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私:帝国憲法は最初から、簡潔明瞭にして、将来の国運の進展に柔軟に対応できるように作成されていた。 帝国憲法が昭和初期から崩壊していくのは、その解釈と運用にあった。 まず、学者が帝国憲法をよく理解せず、立憲主義の理念に反する解釈が出始める。 美濃部達吉はそれらを批判して立憲主義の立場から天皇機関説を唱える。 A氏:しかし、彼の著書は国体に違背するとして昭和10年(1935)発禁になるね。 私:それは帝国憲法の立憲主義的な内容を変えようという者達にとって邪魔だったからだ。 戦後、美濃部氏は「帝国憲法は立憲主義の憲法なので、改正の必要がない」としている。 帝国憲法に精通していない外人が、戦争中の十数年間、日本が専制的軍国的であったのは憲法のせいにしているが、それは逆で憲法の真の精神が歪曲され、間違った解釈や、運用によって生まれた慣習や法令が問題だったのであるから、これらを変えればよい。 帝国憲法を変える必要はない」としていた。 実は天皇機関説を葬ることは、立憲主義を葬ることだから、帝国憲法に対する死刑判決だった。 A氏:昭和10年頃から、日本が戦時体制に入っていくにつれて帝国憲法の廃棄論が唱えられるね。 私:帝国憲法の特徴は「権力の割拠性」、すなわち縦割りにある。これは立憲主義の特徴だが、それゆえにこの憲法では近代戦争の特徴である総力戦の邪魔であるということだね。 この「権力の割拠性」が災いして、国家機関が独走したとき、抑えのきかないシステムになっていた。 このシステムの欠陥を利用し、憲法の一部の規定を拡大解釈して、内閣をコントロールしたのが軍部だね。 A氏:司馬遼太郎は軍部の統帥権の問題をおおきくとりあげているね。 私:軍部は統帥権を利用して次第に政治力を発揮するが、これにより帝国憲法はその立憲主義的性格を発揮できず、断片的な条文が独り歩きする中で全体が否定される運命を辿る。 明日は、その「権力の割拠性」にふれよう。
2014.03.31
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私:伊藤博文は、「統治権を総覧するのは主権の『体』で、憲法の条規によりこれを行うのを『用』という」として、「体」と「用」を分けている。 「体」によって日本は共和制でなく、君主制であるが、「用」によって、君主に制約のある立憲政治であるとしている。 これはドイツの国法学者シュルツの理論にもあるという。 だから、「天皇は神聖にして侵すべからず」は天皇の絶対性を意味せず、立憲君主としての天皇を「政治争点化」を回避しようとした。 伊藤は、天皇は政治主体としての能動的君主でなく、政治の中心はあくまで、内閣にあるという政治システムを構想し、天皇の政治争点化を避けようとした。 ところが井上毅は、天皇を「しらす」を行う実質的な政治主体であるとして、内閣は政治の中心でなく、あくまで天皇大権の下で天皇を補佐する役割を担うのみの存在とした。 だから、井上は内閣の権限を弱くし、帝国憲法には内閣という言葉ない。 A氏:第1条の「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治する」と第4条の「天皇は国の元首にして統治権を縦覧しこの憲法の条規によりこれを行う」という天皇は、伊藤は天皇個人とは考えず、井上は個人と考えたわけか。 私:帝国憲法の運用にあたって、伊藤が政治の主体は内閣であるとしたことに明治天皇にとってはおもしろからざることがあったようで、蚊帳の外におかれた感じだったのだろう。 後に松方内閣の後、組閣の大命を受けた伊藤は、首相承認を承諾するにあたって、特に天皇に対して、万事自分に任せて欲しい旨を申し入れ、天皇から干渉しないという約束を取り付けているという。 A氏:しかし、国家が危機的状況にあるときは、天皇は「万民の父母」して積極的に行動する必要もあるだろうね。 私:実際に、松方内閣が議会と衝突したときには、伊藤は天皇に勅諭をだしてもらって混乱を救った。伊藤は2つの天皇観を使い分けていた。 この2つの天皇観は、太平洋戦争の開戦と終戦の手続きに典型的に現れている。 開戦時は、立憲君主としての天皇、終戦時は、「しらす」として「万民の父母」の天皇だ。 とにかく、東洋初の近代憲法である帝国憲法は内外から高い評価を受け、日本は白人社会以外で初の立憲国家となった。 明日は、これが軍により次第におかしくなることにふれよう。
2014.03.30
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私:シュタインは、国家が国民の精神を導く必要な方法として、風俗文化とともに宗教を掲げる。宗教を通じて国家と国民の精神的一致をはかり、一心同体となることを望んでいた。 グナイストも外来の宗教でなく、自国に存在する宗教を国教とすることを推奨して、仏教を日本の国教とすることを提唱している。 A氏:しかし、シュタインやグナイストの指導を受けていた帝国憲法起草者は、国教を設定しなかった。 私:国教を設定することは時代遅れの考えとして排斥している。 信教の自由を人類の文明の成果として高く評価し、政教一致や国教制度をそれに弊害となる過去の遺物として片付けている。 帝国憲法起案者の伊藤博文らはシュタインはやグナイストの国教の具体的な提言すら、日本の歴史や伝統に照らし合わせ、また当時の日本の置かれた状況を考えて、主体性をもって日本に相応しいものを取捨選択して取り入れた。 A氏:国家の機軸を宗教でなく何においたのかね。 私:伊藤博文は、国家の機軸は必要だが、日本には宗教が微弱で国家の機軸となるものはないとして、日本国家の機軸は「皇室」だとしている。 日本は宗教国家でなく世俗国家であるとした。 西欧と歴史が異なる日本の憲法は天皇の大権を前提とし、それを制限するものではなく、国家の権力は天皇がもとで、形式上も精神的にも天皇を機軸としたものであると伊藤は言う。 A氏:しかし、立憲政治の意義は君主権の制限にあるというのに反するのではないかね。 私:イギリスの「君主は君臨すれども統治せず」があるね。これについては伊藤博文と井上毅との間に多少の考えの違いがある。 明日、これにふれよう。
2014.03.29
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私:帝国憲法草案作成にかかわった金子堅太郎氏はハーバード大学卒の法律専門家だ。 彼は憲法はその国の歴史法学の方法論に基いて作るべきだと考えていた。 金子氏は「国体」という文字は日本特有の政治的名称であって欧米にはない。欧米にあるのは共和政体または君主政体という「政体」概念だ。 A氏:日本にも欧米と同じ「政体」という文字はあるね。 私:たしかに、天皇親政の下での郡県制、幕府政治の下での封建制というのがあり、これらは「政体」だ。 「政体」は時勢によって変わるがが、万世一系の天皇が政治を統御するということにおいて、日本の「国体」は変わらない。 幕府政治・将軍政治は天皇から政治を委託された委託政治である 源頼朝以来600年間、日本の政治は将軍が行って、皇室は衰弱の時代はあったが、天皇の大権は少しも侵されていない。 A氏:幕府政治といえども日本の「国体」に背くものではないということか。 私:金子氏はだから憲法政治になっても日本の「国体」は変わらないという。 この点で伊藤博文がドイツ法学者の唱える「政体」の変更を「国体」の変更と混同していると批判した。 万世一系の皇統をもって皇位を永久に継承されるという意味での「国体」は日本の政治的原則であって、永久に変更すべきでないと金子氏は主張した。 後に伊藤もこれにしたがったという。 A氏:これにより帝国憲法の起草者たちは、憲法政治とわが国の伝統(国柄)とが両立するということに大きな自信をもったわけだね。 私:ところで明日は、国家の機軸という問題にふれよう。 欧米では宗教、特にキリスト教が機軸になっているが、帝国憲法の起草者たちはこれにどう対応したかだね。
2014.03.28
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私:これは古い本で図書館から借りた。 前に読んだ「激論:日本の民主主義に将来はあるか」(岡崎久彦✕長谷川三千子対談)で帝国憲法を賞賛していたので、その知的な流れだね。 A氏:明治憲法は大正、昭和と続いていたので、正確には帝国憲法だね。 私:明治15年(1822)、伊藤博文は明治天皇の命により憲法作成のため渡欧し、当時、勢いのあった立憲君主国のプロシアに行くが、プロシアの国宝学者グナイストの冷淡な姿勢に落胆する。グナイストは、黄色人には憲法は不適当でむしろ、生意気な所業だという蔑視の見方があったようだという。 失望した伊藤はウィーンで、シュタイン教授に会い、この教えを請い、救われる。 シュタインからは、憲法はその国の歴史(国柄)に立脚したものでなければならないという助言を得る。 シュタインは、日本人が自分の国の歴史をよく知っていないと嘆いていたという。 A氏:帝国憲法草案は、伊藤博文、井上毅、金子堅太郎らが討議して作っているね。 私:井上は最初、憲法は欧米の真似を考えていたが、国の歴史に沿ったものでなくてはならないという考えに影響され、「古事記」からはじまり、日本の古典を徹底的に研究する。 ここで、「古事記」の「シラス」が登場し、世界の他国にない日本独自の皇室の統治理念ということを知る。 A氏:これはこのブログの「未完のファシズム」その5・に詳しく出てくるね。 人家の竈(かまど)から炊煙が立ち上っていないことに気づいて租税を免除し、その間は倹約のために宮殿の屋根の茅さえ葺き替えなかったという仁徳天皇の仁政の逸話によくあらわれている。 私:帝国憲法の第1条の原案は「大日本帝国は万世一系の天皇のしらすところなり」とあった。 後に「しらす」が「統治」になるが、もとの意味は変わらないね。 日本の「国柄」では、天皇は外国のような民を支配する専制君主ではないということだね。 明日は、万世一系についてふれよう。
2014.03.27
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【送料無料】謎の独立国家ソマリランド [ 高野秀行 ] 私:著者は、2009年にソマリランド、2012年にプントランドと南部ソマリアに行く。 ソマリランドは平和で安全な国で、外国人でも街を自由に歩けるし、銃を持った兵士は歩いていない。 これがプントランドや南部ソマリアでは危険であるし、銃を持った兵士が街を歩いている。外国人は兵士の護衛なしでは外を歩けない。 しかし、驚いたね。そんな地方の店で日用品を買うとメイドイン・チャイナだという。 A氏:中国のアフリカ進出はダントツだね。 私:アフリカは部族社会だというが、著者が現地で体験したところによると正確には氏族社会だという。この本は日本人に分かりやすいように、頼朝系氏族、義経系氏族、伊達系氏族と氏族に名前をつけている。内戦も氏族間の争いだね。 海賊国家プントランドの海賊行為も氏族社会の理解がないと分からない。 ソマリランドでは十数年前に氏族が話し合いで内戦を止め、武器も回収。 投票による民主政治だが、政党を投票でランク付けして3党に絞っている。 A氏:日本のような多党化の弊害はないね。 私:国会も多数決の独裁を避けるため、長老会議があり拒否権を持っている。 政治制度は日本より進んでいるね。 ところで、ソマリ人は、よくカートの葉を食べるのには驚いた。 これは一種の興奮剤なのだろう。麻薬みたいだね。 これを何人かで集まって食べると興奮してきてさかんにしゃべるのだという。 著者も取材で話を聞くため、そのような場に自らカートを食べていく。 そうすると精神が高揚して取材しやすいという。 A氏:副作用はないのかね。 私:ものすごい便秘だというが、牛乳を飲むと治ったという。 著者が次に目指す前人未踏の地はソマリランドの東部の地で、らくだで旅するという。 まだ、未発見の古蹟があるかもしれないという。 著者の旅は終わりが無いね。
2014.03.26
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【送料無料】謎の独立国家ソマリランド [ 高野秀行 ] 私:単行本で500頁の大著だ。 図書館から借りたから、短期間での読了に挑戦した。 幸い、用事で東北新幹線による1泊の旅行があったので往復の車中とホテルとで半分ほど集中的に読めた。 そうなると家に帰っても、勢いがついて、2日ほどで読了したよ。 A氏:頑張ったね。 私:ところが違うんだね。 ノンフィクションライターの著者高野秀行氏は誰も行かないところに行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探し、それを面白おかしく書くのをモットーにしているという。 だから、文が面白くユーモラスで読みやすく、意外な話や人物が登場する。 この本の副題に「そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」とあるが、ソマリアが3つに分かれている。 北にある「謎の独立国家ソマリランド」と東隣の「海賊国家プントランド」とその南隣の「戦国国家ソマリア」と3つに分かれているんだね。 A氏:ソマリアは内戦などで無政府状態が続き、「崩壊国家」というイメージが一般的だね。 私:そんなソマリアに十数年間、平和が続いているという「独立国家ソマリランド」があるということを著者は聞きつけ、その謎を解くために現地に飛ぶ。 現 地に飛ぶと行っても、独立国家といっても正式な国家でないし、ビザをどのようにしてとっていいかわからない。 誰も行かないところに行くというのは、まず、そういうところから始まるんだね。 ところで、「百聞は一見にしかず」で、著者が現地でいろいろなことを知っていくが、それが我々の先入観を覆すね。 このインターネットの時代なのに、真の情報は案外知られていないね。 ウィキペディアにも「ソマリランド」は細かく載っているが、この本のように詳細で正確な記述ではない。 その点は明日ふれよう。
2014.03.25
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私:電気部品を作っている30人位の中小企業A社が94年版でISO9001をとったが、このとき、若手の担当者を得意先の大手からもらい、コンサルタントも入れた。 2000年版改訂のときコンサルタントを替えたら、徹底的にムダな書類が減り、結局、その若手のISO9001担当者は不要になった。社長はコンサルタントの選択間違いを反省した。 A氏:1人分の書類管理の手間が減ったわけだね。 私:彼はその書類削減のノウハウをもって独立したね。 それから、百数十人の自動車部品の製造企業B社は、2000年版のとき、一人の品質管理担当者で取得したが、彼が退職したので、ある大手の電気メーカーの品質管理経験者を採用した。 彼はその電気メーカーのISO9001を持ち込んだから、書類が増え、最終的に4人の若手のISO9001担当者が固定化された。これは失敗例だね。もちろん、「コア活動」は変わっていない。 A氏:「コア活動」が不変なのに、品質管理の長が変わっただけで、ISO9001担当者が4人になるとはね。 私:ある2部上場の企業C社がISO9001をとろうとしたとき、すでにISO9001をとっていた得意先の1部上場の中堅大手部品メーカーD社の人が、コンサルタント料や社員がISO9001準備に費やした時間は、金額に換算すると1億円を超えると言ってきた。 その2部上場のC社は、以前、「コア活動」の改善を行った改善コンサルタントにISO9001取得を依頼したら、徹底的にシンプルなシステムで、500万円でISO9001を取得した。 A氏:その1部上場のメーカーD社はムダな書類を1億円もかけて作ったんだね。 一旦、書類を作るとその管理がまた大変だね。 私:これも中小企業の部品メーカーE社だが、ISO9001を取る準備で品質管理課長が、得意先の同業者の書類を参考に、自分なりに書類を作り、千枚くらいの種類の山ができた。そこでコンサルタントが来たが、その書類を10分の1程度に減らし、品質管理課長が書類に埋もれていた時間を現場の「コア活動」の巡回視察にあてるようにアドバイスしたという。 ISO9001に対応した日本の品質管理屋さんの行動は、それ以前からの世界を制覇した輝かしい日本の品質管理の歴史に汚点を残したね。
2014.03.24
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私:一昨日のISO9001の話にもどるが、ISO9001審査員がいくら頑張っても品質向上はできないだろうね。 マネジメント・システム審査と、品質を織り込む現場活動とは別だからだ。 マネジメント・システムを改善しても現場の改善につながらない限り品質は向上しない。 マネジメント・システム規格は、自動車メーカーであろうと、家電メーカーであろうと、食品メーカーであろうと共通だね。 それがマネジメント・システムの特徴だ。 しかし、企業はマネジメント・システムだけで構成されていない。 中心部分(コア部分)は自動車生産であり、家電製品生産であり、食品生産だね。 これは共通性がなく、それぞれの企業固有のシステムだね。 A氏:ISO9001的に言うと企業は共通性のあるマネジメント・システムと、固有の生産システムの2つのシステムの合成だね。 私:俺はこの企業固有のシステムの活動を「コア活動」と言っている。 自動車メーカーでは自動車生産が「コア活動」だ。 品質はこの「コア活動」で決まる。 だから、品質改善コンサルタントは、確立した分析手法を使って、まず、「コア活動」の現場観測、測定から開始し、現状を正確に把握するが、これには時間がかかる。 マネジメント・システム監査のように簡単にいかない。 10年ぐらい前に、ISO9001の内部監査員の研修に来た人たちに次の用語群を知っているかとアンケートをとったことがある。 「にんべんのついた自動化」「ポカヨケ装置」「あんどん」「セル方式」「内段取り」「サーブリッグ」「セット生産」「セル方式」「運搬活性分析」など。 これらは「コア活動」の品質改善に必要な手法だが、その内部監査員研修に来ていた人たちは皆、「知らない」「使ったことがない」と返事をしていた。 A氏:改善コンサルタントはこういう手法に精通していて、品質向上を行う「コア活動」を改善するね。 私:そういう訓練や経験のないマネジメント・システム審査員には「コア活動」の品質向上は最初からムリだね。専門が違うね。
2014.03.23
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A氏:今朝の朝日新聞では、漫画家のやくみつる氏が1コマ漫画で「労働形態もユニークに」として、「UNIQ労」という看板を柳井正氏が示している絵があった。 私:昨日発売の日経ビジネスもユニクロの非正規1万6000人の正社員化を特集しているね。 それは単に正社員を増やしただけでなく、ユニクロの従来の経営理念を大きく変えるための手段だね。 約3万人いるというパート・アルバイトの半数にあたる1万6000人を正社員化する。 厳密に言うとユニクロには正社員は、3種類ある。 1.勤務地は特定の店舗や地域に限定し、不規則な勤務時間でも働けるR社員。 2.勤務地は国内全域。海外勤務は望まないか、まだその能力がないN社員 3.勤務地は世界各国。海外事業に挑戦する意思と実力を備えたG社員。 今回の1万6000人の正社員化はR正社員だ。 今まで、約1400人しかいなかった。 A氏:ユニクロ経営の大転換とはどういう中身かね。 私:商売の仕組みを変え、地域に根ざしたユニクロにする。 それには、地域に根ざした店員の知恵が必要だ。 だから本社の指導によるチェーン経営は全部中止。 部下は部品でなく、創造力を持った一人の人間だ。 今までの店長中心でなく、現場のスタッフを経営者にする。 A氏:昨年、「ブラック企業」として叩かれたのが影響しているのかね。 私:日経ビジネスの特集では柳井氏のインタビューでそれをズバリ聞いているが、基本理念は変わらないとしても、やはり人事面で反省をしているようだね。 「変われない人」を否定しても始まらないと気づいたという。 それが今回の現場スタッフ重視の方針に変わる影響となったようだ。 これからは究極の個店しか生き残れない。 地域に密着したローカル化でグローバルを勝ち抜くという。
2014.03.22
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私:昨日のブログに書いた企業は、 ISO9001を15年くらい前にとっている。 最近、審査料が安い審査機関を変えたといっていた。 審査もまぁまぁのレベルだと言っていた。 A氏:ISO9001はだんだん日本企業では取得した企業が増えて、審査機関同志の競争が激しくなってきたんだろうね。 たしかに初期の頃は審査料は高かったね。 私:ISO9001をとると後は規格の改訂がない限り、維持審査という軽い審査が、年1回か2回ある程度だね。 A氏:システムは同じだから、維持審査は同じことの繰り返しだね。 だんだん、マンネリ化してきて、俺の知人の会社では、審査員とほとんど世間話で終わると言っていた。 私:ところが、ISO9001をとっても少しも品質向上になっていないではないかという批判が以前からあり、ISO9001の効果を疑問視する声が多くなってきている傾向がある。 これに対して、審査機関はもっとしっかり審査をやれという指示が元締め機関からきているらしい。 A氏:具体的には不良品やクレームが減ったかだね。 私:しかし、それはISO9001審査員にはムリな役割だね。審査員は業種別になっているが、分類が粗いので、専門性が低い。 ISO9001はマネジメントの審査だから、規格の専門知識があるが、品質を作りこんでいる現場の技術的な内容は詳しくない。だから、品質向上と言っても個別企業の業務の技術的なアドバイスはムリだね。「もっと紙を増やせ」というムダとなるアドバイスになるのが落ちだ。 A氏:昨日のブログでふれた工場のように、「ドイツの工作機械に換えたらどうか」というアドバイスは、よほど審査員が工作機械に熟知していないと言えない。 しかし、そういう品質をおり込んでいる現場技術を向上しない限り、品質は向上しない。 私:ISO9001の限界を知らないと、現場軽視になり、かえって品質向上を阻害するもとになるという矛盾を起こすね。限界を知ることだね。
2014.03.21
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私:昨日、地方のある製造企業の60歳代の経営者に会った。 雑談で、その工場で使っている工作機械の話になった。 この経営者とは10年来の知り合いだが、10年前の機械と違う。 10年前は確か、国内の有名な工作機械メーカーのものを使っていた。 ところが、今はあるドイツメーカーの工作機械に置き換わっていた。 性能が日本製より格段に優れているという。 A氏:価格が高いのではないのかね。 私:ところが価格は同じだという。 そして、日本製は故障が多かったという。 ドイツ製は加工の精度が高いばかりでなく、故障もない。 故障が多い時は機械をばらすので、作業者は機械の構造を知るようになるが、故障がないので作業者は機械音痴になるとその経営者は笑っていたよ。 A氏:ドイツは2012年に経常黒字は中国を抜き、世界トップになったね。 ドイツ経済が良いのは輸出が多いからだというが、原因は単にユーロ安だけではないね。 背景にものづくりの技術競争力があるんだね。 私:これは、このブログで、日経ビジネスで特集していた「ドイツの強さの秘密」をとりあげたね。 これを昨日の社長の話で、肌で感じたよ。 ドイツの製造業の強さは、ドイツの大学進学率は40%台半ばで他の先進国と比べて低い。 大学へ進まない学生の半数以上が、なんらかの職業訓練を受けているとされるという。A氏:日本人は勤勉だというが、どうやらドイツの若者のほうが真面目でものづくりに勤勉のようだね。 私:俺が昨日会った社長には息子がいて工場で働いている。 会って話しをしたがしっかりしている。 これなら後継者も大丈夫だね。 日本もものづくりの力を失わないようにしなくてはならないね。
2014.03.20
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私:今、図書館から借りた本が今、以下の5冊あり、逐次、読書中。 1.「ニクソンとキッシンジャー」中公新書 「要旨」ニクソンは、その任期中、側近ヘンリー・キッシンジャーとともに、ソ連との関係修復、米中和解、ベトナム戦争終結という、冷戦期における外交上の大きな成果を挙げている。 二人が構築した、現実主義に基づく外交戦略とは何だったのか、その真髄に迫るもの。 2.「明治憲法の思想」PHP新書 「要旨」明治憲法の実像に迫り、起草者たちの姿勢と思想から日本の国柄とは何かを問う。現行の憲法論議に新たな視座を与える一冊。 A氏;「日本の民主主義に将来はあるか」で帝国憲法(明治憲法)を絶賛していた知的流れだね。 私:「明日の記憶」の著者萩原浩氏の知的流れで次の2冊。 3.「ハードボイルド・エッグ」双葉文庫 4.「サニーサイドエッグ」創元推理文庫 A氏:2つとも探偵モノだね。 私:読書として最大の難関は5冊目だ。 5.「謎の独立国家 ソマリランド」本の雑誌社 「要旨」終わりなき内戦が続き、無数の武装勢力や海賊が跋扈する「崩壊国家」ソマリア。その中に、独自に武装解除し、10数年も平和に暮らしている独立国がある…。世界を揺るがす、衝撃のルポルタージュ。 問題はこの本が単行本で500頁の大著であることだ。 読み終えるか勝負だね。
2014.03.19
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私:昨日、ウクライナ問題をブログでとりあげたが、今朝の朝日新聞社説でクリミアの住民投票を「ゆがめられた民族自決」と報じているね。 クリミアとロシア批判だね A氏:しかし、ウクライナ本土での暫定政権の違憲性についてはふれていないね。 バランスがよくないね。 私:今朝の朝日新聞の「ウェブロンザ」では早大客員教授春名幹男氏の解説を掲載しているね。 春名氏は、今回の事態ではロシアの軍事的な攻撃性に注目が集まっているが、むしろ「ロシアの弱さを反映したもの」だという。 A氏:ロシアは「ロシアの力」を誇示してきたクリミア半島の黒海艦隊基地を死守しなくてはならない。 私:「不凍で深い天然の良港、防衛しやすい湾内の海軍基地を持つ戦略的要衝、クリミア半島の歴史的重要性は心理的に大きい」と春名氏は言う。 A氏:しかし、欧米の経済制裁はロシア経済に痛手を与えるだろうね。 もっとも、ロシアから天然ガスの供給を頼りにしているEUは米国ほどの強い姿勢をとっていないようだがね。 私:話が変わるが、ウクライナ問題で、影が薄くなったタイはどうなったんだろうかね。 この国の民主主義は都市派と農村派の対立で政権交代がデモで起きるのだが、「日本の民主主義に将来はあるか」の本で、岡崎久彦氏は、この両派に軍部が加わり、事実上は3者の政権交代と見るべきだという。 軍のおかげで民主主義の欠陥である果てない両者の自己主張を避けているという。 A氏:要するに軍がタイの民主主義のバランスを保っているということか。 私:今のところ、軍は表向き出ていないが、対立が収拾つかないと軍が出るのではないかね。 世界の国の民主主義は様々だね。
2014.03.18
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私:昨日まで「日本の民主主義に未来はあるか」の本をブログでとりあげてきたが、この本は「民主主義が遠心力」で、「愛国心が求心力」としていたね。 A氏:「民主主義」では、各人、自由に意見を言え、行動できるが、それでは国がバラバラになる。そこで「愛国心」が求心力で、国がバラバラになるのを防ぐというわけか。 私:その考えで、最近のウクライナ政変を見ていると、民主主義とは何かと思うね。 選挙で親ロシアの大統領が選出されたのに、昨年末頃から欧米寄りの民族主義的勢力が火炎瓶を投げるなどしてデモが暴力化、テロ活動に発展し、最後には大統領が国外に脱出し、後に、デモ隊による暫定政権ができるね。 選挙をしないで、デモによってなんでトップが変わるのかね。 違憲ではないのかね。その政権を欧米側は認めている。 A氏:だから、ロシアは正当性のあるのは選挙で選ばれた脱出した大統領だと主張するが、それは当然だね。 昨日まで「日本の民主主義に未来はあるか」で、岡崎氏が「封建制度はユーラシア大陸の蒙古帝国の外側にあった地域だけではないか。 蒙古軍のように、人を動物のように屠殺して頭蓋骨の山を築くような徹底的な専制政治を一度経験すると、権力に抵抗する自主独立の気風が根絶するのではないか」 と言っていたことを思い出すね。 ウクライナの地域は蒙古帝国の支配下に一時あったところだね。 私:それにクリミア自治共和国がまた騒ぎ出し、ついに、ロシアへの「祖国愛」により住民投票でロシアへの編入承認となっているね。 クリミアはウクライナの一部だから、ウクライナ憲法に従うべきだが、この住民投票は違憲だと欧米側は言い、ロシアへの経済制裁を考えている。 特に米国は厳しい姿勢だね。 A氏:日本も菅官房長官が「ウクライナ憲法違反で住民投票の結果を日本は承認しない」と述べているが、ロシアと対抗することになるね。 私:安倍首相は、せっかく、プーチン大統領といい関係になったのに、これでその良好関係を維持するのが難しくなったのではないかね。 とにかく、違憲の新政権を民主主義として認めるなら、クリミアの違憲の住民投票も民主主義として認めないと一貫性がないね。
2014.03.17
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【1000円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:この本の読書記録は昨日で終わりにしようかと思ったが、興味ある記事が2つあったので、ここに記録しておく。 1つは、「外患誘致罪」だね。 A氏:そういう罪が刑法にあるの? 私:刑法81条「外国と通謀し日本国に対して武力を行使させたものは、死刑とする」というもので、戦前からあったものだが、戦後の日本国憲法とともに、一部改訂されたが残っている。 この罪が適用された例はないというが、長谷川氏は、鳩山由紀夫元首相をこの罪に問いたいと多少、冗談で言っているね。 私:もう一つは民主政のもとになる封建制度のことだね。 岡崎氏は、封建制度があったのはユーラシア大陸の蒙古帝国の外側にあった地域だけではないかと言う。 要するに蒙古軍のように。人を動物のように屠殺して頭蓋骨の山を築くような徹底的な専制政治を一度経験すると、権力に抵抗する自主独立の気風が根絶するのではないかという。 A氏:徹底な破壊のあとでは、「その地に根を下ろした社会」、すなわち封建制度というものが不可能になるんだね。 私:ところがアジアでは日本だけが中世ヨーロッパのような封建社会ができている。 A氏:幕藩制度だね。「藩」は明治期の呼び名で、江戸時代は「国」と言っていた。 江戸時代、日本国内には二百数十の小国家があり、政治経済は各国にまかされていた。 明治維新は実は江戸の多様性を背後に持っていて成功したという。 私:地方分権だね。今のように国の交付金などない。 小さい国(藩)ほど、知恵を出さないといけない。 それが多様性につながったのかね。 今、再び、江戸時代のような地方の活性化が求められているね。
2014.03.16
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【1000円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:英語の「自由」にはfreedomとlibertyとがあるが、freedomはゲルマン語で血族や部族といった「解消しがたい所属性」を表す言葉に由来しているという。 一方、libertyはラテン語系の言葉で「民族」を表すという。 A氏:本来の意味はどちらも「民族」だね。 私:要するに「民族の自由・独立」を意味するという。 拡大すると「国家の自主・独立」が「自由」になるね。 これに対して、「個人の自由」は、一度、各人が振り回し出したら収拾がつかなくなり、恐ろしい権利・自由となる。 そこで、その「自由」を国家に預け、国家は国民の生命と財産を守る義務を負うということになる。 要するに、自由奔放な意味の「自由」ではないんだね。 ところで、二人の対談だが、共通している点はいろいろあるが、民主主義に期待してはいけないというものだね。 A氏:今までの流れだと期待するものはそういう考えを盛り込んだ新憲法だね。 あるいは、現憲法を破棄し、帝国憲法にもどすかだね。 私:それから岡崎氏は善い政治だけを志す新しい政治家たち、その背後にある教育に期待したいという。 日本の歴史と伝統、それも日本人の美質を教える教育こそ、民主主義に本質的に存在する欠陥を補い、日本の民主主義をより完全なものにする正攻法ではないかと岡崎氏は言う。 要するに「民主主義」は「愛国主義」でセットでないと、言いたい放題の国になってしまうということだね。安倍首相の「美しい日本」とか「日本を取り戻す」でイメージする国家像がわかるような気がするね。 いずれにせよ、敗戦を再確認し、大正デモクラシー時代の姿をもとめるべきではないかね。
2014.03.15
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【1000円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:岡崎久彦氏は、1918年の最初の本格的政党内閣である原敬内閣、さらに1924年の護憲三派内閣から1932年の犬養内閣までの間をは大正デモクラシーの最盛期で、日本のデモクラシーの黄金時代としているね。 こ れに対して、長谷川氏は、それは帝国憲法下の政治であったからであり、護憲三派というように帝国憲法の精神にのっとって行ったからだという。 A氏:帝国憲法(明治憲法)の評価が高いね。 私:帝国憲法の「日本帝国は万世一系の天皇之を統治する」の「統治する」の原案は「しらす」となっていて、「古事記」にも出てくる日本独特の言葉で、君主が支配するという意味でなく、仁徳天皇の「かまどの煙」の話のように、天皇が親しく民の現状を知り、民の安心を旨とする天皇の本質を表した言葉だという。 A氏:君のブログにあるね。外国は一人の豪傑が多くの土地を占領し、一つの政府を立てて、支配して国家を作っているが、日本は上の者は鏡そのものであり、自らの考えをおしつけない。いろいろな意見を聞き、そのときどきの妥協点を見出していくというやり方で、これを「しらす」というわけだ。 私:大正デモクラシーの破綻の原因は、日英同盟の破棄などの国際環境の変化と満州事変以後の軍の台頭だね。しかし、その軍自体若手の独走を統制できないようになる。 蒋介石が「日本の誰と交渉するのか」というのに対して日本通の幹部が「3人と交渉すればよい」という。3人とは大佐と中佐と少佐だと言われ、蒋介石はさじを投げたという。 軍において佐官クラスの発言力が強くなり、上の指導力がなくなってしまった状態となり、敗けるべき泥沼戦争に陥るね。 A氏:日本軍の下克上だね。 私:長谷川氏は「日本国憲法というものは日本の近代史の『汚点』だ」というが、そうなったのは戦争に敗けたからだから、「敗戦は日本の近代史の『汚点』だ」と言うべきだね。 さらに、なぜ敗けるとわかっている戦争を始めたのか、それこそが問題だね。 今回で最後にしようと思ったが、後、「自由」について興味ある内容があったので明日それにふれよう。
2014.03.14
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【新品】【2500円以上購入で送料無料】【新品】【本】【2500円以上購入で送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか 岡崎久彦/著 長谷川三千子/著 私:昭和20年9月22日の「降伏後における米国の初期の対日方針」には究極の目的として次の2項があると長谷川氏は指摘する。 a.日本が再び戦争をできないようにする。 b.米国に協力的な平和的な民主主義的国家を国民の意志により作ること。 項目bは占領時の検閲制度が矛盾すると指摘している。 A氏:しかし、日本を徹底的に軍事的に無力化するという最初の考えは、冷戦が始まって、「反共の砦」として日本の助けが必要になるね。 私:項目aはともかくどんな汚い手段を使ってもいいから、2度とジャップを立ち上がらせないという考えだ。 ところが項目bは日本が将来の友軍としてふるまうことを期待しているというずさんささという。 それが冷戦ではっきり出てしまった。 長谷川氏は、もしも、初期の対日方針項目aが存在意義を失ったと判断したら、米国はその時点で、日本の占領政策を全部告白し、謝罪してbへと切り替えるべきだったという。 それをしないでおいて、単に共産主義者への取り締まりを始める、というだけではうまくいかないのは当然だという。 A氏:長谷川氏の日本国憲法観にもどろう。 私:長谷川氏は「日本国憲法というものは日本の近代史の『汚点』だ」という。 これをはっきりみつめ、そこに盛り込まれた民主主義イデオロギーの虚構をあばき、われわれの「建国の体」にもとづく憲法をしっかり作り直すことだと言う。 地味のようでもこれ以外の正道はないとしているね。 A氏:安部首相の憲法改正の姿勢や、自民党の憲法改正案の背景がわかるような気がする。 私:安部首相の本音はどこにあるか分かるような気がするね。 明日は、岡崎氏が大正デモクラシーを高く評価しているので最後にそれにふれよう。
2014.03.13
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【1000円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:今日の国会で長谷川氏の日本国憲法(現行憲法)の否定論が問題としてとりあげられたので、この本の最後で述べている長谷川氏の現行憲法批判論を先にとりあげよう。 長谷川氏は日本国憲法の全体がマルマル大ウソだという。 形の上では日本国憲法は帝国憲法の改正憲法で、帝国憲法は敗戦後も昭和22年まで続いていた。 帝国憲法は問題もなく続いていたから変える必要はなかったという。 A氏:帝国憲法は立憲主義でできているから、ポツダム宣言の「民主主義的傾向の復活強化」になっているし、「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重」もすでに帝国憲法で確立されているというわけだね。 私:長谷川氏は、占領下で国の根幹にかかわる憲法を改正したことが問題だという。 何故なら、占領下ではGHQの検閲で「言論、思想の自由」はなかった。 日本憲法の前文は「日本国民はーーーここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とあるが、これはウソで、「連合軍総司令官マッカーサーはーーーここに主権が連合軍総司令部に存することを宣言し、この憲法を確定する」だと長谷川氏は言う。 A氏:「押し付け憲法」論だね。 私:長谷川氏は「脅迫憲法」だともっと厳しい言い方をしているね。 ウソの憲法にもとづく民主主義などおよそ虚しいという。 それから、自衛隊の最高裁の合憲判決は、国家固有の権能の行使として認めている。 これは国家が国家である以上、必ず持っている固有の権利、すなわち「自然権」で、明治憲法以前、日本が国家として成立して以来持っている権利で、今の憲法に基くものでなく、それが判決で出ているという。 A氏:自衛隊の根拠は合憲でなく、国家固有の「自然権」にあるということか。 私:有名な芦田修正が自衛隊合憲の根拠だというのは長い間考えられていたが、最近では「自然権」の解釈が通説になっているという。 明日は第9条の米国の意図についての長谷川氏の説明にふれよう。
2014.03.12
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【1000円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:「デーモクラティア」の根本気分は「自分の利益、自分の欲望、自分の好き嫌い」を主張するところにある。 民衆のそうした自己主張を無条件で善きものとするところに「デーモクラティア」の政治イデオロギーがある。 「衆愚政治」とは別に民衆がバカだという意味ではない。どんなに利口な民衆が集まっていても、彼らの今の欲望をかなえることだけを指針として政治が行われれば、それは必然的に愚かな政治になってしまうという意味だという。 A氏:古代ギリシャが一方で「愛国主義」で言いたい放題にならないようなしている矛盾を抱えているのは何故かね。 私:その矛盾の背景には「独裁への恐怖」があるという。 それは「僭主(ティラノス)」という民衆の圧倒的な支持を背景に権力を手にして指導者になる人間への警戒心からだという。 僭主恐怖症が常に民主政につきまとうという。 ところが、封建領主であれ国王であれ、その土地の共同体の中から長年かけて生まれてきた指導者は、永年にわたる慣習のしばりにコントロールされているという。 A氏:ただ、もっぱら民衆の支持を力に権力を握った者には、そうした慣習のしばりというは一切きかないというわけか。 私:その現代的な意味はヒットラーだという。彼は完全に民主的に選ばれている。 アリストテレスが次のように言っているそうだ。 「大衆のデモクラシーは最悪の政治であり、短命であり、かつ、次は独裁制に導く」 長谷川氏は、民主主義というのは結構怖いところがあるという。 明日は、近代デモクラシーの誕生に移ろう。 英国は近代デモクラシーの確立に成功したが、フランス革命は民主主義の失敗例ではないかという対談になる。
2014.03.11
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【送料無料選択可!】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか (単行本・ムック) / 岡崎久彦/著 長谷川三千子/著 A氏:昨日の話で、古代ギリシャの重装歩兵集団をまとめるには、民主政を必要としたが、日本の鎌倉時代には東国武士団が似たような関係にあったのに民主政の必要はなかったというのは、日本の東国武士の精神構造がしっかりしていたということになるね。 私:東国武士は西の公家文化に比較すると文化も教養も低いかもしれないが、しかし、それぞれの所領に根ざしてしっかりと共同体の絆を持って生活していた。 ところが、古代ギリシャのポリスは一度、外部からの侵略によって古来の形を崩されてしまった後でできた国家形態だから、日本と違って人間たちを結ぶ絆が希薄化していたことが背景にあるね。もっとも、古代ギリシャと鎌倉時代の間には千年の違いがあるがね。 この古代ギリシャの民主政で「強いアテナイ」の民主政を本格的に作り上げた立役者はペイクレスで、民会が国政の最高意思決定機関で、アテナイの市民権を持つ18歳以上の男子なら誰でも参加でき、投票の権利は平等だね。 役人もくじ引きで決め、任期は1年。 A氏:能力のある人を役人にするとその人に権力が集中し平等原則に反するというわけか。 私:特定の一人に権力が集中し、政治が一人の権力者によって動かされるのを潔癖までに嫌うというのが「デーモクラティア」のイデオロギーだね。 しかし、あまり個人の勝手を認めると、国家がバラバラになるので、ペリクレスは「愛国」を強調する。両親ともアテナイ人でないと市民権は認めないとして、肝心のところではしっかりと国家のかんぬきを閉ざしている。 ペリクレスは「民衆のご機嫌取りなどは2の次で、国のためにいいことをしたら憎まれる」と言っているという。 A氏:国家的にものを考えるということと、デモクラシーの間には矛盾があるということか。 私:長谷川氏は、デモクラシーは国家の遠心力、愛国は求心力だと言っているね。 その矛盾を明日、さらにふれよう。
2014.03.10
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【2500円以上送料無料】〈激論〉日本の民主主義に将来はあるか/岡崎久彦/長谷川三千子 私:NHK経営委員2名の発言が問題になった時、長谷川三千子氏がその1名で、新右翼の著名な活動家で20年前に朝日新聞本社で拳銃自殺した野村秋介氏への追悼文が問題になり、このブログにその「追悼文」の一部を紹介したが、そこに天皇を「現人神」として書いてあったので興味をもった。 A氏:長谷川氏は安倍晋三首相の応援団の一員だと言っているそうだね。 私:長谷川氏をNHK経営委員に選んだのは安倍首相だというから、首相の国家観が分かると思い、この人と岡崎久彦氏の対談であるこの本を図書館で探し出した次第だ。 2人の対談は、民主主義から始まるね。 基本的に「民主主義は良い政府を実現するためのというものに理想を求めるべきでない」としている。 民主主義の考えが生まれるのは、ギリシャで、それも戦争が騎士の一騎打ちから、長い槍で武装した重装兵士集団での戦術へ一大変化が起きたのが背景にある。 A氏:戦争が数の勝負になるね。 私:貴族だけでは数が足りないので、富裕な農民層が戦闘に参加するようになる。彼らは自分たちの利益を求め、政治的な発言を求めるようになる。貴族の方も、富裕農民層のご機嫌をとらないといけない。こうして、民主政は軍事技術の進化によって芽吹いたと言える。 A氏:似たようなことは日本の鎌倉時代にもあるね。 東国武士団が生まれ、戦いになると自分の所領から馬、刀、武具を出して参加する。しかし、ギリシャのように民主政とはならなかったね。 私:ギリシャの重装歩兵集団はいわば寄せ集めだったから、個人としてのエゴが出てくるが、日本の東国武士団は武勇と名誉を重んずるギリシャの貴族たちに近い存在だったので、民主政は不要だった。。 明日はその点にもっとふれよう。
2014.03.09
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【送料無料】僕たちの戦争 [ 荻原浩 ] 私:この本も昨日の「明日の記憶」」の荻原氏の作品だね。連続して図書館から借りた。 中心となるストーリーは2002年夏、サーフィンをやりに来たフリーターの若者尾島健太が大きな波を捉えようとした矢先、目の前の大きな半透明の壁が立ちはだかり気が遠くなって意識を失い、昭和19年夏の石原吾一の特攻隊予備軍にタイムスリップする。 同時に、昭和19年夏、九十三式陸上中間練習機を操縦している特攻隊候補の若者石庭吾一の遠くで稲妻が走り、同時に彼には飛行機のエンジン音が聞こえなくなり、前方の視界が歪み意識が遠のいていく。そして、2002年の尾島健太の日本にタイムスリップする。 A氏:2人の若者が約60年の時間を越えて同時にタイムスリップして入れ替わるんだね。 私:平和な日本で贅沢に暮らしていた健太は一挙に特攻隊員を養成している体罰ばかりの航空隊に放り込まれる。一方、吾一の方は、60年以上進んだ日本の贅沢な社会に放り込まれる。 生きる時代を交換して数奇な運命に陥ってしまった若者が、それぞれの視点から、太平洋戦争をどのように見つめるのか。また、戦争という状況下で、人間の精神状態はどのように変わってゆくのかを、真剣に考えさせられる問題作だという。 この小説を2006年にTBSで長編テレビドラマ化したプロジューサーは「若い人たちに、もっともっと、戦争について考えて欲しい、そして、今後歴史を語り継いでいく若い人たちに、そうした真実をもっと知って、自分たちのもっと後の世代に語り継いで欲しいと思い、戦争をテーマにした作品を制作することにした」と言っているね。 A氏:こういう交換タイムスリップという奇抜な手法で、あの太平洋戦争の姿を語るのは興味があるね。 私:小説では最後はアイママなまま終わっているが、ドラマでは明確にしているね。 俺たち世代は、小学生時代に「天皇陛下のために死ぬ」ことを真剣に皆考えていて、それが敗戦で微塵に砕けた。そして戦後の繁栄の時代という、一生の内に全く違った価値観の世界を経験した世代だ。だから、このタイムスリップは自分のことのように感ずるね。 文庫本で500頁近い長編だが、2日かかかって読了した。
2014.03.08
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【中古】afb 明日の記憶-荻原浩-【宅急便のみ】 私:1月の新聞書評で「会社なんかのために『死ぬな』」というショッキングな見出しで紹介されていた長編小説「神様からひと言」を読んで、作者の荻原浩氏に興味を持った。それで、この「明日の記憶」を図書館から借りた。新刊でないのですぐ借りられた。 2005年には第2回本屋大賞の第2位にランクイン、第18回山本周五郎賞受賞。 2006年には渡辺謙主演で映画化もされた。 この小説のストーリーは若年性アルツハイマー病を発症する50歳の広告会社の部長の病との戦いだね。 A氏:アルツハイマーは不治の病だから、戦いは惨めな敗北に終わることは明らかだね。 私:単行本300頁の長編だが、最初、物忘れが多くなり、仕事に差し支えも出てくる。 医者に見てもらったら、若年性アルツハイマーと診断される。 その発症から、次第に進行していく過程を詳細に語られていく。引き込まれるように一気に1日で読了。 この病を本格的に描いたはじめて小説ではないかね。 主人公の一人称で語られる心理描写は秀逸だね。 山本周五郎受賞だけのことはある。 著者は「自分の頭の中身をほじくり返すようにして書いた」という。 A氏:アルツハイマーは最後は人格を崩壊させるから、不治のガンより残酷だというね。 私:主人公は、発病まもなく、会社を退職する。 この小説は発病後1年足らずで25年つきそってきた妻の顔を見て「貴方はどなたですか。お名前は」と言うところで終わる。 この間、出来た婚での一人娘の結婚式、孫娘の誕生まではなんとかやりぬく。 その後のことは本人すら記憶に残らない人生だろうね。 本人にとっても周囲にとっても残酷な病だね。 この病は昔からあったのだろうか。 この病に侵されるのは運命だね。
2014.03.07
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日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折 私:2.26の軍事クーデターは総員1483人の前代未聞の大規模の蹶起となった。 襲撃は雪の中、午前5時過ぎに開始。 ところで、鈴木侍従長への襲撃は、クーデター計画の大きな誤算と言える。 鈴木夫人は昭和天皇の乳母、鈴木侍従長は昭和のはじめから天皇のそばにいて、父親のような存在。鈴木夫人は夫が瀕死の重傷を負ったので医者の手配をしてもらうために宮中に電話。その電話でいち早く天皇は襲撃を知り、驚愕し、同時に激怒する。 午前6時に本庄繁侍従武官長が参内する。本庄は北一輝と上海で会いお互いに好意をもっており、青年将校たちが信頼する皇道派の重鎮である。だから、本庄は当然ながら昭和天皇になんとか青年将校の蹶起を認めてもらうべく参内した。 ところが、天皇は先に鈴木侍中長の襲撃により陸軍の反乱だと思い、すでに大元帥の軍服姿となっていた。 本庄の思惑と違い、きわめて激しい姿勢だったという。 A氏:北一輝がこのクーデターの指導権をもっていたら、まず、皇居を占拠するということになるが、蹶起軍はただ天皇の理解を希望的に期待していただけだった。 その点、天皇を単なる道具のように見ていた北一輝の天皇観と、軍隊で現人神としての天皇としか理解していない青年将校の天皇観とのギャップが致命的に出たね。 私:有名な「国賊」の言葉で撤退命令が出るね。北一輝は獄中で辞世の一句を詠んだ。 「若殿に兜とられて敗け戦」 北一輝は1937年8月19日、青年将校らと処刑される。死にあたって青年将校らが「天皇陛下万歳」を唱えようかと言ったが、北一輝は「私はやめておきます」と言って、結局、誰も唱えなかったという。 著者の田原氏のいうように、北一輝の天皇道具論は、日本の敗戦後、マッカーサーにとって正論で、マッカーサーは成功したね。
2014.03.06
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日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折 私:北一輝の「日本改造法案大綱」では、革命の目的は政治経済的特権階級を捨て、枢密院や貴族院を廃止するとある。 労働者の任務については内閣に労働省を設け、国家生産及び個人生産に雇傭される一切の権利を保護することを任務とするとある。 労働時間は一律に8時間制として日曜祭日を休業として賃金を支払うべしとしている。当時は、労働時間は12、13時間が当たり前だから北一輝の考え方は画期的だね。 しかし、女子労働については家庭重視で否定的であった。 北一輝は、徴兵制による軍隊はもっともクリーンな集団だと捉え、国家改造にはもっとも健全な運営主体は徴兵制の軍隊だとしていた。この「改造法案」では「クーデター」という言葉が何度も出てくるが、北一輝は国家改造にはクーデターしかないと考えていた。 A氏:それは2.26事件につながるね。 私:1922年4月末に陸軍士官学校の生徒である西田税が北一輝を訪ねてきた。 西田は「日本改造法案大綱」を読んでから北一輝の信奉者となり、「我らが断行するのはクーデターだ」と決意する。 ただし、西田は「神聖なる現人神の享有し給う」と言っており、天皇についての理解には「天皇も国家の1分子」とする北一輝とギャップがあった。 ところで、北一輝は日米戦争は愚の愚として反対だった。 対米英戦争はソ連も巻き込むと見ていた。 A氏:2.26事件の前に5.15事件があるね。1935年8月、相沢三郎陸軍中佐の永田鉄山軍務局長斬殺事件が起こるね。 私:次第に1936年2月26日に近づくね。明日はそれに移ろう。
2014.03.05
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PHP文庫 た3-3【先着クーポン配布!】日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折/田原総一朗【2500円以上送料無料】 私:4人の裏の主役のうち、松井石根、頭山満ときて、次に大川周明だが、これはあまり興味がわかなかったので、とばして、北一輝に移る。 A氏:なんといっても、2.26事件と北一輝は昭和史での大きな問題だね。 私:北一輝の思想は、「日本改造法案大綱」に集約されているように思う。 まず、「国民の天皇」という言葉がある。 この表現が北一輝を戦前の日本できわめて危険な存在にしていた。 A氏:明治憲法には「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」となっていて、天皇は現人神であり、日本は天皇の国家であり、日本人は天皇の臣民ということになっていた否定になるね。 私:北一輝はこれを歴史的に否定する。源頼朝、足利尊氏、豊臣秀吉、徳川家康などの権力者は、天皇を都合よく利用していたのだと言い切り、明治維新によって国家に対して国民は平等になり、天皇は現人神でなく「天皇も国家の1分子」と規定した。 西郷隆盛や大久保利通など革命勢力の側が革命原理として天皇を使ったのが明治維新だというわけだ。 明治維新は江戸幕府という武家政治から大政奉還されたのでなく、復古でなく、クーデターであるとしている。その考えを昭和維新でも使うという発想だね。 「万世一系の天皇」などではなく、時々の権力者たちから憐れまれ、おとしめられ、島流しにされるなど不遇をかこってきた存在だと捉えた。国体の担い手はではなく、天皇の実権を奪取し続けた「乱臣・賊子」こそが国家生命の持続者だった。 A氏:北一輝は佐渡の生まれだというが、佐渡には承久の乱に敗れて北条義時により流された順徳天皇の墓があったのを見て育ったのが影響しているようだね。 私:明治以前の英雄たちは「乱臣・賊子」であり、国民はこれらの「乱臣・賊子」を支持してきた。 明日は、労働者の権利に移ろう。
2014.03.04
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日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折 私:日清戦争は日本が勝ち、弱体をさらけ出した清を列強は租借により食い物にする。この中国を救うべく「三民主義」を掲げて立ち上がったのが孫文だね。 頭山は宮崎滔天の紹介で孫文に会い、孫文の中国革命こそ大アジア主義実現の基盤だと確信し、日本での生活の面倒をみる。 A氏:1899年に義和団の乱に便乗して清の西太后は列強に宣戦布告をし、これが北清事変で、日露戦争の引き金になるね。 私:「玄洋社」は対露主戦論の急先鋒で、頭山は慎重派の伊藤博文枢密院議長に対露戦を説得する。1904年、日露戦争が起こり、日本は勝利する。 日露戦争に日本が勝利してから、ヨーロッパ列強の植民地とされたアジア諸国の独立運動の闘士たちにとって日本は希望の国であり、比較的安全に独立運動を推進できる拠点となった。 インド、フィリピン、ミャンマー、ベトナム、アフガニスタン、トルコなどの国の独立闘士が来日したが、日本政府が支援したのでなく、頭山らが彼らの面倒をみた。 私:1915年、日本は中国の袁世凱大統領に悪名高い「21ヵ条の要求書」を出して中国の反日感情を起こさせた。頭山は「21ヵ条」の要求には反対していた。 頭山は「日中が本当に1つになれば、西洋人など横飛びに逃げる。コッチが強くなったら、仕返しでなく、今までの西洋文明は獣の文明であったから、これからは真の人間の文明世界としなくてはならない」と言っていたという。 1928年の張作霖爆殺事件、1931年の柳条溝事件と日本は満州攻略を開始し、日本は頭山の「大アジア主義」からどんどん逸脱していった。著者の田原氏は、満州事変と5.15事件、そして日英離反が近代日本の迷走の起点とみて、ここから太平洋戦争まで敗戦に向けての道を進む。 頭山は1944年10月5日、御殿場の山荘で89歳で死去した。10ヶ月後、日本は敗戦。
2014.03.03
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【送料無料】日本近現代史の「裏の主役」たち [ 田原総一朗 ] 私:1945年、GHQは頭山満が率いてきた「玄洋社」を「侵略戦争を推進した団体」として解散させたことから、著者の田原氏は頭山氏に右翼という先入観を持っていた。 しかし、2003年刊行の「人ありてーー頭山満と玄洋社」を読み、それが大きな誤解であったことを知る。 その本には「頭山満は衰運に乗じてその領土を盗むようなことが非常に嫌いで、朝鮮の併合も反対、満州事変も反対、日中戦争に対しては心から怒っていた」とあったという。 太平洋戦争勃発前の1941年9月に、東久邇宮は「日中和平のための交渉に、政府代表が行っても、蒋介石は相手にしないだろうが、あなたが一個人として会ってはどうか」と頭山に蒋介石との和平交渉を依頼した。蒋介石は「頭山なら会ってもよい」と言ってきた。 蒋介石は14年前に頭山邸を訪れ「両国の交わりを失ってはいけない」と約束したことを忘れていなかった。蒋介石は日本に来ると頭山家の隣家で起居していて、蒋介石が日本人で最も信頼していた人物だという。 A氏:蒋介石との会談はどうなったのかね。 私:出発前に近衛文麿内閣が総辞職し、東條英機が首相になったので実現せず、日本は日米開戦、そして敗戦の道に進むね。 頭山は明治維新の14年前の1855年生まれ、福岡の下級武士の育ち。 彼は、西南戦争に西郷側に参戦し後、板垣退助を訪れ、自由民権を知る。 1880年、政治結社として「玄洋社」を設立。 A氏:1884年、朝鮮で清国への従属から独立して近代化をめざす「独立党」の金玉均のクーデター(甲申政変)が起きたが清国軍により敗走し、金玉均は日本に亡命。 私:最初、福沢諭吉邸に匿われ頭山が保護したが金玉均は上海に逃れ、そこで暗殺され、遺体は朝鮮に送られ惨刑される。 金玉均を暗殺し独立派の根絶を図ったのは李鴻章の清と朝鮮政府の策略であった。 金玉均の惨刑を知ると「清韓を撃て」という声があがり、「玄洋社」は清に対する開戦を強く求める。 1894年の朝鮮の東学党の乱に端を発し、日清戦争が始まるね。 明日はその後のことについてふれよう。
2014.03.02
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PHP文庫 た3-3【2500円以上送料無料】日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折/田原総一朗 私:東京裁判では日本軍の占領から1週間、1937年の12月13日から19日までが南京大虐殺の最高潮期であるとしているという。 その頃、松井大将はどうしていたかというと、12月17日に南京に入城し入城式、次いで18日に忠霊祭を行っている。 ところが、忠霊祭の終わりに、松井大将は司令官はじめ各部隊首脳部将士約500名に対して、泣きながらも、凛として将兵を叱る演説を始めた。 「おまえたちはせっかく皇威を輝かしたのに、一部の兵の暴行によって一挙にして皇威を墜してしまった」 「何たることをお前たちはしてくれたのか。皇軍として、あるまじきことではないか。おまえたちは、今日より以後は、あくまで軍規を厳正に、絶対に無辜の民を虐げてはならぬ。それが、また、戦病没者への供養となるであろう」 A氏:松井大将が南京に滞在したのは入城式の17日から21日までの5日間であったというね。 私:副官は入城式の翌日の18日に市内視察の予定であったが、治安が悪いという理屈で、松井大将を外に出さなかった。市内にはまだ、夥しい死体が遺棄されていて、松井大将に見せたくなかったためである。 21日になってじらされた松井大将は怒り、一人でも行くと言ったので、副官は車でできるだけ死体の見えない席に座ったが、それでも見えて、松井大将はそれを見てモノも言わず、ただ泣いていたという。 松井大将が南京大量虐殺を知ったのは東京裁判法廷であったという。 A氏:当時の日本軍は上の命令をきかない下克上の思想があったね。 関東軍の独走という下克上、盧溝橋事件を拡大し日中戦争の泥沼に走った下克上、これらは日本を敗戦する方向に走らせたね。当時の日本の軍事官僚の下克上による独走だね。 私:1938年1月、近衛文麿首相の「蒋介石を相手とせず」ですべては終わった。 松井大将は軍中央部から中国寄りと見られ、考え方の相違から更迭され、1938年2月に帰国し、熱海の自宅近くに「日本国民戦死者霊碑」と「中華民国戦死者霊碑」を建てて慰霊したという。
2014.03.01
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