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3月31日(火)第九回角川短歌賞(74) 受賞作品「老に来る夏」(鈴木忠次)(4)(昭和38年)(注)この年は受賞者が2名です。(田舎の長兄老いて子なく一切を始末し我許に来る) 妻は蚕に吾は蚊によわし三十年同じ釜を食らふ血と肉にして夏場所が始まるテレビさしなみの隣に頭下げて兄を連る古い頃の相撲に陸奥ノ里居り北なる遠なる名にして恋ほし碧落は無数微塵を篩ひゐむ降らしくるものまなこに見えず昼となく夜となく音なく降るおもへ自然現象に似て非なるもの(つづく)
2020.03.31
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3月31日(火)萬葉集入門(7)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)富人(とみびと)の家の子どもの着る身無みくたし捨つらむ絹綿(きぬわた)らはも(五巻:900) 山上憶良山上憶良は、漢文学を以て遣唐使少録となり、出身した者で、漢文学を修めた萬葉作者の代表のごとき観がある。この一首は、己の老病の中に、子供等の上を憂えて、富める者の子は、着るべき体のないために、捨てるほどの衣料を持っているのにと歎いた。 大伴家持は人麿や赤人と同様に、憶良の歌風も学んだ。うらうらに照れる春日(はるひ)に雲雀(ひばり)あがり心かなしも一人思へば(十九巻:4292) 大伴家持これなども、憶良から始まった、いくらか思想的とも、言い得る作風。(つづく)
2020.03.31
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3月31日(火) 古泉千樫歌集(48)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(46)大正五年(6)五月の朝せいせいと青草のびし濠(ほり)の土手に朝日かがやく長き斜面にさ緑ににほへる濠にこのあした小舟三つ見ゆ藻(も)を採(と)る小舟舟に採る五月の濠の藻の匂(にほ)ひさやに匂へり朝日照りつつ(つづく)
2020.03.31
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3月31日(火)一遍上人語録(93)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(13)門人伝説(13)十二 又云、「随縁雑善(ずいえんぞうぜん)、恐難生(くなんしよう)《隨縁の雑善をもつては、恐らくは生じ難し》」といへる。隨縁といふは、心の外に境をおいて修行するなり。よその境にたづさはりて心をやしなふ故に境滅すれば成就せず、是則自力我執の善なり。これを隨縁雑善といふ。注隨縁:堂塔を建立したり、仏像を造立したりする善根を指す。虚偽の善。(つづく)
2020.03.31
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3月31日(火)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治41年より利己主義の信仰キリストに慰められることを願う人々がなんと多いことでしょう。しかし、キリストをお慰めしようと思う人はほとんどいません。神様に色々してもらうことばかり考えて、神様に真にお仕えするという人は少ないのです。キリストによって魚とパンを与えられた数千人の人がいましたが、キリストを慰めた人は、死出のキリストの足もとに香料を注いだ婦人一人です。パウロがピリピの信者への手紙(第2章21節)に「他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています」と書いています。わたしも今日のいわゆるキリスト信者と言っている人々に対して同じことを言いたいと思います。
2020.03.31
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短歌鑑賞(石川啄木の一首)(歌誌「賀茂短歌」用下書き) 旅七日(たびなのか)かへり来(き)ぬればわが窓(まど)の赤きインクの染(し)みもなつかし 「一握の砂」 石川啄木 石川啄木については、歌集「悲しき玩具」を一首目より順にシリーズで鑑賞しています。今回はそれとは別に歌集「一握の砂」よりちょっと気になった歌がありまして、鑑賞してみました。気になったというか、昔読み飛ばしていた歌が、最近読み直してみて心に残ったのでした。まず、一週間留守にして帰って来た啄木です。その旅がいかなる旅であったかは分かりませんが、かなり長い旅だったと思います。旅は日常の雑事を忘れ、気分転換になります。多分啄木も苦しい日常を忘れ、いわば命の洗濯が出来た一週間ではなかったでしょうか。しかし、旅から帰った時に大部分の人が感じることだと思うのですが、「やっぱりわが家が一番」といった気持、啄木でさえそれを感じたのでしょう。この短歌の内容は、それに尽きるように思いました。それを「赤いインクの染み」に焦点を当てたところがやはり啄木は凄いと思ったのでした。啄木が、朝日新聞社の校正係の仕事をしていたことが知られています。仕事を家に持ち帰ったのでしょうか。それとも、短歌の添削かもしれません。薄暗い室内を避け明るい窓の近くに行ったのでしょう。そこで、ついうっかり赤いインクをこぼしてしまったのです。それが、「窓の赤きインクの染み」ということだと想像しました。そのインクの染みは、啄木の汚点であると同時に啄木にとってわが家の証しでもあるわけです。「窓の赤きインクの染みもなつかし」が実感として心に響きました。それにしましても、「赤いインクの染み」という具象によってわが家の懐かしさを表現した啄木の着眼点に脱帽しました。
2020.03.30
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3月30日(月)第九回角川短歌賞(73) 受賞作品「老に来る夏」(鈴木忠次)(3)(昭和38年)(注)この年は受賞者が2名です。志賀直哉のやうにうつくしく老いたしと我言ひて妻くくくく笑ふわが家の不経済期にて息子らといへどさまざまの髪あぶら壜年頃ですと母を笑はせ小心な紀章が赤いセーター着たり親父にだけあますぎる母と詰(なじ)るらし女の宿命をすらまだ知らず家族らの寝まる畳は離れゐて蚕のこと言ひだすも妻年々の夏
2020.03.30
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3月30日(月)萬葉集入門(6)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)民謡は萬葉集の特色で、東国農民の間に伝えられた東歌は、民謡らしい民謡。霞ゐる富士の山辺(やまび)に吾が来なば何方(いづち)向きてか妹(いも)が歎かむ (十四巻:3357) 駿河国歌玉川にさらす調布(てづくり)さらさらに何ぞ此の子のここだかなしき (十四巻:3373) 武蔵国歌上野(かみつけぬ)佐野田の苗の占(むらなへ)に事は定めつ今はいかにせも (十四巻:3418) 上野国歌 実質的には、その多くが東国農民の生活表現である。 (つづく)
2020.03.30
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3月30日(月) 古泉千樫歌集(47)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(40)大正五年(5) 島の桃春の雨ふりてゐるらしゆうべはもよく眠りたりこの船の上にこの船の若き事務長と朝の卓(たく)ともに囲(かこ)みて珈琲(コーヒー)を飲む春の雨ふりてしづけし瀬戸の海の水おぼろかにささ濁り見ゆ島山の桃(もも)のくれなゐ近く見えわが船すすむ春雨のなかを春の雨いま晴れむとすぬれわたる甲板(かんぱん)の上のあたたかに見ゆ (つづく)
2020.03.30
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3月30日(月)一遍上人語録(93)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(17)門人伝説(12) 十一 又云、上(かみ)六品の諸善は他力所成(たりきしよじよう)の善体をとき、下(しも)二品は煩悩賊害のすがたを説(とく)なり。その実は、行福(ぎようふく)の者をば上三品(じようさんぽん)ととき、戒福の者をば中三品(ちゅうさんぽん)ととき、世福の者をば下三品(げさんぽん)と説(とく)べし。そのゆゑは、「一明三福以為正因、二明九品以善正行《一には三福を明かして、もつて正因とし、二には九品を明かしてもつて正行(しようぎよう)とす》」と釈して、九品ともに正行の善あるべきなり。回向心(えこうしん)の諸善は、名号所具の諸善と、衆生自力の時の諸善と、一味(いちみ)になる時をいふなり。 (注)上六品:上品の三品(上上品・上中品・上下品)と中品の三品(中上品・下中品・下中品)。他力所成の善体:他力の念仏によって往生の正因となる善根。 下三品:下品の三品(下上品・下中品・下下品)行福:行善ともいい、菩提心をおこして仏道を行ずること。戒福:戒律を守ること。世福:世間の道徳を修めること。回向心:自己のなすところの功徳や善根を廻転して、菩薩等に趣向したり、衆生に施与しようとする心。一味になる:絶対他力になりきる。(つづく)
2020.03.30
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3月30日(月)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治41年より無情の宣教師宣教師とは、外国からわが国に来て、父祖代々守って来た宗教を棄てなさいとわたしたちに迫る人たちのことです。わたしたちは、どうしても疑い今までの信じていたことを棄てるのを迷います。もし、外国の宣教師が誤って居たら取り返しのつかないことになるからです。そのように、わたしたちの身を切られるほど辛い選択であることを必ずしも外国の宣教師は知っているとは思われないのです。従来の生活習慣を止めること、父母親戚と争わなければならないこと、宗教を変えるということは、霊魂を変えるくらいに難しいことなのです。それなのに、外国の宣教師は軽々と宗教の変更を勧めます。なんと外国の宣教師とは無情な人なのでしょうか。われわれに辛い選択を迫る一方、自分たちは教会の狭い世界に目をつむり、教会を疑ったり、まして教会を棄てる勇気などあろうはずはありません。自分たちは何も棄てることがなく、わたしたちにはすべてのものを棄てよと迫るのです。何と無情な人たちでしょうか。そんな人たちに決して神様は顕れないでしょう。
2020.03.30
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3月29日(日)第九回角川短歌賞(72) 受賞作品「老に来る夏」(鈴木忠次)(2)(昭和38年)(注)この年は受賞者が2名です。眉の毛の垂りし一ぽんぴろぴろと目の邪魔に吹かれつつここちよし働らきの程知れて来し誕生日妻は心得て晩に少し作る山の田舎出で行きて姉に身を寄せき島田清次郎売り出しし頃長崎に赤彦来たる年の夏顔太く円く赤き赤彦を見しよわが姉も志摩君も原子弾に果てき距離近くして相知らずして(つづく)
2020.03.29
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3月29日(日)萬葉集入門(5)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)たらちねの母が手放れかくばかり術(すべ)なきことは未だ為(せ)なくに (十一巻:2368) 人麿歌集人麿歌集は、今伝わらないが、多分、ある時代の人が、人麿の歌を編集したものであろう。そのなかには、作者の分からない民謡も混じっているでしょう。この作品は女性の立場の歌で、民謡であることが明らかに知られる。(つづく)
2020.03.29
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3月29日(日)古泉千樫歌集(46)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(39)大正五年(4) 山びこさ夜ふかみこの街かげの坂みちをひとり下(お)り行く吾れの足音坂なかば歩み止むれば夜ふかみ凍(こほ)れる大気ひたに静けし街かげの夜の坂路に立ちゐつつおのづからなる寂しみ湧(わ)くも犬啼(な)きて山びこどよむさ夜ふかみこの街かげに山びこどよむ (つづく)
2020.03.29
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3月29日(日)一遍上人語録(92)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(11)門人伝説(11) 十 又云、「念々不捨者《念々に捨てざる者》」といふは、南無阿弥陀仏の機法一体の功能なり。成人の義には機に付といひ、或は法に付ともいふ。いづれも偏見なり。機も法も名号の功能と知ぬれば、機に付けどもたがはず、法に付れどもたがはず。其ゆゑは、機法不二の名号なれば、南無阿弥陀仏の外に能機もなく、又所帰もなき故なり。(注)念々不捨者:観経疏散善義に、「一心に専ら弥陀の名号を念じ、行住坐臥に時節の久近を問はず、念々に捨てざる者、これを正定の業と名づく」とある。機法一体:衆生の機と阿弥陀仏の法とが一体となり、離れないこと。功能:はたらき。(つづく)
2020.03.29
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3月29日(日)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治41年より真理と独立真理は自己を支持するといいます(Truthsupports itself)。ですから、真理はそれ自身独立したものです。これに反して虚偽はそれ自身、自己を.支持することは出来ません。依頼そのものです。独立は真理であることを証明します、一方依頼は虚偽であることを証明します。物事が真理であるか、虚偽であるかを見分ける方法はいま述べたことに従うのが一番確かです。外国人の宣教師によって伝えられたキリスト教はどうでしょうか。それに帰依する人たちは皆教会と宣教師にすべて依頼しています。雑誌を出すにも、教会を建てるにもすべて外国の宣教師に依頼しています。ですから、彼らの伝えるキリスト教は真理にのっとってはいないのです。かれらが伝える真理は真の真理ではないのです。彼らの間違いは、意志が弱いとかの問題ではなく、真理に立ってないだけです。人を独立に導けない宣教師の唱えるキリスト教は真のキリスト教でないことを証明します。
2020.03.29
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3月28日(土)第九回角川短歌賞(71) 受賞作品「老に来る夏」(鈴木忠次)(1)(昭和38年)(注)この年は受賞者が2名です。棕梠の木に苞の花芽は生まれゐて齢のすぎし妻かなしめり黄なる花芽四つ育ちゆく棕梠の木の慈母見る如しその垂りし葉も生れ日の五月八日がくるまでと吾妻はわれに苺買はぬなり土耳古(トルコ)めく壺赤く青く模様染まる小さなカーテンを窓にそよがす味覚・視覚用の形態二つ板に置かるその暫(しばらく)の牡丹と筍(つづく)
2020.03.28
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3月28日(土)萬葉集入門(4)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)笹の葉はみ山もさやに乱(みだ)れども吾は妹(いも)思ふ別れ来(き)ぬれば (二巻:133) 柿本人麿秋山に散らふ紅葉(もみぢば)しましくはな散り乱りそ妹があたり見む (二巻:137) 同人麿はいろいろな意味で、萬葉集中第一の作者。この二首は、彼が石見国(島根県)の公務員であった時、その地で親しんだ妻に別れて、上京する時の歌。人麿の歌は主観と客観の融合がうまくいっている。自然と内面情緒とが、よく一致された表現となっている。完成された短歌の姿を代表するものとも言える。(つづく)
2020.03.28
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3月28日(土)古泉千樫歌集(45) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(38) 大正五年(3)雨降る雪の上にぬばたまの夜の雨そそぐ代々木が原をもとほる吾れはぬばたまの夜(よる)の雨ふり土の上の雪しみじみと溶けつつあるなりひとり立つわが傘(かさ)にふる雨の音野にみちひびく夜(よる)の雨のおと 雨くらき夜の原なかを人は来(く)れしはぶきのこゑつづけてきこゆぬば玉の雨夜の野路の行きあひに傘にひびかふ雨の音(おと)はも早春(そうしゆん)の雨の夜ふけて橋わたり水のながるる音ききにけり (つづく)
2020.03.28
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3月28日(土)一遍上人語録(91)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(10)門人伝説(10)九 又云、深心の釈に「仏の捨しめ給ふものをば、即(すなわち)捨(すて)よ」といへる。「仏」といふは弥陀なり。「捨よ」といふは自力我執なり。「仏の行(ぎょう)ぜしめ給ふものをば、即(すなわち)行(ぎょう)ぜよ」といへる。「行」とは名号なり。「仏の去らしめ給ふ処をば、即され」といへる。「処」とは穢土(えど)なり。「随順仏願《仏願に従順す》」といへる。「仏願」とは弥陀仏の願なり。 (注)弥陀仏の願:阿弥陀仏の第十八願。(つづく)
2020.03.28
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3月28日(土)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治44年より真理とキリスト教キリスト教は真理ですと簡単に言ってはいけません。まず、真理とはいかなるものかをはっきりと定めなければいけません。それが、第一にすることです。そしてはじめて、キリスト教が真理であると証明するのです。詩人のコレリッジが言っています。「真理よりキリスト教をまず愛する人は、キリスト教より自分の属する教会を愛する人です。またそういう人は結局は、何ものにもまして自分を愛する人なのです」と。それにしましても、キリスト信者を見まわしまして、今指摘したような人がなんと多いことでしょうか驚くほどです。
2020.03.28
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3月27日(金)第九回角川短歌賞(70) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(10)(昭和38年)文明を哄ふゴリラのドラミング。巨大な糞を巣に残し去る臭ひつつアフリカ栄ゆカヨンザにゴリラ新しき石鹸の匂ひして月明にゴリラ一団眠れるや首領ゴリラは雪白の背に石鹸にほふごときゴリラの体臭に顕ちててを月に吾(あ)も眠らむに(この項完結)
2020.03.27
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3月27日(金)萬葉集入門(3)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)岩代(いはしろ)の浜松が枝(え)を引き結びま幸(さき)くあらばまたかへり見む (二巻:141) 有間皇子百伝(ももづた)ふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲がくりなむ (二巻:416) 大津皇子 ともに死に臨んだ歌。 有間皇子は、謀叛の裁判を受けるため、護送の途中、岩代という所の海岸の松の枝を、当時の習慣に従って、結び、無事を祈りながらも、不安な旅行を、つづけようとしている時の作品。 大津皇子は、謀叛により、死刑を執行される刑場に臨んで、眼前の、磐余という池の水の上に、浮かび鳴き合う鴨に、思いをよせている。「百伝ふ」は磐余についた枕詞。 厳粛な死を前にしての、厳粛な心持ちを、厳粛な調子で歌っている。ただ厳粛ではあるが、陰惨な影の見られないのは注意してよい。これは、当時の生死観に、どこか明るい調子があり、死に臨んでも生の希望のなお、別な光にかがやいていた、というようなことの、あったためであろう。(つづく)
2020.03.27
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3月27日(金)古泉千樫歌集(44)中公文庫:日本の詩6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(104) 大正五年(2)夜に入る前さむざむと街(まち)は暮れつつ葬具屋(さうぐや)のともし火白く明るくなりけりたそがるる巷(ちまた)に高き古銀杏(いちやう)鴉(からす)むらがりとまりたり見ゆくろぐろと鴉むらがり飛びかへりこの夕空のなほ暮れきらず靄(もや)ながら街は暮れ入り火事跡の灰(はひ)の匂(にほ)ひの暗く沁みくも闇(やみ)深みまつたく夜になりにけり高き窓一つひつそり赤し (つづく)
2020.03.27
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3月27日(金) 一遍上人語録(90)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(9)門人伝説(9)八 又云、浄土を立(たつ)るは、欣慕(ごんぼ)の意(こころ)を生じ、願往生の心をすゝめんが為なり。欣慕の意をすゝむる事は、所詮、称名のためなり。しかれば、深心の釈には、「使人欣慕(しにんごんぼ)《人をして欣慕せしむ》」といふなり。浄土のめでたき有様をきくに付て、願往生の心は発(おこ)るべきなり。此心がおこりぬれば、かならず名号は称せらるゝなり。されば、願往生のこゝろは、名号に帰するまでの、初発(しょはつ)のこゝろなり。我心は六(ろく)識(しき)分別(ふんべつ)の妄心なる故に、彼土の修因に非ず。名号の位則往生(くらいすなわちおうじよう)なり。故に他力往生といふ。打(うち)まかせて人ごとにわがよくねがひ、こゝろざしが切なれば、往生すべしとおもへり。 注欣慕の意:弥陀の浄土を欣び慕う心。使人欣慕:観経疏散善義に、「決定して深く信ず。釈迦仏、この観経の三福・九品・定散二善を説いて、かの仏の依正二報を証讃して、人をして欣慕せしめたまはむことを」とある。六識分別:眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の認識のはたらきで知りわけること。打まかせ:一任する。まかせる。(つづく)
2020.03.27
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3月27日(金)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治44年より語る理由(わけ)わたしは、信者を作ろうとして伝道しているのではありません。ただ、わたしは、わたしが救われたことが嬉しくてうれしくて、そのうれしさを人に話そうとしているのです。わたしの話を聞いて、聞き流してももちろん構いません。または一度、なるほどと思って、やっぱり受け入れることは出来ないとわたしの話を忘れ去ってもかまいません。わたしは、他人がわたしに対してとる態度によって伝道をしようとは思っていません。わたしに近づくのを止めてももちろん構いません。わたしを無視しても構いません。わたしの話を否定しても構いません。すべてはその人その人の自由です。ただ、わたしは話します、だれも聞いてなくても話します。わたしは嬉しくてうれしくて話さないわけにはいかないのです。鶯が人が聞いていても聞いていなくても囀るように、わたしは話さずにはいられないのです。黙っているのが苦しいほどわたしは嬉しくてうれしくてたまらないのです。
2020.03.27
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3月26日(木)第九回角川短歌賞(69) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(9)(昭和38年)核誤爆して再び樹上生活へ復帰か 猿へホモ・サピエンス〈核〉持ちて現生人類亡びむをいさぎよくいま滅びゆくゴリラ憎みつつ黒き機械にむかふかな内部(うち)に瀕死の山ゴリラ率(ゐ)て劇しき胸叩して何を伝へむゴリラが持つ響鳴袋をわれらも持たば(つづく)
2020.03.26
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3月26日(木)萬葉集入門(3)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)吾はもや安見子(やすみこ)得たり皆人(みなひと)の得がてにすとふ安見子得たり (二巻:95) 藤原鎌足鎌足が、采女の安見子というものを、妻とし得た時の、歓喜の心を歌ったもの。采女は宮中奉仕の美人で、たやすくは妻ともし難い。寵臣だったため、手に入れたもので、かくも喜び叫んだ。 古き人の吉しと吉く見て吉しと言ひし吉野よく見よ吉き人よ君 (一巻:27) 天武天皇なども同じ心持であろう。同音を思い切り畳み重ねた句調の下には、満足しきった心があると見てよい。吉野行幸に際しての即興である。
2020.03.26
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3月26日(木) 古泉千樫歌集(43)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(41)大正五年(1)朝行く道朝早み電車のりかふる三宅坂(みやけざか)鴨(かも)ゐる濠(ほり)を立ちてこそ見れ朝早きさくら田の濠靄(もや)にほひ鴨うち群れていつぱいにゐる水の上に下りむとしつつ舞ひあがる鴨のみづかきくれなゐに見ゆ濠のへにたたずむものは吾れ一人朝日あかるく鴨なくきこゆ満員の電車にのりて濠見ればうつらあかるく鴨はむれゐる(つづく)
2020.03.26
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3月26日(木)一遍上人語録(88)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(8)門人伝説(8)七 又云、「自身現是罪悪生死凡夫、乃至無有出離之縁《自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、ないし出離の縁あることなし》」と信じて、他力に帰する時、種々の生死はとゞまるなり。いづれの教にも、この位に入(いり)て生死を解(げ)脱(だっ)するなり。今の名号は能所(のうしよ)一体の法なり。注他力に帰する時:自力を放下して、他力浄土の教えに身をまかせたとき。いづれの教:顕教・密教を指す。能所一体:能とははたらきかけることで、南無(どうぞ)と帰命する衆生をいい、所とははたらきかられるもので阿弥陀仏を指している。即ち南無と阿弥陀仏が、南無阿弥陀仏において一体となること。(つづく)
2020.03.26
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3月26日(木)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治37年より伝道と救済わたしの仕事は、霊魂を救うのではなく、むしろ霊魂を創造する仕事なのです。イエスキリストを紹介して、イエスキリストから生命(霊魂)を与えられるようにすることです。わたしの唱える伝道はまさにそれです、わたしが唱える救いもまさにそれです。そして、この世の中にこれ以上のすばらしい仕事があるでしょうか。
2020.03.26
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後藤瑞義 入選歌その母の命危うくしたる後立春の日にわが子生れし 下田市 後藤瑞義(読売新聞静岡版 よみうり文芸 三月二十五日 入選 花山多佳子 選)(注)過去の作品を一首添えます。母と子といずれを取るか問われたり母胎と言いて医師の目を見る
2020.03.25
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3月25日(水)第九回角川短歌賞(68) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(8)(昭和38年)草錆びてタンガニイカの草原(savanna)のヒト(・・)生誕の地は乾き切る微笑する文明の顔剥(む)かむかに嗤(わら)ふ凄絶の変形仮面文明の彼方飄々とゆくマサイの長身に槍そして髷(キチワ)蜃気楼立ちし地平をマサイゆき、すべて足浮きゆく牛の群樹上のサル、ヒト科となると平地(サバンナ)へ下り立ちしより負へる宿罪(つづく)
2020.03.25
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3月25日(水)萬葉集入門(2)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤)春すぎて夏来(きた)るらし白たへの衣乾(ころもほ)したり天の香(か)具山(ぐやま) (一巻:28) 持統天皇その時代はまだ純客観的に自然を見る視方は、十分発達していなかった。その初期にこうした自然の見方が存在していた。これは、古事記や日本書紀の歌謡にはないことである。素朴と言うより十分な理知があったためであろう。これよりも古い時代の次の歌なども大体同じ心境で有ろう。 熱田津(にちたづ)に船乗(ふなのり)せむと月待てば潮もかなひぬ今は漕(こ)ぎ出でな(一巻: 8) 額田王わたつみの豊旗雲(とよはたぐも)に入日さし今夜(こよひ)の月(つく)夜(よ)明らけくこそ(一巻:15) 中大兄(つづく)
2020.03.25
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3月25日(水) 古泉千樫歌集(42)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(35)大正四年(5) 郊外秋の稲田はじめて吾が児(こ)に見せにつつ吾れの眼(まなこ)に涙たまるも代々木の草はら中の小さき池水青くして秋ふかみけり秋晴るるこの原なかの小さき池子らはひそかに来(きた)り泳げり波の音両国橋を渡りしが停車場の食堂に来て珈琲(コーヒー)を飲む汽車に乗り行かむと思ふ海のべのかなしき宿に今宵(こよひ)はいねむ宵(よひ)寒き稲毛(いなげ)の駅にひとり下り今はほとほと寂しきものを (つづく)
2020.03.25
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3月25日(水)一遍上人語録(8)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(7)門人伝説(7) 六 又云、深心の釈に、「自身現是罪悪生死凡夫(ざいあくしょうじぼんぷ)、曠劫巳(こうごうい)来(らい)、常没常流転(るてん)、無有出離之縁(むうしゆつりしえん)《自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より巳来(このかた)、常に没(もつ)し常に流転して、出離の縁あることなし》」といふこと。世の人おもへらく、「此身の為に種々(しゅじゅ)の財宝をもとめはしり、妻子等を帯したるを、これ凡夫のくせなり、かゝる事をえすてねばこそ、罪悪生死の凡夫の物の用にもたゝぬ身ぞ」と釈せられたりと云云。此義しからず。悪きものゝ出離の用にも立ねばこそ、此身をばすつべけれ。されば、下の釈には、「仏の捨しめ給ふをばすて、去(さら)しめ給ふをばされ」と曰へり。わろしとは知(しり)ながら、いよいよ著して、こゝろやすくはぐゝみたてんとて、財宝妻子をもとめて、酒肉五辛(しゅにくごしん)をもてやしなふ事は、えせものと知りたる甲斐(かい)なし。わろきものをばすみやかにすつるにはしかず。 (注)酒肉五辛:酒と肉と五辛(にら・にんにく・らっきょう・ねぎ・はじかみ)。五辛は五種の辛味と臭味のある蔬菜で、酒肉とともに古来仏教では口にすることを禁じている。えせもの:まやかしもの。 (つづく)
2020.03.25
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3月25日(水)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治37年より天国とは何ぞ天国というのは架空の場所ではなく、人が人を愛する場所、そこが天国です。人が人を愛しないところは、その他の点でいかに優れた場所であっても、そこは天国ではありません。すばらしい音楽があっても、すばらしい説教があっても、熱心な信仰があっても、慈善事業があっても、そこは天国ではありません。しかし、天国を作るのはほんとうに簡単なことです。自分を捨て人を愛すること、これだけで天国は即座に出来るのです。特別な教会を組織する必要はありません。特別な神学論も必要ありません。だれでも、キリストに倣って人を愛すれば、それで天国は出来るのです。こんなに簡単なことなのに、人々は議論したり、信者を増やすことばかり考え、走り回っています。なんと愚かなことでしょうか。わたしは、ただ静かに祈ります。「御国を来たらせ給え、人を愛せる人間にさせてください、そうして、今ただちに、この罪深い世の中に、天国を出現させてください」と。
2020.03.25
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3月24日(火)第九回角川短歌賞(67) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(7)(昭和38年)水盤に夜毎置かるる胎盤のこのくれなゐの終盤、愛の〈妻貸し〉もわれらにあらぬなまめきて雪後を蒼き吾嬬(あづま)よ冬をひりひりと寒波おそひ来(く)身を擦(す)ればこほしも鼻擦る彼のエスキモー直(た)ちて薄闇に機械はあるも機械よりもわれを魅くもの機械なきピグミーカヨンザの森より響き猿人の幅(はば)ある声よ“ さようなら文明(オグメホー)”(つづく)
2020.03.24
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3月24日(火)萬葉集入門(1)著者:土屋文明発行:筑摩書房 昭和56年4月(注):短歌作品を中心にして、簡略化してあります(後藤) 家にあらば妹が手まかむ草枕旅に臥せるこの旅人あはれ (三巻:415) 聖徳皇子文明:聖徳太子が、龍田山で死人を見て、悲しんで作った歌。 日本書紀推古天皇二十一年の条に。道に飢えて臥している者を見て作ったという 級(しな)照(て)る 片岡山に 飯(いひ)に飢(え)て 臥(こや)せる 其の旅人(たびと)あはれ 親無しに 汝(な)れ生(な)りけめや 刺竹(さすたけ)の 君はや亡き 飯に飢て 臥せる 其の旅人あはれ載っている。どちらにしても、伝説的なもの。(つづく)
2020.03.24
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3月24日(火)古泉千樫歌集(41)中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(34)大正四年(4) 材木堀まつすぐに日はい照りけり町並(まちなみ)に立てかくる材(き)のま白き光日ざかりの街(まち)いつぱいに澄みひびく木工場(もくこうぢやう)の鋸(のこぎり)の音まひる日に潮は満ち来(く)もおもむろに材木筏(いかだ)堀を入り来も満ち潮に筏は入り来(く)あたらしき木の香(か)は匂(にほ)ふ満ち潮の上を (つづく)
2020.03.24
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3月24日(火)一遍上人語録(87)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(6)門人伝説(6) 五(2)わが分の心よりおこす真実心に非ず。凡情(ぼんじよう)をもて測量する法は真実なし。所以(ゆえ)いかんとなれば、能縁の心は虚妄(こもう)なるゆゑに不真実なり。たゞ所縁の名号ばかりを真実とす。故に名号を「不可思議功徳(ふかしぎくどく)」ともとき、又は「真実」とも説(とく)なり。理趣経(りしゆきよう)の首題(しゆだい)を、大楽(大日)金剛(こんごう)(阿閦(あしゆく))不空(宝生(ほうしよう))真実(弥陀)三昧耶(さんまや)(不空成就)経といふ。本(もと)より真実といふは弥陀の名なり。されば至誠心を真実心といふは、他力の真実に帰する心なり。 (注)凡情:凡夫のはからい。能縁の心:法の主観である凡夫の心。不可思議功徳:称讃浄土教に「無量寿仏の不可思議功徳の名号」とある。真実:無量寿経巻上に、「世に出興して、光(ひろ)く道教を闡(ひら)き、群萌を拯(すくわ)むと欲して、恵むに真実の利をもつてす」とある。理趣経の首題:空海撰述の理趣経開題。 (つづく)
2020.03.24
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3月24日(火)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治37年より依頼と嫉妬依頼する人は、どうしても互いに嫉妬し合います。これは自然の法則です。ですから、宗教家が嫉妬心が強いのは依頼心が強いためです。もし彼らが独立心を強くするならば、他の人々を助けることが出来るでしょう。また寛容の心をもって、世の中に模範を示すことが出来るようになるでしょう。依頼することは嫉妬を発生させ、キリストの教会を破壊するでしょう。ですから、恐れなければならないのは、異端の心ではなくて依頼心なのです。しかし、不思議なことに、みな異端を恐れて依頼心を恐れないのです。
2020.03.24
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3月23日(月)第九回角川短歌賞(66) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(6)(昭和38年)コンゴ産マウンテンゴリラ夫婦ニッポンに死す。死しても凄(さむ)し日本凶悍に緋の肉店の鉤ありわれの呪物に欲しき干菜汁(ほしななじる)くひて育ちし少年期。美(は)しきヒレ肉のこの晩餐を交々に生誕斎ふ人の声。朱の胎盤(plecepta)は夜の水盤になまめきて雪女立つ夜が来(こ)しと雪が誘なふ死のごとき白(つづく)
2020.03.23
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3月23日(月)万葉秀歌(下巻)(205)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第二十 (21)あらたしき年(とし)の始(はじ)めの初春(はつはる)の今日(けふ)降(ふ)る雪(ゆき)のいや重(し)け吉事(よごと)(巻二十・四五一) 大伴家持茂吉:新年に降った雪に瑞兆を託しつつ、部下と共に前途を祝福した、むしろ形式的な歌であるが、「の」を以て続けた、伸々として調べはこの歌にふさわしい形態をなした。「いや重しけ吉事」は、益々吉事幸福が重なれよというので、名詞止めにしたのも、やはりおのずからなる声調であろうか。 この歌は新年の吉祥歌であるばかりでなく、万葉集最後の結びであり、万葉集編集の最大の功労者たる家持の歌だから、特に選んで置いた。 (完結)
2020.03.23
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3月23日(月)古泉千樫歌集(40) 中公文庫:日本の詩歌6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(33) 大正四年(3)梟兵隊は練兵終へて帰るなりさ霧黄いろく日は入らむとす兵隊の帰りはてたる代々木原霧ただよひて夕さりにけり郊外の町の夜霧(よぎり)に湯屋の灯(ひ)の火(ほ)かげあかるし遠くは照らず霧のなかにふくろふ鳴けりひしひしと吾が来し方の思ほゆるかも(つづく)
2020.03.23
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3月23日(月)一遍上人語録(86)岩波文庫:昭和60年5月16日発行巻下(5)門人伝説(5)五(1) 又云、至誠心(しじようしん)を真実といふこと。菅三品(かんさんぽん)の云、「物を読(よむ)に、事の様によりて、訓に読事(よむこと)あり、訓に読(よま)ざる事あり」と。「至といふは真なり。誠(じよう)といふは実なり」と釈したまひたる故に、至誠をば訓にかへりては読(よむ)べからず。唯(ただ)名号の真実なり。是則(これすなわち)弥陀を真実といふ意(こころ)なり。(注)菅三品:菅原三位文時。道真の孫、従三位、文章博士となる。(つづく)
2020.03.23
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3月23日(月)「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より)(注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。明治37年より最も恐るべき刑罰この世で最も恐ろしい刑罰について述べます。神様に逆らうことによって罰せられるもっとも恐ろしい刑罰のことです。神様に逆らっても、その刑罰としてすぐ病気になったり、貧乏になったり、社会的な地位を失ったりするものではありません。神様を捨てたからと言っても、むしろ多くの場合は逆に境遇が良くなったりします。神様に逆らって、直ぐにもたらされる罰は、その人の品性の堕落です。つまり、聖(きよ)いこと、高貴なことが見えなくなって、卑しいこと、低俗なことを追及するようになることです。そして、この刑罰の重い理由は、この刑罰を受けた者が、刑罰を受けたことに気が付かないことなのです。ですから、わたしたちは神様にお祈りして、どうぞこの恐ろしい刑罰だけは与えないでくださいと願うべきなのです。
2020.03.23
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3月22日(日)第九回角川短歌賞(65) 受賞作品「ゴーガン忌」(鷲尾酵一)(5)(昭和38年)貧婪に贄(にへ)欲るにつぽんの神のため獻ぐ、吊るし彫刻〈犠牲の遺骨〉わが青春の墓処(はかど)詣づる誰もなし。シベリア墓参団今日発つを哈拉賓(ハルピン)に兵たりし日々。眼を閉づと顕つ軍服の夜々のはいえな(、、、、)内部(うち)深く母国殺(あや)めき。雛段に雅(みやび)なるもの緋に竝ぶ夜を曇天に桜が咲くと根方(ねかた)には嘔吐光れるのみの日本(つづく)
2020.03.22
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3月22日(日)万葉秀歌(下巻)(204)(注)解説は、簡略化しています。(ブログ製作者)斎藤茂吉 巻第二十 (20)池水(いけみづ)に影(かげ)さへ見(み)えて咲(さ)きにほふ馬酔木(あしび)の花(はな)を袖(そで)に扱入(こき)れな(巻二十・四五一二) 大伴家持茂吉:庭前の景をそのまま詠(よ)んでいる。「馬酔木の花を袖に扱入れな」というのが此の歌の眼目で佳句である。「馬酔木の花を扱入(こき)れな」といったのは適切に思われる。(つづく)
2020.03.22
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3月22日(日)古泉千樫歌集(39)中公文庫:日本の詩6より昭和五十一年四月十日初版歌集「屋上の土」(39) 大正四年(2)鷺鷺(さぎ)の群かずかぎりなき鷺のむれ騒然(さうぜん)として寂しきものを雑然(ざつぜん)と鷺は群れつつおのがじしあなやるせなき姿なりけり物おぞく鷺は群れ居り細長き木のことごとに鷺の巣の見ゆ闇ふかく鷺とびわたりたまゆらに影は見えけり星の下びにかすかなる星の下びをつぎつぎに飛び行く鷺の見えつつもとな (つづく)
2020.03.22
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