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教育再生会議の中間報告素案というものが出たそうだ。再生会議「人事権は校長に、不適格教員クビの仕組みを」[教育再生会議]「ゆとり教育見直す」中間報告素案で明記 記事の中に、「保護者や児童・生徒が教員評価に参加」とあって、親としてどうすればいいか考えたが、先日読んだ記事を思い出した。給食費滞納に見る義務教育無償とは?というものだ。 あれこれ理屈をつけて、給食費を払わない親は、給食費を払わせようとする教員に対して、低い評価をつけるんだろうなあ。 ますます滞納が増えることだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.30
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今回から、美保純のあけみは登場せず、「とらや」がいつの間にか「くるまや」となり、店員が登場。 今までとは違う会社組織になったらしい。 冒頭の夢はなく、寅さんからさくらへのメッセージが朗読される。 小諸で出会った一人暮らしの老婆の鈴木光枝がいい。 幽霊の声と一緒に歌うのも笑わせる。 そして、マドンナ三田佳子。もう40歳を過ぎているのに若い。 老婆に声をかけたところからマドンナとの出会いまでの流れが自然にできている。 めいの三田寛子が若いのは当然として、その相手役の早大生が尾美としのりだったのには驚いた。「火の鳥」の時にはまだ子供だったのに。でもって、「タイガー&ドラゴン」ではすっかりおじさんなのに。 早稲田大学が協力していて、構内がいろいろ出てくる。 なぜ早稲田かというと、タイトルに「サラダ記念日」とあるように、早大出身の俵万智の歌集をモチーフにしているところがあるからなのだが、これは成功しているとは言い難い。そうたくさん使われているわけではないし、こじつけになっている。 マドンナと再会するものの、好意を持たれているらしいことを知って去っていく。「失恋」ではないのだ。 久しぶりに寅さん中心の話だった。男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日(1988) - goo 映画楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.30
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新潮社。1997年9月20日。 「峠だけで見た男」「十五年の沈黙」「かどわかし」「三人と一匹の別れ」「観世音菩薩を射る」「折鶴に甘い露を」収録。 このうち、「峠だけで見た男」は異色作。 斬り合いがあるわけではない。短い時間に峠の茶屋で起こった小さな出来事が描かれる。 そして、それを見ていた雲水が、紋次郎の内面について思うところを語る。 それだけである。 本人の言動から描くのではなく、第三者の目から描くというのが新鮮だ。 これを「木枯らし紋次郎」シリーズの最後にしてもいいくらいだ。 そのあとの「十五年の沈黙」は作りに作った話。作りすぎているくらいだが、これぐらいにしないと読み物にならない。 「三人と一匹の別れ」は、さらに無理があり、見ず知らずの渡世人である紋次郎に、「口が裂けても他言しない」と誓ったことをペラペラしゃべってしまう。紋次郎の方から事情を聞きたがるのもらしくない。 しかし、「折り鶴に甘い露を」を読むと、紋次郎の性格に変化が起こっていて、他人と関わらずにいようとしても関わらずにいられないのなら、積極的に他人の代わりに恨みを晴らしてやろうとするようになっていることがわかる。 気になったこと。 「クマンバチはスズメバチの別称で、つまり同じ蜂であった」(p158) ずんぐりむっくりのクマンバチと見るからに凶暴そうなスズメバチは別のもののはず。 地方によってはスズメバチも「クマンバチ」と呼んだのだろうか。 「関八州取締出役」に「かんはっしゅうとりしまりでやく」とルビ。 「でやく」ではなく「しゅつやく」のはず。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.29
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原作が売れたことだけでなく、出演者のスキャンダルでも有名になった番組。 母親(田中裕子)とボク(大泉洋)の心のつながりを前面に押し出している。 粗野で訳のわからない父親(蟹江敬三)との奇妙な家族関係もあり、幼なじみとの友情もあり、東京での苦労もあるのだが、「普通」になろうと目覚めてからは、ほぼとんとん拍子。しかし、愛する母親は病に冒され、ということで涙を誘うということになっているのだが、わたしには、依存的で精神的に自立できていなかった男が、母親の死によって自立でき、一度は分かれた恋人とも再びやり直せそうになるという話に思えた。 テーマは親離れではないのだろうか。 オカンがどのように育った人なのか興味があるが、姉妹で花札を引くあたりにヒントがあるのだろう。 主人公の少年時代は神木隆之介。こんな品のある顔の子供が大人になったら大泉洋では落差がありすぎ。 筑豊のセットは広々としていて良かった。 樹木希林が「ジュリ~」を見せるが、どうしてだろうと思ったら、このドラマ、最初は久世光彦が演出する予定だったのだそうだ。 故人への手向けであるわけだが、若い人は「寺内貫太郎一家」を知らないだろうから、わけがわからなかっただろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.28
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「挌闘技を真っ向から取り上げた初の本格ミステリ」というのにひかれて読んでみた。 「挌闘技」といっても、武術ではなく、プロレスといわゆる「総合挌闘技」の世界。その中であった殺人事件と、登場人物の人生が描かれる。 プロレスファンとしては、プロレス面を描いて欲しいところだが、ミステリなので、当然、事件と謎の方が中心になっている。 ライガーとサムライとカシンを会わせたようなレスラーの話が出てくるが、事件に飲み込まれてしまう。 それでも、「ああ、あれがモデルだな」と、モデルになったレスラー、事件が思い浮かぶのが楽しくはある。 視点が入れ替わるので、慣れるまでは読みにくい。「ふんふん」と軽い気持ちで読んでいると、思いがけない人物の視点で描かれていたりして驚く。 プロレスファンの視点から最も面白かったのは、笹川吉晴による解説。 ミステリ作家をプロレスラーに見立てているのが、「なるほど」と思わせる。 松本清張のエリートへの怨念に猪木との共通点を見いだしているのはさすが。 主要な登場人物である「犬飼優二」に船木誠勝のイメージを重ねている。わたしもそう思った。 おそらく解説者がうっかり書き漏らしたのだろうが、船木誠勝の本名は船木優治で、作者はそのことを意識して「犬飼優二」という名にしたのかもしれない。 ミステリなので、本筋に関わることは控える。 気になったところ。 「若干二十五歳のカリスマレスラー」(p148)。最近は、本来は二十歳をいう「弱冠」を「若い」という意味で使うことが多くなっているが、「若干」では全く違う。これでは二重の誤り。 第四話に「チョークスリーパー」が出てくるが、チョークなら、のど仏にも跡が残るのではないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.27
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ちばテレビで、毎週月曜日に「木枯らし紋次郎」を放送している。 それを見ていて、久しぶりに読みたくなった。 新潮社。1996年12月の発行。10年前にもまだ書き継がれていたのだ。 収録されているのは、「仏前の握り飯」「同じく人殺し」「割れた鬼の面」「反魂丹の受難」「何れが欺く者」。 初期の、ナントカ峠にカントカを見た、というような散文的なタイトルはない。 中年となった紋次郎は、人との関わりを避けようとしながらも、ついつい自ら関わってしまう。 虚無的でありながら虚無的になりきれない。 許せないやつは許せない。 文章は読みやすい。 さすが、流行作家と呼ばれるだけのことはある。 むやみに書き殴っているわけではなく、きちんと史料に基づいていることは、規則や地理の説明でわかる。 驚くべきエネルギーだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.26
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2006年11月24日放送。 実在の人物を描く。 貴族と日本が統治下におさめた国の王族との結婚。 流転の王妃・最後の皇弟でもそうだったのだのだが、政略結婚ではあったものの、互いに尊重し合い、尊敬し合い、理想的な関係を築いたという話になってしまう。 もちろん、「物語」であって、現実ではない。 番組の最後にも「フィクション」と断ってある。 戦前の何もすることがない時代だけを描いているので山も谷もない。 むしろ、戦後の混乱をどう過ごし、韓国へ行くことになったのかを描いた方がドラマチックではあったのだろうが、なぜこの二人が夫婦なのかを説明するのが大変だし、こうするしかなかったのだろう。 李垠の帰国がかなうのは1963年で、それまでが大変だったはずなのだが。 妻の李方子さんが存命中に、たしか日本テレビでドキュメンタリー番組を放送したことがあったはず。 菅野美穂は、現実世界には存在しないような役が似合っている。 ラスト・プレゼントでもそうだった。 「こんな女性がいるわけない」と思いながらも、見ていて納得させられる。 岡田准一は、日本人役の時よりもよかった。 自分はどういう存在なのか、という苦悩が似合う男だ。公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.26
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昨日、鈴木みのるが次の三冠挑戦者に永田を挙げたというので、鈴木を褒めたら。永田 1・4は「アングル出て来い」永田、3冠よりアングル戦“永田発言”に…みのるボイコットだそうだ。 おいおい。新日は、もとWWEのレスラーでは痛い目に遭ってるんじゃないの。 三冠王になって全日に乗り込んで来いよ。 前に来たときは、宮本の海外遠征直前の試合で、空気を読めない展開で困っちゃったけど。 地道に新日をさせてきたその底力を見せて、花のあるところをみせてくれ。 で、三冠王になったら、挑戦者は川田でお願いします。 全日は、ほかに、最強タッグ関連の記事があったけれど、それとは関係のない、武藤快勝も入門志願者激減に悲鳴が目についた。 練習生は多ければいいというものではないはず。 少数精鋭でいきましょう。 それから、デビューしたレスラーが定着する環境作りを目指しましょう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.25
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講談社文庫。1983年9月第1刷。1992年7月第23刷。 収集したものかと思ったら、著者が全部作ったのだ。 いずれも、「公園で」「薬屋で」というように、場所を示す題がついていて、会話だけになっている。 あとがきの「甘口と辛口」によると、「本書は昭和四十四年から五十四年までの十年間「週刊現代」誌に連載した」ものだという。 八百編の中から焼く六百編を選んだというのだが、恐るべき才能だ。 読みながら、ユーモアというのもは、時を越えた普遍的なものもあれば、時勢と密着したものもあるのだと思わされた。 配偶者の死を願うものなどは、いつの世でも通用するものだろうが、その時でなければわからないものもある。風俗資料でもあるのだ。 「トルコ風呂」や「ピンク映画」など、今では目にしない言葉だ。昔のテレビ番組の再放送でも、音声も画像も消されてしまう。「パンチカード」「プレイ・ナウ。ペイ・レーター」も死語だ。「ストリーキング」も、今では、何のことやらわからない人が多かろう。 「戦犯で亡くなられたご主人」が「絞首刑」(p95)というのも、すでに歴史の中の話だ。 「コンピュータ語」(p101)というのも聞かない。一時は「マシン語」と言ったものだが。 「ヤッパリ聖徳太子かしら」(p184)というのは、聖徳太子の肖像画が一万円札に使われていたことを知らないと意味がわからない。 フグ中毒について、「板東三津五郎さんのtきとおんなじ」というのも時事ネタ。それぞれの作品に、発表年をつけておいてもらえるとよかった。 「最近死ぬ人が多いような気がするな。大平さんとか、五味さんとか」も同じ。 意味がよくわからないのもある。 「脱色効果の高いロゼット色白クリームを使っている」(p197)というのは、どういうオチなのだろう。 あとがきで、ブラック・ジョークにもタブーがあることについて触れているが、それでも昔は今よりは緩やかだった。P283の「研究室で」では、今では活字にできない語が使われている。 言葉の面では、「向かいのマンションのカラーテレビがただで見れるんだ」(p122)という「ら抜き言葉」がすでに使われているのが目に付いた。ことさら「カラーテレビ」というのも時代を感じさせる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.25
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「みのる参戦、相手は永田指名…1・4東京ドーム」という記事によると、東京ドームで、永田相手に三冠戦ということになりそうだ。 鈴木みのるの言っていることは評価できる。 挑戦者にしたのは、「永田が気に入らないから」と言っているが、苦しい状況の中、地道に新日を支えてきた永田に光を当てるのはさすがだ。 ハンセンも呼んで欲しい。 鈴木みのるを知ったのは、第2次UWFの東京ドームのテレビ中継。 モーリス・スミス相手に、泣きながら崩れ落ちていったのが印象的だった。 藤原組のドームでは生で見た。 アルティメットがブームになったとき、「リングの魂」で解説しているのを聞いて、ただの暴走族上がりかと思っていたら、理路整然とした話のできる男だったので感心。 全日に来た時は嬉しかったし、チャンピオン・カーニバルでの小島戦で、その引き出しの多さにも感心。 しかし、「性格の悪い男」キャラなので、三冠王者にはふさわしくないと思っていた。 三冠ベルトを至高のものとして尊重してくれなくては困るのだ。 しかし、今回の要求で、三冠王者としての鈴木みのるを少し見直した。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.24
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2006年10月29日。NHK BS。 放送からだいぶたったが、やっと全部見終えた。 私はつま恋世代より下なので、昔のことはリアルタイムでは知らない。 そういうものがあった、としか知らない。 しかし、歌はリアルタイムで聴いていた。 フォークが大好きだったし、今でも好きだ。 拓郎の歌も、かぐや姫の歌も、ほとんど知っている歌だった。 「ああ、こんな歌もあった」と懐かしい気持ちになった。 特に、かぐや姫の「けれど生きている」や「雪が降る日に」などが印象深かった。 普段は忘れているだけに、記憶がよみがえってきたときの気持ちは深い。 かぐや姫は、違うメンバーで全日本歌謡選手権に出ていたのも覚えている。 今回、歌を聴いて改めて思ったのは、「フォーク」って何だろう、ということだ。 なぎらけんいちも、「日本フォーク私的大全」で、定義しようとして定義し切れていない。 要するに、自分でフォークといえばフォークなのだ。 拓郎もかぐや姫も、自分でフォークといっていたからフォークなのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.24
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今日の産経新聞の主張「勤労感謝の日 思い返せ日本人の心の形」に、こんな文があった。 「にひなめ」の「にひ」は、「にへ(贄)」の母音交代形で、神に供えるその年の新穀の意である。 勤労感謝の日が、新嘗祭であったことを受けている。 「にひ」が「にへ」の変化したものであるかどうか私には判断できないが、「母音交代形」というのはいかがなものか。 確かに「交代」と「交替」は同音でもあり、意味もよく似ている。 強いて言えば、「交代」は役割を引き継ぐ、というニュアンスがあり、「交替」は「かわるがわる」というニュアンスを感じさせるくらいだ。 しかし、「ぼいんこうたい」という場合、術語としては「母音交替」と書くべきものだろう。 「母音交代」も「母音交替」も許されるとしても、「母音交代形」というのは、術語としては熟していないように感じられるが、それは私だけだろうか。 漢字表記などどうでもいいというのなら、常日頃から「産経新聞」が繰り返している、漢字表記を重視しろという主張(もっとも、感情的なばかりでなんだかよくわからない主張なのだが)に背くことになる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.23
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読書録作成を目的とした「マーサの読書録」がバージョンアップしました。 主な修正内容は、・記録できるの2000冊までと増やした。・2000冊を超えようとするとエラーメッセージを表示。・「環境設定」の内容が反映され名ことがあるのを修正。です。 VECTORからダウンロードできます。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.23
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(中公文庫。1976.10.10 初版。2004.7.25 改版) なんと30年も前に書かれたものなのだが、少しも古くさいところがない。 「あとがき」の「いまウォーターゲート事件によるニクソン大統領の弾劾必死」というところを読むまで、最近のものと思いこんで読み通してしまった。 敗戦後の日本に君臨したマッカーサーという人間が、どのように形成され、そして、どのように日本を統治し、去っていったか、その実像を探るもの。 数多くの参考文献をつきあわせるだけでなく、30年前にはまだ生きていた関係者へのインタビューも行っている。 もちろん、「アメリカが何の経綸もないままに、フィリピンを併合した」というような、春秋の筆法的なものは働いてはいるが、偏った立場から誰かを断罪しようとしたり、評価を高めようとしたりはしていない。 ひたすら「実像」を追い求めている。 それによって示されるのは、「自分は常に正しい」という思いこみの強い、かなり乱暴な人間像なのだが、だからこそあの地位までのぼりつめることができたのだ。 著者は「自己催眠の名人であるマッカーサー」(p262)と評している。 戦後、日本人は「民主主義」を強要され、新しい日本を作り出した。 その点に関してマッカーサーの力は大きい。 しかし、マッカーサーは善意で行動したわけではなく、自分の思想信条のため、アメリカの利益のために日本を利用したわけで、そのためには天皇制も利用し、軍備を放棄させておきながら、朝鮮戦争が起こると軍備を強要したのである。 著者によれば、「朝鮮戦争は内戦として始まったのであり、大国の介入がなければ、それは内戦として終ったことであろう。」(p345)という。 もしそうなら、ずいぶんよけいなことをしてくれたものだ。 マッカーサーに批判的なところも多いのだが、何もかも悪くとる、ということはしていない。 たとえば、「日本人十二歳論」について、「これはマッカーサーが日本文化の持つ将来の発展性をたたえたのだと、考えればいいのであるが、そう受けとった日本人は少ない。」(p392)と述べている。 三十年ぶりの改版にあたって、著者は「新世紀版へのあとがき」を寄せている。 かつての日本占領の研究家として、イラク占領は成功しないと予言している。 それによって、歴史を学ぶ意義を熱く語っている。 この「新世紀版へのあとがき」だけでも読む価値はある。」 引用は原文を尊重しているらしく、引用文の中に、「おうらかにドアーを押し開けて」(p137)という表記があった。正しくは「おおらか」。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.22
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前作は夢ではなく、柴又の風景とナレーションだけだった。今回は夢はあるものの、子供の頃の思い出ということで、渥美清はナレーションのみ。すでに体力が衰えてきていたのだろうか。 父親の遺言に従って、寅さんを頼ってきた少年・秀吉。郡山から来たというので、郡山が舞台になるのかと驚いたら、話に出てくるだけだった。 少年の母親探しの途中で出会った女(秋吉久美子)と親しくなり、つかの間の疑似家族。 恋愛というようなものではなく、失恋で終わるわけではない。 少年も母親(五月みどり)と再会でき、救いのある結末。 寅さんが騒動を引き起こすのではなく、寅さんによってみんなが幸せになるという方向に進んでいる。 満男がもう高校生になっていたのには驚いた。 話の軸が寅さんの周辺に移りつつあるのがわかる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.21
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テレビ東京の「みゅーじん」という番組で、尾崎亜美を取り上げていた。 今でも元気に活動している。 南こうせつらとのコンサートについて、番組は「フォークの中にポップスの尾崎亜美がいる」というとらえ方をしていた。 デビュー当時はそんなことはなかった。 自分で曲を作る人は、「フォーク」に分類されていた。 尾崎亜美がデビューした頃は、そんな枠組みが崩れ始めていた時期ではあったが。 NHK-BSで放送されていたフォークソングの番組にも出演して、高田渡と共演したりしていた。 彼女の歌で最もヒットしたのは、CMで使われた「マイ・ピュア・レディ」だろうか。 私が一番好きなのは、デビュー曲の「冥想」だ。 それまでに聞いたことのない雰囲気の曲だった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.20
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三日続けて、石原都知事関連の記事があった。 17日「石原都知事ムダ使い!?海外出張費2億4000万円」 18日「石原都知事 超豪華ギャラリー、ムダ遣い」 19日「石原都知事 総額2億4000万円 外遊癖」 外遊に2億4000万円使うのが適正かどうか疑問は感じるが、日本は民主国家なので、これも東京都民の望んだことなのだろう。 税金を湯水のように使うことも含めて、石原都知事を支持しているはず。 一般人とは違う世界に住んでいる人を選んだのは、ほかならぬ東京都民なのだから、都の財政を圧迫したところで、都民の自業自得。 こういう記事を目にすると、私は、心の中で「こがねむし」の替え歌を歌うのだ。 「お金持ちは金持ちだ」。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.19
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左端の字は「多」の草書体。 「たんぽ」ではない。 その上の「登録商標」や、下の「本家」でわかるように、「ぽんた」である。 これは横書きではなく、一行一字の縦書き。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.18
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御徒町駅近くの科学教材専門店の前に立っていた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.17
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来年一月の、新日の東京ドーム大会に、全日が協力するそうだ。 ドーム大会開催と知ったときに、失礼ながら、「今の新日にそれだけの力があるのだろうか」と思ったのだが、水面下では交渉が始まっていたのだろうか。 「全日本からは武藤、小島、諏訪魔、TARU、鈴木らが参戦」とあるけれど、TARUと鈴木は全日所属じゃないのに。プロレスに関するマネジメントは全日が窓口なのだろうか。 川田は? 全日側としてでなくても、参戦すれば話題になるぞ。 見所を作るとしたら、両団体に縁のある健介復帰戦か。 健介の復帰戦となると、借りのあるNOAHが協力してくれる可能性もある。(NOAHのせいで怪我をしたわけではないが、故障を押して出場してくれたことに、三沢社長は恩義を感じているはず) 全日ファンとしては、新日は商売敵ではあるのだが、プロレスが話題になってくれないと困るのだ。新日、全日が合同興行新日&全日1・4ドームでタッグ新日と全日が和解タッグ、対立35年終止符新日本&全日本 1・4合同興行実現楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.16
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今まで、「オーストリア」と表記されていた国が、日本では「オーストリー」と表記してくれと言ってきているらしい。 60年ぶり「オーストリア」改め「オーストリー」に という記事で報じられている。 しかし、この記事は、読めば読むほど不思議な内容。 いきなり、 欧州の伝統国「オーストリア共和国」が、いつの間にか「オーストリー共和国」となっていたことが15日、わかった。と言う。 「いつの間にか」というが、産経新聞社が知らなかっただけのことではないのか。 まさか「産経新聞社には知られないようにこっそり変えよう」などと談合はしないはず。 そのすぐ後に、中世からの重厚な歴史と文化を誇る強大帝国の名称復活はめでたい限りだとある。 署名記事ではないので、産経新聞社が「めでたい限り」と評しているということなのだろう。 「オーストリー」という表記が伝統的であると主張するのはいいとして、文明開化後、富国強兵の憧れが強かった日本にとって「オーストリー」の表記は憧れの存在でもあった。というのはどういうつもりだろう。 「文明開化後」の表記を問題にするなら、「オーストリー」ではなく「オオストリイ」だ。 このオーストリーという表記を高く評価するつもりなのかもしれないが、最近では東京都港区元麻布の同国大使館には間違って訪問する人のためにオーストラリア大使館(同区三田)への道順を記した地図を用意するほど。かつての伝統国が直面しているのは、こうした現実だった。という文章を見ると、オーストリーの方々に申し訳ないような気がする。 「かつての伝統国」と呼ばれて喜ぶ国があるのだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.16
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ヒロインは、「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」に続いて竹下景子、なのだが、どちらかというと、20年ぶりに映画に出演した淡路恵子の方が印象に残る。 はきはきしていて、物腰がすっきりしている。 ああそれなのに、ポスターには写真がない。 寅さんが恋をしているのかどうかは、はっきりしない。 その恋が成就するかどうかハラハラさせるのは、なんと三船敏郎。 いつもと同じ声なのだが、いつもよりもさらにぶっきらぼうなキャラクター。 去ることを決意した淡路恵子が、三船に「手も握ってくれなかったけどさ」とさらりと言うところで、黙っているのがいい。 どう言えばいいのかわからないのだ。 この男が告白するとしたら、どんな風にするんだろうと思っていたら、なんと、みんなの前で、怒鳴るように「俺が惚れているからだ」と言ってしまう。 映画の中で、三船敏郎が愛の告白をしたのなんて、これが最初で最後ではなかろうか。 感心したのは、イッセー尾形演じる医者と寅さんの足の踏み合い。 寅さんが、さっと、両足同時にイッセー尾形の足に乗ってしまった身軽さに目を見張った。 風光明媚な知床も、どんどん映し出される。 観光案内のようでもあるが、監督としては、いずれ失われて行くであろう風景を、フィルムに記録しておきたいという気持ちがあると思われる。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.15
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タウンミーティングで、やらせ発言があったことについて、今日の「産経抄」が触れている。 その中に、かといって、「権力が世論を操っていいはずがない」などとこぶしを振り上げるほどのこともあるまい。とあって驚いた。 この論理を押し通すと、目的が正しいと信じれば、何をしても許されるということになってしまう。 もちろん、「産経新聞」は、中国や北朝鮮で権力が世論を操っていても、それを批判するようなことはしないのだろうね。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.15
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(←「Waterfall」。あり得ない水の流れ) 渋谷文化村で開催されている、「スーパーエッシャー展」に行ってきた。 恥ずかしながら告白すると、行くまで、今まで目にした彼の作品は絵と思っていたのだが、版画だったのだ。 細い線が細かく刻み込まれた作品がたくさんあった。(←「Ascending and Descending」。階段を上っているような下っているような) 平日の昼間ということで、さほど混んでもおらず、ゆっくり見られた。 なんと、無料で、ニンテンドーDSを使った作品解説を利用できる。 何も知らなかったので役になった。 あり得ない構造の建物やだまし絵のようなものしか知らなかったが、若い頃のものには、風景を描いたものも多かった。(←「High and Low」。違う角度から見た同じ場面がつながっている) 後半は、「平面の正則分割」という、二つ以上のものが組み合わされた同じ図形で埋め尽くすものが多くなる。 数学者のような感性をも持ち合わせていたのだろう。(←「House of Stairs」。これに描かれている生き物(?)は、日本語で言うと「でんぐりでんぐり」というのだそうだ) なお、エッシャーを初めて日本に紹介したメディアは、「少年マガジン」である。 その実物も展示してあって、何回にもわたって紹介している。 おそらく、私が初めてエッシャーを見たのは、その「少年マガジン」でだったのだろう。 かすかに見覚えのあるものもあった。 解説によると、大伴昌司が紹介したのだそうだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.14
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2006年11月11日放送。 今年5月に、「知るを楽しむ」で放送したものを編集し直して1時間半の番組として放送。 先日放送された、スマ・ステーションの松田優作特集前後編も見た。 芸能人のファンや、関係者の証言と生前の映像で構成されている。 秘蔵映像などはなく、テレビや映画のもの。ファンの話は、結局は「松田優作が好きな自分」の話になってしまっている。 やはり、身近に接していた人の話が興味深い。 一つ告白すると、カメラマン、仙元誠三の姓を「せんもと」と思いこんでいたのだが、「せんげん」だった。 証言の内容を全部書き上げるわけにはいかないので、一つだけ書いておく。 美由紀夫人によると、スタッフなどを連れてきて自宅で遅くまで飲むことがあったが、みんな、グラスを置くときに音を立てないようにしていたという。和やかにわいわい飲むのではなく、みんなピリピリした状態で飲んでいたという。 スマ・ステーションでもそうだったのだが、監督の村川透の証言がない。 ウィキペディアによると、松田優作に関する取材は断っているらしい。 思い出が多すぎるのだろう。 「最も危険な遊戯」にはじまる、コミカルな面を併せ持つハードな主人公像を生み出したのは、村川監督だと思う。 私自身、思い出はいろいろとあり、語り尽くせない。 テレビでは「探偵物語」、映画では「野獣死すべし」が最高だ。 松田優作が、やりたいことをやっていた。 私の中では、松田優作は、「野獣死すべし」で終わっている。 その後の松田優作は、それまでとは別人だ。 もちろん、関心は抱き続けており、角川映画の「探偵物語」も、「家族ゲーム」も「それから」も見た。 いずれも、印象に残っている。しかし、どこか違うのだ。 「ヨコハマBJブルース」や「陽炎座」も見た。「気持ちはわかるが」と言いたくなるようなものだった。それまでの自分を捨てて新しい松田優作になろうともがき苦しんでいたのだろう。 なんと言えばいいのか。 「野獣死すべし」以降は、「松田優作」ではなく「俳優・松田優作」なのだ。 もちろん、それは本人が望んだことであり、本人は満足していたことだろう。 これから松田優作を見ようという人は、「最も危険な遊戯」を見るのがいい。 それから「探偵物語」(角川映画ではなく、工藤ちゃんの方)を見て、「野獣死すべし」を見れば、松田優作が完成されていく過程を見ることができる。 「最も危険な遊戯」以前のものでは、映画デビュー作の「狼の紋章」で、出番は少ないながら凶暴さを見せている。 その一方で、「ひとごろし」ではダメ侍。この映画、いったいどうして作ることになったのか不思議な映画である。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.13
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「後楽園」と名のつくものはいろいろあるが、小石川の後楽園。旧水戸藩邸。 折しも、寒桜が咲いていた。 花の向こうに見える白いかたまりは東京ドームの屋根。 この屋根が見えると、まるでSFの世界。 広い、とにかく広い。 中に入れば、いろいろと見所はあるのだが、正直なところ、もっとも感心したのは、入り口の前にある箱庭。 この写真ではわかりにくいかもしれないが、箱庭の前に模型の建物があり、座敷から庭を見る作りになっている。 ミニチュアの建物越しに見ると、この庭にかなりの奥行きを感じられるのだ。 凝ってるなあ。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.12
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大川橋蔵主演というので、時代劇かと思って見始めたら、平安もの。 登場人物の名前で、「ああ、これは信太狐の話か」とはわかるが、ひとひねりもふたひねりもしてある。 大川橋蔵は若く美しく、正気を失って生きている時の表情もいい。 幻想の世界で踊ったりもする。 瑳峨三智子は一人三役。 弓で責められ身もだえする場面や、傷をなめるときの表情など、驚くほどの妖艶さ。 最後には、口に筆をくわえて「恋しくば」までを実際に書いて見せた。 物語が幻想的であるばかりでなく、終盤は、完全に舞台劇になる。 登場人物が、舞台で演じるのだ。 狐の集団など、ところどころを投影動画が手伝っている。 それがまた夢幻の世界という雰囲気を出している。 筋立ての面では、天変地異で始まっていながら、それについては解決しないまま終わる。 観客が、安倍晴明の話を知っているということが前提になっているようだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.12
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7月に放送された時に見逃し、今回の再放送で見た。 加賀百万石の武士が、家計の危機をきっかけに克明に家計簿をつけていたのを元にしている。 磯田道史という若い学者の研究成果の面白いところだけつまみ食いというところ。 放送を見たときには、「1両は現代の30万円」と簡単に言い切ってしまっていて、ずいぶん乱暴な、と思ったが、放送の都合だったようで、テキストを買って読んでみたら、米価を基準にしたのでは生活感覚に合わない理由がちゃんと説明されていて勉強になった。現代の米価は、江戸時代には考えられないほど安いのだそうだ。 このテキストはよくできていて、番組を見ずに読むだけでも面白い。 「百五十石の知行」というのは、百五十石がもらえるのではなく、生産量百五十石の土地を所領として与えられるということなので、実収入のはその三割ほどなのだ。 身分制度は、武士とそれ以外という差別よりも、武士社会内部での階級差の方が厳しかった。 勝小吉の「夢酔独言」などを読んでもわかるが、武士は貧乏なのである。 このテキストで、貧乏にならざるを得ない仕組みになっていたということがわかる。 明治維新によって、武士の特権が失われたことは確かだが、その一方で、武士もまた多くの束縛から逃れられたのだ。 著者は、ほかに、「明治国家ができたことで、私有財産の保障が制度的にととのった」ことは日本の経済成長に役立ったと評価している。 経済の面では、行き詰まっていたのだ。 しかし、その一方で、江戸時代をよく知る筆者は、家計簿を残した一家の、明治になってからの教育ぶり、成功や悲劇を紹介した後でこう述べる。「学問というものは、なにも暮らしや出世のためばかりにするものではないような気がするのです。生きる哲学をえる、とか、豊かな味のある人間になるとか、それまで江戸時代にはかなり余裕のある学びがあったように思います。」 この「歴史に好奇心」は10月には、「江戸の教育に学ぶ」というのを放送していた。私はそれも興味深く見た。 寺子屋では、実利実用というよりも、原理原則のようなものを教え、実務は仕事に就いてから学んだ。 和算が高いレベルに達していたことや、難解な問題が趣味の範疇にあったことなどを改めて認識した。 もちろん、学問によって収入を得られる人もいたわけだが、そんなのは例外的なほんの少数だ。 昨今の「学力低下」を問題視する人たちは、「学力」と「金儲け」(世間体のいい言葉で言えば「立身出世」)を結びつけすぎているように思えてならないのだ。 誰も彼も学校に通い、誰もが同じように理解しなくてはならないとなったら、学力の低い方に会わせていくしかないのだから、学力が低下するのは当たり前だ。 「学力低下」以前に、誰もが高校に進学しなくてはならない、などという発想を改め、学校に行かずとも、趣味として勉強する社会を作っていった方が、よほど一人一人の内面は豊かになるだろう。 私自身も、江戸時代に興味を持って本を読んだところで、一銭にもならない。出費ばかりがかさむ。 しかし、知らなかったことを知り、認識を改めることが楽しくて自分なりに勉強しているわけだ。 明治以降の、学ぶことと金儲けを結びつける風潮を改めていきたいものだ。 NHK公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.11
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昼時になったので、湯島天神前の「鳥つね」で昼食。 親子丼と、もつ入り親子丼。 卵が柔らかいままなので、簡単に掻き込める。 「もつ入り」というのは、鶏肉のほかにもつも入っているのかと思ったら、もつだけが入っているのだった。レバーの親子丼。 混んでいて、食べ終わるとどんどん食器を下げられる。 軽く一杯などできる雰囲気ではない。 薄味好みの私には、味が濃かったが、名物を食べた、という気にはなった。 湯島天神といえば、「婦系図《おんなけいず》」というか「湯島の白梅」。「婦系図」を元に舞台化されたのが評判になって、その一部の「湯島の白梅」の場面が有名になり、そこだけをそこだけをさして「婦系図」というようになったのだとか。 昭和の爆笑王 林家三平ものがたりにも、「婦系図」を下敷きにした場面があり、女の方が「婦系図ね」と言っていた。 ゆかりの文人ということで、泉鏡花の筆塚がある。 訪れたときは、ちょうど「菊まつり」が開催されていた。 大輪の菊の作り方にはいろいろ決まった型があって、ちゃんと名称がついているということを初めて知った。 無数の花がついているようなものも、一本の茎から分蘖《ぶんけつ》させているのだ。 完成した形を想定しながら芯を摘んでいくのだから、気の遠くなるような作業だ。 近所の小学校の児童が育てたのも展示されていた。 中にはハート型やミッキー型というのもあった。 写真は、鶴と亀。 小さな盆栽仕立てで、岩から懸崖の形になっているのもあった。大きさを競うようなものが多く、どちらかというと小さなものに感心した。 参道の露天で、おじいさんが、小さな小槌にさいころや金メッキのこれまた小さな大黒像などを入れてくれのを、妻が買った。作るところを見せ、口上を聞かせてくれて500円。安い。 さほど広い境内ではないのだが、ぐるりと回遊でき、庭もある。 近くで働いているOLらしき人たちが弁当を食べていたのがいいが、タバコを吸っていたのは迷惑。 どういうつながりかわからないが、日時計やガス灯があった。 学問の神様ともなれば、あらゆる技術を学ばなくてはならないのだ。 湯島天神公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.11
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11月8日の放送された、NHK「その時 歴史が動いた」を興味深く見た。 タイトルは、『日本を発見した日本人 ~柳田国男・「遠野物語」誕生~』。 宮崎県に、今でも残る、伝統的な焼き畑やしし狩りを、立松和平が訪ねていた。 内容の一部は、公式サイトで紹介されている。 山の斜面を切り開いて焼き払うと、毎年違う作物を4年作り、それからは放置して山に戻し、ほかの斜面を切り開く。 こうして、地力を奪い尽くすことなく耕作を続けることができるのだという。 しし(イノシシ)狩りも、「のさらん福は願い申さん」と、必要以上に殺すことを戒めている。 伝統的、と言っても、鉄砲が庶民の手にはいるようになってからの伝統のはず。 鉄砲という、それまでにはなかった大量捕獲を可能にした道具を手に入れてから生まれた考え方ではないだろうか。 そして、「遠野物語」。 この本によって日本民俗学のふるさとになった。 遠野の存在によって民俗学に興味を持つ人が増えれば結構なことだが、遠野にばかり目を向けていては発展がない。 自分で自分の遠野をいる研究者も多いことだろう。 また、「遠野物語」は、遠野の民話をそのまま収録したわけではないはず。 柳田国男の手によって改変がなされているという指摘は何度も目にしたことがある。 インターネットでも、「遠野物語 柳田 改変」で検索すれば、実例を読むことができる。 何で読んだか忘れてしまったが、ある研究者の話にこんなのがあった。 遠野のタクシー運転手に聞いた話。 遠来の客に、サービスとして、運転中、自分の知っている民話を話して聞かせていたという。しかし、学者が客の場合、その内容が「遠野物語」のものと異なっていると、「その話はそうではない、こうだ」と訂正を求められることがあるの、というもの。 現地の話よりも、書物の中の話が正しいというのでは本末転倒だ。 遠野でも、同じ事物について語る話が何種類もあるのかもしれないのに、「遠野物語」だけを絶対化してしまっている。 もちろん、絶対化は困るが、柳田国男の業績は偉大である。 柳田国男が民俗学の基礎を築いた時代は、明治政府によって、伝統を破壊され、生活が欧米化され、強引に、全国の画一化が推し進められていた。 だからこそ、日本の姿を記録して置かなくてはならない、掘り起こさなくてはならないと考えたのだ。 世が捨てて顧みないものに価値を見いだせる力の持ち主だったのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.10
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銭形平次ゆかりの神田明神。 少名彦命《すくなひこのみこと》像。大己貴《おおなむち》(大黒様)、平将門とならんで祭神の一つ。 説明によると、少名彦命がえびす様であるという。これは初耳。ヒルコがエビスになったという話しか知らなかった。(蛭子能収の姓で、ヒルコを意味する字で「エビス」と読ませるのはこれによるのだろう) 非常に新しい感覚の像だなとおもったら、去年作った物なのだそうだ。 「♪おーとーこだったあらあ」 今でも、銭形平次というとこの歌を思い出す。 神田明神下に住んでいた銭形平次の碑。土台は巨大な寛永通宝になっている。 隣に小さく八五郎の碑がよりそっているのがいい。 この碑の反対側は崖になっていて、街を見下ろせる。 神田明神下というのは、まさに「下」だったのだろう。 いわゆる顔出し看板。 正門の裏側にあり、帰りに発見。 銭が、飛んでいるときの形になっている。 大川橋蔵がオープニングでこんなポーズを取っていたような気もする。 お静さんになってみたい人もいるはず。並べておいたらどうだろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.10
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NHK木曜時代劇「慶次郎縁側日記」を第1シリーズから毎回見ている。 レギューラーが、そろいもそろって悟りすましたようなことを言うのが鼻につくのだが、何となく見ている。 そんな中で、第3回の「三姉妹」は出色のできだった。 淡路恵子、中原ひとみ、角替和枝の三姉妹の安女郎の迫力に感心した。色気に年は関係ないのだ。 終わり方もファンタジー風でよかった。 で、今週の「可愛い女」。 話の中心は黒川芽以なのだが、それを助けたり、助かった後の幸福をねたんだりする女を演じた矢沢心がよかった。 私がこの人を知ったのは、「オヤジぃ。」だった。いわゆるガングロのメイクで、どんな顔なのかずっとわからず、最終回でメイクを落とした顔を初めて見せていた。 その後、ドラマで何度か見たが、もっとも良かったのは、松平健が内蔵助を演じた「忠臣蔵」(テレビ朝日)。 赤埴源蔵が兄の羽織に別れを告げる名場面で、兄の家の女中役。 別れを告げに来たとは知らず、明るく接し、討ち入り後は、源蔵が一行に入っていることを確認し、大声で触れ回りながら家に駆け戻る。 ひたりとはまっていた。 (なお、テレビでは、なぜ大声で源蔵がいたことを言いながら帰ってくるのかわからなかったが、長谷川一夫の「忠臣蔵」を見たら、それが下敷きになっていて、源蔵とのやりとりはほとんど映画と同じだった。 兄が、「源蔵がいたら、大声で触れ回りながら帰ってこい」と命じていたのだ。 で、今回の「慶次郎縁側日記」。 この時間帯では、「柳生十兵衛七番勝負」に、柳生の里の娘の役でもでていたが、やや違和感があった。 今回は、苦労を重ねてきた年増女の役で、いい味が出ている。 こういう人を大事に育てていくことで、時代劇の未来が開けてくるのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.09
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御茶ノ水駅のすぐ近くにある、湯島聖堂に行ってみた。 ←は、1975年に台北ライオンズクラブから贈られた孔子像。 だいぶ前に一度行ったことがあるような気がするのだが、何も覚えていない。 もと、昌平坂学問所である。 大成殿という、中国風の大きな建物の前が広い。その昔、日本テレビで放送していた「水滸伝」の宮中の場面の撮影には、ここが使われたのではなかろうか、と思って検索したら、そのようだ。中村敦夫演じる林冲が剣を持ったまま入ってしまった場所はここだったのだろう。←立て札に「かいのき」と書いてあったので「槐」かと思ったら「楷の木」で、孔子の墓所に植えてある木なのだそうだ。 その種から育てたという。見上げると、空を覆う大木。 木々が茂り、うっそうとしているが、電車や車の音が絶えないのが残念。←大成殿前の広場の横に、大量の絵馬。事務所で売っている。 なんだか「小人は利に喩《さと》る」のようでもあるが、これもまた「学べば禄その中に在り」ということか。おそらく、絵馬を奉納したいという需要があり、それに応えているのだろう。 至聖孔子絵馬となると、神仏混合ならぬ神儒混合というべきか。 などと思いながらも、苦しいときの神(聖人?)頼み。我が子の受験成功を祈って、我が家でも奉納。 他の人の絵馬を見ると、自宅の住所を番地まで書いている人がいたが、今の世の中、これは危険だ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.09
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主人公は、信長に仕え、「信長公記」を著した太田牛一(松本幸四郎)。 本能寺の変で死んだはずの信長(松岡昌宏)の死体が発見されていないことを知り、真実を探るべく調査を開始する。 その過程で、なぜ、明智光秀(小日向文世)が信長を襲ったのか、なぜ、秀吉(中村梅雀)はすぐに戻ってくることができたのか、などの謎を解いていく。 もちろん、信長の死に関する真実は、終わりの方で明かされる。 おお、そういうことだったのか。それなら死体が発見されないわけだ。 演出が凝っていて、主人公が、あとで現場を訪ねたり、真実を知る人に話を聞いたりした時に、再現映像が出るだけでなく、その現場に立ち会って目撃する、という描き方になっている。 事件が起こっている最中の映像に登場するのだ。斬新。 屋外での撮影が多く、画面が明るいし、広い。 本能寺は、屋外に大がかりな物を建てて、それを燃やしたそうだ。 力作である。 面白く見たが、それだけに細かいところが気になった。 信長襲撃は、未明でまだ暗かったはずなのに、戦闘シーンは夜明け間近のようだった。その後の、炎上しているところは夜中。 本能寺の焼け跡を、一周忌のあとで尋ねたようになっていたが、焼け跡はすぐに壊されていたはずで、その後の台詞でもそうなっていた。 妊娠したということだが、その子はその後どうなったのか。 エンドロールで、松本幸四郎が最初で、松岡昌宏が最後だったのは意外。 松岡昌宏は、「武蔵」での佐々木小次郎もそうだったが、野心家の目ができるのではまっていた。ただ、自分で「松岡昌宏」という型を作ってしまっていて、それにはまりこんでいるようにも感じた。 秀吉の中村梅雀は良かった。 公式サイト 原作楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.08
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新潮文庫。2002年9月1日。 日本エッセイスト・クラブ賞、ミュージック・ペンクラブ賞受賞作品なのだそうだが、すでに絶版。 手に入れたければ、古本を探すしかない。 指揮の技術を初めて体系化し、音楽家育成に心血を注ぎ、桐朋学園でも指導し、小澤征爾らを育てた人物の伝記。 決してむやみに対象を持ち上げることなく、悪い面もはっきりと書いている。 そのため、その人物像に圧倒される。 情熱的といえば聞こえはいいが、ほとんど狂気に近いものを感じる。 「斉藤先生は陰性なところがありましてね」「斉藤先生は少し女好きでいらしたですな」(p344)などという証言はかすんでしまうくらい、常人の理解を超えた存在なのだ。 斉藤秀雄は、1902年に生まれ、1923年には近衛秀麿(近衛文麿の弟)にくっついてヨーロッパ留学。 これだけで、一般家庭に育ったものではないとわかる。 なんと、父親は、正則英語学校を創設した斎藤秀三郎なのだ。 経済的には恵まれ、父親からの干渉らしい干渉はなく、その代わり、親子のふれあいもなく育つ。 音楽や分析力に関しては天才であったようだ。 自分が演奏することより、後進の育成にのめり込み、指揮者の育成課程を生み出しただけでなく、オーケストラを育て、多くの演奏家を世に送り出した。 こう書くと、良心的な坊ちゃんのようだが、その教え方は厳しく、生徒に罵詈雑言を浴びせかけるのがしばしば。 常軌を逸している。 その門下からは、私でも名前を知っているような有名な人が輩出しているのだが、その人たちは、罵倒されることに耐えられた一部の人なのではないか。おそらく、その人たちの影には、途中で去っていった数多くの音楽家の卵がいたのではないだろうか。 著者は、文献だけに頼ることなく、可能な限り、関係者と直接会って取材している。 ヨーロッパの言葉にも堪能らしい。 文中に登場する証言者だけでも膨大な数だろう。 その中には音楽家も多い。 しかし、斉藤秀雄を尊敬していても、彼と同じように教えようとしている人はいないようだ。 教えを受けていたときのことが心の傷になっていて、それを乗り越えられないようなのだ。 これでは、メソッドを確立した意味がない。 著者の丁寧な取材には感心したが、最初はその文章の引っかかりを感じてならなかった。 どこか、微妙な点で気になるのだが、それを指摘できないのがもどかしい。 文中、何度か「憧憬」という語が出てきて「どうけい」とルビが振ってあるが、「しょうけい」の方がよい。 「多磨霊園」(P462)は「多摩霊園」の誤植かと思ったら「多磨霊園」が正しいのだった。 知らなかった言葉。 「クラス・コンシャス」(p405) 階級意識。階級志向。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.08
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冒頭の夢に登場する、美しい野山をSLが走っている風景は、山田洋次監督の理想の世界なのだろう。 志穂美悦子がマドンナということで、これは一度見たことがあり、ほかのものに比べると内容を覚えていた。 長渕と結婚するきっかけになった作品。 しかし、今回、BSで第1作から見直して、ヒロインは、吉田義夫演じる座長の娘だったことが初めて理解できた。 岡本茉利の成長した姿だったのだ。 しかしそれなら、「寅さん」ではなく「車先生」と呼ぶはずだが、それでは寅さんとの間に距離ができてしまうのだろう。 また、子供の頃から各地を転々としていたはずなのに、九州弁が強いのも不思議。 今回気づいたこと。 「会いたい」と言っている美保純が、寅さんと顔を合わせる場面がないことに今回初めて気がついた。 上京したヒロインの仕事が決まるのは、桜井センリが出前をしている姿が伏線になっていた。 さくらが寅さんを見送る場面がない。 自分の恋愛ではなく、他人の恋愛のために奔走する路線がはっきり出ている。 前作「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」から1年休んでの登場。 久しぶりの電話に、さくらが「一年間もご無沙汰よ」と楽屋落ち。 渥美清の体調不良のためかと思ったら、「キネマの天地」のためだったそうだ。 しかし、休んだからかどうか知らないが、渥美清は元気そう。その一方で、タコ社長がやつれて見えた。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.07
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今日の「水戸黄門」のゲストは長山洋子。 先週に引き続き、「お江戸でござる」「道中でござる」つながり。 アイドル路線だった頃から、「なんてきれいな顔なんだろう」と思っていた。 白いワンピースで「♪シャボン、シャボン、シャボン」と歌っていたのだよ。 当時は私は大田区に住んでいて、地元出身の歌手でもあった。 長山洋子を見るたびに思い出すことがある。 今から20年前の夏。 私は中国に、個人旅行に出かけた。出発の日、成田空港のロビーで「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」に彼女が出たのを見たのだ。手作りのクッキーをおみやげに持ってきていた。 その旅行がきっかけになり、私は転身を図り、一歩踏み出すことができた。 その後いろいろあったが、今じゃ地道なかたぎの暮らし。 何も変わっていないのと同じ。 夢を見たり、挫折したり、いろんなことがあったなあ。 長山洋子も、少女の頃のふっくらした感じは消えて、大人の女になっている。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.06
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梅安といえば、「必殺仕掛人」の緒方拳を思い浮かべる。 いがぐり頭にはジャガイモのような形の頭の方がいいと思うのだが、意外や意外、面長な岸谷五朗を持ってきた。 映像は、「剣客商売」などの積み重ねがあるだけあって、文句なし。梅安の衣装もいい。 話そのものはまとまってはいるのだが、説明的なナレーションが多すぎる。 また、仕掛けの場面で、船頭に姿を見られてしまっていては、のちのちやっかいではないのだろうか。 池波正太郎らしさを出すために、食べ物にはかなり気をつかっていた。 出演者について言うと、岸谷五朗は、面長という点で梅庵らしくなかったが、目が一重というのがよかった。闇の世界の深さを思わせる。針でしとめるところは、相手の後ろに回ってから一拍あくのが残念。殺陣をきれいに見せるためなのだろうが。 小日向文世はうまくて当たり前という人なので、脇役としてしっかり仕事をしている。しかし、こういうところに少し若い人を起用して、新たな脇役の育成も心がけなければ。 若いところでは、原田龍二がよかった。「水戸黄門」の格さんとはひと味違う。 ほかに、高岡早紀、石橋蓮司が出ていたが、この二人は、前日の「慶次郎縁側日記」で見たばかり。 不満はあるが、十分に合格点は出せる。 こういうものを作り続けることが大切なのだ。 公式サイトを見に行ったら、「豪華絢爛で華やかな大奥の世界と真逆な梅安の世界」という文章があって驚いた。 「真逆」だって。どうしてこう、フジ・サンケイグループは日本語を壊したがるのだろう。「正反対」という言葉があるのに。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.05
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まずは、次の二つの記事を読んで欲しい。[自殺]上司からのパワハラ訴え 鹿児島の中学女性教諭[パワハラ自殺]校長ら3人が謝罪 鹿児島・両親が会見「教諭は02年、この中学に音楽教諭として赴任。04年からは専門以外の国語や家庭科も教えるように指示されたという。通信教育や家庭教師をつけて勉強したが、今年10月からは「指導力不足教員」として、半年間の予定で県総合教育センターで研修を受けていた。」 音楽教師に国語や家庭科を担当させ、「指導力不足教員」のレッテルを貼るということがまかり通ることに驚いた。「曽於市教委によると、学校の規模が小さいため、専門外の教科を受け持つことを依頼し、本人の了承を得ていたという。」 その教員なら指導できるかどうか見極めもせずに依頼したわけだ。 「学校が小規模だから、無免許の教員にスクールバスの運転をさせました」というようなものだ。 依頼した側の責任はどうなるのだ。 そりゃあ、人件費の面で、小規模の学校に、教科の数だけ教師を置くことは難しいかもしれない。 どうしても、専門の教師をおけない場合は、校長と教頭が担当すればよかったのだ。専門外でも指導できると思っているのだから。 子供を学校に通わせている保護者からは、何も言われなかったのだろうか。 自分の身に置き換えて考えてみればいい。市教委の人間も校長も教頭も、自分の子供を教えている教師が専門外の教師でも何とも思わないのだろうか。 私の子供これからまだ何年も学校に通うが、音楽も、国語も、家庭も、それが専門の教師に受け持って貰いたい。 関連記事 あなたの周りにいる パワハラ上司楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.04
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真田広之主演というのに惹かれて見た。 海上自衛隊の風紀委員のような立場の先任伍長が、特殊工作員として訓練された若者と、乗っ取られたイージス艦奪還をはかる、という、アメリカ映画に出もありそうな設定。 ありふれた設定でも、面白くできあがっていればいいのだが、日本映画特有の「情」が表に出すぎていた。もっと「理」だけで割り切って描けばすっきりするのに。 その一方で、主人公がめっぽう強い。自衛官である以上、かなりの訓練は積んでいるのだろうが、超人的な精神力と体力の持ち主で、現実離れしすぎ。まあ、真田広之なんだから、どんなに強くても納得しちゃうんだけどね。 自衛隊が協力していて、映像は本物の迫力。 真田広之も中井貴一も、勝地涼もよかっただけに残念。 本筋とは全く関係ないのだが、缶詰を食べる場面が面白かった。 缶詰のご飯を食べる場面があり、「あたためないと食えたもんじゃない」と言っていた。 実は、私はあれを食べたことがある。缶から出して電子レンジで温めて食べたが、ぼそぼそしていてまずかった。あれを日常的に食べているとしたら豪傑である。滅多に食べない非常食なのだろう。 ほかの登場人物が食べていた、タクアンの缶詰は、味がしみこんでいて美味。 映画には出てこなかったが、肉の缶詰もうまかった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.04
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第36作。 家出した美保純を捜し出し、一緒に敷根島に行ったら、そこにいた栗原小巻に恋をして、という話。 寅さんの出番が少ない。 この年は2作公開されているが、次の「男はつらいよ 幸福の青い鳥」まで1年あいている。 画面の寅さんを見ると、渥美清は体調がすぐれなかったのではなかろうか。 そのため、寅さんの出番を減らし、家出した美保純と島の若者の話や、満男の寅さんへの評価を語らせる場面を作ったりしたのではないか。 体力の衰えを話の工夫で補っていこうという転換点にあるように思われる。 美保純の出番が多く、島の露天風呂で、後ろ姿だが、ヌードまで見せる。このシリーズでヌードが出るのは初めてのはず。美保純は、「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」の着替えた後の場面でアドリブを連発したということだから、これもアドリブで見せたのだろうか。山田洋次監督が、裸を要求するとは考えにくい。 マドンナは、終盤近くなって突然出てくる川谷拓三のものになってしまう。 栗原小巻が、それを告げに来て、柴又の駅で、舞台劇のように心情を吐露する場面が印象に残った。 タイトルはどうでもいいようなもの。映画の中では、「二十四の瞳」を意識しているのだから、「寅次郎の瞳」とでもすればよかった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.04
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この作者の名は何度も目にしたことがあったのだが、初めて読んだ。 ペンションに集められた若者7人。いずれも、ある舞台のオーディションの合格者。 豪雪のために周囲から孤立し、外部と連絡が取れなくなったという設定だけを知らされて稽古が始まるが、架空のはずの殺人事件が、現実のものとなっているとしか思えなくなる。 という設定のミステリ。 本格ものでありながら、本格もののパロディめかした書き方で、登場人物のために「そして誰もいなくなった」などが用意されていたり、ミステリ談義があったりする。 三人称と一人称が混在しているような書き方なのだが、実はその書き方にも意味がある。 非常に凝った構成になっている。 ミステリなので、詳しく内容を書くことはできない。 非常に面白く、一気に読んだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.03
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火曜日7時からの時代劇枠。市井ものが続いていたが、珍しく戦国もの。 中村橋之助主演で太閤記ということで、初回2時間スペシャルは、NHK大河ドラマ並みの豪華さ。 その橋之助だが、不思議なほど勘三郎に似ている。勘三郎は橋之助の姉の夫だから、二人の間には近い血縁関係はないはずなのだが、わざと面長に見せる顔つきといい、表情といい、声といい、そっくりだ。目をつぶって声だけ聞いていたら、区別がつかないのではないか。 出演者は、ほかに、村上弘明、東ちずる、渡辺哲、藤田まこと、内藤剛志と、この枠でなじみの顔が並ぶ。 侍になりたい藤吉郎が、後の明智光秀、徳川家康と出会い、幼なじみ(デビット伊東、伊東孝明)の協力もあって、織田信長に仕え、今川義元との合戦で手柄を立てるまで。 だれることなく話が進み、登場人物の紹介もわかりやすい。 屋外の場面が多く、画面が広々としている。 特に男優は役がはまっていて、村上弘明の信長は、身長が高いので見栄えがし、六平直政の今川義元は、最初はどうかと思ったが、乗りに乗っていた。 地味な役どころの甲本雅裕(前田又左衛門)も際立っていた。 なるほど、と思ったのは、蜂須賀小六の的場浩司。 今までいろいろな人が演じているが、出色のでき。カブキ者風に作っているのがいい。 女優も、吉本多香美など多彩だが、最も目を引いたのは藤吉郎の妹を演じた大谷允保。初めて見たのではないかと思うが、明るい感じでいい。 中には、戦国時代の髪型は似合わないなあと思う人もいたが、いずれ慣れるだろう。 公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.02
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「大衆文学大系19」(講談社。1982年)所収。 芸道の小説の最高峰ではないだろうか。 完成された短編小説である。以前、ほかの本に収録されていたのを読んだことがあり、おおよそは覚えているのだが、それでも引き込まれる。 小説の背景となっているのが、江戸が遠くなりつつある時期、というのが話を際立たせているのだろう。 現在は、新・ちくま文学の森(1)で読むことができるようだ。 映画にもなっているがDVDは出ていないらしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2006.11.01
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