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今朝、6時20分頃に目を覚まし、窓の外を見たら朝焼けがきれいだった。 寒かったのだが、外に出て写真を撮った。 朝焼けで思い出す歌がある。「朝焼けが遠いから」という歌。「朝焼けは遠いから」だったかもしれない。30年ほど前の歌だ。 シーズンオフというグループが歌っていたと思うのだが、オリジナルの歌を聴いた記憶はほとんどない。 その歌が好きで歌っていた人がいて覚えている。 「朝焼けが遠いから 息を詰まらせて見ているのさ」 「生きる悔いを乗せて またこの港を出る」 「どこへいっても どこをさまよっても 俺のすみかはない」 とう歌詞を断片的に覚えているだけ。 検索したが見つからなかった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.31
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その存在は知っていたが、はじめて見た。 なんとなく、関西が舞台なのかと思っていたが、北海道と東京だった。 「日本も朝鮮も嫌」という台詞だけを知っていたので先入観があったのだが、在日朝鮮人の苦悩を描くと言うよりは、若者の蹉跌を描くものだった。 若い日の恋は美しく、そして苦い。思うようにならないことがわかっていながら、思うようになるような気がしてしまうのだ。 その喜びや苦しみは普遍的なものだ。 やや難解なところはあるが、透き通った印象を残す映画だ。 画面は美しく、南果歩もかわいらしい。この年に二十歳。 浜村純は78歳なのだが、まだまだ元気だ。 「伽や子」の「や」は[イ耶]。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.31
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このシリーズは前のも見た。 全体的に安っぽいところがいかにもテレビ東京だが、内容はバカにしたものではない。 忠臣蔵事件を引き起こしたのは大奥だった、家重は女だった、和宮は二人いた、というのがメイン。 それぞれ、根拠を示し、そうであっても不思議はない、とは思わせる。 特に忠臣蔵については、桂昌院へのいやがらせであり、大奥と、皇室ゆかりの信子との対立が背景にあったためではないかというのは、今まで知らなかった説。 ただ、再現VTRで、浅野内匠頭が切腹したときに太陽が天空高くあったのには驚いた。 切腹したのは暗くなってからだ。 また、桂昌院を「だいこん売りの娘」と何度も言っていたが、一年中大根がとれるわけはない。「八百屋の娘」のほうがいい。 出演者で、東てる美、秋野暢子、水野裕子、星野真里だけが仰々しく名前が出るのが、かえって安っぽく見せる。残念。 また、和宮の名前が出るたびに、「歴史上の人物のため継承を略しています」と断り書きが出るのも目障り。そんなことをいちいち断る必要はない。 こういうところに難癖をつけて金をせびろうとする人たちがいるということなのだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.30
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「大奥」は、菅野美穂の出た最初のシリーズは見た。 女ばかりのドロドロした世界で、その後のシリーズは見なかった。 今回、映画が公開されるのに合わせて、テレビのスペシャル番組。 深田恭子が主人公で、物語は単純といえば単純。 将軍暗殺計画がある、ということなのだが、あっけない。大奥で顔を知られている男が、鳶職人として入ってきたら、かえって怪しまれるだろう。 しかし、作り手が手慣れているので、それなりに見せる。鷲尾真知子の率いる三人組や浅野ゆう子など、レギュラーも安定している。 将軍家宣の時代ということなのだが、将軍の顔は出てこない。男は同でもよくて、女が重要なのだ。 松下由樹や高島礼子などが、ほんのちょっとしか出てこないので、ずいぶん贅沢な作りだなあ、と思っていたら、最後にあっと驚いた。 何のことはない、2時間かけた贅沢な映画宣伝番組だったのだ。 それでもそれなりに面白かった。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.30
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先日2度にわたって書いたように、耳鳴りが続いている。 楽天のポイントがあるので、なにか耳鳴りに効く商品がないかと検索して、「和合治久『The Mozart Therapy ~和合教授の音楽療法~ Vol.11 耳鳴り・難聴でお悩みの方へ』」というのに行き当たった。 ダウンロード商品。 これならポイントで買える、と、よく考えずに購入。 すると。 「windows media player」というのはいい。しかし、「DRM対象」というのがよくわかっていなかった。 ダウンロードしたファイルをダブルクリックして再生すると、PCに音楽がコピーされた状態になる。 そのコピー回数に制限がかけられていたのだ。CD-Rに焼く回数にも制限がある。 これを知らなかった。 それを知らないうちに、「windows media player」の機能でCD-Rに焼いてバックアップを取ろうとしたのだが、PCの調子が悪く何度も失敗。そのうちに再生できなくなった。 あわててQ&Aに目を通して、「「DRM対象商品」とは?」や「商品のバックアップを取ることはできますか?」で理由を理解。 しまったあ。 結局、CD-Rにバックアップがとれたのは、7曲中5曲。 何事も、よく確かめてから行動しなくてはならないという見本。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.29
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今年放送されたドラマの特別編。 捜査員がそれぞれ、「サンタが空からふってきた」という連絡を受ける場面があって、メンバーの紹介を兼ねている。 しかし、この、サンタが空からふってきた事件は、全く偶発的なものであって、実は本筋とはほとんど関係ない。 実は、政府をも揺るがすような巨悪の存在が明らかになるというのだが、それについては、台詞で説明されるばかりで、なんだかよくわからない。 それでも、ドラマとしては面白い。 どちらかというと、捜査員内部での人間関係や、それぞれの事情がメインになっていて、もりだくさんで消化不良ぎみなのだが、それだけに放送時間が短く感じられる。 V6の井ノ原快彦が中心メンバーということで、同じV6の長野博がゲスト出演。 かなり出番があり、重要な役。 長野博は、ウルトラマン・ティガの主役であり、ウルトラシリーズ・ファンの私としては、それだけで評価が高い。V6のバラエティ番組などで見ても、「この男なら悪人ができる」と思っていて、いよいよ今回は殺人犯か、と期待したのだが、そういうわけではなかった。 次はぜひ、冷酷無比な役を演じて貰いたいものだ。 もう一人のゲスト、名取裕子が昔と変わっていないのにも驚いた。「彩り河」で真田広之と共演したんだよなあ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.29
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新潮文庫。1989年09月 映画化されたそうだが、見ていない。 クラリス博士というのが唐突に出てくるが、そういう趣向なのだろうと思っていた。 翻訳者による解説で、実は連作の第2作だということで、作者は、読者にとっては既知の人物として書いているのだ。 ミステリなので、細かいことは書かないでおく。 専門用語などが出てきて読みにくい面はあるが、ミステリとして良くできていて、読者を引き込む力を持っている。 読み方が悪いのか、昆虫がどれだけ役に立ったのかわからなかった。 内容とは別に、訳文でのカタカナ表記が気になった。 「データ・ベイス」「テイブル」は、それぞれ、日本語における外来語としては「データ・ベース」「テーブル」と表記するのが普通だろう。 「フッドを外す」(p79)は、最初は意味がわからなかったが、「hood」で、日本語では「フード」と表記するものだと思われる。 「ブーティーク」も、日本では「ブティック」だ。 これが悪いというのではない。 翻訳者もまた文筆家であり、自分がどのように表記するかということに自分なりの考えがあって当然だ。 編集者が表記について注文をつけることも考えられるが、自分の表記を押し通せるだけの力がある人なのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.28
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22日に生放送されたのだが、その時は見ず、今日になって見た。 どれもこれも懐かしい。 フォー・セインツの35年ぶり再結成ということでスタジオ出演。 「小さな日記」って、昔から感じていたことだが、どうしてこう暗いんだ。みんな低音だからなおさら陰々滅々。 「希望」は名曲。岸洋子版と、男だけの版があるのは覚えていたが、もともとはフォー・セインツの曲だったのを初めて知った。 名曲と言うだけではヒットはしないのだ。歌手との組み合わせが重要。 「まちぶせ」が石川ひとみでメジャーになったのを思い出す。 丸山圭子の「どうぞこのまま」が聞けるとは思っていなかった。 「筋肉少女帯」や「聖鬼II」などは、新しすぎてかえって知らない。 最もリクエストの多かったのが、フォークでは何とNSPの「夕暮れ時はさびしそう」だった。 天野滋さんが亡くなって、もう1年以上がたつ。 NSPの歌は、よくあるフォーク番組で聞くことができないから、かえってリクエストが多かったのかもしれない。 こういう、第1次産業的な歌は少ないよね。 わたしが中学生・高校生だった時に聞いていた歌が多い。懐かしい。あの頃はわたしも若かった。 一番印象に残ったのは、ゲストの大槻ケンヂの、最近、若い頃の自分の映像を見直しての感想。「若いってかっこわるい」 まさにその通りなのだ。 今、自分が若くて輝いていると思っているキミたち。若いってかっこわるいんだよ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.27
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先週書いた「耳鳴り」の続き。 先週は、地元の耳鼻科が休診日だったので、通勤途中の駅にある耳鼻科に行ったのである。 念のため、今日は地元の耳鼻科へ。 耳を見た後、鼻から空気を送り込む、というのをやった。 すると、しばらくの間は耳鳴りがやんだ。 「お、これが治療か」と思ったら、それはただの検査。 前と同じ聴力検査をし、左耳が、高音を聞き取りにくくなっていると言われ、神経の働きを良くするビタミン剤を貰うことになった。 耳鳴りの原因は、聴力が落ちていることなのだそうだ。 寝不足も良くないという話。 出されたのは、「メコバラミン」という、ビタミンB12の錠剤。 とりあえず2週間分。 さて、どうなりますか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.26
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正直なことをいえば、へんてこりんなところを見つけて笑ってやろうという、卑しい心根で見始めたのである。 しかし、途中で、制作者の真摯な態度に打たれて見方を変えた。 変なところはたくさんある。どう見ても日本の風土ではないが、ロケ地が日本ではないので仕方がない。 いくら何でも、明治になってから甲冑に旗指物はないだろう、とか、食事の時に、家族が同じちゃぶ台についていることはなかろう、とか、気になる点はある。 しかし、明治初期の風俗を再現するために努力していることはわかる。 例えば、日本のテレビ局が制作した「西遊記」を中国人が見たらどう感じるかを考えてみればいい。かなり珍妙なものに見えるはずだ。 日本では、沙悟浄は河童になっているが、河童は中国にはいないので、不思議な姿に見えるだろう。中国で制作されたテレビドラマの「西遊記」では、原作通り色黒の大男になっていた。 作法や衣装にも変なところがあるはず。 それを思えば、この映画を笑うことはできない。 サムライの「武士道」も、いかにも欧米人がイメージしそうな禅問答のようなものになっているのだが、雑多な知識が内分、本質をつかんでいるのではないかという気になった。 誇りのために生き誇りのために死ぬ生き方がここにある。 明治政府によって忘れさせられたものを、アメリカ人に教えられたような気になった。 日本が舞台ということなので、ほとんどの出演者は日本人。 渡辺謙が中心で、真田広之がそれに次ぐ。私の中では、真田広之の方が俳優としては格が上なのでちょっと不満だったが、銃弾が腹部を貫通しても馬に乗って突進するなど、鬼神のような活躍。 アメリカ人にも深い印象を残したのではないだろうか。 中村七之助の天皇は、つり目がちで東洋人らしい顔立ちだからか。 殺陣はいい。良くできている。きちんとした殺陣師がついて指導しているのがわかる。 トム・クルーズもよほど練習したものと見える。ラスト サムライ(2003) - goo 映画・ラスト サムライ@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.25
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産経新聞の今日の「主張」の一つは、「創作四字熟語 豊かな漢字文化の再興を」というもの。 この「主張」には、時折、漢字に対する異常な執着心をのぞかせるものがある。 おそらく、同じ人が書いているのだろう。 他紙なら「社説」というところだが、「主張」というところが産経新聞は違う。 しかし、この「主張」は何を主張しているのかと読んでみると、実にわさびの効いた庶民の批判精神があふれていて、思わずにやりとさせられた。一種の感慨を抱かずにいられない。といった、個人的な感想が並べてある。 これでは単なる随筆ではないか。 産経新聞においては、新聞社の姿勢を示す「主張」も個人の随筆も同列であるらしい。 また、 「少子恒例」のような文字遊びも、「しょうしこうれい」と、仮名で書いたのなら、なぜそこに滑稽味が生じ、なぜ笑い飛ばすような批判精神が盛れるのか誰もなかなか理解できないであろう。漫才や落語のような話芸でも、そこに笑いを生じさせるのは、無意識的に音声を漢字に翻訳することで、言葉の二重性とそのアンバランスな取り合わせを認知するからだ。というのも不思議な論理だ。 「音声を漢字に翻訳する」ことが笑いの条件であるということになる。ということは、漢字を知らない人は漫才や落語のような話芸は理解できないということになってしまう。 筆者は、漫才や落語が、聞き手に漢字の知識を求めていると思っているらしい。 こんなものが「主張」になるところが、産経新聞の不思議なところだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.24
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近所にあるスーパー銭湯に、週に一度は行く。 今日も、息子を連れて行ってきた。 土曜日は、露天風呂が「変わり湯」ということで、今日はゆず湯。 昨日が冬至だったからか。 ゆずをたくさん入れた袋が二つ浮かんでいた。 それを見て、岡本綺堂の「ゆず湯」を思い出した。 小説ではなく、自身の体験らしい。 ゆず湯に関する思い出ではない。 銭湯でゆず湯に入ったことがきっかけで、昔近所にいた人の消息を知り、その一家のことを思い出した、というもの。 「青空文庫」で公開されていて、ここで読むことが出来る。 ルビを漢字に振った状態で読みたい、あるいは印刷したいという人は、「一太郎で青空文庫」でも公開しているので、それを利用すればいい。 一太郎を持っていなくても、無料で公開されている一太郎ビューアを利用すれば表示・印刷が出来る。 よし、今日はこのことをブログに書こうと風呂の中で考えていた。 そこまではよかったのだが、風呂から出て服を着はじめたら、なぜか靴下が片方見あたらない。 ロッカーからバスタオルや子供の服を出した時に下に落ちたのは見た。 確かに一足落ちていた。 ところだ、最後に靴下をはこうとしたら、片方しかない。 誰かが、自分のものが落ちていると勘違いして、ロッカーに入れてしまったらしい。 仕方がないので、片足は裸足で帰ってきた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.23
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十日ほど前からだろうか。 左耳で耳鳴りがする。 古くなった蛍光灯が建てる「ジー」という音を少し高音にしたような音がずっと続いている。 テレビを見たり、人と話したりしているときも聞こえてはいるのだが、その時は気にならない。 静かな夜道を歩いていたり、寝るために横になったりすると気になる。 最も音が大きく聞こえるのは、目覚めたとき。 そのうち直るかとしばらく放っておいたが、好転しないので、耳鼻科に行ってみた。 耳の中を見た後、耳にレシーバーを当てる聴力検査のほかに、耳の後ろの骨に器具を当てて聞こえるかどうかも検査。 そしてその結果。 原因は「年齢のせい」で「なおらない」とのこと。 「年齢のせい」はしかたがないが、「なおらない」のは困る。 治療法はないが、薬で音を弱める方法はあるという。 副作用を聞くと、眠くなったりするという。実は精神安定剤なのだそうだ。 「精神安定剤が耳鳴りに効くのは僕たちの常識」と言っていたが、私は初耳だった。 実は、精神安定剤はたくさんもっているので、「じゃあ、しばらく放っておきます」と言って診察は終わり。 検査料2020円。 これを書いている今も聞こえている。 長いつきあいになりそうだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.22
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NHK教育テレビ「知るを楽しむ」で10月から11月にかけて放送されたもの。 毎回、奇想天外な絵を描いた江戸時代の絵師を取り上げ、その人物像、その絵の特徴を説いている。 番組は全回見たが、改めてテキストを読んでみた。 正直なところを、絵画はわからない。私は絵画を見る目を持たない。 しかし、取り上げられている絵を見ると、その迫力は感じる。 まさに「ギョッとする」のだが、このタイトルが良くできている。 「ギョッとする江戸の絵画」というと、江戸の絵画がギョッとするとも読めるのだが、そんなことはあり得ず、江戸の絵画を見た者がギョッとするのである。 わかりやすく言えば、「見る者がギョッとする江戸の絵画」だろうが、主語を省略しているから引っかかりを感じて印象に残るのだ。 さて、その内容。1・「血染めの衝撃~岩佐又兵衛」 「浮世絵」の元祖なのだそうだ。 切断された人間の断面が生々しい。 しかし、作者はこういう絵ばかり描いていたわけではない。2・「身もだえする巨木~狩野山雪」 不自然にくねる老木。 幾何学的な構造を持つ絵。3・「「自己流」の迫力~白隠」 専門絵師ではない。素人の絵なのだが、その斬新さは、後世に影響を与えた。4・「奇想天外の仙人たち~曾我簫白」 美しい色遣いながら、怪しい仙人ばかりに見える不思議な絵。5・「絵にしか描けない美しさ~伊藤若冲」 「絵にも描けない」ではない。 まさに「絵にしか描けない」絢爛たる色遣い。 筆致が一つではないのにも驚く。 描こうと思えば何でも描けるのだろうか。6・「猛獣戯画~長沢蘆雪」 ほかの画家の絵に比べれば、おとなしい。「ギョッとする」というよりは「でっかいなあ」である。7・「天才は爆発する~葛飾北斎」 これは私でも知っている人だが、その絵は、海外に影響を与えたばかりでなく、実は海外の絵の影響を受けたものでもあったのだ。 今ならマンガで当たり前に使われているパース線も新しいものだったのだ。8・「機知+滑稽・風刺の心~歌川国芳」 斬新なものを生み出すには、文化の成熟が必要であるらしい。 それまでは関西中心だった「ギョッとする絵画」は、北斎からは江戸中心。 特に「風刺」というのは、世の中を斜めに見る力が必要なので、幕末を待たなければ誕生しなかったのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.21
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話はすっかり満男中心になっている。 別居している両親の仲をもとにもどせないかと、心を痛める泉(後藤久美子)と、力になろうとする満男。 二人が九州に行ってしまったので、後を追うことになる寅さんと、泉の母親(夏木マリ)。 父親が寺尾聰だったのには驚いた。 なんでこの二人が結婚するんだ。そもそもそこが間違いのもとだろう。 結局は娘の願いは叶わないのだが、満男としては、正月には泉が会いに来てくれて幸せな気分。 一方、寅さんの方は、寂しい夏木マリになつかれ、一晩だけ、4人で家族のまねごとをして楽しく過ごし、もとの一人旅に戻る。 泉と母親が去った後、どうしようかととまどう満男に向かって、「行け、青年」とハッパをかけ、自分は行かないところに、寅さんの生き方が象徴されている。 つかのまの楽しい時間で充分なのだ。男はつらいよ 寅次郎の休日(1990) - goo 映画・男はつらいよ 寅次郎の休日(シリーズ第43作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.20
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自閉症の主人公ということにひかれて、全話見た。 主人公が成長するというよりも、周囲の人間が、主人公を受け止め、理解し、それによって成長するという物語だった。 最初のうちは、自閉症特有の症状による周囲の困惑、途中で、家族内の葛藤、最後は、全員が次の段階に足を踏み出す。 見ていて物足りなかったのは、すべてが図式化されているようだったこと。 どんな人間でも、複雑な内面を持っているはずなのに、登場人物が記号のような存在に思えることもあった。 自閉症の子を持つことを隠していた同僚、出世思考が強かったのに動物に愛着を持ち始める園長、ほとんど絶対者のような医師、勉強のことで息子を追い詰めていた兄嫁。 さすがに、長山藍子演じる母親は、ここまで達観するまでに、想像もつかないような苦労をしてきたのだろうと思わせるところがあった。 ほかに、若い飼育係と妹も、それぞれ好感の持てるところがあった。(宮古ちゃん、あの飼育係にMEGUMIを紹介してやったら?) そうそう、飼育係の自閉症の息子が登場した回で、どんな症状なのかと思ったら、主人公と同じタイプだったのは残念だった。さまざまな症状があるのだから、もっと違うタイプにすれば、視聴者の理解も深まっただろう。制作者がモデルにした自閉症の人は一人しかいなかったのだろうか。 主人公が、まるで忍者のように、そばに自分と同じタイプの人間がいることを察知したのには驚いた。 最後は、グループホームに住んで自立を目指していくことになったが、そこでの暮らしぶりも知りたかった。 自閉症を取り上げるというのは、番組制作者としては勇気のいることだったろうし、それなりの努力はしていると思う。 比較しても仕方がないのだが、日本テレビで放送した「光とともに…~自閉症児を抱えて~」の方が、自閉症の症状は一様でないこと、理解者ばかりではないことが描かれていて、内容が深かった。 努力は買うが、あと一歩。 音楽は控えめなメロディで良かった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.20
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半年間全20話のシリーズだったが、長く感じさせない。 孫の婚礼に押しかける目的の旅で、その婚礼は第7話、そして、最終回で、その時の姫がまた登場。くるりと輪を描いて閉じている。 ゲストも多彩。 林隆三も出るんだなあ。 最終回の悪役は「ウルトラセブン」森次晃嗣。この人は、何度も「水戸黄門」で見ている。 最初は、三波豊和の千太だけが突然いなくなったのが気になってならなかった。松井天斗のおけらの新助が第10話から登場というのも珍しい加入の仕方。 何か事情があったと思わせる。何もなかったのかもしれないが。 さて、里見黄門になってからほとんど毎回見ているが、最近は親子ものが多いのが目につく。 孫娘もそうだったし、最終回もそうだ。 昔は、お家騒動がらみで、そのシリーズだけ水戸からどこか騒動の起きている藩への旅に同行するキャラクターがいたりしたのだが、そういうのも復活させてみては。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.19
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「明星の章」「琴の章」「女怨の章」「落花の章」。長編小説もいよいよ終わる。 三巻目でやっと気づいたが、「真埼東天」は「宮崎滔天」のもじりなのだろう。 相思相愛であることに互いに気づいていながら、なかなか結ばれなかった二人だが……というメロドラマもあり、武術家としては三四郎をしのぐ相手との対戦も迫る。さらには、人間離れした相手まで登場。 大衆小説にしては文章が硬いが「どうなるのだ」という興味を引っ張っていく技量で読ませる。 武道家としての姿三四郎ではなく、一人の人間としての成長を描くものなのだが、最後は初心にかえって出直すことになる。もうこれ以上続けたくはなかったのだろう。 さすがは大衆小説の講談社、巻末エッセイの野瀬光二「秘書の思い出」と笹川吉晴「人と作品 富田常雄」がすぐれている。 作者の人となりや、「姿三四郎」が書かれた経緯がよくわかる。 編集者が半ば強引に書かせたもので、さらに、「文章がぎこちなかったため」文芸部員が「原稿用紙が真っ赤になるほど手を入れたのだと言う」(p440)ということだ。 気になった言葉。 「父と娘の間には、この頃になってようやく大きな溝《みぞ》が出来ていた。」(p7)の「ようやく」。 珍しい用例ではないが、「だんだんに」の意。 今では「やっとのことで」という意味で、その実現が望ましいことである場合に限られるのではないか。 「憧憬」に「どうけい」とルビ。(p217) 正しくは「しょうけい」だが、慣用的な読みを採用している。 人間離れした男を「山窩」と表現している。巻末の出版局による「おことわり」によると、この語は、「身分差別に関する、今日では差別表現として好ましくない用語」なのだそうだ。 知らなかった。三角寛の本では表紙にも使われているのだが。 何カ所か出てくるが、試合に出場するのは「選手」ではなく「選士」。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.18
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「駐車場内のトラブルは一切負いません」というからには、一切トラブルがないのか、と思ってしまう。 「一切責任を負いません」という意味なのだろうとは思うけれど、気になる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.17
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テレビで放送されたものをやっと見た。 舞台となっている昭和33年にはまだ私は生まれていないが、子供の頃を思い出し、「ああ、こんなふうだった」と思うところもあった。 堤真一の「鈴木オート」の一家と、吉岡秀隆演じる茶川竜之介の「茶川商店」が主な舞台。 集団就職で鈴木オートに住み込むことになった堀北真希と、茶川に押しつけられた須賀健太が町の住民としてとけ込んでいく。 こうなるんだろうなあという予測通りに話が進んでいく。 「努力すれば今より生活が良くなる」という希望がもてる時代だったのだ。 その象徴として、建築中の東京タワーが描かれている。 しかし、その扱いが変だ。 上野から北に向かう列車から見えたかどうか疑問だし、その時初めて完成したことに気づくわけはない。 東京タワーが見えるところに住んでいたのだから、ヘリコプターで先端部分を取り付けるところをみんなで見物していた方が自然だ。 薬師丸ひろ子と小雪みたいな顔は昭和30年代にはなかったような気がする。麻木久仁子みたいな顔はあったと思う。 茶川竜之介だけでなく、登場人物の名前は有名人のもじりが目立つ。 須賀健太は古行淳之介、その母は古行和子。ほかにも、川渕康成というのもあった。ALWAYS 三丁目の夕日 - goo 映画・ALWAYS 三丁目の夕日@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.16
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タイトルでわかるように、満男が中心になっている話である。 冒頭は、伯父について語る満男のナレーション。 浪人中なのに勉強に身が入っていないようで、両親はやきもき。 わたしにとっては人ごとではないので、博とさくらの気持ちがよくわかる。 こんな立派な両親がいても満男のように、親に心配をかけるのかと思うと、いくぶんかは慰められる。 年末も近いのに、バイクで佐賀まで行っちゃうんだからねえ。 今までとは視点が違うせいか、最初の30分ぐらいは、「男はつらいよ」とは違う映画を見ているような違和感を感じた。 どうも画面の雰囲気が違うのだ。 おばちゃんが眼鏡をかけているのも今までとは違う。 恋も、満男と遠く佐賀に引っ越した泉(後藤久美子)との恋があるだけで、寅さんは美しい人妻の壇ふみと出会うものの、特に何もない。 「男はつらいよ」をやめることが許されず、渥美清の体調も思わしくないので、路線を転換していろいろ工夫しているわけだが、その苦労が見えてしまって見るのがつらいような映画だった。男はつらいよ ぼくの伯父さん(1989) - goo 映画・男はつらいよ ぼくの伯父さん(シリーズ第42作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.15
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豪華キャストで、屋外ロケもふんだんにあり、エキストラも大勢動員、第1回も最終回も拡大枠という力の入れよう。 このドラマの新しいところは、悪人がいない、というところだ。 当然対立せざるを得ない明智光秀(風間トオル)も、柴田勝家(西岡徳馬)も秀吉の理解者であり、悪いやつだから討伐した、という描き方はしない。 強いていえば、足利義昭(京本政樹)が陰謀を巡らすぐらい。 主演の中村橋之助が、徹底的に明るい秀吉を演じているので、全体に重くならず、救いのある話になっている。 これだけの話を全6回ではいそがしい。 華やかなドラマだったが、見終わってみるとあっけない。 秀吉にまつわるエピソードをつなぎ合わせただけに見えて、ドラマの中でどれだけの時間がたったのかがわからない。 たとえば、最初に赤ん坊を登場させ、毎回その子の成長ぶりで時間の経過を示すというような工夫が欲しかった。 また、放送回数が限られているのなら、柴田勝家を倒すところまでにして、あとは「これから新しい世の中を作るぞ」という決意を見せるところで終わっても良かった。 この後、側室問題やら、家康との駆け引きやらがあるのはわかっているのだから。千利休(藤田まこと)も切腹させちゃうんだしさあ。 死を目前にした秀吉に、前田利家の幻影が「おまえに会わなければのんびり暮らせたのに」と言ったのは面白かったが、利家の方が後に死んでいるので、秀吉がそう思いこんでいたと言うことなのだろう。公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.14
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「私の身近にいる精神障害者」は、ドラマのような図式化された作り物ではないリアルな話。 精神障害者(統合失調症)である筆者のもとに、仲間が訪ねてきたという話。彼の話によると、彼は暴力団から目をつけられていて、彼の家は盗聴盗撮されてるそうです。 それだけならいいですが、彼の心の中まで相手は読めるそうです。 へえ、そんな風に思いこむんだ、というところで終わってしまいそうな話なのだが、この記事のすごいところは、私も同じ精神障害者なので彼の今の状態は私が発病した初期の症状に非常に似ていると感じました。と結んでいるところだ。 これが日常なのだ。 「我々とは違う世界に生きている」と切り捨ててしまうのは簡単だが、実際にはそうではない。我々と同じ世界に生きていながら、違う「現実(本人にとっての)」を見ているのだ。 この記事を書いた人のように、それが現実ではないことを知りながら、自分にはこう思えるのだということも認識している人もいるわけだ。 wたしは、自分の病気を明らかにし、こういう症状が現れるのだということを、当事者として報告してくれる記事を高く評価している。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.13
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白黒映画。 戦国時代の加賀が舞台らしい。 侍に対抗して、自分たちの自治を守ろうとする加賀七党の頭領が三船敏郎演じる豪右衛門。「自由」を重んじる集団らしいのだが、豪右衛門の行動だけ見ると、粗暴な独裁者。 人質として円城寺にいた二人の弟が帰ってきたところから話が動き出す。 上の弟は佐藤允(若い!)、下の弟は田村亮(ほとんど素人。これが映画デビュー)。 二人の弟はその外見通り、上は頼もしく、下は文弱。 朝倉家は円城寺攻略のために加賀七党を利用しようとし、それによって分裂が起こり、また、豪右衛門たちの里も壊滅的な打撃を受ける。 陰謀あり悲恋あり。 「さあこれから暴れ回るぞ」というところで終わり。 戦国時代を駆け抜けた一陣の風であったということか。 本当はもう少し長い映画にするつもりだったのではないだろうか。 途中の、あやめ(大空真弓!)への態度の変化などは唐突に思える。 豪右衛門の妻役の乙羽信子が自然で良かった。 三船敏郎演じるは、粗野な男という設定のためか、つねに怒鳴るように話す。 豪右衛門たちの里は、ほんとうに家々の並ぶ里が作ってあり、荒野も本当に荒野で、それを埋める軍勢も規模が大きい。映画にお金をかけられた時代であることを感じさせる。暴れ豪右衛門(1966) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.13
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今日の産経新聞「主張」の一つは、「履修問題 都立高改革の火は消すな」というもの。 「都教委が“未履修”を黙認 都立高の1割で偽装授業」を受けての内容。 いつものことながら、首尾一貫しておらず、理解しにくいのだが、断片的には理解できる文章が並んでいる。都立高校は石原都政の下で、さまざまな改革が行われている。のだそうで、それならば、今回の「偽装」も石原都政の下でおこったことで、知事も責任をまぬがれないというのかと思うと、責任については何も触れていない。 そればかりか、今回の都立高のケースに限らず、全国の高校で発覚した一連の未履修問題は、大学受験に必要な学力を身につけさせるための十分な授業時間が確保されにくいことから生じている。と、都立高校に変わっていいわけを述べている。 文部科学省の姿勢に原因があるというのなら、都立高校に限らず、どの高校でも支持すればいいのに、都立高校は別扱い。 石原都知事の提灯持ちとして、知事に成り代わり、いいわけに必死というところか。 話は変わって、今回のケースで問題になっている「総合的な学習」というのは、解説を読んでも何が何だか理解できない。 「教科、科目の知識、技能を総合的に生かす」ことが目的なら、受験に特化しても何も問題はあるまい。 提灯持ちとしては、むしろ、「総合的な学習」の時間を受験対策に回せ、都立高校のしたことは正しい、と主張した方が筋が通るだろうに。 関連記事「[都教委]未履修科目の受験対策振り替えを容認 補習求めず」楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.13
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「有縁《うえん》の章」から「明星の章」まで。 このうち、冒頭の「有縁の章」と「一空の章」が「続 姿三四郎」の原作部分。 原作でも舞台は凝っているのだ。 さて、三四郎だが、相手が唐手だろうが、日本刀使いだろうが、ほとんど無敵なのだが、乙美《おとみ》と相思相愛であることに気づいていながら、さっぱり煮え切らない。歯がゆい。 柔道になると思い切ったことをするのに、女のことになると、「こいつ、自分のことしか考えてないのか」といいたくなる優柔不断ぶり。しっかりせい。いやな女として描かれている高子もかわいそうだ。 まあ、こうやって決着がつかないから、読者がやきもきして読み続けるわけではあるのだろう。 政治の世界にも飲み込まれて行きそうな雰囲気だが、どうなるのだろう。 「ラスラ」というものがでてくるが、これはレスリング。 ちゃんと「ラスラ(レスリング)」(P87)という表記があり、「ラスラ(原題ではレスリングと呼ばれる)」(p203)という表現もある。これから考えるに、口頭で伝わった「ラスラ」という語が先に広まり、次に文字としては「レスリング」と書く、ということが知られていったらしい。 驚いたのが、姿新四郎とスパア(ボクシング)選手リスターとの試合。 三四郎はいきなり、「足をリスターに向けて仰向《あおむ》けに倒れた」(p94)というのだ。 これは、猪木VSアリではないか。猪木がこれを読んでいたとは思えない。偶然なのだろう。 「[金票]の章」に登場するのは、まさに中国の[金票]である。よく知っていたものだ。 父親が生ませた異母姉妹がいることについて、「父の不倫」(p380)とある。 今では浮気と不倫が同義語になっているが、これが書かれた頃からこういう表現はあったのだ。 知らなかった言葉 ・「お神楽二階」(P63) 平屋の上に後から二階を建てましたもの。・「三助拭《さんすけぶ》き」(P192) 廊下を拭いているので、板に沿って往復するのではなく、手で横にぞうきんを往復させて拭くことか?・「ヒッピ・フレー」 外国人が英語で怒鳴った言葉なのだが、わからない。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.12
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今年の「プロレス大賞」MVPは鈴木みのるなのだそうだ。 多くの団体に出場し、何よりも、三冠王者となったことが評価されたようだ。 たしかに、鈴木以上の活躍をした選手はいないだろう。 その一方で、「品格」が問題視されたという。 あえて「品格」を無視した「性格の悪い」キャラクターで活躍しているのだから、むしろ、本人にとっては「してやったり」というところだろう。 ただ、残念なのが、鈴木の提供する話題がプロレス界内部だけでしか取り上げられないことだ。 バラエティ番組などでも話題になるようになれば、集客力につながるのだが、なかなかそこまでいかない。 バラエティ番組で貢献したのは、今年も北斗晶だろう。 鈴木よ、プロレスの外にもうって出ろ!みのる、初MVP…2006年プロレス大賞 によると、敢闘賞を受賞した棚橋は、この賞は新日本全員で取ったものだと思ってます。とコメントしてる。 ここに、現在の新日の苦境が見える。 新日の厳しい競争の中で自分一人で勝ち取ったと思えるようでなくては。団体一丸で、などというのは、全日にはにつかわしいが、新日にふさわしくない。品格ない?MVPみのるに苦言も毒舌ヒートUP!プロレス大賞MVPに鈴木みのる楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.12
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NHKの「プロジェクトX」で取り上げられて有名になった話の映画化。 ビクター、SONYといった企業名と、松下幸之助のみ実名。あとは仮名で、設定も変えてある。 西田敏行演じる主人公が、ビクターのお荷物と化していたビデオ部門の部長となり、執念で、家庭用ビデオVHSを世に送る。 その開発過程での部下や上司との軋轢や、家庭内の問題などをドラマとしているのだが、その分だけ新たな技術開発という面が弱まってしまっている。 一歩先んじていたベータマックスを逆転できたのは、技術ではなく、松下幸之助が味方してくれたからということになっているが、実際にそうだったのだろう。 人を大事にし、あきらめず、夢を追い続けることで成功を勝ち取ったという話で、これはこれで感動的であるのだが、敗れ去ったSONY側の技術者たちにしてみれば、苦々しい思いがあるのではないか。 それでも、SONYという社名を使うことを許可したのは、懐の深いところだ。 ホームビデオ開発のきっかけになるのが、麻丘めぐみの「私の彼は左きき」。 ほう、あの頃の話だったのか。一般家庭でビデオ録画ができるようになるなど、想像もできなかった。 それなのに、それ以前に山口崇は「天下御免」を個人的に録画していたのだから、常人ではない。・陽はまた昇る@映画生活陽はまた昇る(2002) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.11
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「[教育再生会議]大学9月入学を検討 中間報告素案」という記事によると、「学力と人間力を備えた教師が必要」として、大学院修士課程修了者や社会人を、特に小中学校の教員に登用するよう提言する。のだそうだ。 どうもよくわからない。 この文言では、大学院修士課程修了者は「人間力」を備えていることになってしまう。 おそらく、「学力を備えた教師として大学院修士課程修了者、人間力を備えた教師として社会人」ということなのだろう。 とは思うものの、では「人間力」とは何かというとそれについては何も説明がない。 文字通りに解釈すれば、「人間らしい力」ということなのだろうが、まさか、二足歩行をするとか、道具を使うとかそんなことを指して「人間力」というわけではあるまい。 なんとなく、厳しい競争社会で生き抜く力のことを指すのではないかという印象を受けるのだが、競争社会で生き抜くことのでき人間が転職して教師になるとは思えない。そんな人は、公務員の給料では満足できまい。 増収を望めないのに、民間企業から教師に転職する人がいるだろうか。 また、この文言の不思議なところは「大学院修士課程修了者や社会人」というところだ。 教師になって働いている人は「社会人」ではないのだろうか。そんなことはあるまい。教師もまた「社会人」だ。 この文言通りに解釈すれば、教師を教師として新規に採用することもあるらしい。 ぼんやりと、「こういうことが言いたいのだろう」とは思うのだが、突き詰めていくと何がいいたいのかわからない不思議な記事だ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.10
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大都市で5割…高校卒業できない米の若者たち という記事によると、アメリカでは、義務教育である高校を卒業できない若者が減らない。卒業率が低い大都市では50%前後だが、ボルティモアでは40%だ。教育関係者のあの手この手の努力も実る気配がない。のだそうだ。「義務教育」でありながら卒業できないというのは、日本では考えにくいが、アメリカではこういうこともあるそうだ。 改装格差が大きいアメリカらしい話だ。 しかし、わたしには、さほど悪いこととは思えない。これもまた、「自由の国アメリカ」の特徴の一つだろう。 ひるがえって日本の中退率は、と、検索してみたが、最近のものがみつからない。 しかし、10年前の東京でも50%ということはなく、数%のようだ。具体的な数値がみつからないのだが、私の記憶が確かならば、いわゆる「先進国」では、日本の高校卒業率は群を抜いて高いはずだ。 何かというと、日本の教育が欧米と違っている問い理由で批判する人がいるのだが、日本もアメリカ並みに中退率を増やせというのかと思うと、中退があることを理由にした批判もある。 欧米並みに中退率を増やせと主張するのなら理解できるが、欧米のようにしろといいながらもっと中退率を減らせというのは矛盾している。 むしろ、高校への進学率、高校の卒業率を減らすことをめざしてみたほうがいいのではないだろうか。 義務教育が終わったら就職するのも、高校に進学して高卒で就職するのも、大卒で就職するのも同等の価値を持つと考えることができない人が多いのが不思議だ。 階層格差が広がるのではないか、と懸念する向きもあるだろうが、少しでも若いうちに技術を身につけた方が有利な職業もある。 中卒で就職してみて、やはり学歴が必要だと思ったら、それから高校に入学すればいいだけの話だ。年齢を理由に入学を認めない高校があるのかもしれないが、そなんことは法律で禁じればいい。 日本の江戸時代を思えばいい。 「学歴」のある人などほとんどいなかった。 しかし、幕末に日本を訪れた外国人は、一様に、日本時の清潔さ、礼儀正しさに感心している。 明治になって「学歴」が幅をきかせるようになるとともに、伝統的な美徳は失われていってしまった。 このことによっても、必要なのは「学歴」ではないことがわかるはずだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.09
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産経新聞6日の「自然農法?カルト?「ビオディナミワイン」って」にはびっくり仰天。 オーストリア(日本語表記を「オーストリー」にすることにしたはず)の生産者のインタビューを中心にした記事。その人は、 「地球上の生命は重力と浮力という相反する2つの力の影響を受けている。例えば、水星が地球、太陽と一直線上に並んだときに水とかき混ぜた調合剤(特別な手法で作った有機肥料)は効果が大きくなる」。と、大まじめに答えたそうだ。 その人が信じて疑わないのは自由だが、産経新聞とて新聞の端くれだろう。裏付け取材をしたのかと思ったら、そんなことはまったくしていない。 「水星が地球、太陽と一直線上に並んだとき」と、そうでない時に「水とかき混ぜた調合剤」とでは、どの程度の差があるのか、データを示すことすらしない。 なお、水星の公転周期は87.969日だから、太陽・水星・地球の順に並ぶのは年に4回ほど。(水星・太陽・地球の順に並ぶのでもよければ、回数は少し増えるはず) 市民農園を借りて農業のまねごと(ままごとに近い)をしている身からすると理解できないことがある。 ビオディナミは、時に「占星術のよう」「カルト的」といわれる。その風変わりさを象徴する道具の一つが、雌牛の角。「雌牛の角は“宇宙からのエネルギー”を受けている」という独自の考え方に基づき、角の中に牛糞(ふん)や水晶粉を詰めて土中に埋め、有機肥料を作る。って、「雄牛の角」って、そんなの巨大なものはないわけで、そんなものの中で「有機肥料」を作ったところで、ほんのわずかな量しかできない。 「用語解説」によると、「ビオディナミ」というのは、オーストリア出身の人智学者、ルドルフ・シュタイナー(1861~1925)が提唱した生力学農法に基づく。「ビオ」とも呼ばれるが、天体の運行が自然界に与える作用を考慮する点で、単なる有機農法の「ビオロジー」と区別される。ということなのだそうだ。 天体の運行に左右されるのでは、太陽系以外の「天体」の影響はどうなるのか知りたくなるが、それについてはなにも説明がない。 太陽系でも、木星なんか大きいし、水星以上の影響がありそうなものだが、それについても触れていない。 困ったのが、主導者の、ビオディナミへの転換は世界的な潮流。将来は、教育や医学にも用いられるでしょう。という言葉。 何しろ、天体の運行に影響されるのだから、天体の状態によって治療ができなかったり、教育ができなかったりということが起こりうるわけだ。 こんな主張を大まじめに紹介する産経新聞の感性には驚かされる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.08
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4日の「水戸黄門」のゲストは栗原小巻。 この取り合わせで思い出すのは、劇場版「水戸黄門」。 東野英治郎時代に、テレビのキャストそのままで劇場版を作ったのだ。 その映画の中で、ご老公のもとに危急を伝えに行ったのが、男装の栗原小巻だったと記憶している。 ほかには、加藤嘉が出ていたことしか覚えていない。 どういう客層を当て込んだのかよくわからない映画だった。 若い人は興味がなかったろうし、年配の人が足を運ぶとも考えにくい。 Wikipediaで調べたら、三船敏郎も出ていたのだ。 今回は、栗原小巻が、実は若殿の生みの親で、というもので、その若殿の命を狙う悪者がいて、と陰謀渦巻く話。 多岐川裕美の娘の多岐川華子がお姫様役。あまりにも現代風の顔立ちだが、お姫様には合う。 印象に残ったのは、ほとんど台詞のない、夕渚麻里瑛という人。吹き矢を使う暗殺者。 俳優というよりモデルらしいが、顔立ちがきりっとしているので、こういう役が似合う。目もいい。 若い人が時代劇に染まっていけば、裾野が広がる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.07
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昔から読んでみたいと思っていたが、ついに手に入れることができた。 映画は「姿三四郎も「続 姿三四郎」も見たことがある。 「天の巻」は「巻雲の章」から第八章の「愛染の章」までで、第四章の「碧落の章」までが「姿三四郎」その後が続編。 第七章は「すぱあらの章」で、「すぱあら」を得意とする外国人がでてくるのだが、「すぱあら」とはボクシングなのだ。 読みながら考えて、「すぱあら」は「sparring」のことなのだろうと思い当たった。 主人公の姿三四郎は会津出身で「故郷の会津で大曾根老師から聞いた」(p30)という文章もある。 有名な話だが、三四郎のモデルは、西郷四郎で、会津で大東流を学んだことがあるのではないかという。 伝統的な柔術と、近代的な「紘道館柔道」との戦いで、柔術は姿三四郎に敗れていくのだが、武術的に柔道が勝っているからではなく、紘道館の者は人間として優れているから勝つという書き方になっている。著者の父親が講道館四天王の一人だったし、著者も柔道を修行しているのでこういう話になってしまうのだろう。 柔術に触れた経験から言うと、決して柔道に引けをとるものではない。 1932年に書かれたものだそうで、著者は1904年生まれだから28歳の時に書いたことになる。 大衆小説のはずなのだが、漢語が多い。戦前の読者は学があったのだなあ。 「猛虎負嵎《もうこふぐう》の姿勢」(p19)、「小乗的な羈絆《きはん》」(p51)、「政府当路者」(p95)、「敵を誘う鯨波《げいは》」(p234)、「旅先で鳥屋《とや》にでも就《つ》けば」(p259)、「全く奔竄《ほんざん》した如く見えて」(p396)、「彼を白玉楼《はくぎょくろう》中の人にした」(p408)、 今とは意味が異なる用法の語もある。 「神田川に放りこんだのは怪我《けが》ではない」(p69)の「怪我」は思いがけない事態。 「お互にさっぱりと江戸を売ろうぜ」(p281)の「売る」は「立ち去る」の意のようだ。 「或は眠りて表裏をくれ」(p421)の「表裏をくれ」はわからない。 「欧米人と結婚して、日本人種を改造しなければ西洋人と対等の交際が出来ないなどという、加藤弘之《ひろゆき》の論」(p167)というのがあったそうだ。知らなかった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.06
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原作は筒井康隆。読んだことはない。主演は石原さとみ。 殺人を犯して刑務所に13年入っていた祖父が帰ってきて、弱きを助け強きをくじき、短い時間ながら、周囲の人々に強烈な思い出を残す。 家族再生ドラマの面もあり、ヤクザものでもある。 話には、なぜ不良が改心したのか、など、わかりにくいところがある。 一番理解できないのは、椅子に縛られたまま、主人公が宙に浮くところ。何の伏線もなく、その後の説明もない。 結局はファンタジーということか。 武器にもお金にも不自由していないし。 石原さとみはまだ初々しい面があり、両親の平田満と宮崎美子は力みのない自然な雰囲気。菅原文太は、いかにもという役柄。ぴったりすぎる。 浅野忠信は、うまいのか下手なのかわからない演技なのだが、この映画はではよかった。 波乃久里子が祖母というのは若すぎるのでは。・わたしのグランパ@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.05
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冒頭の夢はなく、さくらからの手紙の朗読。 自殺を図った男(柄本旭)を慰めたことからすっかりなつかれてしまい、ウィーン旅行に連れて行かれてしまうという強引な展開なのだが、それを強引と感じさせないのが腕。 柄本明は、仕事のストレスから精神に異常を来しているという役柄で、おそらく、仕事が原因の心身症が注目されていた時期なのだろう。「松竹 男はつらいよ 寅次郎真実一路」でも似たような設定だったが、蒸発するのと自殺を企てるのとでは、重みが違う。柄本明の場合は、死んでいておかしくないのだ。 寅さんは、ウィーンで、たまたま見かけた美人ガイド(竹下景子)についていってしまって、淡路恵子とも出会う。 恋というわけではなく、むしろ、故郷から遠く離れて暮らす竹下景子を慰める人生の先輩という役回り。 ウィーンが舞台とあって建物や自然が次々に映し出されるが、結局どこへ行っても寅さんの世界なのだ。 現地人との会話は字幕付き。寅さんファンの高齢者は見にくかったのではないか。 どうせなら、ドイツ語のはずの会話も全部日本語にしてしまえば良かったのに。 実は恋人がいて、空港でのクライマックスということになるのだが、竹下景子が何度もキスをするのには驚いた。このシリーズでは珍しい。 さすがに、最後にヒロインが柴又に来ることはなかった。 竹下景子も悪くないが、凛としたたたずまいの淡路恵子がさすがだ。 渥美清は、体調が良かったのか、さほど疲れを見せていない。しかし、体にはかなり負担だったことだろう。 「ああ、あの頃はこうだった」と思ったのは、笹野高史がカラオケで歌っているところ。 歌詞が印刷された冊子を見ながら歌っている。 最初はこうだったのだ。カセットテープでね。それからレーザー・カラオケやビデオCDが出て、歌詞がテレビ画面に表示できるようになったのだ。 映画の本筋などよりも、一番気になったのが満男のこと。 そうか、浪人することになったのか。 やきもきする親をよそに、我が道を行こうとする息子。 浪人生を持つ親として、ひとごとではないのよ。男はつらいよ 寅次郎心の旅路(1989) - goo 映画・男はつらいよ 寅次郎心の旅路(シリーズ第41作)@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.04
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原題は「那山 那人 那狗」。直訳すると「あの山 あの人 あの犬」。 映画が公開されたとき、ちょっと気になったのだが見に行かなかった。雲南あたりの話かと思ったら、湖南省が舞台なのだ。 郵便の集配のために、徒歩で二泊三日の旅をする配達人の話。 まさに山あり谷あり川ありの奥地を郵便業務のために歩く。 父が引退し、跡を継ぐことになった息子が初めて配達の旅に出るという話で、冒頭で、父親も一緒に行くことになるのだが、最初から一度は一緒に行ってなじみの人たちに引き合わせるのが普通だろう。 話は淡々と進む。 感情の爆発はない。大げさに泣きわめいたりはしない。 そこがいいのだ。 父親が理解できずにいた息子が、一緒に歩くことで、父の人生を理解し、父親は、息子が一人前になったことを知り、ひそかに涙をぬぐう。 少数民族の婚礼(トン族といっていたが、あれが現実の婚礼なのかどうかはわからない)が出てきたり、若い娘との出会いがあったりするが、それは、父と母の結婚の思い出につながっていく。 中国映画には、こういう、淡々とした、スケッチのような映画がある。 わたしは、そういう映画が好きだ。 昔見た「北京の思い出」もそうだった。 画面に映し出される、本物の風景の迫力に圧倒される。 映画館の大きなスクリーンで見たい映画だ。山の郵便配達(1999) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.03
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全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」は、テンコジの優勝に終わった。 武藤・川田組に期待していたのだが。これが勢いというものか。 ケアのIWGP挑戦も決まったし、これで、新日の東京ドームは全日・新日混合タッグも登場ということになるのだろう。 今の新日では、単独でドーム大会は無理だし、かといって統一機構の盟主に祭り上げられた感のあるNOAHの手を借りるのもしゃくだし、旧知の仲の武藤の手を借りての興行にしたのだろう。 今は友好ムードだが、合体ということはあるまい。同じ路線を歩むことになってしまっては、ファンの選択の余地が狭まるし、ライバルと競い合ってこそ成長することのできる面もある。 全日の問題は、小島の下の世代にエース候補がいないということだ。 新日には棚橋や中邑がいる。 全日はどうか。 宮本は去り、河野は総合路線。 諏訪間はヒール。 さて、どうする。進化したテンコジ初V!1・4出撃テンコジが最強タッグ初制覇テンコジ最強タッグ初制覇楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.03
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産経新聞の【コラム・断】「給食費という高い税金」で、潮匡人という人が、給食廃止論を述べている。 しかし、単なる思いこみが並べてあるだけで論拠がないので、説得力がない。 例えば、「給食費が年間5万820円」で、それを「高い税金」と表現している。 年間200食食べるとすると、一食あたり250円あまり。豚丼より安い値段で、主食・主菜・牛乳付きの食事が食べられるのだから、コストパフォーマンスはかなり高い。 給食献立に選択の自由はない。宗教上の禁忌や健康食材に拘(こだわ)る家庭の意向も無視される。というのも不思議で、アレルギーを持つ子のドキュメンタリーなどで、食材に配慮したり、弁当を持参させたりしているのを見たことがある。 学校給食に否定的な記事ではあるが、同じ産経新聞10月25日の「給食でショック死も…食物アレルギー進まぬ対応」という記事には、調査では、アレルギーの児童・生徒のいる学校の調理場のうち、63・2%が除去食を提供していたとある。 何を根拠に「無視される」と言っているのかわからない。 なぜ給食でなく弁当では駄目なのか。関係組合が反対するからか。というのも「評論家」らしからぬ、いや、いかにも「評論家」らしい言いぐさで、その根拠を調べもせず、「反対するからか」と疑問を投げかけただけで結論を出した気になってしまっている。 「関係組合」なるものが反対しているのかどうか調査してみればいいのに、それをしない。 こういう原稿を乗せるところはいかにも産経新聞らしい。 この潮匡人なる人物に聞いてみたい。 1992年、埼玉県の庄和町(当時)で、町長が学校給食廃止を提示したところ、保護者からの猛反対を食らって撤回せざるを得なかった。 国民の大多数が、学校給食は不要だと思っているのなら、反対などされるはずがないのに。 なぜ学校給食が廃止できなかったのか、考えてみればいい。 なお、このことは、今年10月2日の産経抄でも触れている。 筆者は産経新聞を読んでいないのだろうか。 わたしの考えを述べれば、学校給食は一律ではなく、希望者だけが食べることにすればいいと思う。 前金制にして、メニューによって給食を選んだり弁当にしたり、生徒が選べるようにしている学校もある。 おそらく、給食派が圧倒的に多いだろう。 また、弁当派が増えていくと、子供の好きなものばかり食べさせることになり、生活習慣病がどんどん低年齢化していくことになるだろうが、給食否定派はそこまでは考えていないようだ。 給食の功能を一つあげておく。 それは、今まで食べたことのないものを食べることができる、ということだ。 わたしは小学校の途中から完全給食になった。中学と高校は弁当。 学校給食で初めて食べたものもいろいろあった。 小学生の息子の給食のメニューを見ても、多様で感心する。 家庭料理では種類に限界がある。 今まで食べたことがないものを食べることができるだけでも、給食のありがたみはある。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.02
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ブロンテの小説「嵐が丘」を翻案して、中世の日本を舞台にしたもの。 小説は遠い昔に読んだような気がするのだが、何も覚えていない。 こんな話だったのか。 こういう映画に松田優作が出ていたことも忘れていた。 松田優作演じる鬼丸が、神をまつる一族の一員となり、狂気のような恋慕の情に突き動かされて行動する。 最初の墓を暴こうとする場面が、どの時点のことなのかよくわからない。 法師と絹(田中裕子)との関係もなんだかよくわからない。 物語の筋立ては複雑ではないのだが、わからないことが多い。 「鬼丸」というと手塚治虫のマンガを思い出すのだが、もちろんぜんぜん関係ない。 凝りに凝った芸術映画で、こういうものを作りたくなる気持ちはわかるのだが、何度も見たくなるようなものではない。出演者も変に力んでいるし。 ただし、性格も外見も異形の鬼丸は松田優作にはぴったりだった。 こういう映画は、映画館の暗闇の中で見るべきなのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.02
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「ウルトラシリーズ」の監督で知られる実相寺昭雄さんが亡くなった。 子供の頃は、誰が監督かなどということは知らずに見ていたが、大人になって見直すと、癖のある演出をしていたことがわかる。 よく言えば凝っているが、悪く言えば独りよがりになりがち。 「ウルトラマン」の第34話「空の贈り物」で、スプーンのシーンが有名だが、その前に、カレーライスを食べている場面で、画面のほとんどが手前にあるものに隠れていて、隊員たちが小さくしかうつっていないところなどが印象に残っている。 平成ウルトラマンでも、シリーズに一度は演出していたが、現実なのか幻想なのか区別がつかないような話が多かった。 その中で、「ウルトラマンマックス」の「狙われない街」はよかった。 「ウルトラセブン」の「狙われた街」を受けているのだが、それを知らなくても理解できる話だった。 実相寺監督の本領が発揮できたのは、ウルトラシリーズよりも、「怪奇大作戦」だろう。 「科学が我々に一体何をしてくれたと言うんだ」という台詞が心に残る「死神の子守唄」 、実質的な最終作(?)「京都買います」などにその才能が結実している。 まだ69歳。監督としてはまだまだ活躍できる年齢なのに。 ご冥福をお祈り申し上げます。 ウルトラマン、帝都物語…監督の実相寺昭雄氏が死去実相寺監督死す…ウルトラマン手がけた特撮映像の先駆者[訃報]実相寺昭雄さん69歳=映画監督ウルトラマンの父、実相寺昭雄さん死去楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.01
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昨日の産経新聞の主張「いじめ緊急提言 問題児童に奉仕は良い薬」を読んで、釈然としない気持ちになった。 一日考えて、その理由がわかった。 加害者に目を向け、問題児童を立ち直らせるためには、社会奉仕などを通じて人々の役に立つことの大切さを実感させる必要があろう。ふだんから老人ホームや病院での介護実習、公園の清掃などを経験させておけば、おのずから弱者を思いやる心や公共心がはぐくまれよう。というのだが、介護実習などというものが、そう簡単にできるのだろうか。 介護される側に立って考えてみればいい。 いじめの加害者になるような人間に介護されたいだろうか。 もちろん、産経新聞社の社員は喜んで介護されるのだろうが、わたしは嫌だ。 なぜ「奉仕」にこだわるのかと思ったが、どうやら、東京都では「奉仕」という授業が進められていることと関係があると思われる。 石原都知事の提灯持ちとして、援護射撃をしたつもりなのだろう。 この「主張」は、最初は奉仕の話だったのに、終わりの方は、いじめ問題では、特に教育委員会のあり方が問われている。と、違う話になってしまっていて、首尾一貫していない。 各紙読み比べているが、産経新聞は首尾一貫していないことが多い。読み直したり、複数の人間が目を通したりということをしていないらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.12.01
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