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最近はゆるキャラだけではなく、ご当地アイドルというのがあちこちに生まれている。グループ名も多くは地域にちなんでいて、ファンからすれば手の届きそうな魅力があるのがよいのだろう。そして地域の様々な行事に出演して盛り上げている。アイドルをやりたい娘は大勢いるし、おいかけるファンもいる。実際にみた地域アイドルは美貌、歌唱力、踊り…みな相当な水準で、これとテレビで全国区で売れている娘とどこがちがうかといわれてもわからない。全国区のアイドルも仰ぎ見るような芸よりも親しみやすさをアピールしているものも多いし、その意味で、芸能人と一般人の線引きもあいまいになっている時代なのかもしれない。それに地域アイドルにしても、本格的に芸能人を目指しているという人ばかりではなく、若い時期の想いでくらいのつもりでやっている人も多いのかもしれない。地域アイドルといえば若い娘というイメージがあったのだが、中には年配の地域アイドルグループもいる。南房総のさるグループなのだが、これがなかなかよい。若い子の飛んだり跳ねたりして歌う曲は、正直あまりわからないが、このグループの演歌調の歌はしみじみと伝わるのは、こちらも年をとったからかもしれない。ふと想像する。こんなに歌のうまいおばちゃんなら、もしかしたら若い頃は芸能界入りなんて夢見たかもしれないな…と。昔は家での理由に芸能人を目指してなんてのがあった時代だ。でも、人前で歌い、喝さいをあびるというのが歌手なら、そうした歌手の夢はかなったわけだ。それにCDを発売というので、その即売会もやっていた。購入者には握手だけではなく、ハグもOKなんて言っていた。人生は長い。というよりもかつては一握りの幸運者のものであった長寿も多くの人が享受できる時代だ。定年後に夢を追うなんていうのもよいのかもしれない。地域アイドルのおばちゃんたちをみながらそんなことを思った。
2018年11月26日
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季節は晩秋から初冬に移りつつある中、天覧山にいってきた。自動車を止めたところから、20分ほど歩けば山頂に着くことができるわずか195メートルの山だが、眺望がすばらしい。関東平野の西の山塊から東を望む形になるのだが、靄の中に東京の高層ビル群、そしてちょっと離れてすっと立つスカイツリーが見分けられる。もっと空気が澄んでいれば富士山も望めるのであるが、そこまでは無理であった。この天覧山を少し下ると能仁寺がある。ここでは紅葉が見ごろとなっていた。寒暖差の激しい内陸や山の方が同じ楓でも色が鮮やかなように思うのはなぜだろうか。
2018年11月25日
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「終わった人」が大銀行の役員寸前までいったエリートの定年後を描いたものなら、こちらはそれよりも身近なサラリーマンの定年後を描いたものである。「終わった人」の主人公が、何かやることを見つけようと、スポーツジム、大学院入試とじたばたするのに比べると、「体操しようよ」の方は何をするでもない。ただ気になる喫茶店の女主人に惹かれて体操の会に参加する…というそれだけの話である。でも、考えてみれば、多くの人の人生なんて「ただそれだけのこと」の積み重ねではないのだろうか。若くして亡くなった妻の後、家事をやってくれた娘の結婚が決まり、喫茶店の女主人の人生にもちょっぴきかかわってゆくが、彼女との仲は別にそれ以上にどうこうということもない。でも、彼は、これからも、朝の体操会を生活のアクセントにしながらもゆったりと生きていくだろう。それでよいではないか。そしてまた、ネタばれになるが、主人公が体操会の活動に熱心になるあまり、会員の不和をひきおこす場面がある。サラリーマンで管理職だった人が、趣味の集まりにまで規則や規律を持ち込んで、不興を買うという話があるが、これを戯画化しているのだろう。そして会の分裂と和解という展開は児童文学にある「喧嘩と仲直り」のパターンで、このあたりをみていると、人間と言うものは子供でも老人でもあまり変わらないのかもしれない。年齢とともに、人間は丸くなる部分もあれば、意固地になる部分もある。映画の舞台は房総半島の野島崎で、低予算映画の典型なのだが、定年後の生き方を考える上で「終わった人」と合わせて観たら面白い。
2018年11月22日
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アニメが子供だけのものではなくなって久しいが、最近では「はたらく細胞」というアニメが話題になっているという。細胞…なんていう言葉を聞くと、党員とか活動家を連想するのは、ほとんど化石だろう。このアニメは文字どおりの細胞を主人公にしたアニメである。赤血球、白血球、血小板くらいは知っていたけど、マクロファージ細胞とかTキラー細胞となると全然知らなかった。中学や高校の授業でこんな話をきいた頃よりも人間の知識は格段に進歩したのだろうか。それとも単に詳細に過ぎるので教科書にはなかったのか、それとも聞いている自分の頭には入ってくることも残ることもなかっただけなのか。どうも最後の可能性が一番高いw。で、こうした細胞が美少女やイケメンに擬人化されて描かれるのだが、こんなのでストーリーになるのだろうか。細胞は細胞じゃん…と思うのだが、これがけっこう面白い。まあ、細胞たちは「この世界」、すなわち人体の維持のために働いているのだから話が作れるかもしれない。考えてみれば、擬人化というのも、物語の系譜の一つなのかもしれない。物語ではないけど、鳥獣戯画は動物の擬人化(人間の動物化?)の傑作であるし、子供の物語や絵本では擬人化された動物はむしろ普通である。中でも気に入っているのは、宮沢賢治の「楢之木大博士の野宿」にでてくる鉱物の擬人化である。細胞の次は鉱物の擬人化なんてのがあったら面白いと思うのだが、鉱物は細胞と違い共通の目的(人体の維持のような)がないので難しいのだろう。こうした擬人化物語は人類の歴史とともにあったのかもしれない。多くの神話に出てくる神々も太陽や月、山や海の擬人化されたものなのだから。
2018年11月21日
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墓参に行った帰り、多摩センターのイルミを見に行った。クリスマスが近づくにつれ、あちこちでイルミが点灯し、花のない季節に華をそえている。それぞれのイルミはそれぞれのよさがあるのだが、多摩センターの駅前は緩やかな坂になっていて、しばらくあるくと駅前に続く道が見下ろせ、その両側に点灯する明かりが幻想的な雰囲気を作っている。坂の上には、行ったことはないのだが、サンリオのテーマパークがあるらしく、キティちゃんの大きな人形がある。ここはテーマパークの入り口でもあり、キティちゃんの人形は当然なのだが、他のキャラに比べると、キティちゃんはやたらにどこでもみかけ、すこし安売りしすぎている感もある。もっとも実態は無断使用が多いのかもしれないけど…。イルミは見事だし、しゃれた商業施設もある。ただ東京の週末にしては人通りが少ないような気もする。ベッドタウンであれば、都心から帰ってくる人々もいるはずなのだが…ちょっと郊外にでるとこんなものなのだろうか。帰りは多摩川沿いの道を通ったが、等々力や多摩といった共通の地名が東京側と神奈川側にある。そういえば多摩川は国の境ではなかった。都県境になったのは明治以降のことである。
2018年11月19日
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花のない季節を埋めるようにあちこちでイルミが始まっている。最初の頃は従来のネオンサインのかわりにイルミを使ったというだけのものが多かったが、最近では地方の星を現出したようなイルミならではの特色を生かしたものも多くなっている。六本木のけやき坂の青い星の並木は幻想的だし、京橋の東京スクエアの金の粉をふりまいたような空間もよい。これからクリスマスに向かい、様々な場所でイルミが点灯をしていくだろうが、楽しみである。韓国ドラマ「朝鮮ガンマン」については以前にも書いた。朝鮮ガンマンでは民衆のヒーローとなる主人公や才気煥発の通訳官の娘もよかったが、近代化を願いながらも優柔不断の王と気の強くやりての閔妃が印象深かった。朝鮮や中国の歴史には権力者の皇妃という立場で権力を振るう女性がでてくる。才色兼備の女性と言うのはどんな世界にもいるのだろうけど、こうした女性を愛し、権力をふるうのを傍観している王の心理はどういうものなのだろうか。鳥かごの温室のような中で育つと、頭の切れ自己主張の強い女性に惹かれるという心理がもしかしたらあるのかもしれない。そうした女性が権力をふるった結果は、たいていは滅亡であり、李氏朝鮮も同様であった。現在は韓国ドラマ「華麗なる誘惑」を視聴している。大物政治家である元総理とその娘である女性議員、彼女の初恋の相手である男性秘書やその恋人を中心に展開する恋と復讐のドラマなのだが、荒唐無稽な話のわりに中毒性があり、すでに50話までみた。主人公二人(男性秘書と恋人)は年齢的にドラマの恋人役で主演をはるのは最後の機会ではないかと思う。でも逆にヒロインのどことなく田舎くさく、おばさんになる直前のような容姿が逆に視聴者の共感をよぶのかもしれない。これに対し、悪役で損な役でもある女性議員は典型的な知的美人で、主演俳優と議員役の女優はこのドラマでの共演が縁で結婚したという。それにしても回をおうごとに存在感が増してくるのは元総理であり、実質この人が主人公ではないかと思う。政治家としての理想をもって、貧しい境遇から這い上がった立志伝中の人物であるが、政略結婚のため棄てた恋人を気にかけ、その面影の似たヒロインを妻に迎える。その一方で膨大な非合法の金をスイス銀行に保有しており、その金の行方もドラマの大きな興味になっている。このドラマの感想は視聴を終えた時に、ネタバレにならないようにもう一度書いてみる。
2018年11月18日
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この間、朝のNHKニュースをみていたら米国中間選挙の話題を延々とやった後、どっかのお寺で精進料理の朝食を提供するという商売を始めたという「ニュース」とパンダの赤ちゃんの映像を放映していた。外国人単純労働の導入も水道民営化も国民生活に直結する問題なのに、なぜこうした国会で論戦になるようなことを報道しないのだろうか。これでは報道の役割を果たしているとはとてもいえない。この間見た映画「華氏119度」をときどき思い返す。民衆があきらめた時にファシズムが始まる…というのだが、あの選挙であきらめなければじゃあどうしろというのだろうか。選挙民にはとにかくトランプかヒラリーの選択しかなく、よりましなトランプを選んだだけである。二大政党に政治勢力が収れんする構造は結局のところ選挙民の選択を狭め、民主主義を機能不全にするだけではないか。ナチス躍進の前例があって評判が悪いのだが、比例代表制こそが民意をもっとも敏感に反映する選挙制度のように思うが、日本では比例区の縮小がさかんに論議され、世論(と言ってもマスコミの論調)もさかんに議員定数の削減を煽り立てる。議員の数を減らしたところで。別に「身を切る」ことにはならない。削られるのは参政権という国民すべてが18歳以上であれば老若男女かかわりなく、金持ちも貧乏人も平等にもてる権利なのですけど…。米国の中間選挙では民主党から何人もの異色の候補が当選したという。ネイティブアメリカン出身のLGBT女性とか。でもなんか変だろう。そうした属性は政治的能力や信条とはなんのかかわりがない。背の高い人が大統領になろうが議員になろうが、背の高い人の地位全般には関係ないのと同じことである。
2018年11月15日
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さる大臣の疑惑については国会で論戦になっており、総理はむしろそれを「風よけ」にしている感すらある…のだが、なぜこれが問題にならないのだろうか。ほかでもない、生活保護バッシングである。まあ、それ自体は「上見て暮らすな、下見て暮らせ」がしみついた国民性故、こうしたバッシングが一定の支持を得るということはあるだろう。けれどもある特定の一般人が生活保護を受けていることを公表するのは、どうみても人権侵害ではないか。百貨店の優良顧客情報が流れたと言えば個人情報保護違反だとピーピー騒ぐが、優良顧客の氏名と住所がでたところで、さほどの実害はない。それに対して、「生活保護を受けていること」が周辺の人物に知られることの苦痛はいかほどのものだろうか。ちょっと想像力を働かせれば分かるし、まさに個人情報保護というのは、こうした情報がむやみに出ていかないことにこそ眼目がある。現憲法が押し付けだという人が多いが、国会の審議を経て成立し、国民は大歓迎して受容した。そして憲法の条項の中には、進駐軍の素案にはない国会審議の過程で入った条文もある。これが、健康で文化的な生活の憲法第25条であり、提案したのは社会党であった。社会党がなぜこれをもっと広報しなかったのは不思議なのだが、その社会党は縮小に縮小を続け、消滅間近となっている。そしてもう一つの伝統的?野党の共産党。共産党のCさんが、訴訟を提起した韓国人の徴用工の方に面会したという。まあ、韓国朝鮮の民族分断や戦前に由来する悲劇といえば、なんでも大日本帝国の悪逆非道となって贖罪意識に結び付ける化石思考の方もいる。Cさんもそんな一人なのだろうか。元徴用工の弁護士の方に面会するのはよいのだが、過労死した外食店員の遺族や低賃金低待遇が問題になっている外国人実習生の方なんかには面会しているのかしら。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181112-00000547-san-kr映画「華氏119度」の感想でバーニーに熱狂する若者のことを書いた。なぜ、バーニーがあれほどの旋風を引き起こしたかと言えば、最低賃金の引上げや累進課税の強化などまさに99%の非富裕層の期待する政策を打ち出したからではないか。頼みもしないLGBT差別反対とか、日本だったら憲法9条擁護だとかを前面に出しても支持なんか広がるわけはない。
2018年11月13日
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主人公である「私」のリゾート地における一夏を描いた巻である。「私」は知的で感受性豊かなのだが、定職についているわけではなく、保養もかねて架空のリゾート地であるバルベックに滞在する。そこで見かけた一団の少女たちに対する憧れと交流、そしてそのうちの一人の少女と恋をするのだが、その少女の部屋を訪れ、拒まれたことで恋情は消える。そして、行きどころのなくなった心は他の少女たちの上をさまよう。この顛末が細かな心理描写や自然描写とともに描かれ、一夏の出来事が600頁もの大作になっている。この物語で作者は何を主張しようとしているのか。いや、これは何かを主張する小説でもなければ、おそらく人間や人生を描く小説でもない。ただ、「私」とともに、南仏のリゾート地の夏の陽光や海のきらめきを想像する、いわば詩を読むようなやり方で読む小説なのかもしれない。実際の生活とは別に小説世界の「私」の生活を想像する。こういうのもまた小説を読む楽しみなのかもしれない。描写が精緻であればあるほど小説の世界には入りやすいのだから。
2018年11月12日
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トランプの当選とナチの台頭を重ね合わせたマイケルムーアの映画である。予告編等を見て政治批判のギャグ映画だと思っていたのだが、銃乱射事件と銃規制を求める高校生の活動、水道水の汚染と健康被害をかなり重点を置いてとりあげるなど、思ったよりも重い。独裁者は危機をあおり、民主主義を形骸化していくというメッセージに、日本の現政権の国難選挙やJアラート訓練、憲法改正と緊急事態条項などをつい連想する。銃についての規制こそ日本は米国よりもはるかに厳しく、乱射事件は対岸の火事なのだが、それ以外では対岸の火事とは思えない。いつの日か日本が米国並みかそれ以上の格差社会になっていけば、映画の世界は明日の日本なのかもしれない。基調としてはこの映画はトランプ政権を批判した映画である。しかし、批判の矛先はトランプ政権にとどまらない。大統領選挙の過程における民主党の動きをみると、党員票では多くを獲得したサンダース候補が指名を逸し、特別代議員の票の上乗せがあってヒラリーが指名された。そしてそれ以前から、オバマ民主党政権は共和党政権と似たような政策を打ち出し、汚染水の問題でも、健康被害に苦しむ人々(地域の貧しい住民)を見捨てた。つまりアメリカでは、貧困層にとって選択する政党はすでになく、そうした人々の動向がトランプ政権の誕生の背景にあったという見立てでこれはおそらく正しいであろう。日本でも、立憲民主党の枝野氏が渡米してサンダース氏に会ったというニュースに瞠目したが、その後の氏の動向をみていると、どうも単に選挙に勝ちたいだけの議員を集めているようだ。有権者にとって政権交代は手段であって目的ではない。結局のところ、似たような政策を提示するだけの政党が議員の多数を占める状況と言うのは民主主義の機能不全だとしか思えない。なお、米国の中間選挙の直前、やたらにホンジュラス難民の映像が流れた。日本のニュースでもそうであったくらいなのだから、米国ではもっとあの映像は溢れたのであろう。映画を見た後だからそう思うのかもしれないが、あの映像もトランプ陣営が意図的に大報道させたのではないか。国境に向かってやってくる多くの難民の群れ。高級住宅に住み暖衣飽食の人々にとっては同情心をさそうだけだが、庶民にとっては職を奪い賃金を低下させ治安を脅かす脅威と映る。難民や移民に厳しい政策をとる政党に票を投じたくなるというものである。
2018年11月07日
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人手不足のため、政府は本格的に外国人の単純労働の受け入れに舵をきるようだ。移民政策ではない旨の閣議決定を行うというが、今の政府をみていると、なんでも閣議決定をやっているので、もしかして「太陽は西から昇る」なんていう閣議決定もできると思っているのかもしれない。いったん受け入れた外国人は強制的に送還することはできないし、家族呼び寄せを禁止することも、先進国としてはできないだろう。世界的には、むしろ外国人受け入れを見直す方向で検討しているところが多いのに、なぜその逆をいくのだろうか。外国人の単純労働受入れは、確実にその国の同種の労働者の職を奪い、賃金を下げる。だから多くの国では貧しい人々が外国人排斥を掲げる極右政治勢力を支持する。貧しい人々が自らの不満のはけ口に排外的愛国主義にとびつくのではなく、職を奪われ、低賃金や過酷労働に苦しむ人々の不満の受け皿になるのが極右しかなかったというのが実態であろう。それにしても労働力は不足しているのだろうか。AIに仕事を奪われるなんていう未来でなくとも、ニートや引きこもりは社会問題になっており50‐80問題とか40-70問題とか言ったことが言われている。まだまだ働きたいという高齢者も増えていく。労働力だの人材だのと一緒くたにしてしまうとわかりにくいが、どんなところで人手不足が起きているのだろうか。365日24時間店を開けているコンビニ。いつでも安価な食事を提供する外食。雨の日も風の日も夜間も、荷物を配達する宅配業者。こんな安くて便利の裏には低賃金で過酷な労働がある。こういう業者のために単純労働する外国人を導入しようとしているのではないか。儲かるのはこうしたブラック企業やネット通販業者、それに派遣業界。単純労働者の移民を受け入れてこうした業界を守る必要があるのだろうか。お正月やクリスマスは休み、昼働き夜は寝る。そして、それができない場合には十分な給料を払う。それでいいではないか。
2018年11月06日
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「あえて言いますよ。これから日本は物凄い格差社会になりますよ。〇〇さんや私の世代は物凄い介護難民が出てきて貧しい若者が増える。いよいよ本格的な格差社会になります」とこういう発言をされる方が政権中枢にいる。ならばまさにそういう社会を目指すかどうかが選挙民の選択なのだが…。http://blog.livedoor.jp/eigyou444sekiyann/カジノが強行採決され、残業代タダも強行採決され、単純労働者移民も強行採決され、気が付いた時には、本格的な格差社会で苦しむことになる。弱者の最後で最大の武器は選挙権なのだが、その頃には、投票先は、移民が来ないように壁を作るなんていう極右候補しかいないかもしれない。まあ、こんなことを書いても気分が暗くなるだけ。無限ループなんて言われそうだし、事実そうだし。でも、介護難民や貧しい若者予備群は、本当に、「ものすごい格差社会」にならない方策を考えた方がいいと思うよ。
2018年11月05日
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ハロウィーンもいまやすっかり定着している。30年位前までは「外国ではこんなものがある」くらいの認識しかなかったのに。一説によると、行事の定着には、すでに類似の習俗があった場合に限られるという話がある。クリスマスもイースターももともと冬至の行事や春を迎える祭りとしてあったものが、キリスト教の浸透につれ、宗教的な行事となったという。聖書にはクリスマスやイースターの時期についての記述はなく、おそらく本当なのだろう。となるとハロウィーンの普及は何なのだろうか。商魂ももちろんあるのだろうけど、プレゼントが行き交うような行事ではないので、それほど大きな市場とは思えない。勝手な推測なのだが、七五三に代わる行事として定着している面があるのではないか。七五三は高価な晴れ着を買ったりレンタルしたりする必要があるが、そんな晴れ着は子供にとっては窮屈なだけでさほど楽しくはない。それに比べるとハロウィーンの魔女や小悪魔の扮装は子供も親もたのしそうだし、なによりも金がかからない。ときには親子で扮装なんていう例もある。もちろん七五三市場もあり、それは高級ホテルにいくと七五三の親族の集まりの表示がある。会食をした後、健やかな成長を祈願するというコースになっているので、富裕層の中にはそうした七五三をやるところもあるのかもしれない。けれども、金のない多くの人にとっては、七五三にかわるものとしてのハロウィーンという面もあるように思う。一方、若者が爆発的に騒ぐハロウィーン、あれがいったい何を背景にして普及しているのか。そのあたりはどうもよくわからない。
2018年11月04日
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いささか旧聞に属することだが、何年か前産経新聞の記者が名誉棄損容疑で韓国で在宅起訴され、そのまま帰国できなかったことがあった。最終的には無罪判決がでて帰国したのだが、その後、記者は、総理官邸を訪れ、これに対して安倍総理が「良かったですね。ご苦労様でした」とねぎらったということがあった。総理が記者を官邸によんだのだろうけど、いったいどういう趣旨だったのかよくわからなかった。今でもよくわからない。もっともこういうのに呼ばれていく記者の方もよくわからないのだが、総理とマスコミ人士との会食も恒例になっているようだし、だからきっと喜んで行ったのだろう。https://www.youtube.com/watch?v=5feDMXLynP8とまあ、そんなことはどうでもよいが、その韓国で徴用工の使用者だった日本企業に賠償を求める判決がでたという。そのうちこれは徴用を行っていた他の企業にも波及するだろう。もちろん日本人も徴用されていたので、日本人からも賠償請求の動きが出てくるのかもしれない。それにしてもあのやせ細った徴用工の銅像をみていると、ロシア大使館の前に置いて、非道なシベリア抑留の謝罪と賠償を求めたくなる。いやそれどころか8月9日の侵攻後の悪事のかぎりの暴行、殺戮、略奪の謝罪と賠償でもよい。けれども、普通、日本人はそういうことをやろうとは思わないし、これからも思わないだろう。そういうことは行動として、あまり美しいものではないと思うからだ。戦後72年もの時がたち、それは日帝支配の二倍もの歳月になる。慰安婦はともかく、今頃になってなぜ徴用工の問題がでてくるのだろうか。
2018年11月01日
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