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後藤早苗の短歌(67) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 テレビ (23.4) 三月の寒のもどりに凍てついた野菜に春の日ざしがやさし 四台もテレビはあれど我が家の茶の間の一台取りあいている 河津桜に向かう車の逆を行く行けども行けども続くこの列 スタッフも患者我らも昔はと話がはずみ笑顔が広がる 烏骨鶏のやわらかき羽ふれたればコツコと鳴きて逃げてゆきたり
2017.12.31
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平成二十九年後藤人徳(瑞義)入選歌(よみうり歌壇他) (注)同人誌「賀茂短歌」より転載 十二月号 それぞれに障害持ちて走りおり車椅子の子知恵遅き吾子 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十二月 六日 入選 秋山佐和子 選) 耳遠くなりたる母に声高に話せるわれは叱るにあらず (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十二月二十日 入選 秋山佐和子 選) (評)年老いた母は耳が遠く、息子の自分が話すとき、自然と声が大きくなる。決して叱りつけてはいないのだが。切ない母子の歌。共感する人も多いだろう。 十一月号 生きおれば日照不足を嘆くらん野菜作りを愛せし妻は (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十月二十五日 入選 秋山佐和子 選) コンクリートの上に転がる黄金虫土に還れぬかなしみのあり (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月 一日 入選 秋山佐和子 選) 一歳に父失いし渡辺さん百六歳の命さずかる (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月二十二日 入選 秋山佐和子 選) 十月号 缶潰しビーズ通しが施設での自閉症なる息子の仕事 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月二十七日 入選 秋山佐和子 選) 枝々に雪の積れるごとくして咲きさかりたるさるすべりの花 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十月四日 入選 秋山佐和子 選) 妻の亡き時の流れてわれのみが影のごとに留まりている (NHK生涯学習フェスティバル横浜短歌大会 九月二十六日 佳作 岡井 隆 選) 九月号 子を預け施設を去るとき職員の明るき声が見送りくれる (読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月三十日 佳作 秋山佐和子 選) (評)子供を施設に預けて去る親。一、二句の事実のみの表現がかえって心情を伝える。職員の明るい声や見送る気遣い。どんなにか救われたことだろう。 揚羽蝶ふわりふわりと舞いて来て妻の好みしダリアに止まる (読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月十三日 入選 秋山佐和子 選) いつまでも起こさないでねあおむけにおだやかな顔妻の死顔 (全国短歌フォーラムイン塩尻 九月二十三日 題詠「顔」 奨励賞 ) 八月号 歌人より詩人の方が苦しまん定型のなき不自由により (読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月二十六日 入選 秋山佐和子 選) あじさいの花に流るる雨のつぶ妻を亡くしし海老蔵の顔 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月十六日 佳作 秋山佐和子 選) (評)あじさいの花に雨の粒がこぼれ落ちる。それは、癌の治療を続けていた妻の死を語る歌舞伎俳優の頬の涙のようだ、と歌う。映像に涙した人も多いだろう 七月号 ほのかにもももいろなせる骨拾う癌に苦しみ逝きし弟 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月五日 入選 秋山佐和子 選) (評)上の句から美しい花のことかと思って読み進み、下の句の事実に粛然(しゅくぜ ん)とする。二人に一人が癌を患う現在。「苦しみ」の語が胸に迫る挽歌である。 新しき墓に入りて長男とやすらぎてあれ妻の魂 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 七月十二日 入選 秋山佐和子 選) 六月号 苗床に育ちし苗よこれよりは大地に深く根を張りてゆけ (読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月三十一日 入選 秋山佐和子 選) 逝きし児のたましい宿す蝶なるかいつまでもわが後(あと)をつきくる (新聞静岡版 よみうり文芸 六月十四日 入選 秋山佐和子 ) 五月号 早咲きの桜を待たず逝きし妻置いてけぼりを受けて見上げる (読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月十日 入選 秋山佐和子 選) おぼつかなきうぐいすの声四十九日過ぎしばかりの妻かも知れぬ (読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月二十四日 秀逸 秋山佐和子 選) (評)うぐいすのおぼつかない初音。それを、四十九日が過ぎたばかりの亡き妻に重ねる。互いにすごした歳月とその後の日々。「うぐいす」が哀切だ。 四月号 枝先の先へさきへと咲き登り紅梅は今満開となる (読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月二十九日 秀逸 秋山佐和子 選) (評)紅梅の蕾がふくらみ、枝の先へもっと先端へと咲き登り、今ようやく満開になった、と歌う。ひそかに応援していたのか、春のよろこびが伝わる。 福寿草咲いていますと言いし妻聞き流ししを今悔みおり (読売新聞静岡版 よみうり文芸 四月十九日 入選 秋山佐和子 ) 三月号 施設より帰り夜中に叫ぶ子よ山犬よりもさびしその声 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月一日 入選 秋山佐和子 選) どこやらか柚子のかおりがただよえり手足かじかみ歩いておれば (読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月十五日 入選 秋山佐和子 選) 被爆せし久保山さんにかたことの手紙書きたり九才のわれ (全国短歌大賞 題詠 静岡新聞社賞 田中章義 選 ) 二月号 消え残る氷のような半月が一人歩めるわれを照らせり (読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月二十三日 秀逸 秋山佐和子 選) (評)あかつきの空に消え残っている半月。「氷のような」の比喩が、半月の冴えた光や早朝の引き締まった空気を伝える。下の句の情景描写も巧みだ。 一月号 歩道越え車道をこえてころころとどんぐりひとつ庭先に着く (読売新聞静岡版 よみうり文芸 一月十八日 佳作 秋山佐和子 選) (評)たったひとつのどんぐりが、歩道も車道も越えて庭先に来た。「着く」とある ので小さな旅をしてきたようだ。物語性がありリズムも楽しい晩秋の歌。
2017.12.31
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後藤人徳(瑞義)24年11月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(11月の歌)の中より 子育ては種族を保つ本能とわが思えども虐待多し 白浜短歌会(11月の歌)の中より 草刈の鎌はここにて止りおり土手いっぱいの彼岸花咲く
2017.12.31
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平成29年12月31日(日) 短歌集「日まはり」:三好達治(23) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(10) 片町の 築地にほせる目じろ籠 なほししづける 三つならべたり 花咲ける椿の蔭に さくさくと 林檎を噛める 馬方ふたり 晝の月 米屋の軒にしき啼ける 雲雀の咽喉(のど)の うす赤きかな (つづく)
2017.12.31
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後藤早苗の短歌(66) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 帰省の子 (平成23.2月) 子に孫におどらされてお正月財布のひもはゆるみっぱなし 好きなもの何でも買ってやるといい翁が孫の手をひきてゆく 最高の親孝行と思うらし孫ひつさげて帰省したる子 嫁がねば敷居が高いと思うらし帰省せし娘(こ)は早々帰る軽やかに百歳の峠越えるとうつぎさんのことうらやみている一日一日はたからもの【電子書籍】[ 渡辺 つぎ ]
2017.12.30
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12月30日(水) 後藤人徳(瑞義)24年12月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(12月の歌)の中より 箕作は礪杵道作(ときのみちつくり)流罪の地名前なまりて地名となるや 白浜短歌会(12月の歌)の中より 聞くことの尊きことを教えるや仏の大き耳を見ている
2017.12.30
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平成29年12月30日(土) 短歌集「日まはり」:三好達治(22) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(9) 春の野は 堤に来り ははそはの母ぢゃと 嫁菜摘ままくなりぬ ふと家鴨 片脚あげてものおもふ その蹼(みづかき)の 光に透くや 路のべに 鼻なし男 鋸の 目をたててをり 春の晝すぎ(つづく)
2017.12.30
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後藤早苗の短歌(64) (注)後藤早苗(平成29年1月29日死亡 享年69歳) 結社誌「賀茂短歌」より転載 冬バラ (平成23年.1月) 冬のバラ一輪咲けば一りんの暖かさありやさしさのあり 戸袋で冬眠をするてんとうむし追い出すこともできず見ている 枇杷の花甘い香りを漂わせ師走の寒さやわらぎくるる 福寿草の芽を切らないように気を付けて庭の草取る師走せわしく 今日一日何匹夜盗を殺したか害虫といえどこころが痛む 後藤早苗の短歌(65) 嫁がぬ娘 (平成23年.3月) 嫁がぬ娘(こ)老後は施設で暮らすとう三四才この決断は 寒風に吹かれて歩けばびわの花甘きにおいを放ちてくれる 梅の花きれいに咲いた見にこいと妹が言うひまな日曜 ひさびさの雪を楽しみ一夜明け甘夏凍りてわれに返れる 両足を失いたりし透析の若きを思う眠れぬ夜に(つづく)
2017.12.29
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後藤人徳(瑞義)25年1月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(1月の歌)の中より 父の日は何が良いかと母の日を終えしばかりの娘のメール 白浜短歌会(1月の歌)の中より 日を呑みて赤くなりたる白雲が酔い痴れしごと横たわりおり (つづく)
2017.12.29
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平成29年12月29日(金) 短歌集「日まはり」:三好達治(21) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(8) 川べりの 冬菜畑の 石たたき しまらくありて 飛びて啼きしか 黄梅を窗に置きたり 川べりの 古自転車を 商ふ家居 牛の革ほせる廣場に 赭牛の 草食みゐるも あはれなるかな
2017.12.29
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十二月号歌評(同人誌「賀茂短歌」12月号)下書き 後藤瑞義 老い耄れの一票なれど気になりて朝告げ鶏の声を聞きたり 原 明男 (評)これは、いつの選挙のことかわかりません。一般的には10月22日の衆議院選挙を思い出します。わたしたちの静岡六区は、自民党の勝俣孝明候補と希望の党の渡辺周候補が接戦を演じました。当落の早い場合は、開票してまもなくに当選確実の報がテレビに流れておりました。そうした状況のなかで、なかなか当落が決まらない、やきもきしていると、鶏が鳴きだした、夜が明けだしたというのでしょう。 この歌は、「老い耄れの一票なれど」でいったん終止するのでしょう。続けて読みますと、年寄りの一票だから(頼りない一票だから)、気になって夜明けまで開票状況を見守っていたとなります。勿論、そんなことはありません、老若男女、誰の一票も、一票の値打ちに変りはないのですから。ですから「老い耄れの一票だけれども、わたしの一票は誰にも劣らぬ清い一票なのだ」といった思いを持ちつつ、その一票を投じた候補者の結果をじっと見守っていたのだと解釈したのです。 竹筒にほころびそめし白小菊香り豊かに匂う朝なり 鈴木菊江 (評)竹の一輪挿しのように想像しました。そこに白小菊を挿しておいたのでしょう。とある朝見ますと、一輪挿しの白小菊の蕾が咲き始めているのに気が付いたのでした。よい香りがして、すなわち「香り豊かに匂う」がそれです。朝からなにか良い事でも起こるような幸福な気持ちになったのではなかったでしょうか。百歳になる作者です。狭い世界に暮らしていることを嘆くこともある作者です、しかしこうした、ちょっとしたことに気の付くことに作者の生活の細やかさ、豊かさを感じるのです。 花屋てふ文化財なる古き宿幾度も湯に連れ立てゆく 黒田幸子 (評)長野県の別所温泉に花屋という旅館があるようです。大正6年創業といいますので、今年100周年となるのでしょうか。そのような、由緒ある旅館の様です。「花屋てふ文化財なる」がそれを物語っています。部屋にしろ庭園にしろ、たぶん見事なものだったと思います。しかし、作者は直接文化財について細かくは歌っていません。「幾度も湯に連れ立てゆく」とうたっています。伊豆と違って長野方面は寒い事も事実だと思います。文化財の旅館ですから、風呂もたいへんすばらしかったのでしょう。しかし、風呂がこれこれで良かったといった説明をするのではなく、「幾度も湯に連れ立てゆく」という表現がなんとも好感がもてました。旅の疲れ、いや大袈裟に言えば、人生の疲れを洗い流したような感じがしたのでした。 「ぶつかる前にとまるようになってます」小型の新車すすめるお男(ひと) 藤井美智子 (評)最近テレビでよく自動的に障害物を感知して止まる車を宣伝しています。作者も「ぶつかる前にとまるようになってます」と車の購入をセールスされたようです。ただそれだけの歌のように思うのですが、「お男(ひと)」ということばが妙に気になったのです。わたしは、作者がこのセールスマンになにか含むところがあるように感じたのです。確かにひつこく新車をすすめられたのかもしれません。確かに自動的に障害物を感知して止まってくれる車は安心です、ましてこれからの作者の年齢を考えればなおさらです。ただ、作者としてはそこに触れてもらいたくなかったのではないでしょうか。「ぶつかる前にとまる」というのも、「小型」という利点も作者にとっては、非常な魅力に違いないでしょう。言われなくとも作者もそれを十分認めていることでしょう。しかし、作者の気持ちを覗き込むようにしてすすめるセールスマンの言葉は作者にとって心外なことだったのではないでしょうか。それが、「お男(ひと)」というちょっと揶揄するような言葉となったのではないでしょうか。 足場組み天幕を張りて塗装工事毎日耐える軟禁状態 小池美恵子 (評)「足場組み」ですから、高い所たとえば二階なども工事するのでしょう。それは塗装工事ということです。「天幕を張りて」となっていますから、家をすっぽりシートなどで覆っているのでしょう。よって外の景色を見ることが出来ない状態でしょう。それに加えて塗装工事であれば、室内に塗料が入らないように、窓などをビニールなどで密封していることが想像できます。まさに、「毎日耐える軟禁状態」が実感として伝わってきます。作者は病を持ち最近なかなか外出が出来ないように聞いています。自宅に籠りがちな作者にとっての苦痛にはまだその上があったのです。つまり、現在の軟禁状態です。今まで外出できない不満を思っていたのですが、外の景色を見ることも出来ない、窓を密封されて息苦しい状態にくらべたらなんと天国だったのだろう、などと思ったかもしれません。 絵手紙は楽しくもあり苦もあるが無心の時がなによりの得 鈴木きみ (評)最近作者は絵手紙を習い始めたようです。他の作品によりますと、中学以来絵筆を持つのは初めてのようです。それでも絵手紙に何か引きつけられるものがあったのでしょう。やってみると、「楽しくもあり苦もあるが」と言っています。なかなかうまく書けないのは、やはり苦しいことなのでしょう。楽しくもありの方は、具体的には分かりませんが、友達ができたり、話相手が出来たりしたかもしれません。ただ作者にとっては、それよりも「無心のときがなによりの得」としています。絵手紙を書いているときは無心になれるようです。ここで「得」という言葉に注意が向きました。ここに作者の個性が表れているように感じたのです。作者は正直に「得」という言葉を使っています。「損得」勘定と絵手紙とを結び付けているところに作者の正直な気持ちが表れているようです。 挿し木した形見となりし花筏今夏初めて葉に実を乗せる 土屋文恵 (評)花筏を挿し木にした作者。その花筏は、九月六日に亡くなられた渡辺つぎさんから以前頂いたもののようです。「形見となりし花筏」がそれです。そして、今年の夏に初めて実を結んだというのも何か運命的なものさえ感じます。花筏は葉の上に花を咲かせ実をつけます。「葉に実を乗せる」がそれです。それにしましても、注目したのは、花が咲いたのではなく実をつけたことを詠んでいることです。百六歳で亡くなられた渡辺さん(作者は渡辺つぎ先生と表現しています)との縁を、作者は今後この花筏を通して繰り返し思い浮かべることでしょう。
2017.12.28
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12月28日(木) 後藤人徳(瑞義)25年2月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(2月の歌)の中より さよならと笑顔に言えば学童も笑顔に応え坂登りくる 白浜短歌会(2月の歌)の中より 流氷のごとき白雲かたまりていま落日に焼かれんとする
2017.12.28
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平成29年12月28日(木) 短歌集「日まはり」:三好達治(20) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(7) 春はやき 裸畑に 家鴨二羽 相伴ひて 畝を越えをり 金絲雀(カナリア)ら きほひ啼くかも 街角の 味噌賣る店の 春のひととき 韓國(からくに)の 翁は笊をつくりつつ かそかに洟を すすりけるかも(つづく)
2017.12.28
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編集より下書き(同人誌「賀茂短歌」12月号) 今年は公私共に色々なことがありました、文字通り激動の一年と言ってよろしいのではないかと思います。しかし、ここで一年を振り返えようとは思いません。ただ、わたしにとって短歌とは何なのだろうかという疑問に答えようと思ったのです。 若いころから短歌を作っていた妻との結婚は、わたしが短歌を作るに至った大きな要因の一つだと思います。しかしながら、十年余り妻が短歌を作っていることを知りませんでした。いや、知った後も無関心でした。十年の内には長男の死などもありましたが、それでもわたしが短歌を作ることはなかったのです。 命の危険をおかして妻が障害を持つ子を出産しました。産後の肥立ちも悪く寝たり起きたりの時期もありました。そんな時分でした、短歌でも作ってみようかと思ったのです。少しは妻の慰めになるだろうかと単身赴任の身で思ったのです。 ですから、障害を持って生まれた子供の存在がなかったならば、多分わたしは短歌を作ってなかったと思います。長男の死に遭いましても作らなかったわたしです。 妻の存在、障害をもった子供の存在、そしてわたし、この三者をしっかりと結びつけている強力な接着剤、短歌をわたしはそんな風に思うようになったのです。 もしわたしから短歌がなくなったなら、今それを思うとぞっとするのです。つまり、三者がばらばらになってしまいます。妻との結婚も、障害を持って生まれた子供もなんら意味のないものになってしまうように感じるのです。わたしの人生自体が音をたてて崩れ去るような不思議な恐怖感を持つようになったのです。 短歌にこだわり、短歌にしがみついているかぎり、常に妻を身近に感じ、障害を持って生まれた子供を大切な存在に思うことが出来るのです。短歌は私にとってはなくてはならない、絶対に失ってはならない大事なものとなっていると、そんな風に自覚するようになったのです。 短歌は、わたしが生きる上で、これから生きて行く上で決して手放してはならないもの、一番大事なものの一つなのだと思ったのです。短歌とは自分にとって何かの問題をこのようにわたしは結論づけたのです。 今年もすっかり押し詰まりました。どうぞ、良い年をお迎えください。来年もよろしくお願いし ます。
2017.12.27
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後藤早苗の短歌(63) (注)後藤早苗は私の妻である。結社誌「賀茂短歌」より転載 高見盛 (平成22年.12月) おどおどと冷凍食品を手にとりて便利よねえと婦人は笑う 防虫のネットで農薬使わずに育てた野菜ことさらおいしい 高見盛の勝ちをみとどけ夕食の支度始める心うきうき 職場での吾子の姿に普段見ぬ顔をみたりと夫は喜ぶ 苦労して作りしかかし捨てかねていまだ田んぼの中に落ち着く(つづく)
2017.12.27
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平成29年12月27日(水) 短歌集「日まはり」:三好達治(19) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(6) 一巻の 書(ふみ)をくはへし 女狐の 石の像にも 春の 雪つむ 砂黄なる 中洲の鼻にさざめける さざら波はも 潮の香淡し 春の日の うちならされし畝(うね)にゐる 百舌の振舞ひ 蟲はむらしも(つづく)
2017.12.27
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12月27日(水) 後藤人徳(瑞義)25年3月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(3月の歌)の中より はつらつと歩いているが前のめりしている姿ガラスに映る 白浜短歌会(3月の歌)の中より 枯れそうな梅の古木が限りある力尽くして花かかげおり
2017.12.27
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後藤早苗の短歌(62) (注)後藤早苗は私の妻(平成29年1月28日死亡享年69)です。 孫 (平成22年.11月) 一歳の祝いに買いたる電子ピアノ孫よろこびておどり始める 世界中一つの輪になり救出を見守りていたチリの落盤 暗やみの中で蠢く動物を思えば明日の夜明けがこわい 猛暑にて枯れたコンニャク畑より何とも不思議な花が咲いたり 旅行より帰りてみれば脱ぎすての服が待ちおりうつつに返る 空をとぶドクターヘリを見上げつつ一刻争う人等を思う(つづく)
2017.12.26
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12月26日(火) 後藤人徳(瑞義)25年4月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(4月の歌)の中より 長々と伸びしわが影石塀に受け止められて等身となる 白浜短歌会(4月の歌)の中より 陽を透かしうねれる波が砂粒を巻き込みながら崩れ落ちたり(つづく)
2017.12.26
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平成29年12月26日(火) 短歌集「日まはり」:三好達治(18) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(5) 昼餉する ころほひならし 舟大工 畑の畔(くろ)に 焚火してをり 石を研る 鑿の音冴ゆ 藍ふかき 遠山なみも 陽にかがよふや 春の雪 やがて消えつつ 森の樹の 木肌めでたく 濡れそぼちけり(つづき)
2017.12.26
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後藤早苗の短歌(61) (注)後藤早苗は私の妻です(平成29年1月28日死亡 享年69)。 なす (22.10) 朝取りて夕方来ればまたいくつ取りどきの茄子枝をしならす 鶏頭が咲きはじめたりテレビでは猛暑がつづくと言っているけど カボチャには猛暑が合うらし九月にもまだつぎつぎと花が咲きたり ドッスンと大きな音して栗が落つその存在を示すごとくに 里芋にたっぷり水やりこの秋の大豊作が目に浮かび来る(つづく)
2017.12.25
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平成29年12月25日(月) 短歌集「日まはり」:三好達治(17) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(4) ひなた来る 飴屋 無心に鉦うてり 干潟の家鴨 いろめきにけり 丸橋と 壁にしるせる 鍛冶屋あり 雨の軒に 目じろを飼へり 春のこし 水の香淡し とほき橋を 荷馬車のわたる 音のよろしも
2017.12.25
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12月25日(月) 後藤人徳(瑞義)25年5月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(5月の歌)の中より個人主義極りたるや轟音を立てて単車が連なりて行く 白浜短歌会(5月の歌)の中より田の苗を撫で来たる風心地よし汗かきし顔冷やしてくるる (つづく)
2017.12.25
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後藤早苗の短歌(60) (注)平成29年1月28日死亡、享年69。結社誌「賀茂短歌」より転載 もろこし (平成22年.9月) まだ少し取るには早いもろこしを子にせがまれて今朝の食事に 八月のお盆の頃が取りどきと蒔きたるもろこし野鳥のえさに たっぷりと水やりすれば猛暑日をおしのけるがに野菜が育つ 三十度越える猛暑に一日中部屋にこもりてテレビ見ている 母の日に子よりもらいしデジカメの出番は孫の帰宅の時に (つづく)
2017.12.24
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12月24日(日) 後藤人徳(瑞義)25年6月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(6月の歌)の中より 日をつつみ黄金となりて浮びおり亡き子に似たるひとひらの雲 白浜短歌会(6月の歌)の中より 父の日は何が良いかと母の日を終えしばかりの娘のメール (つづく)
2017.12.24
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平成29年12月24日(日) 短歌集「日まはり」:三好達治(16) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(3) 舟夫(かこ)のつま 艫(とも)に坐りて 櫛をとる 朝のけしきも 春めけるかな 荷を揚げし 船の胴間に 飼ひ兎 白きがひとつ 跳ねて遊べり 家鴨五羽 おなじ形に睡りたり ほとほと似たる 形を印して
2017.12.24
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後藤早苗の短歌(59) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 ジュース (22年・8月) 一人ではジュースを買いに行けぬ子がちょっと待っての声をすなおに 大切に百円玉をにぎりしめ二十七才吾子(あこ)ジュース買う 待ちにまち生(な)り始めたりナスキューリ大豊作で食べきれられず 手をかけて作りし野菜を猪に取られるくやしさ地団太を踏む 猪が今夜は来るなと祈りつつ布団に入れば姿浮かび来
2017.12.23
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12月23日(土) 後藤人徳(瑞義)25年7月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(7月の歌)の中より 幾筋も茜に染まる雲の帯やさしき人の思い出に似る 白浜短歌会(7月の歌)の中より 幾筋も茜に染まる雲の帯やさしき人の思い出に似る
2017.12.23
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平成29年12月23日(土) 短歌集「日まはり」:三好達治(15) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 星月夜(2) 橋の上に 楽書をして遊ぶ子ら 春をのせたる 馬車もくるらし 若菜もゆ 澱粉工場の うら庭に 鷄のたたかふ 晝もあはれや 出来島(できしま)と 呼ばふ島なり 乞食(かたゐ)住む 川中島に 春の 草萌ゆ(つづく)
2017.12.23
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鑑賞:歌集「悲しき玩具」(五十五)下書き 後藤人徳(瑞義) (注)歌の順序は歌集の順序によります。 いろいろの人の思わく はかりかねて、 今日もおとなしく暮らしたるかな。 「いろいろの人」、さしずめ会社なら上司、同僚、部下、業者などでしょうか。あるいは売店や食堂のおばさんかもしれません。そのいろいろの人の思わくとは、さてどんな思わくでしょうか。自分のことをどう思っているのだろうか、自分をどのようにしてほしいのだろうか、などなど、啄木でなくとも、「はかりかねて、」となるでしょう。 「思わく」がはっきりするまで、こちらからあれこれと先走るのはやめようと思うのは自然です。「今日もおとなしく暮らしたるかな。」は順当な対し方だと思います。 今、「いろいろの人」を会社関係に限定して、例示しました。しかし、この歌は「暮らしたるかな。」となっているところに注意しなければならないでしょう。 会社でのこと、仕事上のこと、その人間関係は確かに生きてゆくためには、重要なことですし、苦労の絶えない問題のひとつかもしれません。しかし、会社を離れれば、仕事を離れれば、逃げ道はありそうに思えます。もしそうだとすれば、「今日もおとなしく仕事をしたり」といった表現になるでしょう。しかし、この歌は「仕事」ではなく「暮らし」なのです。 「暮らし」とはどういうことでしょう。生活すること、生きてゆくこと、時間が過ぎてゆくこと、もちろん仕事もその一部でしょう。仕事なら逃げ道があるでしょうが、「暮らし」は四六時中のことで逃げ道はないでしょう。ですから、「暮らし」での「いろいろな人」は、両親かもしれないし、妻かも子供かも、親戚縁者、隣人、通行人かもしれません。勿論上記に例示した会社の人間関係も含まれるのです。そうです、誰も彼も含まれるのです。そこに、何か追い詰められたような啄木の思いをわたしは感じるのです。 「今日も」の「も」は、他の作品で言及しましたが、啄木の特徴で、短歌に時間を、期間を入れています。この作品も「も」によって、より重くなっていると思います。「昨日も、今日も、明日も」といった感じの「も」です。 「おとなしく」も意味深いことばです。胸の内を悟られまいとする防御の姿勢、自分のおもわくを悟られまいとすることでしょう。他人の思わくが分からないといいながら、自分の気持ちの方も押し殺しておとなしくして、他人に自分の思わくを悟られまいとしている、この啄木の哀しみを思うのです。 「人のおもわく」を気にする啄木、それは啄木自身がたいへん思わくのある人間であったのではないでしょうか。それが、ブーメランのように自分自身に返ってきて「人のおもわく」を気にするようになっているのではないでしょうか。そこが啄木の悲劇のようにわたしは感じるのです。 いろいろの人の思わく はかりかねて、 今日もおとなしく暮らしたるかな。
2017.12.22
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後藤早苗の短歌(58) (注)後藤早苗は私の妻です(平成29年1月死亡、享年69)。 結社誌「賀茂短歌」より転載 和尚 (平成22年.7月) 読経する和尚の指のしなやかさ目にやきつきてしばし眠れず 電話口に孫がアブとか言ったとう話す夫の笑顔がうれし 我に逢いあわてて蛇がにげていく蛇は私が怖いのらしい ビワの木にたわわに実が成り我ら夫婦野の鳥みんなうるおいている 子供らの育ちて今はひさびさのイルカのショウに我を忘れる (つづく)
2017.12.22
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平成29年12月22日(金) 短歌集「日まはり」:三好達治(14) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 神崎川附近(8) 星月夜 潮の落ちたる川べりの 舟はみな 泥(ひぢ)にかたむける見ゆ 霜の朝 みづのなかにて番ひてし 家鴨しづかに わかれけるかな 曳船の 音はかすかに はたはたと 森のあなたを 移りゆきけり(つづく)
2017.12.22
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12月22日(金) 後藤人徳(瑞義)25年8月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(8月の歌)の中より ささやかに笹飾りして施設より帰りたる子と星祭する 白浜短歌会(8月の歌)の中よりネット張り鳥に備うるブルーベリー今日は五粒の実を収穫す
2017.12.22
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(注)平成22年8月撮影 左より 妻(早苗)、私、孫(未羽) 後藤早苗の短歌(57)(注)結社誌「賀茂短歌」より転載(後藤早苗 平成29年1月28日死亡 享年69) デジタルカメラ (平成22年.6月)デジカメや携帯電話パソコンとどれもまともについてゆけないパソコンのメール習いし日もありし電話で事は足りるというにさびついた脳みそギシギシ働かせデジタルカメラの説明書読む朝の仕事一段落と茶を飲めば金魚がパクパク餌をまちおり透析に追われるように八年の月日流れる今日もまた行く夫とわれの口論は増え三十年住みたる家の改築始まる
2017.12.21
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12月21日(木) 後藤人徳(瑞義)25年9月の歌(伊豆新聞より)賀茂短歌会(9月の歌)の中より電柵を廻し防鳥ネット張る畑のスイカ蔓が枯れたり 白浜短歌会(9月の歌)の中より茹で蛸のように真赤に塗られいる日本列島明日(あした)も猛暑
2017.12.21
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平成29年12月21日(木)短歌集「日まはり」:三好達治(13)昭和九年六月二十五日:発行椎の木社:出版神崎川附近(7) 喘ぎこし月毛の馬は 睴(ひ)にむかひながながし尿(しと)を放ちそめたり 京菜などほうれん草などつみし舟夕べのみづに泊(は)ててうつれる たそがるる冬の沮洳地(しょじょち)の ものの秀(ほ)に鵙一羽ゐて尾羽根つくろふ
2017.12.21
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後藤早苗の短歌(56) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 なすの芽 (平成22年.5月) 真冬なみの寒さも時々やってくる今年の春もなすの芽は出た 竹薮にししの掘りたる筍の皮ちらばりて竹しなる音 草だらけのわが庭を見て友の言うこの間よりきれいになったと 言い方は静かなれども蓮舫さん話す内容以前と同じ ブロッコリーの花に群がる蜜蜂にも少しこのまま扱ぐのはよそう
2017.12.20
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後藤人徳入選歌(読売新聞「静岡版」より) 耳遠くなりたる母に声高に話せるわれは叱るにあらず (読売新聞静岡版 よみうり文芸 十二月二十日 入選 秋山佐和子 選) (評)年老いた母は耳が遠く、息子の自分が話すとき、自然と声が大きくなる。決して叱 りつけてはいないのだが。切ない母子の歌。共感する人も多いだろう。
2017.12.20
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後藤人徳(瑞義)25年10月の歌(伊豆新聞より)賀茂短歌会(10月の歌)の中より 紅葉にはまだ早けれど昏れ方の山に牡鹿の鳴く声のする 白浜短歌会(10月の歌)の中よりコスモスもススキも押さえ帰化植物泡立草がはびこりている
2017.12.20
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平成29年12月20日(水) 短歌集「日まはり」:三好達治(13) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 神崎川附近(6) 裏戸でて 蜜柑をむける女あり まがきの椿 莟(ふふ)みかたしも 槻の木に 大根ほせる 冬の家に ピアノのなるも そぞろなりけれ 晝の月 わがゆくりなくうかがひし 門のうちなる 葱畑かな
2017.12.20
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賀茂短歌・渡辺つぎさんを読む 同人誌編集発行人・後藤瑞義 下田市立野の渡辺つぎさんは、賀茂短歌会の同人で、1911(明治44)年3月生まれの現役歌人です。同人誌「賀茂短歌」(2015年10月号から16年9月号)の作品より昨年に続き一首ずつ選び鑑賞してみました。 施設にて日暮れはいつも淋しくてすこし早目にカーテンを引く (10月号より) (評)施設は、作者が月に数日ショートステイをする介護施設です。「施設にて」となっていますので、自宅ではあまり日暮れの淋しさを感じることがないのでしょう。ご家族と暮らしている安らぎがあるからなのでしょう。「すこし早目にカーテンを引く」と具体的に表現したことで、「淋しさ」に実感が伴うように思います。個室ですので、ご自分でカーテンを引くのです。百五歳になられる作者のこの自然な行動に感心するのです。 ショートステイより帰る度毎秋深みわれの余命も確実に減る (11月号より) (評) 介護施設の「ショートステイ」から自宅に帰り、ほっとしたとともに秋の深まりを感じたのでしょう。そして、季節のうつろいを自分自身の余命と関係づけたのでした。 私が注目したのは、「秋の深まり」を問題にしていることなのです。誰しも共通の秋のもの哀しさがあります。しかし、季節は秋が終りではなく、冬がまだあるのです。秋のもの哀しさを味わうのはまだ心に余裕がある証拠であり、精神的にはむしろ若さの表れではないでしょうか。 はなれ屋の出窓に並ぶ蘭の鉢に水やりながら問答をする (12月号より) (評)はなれ屋と母屋の距離は五十メートルくらいあると思います。作者は、そこまで歩いて行くわけです。はなれ屋にはガラス張りの出窓があり、蘭の鉢が六、七鉢並んでいます。それにヤカンで水を注ぐわけです。話し相手があまりおられないであろう作者は、「水やりながら問答をする」というのです。それにしましても、蘭に話しかけるだけでなく、「問答をする」というのが、すごいと思います。 体重が減るごと足が重くなる老衰というはあなふしぎなり (1月号より) (評)体重が増えると足も重くなり動きがにぶくなります。そのために減量をします。それが常識だと思うのですが、百五歳ともなるともはや通用しないのでしょうか。作者もそれに気が付いて驚いているのではないでしょうか。ああこれが老衰ということかとやっと気付いた、そんな感じです。それだけ作者は老いを意識してなかったともいえるかもしれません。「あなふしぎなり」と多少ユーモアも含めた表現で老の衰えを受け入れている作者に感動するのです。 くじけないくよくよしないくやまない百五歳の一歩順調に踏む (2月号より) (評)「くじけないくよくよしないくやまない」、「く」の繰り返しが心地よいリズムとなっています。一方、「標語」のような言葉でもあり、強すぎますと短歌としてはどうかという問題をはらみます。しかし、この歌は、「百五歳の一歩順調に踏む」が重要で、上の句は他人への標語的なメッセージではなく、自分自身に言い聞かせる言葉なのです。それでいて、読者にとっても「くじけないくよくよしないくやまない」という言葉が心に響くのです。 由緒ある下田の土地の一粒の砂となりたし百五歳われ (3月号より) (評)下田といえばまず黒船来航を思い浮かべます。それは日本を大変革した歴史的な大事件だったわけです。下田の土地に強力な引力のような不可思議な力が備わっていたのかどうかは分かりませんが、作者は下田の土地に愛着があるのでしょう。生まれ育った土地、父祖の土地への愛着かもしれません。そんな下田の土地の一粒の砂のようでもいい、一体化したいと願っているようです。それは、長寿を得るほど強くなったのでしょうか。 一寸先の光を求め深呼吸今日から春だ誕生日近し (4月号より) (評)政治家がよく「一寸先は闇」ということを言います。世の中の闇を光にかえるのが政治家の役割でもあるでしょうが、その政治家にして、この言葉です。 この歌は「一寸先の光」で先ほどの言葉とは正反対の表現となっています。誕生日間近の作者は、「光」、「一寸先の光」を求めて、深く息を吸うのです。闇のような冬が終わり、光あふれる春となり、百五歳の誕生日となるのです。一瞬一瞬を大事に生きている作者の姿が浮かびます。 末の子の五十回忌の今日たち日母百五歳と言いて香炷く (5月号より) (評)作者は今、息子さんの五十回忌の命日に、線香をあげています。「お前の五十回忌の法要を勤め上げるまでは、とがんばったら百五歳になってしまったよ」とでも言っているのでしょうか。作者が生きている限り息子さんとの思い出も生き続けます。息子さんの分まで長生きしなければと思っているのかもしれません。そうした母心を感じたのです。 規律よく配給を待つ被災者よ日本人たる誇り忘れず (6月号より) (評)ボランティアの炊き出しなどに整然と順番を待っている情景が目に浮びます。それは、作者によれば、日本人である誇りを忘れない行動なのだということなのです。「配給」という言葉が出て来ています。百五歳の作者の言葉として、戦時中の統制経済下の物不足の状況を連想するのです。そして、作者自身実際に規律よく配給を待った体験があるのだと思います。それは、日本人としての誇りを作者自身が持っていたためだと思っているのでしょう。 いつ来てもいいよいいよと思うまで命いただき神佛に謝す (7月号より) (評)「いつ来てもいいよ」というのは、「いつ死がきてもいいよ」ということなのでしょう。それを誰かに言うのではなく、作者自身がそのように自然に思うまで、長く命をいただいて、百五歳になったということでしょう。そして、それは神佛のおかげだと思っているのです。「い」の音の繰り返しによるリズム、死を深刻に歌うのではなく、むしろ軽やかに明るく歌うところが、渡辺さん流なのでしょう。 命綱どこまでたぐっていくのだろう百と五歳は腕力弱し (8月号より) (評)「命綱」とは、高い所へ登るときに万が一落ちたりした場合に身を守るため体に縛りつけておく綱。または、命の支えとして大事と頼む綱。この場合は後者の命の綱でしょう。命綱をたぐってゆくとは、生きて行くということのようです。「たぐること」すなわち生きることと考えますと、百五歳の作者です、「腕力弱し」が切実に感じます。もっと、もっと生きなさいと言われているのに応えている歌のようにも感じるのです。 未来という文字がわれより奪われてオリンピックも最後の観戦 (9月号より) (評)リオデジャネイロオリンピックを感慨深く観戦されたのではなかったでしょうか。次回は東京で開催されることになっています。当然東京でのオリンピックも観戦したいと思う心がおありなのではないでしょうか。その心を抑えるように作られたのが、この歌のように思われます。「未来」という文字は百五歳の自分からは、奪われていると言い、今回のオリンピックが最後のオリンピック観戦だと自分自身に言い聞かせているようです。「オリンピックも最後の観戦」の「も」が強く響きます。
2017.12.19
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12月19日(火) 後藤早苗の短歌(55) (注)後藤早苗は私の妻です(平成29年1月28日死亡)。 ウグイス (平成22年.4月) 津波とは無縁な土地に住みながらチリ沖地震に家に籠れる 農道にカゴいっぱいのふきのとうわれのためにと残しあるごと うみたての卵を笑顔で持ってくる夫の仕事は鶏の餌やり 還暦を過ぎてようやくウグイスと雀の見分けできるわれなり 朝ごとにウグイス来りてわれも夫も楽しく食事させてもらえる
2017.12.19
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平成29年12月19日(火) 短歌集「日まはり」:三好達治(12) 昭和九年六月二十五日:発行 椎の木社:出版 神崎川附近(5) 淡雪や うづのみづ兒の宮詣で うぶ衣のきぬの さやさやなるも 雪のふる 鎮守の宮の樟の木に ごむ風船の ゆれてかかれる 網干せり 腰蓑などもほしてあり 家鴨ひそかに 鳴きゐるところ
2017.12.19
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12月19日(火) 後藤人徳(瑞義)25年11月の歌(伊豆新聞より) 賀茂短歌会(11月の歌)の中より 施設への門を入るを拒む子よつらきは父のわれも同じぞ 白浜短歌会(11月の歌)の中より 施設より帰りたる子は硝子戸を開け網戸あけ雨を見ている
2017.12.19
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賀茂短歌・渡辺つぎさんを読む 同人誌編集発行人・後藤瑞義 下田市立野の渡辺つぎさんは、賀茂短歌会の同人で、1911(明治44)年3月生まれの現役歌人です。同人誌「賀茂短歌」(2016年10月号から17年6月号)の作品より昨年に続き一首か二首を選び鑑賞してみました。スタッフの箸がふれれば口を開け一人前を食べつくす老人 ( おい ) (十月号から) (評)養護施設にてショートスティをする作者、その折りに観察したことを歌にしたのでしょう。満百五歳の作者の衰えない好奇心に感心します。この歌は、作者自身のことではなくあくまでも他者を観察して作った歌です。「スタッフの箸がふれれば口を開け」は、一人では食事ができない人でしょう。スタッフが箸でおかずをつまんで口元にもっていって、そっと唇にふれるとそれが合図のように口を開けるのでしょう。そのような遅々とした食事風景、スタッフのご努力を感じます。そして、凄いと思いましたのは、一人で箸を持って食べることの出来ないような人であっても、「一人前を食べつくす」という言葉でした。「食欲が生きる力ですよ」と満百五歳の作者に言われているようにも感じたのです。 立ち座る動作に膝がもの申す百と五年も働いたからと (十一月号より) (評)立ったり、座ったりするたびに作者は「イタタ、イタタ」とか言うのではないでしょうか。それを「膝がもの申す」と膝を擬人化しているのです。「無理もないなあ、百と五年使い続けているんだから…」、「働いたから」は作者が働いたということよりも、膝が働いてくれたからということでしょう。それは、膝に対する労わりの心であり、感謝の心でもあるように思うのです。 一日一日追い込まれゆく道なれど何だ坂こんな坂と頑張っている(十二月号より) (評)あと三か月足らずで満百六歳の作者です。「一日一日追い込まれゆく道」、一日一日生きて行くということは、なにか追い込まれてゆくような気持になるということでしょうか。または、作者自身終着点のようなものを定めていて、それに向かって追い込まれて行くように感じるのでしょうか。そう思うと胸が痛くなります。生きて行くことを道を歩いて行くことにたとえています。そして、その道は平坦な道ではなく坂道のようです。ですから、「何だ坂こんな坂」といまだに頑張っているのだということでしょう。 いのちとは自分のものでもままならずまだ生きていた越年近し (一月号より) (評)「いのちとは自分のものでもままならず」、まさにその通りだと思います。生きたいと思ってもままならいのが人の世の定めでしょう。ただこの歌はそういった常識的なことをうたっているのではないのです。それは、次の「まだ生きていた」ということばです。作者が満百五歳で、もうじき百六歳になると聞けばうなづけるでしょう。結句「越年近し」に思いがこもります。また一つ歳を頂くんだといった思いです。その思いが、上の句に返って「いのちとは自分のものでもままならず」にエンドレスのようにつながってゆく感じがします。 かえりみれば長く短い一世なり精一杯に生きてきたから(二月号より) (評)百五歳の作者、三月で満百六歳になります。その作者の言葉「かえりみれば」は重く響きます。「長く短い一世なり」、確かに長い人生だったことでしょう。と同時に人間は今を生きるしかありません、この一瞬にしか生きられないのです。そんなことから短いという言葉が浮かんでくるように思います。下の句「精一杯に生きてきたから」、ご自分の百五年の人生をかえりみるとき、作者には長かったようでもあり短いようにも思える、しかしながら「精一杯に生きてきたから」、悔いはありません、そんな感慨を述べているようです。 仏壇に供え眺めるアマリリス直径二十二糎みごとに咲けり(三月号より) (評)まず、仏壇にアマリリスを供えたのでした。この歌はただ仏壇にアマリリスを供えたというのではなく、それを「眺める」としているところに特色を感じました。「直径二十二糎」と具体的な大きさが示されています、多分、作者が測ったのでしょう、百五歳の作者のそうした行動もすばらしいところです。その大きさが、ただ供えるだけではなく、眺めることに通じたのでしょう。作者は大きなアマリリスを供えると同時に、供えられた仏様の側に立ってびっくりして眺めているのかもしれません。 知恵袋満たんにして逝きたしと今日も歌詠む百五歳われ(三月号より)(評)これは、28年度の静岡県芸術祭に入選した作品五首の中の一首です。古来より死を旅にたとえてきました。「知恵袋を満たんにして」には、ガソリンを満たんにして旅立つイメージを受けます。「満たんにして逝きたし」、それは死後の旅路に備えているように思われます。そして、歌を詠むというのは知恵袋を満たんにするのに役立つと考えているように思われます。ですから、「今日も歌詠む」、百五歳になっても歌を詠んでいるのですと言っているようです。ともあれ、死後のために知恵袋を満たんにするという考え方、究極的な前向きな生き方に感動を覚えるのです。 百歳をめざしてぐんぐん登ったが百六歳は降るがままか(四月号より)(評)「百歳をめざしてぐんぐん登った」という言葉には、力強さ、若々しささえ感じます。読んでいまして勇気が湧きます。しかし百歳の頂を越して今百六歳の作者には、もはや降(くだ)るイメージしかないのでしょう。「降るがままか」とつぶやく作者、それは観念的に言っているのではなく、ずっしり体に感じる衰えのような、体感的なものなのでしょう。作者の作品を何十年と読んできまして、「降るがままか」というようなマイナス的な表現はあまり例がありませんでした。ただ、現在の作者の正直な思いなのでしょう。 ようやくにきびしき冬をくぐり抜け春日のひかりに老い肌ゆるむ(五月号より) (評)「くぐり抜け」に、ようやくきびしい冬が終った思いが伝わります。それは暦の上だけでなく、日差しが春のおだやかな光となったことが百六歳の作者に実感としてわかったようです。それが、「老い肌ゆるむ」に出ています。寒さがゆるむという表現はありますが、「老い肌ゆるむ」という表現に特色を感じました。 夢に逢う「まだ生きてたの」と故き友目をまるくする夜の訪れ(六月号より) (評)「夢に逢う」、誰とでしょうか。友、故( ふる)き友と夢で逢ったのです。作者は、百六歳になります。それで、友に夢で「まだ生きてたの」と言われたのです、それも驚いたように目を丸くして言われたのです。その友は、勿論すでに亡くなられているわけです、「旧 ( ふる )き友」でなく「故き友」と「故」の文字を用いています。結句の「夜の訪れ」になにかしら、悲哀のようなものが滲みます。また友が夢に現れて「まだ生きていたの」と言われるのではないだろうかと言った余韻を感じるのです。 百六年世の移ろいをしみじみと思いに浸る梅雨の夕暮れ (六月号より) (評)作者は、九月六日に永眠されました。この作品は、作者が公にした最後の作品だと思われます。いわば辞世の歌と言ってもよろしいかと思います。 「百六年世の移ろい」、明治、大正、昭和、平成と生き抜いた作者、その百六年の世の移ろいをしみじみと思い返したのでしょう。折しも梅雨の季節それも夕暮れ時でした。「思いに浸る」が、縁語的な意味合いもあり「梅雨」と響き合う感じがしました。「夕暮れ」もなにか作者の晩年を暗示しているようにも感じます。この歌の読み方としましては、「百六年世のうつろいをしみじみと」で一拍間を置いて、「思いに浸る梅雨の夕暮れ」と読み下( くだ)すとよいでしょう。文字通りしみじみと作者の思いが伝わってきます。ご冥福をお祈りいたします。
2017.12.18
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後藤早苗の短歌(54) (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 孫 (22.3) このぐらい大きくなったかと思いつつ離れ住む孫の服を買いたり 近年にめずらしいという豪雪を老いたる人がなつかしく言う 泣きどおし泣いた後には眠りたり百日祝う祈祷のあとに 若きらに𠮟られながら仕事する七十才ぐらいの鳶職がいる 物陰に一時停止を見張りおる警察官が猫に見えたり
2017.12.18
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平成29年12月18日(月) 短歌集「日まはり」:三好達治(11) 昭和九年六月二十五日:発行椎の木社:出版 神崎川附近(4) 地にありて 何はなけれど 人情の 濃やかなるに 泪はおつれ 百ばかり 枠に張りたる牛の革 ほせる廣場に 霰たばしる 曳船は ゆくらゆくらに上りくる その煙突の 注連飾りかな (つづく)
2017.12.18
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12月18日(月)後藤人徳(瑞義)25年12月の歌(伊豆新聞より)賀茂短歌会(12月の歌)の中より日本の歌は縦書き真直ぐに心に垂るる大瀧のごと 白浜短歌会(12月の歌)の中よりいっぱいに鋏を開き沢蟹が身構えながら道を横切る
2017.12.18
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白浜短歌会十二月歌評(十二月二十一日)下書き A子さん 新年を迎えていただく年の数最早我が身も九十二才 年数(としかず)は多くなりてもわが体歩く足取りヨチヨチ歩き 1. 作者は来年九十二歳になられるのですね。お元気です。それにしましても、新年を迎え一歳年を取ることを、「いただく年」と表現しているところが目に止りました。そう表現できるのは、生かされているといった感謝の念があるからではないでしょうか。来年もお体にお気をつけください。 2.「年数は多くなりても」という言葉に、若さを感じたのです。若さというよりも、言葉はちょっと悪いのですが、幼い気分を感じたのでした。幼い頃は、はやく大きくなりたい、十歳なら十五歳、十五歳なら二十歳に早くなりたいといった思いにかられるのではないでしょうか。そんな小さいときの気分があって、「年数はおおくなりても」といった思いが出たのではないかと推理したのです。それにしましても、「歩く足取りヨチヨチ歩き」と自分を第三者的に見ている所はやはり歌人の眼をお持ちです。 B子さん 今日の空心細さを写してるひとりぽっちの誕生月よ 折にふれ手にしたくなる本のある梶井の「檸檬」今夜はこれで いつだって梶井の「檸檬」新鮮で又読み返す秋の夜長に ふり向いて生きてゆくこともうやめよ 新春の風キミに伝えよ 1.上の句「今日の空心細さを写してる」、下の句「ひとりぼっちの誕生月よ」がひびきあっている感じがします。空がまるで作者自身の心を写しているように感じたのでしょう。それは、誕生月なのにご主人がいらっしゃらなく、ひとりぼっちといった気持なのでしょう。空がまるで自分の気持ちを写す鏡のように感じたところがなかなか良いと思いました。 2. 梶井基次郎という作家がおります。三十一歳で亡くなられた夭折の作家です。結核となり療養のために湯ヶ島に転地しました。色々な作家に影響を与え、川端康成もその一人でした。「檸檬」は彼の処女作でもあり完成度の高い短編小説として評価されています。その小説を作者は「折りにふれ手にしたくなる」と評価しています。「今夜はこれで」と、眠れない夜を読んで過ごすような感じがします。多分作者にとって、小説「檸檬」は、気持ちをリラックスさせるような効果があるのかもしれません。3. 作者は梶井基次郎の小説「檸檬」を大変気に入っているようです。それは、いつも読むたびに新鮮な感じがし、秋の夜長にはもってこいの作品なのでしょう。私自身「檸檬」を読んだ記憶がありますが、それほど心に残っていないのが残念に思います。確か、憂鬱な気持ちで散歩をしていた主人公が、果物屋でレモンを買って、気分がさわやかになるような内容だったと思うのです。それは、レモンの黄色い色のためであったり、独特の香しい匂いであったりが、主人公の気持ちを落ちつかせ、あるいはなにか冒険をしたいような気分にさせたのでした。そこで主人公は、本屋で爆弾でも置くようにレモンを重ねた本の上に置いてそっと店を抜け出したのでした。そんな筋だったように思います。4.新年詠は11月で締め切りになっていました。そこで、伊豆新聞に掛け合いまして、なんとか入れてもらいました。実は、11月の作品「キューバでもバクハツしてたストーンズは生きながらしてレジェンドとなる」を送ってあったのですが、急きょこの作品にしてもらいました。「新春の風」が新年詠らしく感じました。上の句の「ふり向いて生きてゆくこと」(過去)と、下の句の「新春」がひびきあっているように感じました。「キミに伝えよ」は、あるいは作者自分にも向けた言葉かもしれません。というより、わたしなど作品をまずは自分に受け止める習慣がありますので、自分自身に言われているようにも思ったのです。 C子さん クリスマス今年も出来た飾りつけサンタ今年もまっていますよ 庭先の蔦や松かさ柊木で手造りしたよクリスマスリース 1.作者は、クリスマスの飾りつけを御自身でおこなったようです。ご苦労されて、やっと出来上がったのでしょう、ついサンタクロースに「今年も待っていますよ、必ず来てくださいね」と呼びかけているようです。クリスマスを子供のようにわくわくして待っている感じが伝わります。 2.一首目との連作でしょう。クリスマスのために、作者は庭にある蔦や松かさなどで手造りの飾り物を作ったのでしょう。その満足感が伝わってきます。リースというのは、花・葉・枝・蔓(つる)などで作った輪飾りのことをいいます。 D子さん 恒例のデーサービスで運動会パン喰い競争のあとオヤツにいただく 寒い朝ひとりの膳はおみそ汁具を一ぱいにして身体温む 草も枯れ寂しき庭に冬の花?草かれんに咲きて心なごみぬ 1. 毎年行われるデイサービスの運動会、作者はパン喰い競争に参加したようです。そして得たパンをオヤツに食べたというのです。なにか、「おいしかった」という言葉が聞こえるようです。それは運動会に参加したこととそれによって得たパンにある種の満足感があるのではないでしょうか。 2. 寒い朝、一人暮らしの作者には一層寒く感じるでしょう。たくさんの具を入れて味噌汁を作った作者。その味噌汁を熱くしてかだを温めている作者の姿が浮かびます。 3. 冬ざれの庭に冬の花が寒さに耐えてかれんに咲いています。その姿に作者の心はなごんだのでしょう。それにしましても、冬の花「?草」、くずした文字で?のところが読めませんでした。それで、今一つ具体的なイメージが湧かなかったのは残念でした。追伸:?の文字は「桜」と判明しました。「桜草」の季節は4月頃と思っていましたので、ちょっとイメージが湧きませんでした。ただ桜草のピンクのじゅうたんを思い浮かべ、「心なごみぬ」を納得しました。 E子さん 寒き日に真赤な花を咲かせたる地味なる冬に灯(ともしび)照らす 冬空に力いっぱい赤き花真赤な太陽(ひざし)照らしたいのに 冬用のトイレマットに替えたればシャンシャンの毛に触れてる感じ 1.なんという花かはわかりませんが、寒い日に真赤に咲いているのです。「咲かせたる」は連体形で、文の途中ですと次の「地味なる冬」に続きます。つまり、「咲かせたる地味なる冬」となります。多分作者は、「咲かせたる」でいったん終止したいのだと思いますので、ここは「咲かせたり」とはっきり終止形にしたほうが良いでしょう。冬を「地味なる」としたところは特色があります。それで、真赤な花が華やかな感じがするのです。結句「冬にともしび照らす」は表現としては奇抜ではっとしますが、「冬にともしびともす」が普通の言い方でしょう。「冬のともしび照らす」ならよろしいと思います。参考:寒き日に真赤な花を咲かせたり地味なる冬にともしびともす 寒き日に真赤な花をさかせたり地味なる冬のともしび照らす 2.一首目と同じ状態を歌った歌です。「冬空に力いっぱい赤き花」、冬の空に向かって力いっぱい咲いている赤い花なのでしょう。「太陽」を「ひざし」とルビをふっています。「ひざし」は普通「陽射し、日差し」などと書き「日が照ること」をいいます、ですから「ひざし照らし」はどうでしょうか、「照らし照らし」と意味がダブっている感じがします。参考はわたしのイメージで作りました。参考:冬空に向かい真赤なボケの花光のほしき庭に咲きたり 3.すなおな歌いぶりでたいへん好感がもてます。「シャンシャン」と最近の話題を織り込んでいるのも良いと思います参考:冬用のトイレマットはシャンシャンの毛並みにそっと触れてる感じ F子さん 紅白の水引草が秋告ぐる住む人なしの隣家の庭に 図らずも米寿の坂を登り来てひと日ひと日を素直に生きよう 1.紅白の水引は祝いごとに用いると思うのですが、「秋を告ぐる」と少し寂しい感じがします。それは、住む人のない隣家の庭に咲いているのです。その祝いごとの水引と秋となる住む人のいない隣家とのアンマッチな感じが寂しさを増す効果があるようです。「秋告ぐる」は、「告げる」なら口語で終止形ですが、「告ぐる」は文語で連体形で「住む人なし」に続きます。ここで終止形にするのであれば、「秋を告ぐ」となります。 2.「図らずも」、作者としましてはまさかもう米寿になろうとは思ってもいなかったのでしょう。確かに「米寿」はひとつの到達点、頂(いただき)の感じがあります。作者にもその感慨がおありなのでしょう、それゆえに、「(これからは)ひと日ひと日を素直に生きよう」という思いが自然に湧いてきたのではないでしょうか。「大事に生きよう」とかでなく、「素直」という言葉が光るように感じました。 晩秋 原 明男 空き家の小窓に映る柿熟れて人知れず逝く秋を憶へり あの時の友の声かもこの荒磯振る竿先に移る季を追ふ 1.空き家があって、その家の小窓に熟れた柿の実が映っているのです。空き家の庭に柿の木があって、採る人のいない柿の実が熟れているのだと思います。柿の実は熟れては地面に落ちていることでしょう。それと同様に秋も人知れず冬に移っているのだなあ、そんな思いを歌っているようです。何か時の移ろいに深く感じ入っている作者のようです。「空き家」であり、「逝く秋」であり、作者の深い寂しさのようなものが伝わります。 2.「あの時の友の声かも」と言っています。そして、「この荒磯」とも言っています。今磯で釣りをしている作者、そしてふと昔友人と一緒にこの磯で釣りをしたことを思い出したのでしょう。「あの時の友」がそれでしょう、そして波の音にまじって、友の「釣れた!」とか、喜んだ声とかが幻のように聞こえたのかもしれません。「移る季を追ふ」という言葉が気になりました。あるいはその友がすでに亡くなられているのではないかとそんな気がしたのです。
2017.12.17
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左より妻、私、孫(未羽)平成22年8月撮影 妻は、平成29年1月28日永眠しました。 (注)結社誌「賀茂短歌」より転載 初節句 (22.2) 雛買うと天城路こえて三島までなんと楽しき車の旅よ 初節句迎える人らはしゃぎおり雛売る人の満面の笑み 初節句祝うと息子訪ねれば穴のあいたる靴下履きおり 一人居の翁の飼いたる三毛猫が翁の帰り待ってる夕べ 友達に鍋ふるまうからと人参と白菜送れと娘(こ)よりのメール(つづく)
2017.12.17
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