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これはもう一つの自慢と言っていいと思うのですが、私は今や伝説となった「ジョージ・フォアマン対モハメッド・アリ」の世界ヘビー級選手権試合(1974年)を衛星生中継で見たことがあります。当時私はほんの子供で、特にボクシングに興味があったわけでもないので、本当に偶然です。 あの試合は、しかし、すごかった。下馬評では現役の若きチャンピオン、無敗のジョージ・フォアマンが、盛りを過ぎたモハメッド・アリを簡単にノックアウトするのではないかと思われていて、実際、1ラウンドからフォアマンの猛ラッシュにアリはたじたじ。アリはすぐにロープを背にして追いつめられ、防戦一方になってしまう。私も見ていて、こんな弱そうな奴、すぐにフォアマンの餌食になるだろうと思っていました。私に限らず、あの試合の序盤を見た人は誰でもそう思ったでしょう。 ところが、これがアリの作戦だったんですな。フォアマンは必死でアリの顔面を捉えようとパンチを伸ばすのですが、ロープに身体をもたせかけ、背中を大きく反らしているアリにはどうしても届かない。一方アリは、フォアマンが10回空振りパンチを繰り出す毎にようやく1回位反撃するのですが、こちらは的確にフォアマンの顔面にヒットする。 そんなことが延々繰り返され、ラウンドが進んでいくうちにフォアマンの動きは次第に緩慢になり、傍目から見てもバテバテなのが明らかになっていきます。そしてフォアマンがいい加減疲れ果てたところでアリは華麗に反撃に転じ、くたくたになったフォアマンの顔面に2回、鋭くも美しいパンチを浴びせてノックアウト。序盤のフォアマンの圧倒的優勢を見た後でのこの意外などんでん返しに、私はまるで夢でも見ているかのような、まさに唖然・呆然の境地に陥ってしまったことを鮮やかに覚えています。その時、私の心に「モハメッド・アリ」というボクサーの名前が印象的に刻み込まれたことは言うまでもありません。 モハメッド・アリがかつては「キャシアス・クレイ」という名で知られ、アマチュア時代にはオリンピックで金メダルをとった選手であること、イスラム教に改宗してから「モハメッド・アリ」に名前を変えたこと、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」がキャッチフレーズであることなど、彼についての様々な情報は、その後少しずつ私の中に蓄積されていきました。そして、ベトナム戦争時代、兵役を拒否したためにソニー・リストンから奪ったヘビー級チャンピオンの座を剥奪され、7年間の長きにわたってアメリカのボクシング界から追放されてきたことも後で知りました。 しかしそういう長い苦労を耐えに耐えた後、起死回生の一撃で不死鳥のごとくアリはヘビー級チャンピオンの座に返り咲いた。まさにジョージ・フォアマン戦はアリの人生の象徴でもあったんですね。 ところで、そんな劇的な人生を送ってきたアリの評伝が岩波現代文庫で手軽に読めるようになりました。トマス・ハウザー著『モハメド・アリ:その生と時代』(上下)がそれです。アリ・ファンの私としてはこの本が出た途端に買って一読したのですが、とても面白かった。私が想像していた通りのアリがそこに居た、という感じです。 この本は通常の伝記とは少し異なっていて、著者のハウザーが物語風にアリの生涯を綴っているのではなく、アリのトレーナーやプロモーター、恋人たちや妻たち、あるいは彼と対戦したことのあるボクサーたちなど、アリのことを直に知っている人々の証言を集めるという形で、アリの生涯を再構成しています。ですから、この本はアリにまつわる大エピソード集になっているのですね。ですから、それらのエピソードを通じて、読者は生身のアリを知ることができるわけです。 もちろんそこには気さくで、心優しいアリの姿があります。他のチャンピオンたちとは違って自らを神格化することなく、練習場を開放し、道行く人に声を掛け、病院をお見舞いして病魔と闘っている子供たちを励ますアリ。脳性麻痺の子供たちの抱擁をまともに受け、顔中涎だらけにして笑っているアリ。チャンピオンシップをかけた試合の控え室で、世界中の恵まれない人たちを助けるために自分に何ができると思うか、トレーナーに向かって大まじめで尋ねるアリがいる。 もちろん、良いことばかりではありません。戦う相手の選手を試合前の記者会見でこてんぱんに罵倒するアリもいる。浮気をして奥さんを悲しませるアリもいる。人を疑うことを知らぬ性格ゆえに、いいようにカモにされて、大金を失ってしまう歯がゆいアリもいる。そういうアリもまた、生身のアリなんですね。 でもこの上下2巻の伝記を読んで、誰しも一番痛烈に感じるであろうことは、アリがいかに自分の人生を自分の思うとおりに悔いなく過ごしてきたか、ということでしょう。先にも言いましたように、彼はイスラム教に改宗し、人を殺めることを拒否してベトナム戦争の際の兵役を拒んだことで、ボクサーとして最も充実していた時期を7年間に渡って棒にふったわけですが、そのことを彼はまったく残念に思っていない。自分の信じるままのことをやって、その結果このような仕打ちを受けるのなら、それはそれで本望だ、というのがアリの本心なんです。ですから、兵役を拒否してアメリカ中の人々から非難を浴びた時もまったく腐ることなく、淡々と自分の信念を貫くことができたし、また時代が移り変わってベトナム反戦運動が盛んになり、逆に反戦のヒーローに仕立て上げられた時も、アリはそのこと自体にはまったく無関心だった。 アメリカ映画『フォレスト・ガンプ』の主人公と同じように、アリもまた自分のやりたいことを淡々とやっているうちに、時代の流れが勝手に彼を貶めたり、祭り上げたりするわけですが、毀誉褒貶の中心にいるアリ自身は、まったく何も変わっていないんですね。そこが何ともいい。 ご存じの通り、アリは現在、ボクシング時代の後遺症に悩まされていて、そのことで世界中の人々から気の毒がられています。もし40歳を越えてからの数戦をキャンセルして引退しておけば、このようなことにはならなかったのにと思われてもいる。しかし、それも同じ事なんですね。不自由な身体になったことを、アリ本人はまったく気にしていない。今なお彼は、毎日沢山のイスラム教のパンフレットにサインをし、それを配って布教活動に携わっていますし、町の不良を家に連れてきて、彼らと話をし、彼らの生活を立て直す手伝いもしている。ボクシングの栄光は過去のものであって、今はまた別な形で神に仕えることができているのだから、現状にまったく不満はない、というわけです。それが、アリという男なんですね。かっこいいじゃありませんか! アリは自分でも言っています。「オレはまだ死んじゃいないぜ!」と。勝手に伝説にしないでくれ、と。それでこそ、アリですよ。そうこなくちゃ! 冒頭で述べたように、私は子供の頃、ボクシング史に残る名勝負を見てアリを知ったため、他の人々と同様、彼を神格化し、伝説の人として見てしまいがちですが、よく考えてみればまだアリは60代半ばの人であって、完全に同時代人なんですね。彼は私と同時代の空気を吸っている一人の人間に過ぎない。でもその平凡さこそ、アリの最も偉大なところなんだということも、この本を読んでよく分かった。そしてそのことでアリのことがより一層、好きになりました。 そんな偉大なる凡人・アリの半生を知ることのできるこの本、「教授のおすすめ!」です。 さて、この「教授のお気楽日記」ですが、今日の分でついに100回を迎えることとなりました。毎日、沢山の方々に遊びに来ていただいていることを感謝しています。これからも日々思うことや、本の紹介などを徒然なるままにしていきますので、今後ともおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。それでは、また明日!
June 30, 2005
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非科学的なことを言うようですが、何を隠そう、実は私は「雨乞い」ができます。雨を降らす呪文と踊りを習得しているのです。 さて、名古屋地方は今年は極端な空梅雨でして、梅雨入りしてからほとんどまともに雨が降っておらず、貯水ダムもかなり危機的な状態です。名古屋市では水道の水圧を下げるなどの対策を取り始めましたが、それでも相当やばい。 ま、それも大変な事態ですが、それ以上につらいのはこの暑さ。ここはどうしても、少しお湿りが欲しいところです。 というわけで、昨夜、私の秘技「雨乞いの術」を実施してみました。久しぶりに使ったのでうまく効くか不安でしたが、まだ腕は落ちていなかったらしく、名古屋では今朝未明から雨。ちなみに予報では今週も雨の予定はありませんでした。今頃気象庁も、一体なぜ雨が降ったのか、首をひねっていることでしょう。 ところで、そもそもなぜ私に雨乞いができるかと申しますと、子供の頃、体育の授業が嫌いで、雨が降って授業がつぶれ、読書時間にならないかなーと切望し、色々雨乞いをやってみたことがきっかけなんです。で、そうこうしているうちに、ある呪文と踊りの組み合わせで、確実に雨を降らすことができるのに気づいてしまった。それ以来、時々、この術を使うようになりましたが、失敗したことはほとんどありません。 ただ、雨を降らすことはできますが、降り出した雨を任意に止めることはできないので、災害を引き起こすことを恐れ、あまり濫用しないようにはしています。 ちなみに私の雨乞い歴の中でもっとも華々しい勲章は、2,3年前にカリフォルニアの山火事を消したことです。あの時は、もう人の手ではどうにも消火が不可能であることは明白でしたし、人家にも火の手が迫ってきたこともあって、ひょっとして私の術で何とかならないかと思い、初めて外国に雨を降らせることを試みたのです。この時は、家内にも「やってみる」と宣言していますので、私が雨乞いの術を実施したことは家内が証人です。 その結果、カリフォルニアではきわめて異例なことに、季節はずれの大雨が降って、山火事は一気に鎮火したのでした。 というわけで今日は名古屋に久しぶりの雨が降り、少し涼しくなって私もほっと一息ついているところです。さあ、授業、授業。
June 29, 2005
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昨夜、実家の父より電話があり、2週間ほど前に受けていた前立腺癌の精密検査の結果、すべて異常なしと診断されたとの知らせがありました。ひゃー、良かった!! 随分前から検査を促されてはいたものの、もし結果が悪かったら・・という思いから検査を先延ばしにしていた父ですが、勝海舟の本を読んで翻然と悟るところがあったらしく、いつまでもうだうだ悩んでいるより、白黒はっきりさせようと決意したとのこと。多分、この2週間というものは結果のことが気になって、心から何かを楽しむことはできなかったと思いますが、とにかく良い方に結果が出たので、今頃大いに安堵していることでしょう。良かった、良かった。 先日、形原の紫陽花を見に行ったことをこの「お気楽日記」にも書きましたが、会場の近くに松平家ゆかりのお寺があり、ここも紫陽花の名所だいうのでついでにお参りしました。で、その寺には大きな「願掛けの亀」というのがあって、この亀の像の首の付け根にちょっとした窪みがある。で、そこにお賽銭を投げてうまく窪みにはまれば、願がかなうというのですね。そこで家内も私もチャレンジし、二人とも見事2回目のトライで10円玉をその窪みに投げ入れることに成功。その際、10円玉一個のお願いにしてはちょっと申し訳ないほど沢山の願を掛けたのですが、その中の一つが「父の検査結果が良い方に出ますように」だったんです。ですから結果的に言えば「亀の御利益」はあったわけですよ。 ということは、他の「願掛け」も実現するかな・・・。 いや、10円玉一個じゃ無理か・・・。 でも、さし当たり一番切実な願いが一つ叶ったわけですから、もうこれで十分。「一発ベストセラーでも当てて、別荘が買えますように」という願掛けの方は、いずれまた折を見てお願いに上がることにいたしましょう。 とにかく健康が一番。今日も、いい日だ。
June 28, 2005
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今、将棋の世界では「アマチュア竜王戦」が繰り広げられていますね。 いや、私は将棋自体にはさほど興味がないのですが、それでも今回のアマ竜王戦に多少の興味を持っているのは、この戦いにコンピュータ・ソフトが参戦していたからです。将棋という複雑なゲームにおいて、機械は人間に勝てるのか? それが私の関心の対象でした。 で、結果から言いますと、このコンピュータ・ソフト、ベスト16まで進んだところで敗退し、ベスト8には勝ち残れなかったということが今朝の新聞に出ていました。ひとまず人間の勝利です。しかし、コンピュータ・ソフトがアマ竜王戦のベスト16に残る程度の実力を持ってきたことは、紛れもない事実。 ところで、人間とコンピュータがゲームで対戦することに関して私が思い出すのは、1997年に繰り広げられた世界チェス王者ガリー・カスパロフ対IBMコンピュータ「ディープ・ブルー」の死闘です。世界中の注目を浴びたこの試合、前年はカスパロフが辛うじて勝利したものの、この年の対戦では1勝2敗3分けでディープ・ブルーが勝利しています。少なくともチェスの分野に関して言えば、コンピュータは既に人間を越えたのです。 もちろん、どんなものであれ、機械(道具)は人間を越えています。例えば木を切り倒すのに、素手より斧の方が優れているのは当然です。しかし、それは単純な、それこそ「機械的な」作業において機械が人間より優れているという話であり、その点人間のプライドは傷つくことがなかった。想像力やひらめきを要する分野において機械は人間には勝てない、ということが人間のプライドの砦だったんですね。ところが最高の「思考」を要するチェスの試合でコンピュータが人間をうち負かしたことにより、少なくともその砦の一角は崩れ去った。 ディープ・ブルーを開発したIBMチームはチェスの世界王者を倒して喜んだでしょうけれど、そのことはまた「人間の機械に対する敗北」をも意味していた。ゆえに、ディープ・ブルーは人間に「ディープ・ブルー(深い憂鬱)」を与えたのです。 かつて映画『2001年宇宙の旅』で、人間に対して謀反を起こしたコンピュータ、HAL9000が登場して以来、人間より賢くなったコンピュータをどう制御するかというテーマは、ハリウッド映画の中で繰り返し描かれてきたわけですが、そういう問題はこの先、現実として立ち現れるのでしょうか。何だかちょっと不安ですね。 その意味から言うと、幸いなことに将棋の分野では、まだコンピュータはアマチュアのトップすら倒せないというのが現状であり、私は少しほっとします。チェスと違って将棋の場合は、分捕った相手のコマを自分のコマとして使えたり、しかもそのコマをどこに置くかは(二歩の場合を除いて)基本的に自由、というルールがあるので、これがコンピュータ・ソフトの開発を難しくしているのですね。ですから、まだ当分は羽生さんのような棋士を倒せるコンピュータソフトは登場しそうもありません。もっともそれも時間の問題で、いずれそう遠くない未来に、そういうものが出てくるだろうという説もあります。 その時、人間はもっと深い憂鬱に陥るのでしょうか。
June 27, 2005
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誰にでも知識の盲点というのがあるのではないでしょうか。 私は職業柄、種々雑多な本をやたらに読みますから、人並み以上にトリビアな知識を蓄えている方だと思いますが、それでも時々、とんでもない無知をさらけ出すことがあります。知識の体系の中に、あちこち盲点があるのです。 たとえば昨年でしたか、教育実習生の授業参観がらみでとある高校を訪問し、地学の授業を参観したのですが、その時も「えーーーっ!」と思ったことがありました。ちょうどその授業で「古生代」「中生代」「新生代」という時代上の区分のことを学習していたのですが、私はこういう時代区分は、何か地球上の地殻変動とか、天候の変化(氷河期みたいな・・・)などを基準に決められているのかとばかり思っていたのです。しかし実際にはそうではなくて、ある時代に栄えた生物によって決められているのだそうですね。つまり、古生代というのは三葉虫が栄えた時代、中生代というのは恐竜が栄えた時代、新生代というのは人間が栄えた時代、という意味なんだそうです。ご存じでした? 私は、「ジュラ期」という時代にたまたま恐竜が栄えたのかと思っていましたが、それは逆で、恐竜が栄えていた時代を「ジュラ期」と呼ぶわけですよ。ひゃー、目からウロコ! で、実は今日もこの種の「目からウロコ」に出会ったのです。 ある事情から、私は小学校3年生の理科の観察日記というのを読んでいたのですが、その中の一人の子が次のようなことを書いていたのですね。 「蝶はサナギを作りますが、蛾は繭を作ります」 がーーーん! そ、そうだったのか・・・。 蝶と蛾・・・そこに違いがあったのか・・・。 いや、私もうすうすどこか違うな、とは思っていたんですよ。でもどこが違うのかよく分からなかった。たとえば自己流の解釈で「とまった時、羽を畳むのが蝶、開いたままなのが蛾」かな、と思っていた時期もあったのですが、そうなると日本の国蝶たるオオムラサキなんて羽を開いたままとまりますから、あれは蛾ということになってしまう。そんなわけないもんな・・・。となるともう「見た目のいいのが蝶、不細工なのが蛾」というしかないのかな、とも思いますが、それだとあまりにも主観的すぎるような気がしますし、じゃ人間でも「美人」と「不細工」は別種なのか!? という反論もでそうです。(そうだ、という人もいるかもしれませんが・・・) というわけで、私の中で蝶と蛾の区別をどこでつけたらいいのか、今まではっきり分かっていなかったんですが、それがさっきの小学3年生の決然たる一言で見事に解決です。 もっとも、ひょっとして、こんなこと誰でも知っていることなんでしょうか? 知らなかったのは私だけ・・なのかしらん? ちなみに、自分の名誉のために言っておきますが、私は高校生くらいまで生物学者になることを目指していたので、世界中の動物についてやたらに詳しいです。また鳥類や花の名前も相当詳しい。虫についても、甲虫系は強いかな。私のように文学研究をしている人間にとって、こういう動植物の知識は一見不必要に思えますが、実はそんなことはなくて、この方面の知識を持っていることで得をしたと思ったことは何度もあります。小説中に動物や鳥や植物の名前が出てくることはよくありますからね。 ただ蝶とか蛾はダメなんですね。なぜかというと、奴らは生まれたばかりの時、毛虫・芋虫でしょ。私は何が嫌いって毛虫・芋虫ほど嫌いなものはないんです。で、幼少のみぎりから昆虫図鑑の蝶・蛾のページが直視できなかったんですね。だから、この分野だけ完全な盲点なんです。 というわけで、今日はまた一つ、知識の盲点から解放されたのでした。今日もいい日だ! さて、週末アフィリエイトの第二弾ですが、今日は「教授のガレージ・パート3」をご紹介しましょう。ここでは折り畳み自転車の人気ランキングを1位から8位までカウントダウンしています。今人気の折り畳み自転車、その中の人気車種をご紹介しますので、ご購入を予定されている方はぜひクリックして、参考になさって下さい。 ここをクリック! ↓ガレージ・パート3 人気第1位はこれだ! ↓
June 26, 2005
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今日のこと、と言うより昨日のことなんですが、「ラグーナ蒲郡」というところにショッピング行ってきました。ラグーナ蒲郡というのは、その名の通り愛知県蒲郡市の海辺にある複合娯楽施設で、テーマパークとタラソテラピー施設、それにショッピングモールがあります。 数年前からのことですが、我が家では毎年6月になるとここへやってきます。なぜ6月かというと、この近くに形原温泉というところがあって、毎年この時期に「あじさい祭り」をやるんですね。つまり、あじさいを見に行きがてら、ついでに蒲郡で買い物をしようというわけ。ですから順序から言うと、ショッピングのことより先にまずあじさいのことを書かなくてはなりませんね。 もともと私は昔からあじさいの花が好きなんです。子供の頃住んでいた家にも庭に大きなあじさいの株があって、毎年きれいな花をつけていました。庭にあじさいがきれいに咲く家には不幸が訪れるなんてことを言う人もありますが、我が家ではそんなことは眼中になく、現在の実家でも父がどこかからあじさいの株を買ってきては植えています。しかし、あじさいというのは案外難しいところがあるのか、最初の2、3年を過ぎると次第に花の勢いが弱るようですね。 さて形原のあじさいですが、ここはあるお寺の後ろにそびえる小山いっぱいに様々な色のあじさいが植えられていて、300円ほどの入園料を払うとこれが見られるというわけ。なにしろ小山いっぱいのあじさいですから、これが一斉に咲く今の時期はなかなか壮観です。 ところで、あじさいの面白いところはやはり色の妙でしょう。ここのあじさいにしても、濃い青のものがあるかと思えばほとんど白に近いような青もある。また紫のもの、ピンクのもの、はたまた深紅に近いものもあるし、最近では薄緑がかった白のあじさいというのも流行のようですね。私はこの白いあじさいも嫌いではないのですが、やはり一番好きなのは青。「あじさいの青」としか言い様のない、少し寂しい感じのする青いあじさいがあるでしょう? 私はあれが好きなんです。逆に紫のあじさいはどことなく場末のキャバレー(たとえが古い??)を思わせるような感じがして、あまり好きではありません。ま、紫というのは、もともと加減の難しい色で、一歩間違えば下品になる色ですが。 ちなみに形原のあじさい祭りでは、ただあじさいを見せるだけでなく、鉢植えのあじさいの市みたいなものも立ちますので、あじさい好きの方にはおすすめです。それから、毎年あじさい祭りが終わる日には、全山を覆うあじさいの花を切って持ち帰って良いそうなので、お好きな方はその日がいつかを調べて、訪れるのも良いかもしれませんね。 さて、かくして今年も形原のあじさいを十分堪能した私と家内は、ついで冒頭で述べたラグーナ蒲郡まで足を伸ばしました。もちろんテーマパーク目当てではなく、ショッピングのため。というのは、ここには「ジャクリーヌ・シング」というフランスのアクセサリーショップがあるからで、このブランドは日本では代官山とここにしかないのです。かなりインパクトのあるデザインのアクセサリーが揃っていて、家内のお気に入り。私もかなり好きです。値段は1万2千円位から2万5千円位のものが中心でしょうか。安くはないが、決して馬鹿高いものではありません。 というわけで、いつものように我々は真っ先にここを訪れたのですが、今シーズンは白い石をつかったアクセサリーシリーズが良かった。でも、買うというところまではいかず、見て楽しむだけにしておきました。そしてこのお店を出てから、ぶらぶらとショッピングして回りましたが、特に欲しいものもなかったので、イタリアン・トマトJr. というカジュアルな喫茶店で港を見ながらのティータイムを楽しみ、その後食料品コーナーへ寄ってから帰ることに。 なにしろここは海のそばなので、食料品コーナーの中心は海産物です。生け簀に入れられた生きた魚やカニや貝が買えるほか、海産加工品も豊富。我々は晩御飯のおかずにとおいしそうなサンマの干物を買いました。一尾200円也。それから、ここに来ると必ず買う「虎屋のういろ」も購入。羊羹で有名な「虎屋」ではありませんよ。三重県に本店のあるういろう屋さんで、ここのういろうはうまいんです。 ということで、昨日はあじさいとショッピングと海辺のティータイムと、そしてういろうとサンマ(すごくおいしかった!)を堪能した一日となったのでした。 さて、週末アフィリエイトですが、第一弾は「教授のオーディオルーム・パート4」から今人気のMP3プレーヤーをご紹介しましょう。アップルのiPod 人気に端を発し、今やモバイル・オーディオの中心となったMP3プレーヤー。アップルに対抗するソニーだけでなく、韓流サムスンも人気商品を出してきていますから、これからMP3を買おうという人には、悩ましい限り。ぜひクリックして最新売れ筋モデルをご覧下さい。ここをクリック! ↓オーディオルーム・パート4
June 25, 2005
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昨日から林望(はやし・のぞむ)さんのエッセイ、『リンボウ先生の閑雅なる休日』(集英社文庫)を読んでいます。 ご存じの方も多いと思いますが、林望さんという人はもともと慶應出の書誌学者で、ケンブリッジ大学の図書館に収蔵されている和漢古書籍の目録を作るためにイギリスに滞在していた時のことをエッセイにした『イギリスはおいしい』(日本エッセイストクラブ賞受賞)で一躍有名になり、その後イギリスに関するものはもとより、学問・能・音楽・食・建築・車など様々なテーマのエッセイを書き続けていらっしゃる方です。以前は東京芸大などで教えていらっしゃいましたが、今は確かフリーなのではないかと思います。 で、私は林さんのエッセイが好きで、大抵買って読みます。 ではなぜこの方のエッセイが好きかというと、まず林さんという人がいかにも育ちのいい上品な人で、かつ私には至極真っ当と思われる倫理観の持ち主だからです。一言で言えば、林さんは私が首を傾げたくなるようなことは絶対に書かない人なんですね。また祖国を愛することにかけては人後に落ちないところがありながら、外国(イギリス)で内容の濃い生活を送られた経験から、日本を相対的に見る視点をお持ちであるところもとてもいい。 また林さんの興味・関心の赴くところが、私と非常に似ているということも、私が林さんのエッセイに惹かれる大きな理由です。本がお好きなところ、それからモノとしての本にも関心があるところ、音楽好きなところ(林さんは本格的に声楽を修め、自ら歌曲を作ることもなさいます)、おいしいものが好きなところ、建築や住環境に強い関心をお持ちなところ、そして車を運転することが何よりもお好きなところ、などなど。ですから、林さんがエッセイのテーマとして選ぶ話題が、大抵私にとっても興味・関心のあるところであり、そのため読んでいてとても面白いのですね。 しかも文章がいい。年長の方の文章を褒めるというのも烏滸がましいですが、林さんはもともと東京の人であり、また国文学がご専門ですから、今どきの目から見ると少し古めかしい、しかし由緒ある日本語に、威勢のいい東京弁を交えながら文章を書くことができるんですね。もっとも時折その辺の案配が度を越して、少し鼻につく文章になってしまう時もありますが、それはまあご愛敬ということで。 では、私が林さんのエッセイの中で一番に推すものはと言いますと、やはりデビュー作と言うべき『イギリスはおいしい』でしょうかね。それから『イギリス観察辞典』もいいです。その他『リンボウ先生遠めがね』だとか『くりやのくりごと』なんかも好きですね。ただ少し厳しい言い方をすると、完全にフリーの著述家になられてからのものは、書かれる量が増えた分、やや質が落ちたかなとは思います。ただ、それも悪いところばかりでなく、読む側が疲れている時などは、むしろそういうものの方が軽く読める、という側面もあります。今読んでいる『・・閑雅なる休日』もそんな感じで、読む側も閑雅なる休日を楽しむくらいのつもりで読めば、十分楽しめます。 ところで、かれこれ10年以上前のことですが、私は一度だけ林さんご本人にお会いしたことがあります。というのも私の所属する学科で林さんにご講演をお願いしたことがあるんですね。雀の涙ほどの謝金にも係わらず、林さんが遠路を厭わず名古屋の片田舎まで出向いて下さり、実に手慣れた、聴衆を逸らさない話しぶりで愉快な講演をして下さったことは、今でも忘れられません。しかもご講演の後、10人ほどの学生たちと近くの喫茶店に入り、1時間ほども楽しいお話しを聞かせて下さるというサービスぶりで、その時に実演していただいた「イギリスのホテルで上手にシャワーを浴びるコツ」とか、「イギリス人はいかに洟をかむか」など、林さんの迫真の演技は実に素晴らしかった。 その後、私は林さんを車に乗せて最寄りの駅までお送りしたのですが、どうも私の運転が上手過ぎたらしく、「あ、そんなにスピード出さない・・・ほら、よそ見しない! あ、信号黄色ですよ!」などと、30分ほどのドライブを堪能なさっていたことも、私には良い思い出です。 というわけで、私にとって林さんのエッセイを読むことは、そういう林さんのお人柄を懐かしく思い出すことでもあるのでした。林さんのエッセイ、「教授のおすすめ!」です。林望さんの本をご紹介 ↓
June 24, 2005
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またまた陰惨な事件が起きましたね。15歳の少年による両親惨殺事件。 こういう事件が起こるたびにいつも私が思うのは、報道する側の姿勢とか言葉遣いが正しくないんじゃないかということです。 例えば今朝の新聞にも、少年が空き家に侵入するという事件を起こして以来、少年と両親の間に「確執」が生まれた、などと書いてありましたが、こういう場合、「確執」という言葉は正しく当てはまりますかね? 子供が悪いことをやって、親が叱った。それで子供がふてくされた。要するに、そういうことなわけでしょ? そういう場合、「親子の間に確執が生まれた」って言うんでしょうか? また私が嫌いなのは「心の闇」という言葉です。こういう事件が起こると、必ず報道機関は「犯罪心理学者」とかいう肩書きの人のところへ飛んで行ってコメントをもらうのが決まりになっていますよね。それでまたそういう専門家とやらが、15歳の少年の「心の闇」を慎重に探っていかなければならない、みたいなことを言うわけですよ。 一体、何なんですか、この「心の闇」って? 父親の頭を鉄アレイで殴打し、母親を刃物で何度も突き刺し、部屋ごと吹っ飛ばすために細工をし、自分は草津の温泉でのんびりお湯につかり、食事も平らげ、ゲームセンターで遊んでいた15歳の少年に「心の闇」なんてないですよ。そりゃ長年生きて、沢山の苦労を経験をしてきた人になら、そういうものがあるかもしれないですけど、日本で生まれたごく普通の15歳にそんなものあるわけない。当たり前じゃないですか。 しかも、「親との確執があり、心の闇があったのだから、親を殺して温泉に浸かるのも無理もない」とそこまで言い切るのならまだしも、そこまでは言わないで、「専門家がそう言ってました」という形でほのめかすだけに止め、少年の犯罪を断罪する側からも、また弁護する側からも批判されないようにしようとする。そういう日本の報道の姿勢って、ほんとにどうかしてますよ。 このような事件が起きた時、私が欲するのは、犯罪を犯したものが正当な裁きを受け、正当に罪を償うこと、そして被害を受けたものが正当な補償を受けるということ、ただそれだけです。「親と子の確執」だとか、「心の闇」だなんて馬鹿なこと言ってないで、正当なことが行われるようにアクションを起こすこと。これこそ、報道機関がやるべきことなんじゃないでしょうか。 それから世の「犯罪心理学者」の皆さんも、アホなコメントなんか出してる間に、むしろ報道機関の側の「ことなかれ主義」でも分析しなさいって!!
June 23, 2005
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今日は昼間、両親と家内を連れて深大寺の蕎麦を食べに行きました。 深大寺というのは東京・府中にある古刹ですが、この門前には古くから蕎麦屋が20軒ほど軒を連ねていて、蕎麦どころとしても有名。中でも「湧水」と「松葉茶屋」の2軒が特に名高いと聞いていますが、今日は松葉茶屋の方に行ってみました。 このお店、本当に蕎麦屋というよりは「峠の茶屋」みたいな作りで、なぜか店の真ん中にどーんと太い松(生木)が生えています(だから松葉茶屋なのか・・・)。店の壁には有名人の色紙が沢山飾られていて、確かに知る人ぞ知る名店のよう。 で、我々が注文したのは父と私が「天ざる」、母は餅と揚げ蕎麦がトッピングされた「力蕎麦」、そして家内は「おろしなめこ」です。で、実際に食べてみてもう少し食べたくなったので、お店のおすすめメニューである「梅おろし蕎麦」を一枚追加注文しました。 前にも言いましたが私は蕎麦食いで、蕎麦にはかなりうるさい方なのですが、ここの蕎麦はしこしこと腰が強くて、なかなか結構。天ぷらもおいしかった。また予想以上においしかったのが「梅おろし」。これは冷たい蕎麦に大根おろしと練り梅を乗せ、それに刻んだ大葉と胡瓜とごまを散らしたものなのですが、さっぱりとしていて、かなり乙なものでした。蕎麦と練り梅の組み合わせがこれほど合うとは思いませんでしたね。これなんか、家庭で作ってもおいしくできるのではないでしょうか。 ま、私の好みから言うと、蕎麦自体はあそこまでしこしこしてなくてもいいかなー、という感じはありましたので、全体で85点、プラス「技能賞」を進呈しましょう。 で、食後は深大寺の隣にある「都立神代植物園」を散策。ちょうどバラ園のバラやアジサイが見頃でしたし、何よりも広大な敷地に樹木が沢山生えているので、森林浴をしている気分が味わえます。また巨大な温室に展示されている熱帯植物も面白かった。私はここでカカオの実がなっているところを初めて見ましたが、カカオというのは幹の腹に実がつくものなんですね。私は木の実なんてものは、たいてい枝になるもんだと思っていましたが、やはり、熱帯の植物というのは奇妙なもんですな。 そして、せっかくなので深大寺のお寺にも軽く挨拶して帰宅。それから家内と私は東名をプジョーでかっ飛ばして名古屋まで戻ってきたという次第。昨日講演の仕事が片づき、リラックスしたところだったので、今日はちょうどいい息抜きになりました。明日からはまた大学での通常業務に戻ります。講演も大事ですが、大学での授業こそ本務なので、頑張ります。それでは、今日はこの辺で。
June 22, 2005
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あー、終わった、終わったーい! 講演、無事終了です。でも、疲れたー! 今日の東京は暑かった。実家から会場へ行くまでが大変でした。久しぶりに満員電車に乗ってもうその時点でくたくた。クールビズのご時世とはいえ、今日はさすがにネクタイしてないとまずいですからね。 それでまた、久しぶりに電車に乗ったので、「女性車両」とかいうのが設定されているのに気付かず、あやうくその車両に乗りそうになってしまったりして。 かくして電車を3つ乗り継いで、ようやく会場入り。ま、私は人前に立つことに関しては別に緊張しないのですが、それでも壇上から見ると何人か知った顔も混ざっているので、あまり下手な講演は出来ないなと気を引き締めつつ、講演スタート。でも1時間の講演なんて話し始めたらあっと言う間ですね。講演後、質問を受けましたが、答え易い質問だったので、スラスラと問題なく答えられました。で、プログラム終了。その後、何人かの人が私のところに来て、さらに質問などをしてくれたので、そこそこ興味を覚えてくれたのかなと。 ま、そんなこんなで、格別上出来というほどでもなかったですが、さほど大過もなく役目を終えることができました。緊張しないとは言ってもやはり少しは緊張していたのか、しゃべり終わった後で飲んだ清涼飲料水のうまいこと、うまいこと。会場もそれなりに暑かったですしね。 ということで、ここのところずっと準備に追われていた仕事が片づいた次第。やはり抱えていたものが一つ片づくと解放感があるなー。これで、ここしばらくは人から頼まれた仕事がないので、自分の仕事に手を着けられます。いつも、自分の仕事が後回しになってしまいがちなので、この夏は頑張るぞ! さて、今日は疲れたから早く寝ようかな。それでは、今日はこの辺で!
June 21, 2005
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いよいよ東京での講演が今度の火曜日に迫ったこともあり、昨日の日曜日は私にしては珍しく朝も早くから原稿書きをしていました。講演の時間は、講師紹介や質疑応答の時間も含めて90分なので、私の講演自体は60分程度でしょう。私の話は長くなりがちなので、現在完成している原稿ではまだ量が多過ぎる懸念があり、これから火曜日までの間に話す内容を若干絞らなくてはなりません。今日、月曜日は東京の実家に戻るつもりですが、ギリギリまで推敲を重ねるつもりです。 私は一応、人前で話をするプロですから、講演料もらって講演する以上、聴衆の皆さんには楽しんでもらいやす。 ところで他の人のことはいざ知らず、私の場合は、どんなものであれ原稿を書く時は大抵音楽をかけます。シーンとしたところでは筆が進まないんですね。というか、適当な言葉が出て来ないとき、あるいはこの先どう書き進めばいいか分からなくなった時など、その精神的な空白に耐えられないんですな。ですから常に部屋を音楽で満たして、その精神的空白をかき消したくなるわけ。 というわけで、私にとって原稿書きと音楽は切り離せないものなんですが、しかし、ではどんな音楽でもいいかというと、必ずしもそうではないんですね。取っ替え引っ替えCDをかけているうちに、個々の原稿に「テーマソング」みたいなものが決まってきて、その原稿を書いている間は、その音楽でないとダメ、という感じになってくる。 で、今回の講演原稿に関して言いますと、どうやらカナダ生まれの女性ミュージシャン、ジョニ・ミッチェルの『ヘジラ』(Hejira) というアルバムがテーマソングとなってしまったようで、このところ、原稿を書く時はこのアルバムばかりかけています。 ジョニ・ミッチェルというのは、フォーク、ロック、ジャズ、ポップスなど、多様な音楽の要素を採り入れ、ほとんどすべての曲を自作自演する人で、ボブ・ディランなどと共に多くのミュージシャンからリスペクトされている大御所。楽器に関してはピアノも弾きますが、やはりすごいのはギター。独習でギターをマスターしたため、ジョニのギターの弾き方にはかなり自己流なところがあるのですが、逆にそれが彼女のギターの特徴にもなっていて、独特の、ほとんど「呪術的」と言いたくなるような音色を作り出します。また彼女の書く曲は、その詩の内容、曲調、そして歌い方のすべてに強い喚起力があって、ほんとに一つの世界を作ってしまうんですね。ビートルズ、プリンスと並んで、私がもっとも好きなアーチストです。 というわけで、過去何度かそうであったように、今回もまたジョニの歌声に支えられてここまで原稿を書いてきたという次第。これで下手な講演なんかしたら、ジョニの面目まるつぶれですから(ジョニは気にしてないと思いますが)、ゴールまであともう少し、頑張ります。それでは、今日はこの辺で!Hejira が楽天内になかったので、代わりにジョニの代表作Blue をおすすめ! ↓
June 20, 2005
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昨日は日本アメリカ文学会中部支部の支部例会に参加してきました。 研究発表が2本あり、一つはアメリカの「ヤング・アダルト小説」について、もう一つは「ハリー・ポッターのアメリカにおける評価」というもの。どちらも大衆文学についての研究と言ってよいでしょうが、最近のアメリカ文学研究は、昔ならば見向きもしなかったであろう大衆文学の分野にも目を向けるようになっています。つまり「文学研究」と「文化研究」が相互乗り入れを始めているのですね。ま、それはそれで良いことだと思います。 ところで、後者の発表、つまり「ハリー・ポッターのアメリカにおける評価」という研究発表の中で、発表者が「アメリカでは『ハリー・ポッター』は「悪書」扱いされるところもあって、そういう地域ではこの本は没収され、山積みにされ、火をつけて燃やされたところもあった」というようなことを言っていました。なんだか魔女を火あぶりにするみたいで、物騒な話ですなぁ。 この発表に対し、フロアの方から、「『ハリー・ポッター』は善玉と悪玉が比較的はっきり分かれている勧善懲悪の物語なのだから、むしろ(どんな時にも自らを「善」と決めてかかる)アメリカ好みの物語と言えるのではないか?」という質問が出ました。もっともな質問です。 で、これに対しての発表者の応答が面白かった。アメリカで『ハリー・ポッター』が批判されるのは、この物語が魔法使い(悪魔)のことを扱っていながら、神が出て来ないから、だというのですね。ひゃーー、そうなんだ・・・。でも、それを言ったら『ロード・オブ・ザ・リング』だって同じようなものなのに、そっちは批判されないのか? と質問者が再度尋ねると、『ロード・オブ・ザ・リング』の方は人間が出現する前の、どこか遠いところの話だから、ノープロブレムなんだそうです。 もっとも、そんなことを言う人は少数派で、もちろんアメリカでも『ハリー・ポッター』はすごく売れているんですけどね。ただ中には原理主義的な観点からものごとを批判したがる人もアメリカには少なからず居る、ということなんでしょう。ま、確かにそれはそれで「アメリカ」の一側面なのかも知れません。何しろ、人間がサルから進化した、ということを学校で教えることに反対する人が、アメリカには結構沢山いるわけですからね。 ということで、なかなか面白い発表と質疑応答を聴くことができて、楽しくもためになる午後を過ごせたのでした。 さて、週末アフィリエイトですが、昨日に引き続き、「教授のパントリー・パート4」で扱っている名古屋名物のおいしいものをご紹介しましょう。「手羽先」とか「どて」とか、あるいは芸能人のファンも多いという「御園座アイス」など、名古屋ならではのものを沢山ご紹介していますので、ぜひクリックしてみて下さい。ここをクリック! ↓パントリー・パート4こんな感じだがね! ↓
June 19, 2005
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確か先月もそんな話をしたと思いますが、私の勤めている大学の給料日は毎月17日。というわけで、今月も無事にお給料をいただけたことに感謝しつつ、昨日17日はお昼に家内を連れて外食をしました。大学をさぼったんじゃありませんよ。毎週金曜日は研究日で、私は在宅勤務しているのです。 それで二人で食べに行ったのは「マーサ・エプロン」というサンドイッチのお店。愛知万博の会場の近くにある、こざっぱりとしたお店です。そしてここの自慢は「ステーキ・サンド」。ま、すごく上等なハンバーガーだと思っていただければいいでしょうか。出来合いのパテではなく、いかにも手作りのハンバーグを鉄板で焼いて、そのアツアツの奴をトマトやレタスや炒めたタマネギなどと共にバンズに挟んで食すわけ。何しろ毎日限定10食しか作らないというので、果たして我々の分は残っているのか不安でしたが、ラッキーなことにちゃんと二人分残っていました。 かくして無事注文の後、待つことしばし、運ばれてきたそれはなかなかおいしそうです。ただ、何しろジューシーな肉汁溢れるハンバーグのサンドイッチなので、食べているとその肉汁が滴り落ち、なかなか食べ方が難しい! ミルフィーユとか、あるいはモスバーガーなどと同じく、気取って食べるのに難渋する類のものでした。そんなこともあって、私も家内もなんとか上手に食べることに神経を使っているうちに、ついつい物も言わずにむさぼり食べてしまった。あー、人に見られないところでゆっくり味わいたかった・・・。でも結論から言うと、かなりおいしいものでしたよ。添えてあったピクルス(まるごと一個ドーンと置いてある)もおいしかったし、ポテトサラダもおいしかった。でも後者はもう少し量が欲しかったですね。 ところで、一気にステーキ・サンドを胃の腑に納めてしまってしばし呆然の我ら夫婦でしたが、これで帰ってしまったら、せっかくの「給料日ランチ」にしては若干、華やかさに欠けるなぁということになり、ここのお店の自慢の品であるフレンチ・トーストを一皿だけ追加注文することに。 ちなみにここのフレンチ・トーストは食パンではなく、フランスパンの輪切りを使ったもので、しかもその上にアイスクリームが添えてあります。実は私は熱いお菓子(ホットケーキとかベルギーワッフルみたいなもの)にアイスクリームが添えてあるようなデザート、つまり、熱いのと冷たいのが渾然一体となっている感じのデザートに目がないんですね。 でこのフレンチ・トーストですが、これはかなり印象的にうまかったです。つい先程得たばかりの教訓も忘れて、私も家内も無我夢中で平らげましたが、このデザートの熱さと冷たさを同時に味わうには、一気に食べるしかないですからね。 というわけで、我々は「マーサ・エプロン」自慢のステーキ・サンド(スープとドリンク付き)2皿とフレンチ・トースト1皿をいただき、2,600円を支払って店を後にしたというわけ。ま、リーズナブルじゃないですかね。このお店、ステーキ・サンドの他にも色々な種類のサンドイッチを売っているので、今度はまた別な種類のサンドイッチを食べてみようかな。 帰宅してからは少し読書し、前から読んでいたモハメッド・アリの評伝『モハメッド・アリ:その生と時代』(上・下)(岩波現代文庫)を読み終わりました。この本については、また後日ご紹介することにしましょう。そして、その後は火曜日に迫った講演の原稿書き。こちらはまだもう少し時間がかかりそうです。 ということで、昨日は給料日ランチを楽しみつつ、それなりに勉強もした一日となったのでした。 さて、先日「教授のお気楽日記」の中で、知られざる名古屋の味覚の一端をご披露しましたが、これを受けまして、週末アフィリエイトの第一弾は「食のワンダーランド」名古屋のうまいもんをご紹介しましょう。 先程「教授のパントリー・パート4」を完成させました。ここでは先の日記でもご紹介したおいしい名古屋の名産品を紹介していますので、ぜひクリックして見て下さい。これであなたも食の魔境に一歩足を踏み入れることができる・・かも! お中元にもいいですよ!ここをクリック! ↓パントリー・パート4 たとえばこんな感じだがね! ↓
June 18, 2005
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毎朝、新聞を読むのは私にとって大きな楽しみの一つですが、新聞に折り込まれているチラシ、あれを読むのも私は好きです。チラシというのは、案外季節を反映するもので、たとえばスーパーのチラシに鍋物の広告などが載ると「ああ、冬だなー」と思いますし、カラフルなパステルカラーの服の広告などがデパートのチラシの一面を飾ると、春が来た! と思います。 で、私にとって「夏」を感じさせてくれるチラシはといいますと・・・ 電気屋さんか、ホームセンターか、とにかくそんな系統のチラシに扇風機の広告が載ると、「夏が来たなあ!」と思うんだなー、これが。それで今朝の新聞にそんなチラシが入っていたものだから、私はすっかり嬉しくなってしまったんです。 私が子供の頃は、普通の家庭にはエアコンなんてなかったですからね。夏になれば扇風機。これしかないわけですよ。それで、夏になると母が押し入れのどこか奥の方から扇風機を出してくる。と、それで正式に夏が来た、ということになるのですな。となれば、それはつまり夏休みも近いということですから、その年初めて扇風機が登場した日は、子供心に嬉しかった。どこの子供でもやるように、回転する羽根に向かって「あーーーーーーー」なんて言ってみたりしてしてね。 ま、扇風機というのは、どういうわけか私の中で夏草の匂いや風呂上がりの天花粉の匂い、あるいは虫取りの興奮、冷えた麦茶、茹でたてのトウモロコシ、スイカの赤い色・・そういう夏の記憶と固く結びついているものだから、今だに扇風機の広告を見ると、嬉しくなってしまうのでしょうね。もっとも、今の私の家には、扇風機はないのですが。昭和も遠くになりにけり・・・ですかね。 それにしても扇風機というのはシンプルな機械ですなぁ。モーターの回転でもって羽根を回転させているだけなんですから、どこにも嘘やごまかしがない。清廉潔白、真っ正直にやってます、という感じがしますね。そこへ行くと、エアコンっていうのは、どっか見えないところで悪いことやっているって感じがするな。環境にいいわけないな。 というわけで、今日は「教授、扇風機の広告に夏を見た」の巻でした。今日もいい日だ。
June 17, 2005
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今日は教育実習に行っている学生の研究授業の参観のため、名古屋の南、知多半島の付け根あたりにある高浜市の某中学校に出張に行ってきました。 私の勤めている大学では、年に1、2回、教育実習生の授業参観という仕事があり、その都度我々教員が各地の中学校や高校に出向くことになっています。この仕事、内心面倒臭がる人もいますが、私は割と好きです。というのは、こういうことでもないと絶対に出かけないところに出向くことになるからで、いわばちょっとした小旅行のような気分に浸れるからです。というわけで、今日も地図を頼りに知らない道を通り、愛車を飛ばして高浜まで行ってきた次第。 ところでこの種の出張における密かな楽しみは、ちょっとした寄り道にあります。そこで今日も授業参観の重責を果たした後、大学に戻る前に、昼休みの時間を使って出張先の中学校のすぐそばにある「高浜市やきものの里 かわら美術館」というところに立ち寄ってみることに。 行ってみると、なかなか立派な建物です。美術館に併設される形でフランス料理のレストランまである。もっとも時間がないので、のんびりランチを食べている暇もなく、お腹を空かせたまま展示室へ直行。もちろん今日は何の予備知識もなくここを訪れたわけですが、ちょうどタイミングの良いことに、今は川瀬巴水という人と関野準一郎という人がそれぞれ独自に東海道五十三次を描いた、その一連の版画の展覧会の真っ最中でした。 ところで、東海道五十三次というと、どうしても安藤広重のことが思い浮かびますが、この展覧会では、川瀬氏・関野氏、それぞれが広重を意識しつつ、広重とは違った角度から五十三次を描こうとしているのが興味深いところです。 たとえば広重が五十三次の風景の中にしばしば「人の暮らし」を描き込んだの対し、川瀬巴水は、そうした人の暮らしよりもむしろ「自然の美」に焦点を当てて、それを忠実に描こうとしているところに特徴があります。その結果、彼の作る版画はやや絵葉書風なものに陥りがちなのですが、それでも彼はそれを是としたらしい。というのも彼の生きた時代には、一生のうち一度も旅をする機会に恵まれない人が沢山いたのであって、彼はそういう人たちに、東海道の風光明媚な名所を見せたいと思った。それが彼の製作動機だったというのだから、彼の版画が絵葉書風になるのも当然でしょう。絵葉書風の絵なんて言うと現代の我々はすぐに馬鹿にしがちですが、昔の美術作品にはそういう一面もあったのですね。 一方、現代に近い時代に生きた関野準一郎氏の五十三次となると、これは川瀬巴水とは逆に、平凡な絵葉書風の風景描写になるのを極力避けようとしたところが明確に見て取れます。そしてその結果、彼の描く五十三次は広重のものとはまったく異なったものとなっている。黄金色に広がる秋の田畑風景を鳥瞰で描いてみたり、月明かりで屋根瓦に映った富士の姿を描いてみたり、はたまた工場やプレハブ住宅が立ち並ぶ町の様子を描いてみたり、とにかく意表をついた五十三次になっているわけ。そうした斬新な角度で捉えた五十三次は、時に現代絵画のような印象を見るものに与えることもあり、伝統と新解釈がせめぎ合っていて、それはそれでなかなか面白い。 わずかな時間でしたが、これら二人二様の五十三次を見ることができたので、なかなか面白かったです。しかもわずか200円の入館料でこれらを見ることができたのですからお得でした。ちなみにここは「かわら美術館」ですから、常設点として様々な瓦の展示も見ることができます。大昔の瓦とかも色々あって、瓦に詳しい方が見たら、それはそれで楽しめる展示なのかもしれません。もっとも、さしもの私も瓦の善し悪しまではさっぱりわかりませんので、猫に小判状態ではありましたが・・・。 というわけで、今日は出張にからめて、楽しい寄り道をした一日でした。今日も、いい日だ。 ところで、古い瓦からの連想というわけでもないのですが、しばらく放っておいたフリーページの「教授のアンティーク・ショップ」を今日確認してみたら、なんとそのほとんどが売れてしまっていました。アンティークですから商品のほとんどが一点もので、それが売れてしまうともう在庫切れになってしまうわけですね。そこで、ちょっと新しい商品を補充しておきましたので、興味のある方は下の文字列をクリックして見て下さい。ここをクリック! ↓教授のアンティーク・ショップちなみにここではこんな商品を扱っています。 ↓
June 16, 2005
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今、私は大学で「英語講読」の授業をいくつか担当しているのですが、これは毎年苦労する授業の一つです。 というのも、「英語講読」という以上、何か英文を読ませなければならないのですけど、エッセイを読ませれば「つまらん」と言われるし、小説を読ませれば「わからん」と言われるし、もう何を読ませればいいのか、毎年悩まされるからです。 で、今年は試しに映画がらみでやってみるかと思い、『12人の怒れる男』という、いまから50年ほど前のアメリカ映画のシナリオを読むことにして、毎回、読んだ分だけ映画を見るというふうにしてみたのです。そうしたら、これが意外なほど好評なんですな。 『12人の怒れる男』というのは、殺人容疑で死刑を問われている少年の有罪・無罪を決定する12人の陪審員たちの話し合いの模様を描いた名優ヘンリー・フォンダ主演の法廷劇です。映画全編を通じてほぼ陪審員室に限られた一種の密室劇ですから、アクションシーンというのは皆無。しかし市民の中から任意に選ばれた12人の陪審員たちが、それぞれの立場や人間性をさらけ出しつつ展開する白熱の議論の模様は、「アクションなきアクション」に満ちており、見ているうちにそれが密室劇であるということを忘れさせます。冒頭ではすぐにでも死刑の判決が出そうだった陪審の行方は、12人の男たちの激しい議論の後に、どうなったのか。興味のある方はぜひビデオでこの作品を見て下さい。 で、上に述べたように、この映画の脚本を読み、読んだ分だけ映画を見るというシステムで毎週授業を行なっているのですが、学生たちとしては、自分たちが今読んだばかりの脚本が、実際に映画になるとどういうふうになるのかすぐ分かるので、とても面白いようです。また、たまに脚本の中にニュアンスがよく分からない文章が出てきても、その場面を映画で見ると「なるほど、そういうことか」と納得できるみたい。 それにアメリカの「陪審制度」というものがどういうものなのか、その良い点・悪い点も含めて、この映画を見るとほんとによく分かりますからね。また、丁度タイミングよく、まさに今日になってマイケル・ジャクソンが12人の陪審員から無罪の評決を勝ち取ったというニュースも飛び込んで来たリしたので、その点でも興味が出たみたい。授業のあと、学生たちが「この授業面白いね」などと話しているのを耳にすると、こちらもすっかり嬉しくなってしまいます。 もっともよく考えると、私の授業が面白いのではなくて、映画が面白いのですけどね。 しかし、そうは言っても、こういう授業形態を導入したのは・・・ ワタクシですからーーーー!
June 15, 2005
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昨晩のことですが、ついに食べてしまいました、今季初の冷し中華! 昨日の名古屋は気温30度を越す暑い一日となりましたが、真夏を思わせる日の夕食としては、まさにうってつけでしたね。おいしかったー! ところで名古屋では、冷し中華にマヨネーズを添えるのが常識。知ってました? 名古屋に移り住んで10年以上、かなり名古屋的価値観に洗脳されてきた私ではありますが、まだマヨネーズを添えた冷し中華には抵抗があります。べらんめえ、冷し中華ってのはなぁ、カラシを添えるもんでぃ! それにしても、東京から来た異邦人として名古屋の食文化を見ると、仰天することが多々あります。まあ、奇想天外な食いモンがあるわあるわ。しかしそれより驚くのは、名古屋の人たちが自身の奇抜な食文化に全然気付いていないことです。名古屋の人というのは、一種の中華思想でもって、自分たちのやっていることが世界の標準だと思っているので、他の文化圏と比較しようなんて思っていません。だもんで、せっかくユニークなおいしいものを沢山持っているのに、それを名古屋以外の土地へ持って行って売ろうという発想がないんですな。その点では大阪と好対照です。大阪の人たちは「食い倒れ」とかなんとか言って自分たちの食文化を誇りますが、名古屋の食文化の多彩さ、奇抜さと比べたらモノの数ではない。 もちろん、名古屋の食文化のうちでも「ういろう」とか「天むす」とか「きしめん」あたりは有名でしょう。それに「味噌かつ」とか「手羽先」くらいなら結構知られているかな? 「味噌煮込みうどん」も有名かも知れない。しかし「味噌煮込み」あたりになってくると、その知名度はちょっとあやしい。「うどんを味噌で煮込んだものでしょ」といった程度の理解で本場の味噌煮込みうどんを前にしたら、まず仰天しますよ。私も最初に味噌煮込みを食べた時には、たじろぎました。どう考えても「生煮えだ」としか思えないほどうどんが堅いんですから。あと「若鯱屋のカレーうどん」もあるな。あと麺類で言えば名古屋オリジナルなのになぜか「台湾ラーメン」と呼ばれるラーメンとかね。 そこから先はもうワンダーランドですな。たとえば「どて」とかね。「味噌味のおでん」とかね。「あんかけスパ」とかね。いや、あんかけスパなら、まだ同胞の理解を得られそうですが、「小倉スパ」となるとちょっと厳しいですよ。 小倉といえば、「小倉ネオ」も名古屋人の間ではポピュラーですが、これも私はこちらへ来て初めて接した食べ物です。「しるこサンド」も名古屋だけで有名ですね。「シロノワール」ともなると、名古屋以外の人にはそれが何かすらわからんでしょう。 逆に、一般に名古屋の人は「海老フリャー」が異常に好きだと思われていますが、私はそんなふうに感じたことはありません。 ちなみに私が名古屋の食べ物で一番の傑作だと思うのは、「ひつまぶし」です。一度これを食べてしまうと、いかに関東びいきの私ですら、東京で鰻を食べようなんて気がなくなります。 この他にも、ぱっと思いつかないだけで、名古屋には「!?」な食べ物がたーくさんあります。まさに「食のワンダーランド」。名古屋の人が自分で宣伝しないので、せめて私が食の伝道師となって、時々この「お気楽日記」でもご紹介していきましょう。乞うご期待、です。 あ、それから食文化の他に名古屋の人が己の特殊性に気付いていないことがもう一つありました。いや、多分名古屋の人だけでなく、私以外の誰も気付いていないと思いますが、それは「名古屋には双子が異常に多い」ということです。この点についての考察は、また後日。
June 14, 2005
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実は、来週の火曜日に東京の某所で講演をすることになっているので、今はその講演原稿を書いています。前から決まっていたことではあるのですが、直前にならないとなかなかエンジンが掛からないいつもの悪い癖が出て、この時期まで放っておいてしまった。しかし、さすがにそろそろ手を着けなければヤバいということで、昨日の日曜日は気合を入れて書きました。何を書くかさえ定まれば、私はライオンのように猛然と書きます。原稿用紙で言えば、一日に20枚でも30枚でも書こうと思えば書けます。問題はむしろ、書きすぎて講演時間をオーバーしてしまうことです。 で、ようやくエンジンが掛かって、いいペースで筆が進んだので、夕方、家内を連れて車で20分ほどのところにある喫茶店にお茶を飲みに行きました。「Flavor(フレイバー)」というお店なのですが、先日某フリーペーパーにお店の広告が載っていて、そこに出ていた「アイスクリームを乗せたチェリーパイ」の写真がとてもおいしそうだったので、試してみようという気になったわけ。 しかし行ってみたら、残念ながらお目当てのチェリーパイはすでに売り切れ! 残念! しかも「プランB」だったパンプキンパイも売り切れ。残っているのはシフォンケーキが数種類とキャロットケーキなど。仕方がないので、家内がメイプルのシフォンケーキ、私はキャロットケーキを注文し、それぞれ味の異なるフレーバー・ティーを頼みました。 ところで席について大分経ってから気付いたのですが、このお店、店員さんが妙な格好をしているのです。看護婦さんのような、というか、赤ん坊の帽子のような、というか、フランダースあたりの民族衣装のような、というか、とにかく白い妙なものをかぶっている。なんじゃ、ありゃ? と思って店の中を見渡すと、「アーミッシュ・カフェ」のポスターが。なるほど、そういうことね。 「アーミッシュ」というのは、アメリカ・ペンシルヴァニア州に住んでいる特殊なキリスト教徒の一派で、自動車などの文明の利器を否定し、なるべく自然に近い形で暮らしを立てていこうとする人たちのこと。アーミッシュについては日本では映画『目撃者 ジョン・ブック』でちょっと知られるようになりましたね(映画自体はお笑い種だと私は思いますが)。で、店員の方が着ていた妙な帽子も、結局アーミッシュの女性がかぶる帽子だったらしい。この店は、アーミッシュのレシピで作った自然派ケーキを売る店だったわけですな。特にシフォンケーキが自慢のようです。 で、実際に食べてみると、これがうまい。私も家内も本来シフォンケーキがとりわけ好きな方ではないのですが、ここのはおいしいと思いました。さすが自慢するだけのことはある。また私が注文したキャロットケーキの方もおいしかった。お店の解説によると、このキャロットケーキは、1960年代にアメリカのヒッピーたちが「自然に帰ろう!」を合言葉に素朴な野菜のケーキを作り始めた、そのレシピに依っているのだとか。ほう。ヒッピーもけっこういいもん喰ってたんじゃないですか。 ただこのお店、私が「街中のいい喫茶店」の条件として挙げるものの中で、「洒落た雑誌が置いてあること」という条件が欠けていますね。雑誌って言ったって、『週刊ポスト』とか『フライデー』みたいなオヤジ雑誌じゃないですよ。『エスクワィア』とか『フィガロ』とか『エル・デコ』とか、その種のライフスタイル提案誌。そういう洒落た雑誌が置いてあると、私のその喫茶店に対する評価はぐっと上がるのですけどね。アーミッシュ・スタイルだから、雑誌みたいな欲望増幅装置なんて置いてちゃいけないのかな? ま、それはともかく、おいしくて、しかも健康的なケーキと紅茶をいただいて、優雅でかつ禁欲的な、アーミッシュ的ひとときを過ごすことができたのでした。さて、もういっちょ頑張って、原稿書くぞ! ところで楽天で調べたら、このFlavor というお店、ちゃんと出店してますね。されば週末最後のアフィリエイトは、フレイバーご自慢の自然派ケーキのご紹介と行きましょう。シフォンケーキの他にも、素材に気をつかったアーミッシュ・スタイルのお菓子を宅配してくれるようですから、下の写真をクリックしてお店を覗いてみて下さい。ここをクリック! ↓
June 13, 2005
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私は週末になると「ウェット・シェーヴィング」の快楽に浸ります。 もともとヒゲが濃い方ではないので、ウィークデーには電気シェーヴァーでさっとヒゲ剃りを済ませてしまうのですが、時間に余裕がある週末には、顔を泡だらけにし、愛用の剃刀を使ってじっくりと剃る。するとシェーヴァーが見逃していたくせ毛や産毛もきれいに剃れるので、とても気分がいい。いかにも週末だなーという感じがしてきます。 そういえば少し前のこと、姉から唐突に「あなたはいつ頃からヒゲを剃り始めたの?」と聞かれたことがありました。姉のところの長男、すなわち私の甥が今年中学3年生になってヒゲが生えるようになってきたらしく、そろそろ電気シェーヴァーを買い与えようかと検討していて、ふと私に聞いてみる気になったらしい。 姉にそう聞かれて、自分が一体何歳の時からヒゲを剃り始めたのか、思い出そうとしたのですが、なかなかはっきりとは思い出せませんでした。多分高校2年生くらいの時ではなかったかと思いますが、ただヒゲを剃るような年頃になったということが何となく気恥ずかったことだけはよく覚えています。考えてみれば、別に恥ずかしいことでも何でもないのですが。 その後私にとってヒゲ剃りは実際に「何でもないこと」になり、単なる朝の習慣となり果てました。眠い目をして電気シェーヴァーを顔の上に這い回らせる。それが私にとっての「ヒゲ剃り」となったわけです。ま、大抵の人にとって、ヒゲ剃りとはそういうものでしょう。 しかし、最近になって私はヒゲ剃りにかなり気合が入るようになりました。きっかけは、このところ何だか自分の肌の肌理が荒れてきたなぁという感じがしてきたことです。普段は意識しないけれども、写真に映った自分の顔を見ると愕然とする。で、それを家内に相談したところ、「そりゃ、肌の手入れを全然していないんだもの」と一喝され、それから肌の手入れということも含めて、「ヒゲ剃り」ということを少しは真面目に考えるようになったわけ。 で、ものの本を調べると、やはり電気シェーヴァーに頼りきるというのは、肌のためにはよくないらしいですね。毎日とは言わずとも、たまには昔ながらの剃刀で顔をあたった方がいいらしい。ウェット・シェーヴィングをすることで、ヒゲだけでなく肌の老廃物までも物理的にこそげとることができるためで、これが肌の活性化を促すことにつながるのだそうです。ただ重要なのは、ウェット・シェーヴィングを行なった後、アフターシェーヴ・ローションかクリームの類を忘れずにつけることで、これをやるとやらないでは10年後の肌が全然違ってくるのだとか。 私がこのところ週末になると剃刀を使った本格的なヒゲ剃りをし、その後ローションなどを使って肌の手入れをするようになったのには、上に述べたような経緯があったのです。でも実際にやって見るとやはり全然違いますね、肌の感じが。もう今の私なんて、お肌ツルツルの卵肌ですぞ。(だからどうした、と言われそうですが・・・) それにやってみると、週末ウェット・シェーヴィングって結構気持ちいいものなんですよ。1週間のけじめがつく、と言ったらいいでしょうかね。 ということで、週末アフィリエイト第二弾は、シェーヴィング特集です。フリーページの「教授のグルーミング」「グルーミング・パート2」から、ウェット・シェーヴィングにふさわしい道具をいくつかご紹介しましょう。題して「ウェット・シェーヴィン具」特集、なーんてね。モノに凝るのは教授の悪い癖ですが、これをお読みの男性の皆さん! 「教授のおすすめ!」の絶品シェーヴィン具で、快適なヒゲ剃り体験をお楽しみ下さい。これらをクリック! ↓
June 12, 2005
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今日は前から気になっていた映画で『グッバイ・レーニン』というのを見ました。(以下、ネタバレ注意です) 舞台は東西ドイツ統合直前の東ドイツ。夫が愛人と共に西ドイツに亡命した後、その反動から社会主義の急先鋒となって活躍するようになった母親が、ある時、自分の息子(アレックス)が反政府デモに参加しているところを目撃して心臓発作を起こし、そのまま昏睡状態に陥ってしまうというあたりから、話は始まります。 しかしその反政府デモは、押しとどめることのできない歴史の流れの一端であったわけで、当時の東ドイツではすでに社会主義が破綻し始め、ベルリンの壁を抜けて西ドイツへ亡命する人々が絶えない状態にあった。そしてアレックスの母親が昏睡状態にあるうちに、ついに東西分断は限界点に達し、ベルリンの壁が崩壊して東西ドイツの統合がなされます。またそうなれば、資本主義世界の波が旧東ドイツを覆い尽くすのは時間の問題で、コカコーラやバーガーキングなどのアメリカ的物資が怒濤の勢いで流入してくる。 ところが間の悪いことに、旧東ドイツ社会の崩壊が生じたまさにその時、例の母親は昏睡状態から目覚めてしまいます。しかも医者に言わせると、もし彼女がもう一度強いショックを受ければ、間違いなく死んでしまうとのこと。彼女が社会主義の崩壊を知れば、それが致命的な打撃となることは明らかです。 で、そこからこの映画の主人公たる彼女の息子・アレックスの涙ぐましい努力が始まります。病院から家に戻った母親に、東ドイツが消滅したことを悟られてはなるまいと、彼は家の中から西側文化を象徴するものをすべて排除し、流行の服を脱ぎ捨てて古着を身につける。旧東ドイツのあるメーカーのピクルスが食べたいという母親のために、ごみ箱をあさり、捨てられていた古い瓶を探し出しては「資本主義製」のピクルスを移しかえるというような、端から見れば滑稽な、しかし本人としては大まじめな奮闘努力が続くわけ。 しかし、そうは言っても西側文化の怒濤の流入を完全に遮断するわけにはいきません。母親も少しずつ、何かが変だと勘づき始めてしまう。そこでアレックスは、友人の協力を得て偽のテレビ番組をビデオ撮影し、それをいかにもテレビ放送であるかのように母親に見せるようになります。そしてこの偽テレビ放送の中では、社会主義がついに資本主義に対して勝利を収め、事実とは逆に西ドイツの住民が大挙して東ドイツに保護を求めて移住してくる、という歴史改変が行なわれていく。つまりベルリンの壁の崩壊は、東側が西側の避難民を受け入れるために行なわれたのだ、ということになっていくのです。 そういう形でアレックスは母親を騙し続けるのですが、映画が進行するにつれて、実は母親の方もある点でアレックスを騙していたということも分かってくる。彼女の夫、すなわちアレックスの父親は、家族を捨てて愛人と共に西ドイツへ亡命した、ということになっていたのですが、実はそうではなく、もともとは家族全員で西ドイツに亡命する計画だった、というのです。しかしアレックスの母親には、夫の後を追って祖国を捨てる勇気がどうしても持てなかった。つまりむしろ彼女の方が夫を捨てて祖国をとった、というのが真実だったのです。その後の彼女の社会主義への入れ込みようは、結局彼女の「人生最大の過ち」を正当化するための苦しい芝居でもあった。 そのような母親の秘密が明らかになるということもありながら、結局、アレックスが作り出した偽りの幻想を受け入れる形で、母親は東ドイツの崩壊を知らないまま、息を引き取ることになります。あるいは知っていたかもしれないけれども、知らないふりを通した。アレックスと彼の母親は、旧東ドイツの幻想を最後まで持ち続けるというゲームをやり抜いたわけです。 しかしそれは母親を延命させるためのゲームだったと同時に、かつては世界中で多くの人々が希望を抱いた社会システムとしての「社会主義」というものを、他の人々よりも少し長い時間をかけて追慕することでもあった。アレックスの芝居は、「母親」と「社会主義」という、共に死んでいくものへの挽歌でもあったのです。 ソ連の宇宙船ソユーズの打ち上げ成功のシーンから始まったこの映画は、最後、アレックスが母親の遺灰をペットボトルのロケットで空へ打ち上げるシーンで終わります。社会主義がもっとも輝いていた時の、ロケット打ち上げ成功の栄光と比べると、ペットボトルのロケットはあまりにもお粗末に見える。しかしそれこそが現実なのであり、母親を最後まで看取ったアレックスは、それがどんなにかつての栄光や理想とかけ離れたものであれ、これからこのお粗末な社会の現実に突入していかなければならない。母親の遺灰を乗せたペットボトルのロケットは、そういうアレックスの人生のスタートを告げる、記念の打ち上げ花火でもあったといえるでしょう。 ま、こんな感じの映画でした。そんな感動の大作という感じではないですけど、なかなか爽やかな小品という感じで、気持ちのいい映画でした。点数をつけるとすると、82点くらいですかね。一見の価値はあります。教授のおすすめ!です。 さて、今日は土曜日ですので、恒例の週末アフィリエイトといきましょうか。今日は各種サプリメントをご紹介いたします。眠れない時に飲む「バレリアン」、風邪気味の時に飲む「エキナセア」&「ゴールデンシール」、目が疲れた時に飲む「ブルーベリー」、そして今話題のコエンザイムQ10など、私が日頃愛用している健康サプリメントを一挙ご紹介していますので、ぜひ下の文字列をクリックしてみて下さい。ここをクリック! ↓リラックスタイム・パート3
June 11, 2005
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我が家でとっている新聞では月に一回「追悼抄」というコーナーが設けられ、最近亡くなった著名人を悼む追悼文が載せられるのですが、今月分のこのコーナーでは、岡田史子という漫画家についての追悼文が載っていました。今年の4月3日に心不全で亡くなったのだそうです。享年55歳。 実を言うと私は子供の頃、漫画雑誌を読む習慣がまったくなかったので、漫画の世界にはかなり疎い方だと思います。そういうこともあって、私はこの岡田史子という人について今まで何の知識もありませんでした。しかし、新聞に載っていた記事を読むと、この人の人生はなかなかに劇的で、妙に気を惹かれるところがあります。 その追悼文によると、岡田史子が漫画の世界にデビューしたのは彼女が17歳の時。デビュー作は手塚治虫主催のマンガ誌「COM」に掲載された「太陽と骸骨のような少年」という作品で、「当時の感受性の強いマンガ少年・少女に与えた衝撃は、今なお伝説」となっているのだそうです。ムンクを思わせるタッチ、難解な詩のような会話、作品を覆う憂鬱と狂気など、文学的感性をマンガの世界に持ち込み、後の萩尾望都、大島弓子、山岸涼子など、少女マンガの革新に大きな役割を果たした漫画家たちに大きな影響を与えたのだとか。 ところがその鬼才・岡田史子は、人気の絶頂にあった21歳の時に自殺を試み、幸か不幸かそれは未遂に終わったものの、その後の彼女の漫画からは以前のようなオーラが失われてしまった、というのです。結局、わずか4年という短い期間にその才能と情熱を燃やし尽くして、後の人生は余生として過ごしたようなのですね。語るものを失った漫画家にふさわしくと言うべきか、彼女の最期は何だかもの寂しいもので、風呂場で発作を起こして亡くなっていたのを、息子さんが発見したのだそうです。 そんな岡田史子の生涯を聞かされると、この人はその若さで何を表現したかったのか、またその後の人生をどういう気持ちで過ごしていたのか、とても気になります。新聞の記事によると、飛鳥新社というところから、初期の作品が刊行されているようなので、いずれ買って読んでみようかと思っている次第。 ただそんな私にとって一つ気になるのは、この人が手塚治虫主催の漫画誌からデビューしたということです。というのも、私はどういうわけか手塚治虫の漫画が嫌いで、しかも手塚治虫の息の掛かった漫画家、要するにトキワ荘系の漫画家の作品が皆苦手だからです。ま、実際に読んでみないと分かりませんが、ひょっとして私は岡田史子の書く漫画も苦手かも知れません。 冒頭で言いましたように、私は子供の頃、漫画雑誌はほとんど読んだことがないのですが、テレビのアニメはよく見ました。で、その中で嫌いだったアニメのことを思いだすと、不思議なことにすべてが手塚漫画なのです。私は『ジャングル大帝』が嫌いで、『ワンダースリー』が嫌いで、『リボンの騎士』が嫌いでした。それから『サイボーグ009』が嫌い、『秘密のアッコちゃん』が嫌い、『ドラえもん』が嫌い・・・ですから、藤子不二雄・石ノ森正太郎・赤塚富士雄といったトキワ荘系の漫画家も全滅。逆に好きだったのは『妖怪人間ベム』『魔法使いサリーちゃん』『鉄人28号』『ルパン三世』(ただし第1シリーズのみ。後は論外)『サスケ』『宇宙戦艦ヤマト』といったところで、どれも皆、非手塚系、非トキワ荘系の漫画家ばかりです(でしょ?)。これは一体どういうことなんでしょうか。 私はこのことに気付いてから、色々な知人にこの謎を投げかけたのですが、今のところ納得できる答えを得ていません。それどころか、そもそも会話自体が成り立たないことが多い。というのも、漫画というのは年代によって読んでいるもの(見ているもの)がまるで違うので、同年代の人でないと会話のスタート地点に立てないのです。一方、私と同年代の友人・知人の中で、私のように手塚系漫画・アニメがほとんど駄目、という人間にはいまだ会った事がない。ですから、私の感じ方はなかなか理解されないのですね。 それでも私は私なりに、なぜ自分が手塚漫画が嫌いなのか考えるのですが、現段階での私の仮説はと言いますと、手塚漫画の世界では善玉と悪玉しか出て来ないのではないかと。つまり白黒のはっきりした2元論的発想があって、それが私には気に入らないのではないか、というものです。 私は四方田犬彦氏の怪著『漫画原論』なども読んでいますから、手塚治虫が日本の漫画史の中で果たしてきた革新的な役割についてはよく知っています。しかし、それにも係わらず、どうも彼の漫画には、いい人間と悪い人間、強い人間と弱い人間の間の戦いしか描かれないのではないかという気がしてしょうがない。 なお付け加えると、こういう手塚的善悪2元論から大きく飛び出し、3元論、ないし4元論の世界を作りだしたのが宮崎駿ではないかと私は思っています。『カリオストロの城』以降、『ナウシカ』にしても『もののけ姫』にしても、善悪の2項対立では割り切れない第3の立場、第4の立場の人たちが出てきて、それらが複雑に絡み合うわけですが、こういうポリフォニックな世界を明確に打ち出したのが宮崎アニメだろうと思うのです。 ま、世に手塚ファンは多いですから、私が手塚漫画の世界を2元論の単純な世界だなどと批判的なことを言うと、いや、そんな事はないと反論される方が大勢居ると思います。でも、たとえ少数派でもいいですけど、どこかに私のように感じる方はいらっしゃらないでしょうか。同方向の考え方を持った方と話し合わないことには、自分の考え方をさらに深く検討し、批判に対して理論武装することができません。 ということで、岡田史子さんの漫画のことをよくご存じの方、そして手塚漫画が嫌いな方、いらっしゃいましたら、色々とご教示下さい。よろしくお願いいたします。
June 10, 2005
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昨日はサッカーの日本代表がWカップ出場を決めましたね。よかった、よかった。私はサッカーに対してはそれほど情熱がないので、テレビ観戦をするつもりもありませんでしたが、何時ごろだったか、本を読んでいたら窓の外から地響きのようなどよめきが聞こえてきたので、「あ、日本が点を入れたんだな」と分かった次第。何だか、日本中がテレビにかじりついているようでしたね。 で、その後、各局が夜のスポーツ番組で試合のハイライト・シーンを繰り返し放映していたので、柳沢のスライディング・シュートや大黒の突破シーンを何度も見ることができました。 ところで、色々あった番組の中で私が一番興味深く見たのは、某局が「ジーコ・ジャパン」の足跡を辿った番組です。 サッカーはバックス、ミッドフィールダー、フォワードで守備・攻撃態勢を組むわけで、この態勢を4-4-2で組むか、3-5-2で組むか、あるいはもっと他の組み方をするかで戦略が異なってくるわけですが、ジーコは基本的には4-4-2のチーム作りをしたかったらしい。しかし、どうもこれがうまく機能せず、監督も選手たちも色々迷ったらしいのですな。 それで、最終的にはキャプテンの宮本と中田英が、自分たちのやりたい3-5-2(ないし3-6-1) のシステムを試させてほしいとジーコに直談判し、そのあたりから少しずつチームが機能するようになってきたというようなんですね。 ま、私はサッカーのことに詳しくないので、正確な理解をしているかどうか分かりませんが、それにしてもサッカーというのは、守備・攻撃態勢の組み方のちょっとした変化で、それほどやり易くなったり、やり難くなったりするものなんですな。サッカー好きの人には当たり前のことなんでしょうけど、私にような素人にすると、そのことを知っただけでも「へー」と思ってしまいます。 ま、それはいいとして、私が少し疑問に思うのは、そういうジーコ・ジャパンのあり方です。 私はよく知りませんが、ジーコはサッカーの神様なわけでしょう? それが監督をしているのだったら、日本チームの戦略として、どのシステムが一番機能するか判断して、その路線で練習をさせるべきではないでしょうか? 選手の方が監督の部屋に直談判しに行く・・・一緒にテレビを見ていた家内は、「これじゃまるで中学か高校の部活じゃないの」と言っていましたが、ほんとにそうですよね。 それに大体、バックスを3人にする、というのは、ジーコの前に日本チームの監督をしていたトルシエの戦略だったんじゃないですか? 私はトルシエ監督はなかなかしっかりした監督だと好意的に思っていましたが、なぜか批判が多く、首にされてしまいましたよね。私は日本チームのように傑出した「点取り屋」がいないチームでは、チームのシステムで戦うトルシエの指導法の方が効果的なのではないかと思うのですが、どうなんでしょうか。 とまあ、色々思うことはありますが、でもとにかく、日本選手は頑張りましたよ。Wカップに出るなんて、大したもんだ。サッカーファンというよりは、日本人として、おめでとうと言いたいですね。
June 9, 2005
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毎年毎年、色々な名前の学生相手に授業をするわけですから、私は人名に関しては割と強い方で、珍しい名前でも大抵は読めます。大体、教職に就いている人は皆そうです。ですからたとえば「毛受」なんて苗字の学生がいても、ははーん「めんじょう」君ね、と読めてしまうわけ。 とはいえ、やはり世界は広いわけで、意外な苗字に出会うことも多い。また下の名前の変わった学生も沢山います。 今年度私が受け持っている授業で、私が「ほ、ほう」と思った面白い名前の学生は二人。両方とも女子学生です。一人は「こうこ」さんで、呼び方はそれほど珍しくありませんが、漢字がすごい。「衡子」さんと書くのです。「均衡」の「衡」ですね。こういう字の名前には初めて出会いました。もう一人は「理現」さんです。私は「さとみ」さんかと思いましたが、これで「あやみ」と読むのだそうです。ほ、ほう。参りました。 しかし、衡子さんはバランスのとれた人格を得られるように、また理現さんは理性的な人格が現れるようにと、つけられたのでしょうね、きっと。名前というのは、親御さんの子供に対する様々な願いがこめられているようで、そのことを考えるとほのぼのとします。 もっとも、時々「残念でしたー」という感じの人もいますけどね。その場合は、名前負けですな。 ちなみに私が聞いたところによると、女の子の場合、「明子」とか「美智子」といったような、「子」のつく名前の女の子は賢い子が多いそうですね。ま、データの信憑性は保証できませんが、古風な名前をつけるのは、古風な家庭が多く、しつけもいいということなんでしょうか。 それから、もう一つ私が聞いたところによると、「久美子」という名前の女の子には美人が多いのだそうです。これは根拠がさらに曖昧ですが、驚くべきことに、少なくとも私の知る範囲では、かなり当たっています。一体、これを調べた人は、何が目的で、どうやって調べたのですかね? ちなみに私の家内は、名前に「子」がつく賢い女性です。そして読み方としては割とよくある名前ですが、漢字で書くと誰も読めません。そして「久美子」ではないですが、すごい美人です。さあ、私の家内はなんと言う名前でしょう・・・とわけの分からないクイズを出しつつ、今日はこの辺で。(答えは・・・教えてあげません)
June 8, 2005
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随分前に雑誌に載せる原稿を書いていると書きましたが、その雑誌が先日発売されました。やはり、自分の書いたものが活字になる、というのは楽しいものです。 だもので、昨日のゼミの時間、さりげなくテーブルの上にこの雑誌を置いておいて、ゼミ生たちに「ほれ、こんなもの書いたぜ」と何気なく(内心は得意気に)その雑誌を示したわけです。で、私の可愛いゼミ生たちは、「わー、すごーい」などと言いながら一斉に頭を寄せ合って読み始めたのですが・・・次の瞬間には全員が固まったのでした。 私の書いた文章のタイトルの中の、ある文字が読めなかったのです。残念! 「譚」という字だったんですけどね。 もちろん「たん」ですよ「たん」。「英雄譚」とか言うじゃないですか。物語とか伝説とか、そんな意味です。 ま、私の書くものなんぞ読めなくったっていいですが、それにしてもひどいなあ、若い連中の漢字力。 今、ゆとり教育が批判されていますが、文科省(文部省)のゆとり教育の方針は最近始まったことではありません。漢字制限は随分前から始まっていましたよね。だからこの頃の人が漢字が読めないのも無理はないのかも知れない。 しかしですね、私が疑問に思うのは、この頃の若い人というのは、小さい時から塾に通って夜遅くまで勉強しているのでしょう? 私の周りでも、子供を小学校3年生あたりから予備校に通わせている人は何人もいる。 そんなに勉強しているのに、なんで学力がどんどん低下するの? だったらお前が学力アップさせろ、と言われそうですが、二十歳過ぎの学生相手に、漢字の書き取りなどの基礎学力から面倒みろ、と言われてもねぇ・・・。 で、思うのですが、せめて漢字力の向上のための政策として、新聞などは総ルビにしたらどうなんでしょうか。以前はそうだったでしょ。だから、小学校しか出ていないような人でも、社会人として立派に通用するだけの漢字力があったんですよ。 誰の言いなりになったものか、少し前まで日本中の新聞が常用漢字以外の漢字を使わないなんて方針を立てたために、記事が読み難くて仕方ありませんでした。最近はそういう馬鹿らしいことが少し改善されて、常用漢字以外でもよく使う漢字をルビつきで表記するようになりましたね。いいことです。で、どうせならこの方針をもっと徹底して、総ルビにしちゃったらどうかなー、と。 ま、そうしたところで、若い人はテレビ欄しか読まないらしいので、効果はあまり期待できない知れませんが。 でも、こんなに漢字力(と同時に国語力)が低下したんじゃ、わが国の文化の継承がなされませんよ。子供たちは子供たちの、若い人は若い人だけの文化でしかものを考えなくなる。最近の犯罪って、結局それが原因でしょ。 とにかく、自分が書く程度のものすら、今の人にはもう読めないのだと知って、かなりショックを受けた今日この頃、なのでした。何とかしてーーー!
June 7, 2005
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私は時々天然色のリアルな夢を見ます。昨夜も妙にリアルな、しかもおっそろしい夢を見ました。 夢の中で私と家内は2人組みの刑事か何かで、ある容疑者の家に潜入捜査すべく、深夜、その容疑者の家の2階に忍び込むところからストーリーは始まります。 で、無事にその家に忍び込むことに成功するのですが、どうやら当の容疑者は外出中のようで家はもぬけの殻。そこで我々は息を潜めて「ほし」の帰りを待つことに。 ところが容疑者は一向に帰ってきません。そこで我々は業を煮やし、家内は一旦外へ出て様子を窺うことにして、私一人が家に残って引き続き容疑者の帰りを待つことにします。 やがて夜が明けます。とうとう容疑者は戻ってきませんでした。そこで私は、半ば好奇心から、1階の様子を窺うために下に降りてみることに。 忍び込んだ時は深夜だったのでよく分かりませんでしたが、朝になってみるとこれはまた大きな家です。大邸宅といっていい。置いてある家具調度の類も豪華なものばかり。一体、この容疑者というのは、どんな大金持ちなんだろうと思いつつ、私は部屋から部屋へと渡り歩いていきます。 で、一番奥の部屋の入り口まで来て私は心臓が凍り付きました。なんとそこに容疑者が居るではありませんか! 彼は外出していたのではなく、ずっとこの部屋にいたのです。 しかもその部屋の中で、何故か大きなキャンバスを前に油絵を描いている容疑者は、映画『コラテラル』で冷酷無比な殺し屋を演じた白髪の殺人鬼トム・クルーズじゃあーりませんか! やばい! 完全にやばい! 私はよりによって、プロ中のプロの殺し屋の家に潜入していたのでした。 さっきまでの気楽な気持ちはどこへやら、もう心臓ばくばくで抜き足、差し足、階段を上り、2階に戻ったわけですが、しかし考えてみればあのプロの殺し屋のトム・クルーズが、迂闊にも部屋の入り口に顔を出してしまった私に気がつかないはずがない。気づかない振りをして、今頃銃を片手に2階に上がってくるところかも知れません! もちろん、私も銃は持っていますが、あんなプロと撃ち合って勝てるわけがない。もうダメじゃん! 絶対殺される。神様、たすけてーーーーー・・・ そこで目が覚めました。 朝からぐったりです。 しかも今日は月曜日。ただでさえげんなりなのに・・・。 今日も・・・分けわからん。
June 6, 2005
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お気づきになったかと思いますが、このサイトのフロントページのデザインを一新しました。以前は少し文字が多過ぎ、ごちゃごちゃした感じだったので、今回言葉による説明を省いて、その代わりに当サイトで扱っている商品をいくつか配して、よりグラフィックな感じにしてみました。少しは「セレクトショップ」の雰囲気が出たでしょうか。 さて、昨夜寝るのが遅かったこともあって、今朝は随分寝坊してしまいました。我ながら、ちょっと駄目ですね。しかし、昨日とは違って外は良い天気。こんな日に自己嫌悪に陥っていてても仕方がありません。お昼は、ちょっとサボって、家から歩いて3分のところにあるスーパーのフードコートでお好み焼きを買ってきて、それで簡単に済ませ(でも、ここのお好み焼きはなかなかうまいんですよ)、それから元気を振るい起こして勉強、勉強。 そして、勉強が一段落したところで、先程お茶を飲みました。 我が家では毎日、午後の5時頃と、それから夜の11時頃にお茶を飲みます。これはもう長い間不変の習慣なんですが、この時に何を飲むかというと、大体いつも紅茶です。一緒に食べるお菓子が和菓子の場合は日本茶を飲むこともありますが、ほとんどいつも紅茶。ということで、必然、私は紅茶にはかなり強いこだわりがあります。特に週末、ゆったりとした気持ちで楽しもうというのに、ティーバッグで淹れた紅茶では悲し過ぎますからね。できれば、色々な種類のお茶をとっかえひっかえ楽しみたい。 最近では、家から車で15分ほどのところにある「レピシエ」というお茶の専門店で紅茶を買うことが多くなりました。ここは専門店だけに、紅茶だけとってみても置いてある種類がすごい。リーフの種類もアッサム系からニルギリ、ダージリン系まで多様、また産地もセイロンあり、中国あり、アフリカあり、南米ありといった調子。さらにアールグレイのような伝統的なものからオリジナルまで、多種多様なフレーバー・ティーを取り揃えているので、今度はどれを買おうか、選ぶだけで楽しくなってきます。 それで、今日飲んだのは「ダライバ」という名のお茶。リーフの形は細長く、まるでダージリンのようですが、味としてはむしろミルクティーにふさわしいアッサム系。しかし、典型的なアッサムのような「つまった感じのコク」ではなく、もう少しすっきりした、爽やかな後味で、なかなか気に入りました。 いつも思うのですが、コーヒーの場合、やはり専門店で淹れたコーヒーは一味違うなと思わされることが多いのに対し、普通の喫茶店で飲む紅茶の味気ないこと・・・。紅茶に関しては、家で淹れたリーフティーの方が何倍もおいしいですね。紅茶専門店と銘打っているところでも、なんか「薄いなあー」と思うことが多い。茶葉をケチらずにポットに多めに入れて熱湯を注ぎ、3分弱抽出するだけで、誰でもおいしい紅茶を淹れることはできるはずなのに。 とにかく、おいしい紅茶もいただいたことですし、今日はこのあと、もう少し勉強をして、寝坊した分を取り戻すこととしましょう。それでは、いざ!★紅茶ショップのご紹介★ 残念ながらレピシエさんは楽天に出店していないようですが、私が見たところ、楽天の中で紅茶を買うならここが良さそうだなと思うお店を見つけたので、ご紹介します。扱っている紅茶について詳しい解説・感想が載っていますし、紅茶の産地も多様。また紅茶を淹れるための道具や、紅茶に合うお菓子も扱っています。今度私もここで買ってみようかな。ここをクリック! ↓
June 5, 2005
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今日は、自宅近くにある「オート・プラネット」というプジョー車ディーラーで、もうすぐ発売される「407」という名の新型車の内覧会に行ってきました。 これはプジョー車のオーナーに新型407を一足先に紹介し、セールスにつなげようという企画らしいのですが、一週間ほど前に郵送されてきた招待状によると、来場者にはお茶とケーキバイキングが振る舞われ、しかもお土産にプジョー製のペッパーミルまでくれるというではないですか! これはもう行くしかないでしょう。 というわけで、家内と二人でオート・プラネットに出かけたわけですけれど、会場には4台の新型407が置かれていました。2台はセダン、もう2台はワゴンです。優れたデザインで魅力のあった405の後を継いだ406がどちらかと言えば平凡なセダンだったのに対し、今度の新型407はなかなかインパクトがあります。大きく口を開けたエアインテークを持つフロントマスク、上級車種607を彷彿とさせるスリークなアウトライン、そして406とは比較にならないほど洗練された内装など、なかなかいい線行っています。外から見ると小さく見えるトランクも、実際には「広大」と言っていいものでした。説明をしてくれた係の方によれば、乗り味も相当洗練されたものになり、エアバッグの数も増えて安全性も向上したとか。 というわけで、なかなか魅力のある新型407ですが、300万円後半から400万円台という値段、そして1800ミリを越える横幅など、少し私の手に余ることもあり、私が買う車ではないかなあという感じでした。エクステリアの色も、もう少しフランスっぽく、魅力的な色があればいいのですが。しかし、このスタイルが気に入り、またこの値段を気にしないというのであれば、十分おすすめできます。ベンツやBMWに飽きた方、プジョーという選択肢もありますよ! それにしても、オート・プラネットやブルー・ライオンなど、「ホワイトハウス」系のプジョー・ディーラーは、客に対する対応が親切で、実に気持ちがいい! 決してしつこくつきまとうわけでもなく、かといってほっぽらかしというのでもない。しかもこちらから尋ねれば、ちゃんとした説明が返ってくるし、何よりも彼ら自身がプジョー車好きという感じがするのがいい。それに、今日会場でいただいたお茶・ジュース・ケーキバイキング、どれも皆おいしかったです。 それに、太っ腹なことに、あの女優の高峰秀子も絶賛するプジョー社のペッパー・ミルを、いわば冷やかしで訪れた我々のような来場者にもプレゼントしてくれたのですから、もう信じられないくらいハッピーです。しかもこのミル、ギヴアウェイ用のいい加減なものではなく、正真正銘のプジョー社のミルですよ。(プジョー社というのはもともと歯車を使う様々な製品の会社であり、ミルはその代表的な製品なのです) というわけで、お土産までいただいてしまって内覧会場を後にしたわけですが、ここでのお楽しみはそれだけではありません。オート・プラネットというのは、実はプジョー車だけでなく、BMWやアルファロメオ、アウディにVW、ボルボにサーブ、ヒュンダイにローバー、そしてベンツなど、多様な外国車の中古車を扱っていて、常時100台近い外車の中古車が展示してあるのですから、私のような車好きにはたまりません。色々な外車の運転席や助手席に乗りまくって、さんざん楽しんでしまいました。 それにしても、どうしてこうカッコいいんでしょう、外車って。日本車の性能は私も認めますが、デザイン面ではまだまだ外車の後塵を拝していますなぁ。 今日、特に欲しいなと思ったのは、まずフィアット社の「クーペ・フィアット」。これは(私のような)伊達男が洒落のめして乗る車ですな。それからシトロエンの「C3」。これは丸っこくて可愛いので、セカンドカーに最適。それから家内はオペル社の新型ミニワゴン、「メリーバ」が気に入ったとのこと。家内もなかなか渋好みの通です。またVW社の「ヴァナゴン」という名の7人乗りワンボックス、これもカッコよかった! 96年製で、たったの150万円ですよ。 というわけで、あれも欲しい、これも欲しいの大騒ぎをして、(しかし先だつものがないのでぐっと我慢して)、土曜日の午後を楽しく過ごして帰路についたのでした。 プジョー車万歳! オート・プラネット万歳!! そして今日も、いい日だ。★プジョー製品をご紹介★
June 4, 2005
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自分で言うのも何ですが、私はこれでなかなか家事に協力的です。さすがに以前のようには自分で料理を作らなくなりましたが、土曜日とか日曜日など、仕事が押し詰まっていない時には、夕食後の皿洗いなども進んでします。 そんな時にいつも思うのですが、日本のキッチンって、本当に非能率的に出来ていますよね。皆さんはそう思いませんか? たとえば、洗い場に関して、日本のシステムキッチンではそのほとんどが一槽式ですが、どうして二槽式を採用しないのでしょうか。因みにアメリカでは洗い場は大抵二槽式になっているので、一つの槽に洗剤を混ぜたお湯を張って、ここで食器の汚れを落とす作業をし、その洗った食器を隣の槽ですすぐことができます。つまり、二人の人間が洗い場に並んで「洗い」と「すすぎ」を同時進行させることができるわけです。ですから私たち夫婦もアメリカに住んでいた頃は、夕食後の後片付けを二人で協力してさっと終わらせることができました。しかし日本の一槽式のシステムキッチンでは、このような協力体制をうまくとることができない。つまり日本では「食事の片づけは、誰かが(=妻が)一人で担当する」ことを前提にキッチンが設計されているといわざるを得ないのです。これって、ちょっと考え方が古くありませんか? それだけでなく、上に述べたようなアメリカ方式で、洗剤を混ぜたお湯に食器を漬けながら洗うと、洗剤の量がぐっと少なくて済みます。ということは環境にも良いし、手荒れの原因にもならない。もちろん洗剤の減る量が少なくなりますから、倹約の面でもいい。こんな良い事づくめなのに、どうして二槽式の洗い場が導入されないのか、本当に不思議です。このご時世、そういうものを設計する人の中で、外国暮らしの経験がある人くらい、いるでしょうに・・・。 それに、そもそも洗い場の高さが低過ぎはしませんか? 私は身長が173センチ、家内も170センチくらいですが、この程度の身長ですら洗い場が低過ぎて、腰をやや前に屈めながら洗わなくてはならず、そのため15分も洗っていると腰が痛くなってくる。今どきの若い人は私などよりもっと体格がいいですから、彼らにとってはもっと苦痛でしょう。そういう日本人の身長の急速な向上を、システムキッチンの設計者たちはどのくらい考慮しているのか、私は大いに疑問です。 また料理を作る作業台についても、現状のものは大抵小さ過ぎる。もし他に何もない、住宅展示場のような生活感のない状況であれば一応十分な広さがあったとしても、現実にはそこに「洗い籠」を置かなくてはならないことがままあり、これを置いてしまうと、途端に作業スペースが足りなくなってしまう。しかし、自分の家のことを考えてみれば、普通台所に洗い籠はあるものでしょう? それなら、なぜそのことも考えてキッチンを設計しないのか。炊飯器だってそうです。日本の家庭ならどこにも炊飯器はあるだろうに、その炊飯器をどこにおけばいいか分からないキッチンがいかに多いことか。 別に大したことではないんですよ。ただちょっと考えればすぐにどうすればいいか分かりそうなことばかり。しかし、そういうことがまるで省みられることなく、不便なものが不便な状態のまま、ずっと引き継がれている。そういう馬鹿馬鹿しいことがあまりに多過ぎる、と私は思います。「生活の知恵」というものを活かすシステムがない。これは我々日本人が、自分たちの生活のベーシックな部分について、いつの間にか無関心になってしまったことの顕れではないでしょうか。 まあ、ことが単にキッチンの使い易さ程度のことで済めばいいですけど、自分に一番身近で、しかも自分の生活の根幹に係わる事柄に無関心であるという傾向が、たとえば「子供をどう躾けていいのか分からない親」とか、そういうものを生み出す土壌になっているのだとすれば、相当に由々しきことではないかと思います。 そこまで言うのは少し言い過ぎのような気もしますが、とにかく、日本のシステムキッチンの設計者の方々に対し、一人の生活者の立場から猛省を促しておきたいと思います。もしそちら方面の関係者の方で、さらに私の(貴重な御)意見を聞きたいという方がいらっしゃるのであれば、菓子折りの一つも持って名古屋までいらっしゃい、と言っておきましょう。(冗談です。そこまで傲慢じゃありませんよ、もちろん!!) さて、ここまで言ったからには、週末アフィリエイトの第二弾はキッチンウェアのご紹介と行きましょうか。「教授のキッチンウェア」では、ボダムの薬罐をはじめ、機能的でセンスのいい様々な品を取り揃えていますので、ぜひ下の文字列をクリックして、覗いてみて下さい。もはや定番になりつつある「レミパン」なんかもありますよ。 たとえばこんな感じ ↓bodum(ボダム) kettle OTTONISpring Sale!40%オフ!!詳しくはここをクリック! ↓教授のキッチンウェア
June 3, 2005
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教員をしていて一番嬉しいこと。それは卒業生から便りをもらうことです。そしてどういうわけか、このところ卒業生から近況を知らせる便りをもらうことが相次いだので、私はすっかりいい気分になっています。 まず最初は一昨年の私のゼミの卒業生2人で、彼女たちは大学祭を見に大学にやってきたらしい。生憎その日私が大学にいなかったため、置き手紙をしていってくれたのですが、二人とも今は社会人として楽しく働いているとのこと。久しぶりに大学を訪れてとても懐かしく、いつかまた私がいる時に大学に来たい、と書いてくれていました。 そしてその次に、先の二人と同じ学年のゼミ生で、今イギリスのとある養護学校で介護のボランティアをしている卒業生から便りをもらいました。そろそろ帰国の時期が近づいて、残り少ないイギリスでの日々を精一杯楽しんでいるとのこと。彼女はまた、私のこのブログにイギリスからアクセスし、「お気楽日記」を愛読してくれているそうですが、ということは、この文章も読むわけですね。うっちー、元気にやってるか? 帰国したら、ゼミの皆を集めて「お帰り会」をやるからな。お土産、頼むぜ! そして最後は、数年前の卒業生からの便りなのですが、彼女はすごい努力家で、会社勤めをしながらアメリカの公認会計士の資格を取り、さらに中国との貿易に役立つスキルを得るために上海の大学への留学を計画していたのですが、この度、その入学試験にパスしたとのこと。しかも奨学金付きの合格だそうで、彼女の推薦状を書いた私としても鼻高々です。上海といえば、私のかつてのゼミ生のK君が今まさに彼の地で半年間の研修をしていますが、私の教え子たちがどんどん日本を飛び出し、世界各地で勉強・仕事を頑張っているのを見ると、本当に頼もしく思います。 いや、別に日本を飛び出さなくてもいいんです。日本のどこかで元気に生きていて、たまに近況を報告してくれること。これ以上の「指導教授孝行」はありません。私も、巣立っていった学生たちからの嬉しい便りに元気づけられて、一層精進していくつもりです。 さて、そんないい気分に誘われて、今日は恒例の「週末アフィリエイト」と行きましょう。 先日、セイコーの海外向けモデルである「オリエント」ブランドの時計をご紹介したところ、予想外の反応があり、多くの方にご購入いただきました。オリエントの時計というのは、セイコー社製のムーブメントを使っているので精度・強度の点でも信頼できますし、国内での流通量が少ないために稀少性もあり、また値段の点でも格安ということで、いまファッション業界などを中心に人気の的。最近でも女性誌の『オッジ』が取り上げたほどです。 そこで今回はオリエントを始めとして、日本のブランドの海外逆輸入モデルを中心に、1万円以内で買える男性用・女性用の腕時計をセレクトしてみました。詳しくは以下に示すサンプル、あるいは「教授の時計ショップ・パート6」をクリックしてご覧下さい。どれも私の選択眼にかなった逸品揃いですよ。 ここをクリック! ↓ さらに多くの商品を見たい方は、ここをクリック! ↓時計ショップ・パート6
June 3, 2005
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例えば英国のブリタニカ大辞典を通読した南方熊楠(みなかたくまぐす)であるとか、『言海』を味読した若き日の折口信夫(おりくちしのぶ)であるとか、昔から辞書を通読する強者というのはいるわけですが、最近、かくいう私もある辞書を通読しています。で、これが案外面白いので、今日はこの辞書のご紹介をしましょう。 私が読んでいるのは、朝日出版社というところが出している『最新 和英口語辞典』です。これはあいうえお順に日本語の表現が見出しになっていて、その日本語に対応する英語表現が会話形式で載っているというもの。たとえば冒頭には「あいかわらず」という日本語の見出しがあって、「相変わらず忙しいの?」「うん、でも今はちょっとはざまで、それほどでもないんだけどね」というような使い方が示してあり、この会話に対応する英語表現として、You still as busy as ever?/ Yeah, but it's not so bad right now because I'm between jobs. という英語が載っている。これを見て、なるほど「相変わらず」というのは still~ever と言えばいいのか、と思うわけですが、それだけでなく、「仕事が一段落して、次の仕事までちょっと暇」という状態は between jobs というんだ、ということも分かります。なかなか勉強になるでしょ? この辞書のいいところは、いかにもごく普通の日常会話で使いそうな英語表現がごまんと載っていること。私自身、ああこういう時はこう言えば良いのか! と目から鱗が落ちたことがこれまでにも無数にあります。また日本語の見出しに対応した英語表現が載っているので、1ページ目から読んでいっても、別に「a」の付く単語ばかりが出てくるわけではない。英単語集を覚える時のように、「g」の項目辺りで挫折、なんてことはありません。 またもう一つ、この辞書の良いところは、上に示したように英語表現が常に会話体で示されることです。つまり、「こういうふうに言われたら、こういうふうに返事をすればいいのか」ということまで分かるわけ。これは英語学習の上で重要なポイントです。 もちろんこの辞書は、辞書として特定の英語表現を調べるために使ってもいい。しかし、冒頭にも述べたように、私はこのところこの辞書を通読して楽しんでいます。一日に読む分量は、そうですね、見開き2ページくらいを10分くらいかけて読む程度ですが、これだけで30例位の例文を読むことになる。別に全部記憶するつもりで読んでいるわけではないですが、ぶつぶつ口の中で発音しながら読んでいると、結構頭の中に刻み込まれるようです。昨日読んだ箇所で「ほう」と思ったのはこんな会話。「何だか意味あり気な言い方をするね」「考えすぎだよ。深い意味はないよ」。で、この英訳版は "You seem to be trying to imply something./ You're reading too much into it. I didn't mean anything by it." というもの。「考えすぎだよ」の部分が "You're reading too much into it." となっていますが、この最後の "into" というところが、私にとっては「目から鱗」でした。 随分前にどこかでこの辞書のことを誉めた記事を読んだことがあるのですが、確かにいいですよ、これ。即効性は無いかも知れませんが、気長に英語を勉強しようと思っている方にはとても良い例文集です。どうでしょう、私とご一緒にこの辞書を「通読」しませんか? この辞書、「教授のおすすめ!」です。
June 2, 2005
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衣替えの季節となりましたね。しばしばこの日記に登場する私の通勤路、田圃の中の一本道ですが、この道の両側に広がる田圃にも一年ぶりに水が張られ、田植えがなされました。まだ10センチ程度の苗がかわいらしく風にそよいでいるのを見ると、初夏だなあという感じがしてきます。 さて、そんな夏の初めの私の楽しみの一つは、「トニックシャンプー」です。メントール入りのトニックシャンプー、うーん、やっぱり夏はこれでしょう! ですが、このスカッと爽快なシャンプーが好きなのはどうも男性だけのようですね。何故でしょう? 私も家内に「いいよー、爽快だよー」と勧めるのですが、決して使おうとはしません。曰く、髪に悪い、と。いやー、少し位髪に悪くったって、いいじゃないですかねー? ヒヤーーっとした使い心地、洗い上がりは、夏の大いなる楽しみじゃないですか。 ま、それはともかく、私は今ぐらいの時期からトニックシャンプーを使い始めるのですが、何せ使うのは私一人ですし、大きなボトルなので、大体秋口までもちます。ですから、このシャンプーを使っている間は夏、という感覚なんですね。そこがまたいい。いわばシャンプー界のTUBE みたいなもんですな。夏しか出てこない。私にとってトニックシャンプーは季節感を演出するための貴重な小道具なんです。 ということで、今年もまたトニックシャンプーの夏がやってきて、気分爽快な私なのでした。 今日もいい日だ。
June 1, 2005
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