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2019年10月06日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <46 他の経験>
他の経験
梨央が笑うのは真也に話しかけるときだけだった。声を荒げるわけでもないし、食事が手抜きなわけでもなかった。ただ、夜は背中を向けて寝てしまう。眠れない日は夜遅くまでテレビの前から離れなかった。寝室へ入るタイミングをずらされていると感じていた。俺が寝込んだタイミングでベッドに入る。俺は自分が悪いのにむくれた。
梨央のわがままで喧嘩になった時には、俺は全力で機嫌を取る。キスをして優しい言葉をかける、それでダメならあちこち触っては気を引いて、それでもダメならデートに誘う。普通はこれで機嫌が治まる。困った女房だと思いながらややこしいゲームに挑戦して勝ったときには悦に入るのだ。
ところが今回は完全に俺が悪い。俺は自己嫌悪に弱い。優しい言葉が出てこない。最初は謝って機嫌を取るが、それでダメなら静観する以外に方法を知らない、それがダメなら自分が悪いのにむくれる、そして余計にこじれる。かれこれ2週間ぐらい不快な関係が続いていた。
ある夜、もう10時を過ぎるかという時間に梨央が外出しようとしていた。きれいに化粧をして少し派手目の服を着ていた。「どこへ行くんだ?」驚いて声をかけた。「ちょっと遊んでくる。むしゃくしゃする。」と言って出かけようとする。「バカ、今頃でかけたら危ないぞ。慣れてないのが分かるんだから、どんな奴に引っかかるかわからないぞ。」と言って腕をつかんだ。
梨央は「危なくてもいいの。ちょっと遊んでみたいのよ。あなたが遊んでいいのに私が遊んでいけないことないでしょ!ほかの人とも経験したらやきもち焼かなくなるかもしれない。そしたらあなたもっと自由になれるわよ。私だっていろんなこと覚えてあなたを喜ばせてあげられるかもしれないじゃない!されるがままでツマンナイ女じゃ浮気もしたくなるわよね。」と今まで聞いたこともないような嫌味を言った。
頭に血が上った。梨央が出て行こうとする腕を捕まえてそのまま梨央を壁に押し付けていた。「梨央、覚えとけ。何があっても他の男に渡さない。何があってもだ。」と言って梨央の首を手のひらで壁に押し付けていた。「今どき、そんな派手な化粧は流行らないんだよ。遊び慣れない女が無理してるのがバレバレなんだよ。」なぜ、こんなひどいことを言うのか自分でわからなかった。
梨央は一瞬目を大きく開いて両手で俺の手首をつかんだ。不思議なことにその手首を全力で自分の首に引き寄せた。「何してるんだ。逃げなきゃダメじゃないか。」というと「殺してほしいの。死んだ方が楽なの。苦しいの。
毎日、隠れてあなたの持ち物チェックして、あなたがいないときにパソコンチェックして、それでも不安で不安で。ねえ殺して。真也はママに見てもらって。梨沙ちゃんもいる。ねえ、もうこのまま消えたいの。」と泣いた。
梨央が俺の持ち物やパソコンをチェックしているのは知っていた。かまわなかった。それで気が済むならいくらでも見ればいいと思っていた。だいたい梨央がなぜ急に他の経験をするなんて発想をしたのか理由ははっきりしていた。
もう2週間以上開いていた。邪険に拒否するのは梨央だった。それでも、イライラがつのっているのは分かっていた。それはこっちも同じだった。
強引に寝室へ連れて行った。梨央は相変わらず拒否した。「他の経験するなんて言うな。ホントに言われるだけでも嫌なんだ。理不尽は分かってるんだ。でも嫌なんだ。」と強引に服を脱がせた。キスをしたが歯を食いしばっていた。鼻をつまむと自然に口を開いた。舌を絡ませると抵抗できなくなるのを知っていた。胸や背中を所かまわず触った。梨央は抵抗できなくなっていった。
次の夜も次の夜も許さなかった。梨央は相変わらず最初は嫌がるが結局は性欲の沼に落ちていった。これで関係がよくなる気はしなかった。それでも、よそで遊ばれたらもう取り返しがつかないと思った。関係した男が梨央に執着するのが分かっていた。梨央は、真也の世話と家事と夜で精いっぱいになっていた。そんな日が5,6日続いた。さすがに疲れた。
続く
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梨央が笑うのは真也に話しかけるときだけだった。声を荒げるわけでもないし、食事が手抜きなわけでもなかった。ただ、夜は背中を向けて寝てしまう。眠れない日は夜遅くまでテレビの前から離れなかった。寝室へ入るタイミングをずらされていると感じていた。俺が寝込んだタイミングでベッドに入る。俺は自分が悪いのにむくれた。
梨央のわがままで喧嘩になった時には、俺は全力で機嫌を取る。キスをして優しい言葉をかける、それでダメならあちこち触っては気を引いて、それでもダメならデートに誘う。普通はこれで機嫌が治まる。困った女房だと思いながらややこしいゲームに挑戦して勝ったときには悦に入るのだ。
ところが今回は完全に俺が悪い。俺は自己嫌悪に弱い。優しい言葉が出てこない。最初は謝って機嫌を取るが、それでダメなら静観する以外に方法を知らない、それがダメなら自分が悪いのにむくれる、そして余計にこじれる。かれこれ2週間ぐらい不快な関係が続いていた。
ある夜、もう10時を過ぎるかという時間に梨央が外出しようとしていた。きれいに化粧をして少し派手目の服を着ていた。「どこへ行くんだ?」驚いて声をかけた。「ちょっと遊んでくる。むしゃくしゃする。」と言って出かけようとする。「バカ、今頃でかけたら危ないぞ。慣れてないのが分かるんだから、どんな奴に引っかかるかわからないぞ。」と言って腕をつかんだ。
梨央は「危なくてもいいの。ちょっと遊んでみたいのよ。あなたが遊んでいいのに私が遊んでいけないことないでしょ!ほかの人とも経験したらやきもち焼かなくなるかもしれない。そしたらあなたもっと自由になれるわよ。私だっていろんなこと覚えてあなたを喜ばせてあげられるかもしれないじゃない!されるがままでツマンナイ女じゃ浮気もしたくなるわよね。」と今まで聞いたこともないような嫌味を言った。
頭に血が上った。梨央が出て行こうとする腕を捕まえてそのまま梨央を壁に押し付けていた。「梨央、覚えとけ。何があっても他の男に渡さない。何があってもだ。」と言って梨央の首を手のひらで壁に押し付けていた。「今どき、そんな派手な化粧は流行らないんだよ。遊び慣れない女が無理してるのがバレバレなんだよ。」なぜ、こんなひどいことを言うのか自分でわからなかった。
梨央は一瞬目を大きく開いて両手で俺の手首をつかんだ。不思議なことにその手首を全力で自分の首に引き寄せた。「何してるんだ。逃げなきゃダメじゃないか。」というと「殺してほしいの。死んだ方が楽なの。苦しいの。
毎日、隠れてあなたの持ち物チェックして、あなたがいないときにパソコンチェックして、それでも不安で不安で。ねえ殺して。真也はママに見てもらって。梨沙ちゃんもいる。ねえ、もうこのまま消えたいの。」と泣いた。
梨央が俺の持ち物やパソコンをチェックしているのは知っていた。かまわなかった。それで気が済むならいくらでも見ればいいと思っていた。だいたい梨央がなぜ急に他の経験をするなんて発想をしたのか理由ははっきりしていた。
もう2週間以上開いていた。邪険に拒否するのは梨央だった。それでも、イライラがつのっているのは分かっていた。それはこっちも同じだった。
強引に寝室へ連れて行った。梨央は相変わらず拒否した。「他の経験するなんて言うな。ホントに言われるだけでも嫌なんだ。理不尽は分かってるんだ。でも嫌なんだ。」と強引に服を脱がせた。キスをしたが歯を食いしばっていた。鼻をつまむと自然に口を開いた。舌を絡ませると抵抗できなくなるのを知っていた。胸や背中を所かまわず触った。梨央は抵抗できなくなっていった。
次の夜も次の夜も許さなかった。梨央は相変わらず最初は嫌がるが結局は性欲の沼に落ちていった。これで関係がよくなる気はしなかった。それでも、よそで遊ばれたらもう取り返しがつかないと思った。関係した男が梨央に執着するのが分かっていた。梨央は、真也の世話と家事と夜で精いっぱいになっていた。そんな日が5,6日続いた。さすがに疲れた。
続く
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2019年10月05日
THE FOURTH STORY 真と梨央 <45 露見>
露見
午後の早い時間には家に着く予定だった。そういう日は早く風呂に入ってゆっくりすることが多かった。真也と遊んだり散歩をしたりして楽しむ。梨央は少し豪華な夕食を作ってくれる。夜は時間をかけて楽しんだ。梨央がそういう心づもりをして待っているのが分かっていた。
その日は帰りは夕方になった。疲れていたし帰るのに気後れしていた。大阪を出る前に、風邪気味で頭が痛いと連絡しておいた。家に着くなり梨央が心配そうに額に手を当てた。「あ、大丈夫、熱はないわね。ご飯食べれる?胃、むかむかしない?」と心配する割には矢継ぎ早に話しかけてきた。弱った亭主を見て少しいそいそしていた。
真也が喜んで駆け寄って来るので抱き上げようとしたが、「真ちゃん、パパ風邪でちゅよ〜。移っちゃうから今日はダメ。ママで我慢しようね。」と取り上げられてしまった。仮病はろくなことがない。
「シャワーを浴びたい。」というと、「お風呂いれたから湯舟につかってね。あったまった方がいいから。」いい世話女房だった。家は清潔だし梨央も清潔だった。昨日のことが嘘のようだった。とにかく今日は頭痛で通して明日は普段通りだ。昨日のことは忘れようと思っていた。
梨央に言われた通り湯舟にしっかりつかって風呂を出た。梨央があわてて脱衣所に入ってきた。「ごめんなさい。下着忘れちゃって。余計風邪ひかしちゃう。」と脱衣かごに下着を置いたついでにバスタオルで体を拭いてくれた。「大丈夫?」といったっきり何も言わなくなった。「ああ、楽になった。飯もしっかり食えそうだ。」と返事をしたが何も言わない。
「どうした?」と振り向いて梨央を見ると梨央の顔が凍っていた。「どうした?」ともう一度聞くと「誰と何をして風邪をひいたの?」と言って持っていたバスタオルを俺にぶつけて出て行ってしまった。
背中を鏡で見た。変な姿勢になった。わき腹の後ろの方に真っ赤なあざのようなものができていた。風呂で温まって真っ赤に充血していた。全身から血の気が引いた。わざとやりやがった。揉めさせようとしやがったと感じた。
梨央は恨まれている。前田が殺されるきっかけになったのは梨央のことだと確信した。俺と関係を持つことで梨央に報復をしたのだ。梨央は何も知らないことだった。パジャマを着てからリビングに出たが梨央はいなかった。真也と一緒に寝室にいた。
俺はわざと明るい声で「どこかにぶつけたらしいな。気が付かなかった。」というと、「ごまかさないで。私だっていい年なんだから、なんでもごまかせると思わないで!私を馬鹿にしてるんでしょ!適当にいっとけばごまかせるって。」と涙声になった。
真也が泣き出した。梨央は笑顔で「ごめんね。ごめんね。ママはダメだよね〜。真也のご飯忘れちゃいけないね〜。」と言いながら真也を抱いてリビングへ行ってしまった。追いかけるしかなかった。
この調子でまた揉めるのかと思うとぞっとした。
その夜、梨央は「律子さんでしょ。私わかってたの。あの人があなたのこと気にしてるって。でもあなたが簡単にそんなことになるわけないって信じてたの。私はバカなのよ、いつも大切な時にぼんやりしているの。」と悔しがった。
「ごめん、あの人が夜中に突然来たんだ。ものすごい酔ってて、しょうがないからソファに寝かせて、俺は寝室に寝たんだよ。俺も酔ってた。様子を見に行った時に、向こうから抱きついてきた。わかるだろ、制御できないんだよ。酔っているときに突然来られると。」というと、梨央の目にみるみる涙があふれて、やがては大きな声にかわった。いつまでも止まらなかった。「ああ〜地獄だ」と思った。
あくる日の朝は、梨央は普通に朝食を作ってくれたが必要以外のことは何もしゃべらない。いつもなら玄関で手渡しでくれるかばんは玄関におかれていた。出勤前や帰った時には着替えを手伝うのが習慣になっていたが、それもなかった。
続く
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午後の早い時間には家に着く予定だった。そういう日は早く風呂に入ってゆっくりすることが多かった。真也と遊んだり散歩をしたりして楽しむ。梨央は少し豪華な夕食を作ってくれる。夜は時間をかけて楽しんだ。梨央がそういう心づもりをして待っているのが分かっていた。
その日は帰りは夕方になった。疲れていたし帰るのに気後れしていた。大阪を出る前に、風邪気味で頭が痛いと連絡しておいた。家に着くなり梨央が心配そうに額に手を当てた。「あ、大丈夫、熱はないわね。ご飯食べれる?胃、むかむかしない?」と心配する割には矢継ぎ早に話しかけてきた。弱った亭主を見て少しいそいそしていた。
真也が喜んで駆け寄って来るので抱き上げようとしたが、「真ちゃん、パパ風邪でちゅよ〜。移っちゃうから今日はダメ。ママで我慢しようね。」と取り上げられてしまった。仮病はろくなことがない。
「シャワーを浴びたい。」というと、「お風呂いれたから湯舟につかってね。あったまった方がいいから。」いい世話女房だった。家は清潔だし梨央も清潔だった。昨日のことが嘘のようだった。とにかく今日は頭痛で通して明日は普段通りだ。昨日のことは忘れようと思っていた。
梨央に言われた通り湯舟にしっかりつかって風呂を出た。梨央があわてて脱衣所に入ってきた。「ごめんなさい。下着忘れちゃって。余計風邪ひかしちゃう。」と脱衣かごに下着を置いたついでにバスタオルで体を拭いてくれた。「大丈夫?」といったっきり何も言わなくなった。「ああ、楽になった。飯もしっかり食えそうだ。」と返事をしたが何も言わない。
「どうした?」と振り向いて梨央を見ると梨央の顔が凍っていた。「どうした?」ともう一度聞くと「誰と何をして風邪をひいたの?」と言って持っていたバスタオルを俺にぶつけて出て行ってしまった。
背中を鏡で見た。変な姿勢になった。わき腹の後ろの方に真っ赤なあざのようなものができていた。風呂で温まって真っ赤に充血していた。全身から血の気が引いた。わざとやりやがった。揉めさせようとしやがったと感じた。
梨央は恨まれている。前田が殺されるきっかけになったのは梨央のことだと確信した。俺と関係を持つことで梨央に報復をしたのだ。梨央は何も知らないことだった。パジャマを着てからリビングに出たが梨央はいなかった。真也と一緒に寝室にいた。
俺はわざと明るい声で「どこかにぶつけたらしいな。気が付かなかった。」というと、「ごまかさないで。私だっていい年なんだから、なんでもごまかせると思わないで!私を馬鹿にしてるんでしょ!適当にいっとけばごまかせるって。」と涙声になった。
真也が泣き出した。梨央は笑顔で「ごめんね。ごめんね。ママはダメだよね〜。真也のご飯忘れちゃいけないね〜。」と言いながら真也を抱いてリビングへ行ってしまった。追いかけるしかなかった。
この調子でまた揉めるのかと思うとぞっとした。
その夜、梨央は「律子さんでしょ。私わかってたの。あの人があなたのこと気にしてるって。でもあなたが簡単にそんなことになるわけないって信じてたの。私はバカなのよ、いつも大切な時にぼんやりしているの。」と悔しがった。
「ごめん、あの人が夜中に突然来たんだ。ものすごい酔ってて、しょうがないからソファに寝かせて、俺は寝室に寝たんだよ。俺も酔ってた。様子を見に行った時に、向こうから抱きついてきた。わかるだろ、制御できないんだよ。酔っているときに突然来られると。」というと、梨央の目にみるみる涙があふれて、やがては大きな声にかわった。いつまでも止まらなかった。「ああ〜地獄だ」と思った。
あくる日の朝は、梨央は普通に朝食を作ってくれたが必要以外のことは何もしゃべらない。いつもなら玄関で手渡しでくれるかばんは玄関におかれていた。出勤前や帰った時には着替えを手伝うのが習慣になっていたが、それもなかった。
続く
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2019年10月04日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <44 疲労感>
疲労感
律子さんに経営を完全に任せたいという話をした。律子さんは少し戸惑っていた。「まあ、心配いりません。いつでも相談に乗れるような段取りは付けますよ。」というと「まあ、なんかお世話になりっぱなしで、こんなことでいいんやろか。そやけど、たまにはお寄りくださいね。」と笑った。
「もちろん、家内も気になるでしょうし。また一緒に伺いますよ。おいしいコーヒーを味わいにね。」と言って帰った。それが夕方の4時ごろだった。
その日は夜も接待があったので大阪へ帰って大阪の家に泊まった。その夜、1時を過ぎたころにインターフォンが鳴った。接待から帰ったばかりで少し酔っていた。「はい」と返事をするとインターフォン越しに「夜分すみません。前田です。前田律子です。」と聞こえた。
何事かと思って門を開けると律子さんはいきなり倒れ込んできた。「酔っぱらってしもて。」と言ってその場にへたり込んでしまう。いくら何でも人に見られてはいけないと思った。とにかく家に入れてソファーに座らせたがそのまま寝てしまった。
どうしようもなかった。もううんざりした。「なんだ、このざまは。前田が悲しむぞ。」と腹が立った。俺は律子さんに毛布を掛けてそのまま寝室へ戻った。
それでもほったらかしにするわけにもいかないので、1時間ぐらいたってから様子を見に戻った。
律子さんはソファーに座ってひどく泣いていた。「目が覚めましたか?お送りしますよ。」
「いえ、遅いですから、このままタクシーで帰ります。」
「いや、美人が酔って夜中に一人で動くのは危ない。お送りします。とにかく、タクシーを呼びましょう。」内心腹が立っていた。
「お水、飲みますか?」とコップをテーブルに置いた手を律子さんが両手で包んで放さない。
「いや、困るな。何の真似です。」というと「何で梨央さんは何もかも持ってて、私は何にも持ってないの?」と聞かれた。何を言っているのかわからなかった。
「あの人には、あなたがいて子供がいてお金持ちで、美人でなにかもあって、私の夫は亡くなって赤ちゃんも亡くなって親もいなくて、毎日寂しくて。今だけ、ちょっとだけ、あなたに抱きしめられたいって思ってもいいやない。この瞬間だけ、ちょっとだけ抱きしめてもらったらいけないの?」
可哀そうだった。いくら生活のめどがついたといっても、それだけで寂しさが癒えるわけもなかった。「今だけ、今だけよ。」と腰に手を回されて理性を無くした。
律子さんは、朝方タクシーで一人で帰った。俺は梨央と前田を裏切った。不快な疲労感に襲われていた。
続く
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律子さんに経営を完全に任せたいという話をした。律子さんは少し戸惑っていた。「まあ、心配いりません。いつでも相談に乗れるような段取りは付けますよ。」というと「まあ、なんかお世話になりっぱなしで、こんなことでいいんやろか。そやけど、たまにはお寄りくださいね。」と笑った。
「もちろん、家内も気になるでしょうし。また一緒に伺いますよ。おいしいコーヒーを味わいにね。」と言って帰った。それが夕方の4時ごろだった。
その日は夜も接待があったので大阪へ帰って大阪の家に泊まった。その夜、1時を過ぎたころにインターフォンが鳴った。接待から帰ったばかりで少し酔っていた。「はい」と返事をするとインターフォン越しに「夜分すみません。前田です。前田律子です。」と聞こえた。
何事かと思って門を開けると律子さんはいきなり倒れ込んできた。「酔っぱらってしもて。」と言ってその場にへたり込んでしまう。いくら何でも人に見られてはいけないと思った。とにかく家に入れてソファーに座らせたがそのまま寝てしまった。
どうしようもなかった。もううんざりした。「なんだ、このざまは。前田が悲しむぞ。」と腹が立った。俺は律子さんに毛布を掛けてそのまま寝室へ戻った。
それでもほったらかしにするわけにもいかないので、1時間ぐらいたってから様子を見に戻った。
律子さんはソファーに座ってひどく泣いていた。「目が覚めましたか?お送りしますよ。」
「いえ、遅いですから、このままタクシーで帰ります。」
「いや、美人が酔って夜中に一人で動くのは危ない。お送りします。とにかく、タクシーを呼びましょう。」内心腹が立っていた。
「お水、飲みますか?」とコップをテーブルに置いた手を律子さんが両手で包んで放さない。
「いや、困るな。何の真似です。」というと「何で梨央さんは何もかも持ってて、私は何にも持ってないの?」と聞かれた。何を言っているのかわからなかった。
「あの人には、あなたがいて子供がいてお金持ちで、美人でなにかもあって、私の夫は亡くなって赤ちゃんも亡くなって親もいなくて、毎日寂しくて。今だけ、ちょっとだけ、あなたに抱きしめられたいって思ってもいいやない。この瞬間だけ、ちょっとだけ抱きしめてもらったらいけないの?」
可哀そうだった。いくら生活のめどがついたといっても、それだけで寂しさが癒えるわけもなかった。「今だけ、今だけよ。」と腰に手を回されて理性を無くした。
律子さんは、朝方タクシーで一人で帰った。俺は梨央と前田を裏切った。不快な疲労感に襲われていた。
続く
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2019年10月03日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <43 開店>
開店
前田の奥さんを家に連れて帰った。俺たちはあまりにも衝撃的な現実にショックを受けていた。そのせいで少しドラマチックな反応をしてしまったのかもしれない。しかし、もう後に引き返すわけにはいかなかった。
田原興産の役員に精神病院を紹介してもらった。俺たちが恐れていたのは奥さんが早まったことをするのではないかということだった。それに、夜の仕事に戻るのは止めてほしかった。きれいなのでやっていけるだろうが前田が悲しむと思った。新聞に載ったのだったら近隣では有名人だろう。親切にしてくれる人もいるだろうが、下心を持って近づくものも多いだろうと思った。
診察には俺が付き添った。梨央に真也を連れてうろうろさせるのは無理があった。病院ではすぐに診断が付いた。うつ病だった。その日のうちに入院した。睡眠障害と摂食障害もあるといわれた。自分を守るために夫がなくなり、そのショックで流産していた。精神的なダメージは相当なものだろう。当たり前だった。
入院は3ヵ月にもなった。とにかくよく眠ったらしい。食事が普通に摂れるようになって顔色も回復していた。退院の翌月俺たちは東京へ引っ越した。梨央の実家の傍の一軒家だった。
前田の奥さんは律子さんといった。律子さんは家に帰って2か月後に店を再開した。以前働いていた若い店員が戻ってきた。俺はくれぐれも気を付けてくれるように頼んだ。この店の大家にも頼んだ。
俺は名目だけだがこの店のオーナーだった。大阪へ出張するときには、必ず寄るようにしていた。営業の報告を受ける名目だったが律子さんの様子を確認するのが目的だった。営業は順調だった。大きな利益が出るわけではなかったが律子さんに、それなりの給料が出せるようにはなった。
もともとは自分の店だ。やり方は分かっているし繁盛店に伸ばす方法も知っている。気持ちがしっかりしてくればいちいち人に言われなくても、自分でできる人だ。そろそろ手を引こうと思っていた。
1年ぐらいたったころには気軽に世間話をするようになった。梨央が一緒に来ることもあった。俺達夫婦は真也の兄弟を作ろうとしていた。家庭は円満だった。
続く
【POLA】インナーリフティア コラーゲン&プラセンタ
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田原興産の役員に精神病院を紹介してもらった。俺たちが恐れていたのは奥さんが早まったことをするのではないかということだった。それに、夜の仕事に戻るのは止めてほしかった。きれいなのでやっていけるだろうが前田が悲しむと思った。新聞に載ったのだったら近隣では有名人だろう。親切にしてくれる人もいるだろうが、下心を持って近づくものも多いだろうと思った。
診察には俺が付き添った。梨央に真也を連れてうろうろさせるのは無理があった。病院ではすぐに診断が付いた。うつ病だった。その日のうちに入院した。睡眠障害と摂食障害もあるといわれた。自分を守るために夫がなくなり、そのショックで流産していた。精神的なダメージは相当なものだろう。当たり前だった。
入院は3ヵ月にもなった。とにかくよく眠ったらしい。食事が普通に摂れるようになって顔色も回復していた。退院の翌月俺たちは東京へ引っ越した。梨央の実家の傍の一軒家だった。
前田の奥さんは律子さんといった。律子さんは家に帰って2か月後に店を再開した。以前働いていた若い店員が戻ってきた。俺はくれぐれも気を付けてくれるように頼んだ。この店の大家にも頼んだ。
俺は名目だけだがこの店のオーナーだった。大阪へ出張するときには、必ず寄るようにしていた。営業の報告を受ける名目だったが律子さんの様子を確認するのが目的だった。営業は順調だった。大きな利益が出るわけではなかったが律子さんに、それなりの給料が出せるようにはなった。
もともとは自分の店だ。やり方は分かっているし繁盛店に伸ばす方法も知っている。気持ちがしっかりしてくればいちいち人に言われなくても、自分でできる人だ。そろそろ手を引こうと思っていた。
1年ぐらいたったころには気軽に世間話をするようになった。梨央が一緒に来ることもあった。俺達夫婦は真也の兄弟を作ろうとしていた。家庭は円満だった。
続く
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2019年10月02日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <42 前田の妻>
前田の妻
店は閉まっていた。裏口が家の玄関になっていた。インターフォンを押すと「ハイ」と女の消え入りそうな声がした。「あの、一度お会いしたことがある、前田さんにお世話になったものです。」と声をかけると、「店を開けます。店から入ってください。」ということで店に回るとシャッターを開けてくれた。中に居たのは、やせた弱々しい女だった。あのいかついおばはんは、元は背の高い美人だったようだ。「惚れられていたんだな。」と思った。
「ああ、いつか来てくれはった浜野さんでしたっけ。昔ラウンジで働いてたからお客さんの名前覚えるのん得意ですねん。」といった。「この度はご愁傷さまでした。ちっとも知りませんでご挨拶が遅れてしまいました。」と夫婦で一礼したが、それには返事をしなかった。
「まあ、かわいらしい!おいくつ?」と聞かれたので「2歳です。あの、差し出がましいんですがお子様は?」と聞くと「流産してしもて、遅い子やったからものすごく喜んだんですけどパパとおんなじ日に逝ってしもて。結局ひとりぼっち」と笑った。
店には俺が贈った「それいゆ」と名前を入れた大鏡が壁に貼り付けられていた。隣に鮮魚前田と名前を入れた大鏡が立てかけてあった。奥さんは両親がなくなっていて、兄弟とも縁が切れているという話だった。
「あの、失礼ですが暮らしの方は?」と聞いてみた。怒られるかと思ったが、軽い調子で「昔に逆戻り、こんなおばはんでも働かしたげよって言うスナックがあるんです。来月から店に出ます。ここも引き払わななりません。」「えっ、ここを出られるんですか?」一人で放っておくことはできなかった。
「あの、ここは大事な店じゃないんですか?前田さんもここが好きなようでした。コーヒーうまいって。」「おばはんいかついけど?」と言って笑った。
「家賃高いんですよ。この場所でこの広さでしょ。私にはもう払われへんから。」
「いや、喫茶店なさったらいいじゃないですか。」
「もう、そんな気力ありません。生きてるんも、ほんまは嫌やねんけど、しょうがないもんね。」とまた笑った。」
「あの、何とかここ続けましょう。夜の仕事は向いてないと思う。」と梨央が言った。
その時、男が店に入ってきた。「こんにちは、あ、奥さん、お客さんですか?出直しましょか?内装の話だけやから。」といった。
「いえ、もう今月末には出ます。あとは好きにしてもろたらいいんです。」
「この内装惜しいなあ。それと、その鏡もどうします?ええもんやけど、店の名前入ってるしなあ。」
「あの、もうちょっとだけ、ここお借りできません?」梨央が声を出した。
「あの、ここの大家さんですか?ここお借りしたいんですよ、このまま。私、あの、こういうものです。うちの事業関係でこの物件、お借りしたいんですよ。」と名刺を見せた。
「あ、失礼しました。私、ここの持ち主です。」と向こうも名刺を出した。
「私、この店経営します。この人に任せようと思ってますよ。まあ、しばらく休業です。この人の体が回復しないことには、始められませんから。でも、継続してお借りしたいんです。内装はこちらで、鏡、もう一面張っていいですよね。」というと、「もちろんです。いや、店開店するつもり有るんやったら頑張ってほしいんですわ。前田さんのことはこのあたりのもんは皆胸痛めてます。周りの店も喜ぶと思います。」
三宮と言っても少し裏通りになる。昔からこの地で商売をしている人も多そうだ。周りが暖かければ何とかなりそうな気がした。さっきから奥さんは涙一滴こぼさない。泣く場面で笑う。誰かそばに居なければ危ない気がした。
「ねえ、奥さま、あのね、ちょっと入院しましょう。上げ膳据え膳で気が済むまで寝てばっかりしましょう。」梨央が突然病院を探せといいだした。たしかに、そうだ。この人には療養が必要だ。「そんな入院なんて。病気やないんですから。来月から働かないといけないんです。部屋も探さないと住むとこないんやから。」
「そんなこと言っても、探せます?」梨央は後に引かなかった。真也はぐずぐず言い出した。「息子がおなかをすかせてるんです。急いで用意してください。」と命令口調で言った。
前田の妻は梨央に命令されるままに身の回りをまとめた。多分、今まで何をしていいのかわからなかったのだ。だから、ただ、日々をぼんやり過ごしていたのだろう。急に命令されて訳もわからないままただ動いていた。とにかく今日は家に来ることになった。梨央が「手伝ってほしい。」と頼んだのだ。
その夜は3人でうどんを食べた。部屋は、客間を使ってもらうことにした。その夜、梨央は何度も目を覚まして前田の妻の様子を見に行っていた。早く入院してもらわないと梨央の体が持たないと思った。
続く
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店は閉まっていた。裏口が家の玄関になっていた。インターフォンを押すと「ハイ」と女の消え入りそうな声がした。「あの、一度お会いしたことがある、前田さんにお世話になったものです。」と声をかけると、「店を開けます。店から入ってください。」ということで店に回るとシャッターを開けてくれた。中に居たのは、やせた弱々しい女だった。あのいかついおばはんは、元は背の高い美人だったようだ。「惚れられていたんだな。」と思った。
「ああ、いつか来てくれはった浜野さんでしたっけ。昔ラウンジで働いてたからお客さんの名前覚えるのん得意ですねん。」といった。「この度はご愁傷さまでした。ちっとも知りませんでご挨拶が遅れてしまいました。」と夫婦で一礼したが、それには返事をしなかった。
「まあ、かわいらしい!おいくつ?」と聞かれたので「2歳です。あの、差し出がましいんですがお子様は?」と聞くと「流産してしもて、遅い子やったからものすごく喜んだんですけどパパとおんなじ日に逝ってしもて。結局ひとりぼっち」と笑った。
店には俺が贈った「それいゆ」と名前を入れた大鏡が壁に貼り付けられていた。隣に鮮魚前田と名前を入れた大鏡が立てかけてあった。奥さんは両親がなくなっていて、兄弟とも縁が切れているという話だった。
「あの、失礼ですが暮らしの方は?」と聞いてみた。怒られるかと思ったが、軽い調子で「昔に逆戻り、こんなおばはんでも働かしたげよって言うスナックがあるんです。来月から店に出ます。ここも引き払わななりません。」「えっ、ここを出られるんですか?」一人で放っておくことはできなかった。
「あの、ここは大事な店じゃないんですか?前田さんもここが好きなようでした。コーヒーうまいって。」「おばはんいかついけど?」と言って笑った。
「家賃高いんですよ。この場所でこの広さでしょ。私にはもう払われへんから。」
「いや、喫茶店なさったらいいじゃないですか。」
「もう、そんな気力ありません。生きてるんも、ほんまは嫌やねんけど、しょうがないもんね。」とまた笑った。」
「あの、何とかここ続けましょう。夜の仕事は向いてないと思う。」と梨央が言った。
その時、男が店に入ってきた。「こんにちは、あ、奥さん、お客さんですか?出直しましょか?内装の話だけやから。」といった。
「いえ、もう今月末には出ます。あとは好きにしてもろたらいいんです。」
「この内装惜しいなあ。それと、その鏡もどうします?ええもんやけど、店の名前入ってるしなあ。」
「あの、もうちょっとだけ、ここお借りできません?」梨央が声を出した。
「あの、ここの大家さんですか?ここお借りしたいんですよ、このまま。私、あの、こういうものです。うちの事業関係でこの物件、お借りしたいんですよ。」と名刺を見せた。
「あ、失礼しました。私、ここの持ち主です。」と向こうも名刺を出した。
「私、この店経営します。この人に任せようと思ってますよ。まあ、しばらく休業です。この人の体が回復しないことには、始められませんから。でも、継続してお借りしたいんです。内装はこちらで、鏡、もう一面張っていいですよね。」というと、「もちろんです。いや、店開店するつもり有るんやったら頑張ってほしいんですわ。前田さんのことはこのあたりのもんは皆胸痛めてます。周りの店も喜ぶと思います。」
三宮と言っても少し裏通りになる。昔からこの地で商売をしている人も多そうだ。周りが暖かければ何とかなりそうな気がした。さっきから奥さんは涙一滴こぼさない。泣く場面で笑う。誰かそばに居なければ危ない気がした。
「ねえ、奥さま、あのね、ちょっと入院しましょう。上げ膳据え膳で気が済むまで寝てばっかりしましょう。」梨央が突然病院を探せといいだした。たしかに、そうだ。この人には療養が必要だ。「そんな入院なんて。病気やないんですから。来月から働かないといけないんです。部屋も探さないと住むとこないんやから。」
「そんなこと言っても、探せます?」梨央は後に引かなかった。真也はぐずぐず言い出した。「息子がおなかをすかせてるんです。急いで用意してください。」と命令口調で言った。
前田の妻は梨央に命令されるままに身の回りをまとめた。多分、今まで何をしていいのかわからなかったのだ。だから、ただ、日々をぼんやり過ごしていたのだろう。急に命令されて訳もわからないままただ動いていた。とにかく今日は家に来ることになった。梨央が「手伝ってほしい。」と頼んだのだ。
その夜は3人でうどんを食べた。部屋は、客間を使ってもらうことにした。その夜、梨央は何度も目を覚まして前田の妻の様子を見に行っていた。早く入院してもらわないと梨央の体が持たないと思った。
続く
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2019年10月01日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <41 転居の準備>
転居の準備
最近は、東京へ出かける日が増えた。できるだけ日帰りで帰るようにしていた。泊まっていては仕事がはかどらないからだ。夫婦どちらからともなく引っ越した方がいいと思い始めていた。もともと、東京に本社を持つ会社をみるのだから東京に住んだ方が楽なのは当たり前だった。
梨央は、真也が幼稚園に入る前に引っ越したいといった。「ねえ、真ちゃんの兄弟がほしいの。でも、引っ越してから妊娠したいの、だから急いで。」とのお達しだ。義母は義父の世話で手いっぱいだ。以前のように義母の力を借りることはできない。
それなら東京へ引っ越してお手伝いさんを雇った方がいいのかもしれないと思った。収入は新婚当初の倍以上に増えていた。この家はそのまま置けばいい。大切な家だ。贅沢な話だが二人でそういう話が決まった。
そうなると、なんだか関西の日々が懐かしくなった。大阪のこの地域も感慨深いが神戸は僕たち夫婦にとって特別な土地だ。新婚旅行中に急に別れるのが辛くなって急きょ同居を決めて、何もないところへ梨央が来た。ほんの数カ月の神戸暮らしだったが新婚生活は楽しかった。東京へ移ったら、もう二度と行くことがないかもしれない土地だ。懐かしい商店街や中華料理屋を思い出した。
あの時、梨央が変な奴に目をつけられていることが分かって、別れを惜しむ間もなく大阪へ引っ越した。そういえば、軽い交通事故に巻き込まれてたった一日だが入院したこともあった。あの病院こそもう生涯行くことは無いだろう。
そうだ、あの魚屋に挨拶に行こう。三宮の喫茶店を梨央にも教えてやろう。いかついけれど優しい奥さんは元気だろうか?そんな思いが高まって、真也を連れて神戸の街へ出かけた。一番最初に出かけたのが、梨央がいつも買い物をした商店街だった。そして、梨央の危険を教えてくれた魚屋へ行った。
その日は土曜日だった。商店街は活気にあふれていた。にもかかわらず例の魚屋はシャッターを閉めたままだった。いくら何でも休業日ではないだろう。梨央は、この機会に魚を買い込んで帰るつもりをしていたので、車にはクーラーボックスを積んでいた。
隣の店で聞いてみた。「ああ、そこは閉店でっせ。」といわれて驚いた。「繁盛してましたよね。」と梨央が言うと、「死んでしもた。若いのに。かわいそうなこっちゃ。」と答えた。一瞬二人とも声が出なかった。「病気ですか?」「知らんのか?新聞にでとったがな。殺されたんや。店先でする話やない。中へ入って。」と店の裏の小部屋に入れてもらった。
「あんたら知り合いか?」
「ええ家内が助けてもらいました。変な奴に目をつけられて。」
「そいつや、その変な奴に刺されたんや。」俺は青くなった。梨央のことが関係しているのかと思ったからだ。
「嫁はんがあいつにやられかけた。恨まれとったんや。それで嫁はんに悪さして嫌がらせしよとしよった。そこに行き合わして、そばにあった鉄パイプでやられた。それでも嫁はん守るために持ってた包丁でそいつ殺ったんや。」
梨央は涙が止まらなかった。真也がむずかったら笑顔を作った。それでも、鼻を何度もすすった。「奥さんは今どうしておられるかご存知ですか?」「三宮で喫茶店やってたけど、どうやろな。店開けてるかな?二階が家やから、家にはおると思うけどな。」と言ったので、三宮の喫茶店まで行ってみた。
続く
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最近は、東京へ出かける日が増えた。できるだけ日帰りで帰るようにしていた。泊まっていては仕事がはかどらないからだ。夫婦どちらからともなく引っ越した方がいいと思い始めていた。もともと、東京に本社を持つ会社をみるのだから東京に住んだ方が楽なのは当たり前だった。
梨央は、真也が幼稚園に入る前に引っ越したいといった。「ねえ、真ちゃんの兄弟がほしいの。でも、引っ越してから妊娠したいの、だから急いで。」とのお達しだ。義母は義父の世話で手いっぱいだ。以前のように義母の力を借りることはできない。
それなら東京へ引っ越してお手伝いさんを雇った方がいいのかもしれないと思った。収入は新婚当初の倍以上に増えていた。この家はそのまま置けばいい。大切な家だ。贅沢な話だが二人でそういう話が決まった。
そうなると、なんだか関西の日々が懐かしくなった。大阪のこの地域も感慨深いが神戸は僕たち夫婦にとって特別な土地だ。新婚旅行中に急に別れるのが辛くなって急きょ同居を決めて、何もないところへ梨央が来た。ほんの数カ月の神戸暮らしだったが新婚生活は楽しかった。東京へ移ったら、もう二度と行くことがないかもしれない土地だ。懐かしい商店街や中華料理屋を思い出した。
あの時、梨央が変な奴に目をつけられていることが分かって、別れを惜しむ間もなく大阪へ引っ越した。そういえば、軽い交通事故に巻き込まれてたった一日だが入院したこともあった。あの病院こそもう生涯行くことは無いだろう。
そうだ、あの魚屋に挨拶に行こう。三宮の喫茶店を梨央にも教えてやろう。いかついけれど優しい奥さんは元気だろうか?そんな思いが高まって、真也を連れて神戸の街へ出かけた。一番最初に出かけたのが、梨央がいつも買い物をした商店街だった。そして、梨央の危険を教えてくれた魚屋へ行った。
その日は土曜日だった。商店街は活気にあふれていた。にもかかわらず例の魚屋はシャッターを閉めたままだった。いくら何でも休業日ではないだろう。梨央は、この機会に魚を買い込んで帰るつもりをしていたので、車にはクーラーボックスを積んでいた。
隣の店で聞いてみた。「ああ、そこは閉店でっせ。」といわれて驚いた。「繁盛してましたよね。」と梨央が言うと、「死んでしもた。若いのに。かわいそうなこっちゃ。」と答えた。一瞬二人とも声が出なかった。「病気ですか?」「知らんのか?新聞にでとったがな。殺されたんや。店先でする話やない。中へ入って。」と店の裏の小部屋に入れてもらった。
「あんたら知り合いか?」
「ええ家内が助けてもらいました。変な奴に目をつけられて。」
「そいつや、その変な奴に刺されたんや。」俺は青くなった。梨央のことが関係しているのかと思ったからだ。
「嫁はんがあいつにやられかけた。恨まれとったんや。それで嫁はんに悪さして嫌がらせしよとしよった。そこに行き合わして、そばにあった鉄パイプでやられた。それでも嫁はん守るために持ってた包丁でそいつ殺ったんや。」
梨央は涙が止まらなかった。真也がむずかったら笑顔を作った。それでも、鼻を何度もすすった。「奥さんは今どうしておられるかご存知ですか?」「三宮で喫茶店やってたけど、どうやろな。店開けてるかな?二階が家やから、家にはおると思うけどな。」と言ったので、三宮の喫茶店まで行ってみた。
続く
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2019年09月30日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <40 卑怯な女>
「ごめんなさい。なにもかもあなたにおっかぶせちゃって。私心配なのよ。体壊さないでほしいの。真也もいるんだし。」「Tコーポをやるのは真也のためだ。」
「でも真也は浜野興産を継ぐことになるでしょ?」
「梨央、浜野興産は結局Tコーポに組み入れられるんじゃないかと思ってる。」
「それじゃ、浜野の皆さんはどうするのよ。妹さんたちはどうなるの?」
「婿さんによるな〜。自分じゃ何もできないからな〜」「私とおんなじだ。自分じゃ何にもできない。」
「梨央、梨央はちゃんと子育てをしてるし、この家を守ってる。それに、俺は梨央がいなけりゃ人並みの心も持てなかったんだ。」といいながら、内心梨央はホントは俺を引き込んでいい気分にさせて、いっぱい働かせる大した女だよ、と思っていた。
「この前、隆おじさんの事務所で話したことなんだが、田原ビルの話を持ち出されたんだ。こんな時に仕事の話なんてしやがって嫌な奴だと思った。ところが仕事の話はきっかけで本当はお義父さんの気持ちを俺に伝えたくて呼んだんだ。お父さんが俺を可愛く思ってることを伝えたかったって言われた。」
「あなた何にも言ってくれなかったのね。」
「うん、なんか、お義父さんの容態がはっきりしなかったから、言い出しにくかった。叔父さんは最初は事業の話を始めたんだ。で嫌な奴だと思ったよ。兄が瀕死の時に商売の話かと思ったんだ。でも違った。つまりはお義父さんが俺を気にかけている。可愛いと思っていることを理解しろっていう話だった。弟が兄の真意を代弁したんだ。
叔父さんは梨央の事件も知っているようだった。俺に田原の家のことを頼んだんだ。あの時感じたんだよ。なんていうか、モノが違うって。俺の家はあんな風にならない。俺の家で、父や俺に命の危険が出たらまず金の話になる。誰がどれだけもらうかだ。人間としてのモノが違うんだ。浜野は事業を何代も重ねていくのは難しい。結局は割らなきゃ済まない家なんだ。」
「あなた、あなたのご家族そんなんじゃないと思うの。あなたが壁を作って誰も入れないんだと思うのよ。」
「俺か?俺が悪いのか?」
「あなたが悪いんじゃない。巡り合わせが悪いのよ。」
俺が気色ばんで怒りそうになると梨央は俺の顔を抱いて自分の胸に押さえつけた。知っているのだ。こうすれば俺が怒れないことを。「卑怯だろう!」と口に出た。
「そうなの、今卑怯な手を使っているの。あなたに嫌なことを言うには、この方法が一番いいの。ねえ、違う。」
「違わない。」
「あなた、今度の家のことでご家族はあなたの見方が変わったんじゃないかって思うの。ねえ、妹さんたちと仲良くして。真也のおばさんたちよ。」といいながら今度は濃厚なキスだ。ホントに卑怯な女だった。
「真也は妹たちの世話にはならない。」
「世話になるとかならないじゃなくて、愛されてほしいじゃない。」そういいながら、押し倒されてしまった。梨央は普段こんなに積極的に誘うことは無い。たまに出張で間が開いたときには、背中にもたれかかって来て「寂しかった。」というだけだった。
とにかく、性的なことを正面切って言うことができなかった。ところが、今日は自分から俺を押し倒して来た。色仕掛けとはこういうことかと妙に納得した。
色仕掛けに負けてひと汗かいた後に結局のところ、「そうかたくなにならなくてもいいか?」と思っていた。とにかく、婿探しが肝心だと思うようになっていた。どういう結果になっても、皆暮らしがたてばそれでいいと思うようになった。
梨央は一人では何もできないかもしれないけれど、かたくなな男を溶かして自分の思うように誘導した。わかっているが、不幸な気がしない。金の仏様のプログラムだ。
続く
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