高いコア部品を取り扱うことにより、フォックスコン自身も利益の向上が見込める」と指摘。「アップルがiTVを成功させるためには、完成品で競合するサムスン以外のパネルメーカーを育成する必要がある。シャープ、フォックスコンの提携をアップルが支えていく構図がある」と分析している。 3/31エルピーダメモリ破綻:再建支援入札に3社名乗り 東芝と米韓大手が争奪戦より 会社更生手続き中の半導体メモリー「DRAM」メーカー、エルピーダメモリの再建を支援するスポンサー企業候補に、東芝と米大手マイクロン・テクノロジーがそれぞれ名乗りを上げる方針を固めたことが30日、分かった。韓国・ハイニックス半導体も30日、入札に参加する意向を表明。エルピーダは4月中に入札を進め、5月にも絞り込みたい考えで、エルピーダ争奪戦が本格化する。 各社が関心を示すのは、エルピーダが製造するDRAMの中でも、需要が伸びているスマートフォン(多機能携帯電話)向け。動画のような大量のデータを記憶する根幹の部品で、エルピーダは高い技術を持つ。半導体メーカー各社はスマートフォン向けの需要拡大を見込み、DRAMに別の半導体部品「フラッシュメモリー」を組み合わせて効率を高めたチップの開発に力を入れている。 東芝は02年に価格下落が激しいDRAMから撤退し、フラッシュメモリーに集中してきたが、エルピーダのDRAMを組み合わせたチップを製造しており、エルピーダを支援すれば、製品開発で相乗効果が見込めると判断したもようだ。一方、マイクロンはエルピーダの更生手続き入り前から提携交渉を進めており、自社のフラッシュメモリーとの相乗効果を狙う。ハイニックスはDRAMで世界2位。首位の韓国・サムスン電子に対抗する狙いがあるとみられる。12/4日産「新設計車は海外生産」 円高影響、COO表明より日産自動車は、円高で輸出の採算が悪化しているため、車台から新設計する新型車で輸出が多い車は、今後は原則として海外で生産する方針を明らかにした。従来車の改良型は日本で生産し続ける。国内100万台の生産体制は維持する。 志賀俊之最高執行責任者(COO)が3日、朝日新聞の取材に明らかにした。「全く新しいプロジェクトの車を日本から出す(輸出する)のは、今の(1ドル=70円台後半の)為替では成立しない」と述べた。 いまある車の改良では、車台など多くの部品をそのまま使うため、生産ノウハウがある日本で安く作って輸出もできる。しかし、スポーツ用多目的車(SUV)など、これまでにない車を新設計して生産・輸出するのは、円高で採算が合わない。このため海外で生産する。 11/21岐路に立つ「メイド・イン・ジャパン」、円高に悩む製造大国の未来はより(文字数制約のため省略)11/2トヨタ、韓国に米から初輸出へ ウォン安・FTA見据よりトヨタ自動車は1日、米国で生産した車を韓国に初めて輸出すると発表した。現在、韓国への輸出車はほとんど日本で生産しているが、ウォン安・円高が続いていることに加え、米韓の自由貿易協定(FTA)が発効すれば、将来は輸出車への関税がゼロになることも視野に入れている。 米国から輸出するのはインディアナ州の工場で生産するミニバン「シエナ」。月50台の輸出を計画している。韓国が左ハンドルであることも米国から輸出する理由だという。 米韓はFTAの批准手続きを進めており、来年1月の発効を目指している。米国はFTAを通じて輸出増と国内の雇用増を目指しており、米国の政策に沿った形になった。9/29パナソニック、大阪のリチウムイオン電池工場の増産を中止より(文字数制約のため省略)9/28ついに「世界金融危機」の狼煙は上がったより(文字数制約のため省略)1日の文字数制限で一部削除しましたが、全文は「ここ」に入れておきます。
2012.04.29
コメント(0)

連休に突入したが、例年この時期は晴走雨読の大使でおます♪我が家の本棚には、積読状態の本とか、有ること事体忘れている本などがあるので・・・・連休の暇にまかせて蔵書録を作る気になったのです。その蔵書録を作る効用であるが・・・・情報整理もさることながら、有ること事体忘れている本の二度買いを防ぐこともできるわけです。(とにかく二度買いが分かった時の悔しさは皆さんよくご存知ですね)それから、蔵書録フォーマットを並べてみるとけっこうきれいなんですね♪ということで、蔵書録の一部を並べてみます。(暇なこっちゃで)【韓国併合】海野福寿著、岩波新書、2004年刊<「BOOK」データベースより>江華島事件を口実に朝鮮の開国に成功した日本は、清国との角逐や欧米列強との利害調整をくり返しつつ、日清・日露戦争をへて、一九一〇年、韓国を「併合」する。それは同時に、朝鮮政府・人民の粘り強い抵抗を排除する過程であり、苛酷な弾圧の歴史でもあった。朝鮮植民地化の全過程を、最新の研究成果にもとづいて叙述する待望の通史。 <大使寸評>この本は一部読んだままで積読状態であるが・・・・悔しいことに本棚に2冊あるのです。いい本なんだけどね。Amazon韓国併合【ごく普通の在日韓国人】姜 信子著、朝日新聞社、1987年刊<「BOOK」データベースより>筆者は「在日韓国人3世」。大学卒業後、就職、結婚、出産という経験の中で、「国籍」ゆえのさまざまな障害にぶつかる。しかし、彼女の願いは「民族」や「国籍」という枠を超えて、自由に、のびのびと「ごく普通に生きたい」ということだけなのだ。これからの在日韓国・朝鮮人と日本人の生き方を問う注目の問題作。ノンフィクション朝日ジャーナル賞受賞。 <大使寸評>この本は積読でまだ読んでいないので、読んでみよう。Amazonごく普通の在日韓国人【日本美術応援団】赤瀬川原平×山下裕二著、筑摩書房、2004年刊<「BOOK」データベースより>絵の神様のように扱われる雪舟だが、よくよく見ると彼の描く絵はちょっとヘン。あの有名な「天橋立図」も凄いんだがどこかヘン。尾形光琳にはなくて、宗達にはある、“乱暴力”とは?雪舟、等伯から、縄文土器や根来塗の器まで日本美術を幅広く応援。教養主義や美術史にとらわれない、大胆不敵な美術鑑賞法を提示する。カラー図版満載。 <大使寸評>この本は一度読んだが、有ること事体忘れていた本である・・・・また買いそうなので、要注意である。Amazon日本美術応援団【愛と幻想とファシズム】村上 龍著、講談社文庫、1990年刊<「BOOK」データベース>激動する1990年、世界経済は恐慌へ突入。日本は未曽有の危機を迎えた。サバイバリスト鈴原冬二をカリスマとする政治結社「狩猟社」のもとには、日本を代表する学者、官僚、そしてテロリストが結集。人々は彼らをファシストと呼んだが…。これはかつてない規模で描かれた衝撃の政治経済小説である。 <最も参考になったカスタマーレビューAmazon>より 久しぶりに本棚にあったこの本を読んでみて,作者が当時,そして現在も抱えている危機感を,20年遅れてようやく共有できた気がした。 いまだにこの小説が80年代前半に書かれたことが信じられない。まるで今の日本を20年後の歴史家が,当時を思い起こして描いたかのようである。 例えば「グローバリゼーション」というコトを使わずに,この現象が正確に描かれるので,逆に本質がよくわかる気がする。 「現在」を映し出すように描かれた小説はいくらでもあるが,誰もみたことのない「未来」を見てきたように正確に描いたこの小説は恐るべき文学である。 【司馬遼太郎の風景2】司馬遼太郎著、日本放送出版協会、1998年刊<「BOOK」データベース>より近江から海を越えて朝鮮半島へ!日本人の祖形を探し求めた旅の始まりである。(湖西のみち・韓のくに紀行)。詩的な存在にして思索の原点モンゴル。草原の民の過酷な運命を辿り生きる意味を問う。(モンゴル紀行)。日本とはどういう国か日本人とは何者か「街道をゆく」における思索の道筋を追った、壮大な紀行ドキュメント。 <大使寸評>この本は父の本棚で見つけた本であり、つまり親子二代から着目された本なのです。韓国とモンゴルの取材写真も豊富にあり、大使お奨めの本である。Amazon司馬遼太郎の風景2【走ることについて語るときに僕の語ること】 村上 春樹著、文藝春秋、2007年刊<「BOOK」データベースより>1982年秋、専業作家としての生活を開始したとき、彼は心を決めて路上を走り始めた。それ以来25年にわたって世界各地で、フル・マラソンや、100キロ・マラソンや、トライアスロン・レースを休むことなく走り続けてきた。旅行バッグの中にはいつもランニング・シューズがあった。走ることは彼自身の生き方をどのように変え、彼の書く小説をどのように変えてきたのだろう?日々路上に流された汗は、何をもたらしてくれたのか?村上春樹が書き下ろす、走る小説家としての、そして小説を書くランナーとしての、必読のメモワール。 <大使寸評>「継続は力なり」を地で行くような村上春樹のメモワールであり、市民ランナーとして思い当たるふしの多い本である。読破するのが惜しいので、少しづつ読んでいるが・・・これもある意味、積読になります。Amazon走ることについて語るときに僕の語ること
2012.04.28
コメント(2)
大使がテクノナショナリズムに目覚めたのは、中国が突如レアアースの売り惜しみを始めた時以来である。過っての米騒動も米問屋の売り惜しみに端を発しているように、高値狙いの売り惜しみには、とかく恨みをかうわけです。 ところで、シャープの亀山工場は最新鋭の自動化工場であるにもかかわらず、シャープは経営不振でFoxconn(=鴻海)との合弁話が進んでいるようです。テレビ事業をはさんで、日中韓台の4つ巴で合従連衡の動きがあるようだが・・・・とにかく、この業界が中国主導になることだけは阻止すべきであると思うのです。さらに、日本は「打倒中国の経営理論」を打ち立てるべきだと、大使はヒートアップするわけですね。(レアアースの売り惜しみのせいです)このあたりの事情が気になっているので、昨日いらいツイートを集めてみました。EMSという新しいビジネスモデルにとまどう日本であるが・・・・ 経済分野においても夷荻連合を主導して、中華に対抗するのが日本の使命というべきだろう。posted at 06:13:05EMSの根幹は部品の大量生産にあるが、大量生産とは中国の得意技である。 台湾のFoxconnが中国企業を使ってEMSの成果を上げるのは良しとしよう。 問題は、中国の組立て販売企業が自国の企業を使うEMSなんだろう。posted at 22:56:24EMSは系列企業だけでなく、全世界の企業を相手に大規模生産する。 打倒サムスンでなく、中国のEMSが育つ前にに台湾と組むという戦略が必用なんだろう。posted at 22:34:27シャープ、エルピーダは円高ではなく、垂直統合という古いビジネスモデルに固執したため敗れたようであり、巨大EMSのFoxconnなどと組むのがトレンドのようだ。posted at 22:25:07赤字のパナソニック、シャープは垂直統合であり、黒字のFoxconn、東芝は水平分業(=EMS)である。液晶テレビに限れば垂直統合のサムスンはFoxconnに勝てない。posted at 22:13:08鴻海CEO郭氏が激白,「最強の液晶工場を堺に作る」 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20120425/214971/ #techon 鴻海の労務管理、スピードとシャープの技術、自動化工場があれば、サムスンに勝てるということか。posted at 07:09:19「VSサムスン」中国と台湾の温度差 http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120421/214290/「日本・台湾連合VS韓国」という図式で語られることの多かったこの提携だが、4月に入っても、同じ構図のニュースが続くことになった。posted at 17:05:18日中韓台4つ巴の合従連衡に関するエントリーです。「日本の技術のみが欲しい台湾系のEMS/ODMと異なり、生産拠点、市場、労働力を提供する形になる中国にとっては、Samsungも大切なお客様だ」とのことで、中韓連合も要注意のようですね。4/23「VSサムスン」中国と台湾の温度差より 電子機器受託生産(EMS)世界最大手の台湾Foxconn(=鴻海)社が、シャープと資本・業務提携するという超弩級のニュースが話題を独占した3月下旬のEMS/ODM業界。フォックスコンを率いる郭台銘董事長が韓国Samsung Electronics社への対抗意識をむき出しにしていることから、「日本・台湾連合VS韓国」という図式で語られることの多かったこの提携だが、4月に入っても、同じ構図のニュースが続くことになった。テレビ事業のテコ入れを図るソニーによる台湾、中国業者との提携話だ。 一つはソニーがパネル大手の台湾AU Optronics社(AUO=友達)と、アクティブマトリクス式有機EL(AMOLED)テレビ製造で合弁も視野に入れた提携交渉を進めているというニュース。さらに、中国家電大手でテレビシェア首位のHisense社とは、中国での販路拡大のほか、テレビの生産委託で交渉しているというもの。いずれも日本発のニュースだが、これを報じた中国、台湾メディアはおしなべて、「日中台連合でSamsungに対抗する」という日本の論調を前面に出して伝えていた。 さて、日系、台湾系、中国系による今回の一連の提携話では、日台から目の敵にされている感のあるSamsungだが、中国での動きで最近、気になる報道があった。 当社も「中国西安、サムスン誘致成功の裏に過剰な優遇? 15年間は収入なしか」として伝えたが、Samsungのフラッシュメモリ工場の誘致に成功した中国陝西省の西安市が、総額2000億元(1元=約13円)にも上る優遇を与える約束が決め手となり誘致を勝ち取ったのではないか、とするものだ。 一連の報道が、西安とSamsungを批判する意図があったのは明らか。ただ一方でこの報道は、Samsungが中国の地方にとって、常軌を逸する優遇を与えてでも誘致したい存在であることを浮き彫りにしたのも、また明らかだ。 江蘇省昆山に生産拠点を置くEMSのある台湾人幹部は、「日本の技術のみが欲しい台湾系のEMS/ODMと異なり、生産拠点、市場、労働力を提供する形になる中国にとっては、Samsungも大切なお客様だ」と強調。「『対Samsung』でも中国は、台湾とは温度差があることを、日本は頭の片隅に置いておくほうがいいだろう」と話している。 ちなみにレアアース禁輸措置がもたらしたことです。
2012.04.28
コメント(0)
固定価格買い取り制度(FIT)」が7月からスタートするのを前に、経産省の「調達価格等算定委員会」で審議が山場を迎えているようです。バイオマスのうち、特に「未利用木質バイオマス」発電が気になるのです。森林を維持するには、バイオマス関連施設の採算が取れて、かつ、高すぎない買取価格が求めらていると思うのだが、1キロワット時当たり33.6円~20円のうち、いくらが妥当なのか?バイオマス関連ニュースを集めています。 <【バイオマス関連ニュース】>4/26木質バイオマス発電、高値買い取りならハゲ山が増える?――自然エネルギー財団が「買い取り価格の抑制を」より今年7月に「自然(再生可能)エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)」がスタートするのを前に、経産省の「調達価格等算定委員会」で審議が山場を迎えている。太陽光、風力、地熱、小水力、バイオマスの5分野についてそれぞれ業界から出た希望価格を巡って、サヤ当てが続く。バイオマス分野においては、発電側が「未利用木質バイオマス」発電について、林地残材などの調達に費用がかかるとして、1キロワット時当たり31.8円の買い取りを希望している。それに対して、自然エネルギー財団(孫正義会長)は、高めの価格設定は有用木材の無駄な燃焼や非効率な林業の温存を招きかねないと懸念。大規模施設の場合は20~25円、約2年で林業側の体制が整うと想定して3年目以降は20円以下という低めの価格提案を含む「FIT制度における木質系バイオマス発電に係る提言」を発表していた。持続的な森林活用を目指す同提言では、地域還元型の中小規模施設の普及を図るために1000キロワット以下の施設でのみ当初2年は30~35円という高めの価格を示していた。NPO法人日本の森バイオマスネットワーク(宮城県栗駒市)の佐々木豊志理事長は、「『未利用木材』の木質バイオマス発電の買い取り価格が高めに設定されると、『木を切って燃やせばもうかる』と森林の皆伐が横行し、森林が維持できない」と指摘する。最近では、九州を中心に、皆伐されて再植林されず、ハゲ山状態になった森林が増えているとの報告もある。森林資源は建築資材や住宅建材に使われる限りはCO2が固定され続けるが、燃やしてしまえば再びCO2が大気中に戻る。温室効果ガス抑制の観点からも、木質バイオマス発電の急伸長を懸念する専門家も多い。25日にまとまった未利用木材を使った木質バイオマス発電の買い取り価格の委員長案は、1キロワット時33.6円と高めで、施設規模も考慮しないものだった。買い取り価格は、委員会などの意見を参考にして経済産業大臣が決定する。3/29再生エネ促進へ規制緩和=103項目方針、閣議決定へ-刷新会議より 政府の行政刷新会議の規制・制度改革分科会(会長・岡素之住友商事会長)は29日、エネルギー分野に関する103項目の規制改革方針をまとめた。風力発電施設の設置要件緩和やバイオマス発電事業者の負担軽減など、再生可能エネルギー促進に向けた制度の見直しが柱。これを受け、政府は近く同方針を閣議決定するとともに、一部項目をエネルギー・環境会議が定める行動計画に盛り込む。 風力発電所の設置はこれまで環境影響評価に最大で480日の審査期間が必要だったが、これを90日に短縮することで事務手続きの迅速化を目指す。また、バイオマス燃料は通常の廃棄物処理に必要な許認可の例外扱いとする方向で検討し、バイオマス発電の普及を後押しする。2/4再生可能エネルギーより◆導入費用など県から助成へ◆ 県は新年度予算案で、木材チップ・ペレットを火力発電やボイラーに使う木質バイオマス、小規模な水力発電などの地域資源を、再生可能エネルギーとして活用する取り組みを支援するための事業費を盛り込む。溝口善兵衛知事が3日、定例記者会見で明らかにした。 福島第一原発の事故を受け、国は再生可能エネルギーの活用に力を入れる方針を打ち出している。県は県土の8割近くを占める森林や、総延長6400キロ以上に上る農業用水路などをエネルギーに有効利用して、地域活性化に役立てる。公民館の電力や、温浴施設の熱源にする取り組みなどを想定している。 土地資源対策課によると、助成対象は再生可能エネルギー事業を新しく始める市町村や民間企業・団体など。初期設備の導入や技術開発にかかる費用に対して1年間、補助金を出すことを計画している。 県の政策提案制度に基づいて、若手職員グループが提言したエネルギー政策を元に検討したという。11/26「EUはバイオ燃料政策の見直しを」、国連専門家より 食の権利に関する国連(UN)特別報告者、オリビエ・デシューター氏は25日、欧州連合(EU)本部のあるベルギーのブリュッセルで記者会見し、EUはバイオ燃料政策を見直す必要があると述べた。 オリビエ氏は「EUがバイオ燃料を生産すればするほど、世界の他の地域から植物油を輸入せざるをえなくなる」と警告した。 経済的に有望だとされたバイオ燃料市場に引きつけられた生産者などが、原料となるサトウキビやサツマイモを栽培する土地をアフリカで購入するなど多額の投資をすでに行っているため、後戻りすることが難しいことを認めつつオリビエ氏は、「EUはその政策を根本的に見直す必要があるだろう」と述べた。 世界の当局者や専門家、科学者の間で、バイオ燃料を推してきた過去数年間の動きは誤りだったと指摘する声が増えている。一時は地球温暖化に対する「魔法の解決法」ともてはやされたバイオ燃料だが、オリビエ氏は「温暖化ガスを削減する効率的な手段ではない」と述べた。 欧州委員会は2012年にこの問題についての報告書を発表するため、準備を進めている。営業運転を開始した日本3番目規模の木材チップ専焼発電より2009年の日本国産の木材チップ生産量は513万トン、輸入量は1,048万トンで、国内の木材チップ供給量は1,561トンであり、67%は海外からの輸入で賄われた。2008年は国産チップが580万トン、輸入チップが1,472万トンの合計2,052万トンであったので、2009年は前年と比較して24%の木材チップの消費が減少した。これは、景気悪化による紙・板紙の生産量の減少のほか、製材生産量の減少や住宅解体戸数の減少が原因である。日本国産木材チップの原料は素材(原木)が240万トン、林地残材が11万トンであった。一方、原木をマテリアル利用した後に廃棄される工場残材が169万トン、解体材・廃材が93万トンなので、約50%は廃棄された木材を用いてチップとして再利用していることになる。国産木材チップの用途は、紙・パルプ製造用が80%を占め、発電用が5%、乾燥施設熱源用が2%でエネルギーとしての利用は10%程度である。オリックスは、2011年9月に「木材チップ専焼の吾妻木質バイオマス発電所の営業運転を開始した」と発表した。発電規模は13,600kW、年間送電量は8,500万kWhである。これは、一般家庭に換算した場合、約24,000世帯分の年間電力使用量に相当する。燃料となる木質チップは群馬県内および近隣県の木質チップ業者から年間約13万トン購入する。2011年2月には、日本国内最大規模、出力33,000kWの木材チップ専焼発電所である「川崎バイオマス発電所」が操業を開始した。2番目は「神之池バイオエネルギー発電所」(茨城県神栖市、出力21,000kW)で、この「吾妻木質バイオマス発電所」は日本で3番目の規模となる。日本で、大規模木質バイオマス発電が本格化してきた。5/9木質バイオマス発電再興 被災地の廃材燃料化、受け入れ強化より 東日本大震災を機に、木材チップなどを燃料にした木質バイオマス発電事業が復権の兆しをみせている。被災地では家屋などのがれき処理が課題となっているが、この廃材をチップに加工し燃料に活用しようという動きが活発化。特に東北地方に発電施設がある企業は受け入れ態勢を強めている。◆素早い産廃処理認可 「通常は1年近くかかる産業廃棄物処理の認可が、たった1カ月で下りた」 山形県内で木質バイオマス発電所や木質チップ加工所を運営する「日本バイオマス開発」(東京都港区)の鈴木誠社長は、4月に認可が下りた山形県の素早い対応に驚きを隠さない。◆バイオマス発電所は、全国に100カ所程度あり、民間企業が運営している。 2004年ごろから自然エネルギーの活用ブームに乗り、太陽光発電などとともに脚光を浴びた。しかし、木材チップが高価で安定調達が難しいなどの理由から普及せず、今年2月に総務省がまとめた「バイオマスの利活用に関する政策評価書」によると、バイオマス関連施設の約7割が赤字と報告され、経営が成り立ちにくいのが現状だった。5/19震災廃棄物の処理へマスタープラン住友林業ら三社出資の川崎バイオマス発電所が営業運転を開始東北電力への木質バイオマス燃料の導入「ガレキの再生」と「雇用」「地場産業の振興」
2012.04.27
コメント(0)
アメリカが狂ったように開発を進めるシェールガスであるが・・・・アメリカが絡むだけに、大丈夫?という感がぬぐえないのです。とにかく拝金の国であり、あのチェイニーさんが水圧破砕法を推進しているようだから・・・・アメリカの環境に及ぼす影響は甚大なようです。おりしも26日報道では、シェールガス採掘、地震誘発?M3以上6倍と伝えています。三菱商事がカナダ鉱区のシェールガス権益を手に入れたが、環境対策を採りながら安価なガスが得られるものだろうか?日本も地球市民という立場では、環境を無視できないはずですね。それでは大場紀章さんの「シェールガスの環境問題」の具体的な中身というエントリーを読んでみましょう。4/23「シェールガスの環境問題」の具体的な中身より<意外に知られていない環境問題の中身>さて今回は、これまで述べてきたような、めまいのするほど複雑なエネルギー供給システムの話題から一度離れて、最近一般の方でも注目度が高くなってきた「シェールガス」の環境問題に焦点を当てたいと思います。 シェールガスについて「環境問題があるらしいよ」と言う人が多いのに対し、シェールガスの環境問題をきちんと扱った情報を日本で目にする機会が驚くほど少ないと感じています。シェールガスの環境問題は、唯一の本質的問題というわけではないのですが、しっかり押さえておくべきポイントの一つだと思います。 シェールガス開発に伴う環境問題には、主に以下の5つが挙げられます。 (1)掘削に用いられる化学物質(潤滑剤、ポリマー、放射性物質など)およびメタンガス(天然ガス)などによる地下水の汚染(2)採掘現場から空気中に漏洩するメタンガスによる健康・爆発・温暖化リスク(3)温暖化問題に対する総合的な影響(メタンガス漏洩・開発に伴う森林伐採・再生可能エネルギーの導入抑制効果・安価なガスによる消費拡大)(4)大量の水を使うことによる地域の水不足リスク(5)排水の地下圧入による地震発生リスク シェールガスの採掘に使われる水圧破砕(ハイドロフラクチャリング)という技術は、化学物質を添加された大量の水を地下に圧入することで、ガスが存在する地層にヒビを入れてガスを取れやすくします。その際に使用した水の一部は、地上に戻り一時的に作られたため池に入れられ、処理をして再利用されるか、地下や川などに捨てられます。これらのプロセスにおいて、(1)(4)(5)のような水質汚染・水不足・地震のリスクが発生します。 また、シェールガスの開発は、従来型の天然ガス田に比べ一つの井戸から生産されるガスの量が少ないので、結果として比較的多くの井戸を掘ることになります。そのため、ガスの漏洩や森林伐採といった(2)(3)の問題が、従来型の天然ガスに比べ発生しやすくなります。もう一つの特徴は、シェールガスは現時点で米国のガス価格が安価であることに貢献していると考えられているため、安価な天然ガスが再生可能エネルギーの開発を鈍化させたり、経済成長に貢献して結果的に温室効果ガスの増大につながったりするのでは、と懸念している人たちがいます(3)。 実際、2010年以降米国における風力発電の導入量は激減しました。これはシェールガスによって天然ガス価格が下落したことに原因があると考えられています。米国経済の持ち直しも、シェールガスが一役買っているという見方があります。 <EPAが地下水汚染との関連を言及> これらの問題の中でも、最も身近で強く懸念されているのが、(1)の中の化学物質による地下水の汚染です。水圧破砕法は60年以上前から米国で少しずつ発達してきた技術ですが、試行錯誤の末、効率的な生産のために付加される化学物質の種類が徐々に増えていきました。 しかし、用いられる化学物質は企業秘密で非公開とされてきたため、環境影響評価の調査を行うことすら困難で、たとえネガティブな調査結果が出たとしても業界や政府の圧力によってもみ消されてしまってきたといわれています。最近になってシェールガスとその環境問題に対する注目が高まってきたこととともに、研究者や米国環境保護庁(EPA)の努力の結果、使用している化学物質の開示や、環境影響評価が広く行われるようになりました。 2011年12月、ワイオミング州パヴィリオンにおける調査に関して、EPAは連邦政府として初めて水圧破砕法と地下水に含まれる化学物質に因果関係があり得る(likely)とする報告書草案を発表しました。 検出された化学物質として、ガソリン、軽油、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、ナフタレン、イソプロパノール、グリコールなどが挙げられています。ベンゼンなどは、発がん性があることでも知られていますが、サンプルの中には米国の環境基準を超える濃度のものもありました。 これらの化学物質は、採掘時というよりは使用済みの汚染水を貯蔵するため池からの漏洩や、汚染水を地下に圧入廃棄する段階で汚染が発生している可能性が高いと考えられています。 この結果に対し、ガス産業界は水の層とガス層の深さの違いや、技術的に管理は可能であると反発していますが、「シェールガスバブル」に便乗して参入した中小ガス企業が、劣悪な管理で採掘して環境汚染を引き起こしている可能性は十分にあると思われます。一部地域では飲めなくなった水の代わりにガス会社が水を配給しているところもあります。まだまだ、因果関係をめぐる論争は、始まったばかりです。 <放射性物質の影響も論争に>1日の文字数制限で一部削除しましたが、全文は「ここ」に入れておきます。<環境規制による価格上昇リスクも> シェールガス開発に伴う森林伐採、安いガス価格による再生可能エネルギーの抑制の効果、消費拡大効果が温暖化問題に及ぼす影響については、必ずしもシェールガス特有の問題とは言えない上に、議論が複雑になりすぎると思われるので今回はこれ以上は触れませんが、米国や今後シェールガス開発を行う国が本気で温暖化問題に取り組む場合、懸念すべき論点になるかもしれません。 (4)の水不足の問題は、現時点の米国では、水の再利用率を高めるなどの対応によって大きな問題となってはいませんが、水不足の地域に多くのシェールガス資源が確認されている中国や、比較的米国より水資源が貴重な欧州では、問題となる可能性があります。 (5)の地震の問題は、最近になってシェールガス開発との因果関係を示唆するデータが増えてきており、米国だけでなく現在開発を推進するかどうか検討中の英国においてもホットな話題です。今後、情報がまとまってきたときに機会があれば説明させていただくことがあるかもしれません。 いずれにしても、これらの環境問題のいくつかは、浄水設備をつけるなど技術的な対策である程度、環境影響を抑えることが可能です。ただし、そのためには厳しい規制をかけて環境対策を義務付ける必要があります。そして規制の強化は採掘コストの上昇につながります。 本質的に対策が困難なそれ以外の化学物質の地下水混入などに関しては、そのネガティブな影響をどう捉えるか(原子力や石炭よりはましと考えるか、など)にかかっています。 既に、フランスとブルガリアでは、環境問題の懸念から国としてシェールガス採掘を禁止しました。米国のいくつかの州や南アフリカのように、環境影響評価が定まるまでは開発を行わないとしている地域もあります。環境問題も、シェールガスの将来を考える上で決して無視できません。 将来的に日本が輸入することになるかもしれないシェールガスについて、その環境リスクについて少しでも関心を持っていただければ幸いです。 とにかく反米の大使は、アメリカ発のシェールガスに期待できるか?と懐疑的なんですが。
2012.04.26
コメント(0)
5月27日に、浜坂町(兵庫県日本海側)で麒麟獅子マラソンがあるんですが、ハーフにエントリーしているので・・・・出走1ヶ月前ともなると、さすがに真面目に練習しようという気がしてきたのです。<レース前練習計画>ハーフなら飛び込み出走でも完走できるわけだから・・・・特に練習計画は立てず、気分次第の練習とします(マラソンの神:あとで辛いめに逢うでぇ)若かりし頃は、ハーフ程度なら、都合がつかない人の代理出走したことがあります♪<バス、宿泊申込み内容>4/25申込み皆さん早めに申込み済みのようで、宿泊予約は一人だけ空き有りとのことでした(汗)・マラソンバス:JR神戸駅南発(往復5000円)、追って振込み票が届く・宿泊:諸寄YH(5500円)会場から2K、追って案内書が届く<気づき点、他>・この時期、晴れたら相当にきついので・・・・高温対応の練習も必要かな~?・このレースの特典は何といっても、前夜祭、大量のお土産と、レース後の温泉無料利用券でおま♪かってハーフなら練習しないでも体力と根性でなんとかなる と豪語した大使であるが・・・2009年「志摩ロードパーティ」では2時間11分という平凡な記録でヘロヘロでゴールしています。麒麟獅子マラソンパンフ
2012.04.25
コメント(2)

<中国製EVの動向は如何?>「北京ショー」で、中国製EVの動向が見えてきたが・・・・売れない中国製EVと、あなどっていたがやる気十分のようです。4/24【北京ショー】BYD Auto社、HEV「F3DM」の進化版「秦」を展示より 中国BYD Auto社は、2012年4月23日から北京の新国際展覧センターで始まった「AutoChina2012(北京モーターショー)」(一般公開日:4月27日~5月2日)に第2世代の「F3DM」を「F3DM Qin(秦)」と名づけて展示した。HEV(ハイブリッド車)モードとEV(電気自動車)モードを切り替えて使う。EVモードの航続距離は50km。HEVモードで発進から100km/hまでの加速時間は6.9秒。F3DM Qin(秦)4/19中国政府、EVとPHVの普及計画公表…2020年までに500万台より米国を上回り、2009~11年、3年連続で世界最大の新車販売台数を記録した中国。その中国が、今度は壮大な環境対応車の普及計画を打ち出した。これは18日、中国政府が公表したもの。中国政府が今後の中国における代替燃料車の開発に関して、声明を出したのだ。この声明の中で、中国政府は「2020年までに、EVやプラグインハイブリッド(PHV)を500万台、中国で普及させる」と宣言。2015年までに50万台を目標としている中国が、その後の5年間で、一挙に10倍ものEVとPHVを普及させるという野心的な構想である。また、ガソリン車の新燃費規制案も公表。2015年、2020年と段階的に燃費規制を強化する。これと連動して、中国政府はEVやPHVへのシフトを進める計画だろう。一方でEV用インフラでは、韓国勢も含めてきな臭いようです。4/13ワイヤレス給電に“猛スピード”で取り組む韓国勢より 電力を無線で伝送するワイヤレス給電技術。その国際標準化や技術開発において、韓国のメーカーや研究機関が、非常に活発な動きを見せています。<CEAでの標準化、走行中給電の技術開発も> まず標準化に関しては、米家電協会(CEA:Consumer Electronics Association)で携帯機器や車載機器向けワイヤレス給電方式の標準化を進める「R6.3 Wireless Power Subcommittee」において、Hyundai社の担当者が議長を務めており、LG Electronics社などの提案によって方式の議論が着々と進んでいるそうです。CEAで規格化された内容は、その後IECの国際標準規格につながっていく可能性もあるなど、家電業界にとって重要性の高い議論の場と言えます。CEAでの標準化の下準備のためか、韓国国内の業界団体であるTTA(Telecommunications Technology Association)には、CEAの各WGに沿った形で標準化プロジェクトが立ち上がっており、2012年中にもインタフェース仕様や制御手法などが規格化されるもようです。 プロジェクトにはSamsung Electronics社やLG Electronics社などが加わっている他、韓国政府の意をくんで、韓国放送通信委員会(KCC)も積極的にサポートしています。このほかSamsung社やKT社などがMFAN(Magnetic Field Area Network)との名の下、非接触充電のユースケースやシナリオ、標準化などを検討中とのことです。 サムスンのコバンザメ商法には痛い目にあっているだけに、要注意かもしれないですね。また、中国製EVなどとバカにしていては、そのうち痛い目にあうのかも?
2012.04.25
コメント(0)
<少数民族ニュース>儒教、体制あるいは孔子的なものに弾圧される少数民族が居ると思うので、注視しています。なお、日本も少数民族としてとりあげます。4/25石原都知事の尖閣諸島購入宣言、今は冷静な中国より 石原都知事が、ワシントンの保守派シンクタンク・ヘリテージ財団での講演で、尖閣諸島の一部を買い取る意向を発表したのは16日(米国時間)のこと。地権者とすでに購入の基本合意ができていて、来年4月にも都が正式取得する構えだという。購入額がいくらなのかは、はっきりとされていないが、2011年に同じ地権者に中国人から40億円で購入の申し入れがあったという。地権者は国家利益を考えて拒絶したそうだ。 報道されているところを整理すると、地権者は2010年9月の尖閣諸島周辺で発生した中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故で危機感を感じ、個人で島の領有を守っていくことに限界があるとして、自民党の山東昭子議員に相談していたそうである。山東議員の仲介で都知事との交渉がはじまった。ちなみに地権者は衝突事件での民主党政権の対応にも強い不満を持っており、民主党政権には売りたくないそうだ。地権者は都が買いとり、島を自然公園など活用してくれることを望んでいるとか。 このニュースはすぐに中国に伝わり、関連記事が多く流れた。その反応をざっくりと紹介してみよう。 私が最初にみた中国の反応は、財訊ニュース(17日午前 北京時間)。それによると、こうまとめてあった。「釣魚島(日本名:尖閣諸島)は本来個人所有するものではなく、その来歴は中国の領土から来ている。それを日本側だけで売買するのはでたらめの極みだし、もっと言えば、自分のところの物を自分で買う行為は国内資源の循環にすぎない。もし、東京政府が損することを気にしないなら、大金を使ってこの根拠のない買い物に無駄遣いすればいい。日本側だけの売買行為があったとしても、それは国際法上、何の効力もない。石原が言うところの、警察を釣魚島に駐在させるとか、開発するとかいう発言は全部夢の中の妄言にすぎない」 4/22「口しか使わず、耳を持たない中国」と法王・カンゼの田舎で250人拘束、10人重傷より 中国当局はチベット人たちが地域の教育や福祉を向上させよう、環境を守ろうと、自発的に学校や福祉協会、環境保護団体等を作ると、これを邪魔し、強制的に閉鎖し、関係者を逮捕する。中国政府はチベット人たちが団結し、助け合うことを喜ばず、すべて政治的意味を持つと見なすのだ。分裂工作を積極的に行っているのはチベット人ではなく中国当局であることが分かる。また、この分裂挑発行為には常に暴力が伴う。昨日、内地から伝えられた報告によれば、カンゼ州の田舎に武装警官隊が乗り込み、地域の福祉協会が暴力的に潰された。250人が拘束され、10人以上が負傷し病院に担ぎ込まれたという。4/9ウイグル人は「テロリスト」なのか?より チベット問題が、国際社会において大問題として認知されているのに比べて、われわれウイグル人の問題はほとんど知られていません」 先週、チベット亡命政府のロブサン・センゲ首相ともに、東京で開催されたシンポジウムに出席した、世界ウイグル会議(亡命ウイグル人組織、本部ミュンヘン)事務総長のドルクン・エイサ氏はこう訴えた。 チベットで、三十余名もの焼身抗議が起きたことは、私自身、本コラムでも幾度も伝えてきた。が、同時に、チベットの北に位置するウイグル地域(現在の新疆ウイグル自治区)で起きてきた、ウイグル人に関する事件については本コラムでもほとんど話題に上ることはなかった。 ところが、そのウイグル情勢に今後大きな影響を与えるか、と思われる国際ニュースが昨日来、続けて伝わってきている。ひとつは、インドとパキスタンの歴史的和解のニュース、もうひとつはトルコのエルドアン首相の新疆ウイグル自治区訪問のニュースである。 ウイグル情勢を探る際には、ウイグル人と中国当局との関係を見るだけでは十分ではない。国境を接しているパキスタンや、ウイグル人と民族的に近い中央アジア、トルコといった国々との国際関係を注視する視点を忘れてはならないのである。<アメリカによる「対テロ戦争」のとばっちり受けるウイグル人> ウイグル問題を巡る国際関係の話に入る前に、ウイグル問題が、日本で、あるいは国際社会で、いま一つ知名度や共感を得られにくいことの理由に触れておく。理由はいくつかあるが、そのうちの重要な一つは、日本のメディアで、ウイグル人に関する事件が報じられる際に必ずついてまわるようになった「テロ」という言葉にあろう。 たとえば、昨年7月、ホータンで起きたウイグル人住民と中国当局との衝突事件の際、比較的長文で、中国当局と世界ウイグル会議側の発信情報の両方を伝えた産経新聞は、記事を次のように締めくくっている。 「専門家は、パキスタン国境に近く、住民の90%超をウイグル族が占める同市は、海外テロ組織の影響を受けやすいと指摘。今回の事件も、ウイグル族に対する弾圧強化の“口実”にされかねない」2011/07/16 漢族のウイグル観、チベット観、内モンゴル観-中国高級官僚の本音より筆者は、中国人に囲まれ生活していたため、普段から中国人とよく本音で話し合っていました。ある日、市井の中国人の意見だけでなく、上流階級のうち、弁護士など専門家でない人の意見を聞きたいと思いました。そこで、ある高級官僚関係者(海外経験が長い)の本音を引き出すべく、意図的に論戦を臨んだのです。1.高級官僚関係者との論戦筆者:「中国は広大な面積を有する大国であり、今やアメリカと並ぶ世界の中心(持ち上げる)。少数民族の意志を尊重し、新疆ウイグル自治区とチベット自治区、それから内モンゴル自治区を独立させてあげるべきでは?」関係者:「(怒り気味に)新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区ともに中国固有の領土である。」筆者 :「しかし、中国には55もの少数民族がおり、特に、ウイグル族、チベット族、モンゴル族は漢族と相容れない部分もあるようだから、独立させてあげるべきでは?」関係者:「漢族は彼ら少数民族地域に多額の投資をしている。奥北も実際に見ただろ? チベット族も最貧困層だが、モンゴル族もすごく貧乏だ。そもそも、中国国内にいるから内モンゴルは生きていけるのであり、中国から独立した外モンゴル(モンゴル国)はひどい貧乏な国で、食べ物にも事欠き、まともに生きてもいけないではないか!」筆者 :「価値観の違いでは? そもそも、宗教的にも貧乏でも良いと考えているかもしれない民族に対して、漢族の金、金、金という価値観を押し付けるのは、彼らに迷惑では? 金で解決できないこともあるのでは? 南方の食べ物に困らない、放っておいても果物がなるような地域の少数民族は、性格も穏やかで漢族に反発はしないのだろう。しかし、砂漠の多いウイグル、標高が高く野菜などが生長せず、ヤク牛の乳を飲んだり、肉を食べたりするぐらいしかないチベット、これまた砂漠が多い貧弱な土地で野菜も生長せず、羊ぐらいしかいないモンゴルとでは、少数民族の性格も異なる。ウイグル族、チベット族、モンゴル族は、漢族に反発するから、漢族も大変でしょ?」関係者:「でも、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区は広大な面積であり、ここを手放すと、中国の面積が小さくなる。」関係者:「この土地を手放すと、インド、ロシア、キルギス、モンゴルと漢族居住区が直接接してしまう。中国はアメリカや日本と戦争をすることはないと思う。しかし、少なくともインドとはいつ何時戦争を始めるか分からない。軍事、資源、面積の観点からも、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区を手放すわけにはいかない。一番重要なのは、軍事拠点・軍事ルートを手放すわけにはいかないということである。」2.ウイグル族、チベット族、モンゴル族の行方 民族間の価値観の相違、考え方の相違は如何ともし難く、この状況はまだまだ続きそうな情勢だと感じました。新疆ウイグル自治区、チベット自治区、内モンゴル自治区のそれぞれの地域では、漢族の居住割合は増加。漢族が、多数派民族となっている地域もあるほどです。 漢族は、清を建国した満族(満州族)に対しては、徹底的な同化政策を行いました(筆者の友人の1人も、満族と漢族のハーフですが、身分証にも記載する「民族」としては漢族を選択)。ウイグル族、チベット族、モンゴル族も満族と同様の道を歩むのでしょうか?それとも、……?(執筆者:奥北秀嗣 提供:中国ビジネスヘッドライン)1/27中国・四川省 相次ぐ暴動、僧侶自殺 チベット族 衝突激化より中国四川省に住むチベット族住民と治安当局との衝突が広がっている。米政府系の自由アジア放送(RFA)は、二十三日の春節(旧正月)以降、少なくとも同省内の三つの県で大規模なデモが発生、衝突で計十人近くが死亡した、と伝えた。米政府は「重大な懸念」を表明、二月の習近平国家副主席の訪米では、チベット問題も焦点になりそうだ。 中国国営新華社通信も衝突について報道。二十三日には四川省カンゼ・チベット族自治州炉霍県で、警官隊と衝突し住民一人が死亡。二十四日には同自治州色達県で、警官隊の発砲で住民一人が死亡した、と伝えた。 四川省のチベット族居住地区では昨年三月以降、中国の抑圧に抗議して焼身自殺した僧侶は少なくとも十六人に上る。 RFAによると、同省アバ・チベット族チャン族自治州アバ県では二十三日、焼身自殺や警官隊との衝突で死亡した僧侶や住民を悼む数百人のチベット人による追悼集会が行われたという。 AP通信によると、米国務省のヌランド報道官は二十四日、「(チベット問題への)懸念をあらゆるレベルで常に明確に伝えてきた。(習氏の)訪問でも同じだ」と述べ、習氏が訪米すれば、米側がチベット問題への懸念を伝える方針を明らかにした。11/4中国でチベット僧がまた焼身自殺、今年11人目より 5/31内モンゴル騒乱事件で10人近い死者、背後に独立派の存在もより 1日の文字数制限で一部削除しましたが、全文は「少数民族ニュース」に入れておきます。
2012.04.24
コメント(0)
石原都知事の「島購入」構想に対して中国網日本語版は、例の如く右翼呼ばわりしています。また、尖閣購入構想で橋下さんと相談していたそうだが・・・民族主義をそそるような、まさに右翼的な手法ですね。中国が言うように、この時期に事を荒立てるのが得策ではないかもしれないが・・・・かといって、中華の進出パターンを看過できないと思うのです。尖閣諸島の関連情報、中華の進出パターンを集めてみました。4/22石原氏の「島購入」構想 狙いは「右翼政権」の形成(1)=中国より 石原慎太郎東京都知事は、米国でこのほど行った講演で、東京都が尖閣諸島(中国名;釣魚島)を購入する構想を明らかにした。中国網日本語版(チャイナネット)は21日、「日中国交正常化40周年を迎えるこのときに石原知事がこのような挑発的な発言をしたことは、何かを企んでおり、特別な政治的な目的があると見ることができる」と報じた。以下は同記事より。 1つ目の目的は、極端な発言をして、日中関係をぶち壊すことだ。今年は日中国交正常化40周年にあたり、両国政府と国民は日中の戦略的互恵関係の持続的な推進、両国民間の感情の改善を望んでいるが、石原知事はその逆である。 40年前、石原知事は日本のタカ派の衆参両議員からなる政策集団「青嵐会」の中心メンバーとして、日中国交正常化の妨害に力を注いだ。40年後の今日、石原知事は名古屋市長の南京大虐殺の存在を否定する発言を支持する姿勢を示し、さらに「島購入」構想を打ち出した。これらは40年前の日中関係をぶち壊す行為と同じ行動である。 2つ目は、日本政府に圧力をかけ、日中関係を間接的に妨害することだ。石原知事は、「島購入」構想が実現するとは限らないことをよくわかっている。このような極端な発言をした目的は、中国の政治の神経を刺激することのほか、日本政府に尖閣諸島の問題において中国に対してより強硬的な立場と措置をとるよう圧力をかけ、それによって両国関係を悪化させ、日中関係の大局をかき乱すことにある。石原知事の尖閣購入構想と様々なハードルです。4/20石原知事の尖閣購入に高いハードル、理由・測量…より 東京都では現在、山梨県や静岡県などにも土地を保有しているが、いずれも都政に密接に関わる物件で、尖閣諸島のように東京から遠く離れた無人島の購入は「過去に例がない」(都財務局)という。 尖閣諸島購入の実現には都議会の説得だけでなく、国の方針転換も必要になるなど、様々なハードルが待ち受けている。 尖閣諸島の購入には都議会の議決が必要で、都民の納得する取得理由も求められる。都は現在、山梨県内の水源林(計1万3810ヘクタール)や千葉県松戸市の都立八柱霊園(105ヘクタール)などを保有。千葉や神奈川、静岡県内には福祉や教育に関連する施設の土地を持っているが、都民サービスに直結する物件ばかりだ。 尖閣諸島周辺は水産資源が豊富で海底資源もあることから、石原知事は利用方法の一つに「漁業資源の開発」を挙げた。しかし、尖閣諸島は東京から約1900キロ離れ、東京の漁業者が漁場として利用するには遠すぎる。「自然遺産、文化遺産としての保護」を理由にする案もあるが、これも都政との関連は見えにくい。 また、都は弁護士を通じて所有者と価格交渉を進めると同時に、政府の許可を得て現地測量に入るというが、政府はこれまで「平穏かつ安定的な維持」を理由に上陸を認めてこなかった。測量ができなければ、国と所有者との賃借契約が切れる3月末まで、手続きが進まないおそれも出てくる。中華の思考回路では、「常にジャブを出していないと、戦意が無いとみなされる」わけで・・・ここは右翼といわれようが、常に意思表示しておくことが肝要のようです。尖閣諸島上陸に対する中華の論理を見てみましょう。なるほど、市議会議員でなく右翼分子となるんですか。1/3中国政府が非難「日本の右翼分子」…石垣市議らが尖閣に上陸より中国政府・外交部の洪磊報道官は3日、「日本の右翼分子が釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)に上陸した」として非難し、中国政府がすでに抗議したことを明らかにした。 石垣市の仲間均(なかま・ひとし)市議や仲嶺忠師(なかみね・ただし)市議ら4人が同日午前9時半ごろから同11時55分ごろまで、尖閣諸島・魚釣島に上陸して海岸を歩くなどした。 洪報道官によると、中国政府は日本側に対して厳重な抗議をしたという。 洪報道官は上陸した4人を「日本の右翼分子」と決めつけ、「重ねて申し上げたい。釣魚島諸島は古くから中国固有の領土であり、中国は同地に対して争いようのない主権を有している。釣魚島諸島の領土主権を防衛しようという中国政府の決心は固く、決して変わらない」と述べた。 洪報道官は上陸した4人を「右翼分子」と表現しただけで、石垣市市議会議員という公職に就いている人物が含まれることには触れなかった。◆解説◆ 中国政府や同国メディアは特に歴史や領土問題で、自国の主張と対立する言動をする/した日本人を「右翼」、「右翼分子」と形容して非難する場合が多い。日本国民の一般的感覚では「それだけの言動で、いわゆる右翼分子に該当するのか」と違和感を感じる場合も多い。 中国側が「右翼」という刺激的な“まくらことば”をあえて使うのは、「日本の中でもごく一部の人だ」と示唆して、日本や日本人全体に対する自国民の感情的反発を抑制しようという意図がある。日本側に対しても「日本全体とは考えていない」ことを示していると考えてよい。中国の海洋戦略は「孫子の兵法」に則り、ジワリジワリと進出してくるわけですが、そのあたりを「中国の海洋戦略にどう対処すべきか」という本より、引用します。「中国の海洋戦略にどう対処すべきか」大田文雄・吉田真著、芙蓉書房出版、2011年刊『中国の海洋戦略にどう対処すべきか』より「孫子の兵法」虚実編第六ですが、「それ兵の形は水に象(かたど)る。水の行は高きを避けて低きに趣き…」という一節があります。後述するように中国の海洋進出パターンは力の空白に乗じ、相手を試しつつ、相手が強硬なヘッジをかけなければジワリジワリと進出していき、まさに水が浸透していく有様によく似ています。 <海洋進出のパターン>p33~34 海洋において中国が侵攻していく過程を辿ってみると、そこには一定のパターンがあります。 第一のパターンは、大国の力の空白に乗じて自己のプレゼンスを拡張するというパターンです。1973年に米国がヴェトナムから撤退し始めると、1974年には西沙群島に進出し始めます。さらに米国がフィリピンのクラーク空軍基地やスービック海軍基地を閉鎖した直後の1993年以降南沙群島の東側に進出し始めました。従って沖縄から米軍が撤退すれば、その力の空白に乗じて中国は尖閣列島に侵攻するであろうことは、過去の行動の延長線から推測できます。 第二のパターンは、最初に領有権の主張を行い、次いで海洋調査を開始し、次に海軍艦艇や航空機によるプレゼンスを図り、最後に実効支配するというパターンです。領有権主張の例としては1992年の領海法や2005年の反国家分裂法が挙げられます。東シナ海では1992年の領海法で既に尖閣列島を含む海域は中国の領海であると領有権の主張をし、その後周辺海域での海洋調査が活発化しています。2008年12月には中国海督総隊の船舶2隻が魚釣島領海内を約9時間半にわたり周回し、日本の抗議に対し劉建超報道官は「船舶をいつ派遣して魚釣島のパトロールを行うかは、中国の内政次項。正常なパトロールであり、非難の余地なし」との声明を出しました。(中略) 南シナ海では建国当初から南沙、西沙諸島の領有権を主張、1984年から海洋調査が始まり、1987年にはユネスコとの間で海洋観測所の設置で合意して、これが1988年のヴェトナムとの軍事衝突の契機になりました。最近では海軍のプレゼンスも顕著であり、かってフィリピンが領有していたミスチーフなどは事実上、中国が占拠していますので、一部の島は、第4段階まで至っている解すべきでしょう。wikipedia「中越戦争」より南シナ海の現況を見てみましょう。中越戦争より現代の中越関係は、ベトナム戦争期における社会主義兄弟国としての友情、カンボジア問題をめぐる憎悪と対立を経て、いまやビジネスライクに共通利益を目指す共存関係に変わりつつあるが西沙諸島および南沙諸島の領有権を巡って領土問題は残されており、近年も双方の武装船が相手方漁船を銃撃する事件がたびたび起こっている。2011年に入ると南シナ海で両国の対立が激化し、6月には南沙諸島の周辺海域においてベトナムの漁船が中国軍艦艇から銃撃を受ける、ベトナムの石油探査船の調査用ケーブルが中国の海洋監視船に切断されるなどの事件が頻発した。また、同海域において中国軍、ベトナム軍が共に大規模軍事演習を行うなど緊張が高まっている。一方ベトナム国内でも共産党政権下では異例の大規模反中デモが度々認められるなど、国民の間でも反中感情が高まっている。これらの事情からベトナム政府は1979年以来32年ぶりとなる徴兵令を発令して戦争準備を進めると共に、アメリカ軍との合同軍事演習も予定している。とにかく、中国国家海洋局の常套プレゼンスに対しては、石原都知事のパフォーマンスも有りだと思うのですが。
2012.04.23
コメント(0)

石原都知事が尖閣買取を公言して、きな臭くなってた日中関係ですが・・・・読み進めていた『中国化する日本』を、ほぼ読破しました♪それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。日本は「中国化」しつつある ・・・先生へのインタビュー与那覇先生・清朝は「中国化」社会の究極形p68~71・ポスト「3.11」の歴史観へp293~297*********************************************************************<『中国化する日本』10>目次・憲法改正をまじめに考えるp288~283・近世で終わった歴史:内藤湖南の中国論p31~33*********************************************************************<『中国化する日本』9>目次・日本の未来予想図1p278~280・日本の未来予想図2p281~283*********************************************************************<『中国化する日本』8>目次・郡県化する日本:真説政治改革p247~248・ベーシック・インカムをまじめに考えるp275~278*********************************************************************<『中国化する日本』7 >目次・中国化した世界:1979年革命p233~235・真説バブル経済p239~240*********************************************************************<『中国化する日本』6 >目次・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<清朝は「中国化」社会の究極形>p68~71より抜粋 中国史上最後の王朝である清朝は、明朝の後半、東シナ海周辺の闇経済の利権をめぐる勃興マフィア勢力どうしの『仁義なき戦い』を制した、満州族が建国したものです。そもそも最初に先手を取ったのは、分裂抗争していたさまざまな組の大合同を達成した日本マフィアでした――これがいわゆる、豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592~98)ですね。 秀吉の狙いは、最低でも朝鮮半島をシベリア近辺まで征服して環日本海貿易圏を独占し、可能なら寧波(上海の貿易港)に自身の根城を移して東南アジア交易をも支配下に・・・というあたりにあったといわれています(村井章介『海から見た戦国日本』)。結局、この野望は李氏朝鮮の抵抗と明の援軍の前に潰えますが、これでいよいよ明朝が疲労困憊したところに、トンビが油揚をさらうごとく天下を獲ったのが、満州マフィアの愛新覚羅一家です。 マフィアマフィアとしつこく書いていますが、これは元来、明朝が社会主義政権のごとく自由経済を抑圧するからマフィアとしてやっていかざるを得なかったという話で、別にマフィアだから野蛮とか遅れているとかいった話ではありません。むしろ、長らく「夷荻」として卑しまれてきた満州族から「天子」を出した清という王朝は、宋朝以降の中国社会の変化を集大成した、ひとつの極点ともいうべき文明でありました。(中略) さらに、満州族は中国本土に侵攻する前に、モンゴル族とも義兄弟の契りというか同盟関係を結ぶのですが、その際に元朝以降、彼らの信仰となっていたチベット仏教(昔風にいうラマ教)を摂取しています。そこで、大陸の覇者となりチベットを傘下に収めた後でも、漢族に対して「儒教道徳の実践者」として君臨したのと同様、モンゴルやチベットに対しては「仏教の庇護者」として振る舞うという使い分けをしたので、今日とは対照的に、清朝政府とチベット民族との関係はおおむね良好だったと見られています。(中略) これはまさしく、世界で最初に身分や職業を自由化した、中華文明の光の側面でしょう―― 一方、それと表裏一体の影の側面としては、国家が再配分機能を放棄していますから、(現在の中国と同様)市場競争の勝者と敗者とのあいだに、絶大な格差が作られることになりました。 この場合、できる限り親族ネットワークのメンバーを増やしてサヴァイブしようとするのが、やはり宋朝以降の宗族主義ですから、清代の中国は空前の人口増加を経験し、そして政府は万事レッセ・フェールで、それをコントロールする手段を持っていません。 すなわち、近年まで中国を悩ませてきた過剰人口時代の始まりであり、それがやがて、近代にはかの国の衰退を導くことになります。朝鮮半島をめぐる日本マフィアと満州マフィアという表現が斬新ですね♪また、清代の人口増加を反省し、共産党による一人っ子政策が採られたようですが・・・与那覇先生も中国の人口問題に着目しているとおり、中国が自壊するとしたら人口問題と格差からでしょうね。ということで、老いゆく中国 を読み返してみましょう♪<ポスト「3.11」の歴史観へ>p293~297より 本書の「はじめに」に、「『2010年代』を迎える前後から1~2年間をかけて、『日本社会の終わり』が徐々に明らかになりつつあったのであり、『3.11』はそのことをあからさまにする、最後の一撃となったに過ぎない」と記したのは、そのことです。むしろあのような未曾有の天災の前後においても、私たちの社会が抱える問題の構図は、表層的には変化していても、その根幹においては変っていないのだと思います。 なるほど、日本人が在日米軍に対して感じる親近感は、「辺野古ヘリポート反対」と「トモダチ作戦」のあいだで真逆になりました。しかし、沖縄という島嶼に基地が偏在し、福島の沿岸部に原発が立地してきた理由は、同一のまま何も変っていない。「中国に屈するな!」という「右寄り」のスローガンが、「原発即時全廃!」という「左巻き」な旗印に変ろうとも、合理的戦略よりも情動的倫理感情に突き動かされた群衆行動が放つ熱気と危うさは、やはり一貫しています。 この意味で、「震災前」から一貫して「中国化」という観点で、日本がなぜ行き詰まったのかを考えようとしてきた本書の試みは「震災後」も決して無意味にはなっていないと思っています。否、むしろ「ポスト3.11」においてこそ、「長い江戸時代の終焉」という視点は、ますます重要になってくるものと判断しています。 この国の人々が生活の基盤を置いてきた地域という共同体が丸ごと飲み込まれてしまうような大津波の経験、さらあに政府や企業の公的機構では行き届かないケアの不足の中で、ある意味で日本人は初めて、中国のような社会で生きるとはどのようなことかを、理解しつつあるのかもしれません。そもそも、生活地域が丸々消滅してしまうような洪水、旱魃、疫病等は、地形が比較的平板かつ大河の多い中国では古代から頻繁に起きたことで、だからこそ中国人は危機の時には「一箇所に家族で肩を寄せ合う」のではなく、「宗族のツテを辿ってバラバラに他の土地へ逃げる」選択をしてきました。そして公的政府がほとんど生活の面倒を見てくれず、永続性のある企業共同体も乏しかったからこそ、いざという時は既存の制度や組織ではなく、個人でポンと寄付をしてくれるような「有徳者」のネットワークに望みを託してきた。 そのような状況にまさに今、日本社会は入っていきつつあります。もともと行き詰っていた「長い江戸時代」の崩壊が、不幸にも大地震という、悲惨な災害によって加速されたことで。 たとえば津波に生産手段のすべてをさらわれてしまった沿岸部はもとより、原発事故による放射能汚染(および風評被害)が拡大する地域において、もはや江戸時代の職分性と同様の「公共事業や規制政策による雇用維持を通じて生活保障を代替する」やり方が、通用しないのは自明でしょう。ましてこれから「脱原発」を真剣に考えるのであれば、原発産業の撤退による地元経済の停滞、さらんは電力コストの増大による日本全体の産業空洞化がもたらす雇用の減少も視野に入れつつ、いまこそ「雇用に依存しない福祉」を一から作っていかねばならない。 しかし、これまで地域や職場ごとに結ばれてきた絆を失ってもなお、私たちは生きていけるだろうか。あるいは中間集団なき流民と化した国民と、生活の手綱を一手に握る国家とが対峙した時、そこには日本史上かってない専制権力が生まれはしないだろうか。 たとえばこういった問題を探るヒントを、かような状況の大先輩とも言える中国の歴史にも求めながら、われわれは模索を続けていかざるをえない。もはやそこに安易な希望はなく、ただただ陳腐で気の遠くなるような反復があるだけだとしても。与那覇先生も、この章では庶民の憤り、倫理観に共感しているが・・・・・学者としての冷厳な洞察はいささかも揺るがないようですね。この本を読んだあとは、大使の歴史認識のタイムスパンが、少なくとも室町時代くらいまで広がったことは確かです。だけど、気の遠くなるような反復・・・・与那覇先生の希望の芽を摘むような洞察はとりあえず聞き流しましょう。(さもないと精神衛生上、よくないのです)中国や日本本土、そして米軍まで、付かず離れず付き合ってゆくしかない地政学的地域で暮らした与那覇先生だけに、地に足がついた骨がらみの歴史認識なんでしょうね。(1日文字数制限により一部削除しましたが、全文を左の『中国化する日本』11に収めています)
2012.04.23
コメント(0)

ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。日本は「中国化」しつつある ・・・先生へのインタビュー与那覇先生・憲法改正をまじめに考えるp288~283・近世で終わった歴史:内藤湖南の中国論p31~33*********************************************************************<『中国化する日本』9>目次・日本の未来予想図1p278~280・日本の未来予想図2p281~283*********************************************************************<『中国化する日本』8>目次・郡県化する日本:真説政治改革p247~248・ベーシック・インカムをまじめに考えるp275~278*********************************************************************<『中国化する日本』7 >目次・中国化した世界:1979年革命p233~235・真説バブル経済p239~240*********************************************************************<『中国化する日本』6 >目次・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<憲法改正をまじめに考える>p288~290より 近世中国的な思考様式のボトルネックもまた、はっきりしています。それは要するに、いわゆる中華主義・自尊主義の欠陥、すなわち世界最高にして絶対唯一をせん称する現実離れした理想を掲げて自滅することなんですが、これに対する対応策は、ある意味で最初から実践されています。 それは、「どうせ高すぎる理想なんだから、ほどほどにつきあって、実現を急がないこと」でしょう。 よく考えてみてください。だって、現実の皇帝が 朱子学道徳の体現者にして世界一の完璧な人格者だなんて、ありえると思いますか?あるわけないでしょうが。そんなことは百も承知です。それでも理想としては掲げておいて、あるときは国政を正す道具に、またあるときはナショナル・プライドにする。 また、なにせ世界に通用する教えですから、よそから入ってきた奴らに「取られて分け前が減る」とは考えない。むしろ、われわれの正しさが彼らをも惹きつけたのだ、という自身の普遍性の証と考えて、ますます全世界大で流通するような、大言壮語に磨きをかける。・・・・かようなあたりが、中国化する世界をゆるゆると行き抜く方法ではないでしょうか。 この辺の間合いに慣れていないのが、やはり日本人です。だから改憲問題でヒステリックになる。「9条を変えなかったら、中国が攻めてきても何ひとつ防衛ができない!」と叫ぶ右派がいれば、「9条がある以上、今すぐ安保も自衛隊も廃止!」と騒ぐ左派もいる。バカバカしいことこの上ありません。 憲法9条というのは中国化の産物なのだから、もともと儒教国家の統治理念と同じたぐい、今すぐ実現しないのはあたりまえ、理想ってのはそんなものと鷹揚にかまえて、実際にはそこそこに安全保障策を講じておればよいのです――これはもともと、保守派でリアリストの論客だった高坂正堯氏なども事実上そう言っていたのですが、左右ともに江戸時代人の多い日本の論壇では、主流にならなかったように見えます。憲法9条というのは中国化の産物なのだから、もともと儒教国家の統治理念と同じたぐい、今すぐ実現しないのはあたりまえ、理想ってのはそんなものと鷹揚にかまえて、実際にはそこそこに安全保障策を講じておればよいのです。・・・・理想と実際をうまく使いこなす必用がありそうですね。<近世で終わった歴史:内藤湖南の中国論>p31~33より 今より1000年と少し前の西暦960年、中国大陸に「宋」という新たな王朝が生まれました。この王朝の下で、中国社会のしくみは一度きりの大転換を遂げ、転換後のしくみは現在に至るまで変わっていない――かくして「中国史を1ケ所で区切るなら、唐と宋の間で切れる」というテーゼを最初に提唱したのが、戦前に活躍した東洋史家・内藤湖南の「宋代以降近世説」です(『東洋文化史』) この学説、当時は内藤が教鞭をとった京都大学を中心に支持されたので「京都学派」と呼ばれたのですが、今日では東大系の主要なアジア研究の先生方もこぞって内藤説に傾かれているので、むしろ「大学レベルの歴史認識」の基本線といってよいように思います。 それでは、宋という王朝のどこがそんなに画期的だったのでしょうか。内藤自身のことばを借りれれば・・・1.貴族制度を全廃して皇帝独裁政治を始めたこともう少し言いかえると2.経済や社会を徹底的に自由化する代わりに、政治の秩序は一極支配によって維持する仕組みを作ったことに、なります。 しごくおおざっぱにいえば、唐の安録山の乱を典型とする地方軍閥の造反により衰退、最後は五代十国と呼ばれる国家分裂状況のなかで滅亡したことに鑑み、かの大陸においても持続可能な集権体制の設計をめざした結果、見つかった答えが、宋朝に始まる中国型の「近世」―ないし「中華文明」であったと、考えることもできます。 この宋の時代、科挙という儒教の経典に基く官僚採用試験が全面的に採用され、唐までは残っていた貴族による世襲政治が完全に廃止されます。これは試験合格者に皇帝への恩義を感じさせ、あらゆる官僚を皇帝個人の子飼い同然の扱いにして中央集権を徹底するための策略なのです。これによって、それまで役人の間に私的な党派を作って自分の派閥を維持してきた、貴族の力を削ぐことができる。 さらに、採用後の官僚は自分の出身地には赴任させず、しかも数年ごとに次の任地へと巡回する「郡県制」の下でキャリアを積まされることになるので、地元に地盤を築いて皇帝に刃向かってきたりする心配は無用(党内派閥や地方支部の意向に左右されない総裁・幹事長直属の子分をジャンジャカ生み出した、「小泉チルドレン」や「小沢ガールズ」みたいなものだと思えばOK)。かくして、政治的な貴族のリストラが完遂されます。 経済的にも貴族は踏んだり蹴ったりです。宋の改革派宰相として知られる王安石の青苗法とは、国家からの融資を通じて農民に貨幣使用を行きわたらせるための政略で、あらあゆる百姓が伝統的な物納ではなく、農作物を市場で販売してから国に返済することになります。つまり、一般庶民が商売に目覚めてお金の味を知る。 貨幣は農作物と違って腐らないから保存がききますし、いざとなったら持ってよそへ移ることもできる。だったらガンガン働いて、バンバン高く売って、今よりもっと儲かる職業に転職して、ここよりずっと快適な地域へ移住するに越したことはない。かくして自由市場ベースの経済発展が始まるとともに、領地を囲い込んで労役に使っていた自給自足的な荘園経営は成り立たなくなり、貴族の地盤は崩壊します。 すなわち冷戦後、主権国家どうしの勢力均衡に立脚した国際政治のパワーバランスが崩れ、米国一国の世界覇権へと一気に傾いたように、宋朝の中国でもいくつかの名門貴族が相互に掣肘しあう関係が終わり、皇帝一人のお膝元への全面的な権力集中が起きる。かっての社会主義国よろしく貴族の荘園に閉じ込められていた一般庶民も解放されて、中国(=世界)のどこでいかなる商売に従事してもよろしくなる―ただし、皇帝(=アメリカ)のご機嫌さえ損ねなければ。 これが、宋朝時代の中国大陸で生じた巨大な変化なのです。ポスト冷戦の「歴史の終わった」世界などというのは、それを全地球大に引き伸ばして拡大したものに過ぎません。「大学レベルの歴史認識」の基本線ですか・・・・この歳になって歴史を勉強しているけど・・・歴史学にはいろんな切り口、流行があるものだと思う次第です。
2012.04.22
コメント(0)

蔡ファンさんがインタビューで「貧しい人がまだ多い中国は、日本のように『20年失われている』余裕はないよ」と説いているので、紹介します。蔡さんは98年から中国社会科学院人口・労働経済研究所長です。蔡ファンさんへのインタビュー <老いゆく中国>(デジタル朝日ではこの記事が見えないので、4/20朝日から転記しました・・・そのうち朝日からお咎めがあるかも)Q:国連は2030年ごろに中国の人口が14億人に近づき、ピークを迎えると予測しています。昨年は15~64歳(生産年齢人口)の占める比率が74.4%と9年ぶりに下がりました。何が起きているのですか。A:中国で働く世代はもう増えません。中核となる15~59歳を見ても、来年からは総数も緩やかに減り始めます。この年齢層は20年ごろまで9億人規模を何とか保ちますが、その後は減り方が速まります。Q:人口抑制のため1970年代末に始めた「一人っ子政策」の影響ですね。A:これまでは子どもが減る少子化のペースが、お年寄りが増える高齢化のペースより速かった。だから、養わねばならない子どもと、お年寄りを合わせた比率が下がっていました。稼ぎやすい人口構成だったのです。今後は少子化だけでなく高齢化が加速する。経済成長に有利に働く「人口紅利(ボーナス)」を強みにできる時代は終わりつつあります。 中国は一人あたりのGDP(国内総生産)でみると、昨年に5千ドルを超えたばかり。日本の9分の1程度です。豊かになる前に、社会の負担が重い高齢化社会に突入してしまう。これは大変な挑戦です。Q:農村には、働き手が有り余るほどいたはずでは。A:改革開放政策を始めた30年ほど前は、人口の8割を占める8億人が農村に住んでいた。彼らを都市に引き寄せ、安い労働力として活用した。働き手はいくらでも集まりました。一方、企業は景気が悪くなると簡単に解雇できた。農業が本業という建前なので、失業率の計算にも含まれず雇用の調整弁にしたのです。 工業化が急速に進んだ結果、増え続ける職場を支えられるほどには、農村に働き手が余らなくなった。出稼ぎ労働者が多い広東省で初めて人手不足が顕在化したのが04年ごろ。農村を調べてみたら、1億人規模の人手が余っていたが、多くは40歳以上。工場が求める若い人たちはすでに、豊富とはいえない状況でした。Q:景気が減速するなかでも、最低賃金の引き上げが続いています。内陸部も含め多くの都市で10,11年と続けて2割ずつ上がりました。A:農村人口は6億5千万人と、いまや全人口の半分に減った。賃上げをしなければ、人手を確保できなくなっています。地方政府が決める最低賃金だけでなく、工場などで働くブルーカラーの給料も全体として上昇する傾向にあります。Q:工業化で農村の余剰労働力が底をつき、賃上げせず働き手をほしいだけ雇える次代は終わった、つまり「ルイスの転換点」を過ぎたと。A:04年が転換点でしたね。賃金の上昇は向こう10年余りは続くでしょう。負担に耐えられない薄利多売の工場は、沿海部から内陸部に移り始めています。Q:胡氏が率いる中国共産党の指導層が集まる政治局の集団学習会に今年2月、呼ばれましたね。A:3回目です。最初に説明した03年は、国有企業のリストラを受けて職場をとにかく増やすことに関心が集まっていました。いまはブルーカラーの人手不足や、大学生と都市部の中高年の就職難。雇用のミスマッチはますます複雑になっています。Q:働き手を増やすために「一人っ子政策」を見直す可能性は。A:いわゆる「一人っ子」政策で、中国は短い間に出生率、死亡率、人口増加率がともに低い先進国型に変りました。資源や食料を確保し、人々の生活の質を高めるためにも、総数の抑制が絶対に必要だと説明してきただけに、急激な転換は政治的にも社会的にも難しい。変えるとしてもゆっくりでしょう。 いまも農村や少数民族は、基本的に2人まで子どもを持てます。それ以外に、夫妻とも一人っ子なら2人まで認められています。それを、片方が一人っ子でも同じように認める方向で検討していると聞きます。ただ、一人っ子政策の一部を見直しても、人口はそれほど増えない。Q:なぜ?A:日本や韓国、シンガポール、香港、台湾と同じです。高い教育を受けた女性はなかなか結婚しないし、出産の時期も遅くなっている。教育費や仕事への影響を考えると、子どもをたくさん持ちたいという人は、男女とも減っています。Q:働き手は増えず、安い賃金に頼った競争力も保てない。お年寄りが増えれば社会保障負担も増える。それで成長を続けられますか。A:まず戸籍制度の見直しを急ぐべきです。中国は都市と農村に戸籍を分けています。都市で働く農民は、都市戸籍の住民と同じような教育や医療、年金といった社会保障を受けられない。少しずつ改善されてはいますが、働き手を得るためにも、平等にしないと。 学校の教育内容と企業がほしがる人材に隔たりがあり、年600万人大卒生の就職難につながっています。育て方を変えると共に、大卒の知識を生かせる職場を増やす必要がある。安い労働力を武器にして輸出で稼いだり、公共事業に大量のお金を投じたりして経済成長をはかる従来のやり方も、変えなければならない。それを考えるうえでは、日本の教訓があります。Q:どういうことでしょう。A:日本の「人口ボーナス」が消えたのは90年ごろです。そして、バブル経済が崩壊。日本は高い成長を取り戻そうと、昔ながらの効率の悪い公共事業や、競争力の弱い産業にお金をつぎ込んだ。でも、結果的には「失われた20年」になってしまった。中国も人口構造の恩恵がなくなれば、成長率は自然に下がるでしょう。10%成長を取り戻そうと、淘汰すべき「ゾンビ」会社を助けたり、公共事業で需要を無理に生み出そうとしたりすれば、一時的には高い成長が実現できても、長続きしない。Q:中国経済の「日本化」は避けられますか。A:欧州危機の影響もあって、広東州などで輸出企業が倒産していますが、いまは人手不足です。淘汰すべき企業を淘汰するチャンスといえます。生産効率を高めるための技術革新や教育への投資、失業保険や年金など社会保障に財政を投じるべきです。財政収入が増えている今は、制度を整えやすいはずです。 過剰な財政刺激策や金融緩和策をとれば、むしろ不動産バブルが膨らみます。だから、中央政府は今年の成長率目標を7.5%に下げました。「無理な高成長を求めるな」という地方政府に対するメッセージでもあります。地方政府はたくさん成長して、人々に分配できるものが多ければ多いほど楽ですから。Q:しかし、外国では、中国の成長率が鈍化すると世界経済が悪化するのでは、と懸念しています。A:無理やり10%成長を追及してバブルの心配を膨らませるより、人口構造の変化に沿って少しづつ成長速度を落としながら、長く成長したほうが、世界経済にとってもいいと思いませんか。中国経済の本当の心配は目先の成長率ではありません。豊かでないのに高齢化が進む「未富先老」のなかで、成長を持続させ、公正性の高い社会の基盤を整えられるかどうかです。時間との戦いです。Q:中国が安い労働力を駆使して輸出攻勢をかけた時、「中国発のデフレ」といわれました。今度は、「中国発のインフレ」なのでしょうか。A:中国では3~4%の物価上昇が当面続くでしょう。中国で安く作ってきた衣料や靴は値上がりするかもしれないが、工場を移す先としてアフリカなど途上国にチャンスが生まれる。産業界の国際分業の地図は、大きく塗り変っていくはずです。 中国にとっても生産性を磨き、社会保障を充実する機会にすれば、悪い話だけではない。いまの中国の問題はむしろ、都市と農村の賃金格差が縮まっているのに、貧富の差は実感として広がっていることです。社会保障も含め、賃金以外の見えない収入や待遇に差があるからです。 特権を利用して土地がらみの利益を得るなど、徴税の対象にならない収入を得ている人が少なからずいることも、みんな分かっています。成長率が落ちても、社会が不安定にならないようにするには、富の公平な分配が重要になる。本当に豊かな人がもっと多くの税を払うような改革も必要です。(聞き手:吉岡桂子)豊かでないのに高齢化が進む「未富先老」という悪夢のような状況が待っているなかで、都市と農村の間で貧富の差は実感として広がっているとのこと・・・・蔡ファンさんは中国の病巣を的確に認識しているが、それに対する処方箋はどうなるのか?拝金主義がはびこる中国の管理者層の意識改革は進むのか?(そうとうに難しいのでは?)この記事も朝日のインタビュー記事スクラップに収めておきます。
2012.04.21
コメント(0)

<日中もし戦わば>中国共産党のガバナンスが利いているかどうか?疑わしい人民解放軍の狂ったような軍拡を見るにつけ、『日中もし戦わば』という本を読み、頭を冷やす必要性を感じるわけです。【日中もし戦わば】マイケル・グリーン×張宇燕×春原剛×富阪聰、文春新書、2011年刊<amazon紹介>より緊張高まる日中両国だが、実際に戦ったらどうなるのか。日米中を代表する専門家・ジャーナリストが一堂に会し激論を交わした。<大使寸評>人民解放軍の暴走を抑えることのできるのは共産党中枢9人のうち2人だけという、薄氷を踏むような文民統制システムが怖いわけで・・・・その中華のシステムを究明したいわけだけど、日米の専門家にしても不透明さは変わらないようです。Amazon日中もし戦わばこの本のエッセンスを紹介します。<米国は巻き込まれたくない>p59~61春原:そこで、中国と日本の軍用機が「撃ち合い」をして、中国の飛行機が落とされたとしましょう。そうすると中国側がとても反発するでしょう。こうした「偶発的紛争」が起きた結果、中国の軍部内でも強硬論が急速に台頭して、「尖閣を中国が実効支配すべきだ」となってしまうことはあり得るのではないでしょうか。具体的には大規模な軍隊を送って上陸作戦を敢行するとか。それに対して、日本の海上保安庁、あるいは自衛隊の現在の状況ではほとんど何もできないかもしれない。この結果、たとえ瞬間的だとしても尖閣諸島は中国が実効支配することになり、そうなれば米国は5条を盾に日本防衛もできなくなります。では、その前段階で米国が本当に日本を助けてくれるのか。グリーン:張さんは米国の立場が日本の立場を支持しているかのように言っていましたが、それは唯一、「中国が武力を行使した場合」にのみ、真実となります。言い換えれば、中国が尖閣問題を武力をもって解決しようとした場合、米国は間違いなく日本を支援するでしょう。一方で、平和的な交渉なり、協議が行われる場合、米国は出る幕はないのです。 尖閣問題について、米国の政策目標は何でしょう。張:グリーンさんが言われた後半の部分には私も同意します。平和的な解決という部分ですね。問題なのは、先程言われた「第5条」というものを使って、万が一のときに日本を守るということは、その前提として米国が釣魚島を日本の領土として認めているということであって、決して中国の領土ではないと、ということになる点です。アメリカがこの問題において決して中立的立場ではないということは、この点にあるのです。もし第5条に釣魚島が含まれないのだとしたら、アメリカは中立だということができるでしょうが。春原:補完すると国際法で言うところの「施政権」を持っているということと、「国土として保有している」ということは違う、ということですね。だから、中国からすると、米国は日本の立場を支持しているというふうにしか見えない、と。しかし、米国はそこには明確に線を引いていて、「日本があくまであの島を管理しているのであって、所有している、とまでは言っていない」と言うのではないでしょうか。張:国際法とオーナーシップ(領土保有)の点ですが、重要なことは実際、中国の人民のほとんどは米国が完全に日本をサポートしているという印象を抱いていることです。春原:さきほどグリーンさんが言った「中国が武力を行使したときは、米国は完全に日本をバックアップします」という言い方は、ある意味、米国の「台湾政策」と似ているようにも思えますが・・・・グリーン:国際法上の観点から言って、ある国が領土を管理下に置いているということと、その国が領土を保有しているということは全く違います。米国の立場は「日本がその領土を管轄下に置いている」ということなのです。米国は誰がどの領土を保有している、といった立場はとりません。そのことは国際法上、とても重要なポイントです。 ところが、中国、そして日本国内の政治事情では、ある種の人々はそうした違いに目を向けようとしません。中国では「米国は日本の言い分だけを支持している」と言い、日本では「米国は我々の言い分を支持していない」と言うのです。しかし、繰り返しになりますが、国際法の上では「保有している」ことと「実効支配している」ことには大きな違いがあるのです。尖閣問題では、アメリカの腰が引けていることを日本は織り込んでおく必用があるようですね。<上海か北京を火の海に?>p93~97富阪:北朝鮮を中国がコントロールするということについて、西側(日米韓)は中国に期待しすぎていると思います。中国は北朝鮮に自分たちの言うことを聞かせるほどの力は持っていないのです。今回の延坪島の砲撃の時もそうでしたが、中国は一定期間、「」状態に陥っていました。要するに、各国が外相らに連絡を取ろうとしても取れなかった。色々な会談もキャンセルしています。それで1週間近く後になって突如、多国間、6カ国協議の再開ということを言いだして問題解決のイニシアティブを取ろうと前に出てきたわけです。先程、グリーンさんが言っていた米国のEP3事件の際、「江沢民主席と9回も連絡を試みたが、ダメだった」ということとよく似た状態になっていたのです。 中国と北朝鮮の距離という点では、西側の国には中国のグリップが強いという認識があるのですが、中国国内には中国が北朝鮮の核武装を止められなかったことに対する反発が強いのです。何といっても北朝鮮の核の脅威が中国に向けられない保証はない。それどころか北京を訪れた北朝鮮の若手官僚は、「中国と戦争をすれば負けるかもしれないが、上海か北京を火の海にすれば中国経済は回復不能になるだろう」といった主旨の発言をしたこともあると聞いています。少なくとも中国が北朝鮮の核武装を喜ぶはずはありません。それを中国が止められなかったことこそ中国の限界なのです。春原:富坂さんの分析を張さんはどう受け止めていますか?張:今の意見には賛成ですね。中国の北朝鮮に対する影響力ということですが、日本や米国が思うほど大きいものではない。はっきり言って、過大評価です。それが如実に表れているのは北朝鮮の核兵器の開発問題です。中国はずっと核兵器の開発について反対していますが、全く止められていない。異なる国家間で国家利益の完全な合致が見られることは極めて稀です。もちろん中国の北朝鮮に対する影響力が皆無とかほんの僅かという言い方も正確ではない。われわれの経済関係は極めて親密ですから。そのため、中国の学術界における論争というか、意見の対立は非常に激しい。「もし、朝鮮半島で衝突が起きた場合、中国は介入すべきかどうか」という論争もありますが、意見は大きく分かれています。 これまでの中国の歴史を見ても、ここ百年の歴史で中国と外国との間に起きた大きな衝突というのは、そのほとんど全てが朝鮮半島がらみなのです。一つ目が1894年の日清戦争。そして1950年の朝鮮戦争ですね。このことから言えることは、中国は朝鮮半島問題に対して敏感かつ慎重にならざるを得ないということなのです。春原:張さんにお聞きしたいのは、さっきグリーンさんが言った「言葉の圧力だけじゃなくて、物質的な圧力」、具体的に言うと食料とエネルギーだと思うのですが、それらを使って圧力をかけてもらえば、もっと有効だろうと日本や米国は思っています。しかし、実際には中国はなかなかやらない。それはなぜかというと、そういうふうに北朝鮮を締め上げてしまうと、北朝鮮の今の体制が崩壊するからではないですか・それは地域の不安定化につながります。朝鮮半島が不安定になって、中国の東北部の朝鮮系中国人が暮らす地域も不安定になることを中国は望んでいない。だから、中国は過剰に北朝鮮に圧力をかけたくないのだ、と我々は思っているわけです。 さきほど「北朝鮮の核を止められない」と言われましたが、実際には中国の「選択」は「核を止めること」ではなくて、「北朝鮮を不安定にしない」ではないでしょうか? 張:三つのポイントをあげます。一つ目はまず、人道主義の観点から言って、彼らの生活がいま非常に困窮して苦しい状況にあるということ。もう一つは北朝鮮と中国の長い歴史的な関係もあります。中国は北朝鮮を支援、サポートする関係を長く続けていますから、それを突然、止める、あるいは大幅に減らすということになれば、両国関係の悪化は避けられませんし、周囲の国々の猜疑心を刺激することでしょう。 最後に「北朝鮮で政治的な動乱が起きた場合、中国にどのような影響があるのか」という議論は中国の学者の間でも盛んに行われています。例えば近い東北三省にどういう影響があるのか。あるいは中国全体にどういう影響が及ぶのか。そういうことが非常に心配されており、討論されているところです。(中略)富阪:というよりも中国は朝鮮半島にいかなる大国の力も及ぶことを警戒しているので、現在のパワー・バランスが大きく崩れるかもしれないといった局面では介入せざるを得なくなるということでしょう。それは、ロシアも同じような状況で、北朝鮮はそのことをよく知っていて大国同士をうまく牽制させ合い、操っているのでしょう。中国の「選択」は「核を止めること」ではなくて、「北朝鮮を不安定にしない」という春原さんの指摘・・・・この指摘が説得力を持っていますね。<核疑惑施設を空爆>p97~103(文字数制限のため削除)<「ノー」と言えない日本>p227~229(文字数制限のため削除)<「日本人を人質」という展開>p261~264(文字数制限のため削除)<「最悪のシナリオ」とは?>p265~268(文字数制限のため削除)1日の文字数制限で一部削除しましたが、全文は左の「遅れてきた帝国主義3」に入れておきます。
2012.04.20
コメント(0)

村上隆の『芸術起業論』個人的に気になる3人の村上さんがいるけど、その1人が村上隆なんです。(ちなみに、あとのおふたりは村上春樹、村上龍です)日本画壇が目をむくような、村上隆の『芸術起業論』を読んでみましょう。【芸術起業論】村上隆著、幻冬舎、2006年刊<内容紹介>よりすべての人(=アーティスト)は起業家である! 芸術には、世界基準の戦略が必要である。「光を見る瞬間」をどう作るか!? サザビーズオークションで1作品1億円で落札された村上隆が説く、超ビジネス書。<大使寸評>芸術起業という言葉自体に矛盾を孕んでいるけれど、世界に打って出た村上隆さんが、その矛盾を蹴飛ばすようにぶち上げた持論が面白いのです。成せば成る!何事もガッツが肝要なんでしょうね。Amazon芸術起業論この本のエッセンスを紹介します。<芸術には、世界基準の戦略が必要である>p25~30より 日本の美術の授業は、ただ「自由に作りなさい」と教えますが、この方針にしても、欧米の現代美術の世界で勝ち抜くためには害になりかねません。 自分勝手な自由からは無責任な作品しか生まれません。 欧米の美術の文脈の下地を把握しなければ、美術の本場に「ルールの違う戦い」を挑むことになり、戦う以前に相手にされないのです。 欧米を中心にした芸術の世界で取引されているのは、人の心です。 芸術の世界に踏みこめば踏みこむほど、アーティストの目的は人の心の救済にあるのではないかと感じるようになりましたが、それなら、自分の欲望をはっきりさせなければなりません。 芸術家は、欲望とどうつきあうのかを強く打ちださなければならないのです。 ものが欲しい。カネが欲しい。権力が欲しい。女にモテたい。出世をしたい。 欲望の強さは芸術制作の邪魔にはなりません。むしろ問題は日本の芸術家に強烈な欲望がないことです。 (中略) 美術雑誌の最近数10年の最大のクライアントは美術大学受験予備校、そして美術系の学校です。 大学や専門学校や予備校という「学校」が、美術雑誌を支えているわけです。金銭を調達する作品を純粋に販売して生業とする芸術家は、ここで尊敬されるはずがありません。これは日本の美術の主流の構造でもあるのです。 「勤め人の美術大学教授」が「生活の心配のない学生」にものを教え続ける構造からは、モラトリアム期間を過ごし続けるタイプの自由しか生まれてこないのも当然でしょう。 エセ左翼的で現実離れしたファンタジックな芸術論を語りあうだけで死んでいける腐った楽園が、そこにはあります。 世界の評価を受けなくても全員がだらだらと生きのびてゆけるニセモノの理想空間では、実力がなくても死ぬまで安全に「自称芸術家」でいられるのです。 生徒が教師になり続ける閉じた循環を奨励する雑誌の中で、「芸術家の目的は作品の換金だ」と主張できるはずがありません。その現場に教師たちが直面していないからです。つまり、日本の美術雑誌とは、美術学校での活動をくりかえすための燃料に過ぎなかったのです。 芸術家も作家も評論家も、どんどん、学校教師になっていきますよね。日本で芸術や知識をつかさどる人間が社会の歯車の機能を果たせる舞台は、皮肉にも「学校」しかないのです。 文化人の最終地点が大学教授でしかないなら、若者に夢を語ってもしかたがありません。 「今の若い連中のやってることは、だめなんだよなぁ。俺たちの夢は、こうだったんだぞ!」大学機構に守られている表現者が夢を語っても、それは本当に夢でしかありえませんから。 今、企業家たちがもてはやされつつも嫌われているのは、夢を実現させているからだとぼくは思うんです。夢があるならこんなふうに実現すればいいというマネジメントが立証されてしまったら、先生と生徒たちが何十年も飲み屋で酌み交わして夢のような話が一瞬にして無になりますからね。 戦後何十年かの日本の芸術の世界の限界は、「大学教授の話は日本の中で閉じている酒場の芸術談義に過ぎなかった」と認められないところなのです。 なかなか威勢のいいコメントですね。 村上隆さんが美術雑誌や美術大学教授や、はたまた自称芸術家によせる強烈な批判が表明されているが・・・・何かよっぽど酷い仕打ちを受けてきたのではないでしょうか(笑) でも、その批判は画壇の正論とは言い難いが、概ね日本の惨憺たる状況を言い得ていると思うのです。とにかく、功成った反逆児のコメントは、村上春樹にしろ、ジョブスにしろ颯爽としていますね。<なぜ私の作品は1億円で売れたか>p34~37より 2006年5月、ぼくの作品にオークションで1億円の値段がつきました。2003年に他の作品が6800万円で売買されて以来、ぼくの作品は「日本人の一つの芸術作品としては史上最高額の価格がついている」と語られていますが、こうした値段には理由も背景もありましし、ぼくには「すごく高額だ」とは思えません。 美術作品制作のコストは高くつくからです。 新しいものや新しい概念を作りだすには、お金と時間の元手がものすごくかかります。お金や時間を手に入れなければ「他にないものをひきよせるために毎日研究をすること」は続けられません。 つまり、ビジネスセンス、マネジメントセンスがなければ芸術制作を続けることができないのです。 ぼくの作品はまさにその傾向の一つだと思うのですが、なぜそういうことが起きるのか、というと「作品の価値は、もの自体では決まらない」からでしょう。 価値や評価は、作品を作る人と見る人との「心野振幅」の取引が成立すればちゃんと上向いてゆくのです。 1作品1億円の価格を理解するには、欧米と日本の芸術の差を知っておく必要があります。 欧米で芸術作品を制作する上での不文律は、「作品を通して世界芸術史での文脈を作ること」です。ぼくの作品に高価がつけられたのは、ぼくがこれまで作りあげた美術史における文脈が、アメリカ・ヨーロッパで浸透してきた証なのです。 マルセル・デュシャンが便器にサインをすると、どうして作品になったのでしょうか。既成の便器の形は変わらないのに生まれた価値は何なのでしょうか。 それが「観念」や「概念」なのです。 これこそ価値の源泉であり、ブランドの本質であり、芸術作品の評価の理由にもなることなのです。 くりかえしますが、認められたのは、観念や概念の部分なのです。(中略) 「アートを知っている俺は、知的だろう?」 「何十万ドルでこの作品を買った俺って、おもしろいヤツだろう?」 西洋の美術の世界で芸術は、こうした社交界特有の自慢や競争の雰囲気と切り離せないものです。そういう背景を勉強しなければ、日本人に芸術作品の真価は見えてこないのだと思います。ええ、くだらない金持ちの戯れ事ですよ。でもそれを鼻で笑いたければ、世界の評価基準に対して一切口出しをしないでほしいわけです。 たとえば、ぼくの作品に6800万円の値段をつけてくれたのは80歳近いアメリカの老夫婦で、既に会社を売って隠居されている方でした。 アメリカの富裕層には評価の高い芸術を買うことで「成功したね」と社会に尊敬される土壌があります。そういう人たちが、商売相手なのです。ふむふむ 村上は“欧米の無知な富裕層にふっかけているという冷めた認識”も持ち合わせているようで・・・・心強いですね♪ <芸術は想像力をふくらませる商売である>p49~51より ぼくはアメリカでは成功をおさめましたが、日本では敗残者に近いものでした。どちらかというと、もうそろそろ、アートをやめようかなぁと考えていました。 ほとんど国外移民のような気持ちで渡米して、「やるしかない」と思っていたからこそ何とか勝てたような気がします。 「かっこいいところに行きたくて海外に進出した人」は、海外での生き残り戦略の必死さに追いつけなくて負けてしまいます。 日本でも自分のやりたいことはありましたが、現実的にまるで経済活動には結びつきませんでした。奨学金を受けて滞在したアメリカで「海外では受けそうだぞ」と試したものが当ったというのが現状です。アメリカで認められるまでの日本での敗北の記憶や「自分には何もないんだ・・・」という思いは、いまだにぼくの作品制作の大きな動機になっています。(中略) 「ニーズを優先させているといい作品なんてできない」と言われますが、本当でしょうか。 ウォーホールは工房を構え、分業制をとり、多くのクライアントの要望に応えました。ぼくもそうです。 相談や調査を基に作品を進化させることは、創造性を妨げないのです。 「そんなことじゃ、中国の職人が本気を出したらすぐに追い越されるぞ!」 工房でぼくはいつもこう叱咤していますが、芸術作品制作は他の芸術家との競争です。本気で市場の要望に応えようとすれば、妥協ができないほど質を高めなければなりません。 分業制をとることで、一人ではできないほどの精度でものを作れるようにもなりました。 ぼくは若いアーティストを育てていますが、ものすごくきつい特訓なのでおそらく不特定多数の人がやりたがるとは思えません。 選ばれた人しか生き残れない、信頼関係がなければとても成り立たないような方法でアーティストの魂に刺激を与えているのですが、そうでもしなければ、現在の成功者の生きる価値観に揺さぶりをかけられる作品は生みだせないのです。 ウォーホールは、クライアントがパトロンに値する重要なものだと理解していました。現代のパトロンがクライアントだとすれば、クライアントの発言が芸術を左右するのも、至極もっともなことでしょう。 要望も理解した上で、それに応え、同時に確信犯的に聞き流す反逆的な作品も残すような生き方を確保しなければ、現代の芸術家の活動は経済的に破綻します。 村上の拘りはジョブスのiPhonの拘りに通じるものがあり・・・・日本の画壇にあって、村上はプロジェエクト・マネージャーの資質がある稀有なパーソナリティなんでしょう♪そして取り残された日本画壇は、逆に金融自由主義に打ちのめされた日本経済や、ガラパゴスに陥った日の丸技術を彷彿とさせるわけですね。あ 何だかプロジェクトX風になってしまったな~。<経済的自立がないと、駒の一つになる>p66~69より (文字数制限のため削除)会社化、ブランドビジネス・・・この本は経済関係の本なのかと錯覚するほどですね。ところで、分業制で制作するアートと言えば、映画もその一つであるが・・・拘りの映画監督とも言えるリドリー・スコットが、よくディレクターと対立していたことが知られるています。ギャラリストをうまく利用した村上もリドリー・スコットのような拘り(コア)を持っていたのだと思うのです。1日の文字数制限で一部削除しましたが、全文は左の「気になる本8」に入れておきます。ところで、村上隆の最新作ですが・・・・村上隆展「Murakami-Ego」を観たことにいたしましょう。五百羅漢図に取り組む村上隆
2012.04.17
コメント(0)

今年の花見は、どこで見ようか?京都もいいなあと思ったけど、近場の夙川にしたのです。(阪急特急で三宮から2駅なら近いといえるだろう)今まで、夙川のサクラは例年、車窓からながめていたが、花見に出かけるのは初めてなんです。いつでも行けるということで、行ってない場所って、案外あるもんですね。夙川はそんな場所であり、神戸の縄張りというよりは西宮、尼崎の縄張りになるんでしょうか。夙川1夙川2翌日はさらに近い妙法寺川にしました。散策エリアは夙川より狭いが、サクラの植え込み密度はこちらの方が上かな♪妙法寺川1妙法寺川2今日から約1週間、四国の田舎に帰るので、デジタルデバイドに陥る予定です。
2012.04.15
コメント(0)

湯浅誠さんがインタビューで「「おまかせ」はダメ、主権者の力を示し一つずつ変えたい」と説いているので、紹介します。湯浅誠さんへのインタビュー <政権を出た派遣村村長>(デジタル朝日ではこの記事が見えないので、4/13朝日から転記しました・・・そのうち朝日からお咎めがあるかも)Q:数年前とは服装が変わられましたね。なんというかこう、シュッとされた。政府で働くとそいう感じになるものなんですか。A:そうですか?「年越し派遣村」村長の頃に着ていた黒いジャケットは肩のあたりがテカテカしてきたので、今はお休みさせています。Q:3月初めに内閣府参与を辞任されました。2年前に続き2度目の辞任ですが、民主党政権に見切りをつけたということですか。A:違います。そもそも全肯定できる政権も、全否定できる政権もない。だったらこちらが求める政策を実現すると政府が決めた場合は、その点に限って協力する。メドがついたら辞める。そういうスタンスでどの政権にもかかわっていこうと、最初に参与を引き受ける時に決めました。辞任はその実行です。参与は政権の便利屋さんではありません。Q:実際に政府に入ってみて、新しい発見がありましたか。A:社会運動家としては、問題を世の中に提起し、世論を喚起することに全力を傾注してきました。でも「こっち側」の仕事は「あっち側」に問題を投げ込むまで。そこから先の調整や決定はブラックボックスの中で行われていて自分は関係ない、排除されていると思っていました。 しかし参与になって、「あっち側」が複雑に調整の現場であることがわかりました。政治家、官僚、マスコミ、圧力団体など利害関係者が複雑に絡み合い、限られた財源の中で何かを増やすためには何かを削らざるを得ないというルールの中で、みんな必死に働きかけている。 それに気づいてみると、「こっち側」と「あっち側」は現実には地続きで、私たちももともと調整の当事者だったということが見えてきた。これまでは自分で提訴しながら裁判に欠席していたようなもので、納得のいく判決を得られるはずがありませんでした。Q:政権交代しても結局、何も変わらない。国民の多くは民主党政権に裏切られたと思っています。A:そうだとしても、私たちは政治にどう働きかけていくかを考えていくしかない。鳩山政権は格差・貧困問題に強いこだわりを持っていましたが、その後は徐々に路線を変更し、いまは福田・麻生政権と同レベルに戻っています。野田政権になって官邸が遠くなったのは確かです。しかしそれを「裏切り」で片付けても、自分たちがやれること、やるべきことは見えてこない。 個別政策の実現という点では、勝負は参院選で民主党が敗北し、ねじれ国会になった時に決まりました。法案は自公の協力なくしては通りません。うんざりするような政治状況を生んだのは、参院選でそのような投票行動をとった私たちです。社会運動の側も、鳩山政権が終わることで状況がよりよい方向にいく可能性はなかったのに、引きずり降ろされるのをただ見ていた。民主党政権だけが問題だとは、私はあまり言いたくありません。 Q:しかし民主党政権の変節を受け、社会運動は政権に深くかかわるべきではないという揺り戻しが起きているようにも見えます。A:調整を担うと、原理原則を言っているだけでは済まなくなるからですね。これまでは往々にして「俺は悪くない、悪いのはあいつだ」で済ませてきた。私たちも調整の当事者である、主権者のひとりであるということを忘れていたと思います。主権者をやめられないのが民主主義です。私たちは権限と責任を引き受けなければなりません。 政治家や官僚が「頑張ったができなかった」と言っても私たちは許さない。結果責任を求めます。だったら私たちも頑張った、で済ましてはいけません。これは私自身の反省でもあるのですが、もう「言いっぱなし」の社会運動はしたくない。Q:とはいえ政治家や官僚は権力や権限を持っています。負うべき責任のレベルは違うでしょうA:私が社会運動の人間で、自分に向けても言っているから、こんな言い方になるのかもしれません。社会運動は、やり方を工夫すれば世の中をもっと変えていける。私たちは無力で「」だけが力を持っている、という図式で物事を考えたくないのです。Q:お話を聞いていると、湯浅さんは政権に取り込まれてしまったのではないかと思ってしまいます。A:はい、よくそう言われます。しかし私は数年前からこういうスタンスです。自民党政権の頃も、差し迫った問題を解決するために自民党の有力議員に会い、お願いもしてきた。困っている人、明日死んでしまうかもしれない人を前にして、「いつか政権交代して今よりいい世の中になる。それまで待ってて」とは、私は言えません。 こういう社会を目指す、という原理原則を持っていることは大事だし、政権批判も大いにやるべきです。しかし原則的な立場を堅持していれば原則が実現するわけではない。課題によっては調整や妥協をしながら取れるところを取っていく。そこは二面作戦だと考えます。Q:この間、窓口を一本化するワンストップ型の相談支援事業の予算化など個別政策では成果を上げられました。しかし参与・湯浅誠への期待は、政策決定過程や政治文化そのものの変革にあったと思います。A:政府に入れば大きなことができるというのは幻想で、社会運動への期待の低さを逆に反映していると思います。主権者としての自分たちの力を過小評価し、政治家や官僚のそれを過大評価していると、過度な期待と失望を繰り返すだけです。Q:結局、局所戦を積み重ねていくしかないということですか。A:どんな立場になっても、やっているのは結局「角のないオセロ」のようなものだと実感しています。オセロでは角を取れば一気に多くのコマをひっくり返せますが、現実にはそんな角はない。一個ずつ地道に反転させていくしかないのです。 若い人によく聞かれるんですよ。「自分は何をやればいいですか?」と。世の中をガラガラと変えるような大きなことをやらないと意味がないと思っている人がいる。だから私は「限りある時間と能力の中で、あなたが最も有効だと思うことをやってください。魔法のボタンはどこにもありません」と答えます。Q:オセロの盤そのものをひっくり返そうという闘い方もあるのではないですか。機能不全に陥っている「」とオセロを続けて、本当に社会がよくなるのでしょうか。A:少なくとも私は、コマを一つ一つひっくり返す積み重ねの延長でしか、盤をひっくり返すことはできないと思っています。既成政党、議会制民主主義が機能していないからといって、見限ってしまうことがよい結果をもたらすとは思えません。 1億2千万人が住んでいるこの社会はそもそも複雑なものです。議会制民主主義は、10ある利害をできるだけ切り捨てないようにして玉虫色の結論を出すシステムです。一方で今待望されているのは、10の利害から1を取って9を捨てられる強いリーダーですね。しかしそこで切り捨てられるのは誰か。おそらく私たちでしょう。 議会制民主主義には改善すべき点が多々ありますが、複雑なものを無理にシンプルにしよう、ガラガラポンしてしまおうという要求の高まりには危機感を覚えます。Q:橋下徹減少ですね。A:橋下さんが支持を集めているのは「決めてくれる人」だからで、その方向性は問われません。「おまかせ民主主義」の延長に橋下さんへの期待がある。「あっち側」に期待するか、批判するかの違いはあれど、決定に至るまでの調整を誰かにまかせて、観客のような、評論家のような気分でいるという点では、橋下さんを支持する人たちと社会運動はともすると同じ図式の中にはまりこみかねない。どちらも民主主義の形骸化という意味で問題です。Q:政治家にならないのですか。A:少なくとも今は、社会運動家として何ができるのか、そのことで頭がいっぱいです。日本の民主主義の現状は危機的です。「おまかせ」の回路を何としても変えたい。主権者としての力を示したい。この2年間の経験を持ち帰り、社会運動に何ができるのかを追及したいですね。<取材を終えて> 湯浅さんは「メビウスの輪」だと、私は思っている。理想主義と現実主義。優しさと冷徹さ。直線上の両極が重なり、敵か味方か峻別しようと真ん中にはさみを入れても大きな一つの輪になる。そして湯浅さんへの問いは反転し、私たちに返ってくるのだ。「あなたは社会を変えるために、何をやりますか?」(聞き手:高橋純子)この記事も朝日のインタビュー記事スクラップに収めておきます。湯浅誠さんが内閣府参与として見てきたことをWeb毎日より紹介します。
2012.04.14
コメント(0)

大学図書館で観たDVD映画のその後です。見た映画のテーマとは何か?何のことはない、個人的に見逃した名画、迷画集ということで・・・・支離滅裂でおます。強いて傾向が出ていると言えば、SF映画が多いくらいでしょうか。・ザ・マジックアワー 2月25日観賞・チャイナタウン 2月29日観賞・サハラに舞う羽根 4月5日観賞・旅芸人の記録 4月7日観賞・メゾン・ド・ヒミコ 4月11日観賞・遠すぎた橋 4月13日観賞大学図書館でDVD観賞(その3) 大学図書館でDVD観賞(その2) 大学図書館でDVD観賞(その1) 【ザ・マジックアワー】三谷幸喜監督、 2008年制作、H24.2.25観賞<大使寸評>種田の美術を見るつもりで、この映画をチョイスしたわけですが・・・・・内容は映画作りのようなお話になっており、「嘘から出たまこと」とでも申しましょうか。♪goo映画ザ・マジックアワー【チャイナタウン】ロマン・ポランスキー監督、1974年制作、H24.2.29観賞<大使寸評>下品な下ネタをとばし、フィリップ・マーロウより柄を悪くしたようなジェイク・ギテスであるが・・・・・地域ボスの疑惑に食らい付くという社会性も持ち合わせているんですね。『さらば愛しき女よ』よりは硬派のお話になっているが、いい味でています。goo映画チャイナタウンフィルム・ノワール路線を続けようということで【サハラに舞う羽根】シェーカル・カプール監督、2002年制作、H24.4.5観賞<大使寸評>サウジでのきつい仕事のほとぼりが冷めてくると、砂漠とラクダの映像が見たくなるわけで・・・「アラビアのロレンス」のような映画を探していて見つけた映画です。この映画のストーリー展開には疑問も多いが、砂漠の過酷さと美しさは期待どおりでした。なお原作小説『四枚の羽根』の6回目の映画化ということで、原作はイギリスでは古典的名作のようです。ストーリーの疑問は原作によるものか、シナリオによるものか?案外とカプール監督がインド人ということで説明がつくのかも知れないですね。(笑)youtube映像goo映画サハラに舞う羽根【旅芸人の記録】テオ・アンゲロプロス監督、 1975年制作、H24.4.7観賞<大使寸評>1939年から1952年までの14年間の激動の時代を生き抜いた旅芸人一家を描いた映画です。この大河ドラマを描くには3時間を越す時間が必要かとは思うが・・・とにかく長時間の映画でした。朝鮮半島のように、大戦終結後も内戦が続いたギリシャであったが・・・・つくづくイデオロギーとは罪深かったと思ったのです。goo映画旅芸人の記録【メゾン・ド・ヒミコ】犬童一心監督、渡辺あや脚本、2005年制作、H24.4.11観賞<大使寸評>マイノリティに対しても、渡辺あやの目線はあくまでも優しいのだ♪オダギリ・ジョーのゲイ役は、これこそはまり役なんでしょうね(オイ オイ)goo映画メゾン・ド・ヒミコメゾン・ド・ヒミコbyドングリ【遠すぎた橋】リチャード・アッテンボロー監督、 1977年英国制作、H24.4.13観賞<大使寸評>軽快な映画音楽にのせて負け戦を描く感覚は何なんでしょうね?最終的に勝った側の奢りなのか、傘を手放さないイギリス人将校にみられるように屈折したイギリス映画なのかも?観るのは二度目で、解説パンフレットまで持っているのに、ほとんど新しく観賞できました(笑)goo映画遠すぎた橋今後の予定・悪人・天然コケッコー・サウダーヂ
2012.04.14
コメント(0)

<韓国あれこれ5> 出張で韓国に出かけて以来、韓国にはまっています。定年再雇用の見た韓国とでも言いましょうか。(H22年9月30日に完全リタイアしました)・韓国の政権末期は・・・・・韓国のスピード感・韓国から見たTPP・ハンギョレ新聞の米韓FTA論調より・米韓FTA発効に際して*********************************************************************<韓国あれこれ4>目次・韓国海洋警官殺傷に対する中韓の報道を見て・米韓FTAの活用(工事中)・スカートの風*********************************************************************<韓国あれこれ3>目次・久しぶりの鶴橋・韓国の爆弾酒講義・「韓のくに紀行」・大阪のシャーマン*********************************************************************<韓国あれこれ2>目次・韓国マンガ事情・日本に逆転許した半導体微細化競争・「釜山港へ帰れ」・関西弁の通訳・鶴橋のコリアタウン・初等学校漢字教育反対汎国民委員会・韓国料理で美味しい思い出といえば・韓国併合(工事中)・愛憎あい半ばする思い・独立運動記念日には日本人はおとなしく?・慰労の飲み会・国立中央博物館・涙は美しいか?・1万Wで20皿ほど出てきます・大雑把に見える庭園には・また来た韓国*********************************************************************<韓国あれこれ1>目次・韓国の民芸・ハングルへの旅・高句麗の弥勒菩薩・韓国トロットを巡ってみます・お薦め韓国料理・韓国つながり・倭城を巡る・ガイド無しの格安観光・親子2代の朝鮮体験・日式のマグロ屋・釜山新港・韓国人の英語力・釜山港へ・コバウおじさん・釜山の仕事がスタート・今度は釜山へ・悲しい酒?・また韓国出張があるので・カラオケナイトが実現し・ビミョーな違和感・韓国レポート・とっさの韓国パソコン・開店休業か?A'REX・えっへへ・・・韓国・マグリット展で埋合わせ・チャングムにはまいった!・今日も料理ネタ・さよなら ソウル・坂の途中で一回だけ転んで・韓国民族村1・韓国民族村2・たどり着くのが問題 <韓国の政権末期は・・・・>韓国の政権末期は、いつも露骨な政争がありますね。負けると牢屋が待っているのが韓流ドラマであるが・・・・今回の総選挙では与党セヌリ党が勝ったので、露骨な騒動は起きないようです。3/6韓国が脅える「政権末期の経済危機」 李明博大統領は日本とのスワップ増枠を取り付けるやいなや、突然「韓国人従軍慰安婦に補償しろ」と日本に要求し始めた。12月の日韓首脳会談でも李明博大統領の発言は従軍慰安婦に文字通り終始した。「なぜ終わった問題を今になって持ち出すのか」と日本人は驚き、反発した。 <外に「悪者」が必要な任期末> 韓国はなぜ、自分の首を絞めるような外交を展開するのだろうか。外国に何か要求するにしろ、もっと穏やかなやり方があるはずだ。 韓国の大統領の任期は5年間で重任はない。政権末期には役人もそっぽを向くし、メディアも異常な叩き方をする。退任後は自身や家族の不正腐敗を徹底的に暴かれ、完膚なきまでにいやしめられる。例外はない。李明博大統領も残りの任期1年を切った今、実兄らの不正が相次ぎ糾弾され始めた。 1987年の民主化以降の4人の大統領のうち、1人は自身が、2人が子供を収監された。もう1人は自殺した。こんな悲惨な結末を予感した任期末の大統領は、自身に向かって来る国民の怒りをそらすのに必死になる。一番効果的と彼らが信じるのが外に「悪者」を作りだすことだ。 1997年は金泳三大統領の「政権最後の1年」だった。日米両国との関係を悪化させていたところに通貨危機に襲われた。米国は韓国を助けず、日本にも助けないよう指示した。韓国はやむなくIMFに救済を求める羽目に陥った。 <「政権末の1年、必ず経済危機」>「最後の1年の迷走」は、外交だけではない。民主化以降の歴代政権は人気取りのために景気過熱を演出、あるいは放置し、経済危機を生んできたと言って過言ではない。金泳三政権の「1997年危機」の根には企業の異常な借入金拡大があった。 李明博政権も家計負債の急増や退職者の生活難、建設・造船・海運業界で相次ぐ破綻など、様々な構造的問題に直面している。しかし、大統領への批判の火消しに追われ、対策は手つかずのままだ。 ついに2月26日、国民が密かに恐れていることを毎日経済新聞(ネット版)がずばりと書いた。見出しは「政権末の1年、必ず経済危機……今回は?」である。 <韓国のスピード感>韓国といえば、ケンチャナヨとパリパリである。仕事のうえで放ったらかしにされて、かなりいらついたこともあったが、動き出したらスピード感があるんですね♪タクシーを追い抜くリムジンバスみたいなもんやで。冗談はさておき、サムスンのスピードを見てみましょう。4/9サムスン電子に見る「威力」 より<スピードの秘訣はBRMSにあり> 韓国企業の強さの原動力がスピードにあるのは周知の通りだ。そのスピードの秘訣の一つに、ビジネスルール管理システム(BRMS)の活用がある。 典型例が、サムスングループだ。グローバル経営を支える二つの重要システムで、BRMSという「加速装置」を導入している。二つのシステムとは、サムスン電子の工場などで使う生産系システムと、グループ全体で利用するバックエンドの人事・会計システムだ。 BRMSがなぜ加速装置となるのか。それは、BRMSを導入すると詳細設計やプログラミング、単体テストの工数をほぼゼロに減らせるからだ(図1)。 図1 ビジネスルール管理システム(BRMS)の有無による開発期間の比較 BRMSは業務ルールを実行するプログラムを自動生成する。人手による詳細設計とプログラミングが不要になり、単体テストの必要はなくなる。業務ルールの可視化も進むため、短縮効果は新規開発だけでなくシステム保守の際にも得ることができる。 「サムスン電子は全世界にある39カ所の工場で現在、『MES2』と呼ぶ新しい製造実行システムを構築中だ」。サムスン電子のIT戦略に詳しい関係者は、こう明かす。 MES(製造実行システム)は効率的な在庫や生産・品質管理を行うための情報系システム。生産管理システムと工場の生産設備の制御システムをつなぐためのシステムである。サムスンはこれまで米半導体製造装置大手のアプライドマテリアルズ製のパッケージソフトを使ってMESを構築・運用してきたが、「アーキテクチャーが古く拡張性やセキュリティーに加え、肝となる生産性向上に問題を抱えていた」(関係者)。 今回、サムスングループのIT企業であるサムスンSDSと共同でMESを刷新。半導体やLEDといった部品素材だけでなく、モバイルや家電といった完成製品の生産にも使う。このMES2の中核にBRMSを導入するというのだ。 <韓国から見たTPP>米韓FTAはパンドラの箱~韓国人が反対する理由とはより 恐らく、韓国はこれから10年先において米韓FTAにあわせるように法律を変える必要がある。というのは、現在の韓国の法律と米韓FTAが合わないことが多く、法律を変更することを余儀なくされるのだ。 こうした動向について韓国嫌いの人は韓国をあざ笑う人が少なからずいる。しかし、このことは我々日本にも降りかかってくることを肝に銘じなければならない。何故ならば、TPPでアメリカが参加加盟国に対して同様な要求をする可能性があるからだ。 先日、TPP賛成論者の話を1時間黙って聞いていたのだが、なんの展望を持っていないことがよく分かった。 つまり、賛成なら賛成でいいのだが、どのラインになったら撤退するのかということの視点が全く無い。こことここは死守するということを全く考えなかった。心なしか、大東亜戦争時代の陸軍の発想だなとがっかりした。「とにかくやってみよう」「TPPは突破口だ」ということだけで何のビジョンもないことがわかった。だいたい、アメリカの政府高官もいっているように、軽い気持ちで参加されては困るという意向だ。一度参加したら、撤退したらかなり困難なのは、政治力や外交力を見れば良く理解できるのではないか。日本に政治力や外交力に関してアメリカと同等であると考えるならば、参加する意義はあるだろう。実際、韓国ですら煮え湯を飲まされた。個人的にはTPPで得るものは関税撤廃であるのだが、予想されるデメリットがあまりにも多い。 日本にとっても韓国にとってもFTAやTPPは「パンドラの箱」になるのだろう。 <ハンギョレ新聞の米韓FTA論調より>(文字数制約のため省略) <米韓FTA発効に際して>(文字数制約のため省略)
2012.04.13
コメント(0)
ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。・日本の未来予想図1p278~280・日本の未来予想図2p281~283*********************************************************************<『中国化する日本』8>目次・郡県化する日本:真説政治改革p247~248・ベーシック・インカムをまじめに考えるp275~278*********************************************************************<『中国化する日本』7 >目次・中国化した世界:1979年革命p233~235・真説バブル経済p239~240*********************************************************************<『中国化する日本』6 >目次・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<日本の未来予想図1>p278~280より 「だったらやっぱり、江戸時代を立て直せばいいじゃないか!」と思われるかもしれませんが、そうもいかないのが苦しいところです。企業は派遣や日雇いを一切使わず正社員だけを雇い、雇われた方も必ず会社別組合に入り―という時点で、昨今の経済情勢ではかなり苦しい。・・・というか実際のところ、昔でさえそういうことができたのは男女差別して男性しか正社員にしてなかったせいなんですから、そもそも全国民を平等に正社員にするような枠は、最初からありません。 さらにいえば、国家にとって死活的に重要な要素hたつが、いつまでも江戸時代が終わらない社会に愛想を尽かして、もう「封建制」の籠の鳥はいやだとばかりに日本から逃げ出しているのです。ひとつは資本で、高賃金で解雇困難な日本人労働者を嫌って、生活拠点を海外に移す日本企業が増えているのはご存知のとおり。 そして意外に見落とされがちですが、実はもうひとつが女性で、「ダンナと離婚したら食べていけない」イエ単位で男性優位の福祉制度をギュウギュウやり続けた結果、専業主婦化のリスクをとるくらいなら結婚なんてしないわよという当然の反応がおき、非婚率は上がって出生率は下がっています。 資本が国内企業という籠から、女性がイエという箱から我先にと逃げ出していく状況で、「封建制」を続けていこうだなどというのは、どだい無理な相談です。 だあとすると、やっぱり中国化が必然ということになりそうです。先ほども述べたように、国政レベルで構造改革ブームが下火になっても、地方首長にはどういうわけか、プチ小泉的な方々が続々当選して、意気軒昂になっているのは示唆的です。 おそらく小泉改革というのは、平成の中国化の第一段階に過ぎなくて、これからは全国の知事や市長がこぞって橋下氏のようなタイプになって、「(地域名)維新」を連呼し始める中国化の第二段階がくるのではないか。 そういうメディア露出重視のコストカッター首長が、行政主導のトップダウン形式で、議会政治の弱体化と公務員の待遇切り下げを進める。明治以来の地方名望家として県議・市議の実権を握ってきた地元の親分の力は衰弱し、いよいよもって地域社会は空洞化し、江戸時代の伝統から遠ざかる。お役所では「副業を解禁するから自力で稼げ」が職員共通のスローガンになり、薄給の本業は放り出して「役得」の追求に専念するエートスが末端の役人まで浸透し、「心づけ」の多寡が申請の可否を決める慣習ができる。 それでクレームは出ないのかって?いえ、たぶん大丈夫。一般庶民は、ときどきメディアに流される大物の汚職事件をスケープゴートに満足し、「清貧かつ清廉」な行政府の長には、もっとやれもっとやれと拍手喝采の嵐・・・個人的には、それほど違和感のないシナリオのように思うのですが、いかがでしょうか。 しかし、本来議員報酬や公務員の給与というのは削ったところでタカのしれた額面で、庶民の憂さ晴らしのタネにはなっても、破綻する福祉財源や不況で減少する歳入を賄うには全然足りないのですから、そのうち国家も地方も本当に経営が回らなくなって、いよいよ中国化の第三段階はIMFの登場かな―という気もします。 先述のとおり、新自由主義に関しては中国が先進国でしたが、そうなるとIMF管理下に入る経験でも韓国(1997~2001)の方が先進国になるわけで、ここに日本は中華世界のなかで一番未開で遅れた「東夷」の暮らす地域という、古来以来の位置づけへと回帰するわけです。あとはその下で、徹底した市場主導で自己責任の社会を作る改革が有無なく強要されて、やがて日本も完全な「中国化」を果たした上で、「グローバル・スタンダード」に復帰するでしょう。めでたし、めでたし。かなり、斜に構えた与那覇先生が見えますね。大使としては「中国化」の本家である中国の没落について、もっと語ってほしいものです。「奢る平家も久しからず」のように、奢る宋朝も滅んだので、希望の芽はあるはずです。<日本の未来予想図2>p281~283より 「ふざけるな!」というお叱りの声が飛んできそうです。いわく、・・・日本が中国や韓国なんぞの後追いだなんてあってたまるか。なにがなんでも「再・再江戸時代化」して、かの誇らしき武士道のエートスに満ちた日本独自の品格ある国柄を守るべきである。家庭に入らないフェミニストの女は非国民だ。教育基本法も改正したことだし、良妻賢母の家庭道徳を復活させて教育現場で徹底的に教え込め、子ども手当てだなんて飴で釣る財源はないのだから、産めよ増やせよ運動の鞭でやればいい・・・・(中略)サムライが政治の責任をとった伝統にのっとり、ここは自衛隊を国軍と改め、クーデターでもなんでもやって軍政を確立、先軍政治の形をとってはどうか・・・・―って、そこまでやったら北朝鮮と変らないジャン。そうなのでした。中国化とはグローバル化の別名ですから、あくまでも対抗して江戸時代風の社会を維持するとなったら、それは北朝鮮のように鎖国するしかない。 無理やり日本を「再・再江戸時代化」するには、要するに「北朝鮮化」しか方法がないのです。というよりもむしろ、建国当初に「江戸時代化」したまま一切の変化を拒絶して、来るところまで来てしまったのが現在の北朝鮮だということもできます。 北朝鮮についての学術的な研究書なら、著者の政治的な立場を問わず書いてあることですが、北朝鮮のあの特異な体制というのは、李朝の儒教原理主義的な王権や檀君神話があったところに、帝国時代の日本の天皇制や国体論、戦時下の総力戦体制や軍国主義、独立後はソヴィエト・ロシアのスターリニズムや共産中国の毛沢東主義・・・・といった、近代の北東アジア全域からさまざまな経路で流れ込んだイデオロギーのアマルガム(ごった煮)です。 よくもまあここまでダメなものばかり摂取したなあとも思いますが、これは笑いごとではなくて、ある意味で政治と思想は中国様式、経済と社会は日本様式という形で戦時期に実をつけた昭和日本のあのブロンが、当時植民地だったかの地域でだけその後も育ち続けたとみることもできる―国体護持のためには餓死をも辞せず、という「あの戦争」を支えた日本人が、あの地域にだけはまだ残っているのだと考えれば、かの国の一見非合理な行動様式も理解がつこうというものです。 いわば私たちが敗戦時に捨ててきた過去、パラレルワールドのような「ありえたかもしれないもうひとつの日本」がそこにあるともいえるのであって、北朝鮮に言及しない昭和ブームなんてなにほどのもんなのだろう、と私は思います。さる朝鮮研究者の方も仰っていたことなのですが、どういうわけか昨今のわが国では、北朝鮮が嫌いな日本人ほど日本を北朝鮮にしたがる傾向がある気がします。国会では、総選挙を睨んで2大政党が不毛の論戦を披露しているし、それをあざ笑うような橋下さんの中国化したコメントが鮮やかです。橋下さんを支持して北朝鮮のような国になったら・・・・何のコッチャやで。
2012.04.12
コメント(0)

起きりー! 朝やでぇ!朝ドラ「カーネーション」が終わったけど 、カーネーションbotは健在で、あいかわらず泉州弁を呟き(叫び)続けています。(頑張りや)ブログやツイッターのあいだでは、脚本家の渡辺あやさんのファンがわりと多いように見受けられるのです。あいにくの花散らしの雨で練習でけへんやんけ・・・ケンチャナヨということで、くだんの大学図書館にくりだしたのです。扱う題材がちょっと?ということで敬遠していた『メゾン・ド・ヒミコ』であるが・・・・渡辺あやさんなら、どう描くのか?♪【メゾン・ド・ヒミコ】犬童一心監督、渡辺あや脚本、2005年制作、H24.4.11観賞<大使寸評>マイノリティに対しても、渡辺あやの目線はあくまでも優しいのだ♪オダギリ・ジョーのゲイ役は、これこそはまり役なんでしょうね(オイ オイ)goo映画メゾン・ド・ヒミコこの作品で集めたゲイ役の役者の皆さんの役者根性がいいではないですか♪特にオダギリ・ジョーと田中泯が良かった。何でもできる田中泯であるが・・・・『たそがれ清兵衛』で見せた圧倒的な殺陣の方が、よりはまっているんでしょう♪展開を積み重ねて丁寧に物語るのが、渡辺あやの脚本なんでしょうか・・・・・「メゾン・ド・ヒミコ」は「ジョゼと虎と魚たち」の犬童一心監督×渡辺あや脚本コンビの第2弾とのことです。
2012.04.12
コメント(0)

返却期限が過ぎたので、大学図書館から督促の電話がかかってきたのです。・・・で、今日返すのだが、まだ読んでいないのだ。・・・でも、また借ればいいのかも♪【やむにやまれず】関川夏央著、講談社、2001年刊<出版社からの内容紹介>まことに残念なことではあるが、ネコにだって過去はある。人間にだって記憶はある。人生の秋?をつぶやく18の物語「中年シングル生活」その後の好エッセイ!40歳にして惑わずどころか50歳にして日々はますます混乱する。大人のせつなさを虚実ないまぜに描いた司馬遼太郎賞作家の最新エッセイ。マンガ/いしいひさいち<大使寸評>いしいひさいち氏のマンガとコラボした、見て読んで楽しい・・・・言ってみれば、一粒で二度美味しいエッセイです・・・・というのは冗談で、関川夏央のエッセイがわりと好きなんです。Amazonやむにやまれず関川夏央は、谷口ジローのマンガの原作を書いたり、とかく、マンガに造詣の深い作家であるが・・・・へそ曲がりのいしいひさいち氏と波長があうようですね♪大使も、かなりへそが曲がっているので、いしいひさいち氏のファンでおます。ちなみに、いしいひさいち氏の『ののちゃん』ではしげ婆さんが一番いいですね。山野しげwikipediaよりしげさんのプロフィールを紹介します。ののちゃん より 山野しげ 祖母(まつ子の母)。70歳(アニメ版では68歳)。活動的だがひねくれもののハードボイルド婆さん。さすがに娘や孫娘よりは勤勉だが、陰湿な一面も。怖いもの知らずで墓石の上に腰掛けたり、金属バットとスパナを持って暴走族を注意しに行くなどの行動をとる。あと30年は生きるつもりである。相撲は貴乃花、野球は巨人ファンでシーズンにはアンチ巨人のたかしと言い争う。FIFAワールドカップ フランス大会ではイタリア代表を応援していた。山田家の土地(埋立地)の所有者。『となりのやまだ君』初期は現在より少し意地悪に描かれている。気紛れにビーフストロガノフの調理を試みることがあるが、これまで成功したためしはない(それ以前にこの単語をろくに言えない)。関西出身で関西弁を話す。 (笑)いしい商店が、ええでぇ♪
2012.04.11
コメント(0)

久しぶりに、くだんのシルバー1000円の二本立て館に出かけたのです。観賞には5時間ちかくかかるので入館パターンはふたつあるのだが(A:弁当持ち、B:昼食を済ませて)今回はAパターンで入館したのです。観た作品は『ゴーストライター』と『ミケランジェロの暗号』で、いつもながら館主の選定はシブイですね♪この二本立て館のいいところは、飛び込みで入っても二本とも当て外れになることは、確率的にありえないわけで(笑)・・・今回は『ゴーストライター』がよかった♪【ゴーストライター】ロマン・ポランスキー監督、2010年制作、英仏独映画<大使寸評>さすがに謀略の伝統をもつイギリスだけに、元首相ラングの素性を見抜くのは難しいのです。それから、アメリカ東海岸の荒涼とした景色がみられたが・・・・おお♪ ワイエスが描いた景色やないかと見とれていました。goo映画ゴーストライターゴーストライターに迫る危機に目をうばわれていた大使は・・・・不可解なラングを最後まで見抜けなかったのは迂闊でした。福本ジローさんのエントリーを見て気づいたのですが、ラングは真実をゴーストライターに暴かせたかったのですね。肝心のところがわかってなかったけど(笑)、CIAの怖さが描かれた面白いサスペンス映画であった。「戦場のピアニスト」も良かったけど、とにかくポランスキーの映画は、当てが外れることが無いようです。福本ジローさんのゴーストライターよりCIAの操り人形だった人生を他人に精査させ、妻とCIAに一矢報いるのが本来の目的だったのだろう。どんな妨害にあっても全うする意志と知性と行動力を備え死んでも誰も悲しまない人物、ゴーストライターはまさにこの仕事に適任。ラングはゴーストライターに対して煮え切らない態度をとるが、それは彼の想像力を試し、自分の口からは言えない真実をゴーストライターに暴かせ、欺瞞に満ちた己の半生を総括したかったということなのだ。ところで、今回観た2作品のくくりとは何だったのだろう?『ミケランジェロの暗号』は終戦前後のユダヤ人画商を描いたオーストリア映画であったが・・・・オーストリア映画を観たのは、若しかして初だったかもしれないのです。2作品のくくりとは、ヨーロッパ調サスペンス映画という緩いくくりなのかな~?♪とにかく、ハリウッド作品に辟易している大使にとって、お口直し映画を堪能できたのです。
2012.04.10
コメント(0)
ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。・郡県化する日本:真説政治改革p247~248・ベーシック・インカムをまじめに考えるp275~278*********************************************************************<『中国化する日本』7 >目次・中国化した世界:1979年革命p233~235・真説バブル経済p239~240*********************************************************************<『中国化する日本』6 >目次・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<郡県化する日本:真説政治改革>p246~248より この細川内閣の最大の業績は、小沢氏のビジョンどおり、20世紀日本の「再江戸時代化」の核となってきた中選挙区制を廃止し、小選挙区制(ただし比例代表との並立制)を導入したことです。小選挙区制とは、「1選挙区からの当選者が1名である選挙制度」のことです。この場合、あらゆる政党は1選挙区から1人に絞って候補者を立てることになりますから、政党本位・政策重視の選挙戦が可能になり、中選挙区制のような自民党系候補どうしのバラマキ合戦がなくなって、政治がクリーンになるだろうと期待されたのです。 同じ目的から、セットで政治資金規正改革が行われ、派閥や政治家個人宛ての献金に歯止めがかかると同時に、コーヒー1杯の値段がそのくらいだからという謎な理由で、国民1人あたり250円相当の税金を、議席数や得票率に応じて国から正当に配分する政党交付金制度が導入されます。 そして実はこれらの改革には、「政治の浄化」のほかにもう一つ、共通する狙いがありました。それは、小選挙区における候補を1人に絞り込むための公認権と、政党を通じて各議員にも配分される政党交付金の管理権を掌握した、党中央の権力が所属議員やその地元に対して強くなることです。 つまり、ここで日本の選挙と政党のしくみが、「封建制」から「郡県性」に変ったのです。 この細川連立政権時も、小沢氏は政治運営が強権的だと批判されたのですが、中国史でいえば貴族性を止めて皇帝専制に変えるような改革をやっているのだから、そうなるのはあたっりまえです。「日本もようやっと、中国と同じ社会にできるんだ」とわかって支持しているのなら、なにも驚くことじゃない。 ところが明治維新の時と同様、「ええじゃないか」に踊っていた人々の多くは「政治への情熱」に共感しただけのただのパンクロッカーで、そういう歴史的文脈がまるでわかっていなかったのと、日本人の江戸時代恋しさが例によってぶり返して来て、わずか1年余りで「非自民連立」は自社さ連立に取って代わられてしまいます。 国連が認める「正しい戦争」なら遠慮なく自衛隊を派遣せよという小沢氏の「中国化」政策を嫌った社会党が、政権交代にともない業界団体の陳情・献金など、「封建制」の旨みを吸えなくなって窮地に堕っていた自民党と手を組んだものです。この連立、議員数が圧倒的に少ない社会党の委員長である村山富市氏を、与党第一党である自民党が首相に担ぐという地位の一貫性の低い政権だったことを考えても「長い江戸時代」を続けるための政策と考えれば結構筋は通っていたのですが、百姓一揆と代官所が幕府維持のために提携するというのは、明治維新でさえみられなかったことですから、わかりにくさは否めませんでした。 一方、政権を失って野党に転落した旧連立政権の諸政党は、次の選挙からは小選挙区制ですので合同しなければ不利とみて、小沢氏のリーダーシップの下で1994年、新進党を結成します。この時点で百姓一揆の旗は野党第一党の方に移るので、以降の社会党があっさり凋落してしまったのは周知のとおりです。 それならここで、「中国化」路線の新進党と、「再江戸時代化」路線の自民党の二大政党制ということに落ち着けばまだすっきりするのですが、そうハッキリわりきれないのがブロン社会の苦しいところです。「中国化」路線の小沢氏がリーダーになればスッキリするのに、裏でキングメーカーになるのがお好きなようで、困った人である。<ベーシック・インカムをまじめに考える>p275~278より 姥捨て山の幻影に踊らされた結果、お年寄りに手厚くしすぎて破綻しかけている年金制度や、不況の下で福祉代理機能を失った企業(ムラ)、離婚や非婚の増加でもはやセーフティネットの受け皿たりえない家族(イエ)など、江戸時代的な生活保障がことごとく崩壊してしまった今日においては、国家が直接ひとりひとりに定額収入を保証してくれるのは、魅力的でしょう。 いわゆる左派的な人々だけではなく、新自由主義の経済学者だったフリードマンなど、ケインズ主義的な既存の福祉国家体制に批判的な識者からも類似の提案があり、支持層の裾野が広い点も注目に値します―国政政党のなかでは、田中康夫氏の新党日本がマニフェストに取り入れていました。私もポスト「長い江戸時代」の社会保障は、結局これしかないのかなと思っています。 ただ、私がどうしても気になるのは、団体ごとではなく個人に対して直接国家がお金を出すことにした場合、それは政府の匙加減一つが生死を左右する状態の人間を大量に生み出すことになるわけで、特に日本社会の民度を斟酌した場合に、それってホントに大丈夫なの?ということです。(中略) たとえば、カリスマ的な人気を誇る総理大臣に「この選挙で郵政民営化に賛成しないなら、ベーシック・インカムの給付額を減らす」と宣言されたら、どうなるのか。郵政民営化程度ならどっちでもよかったとしても、外国人参政権や憲法改正だったらどうなのか。フリードマンなどはハイエクの影響を受けているはずなのですが、「国家が生活保障するなら、いちばん効率的な個人的な個人宛の現金に限る」という自分の提案が、社会主義とは異なるもうひとつの『隷従への道』になってしまわないかという点、どうも無頓着な印象を受けます。 この懸念、どうしても私は気がかりだったので、ちょうど2009年の政権交代の直後、たまたまご一緒した日本思想史の研究者に聞いてみたのですが、「当然ですよ、郡県制は基本的に専制のための制度ですから」と、即答されてしまいました―むべなるから、というところでしょうか。 もちろん、集団ごとに現状を維持してあげる護送船団方式的な「封建制」がもはや機能しないからこそ、組織に属さない人々にも政府直轄で給付がいきとどく「郡県制」の社会保障が必要とされているという現状は、変わりません。これは、民主党政権が農協行政に替えて戸別所得保障を導入したのと同様、時代の流れとしては必然なのですが、やっぱりその行く末に待つものは日本社会の「中国化」なのか、どうにも気になるところです。与那覇先生が、これしかないというベーシック・インカムであるが・・・・too little too lateが信条ともいえる日本の官僚制度がベーシック・インカムを取り込むとはとうていあり得ないでしょうね。
2012.04.10
コメント(2)

鶏頭の十四五本もありぬべし子規の病床での俳句で、よく知られている句ですね。まろさんの日記で知ったのですが「鶏頭論争」なるものがあったようです。鶏頭は何本あればいいのか? より この句を最初に評価したのは歌人の長塚節である。長塚節は「この句がわかるものは現代の俳壇にはいないだろう」と斉藤茂吉に語ったと言う。次いで斉藤茂吉が絶賛した事により、この句の賛否両論が起こり後に「鶏頭論争」と呼ばれる論争を生む事になる。 大岡信は評価がまちまちになってしまう最大の原因は「下の句の『ありぬべし』という言い方にひそむ未完結性の印象、思わせぶりともとられかねない独り言の印象にあるだろう。乱暴なことばをいえば、この五七五の下に七七がつかないと完結しないような感じが、この句にはあるとさえいえる。一首の短歌になりそうなものが、中途でぶつりと切れたまま差し出されているような感じが、この句にはある。虚子や碧梧桐のような俳人がこれを認めず、節や茂吉のような歌人がこれを賞賛したことも、思い合わせてみれば興味がある」と別の視点から指摘している。 その後、山本健吉の説によって、鶏頭の句は子規の代表作として定着する事になる。<ドングリ書込み>今日たまたま付けっぱなしのEテレで「俳句王国がゆく」を観たのですが、気が利いていて、優しい評決に好感を持ったしだいです。世の中が減点主義でギスギスしているだけに、特にそう感じるわけですね。だいたい「俳句王国がゆく」という番組が成り立つだけでも、世界をみわたしても稀有な国なのかも知れません。この「鶏頭論争」のほうは俳句のプロが争うもので、レベルが違い、多少衒学的ではないかとさえ思うけど・・・・詩歌の解釈で争うなど、やはり稀有なことですよ。<まろさんの返事>五・七・五という世界にも類がないと思われる超・短詩形文学。俳句ってほんとにすごいと思います。人に対して、巡りくる季節に対する挨拶としての俳句、という考え方が好きです。気軽に詠めるようになればいいのですが、最近では浮かびもしません。意識的になることも必要なのでしょうかね。
2012.04.09
コメント(2)
ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。・中国化した世界:1979年革命p233~235・真説バブル経済p239~240*********************************************************************<『中国化する日本』6 >目次・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<中国化した世界:1979年改革>p233~235より 現在、世界で最も著書が売れる歴史家との評もあるハーバード大教授のN・ファーガソン氏は、今日の世界の起点は1989年の冷戦終焉ではなく、10年前の1979年にあると語っています。 この年、イギリスで保守党のマーガレット・サッチャーが首相に就任、社会福祉を削って国有企業をガンガン民営化する「新自由主義」と呼ばれる市場主導の経済運営に着手し、2年後にはアメリカのロナルド・レーーガン大統領が後に続きます―彼らはもちろん、ピノチェトのような独裁者ではありませんが、労働組合をとことん敵視してかく首を強行するなど、非妥協的な政権運用で鳴らしました。 しかしながら実は、この国家による保護を打ち切って市場での競争に委ねるという転換は、実は1年前の1978年にトウ小平が改革・開放政策として、中国で実施していたところだったのでした。その翌年に当る79年、トウはアメリカを視察、ますます「経済だけは自由化させる」方針に舵を切ります。 すなわち欧米で標準的な研究書に書かれているように、新自由主義は英米中三国で同時に始まったのであって、アングロ・サクソンのやり方が世界の見習うべきグローバル・スタンダードだとするなら、いわばここで中国が日本を追い抜いたのです。いまだに「日本は先進国、中国は後進国」などといっているのは、無知な日本人だけです。 さらにやはり1979年、ソ連がアフガニスタンに侵攻、社会主義体制もまた一個の帝国主義に過ぎないことを自ら照明して、レーニン理論の権威は地に堕ちます。この時アメリカが反共勢力として支援した過激派ムスリムたちが、のちのタリバーンやアル・カイーダになっていくことは有名ですね。 ところが同年、イランでホメイニがイスラーム革命に成功、アメリカは元国王パーレビ2世の亡命を受入れ、こっちではイスラーム勢力の敵対者になってしまいます。イスラームとは、そもそも国家機構や居住地域にこだわらない信仰者の共同体であり、アル・カイーダこそ世界最強の「国境を超えるNGO」ですから、大国主導で国ごとに仕切られた政治を行う冷戦体制は、まさしくここから崩れ始めることになります。 自分で育てたタリバーンに叛かれ、イランを抑えるために支援したイラクのフセイン政権にも反逆され・・・・というアメリカのイスラーム外交の下手さぶりは有名ですが、これは「傀儡政権さえ作ればうまくいく」といって中国大陸で自滅したかっての日本陸軍の忠実な再現です。地域ごとに仕切って「封建制」の枠組に住民を押しこめる、江戸時代のようなやり方は、日本人がやろうとアメリカ人がやろうと、そもそも「封建制」の伝統が弱い中国人やムスリムには相手にされないのです。アメリカのイスラーム外交の下手さぶりと関東軍の自滅を、歴史学の視点で注目し、比較、評価する与那覇先生の語り口が鮮やかですね。日米とも、先生のような学者を参謀本部に任用すべきでした(もう遅いけど)<真説バブル経済>p239~240より 要するに、第一次大戦が世界を「江戸時代化」させる効果を持ったのに対して、第4次中東戦争以降の世界は顕著に「中国化」しはじめていたのです。冷戦終焉以降の、まるで世界全体が宋朝になったかのような状態は、その終点であって始点ではない。 問題は、かような巨大な人類史の反転にいつ気づくかです。この変化に気づかないまま70年代、80年代を過ごしてしまったのが、その後にもたらされた『日本沈没』の一番の原因だというのが、社会科学系の研究者の標準的な見解です。 オイル・ショックが欧米諸国にケインズ政策の見直しを強いたのに対して、日本の「新しいムラ」であった企業社会はこれを乗り切ってしまう。それが可能だった理由は、終身雇用制では不況になってもクビにできないことを織り込んで、もともと必用最小限の人員しか雇っていなかったからです。だから、景気が悪化してもそんなに生首を切らなくてよく、失業者があまり出ないから社会保障も破綻せず、福祉国家を続けていけたわけです。・・・と、これだけ聞くと素晴らしい話ですが、逆に言うとこれは好景気になっても追加人員を雇わずに、不況期と同じ人数のまま各自が死ぬ気で働きまくって対応するという意味ですから、日本人の残業時間はGNP伸び率と顕著に連動します。まさしく勤勉革命ふたたびなわけで、「過労死」や「社蓄」が流行語となり、やがて欧米諸国の目も「エコノミック・アニマル」に対して厳しくなっていきます――あの「自虐的」な『武士道残酷物語』も、封建家臣のマゾヒスティックな忠誠心のなれの果てを、高度成長期の会社人間に見出して幕を下ろした点だけは、優れた洞察力といえましょう。 その下で、ブロンが腐食をはじめています。80年代の日本を特徴づけるバブル景気は、人々が己の家職を忘れ、勝手気ままに財テク的なマネーゲームに狂奔した点、「中国化」の典型に見えるかもしれませんが、さのみあらず。そもそも戦時動員のための40年体制下、日本企業は資金調達にあたり、自社株の発行ではなく銀行からの借り入れを中心とする慣行が成立し、戦後もそれが続いて、日本の庶民は「預金はするが株は持たない」堅実な生活を送っていました。 もちろん、それだけなら江戸時代ゆずりの質朴さで結構な話なのですが、預金には株より劣る点が一つあって、インフレに弱い。好景気の下で物価は上がっても、銀行がその分まで額面を増やしてくれるわけじゃありませんから、景気に連動して値段が上がる材で財産を保有しないかぎり、年々資産価値は目減りしていくことになるのです。普通は、じゃあ株でも持とうかという話になるのですが、日本は間接金融優位で株式市場が発展していないから、十分な量の株がない。 それで、どうなったかというと、だったらもう土地しかないじゃないかという話になって、ありとあらゆる個人や企業や銀行が土地の買い占めと転売に走り、異常なほどの地価暴騰を見せた後にバブルが弾けて、巨額の不良債権のみが残った・・・・というのが、きちんと崩壊前にバブルを指摘していた野口悠紀雄氏の見立てです(『戦後日本経済史』)。団塊の世代は「社蓄」や「エコノミック・アニマル」を自覚しながら、それでも頑張ってきたわけであるが・・・・与那覇先生言うところの「中国化」に抵抗している自覚は当然ないわけで、もしそういう認識ができたなら、ブロンに陥らない道をたどることができたのではないかと悔やまれます。(if歴史になったが)それにしても、「預金はするが株は持たない」堅実な日本は、世界でもっと評価されてもいいと思うのだが。
2012.04.09
コメント(0)

カタールのドーハで6月24日まで、村上隆展「Murakami-Ego」が開催されているが・・・・手元不如意の大使は、観に行けません(当然です) 村上隆展「Murakami-Ego」@カタール、ドーハ報告!!のレポートが充実しています。レポーターの宮村周子さんって、プロのようですが、このエントリーで観たことにいたしましょう(泣)それにしても、趣味でドーハまで追っかける身分になってみたいものですね(言うだけ無駄やで)村上隆さんが五百羅漢図にかける意気込みと、アート環境への苦言を語っています。五百羅漢図に取り組む村上隆よりQ:2月のカタールでの個展に向け、東日本大震災後の日本をテーマに、全長100mの「五百羅漢図」を製作中だそうですね。A:日本の歴史を見ても、地震や飢饉、天災が多発したときには、人々が救いを求めて宗教が勃興したり、新たな文化・芸術が生まれたりしてきました。五百羅漢への信仰もそうした苦難のたびに広まり、供養や癒しとして絵や像がつくられてきた。そうやって先人が危機に際して処してきたことを学んで、自分も五百羅漢図を描いてみようと思い立ちました。いわば温故知新です。 縦3m、横1mのキャンバスに描いて、それを100枚つなげて作品にします。約100人のスタッフに指示をだしながら制作しています。カタール政府が日本との国交樹立40周年の記念イベントとして首都ドーハで僕の大規模な個展を2月9日から開催してくれるので、そこに展示します。観光立国を目指すカタールには、世界中から人が集まる。3.11のメモリアルな作品として、一人でも多くの人に見てほしい。Q:欧米のほうが、芸術活動をする環境としては、日本より優れている、とA:そうは言いませんが、欧米は、美術館の学芸員らの人材が豊富で、作品をきちんと評価し、価値付けできるメソッドがある。審美眼を備えて信頼するに足るアート市場もある。意地悪なジャーナリズムもよく勉強していて対抗しがいもある。一方、日本は美術館はたくさんあるだけ。ジャーナリズムは印象批評に偏っており、マーケットを蔑視している。オークション会社にしても、贋作をカタログに載せていたりする。 日本の場合、教育に目を向けても、美術大学は無根拠な自由ばかりを尊重して、学生に何らの方向性も示さない。芸術には鍛錬や修業が必要なのに、その指導もできない。少子化や国立大学の法人化で、学生がお客さんになってしまい、教師は学生に迎合している。お陰で、あいさつさえまともにできず、独りよがりの稚拙な作品しかつくれない学生ばかりが世に送り出される。先鋭的なものは何も生まれてこない。だから、世界に出て行って通用する芸術家が日本にはほとんどいないんです。中東初の村上隆展、ドーハで開催中
2012.04.08
コメント(0)
スズキがインドで生産し、インドで売っているけど・・・・昨今はトヨタがインドで生産し、アフリカへ輸出開始とか・・・・・こころ強いニュースですね、ただし法人税をガッツリ納入してくれるという条件付きですけど。4/4トヨタ インドで生産の車輸出開始よりトヨタ自動車は、インドで生産している小型車の南アフリカへの輸出を開始し、インドを生産拠点と位置づけて、成長市場に輸出する動きが各自動車メーカーの間で強まっています。トヨタは、おととし12月から、インド向けに開発した小型車をインドで生産・販売していますが、南アフリカでも乗用車市場が拡大していることから、同じ小型車の投入を決めました。4日、インド南部の都市チェンナイの郊外にある港で輸出の開始を記念する式典が開かれ、小型車が次々に船積みされていきました。南アフリカでは、インドに比べ、整備された高速道路での移動が多いことから、輸出される車はインド向けの車よりもサスペンションを硬くして、安定した高速走行ができるようにしてあるということです。トヨタは、今後、年2万台を南アフリカに輸出する計画です。インドに工場を持つ日本や韓国の自動車メーカーの間では、ヨーロッパやアフリカなどに近いインドを、消費市場としてだけでなく、生産拠点と位置づけ、インドで生産した小型車を輸出する動きが強まっています。トヨタの現地法人の中川宏社長は「インド向けの車を南アフリカに合わせて改良することができた。今後、こうした取り組みが広がることを楽しみにしている」と話しています。倫理無き多国籍企業というのは、国外で生産し儲けをタックスヘイブンに貯め込み、つまり、国内に雇用を生まず、国内に納税しない、おもに米英の企業を指しています。ところが、既にトヨタ、ニッサンはどちらかといえば海外生産がメインであり・・・・これでもし労働搾取でもあれば、アップルやナイキと変らなくなるわけです。上場企業の7割が法人税を納めていないのだそうですが・・・・TPPに参加して、これで上場企業が税金逃れしていたら・・・・国民は踏んだり蹴ったりやがな。
2012.04.08
コメント(0)

大飯原発再稼動前に、滋賀、京都、大阪の首長が安全性に懸念を表明し、政府に対して説明を要求していたが・・・・野田政権は6日、スピード感を持って再稼働時の安全基準を正式に決定しました。その安全基準に対する政府判断は、どう見ても電力寄りであり・・・元プラント従事者としては、原発再稼動前の安全対策として、ストレステストをちんたらやってるよりも、ベント用フィルターの設置とか福島第一の冷却水配管(現状は仮設)の強化が先だろうという気がしていたのです(6日ツイートより)メディアの報道にも明らかな違いが見られます。4/6朝日新聞再稼働基準案を了承 野田政権 きょう閣僚会議で決定より 野田政権は5日、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を再稼働させる条件となる安全対策の暫定基準案の骨子を了承した。全電源喪失の防止策などに加え、電力会社にも安全対策の実施計画を示すよう求める内容だ。6日の関係閣僚会合で正式に決定する。 会合には、野田佳彦首相や枝野幸男経済産業相、細野豪志原発相、藤村修官房長官らが出席。枝野氏が経産省原子力安全・保安院がまとめた安全対策の暫定基準案を示し、了承した。 暫定基準案では、地震や津波が来て全電源が失われて事故が起きても、被害の拡大を防ぐ緊急安全対策が実施済みであることを求めている。そのため、発電所内の電源設備や冷却・注水設備、格納容器破損、管理・計装設備の4項目の対策を明示。この全電源喪失防止策と炉心や使用済み燃料プールなどの冷却継続策は、保安院がまとめた30項目の安全対策に含まれており、大飯原発も満たしている。 これがリベラルというスタンスなんだろうか?今回はまったく政府広報と化していて・・・・幻滅させられました。<訂正>7日の朝日が政府判断を批判していました(Web朝日は記事アップが遅いのでは?)4/7東京新聞電力会社任せ新基準 大飯原発再稼働 重要対策先送りより安全基準 野田佳彦首相と枝野幸男経済産業相ら三閣僚は六日、関西電力大飯(おおい)原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働問題を協議し、再稼働を認める際の新しい安全基準を正式に決定した。ただ、格納容器のベント(排気)時に放射性物質を取り除くフィルターの設置など重要な対策でも、先送りを認め、期限は電力会社任せとなった。 政府は同日、関電に対し、時間がかかる対策は、実施時期や方法などを記した工程表を作成するよう指示。経済産業省原子力安全・保安院が関電からの報告を検証し、再度、首相や閣僚が協議する。安全と判断されれば、枝野氏が福井県を訪問して説明する。 政府は「現行法令上の規制を超える安全性の確保を事業者に対して求める」と安全性重視の姿勢をアピールするが、逆に法的な根拠がなく、実施されるかどうかは政府の取り組みいかんにかかっていることでもある。枝野氏は「必要ならば法改正はするが、現行では原子力安全・保安院がフォローする」と述べるにとどめた。 再稼働後、福島第一原発のような重大事故が仮に起きた場合の責任については「政治責任は(首相ら)四人が負う」と強調した。木鐸としては、ここまで突っ込むべきでしょうね。エネルギー問題は二者択一で決められない難しさがあるにしても・・・・・野田政権は官僚の書いた筋書きに乗っているだけか?、脱官僚はどうなったんだ!野田政権が既に既得権益サイドに移ってしまったのかもしれないですね。******************************************************************************************早とちりで朝日をけなしてしまったが、7日の社説がいいので紹介します。(埋め合わせでんがな)4/7朝日高速建設再開―そんな余裕があるのかより 建設が凍結されてきた高速道路について、国土交通省が次々と工事再開を決めた。事業費の合計は1兆円を超す。 野田政権は、消費増税の関連法案を国会に出したところだ。議論の本格化を前に、駆け込み着工の様相である。 国民に負担増を求めつつ、大型公共事業に手をつける。どう説明するつもりなのか。増税を前にアメを配るような感覚だとしたら、見当違いもはなはだしい。ただでさえ増税への疑問や反対の声が根強い国民の反発を強めるだけだろう。工事再開は撤回すべきだ。 対象となるのは、09年の民主党への政権交代を機に凍結された全国6区間の4車線化と名古屋環状2号線の一部区間、自民党の小泉政権時代に待ったがかかった新名神高速道路の2区間である。 国交省は以下のように説明する。渋滞が激しいところや冬季に通行止めが生じやすい場所、あと少しで環状道路がつながる区間などに絞った。大震災の教訓を踏まえ、道路網を多重にする必要がある。建設費は借金でまかなうが、料金収入で返済していく。既存の工事計画の見直しで浮いた分も活用する――。 しかし、浮いた財源は、これまでの高速道路建設で抱えた多額の借金の返済に充てるべきだ。料金収入が計画を下回れば、最終的に税金を投入せざるをえない可能性もある。 とくに新名神の対象区間は、道路公団民営化の際、採算の見通しが立たないとして「抜本見直し」とされた。むだな道路の建設を防ぐため、民営化で発足した高速道路会社が建設の是非を判断する仕組みになった。 ところが、凍結解除は今月初めに現地を訪れた前田国交相がぶち上げた。民営化の精神がすっかり骨抜きになっている。 それぞれの高速道路は、完成すれば便利だろう。だが、いま必要なのは、国全体の財政状況を踏まえた総合判断である。 深刻なのは、建設を目指す国交省の意向が素通りになっていることだ。国交省の主張を政権としてチェックするのが当然なのに、その形跡は見られない。 昨年末の12年度予算編成時には、沿線住民の反対などで約40年間止まっていた東京外郭環状道路の練馬―世田谷間の着工を決めた。 高速道路だけではない。整備新幹線の未着工区間、八ツ場ダムの本体工事など、大型公共事業に次々とゴーサインが出た。 「コンクリートから人へ」という民主党の理念はどこへ行ったのか。
2012.04.07
コメント(0)

大学図書館でこの本を借りたが、この種の本を置いてくれる図書館とはありがたいものである。Amazonで検索すると、よほど希少というわけではないのか、この本がでてきました。(すご~い♪) ベストセラー商品ランキング(本)で 444,173位とのこと、ロングテール現象の先っちょなんでしょうね♪【HR・ギーガーARh+】タッシェン社、2007年刊、12年2/10読破<大使寸評>「エイリアン」の創造をつうじて、映画美術に強い影響を与えた美術作家HR・ギーガーの全貌を表した本になっています。ギーガーの美術が映画ヒットに通じると察知したハリウッドとギーガーの間には確執があったわけだが・・・・どちらの方が金に目がくらんだのか?ギーガーは作品の質を重視しているだけに、コスト重視のハリウッドが悪者なんでしょうね。いずれにしても、ハリウッドが契約金を抱えて日参した作家であり、売れる作家であることは確かである。日本ではHR・ギーガーの作品は見る機会が少ないが・・・映画や、SF的映像をつうじて、我々に前人未到のイメージを植えつけた作家と言えば、ほめ過ぎだろうか?東京には、ギーガー・バーなるものがあるそうだが、一度行ってみたいものである。AmazonHR・ギーガーARh+ギーガーとハリウッドとの確執の一部を、この本から引用します。MGMよりブライアン・ギブソン監督の映画『ポルターガイスト2』のような様々なホラーシーンの考案を依頼される。1984年、マネージャーと共にロサンゼルスに飛び、この映画のための契約を結ぶ。その後、HR・ギーガーは参加する映画を誤ったことに気付くが、時既に遅し!同時期に制作が始まった映画『エイリアン2』に関する詳細を、契約締結時点に誰も彼に知らせなかったのである。子供向けホラー映画『ポルターガイスト2』の最初のシーンは、プロフェッショナルな仕上がりだった。だが、リック・エドランドの特殊効果はまだ未撮影で、『ポルターガイスト2』の物語は内容に乏しくギーガーの趣味には敵わなかったため、彼は作品のクオリティを案じた。1987年、『ポルターガイスト2』が全世界で公開された。アメリカでは、大ヒットを記録するが、ヨーロッパではまもなく上映が打ち切られた。ギーガーにとって自身のアイデアを視覚化するという点では不運だった。ギーガー・バー
2012.04.07
コメント(0)

朝ドラ「カーネーション」の脚本家渡辺あやさんの作品では「その街のこども」が気にかかっていたが・・・・希望を喚起するそのひたむきさはどこから沸いてくるのか?キーワードは新聞記事のヘッドラインにある「物語がもたらす力」なんでしょうね♪ 渡辺あやさんへのインタビュー <物語がもたらす力>(デジタル朝日ではこの記事が見えないので、4/4朝日から転記しました・・・そのうち朝日からお咎めがあるかも)Q:「カーネーション」の脚本を書く時、東日本大震災のことは意識されたのでしょうか。A:全26週分の脚本のうち、3週目を書いている時に震災が起こりました。自分自身の足場がものすごく揺れた感じがしました。自分が世の中に向けて発信するものがこれでいいのか、一度見直さないといけなくなった。でも、突き詰めた結果、自分が最初にこの物語でやろうとしたことは間違っていいない。修正点はない。そう思えました。Q:「やろうとしたこと」とは?。A:溶かすということです。Q:溶かすですか。A:娘が赤ちゃんだった時、わんわん無くのに「そのまま寝てくれないかな」と、15分ぐらいほったらかしていたことがあります。大人がそんなに待たされたら起こるはず。でも赤ちゃんは、やっと私が来ると笑ったんです。その笑顔で気づかされたんですが、大人だって怒る前には「やっと来てくれた」といううれしい感情があるんです。 大人になるにつれ、心の中に何重にも薄い殻が重なって、本当の自分の心が分からなくなる。物語ならば、普段だったら手が届かない殻の奥にある、柔らかいところを温めて溶かしてあげられる。それがじゅわっと殻の外に出てくると、心が震えて解放されたり、涙が出たり、ということが起こる。それは、人にとってすごくいいことじゃないか。感覚的にそう思っています。Q:どうすれば、そんなことができるのでしょうか。A:書くことがただ大好きなんですが、主人公の糸子と真剣に向き合っていると、彼女の心の中に起こるであろう反応が、自分のなかにも自然と起こるんです。その響き合いが台本を通じて糸子を演じる尾野真千子の中でも起こる。その演技が映像にうつると、人に伝える力は相当なものになるんです。自分と登場人物の間で起きた純度の高い振動が、役者の肉体を通じて他の人々にも広がっていく。私自身、それですごく解放されるし、見る人も自意識に閉じ込めていた感情を一緒に開放できればいい。そう願っています。Q:ドラマでは、登場人物たちが戦争で心を病んだり、次々と戦死したり、残された人々が抜け殻になってしまたりしました。被災地の人々と重ね合わせて見た人も多かったのではないでしょうかA:戦時中を書く時は、死にそうなぐらいしんどかったです。震災を自分の中に取り込んで物語をつくることも考えましたが、あえて「まったく関係ない場所でやる方がいい」と決めました。まじめにやっていれば自然に重なる、と思ったのです。Q:親も財産も失い娼婦に身を落とした糸子の幼なじみを立ち直らせたのはあ、息子二人を戦争で亡くし、生きる気力を失っていた玉枝さんでした。玉枝さん自身も、その過程で再び前向きになっていきますね。A:あれは楽観的な描写だと思います。絶望という心の溝にはまった人が、そこから抜け出るのはそう簡単ではないですから。それでもうまくいった場面を描く方が、見る人の力になるのではないか。いつもそう考えています。 人の中には、どんどん暗く落ち込んでいく流れもあれば、そこから立ち上がりたいという流れも絶対ある。流れを変えるのは、何か小さな衝撃なんだと思います。玉枝さんは自分自身の心の溝にはまって同じ軌道を回り続けていたのですが、糸子というすごく強い存在が突然やってきて「幼なじみを助けて!」と頭を下げる。そのことで、溝からちょっとずれた。すると後は、その人自身の力で上向きになっていく。生きる力は元々その人の中にあるんです。Q:ドラマの舞台である大阪府岸和田市のだんじり祭りが、生きる力の象徴のように描かれました。A:だんじりを初めて見た時、涙が出ました。祭りの花形、大工方は、街中の人々が見守る中、走るだんじりの上で命がけで跳ぶ。「表現の原点」を見たように感じました。自分の命を他者に届けたい、命を燃やしたいという気迫。見ている方も「届いた!」と感じて、生命力が上がっていく。それはとても純粋で、ありがたいことだと思います。Q:生命には「他者に届きたい」という性質がある、と。A:絶対にあると思います。私がパソコンに向かって地味に書いているのも、同じことをやりたくてやっているんじゃないでしょうか。Q:阪神大震災を主題に渡辺さんが脚本を書いた映画「その街のこども」に、次の言葉があります。「不幸って法則ないやん。地震だけじゃなくてさ、事故かって病気かっていつ回ってくるかわからへんし、逃げられへんやん、誰も」「工夫するしかないんかなって。つらいことになってもうたとき、どうやったらちょっとはつらくなくなんのか、考えて工夫する。みんなが。みんなで」。ここに込めた思いは何ですか。A:震災は大勢の人が巻き込まれるから特別のことと感じるんですが、日常でも病気や事故で人は亡くなる。個人のレベルでは一つのことだと思います。死や誰かを失う苦しみからは誰も逃げられない。みんなが当事者だからみんなで考えよう、と。一人で持つには重い石でも隣に誰かいるだけで軽くなりますから。 不幸や不条理に立ち向かうには、すごく地味なことをコツコツやっていくしかない、という感じがしませんか。あるところに大きな救いがあって、そこに自分も回収される、というのは絶対にうさんくさいし、本物じゃない。小さくて地味で一見、「これかよ」みたいなこと。子どもを見ていると、ちょっとしたお使いなど、本当に単純に人の役に立つことに、すごく喜びを見いだすんですよね。よくよく考えれば、それは美しいことだと思います。 大人だって本当は、誰かの役に立ちたいと強く願っているのですが、なぜか「こんなことをやったら、かえって迷惑かな」などと考えてしまう。大きな災害が起きると、心の奥の素直な気持ちがすっと表に出てくる。映像を見て涙を流したり、ボランティアをしたり、寄付をしたり。人の力になりたい、という気持ちが満たされた時、人は自分自身の価値を見いだせる、と思います。Q:専業主婦から脚本家を目指したそうですね。A:子どもが生まれて間もなく、夫の実家がある島根県の町に引っ越しました。一日中、赤ちゃんとだけいるとあまりに退屈で、自分の頭の中で友達をつくり、自分が盛り上がれるストーリーに沿って空想の会話を楽しんでいました。それを書きとめると脚本のようになったんです。それが始まりでした。 でも、最初に自分が脚本を書いた映画ができあがった後、すごく落ち込んだ時期がありました。ゴールにたどり着いた途端、次のカーテンがぱっと開いて「死」が広がっていた、という感じ。「どうせ何をやっても年老いて結局死ぬんだ」という思いにとりつかれていました。「小さくて地味なこと」への感謝が足りなかったんです。そこからずっと、死や老いという課題について、作品を通じて取り組んでいます。Q:「カーネーション」でも糸子の老いが丁寧に描かれました。A:糸子役が夏木マリさんに代わった時、それまでの登場人物の多くが故人となり、舞台の町並みも変わって、私自身すごく喪失感がありました。でも、それがまさに、老いた糸子が抱えている感情なんです。 私の住む町でもお年寄りの自殺が多い。私たちの世代が想像するよりもずっと、老いていくのは厳しくつらいと思います。糸子のモデルはファッションデザイナーのコシノ3姉妹の母、小篠綾子さんですが、晩年が最も輝いていたそうです。どうすればそうなれるのか、描けるなら描いてみたいと思いました。Q:その秘密は分かりましたか。A:小篠さんの座右の銘に「与うるは受くるよりも幸いなり」という聖書の言葉があります。お年寄りにしか与えられないものがいっぱいある。私たちもお年寄りに与え、一緒に生きることで、自分の中で育てられるものがある。糸子はしょっちゅう仏壇に手を合わせ、故人に話しかけます。そんな日常を送った人は「自分が死んでもそうしてもらえる」と信じながら死んでいけると思います。<取材を終えて> 「カーネーション」は、震災後の日本を生きる私たちへの、誰かからの贈り物だったと思う。渡辺さんは「すでにある物語が見る人に届きたくて、私やスタッフや俳優たちが呼ばれた」と話す。この世界は人に残酷な時もあるが、人の負った傷を癒す力にもあふれている。その力が時として、物語という形で現れるのではないか。(聞き手:太田啓之)最後には渡辺さんの死生観も聞かれて、なかなか哲学的というか含蓄のあるインタビューでしたね♪wikipedia渡辺あや さようなら「カーネーション」kumaさん の「カーネーション」が終わった
2012.04.06
コメント(2)
ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。・真説「大東亜戦争」p206~209・真説田中角栄p223~225・人権は封建遺制であるp267~271*********************************************************************<『中国化する日本』5 >目次・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<真説「大東亜戦争」>p206~209より 中国戦線が行き詰まるにつれて、「東亜共同体」や「大東亜共栄圏」といった、グローバルとまではいかずともリージョナル(地域統合的)な政治理念が語られ始め、最後は「近代の超克」という形で、西洋近代をも超えた真の世界文明を東洋から築くのだという、普段ならどっちかというと中国人がいいそうなことを口にする日本人まで現れたのは、その証左でしょう。 むろん、尾崎秀美のように本気で中国革命に共感していたごく少数の例外を除くと、その多くは単なる跳ね上がりだったかもしれませんが、どうも中華文明型に「国のかたち」を変えないとこの戦争は勝てないのではないか、という直感を抱いた日本人は、必ずしも少なくなかったように思います。 こうなると、当の中国人を殴りながら「東亜共同体」の看板を掲げるという状態は、日本の侵略非難の一点に特化した国民政府の大義名分に比べて「中華」としてのアピール力の点で随分劣ることがいやでも目についてきますから、コンプレックスが溜まって鬱々としてくる。「どう考えても日本人の方が、中国人より道徳的で高邁な理想を追求しているんだ!」という自信が持てるような、憂さ晴らしがやりたくなってくる。 結果、日中戦争までの「暗い昭和」になんとなく悶々としたものを感じていた人々も、対米英開戦という「大東亜開放」への決断をみて大いに溜飲を下げるということか、「ここまで壮大な大儀に賭けるわけだから、もうこの戦争の遂行にウジウジすることはない」とばかりに気持ちがスカっとして、いかなる破滅が待とうとも勇んで戦線へまっしぐら―真珠湾攻撃(1941)に際して日本人の表情の曇りが晴れて、奇妙な爽快感が吹き抜けたとは、多くの文筆家や一般庶民が回顧するところです(加藤陽子『それでも日本人は「戦争」を選んだ』)。 こうして、戦国時代以来の無思想で内向きな日本人が、めずらしく外向けで華々しい、世界で普遍的に通用することをめざした政治理念を掲げていくという流れのなかで、日本社会の一部に「中国化」の流れが甦ります。 (中略) 加えて、江戸時代以上に分権的(ゴネ得的)な明治憲法体制では、とてもじゃないですが国家一丸になった戦争はできないので、集権的でトップダウンの政治体制を模索する動きが出てきます。東条英機が組閣当時に首相・内相・陸相をひとりで兼務し、後には「統帥権の独立」を自ら侵して参謀総長まで兼ねたのは、閣内不一致と「首相押込」のメカニズムに対抗するためで、傘下の特高警察や陸軍憲兵を思うままに操って、自身に反対する勢力を脅迫し、力で抑え込む恐怖政治を展開します―まさに「皇帝専制」ですね。 東条はこのほか、ヒトラーに倣ってオープンカー・パレードや映像メディアへの露出を繰り返す一方、「将軍様」ばりのお忍びで国民生活を観察し庶民派ぶりを演出するなど、彼なりに工夫しながら絶対権力の確立に力を注いでいます。戦争動員のための総力戦体制の下、経済社会の構造が「再江戸時代化」していったのに対して、政治権力の面では「中国化」が進展していたのです。 もっとも、ここからがブロン社会・日本の難しいところで、独裁者東条といえども完全な中国皇帝にはなれませんでした。第一に、日本には権力者である将軍様のほかに権威者としての天皇陛下が常にいますから、いくら東条でも昭和天皇の意向だけは無視できない。第二に、さすがに一人で全大臣の兼任はできないので、「首相押込」の構造を全廃することは叶わない。 そんなこんなで結局、宮中の内意を受けたかっての腹心・岸信介に閣内不一致の引き金を引かれて、戦争半ばで東条内閣は総辞職します。かように無謀な戦争の遠因となった「」の制度や思考様式が、一方で確かに独裁政治に対する歯止めとしても機能していたところに、近世以降の日本社会の功罪を論ずる際の難しさがあるのです。 中途半端な「中国化」が悪かったのか、茶坊主がしゃしゃり出る明治憲法体制が悪かったのか?・・・・再江戸時代化は独裁政治への歯止めとして機能していたそうです。<真説田中角栄>p223~225より もっとも、徳川の平和が250年も続くと関が原の合戦時に予想した人が(たぶん)いなかったのと同様、自民党が40年近くも武士階級のごとく政権を独占すると、最初から決まっていたわけではありません。実際、1950年代後半は三井三池闘争(1960年終結)に至るまでの労働攻勢と、やはり60年安保で絶頂をつけた、岸伸介の親米再軍備路線に対する国民の反感を追い風にして、年々革新政党の支持率は増加傾向にありました。 かような状況下で1960年代、池田勇人政権が打ち上げた高度成長路線とは、安全保障を争点から外し、かつ地方のムラの人々を会社という「都市のムラ」へと引越しさせる政策でした。いわば、都市化と経済成長を通じて「新しい江戸時代」への満足度を大幅に高めることで、保守政権の延命に成功したわけです。 しかし、そもそも農地改革によって江戸時代冒頭の状態に戻してもらって以来、零細農家は農協という新しい村請性に組織されて、地方農村は保守政党の強力な集票基盤になっていますから、よく考えるとこれは、自民党にしてみれば自分で自分の地盤を切り崩すことで支持率を上げるというタコが自分の脚を食って生きながらえるような話だったのですね。実際、戦国時代と並ぶ日本人の生活の激変期と称する歴史家も多い高度成長期を通じて、自民党の衆院占有議席数は、当初の3分の2ラインから徐々に過半数ライン近辺へ、ジリジリと低下していきます。(中略) この窮地を「より徹底した再江戸時代化」によって救った人物こそ、当時今太閤と持て囃された、かの田中角栄でした。「国土の均衡ある発展」を唱えた角栄は、種々の規制政策によって都市部大企業との競争から地方中小企業を保護する一方、公共事業を通じて経済成長の成果を農村地域へ一方的に還流させることで、よくいえば「わざわざ都会へ出稼ぎに来なくてもお百姓さんが田舎で暮らしていける社会」、悪くいえば「保守政治家が地元を補助金漬けにして永遠に支配し続ける社会」を築くことをめざしします。 結果、実際に田中が首相となった1972年の前後から、都市部への人口流入が止まり、都道府県間での所得格差が縮まってかわりに、経済成長率も鈍化するという現象が出現します。実は、これは鎖国という貿易規制によって沿海大都市の発展に歯止めがかかる一方、内陸諸藩の地方都市が中途から繁栄した江戸時代の経済史を、文字通りそのままなぞりなおすものでした。 かくして「地方は自民党、都市部は野党ないし無党派層」という、今日の選挙でもおなじみの勢力地図がいよいよ確定するのですが、これは選挙で自民党が、これは選挙で自民党が負ければ負けるほど、農村基盤のプチ角栄のような自民党議員の比率が党内で高まることを意味するので、田中流の再江戸時代化政策を転換することは、ますます困難になります。「地方は自民党、都市部は野党ないし無党派層」という再江戸時代化を推進した角栄さんではあるが・・・中国化を推進した小泉さんよりは罪が軽いのではないかと思うのです。<人権は封建遺制である>p267~271より 中国社会の怖さ、とはなんでしょうか(しつこいですが、中国という国家の軍事力の怖さ、とは無関係です)。おそらくそれは、法の支配や基本的人権や議会制民主主義の欠如でしょう。 私たち日本人は、少なくとも日本国憲法ができて以来、これらの制度をそれなりにきちんとした形で持っているので、それがまるで欠けているように見える中国を、軍事的・経済的には超大国になったとされる今でも、どこか「怖い国」「遅れた国」「野蛮な国」とみてしまう癖がついています―こと中国関連となると、チベット/ウイグル地域での民族問題や、高速鉄道事故など「いかにも」なネガティブ・ニュースにばかり飛びついてしまう人が多いのは、その証左でしょう。 しかし歴史的に考えれば、これは逆なのです。 中国というのは本来、人類史上最初に身分制を廃止し、前近代には世界の富のほとんどを独占する「進んだ」国だったわけですから、むしろ、「なぜ遅れた野蛮な地域であるはずのヨーロッパの近代の方に、法の支配や基本的人権や議会制民主主義があるのか」を考えないといけないのです。中国近世の方がより「普通」の社会なのであり、西洋近代の方が「特殊」なんだと思わないといけない。 実は、その理由は簡単に説明できます。西洋型の近代社会を支えるインフラであり、また他の社会と比べてその最大の魅力となっている法の支配や基本的人権や議会制民主主義とは、もとはといえば、どれも中世貴族の既得権益なのです。 俺様は貴族だから、公平な裁判なしに、王様の恣意で処刑されたりしない(法の支配)。俺様は貴族だから、不当に自分の財産を没収されたり、令状なしに逮捕されたりしない(基本的人権)。俺様は貴族だから、自分たちが代表を送った議会で合意しない限り、王様の増税や戦争には従わない(議会制民主主義)―そう。身分制という「遅れた」時代に生まれた特権が、実は現在の人権概要の基礎をなしている。 この章には与那覇先生の本音(中国嫌い)が現れていると、大使は思うのですが・・・・先生は、立場上なかなか、嫌いという感情的な言葉を使いませんね。(学者として当然です)
2012.04.05
コメント(0)

二足歩行ロボットではダントツで先行し、民生用ロボットで頑張る日本は・・・・軍事ロボット化を進める米軍にとっては、癇に障る国である。ところで、雇用増加とは逆方向であるが、産業用ロボットは日本の切り札になるのではないか・・・・・ということで、産業用ロボットの近況を見てみましょう。3/15人不足解消の切り札より図3:デンソー西尾製作所におけるカーエアコンの組立ラインの一部<組立工程を自動化へ> カーエアコンの組み立ての約8割をロボットなどの活用で自動化したデンソーによれば「組み立ての自動化を図る前は,カーエアコンの製造にかかわる全作業者のうち,ざっくり言って約7割がその作業に携わっていた」(同社西尾製作所の玉手氏)。 自動車のドライブシャフト・アセンブリの組み立てで完全自動化を目指して研究を進めているNTNにおいても「組立工程は生産リードタイムとしては全体の20%以下だが,人の数としては70%近くもあった」としている。 そして,そこにメスを入れることで,デンソーは組立現場における作業者を約7割削減し「少なくとも,3割のコスト削減効果があった」としている(図3)。NTNの場合もロボットなどの活用により「組立工程で6割以上の人員削減が可能となった」。<人手では優位性維持に限界> ユーザーがロボット化を志向するもう一つの理由が,人材確保の問題だ。多数の作業者を日本国内で確保することが難しくなってきているのだ図5厚生労働省の「労働経済動向調査」によると,製造業における労働者の不足感は2004年以降,多少の上下はあるが基本的にはどんどん激しくなってきている〔図5(a)〕。職種別に見ても「技能工」「単純工」「専門・技術」の不足感が如実に表れている〔図5(b)〕こうした状況が続いている一因は,生産量が伸びているにもかかわらず,製造業への就業者数は2002年以降,ずっと低い水準を保ち続けていることだ。さらには,少子高齢化で団塊世代の退職者が増えている一方で,29歳以下の若者が生産現場での仕事を敬遠する傾向があることが影響していると思われる(図6)。さらに,地域によっては雇用情勢の地域格差が,状況をさらに深刻化させている。 しかも,人手による生産方式を用いている場合は,作業者のスキルが生産性や品質にそのまま反映される。従って,自動化ラインに比べて,優秀な作業者をより多く確保しなければならない。ひいては作業者の育成に多くの時間を要し,人手に頼っている限りは急激な増産には対応しにくいという問題も出てくる。 実際,作業者の養成に時間がかかる溶接においても近年,ロボットの導入が急拡大している。その要因の一つが「溶接の熟練者がいなくなっていることだ」(ダイヘン溶接メカトロカンパニーの奥村氏)*2。*2 顧客からは,ロボットを単体ではなく溶接用の電源やトーチ,ワイヤ送給装置を含めたシステム全体として構成することを求められており,さらに溶接のノウハウまで含めての提供を期待されていると打ち明ける。<活用ノウハウの蓄積がばねに>人不足の解消に加えて,ロボットの適用領域の拡大に一役買っているのが,着実に進んできたロボットの活用技術やセンシング技術の進歩,およびロボットの使い勝手の向上だ。 従来,例えば組立作業のロボット化が難しかったのは,川崎重工業の小川氏によれば以下のような理由からだ。 第一に,以前からロボット化が進んでいる溶接や塗装では,溶接トーチやスプレーガンといった標準的なツールがあるが,組み立てではロボットに取り付けるツールやハンドに標準品がない。 第二に,組立方法にはそれぞれの現場でノウハウがあり,ロボットの動かし方のようなソフト面でも汎用的なものがない。 第三に,部品やワークを把持したりそれを組み付けたりする際に力加減を微妙に制御するとか,嵌合部の組み付けにおいては高い位置決め精度が求められるという具合に,組み立てには作業そのものの難しさがあるためだ。 従って,組立作業をロボット化していくには,どのようなツールを使い,ロボットをどのように動かし,ロボットの能力不足をどのような手段で補っていくかというロボット活用のためのノウハウが重要となる。ロボットの能力不足を補う方法としては,ツールや周辺機器の工夫,製品設計の見直し,あるいはロボットを生産システム全体の中の一部としてとらえ,ロボット単体で対応しきれないものについては,生産システム全体でカバーしていくといったアプローチが必要になる。 例えば,ロボットの周辺装置の一つであるビジョンカメラ。ビジョンカメラを使えば,部品を整列せずに供給できるので,パーツフィーダを適用しにくい複雑な形状の部品を扱うケースなどで自動化の切り札になる。ただ「以前は認識率がいくら高くても100%でなければ,その後に検査が必要となるため,生産ラインでは使えないと敬遠されていた」だが,そうした認識ミスが発生するのは,グレーゾーンのものまで含めて認識対象としているため。そこで,「グレーゾーンとされるものはすべてはじくようにする。その代わり,はじいたものは人手によって処理するなど生産システム全体として救えるようにすればいい」(同氏)。このように,使いこなしのノウハウを蓄積することで,ロボット化が可能な範囲は広まっている。 同様に,ロボットの位置決め精度が不足する場合は,それを補う工夫をすれば済む。部品の寸法公差を見直し,ロボットの位置決め精度で組み付けられるように対応してもよい。部品にテーパを付けて,その代わりハンドに遊びを設けるといった方法もある。部品を所定の姿勢でしっかりとハンドリングできるように,一度つかんだ部品を位置決め治具にいったん置いて持ち直したり,部品を供給するトレーの精度を上げたりするアプローチもある。日本ロボットはどこへによれば、六本木に米軍のスパイ機関が駐留していて、公然と日本のロボット技術を漁っているそうです。札束に目がくらまないよう注意しましょうね。自衛隊もロボット開発に乗り出したようだが、米軍のような攻撃優先の戦略には、憲法に則り一線を隔する必用があるはずです。
2012.04.05
コメント(0)

今日の朝日新聞で知ったんですが、フランスBDの巨匠メビウスさんが先月、亡くなっていたんですね。日本人作家に与えた影響も大きかった人でした、合掌。3/10フランスBDの巨匠メビウスさん死去 日本作家に多大な影響よりフランスのメディアの報道によれば、同国のバンドデシネ(BD)の巨匠メビウス(本名:ジャン・ジロー)氏が、2012年3月10日に73歳でなくなった。同氏は最近、闘病生活を続けていたという。 バンドデシネはフランスのコミックアートを指すもので、大人向けから子ども向け、さらに様々なジャンルを網羅する。日本のマンガや米国のコミックスに相当する。メビウス氏はそのなかで特に際立った存在で、世界的に知られた作家である。 日本でも多くのファンを持ち、日本のマンガやイラストレーション、アニメーションにも多大な影響を与えた。本国だけでなく、日本でもその逝去を惜しむ声が広がりそうだ。 メビウス氏は、1938年フランス生まれ。1960年代よりメビウスの筆名で創作を開始した。独特な世界観と作風で、高い評価を受けてきた。日本では2010年末に翻訳出版をされ注目された『アンカル』、『アルザック』などの代表作がある。 一方、その活動はバンドデシネだけにとどまらない。映画やアニメーションの創作にも深く関わった。『エイリアン』や『トロン』、『フィフス・エレメント』などの歴史に残る映画にデザイナーとして参加した。アニメーションでは、ルネ・ラルー監督のSF作品『時の支配者』のデザインが代表作となっている。 また、日本のクリエイターへの影響についてもしばしば言及される。大友克洋氏、松本大洋氏などメビウス氏からの影響を語る作家は少なくない。アニメ監督の宮崎駿氏と交流もよく知られている。ふたりは2004年にフランス・パリで二人展を開催し、話題を呼んだ。漫画あれこれから「メビウスの世界」を再掲しまます。 <メビウスの世界>最近になってフランスの漫画作家メビウスを知ったのですが・・・おお 松本大洋と似たテイストやんけ♪ (松本大洋がメビウスの画風に影響をうけていると言われておるそうです)松本より先行していたかも知れないが、なかなか、いい味出てますね。Moebius.fr公式サイトメビウスって誰?
2012.04.04
コメント(0)

エルピーダメモリの争奪戦については、コモディティ化圧力に曝されているわけでにも書いて切歯扼腕している大使であるが・・・・おりしも、ジャパンディスプレイという日の丸企業が出現しました。4/2ジャパンディスプレイが発足、「間接コストは1社分、企業価値は3社分以上に」 より ソニー、東芝、日立製作所の中小型ディスプレイ事業を統合した新会社であるジャパンディスプレイは2012年4月2日、東京都内で発足会見を開いた。 ジャパンディスプレイの資本金は2300億円。出資比率は、官民ファンドの産業革新機構が70%、ソニー、東芝、日立製作所の3社がそれぞれ10%となっている。従業員数は6200人。事業統合前の3社の中小型ディスプレイ事業子会社であるソニーモバイルディスプレイ、東芝モバイルディスプレイ、日立ディスプレイズの2010年度(2011年3月期)の売上高を単純に合算すると5016億円となる。中小型液晶ディスプレイの世界シェアは約20%(2011年度末時点の推計)とトップに位置する。2015年度の売上高目標は7500億円。また、2015年度までの株式上場も計画している。 <エルピーダとは違う> ジャパンディスプレイの親会社となる産業革新機構の投資は国家予算を基にしている。国家予算を投入するという観点では、2012年2月に倒産したDRAM大手エルピーダメモリと同じであり、投資回収に対する責任は極めて大きい。大塚氏はかつて、エルピーダメモリのCOO(最高執行責任者)を務めていた。 同氏は、「官民ファンドではあるものの、産業革新機構は2009年から2年間を掛けて、ジャパンディスプレイに対する投資の見極めを行った。こういったプロセスは、政府から直接投資を受けたエルピーダメモリとは状況が異なる。また、DRAMは毎年技術が進化し、それに合わせて莫大な投資が必要になることが問題だった。一方、中小型ディスプレイは、技術進化のスピードはDRAMほど速くない。高付加価値の中小型ディスプレイである低温ポリシリコン液晶ディスプレイの製造パネルサイズは、当社でも最大で第4.5世代(730×920mm)である。これをさらに大型化することは容易ではない。技術進化の速度はDRAMより2回り以上遅い。つまり、投資額はDRAMほど大きくはならないはずだ。現在保有する液晶ディスプレイパネル工場が、全て減価償却が終わっていることも大きい」と説明するエルピーダメモリは台湾企業と組んでもSamsungに勝てなかったが・・・・では、企業連合して規模拡大すればSamsungに勝てるのか?ということです。政府も投資して後押しするようだが、エルピーダの二の舞とならないような目処がたっているのだろうか?(2連敗は許されんで!)一方、ジャパンディスプレイの出現で日本では業界2位に落ちるシャープである。シャープが台湾のHon Hai社(鴻海精密工業、通称FOXCONN)と連合する動きがあるようだが・・・・Hon Hai社と組めばSamsungに勝てるのか?ということですね。大使としては、台湾は心情的に好きなんですけどね。3/29必ず勝てる、共にSamsungに挑もうより郭台銘氏<日本企業とHon Hai社が組めば韓国企業に勝てるのでしょうか> 日本は既に、電子機器の製造に向かない場所になっています。最近はそれに拍車が掛かっている。日本円は強すぎるし、高齢化が進んでいるので年金や健康保険といった社会的コストの上昇に歯止めが利きません。原子力発電所の多くが運転していないために、電気代までもが上がる懸念が出てきている。 しかし同時に、日本にはソニー、シャープ、東芝、任天堂、日立といった、世界に知られたブランドを持っている企業が多く存在します。私どもは、この優位性を最大限に生かしてもらえるよう、民生機器全体の受託業者としての力量を一層高めていきます。その中には、ソフトウエア開発なども含まれます。テレビ一つ取っても、クラウド・コンピューティングなしには、今後の姿を考えられませんからね。クラウドは、私どもを将来にわたって成長させる原動力になるでしょう。インターネット対応家電だけではなく、データセンター(IDC)の設備も運営も手掛けるつもりです。私ども台湾企業は、日本企業よりも意思決定が早く、環境変化に対して機敏に対応してきました。このフレキシブルさは、変化の激しい新興国でこそ生きます。一方、日本企業は一つのことをじっくり極めることが得意です。先日、日立ディスプレイズに訪問した時に在籍20年、30年という人が多かったことからも、それが分かります。こうした異文化の融合が、高い市場開拓力をもたらします。 先ほど、大型液晶パネル向けガラスにおいて、韓国企業が政府の圧力によって団結したと話しました。同じことを、指導力に乏しい日本の政府ができるでしょうか。日本のテレビ各社がこぞって、そのうちの1社のグループ企業に部材を発注する。少し考えれば、これが現実的ではないことが分かります。しかし、受託業者である私どもに発注してもらうという方法ならどうでしょうか。私どもはブラジルに、Samsung社に決して負けない巨大な工場を、近いうちに建設するつもりです。部材から液晶パネル、液晶テレビまでを、一貫生産できるようにします。日本のテレビ・メーカーには、これをぜひ利用してもらいたい。新興国の需要を取りに行かないという選択肢は、今の時代、グローバル企業ならあり得ません。官主導で煩雑でみみっちい補助金行政から、補助金ゲッター、中小企業診断士という仕事が成り立っているようです。だけど、今回のジャパンディスプレイへの多額投資の出所はもちろん税金であるからには・・・・産業革新機構とか今後の成り行きを、きつい目で注視フォローする必要がありそうです。ちなみに、産業革新機構の投資案件一覧です。**************************************************************************<4/5追記>ブルームバーグの4/5各紙朝刊によると、エルピーダ支援:東芝が落選-海外3陣営が候補にとのこと。これで、エルピーダに投資した公的資金280億円は、海外勢に買収されることになるが・・・・誰が責任をとるのだろう? 役人のスタンスはAIJ問題に似ているのかも。
2012.04.04
コメント(0)

なんかアップル社の労働搾取&根こそぎ収奪主義が鼻について、これまでアップル製品との関わりが一切ない大使である。その、やせ我慢なところが潔癖でいいのではないか?と自負していたが・・・・クーリエ・ジャポン5月号で大使の態度をフォローする記事を見つけて、我が意を得たりの感がしたのです。<iPhonやiPadが大ヒットしても「ミドルクラス」の崩壊は止まらない> アップルはつい最近まで自社製品がメイド・イン・USAであることを誇っていた。だが今やそんな製品はほとんどなく、昨年アップルが販売した7000万台のiPhon、3000万台のiPadなどのほとんどが国外で製造されたものだった。その仕事を米国に戻すことはできないか?とオバマは尋ねたのだ。 ジョブスの答えは極めて明快だった。 「その仕事は戻ってきません」 アップルの従業員は米国で4万3000人、国外で2万人と、1950年代にゼネラルモーターズが米国で雇用していた40万人超、80年代のゼネラル・エレクトリックの30万~40万人よりもはるかに少ない。 「アップルは、いまの米国でミドルクラスの雇用を創出するのがなぜこれほど難しいのかを示す一例です」と、昨年までホワイトハウスの経済顧問を務めていたジャレッド・バーンスタインは話す。 「資本主義の絶頂がこれだとすれば、憂慮すべき事態です。」<中国の工場の実力> フォックスコン・テクノロジーは、アジアと東欧、メキシコとブラジルに数十ヶ所の工場を有し、世界の家庭用電化製品の40%の組み立てを行っていると推測されている。顧客にはアマゾン、デル、任天堂、サムスン、ソニーなどが名を連ねる。2010年までアップルのグローバル需給調整担当者だったジェニファー・リゴーニは語る。「彼らは一晩のうちに3000人を雇うことができます。3000人を雇って、彼らに社員寮で生活することを納得させられる工場が米国にありますか?」 しかし、過去20年間に、より根本的な変化が起きたと経済学者たちは言う。中間レベルの給与の仕事が消滅し始めたのだ。特に大卒の資格を持たない米国人にとって、今日の新規雇用はサービス部門に偏っている。グローバル・スタンダード(米国流)に合わせていたら、この米国の惨状が明日の日本の姿となるんでしょうね。亡くなったジョブスには悪いけど、商売が攻撃的すぎるんだよな~。ゲイツは金の亡者だし。 ゲイツ財団が遺伝子組み換えバナナ開発に投資するんだって・・・アメリカやな~。
2012.04.03
コメント(0)

「改造EV」と聞けば、ムム、中国の話かと身構える大使であるが・・・・EVhondaが「改造EV」で環境大臣賞を受賞したというニュースでした。また、ニューズウィーク日本語版(12月)が「日本を救う中小企業100」で選んだ1社にもなっているそうです。4/2進む「改造EV」の産業化より<EVhondaが環境大臣賞> 2011年12月、「平成23年度地球温暖化防止活動環境大臣表彰」に、コンバート(改造)EV産業化のリーダー格であるEVhonda(新潟県長岡市、本田昇社長)が選ばれ、その表彰式が都内のホテルで行われた。 3.11以降、放射能汚染問題に目を奪われ勝ちだが、地球温暖化の危機が去ったわけではない。CO2の大幅な削減という目標達成のためには、日本の総排出量の20%近くを占める運輸部門、特に自動車からのCO2対策が欠かせない。その抜本的な対策は車の電動化である。しかし、日本全国には約7500万台もの4輪車があるのに対し、実際に普及している電気自動車の台数は、日産、三菱合計でまだ数万台であり、普及率は0.1%にも届かない状況だ。 そこで、必要になるのが、ガソリン車を迅速にEVに改造することであり、その考え方が私の提唱する「スモール・ハンドレッド」活動である。ガソリン車中心の20世紀の自動車産業は、「ビッグスリー」に代表される少数の大企業が支配したのに対し、EV中心の21世紀には数百の小企業が台頭する、という考え方である。その筆頭がEVhondaだが、ほかにも改造EVのビジネス化に乗り出す地方企業が増えてきた。 EVhondaにはメディアも注目している。大臣表彰が決まった直後に、ニューズウィーク日本語版2011年12月7日号が「日本を救う中小企業100」の1社としてEVhondaを選定したのである。 <新潟県から国内初の補助金> EVhondaは、改造EV用のキットを販売するとともに、人材の育成にも注力している。その一つが昨年立ち上げた「EVステーション」における「手づくり電気自動車教室」の開催である。この教室には、改造EV事業参入を目指す自動車整備業者や異業種からの参入組のほか、大手自動車メーカーの関係者まで受講にやってくる。 社長の本田氏(「本田師匠」)は、また、「2泊3日で1台完成」という改造EVプログラムをもって、全国各地で実地に指導もしている。その結果、EVhondaのキットによる改造EVの累計台数が間もなく100台に達することとなった。 勢いは止まらない。3月8日、本田氏から新潟日報の記事コピーが送られてきた。読んでみると、「コンバートEV産業育成のために900万円」とある。改造EVの産業化を目指す者にとっては慈雨のごとき恵みである。この補助金はEVhondaだけを対象としたものではないが、県の制度導入には環境大臣賞受賞が大きなインパクトを与えたことは言うまでもない。 「手づくり電気自動車教室」、「改造EVキットの販売」というアイデアが鋭いし、商売にできたことが、すごいですね♪これだったら、「地産地消の電気自動車」という感じで産業化できるかも?なお「改造EV」の産業化は各地で進んでいるようです。沖縄タイムスからの最新ニュースです。4/3ガソリン車をEVに改造 県内で初登録より長嶺自動車整備工場 恩納村の長嶺自動車整備工場(長嶺明代表)はこのほど、ガソリン車のエンジンを電動モーターにかえる改造電気自動車(コンバートEV)を開発し、車検を取得した。軽自動車検査協会によると、県内の自動車整備工場による登録は初めて。 長嶺さんは軽トラックをベース車両に、電動モーターと12ボルトの鉛バッテリー8個を搭載したEVに改造。部品代で約100万円の費用がかかった。家庭用電源から充電でき、1回の充電で40キロ程度走行可能だ。 長嶺さんは県外で昨年10月、コンバートEVの講習を受講。工場のメンバーとともに3カ月間かけて車両を改造した。同協会に申請し、3月28日に車検とナンバーを取得した。 少子高齢化や規制緩和により競争が激化する自動車整備業界で、新たに事業を創出するため改造に挑戦したという長嶺さん。「排ガスを一切出さず究極の低公害車であるコンバートEVは、潜在的な需要があると思う」とビジネスチャンスを狙う。一方、県内では認知度が低く、コスト面や技術的な問題など課題も多いという。 長嶺さんは「もっと関心が高くなり、電気自動車が普及してほしい。エネルギー密度が高いリチウムイオンバッテリーの増産体制が整えば、事業も十分可能だ」として、将来の実用化に向けて取り組んでいる。リチウムイオンバッテリーの増産体制が整えば、電気自動車(EV)の普及が加速するかも知れません。問題はリチウムイオンバッテリーのコモディティ化であるが、中国と競合するので、特許、ノウハウのガードが肝要ではないでしょうか?中国政府が推進する新エネルギー車については「新エネルギー車開発の方向性と最終目的を明確化する必要がありHVまたはEVが果たして究極の選択肢なのか検証が必要」との中国政府見解(2011年5月)が発表されているとおり政府も模索しているようで、低燃費技術に注目しているのは、日米欧と同様のようです。
2012.04.03
コメント(0)

起きりー! 朝やでぇ!(お天気良~し 練習日和やで♪)posted at 06:40:03 byドングリ朝ドラ「カーネーション」が終わったけど・・・carnation_bot(ツイッター管理者)からていねいな挨拶がありました。岸和田弁を広め、元気を与えてくれたbotに拍手♪ @carnation_bot: 〈管理者より〉ついに連続テレビ小説カーネーションが最終回を迎えました。今までこのbotを楽しんでくださったフォロワー(それ以外も)の方々には心から感謝いたします、ありがとうございました。放送が終わったら絶対にお礼を伝えたいと思い、このアカウントからご挨拶させて頂きます。(続)1 私事ですが、自分は関西の人間でありながら岸和田言葉に関しては自信のないことが多く、皆さんにご指摘やお知恵をもらい助けても頂きました。また、個人的に管理に時間をさき難い時期なども、数多くの温かいメッセージに後押しされ、更新の大きな遅れもなく半年を終える事ができました。(続)2 ドラマは終わり、更新がなくなり、管理上大きく手を加えることはなくなりますが、今後もアカウントはそのままで、botの発言も続けます。(本家からの苦情等がない限りw)そしてbot宛の質問やメッセージ等へのお返事も、時間はあいてしまうでしょうが、これまで通り行うつもりです。(続)3 最後に。このツイートが届くことがあるかどうかわかりませんが、ドラマ出演者の方々、スタッフの皆様、そして渡辺あやさん、そしてそして3人の糸ちゃん、素敵な素敵な半年間をありがとうございました。本当にお疲れ様でした。このbotを管理できたこと、幸せでした。(続)4 さらに、フォロワーの皆様にも重ねてお礼を伝えさせて頂きます、ありがとうございました。そして今後ともよろしくお願いいたします。以上、このアカウントからのご挨拶ツイート、失礼いたしました。(最終週分の更新は本日~明日を予定しています、お待ちください。)posted at 7時前 by bot 元気なツイートを楽しみにしてたでぇ。しばらくはツイートを続けるちゅうても、さびしゅうなるやんけ。これからもがんばりや♪posted at 07:22:24 byドングリ カーネーションbotの「お気に入り」仲間の皆さん・・・・よろしくお願いします♪
2012.04.02
コメント(0)

ちょっと中断があったけど、あいかわらず『中国化する日本』を読み進めています。すでに中国脅威論に染まった大使にとって、この本の読み方が、どうしても「敵の本質とは何か?」という読み方になってしまうのです。それにしても、中国が嫌いなはずの与那覇先生は、そういう感情を表に出さず、中国を客観視して述べるところが、さすが歴史学者という感じで・・・・歯がゆいのです。・真説日中戦争1p197~200・真説日中戦争2p203~205・真説「大東亜戦争」p205~*********************************************************************<『中国化する日本』4 >目次・真説明治維新p120~123・真説自由民権p138~140・工業化された封建制p167~169*********************************************************************<『中国化する日本』3 >目次・明朝は中国版江戸時代?p61~63・窓際族武士の悲哀>p103~105*********************************************************************<『中国化する日本』2 >目次・「中国化」とは本当は何かp15~17・真説源平合戦p43~45『中国化する日本』1 *********************************************************************<真説日中戦争1>p197~200より かように内政面でも、脳味噌が江戸時代のままという状態の日本人が、「あの戦争」に至る過程で最初に手を出した地域が満州だったのは、当時の目線では千載一遇の幸運で、後からみると驚くべき不幸な偶然でした。 なぜそういえるのか。それは、当時の満州が中国大陸のなかで唯一たまたま、例外的に江戸時代に近い経済や社会の構造を持った地域だったので、「このままやっていけば、江戸時代レベルのやり方でも中国全土を征服できるんじゃない?」という壮大な勘違いを日本人にもたらしたからだ、というのが大略、先の安富氏らによる最新の地域研究の成果です。 江戸時代の近世日本というのは、農民が自分で作物を換金して納税するのではなく、全国各地の殿様が米のまま収税したものをわざわざ大坂まで運んで、そこでお金に換えるという、よくよく考えると何の意味があるのかわからない極めて不自然な財政構造を持っていました。あたりまえですが、社会の底辺まで自由市場取引が発達した近世中国にはそんなものはなく、日本人だって中世後期は代銭納な上に、鵜の目鷹の目で戦国大名が食料の分捕り合戦をやっていたわけですから、当時の死活的最重要資源である米が大坂1ヶ所に集まってしまうだなんてバカな話があるわけがない。 ところが、満州という地域は自然環境上の制約から偶然、かなり広範囲な地域の住民が比較的少数の中枢都市にわざわざ出てきて、そこで売り買いして暮らすという(まるで江戸時代の大名のような)慣行ができていた。だったら、その地点さえ押さえてしまえばこっちのもの、現地住民は否応なく我々になびくはず―かくして、関東軍の奇襲電撃作戦(1931)が功を奏し、あまりにもあっさり日本は満州全土を征服してしまいます。(中略)「満州ではうまくいったじゃないか」という気分が抜けないまま、満州のようにたまたま江戸時代の日本と似ている地域でしか通用しない「将棋」型の戦略で中国大陸にまで手を出してしまった日本軍はしだいに泥沼にはまっていきます。首都(王将)を落とせば降伏してくるはずだ、有力政治家(飛車角)を引き抜いて傀儡政権を作ればついてくるはずだ、囲碁を将棋と勘違いしたままゲームをプレイし続けるこの発想が行きついた悲劇が、南京事件(1937)であり、重慶爆撃(1938~1943)です。 ピカソによる絵画化で有名なドイツ空軍のゲルニカ爆撃(1937)は、国際法違反であることが明白だったのであのヒトラーすら、公式には関与を否定していたのですが、1年後の重慶爆撃は、おおっぴらに敵国首都の一般市民を無差別に爆撃することで相手国を早期降伏に追い込もうとする戦略爆撃のハシリとして全世界に報道されたわけですから、まことにわが日本が人類史上に誇る独創的な発明です―そのツケは、やがて日本人自身が東京大空襲や原爆投下という形で払うことになります。日中戦争における江戸時代マインドについては、与那覇先生は明らかに批判的ですね。<真説日中戦争2>p203~205より 共産主義の大儀に依拠してゲリラ戦を指導した毛沢東はいうに及ばず、最近では蒋介石も戦争の初期から、短期決戦は利あらずとみて持久戦の覚悟と戦略を練っていた点が注目されています。1938年5月20日、国民政府の中国空軍は「人道遠征」を敢行。これは西日本の領空に侵入しながら、爆弾ではなく反戦ビラを撒いて帰還するという作戦で、当時は中立だった(というか日本に武器や資源を輸出して儲けていた)アメリカでも、中国評価が一気に高まります。戦時中の蒋介石は「儒教の本家たる中国に、儒教の分家たる日本が勝てるはずがない」と演説したこともあるほどで、力が通用しなければ道徳に訴えて国民を動員し、あわせて国際社会の支援先も日本から中国に切り替えさせて、世界を巻き込んで日本軍を撃破する戦略でした。 すなわち、蒋介石も毛沢東も、まさしく中華の伝統たるグローバルな正戦論で、日本の江戸時代型軍事動員を凌駕しようとしたのです―そして、実際に凌駕します。やがて米国は日本に大陸からの撤兵を勧告して経済制裁を発動、追い詰められた日本が対米英開戦に打って出て以降のお話は、あまりに自明ですからここでは語りません。 要するに、「あの戦争」とは日本と中国のふたつの近世社会が文字通り命がけで雌雄を競った戦いだったのであり、そして日本はアメリカに負ける前に中国に負けたのです。だって、アメリカとも戦わないと中国との戦争を続けられなくなった時点で、すでに負けじゃないですか。『あの戦争になぜ負けたのか』式の著作は山ほどありますが、負けた相手をアメリカだと書いている時点で、まったくわかってないのと同じ。対中戦線と対米戦線の両方を含んだ「あの戦争」をいかに呼ぶかについては、右派好みの「大東亜戦争」から左派好みの「十五年戦争」「アジア・太平洋戦争」まで諸案がありますが、私の授業では「日中戦争とそのオマケ」と呼べと指導しています。対米開戦以降の太平洋戦争自体が、それまでの日中戦争の敗戦処理なのです。 この「日本はなによりも中国に負けた」という本当の歴史の教訓を語ってこなかった点では、戦後日本の左翼も右翼も大同小異で、たぶん、それだけ認めるのが悔しい事実だったのでしょう。そのもやもやした屈辱感にきちんと向き合ってこなかったから、今頃になって「赤化したアメリカは最初から中共とグルで、日本はいっつも国際社会でいじめられっ子の被害者なんだ!」とでもいいたげな逆ギレ史観が出てくる。 21世紀、中国がますます強大化するにつれて―くだんの新幹線事故を見るかぎり、技術的にはもうしばらく日本に分がありそうですが―外交や経済の面で「中国に負けた」と日本人が感じざるを得ない局面は、先年の尖閣問題あたりを皮切りに、たぶん従来よりも増えていくのでしょう。「あの戦争」での対中敗戦すら心情的に処理できていない人々が、そんな時代に正気を保って生きていけるのか、私は不安を感じています。 大使の憤りは与那覇先生言うところの逆ギレ史観なのかも?という気もしなではないが・・・・中国人の前で、あの戦争で「中国に負けた」と思うのは耐え難いものがありますね。<真説大東亜戦争>p205~(追って追記予定)著者インタビューの抜粋です。著者インタビュー「西洋化」に代わる物語をより与那覇先生発売後1週間で増刷が決まるなど、『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』(11月刊)が好調である。著者の與那覇潤さんは弱冠32歳の大学准教授。本書は著者のふだんの講義内容をまるでライブ録音そのままに、会話体で書き下ろしたものだというが、タイトルにある「一千年史」のとおり、院政の開幕/源平合戦から政権交代/ポスト3.11まで、1000年超の日本史すべてを斬新な視点で論じ切る内容が話題になっている。その狙いや執筆の舞台裏を、與那覇さんに語っていただいた。――與那覇さんの本来の専門は明治時代の沖縄問題(*『翻訳の政治学』 岩波書店 2009)で、前著で扱っているのは昭和の戦争(*『帝国の残影』 NTT出版 2011)と、これまで近現代史の分野で研究をしてこられました。それが今回はそもそも、どうして一人で1000年分も書こうと思ったんですか?與那覇:普通じゃないですよね(笑)。ただ、従来からよきにつけ悪しきにつけ、日本の近代化って「特殊」だ、といつも言われてきた。「よき」の方は「アジアで唯一の列強入り」や「奇跡の戦後復興」であり、「悪しき」の方は「歪んだ軍国主義」とか、「民主主義の不成熟」とか。でも、そういうこと言うならじゃあ、日本の近代化の歩みはいつどこで「歪められた」のか。その「特殊さ」の起源をつきつめて考えていくと、結局そこまで遡らないといけないことに気づいたんです。――遡るといっても、普通の本なら明治かせいぜい幕末までで、日本が「欧米列強」と比べていかに「特殊」かを説明してゆくわけですよね。ところがこの本だと、なんと源平合戦まで戻っちゃうから、比較の対象も欧米ではなく中国に。與那覇:はい。たとえば先日の*TPP論争でも「開国」や「黒船」にたとえられて、「どうして日本人はグローバル化がヘタなのか」とか、逆に「そもそもロクなもんじゃないグローバリズムに日本が合わせる必要があるのか」とか、議論されてましたよね。でも実はこれって、今に始まった話じゃないんですよ。中世の昔から日本は「グローバル・スタンダードに合わせるのか、日本独自の道をゆくのか」で揺れてきて、源平合戦も南北朝の動乱もある意味、全部それをめぐる争い。ただし、当時はヨーロッパなんて後進地域だったので、その「グローバル・スタンダード」は「中国標準」のことだった。――それがタイトルの『中国化する日本』の由来なわけですね。與那覇:そうです。第1章(※期間限定で無料ダウンロード実施中。2012年2月5日まで)に書いたことなんですけど、実際、日本史でいうと中世の年代に当たる宋朝以降の中国の国内秩序と、現在賛否両論の「グローバリズム」の国際秩序は、すごく似ていて。よく言えば徹底的な競争社会、悪く言うと弱肉強食の格差社会で、形式的には「平等」な条件で自由競争していることになってるにもかかわらず、実態としては猛烈な権力の「一極化」や富の偏在が起きている。そういう中国=グローバル社会のあり方を受け入れるか否か、で国論が二分されたから、日本は中世のあいだはものすごい内戦状態だったんだけど、結局、「受け入れない」という結論を出したおかげで、近世にはピタリと平和になって…。「維新」幻想の蹉跌:なぜ改革は挫折するのかによれば・・・・今日の日本政治の停滞の要因は、かって江戸時代を行き詰まらせた諸要素と、ことごとく一致しているんだそうです。
2012.04.02
コメント(0)

かって「日本列島改造」の大号令で、集中的にインフラを整備してきたニッポンは今・・・橋、道路、箱物、上下水道などのインフラがいっせいに老朽化しています。このような急速な変化は世界を見回しても史上初とのことで・・・前例と整合性に取り付かれた役人たちは、思考停止して手をこまぬいているのみ・・・・市民、地方議会議員の奮起が望まれています。(震災復興に交付金でブレーキをかけ、ダム造成命の国交省は期待薄です)3/31NHKスペシャル橋が道路が壊れていく・・・ インフラ危機を乗り越えろより村民自ら道路補修ガス管や水道管の破裂、橋の亀裂、公民館や学校の老朽化…ここ数年、全国で「インフラ崩壊」の危機が顕在化し、生活に直結する事故が相次いでいる。「国土の均衡ある発展」をスローガンに、高度成長期に多くが整備されたインフラ。40年~50年の耐用年数を経て、いま、一斉に老朽化が進んでいるのだ。インフラ全ての維持・更新に必要な費用は、今後40年間で実に600兆円にも達すると試算されている。しかし、これまで国も自治体も有効な対策を講じず、問題を先送りにしてきた。こうした中、各地で危機を乗り越えようという動きも始まっている。街をコンパクトにすることで、インフラの“選択と集中”を行い、企業誘致や雇用の拡大をめざす自治体。住民自らが道路工事を行うなどして、国の補助金に頼らない自立的な運営に乗り出す自治体も現れている。人口減少が続き、縮んでいく日本で、持続可能な国作りはどうあるべきか。インフラ危機の現状とそれを克服しようとする取り組みを通して考える。放送を見てつぶやいてみました。NHKのインフラ危機を見ている。詐欺のような交付金で箱物を作ってきたことがクローズアップされている。ニーズの少ないインフラを作る余裕はないはずであるが、利権のからむ地自治体の首長、議会が問題であるな~。posted at 21:29:52右肩下がり、人口減少時代のインフラ整備は補修も含めたインフラ撤収方針が重要になるということです。つまりコンパクトな市町村が求められているようです。 交付金で無駄なハコ物を作ってきたこれまでの惰性は通用しなくなっている。posted at 21:40:59インフラ危機に対する責任官庁は国交省、地方整備局、各県県庁、地方議会になるかと思うが、今までこの問題に思考停止してきたのではないか? なにしろインフラ老朽、補修は旨味がなくて儲からんもんな~。posted at 21:50:04小さな村では、補助金付きで下水整備するより各戸に合併浄化槽をつけるほうが低コストになるらしい。地方自治は中央指導による補助金行政を突っぱねるようなコスト意識が求められているようです。 中央指導に無批判で従っていたら、夕張市のような財政破綻が待っている。posted at 22:04:49
2012.04.01
コメント(0)

内閣府参与として約2年、政府と関わってきた湯浅誠さんへのインタビューです。(毎日新聞から引用するが、朝日と違い有料コンテンツでないのがええで♪)政権内に「入って」みたら見えたこととは、なんでしょうか? 3/30内閣府参与を辞任、湯浅誠さん 「入って」みたら見えたことより◇ブラックボックスの内部は「調整の現場」だった 08年末の「年越し派遣村」村長として知られる湯浅誠さんが今月7日、内閣府参与を辞任した。政府の外から貧困対策を訴えてきた社会運動家が、政権内に入って約2年。中に入って見えたものは?【山寺香】 ◇求められれば関わり続ける 湯浅さんが最初に内閣府参与になったのは、民主党に政権交代した直後の09年10月。派遣村村長として政府を厳しく批判してきた人物の登用は、注目を集めた。10年3月に一旦辞任し、同年5月に再任用された。 この間の政権の変化をどう見ているのか。 「漠としたイメージで言うと、従来の自公政権から一番外れたのが鳩山由紀夫政権でした。そこで提示された格差・貧困政策の方向性はおおむね歓迎すべきものでしたが、その後の菅直人政権で少し戻ってきて、野田佳彦政権でかなり戻ってきた。菅さんのころから、かつての自民党の幅の中に収まってきたと感じています」。しかし、辞任の理由はこの揺り戻しではない。 「辞任したのは、直接関わってきた生活困窮者らの雇用や生活、住居などを総合的に支援するパーソナル・サポート・サービスが制度化の軌道に乗ったことと、ワンストップ相談支援事業が事実上来年度の予算を確保でき、仕事に一区切りがついたため。関わった事業のめどが立ったから辞める。それは10年の時も同じで、自分の中で決めた基準です。仮に今民主党の支持率が高かったとしても、辞めていますし、今後首相や政党が代わっても、求められれば関わり続けるつもりです」 ◇利害複雑で結果責任伴う 社会運動家が政府に入って見えたことは何か。それは、政治が「調整」の現場であることだったという。 「90年代にホームレス問題に関わっていたころ、社会や世論に働きかけて問題を解決したいという思いはあったが、その先の永田町や霞が関に働きかけるという発想はなかった。こちらが投げ込んだ問題は、ブラックボックスを通して結果だけが返ってくる。『政治家や官僚は自分の利益しか考えていないからどうせまともな結論が出てくるはずがない』と思い込み、結論を批判しました。しかし参与になって初めて、ブラックボックスの内部が複雑な調整の現場であると知ったのです」 ブラックボックスの内部では、政党や政治家、省庁、自治体、マスコミなど、あらゆる利害関係が複雑に絡み合い、限られた予算を巡って要求がせめぎ合っていた。しかも、それぞれがそれぞれの立場で正当性を持ち、必死に働きかけている。「以前は自分が大切だと思う分野に予算がつかないのは『やる気』の問題だと思っていたが、この状況で自分の要求をすべて通すのは不可能に近く、玉虫色でも色がついているだけで御の字、という経験も多くした」 そして、こんな教訓を得たという。 「政府の中にいようが外にいようが自分は調整の当事者であり、『政府やマスコミが悪い』と批判するだけでは済まない。調整の一環として相手に働きかけたが結果が出ない--それは相手の無理解を変えられなかった自分の力不足の結果でもあり、工夫が足りなかったということです。そういうふうに反省しながら積み上げていかないと、政策も世論も社会運動も、結局進歩がないと思う」 それは、自らに「結果責任」を課すということだ。思わず聞いた。ブラックボックスの中身って、知らない方が楽じゃありませんでしたか。 湯浅さんは「それはありますね」と苦笑した。「でもね、複雑なことについて、その複雑さが分かるというのは悪いことではありません。物事を解決していくには、複雑なことの一つ一つに対応していく必要があります」 ◇シンプルとは「切り捨て」だ しかし今、それとは逆に、複雑な調整過程を力で突破しようという「強いリーダーシップ」が支持を集めている。代表的な人物は、橋下徹・大阪市長だろう。 「橋下さんが出てくる前、小泉純一郎政権のころから、複雑さは複雑であること自体が悪であり、シンプルで分かりやすいことは善であるという判断基準の強まりを感じます。複雑さの中身は問題とはされない。その結果の一つとして橋下さん人気がある。気を付けなければならないのは、多様な利害関係を無視しシンプルにイエス・ノーの答えを出すことは、一を取って他を捨てるということです。つまり、世の中の9割の人は切り捨てられる側にいる」 長年、切り捨てられる側を見続けてきたこの人の言葉は、ずしんと重い。 「けれど、自分たちが切り捨てられる側にいるという自覚はない。なぜなら複雑さは悪で、シンプルさが善だという視点では、シンプルかどうかの問題だけが肥大化し、自分が切り捨てられるかどうかは見えてこないからです。それが見えてくるのは、何年後かに『こんなはずじゃなかった』と感じた時。本当はそうなる前に複雑さに向き合うべきですが、複雑さを引き受ける余力が時間的にも精神的にも社会から失われている。生活と仕事に追われ、みんなへとへとになっているんです」 この現象は、政治というよりも民主主義の問題だと言う。 「民主主義って民が主(あるじ)ということで、私たちは主権者を辞めることができません。しかし、余力がないために頭の中だけで降りちゃうのが、最近よく言われる『お任せ民主主義』。そのときに一番派手にやってくれる人に流れる。橋下さんはプロレスのリングで戦っているように見えますが、野田さんはそうは見えない。要するに、橋下さんの方が圧倒的に観客をわかせるわけです。でも残念ながら、私たちは観客じゃないんです」 ◇誤解も含めて自分の責任と 約束の1時間があっという間に過ぎた。湯浅さんは20分後、東京駅から大阪行きの新幹線に乗るという。もう少し話を聞きたいと、東京駅に向かう車に同乗させてもらった。 本当のところ、政権内に入ってみてよかったですか? 「個人的にはよかったですが、『あっち側に取り込まれてしまった』という意見をはじめ、誤解はいろいろ生まれました。それは、私の責任として議論していかないといけない。参与を辞めて2週間ほどたちますが、毎晩のように飲み歩いて、議論していますよ。あちこちで納得いかないと言われながらね」 車が東京駅のロータリーに滑り込む。問題解決のための働きかけ方は変わっても、目指すビジョンは変わらない。「2年前と変わりませんね」。そう言おうとしたが、軽く片手を上げ、湯浅さんはもう足早に改札口に向かっていた。湯浅さんの報告書が出ています
2012.04.01
コメント(2)
全41件 (41件中 1-41件目)
1
![]()