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12月31日(木) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(27) 新年参賀好天 モーニングに着かへて宿を出るときに寄りそふ妻がちょっと微笑む 帰つて来て「ああ済んだんだ」と声に出す宮中新春参賀好天 両陛下並み立ちたまひかすかにも揺れたまひゐし礼服の胸 近づいてわが滅亡に手をかすはやはりアメリカだよ問題は むろんその日この列島は無にならうアマリリス今日のやうに咲くとも (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 短歌研究新人賞受賞作品第三十四回(平成3年) 尾崎まゆみ「微熱海域」(2) ベッドには抜け殻ひとつ食卓の椅子にもひとつ窓を開けよう この場所に鉄砲百合を植ゑおきし母の空いつまでも晴れない 大杉栄、山口百恵、私の誕生日今日火の匂ひして 繩跳びを駆け抜けるため光・闇二面の鏡平行に置く 繋ぐ手のその空間の熱にあるたとへばインディアン・サマーなど (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 角川短歌賞(348)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(10)中川佐和子 前へ跳ぶ両手のリズムの危うけれ背をひからせて空気を抱きて 夕影の雲はひらたし谷間(たにあい)に取り残されしトマトを見おり 時計より出で来て踊る人形の目線は遠き夏木立かも かぶるなら陵王面と思うかな反時代的悪人の顔 洗いたる髪をうしろに束ねおり石に彫られし貴婦人のように (この項完結)
2020.12.31
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12月31日(木) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(226) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(42) 東歌・民衆の歌心(7) 恋愛の歌(2) 娘はまったく母親の監督の元にあった… たらちねの 母(はは)が手放(てはな)れ かくばかり 術(すべ)なきことは いまだ為(せ)なくに (巻十一・二三六八)作者不詳 ―母の手元を離れてから、これほどどうしていいか分らないことには、まだ 一度も出会ったことがありません。― (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 土屋文明歌集(42) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「韮菁集」(2) 昭和十九年七月乃至十一月(2) 北京雑詠(2) 閉(と)ざしたる蓮(はちす)に夕日つよくして尖(とが)りし紅(くれなゐ)数(かず)かぎりなし 塔(たふ)白(しろ)く寺廃(すた)れ蓮華(れんげ)たなびけり虚空(こくう)にまがふ荷葉(かえふ)のかがやき 朝(あした)より鋭(するど)きを国の音声(おんじやう)とも壁(かべ)に住む者のこだまともきく 此の宿を小さき日本(にほん)と帰るなり少女等(をとめら)のひびく日本語(にほんご)の中 あくまでも蓮の紅(くれなゐ)愛(め)づる国彼岸(ひがん)に寄せず愛憐(あいれん)に寄す (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 新古今集(874) 岩波文庫:佐佐木信綱訂 新古今和歌集第十八(37) 雑歌下(37) 家隆朝臣 千七百六十 その山とちぎらぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ 雅経朝臣 千七百六十一 君が代に逢へるばかりの道はあれど身をば頼まず行末の空 (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 昭和萬葉集(巻十)(401)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社発20行(昭和55年) Ⅵ(4) 四季の移ろい(4) 春(4) 前田芳彦 菜の花が黄の断片に見ゆるまで遠き頂きを人耕しき 今村 寛 棚雲に月上りをり晩春の突風に乗りて雨すぎしかば 吉田正俊 悲しみはあるかなきかになりゆきて光を乱す逝く春の風 この狭き国を吹きゆく春嵐(はるあらし)なげかひし過去も今のうつつも (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 「歎異抄」(訳:野間宏)(37) 筑摩書房:昭和44年5月30日発行 (注)「歎異抄」の原文、及び野間氏の解説、感想等は省略 しています(後藤)。 第十三章(6) このことについては、また、「海や川 に網をうち、釣をして漁業で生活するものも、野山で猪(しし)を狩 り、鳥などをとって狩猟で生計を立てるものも、あるいは商 売する人も、田畑をたがやす百姓も、すべておなじことなの だ。」とも、「どうしても、そうしなくてはならないような宿 世の必然性が自分をゆり動かしてくれば、どんな行為をもす るはずだ。」とも、親鸞聖人はおっしゃいましたが、このご ろのものは、いかにも後世の往生を願うような顔をし、善人 だけが念仏して救われるかのように、場合によっては念仏の 道場に貼り紙までして、これこれのことをしたものはこの道 場へ入ってはならないなどと掲示しているものもあるしまつ、 これおこそまったく、表面の姿だけはいかにも才知すぐれた ものが善行に励んでいるかのように見せかけて、その内実は うそいつわりの仮の姿に満ちているものではありませんか。 (つづく)
2020.12.31
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12月31日(木) 内村鑑三「一日一生」より (注)文語は口語にし、意訳しています(後藤)。 発行:昭和35年教文館 わたしの支え わたしは、罪深い人間であると思っています。ですから聖書を読むのです。「あなたたちの罪は緋(ひ)のように赤いけれども、心配しなくても良い、雪のように白くなるでしょう」(イザヤ書一・十八)を読んで、わたしはこの上なく心がいやされます。わたしは何も知らない人間です、ですから聖書を読む必要があるのです。「神様のもっともおろかしいことも人間のもっとも賢い人の数倍も賢い」と聖書には書いてあります。それを読んでわたしは自分の無知無学について失望しなくてすむのです。わたしはまた非常に弱い人間です、お金もなく、友達もなく、世の中における権力というものはいっさいありません。しかし、聖書には「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって生きなさい」と書いてあります。わたしの消えようとしている希望は、これらの記述によって回復してくるのです。
2020.12.31
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12月30日(水) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(26) 小池 光に 右手もてマウスあつかふつかの間は叛意の虹の立ちのぼる見ゆ 埴生より入(い)るのは避けて荒地よりまはりみちせり 君の真似して 夕雲の底がしづかに燃えてゐる小池光に手紙書きたり (つづく)
2020.12.30
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2月30日(水) 短歌研究新人賞受賞作品第三十四回(平成3年) 尾崎まゆみ「微熱海域」(1) 雲雀料理の後にはどうぞ空の青映しだしたる水を一杯 明日のため吊されてゐるブラウスの胸ポケットに降る未然形 万緑に一枚の風描きたるフォルムをこの耳に捕へたい コカコーラ壜のへこみに匂ひたつのすたるじあ飲み干してごらん 夜ステゴザウルスとなるクレーンのその瞳には溢れる満月 (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 角川短歌賞(347)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(9)中川佐和子 ガーベラの朱なる花にかがむとき擦り抜けてゆく風をいたみぬ 桃に刃をあてるがごときかなしみを雨降り頻る海見て思うよ 束縛をせざりしことをしおしおと退(すさ)りて思う、乾きゆくべし いまにしてツタンカーメンの豌豆の褐色の種子にいくらか和む 七月の陽ざしと踊るアンダージョにわが内腿の力を抜きつつ (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(225) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(41) 東歌・民衆の歌心(6) 恋愛の歌(1) この時代の母親の権力がひじょうに強く現れています。 たらちねの 母(はは)に障(さは)らば いたづらに 汝(いまし)も吾(われ)も 事(こと)成(な)すべしや (巻十一・二五一七)作者不詳 ―お母さんに邪魔されたら、あなたも私も、万事うまく行かないでしょう。― (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 土屋文明歌集(41) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「韮菁集」(1) 昭和十九年七月乃至十一月(1) 北京雑詠(1) 方(ほう)を劃(くわく)す黄なる甍(いらか)の幾百(いくひやく)ぞ一 団の釉(うはぐすり)熔(と)けて沸(た)ぎらむとす 紫禁城(しきんじやう)を除(のぞ)きて大方(おほかた)木立(こだち) しげり青吹(あをふ)く風に楼門(ろうもん)浮かぶ はてしなき青き国原四方(くにはらよも)を限り城門(じやうもん)あり北 京(ぺきん)あり (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 新古今集(868) 佐佐木信綱校訂 新古今集巻第十八(36) 雑歌下(36) 家隆朝臣 千七百五十八 おほかたの秋の寐覚の長き夜も君をぞ祈る身をおもふとて 千七百五十九 和歌の浦や沖つ潮合に浮かび出づるあはれ吾身のよるべ知らせよ (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 昭和萬葉集(巻十)(418)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社行(昭和55年) Ⅵ(3) 春(3) 上田三四二 三月の光となりてひと谷に冬越えし葉は青みをかへす 新海五郎 音しつつ隧道(すいだう)をあふれ出でて来る雪消(ゆきげ)よ春のさきがけとして 杉山敏也 自(おのづか)ら秩序もつらしき列なして春の汀(みぎは)に目高より来る 田辺 元 浅間峰はけふは煙を吐かずして静もりかへる春日の下に 黒木伝松 煙青く焚きて木を伐る向うの丘親が子にいふ声透り来る (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 「歎異抄」(訳:野間宏)(36) 筑摩書房:昭和44年5月30日発行 (注)「歎異抄」の原文、及び野間氏の解説、感想等は省略 しています(後藤)。 第十三章(5) もちろん決して、悪は必ず往生のさまたげになる というのではない。「戒律をまもることによってのみ本願を 信じることができるというのであれば、われわれのように戒 律ひとつまもれないものはどのようにして生死の迷いから解 放されたらようのか。」ともおっしゃったのです。こうした あさましく罪深いわれわれでさえも、本願にお会い申しあげ ることができるからこそ、ほんとうの意味でそれにあまえる こともできるのです。しかし、だからといって、このわが身 にそなわっていない悪事は、何としてもはたらくわけにはい かないものなのです。 (つづく)
2020.12.30
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12月30日(水) 内村鑑三「一日一生」より (注)文語は口語にし、意訳しています(後藤)。 発行:昭和35年教文館 天国に入るには 「天国にはどんな人が、入ることが出来るのでしょうか。」ある人が、パウロのところに来て聞きました。「わたしは救われるために何をしたらいいのでしょうか」とも聞いた。そのとき、パウロは何と答えたでしょうか。慈善家になりなさい、などとは言いませんでした。または青年会の幹事になり人のために尽くしなさいとも言いませんでした。パウロは、答えました。「主イエス・キリストを信じなさい、そうすればあなたもあなたの家族も救われるでしょう」と。救われて、天国に入るためには、ただ一つの道があるだけです。それは、イエス・キリストを信じることです。その他の道はみな偽りの道です。
2020.12.30
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12月29日(火) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(25) 年末ご進講のあとさき 焦げくさい心(こころ)だつたが事実火はどこにもなくて本をひろげた 長く真(まこと)を語りたまへる皇后の、此処へ来てよかつたと僕は思つた 新しい朝が来てゐるなんてこと思ふことなく朝窓の下 (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 短歌研究新人賞受賞作品第三十回(昭和62年) 黒木三千代「貴妃の脂」(6)(注)今年度は2作品受賞 「きやあまた」と言ひたるあとはふりむかぬ昭和ひとけたの美意識ならむ 喩ふれば渡る翼のV字形峡谷を率る一羽、疲れて 殺めらるることなきわれが苛だちてある日は潰す稚(わか)き草の実 性をひさげぬわが頑が苦します夜をいくたびも燐寸擦る音 たましひの隠れ処もなき雪明かり二月はひとり睡れ 睡らむ (この項完結)
2020.12.29
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12月29日(火) 角川短歌賞(347)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(8)中川佐和子 午後の陽の片寄りて射す展望台窓には白き蛾がとまりおり 乗る電車いっぽん遅らせ君が言う「必ず手紙を書くから」なんて 謝らず互みに手を振り別れゆく対等でありし恋にてあるか 公園にきんぎょそうの咲き継ぎぬ通るたびその長き夜夜思う 灯の下に素足のままで立ち上がるもとよりひとりの部屋の静けさ (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(224) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(40) 東歌・民衆の歌心(5) 労働の歌(5) 岡(をか)に寄(よ)せ わが刈(か)る萱(かや)の さね萱(かや)の まことなごやは 寝(ね)ろとへなかも (巻十四・三四九九)作者不詳 ―自分が岡の方に引き寄せるようにして刈った萱の、その根萱ではないが、本当にやわらかな様は、ここへ娘と一緒に寝なさい、と言っているようだ。― この歌も、このように想像することによって、つらい労働をいくらかでも軽くする効果があったのではないか(土屋文明)。(つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 土屋文明歌集(43) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「山の間の霧」(3) 昭和十八年(2) 南方返牒 一年(ひととせ)に少し老いしや否(いな)を否朝五時に覚め夜十時に眠る 古(いにし)へを恋ひつつ吉野の山を行く吾(われ)をゆるせり国ゆとりありて 君等あまた国の境(さかひ)に立つ時にただ読む万葉集を少しづつ (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 新古今集(873) 岩波文庫:佐佐木信綱校訂 新古今和歌集巻第十八(35) 雑歌下(235) 右衛門督通具 千七百五十六 袖に置く露をば露としのべどもなれ行く月や色を知るらむ 定家朝臣 千七百五十七 君が代にあはずは何を玉の緒の長くとまではおしまれじ身を (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 昭和萬葉集(巻十)(412)昭和二十七年~二十九年作品 ) 講談社発行(昭和55年) Ⅵ(2) 四季の移ろい(2) 春(2) 近藤とし子 紫にのびし花の芽ふふみたり九年培(つちか)ひて来しいかり草 真下正之 夜をこめて山の雑木(ざふき)は芽吹くべし雉子(きぎす)の声の鳴き渡りつつ 久保田夏樹 あららぎの老垣の根に三葉芹芽ぐみてゐたる土をいたはる 中村正爾 春あさき登呂(とろ)の聚楽(しゆうらく)のあとどころ草芽ぶかずて円型の土 (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 「歎異抄」(訳:野間宏)(35) 筑摩書房:昭和44年5月30日発行 (注)「歎異抄」の原文、及び野間氏の解説、感想等は省略 しています(後藤)。 第十三章(4) また反対に、いくら殺すまいと思っても、百人千人と いう多くの人を殺してしまうことだってあるにちがいない。」 とおっしゃいました。このことは、われわれが自分で、心の 善いのを往生のため「善い」と思い、悪いのを「悪い」と思 ってばかりいて、ほんとうは善くも悪しくもひとはみな、本 願の不思議な力によってたすけていただけるのだということ に気がつかないでいることをおっしゃったのである。かって、 誤った考えにとらわれた人があって、本願は悪いことをした ものをも救おうという願であらせられるからということで、自 分から進んでわざと悪いことをし、これこそ往生のための行な いになるはずだなどと主張し、いろいろとよくないことをして いるという評判がたちましたとき、お手紙に、「毒を消す薬が あるからといって、好んで毒を飲むようなことをしてはならな い。」と書かれてあったのは、その誤った考えにとらわれている ものを正そうというためであったのである。 (つづく)
2020.12.29
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12月29日(火) 内村鑑三「一日一生」より (注)文語は口語にし、意訳しています(後藤)。 発行:昭和35年教文館 苦難の時 葉が落ちて、枝はむなしく揺れています。しかしわたしは知りました。芽のきざしがなければ、葉は落ちないのだと。木を割ってみると、厳しい冬の梢には、すでに皮の下に春に花を咲かすべき芽が出ていたのでした。おちぶれることは再び復活するきざしです。もし、世の中が低迷するように見える時、それは新しく生まれ変わる準備をしている時なのです。
2020.12.29
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12月28日(月) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(24) ある時に 立ち上げてはみたけどノートパソコンは紙媒体の森の奥処(おくか)に 小説へ行くと伝へてなほ歌にのこる思ひをともに伝ふる ライト・ノヴェル書きつつ詠んだといふ歌のうつくしい本が届けられたる (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 短歌研究新人賞受賞作品第三十回(昭和62年) 黒木三千代「貴妃の脂」(5)(注)今年度は2作品受賞 逆光に灰色の羽すきとほり過ぎにしミカエルの裔の鳩らよ キャベツ畑にキャベツは闌けて歩むことなく過ぎたりし母の晩年 イエスよおもふ即ち姦淫とせばおもはざる婚とはなにぞ 唐突に声よみがへりモーツァルトK(ケツヘル)四百六十六を思へり かわく渇く 桔梗しほれてゆく幾日(いくひ)見てゐたるのみわれは執念く (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 角川短歌賞(346)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(7)中川佐和子反論の語尾をのみこみ立ち止る広き背中はアクセス不能はかなくて次の言葉を探るとき 赤道直下の鯨を思え首の向き少し変えつつ言う君に尖る地軸のごときが見ゆる掬うたびオレンジ色になる湖水夢の中にて水味わうも波のうつ州浜を尾長が舞うようなそんな絵柄の銅鏡ぞ欲し(つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(223) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(39) 東歌・民衆の歌心(4) 労働の歌(4) 足柄(あしがら)の 箱根(はこね)の山(やま)に 粟蒔(あはま)きて 実(み)とはなれるを 逢(あ)はなくもあやし (巻十四・三三六四)作者不詳 ―足柄の箱根の山に粟を蒔いて実った。そのようにわたしの恋は成就 したのに、いまだに逢えないのはおかしいことだ。― この歌も、耕作するときの、そのつらい労働を慰安するための歌のひと つと思われる(土屋文明)。 (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 土屋文明歌集(42) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「山の間の霧」(2) 昭和十八年(1) 送別二人 芝の上に子を抱(いだ)く兵多くして君若ければこともなく見ゆ 雪のある山より春の時雨(しぐれ)来て練兵場に皆傘を立つ いで行くに思ひ思ひのまどゐせり雨には妻と傘に入りたまへ (つづく)
2020.12.28
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11月28日(月) 新古今集(872) :佐佐木信綱校訂 新古今和歌集第十八(34) 雑歌下(34) 前大僧正慈円 千七百五十四 うち絶えて世に経る身にはあらねどもあらぬ筋にも罪ぞ悲しき 和歌にて、述懐のこころを 千七百五十五 山里に契りし庵や荒れぬらむ待たれむとだに思はざりしを (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 昭和萬葉集(巻十)(417)(二十七年~二十九年の作品) 講談社発行(昭和55年) Ⅵ(1) 四季の移ろい(1) 春(1) 木俣 修 やうやくに五体しづまるあかときに春の時雨の音ぞ過ゆく 片山広子 待つとなく一人ながむるむさし野の高井戸のそら春らしくなりぬ 山下喜美子 春さむき日日のつづきて湯たんぽが朝夕さびしく口金鳴らす 吉田守一 枯れ果てて未だ目覚めぬ湿原にひそやかにはやも咲く猩々袴(しやうじやうばかま) (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 「歎異抄」(訳:野間宏)(34) 筑摩書房:昭和44年5月30日発行 (注)「歎異抄」の原文、及び野間氏の解説、感想等は省略 しています(後藤)。 第十三章(3) す ると、「では、いまかりに、人を千人ころしてもらおう、といっ たらどうだ。もしそれができたら、往生はまちがいないはずだ。」 とおっしゃったので、「お言葉ではございますが、このわたくしの 器では一人として殺すなどできそうもありません。」と申しあげま したところ、「では、なぜ、親鸞が言うことに決してそむかないな どと言うのだ。」と言われ、さらに続いて、「これでよくわかるだろ う。何事でも、もし思うとおりにできるのなら、往生のため人を千 人殺せといえば、すぐにも殺すはずだ。ところが、ただの一人でも 殺すことのできるような、自分の宿世からの必然性がないから、殺 さないのだ。自分の心がけが善良だから殺さないというのではない。 (つづく)
2020.12.28
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12月28日(月) 内村鑑三「一日一生」より (注)文語は口語にし、意訳しています(後藤)。 発行:昭和35年教文館 死について わたしは時々、夜中にひとり静かに胸に手をあてて自分自身に問います、「今、もし自分が死ぬなら、自分は平和に死ぬことが出来るだろうか」と…。しかし、いまだかって、一回も満足な答えをすることが出来ませんでした。そんな時、主イエス・キリストはわたしにいいました、なんで死について思い悩んでいるのかと…。あなたはまだ死ぬ時ではないのです。ですから、死についての満足な答えが出来ないのです。明日のことについて思いわずらってはいけません、今日は今日のこと、明日になったら明日のことを思いなさい。一日のことは、その日一日を一生懸命生きることで十分です。あなたの力は、この一日一日の積み重ねによって生まれます。あなたが、実際に死に際して、それにうろたえず堂々としていられるかは、この一日一日の生き方に関わっています。この言葉で、わたしは納得しました。死への準備は、今日の自分のやるべきことを忠実にすることであると…。もうわたしは死を恐れることはありません。わたしは主イエス・キリストの言葉を信じ、その恩恵(めぐみ)をうけ安心して死ぬことが出来るでしょう。
2020.12.28
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12月27日(日) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(23) ののしつてはゐないが スヰッチを押せば画面があらはれて型通りの絵の起きて崩るる パーソナルぢやなくてクラウドコンピュータだと説く人の顔のみにくさ 目を閉ぢて少し考へて眼鏡とる、側方へ出る水流がある (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 短歌研究新人賞受賞作品第三十回(昭和62年) 黒木三千代「貴妃の脂」(4)(注)今年度は2作品受賞 影のごとま鯉集まり紛れざる緋鯉一尾は恥のごとしも 若き僧乗る自転車が胴顫ひしつつ桜の奥に吸はるる 花落ちし細き藤房下がりゐる藤棚の下、くみし易し 楡は太く直くし立てりうつくしき恥さへ望むべくはあらぬを 「翼を広げ神わが上を領せし」と、性愛か信仰か知らず (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(222) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(38) 東歌・民衆の歌心(3) 労働の歌(3) 麻をらを 桶に多に うまずとも 明日着せさめや いざせ小床に (巻十四・三四八四)作者不詳 ―そんなに、麻を桶いっぱいに糸にしなくてもいいではないか。明日着物としてお召しになるわけではないでしょう。だからその仕事は止めて、さあ、寝床にはいりましょう。― (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 角川短歌賞(345)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(6)中川佐和子 ともにいる「フラッシュ・ダンス」さみしさは蘇枋の花咲くいまかと思う 君の肩につかまらんとす差しのべる手はうつし身に影をつくれり ややありて君が扉を開けしとき薄明へなべてなだれゆくかも 大詰めで君は君さえ愛さぬかマンドリンの音のごとき言葉は ひしひしと海に無数の傷跡があること君は知ってるだろうか (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 土屋文明(41) 中公文庫:日本の詩6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「山の間の霧」(1) 昭和17年(1) 白人侵略史追憶 静かなる此の夕ぐれに立つ月の光は庭の雪をてらせり ゆづる葉の紅(くれなゐ)ぬらす今朝(けさ)の雨みぎりの雪をいたく解かしぬ 不得手(ふえて)なる語学に苦しみ努めにき小此木先生(をこのぎせんせい)白人侵略史のため 三十年(さんじふねん)前吾(わ)が書きし白人侵略史散逸して小此木先生もなし (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 岩波文庫:佐佐木信綱校 新古今集(866) 新古今和歌集第十八(28) 雑歌下(28) 前大僧正慈円 千七百五十二 なにごとを思ふ人ぞと人問はば答へぬさきに袖ぞ濡るべき 千七百五十三 いたづらに過ぎにし事や歎かれむうけがたき身の夕暮の空 (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 昭和萬葉集(巻十)(412)(昭和二十七年~二十九年の作品) 講談社発行(昭和55年) Ⅴ(122) 病み臥して(43) 病者の怒り(3) 加藤 孝 体力の許す限りの範囲にておされし病室委員を今日より始む 追立五男 「貴方も病気になってみなさい」こみ上ぐる言葉押へをり所長の前に 成徳勝四郎 燈を消せば血がのぼり来るこの怒り医療券を打切りし福祉事務所憎む 杉浦 潮 自治会が次第に医局におさへられ医師の暴言も今ぢかに聞く (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 「歎異抄」(訳:野間宏)(33) 筑摩書房:昭和44年5月30日発行 (注)「歎異抄」の原文、及び野間氏の解説、感想等は省略 しています(後藤)。 第十三章(2) なくなった上人のおっし ゃるには、「うさぎの毛やひつじの毛の先端についている塵 ほどの罪をふくめて、現にわれわれが犯しつつある大小さ まざまな罪悪で、自分の宿世の思慮や言動に深く根ざしてい ないものは一つもないのだと知らなくてはならない。」との ことでありました。また、あるときのこと、「唯円坊は、わ が親鸞の言うことを信じるか。」とのお言葉がありましたの で、「はい、信じます。」とお答えいたしましたところ、「で は、言うことに決してそむかないか。」と、かさねてのお問 いかけがありましたので、つつしんで承知いたしました。 (つづく)
2020.12.27
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12月27日(日) 内村鑑三「一日一生」より (注)文語は口語にし、意訳しています(後藤)。 発行:昭和35年教文館 大いなる友人 米国の詩人ホイットマンが言いました「大いなる友人」とは誰でしょう、それはイエスさまです。イエスさまはわたくしの友人でもあります。わたしがだだ一人、荒れ野をさ迷うとき唯一の話し相手となってくれます。冬枯れの山野、葉は落ち、枯野が続くばかりの時、寒月は枯枝の上で氷のような光を射します、そのような時、小川のほとりに立って、わたしは叫びます、「わが父よ」「わが友よ」と…。暮れかかった道を一人歩いて家路につくころ、わたしのこころのなかには、まばゆいばかりの光が差し込むのを感じます。空にまたたく星々までもがわたしのために讃美歌をうたっているようです。ああ、こんな偉大な友を持つ幸福な者は他に誰があるでしょうか。
2020.12.27
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12月26日(土) 岡井隆特集 平成23年角川書店雑誌「短歌」2月号より <新作100首> 歯痛をこらへながら作つた歌(22) 日記の終りに 時間(クロノス)といふ老人がぼくといふ老人にしぶしぶ呉れた今日です 日録はさながら一日の錆ならめせめてアミエルほどこに書かねば 断想を並べて今日を終るとき書かれないまま灯が燃えてゐる (つづく)
2020.12.26
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12月26日(土) 短歌研究新人賞受賞作品第三十回(昭和62年) 黒木三千代「貴妃の脂」(3)(注)今年度は2作品受賞 あきらむるを待たれてゐるに相違なし応答のなき受話器が眩し 木槿咲きことばのごとく儚きをよろこぶわれははや若からず 金管楽器吹く少年が持ち帰るハンカチに虹のごときしみあり 怒らせておいて怒れば「かはいい」とからかふ吾子はすでにし男 立夏、雨降らず過ぎたり木婚の隣りの主人痩せてきしなり (つづく)
2020.12.26
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12月26日(土) 角川短歌賞(344)第三十八回 受賞作品(1992年) 「夏木立」(5)中川佐和子 地中海沿岸地方原産のストックの束の端的な白 両腕を真上にあげるバランスは苦しまぎれに塔を思うまで うしろからプリマの人差し指が来てわれの背中の位置を直せり 間違ってステップを踏む惨めさが舞台の他にたまさかにある 失業の女よりもらいし香港の名も無き石のブローチつける (つづく)
2020.12.26
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12月26日(土) 古典鑑賞講座「万葉集」(抜粋)(221) 監修:宋 左近 万葉を彩る歌人たち(37) 東歌・民衆の歌心(2) 労働の歌(2) 足柄(あしがり)の わをかけ山(やま)の かづの木(き)の 我(わ)をかづさねも かづさかずとも (巻十四・三四三二)作者不詳 ―足柄のわをかけやまにあるカヅの木ではないが、私を親のところからかどわかして逃げてくださいな。そんなに熱心にカズをさかないで。 (注)かづす:かどわかす。連れて行く。かづ:いまの楮(こうぞ)、衣料の原料。 男たちがつらい労働をまぎらわせるための願望を歌にした(土屋文明) (つづく)
2020.12.26
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12月26日(土) 土屋文明歌集(37) 中公文庫:日本の詩歌6より 昭和五十一年四月十日初版 歌集「少安集」(7) 昭和十六年 故郷山 明時(あかとき)に二度(ふたたび)なけるほととぎす故里(ふるさと)の山に吾(われ)は目ざめゐる 夜々(よるよる)の梟(ふくろふ)も今思ひがなしあらはなる臥所(ふしど)に育ちたりけり 一生(よとよ)の喜びに中学に入りし日よ其の時の靴屋(くつや)あり吾は立ち止る 瀬波岩船 苦(くるしみ)を常と考へし来(こ)し方(かた)もすこし改めむ今日(けふ)の安けし 斧(をの)の音ひねもす響くひねもすに印(しる)して倦(う)まず鉛筆の丸 (つづく)
2020.12.26
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