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長く生きられなくても「朝に希望、昼に努力、夜に感謝」という美しい言葉を信じられる人もいれば、何の障害もなく、健康体で、20年でも30年でも生きられるのに、「もうダメだ、何の希望もない」と人生を投げてしまっている人もいる。何が違うんでしょうね。どうしたら夢を、希望を、持てるのか。社会学や社会政策学ではいま、「排除型社会」「包摂型社会」「ワークフェア」といったテーマについての議論が盛んです。その社会学の成果を踏まえつつ、キャリアカウンセラーの私としては、排除された人へのカウンセリングやエンパワーメントのあり方を模索し、実践しなければなりません。理屈だけではなく、魂の問題かもしれませんね。WHO憲章の前文にある健康の定義が思い起こされます。「健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.これに対して1999年には改訂案が出されましたが、賛成しない国もあり、まだ成立はしていません。「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 医師、看護師、保健師、栄養士といった医療・保健職、ソーシャルワーカー、相談員といった福祉職、カウンセラーといった心理職、教諭や養護教諭といった教職、牧師やお坊さんといった僧職……ソーシャルサポートに携わる人は手分けしてこの3つ、あるいは4つの側面からの健康をサポートしています。分業と協働ですね。予防を含めたケアとキュア。対象者の身近にいて、サポートチーム全体のコーディネートをする役割は、身体的・精神的健康については看護師、社会的健康についてはソーシャルワーカー、では霊的健康については?それは宗教家ではなく、心理学、精神医学、文化人類学、社会学、哲学、文学といった人間諸科学についての造詣が深いカウンセラーの出番だと私は思います。法学、経済学、経営学についても「含んで超える」叡智が必要かも。「含んで超える」という考え方は、トランスパーソナル心理学に特有なもので、その源は、自己実現の概念を説いたアブラハム・マズローですね。マズローは、『完全なる経営』のなかで次のように書いています。「仕事を通じての自己実現は、自己を追求しその充足を果たすことであると同時に、真の自我とも言うべき無我に達することでもある。自己実現は、利己-利他の二項対立を解消するとともに、内的-外的という対立をも解消する。なぜなら、自己実現をもたらす仕事に取り組む場合、仕事の大義名分は自己の一部として取り込まれており、もはや世界と自己との区別は存在しなくなるからである。内的世界と外的世界は融合し、一つになる」自己実現は、五段階欲求の最上位に位置づけられるものですが、そのさらに上には「内的世界と外的世界の融合」があると述べているのですね。このような境地が、霊的健康の1つのモデルでしょう。 さ、がんばって勉強しなくちゃ。実践を積まなくちゃ。
2008年02月29日
生きるために必要なものは、水、空気、食べ物、お金、家、友だち、仕事、趣味、酒……。では、今日1日、よりよく生きるために必要なものは?まずは、夢と希望じゃないかな。家があっても、お金があっても、希望が持てなければ、朝、寝床から這い上がるのがつらいでしょう。私は毎日の標語と、1週間の標語をつくって自分の支えにしています。毎日の標語は、朝に希望、昼に努力、夜に感謝これは、ALSという神経難病とたたかう患者さんの手記のなかの言葉です。徐々に全身の運動機能が失われ、最後には自力呼吸すらできなくなるという重い病気です。それでも希望を捨てないという、ド迫力の「生きる力」に圧倒され、感動し、ひれ伏し、つめの垢を煎じていただき、あやかりたい思いです。そして1週間の標語は、わたしのオリジナル。元気にスタート月曜日カッカしないで火曜日スイスイ書こうぜ水曜日もくもくと読書もします木曜日金策もしなくちゃ金曜日どーにでもして土曜日たまには運動しないとゆるサンデーなぜか最後は関西弁と英語のミックスだったりします。今日は木曜日。原稿執筆に追われて読書をする時間が取れそうにないけれど、なるべく週に1日は英文の原典購読をしようかと思っております。目の前に積んである本は4冊!“Soul Work――Finding the Work You Love,Loving the Work You Have”“The Working Life――The Promise and Betrayal of Modern Work”“The Reinvention of Work――A New Vision of Livelihood for Our Time”“Integrative Life Planning――Critical Tasks for Career Development and Changing Life Patterns”いずれもキャリア関係の専門書で、たぶん本邦未訳です。
2008年02月28日
無人駅について調べていたら、ステキな女性を見つけました。会ってじっくり話をきいてみたいなあ……。以下、調べたことをピックアップしてご紹介します。 http://www.hurusato.net/m/sakuraesalon/MyPage/index.aspx?tk=sakuraesalon-20040617-13134161 無人駅だったJR三江線川戸駅にJR西日本・桜江町・桜江商工会のサポートのもと、いまゐネット(株)がコミュニティサロンとしてさくらえサロンを開設・運営を行っています。当サロンでは以下のような事業を展開しつつ、地域の活性化と振興を目指しております。 http://www.hurusato.net/m/yui-mar/index.htm 私たちの活動拠点は、島根県石見地方を南北に走るJR三江線の川戸駅の駅舎の中にあります。もともとは、無人駅だったところを都市からのIターン者が「もったいない」と思った事がきっかけとなり、いろんな方のご協力や応援をいただき今では「さくらえサロン」という名称で地域の人々のコミュニティ・スペースとなっています http://www.hurusato.net/m/yui-mar/5/index.htm 誰もが気軽に立ち寄れるコミュ二ティスペース「さくらえサロン」を運営しています。 ここでは、IT化の推進を目指す「IT・パソコン講習」や、UIターンしてきた人をサポートする「定住サロン」などの活動を行っています。過疎化の進展や市町村合併に伴なって、「都市と地域」、「官と民」を結ぶ「中間支援的な機能」を果たしています。 http://www.kawabemayumi.net/2007/02/post_1.html かわべまゆみプロフィール平成14年5月、地元の無人駅に開設された『さくらえサロン』(定住サロン、ITサロン、観光案内等の公共サービスを提供)では、責任者としてサロン活動の企画・運営に従事する。 平成17年2月、これまでの活動を母体にNPO法人「結まーるプラス」が結成され理事長に就任、Iターン仲間と共に過疎地の町作りに積極的に取り組んでいる。 また、国土交通省の地域振興アドバイザー等の活動を通じ、全国各地の地域活性化や特産品開発のアドバイス、プランニング活動も行なっている。 http://www.chushi.maff.go.jp/joho/genchi/18women1/e01.htm 今、農山村ほど夢や可能性があるところはないと思います。そして、その夢や可能性という『宝物』をみつけ、育てていくためには、女性の皆さんのやる気とポジティブさが大きな力を発揮することでしょう。 私自身、ここに来てたくさんの宝物を見つけ、その眠れる宝物たちを「もったいない」と、様々な形で活用してきました。そして、新たなものが生まれるたびごとに、あるひとつの言葉が頭に浮かび感謝の心がおのずと沸いてきました。座右の銘という訳ではないのですが、それは、菅原道真公の「心だに、誠の道に叶ひなば、祈らずとても神や守らん」という歌です。 これまでに数々のツアーやイベント、事業等の地域おこし活動をさせていただきましたが、どれも、特別に無理して頑張ってきたという訳ではありません。 「もったいないね。こうしたら皆が喜ぶね。ハッピーになるね」そう思い、回りの人に語るだけで、様々な人たちが、支え協力してくださり、いつのまにか次々に実現させていただいたような気がします。そうなれたのも、きっと、多くの人たちがそう思っていたから、そして何より、地域に眠る『宝物』たち自身が「早く見つけて、掘り出して、もっと活用して」と、そう願っていたからではないでしょうか。 全国の農村に眠っている『宝物』は無限大。だからこそ今、農山村ほど夢や可能性があるところはないと心から思うのです。 以上、引用終わり。 いつもこんなふうに調べ物をしています。googleで検索して、おもしろそうなページにヒットしたら、ざっと読んで、ポイントをURLとともにカット&ペーストして、Wordファイルに残しておく。それを読みながら原稿を書くわけです。 裏取りが必要なときは電話取材をしたり、過去の新聞記事を調べてみます。 今回は、「さくらえサロン」に電話したら、上記のかわべまゆみさんのパートナーさんがたまたま応対してくださり、いろいろご親切に教えてくださいました。そんなふうにして、昨夜から今朝にかけて、無人駅に関する800字ぐらいのエッセイを仕上げました。 このほかに、JR東日本の「ITかかし」とか、紳士服のミユキグループの電子機器会社が開発した無人駅向きのインターフォンとかの話題も入れて。 ま、ネタさえあれば書けるので、いかに実のある情報を集めるかと、最初の書き出し(つかみ)の5行、最後のまとめの5行が勝負ですね。全体で18字×45行ぐらいの文章なのでね。短く簡潔にまとめつつ、意味不明にならないようにするのが苦労するところです。ふー。
2008年02月27日
昨日のお昼ごろ、サプライズ・ビジターあり。友だちがお花を持って訪ねて来てくれた。私の脚の怪我のことを誰かから聞いて、心配して来てくれたみたい。 桃の花と菜の花と小さいカーネーション。お雛様の季節ですね。うれしいな。 部屋の中が散らかっていたので、上がっていただくことができず、玄関先でしばし談笑。 こんなとき、お庭と縁側があれば、あるいは土間があればいいのになあと思う。 そうだ!2階の仕事場と1階の寝室と居間をチェンジする計画をあたためているわけだけど、その際、1階の玄関上がってすぐの3畳ほどの板の間を「縁側のような部屋」にしてみよう。いつもウェルカムな感じにね。 いま使ってるソファベッドが不要になる予定なので、これをソファ専用にして常設し、小洒落たコーヒーテーブルを置く。足元にはエスニックな模様のラグを。 「ちょっと上がってってよ。お茶でも飲んで行かない?」って、いつでも言える感じがいい。 1階のキッチンは、カフェ専用仕様にして、いつでもおいしいお茶やコーヒーをすぐに出せるようにしよう。ハーブティーをよりどりみどり。いまは2階の食器棚に並べてある、ウェッジウッドやマイセン、ジノリのコレクションも1階に移す。焼き菓子とドライフルーツ、チョコレート、リンゴなどの常温でもつ果物を用意しておこう。 年をとったら、ご近所さんがあれこれ相談に来れるような、頼りになるご隠居さんというか、長老というか、土地ボス!みたいな感じになれるといいな。あはは。 そのために、今年は2つ、できれば3つほど資格を取る計画です。お小遣い程度でもお金をいただけるインフラの上に乗っかっておかないとね。将来的には、佛教大学の通信講座で社会福祉士の国家資格も取ろうかな。 日本はソーシャルワーカーが自営できるようなインフラは未整備ですが、カウンセリングの技能に社会福祉士、あるいは行政書士、社会保険労務士の資格を1つか2つ併せ持てば、役に立つ市民相談窓口になれるのではないだろうか。できればコミュニティビジネス支援、社会起業支援と同時にソーシャルサポートをしていきたい。30代のはじめに産業カウンセラー講座でカウンセリングを学んだときに聞いた話を思い出した。「昔は寺の住職や村の長老、町のご隠居がカウンセラーの役割を果たしていたが、いまは地域社会が崩壊してしまい、その人たちに代わる人がいない」。なるほど、カウンセリングの技能を身につけたご隠居となれば、鬼に金棒じゃん!もちろん、本業である著述業は、死ぬまで続けるつもり。昨日、ある本を読んでいたら「ジャーナリストは永遠の大学院生なんだ」という言葉に出会い、なるほどそうだ!と膝を打った、イテテテって、痛いのはふくらはぎですねん。 ジャーナリストは調べ魔ですから、資格試験の1つや2つにビビっていてはいけないのだ!と気づきました。 部屋の話に戻ると、奥の6畳は板張り床暖房にして、アンティークの重厚なデスクを置き、精神分析医の部屋みたいにしたいな。で、クライエント用の落ち着けるチェアを、これもアンティークのいいのをめっけて来て置くと。 障子はそのまま残し、和の落ち着いた雰囲気を生かす。いまどき、これだけ立派な「じゅらく」の和室は珍しいと、2年前に部分的なリフォームをお願いした大工さんにほめられたっけ。余裕ができたら、いま置いてある箪笥を仙台箪笥に取り替えたいなと。 まず、カタチから入るというか、情景から入ってみましたよ、夢づくり。 できれば年内に実現させたいものです。 ◆参照(某リフォーム会社のブログから)聚楽(じゅらく)壁とは 昔、豊臣秀吉が京都に建てた聚楽第(じゅらくだい)のあたり(現在の京都市上京区中立売智恵光院付近)で取れる土を聚楽土と呼んでいました。それを使って塗った壁を聚楽壁と呼んでいたのが始まりだそうです。ただ、聚楽土の生産量は非常に減少していて、希少価値が高く、それに代わってよく似た色の土を使った壁を、入洛(じゅらく)壁と呼ぶようになりました。現代では聚楽壁と入洛壁の呼び分けはおこなわれてないようです。色合いはじゅらく独特の美しさがあり、緑、黄色は他の塗り壁では出せない色合いです。じゅらく壁には吸湿などの効果があり、ざらざらした肌触りです。ちなみに聚楽とは「長生不老の楽しみを聚(あつ)める」という意味だそうです。 ◆参照2 『斎藤茂男 ジャーナリズムの可能性』(内橋克人、筑紫哲也、原寿雄編、共同通信社)より「ところで、このジャーナリストという仕事は一体何なのでしょうね」と訊いたことがあるんです。そしたら、二つのことを彼(ジェームズ・レストン)は言いました。ひとつは「永遠の大学院生なんだ」ということ。普通の大学生よりはレベルは高いかもしれないが、新しい出来事が起きるたびに、そのことについて習得しなくてはならない、勉強しなくてはならない、その繰り返しだというんですね。(185ページ、「生涯一記者」との空馳(架)ける対話、筑紫哲也の発言より)
2008年02月26日
ひとくちに一般事務といっても、その内容はさまざま。↑こういう文章を「紋切り型」と言いますね。最近の言葉で言えば「ワンパターン」。昔むかし私が編集制作会社に勤めていたとき、営業マン出身の年上の同僚がいつも文章の書き出しに「ひとくちに……といっても、その内容はさまざま」を使うので、「あはは、また使ってるぅ!」といぢめてやりました。私は生意気な奴だったんですね。まだ23歳か24歳でした。それはさておき、一般事務のお話。「一般」というぐらいですから、「特殊」や「専門」の対極にあるというか、幅広く全般的にということを意味しているわけです。ならば、すべての専門領域についてのエキスパートであり、オールラウンドプレーヤーを求められているかというと、それは無理な話ですから、「広く浅く」にプラスして、どこかひとつ、ある程度の深みに達しているような、いわゆる「T字型」の人材が実際には「使える人材」という評価になります。では、「広く」といっても、どこからどこまでの広さなのか。どこかひとつ自分に合う専門領域を自分の「強み」として育てていくなら、どこがいいのか。そんなことを考える材料として役立つのが、厚生労働省のお墨付きである「ビジネス・キャリア検定」ですね。意外に古い制度なんですが、昨年からリニューアルされ、ビジネス社会の実態に即した内容になりつつあるようです。ネット上に入門者向けのeラーニングのページを見つけましたので、ご紹介しましょう。トップページの解説を少々、引用しておきます。以下、引用。ハローワークに仕事探しを申し込まれた方のうち、実に4人に1人の方が『一般事務』の仕事を希望されています。一方、『事務系』といわれる仕事も、その内容は実にバリエーションに富んでいて、事務の仕事に就こうとする方に対して企業が求める能力・スキルもますます多様なもの、高度なものになってきています。事務系の仕事への転職、再就職を目指している方にとって、応募しようとする企業が自分に対してどんな能力を期待しているのかを正しく知り、その能力を身に付けることを目標に学習を進めることがとても大切です。このページでは、事務系の仕事を広くカバーするビジネス・キャリア検定の試験単位に応じて、さまざまな事務系の仕事を紹介しながら、必要とされる知識やスキルの学習目標としてビジネス・キャリア検定をご活用いただけることを目指しています。以上、引用終わり。ビジネス・キャリア検定の「インターネット・ゼミナール」は、こちらです。
2008年02月25日
奇跡が起こるといいな、あるいは奇跡を起こしたいなというお話です。NHKの朝のニュースに出てきた、夕張市のおばあちゃんが忘れられません。「唯一の楽しみがお風呂だったのに、バス代が百円も上がってしまって、行くのをやめたの」と、愛用のお風呂セットをカメラの前に差し出して見せつつ、とっても残念そうな顔をしていました。使い古されたプラスチックの洗面器に入った石鹸とシャンプー、リンスのボトル。いかにも人工的で派手な赤やピンク、ブルーの色合いが、なおのこと哀れを誘いました。財政破綻した夕張市は、老人福祉をカットし、公共料金や税金の値上げを断行した。まあ、せざるを得ないということなんですが。おばあちゃんの夫はかつて夕張炭坑で働いていたとかで、モノも言わずにカメラを見る目はうつろで、生きる喜びや気力は全く感じられませんでした。無言の抗議だったか。夫婦あわせて年金が20万円ちょっとだったか。おそらく借家住まいでしょう。冬は暖房費の負担が重いので、決して楽な生活ではないはず。お風呂へ行くバス代が200円から300円に100円上がった「だけ」で、もう行けなくなってしまうのか。お風呂が唯一の楽しみという気持ち、分かるような気がします。ほんとうにささやかな楽しみでしょう。それを奪われてしまったら、もう生きていても何も楽しいことがなくなってしまう。なんということ!そこで考えました。日本人がお風呂好きで、きれい好きであるがゆえに儲かっている企業の皆さん。その利益を、「唯一の楽しみがお風呂」というお年寄りのために少しでも還元してください!たとえば、寄付金つきの「ご当地シャンプー」なんて、どうだろう。夕張市にちなみ、売り物にならないキズモノの夕張メロンからエッセンスを取り出して、シャンプーやリンスに配合した新商品を発売し、売上の何パーセントかを、夕張市の恵まれないお年寄りに寄付する。あるいは共同浴場までの無料送迎バスの運転資金に当てる。できれば、現地で一部でもいいから生産するといい。特例子会社を設けて、障害のある人もシャンプー作りに加われるといいな。そして、報酬が得られると。「お風呂に通うのが唯一の楽しみ」という恵まれないお年寄りは、夕張以外にも大勢いるかと思います。経済的な問題を抱えた人ばかりでなく、家族や友人が身近にいなくて孤立しているお年寄りも多いでしょう。お風呂通いは、高齢者の介護予防にもなり、健康増進効果と友だちづくり効果があるはず。その共同浴場に皆でカラオケを楽しめる宴会場や、簡単なリハビリ器具を置いた部屋があればなおのこと。健康というのは、身体的、心理的(精神的)、社会的に健康であることを意味しますからね。シャンプーやリンス、石鹸を作っているメーカーの皆さん。ぜひ、「お風呂に通うのが唯一の楽しみ」というお年寄りのために一役買ってくださいな。これはまさに本業の強みを生かした社会貢献になるでしょう。もっと広い視野で見れば、高齢化社会の諸問題を解決する一助になります。介護予防、孤独死の予防、QOLの向上、コミュニティの再生……。愛される企業市民になるチャンスです。「夕張メロンシャンプー」だから、ボトルの色は緑と明るい黄色を基調にして、親しみやすいイラストも入れるといい。ボトルの大きさは、お風呂通いの携帯に便利な小ぶりのサイズで、目の不自由なお年寄りにも識別しやすいカタチにする。お徳用サイズは、共同浴場や介護施設に安く提供する。色とデザイン、キャラクターに統一性をもたせた「お風呂グッズ」シリーズも開発して、いかにもお年寄りが喜びそうな機能を持たせる。ボケ防止ツボ刺激、お肌にやさしいアカスリタオル、かゆいところに手が届く孫の手ボディブラシ、背あてつきで安定するお風呂イス等々。「お風呂大好きなお年寄りの味方です」っていうメッセージをこめて、「売れる商品」を展開し、その利益の一部を支援を必要とする高齢者に還元すると。こういうのがまさに社会起業家の仕事かもしれませんね。地域の社会起業家と大企業と自治体のコラボで、ぜひ実現してほしいものです。
2008年02月24日
「働くって、そんなに偉いことなんでしょうか」「働いているからといって、偉そうにしている女性を見ると腹が立つ」そんな発言を聞くことが時々あります。働いていない専業主婦の皆さんから。偉いか、偉くないかは、個人の価値観の問題であるし、偉いことと幸せなことは、人によってイコールである場合もあるかもしれないけど、イコールじゃない人だっています。怒ったり、憎んだり、ひがんだりすることは全然、ないと思う。自分らしく生きて、その生き方を認めてくれる人がいて、ときどき自分を見失っても、励ましてくれたり助けてくれる人がいれば、それでいいんじゃないか。自分らしさを自分で肯定できないと、他人との違いが必要以上に気になる。その「違い」によって、自分の価値を貶められているような感じがして、心にさざ波が立つのではないかな。また、こういう発言もあります。「働きたいけれども、夫が賛成してくれないので、働けない」「週1日ならいいけれど、それ以上は嫌だと子どもたちが言う。私は家事を完璧にやらないと気がすまないタイプ。たとえば料理は、残留農薬のことを考えると、安心できる素材を厳選して自分で手作りせずにはいられない。そうすると外で働く時間がない」夫や子どもには、あなたを家庭に縛り付ける権利はない。あなたは自由だ。自由を勝ち取るために闘え!……とは申しませんけどね。外で働きたいと思うのもエゴ、母親や妻に働いてほしくないと思うのもエゴ。どちらかを通せば、どちらかは引っ込む。それで、母なり妻なりが「犠牲」になることを選ぶケースが多いようです。でも、それを「犠牲」であると思うことは、本人にも家族にもいずれ不幸をもたらします。「献身」ならギリギリセーフかな。「犠牲」という行為は本人を消耗させ、下手をすると死んでしまう。命がなくならないにしても、「自分らしさ」が死んでしまう。自由が死んでしまう。それを幸せな死と呼べるのか?愛する人の命が、魂が失われてしまったら、だれだって悲しむのではないかな。自分のエゴと、夫や子どもたちのエゴを対立させることなく、お互いに引くべきところは引き、変わるべきところは変わって、歩み寄り、妥協し、譲歩し、協調し共生していけばいいのではないかな。働くには準備が必要で、機が熟し、潮時が来ないと、うまくいかないでしょう。「いまは働かないけれど、時機が到来したら働きたい。そのときのために、いまから少しずつ準備しておく」という決断だって、アリです。働くにしても、働かないにしても、自分で決断することが大切で、「夫のせいで働けなかった」「子どもたちのせいで働けなかった」と、他者に責任転嫁すると「思い」が残り、悔やまれます。それが、年月を経て、後悔、恨み、ひがみ、劣等感といった劣情になって積もり積もっていく。では、どんな準備から始めればいいか。焦らず、ショートステップで行きましょう。まずは自分ひとりになって、自分のためだけに創造的に使う時間を1週間のうち1時間でもいいし、できれば4~5時間まとめて確保したい。確保しますよと家族に宣言しちゃいましょう。私だって、私が私らしく生きるための時間が必要よと。資格を取るための勉強をする、読書をする、人に会う、勉強会に参加する、地域活動に参加する、ボランティアをするといった、無報酬あるいは逆にお金のかかることでもできるならそれでいいし、せっかく時間を使うならお金を稼ぎたいというなら、短時間のパートでも始めてみればいい。ただ、1日1時間とか、1週間に1回などという仕事はあまりないので、ありさえすればめっけもん。内容にこだわらず、社会復帰のリハビリのつもりで始めてみればいい。そういう仕事は、求人広告には載らないでしょう。口コミで見つけるか、店や事務所の前の「張り紙」で見つけるかですね。つまり地域にチャンスがある。合わないと思って始めた仕事でも、続けてみるうちに面白くなってくる場合もあります。面白くなってきたら、それは、あなたに実力がついた証拠ですね。実力がついてくれば、評価も上がってくる。「もっとたくさん働いてくれ」と言われるかもしれないし、他のもっと条件のいい仕事へステップアップできるかもしれませんね。キャリアそのものには、「いいキャリア」も「悪いキャリア」もありません。キャリアは人生そのものであり、仕事の中で与えられる役割以外に、母、妻、娘、嫁、地域の婦人会の役員、PTAの役員、趣味の会での役割、勉強会での役割、友人関係のなかでの役割といった役割経験もキャリアのうちですね。したがってキャリアの空隙というものもない。病気療養中の患者としての経験だってキャリアのうちです。過去は消せないし、代替できない。キャリアの内実をどれだけ豊かで、満足度の高いものにするか。それは、人生の節目、節目での決断と将来のビジョンしだいでしょうね。
2008年02月23日
このブログの昔のタイトルが「ひとり社会部遊軍記者」で、いまもモチロン社会派なんですが、もっとディープに社会派だった大学生時代をふと思い出しました。当時はヒマさえあれば、本を読むか、レコードを聴くで、そのほかは、家庭教師と塾教師のバイトでせっせと本代、レコード代を稼いでいたのでした。大手出版社ではなく、個性的な中小出版社を贔屓にしていて、あわよくばそうした会社に入りたいなあと思っていたのですが……。よく読んだのが、晩声社のルポルタージュ。さっき、晩声社のHPをチェックしたら、経営者が変わって、本のラインアップが全然違ってしまいましたが、既刊案内の中に私のかつての愛読書も載っていたので、懐かしくてアップしちゃいます。えっ!こんな本を読んでいたの! と、驚くかな? 驚かないでね、もともと私は、コテコテの社会派なんだってば。新宿群盗伝伝 渡辺克己 厳しく、優しく、温かい街─-新宿。個性あふれる人びとが織りなす人生の劇場を撮り続けて15年! 写真満載のルポ。 四六判変並/224P/本体980円/1982.2/105-4 C0036 キャバレー日記 和田平介 シコシコサービス、フ××××サービスなどの「性の労働現場」に働いた著者が、日々の労働を通じて描いた人間模様。 四六判変並/400P/本体1100円/1981.11/099-6 C0036 深夜のタクシードライバー 岩城義孝 わしら運転手が、バック・ミラーに見る人生は、言ってみれば食べ残しのポップコーンなのだ! 四六判変並/208P/本体980円/1981.3/086-4 C0036/僅少 トルコロジー トルコ風呂専門記者の報告 広岡敬一 この不況下にあっても栄華を誇るトルコ風呂。料金、システム、トルコ嬢やヒモの生活、法律、経済、歴史などのすべてを探る。 四六判変並/234P/本体890円/1978.12/044-9 C0036/品切 聖家族 おおハッピーライフ! 斎藤茂男 現代における幸福とは何か。薄気味悪い全体一致性。無形、無臭の「状況」をルポルタージュの対象にした実験的労作。 ルポ叢書1/四六判上/230P/本体1300円/1976.11/004-X C0036/品切 飛びたちかねつ鳥にしあらねば 現代の貧しさについて 斎藤茂男 労働現場や教育の状況を検証しつづる著者が今日的貧しさの核心に迫って克明に書き上げたルポルタージュ。 ルポ叢書10/四六判上/285P/本体1300円/1978.10/036-8 C0036/品切 山谷・泪橋 ドヤ街の自分史 宮下忠子 毎年多くの餓死・凍死者が出る山谷。そこで医療相談員として働く著者を通じ、労働者自らが語るドヤ街の自分史。 ルポ叢書12/四六判上/290P/本体1300円/1978.12/041-4 C0036/品切 破滅 梅川昭美の三十年 毎日新聞社会部=編 「オレは精神異常やない。道徳と善悪をわきまえんだけや」。三菱銀行襲撃事件の単独犯・梅川昭美の全生涯から浮かび上がってきたものは--。 ルポ叢書17/四六判上/210P/本体1500円/1979.8/055-4 C0036 沖縄のハルモニ 大日本売春史 山谷哲夫=編著 従軍慰安婦として日本軍特攻隊基地に連行された朝鮮人女性たちの肉声を読む! 未公開証言も多数収録。 ルポ叢書21/四六判上/204P/本体1500円/1979.12/062-7 C0036 学校 ルポ夜間中学 松崎運之助 夜間中学生の話を日々の繰り言として思い出の中に封じ込めておくわけにはいかない--夜間中学の教師が記した感動の記録。山田洋次監督絶賛! ルポ叢書23/四六判上/224P/本体1500円/1981.5/089-9 C0036 うーん、どれも私の本棚には残っていない。内容が内容だけに、図書館で借りて読んだのかもしれない。懐かしいので、amazonで古書を探してみようかな。原点に戻る旅です。 一部、楽天編集機能のほうから「公序良俗に反する表現が含まれている」との赤字クレームが出てしまいましたので、伏せ字を使いました。トホホ。
2008年02月22日
不思議なことがありました。昼休みにちょいとジムへ行って運動しようと思い、「どのウェアにしようかなあ♪」と、引き出しの奥からゴソゴソ探していたら、昔むかし肉離れになったときにお世話になったサポーターが出てきて、「ああ、そういえばあのときは完治までに6週間もかかった」と思い出したのでした。そして、いつものようにいつものスタジオに入り、わくわくするほど楽しいステップエクササイズに集中していたつもりが、ぷちっ!と来てしまいました。またまた、ふくらはぎの肉離れ。たぶん、前回と同じ右脚です。さっそくサポーターのお世話になることに。引き出しの奥からたまたま出てきたのは、ご先祖様の警告だったのかも。おバカな私です。経験のある方はお分かりかと思いますが、肉離れって、痛いんです。かなり。ただ、今回は痛いほうの足を下に付くことができたので、「ケンケン」でしか歩けなかった前回よりは軽いかなあと。幸い、そのジムには治療院が併設されているので、初期対応がすばらしく、30分ぐらいのアイシングのあと、丁寧にキネシオテープでテーピングしてくれました。しばらく通院が必要とのこと。前回は完治まで6週間もかかったけど、今回はなんとか2週間でスタジオ復帰したい。そうじゃないとまた、運動できないストレスで十二指腸潰瘍になってしまうかも……。過去に経験があるとはいえ、さすがに事故の直後はショック状態で心が揺れますし、時間がたつにつれ、痛みが激しくなってきました。松葉杖を借りて帰ってきました。明日は大事なセミナーがあるので、休めません。早起きしてラッシュを避け、車中や駅の通路で、突き飛ばされないように気をつけます。前にも気づいたけれど、世の中、足の不自由な人って、案外、大勢いらっしゃるんですね。自分が杖を付いてみて、初めてわかります。速度を落として歩いてみると、見える世界が違ってきます。「見えないものを見る人になりなさい」と、ご先祖様が言っているような気がします。
2008年02月21日
最近、ニート問題について研究しております。いちおう「ライフキャリア総研」ですから、日々、何かを研究しているのです。 私がサポートしているのは、専業主婦の再就職支援ですが、母親が働くか、働かないかをいかに自己決定したかが、子どもの精神的な成長に大きく関係してくるのではないかという問題意識を持ちました。「専業主婦の子どもはニートになりやすい」とか、短絡的な結論を出すつもりはまったくありません。ただ、母親の人生観、労働観が子どもの生き方や自立に大きく関わることは確かだと思うのです。 先日、あるニートに関するシンポジウムに参加したところ、シンポジストのおひとりが、こんな趣旨の発言をされました。「いまの大学生や若者は、そもそも働く意味や就職する意味について考えなければ動けないが、私たちの時代は、就職するのが当たり前で、何も考えずに親や先生の勧める会社に入った」「違うぞ」と思いました。この方と私は多分1歳違いなのでそんなに時代は違わないのですが、周囲の環境が違っていたのでしょう。私が大学4年生のときには、就職する意味や働く意味について否が応でも考えざるを得ませんでした。だって、四大女子は男子と比べて明らかに差別されていたんだもん。均等法施行の2年ぐらい前の話です。求人は男女別が当たり前。差別のないのは、出版社とマスコミと、世の中に出現したばかりのソフトウェア会社ぐらい。百貨店も四大女子を比較的多く採用していたけれども、確か男子とは処遇が違ったような記憶があります。銀行や商社は短大卒が中心で、四大は「指定校」からごく少数だけ採用していました。ただし事務職で男子よりも初任給が格段に低かった。人権問題でした。実存にかかわる問題でした。なぜ、学力も気力も(私の場合は体力も!)ほとんど変わらないのに、男子と差別されるのか。思えば、そのときの私の心模様は、いま「生きづらい!」と叫んでいるニートやフリーターの若者に近いものがあったのかもしれません。リストカットはしなかったけれど、少しは「ひきこもり」だったかもしれない。「うつ傾向」だったかもしれない。ただ、当時はそういうモノが普及していなかった。「企業なんてクソくらえ!」って思っていましたね。「アングリー・ヤング・ウーマン」でした。なかなか内定がもらえず、卒論を提出しても行く先が決まらず、年を越してしまいました。そんなときに文学部の図書室で読んだ本のうちの1冊が『就職しないで生きるには』でした。あとは、共同通信記者の故・斎藤茂男さんのルポをいろいろ。『会社とは-Kゼミ24人の軌跡』とか、『飛び立ちかねつ鳥にしあらねば-現代の貧しさについて』とか、『わが亡きあとに洪水はきたれ-ルポルタージュ<巨大企業と労働者> 』とか……。 いま、再就職しようかどうか迷っている主婦の皆さんの多くは、バブルの時期か、それ以降に入社し、結婚や出産、夫の転勤を機に退職した方々でしょう。とすれば、「就職しないで生きるには」という考え方は、理解しにくいかもしれませんね。あるいは、「そうか、就職しなくたって、生きていけるならそれでいいじゃん!」と思って気が楽になるかな。ただ、収入が足りないと生きていけないので、お金が十分にないと生活をエンジョイできないので、たとえ就職しなくても、何か仕事をして収入を得る必要に迫られますね。 それならば、どうするのか? 続きはまた明日か明後日。毎日完結させようと思うと、なかなか日記が続きません。ごめんなさい。ちょっとずつ書きます。
2008年02月20日
ずっとご無沙汰して申し訳ありません。今夜は大阪にいます。明日は東京です。明後日は札幌です。さすらいです。大阪に居る理由は……恋人に逢っていました。片思いですけど。デートの場所は、京セラドーム。 失神しそうでした。昇天しそうでした。彼の名は、STING!THE POLICE来日公演、すばらしかったですね! 一瞬、十代のあのころに戻った自分でした。
2008年02月10日
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