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そのまんま東が離婚したそうだ。 実は、離婚には興味がない。 そのまんま東というと「ツーツーレロレロ」を思い出す。 かつて「お笑いスター誕生」に、出ていたコンビ。 そのまんま東がその片割れだったと知ったのは、ずいぶん時間がたってからだ。 当時のネタで印象に残ったのは「大学のCMベストテン」というもので、そのうちの三つだけ覚えている。 いずれも、当時のCMのパロディ。・「日体大。体はジャンボサイズ、脳みそはコンパクト」・「がんばった人には日本大学、がんばらなかった人にも日本大学」・「拓殖大、水で割ったら国士舘」(元ネタは「ブランデー、水で割ったらアメリカン」で、ちゃんとおわりが「かん」になっているのが秀逸)楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.28
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工学社の雑誌「I/O」3月号を読んでいたら、地上波デジタル放送に関する記事の中に、こんな文があった。「デジタル・データは、一部が欠落した場合でも、データを復号することはできません。」 この「復号」はATOKでは変換できないので、「復元」の誤植だろうかと思ったら、ちゃんと「復号」という言葉があったのだ。 暗号化したものをもとにもどすのを「復号」と言うのだった。 勉強になった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.28
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かつてのタツノコ・プロのアニメ「新造人間キャシャーン」の実写版。とはいっても、中身は全く関係がない。 しいていえば、すくようがないところが共通している。 なぜこれを作ったのか、といえば、監督の内面で眠っていたキャシャーンが目覚めたため、としかいいようがあるまい。 人間の演じる部分よりも、CGによって映像に手を加えることに熱中しているように感じられる。 賛否両論あるだろうが、私はこれをよしとする。 新しい手法だ。 話がわかりにくいのは残念だが、映像作家がストーリーではなく映像で勝負した作品なのだ。 こういうのを見ると、かつて、大林宣彦が登場した時のことを思い出す。「映像でものを考える人間が存在する」と思わせられたものだ。 また、何かに似ていると感じながら見たのだが、「酔拳」のころの香港映画のようでもある。 肉体だけをつかって観客を引きつけるのと同じで、豪華なセットなどではなく、おそらく手作業で作り出したであろうCGで目を奪おうというところに、低予算ながらエネルギーは膨大という共通点を感じるのだ。 アニメ版のファンの拒絶反応は強かったろう。 ヘルメットは出てはいたが、頭にかぶることなく消えてしまっている。 父親との葛藤が強すぎるし、「人間に機械を取り入れるのではなく、機械に人間が入り込む」という設定がまったく使われていない。 風俗や政治形態が、戦時中の日本のようだった。(「紅三四郎」?) 戦いのむなしさや差別への怒りというものは描かれてはいるのだが、監督にとっては、そんな思想的なことは素材の一つに過ぎなかったのではないだろうか。 監督の頭の中のイメージを具現化するのが目的で作られた映画なのだ。 なお、これが三橋達也の遺作なのだそうだ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.27
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主演は梶芽衣子。 釈由美子が「修羅雪姫」という映画に出る、という記事をだいぶ前に読んだ記憶があり、面白い題名だと思った。 テレビでこれが放送されたのを見て検索し、リメイクされたのだということを知った。 この映画は、陰惨で救いようのない話なのだが、なぜかドライであとをひかない。 復讐させるためだけに子どもを産むのもすごいが、その親の願いを叶えてやるために力を尽くす和尚(西村晃)も常人の理解を超えている。 殺陣はとにかく派手で、血しぶきが飛ぶだけでなく、刀を握った男の両手首が切られて刀と手首だけ飛んでいったり、首をつった状態の死体の下半身を切り離したり。 陰惨なだけに、子どの時代の特訓シーンはコミカルに思えてしまうのが残念。 梶芽衣子は外見は少しは変わったが、声が全く変わらない。 こういう暗い話に出て売れ出した人なのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.26
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我が家の朝食は、私に関しては、セルフサービス。 今朝、何を食べようかと思っていると、妻が、「冷蔵庫に肉まんがあるから食べて」という。 では、いただこう、と思っているところに、息子が起きてきたので、電子レンジで温めて息子に食べさせた。 息子が席を外したところで、妻が言うには、「この肉まんって、おいしくないんだよね」 ということは、おいしくないから私に食べさせようとした、ということか。 何とも思わず食べていた息子が不憫である。 私も、何とも思わず食べたろうけれど。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.25
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「駕籠《かご》の行方」「雛《ひな》の別れ」「井戸の茶碗」「仏師の娘」「火の呪い」「鐘五郎の死」「紅い扱帯《しごき》」「第廿七吉」「父の遺書」「五つの命」 いずれも同じ雰囲気の十編。 謎解きがあるようでないようないつもの平次なのである。 もちろん、「これが犯人だろう」と目星がつくのもある。 「火の呪い」は初期の作で、明暦の振り袖火事から三年目。 「果たし眼」(p117) 「はたしめ」かと思ったら「はたしまなこ」と読むらしい。 「必死の目つき」ということだそうだ。 巻末の付録は野村胡堂の「平次放談」。 平次にまつわる随筆ではあるのだが、終わりの方は、女性落語家の第一号の話だったりして、筆の赴くままという雰囲気。これはこれで野村胡堂を知るよすがとなる。 「今日も長時間レコードを仕入れてきたが」(p280)というところで、レコードを仕入れるのに時間がかかったのかと思ったら、そのあとも読むと「長時間レコード」を仕入れたということだった。何かというとLPレコードのことである。 といっても、CDしか知らない人にはわからないかもしれない。 シングルレコードではなく、「アルバム」と呼ばれていた、何曲も入っていた直径たしか30cmのレコードである。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.24
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今日は、職場に行く前にパソコンショップでものぞこうかと早めに家を出た。 駅につくと、券売機の前に中年の女性がいて、私に気がついて声をかけてきた。 二つ先の駅までの切符を買ってくれ、というのだ。 手には白い杖を持っている。 タッチパネルでは、自分の買いたい切符がどれなのかわからないのだ。 代わりに買い、切符を渡し、自分も乗るところだから、と一緒に電車に乗った。 二つめの駅で、どうせ時間はあるので、一緒に降りて、改札までついていった。 全盲ではなく、人がいるかどうかはわかるらしい。 特にいいことをした、という気になったわけではない。 時間がなければ、駅で降ろしてあげて、そのまま自分は電車に乗っていただろう。 それにしても。 券売機のタッチパネルは不便なものだ。 昔の、押しボタン式の券売機の時は、点字で料金が示してあった。 目が不自由でも切符が買えたのだ。 と、ここでまた考えた。 むしろ、目が不自由な人が、気兼ねなく他人に切符を買ってくれ、と頼めるようになっていればいいわけだ。もちろん、人がいなければ困るが。 交差点の信号が青になると、「青になりました」という音声が流れたり、鳥の声がしたりするのがある。 ある国の人が、その意味がわからず、目の不自由な人のためのものだときいて不思議に思ったという。 その人の国なら、近くにいた人が一緒に渡ってあげるから、そんなものは必要ない、というのである。 おそらく、「外国はこんなに文明が進んでいるよ」というたぐいの話だろうとは思うのだが、助け合うのが当たり前の世の中ではあって欲しい。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.23
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アメリカで出版された「ティーンエイジ・ブルー」の終わりの方に、「財産と呼べるものは息子と二十頭の種馬しかいなかった男の話」というのが紹介されている。 あらすじなのだが、それをさらに要約するとこういうもの。 ある晩、二十頭の種馬が逃げてしまい、男は泣き悲しむが、翌朝になると、それぞれ野生の雌馬を連れて帰ったので馬は四十頭になり、喜んだ。 しばらくして、息子が馬に乗り損ねて足を骨折。男は嘆く。その晩、徴兵があり、息子は骨折のために行かずに済み、男は喜んだ。 明らかに「塞翁が馬」なのだが、全く雰囲気が違う。 「塞翁が馬」なら、喜んだり嘆いたりはしない。 いいことがあっても凶事につながる可能性を考え、凶事も吉事につながる可能性を察するのが「塞翁が馬」だ。 いちいち嘆き悲しんだり大喜びしたりはしない。 ところが、アメリカではそうではない。大きく感情を揺すぶられ、それを表に出さずにはいられないらしい。 文化の違いとはこういうことか、と感じたのであった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.23
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副題は「キレる、ムカつく、引きこもる若者たちのサバイバル・ガイド」と長いがわかりやすいもの。 少年の問題行動をうつ病が引き起こしている場合がある、という観点から、うつ病の種類、実例、治療について語る。 実例は、ほとんどが、その当事者の口から語られている。 保護者のための本でもあり、悩んでいる十代の若者のための本でもある。 もちろん、問題行動のすべてが、精神医学の観点から解明、解決できるものではないし、むやみにうつ病に結びつけるのは、かえってこじらせることになる場合もあるだろうが、こういう観点もある、ということは、多くの人が知っておいた方がいい。 あとがきによると、日本では「十代を専門的に診察する精神科医が、とにかく全国的に探しても非常に少ないのです。」ということだ。 おそらくそうだろう。 しかし、この本が出版されたアメリカでも、かつては同じだったのではないだろうか。 問題が大きくなり、社会的に必要性が叫ばれて十代を専門的に診察する精神科医が増えたのではないかと思うのだ。 今の日本は、うつ病などで精神科に通う人が増え、「精神科バブル」だという話を聞いたことがある。 おそらく、大人が精神科の門をくぐることに抵抗が少なくなり、やがて子どももどんどん行くようになるだろう。 保険制度の問題はあるだろうが、これからは少年を診察する精神科医が増えていくのではないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.23
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毎日新聞社。1981.9.10 二人の孫子、孫歩と孫[月賓]《そんぴん》を描いた小説。長編と中編という分量。 「孫武の巻」は、孫武よりも、伍子胥に筆を費やすことが多い。 孫武本人の活躍があまりないのだ。その理由は「あとがき」で説明している。 戦いを好まない性格でありながら、将軍となって敵を殺すという設定に無理があると思うのだが、無理は無理なりに書き上げてしまうのが実力というものなのだろう。 春秋時代の戦乱続きの時代なので、国と国の関係や、人間関係の複雑さなど、内容豊富で読み応えがある。 みんな命がけで生きている(←変な表現だ)という感想を持つ。「しくしくと漕ぎ進むのを見て」(p175)の「しくしく」は「粛々」の転訛かと思ったが、調べたら、漢字では「頻頻」と書き、「しきりに」という意味だった。「四分五裂、七花八裂」(p178)の「七花八裂」は初めて見た語。「呉国の軍勢を途中からポイ返してくれる者があったら」(p185)の「ポイ返して」はどう読むのだろう。 「ぽいへんして」なのか「ぽいかえして」なのか。 作者が読んだ資料に使われているからなのか、単に作者の好みなのか、「慨然」という語が頻出する。(現在は講談社文庫に収録されている)楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.22
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原作がなくなって、新たに作り直しているシリーズ。 良質なものを作ろうという意気込みにあふれている。 若村麻由美がちょっとしかでないのには驚いた。 老人役は初めてという小林稔侍だが、江戸時代なら、年齢相応なのだろう。 プロデューサーの能村庸一は、時代劇と心中してもいい、というくらいの人だ。 「そんな人がいるのかなあ」などと疑いを抱く人は、実録テレビ時代劇史 を読みたまえ。 情熱が伝わってくる本だ。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.21
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テレビ東京の「名曲の時間」がフォークソング特集だった。 懐かしく見た。 長谷川きよしが元気そうだったのがうれしかった。 フォーク・クルセダーズのところで、はしだのりひこが「帰ってきたヨッパライ」の時からのメンバーのように説明していたが、違うはず。 それはさておき、タイトルの「そっくりさん」は何かというと。 山本コータローと寺田農。 杉田二郎と坂上二郎(名前まで同じだ)。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.20
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私のプリンターはCANONのPIXUS560i。 写真を印刷するならもっといいのがあるのだが、文字だけのものを印刷するのには、このシリーズの方がくっきりしているので、これにした。 問題はインク。高いんだよね。 そこで、詰め替えインクを使っている。 今までに使ったのは2種類。 一つはサンワサプライのもの。穴を開けて細いノズルから注入するタイプ。 注入にちょっとコツがいる。 もう一つはELECOMのもの。 こちらの方が、穴が大きくて注入しやすい。 どちらも、純正品とは品質が違うのだろうが、今のところ、とくに問題なく使えている。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.19
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「中年俳優四天王」なんてはじめて聞いた。 日刊ゲンダイの記事にあった。 渡辺謙、中井貴一、佐藤浩市、真田広之のことをいうそうだ。 ほんとかなあ。 このうち、真田広之にはいろいろと思い出がある。 JAC時代、ずいぶんいろんな映画を見たのよ。 年代順に見たのを並べてみよう。 「柳生一族の陰謀」 出演者の中で、「新人」と肩書きがついていた。 子役時代を別として、実質的なデビュー。新しい忍者スタイルが確立された映画だった。 相手役は浅野真弓で、懐かしい「タイムトラベラー」の島田淳子だった。(念のために書いておくと、島田淳子が改名して浅野真弓になった) 「宇宙からのメッセージ」 「スター・ウォーズ」をまねた映画で、安っぽい映画ではあったが、私は好きだった。原案に名を連ねていた野田昌宏は不満が大きかったらしく、独自に同じタイトルの小説を書いている。それも読んだ。これは全く別物。 石森章太郎のマンガは映画に忠実でよくできている。石森独自のアイディアの番外編がなかなか感動ものだった。 「真田幸村の謀略」 「柳生一族の陰謀」の大ヒットで作られた二匹目のドジョウ映画。 たしか、朝鮮語を話していたのではなかったか。「戦国自衛隊」 リメイクされたりテレビ化されたりしていますなあ。 角川映画だった。主演は千葉真一。 真田広之は、ヘリコプターに乗り込んで中の自衛官を殺し、地上で仲間が旗を広げて待っているところへ飛び降りる役。 薬師丸ひろ子が桃太郎のようなかっこうで出ていた。 「翔んだカップル」 映画館で見たし、佳作であるのは覚えているのだが、真田広之が何の役だったか全く覚えてない。 「忍者武芸帖 百地三太夫」 主演第1作。 全く当たらなかった。でも、真田広之が人気が出てから再公開。 後から予告編を見たら、予告編はものすごくよくできていて、傑作と思わせるものだった。「魔界転生 これまた角川映画。 大がかりで大作の雰囲気があるのだが、やや空振り。 沢田健二と真田広之のキスシーンがあった。 最後の、千葉真一の殺陣はよかった。 「吼えろ鉄拳」 東映だなあ、と思わせる映画。ブッチャーが出ていた。 「冒険者カミカゼ」 アラン・ドロンの「冒険者たち」のリメイク。千葉真一、秋吉久美子が共演。 横浜銀蠅のドキュメンタリー映画の併映のために間に合わせで作ったような映画なのだが、意外なことに佳作。一見の価値あり。 「燃える勇者」 これも「東映だなあ」という映画。 伊藤かずえの実質的なデビュー作。 列車に飛び乗るところはさすが。 「道頓堀川」 松竹映画。 アクション映画ではない。 四天王の一人・佐藤浩市と共演している。 ラストが唐突で驚いた。「伊賀忍法帖」 角川映画。渡辺典子のデビュー作。 この映画をきっかけに、ストロング小林はストロング金剛に改名したのだった。 同時上映は角川春樹が監督した「汚れた英雄」だったと記憶している。 「伊賀野カバ丸」 東映映画というよりJAC映画。 原作のバカバカしさがうまく生かされていた。 武田久美子のキンキンした声も合っていた。「里見八犬伝」 角川映画。 真田・薬師丸というゴールデンコンビ。 なかなかの大作で、同時期に公開された、ジャッキー・チェンの「プロジェクトA」に勝てるかも、と思ったが、「プロジェクトA」を見たら、とうてい勝負にならないと痛感したのであった。「彩り河」 松竹映画。 共演は名取裕子。 なぜこの映画を作ったのか意味不明な不思議な映画。 「コータローまかりとおる!」 JAC映画。 こういう路線は悪くなかったんだけどなあ。 原作者もゲスト出演。「麻雀放浪記」 和田誠が監督した白黒映画。 傑作である。 リーチはアメリカで生まれた役だと、この映画で知った。 と、真田広之だから、と見に行ったのはここまで。 あとは、映画を見たら真田広之が出ていた、ということが多かった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.18
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これは完全な宣伝。でも、商業行為ではありません。 私の作ったフリーソフト「Vランチャー」というランチャーソフトが、工学社の「I/O」3月号で紹介されました。 149ページに載っています。 ダウンロードはVECTORからどうぞ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.17
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ちばテレビで放送していた「荒野の用心棒」が先週で終わり、今週からは三船敏郎主演の「剣と風と子守歌」。これは見たことがなかった。 1975年の放送だそうだ。私が育った福島県では放送していなかったのかもしれない。 で、その第1回。 出演者がすごい。 「荒野の素浪人」の時のような、筆文字の出演者名。同じ三船プロ制作だから当然か。(放送局は代わって、日本テレビだったそうだ) その名前を見ていると、斉藤こず恵、中村敦夫、尾藤イサオ、伊吹吾郎、丹古母鬼馬二、波野久里子という具合。 驚いちゃうね。 話はというと、もとお庭番支配だった主人公・砦十三郎(椿三十郎いらい、こういう名前が好きらしい)が一揆を起こした連中に味方している。(以下、ネタばれ) それを追ってきたのが、斉藤こず恵と波野久里子。斉藤こず恵は娘だというのだから、当然、波野久里子は母親なんだろうと思ったら、「お姉ちゃん」と呼ばれていた。 中村敦夫、尾藤イサオ、伊吹吾郎、丹古母鬼馬二の四人は、刺客として三船を追ってきたお庭番。 中でも中村敦夫にとっては三船は育ての親なのだが、厳しい訓練をさせられたということで恨んでいる。 中村敦夫以外の三人は、三船と再会し、話を聞いて共感し、行動をともにすることになる。 というところまで見て、ははあ、三船は味方になった三人と流浪の旅を続け、中村敦夫はしつこく後を追い、女と娘もついてきてあれこれにぎやかに話が進むのだろうと思ったら全然そうならない。 最後の決戦で、仲間になった三人は次々に死んでいって、波野久里子まで死んでしまう。 生き残った三船は斉藤こず恵の手を引いて去り、中村敦夫は追っていく。 いきなり陰惨で驚いた。 主題歌も斉藤こず恵。 スタッフを見ていたら、脚本は杉山義法だった。「白虎隊」の脚本家だ。(本人は西郷隆盛の役でちょっと出ている) まだまだ三船の力があった時代だったのだなあ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.16
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「文化住宅」「文化包丁」を書いたときに、包丁からの連想で、犯罪で、凶器が「牛刀」と報じられることがあるのを思い出して、その後調べてみた。 私は、「牛刀」というと、『論語』の「割鶏焉用牛刀(鶏を割《さ》くに焉《いずく》んぞ牛刀を用いん」を思い浮かべるので、よほど大きな刃物なのかと思ってしまうのだが、どうも、単なる包丁らしい。 しかし、わざわざ牛刀というからには包丁とは違うのだろう。 商品でも「牛刀」で検索するとこんなにある。 結論を言うと、どうやら、牛刀というのは西洋から伝わった包丁らしい。 伝統的には、包丁というと、菜っ切り包丁のような、刃先のとがっていないものだったようだ。 肉を食べることがほとんどなかったので、それで間に合っていたわけだ。 魚をさばくのはどうするか、というと、出刃包丁があった。 肉食とともに、刃先のとがった包丁が普及し、肉というと牛肉を食べることが多かったので、牛肉をさばくための包丁ということで「牛刀」と呼ばれることになったのではなかろうか。←包丁←牛刀 見比べると、刃が比較的直線に近いものが包丁で、刃と背の中間の位置に刃先があるような、刃が曲線を描いているものを牛刀というらしい。 違うかな?楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.15
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「きみの知らないところで世界は動く」に続いて前田亜季が女子高生を演じる。 頭がよくて繊細で性格がよくてかわいいけどスタイル抜群ではないという女の子を演じると、ぴったりだ。 対する、不良の烙印を押されている同級生・勝美の加藤夏希は、目つきが険しく、これまたはまっている。 主人公の涼子(前田亜季)は、父親(渡辺いっけい)が大学教授で、学長の座を狙っており、母親(宮崎美子)は、その夫を選んだ自分に満足している。 この、学歴や社会的地位がその人の価値である、という両親の描き方が、あまりにもステレオタイプでかえってリアリティがない。演出にもう一工夫欲しい。前田亜季にリアリティがあるだけに残念。 最初のうちは違和感があったが、勝美の母親(池上季実子)がでてきたところからよくなった。 居酒屋を営む母親はアルコール依存症。これではよくなるはずがない。 家庭としては崩壊している状況の中で、勝美は母親に愛憎半ばする感情を持ち、店と親を支えている。(表面上は憎悪らしいものも見せるが、実際には愛情がほとんど) よいこである涼子は、勝美を楽しませようとするが、そんなことは余計なお世話なのだ。勝美にしてみれば、同情されることのほうが苦痛なのだ。 物語はハッピーエンドにはならない。 そこがいい。 大人が解決に乗り出してめでたしめでたしでは、子どもは成長できない。 解決できない問題を抱えたまま生きていくのが人生だ。 最後に二人が交わす言葉が「さようなら」。 これで終わるから余韻が残るのである。 原作は読んだことがないが、こういう小説なら読んでみようかと思った。(公式サイト)楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.14
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オリンピック関連の番組を見ていたら、成田童夢という選手がいた。 「童夢」で「どうむ」というのだ。 凝った名だ。 「どーむ」と聞こえる名師の漢字表記というと、新日本プロレスの「闘強導夢」というのもあった。 さて、成田選手の名が、どういう意味でつけられたのか知らないが、私は「童夢」という文字列から連想するのはマンガである。大友克洋の。 斬新な構図を持ち込んだ大友マンガの傑作である。 団地の中を飛び回りながら闘う場面の絵は、今までにないものだった。 成田選手は1985年生まれ、「童夢」の単行本が出たのは1983年。 成田選手も名付け親も、おそらくこのマンガのことは知らないのだろう。 気になって調べたら、やはりオリンピック選手の妹の「今井メロ」の本名は漢字表記で「夢露《めろ》」。ついでながら、弟は「緑夢《ぐりむ》」というのだそうだ。 これまた凝っている。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.13
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『「いちご白書」をもう一度』について書くために検索していて、意外な事実にたどり着いた。 1970年の「いちご白書」でリンダを演じたキム・ダービーで検索したら、「不思議な村」が出てきたのだ。1971年のテレビ・ムービーだ。 私は、NHKで放送されたときに、たまたま見た。 ここに解説がある。 大作ではなく、地味な映画なのだが、そこが私の好みで、印象に残った。 数年後、たまたまSFのアンソロジーでゼナ・ヘンダーソンの短編を読み、「不思議な村」を思い出した。これが原作ではないか、と思ったのだが、映画は、同じゼナ・ヘンダーソンの違う作品を原作にしていた。 かつて、ある惑星が壊滅し、その時、脱出できた人たちが、正体を知られないように地球でひっそり暮らしていて……というシリーズもの。 今でも、果てしなき旅路は出ているようだ。 「不思議な村」の女性教師はリンダだったのか。 意外なところにつながりがあり、懐かしい思い出に胸キュンなのであった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.12
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昨日、「カウントダウンTVスペシャル」という番組で、70年代からのヒット曲をさわりだけ放送していた。 その中にバンバン『「いちご白書」をもう一度』もあった。 この歌がはやっていたときから、一カ所、気になるところがあった。 「就職が決まって髪を切って来たときに」というところだ。 その前に、無精ひげと髪を伸ばしていたと歌っているから、長髪だったのだろう。 髪を切ったことが、いままでとは違う立場になることを象徴しているというのはわかる。 しかし、就職先が決まってから髪を切るだろうか? 髪を切って身なりを整えてから就職活動をするものだろう。 長い間謎だったのだが、10年ほど前に謎が解けた。 「授業を抜け出して」映画を見に行った、「学生集会にも時々出かけた」というのは、学生運動全盛期の大学生なら、特段言うまでもないことだろう。(私はその時代のことはよく知らないが) それをことさら歌っていて、就職が決まって髪を切るというのはどういうことか。 この歌の中で、「ぼく」と「君」は大学生ではなく、高校生だったのだ。 だから、授業を抜け出すことにスリルがあり、背伸びして学生集会にも出かけたのだ。 「就職が決まって」というのは、就職先が決まった、という意味ではない。 おそらく、二人とも、私立大学の付属校高校にでも通っていて、そのまま同じ大学に進学するつもりでいたのだが、「ぼく」の方は、家庭の事情で進学できなくなり、高校を卒業したら就職しなくてはならなくなったのだ。 「就職が決まって」は「大学進学ではなく、就職することが決まって」ということであり、就職活動をするために髪を切ったのだ。 その時点で、「ぼく」は「君」との別れを当然のことと思ったはずだし、「君」もまた、違う世界で生きていくことになる「ぼく」との別れを予感したことだろう。 そういう思い出を歌った歌なのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.12
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「文化」という語がはやった時代があったらしい。 かなり古くからある語のようだが、今の「文化」の意で使われるようになったのは明治以降だろう。 「文化鍋」というのもあったな。検索したら、今でも売っている。 「[文化住宅全焼]2人死亡、ほぼ全員が高齢者 大阪・門真」という記事を読んで、そんなことを思った。 見出しだけ読むと意味不明。 「2人死亡」で「ほぼ全員が高齢者」って、「2人」しかいないのに「ほぼ全員」もなかろうと思うのだが、記事を読むと、どうやら「文化住宅」に住んでいたのは、ほぼ全員が高齢者ということらしい。 私は、なんとなく、文化住宅というのは近代的な一戸建てなのだろうと思っていたのだが、記事には、「205号室」「107号室」という語が出てくるので、アパートらしい。 気になって辞書を引いたら、和洋折衷の一戸建て(我が家がまさにそれだ)を言う場合と、(主に関西で)木造アパートを指していう場合があるらしい。 この記事の場合は後者。 なるほど、と納得したところで「文化包丁」というのを思い出した。 念のために楽天で検索したら、いっぱいある。こんな具合。 ここには、文化包丁とは「洋包丁の牛刀と和包丁の菜切りを足して2で割った形」といえます。という説明文まであった。 これまた和洋折衷らしい。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.11
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第33話「ようこそ地球へ(前編・バルタン星の科学)」にとうとうバルタン星人が登場! しかし! 穏健派のバルタン星人という設定は斬新で、女子高生風になるところも工夫。 だけどなあ。 ホウキにのって飛ぶところや、無数の紙飛行機が飛んでいるところなど「ハリー・ポッター」を思わせる。 意識したのではないだろうか。 「ハリー・ポッター」が「ウルトラマン」をまねたのなら許せるが、「ウルトラマン」がほかの特撮をまねしてはいけない。 仮にパロディであったとしても。 「ウルトラマン」は至高の存在なのである。 そのことをわきまえて行動するように。 といいつつ、後編に期待。 いつもは見ない息子も、おもしろがって見ていた。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.11
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原敬の生誕150年目なのだそうで、地元盛岡でイベントが行われるそうだ。 それを報じる記事の中で、「小中学校で原敬家の正月料理を再現」という記事を読んで首をかしげた。(ここから)献立は、麦ご飯、田作り入り雑煮、新巻きサケの切り身、煮付け、ナス漬け。(ここまで)というのだ。 冬だから、新巻鮭は定番。雑煮も食べるだろう(麦ご飯と一緒というのは変だが)。しかし、気になるのは「ナス漬け」。 ナスは夏から秋にかけて収穫するものだ。 確かに漬け物にはできるが、正月まで持つのだろうか? いろいろ検索してみたが、わからなかった。 なお、記事では、この献立を「質素と倹約を信条とした原らしいメニュー」と評している。 現代から見れば質素かもしれないが、当時は、ごく普通の献立だったのではないだろか。 全然関係ないけど、「原敬」で検索したら「槇原敬之」ばかりが出てきて驚いた。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.11
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私の両親の実家はいずれも農家。 私が子どもの頃はまだ茅葺きで、その上にトタン屋根をのせていた。 歩いていける距離で、いとこもいるし、かわいがってもくれるのでしょっちゅう遊びに行っていた。 大人になってから思い出して不思議だったのは、家の中にいるときには、暑いとか寒いとか思った記憶がないこと。 お正月に年始に行くと、暖房器具はこたつしかない。 サッシなどなく、縁側は障子だけだったのだが寒さに震えたという思い出はない。 夏も、暑くて困るなどということはなかった。 今は、立て替えられて、豪勢な建物になっている。 ある夏、父の実家で葬儀があり、私も参列。 葬儀後、家の中が暑くてたまらないので、いとこと昔の話をすると、いとこも、昔は暑いことはなかったと言っていた。 中年になってから、今住んでいるところに引っ越し、江戸時代の本陣を移設した建物を見学に行って理由がわかった。 建物にはいると、それだけでひんやりするのだ。 土間があるせいかと思ったが、それだけではない。 天井がないために、熱気は上昇し、屋根から外に出る。家の中には熱がこもらない。だから涼しいのだ。「これぞ先人の知恵! 古民家で省エネ!?」という記事を読んで、そんなことを思い出した。 冬はどうなのだろう。 寒いのだろうか。今度は、寒い日に、本陣を見に行ってみよう。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.10
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変体仮名シリーズ、その3。 「ぼ」と「ん」はすぐにわかったが、真ん中の字でつまずいた。 しばし考えた。 「た」だ。もとの字は「多」。 ちなみに、「ほ」のもとの字は「保」。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.10
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今朝の朝日新聞の「天声人語」は、冒頭に、 薔薇《バラ》ノ木ニ 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。という詩を引いていた。(「白金ノ独楽」所収の「薔薇二曲」) 小学生の時だったか中学生になってからだったか忘れたが、はじめてこの一節を目にしたとき、「不思議ナケレド」を「不思議なことだけれど」という意味だと思ってしまった。 しかし、それでは、その前の「ナニゴトノ」とのつながりがわからない。 それなのに、その誤解は長い間続いた。 「不思議+なし+ど」だと理解したのはいつのことだったか、これまた忘れてしまった。 この詩を見聞きするたびに、この勘違いを思い出すのである。 この詩は、ハルキ文庫「北原白秋詩集」に収められているようだ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.09
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「や」と「そば」は読めたが、2文字目がわからない。 おそらく「やぶそば」だろうから、「ぶ」だ。でも、もとの字は何だろう、としばし考えた。 答えは「婦」。濁点に惑わされてしまった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.09
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「ウィルコム契約数は8万件増」という見出しにひかれて記事を読んでビックリ。 1月の契約数が、12月と比べて、8万200件も増えているというのだ。 一年でじゃないよ、一ヶ月でだよ。そんなに利用者が増えているのか。 意外だった。 実は私もウィルコムを利用している。 エッジの時代から。 数年前に、はじめて契約。携帯電話は高いからPHSにした。 特に不便なことはない。 ただし、地方に行くと、まだPHSのアンテナがないところがあるので使えないこともある。 しかし、都市部ではPHSで十分。 インターネットの定額接続サービスもあるので、子どもが進学してインターネット環境のところに住むことになったら、ウィルコムを使わせようかとも思っている。 ADSLに比べれば遅いのだろうけれど、ないよりはましだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.08
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日本テレビ。2004.9.1 惜しい。もったいない。 作り方によってはもっと売れるのに。 そう思わずにはいられない本だ。 この本を手にする人はどういう人かといえば、「鉄腕DASH」を見ている人だ。 明雄さんってどんな人だろう、DASH村ってどうなっているのだろう、という興味で手に取るのだ。 本の構成は「初めての田舎暮らし」「畑の知恵」の次に「明雄さんとDASH村の出会い」「明雄さんの人生」となっている。 DASH村との関わりを冒頭に持ってきて、番組人気を利用すればいいのに。読む方としても、DASH村のことや、明雄さん自身のことをもっと知りたかった。 内容は、ほかに「色の知恵」「暮らしの知恵」で、田舎暮らしのマニュアル、昔の生活の紹介になってしまっている。これでは、明雄さんの知識の紹介でしかないし、田舎暮らし入門になってしまっている。 また、「DASH村からワシが伝えたかったこと」という副題も、明雄さんが積極的に語ったかのような印象を受ける。そういう人ではないだろう。 「DASH村の明雄さん」にすればよかったのに。明雄さんの一代記に徹すれば、それはそれでいい本になったはず。 と、不満はいろいろあるのだが、いろいろ興味深く、また、私が子どもの頃のことを思い出しながら読んだ。 太田空真という人は、名前からすると、出家でもしているのだろうか。 「明雄さんの農業に対する姿勢は、この四季語源や仏の教義と一致しています。」(p25)という文章にも同じことを感じる。 明雄さんへの聞き書きという体裁で、ほとんどは、質問と、それに対する明雄さんの答えになっている。 言葉は共通語に直してある。 一カ所、引っかかったのは、「辻の棒」という語。 縄をなうのに、水につけたワラを「辻の棒」で叩くというのだ。(p175) これは「槌の棒」ではないだろうか。 「つち」が「つぢ」になるのは、福島県では当たり前のことだ。口頭で「つぢのぼう」と言ったのを、「辻の棒」と聴いたのではないかと思う。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.08
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講談社現代新書。1980.8.20 第1刷 『「八つぁん」と「熊さん」の一日』『生活のリズムと庶民の四季』『江戸っ子の遊び』『武士と町人・出稼人』『江戸の範囲と特色』『江戸っ子の特色』 昨今の江戸ブームになるずっと前に書かれたもの。江戸とは何か、江戸っ子とは何かということを研究するということは珍しかったのではないかと思ったが、先行する研究が数多くあり、それを引用したりしている。 大まかな江戸のイメージを提供して、その中で江戸を楽しむというものではなく、具体的な江戸の生活を描き出そうとしている。 すでにほかの本で読んだことも多いはずなのだが、いつものことながら、忘れてしまっているので、何事も新鮮。 京、大坂との比較で人情の違いを説明するところは目新しかった。 「たんに町奉行といえば江戸の町奉行のことであって、当時は江戸町奉行とはいわなかったのである。」(p167)ということだ。 その町奉行だが、大変な激務で、享保以降で、在職中の死亡率は21.5%で、「就任してから三年以内に八人、数年内に一〇人が死亡している」のだそうだ。(p170) さて、書名にある「江戸っ子」だが、単に江戸で生まれ育ったということではない。 18世紀後半以降、大量に没落した市民たちのなかから「江戸っ子」意識が成立し、その江戸っ子意識も時代の推移にともなって、階層差による典型の相違があるという。(p218) 単純に「これが江戸っ子だ」と言えるようなものはないらしい。 「江戸の下層民が他国者にたいしやたらと江戸っ子であることを振りまわし強調するのは、すなわち劣等感の裏返しであろう。」(p219)とは手厳しい。 もちろん、著者は江戸っ子が嫌いなわけではない。それだったらこういう本は書かない。ただ、その実像を明らかにしておきたい、ということなのだ。 江戸っ子のよい面が消えつつあるために、江戸への郷愁がかき立てられるのだ、と考えている。 著者自身が江戸っ子なら江戸自慢になってしまうところだが、大阪生まれ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.07
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というのがある。(
2006.02.06
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舞台が非常に限定されているので、もとは舞台劇を見ているような気になる。実際、もとは舞台劇だったそうだ。 基本的にみんな自分のことしか考えていないためにどんどん脱線していくのだが、破滅はしない。 コメディなので、あれこれ書いてしまうことは避けておく。 出演者の中で一番印象に残ったのは井上順。 本人そのままのようでもあり、演じているようでもあり。 最後のクレジットも見るものを飽きさせない工夫があった。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.05
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「石原さとみ(19)を輩出した」という文章を目にして驚いた。 記事は、「“小学生のカリスマ”の2・14は?橋本甜歌が初DVD発売」というもの。サンケイスポーツの配信。 「石原さとみら」ならまだわかるのだが、ここでは「石原さとみ」一人しか挙げていない。 一人では「輩出」とは言えまい。 どういうつもりなのだろう。 記者が言葉の意味を知らなくても、校正係がいれば気がつきそうなものだ。 産経新聞社には校正係は存在しないのだろうか?楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.05
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日本テレビ「喰いタン」第4話を見た。 珍しいことに、事件が起こらない話だった。 未然に防いでしまってめでたしめでたし。むしろ、こういう話の方が作るのは難しかろう。 食事の場面で、こどもに箸の持ち方を教えていたが、茶碗の持ち方も教えて欲しい。おばあちゃんと女の子以外は変だった。 で、タイトルの「喰いタン」だが、「探偵」を「タン」と省略するのは珍しいのではないだろうか。 「私立探偵」を「しりたん」とは言わない。 前にも書いたが、タイトルを聴いたときに、マージャンの話かと思った。 「タン」が「探偵」の略語として定着していないためである。 今後定着するとは思えない。 斬新な略し方だ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.05
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昨日の日中はさほど寒くなかったが、夕方から急に冷え込んだ。 私が帰宅する夜11頃は厳しい寒さ。 一夜明けて、今日も寒い。 今日は「立春」。暦の上で春の最初の日。 毎年のことだが、天気予報で「今日から暦の上では春ですが、まだまだ寒い日が続きます」などというセリフが聞かれる。 そのたびに、どういうつもりなのだろう、と思う。 今日から春、というのは、もう暖かくなっている、ということではない。 これ以上寒くならないので、あとは暖かくなるだけですよ、ということだ。 いわば、寒さのピークなのである。 寒くて当然なのだ。 「立秋」も同じ。最も暑い8月上旬にある。 太極図と同じ理屈。 陰がきわまれば陽が兆し、陽がきわまれば陰が兆し、消長を繰り返しているのである。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.04
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いやあビックリ。その名を再び目にする日が来ようとは。 まだプロレスラーだったのか! 「大仁田議員事実無根じゃファイヤー 脅迫メール 疑惑に反論」という記事によると、「ジニアス氏が、大仁田氏から脅迫メールを送り付けられたことなどを暴露。これに対し、会見を行った大仁田氏は「事実無根。メールを送ったことはない」と反論した。」のだそうだ。 このセッド・ジニアスという人は、一度だけテレビで見たことがある。 テレビ東京が、週に一度、スポーツ番組でマイナーなプロレス団体を取り上げたりしていたころ。 ルー・テーズの弟子ということだそうで、自分の団体を旗揚げした時のことを放送していた。 公会堂のようなところで、ステージにリングを作った会場。 バラの花をくわえ、ワイングラスか何かを運んでくるという入場。 あきらかに雰囲気が尋常でなく、「この人は変だ!」と直感させるタイプ。 あの人がねえ。 興味をお持ちになった方、「セッド・ジニアス」で検索してみてください。 面白い人だから。 楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.04
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岩波新書。1991.9.20 俳句雑誌「木語」に連載したものを「ことばの保守主義」「用語百態」「語形感覚」「作家の語彙」「辞書の周辺」に分類して収録。 国語学者として、日常生活の中で目にしたことばについて、その来歴、変化の様などを語る。軽い読み物風にしようとしているのだろうが、文章はやや屈折している。しかし、読みにくいわけではない。 内容はわかりやすく、解説するのがうまい人らしい。 とにかく知らなかったことばかり。 『蘭学事始』のふりがなを取り上げ、「入津」に「にゅうしん」とつけていることに疑問を呈する。なんと、明治の初め頃までは、辞書類をひくと「にふつ」という読みを載せているのだそうだ。「にゅうつ」が普通だったらしい。(p38) これではうっかり、親切でふりがなをほどこすわけにはいかない。 「花咲じじい」を「はなさかじじい」と読んで何も疑問を感じずにいたが、近世までは「はなさかせじじい」か「はなさきじじい」だった。(p138) 言われてみれば、「はなさかじじい」では文法的におかしい。未然形が名詞にかかってしまっている。それなのに、現在では何の疑問もなく「はなさかじじい」と言っている。不思議なことだ。 明治の初めのものに「言語」を「げんぎよ」と読ませているものがある。 著者もそう習ったことがあるという。 調べたら「語」の漢音は「ぎょ」で、「ご」は呉音だった。 修辞が変化することについて、「擬人法をささえる思想の変化によるものであろう。」(p197)というところで、ただその外形だけを見る、ということをしないのに感心した。人間の生活が反映されているのである。 常に感覚をとぎすましているような印象を受ける。 しかし、「いささかの心くばりが要《い》らぬでもあるまいと、私はひとり憮然としていた」(p72)の「憮然」は「暗然」の意だろうか。 知らなかった言葉もたくさん出てくる。「熟字」(漢字の熟語)、「支吾」(さからうこと)、「苟且」(一時逃れすること)、「家妹」(手元の辞書にはない。検索したら、万葉集に用例があるようだ。妻、ということらしい)楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.03
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今年は恵方巻きの広告が目につく。 関東でも定着しつつあるらしい。 私がはじめてその存在を知ったのは、小林信彦「唐獅子株式会社」を読んでである。 親分が一家で恵方巻きを食べているのを見て、女中が奇妙に思っているという場面があった。 あれから20年たって関東にも広まったわけだ。 恵方巻き自体、それほど古くからの風習とは思えないが、人の心を引く何かがあるのだろう。 何かに似ている、と思ったら、バレンタイン・デーの受け入れ方に似ている。 こうして定着していくのだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.03
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ホスト募集とか何とかいうところからのトラックバックがあったので、削除し、楽天の新機能の、「トラックバック受付設定」で、「トラックバック拒否リスト」にそのサイトの「http://movie.wch.jp/」で始まるURLを登録。 これで安心、と思ったら、また同じところからトラックバックがいくつも。 変だな、と思ってリンク先を調べたら、「http://movie.wch.jp/」ではなく、「http://linktrim.com/」で始まるURLになっている。 考えたねえ。 「http://linktrim.com/***」にリンクし、そこから「http://movie.wch.jp/***」にすぐに飛ぶようになっているので、見かけ上は、「http://movie.wch.jp/***」からのトラックバックに見えるのだ。 したがって、いくら「http://movie.wch.jp/***」を排除しても、意味はない。 「http://linktrim.com/***」を拒否リストに入れたら、今は落ち着いている。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.02
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キャノンが、インクカートリッジのリサイクル業者を訴えていた裁判で、特許侵害を認定し、販売の差し止めを命じた。(記事) 私もキャノンのプリンターを愛用している。 リサイクル・カートリッジは使っていないが、つめかえインクは使っている。 どうもこの判決には納得できないものを感じる。 たとえば、リサイクル業者が、壊れたPCやテレビやステレオを修理して販売したら、特許侵害になるだろうか? そんな話は聞いたことがない。 キャノンも、特許は、インクが漏れないというカートリッジの構造にあると主張している。では、そのカートリッジを大切にしているかというと、「使用済み品を回収して燃料として再利用しているのだという。 まだ使えるものを燃料にしてしまうのと、カートリッジとして使えるだけ使うのと、どちらが資源の有効利用だろうか。 大切な特許を生かした製品なのだ。キャノンが回収して、自らの手でリサイクル商品を作って売れば良さそうなものなのに、なぜそうしないのか理解できない。 使えるものを使えないようにしてしまうとはまさに「もったいない」だ。 楽天市場でも「リサイクル インク キャノン」で検索するとわんさか商品が出てくる。 需要があるのだ。キャノン自身がリサイクルに乗り出して、安くて安心できる商品を販売すればいいのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください
2006.02.01
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