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このところハシゴ酒が常になり、1軒当たりの飲酒量を控えるようにしている。 今夜は、登山口のY君と5軒のハシゴを敢行するも、1軒当たり日本酒2本程度のハシゴだから、ロレツが回らなくなることはない。 しかし、そのぶん、暗闇にも目が利くようになり、普段はお綺麗に見えるはずのお姉さまも、一際レアリズムの中で沈殿している。お顔を写すわけにはいかないので、お酌をしてくれる手をご紹介。 きらびやかな中に、洗剤で剥ぎ落とされた脂分の残片が見える。ちなみに、手の甲に乗せてあるのは枝豆である。みずみずしさの演出に一役買ってもらった。 やっぱり、お酒は暗がりで、適量を飲み、適度に酔っ払うに限る。冷静な現実は、味気ない、味気ない。
2008.01.31
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親戚のおばちゃんに、梅の漬物をもらった。 梅干のようだが、これは砂糖漬けで、カリカリとした甘酸っぱい食感が楽しめる。いつも1kgはもらうので、毎日食べても1ヵ月はもつ。カゼをひいた時なんかに効果的で、例年になく寒い日が続く今年の冬は、ありがたい品である。 ちなみにこの梅は、焼酎割りには使えない。果肉が固いままなので、焼酎に溶け込まないのだ。まあ、それが返って体のために良いのだろうが。
2008.01.30
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釣り場でデジカメを持ち歩く時に、ちょっとしたポーチのようなものに入れて持ち歩く。以前、川を渡る際にデジカメをポチャリと流してしまったことがあり、この事件が未だに心の奥底に引っかかっているのだろう。しかるべき入れ物が必要だと考えたのは、それからである。 が、それがいけない。「これ、デジカメを入れるのにちょうどいいや」なんて思い衝動買いするうちに、家の中のあちこちに似たようなポーチが点在するようになってしまった。とりあえず、拾い集めて1ヵ所にまとめることにした。 光るものを集めるカラスのようで、鳴きたくなる。
2008.01.29
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フグは、釣り人にとって人気がない。持ち帰って気安く食べられる魚じゃないし、第一あの風体がよくない。釣ると「プクーッ」と膨らんで、「おい、何でオレなんか釣るんだ!」と文句を言っているようだ。こっちは釣りたくて釣るわけではないけど、フグにしたっていい迷惑に違いない。 そんな、フグの供養をしたい。温泉旅館N荘で開いた「フグ料理の集い」を、供養の場にしてやろうと思い馳せ参じた。 皮も美味い。刺身もいいし鍋もいい。なんて美味しい供養だろう。 会場で隣り合わせた2人の女性たちも、フグを食べながらお酒をグイグイ飲んでいる。で、記念写真を撮ろうということになった。 これがその時の写真。僕が「お2人は結構お飲みになっているようですねぇ、トラですねぇ。トラフグってところですかね?」と言うと、「○×▽□」のような意味不明の言葉を発しながら、2人は、みるみるプクーッとフグ並みに膨らんだ。せっかくのフグの供養が裏目に出た。
2008.01.28
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接骨院を営むI君は、体重120kg超級の巨漢である。この体格を生かして、彼は柔道の世界で活躍していた。今でも、子どもたちの指導をしたり、大会の審判を任されている。そんなI君と、久しぶりに昼間から飲むことになった。 I君は、昼間は仕事、休日は柔道に打ち込んでいるが、夜間は隣町まで行って語学留学を続けてきた勉強家だ。専門は韓国語。現地からやってきた若い女性が教師である。アルコール付きで勉強するので、語学の他にもずいぶん色々な学習をしたらしい。 しかし、寝る暇を惜しんで勉強していたため、柔道と韓国語学習がゴッチャになってしまった。深夜行われる柔道の試合はもっぱら韓国戦。相手が女性なので、「無差別級」での出場となる。それなのに、立ち技を放棄してすぐさま寝技に持ち込み、2分の押さえ込みで1本を取るのが彼のスタイルになっていた。 ところが、ここ最近は試合から遠のく日々が続いているという。本人は「ただただマジメな生活を送っています」とうなだれていたが、たぶん各方面からの教育的指導が重なったのだろう。 全盛期の座右の銘は「柔よく韓を制す」。あの雄姿を再び見たいのは、僕らではなくて韓国の女性陣であろう。
2008.01.27
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全国的にネズミ年だというので、ネズミに縁のある「まうすりん」というルアーを買ってきた。メバルやカサゴ、シーバスだって釣れちゃうらしい。 「銀河系が大チューもく」 「夢チューで爆釣」 などといったキャッチコピーが記されている。最近は、ネコがネズミを追わないらしいけど、そのぶんネズミで魚を釣る時代に突入したのだ。 実は、僕はこの「まうすりん」を以前にも使ったことがある。しかし悲しいことに、すべて海の底に置き去りにしてしまった。砂底ではなく岩場のような場所で使ったのがいけなかった。 海の鼠(ネズミ)と書いて「ナマコ」と読む。今頃、置き去りにした「まうすりん」は、ナマコのように海底を這いずり回っているのかもしれない。根がかりチュー意である。
2008.01.26
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神様、仏様に成り代わり、友人たちが僕の誕生日を祝ってくれた。 写真の「塗り壁」は、「釣りに行った時のひざ掛けに」といただいた心遣いである。感謝、感謝。 すし屋→スナック→居酒屋→居酒屋→スナックと、半径200mの繁華街の一角を5軒ハシゴ。「これはお店からの誕生日プレゼント」と、焼酎のボトルや日本酒1升瓶をいただいたり、「かっちゃん、今夜の料理はお店持ち」と、過分なお心遣いをいただいた。感謝、感謝。 夜7時頃からのお祝い騒ぎは、午前3時過ぎに終了。アルコールの化学反応で体は融点に達しているが、外の気温はマイナス10度に差し掛かっていた。危うく昇天するところだった。 こんな誕生日を、あと何回開けるのか。日頃からの節度ある生活と、粛々とした誕生会のあり方が問われている。
2008.01.25
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雪上の動物の足跡を見て楽しむ「アニマルトラック」という冬の遊びがある。雪の上に残された様々な足跡から、動物の種類や行動を探るのだ。 ただ、ノウサギやリスみたいな動物を見に行くには、それなりの場所や環境が必要で、気軽に、身近にというわけにはいかない。 そこで、僕は「ヒューマントラック」の楽しみを提案したい。 これは、雪の吹き溜まりを果敢に攻めたドライバーの痕跡である。ほかの車のワダチをあえて避けているところを見ると、集団行動や協調性に問題がありそうだ。「こんな所を走っても誰も褒めてはくれない。だが、攻めたい。よし走っちゃえ」という場当たり的で、突然の衝動を抑えきれない性格の持ち主であろう。 日当たりの良い所は、シャーベッド状になった雪が車に蹴散らされている。普通、車は雪を避けて走るのに、このタイヤ跡の1部は、わざわざ急ブレーキをかけてスリップを楽しんでいた郵便屋のお兄さんのもの。たまたまこの現場を目撃していた僕のスクープ画像である。 公社、民営と揺れ動く将来の身分が、首の皮1枚、というかハガキ1枚でつながっているという漠然とした彼の不安が、タイヤ跡に見え隠れしている気がしてならない。
2008.01.24
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隣まちの著名人に、「かっちゃん、これあげるよ」と、プレゼントをもらった。オーストラリア土産の小銭入れで、カンガルーの皮でこしらえてあるらしい。 「で、この皮はどの部分で作っているか解る?」とニヤニヤしている。 どこだろう?皮を縫った跡がないから耳かな?いやシッポかな? 「ジャーン!実はね、これ睾丸の皮なんですよ、ウッシッシ」 ...はあ、なるほど。こりゃ、小銭がタマりそうだ。 で、80歳にもなるこの御仁は「僕も使っているんですよ。ほら」とポケットから同じ小銭入れを取り出した。ずいぶんと使い込んでいて、色艶がいい。さすがに年配者、1タマ...じゃなくて、1枚も2枚も上を行っている。老カンガルーのキックを食らった気分だな。
2008.01.23
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久しぶりに雪が積もりそうだ。「地球温暖化」の心配は、これで少しの間することもない。 と、思いきや、今度は雪道歩行の心配をすることになる。昔はどの家でも雪かきをしていたのに、今ではお年よりが増えてきたのか各家の前には雪かきの痕跡がない。 これは、地元の商店街でも同じ。空き店舗の数が増えているので、雪かきをしていない場所も年々増えている。中には、営業していても便乗して雪かきをしていない店もある。滑って転んで、挙句の果てに大怪我をしそうな地域経済の先行きを案じてしまう。 その点、僕は雪かきをする。以下、僕の雪かきに対する基本的姿勢、並びに自分に対する戒めの言葉を記してみよう。 「『滑る』と不平を言うよりも、進んで雪をかきましょう」 「滑らぬ先の雪かき」 「雪かき3年感謝8年」 「右の足が滑ったら、左の足を差し出しなさい」
2008.01.22
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夜の9時頃から、クリーニング屋のK君、通称「Kクリ」と飲みに出る。氷点下の街を歩けば体も底冷えする。店に入るなり生ビールを飲み、同時に注文した熱燗との温度差を楽しむ。温かさが身にしみる。 これが、飲んでいる最中のKクリ君である。頭もクリクリしている。さぞや寒さにしみるだろう。 その後、萬田はんに電話を入れて合流。湯豆腐、焼き鳥、ウインナーベーコン、御新香、乾き物、ナポリタン大盛などを摂取する。 4軒ハシゴして午前2時過ぎに帰宅。徒歩7分の間に寒さがしみ入り、酔いもさめる。 夜中に1人、自宅で寝酒をあおる。温かい日本酒が、冷え切った心と体にしみた。
2008.01.21
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新潟からの帰り道、妙高高原のサービスエリアで一休み。目の前には、妙高山がデーンと構えていた。きれいな山だ。 子どもの頃、この辺りにはたくさんのスキー場があったけど、今では姿を消したところもある。雪が積もると、山肌がお侍さんの月代のようにハゲてしまっているところも目立ち、動くことのないリフトの列が、ちょんまげのように見える。 信州にはお侍さんの頭が各地に点在している。開発されたままほったらかしにされている山のお侍さんたちが、今にも刀を抜いて切り付けてくるようで不気味である。
2008.01.20
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秋田名物といえば、お馴染みの秋田音頭で「こら、秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ、あーそれそれ、能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ」と示されている。 ここで、お酒に合う名物ともなれば、やはりハタハタだろう。ショッツルの原料でもあり、そのまま煮ても焼いてもいい。秋田県の魚に指定されているからか、いかにも秋田の味がする。ただ、生きているハタハタは見たことがなかった。 夕方、1人でノコノコ新潟に行って、いきなりこんな魚が釣れた。 おお、これはもしかして、「きたかさっさー!」のハタハタではないか! ハタハタは東北の寒い冬の海にしかいないと思っていたけど、チャッカリ新潟にもいるんだな。海水温が、「秋田温度ですー」ってことか。
2008.01.19
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アイガモの肉は、何やら身体にいいらしい。コレステロールがどうにかなって、不飽和脂肪酸がどうのこうので、つまるところヘルシーなのだ。アイガモは煮ても焼いても美味しいのだが、これが鍋焼きうどんとお近づきになれば、さぞ美味しいに違いない...という「鴨鍋うどん」ができた。塩味の出汁が上品だ。 もつ鍋は、お酒のお友だちだが、うどんとお近づきになれば、「もつ鍋うどん」になる。味噌味の出汁には、ニラやニンニクが効いている。 老舗の蕎麦屋のT君が、「体も心も温まる」と考案した「手打ちうどん鍋3種」を完成させたので、うどん好きのA君とS君を引き連れて賞味をしに来た。ここ数日の寒さは、実に「うどん日和」である。 僕は王道の「鍋焼きうどん」。これも塩味の出汁。鍋底に敷いてある昆布が、温かさのコクを出している。 同席2人は満足しているが、ちょいと寂しい顔をしている。どうした? 「このスープ、もったいないですよね。ご飯がほしくなりますよ...」という。と、その時、店員さんがご飯と野沢菜を持ってくる。手打ちうどんと出汁の余韻を、このサービスライスで楽しめるのだ。 しかし、今度は僕が物足りない。これだけ美味ければ、食べる前に熱燗の1本でも飲んでおくべきだった。
2008.01.18
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昨年暮れにオープンしたばかりのT君の居酒屋を視察する。 クリーニング屋では地元屈指の人相の悪さを誇る通称「萬田はん」を付き合わせたので、店員のお姉さんたちは僕らに視線を合わせてくれず、下45度に眼球が固定されてしまっている。 「いらっしゃいませ」と小声でテーブルにやってきた店員さんが、恐る恐る手を伸ばしてお通しを置き、ササッと逃げて行った。そこに置かれた器には、イナゴが盛られていた。 僕の住む地方では、イナゴはおろかゲンゴロウ、カマキリ、カブトムシ、ザザムシも食べるご一行様がいるので、イナゴ程度でうろたえてはいられない。ビールとの相性もいいので、イナゴ並みにピョンピョンとジョッキを追加する。 萬田はんは、「そうは言ってもかっちゃんはん、ぼちぼち栄養のあるもんでも食いまひょ」と急かすので、仕方なく店を代える。 「で、どこへ行くのさ?」 「そうは言ってもかっちゃんはん、寒い時期には焼き鳥でっせ」 萬田はんは、安上がりなコースが好き。ただ、焼き鳥で温まるという彼の神経が、僕の分析の域を超えている。 焼き鳥屋で、萬田はんの話はピョンピョン弾む。先ほどのイナゴが、ぼちぼち効いてきたようである。
2008.01.17
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生まれる前から、甘いものが苦手だった。おやつはクッキーよりは煎餅が好きだったし、酒を覚えてからは「甘」で許せるのは甘エビぐらいに絞られている。我ながら、非常に窮屈な人生ではある。 なのに、何を血迷ったのか頂きものの栗菓子に手を出してしまった。多少お腹が空いていたのだろう。無意識のうちに口の中に入っていたのだ。 信州小布施の名物・栗を原料に作られている「楽雁」だ。不覚だった。口の中に広がる乾いた感触、いつまで経っても喉元を過ぎない栗の甘み...。食道がケイレンしそうになったので、あわててウーロン茶を飲んだ。 ...美味い。ウーロン茶が美味い。もしも、これがビールだったら?さぞや苦さを増した琥珀色の発砲液が、僕の心を虜にしたに違いない。 甘いものが嫌いだったがために出会った味だ。甘いものが嫌いで、本当に良かった。晩酌で、もう1度栗菓子に挑戦してみよう。
2008.01.16
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通称「タコさんウインナー」愛好家の僕は、「大人になってもそんなものが好きだなんて信じられなーい」なんていう言葉と、日々戦っている。 僕の携帯電話のストラップはタコさんウインナーだが、それをぶら下げていい気になっているオジサンに対する児童生徒の視線は冷たい。お母さんから「ジロジロ見るんじゃありません!」なんて手を引っ張られる幼児さえいた。 そんな心ひび割れたタコさん戦士に、お弁当屋のMちゃんがこんなプレゼントをしてくれた。 キティちゃんがタコさんウインナーから顔を覗かせているボールペンだ。さすがの僕も、「まさか、大人になってこんなモノもらうなんて信じられなーい」と思った。
2008.01.15
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氷点下にもなろうという釣りの1夜を明かし、朝から海辺にある日帰り入浴施設に駆け込む。何種類もの湯やサウナ、露天風呂もあって、冷えた身体を温めるのには申し分ない。 露天風呂に入ると、空から舞って来る雪が冷たいけど、じっくり温まるにはちょうどいい。が、度が過ぎてのぼせ上がってしまった。 身体が温まれば、お腹が空く。雪の道を走っていると美味しそうなラーメン屋さんがあったので、「これだよ、これ」とばかりに駆け込む。ところが、この店は地元じゃ評判らしく、次から次へとお客さんの行列が伸びていく。 僕はとんこつチャーシューメン。後輩S君は豚の背脂がたっぷりと入ったとんこつラーメンを食べる。 「かっちゃんさん、これ全然美味しくないっすよ。これで行列ができるなんて、店主がのぼせ上がってしまいますよ」と憤慨している。 で、「ラーメンの口直しは、やはりラーメンで」と、少し離れた所にある食堂に駆け込む。 S君はカレーラーメンを食べる。 が、「麺を持ち上げようとしても、カレーの重さに耐え切れずに切れてしまいますわ。ご飯をかけてカレーライスにした方が食べやすいっすわ」と憤慨している。 僕のシーフードラーメンはというと、あんかけの塊の中にラーメンが入っている。スープらしいものはない。 麺は、熱々のあんかけの中で、とことんのぼせ上がっていた。
2008.01.14
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「もしもし、S君?夕方以降のスケジュールはどうなってるの?」 「これと言ってありませんが」 「今ね、インターネットで新潟のライブ画像を見ているんだけど、雪は降ってないみたいだね」 「えっ!もしかして釣りに行こうなんて言うんじゃないでしょうね」 後輩S君がそう言うのももっともだ。昨日釣りから帰ってきたばかりなのだから。だがしかし、昨日釣れなかったメバルが、どうしても釣りたくて仕方がない。とりあえずS君に打診の電話をしてはみたものの、彼はいっしょに行ってくれるだろうか? 「...しかしかっちゃんさん、ライブ画像と言っても、それはインターネットの中の話じゃないですか!現地に行ってみないとどんな天気なのかわかりませんよ。見る前に飛べですよ。では1時間後にお伺いしますから」。結局、僕以上にS君が釣りたかったようだ。 それから数時間後、雪がちらつく日本海の漁港で、2人そろって念願の初メバルを釣ることができたのは、こんないい加減な行動の賜物といえよう。 今回は、メバルを釣っている最中に、石にへばりついていたナマコも捕まえた。これも、いい加減な行動の賜物のオマケといえよう。 新潟の夜は、雪が降ったり止んだりの繰り返しだった。時折、猛烈な吹雪も僕らに襲い掛かった。これは、天気予報をいい加減に聞き流した悲しい賜物といえよう。
2008.01.13
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「曇り時々雨のち雪」のレッテルが、1週間前から貼られている新潟に向かう。連休といえども色々と所用があるので、同行するN君と後輩S君との都合が、今日だけしか合わなかったのだ。悪天候下の苦労よりも、それを上回る「釣りたい」という欲求が抑えられない凡人の週末である。 標高差が700mもあるので、雨が降ろうと雪が降ろうと、新潟は信州よりも暖かい。久しぶりの日本海も、僕らを暖かく迎えてくれた。最初に僕がクロソイ、次にN君がメバル、後輩S君も小さなクロソイを釣り集めた。 本当は、僕もメバルを釣りたかったんだけど、そう易々とは釣らせてもらえない。なので、次回も釣りに行く理由ができる。釣れても釣れなくても、それがうれしい。 帰り道、高速道路に大粒の雪が重なる。スリップして立ち往生しているトラックもあった。クレーン車に釣られる釣り人であってはならぬ、と思った。
2008.01.12
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蕎麦屋のT君が、何やら面白いことを企んでいる。以前から裏メニューとして僕らを楽しませてくれた料理を、ついに表舞台に出すというのだ。「試作品ができたので、ちょっと来てもらえませんか?」と誘われたので、万難を排してかけつける。T君が企んでいる新メニューは、蕎麦の対極・うどんである。 T君の打つうどんは、ちょいと太めで歯応えがある。これを、何種類かの鍋焼きうどんにするという。 画像をお見せできないのが残念。クッキリ画像でお見せできる日も近い。今回は4種類の試作品を食べたけど、どれも美味しいプロの味だった。最終的にもう少し絞り込むらしいが、なにせ名のある蕎麦屋なので、うどんであっても適当な代物は出せないのだ。対極にある食べ物を生かし合うというのは大変で、いずれもノビてしまっては元も子もない。 ところで、今回T君が試作品を考えたのは、「昨日の昼食にざる蕎麦を食べたら、あまりの冷たさに身体が震えてしまって」というのが理由の1つ。信州の冬は寒い。寒さに震えるのではなく、温かさに心震えるようなうどんメニューに期待したい。
2008.01.11
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「家庭の味」という表現は大好きだ。漬物や味噌汁一つとっても、隣の家どころか親戚の家でも味が違う。作る人間がいるからこそ味の変化が出てくるので、「家庭の味」は人の生きている証拠なのだ。 「本日の昼食は、うどんにしませんか?」と後輩A君が言うので、食事処Hに出かける。 店に入ると、隣の席に年配の女性グループがいた。と、「あら?久しぶり!」とこのうちの1人の女性に声をかけられる。粉屋さんの奥さんだ。 「どうも、お元気でらっしゃいましたか?」 「おかげさまで。今ね、お友だちとランチを食べようってことになって、煮込みうどんを食べているの」と、丁寧にうどんを1本1本すすっている。 さて、僕らも食べよう。メニューを見ると、そこに「おばあちゃんの煮込みうどん」とある。これ、これ。こういう「家庭の味」っぽいのがいい。僕はすかさずメニューを指差して、店員さんに注文した。「この『おばあちゃんの煮込みうどん』をちょうだい」。 と、隣のおばさんたちが目を細めてこちらをにらんでいる。何でだろ?あっ!イヤイヤ、みなさんの食べているメニューがたまたま「おばあちゃんの煮込みうどん」なのであって、みなさんを指差して注文したわけではないのです。 普段は、ズルズルと食べる煮込みうどんだが、今日ばかりはお上品にすする。会話のないシーンとした店内で、「ツルツル」というかすかな音だけがこだまする。「おばあちゃんの煮込みうどん」というメニューが、うらめしく思った。
2008.01.10
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隣まちのホテルで開いた宴席につく。50代のおじさんたちが大半の席で、「タバコをやめたら3kg太っちゃって」とか、「娘が嫁に行かなくて困っている」とか、「年末年始に飲みすぎて白髪が増えた」なんていう話につき合わされる。 で、一生懸命会話をしている僕に、どこからか熱い視線が投げかけられている。その主は、ホール係のお姉さんだった。きっと、おじさんばかりの会場で、ちょいと若くてカッコイイ僕の存在が気になったのだろう。小分けにした食べ物や飲み物を、絶妙なタイミングで運んできてくれるのだから、間違いない。 近くにいた知人もそれに気が付いたようだ。「かっちゃんさん、あの従業員の視線、なんか怪しいですよ。きっと気があるんじゃないですか?」 「やっぱりそう思う?イヤイヤ、照れちゃうなぁ」 「せっかくだから記念写真でも撮りましょうか?」 「何もそんな…でも、そう?悪いね」で、パチリ。 知人が従業員のお姉さんに真意を問う。 「あのう、お姉さんは先ほどからかっちゃんさんのことばかり見ていますけど、気があるのかな?」 「い、いえ。お客様がずいぶんと速いピッチで飲食されているので、足りなくなってはいけないと思いまして...」 非常に物足りない結末を迎えてしまった。その後の飲酒ピッチは加速度的に上がったが、お姉さんの姿はもうそこにはなかった。
2008.01.09
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日本の詩歌は、5と7の配列でできている。575や57577というルールが、古式ゆかしく響くのだ。 つい最近まで知らなかった「五行歌」というのは、こうした形にとらわれずに5行の中で自由に表現する短詩型文学だが、世界的にみると5行で表現する形態が普通なんだとか。 寝つきが悪い夜だったので、この際と思い、以前先輩にいただいた分厚い「五行歌集」を読む。実に奥深い短詩型文学だった。「自由」な中にも、5という数字が不思議な鎖となって存在していた。 で、突然ピアノの鍵盤を思い浮かべる。黒い鍵盤は5つ、白い鍵盤が7つあったな、確か。数字の配列は5と7なんだ。鍵盤上を流れる指も5だし、楽譜も5線。これも5感で表現する詩歌のルールに関係するのかな。まあ、疑わしいけど。 なかなか眠気が起きないので、酒でも飲んで寝よう。早朝の酒は効くぞ。5臓六腑に染み渡ることは、疑いようもないな。
2008.01.08
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まちの文化財になっている道祖神祭りを見学する。 大きな2台の屋台が、ドシン、ドシンとぶつかり合う。上に乗った子どもたちが、ぶつかり合う度に跳ね上がる。むち打ちにならないのが不思議なくらいだ。 昔は、男の子しか屋台に乗ることができなかったらしいけど、少子高齢化の昨今は、女の子の力を借りないと伝統行事もままならないようである。 ところで、祭りに出店は付きものだが、今回はおもちゃのくじ引きをする1軒だけが細々と営業していた。 子どもが少なくなれば、的屋稼業にも影響するのだろうけど、肝心の伝統行事の継承は、くじ引きでおもちゃを当てるよりも難しいようだ。
2008.01.07
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普段、僕の酷使に耐えている竿たちに、日頃の疲れを癒してもらう「お竿様感謝デー」を敢行する。 本当は、1本1本シャワーを浴びていただくのがいつものコースですが、今回は趣向を変えて入浴をしていただくことにいたしました。竿の芯まで温まってくださいな。湯加減はいかがでございましょうか? どれどれ、お体を流しましょうね。おやおや、海水の垢がたまってますねぇ。入浴後は、特製パウダーでお肌のお手入れをし、ピッカピカのお化粧もいたしましょう。そんなに固くならずにのんびりしてくださいな。年に1回程度の感謝デーですから。
2008.01.06
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東京湾には、いたるところに公園がある。公の園なので、ここで遊ぶ人もいれば、暮らす人もいる。大都会に沈殿する不自由を、自由にする場でもあるのだ。 年末の釣り納めに立ち寄った海沿いのとある公園で、首輪のない痩せた犬と出合った。駐車場の隅で、弁当を食べる僕らをじっと見つめていた。物欲しげな視線に耐えかねて、から揚げやカツを数切れ食べさせようと思い近づくと、僕らを見ながら一定の距離を保って離れていく。なんとも無愛想な犬だ。仕方なく近くに放り投げてやると、恐る恐る近づいて、サッとくわえて草むらの影に走り、そこで辺りに注意を払いながら大急ぎで食べていた。 年明け最初の釣りで、またこの公園に向かう。同行した後輩S君は、「あの犬、まだいますかね?」とハンドルをきる。公園前の交差点に差し掛かった時、こんもりとした丘の上で、前足を踏ん張りお尻を高くして身体を伸ばしている、あの犬がいた。 僕らのことを覚えているだろうか?あれから1週間も経ってここにいるということは、きっとこの公園があの犬の住みかになっているのだろう。 S君は、「あれだけご馳走したのだから、今日は恩返しをしてもらわないといけないっすね」と、あの無愛想な犬からのお礼を待っている。車を降り、釣り仕度をして犬に近寄ると、相変わらずこちらを見ながら後ずさりしていく。本当に愛想のないヤツだ。僕らは、「通称ポチ」という名前を付けてやった。 結局ここでの釣りで、「通称ポチ」は僕らに恩返しをしてくれなかった。帰り際、お土産に魚をくわえて来てくれないかと期待していたのだが、「通称ポチ」は公園に散歩に来たほかの犬とじゃれあって、見送りさえもしてくれなかった。 場所を代え、違う海沿いの公園に向かう。 魚はこちらでも釣れず終い。たこあげをしたり、サッカーをしている家族の声ばかりが響きわたり、とても釣りに集中できる環境じゃなかった。 この公園には、手のひらに乗ってしまいそうな犬や、品のある服を着た犬が飼い主に連れまわされている。すれ違う飼主同士が、我が犬の自慢話のキャッチボールをしている。犬が、飼主の装飾品のように見えてきた。暇な釣り人になっていた僕は、人影もない公園に暮らす「通称ポチ」のことばかり考えていた。
2008.01.05
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釣りに行くことを「釣行(ちょうこう)」という。 昨年来、色々な仲間を伴って釣行に出かける機会が増えたので、「いっそのこと釣りクラブを作ったらどうでしょう?」との要望に応え、僕の住むまちの仲間をメンバーにして発足することになった。クラブ名は「小諸釣行会議所」という。 今のところ、このクラブには釣りの経験者が異常に少ない。釣り未経験の船舶免許所持者、釣った後のことを考えて入会してもらった料理人、怪しい勧誘に釣られた独身女性、専属の運転手として雇い入れた地方公務員など、釣道研鑽とはほど遠い素人の集まりである。 で、立場上、僕が初代会頭を務めることになった。すでに、海や川、釣りの形態によって分けられた部会も構成し、近く設立総会をにぎにぎしく開催する予定である。今年度のスローガンは、「釣ろう、釣らせよう、魚に逢おう」。行く行くは「日本釣行会議所」の発足までこぎつけたい。 今日、釣行会議所事務局長を務める後輩S君と、ファミリーフィッシング部会長のN君が、「会頭にお越しいただき、今年度の門出を祝う儀式を執り行いたい」との連絡をもらう。 ダルマの目入れだ。知らないうちに、こんなダルマを作っていたらしい。「大漁祈願」「釣行安全」と記されている。ダルマとにらめっこをしたが、笑ってしまった。七転び八起きのクラブ活動を目指したい。
2008.01.04
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「新春セール」と銘打ったハガキが来たので、差出人の釣具屋さんへノコノコ出かけてみた。ぼちぼちメバルを釣りたいので、針なんかを買っておこうと思ったのだ、本当は。 「セール」の響きにめっぽう弱い買い物客でにぎわう店内を、スルスルとお目当てのコーナーに向かう。総額千円ちょっとのグッズをカゴに入れ、そのままレジに向かおうと思ったのだ、本当に。 そんな時に限って、「お、お待ちください。私を置いてけぼりにする気ですか?」という声が聞こえたのだ、本当だ。 これが、その声の主である。 「どうです?私はメバルやカサゴなんかを釣るのに最適な竿ですよ。今日は『セール』ですので通常の3割引きですよ」 「悪いけど、君を買うつもりはないんだよ」 「そんなこと言わないでください。先ほどからお伺いしていますと、貴方は店に入るなり私のことをじっと見つめていたではないですか」 「そ、そんなことないよ!」 「またまたぁ。私を色々な角度から見つめたり、手にとって感触を確かめたりしたくせにぃ。隠しても無駄ですよ!」 「...」 「私といっしょに釣りに行けば、きっとたくさんのメバルを釣ることができますから」 「本当?絶対に本当?」 「本当ですとも!では、ごいっしょにレジまで行きましょう」 と、こういう出来事があったのだ。人間の言葉をしゃべる竿から脅迫に近い売り込みを受けたのだ。本当に、本当に信じられない話だが...。 ただ、もしも竿の言う通りの釣りができたら、とてもいい買い物をしたことになるし、今日の出来事を後悔しないで済む。そのためにも、ぜひ釣らせてほしい。竿さん、よろしくお願いしますよ、本当に。
2008.01.03
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餅ばかり続く正月の食事に、白米は新鮮な日常を呼び込んで来てくれる。精米したての新米を入手したので、初春のめでたさを彩る紅白を表現してみよう。共演者は、筋子とイクラである。今回はその彩りに加え、味わいも考察してみたい。 まずは筋子。 こちらがイクラ。 同じ鮭の卵でも、筋子の方が色が濃く、味も濃い。しかも、まとめて何粒も食べられるので、僕は筋子の方が好きだな。 それにしてもこの筋子、イクラなんでも赤すぎる。
2008.01.02
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仲間との飲酒生活をキッチリ1日から始めることで、僕の1年の計は元日にある。 地域経済の動向と展望、少子高齢化に則した生活のあり方、先行き不透明な健康問題、昨今の実例による家庭崩壊の傾向...。日々刻々変化する僕らを取り巻く環境を、改めて見つめ直す機会として位置付けている。 論議するテーマが多いため、アルコール摂取量もそれに比例する。準備した酒類は、あらかた消費せざるを得ない。そんな実態さえも再確認し、「ああ、今年もこんな1年が明けたのだ」と、参加したみんなの顔は赤くなり、ロレツも怪しく回るのだった。 「いつもの飲み会を、元日に開いているだけのことじゃないか?」「単なる『新年会』ではないか?」と問われれば、それに返す言葉を僕は持ち合わせていない。もう何年も続けている行事なので、お許しいただきたい。 話をそらしたい。これは、G君が調理した「佐久鯉の洗い」である。 毎年、地域の風習に残るこの一品を、この飲み会では努めて食べるようにしている。普通は酢味噌で食べる地方が多いけど、僕らは刺身醤油で食べる。鯉と知らずに食べて「これはブリか?」と言ったヤツが現実にいるほどで、お酒の進み具合にアクセルを踏んでくれる。 そんなこんなで夜は更けて、今年の「1月1日の計」はウイスキー、日本酒、焼酎各種、缶ビールなどで数リットルに至った。
2008.01.01
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