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私:今週の日経ビジネスは、景気が上昇するという通説を6つあげて、通説に反して実態にカゲリが出ていることを取材を通じて報じているね。 A氏:俺も読んだ。 通説1は「物価は反転上昇」というものだが、街では値下げムードがまだあり、消費の最前線では「物価上昇」とは程遠い現実が広がっているという。 通説2は「人手不足が深刻」というものだが、相次ぐ公共投資で人手不足が指摘されてきた建設業も8月からマイナスに転じたという。アベノミクスの失速が鮮明になれば、製造業、飲食でも一転、余剰感が出かねない。 私:通説3は「不動産に資金殺到」だというが、オフィスビルの賃料回復は鈍く、優良物件からも早々に資金を引き揚げる動きもあるという。 通説4は「富裕層消費の活発」だが、実態は、買い物は「質」重視で、株高でも資産防衛だという。投資経験に長けた富裕層ほど、過去20年の相場低迷で痛手を受けているので慎重だという。 通説5は「都市部消費は堅調」だというが、消費税引き上げ後は、中間層の「普通の消費」にはまだ元気が無い。外国人観光客需要が伸びているが、まだ、売上高の1割程度。 A氏:通説6は「接待需要が復活」だが、政府が大企業の接待費の50%を損金算入可能にして、接待需要を復活させようと後押ししたが、企業側は「2次会はご法度」というところもあり、不発だという。 私:次に景気回復に重要な要素は「外需が牽引」だが、アメリカは、新車販売は好調だが需要先食いを懸念されているという。中国は、住宅販売は不振で、設備過剰にも拍車がかかっているという。欧州はデフレ懸念で「日本化」リスクを抱えている。 世界経済は低成長時代の入り口に立っており、外需に過度な期待はできない。 A氏:アベノミクスの2年間で、3つの矢のうち、第1の矢の日銀による「大胆な金融緩和」、第2の矢の「機動的な財政投資」は成果を上げたが、問題は第3の矢の「民間投資を喚起する成長戦略」が効果を出していない。 私:日経ビジネスは「新・第3の矢」として「1.賃上げで富を増やすこと」、「2.輸出牽引役は中小」、「3.『知』は稼ぎの宝庫」という考えを提唱している。 産業界にも「はやぶさ」みたいなのがドンドン登場しないかね。
2014.11.30
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私:10月の家計調査(速報)は2人以上の世帯が使ったお金が物価の影響を除いた実質で前年同月より4.0%減だという。 減少は7カ月連続。消費増税から半年が過ぎても、家計の財布のひもは緩んでいない。下げ幅は前月の5.6%より縮小したものの、住宅リフォーム代や自動車など価格の高い品目で買い控えが続いている。 麻生太郎財務相は10日の閣議後の会見で「消費関連指標は引き続き弱い動きが出ている」と述べた。 甘利明経済再生相も「消費意欲が力強い戻り方をしていない」と語ったという。 A氏:トヨタは、2015年の国内生産について3年連続で減産する方向で調整に入った。 消費増税後の国内販売の苦戦が続くうえ、輸出も伸び悩むためだ。 アベノミクスで円安が進んでも国内生産が増えず、雇用や所得にも波及しにくい構図が浮き彫りになっているという。 トヨタは14年に国内で330万台を生産する計画だったが、消費増税後の国内販売の落ち込みが長引いていることなどから、325万台程度にとどまる見通し。 関係者によると、15年は320万台を下回る計画とする方向で検討が進んでいるという。 私:雇用関連では10月の完全失業率は3.5%で、前月から0.1ポイント下がった。卸・小売業を中心に女性が仕事に就き、完全失業者数が前月より3万人減った。 総務省は「人手不足を背景に、女性の就業者が増えている」とみる。 有効求人倍率は前月から0.01ポイント上昇して1.10倍。 12カ月連続で1倍を超えたが、正社員に限ると0.68倍にとどまった。 やはり「雇用の質」が継続して問題で、賃金アップ、消費増というリンクに向かう障害となっているね。
2014.11.29
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私:この新聞欄は、著名人の生涯についてのインタビュー記事だね。今回は「昭和史」の研究の第一人者の半藤一利氏(84歳)のもので戦争中に生まれた時から初めて、今日で9回目の最終回だね。 A氏:2004年出版の半藤氏の「昭和史」はベストセラーになり、続編とともに毎日出版文化賞特別賞を受賞。 私:今年の秋、「昭和天皇実録」が出たので、半藤氏は「昭和史」を手直しする必要があるかと検討したけど、大きく変えるべきところはなく、昭和の歴史のあいまいな点を、「実録」で確認できたのは良かったという。 A氏:むしろ、「昭和天皇語録」のほうが半藤氏の「昭和史」を参考にしたのではないかと言われているね。 私:半藤氏にとって歴史と向き合う意味はと問われ 「哲学者のヘーゲルは『人間は歴史から何も学ばない。それが最大の歴史の教訓』と言いました。私もそうだと考えています。『歴史に学ぶ』のは難しいが、『歴史を学ぶ』のは人間を知ること。人間学として歴史を見たほうがいい」 と答えている。 また、 「日本人とはどういう人間かということは『昭和史』の最後のあたりに五つ書いたが、その一つが、日本人は危機的な状況にあっても、『危機は絶対に起きない』と希望観測的に思いたがる悪い癖があること。 実際に起きたら、「想定外」だと。 それは無責任さを示す太平洋戦争でも、危機的状況を脱すすべを見つける以前に、希望観測的に思い込んで事を決めた例は山ほどあった」 という。 A氏:原発の安全神話と似ているね。 私:半藤氏は「日本人の本質は戦前と変わらない」が持論で、集団催眠にかからなければいいが、と懸念しており、日本人は冷静に考えないまま、同じ方向に走るのが特徴。戦争に負けても同じだったという。 もっとも、半藤氏は、年を取った人間は未来に責任を持てないから、偉そうには言わないように気を付けているという。 A氏:半藤氏が長年勉強し続けてきた海軍には「自分に責任を取れないことは人にやらせるな」という言葉があるという。 私:「今の時代をどう見ますか」というインタビューに、半藤氏は次のように答えている。 「安倍政権の周辺には、かなりの知恵者、歴史を学んだ人がいて、先を見通し、きちっと作戦を練っている気がします。知恵者がいるというのは、『昭和史』にもあった一種の参謀本部ですね。昔の参謀本部は秀才が集まって、タコツボの中で戦略を練り、秘密を保持し、大いに誤った。似ている気がしています」 また、敗戦の荒野に日本がならないことを祈るね。
2014.11.28
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A氏:新聞では以下のように報じているね。 安倍政権になって2年、雇用関連の数字は確かに好転。リーマン・ショック後に5.5%まで悪化した失業率は3.6%(今年9月)まで回復。有効求人倍率も1.09倍で、求職者数よりも仕事の数が多い状態が続く。 だが、中味は2年で増えた約100万人の内訳は、パートや契約社員などの非正社員は123万人増え、逆に正社員は22万人減。しかも増えた約100万人のうち、7割が65歳以上。人数の多い「団塊の世代」が高齢化したのを背景に、働く高齢者が2年前の356万人から424万人に増えたためだという。 私:これだけの報道だと、アベノミクスのどの政策が雇用増加につながったのかわからないね。「団塊の世代」が高齢化したのは雇用増ではないのではないかね。 業種別の情報も必要だ。 A氏:有効求人倍率は、アベノミクスによる公共工事の増加、東日本大震災や原発事故の復興需要などで建設・土木業や運送業で急上昇するのは常識的に分かるが、非正規雇用増の約100万人や有効求人倍率とどうリンクするのかね。 私:ネットの別データによると、65歳以上の雇用増は福祉・厚生関係に多いようだが、この業種は慢性的に人手不足でアベノミクスとは直接関係がないね。 有効求人倍率は圧倒的に建設・土木に多い。 ブラック企業で問題になった飲食店の人手不足の背景に何があったのかね。 A氏:正規社員が減った分以上に非正規雇用が増加したのは関係があるだろうね。 1人のベテランの仕事をマニュアル化して、これを分割して単純化して、2人以上のパートやアルバイトに移行すれば、非正規雇用は増え、かつ、賃金は減って企業側はコストカットになるかもしれない。正規社員のベテランは減るがね。 私:水野和夫氏は経済指標として、GDPの成長率はアップダウンを繰り返し、一喜一憂だが、トレンドは下降しているだけで意味が無いとしているね。 必要なのは雇用関係の指標と国際収支の2つだけをあげていたが、国際収支の中味は明確だが、雇用関係の指標の意味のほうが以上のように報道不足だね。
2014.11.27
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私:タカタ製エアバッグが破裂して、その金属部品がドライバーを傷つけた事故内容は、詳細に報じられているが、いまだに、リコール問題や保障問題だけが大きく報じられていて、エアバッグの製造上の技術原因が明らかに報じられていないように思うね。報道では図解も乏しい。 A氏:エアバッグは、センサーが衝突を感知すると同時に、インフレーターに電気信号を送り、その中にある火薬(ガス発生剤)に点火、大量のガスを発生させてバッグを瞬時に膨張させるが、安全な作動の前提になるのは、ガス発生剤の正常な燃焼だという。 インフレーターを構成する金属部品についても、溶接などを正確に行い、エアバッグ作動時の衝撃で容器が破損し、金属片が飛び出さないようになっているはずだという。 A氏:タカタ製エアバッグは、2000年頃から、毒性の高いアジ化ナトリウムに代わり、硝酸アンモニウムを含むガス発生剤を採用。硝酸アンモニウムは、ガス発生の効率が良く、残滓物も少ない。しかし、湿気に弱い。 ホンダによれば、2002年11月、タカタは工場従業員に対し、週末などの非稼働日の前には、ガス発生剤が乾燥した倉庫に保管されていることを確認するよう指示。湿気がガス発生剤の品質に影響を及ぼす可能性を顧客に指摘されたためだという。 私:タカタは一部のリコールについて、このガス発生剤製造過程に問題があったと認めている。 過度の湿気を避けるべきガス発生剤の保管が適切でなかったため、何年も経つとガス発生剤に破損が生じた。ガス発生剤の中には加圧の足りないものもあったという。 また、ホンダによると、本来インフレーター内に7個内蔵されているべきガス発生剤が、実際には6個しか内蔵されていないケースもあったという。 ガス発生剤の個数が足りない場合、自動車が走行するうちに、インフレーター内でガス発生剤が動き回って破損したり、または粉状になったりすることがある。これによって、エアバッグが作動する際に異常な燃焼が起き、内圧が想定以上に上昇、インフレーターが爆発し部品が飛び散る恐れがあるという。 A氏:タカタのある工場の生産ラインには、加圧が不足しているガス発生剤を自動排除する機能があり、それを手作業で起動あるいは停止する装置がついていた。ある時、「人為的ミス」により自動排除機能が停止されており、それがどの時点で起きていたのかという記録も残っていなかった。 どのガス発生剤が検品基準にパスしたかを判断する証拠や記録も確保できなかった、という。これがリコール遅れになったようだ。 私:品質管理上の問題もあるね。明確な技術的な全貌を知りたいところだね。 どういう再発予防の製造技術的な改善をしたかも含めてね。
2014.11.26
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私:この新聞欄では筆者は、最初、安部首相の消費税増税延期の理由の矛盾をついているね。 筆者は、まず、安倍首相は増税を1年半延期する理由を「景気が腰折れすれば、税率を上げても税収が増えず元も子もない。アベノミクスの成功を確かなものにするため」と語ったことを取り上げている。 「2017年4月までに日本経済を力強い成長軌道に乗せれば、税収も伸び、財政再建も進む」ということは筆者も認めている。 問題は首相が続けて「17年4月に延ばした再増税について、再び延期することはない。ここで、みなさんにはっきりと断言いたします」と言い切ったということだね。 A氏:首相の最初の論理では、「2017年4月までに日本経済を力強い成長軌道に乗せれば消費税の追加増税も必要なくなる」とも言えるね。 私:新聞の筆者は、「一見矛盾する発言の裏に首相が語らない『不都合な真実』があると感じた。 日本の人口減と高齢化のスピードを冷静に考えれば、どれだけ成長して税収が増えようとも、財政はいずれ行き詰まるという現実だ。 首相もそれを分かっているから『増税しない』と言えないのではないか」と批判しているね。 A氏:経済成長と財政再建は対立することがあるね。経済成長で公共工事などを増やすと財政再建は遅れる。 一番好ましい経済成長は、民間の力による経済成長だね。 私:この記事はそれにふれていないね。 「2017年4月までに、民間の活力で経済を力強い成長軌道に乗せればーーー」というのが正確な言い方ではないのかね。 しかし、民間の経済成長を、期限を切って政府がコントロールできるものなのかね。 金融緩和を更に続けて、その政策でコントロールできるものなのかね。 安倍政権の3本目の矢の経済成長には、2年たっても中核となる民間の「爆発」的なものが感じられないね。 その点をこの記事は財政危機ばかりふれて、経済成長の実態に突っ込んでいないのは片手落ちだね。
2014.11.25
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私:今回の安部首相の消費税増税先送りは、GDPの速報値が出る前に、安部首相は、クルーグマン氏とも会っていて、氏の増税反対論の意見も聞いていたようだね。 ところで、今月のクルーグマン・コラムは例によって共和党批判だね。 A氏:まず、エボラ出血熱問題をとりあげて共和党の姿勢を批判しているね。 対応がすこしもたもたしたら、熱心な共和党員が政府の公衆衛生担当者の対応が失敗だと声高に叫んだが、まもなくエボラ出血熱の大パニックは終息した。政府の公衆衛生担当者は実に万事心得ていたのだ。 たとえ熱心な共和党員が失敗だと声高に叫んでいても、政府の公共政策が成功を収めていることがある、ということだとクルーグマン氏はいう。 私:政府の再生エネルギーの対応に対する共和党の対応を批判しているね。 そして、共和党が目の敵にしているオバマケアもクルーグマン氏はとりあげている。 オバマケアの敵・共和党が誇大宣伝しているのは、でたらめなスキャンダルばかりだが、これまでの実際の成果は、すこぶる良く、医療保険に入っていない米国人の数は激減した。 かつて未加入だった約1000万人が今や保険でカバーされている。 同事業の費用は予測を下回り続けており、来年の保険料の平均上昇率は、過去の数値を大幅に下回っているとクルーグマン氏は弁護する。 A氏:しかし、クルーグマン氏の弁護にかかわらず、共和党のベイナー下院議長は21日、米下院として、オバマ政権を職権乱用で連邦地裁に提訴したと発表したね。 オバマ政権が昨年導入した「オバマケア」をめぐり、大統領が議会の承認を得ずに法令で定める範囲外の運用を行った、としている。 私:逆に、オバマ米大統領は20日夜、国民向けに演説し、議会の承認を必要としない大統領権限を行使して移民制度改革を断行する考えを示した。 約470万人の不法移民の救済につながるが、共和党は強く反発している。 オバマ政権と、今月の中間選挙で勝利した共和党側との対立がいよいよ火花を散らしだしたね。 世界をリードすべきアメリカの議会政治はどうなるのだろうか。
2014.11.24
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「孟子」の革命思想と日本 天皇家にはなぜ姓がないのか 私:明治になり、西洋思想が入ってくると、東洋思想の学問的価値が低下してくる。 しかし、日本の伝統的な思想にも学ぶべき部分があるとして、新渡戸稲造の「武士道」がとりあげられるね。 新渡戸稲造の「武士道」には仏教の影響が大きく、さらに神道の教義がこれに加わったとしている。 しかし、著者は、神道にはもともと教義などなく、祖先崇拝と自然崇拝だけだという。 主君に対する忠誠は儒教からの導入だという。 「義士」という概念は孔子の時代になく、「孟子」の時代に生まれ、日本では江戸時代の武士道で初めて「義士」という概念が出てくる。 A氏:忠臣蔵の赤穂義士だね。 私:そして武士の「義」は「孟子」の影響だという。「論語」は「仁」を主として扱い、「義」は「孟子」の中心テーマだという。 もともと、新渡戸稲造は江戸時代の南部藩の武士の子弟で、基本的な精神土壌は儒学によって形成されていた。 A氏:福沢諭吉と「孟子」の関係はどうなんだね。 私:福沢諭吉は「福翁自伝」で、朱子学に批判的だという。合理主義でないという。 しかし、福沢諭吉の「文明論之概略」には「孟子」が何回も登場するという。これは「孟子」にある民主思想を最大限評価しているという。 その点、新渡戸稲造が「孟子」を「武士道」の「義」だけで捉えているのと違うという。 この「孟子」の民主思想が、北一輝につながっていくんだね。 この本は、繰り返しの説明が多く、読みにくかったよ。 しかし、日本思想史について「孟子」という興味ある視点を提供してくれているね。
2014.11.23
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「孟子」の革命思想と日本 天皇家にはなぜ姓がないのか 私:「論語」には「至誠」という言葉は出てこない。自ら真実の心で世の中を動かし、社会を変えていくというのが「孟子」の行動規範だ。 ところが、孔子の「論語」の場合は「天の命に従う」だから、みずから社会を変えようとしない。そこが孔子と「孟子」の大きな違いであるといえる。 「孟子」の精神の一番中核にあるのは「至誠」という精神で、それによって世の中を動かし社会を変えていくという思想だね。 A氏:「孟子」の「易姓革命」と日本の幕末の尊王論がどう関係するのかね。 私:吉田松陰は、中国は「易姓革命」が必要だったが、日本の天子は「天の命ずるところ」という中国の王や皇帝の即位と違い、「神」であり、その後裔だから、中国と国体が違うという。 A氏:「国体論」が出てくるね。 私:松陰は「孟子」の「易姓革命」を反面教師として、日本は神の子孫である天子があらかじめ存在し、その後に人民が生まれるという他の国と違う「国体」を持つとしている。 そして日本における変革は、革命でなく「維新」という。これは「詩経」にある言葉だという。 A氏:だから、明治の変革は、「明治革命」でもなく、「王政復古」でもなく、「明治維新」となるわけか。なお、松陰は朱子学よりも陽明学の影響を受けていたね。 私:西郷隆盛も「孟子」の影響が強く、「至誠」をモットーにしていた。 ところで、明治後期、「孟子」を一番高く評価したのは北一輝だという。著者は、北一輝の革命思想は「孟子」によって作られたと主張している。 A氏:このブログの2014.03.04から3日続く「北一輝」でもふれているね。 私:北一輝の思想の独創性は「万世一系」の国体論を認めなかったことだね。北は「明治維新」を「民主革命」と見ていた。「王政復古」ではないのだね。 明日は、新渡戸稲造、福沢諭吉と「孟子」の関係にふれよう。
2014.11.22
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「孟子」の革命思想と日本 天皇家にはなぜ姓がないのか 私:「孟子」は、「仁」という徳を持っていない皇帝は、「民」を貴しとしないので、殺していいという革命思想を持っている。 中国では、王や皇帝が殺され、別の皇帝の王朝になると「姓」が変わるのでこれを「易姓革命」という。王朝名も変わる。 A氏:しかし、日本はそういう意味で「革命」がない。 私:著者は日本に革命がない国にするためには、「孟子」の「易姓革命」のようなことが起こらないために、皇帝に「姓」をなくしたら、皇帝が殺されることもないし、革命が起きることもないと考えた歴史上の人物がいたはずだという。 聖徳太子なのか、天武天皇のあたりの誰かは分からないが、日本の古代国家においてそういう虚構を作り上げた人物がいたことは事実であるという。 A氏:聖徳太子の「十七条の憲法」は儒家も道家も仏教も入れて、国家統治をする支配者の思想が述べられている。「十七条の憲法」の第1条の「和を以って貴しと為す」は、「論語」にある「礼の用は和を以って貴しと為す」の「礼の用は」を削除して引用しているね。 私:「孟子」の言葉は直接引用していないが、一部、その考えも含まれているという。 ところで天皇が「姓」を持たないという発想は、天皇は天つ神の御子だからという「神格」の位置づけをしていく。天武天皇の編纂になる「日本書紀」にその「神格」化の考えが明記される。天皇は現人神となり、「姓」を持たず、臣下に姓を与える役目となる。 ところで、徳川時代には武士の教養としての朱子学があるが、これに「孟子」も含まれるが、平和な徳川時代には革命思想をうたった「孟子」は中心とならなかった。 A氏:幕末の変化が要求される時代に脚光を浴びるだろうね。 私:吉田松陰がよく使う「至誠」という言葉は「孟子」からの影響だという 明日は、その点にふれよう。
2014.11.21
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「孟子」の革命思想と日本 天皇家にはなぜ姓がないのか 私:30年以上前、まだ、中国の工場生産が今ほど盛んでない頃、中国で工場管理者相手に生産管理の講義を依頼された。そこで、「管理・マネジメント」を説明するのに聞いているのが中国人なので「孟子」の言葉を引用して「農民は力を使い、君子は神経を使う」から、「心を労する管理者が作業者を治め、力を労する作業員が管理職に治められる。そして作業員は管理職を養い、管理職は作業員に養われている」と説明した。 そしたら、中国との交流に深く関係した日本人が、「孟子は革命思想だね」と言っていた。 そのときは、「孟子の革命思想」というのに違和感を持ったが、この「『孟子』の革命思想と日本」は、まさに「孟子」を革命思想家として強調しているね。 A氏:なんで君は、管理の話に「孟子」をもってきたんだね。 私:実は、これは山本七平氏の著書「論語の読み方」から引用したものだ。山本氏は「平等社会とは管理社会である」と言っている。何故なら、不平等が当然な社会では管理階級と被管理階級は自然に存在するので「管理されている」という意識そのものがないからだ。 そして「平等社会と管理」という問題を人類史上はじめて明確に取り上げたのはおそらく「孟子」であって、「論語」では「孟子」ほど、この点が明確でないと山本氏は指摘している。 A氏:この「『孟子』と革命思想」の本と同じ考えだね。 私:山本氏の「論語の読み方」は1981年刊行だから、また、「孟子」に出会ったのは約40年ぶりだね。 江戸時代には儒学を学ぶのに4書といって「論語」、「孟子」、「大学」、「中庸」という4つの基本的な書があった。ところがそのうち「孟子」だけ平安時代から江戸時代半ばまで日本に入ってこなかったという説があるという。 それは「論語」は安定した社会で、「仁」という徳で社会を治める秩序思想が中心なのに、「孟子」は、一番尊いのは民で、君主がきちんと「仁」による政治をしない時は、民は君主を変えることができるという「革命思想」があるからだ。民主主義に似た考えだね。 当然、為政者はこのような思想を好まないので、「孟子」は長い間、輸入がストップされたという説だね。 明日は、「孟子」の「易姓革命」にふれよう。
2014.11.20
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私:昨日から、今日にかけて、マスコミは高倉健で埋まっていた。 10日に亡くなったという。 安部首相の解散のニュースは影がうすくなった。 A氏:映画出演は205本だというから、すごいね。 そして、日本アカデミー主演男優賞を4回もらっているそうで、他に並ぶ者がいないというね。 私:俺は高倉健の任侠映画は見ていないね。 任侠映画そのものが好きでなかったからだ。 その後、普通の映画に出るようになってから、テレビで放映されたのを見たね。 一番、記憶にあるのが「駅・STATION」だね。 A氏:この映画は1982年の日本アカデミー賞最優秀作品賞、主演の高倉健は最優秀主演男優賞を受けているね。 私:高倉健は警官役だね。オリンピックの射撃選手候補に選ばれていたが、映画には自殺したマラソンの円谷幸吉選手の「幸吉はこれ以上、」走れない」という自殺の遺書の言葉が流れていたね。 ところで、映画の最後のシーンが感動的だね。 A氏:12月31日の大晦日の夜、主人公の高倉健は「駅・STATION」の舞台となった増毛の駅から札幌に帰る列車に乗るシーンだね。 私:列車に乗る前に、駅前のスナックに立ち寄る。 倍賞千恵子がママ役だ。 スナックのテレビでは紅白歌合戦が始まっていた。 八代亜紀の「舟唄」が流れる。 その歌を聞きながら、スナックのママとは一言も交わさず、高倉健はスナックを出て、ホームの列車に向かうところで、映画は終わるね。 このシーンがずっと頭を離れない。高倉健というとこの映画を思い出す。また、見たいと思っている。
2014.11.19
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A氏:日本のGDPも4月の消費税増税以降よくなく、アベノミクスの評価が割れているが、ヨーロッパも依然として景気がよくないね。これに追い打ちをかけているのがウクライナをめぐるロシアとの「制裁合戦」だね。 私:EUは7月に金融やエネルギーなどロシアの基幹産業への経済制裁に踏み切ったが、ロシアも対抗し、8月上旬に農産物の禁輸措置を発動。「制裁合戦」の様相となった。 こうした状況で、EUの秋季経済見通しでも、2014年のユーロ圏のGDP成長率予測を、春の1.2%から0.8%に下方修正せざるを得なかった。 EUの試算によると、ロシアの報復措置は貿易総額に約50億ユーロ(約7520億円)の損失を与え、950万世帯の農家が影響を受けているという。 A氏:ウクライナ危機をめぐるEUとロシアの「制裁合戦」で、農産物や食料品の貿易への影響が目立っている。双方の市民生活や経済に深刻な影を落としているという。 私:ロシアの方も「制裁合戦」で、品不足で価格が高騰している。 ロシアは年間約400億ドル(約4兆6千億円)超の食料品と農産物を輸入しており、その4分の1が輸入禁止の対象になったとみられる。 A氏:ウクライナ危機の影響でルーブル安も進んだ。年初から約3割下落しての1ドル=48ルーブル台になり、輸入品の価格を押し上げる。昨年6.5%だった物価上昇率は、今年は8%を超える可能性も出ているという。 私:一方、この機に対ロ輸出の拡大をめざす国もある。 エジプトのシーシ大統領は、ソチでプーチン大統領と会談。エジプトからジャガイモやタマネギの輸出を増やすことで合意したという。トルコやモロッコ、ブラジルなども、対ロ輸出を伸ばしているとされる。 「制裁合戦」は互いに傷つけあいながら、なかなか終わりそうもないね。
2014.11.18
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私:すでに経営統合した地銀では、合併を成長に結びつけるのに苦戦している例もある。 04年に北海道銀行と富山県の北陸銀行が持株会社方式で経営統合した「ほくほくFG」。本業のもうけを示すコア業務純益は7年連続の右肩下がり。前回の経営計画では、純利益など主な収益が目標を下回った。 広島、山口、福岡の3県の地銀でつくる「山口FG」も、12年度まで3年間の経営計画で、主な収益目標が軒並み未達だったという。 A氏:統合して経営体力を高め、地銀の体力に余裕があれば、経営のおもわしくない融資先が廃業したり、倒産したりしても、持ちこたえられる。 地銀が「ゾンビ企業」を延命させ、地方の衰退を止められない。そんな悪循環に陥っているケースがあるという。 私:多くの地銀が厳しい取引先を抱え、低収益に苦しむ。しかし、そこを跳ね返そうと踏ん張る地銀もある。 その例は、四国最大規模の地銀、伊予銀行(松山市)で、地場産業の海運業との強いパイプをテコに、収益を伸ばしているという。 船を調達し、国内外の大手海運会社に貸し出す地元の「船主」の間で、伊予銀の融資基準の厳しさは有名。自己資金が十分ない船主には、船を買う資金の融資は断る。借り入れだけに頼らない企業なら、不況時でも耐えられるとの考えからだ。 審査の厳しい伊予銀との取引を避ける船主もいるが、リーマン・ショックの時に伊予銀が主力行で倒産した船主はいないという。 A氏:景気は好況、不況の繰り返し。不況の時でも付き合える方法を考えないといけないというわけか。 私:今まで以上にきめ細かく企業や個人に寄り添い、地域経済を支えられるか。生き残りのカギはそこにしかないという。 金融緩和でカネはあるが良い貸出先がないとはね。そこが問題だ。 地方の経済成長のカギを握る地銀の動きは「地方創生」のカギも握っているね。
2014.11.17
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A氏:俺は横浜銀行にも口座があるが、4日に、東日本銀行と経営統合に向かって協議していることが報じられていたね。 10日には、熊本県の肥後銀行と鹿児島銀行が経営統合することも発表された。 地銀に何かおきているのかね。 私:人口が減り、工場が海外へと逃げ出す。多くの地銀が、残された企業や個人に群がり、低金利での融資を競って体力をすり減らす。そんな状況を問題視し、金融庁は、生き残り策の一つとして合併や統合を勧めているという。 横銀との統合は、東京の第二地銀・東日本銀は、多くのライバル行から強い攻勢にさらされ、難しい状況にあったこと、それから、地銀の雄といわれる横浜銀ですら、土俵を広げようと動きだしたことだね。 熊本の場合は、それぞれの県に君臨し、経営が悪くもなければ、弱ってもいない。それでも踏み切った。「これから働き手の人口が減る。預金が減る。貸し出しが減る。10年後では遅すぎる」と鹿児島銀頭取は言ったという。 「彼らは先見性がある。何も考えていない銀行はだめだ」。二つの再編劇が伝わって間もなく、金融庁幹部はそう語ったという。 A氏:栃木県はかつて、足利銀が5割以上のシェアを握り、激しい競争とは無縁だったが、2003年に経営破綻すると、一気に他行の草刈り場となったという。 私:競争は、地元の経済が疲弊するなかで進んだ。パナソニック、コマツ、キリンビールと、工場閉鎖が次々と栃木をおそった。ここ10年で事業所の数は、3割減った。残った貸出先の奪い合いは苛烈になり、低金利で客を奪い、さらなる低金利で迎え撃つ。 懸念はまだあるという。それは「相続」だ。融資先は乏しくとも、預金だけはあるのが地銀だった。国債で運用すれば、わずかだが利ざやを稼げた。しかし、その条件すら、「相続」で、むしばまれ始めている。 A氏:高齢化が進むと、彼らの遺産を受け継ぐ人のうち、いったい、どれだけが地元に残っているのかが問題だね。 私:「これから地銀から預金が流出する。考えるだけで怖い」という。 明日は、統合の問題に移ろう。
2014.11.16
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私:欧州委員会のユンケル新委員長は、3年間にわたる3千億ユーロ(約42兆9千億円)の投資計画を提案し、公共投資についての議論を再び始め、この提案は、欧州連合(EU)の首脳陣によって12月に議論される見込みであるという。 A氏:欧州がこのような取り組みを検討するのは、今回が初めてではなく、1993年、2000年、2012年と計画があったが、実施されていないという。 私:教授は、三つの投資手段を提案している。一つめは、予算によるもの。財政余力のある政府は、経済効果のある事業に投資すべきだ。公共投資は民間投資を補完する。適切に計画や目的を定めれば、民間投資を締め出すどころか、促進することができる。 市場が支払い能力のある政府に対して歴史的低利率でどんどん貸し付けようとするいま、ためらっている場合ではないという。 A氏:二つめの投資手段は、規制にかかわる。たとえばエネルギー、デジタルインフラ、輸送など、返済期間が長期にわたる多くの大規模投資は、国家が規制する部門に集中しており、政府には事業の判断に影響を及ぼす力があるという。 私:三つめの手段は、金融によるものだ。投資需要が落ち込んでいるのは、金利が高過ぎるからではなく、金融システムのなかで、リスクを取ろうという姿勢が不十分だからだ。 資本市場が支配的な米国とは異なり、欧州大陸での資金調達は銀行をよりどころとしてきた。しかし、銀行はリスクを伴う融資の際、規制当局から自己資本増強などを求められる。また、銀行の債権者たちも、銀行が苦境に陥った場合、救済してもらえると期待すべきではないと言われている。 A氏:その結果として、ハイリスク・ハイリターンの事業が、手にしてしかるべき融資を受け取りにくくなっている。 私:各国政府とEU側は、まさにここに介入し、リスクの一部を民間企業と分かち合うべきである。このためにEIBや各国の開発銀行を活用すれば、現在の行き詰まりを打破する力になるだろうという。 この三つの取り組みは、結果的に3千億ユーロの規模になるだろうか? それはいま、誰にも分からない。しかし、目的を達成するにはこれが最も確かな道筋だろうと教授は言う。
2014.11.15
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私:TPP交渉は、10日に北京で開かれた首脳会合で実質合意できず、目標時期さえ決められなかった。この3日連続の新聞記事はなぜ、うまくいかないのか、この交渉の「漂流」も現実味を帯びる中、参加する国々を歩いて考えたという報道だね。 A氏:11日には新聞は「『年1600億円失う』の衝撃 マレーシア」と題してマレーシアについて報じている。10月に国際貿易開発会議が「TPP加入でマレーシアは輸入が増え毎年14億ドル(約1597億円)を失う」と公表したという。 私:TPPはマレーシアの国論を二分している。「マレー人経済行動委員会」には中小企業を中心に約50万人が参加し、与党に影響力を持つ。政界でもマハティール元首相が反対を唱える。反対論が盛り上がる理由のひとつが、「TPPは自国産業を育成する時間を新興国に与えない」ことだという。 A氏:新聞が12日にとりあげたのはISDS条項だね。賠償額は年々高額化していて、訴えられて、審議で途上国などが負ければ国家財政に穴があきかねないため、こうした国々を中心にISDSへの拒否反応は強く、交渉全体が足踏みする一因となっているという。 私:13日は「大国で『聖域』決めるな ニュージーランド(NZ)」と題してNZをとりあげている。NZは乳製品の競争力は世界1だから、TPP交渉国のうち、乳製品への関税が全品目の中で最も高い、カナダ(246.8%)、日本(178.5%)、米国(19.1%)が乳製品を「聖域」にすることに反対している。 A氏:ところが、関税撤廃を強く求めるNZにも「聖域」があるという。医薬品だね。 今年5月、NZ医療関係者270人が署名した公開書簡がキー首相に送られたという。それは「TPPが多国籍製薬会社に与える特許と独占は、NZの薬価を高騰させ、健康へのコストを増大させる」というものだ。 私:日本も農産物の「聖域」はどうなったのかね。 まだ、難航しそうだね。
2014.11.14
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満蒙 日露中の「最前線」 私:1939年、モンゴル側のささいな国境侵犯からはじまったノモンハン事件は、赤軍・モンゴル軍と関東軍・満州国軍が草原で、最新鋭の戦車や航空機を投入し、4ヶ月間で双方が数万人の死傷者を出した。関東軍の数倍の兵員と物資で、ソ連は関東軍を殲滅する。 日ソ両国が停戦に合意したのは1939年9月15日で折しも9月1日のドイツがポーランドに侵攻。 A氏:スターリンは、ノモンハン事件の間の、1939年8月23日にドイツと不可侵条約を結ぶね。1941年4月13日に日ソ不可侵条約が結ばれるが、6月21日、ドイツは、スターリンの油断をついてソ連を奇襲。 私:日本がドイツに呼応して北進するか南進するかはソ連には大問題だ。ゾルゲなどのスパイが活躍する。一方、ドイツ軍はモスクワに迫る。ソ連は極東方面軍を不利だったモスクワ攻防戦に移動した。彼らの軍備はドイツ軍に劣ったが、厳寒のロシアで何よりも必要な防寒具で装備されていた。ドイツ軍は夏服。満洲事変後の極東の軍備増強が、意外な形でソ連に貢献する。 A氏:ドイツ軍が年内のモスクワ攻略を断念し,撤退開始の12月8日、日本の連合艦隊はハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争に突入。太平洋戦争末期の1944年には、関東軍は南に抽出されてやせ細り、1945年8月9日の、ソ連の対日参戦での満州侵攻で関東軍は壊滅する。 私:かくして、日本支配下の「満州国」が、ソ連支配下の「満州」になり、さらに新中国の「東北」に変容し、1890年代から続いた日露中の最前線での駆け引きは終わるね。
2014.11.14
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満蒙 日露中の「最前線」 A氏:石原の構想に基づき、1931年、柳条湖付近の鉄道爆破の謀略を契機に関東軍は奉天派の攻撃を開始するね。「満洲事変」の勃発だ。 私:スターリンは中立を守った。スターリンは 「日本がこの事変を始めた目的は第1に『共産主義の伝染病』から日本と華北を守ること、第2に将来のアメリカとの戦争に備えた資源供給基地を獲得することであると考えた。しかし、『日本の帝国主義者』たちは、ソ連、中国、アメリカの狭間にある。ネズミ捕り(中国東北)に引っかかった」 と見ていた。 A氏:10年後に、その通りになったね。 私:関東軍は「北満州」を制圧し、1932年、満州国の建国を宣言する。 これは、長大な国境をはさんで日本がソ連、モンゴル人民共和国に直接対峙する始まりとなった。 スターリンは満州国を承認しなかった。もし、承認すれば中国と争いになり、承認を拒否すれば満州国と争うことになる。研究を要するとして先送りした。 A氏:満州国を承認しなかったソ連は対日宥和策をとるね。 私:ソ連の日本宥和策の背景に、1933年からの熱烈な反共主義者ヒトラーの台頭があるというが、ソ連側にしては、日本との戦争の恐怖があった。 1935年、ソ連は中東鉄道の満洲国への売却を認める。これを蒋介石はソ連の裏切り行為として非難。結局、中東鉄道はその誕生から終焉まで、東アジアの国際関係に不和と抗争をもたらした。 中東鉄道の売却はソ連が中国東北における主導権争いを放棄したことを意味した。スターリンの遅きに失した「英断」であり、日本に強いられたやむをえない「退却」でもあった。 この後、ソ連にとって「満蒙問題」は満州国と国境を接するロシア極東とモンゴル人民共和国の国防問題へと転化していく。 A氏:満洲事変後にソ連は極東の戦力を増強するね。 私:極東で、日本に敗けない武力を備えるまで、ソ連は隠忍自重する。 1939年、ノモンハン事件が起きる。明日はそれからふれよう。
2014.11.13
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満蒙 日露中の「最前線」 私:1927年に中国統一を目指す蒋介石が率いる北伐軍が、上海で共産党との協力関係を解消し、流血の事態となった。 A氏:上海クーデターだね。 これはトロツキーらの反対を押し切って国共合作を指導してきたスターリンにとっては大きな誤算であり、蒋介石とスターリンの長い闘争のはじまりとなったね。 私:張作霖、蒋介石と対立するようになったソ連にとって、日露戦争後のように日本と提携する道も考えられたが、中東鉄道と満鉄が商業上のライバルであり、また、日本が新しい鉄道を敷設しはじめていたことが障害となった。 A氏:しかし、1928年、張作霖が爆死するね。 私:張作霖はソ連と対立していたのは事実だが、爆破はソ連の陰謀だという説を著者の麻田氏はあやしいと見ており、実証が積み重ねられてきた関東軍による犯行だというのは動かしがたいとしている。 張作霖の死で空いた北京に北伐軍が無血入城し、北京政府は消滅し、南京が首都になる。 張作霖の息子の張学良は、対日に転向し、蒋介石の指揮下に入り、中東鉄道でソ連とも対立する。 1929年、ソ連軍は満州里から、張学良の奉天軍を攻撃し、降伏させる。「奉ソ紛争」だね。これは、1924年にソ連が成立してから初めての「対外戦争」となった。 この紛争解決で、スターリンはモロトフへの手紙で 「われわれの確固たる立場を通して、蒋介石の政府を植民地の従属国の手本となることを望んでいる。帝国主義の従僕国家として、徹底的に暴露し、その権威を打ち破ることにある」 と書いた。 A氏:背景に平和的解決を望むブハーリンとスターリンのソ連指導部内の対立があったね。 「奉ソ紛争」の戦闘が開始された時、ブハーリンは政治局を追放される。この年、トロツキーは国外追放となり、スターリンの独裁が確立するね。 私:「奉ソ紛争」のさなか石原莞爾や板垣征四郎ら関東軍の参謀たちは「北満州」の長春、ハルピン、満州里を視察する。 石原は「奉ソ紛争」におけるソ連の行動を分析して、その軍事的脅威が復活しつつと判断し、ソ連に対抗するために、中国東北の全土を日本の支配下に置こうと計画する。 明日は、これ続く「満州事変」とスターリンの対応に移ろう。
2014.11.12
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満蒙 日露中の「最前線」 私:第1次世界大戦中に中東鉄道の運行が停滞したことで、各国からの荷物を揚げるウラジオストック港では貨物は溜まる一方となる。10月革命後、ロシアはドイツと単独講和の交渉をすすめていたので、1918年、イギリスはその滞貨がドイツに渡ることを恐れ、日本や米国とともにウラジオストックに上陸する。 日本の出兵数は最盛期7万人を越える。 A氏:「シベリア出兵」だね。 私:連合国は、シベリア鉄道と中東鉄道は連合国鉄道委員会の管理下におく。 一方、シベリアの反革命軍は1919年、モスクワに向けて進撃するが、革命軍の反撃で遁走する。 1920年、日本はシベリアから撤退するが、革命軍が「北満州」に侵入するかもしれないことを名目に、ハルピンから西の中東鉄道に軍の一部を駐留させた。 北京政府はこれに抗議したが、中国東北を支配下に収めた張作霖は逆に歓迎した。 結局、日本軍は「北満州」と沿海州には1922年まで、北サハリンは日ソ国交樹立までの1925年まで出兵した。しかし、満蒙権益の拡大には失敗した。 A氏:一方、中東鉄道の国際管理体制も日本軍のシベリア撤兵とともに終わるね。 私:張作霖は北京政府に代わり「北満州」に残されたロシアの利権回収を進める。 1922年、ソ連が成立し、極東共和国という「北満州」の緩衝帯が消滅し、北京政府とモスクワが直接交渉するようになった。 中国東北は草創期のソ連にとって魅力的な土地であった。まず、豊富な穀倉地帯であったことだ。より重要なのは「北満州」と中東鉄道の沿線がモスクワに反抗する反革命派の牙城となったことだ。 1924年、ソ連は中東鉄道を実質的に管理下に置く張作霖の奉天派と「奉ソ協定」を結ぶ。しかし、鉄道を通じて、中国東北に深く関与するようになったソ連は、次第に奉天派との対立激化という代償を支払わされることになる。争点は中ソ合併となった中東鉄道だ。 一方、張作霖と日本との関係は深くなる。 A氏:1927年になるとソ連はスターリン時代になるね。 私:明日は、スターリンにとって意外な上海クーデターからふれていこう。
2014.11.11
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満蒙 日露中の「最前線」 私:清朝も自国で満州に鉄道を敷きたいがカネがない。これに目をつけ、アメリカの大手銀行からなる借款団が、中国東北の鉄道事業の中立化案を提示。しかし、日露の拒否で流れ、逆に1910年、第2次日露協約が調印された。 ロシアの東北アジアにおける対外政策は自ら有する中東鉄道の利益になるかどうかが重要だった。 A氏:1912年、辛亥革命が起き、清朝が滅亡するね。 私:中国と直接国境を接するロシアは、あわてるが、日本の出方を考慮して中立を守る。 辛亥革命を機に、モンゴルで独立運動の動きが始まり、ロシアの中東鉄道の警備隊がこれを支援する。 しかし、日本は1913年、北京政府と「満蒙鉄道借款修築に関する交換公文」を結び、満鉄から内モンゴルに延びる路線の権利を得る。 A氏:1914年、オーストリアがセルビアに宣戦布告し、さらにオーストリアの同盟国ドイツがセルビアの同盟国ロシアに宣戦布告し、第1次世界大戦となる。 私:ロシアの工業生産力は遅れており、アメリカや日本をはじめとする世界から軍需物資を集めたが問題はその輸送路であった。頼りになったのはシベリア鉄道と中東鉄道であった。 A氏:まさに「鉄道戦」だね。 私:貨車不足に悩まされ、アメリカやカナダより貨車の援助を受ける。また、ロシアの中東鉄道警備隊もヨーロッパに応援に行き、ロシアの中国東北の戦略的・経済的影響力を弱めた。 これにより、中国東北の各省の軍閥が台頭した。その中で奉天省の張作霖が奉天派と呼ばれる一大勢力を築く。 A氏:1917年、革命でロシアのロマノフ朝は滅亡する。そもそも、革命は首都住民の飢餓が大きな要因であったので、レーニンは食糧の確保が期待できる中国東北に目をつける。 私:しかし、中国東北の中心部ハルピンの革命は失敗し、反革命派は地元の中国人とも宥和的な関係を築いた。 明日は「シベリア出兵」からだ。
2014.11.10
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満蒙 日露中の「最前線」-【電子書籍】 私:満蒙問題は日露中の3つの国の関係でみないと正確ではないが、われわれは、とかく、日中の「歴史問題」に気を取られ、ロシアが盲点になっているね。 この本は、その意味で、ロシアの満蒙への干渉を日中と交えて記述していて興味が湧く。 A氏:ロシアという国は、ヨーロッパからの広大な平原が続いているため、安全保障の「最前線」はできるだけ国家の心臓部から遠くへともっていくことになる。 私:ロシアは、1891年、ウラジオストクに向け、シベリア鉄道の設置を開始する。 そして、中国のどこかに支線を延ばすことを考えた。 1894年、日清戦争で日本は勝ち、遼東半島を含む「南満州」の割譲を講和会議で要求したが、この要求が過大とし清は英・露・仏の3国に訴えた。 A氏:日本としては屈辱的な「3国干渉」が始まるね。 私:ロシアは日本の「南満州」の占領はロシアへの脅威だとして「3国干渉」をし、日本は割譲を諦める。これによりロシアは日本をイギリス側においやり、日本は「臥薪嘗胆」で対露報復のための軍備を拡張し、日英同盟、日露戦争とむかっていく。 一方、ロシアは「3国干渉」で清に恩を売ったので、シベリア鉄道から中国国内への支線(中東鉄道)の設置が1897年から行われる。 中露国境の満州里から東はロシア沿海州の国境にある綏芬河を繋ぐ路線が中東鉄道「本線」、ハルピンから満州里を西部線、ハルピンから綏芬河を東部線と呼ばれる。 これにより、ロシアは、ウラジオストックは冬は凍結するので、1898年、中東鉄道のハルピンから、大連という不凍港に1901年に直結できた。 A氏:1902年、日露戦争が起き、日本が勝ち、講和条約でロシアは手塩にかけた大連と中東鉄道の一部を日本に譲るね。 日本は翌年、長春から大連までの満鉄を発足させる。満鉄警備の名目で日本は軍を置くがこれが後に関東軍となるね。 私:日露戦争の敗北でロシア外交は急転換し、1907年、第1次日露協約で日本との関係改善をはかり、同年、英露協商も成立。ロシアの関心がドイツ、オーストリアに向き、第1次世界大戦の遠因となる。 明日は満州の鉄道にアメリカが乗り出してくることにふれよう。
2014.11.09
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私:どうも今、議論している「集団的自衛権」という日本語の意味がピンと来なかったんだが、以前、テレビで経済学者の浜矩子氏が、「今問題になっている集団的自衛権とは『他援権』と言えば分かりやすい」と言っていたので、腑に落ちたことがあった。 A氏:この朝日新聞の「検証 集団的自衛権」欄は9回続き、今日から番外編が始まったね。 私:俺の知りたかったのは、法制局として、「自衛権」と「他援権」をどう区別してきたかだね。 秋山収元法制局長官(在任期間2002~04年)は、2004年の国会で、集団的自衛権で当時、自民党幹事長だった安倍氏と激しくやりあったことがある。 秋山氏は今年の閣議決定の集団的自衛権解釈変更について、「『他国防衛』が本質の集団的自衛権を、『自国防衛』の個別的自衛権とごちゃ混ぜにするような論理は、憲法の規範を揺るがすものとしか思えなかった」言っている。 A氏:やはりごちゃ混ぜなんだね。 私:今朝の番外編では、元法制局長官宮崎礼壹氏(在任期間2006~10年)が、「2004年に閣議決定した政府答弁書で集団的自衛権は『他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止する権利』と定義されており、集団的自衛権は『他国防衛』がその本質にあるとして、集団的自衛権には『他国防衛』と『自国防衛』の2つの学説があるというのは正しい問題提起になっていない」と言う。 A氏:阪田雅裕元法制局長官(在任期間2004~06年)は、「国民の生命や権利が『根底から覆される』という表現は、日本が武力攻撃を受ける有事を想定してきた」という。 ところが安部首相は、中東のホルムズ海峡に機雷が敷設され「原油が来なくなる」場合や日米の信頼が多少揺らいだりするというのは、『国民の生命や権利が根底から覆される』に該当するという。 私:阪田氏は、「これから法制局に求められる役割は『根底から覆される明白な危険』とは、外国の武力攻撃が我が国に差し迫っていること以外のなにものでもない、ということをしっかりと国民に明らかにし、官邸にもそう理解してもらうことだ」と言う。 しかし、これまで、長官の首をすげ替えるという強硬姿勢を貫く安倍首相のもとでは、法制局は内閣直属の役所だから、法制局長官も苦しい立場だね。
2014.11.08
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私:明後日からまた、大相撲が始まるね。 A氏:やはり、注目の的は一挙に関脇に昇進した逸ノ城の活躍だね。 私:初土俵から所要5場所で三役へ駆け上がった大器はいかに育まれたのか。 父アルタンホヤグさん(44)と母ボロルトヤさん(43)は、馬40頭、牛30頭、羊400頭、ヤギ100頭と暮らしている。家畜が食べる草を求め、季節ごとに住む場所を変える移動生活。 A氏:そこでの生活が逸ノ城を鍛えたんだろうね。 私:小学校に入学した8歳までは両親を手伝う日々だったという。馬や牛の世話は、幼い子にとって格闘のようなものだという。乳を吸う子馬を母馬から引き離したり、体重が500キロ以上の牛を引っ張ったり。森から丸太を運び、のこぎりで切ることで腕の力が付いた。 毎日の乗馬は足腰の鍛錬になった。台車に120リットルの水が入ったバケツを置き、何人も子どもを乗せて押していて、信じられない力持ちだったという。 加えて、零下20度にもなる冬。寒さに耐えるので、遊牧民は我慢強い。 A氏:体重5千グラム、身長60センチで生まれ、馬乳を発酵させて作る馬乳酒を2歳で飲み始め、多い日は2リットルも飲むほど好物。食事の中心は1週間で1頭を消費するという羊肉。蒸しまんじゅう「ボーズ」や揚げギョーザ「ホーショール」を好んで食べ、14歳で体重は130キロにもなったというね。 私:それに親類にモンゴル相撲の強者がいる。特に、1920年代に活躍し、モンゴル相撲で横綱にあたる称号を得たワンダン。逸ノ城の3代前の親類にあたるが、8年連続、全国大会で優勝し、モンゴル相撲の冊子では「歴史的な力持ち」と紹介されていたという。 A氏:逸ノ城には父、母の両方から怪力の血が流れているのだね。 私:すっかりモンゴル勢に乗っ取られた大相撲だが、これも時代の流れか。 まぁ、九州場所の活躍はどうなるか、白鵬との勝負はどうなるか、楽しんで見たいね。
2014.11.07
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】スターリン [ 横手慎二 ] 私:スターリンの生涯をこの新書版1冊にまとめているね。しかも、一方的な見方でなく、最近の専門家の違った見方を示しながら、その実像に迫っている。 こないだ「敗戦とハリウッド映画」の本を読んだ感想でも書いたが、俺達の中学・高校時代はハリウッド映画漬けだったが、あるとき、カラーのソ連映画が来たことがあった。映画には軍服姿のスターリンが立っているシーンが出るのには驚いたね。微笑した顔で、堂々と立っているだけのシーンだったがね。本人でなく、影武者だろうが、スターリンを神格化した映画だったね。 A氏:当時は、スターリンは我々も英雄と思っていたね。それが死後、次第にヒトラー並みの残酷な非道の独裁者というイメージに極端に変わったね。 私:この本は現在のソ連崩壊後のロシア国内でのスターリン評価を最後にまとめている。 スターリン統治期の粛清は正当化できないとしても、それだけでスターリンを評価すべきでないとして4つの点をあげている。 第1は、倫理と政治は区別しなくてならないというもので、20世紀の政治家は誰一人として「なんらかの倫理的判断を指針とすることはなかった」からだ。 第2は、真の革命は社会的なテロを意味した。テロによる大量虐殺はフランス革命などヨーロッパ史でも見られた現象であり、ロシアにのみ見られたものでない。 第3に、農業の集団化と工業化は不可避であった。工業化は数百万人の農民の犠牲によってすすめられたが、外資の導入なしで、ロシアの工業化は急速に進んだ。 第4に、スターリンはこうした政策をとることによって、第2次世界大戦で勝利を収めた。 彼は緒戦で失敗し、大戦前に多数の軍司令官を粛清したが、戦争での勝利は軍だけで866万人、国民全体で3700万人の高い犠牲を払った。にもかかわらず、第2次世界大戦の勝利は彼の功績であったことに違いない。 また、スターリンは戦後も非常に短期間で荒廃していた経済を立て直した。 A氏:スターリンの統治期に、ロシアはその伝統主義と西洋マルクス主義の左翼過激思想を結びつけ、ロシアの条件に適応させることによって、新しい社会発展のモデルを生み出したといえるね。 私:スターリンのこういうロシア国内での評価と外部の評価の違いは大きいね。 違いが大きいほど、内外の相互理解は困難になる。 今、国内人気の高いプーチン大統領の内外の評価の違いも似ているね。
2014.11.06
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】江戸の貧民 [ 塩見鮮一郎 ] 私:19世紀頃から、落語が次第に人気を博す。これまでの諸芸は「ほどこし」を受けるために行われた。いわゆる「投げ銭」だね。しかし、落語は芸を「寄席」で売るので先にカネをもらう。歌舞伎も同じでその後の社会に生き残れた理由のひとつになるね。 「乞胸」は武士の係累だが、もうひとつ純度の高い「浪人」がいた。肩をそびやかし、格好をつけているが、食えなくなって物乞いをしている。「虚無僧」だね。 幕末になって、浪人が一旗あげるチャンスが来てから「虚無僧」は稀となったという。 最後は香具師だね。 A氏:露店商かね。 私:江戸期はクスリを廉価で売っており、大道芸人でなく、商人だね 大岡忠相が「13番香具師職業」を認めたのは亨保20年(1735年)。こうして香具師のボスが生まれる。 ところで、「神農」という神がいる。古代中国の伝説上の帝王で人々に農耕を教え、医薬を作り、また市場を設けて交易を行わせたといい、日本では江戸時代から漢方医の尊崇をあつめていた。クスリと交易を業とする香具師にとって大切な守護神となった。 有名なのは大阪市道修町の「少彦名神社」。この神社は「神農さん」といわれ「神農祭」が行われる。一帯は、製薬会社発祥の地で田辺製薬、小野薬品工業、武田薬品工業、シオノギ製薬などが誕生したという。 明治になって、薬の販売が禁止され、香具師の称廃止条例が出て、以後、テキヤと言われる。薬の方は一部、富山の置き薬にまだ引き継がれているね。 A氏:テキヤと言われているが、ヤクザと関係があるのかね。 私:もともと別の組織。最近、一部関連があった事件があったようだが、露店団体は暴力団関係者の加入は認めていないようだ。 明治維新は、今まで述べてきたような貧民にとって、暴虐の嵐となった。江戸の貧民はそれまでの演芸・技芸を禁止され、露店での商いまで疑問符をつけられた。 昭和の頃、戦後しばらくは、じいさんやばあさん、両親や兄弟がうるさいほどまわりにいた。それが高度成長期がすぎたあたりから、みなどこかへいってしまった。 演芸の声などで満ちていた世界に例のない江戸の下町の貧民の賑やかさも夢のようだね。
2014.11.05
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】江戸の貧民 [ 塩見鮮一郎 ] 私:「非人制度」の仲間に入れられた者を「抱え非人」といい、野外でむしろにくるまっている者を「野非人」といって区別したという。 非人は仕事をしないで、お布施を求める、すなわち物乞いをして回るのだという。仕事をすると既得権者の権利の侵害になるからだろう。 ただ、大福帳など市中の紙くずを拾って、水で墨を洗い落とし、リサイクルしトイレットペーパーにする仕事はしていたようだ。 いろいろな仕事をするようなると、非人たちは増長して、町奉行から直接支配を受けたいと思うようになる。一時、ゲリラ戦に出て火付けまでやって、島流しにあっている。 A氏:穢多と非人はその身分の形成のされかたから、対立関係にあるね。 私:対立関係は幕府崩壊まで続く。 ところで、前回、江戸の身分制で「士農工商穢多非人」としたが、それとは別に「乞胸(こうむね)」というのがある。漫才とか、講釈などの演芸をするんだね。「乞胸」とは、多くは浪人出らしいね。 幕府は大名に対し、改易、減俸、転封などリストラをやりたい放題やったので浪人が増えた。しかし、慶安4年(1651年)、由比正雪の乱があり、幕府の浪人に対する政策は大きく変わった。 以後、お国替えなど浪人発生をおさえるとともに、市中にいる既存の浪人を徹底して統制する方針になった。 浪人のうちで、特に賤民化しているグループをひとまとめにして非人頭の支配のもとにおくというものだ。しかし、いきなり「抱え非人」にするのは抵抗があるだろうということから、中世に誕生した「乞胸」というよくわからない名称を持ちだしたという。 懐柔策として「乞胸」の身分は町人でいいとした。 A氏:身分と仕事が一致するのが徳川身分制度の原則だが、原則から外れるね。 私:その原則を守ることで、代々の生活の安定をはかったのだが、「乞胸」に関しては、身分は町人、仕事は「非人支配」というめちゃくちゃな決着になった。 「乞胸」は、その後、ずっと維持され、中核にはいつも浪人がいたが、諸身分から落ちこぼれた貧民をまわりに集めて肥大化する。非人小屋が抱えきれない者は、こちらに収容され、それだけ困窮の果ての弱者の集まりになるんだね。 明日は、落語のことからはじめよう。
2014.11.04
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】江戸の貧民 [ 塩見鮮一郎 ] 私:江戸期に穢多を管理する代々弾左衛門という家系がある。その役のひとつは、奉行所に係る仕事で処刑の手伝い、牢屋敷の掃除、浮浪者の取り締まりである。もう、ひとつの大きな仕事は皮革生産の管理だね。 どちらも死の穢れに接し、弾左衛門は、その管理のトップの役だが、ここに派遣されたさむらいは大名並みの扱いを受けた。弾左衛門の下には地方の小頭がいて管理していた。 鎖国前は、皮革製品は輸入できたが、鎖国後は品不足になり、穢れ意識にとらわれた農民は死んだ牛馬を自分で解体しないで穢多身分に依頼する。鎖国の仕上げ後、あらゆる農村に穢多村がつくられた。穢多はバラした後、女子供はみんなして肉鍋を囲んだという。 A氏:皮革製品の生産増で、部落民の人口が増加して栄養がよかったようだ。農民のほうは「間引き」しているというのにーーー。しかし、穢多はアパルトヘイトのように町民とは隔離されたんだね。 私:弾左衛門は、江戸の人口が増えてきたとき、ロウソクの灯心の生産に目をつけ、幕府から専売権を得る。 また、猿回しをやる「猿飼」の一族も各地の穢多小頭の管理下におかれた。 「十二支」では「馬は火気で猿は水気」で、猿は馬の病を防ぐということから、軍馬を持つ大名は馬に関することなので穢多頭に管理をまかせ、猿回しは武士の厩で猿回しを披露して、馬の健康を祈った。 A氏:ところで江戸時代の身分制は「士農工商穢多非人」というが、穢多と非人はどうちがうのかね。 私:穢多は武士階級の誕生とともに生まれ、主として「穢れ」に関する仕事をし、町奉行や牢屋奉行を通して管理されていた。 非人のほうは社会からはじだされた落ちこぼれだね。江戸が都市として落ち着くまで50年はかかっているが、その間、人口は増加している。 特に寛永19年(1642)、大飢饉がピークとなり、百姓は田畑を捨てて江戸に逃げて、江戸の路上には、むしろをかぶった者があふれた。これらが非人だね これらの管理にはボスである「非人頭」が何名かいた。 奉行は、かれらに管理を命ずる。これが、徳川独自の「非人制度」だね。 明日は、これについてふれよう。
2014.11.03
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】江戸の貧民 [ 塩見鮮一郎 ] 私:著者は、江戸期の頃、江戸のように経済が発達し、都市機能が充実し、独自の文化が生まれたところは他にはない。その社会を「封建社会」という近代知識できめつけると何もわからなくなると言う。 現在の東京では「孤独死」が問題になっているが、「江戸の貧民」はどうだったのか。 著者は現在の東京の下町周辺を歩きながら、タイムトンネルのように江戸期にさかのぼり、「世界のどこにもない社会」を「江戸の貧民」の実際の姿を古文書などでさぐりながら描いていく。 ところで、日本では、古来から、伝統的に清潔が至上の価値と固定され、穢れたり、汚れたりするのは最低の状態とされた。 A氏:生者の最大にして最後の分泌物はかれ自身の死体だね。 私:それを処置する過程にいる人、すなわち、医師、僧侶、隠坊、墓守は当然、穢れた。 穢れ意識がもっと最も強まった時代に、「武士」が誕生した。「武士」はいくさになれば死と血に穢される。 A氏:「武士」は穢れのない殿上人より下であるということか。 私:だから「武士」は自己の救済をはかるため、神社の改修や造営に多額の資金を投入して、神社への尊敬の念を示し、穢れに関する仕事から身を引いた。 罪人の処刑の実行隊を武士身分から切り離し、自分たちの外に穢れた者・穢多をつくり出すことで「武士」は穢れていないというごまかしをした。だから、この穢多という身分制度(部落民)は武士階級の誕生よりすこし遅れた紀元千年あたりに制度化される。 A氏:その穢れについての考えは江戸も引き継ぐわけだね。 各地の重要な部落が都市に近い川の外に置かれたのは穢れの侵入をはばもうとしたためだね。「水」が穢れを落とし、穢れに対して有効だという古代の記憶が継続しているね。 私:部落の人の空間が「穢」とみなされたのはそこで牛皮革や小動物の死体に日々接しているからで穢れの期間が継続しているだけで血統ではない。 天皇でも身内の者が死亡すれば穢れるが、一定期間、喪に服すれば清浄にもどる。穢れの期間が継続していないだけだ。 明日は、江戸期の穢多の暮らしに移ろう。
2014.11.02
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】敗戦とハリウッド [ 北村洋 ] 私:この本では、1952年に「硫黄島の砂」という硫黄島の日米の激戦を描いたハリウッド映画が日本で初公開されたとあるが、この映画は1949年にすでに製作されていたもの。それが日本人の気持ちを逆撫でするのではないかという心配から、GHQの下では公開されなかったという。 日本向けのプリントからは「ジャップ」や「ニップ」といった差別用語が入念に取り除かれ、日本の反響を確かめるために試写会が行われたという。 しかし、結果は大成功だったという。 A氏:主演が「駅馬車」のジョン・ウェインだったことと、日本が強敵として描かれている点にあるとしている。要所要所でアメリカ兵が「日本軍の強さに舌を巻く」場面に「一種くすぐられるような快さ」があったという。 私:俺は、この映画を観た記憶がある。うろ覚えだが、日本軍はロケット弾を発射していて、これが米軍の脅威になっていたようだ。 しかし、2004年にクリント・イーストウッドが監督で硫黄島戦を米国側から描いた「父親たちの星条旗」と日本側から描いた「硫黄島からの手紙」のセット2作を制作。 だが、ロケット弾は登場しなかったね。記憶違いだったのだろうか。 A氏:洋画はハリウッドが中心だったが、フランス映画もかなり観たね。 私:ジャン・ギャバンがよく登場したね。美男ではないが、渋い独特の演技でひきつけたね。フランス映画はハリウッド映画と違い、悲しい結末が多いね。 有名な「望郷」も悲劇で最後のジャン・ギャバンの叫ぶシーンは今も鮮明に思い出すね。 A氏:同じジャン・ギャバンの「ヘッドライト」も悲劇だね。 私:ギャバンが初老男の哀感を滲ませて素晴らしいメロドラマの佳作だね。 パリとボルドー間を走る初老のトラック運転手ジャンの役で、街道筋の常宿で年若い女中と出会い、恋に落ちるが、これが悲恋で終わるね。 ハリウッド映画だけでなく、フランス映画との関係もふれて欲しかったね。
2014.11.01
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