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6月30日(火)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成29年8月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満百歳の短歌です。やまゆり ほととぎすさわやかなこゑ「ココ」と啼くわれも行きたやこえする方へ 涼風が庭面を過ぎて花ゆれて何事もなき一月前は みそ萩の涼しくゆるるくれないのこの花手向くる身を嘆きつつ 泡粒をやさしく抱く濃むらさき山あじさいは涼やかに咲く 猪の忘れものなる山百合がつつじの間に顔を出したり 歌評:後藤瑞義みそ萩の涼しくゆるるくれないのこの花手向くる身を嘆きつつ (評)みそ萩は盆花として知られています。「涼しくゆるる」「くれない」「手向くる」「身を嘆きつつ」、言葉がなかなか複雑にからまっている感じがしました。それは、ご長男の死去という事実によって、統一されるようです。作者は、まさに「この花を手向くる身を嘆きつつ」という心境でしょう。ご察しします。
2020.06.30
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6月30日(火) 第二十回角川短歌(166) 受賞作品「テクノクラットのなかに」鵜飼康東(5)Ⅵ一着の青き背広がつるされてわが部屋壁に日のかげながし熱いでて風吹く午後に臥しをれば旅遠く来しごとき街音わが部屋の北の林に風すさぶあをき空より降る無尽葉乾ききりしごとき青空ふりしきる裸の落葉冬の日の午後風の吹くゆふくれがたに帰り来て吾にまつはるものらを払ふこもり居てもの書く一日(ひとひ)筆圧の強きわが手のしきりに痛む卓上の灯のうすらぎて窓外の空気したたるごとき夜明けぞ(つづく)
2020.06.30
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6月30日(火)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(40)吉野宮・天皇たちの心の磁場(1)み吉野と詠われた土地(1)音(おと)に聞(き)き 目(め)にはいまだ見(み)ぬ 吉(よし)野川(のがわ) 六田(むつた)の淀(よど)を 今日(けふ)見(み)つるかも(巻七・一一○五)作者不詳―うわさに聞いてまだこの目で見たことのなかった六田の淀を今日こそは見たことである。―(つづく)
2020.06.30
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6月30日(火)古泉千樫歌集(139)中公文庫:日本の詩6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(63) 昭和二年(5)病牀春光録(2) 三月十一日、起きて家の中を歩くえんがはにわが立ち見れば三月の光あかるく木木ぞうごける麻布(あざぶ)台(だい)とほき木立(こだち)のあたりにはつばさ光りて鳶(とび)の翔(かけ)れる春日てる前の通りのしめり道あゆみ行く人の影のさやけく病より起きしかば春のまひるの土に身をする鶏(とり)を見にけり(つづく)
2020.06.30
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6月30(火) 岩波文庫:佐佐木信綱校新古今集(692) 新古今和歌集巻第十五(29)戀歌五(29) 崇徳院に百首歌奉りける時、戀の歌 皇太后宮大夫俊成千三百九十三 思ひわび見し面影はさておきて戀せざりけむをりぞこひしき 題しらず 相 模千三百九十四 流れ出でむうき名にしばし淀むかな求めぬ袖の淵はあれども(つづく)
2020.06.30
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6月30日(火) 昭和萬葉集(巻十)(232)(昭和二十七年~二十九年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(6) 仕事の歌(6) ニコヨン・土工(2) 五島武雄アブレ手当百四十円とる日雇ら雨の舗装路二里歩き来し伊藤文学仕事終へし日雇人夫の女たち後ろ向きになりて身づくろひせり江村峯代日雇の母とのくらし話す子の瞳素直に濡れてくるなり斎藤 栄妻と子に遠くさかりて土工われ汗垂らしつつ今日も土掘る(つづく)
2020.06.30
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6月30日(月) 一遍上人語録(185)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(104)門人伝説(104)九十二 又云、「或ハ、福慧双(ならべ)ベテ障(さわり)ヲ除クト教ユ」といふは真言(しんごん)なり。「或ハ、禅念坐シテ思量セヨト教ユ」といふは宗門なり。静遍(じようへん)の続選択(ぞくせんちやく)にかくのごとくあてたり。「念仏シテ西方ニ往クニ過ルハ無シ」といふは、諸教に念仏はすぐれたりといふなり。他力不思議の故なり。(注)静遍:京都禅林寺に住した僧。
2020.06.30
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6月30日(火)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 大正二年より信仰の信仰わたしは神様を信じまた信仰を信じます。わたしは神様に対して信仰がいかに力強いものかを信じます。わたしはわたしの信仰をもって神様にお願いする祈りは必ず聞かれると信じます。たとえ聞かれないように見える時も、決して聞かれないことはないと信じています。わたしは神様を信じるにあたって、神様の印とか異能とかを必要としません。神様に必ず聴かれるわたしの祈りは、奇蹟などを必要としません。わたしは常に神様を信じています、神様の愛を信じています。愛に溢れる神様が、わたしの信仰にもとずく祈りを斥(しりぞ)けるはずはないと堅く信じています。
2020.06.30
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短歌鑑賞歌集「悲しき玩具」(八十七)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 そんならば生命が欲しくないのかと、医者に言われて、だまりし心! よく分かる歌です。 啄木は、酒はあまり飲まなかったし、好きではなかったように思いました。「今日もまた酒のめるかな!/酒のめば/胸のむかつく癖を知りつつ。/」などの歌があります。酒よりもむしろ煙草の方が好きだったのではないでしょうか。これはあくまでわたしの想像ですが…。「うつとりと/本の挿絵に眺め入り。/煙草の煙吹きかけてみる。」といった歌があります。 医師から不摂生をたしなめられたのでしょう。たとえば、「煙草は止めた方が良いですよ。」とか、一方啄木は「煙草をやめたら短歌のインスピレーションが湧きませんよ」などと抗弁したとします。すると医師はすかさず「そんならば命が欲しくないのですか」と叱責をする。そんな光景が目に浮びます。 医師に強く言われて、とたんにしょぼんとしてしまった啄木を想像します。一番痛いところを突かれた感じです。「だまりし心!」がそれを端的に表現しているように思いました。心底から「そうだなあ」と納得した啄木でしょう。それが、「だまりし心!」ということだと思います。 この作品のひとつ前の作品「重い荷を下ろしたやうな、/気持なりき、/この寝台の上に来ていねしとき。」を過去の回想として鑑賞しました。「あの初めてこの寝台の上に来て寝たときは、重い荷を下ろしたような気持ちになったなあ…。」といった感じです。それは、助動詞「き」であり、その連体形の「し」によってそのように解釈したのでした。この歌も、「だまりし心!」と過去の回想の助動詞「き」の連体形「し」が使われています。「医師に言われたあの時は、こころの底から、反省したなあ…。」(しかし結局は、医師の忠告に従わず、こんな寝たっきりの状態になってしまった…)そのような含みをこの歌に感じるのです。 晩年の啄木は病院に行くどころか、薬代にも事欠く生活だったようです。借金、原稿料の前借り、友人達からの義捐金などによってやっと生活をしていたようでした…。 そんならば生命が欲しくないのかと、医者に言われて、だまりし心!
2020.06.29
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6月29日(月)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成29年9月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの百歳と一か月の短歌です。災害 いきいきと紫紺の茄子を喜びし嫁ごの吐息鹿なせるわざ 水やれば風船かずら嬉しそう蔓ゆらゆらと水したたらす 耳すませば呼び合ふこえのやさしさよこちらが啼けばあちらが答ふ あら草も虫の声生みそよ風の涼しかりけりころびて気づく 土砂崩れ家まで失う九州の人々の苦難ひたに思いぬ 歌評:後藤瑞義あら草も虫の声生みそよ風の涼しかりけりころびて気づく(評)「ころびて気づく」、この発見がこの一首を作ったのでしょう。やはり、短歌は発見が大切です。マイナスをプラスに変える作者の心がすばらしいと思いました。もしころばなかったら、あら草と虫の声はばらばらの関係のないものであったでしょう。またあら草の葉先をかすかにゆするそよ風の涼しさも発見できなかったでしょう。それにしましても、ころばないようくれぐれもお気を付けください。
2020.06.29
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6月29日(月) 第二十回角川短歌賞(165) 受賞作品「テクノクラットのなかに」鵜飼康東(4)Ⅴ十一月尽の寒き路上に銀杏の葉吹きよせられし上をわがゆく秋すぎてつめたき雨のふるゆふべ身ぬちにみてるひもじさ清々し飾窓(ウインド)のひかりまぶしき坂ありて愉(たの)しきことをわが思ひゆくあめの夜(よ)の灯の反映にゆらぎゐる駅坑内のレール幾条たえまなく発着しゐる自動車を持ちて人らは柔順に立つ(つづく)
2020.06.29
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6月29日(月)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(39)奈良朝の天皇たち(10)淳仁天皇天平宝字元年7(757)宮中で宴会が催された時、淳仁天皇は皇太子の身分で列席し(即位の前年)作った歌:天地(あめつち)を 照(て)らす日月(ひつき)の 極(きは)みなく あるべきものを 何(なに)をか思(おも)はむ(巻十九・四二六八)孝謙天皇―日月の限りがないよう天皇のお命も万歳であるはずであるのに何の屈託があろうか。―
2020.06.29
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6月29日(月) 古泉千樫歌集(138)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(67)昭和二年(4)病牀春光録(1)三月六日、留吉、徳寿、長治郎相次て来るあざやけき春の日和(ひより)なり枕(まくら)べに訪(と)ひ来る人らみな汗ばめり青山どほり歩き来しとてすがやかに汗ふく人を見るがともしさ室の障子あけてもらひて春日さす高き梢(こずゑ)をわれは見にけり牀(とこ)の上に吾れ起きてあらむ三月のま昼の風の吹き入るものを (つづく)
2020.06.29
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6月29日(月)新古今集(690) 岩波文庫:佐佐木信綱訂新古今和歌集第十五(28)戀歌五(28) 戀歌とて 式子内親王千三百九十一 はかなくぞ知らぬ命を歎きこしわがかね言のかかりける世に 辨千三百九十二 過ぎにける世々の契も忘られで厭ふ憂き身の果ぞはかなき (つづく)
2020.06.29
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6月29日(月) 昭和萬葉集(巻十)(220)(昭和二十七年~二十九年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(5)仕事の歌(5)ニコヨン・土工(1) 平 香梅ニコヨンの日々のくらしの苦しくて外国兵舎の白さ眼にしむ青倉人士番号で呼ばれて、お前も、俺も 日雇人夫よ トロ押しあるく板原豊三日雇にあぶれし女等かたまりて帰りゆく姿吾はみまもる関 静江渋紙の色の如くに日焼けして離職せし父日雇に行く斎藤 茂日曜も働かねばならぬか日雇われ百七十円の日給なれば (つづく)
2020.06.29
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6月29日(月)一遍上人語録(188)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(107)門人伝説(107)九十 又云、菩提心論にいはく、「彼ノ岸ニ筏ニ達スレバ遇テ法已(すで)ニ捨ツ応シ」と。極楽も、指方位相(しほうりつそう)の分は、法已応捨の分なるべし。(注)菩提心論:竜樹の著で、具名は「金剛頂瑜伽中発阿耨多羅三藐三菩提心論」。真言宗では竜樹造、唐不空訳、天台宗では不空の所集とする。指方位相:方を指し相をたつるの意。西方の一方を指示して、専ら極楽浄土および阿弥陀仏を観念するをいう。法已応捨:月を指し示す指の譬で、月の所在がわかれば指はいらない。この迷いの世界を離れて、極楽浄土に往生すれば、指方位相の方便は必要としない。浄土を説くのは、しばらく涅槃の彼岸に到着するまでのことであり、到達してしまえば方便の法はまさに捨つべきであるという意。
2020.06.29
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6月29日(月)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 大正二年よりクリスチャンは誰かクリスチャンは思想することによって生きる人ではありません。クリスチャンは実際に行うことにより生きる人、それとも違います。それでは、クリスチャンとは何かと言えば、聖霊によって生きる人のことです。聖霊によって神様の智慧と大いなる力を実際に感知し会得出来る人のことです。繰り返しますと、詩人や哲学者のように思想の人ではなく、そうかといって商人や実業家のような実行するだけの人でもありません。クリスチャンは聖霊によって神様の深いみ心を感知し、聖霊に促されて神様の大いなる力を発揮する人です。まさにキリストのように、自らの死によって神様としての力を発揮する人です。
2020.06.29
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6月28日(日) 古泉千樫歌集(137)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(61)昭和二年(3) 病床懐郷賦まぐさ刈る長狭(ながさ)細野(ほその)の草山のぼさのかげにて木苺(きいちご)食(た)うべしひぶがしの長狭細野の伝右衛門(でんゑむ)の古き厩(うまや)に牛も馬もなしわが齢(よはい)十五にならばよき馬を家に飼はむといひにし父はも蜜柑畑(みかんばた)の雑草がなかにこんにやくいも茎ほそぼそと立てるさびしさ牛馬(ぎうば)居らぬ大き厩(うまや)の片すみに豚の子ひとつ飼ひにけるかも稾(わら)しぶにふかくもぐれり豚の子の一匹にしてさびしかるらし(つづく)
2020.06.28
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6月28日(日)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成29年10月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの百歳と二か月の短歌です。 追悼 賀茂短歌こよなく愛せし師の君のみ魂は輝く大空の星 握る手の何とぬくきよその面のおだやかなりしよ短歌会の日は 手垢のついた歌は詠むなと常云いし言の葉貴し耳に残れる幾とせを歌会の席心よくあたためくれしご恩忘れまじ 随筆集歌集あまたのたからもの百六年の貴きご生涯歌評:後藤瑞義随筆集歌集あまたのたからもの百六歳の貴きご生涯鈴木菊江(評)この歌も渡辺つぎさんへの挽歌です。渡辺さんは六十歳で随筆を学び、日本随筆家協会賞を受賞しており、随筆集も何冊か出版されています。短歌は七十二歳でわたしたちの賀茂短歌会に入会され、歌集も何冊か出版しています。「随筆集歌集あまたのたからもの」は、そのへんのことを歌っているのでしょう。そして、その随筆集なり歌集を開きますと渡辺つぎさんの百六歳の貴きご生涯が詰まっているように思えたのでしょう。「たからもの」という言葉には、渡辺つぎさんが百三歳のとき出版された歌集、「一日一日(ひとひひとひ)はたからもの」が頭にあったのかもしれません。
2020.06.28
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令和二年春短歌コンクール(NHK学園)佳作 静岡県 後藤瑞義朝なさな梅干うまし逝きてはや三年経たる妻漬けしもの(自注)毎朝妻の漬けた梅干しを食べています。もう亡くなって三年が経ちました。
2020.06.28
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6月28日(日) 第二十回角川短歌賞(164) 受賞作品「テクノクラットのなかに」鵜飼康東(3)Ⅳ黄ばみたる吾の中学受験票が古き鞄の底より出づる変動を待ちてひたすら学びこし十三年といまこそ言はめ絶望的管理社会の競争といへどひたすら吾は勝ちたし不遇のはて父老いたりと思ふときわが耐へがたし父に似たるはRevolution of 1868,とチェンバレン日本百科は単純に記す(つづく)
2020.06.28
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6月28日(日)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(38)奈良朝の天皇たち(9)孝謙天皇(2)この里(さと)は 継(つ)ぎて霜(しも)や置(お)く 夏(なつ)の野(の)に 我(わ)が見(み)し草(くさ)は もみちたりけり(巻十九・四二六八)孝謙天皇―この里は続いて霜が置くのでしょうか。夏の野で私が見た草はもう色づいていますよ。―(つづく)
2020.06.28
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6月28日(日)新古今集(693) 佐佐木信綱校訂新古今集巻第十五(27)戀歌(27) 題しらず 定家朝臣千三百八十九 かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞたつ 和歌所の歌合に、不逢遇戀のこころを 皇太后宮大夫俊成女千三百九十 夢ぞとよ見し契りしも忘れずながらうつつならねば (つづく)
2020.06.28
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6月28日(日) 昭和萬葉集(巻十)(224)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社行(昭和55年) Ⅳ(4)仕事の歌(4)炭坑で(4)吉良年雄身をさけて発破待ちゐる坑道にこほろぎの声しばらく続く板橋昭男発破やみてふたたびもどるしづけさに岩にひびきて水滴(た)るきこゆ本多貞男両側気胸に辛くも耐へてつとむるに二番方勤務せよなど言はないでくれ望月真三郎硬直をはじめし顔のいたく寂ししきりに円光のうつろふ中に円光の中にしづまるなきがらにこまかき炭塵がふりかかりゐる岡崎正之爆死体抱へて立てば護り札襤褸となりし坑衣より落つ(つづく)
2020.06.28
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6月28日(日)一遍上人語録(183)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(102)門人伝説(102)八十九 又云、夢と現(うつつ)とを夢に見たり。〈弘安十一年正月廿一日夜の御夢なり〉種々に変化(へんげ)して遊行(ゆぎょう)するぞと思ひたるは、夢にて有(あり)けり。覚(さめ)て見れば、少しもこの道場をばはたらかず、不動なるは本分なりと思ひたれば、これも又夢也(またゆめなり)けり。此事、夢も現も共に夢なり。当世の人の悟(さとり)ありと、ののしりわめくはこの分なり。まさしく生死(しょうじ)の夢覚(さめ)ざれば、此悟は夢なるべし。実(まこと)に生死の夢をさまさんずる事は、たゞ南無阿弥陀仏なり。(注)遊行:修行者が諸国をめぐり歩き、法を弘めること。道場:本尊をまつり、法問し、修行する所。
2020.06.28
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6月28日(日)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 大正二年よりわれの拠りどころ神様はわたしに財貨を下さらなかったかもしれません。神様はわたしに権力を下さらなかったかもしれません。神様はわたしに学術と芸術に秀でた才能を下さらなかったかもしれません。神様はわたしに美しい風貌と巧みな話し方の出来る才能を下さらなかったかもしれません。神様はわたしに高い道徳の人間と清潔な行動の出来る人間になさらなかったかもしれません。しかし、神様はわたしにただひとつ信仰を与えてくださったと信じています。神様におすがりする信仰をわたしに与えて下さったと信じています。そして、それが神様がわたしに対して為すことの出来る最高のことだと信じています。ですから、わたしは貧しさなどなんともありません、わたしは心の弱い人間であることもなんとも思いません。知識の少なく無芸なこともなんとも思いません。不徳なこともあり、清くないことも気にしておりません。信仰だけが唯一わたしが神様から与えられた恩恵であると信じ、その信仰を一生守り抜いて生きてゆこうと思うのです。
2020.06.28
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6月27日(土)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成29年11月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの百歳と三か月の短歌です。足音 夕つかた精いっぱいにひぐらしのこえに合わせてすだく虫の音(ね) 地をたたく豪雨つんざくサイレンの音けたたまし九月二十八日やわらかき木漏れ陽抱き千両はうす紅色に色づき初めぬ秋さびて花なき庭にわれもこう小粒花粒夕映えているむくげ咲き百日紅のゆれているこの庭歩みし子の足の音歌評:後藤瑞義むくげ咲き百日紅のゆれているこの庭歩みし子の足の音 (評)「むくげ咲き百日紅のゆれている」まさに、夏真っ盛りの感じがします。生命の滾(たぎ)ちみたいなものを感じます。そうした活気のある庭を、活動的に歩いていた息子さんの足音が今年は聞こえない。「歩みし」の「し」、過去回想の助動詞「き」の連体形、「この庭を歩んでいたなあ」と言った感じでしょう、この「し」がよく効いていると思いました。今年御子息を亡くされた作者です。しみじみとした思いが伝わって来ます。(つづく)
2020.06.27
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6月27日(土) 第二十回角川短歌賞(163) 受賞作品「テクノクラットのなかに」鵜飼康東(2)夏木々のしげれる森の暗黒に突き刺すごとく孤独はきたるしんかんとしたる晩夏の運河にて廃油かがやくこの午後の時Ⅱ京都大学に入りてまもなく自殺せし友が写真に笑ひて居たり自殺せし京大生七十九人そのおほよそは長男といふⅢ冷えびえと空にしづまる細き雲かなたにきよき夕茜たつあをじろく靄のたちくるゆふぐれに台地の暗き森をよぎりぬはるかなる星にも風の吹けるかとおもへば夜の心なぎゆく (つづく)
2020.06.27
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6月27日(土)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(37)奈良朝の天皇たち(8)孝謙天皇(1)聖武天皇のあとを継いだ皇女。聖武天皇の皇子が相次いで亡くなったため最後の後継者として天皇になった。遣唐使に贈った歌:そらみつ 大和(やまと)の国(くに)は 水(みづ)の上(うえ)は 土(つち)行(ゆ)くごとく 船(ふね)の上(うへ)は床(とこ)に居(を)るごと 大神(おほかみ)の 斎(いは)へる国(くに)そ 四(よ)つの船(ふね) 船(ふね)のへ並(なら)べ平(たひら)けく 早渡(はやわた)り来(き)て 返(かへ)り言(こと) 申(まを)さむ日(ひ)に 相飲(あひの)まむ酒(き)そ この豊御酒(とよみき)は(巻十九・四二六四)孝謙天皇反歌四(よ)つの船(ふね) 早(はや)かへり来(こ)と 白香着(しらかつ)け 我(わ)が裳(も)の裾(すそ)に いはひて待(ま)たむ(巻十九・四二六五)孝謙天皇―四隻の船よ早く帰って来いと、わが裳の裾に白香をつけ、身をつつしんで待っていましょう。―
2020.06.27
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6月27日(土)古泉千樫歌集(136)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(60)昭和二年(2) 病床雑詠ものいへばわれは咳(せ)くなりをさな子の吾児(あこ)が呼ぶにもいらへかねつもほがらかにをさなき吾児が笑ふなべ笑はむとすれば咳(せき)いでむとす冬の夜はまよなかならむ目ざむればやがて咳いでてとどまらなくにたづれ来む人たれならむわが室に深くさしたる冬の日のかげ (つづく)
2020.06.27
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6月27日(土) 新古今集(688) 岩波文庫:佐佐木信綱校訂新古今和歌集巻第十五(26) 戀歌五(26) 題しらず 藤原基俊 千三百八十七 床(ゆか)近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ 千五百番歌合に 皇太后宮丈夫俊成千三百八十八 あはれなりうたたねにのみ見し夢の長き思にむすぼほれなむ (つづく)
2020.06.27
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6月27日(土)昭和萬葉集(巻十)(232)昭和二十七年~二十九年作品 ) 講談社発行(昭和55年) Ⅳ(3)仕事の歌(3)炭坑で高木比左吉切羽深く炭木に残れるひとくれの雪ほほばりて炭かきおろす箱崎高義廃坑の温気に生えし黴(かび)の花キャップランプに青白く光(て)る前山礼次地下水の落下激しき坑底に安全燈の火を守り立つ井川秀雄息のみて地圧みまもるたまゆらを支へし梁の錆こぼれ落つ森岡奈良市幽暗の坑内にも春は来るらし涸れいし窪に水たまり来ぬ (つづく)
2020.06.27
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6月27日(土)一遍上人語録(182)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(101)門人伝説(101) 八十八 又云、「彼仏今現在世成仏、当知、本誓重願不虚《かの仏、いま現に世にましまして成仏したまへり。まさに知るべし本誓の重願虚(むな)しからず》」といへる。「重願」といふは、かさねたる願とようなり。おもきとは読(よむ)べからず。「彼仏今現在世成仏当知本誓」といふは、四十八願なり。「重願不虚」といふは、かさねたる念仏往生の願なり。「一一願言《一々に願じて言(いわく)く》と釈するも此意(このこころ)なり。(つづく)
2020.06.27
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6月27日(土)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治三十三年よりわれの祈願神様、わたしに金銭をお与えくださらなくとも結構です。神様、わたしに名誉や地位をお与えなくとも結構です。神様、ただ一つわたしに霊感をお与えください。宇宙の全てが神様と同一体と思えるような、またすでに神様はこの世においでになっていて、永久不滅の存在であることを感じることの出来るような霊感をわたしにお与えください。
2020.06.27
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6月26日(金)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成29年12月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの百歳と四か月の短歌です。白小菊 今日も又寒さ身にしむ秋霧に草むらの虫遠ざかりゆく秋さびて秋明菊の残り花白き花びら一枝挿しぬ秋晴れの空を仰ぎぬ涼風にコスモスゆれて庭のうたごえ台風一過木木洗われて清すがと凡て露けく玉と光れる竹筒にほころびそめし白小菊香り豊かに匂う朝なり歌評:後藤瑞義竹筒にほころびそめし白小菊香り豊かに匂う朝なり (評)竹の一輪挿しのように想像しました。そこに白小菊を挿しておいたのでしょう。とある朝見ますと、一輪挿しの白小菊の蕾が咲き始めているのに気が付いたのでした。よい香りがして、すなわち「香り豊かに匂う」がそれです。朝からなにか良い事でも起こるような幸福な気持ちになったのではなかったでしょうか。百歳になる作者です。狭い世界に暮らしていることを嘆くこともある作者です、しかしこうした、ちょっとしたことに気の付くことに作者の生活の細やかさ、豊かさを感じるのです。
2020.06.26
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6月26日(金) 第二十回角川短歌賞(162) 受賞作品「テクノクラットのなかに」鵜飼康東(1)Ⅰ日の落ちていまだあかるき夕暮のかかる暇(いとま)に啓示はくだる石もちて聖者を打ちし群衆のなかにタルソのパウロも居たり神のため人死ぬといふ逆説にしたがひし日本二十六聖人ねばねばと霧のまつはる夜の坂肌ひえをりてわが肉厚しいま誰に向けんともなき残虐の心いだきて街に降りゆく(つづく)
2020.06.26
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6月26日(金)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(36)奈良朝の天皇たち(7)聖武天皇(3) 長月(ながつき)の その初雁(はつかり)の 使(つかひ)にも 思(おも)ふ心(こころ)は 聞(きこ)え来(こ)ぬかも(巻八・一六一四)桜井王これに対して大野(おほの)浦(うら)の その長浜(ながはま)に 寄(よ)する波(なみ) 寛(ゆた)けく君(きみ)を 思(おも)ふこの頃(ころ)(巻八・一六一五)聖武天皇―(あんたのいる)大野浦の、その長い海岸に寄せてくる波のように、ゆったりとおおらかな気持ちであなたを思っている、そんなこの頃だ。(つづく)
2020.06.26
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6月26日(金)古泉千樫歌集(135) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(59) 昭和二年(1) 村の道ふるさとの妹(いもうと)の子がけふこよひ嫁(とつ)ぐといへばわれは来にけりおり立ちて家のまはりをわれは見つ垣根の桃は咲きそめにけりよそほひのなりて出で立つわが姪(めい)をよき嫁なりとわれは思ふも宵(よひ)ながら道にいで立ち村人ら嫁をし見るらし提灯(ともしび)のかげにおぼろ夜の村の長みち嫁入のむれにまじりてわが歩みゆく(つづく)
2020.06.26
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6月26日(金)新古今集(683):佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十五(25) 戀歌五(25) 題しらず 寂連法師千三百八十五 涙川身も浮きぬべき寝覚かなはかなき夢のなごりばかりに 百首歌奉りしに 藤原家隆朝臣 千三百八十六 逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や (つづく)
2020.06.26
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6月26日(金)昭和萬葉集(巻十)(232)(二十七年~二十九年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(2) 仕事の歌(2)炭坑で(2)吉原賢二八年経て忘れてゐたるゲートルの巻き方を習ふ入坑の前石田武治今朝の雨にすべる斜坑を警(いまし)め合ひ下る底ひに沈む燈が見ゆ和田義国炭塵の湧き立つ切羽(きりは)よりでて笑ふ塵(ほこり)の顔の硬(こは)ばりてをり田中賢介深度五百米の温気になめくぢの這ひつきてゐるが眼になぐむ沖田活美坑外は雨の降るらし流れ込む鉱車は濡れて鈍く光りつ(つづく)
2020.06.26
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6月26日(金)一遍上人語録(181)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(100)門人伝説(100)八十七 又云、伊予国に仏阿弥陀仏といふ尼ありき。習ひもせぬ法門を自然(じねん)にいひしなり。常の持言(じごん)にいはく、「知(しり)てしらざれ、還(かえつ)て愚痴(ぐち)なれ」と。此意(このい)浄土の法門にかなへり。(注)仏阿弥陀仏:伝不詳。時衆では通常、尼には房号と弌号、僧には阿弥陀仏号を付与するのを例とする。
2020.06.26
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6月26日(金)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 大正元年より聖書本位わたしはキリスト教を問題にしていません、まず聖書を問題にしています。聖書が分からないのです。そのマタイ伝が分からないです。そのルカ伝が分からないのです。そのヨハネ伝が分からないのです。そのローマ書が分からないのです。コリント前書と後書とを分らないのです。ガラテヤ書が分からないのです。ヘブル書が分からないのです。黙示録が分からないのです。キリスト教が分かって聖書が分かるのではありません。聖書が分かってキリスト教が分かってくるのです。わたしのキリスト教の研究は聖書が中心です。その始めが聖書で、その中間が聖書で、その終りが聖書です。聖書です、聖書です、わたしの研究するものは、聖書です。わたしは、聖書以外のキリスト教を必要としません。
2020.06.26
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6月25日(木)鈴木菊江さん百歳の短歌(平成30年1月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの百歳と五か月の短歌です。雲 道ばたに沢のなだりに鈴成りの柿の実熟れて山里は秋朝日歌壇読むを楽しみたのしまれ今日の切抜君に捧げん立ちこむる霧の中より水仙の初花りんと宙に立ちたり頼みごと一つ返事で直せしに息(こ)の逝きてよりすきま風ふく花がらを集めてほっと一息の空にゆうらり雲笑みてゐる 歌評:後藤瑞義頼みごと一つ返事で直せしに息(こ)の逝きてよりすきま風ふく (評)作者は、昨年の六月でしたか、息子さんを亡くされました。これは、息子さんへの挽歌でしょう。その息子さんは、頼みごとをすれば、すぐ直してくれたようです。「すきま風ふく」は、息子さんがなくなり、立て付けの悪い箇所を直してもらえないという意味にとれますが、わたしはむしろ作者の心にすきま風が吹いているように感じたのです。
2020.06.25
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6月25日(木) 第十九回角川短歌賞(161) 受賞作品「黒き葡萄」宮岡 昇(10)枯山の頂(いただき)に日のあそびいて祈り祈りに病む妻の顔見ゆ緑色のやわらかき影置く雲に葡萄のひとつぶひとつぶ太る今年まためぐり来る冬げんのしょうこどくだみ車前草(おおばこ)と煎じ飲む妻垂れながしの便の匂える冬の夜を病むものの辺に吾はねむらん追われつつ追いつつ何をいそぐかな病む妻と見るひとつらの雁(この項完結)
2020.06.25
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6月25日(木)古典鑑賞講座「万葉集」監修:宋 左近天皇たちの盛衰(35)奈良朝の天皇たち(6)聖武天皇(2)上皇(元正)と共に長屋王の佐保の邸で行われた酒席に出席して作った歌:あをによし 奈良(なら)の山(やま)なる 黒木(くろき)もち 造(つく)れる室(むろ)は ませど飽(あ)かぬかも(巻八・一六三八)聖武天皇佐保を奈良山の一部と見たてた、家ぼめ歌。 遠くへ出かける高官の労をねぎらう送別の宴にて:食(を)す国(くに)の 遠(とほ)のみ門(かど)に いましらが かくまかりなば 平(たいら)けく 我(われ)は遊(あそ)ばむ 手(て)むだきて 我(われ)はいまさむ すめらわれ うづのみ手(て)もち かき撫(な)でそ ねぎ給(たま)ふ うち撫(な)でそ ねぎ給(たま)ふ 帰(かへ)り来(こ)む日(ひ)に 相飲(あいの)まむ酒(き)そ この豊御酒(とよみき)は(巻六・九七三)聖武天皇 反歌丈夫(ますらを)の 行(ゆ)くといふ道(みち)そ おほろかに 思(おも)ひて行(ゆ)くな 丈夫(ますらを)のとも(巻六・九七四)聖武天皇葛城王に橘姓を与えるに当って:橘(たちばな)は 実(み)さへ花(はな)さへ その葉(は)さへ 枝(え)に霜(しも)降(ふ)れど いや常葉(とこは)の木(き)(巻六・一○○九)聖武天皇―橘の木は、実も花もその葉さえも、枝に霜が降っても、ますます栄える常緑のめでたい木であるぞ。―
2020.06.25
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6月25日(木)古泉千樫歌集(134)中公文庫:日本の詩6より昭和五十一年四月十日初版歌集「青牛集」(58) 大正十五年(15)箱根山(2) 八月四日、箱根鞍掛山に登る山なかに水ひからびし大き池燕(つばめ)ひとつ飛び去りにけりわが命つひに短しとおもひつつこの山みちに汗ふきにけりこころよき汗とし云はむ青山のいただき近くなりにけるかも(つづく)
2020.06.25
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6月25(木) 岩波文庫:佐佐木信綱校新古今集(687) 新古今和歌集巻第十五(24)戀歌五(24) 女御徽子女王千三百八十三 ぬる夢にうつつの憂さも忘られて思ひ慰むほどぞはかなき 春の夜、女のもとに罷り、あしたに遣わしける 能宣朝臣千三百八十四 かくばかり寝で明しつる春の夜をいかに見えつる夢にかありけむ (つづく)
2020.06.25
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6月25日(木) 昭和萬葉集(巻十)(227)(昭和二十七年~二十九年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(1) 仕事の歌(1) 炭坑で(1) 渡辺利光坑外と結ぶ唯一の電話にて今宵の星の美しさ言ふ坑内に一生(ひとよ)を終る鼠かも飯食ふわれの足先に寄る外山淳美限りなきこの盤圧に幾年をなじみ得ずしてけふも怯(おび)ゆる煙草吸へぬまま口のべに手をやりぬ夜半となりたるこの坑内に炭労のいく千の叫びを無視しつつひきずりてゆく権力があり(つづく)
2020.06.25
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6月25日(木) 一遍上人語録(180)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(99)門人伝説(99)八十六 聖教といふは、此念仏を教(おしえ)たるなり。かくのごとくしりなば、万事をすてゝ念仏申(もうす)べき所に、或は学問にいとまをいれて念仏せず、或は聖教をば執して称名せざるは、いたづらに他の財をかぞふるがごとし。金千両まゐらするといふ券契(けんけい)をば持ちながら、金を取(とら)ざるがごとしと。常の仰(おおせ)なりき。(注)いとまをいれて:ひまをつぶして。券契:割符の証文。法然の著と伝承されている金剛宝戒秘決章に、「千金を譲るの券契、未得の時において、千金已得の思いを作るが如し。あに、空しき券契をその砂金の体に判ぜむや…その券契をもつて譲得する所、千金とするにはあらず。所謂千金とは券契に云ふが如く賜ふとする也。文をもつて法とし、券契をもつて黄金とす」とある。
2020.06.25
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6月25日(木)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 大正元年より沈黙沈黙、そうです、沈黙しかないのです。それは、沈黙がこの世を上手く渡るためによい方法だからではありません。神様の深い愛や慈悲を、この世の人々に理解できるように語るための言葉が、見当たらないからです。マタイ伝二十七章十二節に「祭司長たちや長老たちから訴えられている間、イエスはこれには何もお答えになりませんでした」とあります。ピトラ、カヤバらをもって代表されるこの世の政治家または宗教家たちに対して、キリスト信者はただ沈黙をするほか方法がありません。沈黙です、そうですただ沈黙することです。この世の人たちにキリスト信者は沈黙を守るか、この世の人たちには理解できないことを語るしかないのです。
2020.06.25
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