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後藤瑞義入選歌(読売新聞静岡版) 空調のなき地下室の事務室に金繰りばかりの明け暮れありき 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 九月二十九日 入選 花山多佳子 選) (注:後藤)地下室が倉庫になっていました。そこを間仕切りして事務室と していたのです。本来なら、ダクト(エアダクト:風導管、通風管とも) が必要な地下室、赤字会社はその資金がなかったのです。地下室の入口 に扇風機を置いたりしていました。会社は倒産し、今は更地となっています。参考降り口に扇風機置き空調のなき事務室に働きし日々金繰りに苦しき折の集金に走りし頃よこの写真の眼
2020.09.30
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9月30日(水) 歌集「方代」(昭和30年)(6)(抜粋)山崎方代 さりげなく茶碗を置きぬかくばかりこころくばりて生きねばならぬ 黒き葉はゆれやまざりき犬死の覚悟をきめてゆうほかになく はがまの上にはがまの蓋があるこの約束は学ばねばならぬ すてられし下駄にも雪がつもりおるここに統一があるではないか 一枚の手鏡の中におれの孤独が落ちていた (終了)
2020.09.30
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9月30日(水) 角川短歌賞(260)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(8)井川京子 幼児客と道に出会えばいましばし水たまりをまぜる遊びなどする 一瞬先誰がいくたりあるか知れぬ客待つ職にカレンダーくる そこに在る樹にことごとく雪積めりそこに無き樹は何を積みいる 朝の髪にわれの鋏の音をきざみ耳たぶ清く客は去りたり ふたのなき耳孔をもてばどの客も聴覚醒めて眼を閉じている(つづく)
2020.09.30
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9月30日(水) 古典鑑賞講座「万葉集」(130) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(18) 花へ託す心(4) 生活を花に託して(4) 安貴王の妻だった紀女郎と大伴家持の相聞歌: 戯奴(わけ)がため 我(あ)が手(て)もすまに 春(はる)の野(の)に 抜(ぬ)ける茅花(つばな)ぞ 召(め)して肥(こ)えませ (巻八・一四六○)紀女郎 戯奴:家来 ―そちのために手も休めずにぬいてきたツバナですよ、食べて太りなさい― 我(あ)が君に 戯奴(わけ)は恋(こ)ふらし 賜(たば)りたる 茅花(つばな)を食(は)めど いや痩(や)せに痩(や)す (巻八・一四六二)大伴家持 ―わが主の君にこの私は恋をしているようです。いただいた茅花を食べても、ますます痩せてゆくばかりです。― (つづく)
2020.09.30
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9月30日(水) 中村憲吉歌集(84) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(20) 大正十五年(昭和元年)(3) 紀州灘航行(3) 白浜 この地は古く斉明帝、持統帝数代の湯所なり 月稚(つきわか)き紀伊(きい)の温泉(ゆ)浜(はま)のしら砂を小暗(をぐら)くふみていにしへ恋ふれ 冬の夜(よ)を風ぬくくして白浜の松に声なし月の照れれど おほきみの昔(むかし)行幸(みゆき)の湯浜にはともしかれども冬の月かも (つづく)
2020.09.30
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9月30日(水) 新古今集(783) 岩波文庫:佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十六(72) 雑歌上(72) 百首歌奉りし時 土御門内大臣 千五百七十六 朝ごとにみぎはの氷ふみわけて君につかふる道ぞかしこき 最勝四天王院障子に、阿武隈川かきたる所 藤原家隆朝臣 千五百七十七 君が代にあふくま川のうもれ木も氷の下に春を待ちけり (つづく)
2020.09.30
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9月30日(水) 昭和萬葉集(巻十)(322)昭和二十七年~二十九年作品 ) 講談社発行(昭和55年) Ⅴ(34) 愛と死(16) わが妻(8) 山崎一郎 幾すぢの睫毛(まつげ)光りて眠る顔見守るときに涙にじみ来 疑ひて責めいふ妻の言葉途切れ顔歪みつついきなり嗚咽(をえつ)す 妻にいはぬわが過ちのいくつかを思ひ浮べて夜半に覚めをり 酔ひに寝て汚れし体と思ひをり窓に差し込む日に照られつつ (つづく)
2020.09.30
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9月30日(水) 一遍上人「播州法語集」(71) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 五一(10) 極楽は空無我の土なり。然(しかれ)ば善導は、「畢竟逍遥離有無(ひっきょうしょうようりうむ)《畢竟の 逍遥は有無を離る》」といへり。往生人を説(とく)には、「自然虚無之(じねんこむし) 身(しん)、無極之体(むごくしたい)」を受けたりといへり。されば名号は青黄赤白(しようおうしやくびやく)の 色にもあらず、長短方円(ちょうたんほうえん)の形(かたち)にもあらず。有(う)にもあらず無にも あらず。 (つづく) (注) 空無我の土:常住不変の涅槃の空理に叶った、清らかで自由自在な 国。 無極之体:極楽の衆生の体。
2020.09.30
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9月30日(水) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年 愛の世界 神様に愛されることがわたしの第一の目的です。この目的を達するために神様を信じます。神様を信じたためにかえって世の中の人から憎まれることもあるかもしれません。正しい道を歩いていてもかえって人から嘲(あざけ)られることもあるかもしれません。世の中から苦しめられるのは、神様に近づき愛されるために必要なのでしょう。神様は愛です、宇宙は愛の機関なのです。
2020.09.30
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9月29日(火) 歌集「方代」(昭和30年)(5)(抜粋)山崎方代 包丁の錆を落としてねてしまうただそれだけの方代と風 一足の泥靴がしめるその位置に呆然とわれ立ちすくみたり 人斬の辰も牢から帰り来てじやがたらいもの種下しおり フランソファ・ヴィヨンの詩鈔をふところに一ツ木町を追われゆくなり かたばみの葉をぬらす雨よ娘はひくく奪っていいのよ奪っていいのよ (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 角川短歌賞(259)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(7)井川京子 ブランコを見つければ必ず乗るわれの童心をゆるし子らもこぐなり 「虹が出た、虹が出たよ!」と子を呼べり母のおさなき横顔を見よ 洗い米のまうえに計る都市の水選りすぐられしまみずのいのち 玉ねぎが楕円するどく閉じるものこのはげしさは拒否かも知れぬ 白菜のうすきみどりの葉を刻むここまで透りし明るさをきざむ (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 古典鑑賞講座「万葉集」(129) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(17) 花へ託す心(3) 生活を花に託して(3) 苗代(なはしろ)の 小水葱(こなぎ)が花(はな)を 衣(きぬ)に摺(す)り なるるまにまに あぜかかなしけ (巻十四・三五七六)作者不詳 ―苗代の小水葱の花を着物に摺り付け、着馴れるにつれていとしいように、この女は馴れるにつれて、どうしてこうもいとしいのだろうか。― 庶民の生活のなかの草花は身の廻りのものが多く、恋の想いを託された植物も生活の実感というずしりとした重みをもっています。(つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 中村憲吉歌集(88) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(19) 大正十五年(2) 紀州灘航行(2) 荒灘の落日 夕づける海路(うなぢ)よ見れば陸山(くがやま)に雲寒く寄りてたむろせりける 海さむく入る日は波にひたれども夕映(ゆうばえ)照らぬ陸(くが)くらきかも 海原(うみばら)のはたてに沈む日のかげは己(し)がおおきなる形体(かたち)にて暮る (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 新古今集(783) :佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十六(71) 雑歌上(71) 長月の頃、野宮に前栽植ゑけるに 源 順 千五百七十四頼もしな野の宮人の植うる花しぐるる月にあへずなるとも 題しらず よみ人知らず 千五百七十五 山河の岩ゆく水もこほりしてひとりくだくる峯の松かぜ (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 昭和萬葉集(巻十)(327)(二十七年~二十九年の作品) 講談社発行(昭和55年) Ⅴ(33) 愛と死(15) わが妻(7) 福本正一 ガラス戸に鍵かけてゐる妻の影夜勤に出でむと見返る窓に 山田一穂 口紅が落ちますと拒み働きに妻行きし日の雨を見てゐる 川上幸一 やうやくに職定まれば男等のまつはる悩みを妻は来ていふ 今井白水 すすり泣く妻のけはひに目覚めたり声をひくめて叱りぬ吾は (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 一遍播州法語集(70) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 五一(8) 無我無人の南無阿弥陀仏に帰しぬれば、あぐべき人 もなく、下すべきわれもなし。此道理を、大経には、「 住空無相(じゅうくうむそう)無願三昧《空・無相・無願の三昧に住す》」と 云(いえ)り。或は、「通達諸法性一切空無我(つうだつしょほつしょういっさいくうむが)、専求浄仏土(せんぐじょうぶつど)、必(ひつ) 成如是刹(じようにょぜせつ)《諸法の性は一切空無我なりと通達して、専ら 浄仏土を求め、必ずかくの如きの刹を成ぜむ》」と説(とけ)け り。 (つづく)
2020.09.29
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9月29日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年 患難と恩恵 苦しさは恩恵と切り離してはいけないのです。苦しさは神様から与えられるありがたい恵みの一部なのです。塩味があってはじめて甘味が出るように、苦しさがあってはじめて神様の恵みを感じることが出来るのです。食べ物の味に塩味が必要なように、人生においても苦しさは必要なのです。苦しさがあってはじめて人生にかぐわしさが生まれるのです。
2020.09.29
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9月28日(月) 歌集「方代」(昭和30年)(4)(抜粋)山崎方代 盛りたつ湯気をはなれてなべぶたはてらてらと空にあがらんとする おかせしは胎動に耳おしあてて極道邪悪の瞳をかがやかす 白い靴一つ仕上げて人なみに方代も春を待っているなり とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる 無一文のわれもこの民衆のひとりにてずれし靴下をまたあげてゆく(つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 角川短歌賞(258)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(6)井川京子 緊張したいちまいの水を地(つち)におこう「おおさか」に今夜氷点下くる 自分の手で自分の表情を剥いでいる羅漢の顔のなかにまた顔 ドアいちまいあければ職場となる家にわれはいくつの面つけ替える にんげんの髪刈る職にいきてきしわれに髪あるわが子さずかる それとなく髪屑ついている部屋をわが家とよびて子らまどいする (つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 古典鑑賞講座「万葉集」(128) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(16) 花へ託す心(2) 生活を花に託して(2) 宴会などでうたわれた歌: 醤酢(ひしほす)に 蒜搗(ひるつ)き合(か)てて 鯛(たひ)願(ねが)ふ われにな見(み)えそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの) (巻十六・三八二九)長意吉麻呂 ―醤と酢に蒜をつき混ぜて、鯛がほしいと思っている私に、見せないでくれ、水葱の吸物なんか。―(つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 中村憲吉歌集(87) 中公文庫:日本の詩6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(18) 大正十五年(昭和元年)(1) 紀州航行(1) 船上 大正十四年師走なり。明けての年には障なく職を辞しなむ と思へば 勤(つとめ)にもこころ暇(ひま)ありこの冬は妻子をつれて紀伊(きい)に旅すも みなみ紀の温泉(いでゆ)の浜につま子等といのち延びむと友の家(いへ)を借る (つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 岩波文庫:佐佐木信綱校 新古今集(782) 新古今和歌集巻第十六(70) 雑歌上(70) 山里に住み侍りける頃、嵐はげしきあした前中納言顕長 がもとに遣はしける 後徳大寺左大臣 千五百七十一 夜半に吹くあらしにつけて思ふかな都もかくや秋は寂しき 返し 前中納言顕長 千五百七十二 世の中にあきはてぬれば都にも今はあらしの音のみぞする 清涼殿の庭に植ゑ給へける菊を、位去り給ひ て後思し出でて 冷泉院御歌 千五百七十三 うつろふは心のほかの秋なれば今はよそにぞきくの上の露 (つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 昭和萬葉集(巻十)(322)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社発行(昭和55年) Ⅴ(32) 愛と死(14) わが妻(6) 前田芳彦 寝る前のひとときなにかたよりなくいまだ処女の妻と思うに 山口武雄 嫁ぎくる背の低き汝の手の位置に柱の釘を移してぞ打つ 桜井末吉 パージになりて三年もキャンデー売る我を時には罵る妻は 堀 桃坡 煙草の葉納めて帰るから車おのれが妻を載せて引き行く 渡辺銀太郎 草履(ざうり)表(おもて)つくりて指先の減りし妻燈(あかり)をさげて足袋をつくろふ (つづく)
2020.09.28
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9月28日(月) 一遍播州法語集(59) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 五一(7) 熊権現(くまのごんげん)、「信不信(しんふしん)をいはず、有罪無罪(うざいむざい)を論ぜず、南無阿弥陀仏が往生 するぞ」と示現(じげん)し給ひし時、自力我執を打払(はら)ふて法師(ほうし)は領解(りょうげ)したりと 云云。常の仰なり。自力の善は七慢九慢をはなれざる故に、「驕慢弊(きょうまんへい) 懈怠(けだい)、難以信此法(なんいしんしほう)《驕慢と幣と懈怠とは、もつてこの法を信じ難し》」 ともいひ、「三業起行多憍慢(さんごうきぎょうたきょうまん)《三業の起行は憍慢多し》」とも釈するな り。 (つづく) (注) 示現:神仏が姿をあらわし教えを示すこと。 法師:一遍の自称。 七慢九慢:慢は自分の心をおごり、他をさげすむことで、これに七ま たは九あるをいう。
2020.09.28
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9月28日(月) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年 幸福の泉 満足の出来る人は、独立の心のある人です。不平ばかりの人は、依頼心の強い人です。神様と自分自身とに頼って生きてゆく人にとってこの世はなんと愉快なところでしょう。このことを知らないで、他人の恩恵を求めてばかりいる人、恩恵が得られないといって怒ってばかりいたり、常に世の中の無情を憤りながら日々を暮す人は実に愚かな人間と言えるでしょう。幸福は他人の中にあるのではなく、自分の手の中、自分の心の中にあるのです。他人をあてにする人はただ失望と恥の多い不平不満の一生を送ることになるでしょう。
2020.09.28
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9月27日(日) 歌集「方代」(昭和30年)(3)(抜粋)山崎方代 亡き母のふるさとに来て腹赤き蟹の子供を吹きちらすなり 祖師堂の藪の中からモモンガーアが出て来ると云ういまでもこわし 笛吹の土手の枯生に火をつけて三十六計にげて柿食う 右左口(うばぐち)のお坊先生も死んでしまえば石とこおろぎ 仕末のつかぬ俺の所業にてこずって身をけずる姉が浅間町にあり (つづく)
2020.09.27
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9月27日(日) 角川短歌賞(257)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(5)井川京子 乗客なき回送電車灯りてゆくおのれ華やぐごとく明るく 公衆電話照らされていてかわるがわる片頬翳るひとばかりくる 背を向けて犬が座れり微動なき潔き背中をこのけものはもつ 排水溝の金あみの下に生えし草車輪とおるたび擦られて揃う 終日を穴掘る男 接客にかかわらねば清くきよく無表情 (つづく)
2020.09.27
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9月27日(日) 古典鑑賞講座「万葉集」(127) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(15) 花へ託す心(1) 生活を花に託して(1) 梨棗(なしなつめ) 黍(きみ)に粟(あは)つぎ 延(は)ふ葛(くず)の 後(のち)も逢(あ)はむと 葵(あふひ)花咲(はなさ)く (巻十六・三八三四)作者不詳 ―梨・棗・粟と次々に実るように君に逢った。延び続ける葛のようにまた逢えると、葵の花が咲いている。―
2020.09.27
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9月27日(日) 中村憲吉歌集(81) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(17) 大正十四年(8) 故郷山河 山国(やまぐに)は夏の夜ながら露けかれ奥吉備(おくきび)にはてし私設鉄道(しせつてつだう) 停車場へ降(お)りればすぐに匂(にほ)ふなる麻野(あさの)は刈られ夏ふかみたる かへり来て夜のすずしさ山がはに星ぞらを浸(ひた)すこの国原は 少年(せうねん)のわれ山河(やまかは)に親しみて此処(ここ)に学べり二十年(はたとせ)まへは 過ぎ行ける生命(いのち)をおもふ高谷山(たかたにやま)にあな傾ける片割(かたわれ)の月 (つづく)
2020.09.27
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9月27日(日) 新古今集(780) 岩波文庫:佐佐木信綱訂 新古今和歌集第十六(68) 雑歌上(68) 九月ばかりに、薄を崇徳院に奉るとてよめる 大蔵卿匡房 千五百七十 花薄秋の末葉になりぬればことぞともなく露ぞこぼるる 山里に住み侍りける頃、嵐はげしきあした前中納言顕長 がもとに遣はしける 後徳大寺左大臣 千五百七十一 夜半に吹くあらしにつけて思ふかな都もかくや秋は寂しき (つづく)
2020.09.27
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9月27日(日) 昭和萬葉集(巻十)(310)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社発20行(昭和55年) Ⅴ(31) 愛と死(13) わが妻(5) 高安国世 喪服着し妻のうつくしく並び乗る霊柩車の窓雪ふりしきる 二人のみ今日のぼりゆく冬山の道にほのかに匂ふわが妻 加藤 正 転職のわけ問はぬ妻は常の如鞄を渡す出勤の吾に 西村浮海夫 乗船命令受けて泣き臥す妻に向ひ船に乗らねば食へぬぞといふ 荒川 豊 送り来し妻の匂ひのする毛布体にまきて宵早くねる (つづく)
2020.09.27
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9月27日(日) 一遍播州法語集(68) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 五一(6) 自己の本分は流転(るてん)するにあらず、妄執が流転するなり。 本分といふは諸仏己証(こしょう)の名号なり。妄執は所因なし実体 なし、本無生(むしよう)なり。世の人おもへらく、「自力他力を分別(ふんべつ)し て、我体をあらせて、われ他力にすがりて往生すべし」と 云云。此義しからず。自力他力は初門(しょもん)の事なり、自他の位(くらい) を打捨て、唯(ゆい)一念、仏になるを他力といふなり。 (注) 妄執:迷いによる執着。 自他の位を打捨て:自と他の隔てをなくして。
2020.09.27
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9月27日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年 読書の目的 わたしが、書物を読むのは、それによって智者や学者になることではありません。わたしが書物を読むのはもっともっと人間について、人生について分らないことを知りたいからです。罵られても祝し、苦しめられても忍び、誹(そし)られても決してくじけない神様のような心を得たいと思うためです。もしわたしの読む書物で永久に忍ぶ力が得られるならば、それだけでわたしは十分なのです。
2020.09.27
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9月26日(土) 歌集「方代」(昭和30年)(2)(抜粋)山崎方代 ゆく所までゆかねばならぬ告口は十五世紀のヴィヨンに聞いてくれ 常に弱き富永助男にずつしりと重き鰭の頭を送る 冬の日が遠く落ちゆく橋の上ひとり方代は瞳(め)をしばだたく おから寿司水と一緒にのみおろし売られゆく娘にマフラを投げる 虫一疋ひねり殺して寝てしまうああ人生は皮肉なりにし (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 角川短歌賞(256)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(4)井川京子 陽の位置に敏感な海そのうすき照りやすき膜をおごそかに張る 油断して海を見ていたジーンズにいつのまに草の実は付いている 水の辺に無人のベンチ置かれあり水と対きあうよろこびが置かる 山頂までの観光馬車が客を待つ わが日常と似た馬がいる 客を待つ観光馬車のくろき馬つながれしまま尿をしており (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 古典鑑賞講座「万葉集」(126) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(14) 山河を歌う・自然讃歌(9) そのおおらかな自然讃美 天皇(舒明)香具山に登りて望国しませる時御製の歌 大和(やまと)には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天(あめ)の香具山(かぐやま) 登(のぼ)り立(た)ち 国(くに) 見(み)をすれば 国原(くにはら)は 煙(けぶり)立(た)ち立(た)つ 海原(うなはら)に 鷗(かまめ)立(た)ち立(た)つ うまし 国(くに)ぞ あきつ島(しま) 大和(やまと)の国(くに)は (巻一・二)舒明天皇 (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 中村憲吉歌集(80) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(16) 大正十四年(7) 晩夏 真夏日(まなつび)の照(てり)のちまたに身ひとつを行きしひたげて悲しきわれは 巷(ちまた)をばい行くあつさに汗ながれ今朝(けさ)もいたみし下痢(げり)をおぼゆる 上衣(うわぎ)ぬぎ椅子(いす)にかけつつなほ暑しつかれすぎたり我れのからだは (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 新古今集(778) 佐佐木信綱校訂 新古今集巻第十六(68) 雑歌上(68) 秋の暮に、身の老いぬることを歎きてよみ侍りける 安法法師 千五百六十八 百年の秋のあらしは過ぐし来ぬいづれの暮の露と消えなむ 頼綱朝臣、津の國の羽束といふ所に侍りける時、遣はしける 前中納言匡房 千五百六十九 秋果つるはつかの山のさびしきに有明の月を誰と見るらむ (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 昭和萬葉集(巻十)(323)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社行(昭和55年) Ⅴ(30) 愛と死(12) わが妻(4) 岡田蓮光 添乳しつつ寝入りし妻の割烹着(かっぽうぎ)釘に懸かるが葱の香放つ 田井安曇 雪は僕を限りなく眠りにひき入れて立場異なる妻は起きてゆく 守屋一郎 臥すわれに店より妻は声かけて古書の売値をいくたびも問ふ 金井秋彦 妻に凭(よ)りレントゲン室より帰る路桃の枝に青き若実がありき (つづく)
2020.09.26
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9月26日(土) 一遍上人「播州法語集」(72) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 五十一(4) かくのごとく領解(りょうげ)するを三心(さんじん)の智恵(ちえ)と云也。その智恵とい ふは、所詮、只自力我執の情量(じょうりょう)を心得失ふなり。我執をす て南無阿弥陀仏と独一(どくいつ)なるを一心不乱といふなり。されば 念々の称名は、念仏が念仏を申(もうす)なり。然をわがよく心得、 わがよく念仏申て往生せんとおもふは、自力我執が失せざ るなり、往生すべからず。念不念(ねんふねん)・作意不作意(さいふさい)、惣(そう)じてわ が分にいろはず、作唯一念、仏なるを一向専念(いっこうせんねん)といふ。 (つづく) (注) 一心不乱:仏などを念じて、心の散乱動揺しないこと。心 を散乱することなく、至誠信の心をもって、弥陀の名号を 称えること。 念不稔・作意不作意:事を行なおうとする心の起る時と起 らない時という意で、念は情念、作意は心の働き。 いろはず:関係しない。 作唯一念:ただ念仏一つになりきる。
2020.09.26
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9月26日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年 批評家 批評される人にむしろなりなさい、批評する人にはならないように…。批評される人は何かを社会に提供したために批評されたのです。批評する人は、社会に何も提供するものがないためにただ他人の提供したものを批評するしかないのです。前者は社会に何かを残そうと努力する人です、後者は社会に何も残すものはなくただ消え去るだけの人なのです。
2020.09.26
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9月25日(金) 新古今集(778) 岩波文庫:佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十六(67) 雑歌上(67) 紫 式部 千五百六十五 女郎花さかりの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ 返し 法成寺入道前摂政太政大臣 千五百六十六 白露はわきても置かじ女郎花こころからにや色の染むらむ 題しらず、 曾禰好忠 千五百六十七 山里に葛はひかかる松垣のひまなくものは秋ぞかなしき (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 歌集「方代」(昭和30年)(1)(抜粋)山崎方代 わからなくなれば夜霧に垂れさがる黒きのれんを分けて出でゆく 今日は今日の悔を残して眠るべし眠れば明日があり闘いがある ふかぶかと雪をかむれば石すらもあたたかき声をあげんとぞする 不貞不貞と畳の上に投げ出せし足といえどもせつなかりけん ゆくところ迄ゆく覚悟あり夜おそくけものの皮にしめりをくるる (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 角川短歌賞(255)第二十八回 受賞作品 「こころの壺」(3)井川京子 真夜中の椅子と鏡がそれぞれの秩序たがえず対きあいており 保健所のレントゲンに並ぶ同業者おなじ体臭をもちて集い来 地下街の人工照明に働けば君らも恋うか太陽の燦 掌にうけてささぐるごとき外気なり休日われに陽を浴びる自由 星形の足あと散らばる朝の土 空翔ぶものの指のあかるさ (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 古典鑑賞講座「万葉集」(125) 監修:宋 左近 万葉の心と息吹(13) 山河を歌う・自然讃歌(8) 季節の風物への順応 うち靡(なび)く 春(はる)来(きた)るらし 山(やま)の際(ま)の とほき木末(こぬれ)の 咲(さ)き行(ゆ)く見(み)れば (巻八・一四二二)尾張連 春(はる)の野(の)に 心(こころ)のべむと 思(おも)ふどち 来(きた)りし今日(けふ)は 暮(く)れずもあらぬか (巻十・一八八二)作者不詳 雨(あま)霽(は)れし 雲(くも)に副(たぐ)ひて ほととぎす 春日(かすが)をさいて 此(こ)ゆ鳴(な)き渡(わた)る (巻十・一九五九)作者不詳 ゆふされば 小倉(をぐら)の山(やま)に 鳴(な)く鹿(しか)は 今夜(こよひ)は鳴(な)かず 寐(い)ねにけらしも (巻八・一五一一)舒明天皇 あしひきの 山道(やまぢ)も知(し)らず 白橿(しらかし)の 枝(えだ)もとををに 雪(ゆき)の降(ふ)れれば (巻十・一三一五)柿本人麻呂歌集 こういう歌は、皆素直に四季の風物に順応して作られています。 (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 中村憲吉歌集(79) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「軽雷集」(15) 大正十四年(6) 奔潮余録 鳴門の狭隘(くびれ)を出でし海ばらの潮のせめぎや波ぞ飛ぶなる 大鳴門の流(ながれ)を下(お)りて遠行(とほゆ)ける舟の白帆(しらほ)はなほ揺(ゆ)れてをり (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 昭和萬葉集(巻十)(317)昭和二十七年~二十九年作品 ) 講談社発行(昭和55年) Ⅴ(29) 愛と死(11) わが妻(3) 藤井黎白 うかうかと言ひし言葉を時たちし妻が一々取挙げて言ふ 中井正義 あからさまに何もいはねど引出にわれの手紙をたばねてゐたり 角 鴎東 みじめなる葉書は妻に見せまじと思へど見られた後かとも思ふ 荒武直文 湯上りの匂ひさせつつ売り残りの饅頭(まんぢゅう)を持ちて妻が寝に来る 山田康二郎 背をむけて眠りし妻をなんとなくわが方へ向けわれも寝につく (つづく)
2020.09.25
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9月25日(金) 一遍上人「播州法語集」(66) 岩波文庫:昭和60年5月16日発行 是則命濁中夭(これすなわちみようじよくちゅうよう)の命なり。然(しかる)るを常住(じょうじゆう)不滅の無量寿に 帰しぬれば、我執の迷(めい)情(じょう)を削(けずり)て、能帰所帰(のうきしよき)一体にして、 生死本(ほん)無(む)なるすがたを、六字の南無阿弥陀仏と成(な)せり。 (つづく) (注) 命濁中夭の命:甚だ短いいのち。
2020.09.25
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9月25日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年 事業 何かを成してやろう、成功したい、成功するぞと決意し努力を重ねても必ずしも思うようにならないことが多いと思います。それよりも、常に神様を仰いで生活をする人には、必ず実りが与えられるでしょう。神様は成功の神様ですので、神様を信じる生涯が無駄に終わることは決してないでしょう。
2020.09.25
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9月24日(木) 歌集「氷原」(昭和27年)(6)(抜粋)香川進 「ああ」といふ女性の声す夕方の街停電し暗くなるとき 時々雲雀は天にのぼりゆき人間のすることを見るのです 雪の上にいでたる月が戦死者の靴の裏鋲を照らしはじめつ しら雪はあはれ葬りの火をつつむ兵を殺めしは敵ならなくに 銃剣をひきぬきしかば胃袋より吹きいづる黄いろき粟粒を見る (終了)
2020.09.24
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