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ジャック・タチ映画祭の4作目。1974年、タチ66歳のときの作品で最後の長編(テレビ用)という。「プレイタイム」の失敗で破産したタチの事情を知っても知らなくても、どことなくチャップリンの「ライムライト」に通じるペーソスを感じる人はいるかもしれない。ユロ伯父さんシリーズとは設定がまったくちがう。サーカス団の団長でサーカスの司会をつとめ、自分でも芸をする。こんなによくしゃべるタチは珍しい。ドキュメンタリーかと思ってしまう作りがユニークだ。劇場の建物をうつし、最後もまたこの劇場をうつして終わる。何か素敵でわくわくするようなことが起こる場所・・それが劇場であり人生もまたそうあるべきだとタチは考えていたのかもしれない、そう思わせるオープニングでありクロージングであり、この時間が終わってほしくない、永遠に続いてほしいと思った子どものころの気持ちを思いだした。それは、土曜の夜のテレビ番組だったり、花火大会だったり、クリスマスやお正月だったりした。家族で行った温泉旅行の帰りの写真がある。ふてくされて仏頂面をしているのは、この楽しい時間の終わりがたまらなく苦痛だったせいだが、エンターテイメント要素の大きいイヴェントを楽しんだあとには、この時間が続いてほしいと切に願ったものだった。劇場の中ではサーカス団が舞台装置を作ったり描いたりしている。しかしその中にもタチ一流のギャグがあったりするので、観客も含めてこれはすべて綿密な計算で作られた劇映画だということがわかる。しかしドキュメンタリーかとか劇映画かとか、そんなことは些末に思えるほど。タチの世界に最も入りやすく万人が楽しめる一本だろう。66歳のジャック・タチのパントマイム芸の見事さには舌を巻く。サッカーのゴールキーパーやボクサーなどスポーツものが多いが、舞台袖で仲間内の余興として見せる交通警官の形態模写も抱腹絶倒のおもしろさ。こういう一流の芸を見ると、日本の芸人がいかに底の浅い芸しかできないか、そしてそれは何をおもしろいかと思う「知性」の問題だということがわかる。サーカスなので動物が出てくる。考えてみれば、いつもタチの映画には動物と子どもが出てくる。この映画でも、他の映画と同じいたずらっ子が出てくるが、サーカスが終わり、観客がみな退場したあとも残って好奇心全開でいろいろないたずらをする。童心に帰るという言葉があるが、この映画を観た人間のほとんどは、かつて一度も持ったことのない童心を自分の裡に見いだすことになるだろう。最終日に見にいったので複数回見ることができなかったのは残念だ。
June 27, 2014
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ジャック・タチ映画祭の3作目。初公開時は「ぼくの伯父さんの交通戦争」というタイトルだったらしい。隣国?の自動車見本市に新型のキャンピングカーを出品することになり、英語が堪能な広報係のマリアさんらと出発するタチ。しかしトラブル続きでなかなかたどり着くことができず、修理のために泊めてもらったりしているうちに見本市は終わってしまう。終わってから着いたことで逆に人気が出て大成功、というバカバカしいお話。「プレイタイム」の交通部分と類似の発想のところが多い。したがって、「プレイタイム」を見ていればこの映画にも割とはやく入っていける。クルマに関する話なので自動車騒音がかなり挿入されていて、ちょっといらつくほど。1971年というと急速にクルマの普及が進んだ時期だったので、まだ騒音というより文明の音という感じだったのかもしれない。たしかに、1960年代の前半までは自動車自体が珍しく、所有者は限られていた。叔父が会社を経営していたのでそのクルマに乗せてもらったことがあったが、それが自家用車に乗せてもらったはじめての経験で、1966年のことだった。ユロ伯父さんはほとんどセリフをしゃべらず、長い手足で妙にユーモラスなドタバタを繰り広げていく。修理屋でのマリアさんの愛犬がモップにすりかえられるいたずらも妙におかしく笑える。ナンセンスなギャグに70年代はじめという時代を感じもする。自動車を擬人化する、というのは暴走族や女性や長距離トラックの運転手がよくやることだ。砦化、城化する場合もあれば武器化する場合もある。女性のばあい、子どものように扱うケースもある(その割にボンネットを開けることは少ないが)。しかしこの映画がおもしろいのは、人間のばかばかしさと機械のばかばかしさがそれぞれ別の旋律を奏でながらも調和していると感じられるからだろう。「プレイタイム」ほどではないが、しかけの豊富さは何度か観ないとすべて味わうことができないにちがいない。
June 26, 2014
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チョン・ジョン監督特集の2作目は1990年の旧作。朝鮮戦争における山岳パルチザンの悲劇的末路を描いたもの。類似の映画はまったくないと思われる。最初に結論を書くと、戦争映画として傑出している。この監督は「南宮洞1984」からもわかるとおり、歴史と事実に対してできるだけ誠実かつ忠実であろうという姿勢を強く持っている。そのため、パルチザン=善、米軍に支援された国軍=悪という図式(ステレオタイプ)に陥っていない。パルチザンの否定的側面も併せて描いているし、国軍兵士との前線での歌合戦や戦場でのほのかな恋や牧歌的な日々を描くなど戦争=悲惨という図式にもに陥っていない。残念なのは、日本帝国主義から解放されたあとの朝鮮の歴史について無知な人には、山岳パルチザン=朝鮮労働党(金日成)という誤解を与えてしまいそうな点だ。ロシア革命や中国革命のなりゆきを見てもわかるように、それらの革命は単一の政党が行ったわけではない。アナキストから社会民主主義者、サンディカリストまでを含む広範な人民と勢力・組織が行った。ボリシェビキや中国共産党は、革命後に権力を掌握したというだけで、革命の主体は労働者・兵士・農民であった。革命後、それらの勢力は根こそぎ粛清された。朝鮮でも同じことが起きた。南朝鮮労働党は金日成の労働党とはもともと無関係。朝鮮戦争を契機に合同したが、その後も独自性を保持した。そのことはこの映画でも描かれているが、描きわけが弱い。映画はいきなり米軍の仁川上陸から始まるが、最初に数分でいいから、南朝鮮労働党の活動やそれに対する弾圧、金日成の労働党との連合のいきさつが描かれていたならと思う。通信社に勤務していたキム・テの手記(実話)を元に作られたらしい。そのため、実際の戦闘、飢えや疫病との戦い、山岳高地での行軍などすべての細部に強いリアリティがある。南部軍は、八路軍のようには規律が確立していなかったようで、農民から略奪して行軍する姿も描かれる。一方、農婦をレイプした古参兵を銃殺刑(自殺のかたちをとる)に処する規範の高さには「解放軍」の面目がある。そもそも朝鮮戦争は他の植民地解放戦争と同じで、共産主義者とファシストの戦争であり、ファシストを支援したのがアメリカだった。したがって韓国の政権はアメリカの傀儡であり、その性格の如何にかかわらず、解体・打倒され南北朝鮮は平和的に自主統一されるべきなのだ。つまり、歴史の針をこの映画の始まる前、米軍上陸の前に戻すことが必要だ。そうするなら、朝鮮半島の正当かつ正統な政権は朝鮮労働党政権であることはあまりにも明白だ。これは現労働党政権が人権無視の独裁政権であることとは何の関係もない。南部軍=山岳パルチザンは結局、使い捨てにされ中国やロシアと同じようにほとんどの人々が粛清される。映画ではそこまでは描かれず、停戦直前で終わるが、その後の悲劇にも言及があればこの傑作の風格は一段と増したにちがいない。「南宮洞1985」や他の韓国映画でも感じることだが、日本の芸能人に似た人、あるいは自分の知人に似た風貌の人が出ていることが多い。韓国の水原という街に行ったとき、4~5歳の子どもが「チョコレート サジュセヨ」と寄ってきた。これが中南米やアフリカだったら何も感じないところだが、日本人とほとんど同じ風貌の子どもが物売りをする姿に胸が痛んだ。その意味で欧米人がこの映画を観ても感じない、ある種の痛みと共感と嫌悪を、日本人は感じるだろう。ファシストに肉親を殺されて解放軍に身を投じた人は多い。戦争で言語に絶する艱難辛苦をなめ、停戦後は味方に粛清される。こんな悲劇を繰り返さないために何が必要か、それをこの映画からはくみ取ることができない。韓国人に根強い「反共体質」こそが問われなければならないが、チョン監督はそこまで踏み込むことをあえてしなかったのは、朝鮮戦争で死んだすべての人たちを追悼し、この悲劇をもう一度かんがえるきっかけにしてほしいと考えたのだと思う。
June 25, 2014
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ジャック・タチ映画祭の2本目。1958年の作品(カラー)。「プレイタイム」で洗礼を受けていたので、割と短時間で「ジャック・タチの世界」に入り込むことができた。タチ扮するユロ叔父さんは下町に住む無職男。しかし姉の夫はプラスチック工場の経営者でお金持ち。弟を心配して就職やお見合いをセットしようとするが、そのたびにトラブルが続出する。ユロ伯父さんは姉夫妻のモダンな大邸宅の庭で行われるパーティに招かれたり工場に雇われたりする。しかしまさに歩くトラブルメーカー。工場のシーンなどはどこかチャップリンの「モダン・タイムス」を思わせるところがある。チャップリンほどの鋭い文明批評があるわけではないが、全くないわけでもない。機械に人間が翻弄されたりするのは同じだが、チャップリンとはちがい機械の方がむしろ人間的に感じられたりする。チャップリン映画では機械だけが悪者だが、この映画では機械と人間の両方を通じてアメリカ流の効率主義が茶化されている、といえようか。工場や家や自動車といった無機物が生き物のようにユーモラスに感じられるのは、タチの「路上観察眼的感性」のたまものだろう。観察から生まれるユーモアには汲みつくすことのできない豊かな世界を感じる。公開当時の大ヒットがうなずける。子どもや犬とユロ伯父さんの親和性も見逃せない。
June 24, 2014
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韓国映画界屈指の社会派映画監督チョン・ジョンの新作(2012年)という。2011年に死去した国会議員キム・グンテの著書を映画化したもの。クーデターと内戦によって独裁者となった全斗煥の在任中(1980~88年)に韓国民主化運動の活動家が「北のスパイ・挑発者」としてでっちあげられ、拷問された事件の当事者(被害者)の証言に基づく一本。ほぼ事実に忠実に作られたと思われる。この映画を観て、あらためて存命している全斗煥(チョン・ドゥファン)の自然死をゆるしてはいけないと思った。寛容、敵に対する温情は時に死活的に重要だが、韓国民主化運動を弾圧した連中は、イスラム原理主義者のような方法と執念と原則によって報復・処刑が行われるべきだとの念を強くした。拷問の描写が続き正視にたえないシーンも多い。が、これは映画なのだ。血しぶきの材料は何かとか、苦悶の際のメーキャップ術は成功しているかといった視点で見ることが大事。こういう映画の見方ができない人(女性に多い)は映画史的に重要な作品の多くを忌避してしまう。拷問もしくは拷問的取り調べによって虚偽の「自供」調書を作り上げ、ときには証拠まででっちあげて「犯人」を捏造する・・・これは洋の東西を問わず、政治警察(ときには一般刑事警察)が日常的に行っている。このことの善悪を論じてもしかたがない。政治警察とはもともとそういう性格のものであり、国家から完全に独立しないかぎり(たとえば民営化などで)政権の「犬」である宿命を負っているからだ。大事なのは、でっち上げや冤罪が明らかになった場合、可及的速やかに被疑者の名誉回復と賠償がなされることであり、同じようなことが起きないように組織の可視化を進めることである。関係者の処罰(法的な処罰にとどまらない、階級による処罰)は当然だ。この点では日本は韓国より遅れた国であることがこの映画を観るとわかる。民主化学生運動の指導者だった元活動家キム・グンテは、プロの拷問師イ・グナンによる虚偽の自白に追い込まれていく。映画ではこの過程が延々と描かれる。興味深いのは、拷問する側の人間性、ひとりひとりの個性も描き出していること。仕事としてしかたなくやっている人間、出世のためと割り切る人間・・・権力側も決して一枚岩ではないということがわかる。民主化革命が起きかれは釈放され国会議員になる。しかし拷問が原因でパーキンソン病になり、64歳で没してしまう。映画ではキム・グンテはイ・グナンを赦したように描かれている。自分ならどうするかをかんがえるなら、仮に心の底から悔い改めたことがわかったとしても、決して赦すことはない。国家の手先となって人の命を奪い精神を破壊するような行為に手を染めた輩をゆるすなら、同じようなことをしでかす連中がまた現れるにちがいないからだ。未来の人民に対する責任として、こうした輩に対しては断固たる処置がとられなければならない。キム・グンテに取材した小説家がいる。その小説家によれば彼は他の民主化運動の犠牲者に対する責任と、本心から悔い改めたわけではないイ・グナンを決してゆるさなかったそうだ。しかしキム・グンテは死に、イ・グナンは自分の過去を美化する本を出版したという。このように政治警察の中枢に近い人物ほど狡猾に立ち回るのは歴史を見ても明らかだ。こうした輩に必要なのは温情ではなく、地獄の劫火に焼かれるような苦しみを与え続けることである。
June 22, 2014
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偶然、以下の告知を見つけた。・・・・・今年三月台湾の社会運動により、留学生たちも連帯を作った。3月30日、札幌、東京、京都、福岡、沖縄で留学生が海外応援集会を行った。その後、留学生たちは心で繋がっている。東京、京都、名古屋での開催後、札幌においても《Hand in Hand》映画会を開催する。また、劇中に登場する台湾の民主運動における事件について、解説を行う。一緒に歴史の道を回顧し、貴重な民主主義を守ろう。台湾歴史に興味を持っている外国人も大歓迎!・映画紹介保守的な1950年代に、主人公の田さんは人権派医師の田先生と駆け落ちした。その後、人生あるいは社会運動そして政治犯救援の場においても、お互いを支えっており、一生、後悔しない。自由さえ許さない時代で、どのような男のために彼女は駆け落ちすることを選んだのか?民主さえ許さない国で、どのような情熱ために彼らは命の危険を冒して、デモにいくのか?彼らは熱血あふれる人生は、その時代の人と人、あるいは人と土地の絆を証明している。・・・・・国会議事堂を占拠した台湾の学生、医者たちの行動に触発されて留学生たちも連帯行動に立ち上がった。その行動の一環として映画上映会が開かれるというので行ってきた。2時間20分のドキュメンタリー映画の主人公は70代の田孟淑。台湾独立活動家として知られる人権派医師・田朝明との恋に基づく物語である。田朝明が亡くなる最後の4年間に密着しただけでなく、ふたりの歩んだ道と民主化指導者のエピソードや証言を織り交ぜている。セリフは台湾語と日本語、字幕が中国語(北京語と思われる)と英語。字幕が見えにくかったこともあり内容は半分もわからなかった。しかし、その退屈に耐えて最後まで見たら、だいたいの内容はわかったし、田朝明を看取る彼女の姿には強く打たれた。二人が出会い、親の反対を押し切って駆け落ちし、田朝明の信念によって病院を追われ各地をさまようといった経緯はアニメ仕立てになっている。この部分は複雑な話ではないので、字幕なしでもわかる。しかし、二人の恋はたしかに熱烈なものだったかもしれないが、いささか冗長。このあたりは恋愛に対する価値観の重さ、強さが日本人とはかなり異なると思われた。この二人の過去の恋や民主化運動での映像と寝たきりになった夫を介護する映像の間に、1947年の228事件、国民党政権によるその後の白色テロ、国民党内部の政治家さえ政府批判をすると反乱罪で投獄された雷震事件、1979年の美麗島事件、美麗島事件で逮捕された弁護士出身の省議員・林義雄の母や娘二人が惨殺された1980年のテロ、1988年の520農民運動、ジェイ・ナンロンとジャン・イファの焼身決起(1989年)の資料や映像、関係者の証言が収められている。これらの事件のほとんどは知らなかった。フランコ後のスペインと同じような状況だろうと勝手に想像していた。父の友人の多くは台湾人であり、長期投獄された人も複数いる。それでも日本のように冤罪で無期や死刑といった話はきいたことがなかったので、日本の民主主義よりはマシかと思っていた程度だった。しかし、マフィアなども利用しての白色テロはすさまじかったようだ。たとえば228事件で殺されたのは18000人とも、10万人とも言われている。その後も戒厳令の解除(1989年)までに14万人が逮捕され4000人が処刑されたという。台湾の「民主主義」は、文字通り身を挺して勝ち取られたものなのだ。もちろんいまだそれは途上だが、タブーとされてきた228事件についても知られるようになってきたという。実際、日本に留学してから知ったことも多いというくらい情報が乏しいのは当局の隠蔽体質が変わっていないからだ。台湾が親日国だという間違った理解をしている人は多い。台湾でよく言われるのは「犬が去って豚が来た」という言葉。ここでいう犬は日本であり豚は国民党。日本帝国主義が台湾に対して行った蛮行はその後の歴史の曲折のせいで日の目を見ることは少ないが、数万人が処刑されたと見るのが妥当だ。また、その文化もろとも消滅させられた原住民の部族もある。祖父の戸籍謄本があるので調べてみた。1884年生まれの祖父は1914年に祖母と結婚し長女は同年4月に日本で生まれている。次女が1915年1月に台湾で生まれているのは道理に合わないが、1歳になるかならないかの乳飲み子を抱え東北から台湾に渡ったのは1914年(大正3年)なのは間違いない。1895年の台湾侵略からちょうど10年目にあたる。そしてまた第一次世界大戦が始まった年でもある。祖父母の長男は従軍した中国大陸で中国人を殺しまくったあげく戦後狂死した。次男はニューギニアのビアク島で戦死した。三男以下は戦後まで生きのびたが五男であるわたしの父以外は40代で早世した。どんな個人史も世界史の大勢と無関係ではないということをあらためて突きつけられた気のする映画だった。
June 21, 2014
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副題は「報道写真家・福島菊次郎90歳」。キネマ旬第1位など2012年の映画賞を総なめにしたドキュメンタリーをやっと見ることができた。福島菊次郎の写真集はかつて何冊か持っていた。社会評論社の「戦場からの報告―三里塚 1967-1977」「原爆と人間の記録」は衝撃だった。タイトルは忘れたが学生叛乱、フーテンやウーマン・リブ運動、公害をテーマにした写真集も見た記憶がある。そういえば消息を聞かないと思っていたら90歳になっていて、この映画の公開に合わせてあちこちに招かれて講演などもしているらしい。その「福島菊次郎を囲む集い」に行った千葉の知人におしえられてこの映画の存在を知った。記憶にある彼は、たくましい壮年のカメラマンというもの。だがこの映画に出てくるのは、やせ衰えた老人。しかし目の力と光は強い。語る言葉にもムダとウソがない。ホンモノの人間だけが持つ迫力があって画面からいっときも目が離せない、というか離したら負けだという気がする。知らないことはあるものだと思った。驚いたことは三つ。ひとつは、1921年生まれの彼は招集されたが骨折事故に遭い、除隊になり戦死せずに済んだということ。彼が所属していた部隊は全滅したという。もうひとつは兵器工場内を取材し、隠し撮りして公表した後、何者かに襲われて重傷を負い、自宅を放火されたという事件があったということ。これは彼が有名になる前と思われる。ネガは娘が持ち出して無事だったという。その娘も登場するが、しっかりした高潔な人格の感じられる人だった。防衛庁と暴力団や右翼の癒着を匂わせる事件だが、白色テロリストを内部で養成する専門機関があるのかもしれない。殺さず重傷で済ませるあたりがきわめて練達なプロの技術を思わせるし、捕まれば死刑か無期になる現住建造物放火を計画的に行えるのは捜査機関から黙認されることが条件になるはずだからだ。もうひとつは文明を拒否して1982年から自給自足の生活を目指して瀬戸内海の無人島に住んだこと。消息を聞かなくなったのはそのせいだが、ある女性との出会いと別れ、彼女の死といった大きな事件もあったらしい。大病をしたとは思えない身軽さでいまも現場に出かけ、年金を拒否して生きる姿には、反戦と反骨を貫いた戦中派老人の気概を感じ、こちらの背筋まで伸びる気がする。かれの写真集はプライバシーの点から問題になったこともあったが、それをもってかれの仕事を全否定してしまうような小児病は克服されなければならない。彼の出世作となったのは終戦から10年かけて撮影されたヒロシマの写真集「ピカドン」である。被爆者の生活がこんなにも悲惨なものだったとはかれの写真を見るまで知らなかったが、この撮影のためにかれはショックで精神病になったという。ミナマタとヒロシマは棄民において共通している。かれはいま「フクシマ」に情熱を傾けているらしい。自分の写真を前にかれは言う。「日本全体が嘘っぱちの嘘っぱち」だと。映画のタイトルはここから来ている。政治や行政の話だけをしているのではない。「嘘っぱちの嘘っぱち」に立ち向かわないならば、その人間は「ニッポンの嘘」の一部になる。世界に誇ることのできる日本人もいるのだということを伝える貴重なドキュメンタリーであり、わたしが文部科学大臣なら各国版を作って世界中の図書館などに寄贈するところだ。
June 14, 2014
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BS放送が始まったころ、それまでいかに情報鎖国状態だったかを思い知った。インターネットが普及したこんにちでも、その状況はさほど変わらない。ウィキペディアを一度でも自分で編集したことがある人は知っているだろうが、公安当局や極右勢力によって、両論併記を装った世論誘導がされるのが常態となっている。ああいうものを真に受けて自分で調べたり考えたりしようとしない人間をバカというが、こうしたバカはかつてなく増殖している。マスコミは、数年前まで最大のスポンサーが電力会社であったことからもわかるように、広告出稿主の不利益になるような情報は極力流さない。また、権力側からの一方的な発表を真実として報道することが多く、冤罪事件の共犯者といっていいケースさえ少なくない。こうした「偏向報道」は、インターネットでわずかに是正された面はある。ある個人や団体の消息を知ることは格段と容易になった。しかし、外国のデモや集会はたとえ数百人規模でも報道するのに、国内のそれは数万人を集めても報道しない姿勢は異様だ。集会に集まった沖縄県民10万人の反対を押し切ってオスプレイを強硬配備しようとした2012年9月。台風17号の暴風の中、沖縄の人々は普天間基地ゲート前に身を投げ出し、マイカーを繰り出し、22時間にわたってこれを完全封鎖したが、この詳細を伝えたマスコミがどれだけあっただろうか。この出来事を琉球朝日放送の報道クルーたちが記録していた。この部分を頂点に、嫌がらせのスラップ訴訟を受けながらもヘリパッドに対する反対運動を生活の一部として闘い続けている高江の人たちの日常をうつしたのがこの作品。映画館だけでなく、全国の市民団体の手で自主上映されている。この2012年9月の闘いで、まっ先に座り込んだのは老人たち。これは、「歴史上最も醜悪な戦争」とニューヨークタイムズが評した沖縄戦の記憶を持つのが彼らだからだろう。三里塚などで警察の暴力は見知っていたが、強制排除に乗り出した警察の激しい暴力、見下す若い米兵の姿は、日本の国家権力とアメリカ軍の本質を赤裸々に伝えている。気の良さそうな若い米兵がエキサイトして殺人鬼の形相になっていく。こういう気のいい若者を殺人マシンに変えるのが帝国主義軍隊の特質だ。パックス・アメリカーナは幻想というか、問題の本質を覆い隠す偏向イデオロギーだ。軍事力による平和、軍事力の均衡による平和などありえない。アメリカがその強大な軍事力を背景に好き放題の殺戮を行う、これが「パックス・アメリカーナ」の正体であり実態であることを2003年以降の世界は知った。しかしそのアメリカは没落した。南米大陸ではアメリカ軍の基地はコロンビアだけになった。軍事予算の拡大はできず、他の国に肩代わりさせなくては軍事行動ができなくなっている。反戦運動とは平和を唱えてデモをすることではない。それは安全地帯のレジャーにすぎない。反戦運動の核心は、反基地運動であり、空母寄港反対運動である。なぜなら、侵略戦争のための戦闘機は基地や空母から飛び立っていくからだ。基地がなければ戦争をしたくてもできない。この点で、中国、ロシア、北朝鮮に対するアメリカの軍事的野心を媒介する日本の基地、自衛隊基地や空港を「有事」には米軍が利用できる日米安保条約は廃棄されなければならない。こうした反戦運動の「原点と原則」を再確認させてくれたのが、この抒情的な雰囲気さえあるドキュメンタリー。ただひとつ不満なのは、音楽が過剰でテレビ的リズムが感じられる点。ナレーションも過剰だ。多少冗長な部分があってもいいから、沖縄のあのゆったりとした時間の流れを感じさせてくれる編集のしかたもあったと思う。
June 13, 2014
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アニメーション映画の新しい可能性を拓いたと思える1本に出会った。養護老人施設でのエピソードを描いた2011年のスペイン映画「しわ」である。銀行員だった律儀な性格の主人公は、認知症の症状が出てきたため養護老人施設に預けられる。その施設にはお金にうるさく抜け目のない同室者のほか、アルツハイマー症の夫とその夫をかいがいしく世話をする妻、記憶が若い頃の特定の場面で止まった品のよい老婆など、さまざまな人たちがいる。主人公はある日、自分がアルツハイマー症であることを知ってしまう。徐々に症状のすすんでいくその彼のために、同室者はある行動に出ていく。エピソードともいえないエピソード、それぞれに思い出と過去を持ち、認知症の程度と進行具合によりさまざまな行動をとる老人たちの、それなりに自立した日々の暮らしが淡々と描かれていく。ほとんど唯一といえるような事件は、吝嗇に見えた同室者が実は思いやりのある人間だったことがわかるある企てだが、それも何か「いいこと」として描かれているわけではない。こういう老人もいるという例にすぎない。短編アニメーション映画祭などはときどき行くが、これといった作品に出会うことは少ない。しかしこの作品は、表情の乏しい認知症の老人たちを描く最善の方法がセルアニメであることを証明したという点で画期的だ。表情の乏しい老人にもかつて美しい思い出に満ちた充実した人生があったことを伝えるのは、生身の(認知症の)老人の実写では不可能だからだ。表情が乏しい、まさにそれゆえに、こうした老人たちの存在感が強く感じられるのには、新しいリアリズムの誕生あるいは創造という讃辞すら贈りたくなる。ところで、アルツハイマー症に関しては研究がすすみ、予防と治療の両面で画期的な成果が上がりつつある。最終糖化産物という原因物質が特定され、それは高温で調理された糖質やタンパク質の長期間の摂取によるということまでわかっている。1980年代の反原発運動は、料理法がテーマになっていた。着工時や稼働時などには大規模なデモや座り込みなどが行われたが、そこに至るまでは大量生産・大量消費の現代文明を生活の現場から変えていくことが試行されていた。地産地消はもとより、できるだけ生に近い状態で、省エネというか加熱を最小限にする工夫を共有していた。そこで学んだのは、料理に油を使わないこと、焼いたり揚げたりするよりは蒸すか煮る、生で食べられるものはできるだけそのままということだった。こういう食生活を送っていればアルツハイマーになる確率は極端に減る。1980年代に20歳以上、つまり自立した思考ができる年齢でありながら反原発運動に参加しなかったような、あるいはフライドポテトのようなジャンクフードを好む人間の多くは、これから続々とアルツハイマーになっていくということだ。
June 12, 2014
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映画史の本でしか知ることができないと思っていたジャック・タチの映画をよもや映画館で(しかも札幌の)観られる日が来るとは思ってもいなかった。しかも全作品が4週間のうちにまとめて上映されるという。2度観る可能性もあると考え、上映初日に行くことにした。1967年の「プレイタイム」は約1年、1000億円以上の制作費をかけて作られたタチ自身も出演している124分の作品。パリ郊外のモダンな都市が舞台。なんでも、この都市はこの映画のために作られたらしく、膨大な制作費に納得。現在のわれわれの目から見てもスタイリッシュ。ただしそうした建築物だけでなく電化製品や自動車のような無機物にもそれら自身が生き物であるかのようなユーモラスな生命力が与えられている。このユーモアを楽しめるかどうかがこの映画の評価と好悪の分かれ目。シネコンの走りともいえる総合娯楽企業の重役だったY田昌樹という人がいる。この人の口癖は「映画ファンはバカだから」というものだった。映画産業のただ中にいる人がいうのだから何か深い意味があるにちがいない。そう思って映画ファンのどこがどうバカなのか、いつも考えていた。「映画ファンはバカ」という単純だが罪のない言い方で表現されているのはなんだろうか。それは大ヒットするような映画を見ればわかる。メルヘンやロマンやヴァーチャルリアリティのような、自分のおかれているみじめな現実からいっとき逃避させてくれる娯楽であり気晴らし。マルクス主義ふうにいえば、階級社会の現実から目をそらし、階級融和の幻想をふりまくもの。労働者階級に属する人間が個人的な運や努力によって成功し階級離脱できるという幻想を与える、それが映画だと思っているような人総体をさして「映画ファンはバカ」と言っているのだろう。もちろん映画には娯楽的要素も大事だ。だが、大ヒットするような映画だけを見る人たちは、おめあての俳優やストーリーの起承転結にしか興味がない。そういう人でも楽しめるギリギリのリミットというか境界線上にあるのがこの映画だろうと思う。分類すればコメディである。アート・コメディという言い方もできるかもしれない。タチ自身が演じる「ユロ伯父さん」が、アメリカ人観光客の娘バルバラ・デネックと奇妙な邂逅をするというだけのお話。前半はビジネス街にある巨大ビルが舞台。就職の面接かなにかに来たユロ伯父さんはどうしても担当者に会えない。そうしてさまよい歩くうちに昔の戦友に会い、全面がガラス張りのモダンな部屋に住む友人宅に招かれる。後半はレストランでのパーティが延々と続く。このパーティでユロ伯父さんとバルバラは出会い、ダンスを踊り、夜明けの街を歩く。しかし何か特筆されるようなハプニングが起こるわけではない。すべて把握するのは不可能な無数の、主に視覚的なジョークが繰り広げられていく。映画を「観る」のではなく映画の中に遊ぶ。そんなジャック・タチの誘いに乗ることができる人はごく少数だろう。なぜなら、映画ファンはバカだからだ。
June 11, 2014
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現代フランスを代表するといっていいフランソワ・オゾン監督の作品は、しかしどれもフルプライスで見るだけの価値があるかと思ってしまう。2013年の「17歳」(原題は「Jeune&Jolie」)もそんな一本。初体験のあとほとんど何の理由もなく売春に走る女子高生の、その「理由のなさ」を注釈なしに提示しているだけの映画。勧善懲悪や逆に大人社会の不条理や不誠実を糾弾するといった姿勢もなく、ひたすらそうした行為の「理解できないが、できそうな気もする」観客の気持ちをやんわり刺激するように展開していく。主人公役のマリーネ・ヴァクトはモデル体型。エロティックな魅力は希薄だが、彼女の「客」になる父親よりも歳が上のような男性には魅力的なのかもしれない。そうした老齢に近い高齢の男がたとえ買春でも若い女性と接したくなる、その欲望や心理への踏み込み、切開があったら深い映画になったと思われるが、それはない。主人公の名門女子高生には弟もいる。この弟との会話、あるいは家族や友人たちとの会話が興味深い。恋愛やセックスについて、こんなにあけすけに話すのかと思うと文化のちがいを感じる。フランス映画らしく、適度に知的でもある。この女子高生の母親には婚外恋愛の相手がいるらしいのだが、娘がそのことを質すと母親は「もしそうだと言ったら?」と切り返す。娘は「わたしへの信頼の証だと受け取るわ」と答える。こんな会話のできる女子高生は(母親もだが)日本にはいないと断言できる。常連客のひとりが行為の最中に心臓発作で死んでしまう。そこから普通の映画らしくなっていく。見事なのはラストで、懲りずに売春を再開したかと観客に思わせておいて、そう来たかとくるあざやかな展開でフランス映画らしい余韻を残して終わる。フランス(パリ)の高校生のパーティのゴージャスさ、バカンスのひとこま、食事の風景、こうしたものがあまり映画的に作り込まれた感じがせず自然。実際にこういうふうなのだろうなというリアリティがある。それらも、日本とのあまりのちがいにため息が出る。
June 10, 2014
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見終わったあと、なるほどと思った。こういうやり方なら素人でもドキュメンタリー映画を作ることができるような気がしたからだ。特別な気負いや問題意識がなくても、自分が調べたり勉強したりする過程をそのまま一本の映画にするならできそうだ。娘が拾ってきた子猫を育てることをきっかけに動物の殺処分の問題に関心を持った、東京のドキュメンタリスト泉悦子監督の2014年作品。練馬区や中野区で野良猫の生活や野良猫の保護活動をしている人たち、行政などにも取材して、野良猫「問題」に関する基礎的な知識を教えられた気がする優れた映画になっている。「教えられた気がする」といってもNHKのドキュメンタリーのように固くはない。また、社会派ドキュメンタリーにありがちな結論への誘導もない。それなのに、この映画を観た後は、道で見かける野良猫に「同じ世界で生きる仲間」としての愛情を感じるようになる人は多いと思う。野良猫を捕獲し去勢手術をしたり、事情で飼えなくなった猫の新しい飼い主を見つけたりする地道な活動をしている人たちには頭が下がるし、さすが東京というか、こうした地域の民度の高さも印象に残る。話は飛躍するが、ハンセン病患者(あるいは患者にでっちあげられた人)にとって戦前と戦後は何も変わっていない。日本は戦後も戦前同様のファシズム国家である。野良猫の立場になってみるとする。保健所に持ち込まれた猫は(減少してはいるものの)ほとんどが殺処分の対象になる。生かしてはもらえない。野良猫の立場からは日本は旧ソ連やナチス時代のドイツも顔負けの全体主義国家だということがわかる。民主主義なるものの欺まん性はこうした排除され抹殺される側に立つときはっきりする。泉監督はアメリカのポートランドとドイツのベルリンにも出かけて取材している。驚くのは、予想されたことだがアメリカにおける活動の規模の大きさや徹底した合理性、それを支える膨大なボランティアと寄付文化の存在。また、ドイツでは犬猫の殺処分が法律で禁止されているというのには驚きを通り越してしまう。同性愛者を死刑にする国はモーリタニア、スーダン、アフガニスタン、パキスタン、チェチェン共和国、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン、ブルネイの10ヶ国があるが、犬猫の殺処分を法律で認めている日本はこうした国を嗤えない。水俣病の最初の被害者は猫だった。猫が死に、ネズミが大増殖したという。わたしの家でも、飼い猫が死んで数ヶ月後、ネズミが床を食い破って侵入してきた。猫は収穫した食べ物(穀物など)を守り、家畜を守り、ネズミによるペストの流行から人類を守ってきた。ヨーロッパではペストの大流行で人口の3割が死んだが、ヨーロッパ人が猫を大事にするのはこうした歴史も関係しているにちがいない。一方、日本では小動物を虐待する人間が増えている。川崎の廣瀬勝海、広島市南区仁保南1丁目の松原潤のような輩をせん滅したところで警察は捜査しないだろう。日本の警察にもその程度の良心は残っていると信じたい。それにしても思うのは、ペットショップなるものがはびこる日本のすさんだ現実である。保健所に行けば救える命があるのに、大金を出してペットを買う。無知もここまで来ると犯罪の域に達している。野良猫の捕獲機ははじめて見たが、よくできている。ああいうものを大量に用意して野良猫を一気に捕獲し、去勢手術をすれば殺処分などすぐゼロにできると思う。この映画に出てくるような良心的な獣医との連携ができるかどうかがひとつの鍵にちがいない。
June 9, 2014
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1961年、もう少し言えば1965年以前に生まれでボビー・サンズを知らない人がいたら、その人は無教養のそしりを免れないだろう。アイルランド共和国軍(IRA)のボビー・サンズが獄中から国会議員に立候補して当選し、しかしそれからまもなくハンガー・ストライキで死んだ「事件」は、遠い日本でも連日のように報道された。1981年当時、わたしは新聞をとっていずテレビやラジオすら持っていなかったが、それでも耳に入ってきた。だいいち、このころは毎週のようにIRAは北アイルランドやイギリス本土でテロを行っていた。それは日常茶飯事だった。この「事件」はいくつかの意味で衝撃だった。ひとつは、獄中から国会議員になれるというイギリスの制度に対するおどろき。受刑者から被選挙権を剥奪する日本の公職選挙法の規定は憲法違反だと直観した。もうひとつは、「犯罪者」として収監されている囚人を国会議員に当選させることのできるIRAの支持基盤とボビー・サンズの人気に対するおどろきである。つまり選挙制度に関しては「公平で開放的」であるイギリスと、イギリスからの分離とアイルランドへの併合を求めて武装闘争を戦うIRAの両方に対して、畏怖といっていい感情をすら抱いたのを強烈に記憶している。1969年生まれのスティーブ・マックイーン監督が2008年に作ったこの映画は、IRA(PIRAともいう)の囚人(PIRAの側からは戦争捕虜)たちの獄中闘争を描いたもの。事実に忠実に作られたと思われる。獄中闘争と言っても、彼らの立場からは自分たちはあくまで戦争捕虜であって、戦争捕虜もしくは政治犯としての扱いを要求するものである点で通常のものとは異なる。囚人ではないと囚人服を拒否して裸にブランケットをまとうなどの「抵抗」ははじめて知ったし、それを貫く誇りや意思の強さには圧倒される。この映画が優れているのは、「囚人」に苛烈な暴力をふるう刑務官や機動隊員の中にもそういう暴力に耐えられない人間的な人間もいること、「糞尿闘争」で汚れた廊下や部屋を黙々と掃除する看守を延々とうつすなど、権力=悪、抵抗者=善というステレオタイプを排除している点にある。一方、人間味のある刑務官をその痴呆の母親の前で容赦なく外部のメンバーが射殺する、政治の非情さといって悪ければ厳格な政治の論理と倫理も描かれていて、事実ではあるにせよ非常に冷静な監督の姿勢が感じられる。前半のブランケット・糞尿闘争、後半のハンガー・ストライキのシーンほとんどにセリフらしいセリフがない。あっても短い一言だ。唯一の例外が、面会に来たIRA派の神父とマイケル・ファスベンダー(ボビー・サンズ)がハンストについて議論するワンカット17分のシーンである。こうしたシーンを撮影(演技)するのもたいへんだろうが、この二人の議論が、立場はほとんど同じなのに必ずといっていいくらい生じる路線論争の典型を示している。史実と事実を描くことを超えた「何か」をマックイーン監督はこのシーンで提示したかったのではと思う。それは、ヒューマニズムに基づき政治的効果を優先する立場と、人間的な誇りの防衛をほとんど唯一の獲得目標とする立場である。ボビー・サンズが選んだのが後者だとすれば、たとえ闘争は敗北し戦士は死んでも、その精神性の高さはいずれ敵を圧倒する。それにしても残念なのは、第二次世界大戦に際してナチス・ドイツとアイルランド独立派の連携によってイギリスを滅ぼすことができなかったことだ。また戦後も常にIRA内部のマルクス主義的な勢力によって闘争が抑圧されてきたが、このことから学ぶべきことは非常に多い。ナチスの残虐性ばかりが強調されてきたこの60有余年だが、イギリス帝国主義が行ってきた犯罪に比べればナチスなど可愛いものだ。信念に殉じることのすごさと尊さ。やせ衰え死んでいくボビー・サンズが、キリスト教文化圏の人間はイエス・キリストのように見えるのではないだろうか。
June 8, 2014
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この映画、2013年のパク・フンジョン監督の韓国ノワールは傑作だ。傑作だが、100点満点はつけられない。85点、もしくは90点をつける人が多いだろう。その10点から15点分のマイナスはどこから来るのかを考えることが、この映画を見る意義の半分を占める。まずラストまで貫かれる緊張感がすごい。134分、いっときも目を離せない。この先どうなるのか、まったく予想もできないし、たとえ予想したところでことごとく裏切られることになる。華僑出身の若い警察官がその資質を見込まれ暴力団組織にスパイとして潜入する。やはり華僑で組織ナンバー2の男とは「兄弟」として信頼され、苦楽を共にする。警察の謀略によって組織のトップが殺され、跡目争いが起きる。韓国系と華僑系の対立に警察はこのスパイを使って介入し、内紛をあおり組織を消耗させようとする。しかし警察の思惑とは正反対の結果を招き、主人公のイ・ジョンジェ以外では全体を知るただひとつの立場である観客のわれわれでさえ予想できなかった結末に至る。この、観客に手の内を全部さらしているにもかかわらず、予期できない結末(それも心理的な深みのある)を用意できたのが、凡百のノワールと異なる点であり、この作品が傑作であるゆえんだ。キャスティングの見事さと俳優たちの存在感がすごい。特に組織ナンバー2の華僑系ヤクザを演じるファン・ジョンミンは圧倒的。凶暴さと愛嬌、侠気や優しさと怜悧な知性、おそろしいが憎めないキャラクターを見事に演じている。ファン・ジョンミンと組織のトップを争うパク・ソンウンの落ち着き払った冷徹さ、どこか弱さのあるイ・ジョンジェとの対照は鮮烈とさえいえるほどだ。もちろん韓国ノワールであるからして激しい暴力描写や血なまぐさいシーンも満載だが、こうしたものを忌避するあまりこういう傑作を知らずに終わるとしたら人生の大損にちがいない。では欠点はどこにあるのか。ひとつは、この華僑系ヤクザと主人公であるスパイの「兄弟」としての絆の描かれ方が弱い点。警察のスパイであることは早々にわかるので、この警察官に感情移入して見てしまう人が多いと思われる。そうすると、この二人の「絆」は単なる功利的なものから生まれたヤクザ社会一般のそれとかわらないと思えてしまう。ラスト近くでわかるし、ラストそのものでもわかるのだが、この二人の「絆」は実際はお互いの命を差し出しあうほど深い。それがそのように描かれていたならとてつもなく感動的な作品になっていたと思う。ラスト近くはテンポが速すぎ、意味がわからないまま通りすぎてしまうと思われるシーンがいくつかある。実際、わかりやすい映画を受け身で観ることに慣れすぎている人、70歳以上の人は半分くらいは意味がわからないまま終わり、家に帰ってから解説を読んでやっと理解することになると思われる。また、北朝鮮の乞食をギャングとして雇うのだが、これがちょっと戯画的にすぎ、ハリウッド的安易さに通じる部分があったのが残念。イ・ジョンジェの上司役は韓国映画では常連で名優のチェ・ミンシクだが、同じ内容の映画を日本で作るとして、適当な俳優がまったく見つからない。チェ・ミンシクのような俳優はいそうだが、映画やテレビに出ているような俳優の中にこの3人を演じられそうな人を見つけるのは不可能だ。「新しい世界」とは警察によるこの組織壊滅作戦の作戦名だが、内容というか結末そのものでもある。このセンスもすばらしい。
June 7, 2014
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もし神に、「ちょっと都合でドイツか日本のどちらかをこの世から消すことになった。どちらを消しどちらを残すか、一ヶ月の間に決めてくれ」と命じられたとする。ぼくならこう答えるだろう。「一ヶ月も考える必要はありません。日本を消し、ドイツを残すべきです」。そう思うのは、1992年にミュンヘン郊外のダッハウである光景を見たからだ。20年以上も前のことはどんどん忘れていく。ただ、忘れるだけではない。忘れると同時に、重要なことが記憶の海からブイのように浮上してくる。気をつけなくてはいけないのは、どうでもいいことの順に忘れていくのではなく、大事なことも忘れていくということだ。人生の年輪を加えるにつれ、大事なこともかわってくる。かわってくるから、10年前には覚えていたことも、20年後には忘れているかもしれないのだ。それすらも、忘れてしまっているのだから、思い出しようがない。仮に記録していたとしても、それはそのとき印象に残ったことを書きとめているだけだから、重要なことは記録せずにいるかもしれない。昔の日記を読み返して恥ずかしさを感じない人は少数だと思うが、それはつまらないことにとらわれていた自分を見つけるからだ。新聞のスクラップを読んだときも同じ。なぜこんな意味のない記事に着目したのかと、幼稚だった自分を思い知らされることになる。とはいえ、一般的には時間がたつほどに瑣末なことから忘れ、重要なこと、驚きや感動など衝撃を受けたことが浮上してくるものだ。ミュンヘンを歩くときはいつも彼女が一緒だったので、よけいにミュンヘンのことは覚えていない。自分で地図や路線図を読んで周囲の景色を記憶しながら移動するのとちがい、他人まかせだと全く記憶に残らない。個人旅行以外は旅行ではないと思うのはそういうわけだ。そもそもミュンヘンという街にはほとんど興味がなかったし、ナチス党結党大会が行われたというビアホールも一度行けばもういい。そこでダッハウの強制収容所跡に行ったのだが、骸骨があるわけでもないし、観光客用の英文の説明を読んでもホロコーストの残虐さを感じられるわけでもない。アラン・レネの「夜と霧」などの方がナチス・ドイツの蛮行をリアルに感じられる。しかしダッハウに行ったのは賢明な選択だった。訪れたとき、ちょうど教師に引率された高校生とおぼしき集団が見学していたからだ。その集団のたたずまいが印象的だった。日本の高校生とは集団の放つ雰囲気がまったくと言っていいくらいちがっていたのだ。ただたんに行儀よくおとなしく聞いているのではなく、さりとて自民族の蛮行に怒ったり感情的になったりするのでもなく、まずかんがえるための客観的な知識をニュートラルに得ようといった非常に理性的な態度が感じられたのである。引率教師の説明は一言もわからなかったが、教師と生徒の両方に、まず事実を知り、事実に即して判断するというあたりまえの知的誠実さ、徹底した理性を感じたのだった。戦後のドイツは、ナチスによるホロコーストを正面から裁き、切開して教訓化している。現在でもナチスの戦犯を追い続けているし、ナチスの蛮行を擁護したり虐殺の事実を否定することは法律で禁じられている。犯罪なのだ。ドイツ中央銀行がインフレファイターなのはファシズムがインフレから生まれた過去を教訓化しているからだ。ひるがえって日本はどうか。戦争の最高責任者は沖縄と引き換えに保身に走っただけでなく、責任を問われることなく天寿を全うした。国会議員はおろか総理大臣にさえなった戦犯もいる。南京大虐殺を否定したり、従軍慰安婦を「どんな国でもやっていた」と擁護する人間が準国営放送局の長になったりしている。そういえば、買春観光を「ODAだ」と言い放った自殺したヤクザを父に持つ政治家もいる。人間は誰でも失敗する。判断を間違う。それが国家であれ政党であれボランティア団体であれ、人間の作った組織であるかぎり必ず間違いを犯し失敗をやらかす。人間の知性や感性は歴史や環境に規定された限定的なものだからだ。たとえ善意から生まれたものであっても、いやそうであるほど致命的ともいえるひどい失敗をやらかすことには最大限の注意が必要だ。オウムの一億人ポア計画は善意から生まれている。善意は相対化、客体化の契機をもちにくい。逆に、人間は失敗や間違いをきちんと認め、その原因を究明し教訓化することで成長していく。失敗は成功の母と言われるが、成功や成長は失敗を直視し分析することによってしか得られない。もっと言えば、失敗の原理的・哲学的省察こそが成功の母なのだ。しかし、戦後を概観してわかる通り、日本人にはこうした省察を行う能力がない。DNAに重大な欠落があるとしか考えられない。日本にあるのはアツモノにこりてなますを吹くたぐいの愚劣な処世術だけだ。人間の歴史は、ごく乱暴に言えば文字文明を持つ民族が文字を持たない民族を滅亡させる歴史だった。日本でも渡来人が原住民であるアイヌ民族を滅ぼしてきた。この歴史を反転することが求められている。ホロコーストを冷静に見つめるドイツの高校生の中からは根源的な文明批判を行う者、それを21世紀のマルクスやバクーニンと呼ぶなら、多くのマルクスやバクーニンが生まれてくるだろうことは想像に難くない。生まれてからのほとんどを日本で過ごし、友人の99%は日本人でもある。日本人女性以外と恋愛はおろかセックスをしたことさえない。その自然と文化と習慣には理屈抜きの愛着がある。しかし重要な判断に感情は無用の長物だ。ナチス協力者は肉親さえ殺したヨーロッパのパルチザンを見習い、神には日本を消しドイツを残すように進言する。強制収容所やガス室を見たあと、丘の上にある古城に行った。古城の一部がカフェになっているというので休んでいくことにした。収容所とは打って変わったメルヘンチックな街をぬけ、坂を登っていくとやはり古城カフェに行くらしい老婆が杖をつきながら歩いている。なんでも、このカフェのケーキはたいそうおいしく週に2度食べにくるという。友だちに会っておしゃべりでもするのだろう。よそゆきの服を着てお化粧をして出かけるのは、こういう機会だけなのだろう。こういうところにドイツの豊かさを感じた。歴史的建築物のカフェで午後のティータイム。日常生活の中にそういう時間を持つというか生活そのものを楽しむという発想自体が、まだバブル景気の余韻に浸っている当時の日本人にはなかった。いまもないにちがいない。
June 3, 2014
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「アンサンブル・エルヴェ」は、プロ奏者を中心とした弦楽アンサンブル。バイオリンとヴィオラの8人は全員女性で華やかな雰囲気があり、毎回、珍しい作品を取り上げるので年1回の演奏会を楽しみにしている。今回のプログラムではヴェルディ「弦楽のための交響曲」(弦楽四重奏曲の編曲版)が目をひいた。こういう団体でなければまず取り上げられることのない曲と思うので迷わず行くことにした。メーンに演奏されたこの曲、あちこちにヴェルディ節がきこえてほほえましい音楽ではあるものの、強い印象を与える曲ではない。「オペラ作曲家らしい弦楽四重奏曲」でもなく「オペラ作曲家とは思えない構成の緻密な弦楽四重奏曲」でもない。どちらにしても中途半端で革新性に乏しい。演奏も緻密ではあるもののやや一本調子。それぞれのパートが思い思いに自由に演奏したらたまたまアンサンブルが合った、というような開放性が感じられたら曲の印象も少し違ったものになっていたかもしれない。前半はガルッピ「4声の協奏曲第6番」と文屋治実のチェロ独奏でハイドン「チェロ協奏曲第2番」。鍵盤曲で知られるガルッピだが、この曲もヴェネツィア人らしいのびやかな明るい歌に満ちていて美しい。公的中ホールの無機的な空間にはまったくそぐわないが、ひとときヴェネツィアに遊んだような気分にしてくれた。名曲でありながらやはりめったに実演をきく機会がないのがハイドンのチェロ協奏曲。ソロは冒頭楽章の高音部で音程がやや不安定(というかこの奏者の演奏にはいつも高音の音程感に違和感を感じる。こちらの音程感がおかしいか、この奏者の音程感が独特なのかわかならないが、たぶん両方なのだろう)に感じられたものの、後半2楽章は安定。アンコールにソロで「鳥の歌」。全体のアンコールはヒンデミットのミニマックス。こういう冗談音楽をさりげなく持ってきたりするのはいいが、バシュメットやクレーメルを意識した活動を期待するのはお門違いか。それにしても結成10年近くたつと、メンバーも歳をとったと感じる。まだ初々しさをのこしていた何人かは、すっかり最盛期。6月1日、ちえりあ大ホール。
June 1, 2014
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