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写真の室内アンテナ「マスプロ・UHFアンテナTT2B」を窓際に設置して地デジをPCで録画している。 キャプチャボードは、「I・O DATA GV-MVP/HS2」。 茨城県南部に住んでおり、電波が弱いのか、フジテレビは日中は受信できない。テレビ東京は深夜でなければだめ。 このアンテナは、室外にも設置できるので、試しにベランダにつけてみた。 窓のところは隙間ケーブルを使用。 すると、なんと、大きな違いがあった。 例を挙げると、テレビ東京 14dB→32dBフジテレビ 18dB→28dBという具合。これなら日中でも受信できる。 テレビ朝日は24dB→28dBと、劇的な変化はなかった。 東京MXテレビは、電波を拾ってはいるのだが、映せるほどではなかった。 我が家は光回線を利用しているので、フレッツ地デジが使えるようになるのを待っているのだが、それはいつになるかわからないようだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.30
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一週間たってしまって、今更ながらだが、21日の全日本プロレスでの追悼セレモニーの様子。 会場にはNOAHのポスターも貼ってあった。もちろん三沢さんも映っていた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.29
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前回から、最終回へ向けての大がかりな話になって、全体像がわかりにくかったのは残念。 偽仕事人の正体が明らかになった時には、あっと驚いた。 そうか、そのために第20話「女の一分」があったのか。 この話があったからこそ、「仕事人」になりすますという発想が生まれるわけだ。 松岡の経師屋は死んでしまうのかと思ったら、なんと、生き延びたのであった。 これも驚き。 如月(谷村美月)は何のために出てきたのかよくわからない存在だったのだが、このためだったのだ。 経師屋だけは、一般人に顔を見られてしまっているので、江戸から出ていくしかないわけだ。 「沢市」の伝説のようになっていたのは、意識してのことなのだろう。 非常に高い水準を保っていたシリーズだった。 是非とも続編を作ってもらいたい。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.28
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一つはマイケル・ジャクソンさん。まだ50歳だったことに驚いた。 「ジャクソン・ファイブ」は記憶にない。 わたしの目の前には、「スリラー」で突然現れた。 テレビで始めてみた時、「短編映画か」と思った。 その時初めて、「プロモーション・ビデオ」というものを知った。 上り詰めてしまった人間にしかわからない苦悩があったのだろう。 もう一つは、ファラ・フォーセットさん。 もう62歳だったのか。 初代「チャーリーズ・エンジェル」。 当時話題になったので、時々見ていた。 どろどろした因縁や、殺人の描写などがないことから、「アメリカのドラマというのはこうなのか」と感心したのを覚えている。 彼女の髪型は当時としては斬新だったらしい。 むしろ、女性に人気があったのではないか。 訃報を読むと、彼女の人生にも少なからぬ苦難があったようだ。 わたしにとっては、二人とも、「アメリカ」というものの象徴だ。 お二人のご冥福をお祈り申し上げます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.27
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前田日明から見た「三沢光晴の死、そしてプロレスの未来」という見出しを見て、「なぜ前田日明?」と思ったのだが、非常にすぐれたインタビュー記事だった。 かつてはプロレスを否定した男が、客観的に語っている。 これが消えてしまうのは惜しいので、多めに引用しておく。「日テレのプロデューサーが見たっていうんで、どうでした? って聞いたら、これは絶対に放送には出せないと。三沢が落ちた瞬間に、全身がバッと青ざめるんだって。ほとんど即死だったみたいだね。その前にコーナーから投げ捨てられて、フラフラし始めたっていうんだけど、悲劇だったのはね、相手も、レフェリーも、セコンドも、みんなが『社長だから大丈夫だろう』『三沢だから大丈夫だろう』と思って、誰も注意して見てやれなかった。プロレスでは"セール"って言うんだけど、演技でするフラフラと、本当に効いているのと、ちゃんと見てれば分かるはずなんだけどね。それでも、頸髄(けいずい)離断っていうのは異常だよ。大ベテランの三沢がそうなるってことは、同じ状況が誰に起こってもそうなってたってことだからね。明らかに、あり得ないことが起こっていたってことだよね」 ライセンス制について。「今は......ムリだと思うよ。だって、じゃあ『ハッスル』はどうすんの? っていう話になる。芸能人出るじゃん。あれはもうプロレスラーじゃないよね。それに『ハッスル』だけじゃない。アントニオ猪木がタッキー(滝沢秀明)とプロレスやっちゃったじゃない(00年3月14日/横浜アリーナ)。よく『前田日明がプロレスを壊した』なんて言われるけど、そうじゃない、アントニオ猪木が壊したんですよ。タッキーとやった時点で、観客もガッカリしたし、選手もガッカリしたし、俺も涙が出るほど悔しかったよ。猪木さんが何を、金のためにこんなことしてんの、って。プライドはどこにいったの、って。プロレスであれが許されると、もう誰も『ハッスル』のことなんて言えない。『ハッスル』もプロレスだって言うしかない。そしたら、ライセンス制なんてムリですよ」 このライセンス制についての前田の見解は的を射ている。 わたしは、「ハッスル」までは考えていなかったが、プロレスラーとアマチュアの線引きなどできない。 それに、仮にライセンス制があったとしても、三沢さんは最上級のライセンス保持者になっていたはずで、その三沢さんが亡くなったということでも、ライセンス制で事故が防げるわけではない、ということがわかるはずだ。 コミッショナーについても必要ではないかという意見があるようだが、これもよくわからない。 今や、新日、全日、NOAHは、対立関係にはなく、「抗争」ではなく「交流」が行われている。 交流しながら団体の独自性を保っていけるほど成熟している。 求められるのは、無理をしないことだ。プロレスラーはプロレスを続けるために、休むのをためらってはならない。 ファンも、休むことを求めよう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.26
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『カムイ外伝』主題歌で、倖田來未がヘンデルの名曲のカバーに挑戦! 倖田來未 クドカン版「カムイ外伝」の主題歌を担当! この二つの記事に、画像がある。 スチール写真なのだろうが、気になる。 果たして見に行くべきだろうか。 主題歌や脚本や監督よりも「カムイ外伝」だということが気になるのだ。 悩むなあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.25
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梅雨だ。 梅雨というと、あじさいの葉っぱにカタツムリ、という絵が浮かんでくるのだが、最近はカタツムリが減ってきているらしい。 たしかに見かけなくなったような気がする。 しかし。 ナメクジはいっぱいいる。 庭にもいる。畑にもいる。畑の土を掘り返すと、五、六匹かたまっていたりする。 捕まえたら、畑のわきの川に投げ入れる。水の中では生きられないので、溺死するのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.24
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読んだのは新潮文庫版。1978.8.15初版だからもう30年も前の本だ。 確かに自分で買って読んだのだが、すっかり内容を忘れていた。 星新一が、自分の父の星一の青春時代というか、アメリカ滞在時代を書いたもの。 野口英世が何度も出てくるかと思ったがそうでもない。 印象に残るのは、野口は自分の母がいかに勤勉家か話したが、父についてはふれなかった。(p187)というところだ。河野広中は磐城の豪商の家に生まれた。(p36)というのは、わたしの知識とは違っているが、改版ではどうなっているのだろう。 三春の人のはず。 「西国立志編」がこの本でも登場する。よほど大きな影響を与えたらしい。 国木田独歩の「非凡なる凡人」を思い出す。 明治維新における福岡の存在など気にしたことがなかったが、福岡もまた「尊皇攘夷」を掲げながら欧化政策を推進した明治政府が気に入らなかったらしい。福岡浪人なる一派が発生し、政府に反抗し始めた。頭山満《とうやまみつる》を中心とする玄洋社が、その団体である。(p81) これは新知識だった。福岡の不満が背景にあったのか。ラフカジオ・ハーン(p161) 今なら「ラフカディオ・ハーン」と表記するところだ。30年前には「ラフカジオ」が一般的だったのだろうか。このころのアメリカ社会の特徴は、人びとがそれぞれ独立心と公徳心を持っていた点である。(p163)と、アメリカ人の道徳心の高さを述べている。まるで、幕末から明治にかけて日本を訪れた欧米人が日本人に感心したような内容を書いている。 後藤新平、板垣退助など、わたしでも名前を知っているような人物が登場する。 星一に親切にしてくれた人のことは悪く書かない。べつにかれらを悪く書く必要もないのだが、ああ、星新一も人の子なのだなあと思った。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.23
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中国語学習ソフト「漢単准くん」の訂正版をVECTORで公開しました。 「漢単准くん」の問題にミスで書いたミスを訂正してあります。 ここからダウンロードできます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.22
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三沢光晴さんの追悼セレモニーがあるだろうと思って、本当に久しぶりに会場に足を運んだ。 最後に行ったのが2007年2月の両国だ。 見に行くのにもエネルギーがいる。いろいろあって気力がわかなかったのだ。 行くことを決めた時には、チケットぴあでの取り扱いは終わっていたので、当日券を購入。昔のように売り切れということはなくて、すんなり買えた。 客の入りは8割ぐらいかなあ。 パンフレットを買って、勢力図と選手の予習。知らないレスラーが多い。 第1試合の前に追悼セレモニー。ピアノアレンジの「スパルタンX」が流れ、遺影を囲んでテンカウントゴング。 退場の時は通常の「スパルタンX」だった。 試合の経過、結果は「スポーツナビ」をご覧下さい。 以下は簡単な感想。第1試合ブラッド・マーティン VS 歳三 模索を続ける土方は、今はVM入りしてヒールのマスクマン。 相手があまりうまくないので、歳三はやりにくそうだった。 何とか相手にも技をかけさせて軽く片付けた。第2試合西村修、近藤修司、浜亮太 VS TARU、稔、ヘイト 西村の全日入りは知っていたが、田中稔も来ていたとは。奥さんは府川唯未なんだよなあ。とってもかわいかったんだよ。 平井はヘイトという悪役に。何でもできる人なので、きちんと役割をこなす。西村の倒立が見たい人が多いらしく、ヘイトに「平井、空気読め」などというヤジを飛ばした客がいたが、そんなこと言わなくたってちゃんとわかってるって。 浜は相撲出身の新人で、久々に見るデブキャラ。盛んに「浜ちゃん」と声が飛ぶ。 選手コールの時に、浜がジャンプしてドシンと着地すると、ちゃんとTARUと稔はその衝撃で飛び上がって見せた。 近藤は本隊入りしていて、かつての仲間のVMと対立。 試合巧者がそろっているので、新人の浜もそれなりに活躍。第3試合ゾディアック VS ジョー・ドーリング 全然知らない外人同士の試合。二人が戦うに到った過程を場内のプロジェクターで見せてくれる。これは親切。 「ゾ・ディ・アック」と両手を斜めに動かしながら言うのがお約束になっていて、客も一緒にやっていた。 最後は仲直り。第4試合真田聖也、征矢学 VS KAI、大和ヒロシ 全く知らない4人の若いレスラー。 みんな元気が良く、好試合だった。知らないレスラーばかりでも、見ていて気持ちがいい。 入場の時に流れた「♪青春というリングの中で……」という曲が、確かに聞き覚えがあるのに誰の歌だったか思い出せず、ずっと気になっていた。 調べたら真田広之の「青春の嵐《ハリケーン》」。なんと! 「吼えろ鉄拳」の主題歌だ。1981年の主演第2作。これを入場テーマにしている真田聖也は1988年生まれ!第5試合カズ・ハヤシ、フィル・アトラス VS NOSAWA論外 MAZADA 久しぶりに見る東京愚連隊。やはりうまい。フィル・アトラスだけがやけに若く見える。 ほかの三人はもうベテランなのだ。第6試合 武藤敬司、諏訪魔、河野真幸 VS 太陽ケア、鈴木みのる、高山善廣 諏訪魔は本隊に復帰して、河野真幸は全日本プロレスに復帰していた。 ケア・鈴木・高山のタッグなんて、5年前には想像もつかなかった。 世の中、何があるかわからない。 河野はプロレス・モードに切り替え切れていないようで、ややぎごちないが、関節技でケアを追い込む。ケアはけっこうダメージが大きかったらしく、試合の途中で左腕にテーピングをしてもらっていた。しかし、河野の関節技は鈴木には全く通用せず、鈴木は笑っていた。 最後は、諏訪魔がジャーマンで高山を沈めて、場内がどよめいた。諏訪魔 帝王との一騎打ちに向けて一歩前進武藤敬司が追悼のエメフロ弾GURENTAI ベルト独占宣言武藤、ライバル三沢さんに惜別のエメフロ三沢さんの魂受け継ぐ…武藤手向けのエメフロ太陽ケアお返しのタイガードライバー高山をジャーマン葬!諏訪魔3冠へ前進 第7試合 小島聡 VS 荒谷望誉 メインがこのカードと言うことを知った時には、「荒谷が一念発起して、トップを目指すのか」と思ったのだが、なんと、引退するのだという。 一番思い出に残っている試合が、肉体改造して日本武道館で小島に挑んだ試合だ、ということで、はなむけとして組まれたカードだったのだ。 そうだった。あの試合は好試合だったなあ。 荒谷はへばりぎみなのだが場内の声に押されて奮闘。 途中から武藤社長もセコンドについて、小島がコーナートップに立とうとするとロープを揺すったり、レフェリー(この試合だけ村山レフェリーだった)を引っ張ってカウントさせなかったり。 最後は荒谷の奮戦むなしくという結果になったが、両者深々と頭を下げて礼。小島は目を押さえていた。小島、ありがとう。 試合後、イベントのチケットの営業のためにロビーにいたので、「お疲れ様でした」と声をかけ、握手してもらった。 苦しい時期を支えてくれた功労者だ。荒谷大ハッスル 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.21
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昨日取り上げた本。昨日のブログを読み返して、書き残したことを思い出した。アホなネーミングだ。ふだんなら間髪入れず「クラムボンもカプカプ笑っているよ!」とつっこみを入れるであろう、アフ過ぎるネーミングだ。(p161) これは宮沢賢治の「やまなし」をもとにしているのだが、その説明はない。 こうして、「こんなおちゃらけた文章を書いているけれど、本当は教養があるんだよ」と言いたげな書き方を見ると、自分自身の醜さを見せつけられたような気になって不快になる。 「真逆のエリートが集うプール」(p179) 「真逆」の用例としては早いのではないか。 この「真逆」と言う言葉については以前書いた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.20
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出版が2004年なので、この本で取り上げられていても、今はもうないところもあるのだろう。 東京の開土ブック的雑誌に取り上げられたところに行ってみて、「こんなところのどこがいいのだ」といちゃもんをつける本。 先に誰かが人気スポットを見つけておいてくれないと、作れない本。 ただ、紹介している雑誌から引用していながら、「東京●週刊」「H●nako」などという中途半端な書き方をするのが理解できない。 他人を批判はするが、他人からの批判は受けたくないらしい。 「そんなもの、行かなくたってわかるだろう」というのもあるのだが、仕事だから実際に行ってみるしかなかったらしい。 すべてけなしているわけではなく、ここは行く価値がある、というところも取り上げている。 「人気スポット」と呼ぶのはいかがな者かと思うが、「モスバーガー」は褒めている。 「モス」が「Mountain Ocean Sun」の頭文字をとったものだと初めて知った。 麺は一番粉と水で作った蕎麦の香りがつよいもりそば(550円)と、更科粉と卵で作った歯ごたえのあるざるそば(p139)とあるが、「そば粉」と「更科粉」の違いはわからない。 お台場の項。もう、少女マンガの世界だよ。もう、萩尾望都だよ! 一条ゆかりだよ! 山田花子だよ!(p158)この三人をひとくくりにしてしまう感性にはあきれかえる。 「鴻星」に「ホンセン」とルビが振ってある。(p161) 広東語か台湾語らしい。 「木更津温泉 龍宮城ホテル三日月」も罵倒しているのだが、わたしはここを気に入っている。 泊まったこともある。 ガイドブックというものは「主観」の固まりである。そおの「主観」に異議を唱えるのではなく、主観をでっち上げさせられた情報誌のライターへの同情は伝わっては来るが、他人が目をつけたものにいちゃもnをつけるだけで、独自の発掘がないのが残念。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.19
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あきれるというか腹が立つというか。 「彰俊自宅に嫌がらせ…三沢さんも悲しむぞ!」 「三沢さん最後の対戦相手、斎藤の家族に嫌がらせ」 いったいどういうつもりなんだ。 試合は、小さなきっかけの一つでしかない。それ以前から不調だったことがはっきりしているのだから。 もし、社長の体調不良を気遣ってバックドロップをかけるのを遠慮したら、むしろその方が失礼だろう。 プロレスファンならば、三沢さんのファンならば、むしろ、斎藤彰俊が苦しむことのないようにすべきだ。彼が躊躇なくバックドロップを使えるようにすべきだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.18
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愚痴でしかないのだが、言いたくなる。 「日テレが三沢さん追悼番組 デビュー当時からの激闘を回顧」だそうだ。 広島市で試合中に倒れ、急死したプロレスラー、三沢光晴さん(享年46)の名勝負を集めた追悼番組が7月4日(午前1時半~)、日本テレビで放送される。 番組は「プロレス界の盟主 三沢光晴 緊急追悼スペシャル」。三沢さんのデビュー当時の試合から2代目タイガー・マスク時代、超世代軍、四天王時代、ノアにいたるまでの激闘を振り返る。のだという。 そりゃあ、日本テレビには映像が残っているだろう。 しかし、そこまで思ってくれているのなら、地上波放送の打ち切りなんてしないでいてくれれば……と言いたくなる。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.17
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「武藤全日社長、レスラー体調管理へタッグ強化」という見出しを見た時には、「タッグ強化」とどうつながるのかと思ったが、読んでみると、国内プロレス界では現在、全日本、新日本、ノアの3団体のフロントが定期的に会合。コミッショナー制度やプロライセンス制度などについて話し合っている。三沢さんの死を無駄にしないためにも、マット界の環境を整備、制度を確立する決意を新たにした。ということだった。 そうだったのか。 そこまで話が進んでいたのか。ノアを中心にインディー団体をまとめていく、という話はだいぶ前にあって、それ以上プロレス団体が一致団結ということはないと思っていた。 やはり、当事者は、「何とかしなければ」という思いで動いていたのだ。 この記事は、サンケイスポーツの記事で、プロレスを知っている記者が書いたものらしく、要点をうまくまとめている。 「リングの上で死ねたら本望だと軽く言っていたが、これからは改めたい」 というコメントも、ほかのコメントと独立させてあって印象に残る。 橋本真也さんが亡くなった後、わたしは、「プロレスラーこそ節制を」で、高山のコメントを紹介した。 その中に、橋本さんが亡くなられたことには何かメッセージがあって、次を作っちゃダメだ。というものがあった。 三沢さんも、社長として、橋本さんのメッセージを受け止め、選手の健康には充分に気を遣っていたと思う。 しかし、自分には無理をさせていた。周囲の、静養を勧める声を振り切って試合に出ていたという報道もあった。 社長としての責任感、会場に足を運んでくれたファンをがっかりさせたくない、という責任感。社長を止める力を持っている社員はいないのだから、三沢さん自身がこの結果を招いてしまったことになる。 今回の事故は、三沢さんからのメッセージだ。 一時的にはファンをがっかりさせても、命を縮めてはいけない。選手生命を縮めてはいけない。 一日でも長く元気でいて見せることが、「さすがプロレスラーだ」と思わせることになるのだ。 三沢さんの死というメッセージを生かしてくれ。 同じ産経新聞でも、ZAKZAKの「三沢光晴さん急死…過酷な中小企業社長業」という記事は余り良くなかった。 サラリーマン諸氏、特に中小企業の社長さんには、何とも身につまされる話ではある。という書き方には、故人への敬意、人の死故を重く受け止めるという気持ちが感じられない。 ■プロレス界の現状 かつての「新日本」と「全日本」時代から一変。1999年ジャイアント馬場死去による内部抗争で、三沢が全日本から脱退し、「ノア」を立ち上げ。新日本を解雇された橋本真也(故人)が「ZERO-ONE」を結成し、メジャー4団体時代となる。また、米国で人気の「WWE」が日本でも受け、その影響を受けたエンターテインメント志向が強い「ハッスル」などが興行されている。そのほか、「みちのく」「大阪」など大小40団体以上が活動している。というのも、「ジャイアント馬場死去による内部抗争」という表現に疑問を感じるし、「橋本真也(故人)が「ZERO-ONE」を結成し、メジャー4団体時代となる」という書き方では、その状況がそのまま続いているかのような印象を与えてしまう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.16
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「斉藤選手、三沢さんの遺影に涙の土下座」 三沢さん最後の試合で対戦相手の一人だった斎藤彰俊選手(43)はこの日の試合後、リングサイドに飾られた遺影に向かって土下座。「(三沢)社長はまだまだやりたいことがあったのに。おれがあんなことをしちゃって。どんな重い十字架でも背負う」と涙ながらに話した。 昨日の書いたが、斎藤の責任ではない。 プロレスを続けること、バックドロップを使い続けることが三沢さんへの供養だ。「新日本戦友ら悲痛…心まで響いたエルボー」 ああ、やはり、と思わせることが書いてある。 全日本時代の90年に三沢さんらと超世代軍を結成した菊地は「体調とかじゃなくて心労とか、気持ちの上でいろいろつらいことがあったと思う。テレビのこと(日本テレビの打ち切り)があったり、興行のことがあったり…」と切り出し、「これからもノアで頑張っていくことが恩返し。三沢さんと一緒にやっていく気持ち」と誓った。 以前、「それはないよ日テレさん」に書いたが、日テレの後押しでスタートしたNOAHだったのに、二階にあげておいてはしごを外すようなことをされて三沢も苦しかったということは察しが付く。 日本テレビも、営利追求のためには、視聴率を優先しなければならなかったのは理解できる。日本テレビの責任だとは思わない。今回のことの原因の一つではあっただろう。「ノア、三沢さんの遺志継ぎ興行続行「いかなる時も全力」」にも、 4月に収入源のテレビの地上波がなくなりスポンサーへのあいさつ回りが増えたという。練習もほとんどできないにもかかわらず激しい試合をこなしてきた。6月の巡業前には幹部から3回、静養するように促されたが聞き入れなかった。スポンサーへの配慮、何より会場で待つファンのために戦ってきたという。その遺志を受け継ぎ、戦う選手を、三沢さんは天国から見守っている。とある。 「三沢光晴さん追悼…天国に届け10カウント」 事故を受け、シリーズ中止の声も上がった。百田副社長は「社長はどんなことがあっても全力で試合を最優先させてきた。選手、スタッフが同じ意志で試合をすることが社長の遺志と思う」と予定通り、大会を開催した理由を説明した。 選手たちには13日の深夜に悲報が伝えられた。この日の午前、広島大学病院で、帰京する遺体を涙ながらに見送った。直後にバスで博多に移動。極限の精神状態で臨んでいた。 22日の後楽園大会までツアーは続く。三沢さんの密葬に、全選手が参列するのは難しい状況だが、若手のエース・KENTAは「ノアをもっと良いものにすれば、みんな喜ぶ」と語り、新GHCヘビー級王者の潮崎豪は「社長のつくったGHCをなくしちゃいけない」と、ノアの発展を約束した。 百田副社長の判断は正しい。三沢さんが生きていたら同じ判断をしたはずだ。 興行を続けて、三沢社長の遺志を継ぐことが、残されたレスラーや社員の使命だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.15
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昨日の三沢光晴さんの急死の詳報を読んだ。 「三沢さん死す…試合で頭を強打、帰らぬ人に」 相手は斎藤彰俊だった。しかし、責任は斎藤にはない。バックドロップぐらいで三沢さんが致命的なダメージを受けるわけがない。 気になったのは、 三沢さんはそのまま動かなくなり、レフェリーが異変に気付き試合を止めた。その後は参戦していた佐々木健介や高山善廣ら選手たちがリングに駆けつけて「社長」と声を掛けたが、三沢さんは応じなかった。というところだ。 健介と高山が居合わせたのか。 この二人は、「自分がその場にいたのに、何もできなかった」ということで苦しみそうだ。 特に健介は人一倍傷つきやすい。 誰にも責任はないんだよ。苦しまないでくれ。「プロレスラー三沢光晴さん死亡 蝶野選手らブログで追悼」「川田、永田らレスラー仲間ショック…三沢光晴さん急死」「三沢が死んだ…ノア試合中バックドロップで頭から落下、リングで昏倒」「三沢さん死亡…悲劇、リング上で頭部強打」 今年5月の日本武道館大会で制したノアのタッグリーグ決勝では、パートナーを務めた若手の潮崎豪に試合の主導権を譲っていた。三沢さんはあまり印象に残る攻防に参加しておらず、その時点から、体調が悪かった可能性も推測される。 署名記事ではないのに個人の憶測が表に出ている記事だが、以前から体調が悪かったことを示唆する内容だ。 原因はかなり以前にあったのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.14
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(あえて敬称は略します) 目を疑うという言葉がある。信じられないという言葉がある。 そんなことがあるわけないだろう、ということが現実に起こる。 「プロレスラー三沢光晴さん死亡 試合中に頭強打」 はあ? 試合中に頭強打? 全日時代の話だが、川田と組んで世界タッグに挑戦した時に、場外のマットも何もないところでテリー・ゴディにパワーボムを掛けられて失神し、「プロレスラーじゃなかったら死んでいた」と言った男だ。 続報が出る。 「三沢光晴さん死亡 試合中倒れる 広島」 「三沢光晴さん急逝、江川氏「非常に穏やかで素晴らしい方」 事実らしい。 おそらく、バックドロップで受け身を取り損ねたのではなく、もともと具合が悪かったのだろう。ジャンポ鶴田のバックドロップを受けてきた男だもの。 全日本プロレスからの大量離脱の時、わたしは、川田たちとともに全日に残留した、という気持ちでいた。 何が起こったのか理解できず、三沢をちょっとだけ恨んだこともあった。 しかし、今では、誰も悪くなかった、ああなるしかなかったのだと思っている。 全日は新日からの移籍組の世界となり、かつての全日はNOAHと名を変えて存続している、というのが実態だった。 それでもわたしはNOAHはテレビ中継も極力見ず、全日の会場に足を運んでいた。 この3年ほどはいろいろあって足が遠のいていたが、プロレスは気になっていた。 三沢が、かつの馬場さんを少し積極的にしたような形でプロレス界の一部をまとめていくのだろうと思っていた。 彼が馬場さんの路線の継承者であることに異論を唱えるものはいるまい。 しかし。 ああ、どうすればいいのだ。今や、スポーツ新聞だって、プロレスの扱いは本当に小さい。 おそらく、訃報には紙面を割くだろうが、プロレスの試合内容の報道は今まで通りだろう。 プロレス界は、大きな支柱の一本を失った。 まさに未曾有の危機だ。 今は故人の冥福を祈るしかない。 言葉を改めよう。 心から三沢光晴さんのご冥福をお祈り申し上げます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.13
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「花園神社」シリーズの5。 どういう由来のあるものなのか、船の碇としか思えないものが置いてあった。 すっかりさびついている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.12
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冒頭しか知らなかったので通読してみた。 出発から都の元の家まで五十五日間。 ほとんどが船路で、日が悪かったり天候が悪かったりで、同じところに何日も停泊していたりする。 ただし、どこまで虚構なのかわからない部分もある。 驚いたのは、一月二十日のところで、阿倍仲麻呂の「あまのはら……」の歌がしるされているのだが、〈参考〉によれば、この歌は、『古今集』以前のいかなる文献からも見いだすことはできない。(p151)のだそうだ。あるいは貫之の創作ではないかといったら、いい過ぎになろうか。(p152)とまで述べている。 「爪はじき」 二十六日に出てくる語。今でも使う語で、漢語で書けば「弾指」。 〈注〉によると、元来は密教の行法のひとちで「たんじ」。(p178)だそうだ。先年、宴席の葬儀に参列したが、密教系だった。僧侶が、何度か、人差し指を伸ばすようにして「パチン」と音を立てていたが、これだったのだ。 漢文体ではなく仮名を用いて書かれたという点は画期的だったのだが、漢字で表記しなかったために解釈が分かれてしまうところもある。本文には特に漢字を用いなかった。仮名文学としての最初の作品に、このように、永遠に解決の方法もない問題の出てくるのもいたし方のなkことである。原初形態がほぼ察知できるにもかかわらず、読解が二通り、三通りにもなってしまってきている。(p271)とのことだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.11
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花園神社シリーズ。 神社が二段になっていて、そのうちの一つの狛犬は、こんな丸い形。 この方が素朴で古さを感じさせる。北茨城市による紹介サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.10
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副題は「建具まわり編」。 「暮らしの手帖」らしく、実用的でありながらちょっと高級。 網戸の張り替えや傾きの調整、ふすまや壁紙、じゅうたんや畳の傷みの補修。 そういったことが簡潔に説明してある。 もちろん、慣れないことにはうまくいかないだろうと思うが、できなくはなさそう。 ドア錠の取り替えを、遠い昔に自分でやってみたことを思い出した。できないことではないのだ。 なお、網戸が傾いて開け閉めが不自由な場合は、下の滑車部分が壊れていることがあるので、分解して、大きなホームセンターで同じものと取り替えると直る。 これはわたしの経験。 いつも手元に置く本ではなく、必要な時に引っ張り出す本。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.09
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「トニー・レオンも涙。「燃えよドラゴン」の悪役ハン、96歳で大往生」 あのシー・キエン(石堅)さんの訃報。 日本で公開された映画の中で最も目立っていたのは、もちろん「燃えよドラゴン」で、鏡張りの部屋での闘いは秀逸だったが、格闘シーンは若干違和感を感じた。 一番うまいと思ったのは、「ヤング・マスター/師弟出馬」だ。 コミカルなやりとりが自然で、表情も生き生きとしていた。 なるほど、中国の南方の入浴はあんな風なのか、と勉強にもなった。 ブルース・リーとジャッキー・チェンという二大スターと、目立つ役で共演していたのだ。 香港映画界の浮沈を目の当たりにした人生だったことだろう。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.08
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間が空いたが、「花園神社」の続き。 自然の作り出した噴水というか、岩型滝というか。 岩の上から水が流れ出ている。 神秘的な趣がある。 北茨城市による紹介サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.07
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ずいぶん前にNHKのBSで放送したのを録画しておいて、それっきり忘れていたのを見てみた。 こんな劇場用アニメがあったこと自体知らなかった。できは悪くない。 主題歌が琉球音楽風で新鮮さがある。 「森」というものが、人間と共存できる、というか、人間は森に依存して生きているということを当然のように思っている人間には斬新な設定だ。 森が人間の敵になった時、人間はどうすればいいのだろう。 主人公のアギトの声は勝地涼が担当している。声だけでもこれだけの芝居ができる人なのだ。goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.06
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副題「湯浅軍医生体解剖の記録」 日中出版。1981.7.31第1刷。1994.8.31第9刷。 湯浅謙という医師が、実名を出して、自分の経験を語り、それをまとめたもの。 副題で想像するのとは違って、生体解剖に関する記述は少ない。 生い立ちから、1956年の帰国までを淡々と綴っている。もちろん、文章は吉開那津子という著者によるもので、内容は、湯浅医師の記憶によるもの。 生体解剖が行われていたということは知っていたが、何のためか、この本を読んで初めて理解した。 戦闘で負傷した兵士の治療のために、実際に内臓を縫合したり、四肢を切断したりする練習であり、そのためには、死体ではなく生体が必要なのだ。単なる解剖ではなく「手術演習」なのである。 もちろん、おぞましいことなのだが、ことさら生体解剖を強調するような書き方はしていない。 軍隊生活がどのようなものであったか、戦後、どのような処遇を受けたかということの方に筆を多く費やしている。 戦争中も、比較的冷静でいたらしい。石川達三の「生きている兵隊」やスメドレーの八路軍従軍記を読んだりしている。(p35) 「最近謀略戦で有名な石井四郎中将」(p83)というように、石井四郎が何度か登場する。直接会ってもいる。 森村誠一の「悪魔の飽食」が書かれたのと同じ年に出版されたものだが、731部隊についてはほとんど記述がない。おそらく、人の噂で何か聞いていたという程度らしい。 自分が直接見聞きしていないことについて憶測で断定するようなことはしていない。 「慰安所と女たち」(P120)には、軍公認のものと民間のものがあった、と書かれているが、軍が直接関与していたとは書いていない。 戦後は、現地に残り、医師として働いたり、戦犯として反省を迫られたりしている。 ひどい扱いはされていない。 本人は、戦後すぐに帰国せず、自分のしてきたことを振り返る時間があったことは有意義だと考えている。 気になった点。 「秧歌」に「ニュウヤン」とルビが振ってある(p184)。おそらく、文字の方が違っているのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.05
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目が覚めた時に、「何か夢を見た」とは思っていたのだが、時間がたってから思い出した。 「滑舌」に関する夢だ。 わたしは若い時から滑舌が良くなかった。早口言葉が言えないというタイプではなく、発音が不明瞭で、何か言っても相手が聞き取れず、聞き返されることが多かった。 それがコンプレックスになっていた。 二十代の時に一度、「ボイストレーニング」というのに行ったことがある。 わずか三日間の、いわば「ボイストレーニング体験」というようなもので、確か川崎のカルチャーセンターのようなところだった。 講師は女優という肩書きの人なのだが、それまで見た記憶がない人で、その講座を受けた後では、テレビで見かけて、「あっ、あのときの先生だ」と思うような人だった。 テレビよりも舞台で活躍している人らしい。だからこそ、ボイストレーニングがちゃんとできるわけだ。 習ったのは、発音を明瞭にする方法ではなく、声の出し方だった。 体の角度や「共鳴」のさせかたなどを習ったのだが、うまくできない。 しかも、受講者がほとんど女性で、初日は四十人ぐらいいたと思うのだが、そのうち、男はわたしを入れてたった三人。 三日目になったら残っていたのはわたし一人だった。 最終日に、「平家物語」の一節を一人ずつ読んだのだが、どうしてもイントネーションが変になってしまうところがあって、みんなに笑われた。 福島県の、アクセント崩壊地区に育ったので、アクセントやイントネーションは苦手なのだ。 それでも、男の中で唯一残ったわたしに気を遣って、先生は「いい声をしていますね」と言ってくれた。ほかに褒めるところがなかったのだろう。 たぶん、その後で中国語を勉強したのだろうと思う。 口の中、たとえは舌の位置や唇の形などを意識しないと正しく発音できないので、発音の仕方を意識するようになった。 この二つの体験があって、どうにか人並みに発音できるようになった。 でも、アクセントとイントネーションは時々変になる。 で、夢の話なのだが、自分が講師になって、声の出し方を人に説明する、というものだった。自分にできないものを教えるのだから無茶な夢なのだが、そこはそれ、夢だから。 「声を前に出すように」とかなんとか言っていた。これは、自分の声が内にこもりがちだと感じていることの裏返しなのだろう。 あれっ。考えてみると、これは滑舌ではなくて発声法だ。でも、夢の中では滑舌の夢ということになっていた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.04
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第九。「我は閻羅《えんら》王、汝が国に地蔵菩薩と称《ます》す」(p86)とある。 閻魔と地蔵菩薩は同じと思われていたらしい。 物語らしくなく、単なる筋書きだけのようなものもある。 しかし、読ませるためのものではなく、語って聞かせるときのネタ帳のようなものであったらしい。 第二十一の「解説」には、在俗の僧がこれを庶民に語る場合には、適当な潤色が、臨機応変に行われたと思う。『日本霊異記』には、筋書きだけで、説教場での潤色を期待する類のものが少なくない。(p149)とある。 このことは巻末の解説でも述べられている。 『西遊記』の成立過程が想起される。 第二十四。「供養の物がなくて、どうしてお経を読みえよう」(p169) なんと、布施という善行がなければ仏教は相手にしないらしい。 第三十。 「暦」が出てくる。語釈によれば、「当時は中国の大衍暦《たいえんれき》によっており、私寺などでも広く用いられていた。」(o215)のだそうだ。 一部の人は、日付も把握していたわけだ。 著者は、このほんの前に小学館の「日本古典文学全集」で同じ「日本霊異記」を担当している。 しかし、解説によると、「この本野訓読法の欠点を、さらに今般の講談社学術文庫本によって修正しようとしました」ということである。 学問、研究に終わりはないのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.03
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「若干20歳の驚異の新人、JASMINEがデビュー曲を着うた配信」という見出し。 「若干」ではなくて「弱冠」だ。 「弱冠20歳」なら問題なかったのになあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.02
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わたしが作成して公開しているフリーソフト「漢単准くん」に誤りがあるとのご指摘をいただいた。 確認したところ、たしかに誤り。 内容は、「サッカー」の訳が「足球」ではなく「怎球」になっている、ということ。 近日中に修正版を公開します。 なお、なお、問題データの「訳.txt」をメモ帳などで開いて修正することもできます。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2009.06.01
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