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広島県で土砂崩れを起こした地はかつては蛇落地悪谷とよばれていたという。この名前は土砂災害のおそれを的確に言い当てているのだが、この名前では土地は売れなかったことだろう。昭和40年代から50年代にかけては、都市に大挙集まってきた世代がマイホームを持つ年代になり、かつては人が住まなかった山間に宅地が造成されていった時期だ。そしてそうした宅地には何々台とか、何々ケ丘とかといった美しい地名が命名されていった。古い地名は消されていったが、消えた地名の中には悪谷同様、災害を暗示するものもあったのかもしれない。蛇落地悪谷のような場所に宅地が作られているのは広島だけではないだろう。昔から人が住んでいない場所というものは、住まないだけの理由のあるものだ。*消えた地名というものは東京にもある。目黒区にある蛇崩などもそうだろう。目黒区の上目黒や祐天寺の一部なのだが、今でも交差点の名前に残っている。昔、大水の際に、崩れた崖から大蛇がでたことに由来するらしいが、もしかしたら大水そのものを大蛇のイメージに重ねたのかもしれない。そういえば神話のヤマタノオロチも洪水の斐伊川をあらわしているという説がある。もっとも蛇崩川は今では暗渠となり、洪水は昔話である。もう一つ、品川にも蛇窪という地名があったという。これも、「我が国の国民性は蛇を嫌忌するので」発展する商業地域の名としてはふさわしくないという理由で消えたようだ。蛇を嫌うのは日本に限らないので、こんなことをいえば、世界中の街から蛇にちなんだ地名は消えてしまうのでは…。http://xwin2.typepad.jp/xwin2weblog/2009/12/hebikubo_chimei_saved.html*地名には先人の知恵や警鐘がつまっている場合もあるが、地名を変えるのがすべて悪いというわけでもない。警鐘ではなく先人の願いのつまった瑞祥地名というものもある。古くは吉原は葦の茂った地で葦原とよばれていたそうだ。それをアシ(悪し)ではなく、ヨシにした方がよかろうというので吉原として繁盛した遊郭になったという。苦界に沈む遊女は別にして、それ以外の者にとっては吉原は瑞祥地名であったわけである。北海道の千歳も典型的な瑞祥地名で、もともとの地名に近い発音はシコツであったが、死とか骨とかを連想する地名を避け、千歳としたという。**日本でデング熱の発症が確認され、その患者がここの蚊によって感染したらしいというので、代々木公園で代替的な蚊の駆除が行なわれている。だいたい蚊によって感染したとしても、どこからきた蚊で感染したかなんてわかるわけがない。当の患者だって、いつどこで蚊に刺されたかなんてこと覚えていないだろう。どうみても、患者が発生したから代々木公園の消毒というのは飛躍しすぎている。それとも、何か別に代々木公園を消毒したい理由があるのかしら。それよりも、モルドバで日本人二人がエボラ感染の疑いで隔離されたというニュースの方が気になる。http://ameblo.jp/usinawaretatoki/この二人はかの地で隔離される前に、日本に帰国していたというので、エボラでないことを祈るばかりである。
2014年08月31日
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予備校が冬の時代を迎えているという。次に来るのは大学の淘汰ではないのだろうか。「大学卒」という資格を得るために受験勉強をして大学に入ったら入ったで多額の授業料を納める。昔と違って「大学卒」自体にはそんな価値はないし、そんなもののためになんであんな高い金を払うの…そうしたことに多くの人が気付き始めている。ましてや、これから受験年齢を迎える子の親世代は「大学卒」を特別視する感覚はない。それに…良い悪いは別にして、国会は議員のため、病院は医者のため、大学は教授のために存在しているという言葉があるが、これも一面の真理である。給料をだしながら「研究」という名目で海外に派遣できるような職場は、大学以外ではほとんどないだろう。以上は大学一般の話であるが、話を一定水準以上の大学に絞ってみたところでやはり予備校の需要は減っているのではないか。今の時代の高校生の身になってみると、そんなに必死に勉強する気になれなくとも不思議ではない。なぜなら、必死に勉強して高偏差値の学校に入るということが人生の幸福につながりそうもないからだ。筆記試験で頑張って公務員試験に合格しても面接で落ちる人が少なからずいる。難関試験を合格して難関資格を手にしても生活できない人がいる。有名大学出のフリーターがいても誰も驚かない。こんな世の中では、夏期講習だの模擬試験だのと必死で勉強するのはあほらしいと思っても無理もない。
2014年08月25日
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最近アイスバケツチャレンジというのは流行っている。ALS協会に寄付するか氷水をかぶるかというもので、著名人が氷水をかぶった映像がアップされ話題になりもしている。氷水をかぶった人が寄付をしていないかというとそうでもなく、一種の話題つくりにもなっているようだ。あたりまえだが、ALSに対する治療法などの進歩と、誰かが氷水をかぶるかどうかというのはまったく関係がない。黙って寄付すればよいのに、わざわざ氷水をかぶっている画像を公開するのってなんだろう。「ばかばかしい」という6文字は決してマスコミにはでないのだが、やはりこうしたものはバカバカしいと思う。それでもALSについての関心が高まればよいという考え方もあるのだろうけど。*あるサイトを見ていたら「パソコンの機能が低下しています。今すぐここをクリックしてください」という広告がでてきた。これではあわててクリックする人がいるのではないか。こうしたものにはどっかで注意を呼び掛けるべきではないか。パソコン初心者もいる。実は何年か前、著名な動画サイトを見ていたら、「いつまでに下記のダウンロードをしないと動画サイトがみられなくなる」という広告のようなものがでていて、あわててダウンロードしたところ、パソコンが明滅をくりかえして使えなくなったことがある。その広告は稚拙でもとのサイトの中で違和感があったのだが、「パソコンの機能が低下しています…」の方がずっとよくできている。*人生で読むことのできる本には限りがある。「あの本を読んでおきたかったのに…」という後悔がないよう、読書も厳選していきたいものだと思う。今読んでいる本は「チボー家の人々」。高校生の頃から書名だけは知っていたが、きれいな緑色の箱に入った5冊入りの本は高価で手がでなかった。図書館で借りた箱もカバーもない本を読んでいるが期待にたがわず読み応えがあり、面白い。あの「魅せられたる魂」と時代背景は似ていて、主人公ジャックはどことなく、「魅せられたる魂」の主人公の息子を彷彿とさせる。時間はかかりそうであるが、読み終わったら(あるいはその途中でも)感想をぜひ書いてみるつもりだ。
2014年08月25日
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企業の業績が拡大するとともに「人手不足倒産」が増えているというニュースがある。もしこうした人手不足が拡大しているのだとしたら、失業率や無業率は減少するはずなのだが、そっちの方はどうなっているのだろうか。また、賃金などの待遇はどうなっているのだろうか。そうしたことにふれずに、やれ少子化だのやれ人手不足だのと煽るような報道は何なのだろうか。さあ、大変、外国人を導入は不可避だよ…とでもいいたいのかしら。http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140808-00010003-biz_shoko-nb*前の日記で米国の「黒人暴動」について書いたところ、いろいろな方からコメントをいただいた。その中でこんなコメントがあった。私も黒人に対してはちょっと引いてしまう。これは人種差別と言うことではなく生理的に受け付けないからだ。だからと言って私は白人を崇拝しているわけではない。日本では人にもよるが黒人を好きな人もいる。ちなみに中国社会では黒人差別が露骨だそうだ。中国にはアフリカから来ている留学生が多いが彼らの生活は大変だという。こうした人種についての本音の感覚というのはなかなかマスコミにはのりにくい。政治家がいったらたちまち問題発言になってしまうことだろう。ただ、こうした媒体なら本音をいうのもいいかもしれないし、一般論であり、決して特定の人物を誹謗しているわけでもないのでかまわないだろう。黒人に対してちょっと引いてしまう…というのは小生も同様である。それが異人種に対する違和感によるものか文化的背景によるものかはわからない。同じ異人種でも白人種の美男美女には賛嘆の視線を送る人は多い。ちょっと興味深いのは米国のような多人種多民族社会で人種毎の選好というのはどうなっているのだろうか。早い話、黒人女性は白人のイケメンに夢中になるのか、それとも、やはり黒人女性は黒人男性のイケメンを選好するのか。そして黒人男性は…まあ、特にこちらの方は現実にはあまり相手にされない場合が多いのだろうから、あくまでも銀幕の上でも選好ということであるが。現大統領などは例外なのだが、米国ではどうもスポーツなどで成功した黒人男性は白人美女を伴侶に選ぶケースが多いように思う。そしてまた、現大統領夫人は例外なのだが、どうも成功した黒人女性というのは白人女性に比べて独身でいる率が高いように思う。白人と黒人で社会的経済的差別がどの程度残っているのかはよくわからないのだが、こうした意味での「差別」というのは半永久的に残るように思う。なんか人類共通の美意識の中で黒人というのは不利なところに位置しているように思う。
2014年08月24日
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最近、わけのわからないニュースが多い。タイの代理出産もそうだ。こちらの方は、当事者がどうやら御曹司ということらしく、そのせいかマスコミ報道も腰がひけている。だいたい24歳の男性が婚姻外で自分の子供を大勢残そうとした理由はなんなのだろうか。自分の子孫にこだわるような年齢でもないし、悪いけどそんなに傑出した遺伝子があるとも思えない。それになぜ代理出産という方法にこだわったのだろうか。代理出産は女性の側に不妊の原因がある場合の方法で、男性が複数の女性を通じて自分の子を持ちたいと思った場合には、別に代理出産という方法をとる必要はない。なぜ普通の方法で出産をしなかったのだろうか。タイでは、警察も動いていると言うが、代理出産が合法化されているからタイに行ったのではなかったのだろうか。いったいどんな容疑に問われているのだろうか。一人の子供ならよいが、複数の子供を代理出産で持つのはけしからんというのかしら。それなら、代理出産ではなく、普通の出産方法で複数の女性との間に合意の上で子供を持った場合はどうなのかしら。*そしてもう一つ、現在進行形のニュースでアメリカの黒人デモもよくわからない。映像や写真をみると確かにデモ隊には黒人が多いのだが、対立軸は本当に黒人対白人なのかしら。今のように資本主義が高度に発達してくれば、「白猫でも黒猫でもねずみをとる猫がよい猫」になる。はっきりいって稼ぐが勝ち。金=ねずみをよくとってくる猫であれば、白猫でも黒猫でも、牝猫でも雄猫でも、そんなの関係ない。こうしたデモというか暴動が起きるたびに、いつまでも、人種差別だの「黒人の不満が爆発」みたいな見方をするのはちょっと頭が固いような気がする。
2014年08月21日
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民間軍事会社の日本人がシリアで拘束されたという。まったくわけがわからない。何がわからないかといったって、民間軍事会社でどうやって食っていたのだろう。そもそも「民間軍事会社」って何?何年か前にイラクにボランティアに行って拘束された女性は家が資産家だったという報道があったが、今度の方についてはそんな報道もない。いずれにしても軍事オタクの趣味が高じて…というだけでは説明がつかない話だ。さらにこの方は田母上氏とツーショットの写真をとったこともあるという。田母上氏の方は知らぬ存ぜぬのようだが、いくら大勢の人とそうした写真をとったといったって、「誰とでも」というわけではないだろう。いったいどんな経緯で、そしてどんな関係で…というのはやはり気になる。http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/snk20140819145.html
2014年08月21日
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あの冬ソナブームの頃は韓流ドラマというのは荒唐無稽でばかばかしいものだと思っていた。その認識が変わったのは「魔王」、「復活」を見てからなのだが、最近試聴した「赤道の男」もこれに匹敵する。ドラマらしい波乱万丈の物語とそれに説得力をもたせる高度の演技力。韓流ドラマをくだらないと思っている人がもしいるとしたらぜひこれらのドラマを見てみたらよい。そのほか、「サイン」や「ファントム」もおすすめである。あとはややマンガチックであるが「グリーンローズ」、「カインとアベル」など…。日本のドラマについてはどうこういえるほど見ているわけではないのだが、ただ、この間、かなり評判のあるドラマをみてみた。印象ではあるが、ただ人気俳優をかっこよくみせるというだけの話で緊迫感もないし、お笑い場面もバラエティ番組の延長のようにみえた。演技というのは別人になる能力であるともいえるのだが、日本ではそうした演技力はスターには期待されていない。スターだけではなく、脇役でも、そのままのキャラで使うと言うこともあるみたいだ。だから芸もない半素人でも旬のものとしてマスコミに出ていれば、脇役で出演させる。それが話題となって視聴率をかせげるという狙いもあるのだろう。
2014年08月20日
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秩父市に行ってきた。あの原人遺跡捏造騒ぎのあと、羊山公園に桜草を植え、今では羊山公園の桜草として観光名所として定着している。また、アニメ聖地観光でも成功しており、「あの日見た花の名前を僕たちは知らない」略して「あの花」というアニメは、5人の幼馴染の青春ファンタジーというような内容なのだが、テレビ放映が終わっても巡礼者が来るらしい。そんな羊山公園に行って、桜草の咲いていない緑の丘を武甲山を背景にながめ、秩父神社にお参りした後、日帰り温泉施設に入り、そして帰り道…もう一つ観光名所をみつけ、すごく得をした気分になった。それは秩父市役所隣のキャンドルナイト。広場にろうそくをいれた紙コップを並べ、コップの色で色とりどりの光がでるようにしてある。ろうそくの火のゆらぎは、まるで生き物のようで、イルミネーションとはまた違った風情がある。こうしたキャンドルナイトというのは他でもやっているのだろうか。
2014年08月19日
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「赤道の男」を見終わった。こうした復讐物語は復讐される側、する側のどちらに感情移入するかによって全然印象が変わる。忠臣蔵も実はさして悪くもない吉良上野介をいかに憎々しく演じるかが役者の腕の見せどころで、そうでなければ、討ち入りのそう快さはなくなる。「赤道の男」では、復讐する側の主演オムテウンは演技力で高い評価を得ている俳優なのだが、復讐される側も、それに劣らないくらいの演技であり、罪悪感や復讐におびえる心情など、実はこちらの方により共感して試聴していた。韓ドラの常としてつっこみどころはあちこちにあるのだが、迫真の演技にひきこまれて、ついついドラマワールドにはまる。それにしても、「蒼のピアニスト」の次は「赤道の男」と、復讐物語をたてつづけにみたのだが、共通点も多い。 以下ネタばれ復讐する側とされる側とが実は親子であるということが終盤近くで明らかになる。それによる双方の心情の変化と、(共に復讐される側に恨みを抱いていた)恋人との別れ、それに第1話の冒頭に物語のクライマックス場面をもってくる手法など…。生物学的な親子関係が明らかになると、心情ががらりと変わってしまうところなど、鑑定書一枚でこんなに人間の気持ちが変わるものなのだろうかと不思議になる。たしかに日本でも「血は水よりも濃い」などという言葉もあるし、親子取り違えなどでも、結局は遺伝上の関係あるところにおさまる場合が多いのであるが…。「赤道の男」では韓国ドラマによくでる記憶喪失はでてこない。むしろ主人公が事件の記憶があるにもかかわらず、ないふりを装って、自分を殺そうとした友人をおいつめていく場面が秀逸である。そして「血縁」が、このドラマでも大きなカギになっている。実は親子だったとか、実は親子でなかった…という真実の発見が物語の大きなカギになっていることも、あの冬ソナをはじめとして多くの韓国ドラマにみられる特徴のように思う。ありえないといえばありえないし、ばかばかしいといえばばかばかしい。確かにそうなのだが、そうしたありえない展開、現実にはいないような多彩な登場人物とさきのみえないジェットコースター型の物語、そしてそれを支える俳優の演技と場面の美しさ、こうしたものが韓国ドラマの魅力といえば魅力である。
2014年08月18日
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ネットのありがたさで、旅行の前や後に旅先のことをいろいろと調べてみる。ところが最近では、こうした観光名所が心霊スポットにあたるとか、生半可な気持ちではいかないようにとかといった記事にヒットすることが多い。例えば谷川岳付近のD駅…これは日本一のモグラ駅として鉄道マニアの間では有名な駅で、地下の奥深くに続く広い階段が廃墟のような雰囲気をかもしだしている。ところが、これがあるサイトでは「関東最恐の心霊スポット」となっていた。たしかにちょっと不気味な雰囲気で一人だと入りズらいのだが、地下で照明も乏しいとなればそんなものではないのだろうか。そのサイトによると遭難の山として有名だった谷川岳登山者の利用していた駅ということで遭難者の霊がでるとか、通路の鏡に人影が写るとか、いろいろな現象があるらしい。また埼玉県の数少ない?観光名所の一つである某所もそうした心霊スポットにあたるという記事もあった。古代人の墓所だったという由来ともう一つ…某所の近くには戦時中の軍需工場のためにほられた洞窟があって、そこでは多くの強制徴用された人々が働いていたという。もちろん作業に伴う事故もあったことだろう。洞窟のなかにはベンチも置いてあるのだが、誰も座っていない、というよりも洞窟の雰囲気がなんかそんな感じではないのだ。開かれた場所よりも洞窟や地下室のような薄暗い場所、そして遭難や事故、事件の負の記憶となるとどうしてもそんな話ができ、またそうした話をネットに書く人も多い。あ、自分もその一人か…。でも、人が暮らしている以上、過去に遡れば事件、事故、遭難などがあるのは普通ではないか。空襲や震災のあった東京の街はどうなのだろう。原爆の投下された広島や長崎はどうなのかしら。一人の人が孤独死していたりした家となると気味悪がり、事故物件にもなってしまうのに、多くの人が空襲で死んだ街にはなにごともなかったように人々が暮らしている。それはスポットとして特定するには、範囲があまりにも広く、しかも街全体という開かれた空間だからだろう。こうして考えると、心霊スポットというものも、多くの部分で人の心が作りだすものなのかもしれない。
2014年08月16日
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韓国ドラマに復讐譚が多いかどうかはよくわからない。ただ、今まで韓国ドラマを見た中で、本当に面白いと思ったのはこうした復讐譚である。「復活」、「魔王」、そして今、楽しんでみている「赤道の男」。赤道の男は特に復讐する側ではなく、復讐される側にも焦点をあてているのが面白い。本当の主人公はこちらなのではないか。貧困の中で育ち刻苦勉励して検事の地位を手に入れた男には、少年時代に父を殺人容疑で告発しようとした親友を崖から突き落とした過去がある。その親友が生還してやってくるが、事故(事件)の記憶はないという。本当に記憶がないのか、そしてなにか知っているらしい女友達はどうでるのか。ストーリーの進行は決してはやくない。ただ俳優の演技が非常に上手く、緊迫した場面の連続で、一話一時間があっという間である。全20話のうち15話まで見たが、見終わってしまうのがなんだか惜しいくらいである。*ただ残念なのは主演(復讐する側)のオムテウンがあまりイケメンでないこと。最初はイケメンでもない主人公が素敵に見えてくるのを「韓ドラマジック」というらしいが、主観的はどうもまだマジックは発動していないようだ。オムテウンは「復活」ではそれなりにカッコよくみえたのだが、やはり歳月のなせるわざなのだろうか。そういえば「蒼のピアニスト」でみたチュジフンも、「魔王」の時のような神々しいくらいのイケメンぶりは影をひそめ、普通のイケメンになってしまった。歳月というものは本当に仕方ない。その分、こちらも年をかさねているわけでもあるし。
2014年08月14日
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韓国ドラマ「赤道の男」をみている。「蒼のピアニスト」は先が気になり一気に見たが、「赤道の男」は全部見終わってしまうのがおしいので。ゆっくりと見ている。そんな面白さだ。韓国ドラマでもはまるものはあまりなく、途中でリタイヤしたものもけっこうある。人格の入れ替わりとかタイムスリップのような非現実的な話はあまり夢中になれないし、財閥御曹司と孤児院育ちの女性とのラブロマンスというのも、あ、またか…という感じでつまらない。そうした中で「赤道の男」は適度に非現実的、適度に現実的で面白い。ストリーは復讐譚である。無二の親友だった二人の少年。ところが父親同士が殺人の被害者と加害者になってしまったことで物語が動き出す。殺人を犯した父を守るために、警察に陳情書をだそうとした友人を殴りつけ崖から落として殺そうとする。一命を取り留めたのだが、失明して行方をくらます友人。何年かの時が流れ、刻苦勉励の末に社会的地位を手に入れた男の前にその友人が復讐者として戻ってくる…とまあ、そんな話である。復讐譚のそう快さは復讐される側が憎らしければ憎らしいほどますものだが、これはそうしたそう快さを狙った物語ではない。主演二人がいずれ劣らぬ名演なのだが、復讐される側の不安とか焦燥といったものもドラマのテーマになっており、むしろ復讐される側にたって物語を追う人も多いのではないか。それにまた殺人未遂を目撃しながら、ひたすら加害少年を恋する女性が出てくるが、彼女が女の怖さといったものをよく出していて、主演女優をしのぐほどの存在感である。良く考えるとつっこみどころ満載のストーリーでも俳優が上手いのと緊迫感のある演出でそれなりに見せてしまう。そうしたものも韓国ドラマの魅力だろう。
2014年08月12日
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理化学研究所の笹井氏が自殺した。才能に恵まれ、地位も名誉もあり、おそらくは家族にも恵まれ…ちょっと前までは人もうらやむ境遇にあった方だけに人生はわからない。それにその世界では至宝ともいわれるほどに将来を嘱望されていたとのことなので、日本、いや世界にとっても損失だろう。ただちょっとわからないのは遺書のことだ。現場には三通の遺書があったというが、死の間際に本当に伝えたい人に伝えたいことをいう場合に、こんな形で残すのだろうか。三通の遺書というものは世間に公にされることを見越して残したものであり、本当は別途郵便などの手段で出した遺書があるのではないか。さらにもう一点、遺書がパソコンで書かれたというのも気になる。推理小説などでは自殺現場に残されたタイプ打ちの遺書というのはたいていは…なのだが、考え過ぎなのだろうか。*それにしても、理化学研究所のスーパーエリートといい、佐世保の弁護士といい、小生も含めて庶民大衆のとびつきそうな事件が次から次へと起こるものだ。地位も名誉も能力も富も、そんなものははかないもので、自分のように気楽に生きているのが一番よいのではないのかしら。高く上ったものは、また、高く落ちるものなのだから。で、佐世保の弁護士について。娘について「このままでは人を殺す」という医師の助言があったそうなのだが、そんなニュースの出どころは何なのだろうか。医師には守秘義務があるだろうし、15歳の少女にそんな診断がありうるのだろうか。それにもしこれが本当なら、「このままでは人を殺す」かもしれない人を放置しておいたわけで、損害賠償等の責任は免れない。そういえばオウムの頃、マインドコントロールという言葉があふれたことがあった。マインドコントロールだからサリンをまいたの作ったのと言っても、何の説明にもなっていないのだが、言った方は何か言った気になり、聞いた方は何かわかった気になっていた。実際には中味など何もなかったのだが。昨今のサイコパスという言葉も同じように使われている。サイコパスだの心の闇だのといってみたところで、要は犯罪動機が不可解であるということをいっているだけだ。さよう…人間の心理、とりわけ犯罪に至る心理には不可解な部分がある。たぶんどんなに科学がすすんでも、最後まで謎として残るのは人間自身なのかもしれない。こうした不可解な犯罪なのだが一点言えることがある。少女が友人を殺害したのは誕生日の前日か前々日かである。少年法における15歳と16歳の違い、これを熟知して犯罪に及んだ可能性がある。そうだとしたら、やはり少年法の見直しによる厳罰化と長期間の社会からの隔離しか、こうした犯罪に対処する途はないのではないか。いずれにしても「いのちの大切さを教える心の教育」とかカウンセリングとかといったものは、こうした犯罪の抑止には全く無力である。
2014年08月11日
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昨日の日記で空き家のことを書いたが、中にはその空き家を好きこのんで所有している場合もある。まあ、一年に何日かは使用するので…空き家とはいわないかもしれないけど。そう、別荘のことである。以前、伊豆の大室山に登り、山頂からの展望を楽しんだが、かなり広い森の中に家が点々とちらばっている一角があった。街のようでもあるが、街であれば人家が密集する。後で聞くと別荘地ということで、なるほど、別荘であれば、森林の中でゆったりと暮らすので、上から見ればああいった光景になるのだろうか。一時、「別荘ブーム」という言葉があったが、今でもああいう別荘を所有している人というのはいるのだろうか。代がわりとともに、別荘を売却すると言う人も増えているのではないのかしら。*思うのだが、家などは、それを管理する人力があってこその家である。映画や物語には豪邸に住む金持ちというものが出てくるが、その場合、たいていは何人もの使用人がいる。一時、プール付き豪邸なるものが売り出されたが、すぐに話題から消えていったのも、人気がでなかったからだろう。水道料金ばかりでなく、プールを持てば、その掃除や管理の手間がかかる。ほっておけばぼうふらがわくし、藻も繁殖する。ならば人の管理するプールをその都度利用した方が良い。別荘だって似たようなものだろう。着いてすぐ窓をあけて掃除をし、食事も自分で用意する。ならば、ホテルや旅館を使い、着いてすぐに寝転んだ方がずっとリフレッシュするのではないか。
2014年08月10日
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最近空き家が増えているという。たしかに街をあるいていると、空き家と思われる家をよくみかける。高齢化や人口減少が大きな要因なのかもしれないけど、税金の問題も大きい。固定資産税というものは家があった方が安く、そのため、土地を売る場合でも、買い手がみつかるまで古家ありにしておく。さらに管理の問題もある。空き家だと、ときどき風を入れるくらいの手間ですむが、更地にしておくと、ゴミの不法投棄などの心配もある。それに誰かがテントをはって住みつくかもしれないし、草ぼうぼうになって藪蚊がでれば周囲から苦情がでそうだ。子供が遊んでいて怪我でもしたら、どっかのモンペが賠償だのなんのと騒ぐかもしれない。というわけで空き家にしておく例というのはますます増えそうだ。*空き家でも所有者が亡くなって相続人が放置している古家もあれば、引っ越しなどでそのまま放置されている家もある。前者も多いのだろうけど、後者もけっこうあるのではないか。こうしたものの中には新築に近いものもあり、市場が活性化しないかぎり、空き家を脱しそうもない。実は知人に一戸建てを買ったが、転職で引っ越さざるをえなかったという人がいる。幸い、家は売ることができたのだが、その人の話を聞くと昔と違って様変わりしたと思うことが多い。自分くらいの世代だと一戸建てをもつのは大変なことという感覚があるのだが、実際は賃貸よりも月々のローンは安いようだ。特に4人以上の家族だと、賃貸だと値段がはねあがるので、絶対に戸建ての方がよいという。しかもローンは家賃と違い、払い終われば完全に自分の家になる。また、一戸建ては雨戸の開け閉めだけで不便だとか、どこから侵入されるかわからないので不用心だとかというイメージがあるが、最近の一戸建ては雨戸の開け閉めも簡単だし、防犯機能もしっかりしている。もちろんローンがくめるのは安定した職場があってのことだ。職場が安定していればローンで戸建てが買えるのだが、不安定な職しかない人はより安い給料でより高い家賃を払わなければならない。古家の空き家はともかく、新築に近い空き家は安定した職場を持って家族とともに生活できる人が増えればきっと減っていくのかもしれない。
2014年08月08日
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フェミニズムというものは世界のどこの国にもあるのだが、日本と他の国とのフェミニズムには大きな違いがあるように思えてならない。それは、下品な言い方なのだが、日本のフェミニズムには「下半身」がないのである。女性の能力を生かせ、女性を重要な地位につけろ…ということは声高に主張するが、売春や犯罪の問題について、こうしたフェミニズム論者から何か言ってきたという話はあまりきかない。だから従軍慰安婦の問題も外国ではかなりの部分、女性の人権の問題としてとらえられてるのに、日本ではどこの国が「日本をおとしめている」といったようなとらえ方しかされていない。「日本をおとしめている」という視点ではなく、女性の人権という視点でみると、この問題も別の形でみえてくるのに。*人権問題と考えると何がみえてくるのか。それは連行の強制性よりも、国家の関与の下で、公的に慰安所が設置されていたこと自体が問題なのではないか。そこに来た女性が暴力で強制されていなくても、金を貰っていたとしても、ひとたび慰安所に来れば、そこは戦場であり、自由はない。そういう施設があったということ自体人権侵害である。これに対しては慰安所は他の国にもあったという人もいる。そんなことはない。こうした慰安所があったのは日本とナイスドイツだけである。http://fightforjustice.info/?page_id=2425また、当時は売春は合法だったという意見もある。でも、それをいうのなら奴隷制度だって「当時は合法」でだからといって、それがよいというものではないだろう。が、それをいうのなら米国の奴隷制だって、当時の米国の法律では合法だった。「当時は合法」という議論はその程度のものである。さらに、他の国の軍隊も女性に対する暴力は行なったという議論もある。こういうふうに当時は他の国も酷いことをやっていたという議論は、「何ちゃんだってやってるもん」という子供の論理である。だいたい他にもやっているということを言い始めれば、ナチスだって悪ともいえなくなる。アフリカの奴隷狩りやオーストラリアの原住民ハンティング、畑をつぶしてゴム園を作った事による大量餓死…公平にみてナチスとどっちが悪いと言われても返答に窮する。*慰安婦には半島の女性ばかりでなく、多くの日本人女性もいた。戦後、GHQが進駐した時にも、政府の関与の下で日本人女性が進駐軍相手の慰安所に集められた。インドネシアには日本軍人に暴行されたオランダ女性もいた。国際的に「イアンフ」といえば、こうしたヨーロッパ人女性の受難の方が知られているのではないか。日本人も含め、慰安婦となった女性の苦しみや悲しみ…そうしたものに想いを馳せる人が、日本のフェミニストとよばれる人の中にはいないということが不思議でならない。
2014年08月06日
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徴兵制については様々な議論がある。たしかに軍備が高度化した現在、短期間、素人を強制的に軍務につかせるという徴兵制はやりにくいし、世界的にも徴兵制廃止が大きな流れになってる。ただ、それで軍務につくことが100%自由意思になるのかというと、それも違うのではないか。ちょっと気になる記事がある。検討事項ではなくすでに決まったことなのだが、予備自衛官を雇った企業が発注工事などの入札に参加した場合、他の業者よりも「評価点数」を加点し、落札しやすくするのだという。これを予備自衛官の側から見れば、企業への就職と自衛官であることがリンクしているわけで、自衛官を辞めることは当時に会社での職を失うことを意味する。このように自衛隊勤務と民間や公務での雇用がリンクするようになれば、徴兵制はなくとも、事実上、それしか選択肢のない人びとも増えていくのではないか。よいとか悪いとかではなく。http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/152178*犯罪がまん延すれば警察はなにやっていると思う。伝染病がまん延すれば保健所はなにやっていると思う。でも、ブラック企業がまん延しても労働基準監督署はなにやっているのか…という声はきこえてこないのはどういうわけなのだろうか。
2014年08月05日
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最近、謡曲集を読んでいる。謡曲がつまらない…というのはまったくの誤解で、当時、人口に膾炙していた様々な物語のさわりの部分を舞いと謡で表現し、全体のストーリーを語りであらわすというもので、素材となる物語は神話、伝説、中国故事、平家物語、源氏物語など多彩である。名前だけ知っていた高砂なども、こうした謡曲に由来するものであることも、恥ずかしい話であるが、初めて知った。*ところで、そんな謡曲で何度も何度も取り上げられているテーマがある。それは老残、漂泊の小野小町である。宮中に出入りし、美貌と歌才を絶賛されていた小町が、晩年漂泊し、過去を偲ぶというようなものである。鸚鵡小町、通小町、卒塔婆小町…こうした小町の物語がこんなに好まれた背景はなんなのだろうか。それは、それが人の世の無常や名声、栄華のはかなさを表現したものであるからであろう。通い婚が普通であった当時、男性が訪れなくなった女性が零落したという話は実際にあったことである。栄華物語には和泉式部に夫を奪われた女性が非常に零落していった様子が描かれているし、フィクションの源氏物語の蓬生などもそうした実態を反映した話であろう。小野の小町ほどの才色兼備の女性でも、頼りになる夫がいなければ運命は同じである。これほどの美女が結婚をしなかったという理由については、身体的欠陥などの説もあるが検証のしようもない。*この小町伝説は平成の時代に読むと、また違ったリアリティーがある。平均寿命は男女とも80歳を超えたというが、それはどんなに現役中に活躍した人でも、多くの場合、10年以上の「余生」を持つということである。過去を偲びながら漂泊をつづける小町像というのは、高齢化社会の今日、多くの人の老後の姿のようにみえる。長生きというものはしたいものだが、かといって、孤独で過去を偲ぶだけの老後というのもおそろしい。どうせ年をとるのなら、同じ謡曲にある高砂の老夫婦、千歳あめなどの袋に描かれている、すがやかな表情の翁と姥こそが理想の老人の姿なのだが。
2014年08月04日
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過酷な勤務に苦しむ工場労働者の惨状が問題視された19世紀英国のこと、政府はこうした過酷勤務を防ぐために工場法などの法律を作り長時間労働を規制した。ひるがえって平成日本、某外食チェーンの長時間労働が問題視されているが、政府が動いたという話も聞かず、企業が責任を問われたという話もきかない。19世紀の英国の工場法では10時間以上の連続勤務を禁止したというが、平成日本で検討されているのは過労死防止法なのだという。まあ、ブラック大王を候補にするような政党に投票した国民の自業自得といえばそれまでなのだけれど…。*集団的自衛権が大きく取り上げられているのだが、その一方で画策されている残業代タダ法案や首切り自由化法案。どっちかといえばこっちの方がよっぽど問題ではないか。「ニッポンを戦争のできる国にしてはならないのです~」では支持は広がらないし、ドーセ次の選挙でも小勢力のまま、そのうち党員の高齢化で自然消滅するよ、あんたたち。それでもいいけど、このまま庶民が貧困層に突き落とされていくような政策をやられたら、こっちも困る。
2014年08月03日
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合計特殊出生率がこのところ上昇傾向であるという。最新の数字は1.37。一人の女性がその年の各年代ごとの出産率と同様の出産率で生涯をおくったとしたら1.37人の子供を持つという計算である。原因としては主に晩産化ということがいわれるが、出生率が多少向上しても、出産可能な女性の数そのものが減っていくのであるから、人口減少傾向は当分続く。一方、未婚率は上昇しており、これが反転したという話はきかない。結婚がなければ出産もないのが通常だから、出生率の向上も一過性のものではないか。*少子化については問題点を指摘する意見が多いのだが、地球全体の環境を考えればむしろ歓迎すべきことなのではないか。それに個々のレベルでみても、子供を持つということはそんなによいことばかりなのだろうか。子供はかわいいし、子育てが人生を豊かにし、夫婦の絆を深めることは否定できないが、一方で子供をもつことは、自分ではどうしようもない人生に責任を負うということでもある。親の責任、親の責任、親の責任…と日本社会では子供になにかあると親の責任をいいすぎる。なにか犯罪が起きると、マスコミが親の実家にまでおしかけて集中豪雨のような報道をすることもよくみられる光景であるし、親が重要な役職などについていると「身内の不祥事」の責任をとって辞めるなんていう光景もよくみられる。どうして親は親、子は子というふうに考えないのだろうか。犯罪や不祥事だけではない。扶養などでも、子供に生計能力がなく、親にちょっとでも余裕があると親が成人した子供を扶養することが当然視される。そしてこうした傾向も今後はますます強まりそうである。結婚を焦っている人も世の中にはいるのかもしれないけど、結婚だけが人生の幸福ではない、子供を持つだけが人生の幸福ではないと思う。特に女性の場合、経済力に不安のある相手との結婚、自分よりも能力の劣る相手との結婚は不幸になる可能性の方が高いのではないか。*世の中の光景を変えるのは実は少子化よりもむしろ未婚化だろう。かつては女性はともかく男性で40代、50代で独身という人は少数派だったが、今後は普通になる。ある調査によると独身者のプロフィールは男性では低所得、女性では良家の子女か専門職が多いという。低所得で、家族ももたない未婚男性の群が、親を失い、人生で後戻りのきかない年代に達した時、そこにはどんな光景が現れるのだろうか。
2014年08月02日
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佐世保市の猟奇殺人少女についてはネットで様々な情報がかけめぐっている。家族、特に父親を非難するようなものも多いが、母を失い父が再婚した家庭などは世間にいくらでもある。思春期の少女のショックというものと今回の事件とではやはり距離がありすぎる。今回の少女については父親も著名人だったようだが、亡くなった母親も教育熱心でしっかりした人のようだった。もし今、生きていたら本当に辛かっただろう。そういえば酒鬼薔薇も両親と弟との四人家族で特段の問題家庭というようでもなかった。元祖佐世保猟奇殺人少女ともいうべきNEVADAも田舎の大家族で暮らすごくごく普通の少女だった。こうしたサイコパス?型犯人というのは、一種の突然変異のようなもので、家族を責めるのは酷なように思う。家族でも防げない、家族でも気味悪い…それがこうした犯罪者の特性ではないか。少年犯罪ではマスコミ上は匿名が守られるが、大人の犯罪では家族も晒される。宅間守の父が宅間処刑後、これで肩の荷が下りたと言ったというが、それも実感なのだろう。子供は親を選べないが、親もまた子供を選べない。こうした事件が、まあ、非常に特異なものなのかもしれないけど、少子化傾向に一層の拍車をかけるのは間違いないように思う。
2014年08月01日
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