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短歌鑑賞:北原白秋の一首 後藤瑞義病める児はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑の黄なる月の出 病気の子供が今日は気分が良いのだろうか、夜になっても好きなハモニカを吹いている。きっと、病気が良くなったのに違いない。そうだ、きっと良くなったのだ…。折しも、ハモニカを連想させるもろこし畑に黄の色をした満月が子供の快癒を祝うように昇り始めている…。「もろこし畑の黄なる月の出」が素晴らしいと思います。下の句が、実景であるか、白秋の心象風景 かは分かりませんが、喜びの気持ちは間違いなく わたしに伝わって来ました。
2020.07.30
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7月30日(木)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(10)発行:昭和57年12月夏の夜のために(1)あをあをと馬群らがりて夏の夜のやさしき耳を噛みあひにけり熊蝉は鳴き初めにけり此の夏の新膚(にひはだ)としも思ふかなしさ眸(まみ)といひ眼(め)と呼ぶ孔(あな)ゆかくまでにすがしき蜜は吾(あ)に注がれつ末房(すえふさ)氏を暫(しば)し待たせて昇りゆく細き塔(あららぎ)の末(うれ)の書房へ(つづく)(岡井氏注)福岡へ行き、結社の人たちと会う。天神リーブルという本屋に行ったり、久しぶりに福岡を歩いた。
2020.07.30
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7月30日(木)鈴木菊江さん九十七歳の短歌(平成27年3月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十七歳七か月の短歌です。握力のにぶるこの頃右左両手でゆこうと蛇口をしめる飛ぶ鳥のいづこゆきしやきさらぎの雨はしとしとわが胸にふる二才兒は泣いて笑つていたづらをしてお利口さんとほめられるきさらぎの風にふるえる雲間には春の鼓動がぢっと待ちをりふきのとう笑まうが如く萌え出でて空の色まで明るくなりぬ飛ぶ鳥のいづこゆきしやきさらぎの雨はしとしとわが胸にふる (評)鳥が今飛んで行ったのでしょう。そして、ふっと視界から消えてしまったのでしょう。そのちょっとした欠落感、それは亡くなられたご主人のことが頭をよぎったのではなかったでしょうか。時は如月、ご主人が病に臥した思い出が頭をよぎったのではなかったでしょうか。「きさらぎの雨しとしとわが胸にふる」が切なくこころに響きます。決して感情をあらわに表現しない作者です、それゆえになおさらこの言葉がこころに響くのです。
2020.07.30
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7月30日(木)角川短歌賞(196)第二十四回 受賞作品「望郷」(6)大崎瀬都春三月オホーツクまで行きしとふ短きたより最後となりぬいまだ見ぬ流氷を思ふ行き行きて君は如何なる心に見けむあをき雲朝の窓よりなだれ込むひと度にても抱かれたかりき好色に過ぎざる恋とある時は林檎の芯を川面にとばす切り遠しの坂道のぼり青き空ひらけゆきつつ君の家ありき(つづく)
2020.07.30
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7月30日(木)古典鑑賞講座「万葉集」(70)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(24)志貴皇子・政治に背を向けた詩人(2)政治のアウトサイダーとして むささびは 木末(こぬれ)求(もと)むと あしひきの 山(やま)の猟夫(さつお)に あひにけるかも (巻二・二六七) 志貴皇子―むささびは、梢を求めようとして、山の猟師に捕らえられてしまったことだ。―志貴は、一度も注目を浴びることなく、常にアウトサイダーでした。(つづく)
2020.07.30
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7月30日(木)中村憲吉歌集(27)中公文庫:日本の詩6より昭和五十一年四月十日初版歌集「林泉集」(11) 大正五年(2)磯の光一 岩かげ(2)みじか世のいのちと思(も)へば漲(みなぎ)らふ潮(しほ)のひかりも在りがてぬかも短(みじ)か世のつまと思(も)へばうら愛(かな)しひとりの時の涙しらすな磯榁(いそむろ)の樹皮(こがは)こぼるる日のさかりおのづから悲しひとり思へば岩かげの潮のひかりを飽くまでに見し明らむるたづき知らずも磯潮(いそしほ)は岩にひかりて堰(せ)かるれどせき敢(あ)へぬかも一人(ひとり)なみだはみなぎらふ潮のひかりはおほけなし眼(め)を開(あ)きて居て如何(いか)にわがせむ (つづく)
2020.07.30
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7月30日(木) 岩波文庫:佐佐木信綱校新古今集(722) 新古今和歌集巻第十六(10)雑歌上(10) 返事 二條関白内大臣千四百五十三 枝ごとの末まで匂ふ花なれば散るもみゆきと見ゆるなるらむ 近衛司にて年久しくなりて後、うへのをのこども大内の花 見に罷りけるによめる 藤原定家朝臣千四百五十四 春を経てみゆきに馴るる花の蔭ふりゆく身をもあはれとや思ふ(つづく)
2020.07.30
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7月30日(木) 昭和萬葉集(巻十)(262)(昭和二十七年~二十九年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(36) 仕事の歌(36) 媚を売って(1) 永井禧有子環境に性変り行くを友も認む心まで芸妓になりて来たるらし平凡に生きたき希ひに心満てるを人ら知らなくてアプレといへり毎日の粧(けは)ひなれど思ふ様に今日は若尾文子の眉に引けたり思ひ直してさりげなく我は来たりけり止めむと思ひし芸妓置屋へあれは芸妓の卵だなと云ひあふが聞え振り返りたき思ひ抑へつつ歩む (つづく)
2020.07.30
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7月30日(木) 一遍播州法語集(9)岩波文庫:昭和60年5月16日発行九 又云、安心(あんじん)といふは南無なり。起行(きぎょう)といふは阿弥陀の三字なり。作業(さごう)といふは仏なり。しかれば三心・四(し)修(しゆ)・五念は、皆以(みなもつて)名号なり。 (つづく)(注)四修:恭敬・無余・無間・長時五念:礼拝・讃嘆・作願・観察・廻向の五門を五念門という。
2020.07.30
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7月30日(木)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年わたしの願いどんな人に対しても悪意をいだくことがなく、どんな人にも好意を表し、すべての機会を利用して善をしようと思います。わたしの残りの人生を祝福の連続になりますように、神様どうぞわたしの願いをお聞きください。
2020.07.30
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7月29日(水)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(9)発行:昭和57年12月九州反乱説その後(2)ひらひらと林檎の皮を剥きたらす実(じつ)にこのやうに筑紫のをみな ヒミコかも知れないし女装のタケルかも知れぬ。宮崎を去りて棲みたる西新(にしじん)の町ひややかに吾(あれ)を挟(はさ)みつ南(みんなみ)へくだる電車にビールのみて愉(たぬ)し人の生(よ)の先の視えたる <おのづから死の北側をめぐり行く道とぞ思ふ火の山の道)熊本につどひてぞせし歌まつりそのまなかなる淡(あは)きくちびる (つづく)
2020.07.29
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7月29日(水)鈴木菊江さん九十七歳の短歌(平成27年4月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十七歳八か月の短歌です。 むらさきの雲 すらすらと一首浮んだ夢にさめ身もかろやかに朝の戸をくる流れゆくせせらぎ朝を冴え渡り光となれる春の水音ざれ庭に福寿草のぽっかりと次つぎ咲いて小さな灯りこんなにも小さな花がゆらめいて春の花野は小人の宴暖かき東風にさそわれ花大根紫の雲庭をたゆとう 流れゆくせせらぎ朝を冴え渡り光となれる春の水音 (評):後藤瑞義せせらぎが流れています。今は朝で、温度もまだ冷たい。「冴える」ということばは、俳句であれば冬の季語です。だからこそ、春の、ぬるんだ水音が光となったように感じたのでしょうか。下の句の「光となれる春の水音」がなんといっても魅力的です。冬の暗さに対する春の明るさ、すなわち光。それとともに「水音」、その「音」を「光」と感じたところがたいへん気に入りました。
2020.07.29
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7月29日(水)角川短歌賞(195)第二十四回 受賞作品「望郷」(5)大崎瀬都黒き水凍りつきたる樋竹(とひだけ)にまづ暁(あかとき)のひかり差すべし竹藪の中にまたたく瞳あり歩めるかぎり寒椿咲く誰か見し時のみ咲ける花ならむ振り返りてもくれなゐ暗し首垂れて水を飲みゐる舌の音暗き川面に紛れゆきたり君ありて生きすぎし日々翳れるやひたすら青き海を見し日よ(つづく)
2020.07.29
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7月29日(水)古典鑑賞講座「万葉集」(69)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(23)志貴皇子・政治に背を向けた詩人(1)詩才と屈折した心石(いは)走(はし)る 垂水(たるみ)の上(うへ)の さわらびの 萌(も)え出(い)づる春(はる)に なりにけるかも(巻八・一四一八) 志貴皇子―岩の上をほとばしり流れおちる滝のほとりに、わらびが芽を出す春になったことだなあ。― 明日香宮より藤原宮に遷居りし後に志貴皇子の作らす歌采女(うねめ)の 袖(そで)吹(ふ)き返(か)す 明日香風(あすかかぜ) 京(みやこ)を遠(とほ)み いたづ吹(ふ)く(巻一・五一) 志貴皇子―采女らの衣の袖を吹き返した明日香風は、都が遠くなったので、むなしく吹いている。― 慶雲二年丙午、難波宮に幸(いでま)す時志貴皇子の作らす歌葦辺(あしへ)行(ゆ)く 鴨(かも)の羽(は)がひに 霜降(しもふ)りて 寒(さむ)き夕(ゆふへ)は 大和(やまと)し思(おも)ほゆ(巻一・六四) 志貴皇子―葦のほとりを行く、鴨の翼に霜が降りて寒い晩には、大和が思い出される。(つづく)
2020.07.29
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7月29日(水) 中村憲吉歌集(26)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「林泉集」(15)大正五年(1)磯の光 一 岩かげ(1)身はすでに私(わたくし)ならずとおもひつつ涙おちたりまさに愛(かな)しくもの思(おも)ひおもひ敢(あ)へなく現(うつ)つなり磯岩(いそいは)かげのうしほの光わたつ海(み)の後(うしろ)の岩のかげにして妻に言(の)らせる母のこゑすも岩かげの光る潮より風は吹き幽(かす)かに聞けば新妻(にひづま)のこゑ磯潮(いそしほ)のひかりを浴(あ)みて斯(か)くのみに常に真幸(まさき)くあらんと思(も)へや (つづく)
2020.07.29
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7月29日(水)新古今集(720) 岩波文庫:佐佐木信綱訂新古今和歌集第十六(8)雑歌上(8) 御返事 左大将朝光 千四百五十一 をりにことおもひやすらむ花櫻ありし行幸の春を戀ひつつ 高陽院にて、花の散るを見てよみ侍りける 肥 後千四百五十二 萬世をふるにかひある宿なれやみゆきと見えて花ぞ散りける (つづく)
2020.07.29
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7月29日(水) 昭和萬葉集(巻十)(250)(昭和二十七年~二十九年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅳ(35)仕事の歌(35)海で(2) 武田信義氷上に網目解かれし海の魚雪にまみるる暫くののち石田登三治芸者ワルツ鳴りひびかせて東北の鰹船船団今入港す浜田勢子世帯数二百の貧しき漁村にて主婦ら大方人夫となれり (つづく)
2020.07.29
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7月29日(水)一遍播州法語集(8)岩波文庫:昭和60年5月16日発行八 又云、三界(さんかい)は有為(うい)無常の境(さかい)なるゆゑに、一切不定なり、幻化(げんけ)なり。此界の中に常住(じょうじゅう)ならむと思ひ、心安からむとおもふは、たとへば漫々(まんまん)たる浪(なみ)の上に、船(ふね)をゆるがさでおかんとおもへるがごとし。何としてか常住ならむ、何としてか心のごとくならん。(注)三界:欲界・色界・無色界。有為:因縁により生じたすべてのもの。漫々:水を深くたたえているさま。
2020.07.29
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7月29日(水)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治33年われらの意志わたしたちは、自分の努力で神様に少しでも役立とうと思ってはなりません。わたしたちは、全身全霊を神様に捧げ神様の命ずることを行うのです。わたしたちは、神様に従うものであって、共に行動することではないのです。わたしたちは、神様に従う以外には意志を持たないのです。
2020.07.29
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7月28日(火)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(8)発行:昭和57年12月九州反乱説その後(1)はろばろとやまとに向きて弓を引くわれももろともに叛(そむ)きて居(を)らむ まつろわぬものは珠麻(くま)にも蘇(そ)にも居た。九州がひとり立(だ)ちして耐ふるなら水みなぎらふ川幅(かははば)われは女(をみな)の全(また)きからだの重たさは九州へ来てはじめて知りぬ ふかい憂愁が九州島を覆っている。とりわけその背梁の山系に。苛(いじ)めぬくやはらかなその掌(て)のしたに背(せ)の山脈(やまなみ)のたかぶりやまず(つづく)(岡井氏自注):三年半九州に住み、九州の文化的、気質的な独立感をしばしば感じた。
2020.07.28
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7月28日(火)鈴木菊江さん九十七歳の短歌(平成27年5月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十七歳九か月の短歌です。三月十一日 鈴木菊江 霜をふみ眼かがやく登校の児らにやさしく朝の陽のふる昨日今日寒の戻りの凍る風ふるえる如く散る雪柳春はおぼろ私もおぼろ花の香に酔いて心は宙を舞いゆく眼はかすみ耳はおぼろになりぬれど春爛漫の陽を浴びてをり春嵐心して吹けしずかなる祈り捧げる三月十一日 眼はかすみ耳はおぼろになりぬれど春爛漫の陽を浴びてをり(評)作者は満九十七歳だったでしょうか、「眼はかすみ耳はおぼろとなりぬれど」は、あるいは実感かもしれません。期せずして、満百四歳の渡辺つぎさんが「晩年とは暗き月日の事ならず老若男女太陽は公平」と詠んでおられます。作者は満九十七歳で、日々の生活は「眼はかすみ耳はおぼろになりぬれど」なのかもしれませんが、今まさに「春爛漫の陽を浴びてをり」なのでしょう。長生きの秘訣、高齢になられても、生き生きされているのは、心のなかに春爛漫のような太陽を常に持っておられるからかもしれません。
2020.07.28
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7月28日(火)角川短歌賞(194)第二十四回 受賞作品「望郷」(4)大崎瀬都寒雀しののめの道に死にてをり小枝の如き足を上向けてさ夜更けて動かずなりし列車より降り立ちて踏む他郷の雪を(帰郷)雪降れる夜の野中を黒々とひと筋の川流れてゐたり野の中のひと筋の川夜すがらの雪を吸ひこみあかときを流るひと息に蝋燭の灯を消すごとくきさらぎの夜の旅を忘れむ(つづく)
2020.07.28
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7月28日(火)古典鑑賞講座「万葉集」(68)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(22)高市皇子・忍従のひと(5)高市皇子と檜隈女王十市皇女や但馬皇女からうたまれた高市皇子。陰で精一杯の愛情を注いだ女性;檜隈女王泣(な)き澤(さは)の もりに神酒(みわ)すえ 祈(いの)れども わが大君(おほきみ)は 高日知(たかひし)らしぬ(巻一・二○二) 檜隈女王―泣き沢の神様にお酒をお供えして、高市皇子のためにお祈りしましたが、大君は天にお隠れになってしまわれました。―高市皇子は、毒殺されたのではないかとの説があります。それが、皇子の長子の長屋王の変になったのではないか…。(つづく)
2020.07.28
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中村憲吉歌集(25)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「林泉集」(20)大正四年(3) 浅宵裸馬の列(2)いななかず裸馬(らば)のひと群(むれ)とほりしが埃にほふも街(まち)のあかりに辻のへの燈火(あかり)のなかを疲れたる馬の太頸(ふとくび)並びゆく見ゆ十字路(じふじろ)の灯(ほ)なかを過(よ)ぎる馬の列(れつ)腹に射(さ)したる灯(ひ)のいろの見ゆありありと遠き灯つづく十字路に馬とどまりて面(おも)大きなる(つづく)
2020.07.28
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7月28日(火)新古今集(723) 佐佐木信綱校訂新古今集巻第十六(8)雑歌上(8) 題しらず 清原深養父千四百四十九 昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな 堀河院におはしましける頃、閑院の左大将の家の櫻を折ら せに遣はすとて 圓融院御歌千四百五十 垣越しに見るあだびとの家櫻はな散るばかり行きて折らばや (つづく)
2020.07.28
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7月28日(火) 昭和萬葉集(巻十)(253)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社行(昭和55年) Ⅳ(34)仕事の歌(34)海で(1)天野徳二年々に遠のく鮪(まぐろ)を果しなく追ひつつ日付変更線を越ゆ鵜沢 宏無線室にゐてわがいのち終るなど激浪の音にゐるわが思ひ菅原友太郎フネケイシヤシンスイハゲシSOS、SOS、SOS応へあれ相競ふ船と船との燈におびえ秋刀魚の群は深く沈みぬ血走りし目にて魚獲るわれらなり魚の目からも血が流れゐる不覚にも抱きし魚をおとせしが罵(ば)言(げん)はおこるわが頭上より(つづく)
2020.07.28
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7月28日(火)一遍上人「播州法語集」(7)岩波文庫:昭和60年5月16日発行 七 又云、「念声是一(ねんしようぜいち)」といふ事。念は声(こえ)の義なり。意(い)念(ねん)と口称(くしょう)とを混(こん)じて一といふにはあらず。声と念と一体(いったい)なり。一体といふは南無阿弥陀仏なり、名号の外に念声全くなし。(注)念:唱の義。選択集に、「経には十念と云ふ、釈には十声と云ふ。念声の義いかん」の問いに「念声はこれ一なり」と答えている。(つづく)
2020.07.28
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7月28日(火)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治33年感謝の念神様からすでにいただいた恩恵について、まず感謝しなさい。そうすれば、神様はさらに大きな恩恵を下さるでしょう。すでに受けた恩恵に感謝しないで、新しい恩恵を得るのは難しいでしょう。つねに不平不満を言っている人は、一生満足を得ないでしょう、それは、感謝することがないからです。
2020.07.28
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7月27日(月)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(7)発行:昭和57年12月林檎園ふたたび わたしは間違っていた。あれは警告だったのだ。後退(あとしざ)りしてゆく型態わが生にあちありと見て人は言ひけむ 興るものは、かならず亡びると、人ごとのように言う。ある愛のかたむきてゆくかそけさを母韻推移のごとく歎かふ あやうい秋、家族で天竜を下ったことがあった。川のなかを寂かに浮きて行くときに秋うまかりし正岡のぼる あれも信州、これも信濃ひしめきてしかもしづけき百千のわが見し枝を誰にし告げむ 夕まぐれ、林檎園を下りて疲れて。くもり日の芝を伝ひてとぶ蜂のしばらくは飛びしばらくすがる百千の林檎の枝の塔をもて丘のなだりは明るむらしも 死んだ父を話題にすることもあった。やうやくにまなかひ暗くなりゆきて死にたる人は真直ぐに死にぬ 父とおなじあやまちを冒した人は言う。愛ふかく言(こと)問ひしさへ夜半思(よはも)へば愚直なる一つ症例として百千の斥候(ものみ)のひそむ山々はあをくこごりて北空にあり(つづく)
2020.07.27
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7月27日(月)鈴木菊江さん九十七歳の短歌(平成27年6月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十七歳十か月の短歌です。コスモス 鈴木菊江うろうろと寒暖同居の四月空はちきれそうな若き半袖きいてよと呼んでるように鶯は姿見えねど声の高ぶるゆるやかにぬくもる水の春の川澄める水面に花筏のせ風止みて音の絶えたる夕暮に散る花びらの紅をすくひぬ胸にしむ静かな言の葉一ひらのコスモスそよぐ花野のように うろうろと寒暖同居の四月空はちきれそうな若き半袖(評):後藤瑞義作者は九十七歳になられるのでしょうか。「うろうろと寒暖同居」が実感として伝わります。不安定な「四月の空」と「はちきれそうな若き半袖」が対照的です。若さあふれる若者を「若き半袖」とだけ言って表現しているところが素晴らしいと思います。そうした、若者への羨望もあるのでしょう。また若き日の追憶もあるのではないでしょうか。
2020.07.27
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7月27日(月)角川短歌賞(193)第二十四回 受賞作品「望郷」(3)大崎瀬都信号機に繋れし犬声絞り泣き叫びゐる街を帰りぬどこまでも桜の裸木つづくなりかなたに青く月はかかれる地下室の如き下宿に眠るまに桜は三度裸木となりききららかに初雪降れり今日よりはもう喜べぬ齢となりて雪の降る夜も一人なり痛きほど手にしみつきし消しゴムにほふ(つづく)
2020.07.27
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7月27日(月)古典鑑賞講座「万葉集」(67)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(21)高市皇子・忍従のひと(4)高市皇子と但馬皇女(4)高市皇子への柿本人麻呂の挽歌:かけまくも ゆゆしきかも いはまくも あやにかしこき 明日(あす)香(か)の 眞神(まかみ)の原(はら)に ひさかたの 天(あま)つ御門(みあど)を かしこくも 定(さだ)め給(たま)ひて 神(かむ)さぶと 磐(いわ)がくります やすみしし 吾(わ)が大君(おひきみ)の 聞(き)こしめす 背面(そとも)の国(くに)の ま木立(きた)つ 不破山(ふはやま)越(こ)えて 高麗剣(こまつるぎ) わざみが原(はら)の… (巻二・一九九)柿本人麻呂 ひさかたの 天知(あめし)らしぬる 君故(きみゆえ)に 日月(ひつき)も知(し)らず 恋(こ)ひ渡(わたる)かも(巻二・二○○) 柿本人麻呂―天を治めにと上られた君のために、日のたち月の過ぎるのも知らず、恋い続けることであるかな― はにやすの 池(いけ)の堤(つつみ)の こもり沼(ぬ)の 行方(ゆくへ)を知(し)らに 舎人(とねり)はまとふ(巻二・二○一) 柿本人麻呂―埴安の池の堤の隠り沼のやうに、行くべき方も知られなくて、舎人は迷っている―
2020.07.27
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7月27日(月)中村憲吉歌集(24)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「林泉集」(18)大正四年(2)浅宵裸馬の列(1)灯(ほ)なかより埃(ほこり)ののぼる宵浅(よひあさ)し十字街(つむじ)にくれば汗ながれけり灯(ひ)のなかを遠く疲れて行くならん浅夜(あさよ)の辻(つじ)の裸馬(らば)の一列(いちれつ)列(つらな)りて行く馬みな裸馬(はだかうま)なりほこり立ちたる灯(ひ)のなか行くも (つづく)
2020.07.27
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7月27日(月) 新古今集(718) 岩波文庫:佐佐木信綱校訂新古今和歌集巻第十六(7) 雑歌上(7) 御返し 圓融院御歌 千四百四十七 紫の雲にもあらで春がすみたなびく山のかひはなにぞも 柳を 菅贈太政大臣千四百四十八 道の邊の朽木の柳春来ればあはれむかしとしのばれぞする (つづく)
2020.07.27
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7月27日(月)昭和萬葉集(巻十)(262)昭和二十七年~二十九年作品 ) 講談社発行(昭和55年) Ⅳ(33)仕事の歌(33)行商(2)小林省三あと一つ何か売れれば帰りたし行商われに風の冷たく春分の日なれば午後をくつろぎて爪を切りをり行商われはオーバーの二着売れたる嬉しさに酒を呑むべく紙幣を数ふ奈木野 一背負ひたる下駄の包みを解きながら今日は売れぬと妻は汗ふく関口福衛鮮(あたら)しき山の空気は良しと言ふ医師に行商のこと吾が告げず本間重光教員にあこがれし日もはるかにて行商にめぐる村の学校(つづく)
2020.07.27
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7月27日(月)一遍上人「播州法語集」(6)岩波文庫:昭和60年5月16日発行六 又云、名号を念仏といふ事、意地(いじ)の念をよびて、念仏といふにはあらず。たゞ名号の名(な)なり。物の名に松ぞ竹ぞといふがごとし。おのれなりの名なり。(つづく)(注)意地の念:意業(心のはたらき)によって弥陀を念想すること。
2020.07.27
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7月27日(月)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治33年罪人の宗教わたしの宗教は、徳を修めて自分自身を清めようというものではありません。わたしの宗教は、現在の自分自身をたとえ汚れていようが、神様に預け神様のちからで清められようとするものです。神様を信じ切って自分自身を預けけ罪を消滅してもらう、これがわたしの求める宗教です。
2020.07.27
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7月26日(日)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(6)発行:昭和57年12月林檎園まで谿(たに)遊びに接続したる気の火照(ほて)りのぼりかゆかむ果樹の林へ大いなる樹下(こした)にやすむ一家族夕まぐれまでゐるにやあらむ人の手をかずかぎりなく加へたる巨(おほ)いなる顆(み)は空(そら)に地上に側面に朱を流したるあをき顆(み)のやすらかにして枝に交(まじ)らふあますなく楽想展(ひろ)げらるるまで一樹の楽(らく)を聴きてゐたりき人体に在るくらがりを想ふまで下草にさへ甘きかがよひ養へる枝ことごとく地を指しぬ上枝(ほつえ)には兄(あに)下枝(しづえ)弟(岡井氏自注):「林檎園まで」と次の「林檎園ふたたび」:信州飯田から天竜を下り、天竜峡の岩山の林檎園へ行った。(後藤注):「林檎園まで」という、別に特別な歌は歌っていないようですが…。突飛ですが、リンゴ園からわたしは、旧約聖書、創世記、アダムとイブの話を思い出したのでした。岡井氏も禁忌つまりタブーもその連想から生まれたのでしょうか。(つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)鈴木菊江さん九十七歳の短歌(平成27年7月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十七歳十一か月の短歌です。やまぼうし ぼんぼりに浮かぶ夕桜かすかゆれ心ぬくもる人びとの群初蝶は風の隙間をゆうらりと浮きつ沈みつ夢みる如く春おぼろかくれんぼうの老眼鏡いづこにじっとわれを待つらんや新緑に埋れる五月鳥かげも緑にそまり風にとけゆく花雲の流るる如くやまぼうし宅急の人ふり返りゆく 春おぼろかくれんぼうの老眼鏡いづこにじっとわれを待つらんや (評):後藤瑞義「春おぼろ」はおぼろ月を連想しました。老眼鏡が見当たらない、記憶をたどってみるがぼんやりとしてはっきりと置き場所を思い出せない。九十七歳の作者、家のどこかにあるのは分っているのでしょう、「じっとわれを待つらんや」とあわてず、ユーモアをもって、眼鏡とかくれんぼしているんだと歌っています。ここに作者のお人柄、人生における余裕さえ感じさせます。
2020.07.26
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7月26日(日) 角川短歌賞(192)第二十四回 受賞作品 「望郷」(2)大崎瀬都 三畳の部屋を包みて雨降ればこの世に一人のわれと思へり 日ざかりの街を行きつつ思ひをり影を売りたる男の話 寒かりし一日を強ひて終へむとす重油の如き梅酒を飲みて 疲れきり夜の電車に揺られゐて前(さき)の世の海かみんなみの故郷(くに) 幼年の日の希ひごとかなひたる夢覚めゆくや涙あふれつつ (つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)古典鑑賞講座「万葉集」(66)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(20)高市皇子・忍従のひと(3)高市皇子と但馬皇女(3) 但馬皇女、高市皇子の宮に在す時に、ひそかに穂積皇子に接(あ)ひ、 事すでに形はれて作らす歌一首人言(ひとこと)を 繁(しげ)みこちたみ おのが世(よ)に いまだ渡(わた)らぬ 朝川(あさかは)渡(わた)る(巻二・一一六) 但馬皇女―世間の口さがない噂はうるさいけれど、これまで渡ったことのない夜明けの川を渡りましたのも、あなたのためです。―(つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)中村憲吉歌集(23) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「林泉集」(12) 大正四年(1) 構橋晩景大河口(おほかはぐち)の夕焼がたの船工場(ふなこうぢやう)音をやめたりその重きおとを煤(すす)けむり河(かは)になづさふ夕づく日構橋(こうけう)のしたに帆の船来るひろびろと河の口より夕映(ゆふばえ)す構橋にちかづく大き帆のかげひろびろと河の口よりゆふ映す橋のたもとの路樹一本(ろじゆいっぽん)にひろびろと河の口より夕ばえす橋に向きたる街(まち)の遠くに夕づく日構橋のなかを行けりしが我が足もとに帆を巻く音す(つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)新古今集(713):佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十六(6) 雑歌上(6) 上東門院世を背き給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて 大貮三位千四百四十五 梅の花なに匂ふらむ見る人の色をも香をもわすれぬる世に 東三條院女御におはし(まし)ける時、圓融院つねに渡り給ひける を聞き侍りて、靫負の命婦が許に遣はしける 東三條入道前摂政太政大臣 千四百四十六 春霞たなびきわたる折にこそかかる山邊はかひもありけれ (つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)昭和萬葉集(巻十)(262)(二十七年~二十九年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅳ(32) 仕事の歌(32)行商(1)笠原清一郎雪消えて自転車の利(き)く春を待つわが行商も少しはよくならう時里作治いつまでも行商つづくる我かなと自転車拭きつつ除夜の鐘きく原 真人リヤカーの一台もてば楽になるとおもへど叶はざるまま行商つづく麦谷真喜子 作り笑ひ続けつつ品を売り歩き一人になればほつと息づく八木喜平 ひび入りし車体に針金を巻きつけぬ行商に行く妻の自転車 (つづく)
2020.07.26
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7月26日(日)一遍播州法語集(5)岩波文庫:昭和60年5月16日発行五 また云、三心(さんじん)といふは名号なり。このゆゑに、「至心信(ししんしん)楽(ぎよう)、欲生我国(よくしょうがこく)《至心に信楽して、我が国に生ぜむと欲す》」を称我(しょうが)名号と釈せり。故に称名するほかに、三心はなきものなり。 (つづく)(注)至心…我国:阿弥陀仏の第十八願の願文。
2020.07.26
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7月26日(日)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治33年罪人の神神様は生まれながら正しい人よりも悔い改めた罪人を愛します。神様は清廉潔白の心よりも、自らの罪を悲しむ心を愛します。正しい人は、その心の中に神様を知る能力も持っているでしょう。しかし、正しい人の心に映る神様は、罪人が自分の罪を悔んですべてを神様に捧げる人の心に映る完全無欠の神様とは違うでしょう。罪人を赦すことの出来る神様は、正しい人の心を喜ぶ神様より大きな神様と言えるでしょう。
2020.07.26
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7月25日(土)歌集「禁忌と好色」 岡井 隆(5)発行:昭和57年12月野の白鳥アイヌ語を数限りなく留めたる島に下り行きて人に遭はむとす子規宛の書簡ばかりをあつめたる重き一冊を伴侶にわれは今ゆのち白鳥の棲む水べまで人のこころに添ひつつ行かむ君または君の仲間に会はざれば野の白鳥も知らずか過ぎんしばしばも斜面の雪になづみたる旧き北方の海市あはれみづうみの氷のうへにやすらへる野生といふはあはく汚れて枕べにココシュカ画集ひきよせて見てゐるうちに彩(あや)は飛び初(そ)む燈(ひ)のすぢにうたるるごとくゐたりしが午後の経験を嘉(よみ)して眠る(岡井氏自注):北海道、糖尿病学会の折、「北の会」の人たちと行を共にし得た。
2020.07.25
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7月25日(土)鈴木菊江さん九十八歳の短歌(平成27年8月)(令和2年5月9日百二歳九か月にて亡くなられた鈴木菊江さんの短歌です)鈴木さんの満九十八歳の短歌です。梅雨空 鈴木菊江洗はれて木木かろやかに涼風のさやさやと鳴る六月の朝何鳥やピーヒヨロ啼いて梅雨空は光さすごと明るくなりぬきまぐれの遊びのように梅雨どき昨日の雲が今日は大雨音もなき雨が似合へり額の花青空色にいよよ華やぐしたたれる露のお花を剪る朝の今日の感謝のさわやかな音音もなき雨が似合えり額の花青空色にいよよ華やぐ (評):後藤瑞義「音もなき雨が似合えり」ということは、今雨が降っているように感じました。その雨は音もなく降っていたのでしょう。「音もなき」の「も」は、音はもちろん降っていることもわからないような雨だったのでしょう。わたしは、霧雨というか、日照雨(そばえ)のようなイメージをもったのです。そうしたなかで、額の花(額紫陽花)の青色が青空のように華やいでいた、と作者は感じたようです。額紫陽花が雨に濡れ、日照雨のような雨で明るさもあったのでしょう、華やかに見えたようです。一首のなかに雨と青空がでてくるところもわたしはいいと思いました。
2020.07.25
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7月25日(土)角川短歌賞(191)第二十四回 受賞作品「望郷」(1)大崎瀬都雨はれて沈みゆく陽を照り返す石塊(いしくれ)ひとつ不意に悲しも生(あ)れしよりずつと下宿の生活をしてゐるごとし夜半に目覚めて三畳を出づれば心軋むなり彼方にひかる富士見ゆる日も人の世の営みはただ死を忘るる気晴らしなりと言ひしパスカルわが思ひ満ちて濃度がいつぱいの部屋に出でたるヒヤシンスの芽(つづく)
2020.07.25
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7月25日(土)古典鑑賞講座「万葉集」(65)監修:宋 左近皇子と皇女たちの悲劇(19)高市皇子・忍従のひと(2)高市皇子と但馬皇女(2)但馬皇女と穂積皇子の恋愛は当時の宮廷人の間でも、かなりのスキャンダルであった。 穂積皇子に詔7して、近江の志賀の山寺に遣はす時に、 但馬皇女の作らす歌一首おくれ居(ゐ)て 恋(こひ)つつあらずは 追(お)いしかむ 道(みち)の隅回(くまみ)に 標(しめ)結(ゆ)へわが背(せ)(巻二・一一五) 但馬皇女―あなたに取り残されて、くよくよしているよりは、あなたを慕って、後を追って行きましょう。どうぞ道の曲り角ごとに、印をつけておいてください。愛しい方よー
2020.07.25
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