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ジャンルでいえば巨悪追及法廷ドラマというのだろうか。司法試験を好成績で合格しながら、父親が死刑囚という境遇ゆえに出世コースを外れた弁護士に謎の女事務員、女性記者、刑事が協力する。しかし、この三人はいずれもそれぞれの形で父親の事件にも関係をしていて…という物語。ドラマとして面白いし、そしてまた、俳優の演技は皆非常に上手い。財界、軍隊、政治家という巨大な敵に立ち向かうというのは荒唐無稽だし、日本ではこういうものはあまりないのだが、退任後は大統領も逮捕されることがある韓国ならではの物語だろう。それにしても、事実は小説よりも奇なり。ユン前大統領の検事総長から大統領、そして逮捕死刑求刑となると、外国のニュースにしてもなにがなんだか分からない。もとはといえば、奥様が数十万のバッグをもらったことに端を発しているのだが、それってそんなに大問題なのだろうか。まさかずっと服役しているとも思えないが、ジェットコースター人生でこれもドラマを超えている。ドラマ「自白」の話に戻るが、財閥崩壊というのはよくあるのだが、軍の不正を扱ったというのは初めて見たように思う。欠陥のある軍用機を輸入したことにより、訓練中の事故死者も発生する。ドラマとは言え、軍の問題を扱うというのは問題視されないのだろうか。軍隊というのは、国家の名で、国民に名誉と引き換えの死を強制することだってある。けれども、その名誉も勲章を授ける大統領が退任後は囚人になったり、自殺したりというところでは、あまり実感がないのかもしれない。
2026年02月25日
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人間というものは情報を自分の願望通りに解釈するもののようだ。聞いた話であるが、先の大戦で米国のクリスマス風景の写真が「ゆるみきった米国社会」の実態として紹介され、日本国民の中には日本の勝利の確信した人もいたという。日本が物資窮乏していく中。敵国は豊かな生活を享受しているとなれば、こうした経済力の差異は総力戦においては軍事力の差異になってくることに不安を感じなければならなかったのに。同様に今回の選挙を推し活選挙だとか、高市人気に踊った民意と解している向きがあるようであるが、これも、同様に、自身の願望の投影なのではないのだろうか。なぜなら、こうした解釈は野党支持者に多いように見受けられるのだから。若い女性を中心に高市総理が人気でサナ活ブームなるものがあるというが、高市グッズで検索しても他の総理と同様に国会の売店で売っている歴代総理の似顔絵入り湯飲みくらいしかでてこない。さらに検索すると愛用の黒いトートバッグやピンクの多機能ペンが売れているというので、多少はそういう傾向があるのだろう。あちこちで山積みになっているとかならともかく、検索すればでてくるくらいのブームなら他の有名人でもあったのではないか。そしてまた、若い女性といっても多様である。どんな女性に人気になっているのか。その実態もよくわからないし、そもそもそうした人気があったとしても、選挙結果全体への影響はそれほど大きくないのではないか。これが小泉総理人気だというのならまだわかる。あのときは、マスコミが人気だ~といいながら人気に火を付け、純ちゃん写真集だとか主婦の追っかけだとかを記事にした。マスコミの影響力の強い時代でマスコミが人気を作ることが可能だったわけである。それに比べると今回の高市総理はマスコミがことさら人気を煽ったという形跡もない。やはり、今回の選挙結果は、旧立憲民主、共産、そしてれいわという既存の野党勢力に対する失望が背景にあるのだとしか思えない。そして底流にはやはり前回選挙の時と同様に、再現ない単純労働力収入によって日本も西欧並みの多人種社会になるのではないかという不安があるのだろう。憲法九条さえあれば戦争は起きないという信仰、そして自民党政権は戦争を目指しているという妄想にはもう辟易としている。それよりは財界主導の現政権の下で労働者の権利が一層縮小されていくであろう不安の方が現実的だ。総理はさっそく無制限の残業につながる裁量労働制の拡大を打ち出している。あの「ママ、戦争をとめてくる」という気持ち悪いコピーではなく、「ママ、過労死をとめてくる」だったら選挙の結果も少しは変わっていたのかも…。
2026年02月24日
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フィギュアスケートのエギジビジョンを見た。ロシアやベラルーシは五輪からしめだされているというのだが、選手にはロシア風の名前も多く、国境を越えた選手たちもけっこういるのかもしれない。よいとか悪いとかではなく、オリンピックも民族とか国家を超えたものになっているように思う。日本選手として活躍したリード姉弟の妹がジョージアの選手として出場していたし、フランスのシャオ選手は東洋系の風貌なのだが、祖父が中国出身でモーリシャスに生まれ、今はフランスで活躍しているという。そういえば日本女性でロシア国籍をとり、ロシアの選手として活動していた人もいたと思う。いまやプロスポーツは世界から人材が集まってきているし、プロではなくとも、オリンピックは世界最高の舞台として国境を越えて人材が集まっても不思議ではない。また、逆に、トップレベルの選手と言えなくても、小国に国籍を移してその国の選手として出るような人もでてくるだろう。また、女子シングルのアリサリウ選手は父が中国出身で、匿名の卵子提供者と代理母により生まれたという。父親は自分の子供は欲しかったのだろうけれども、身の危険等を感じて結婚することには躊躇したのかもしれない。卵子提供による出産も代理母による出産も日本では行われていないし、代理母など罰則をもって禁止しようとする議論さえもある。これもどっちがよいとか悪いとかではないのだが、アリサ選手のはじけるような明るい表情には、出産についても個人の選択の自由を幅広く認める懐の深さのようなものを感じた。
2026年02月23日
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先ほどの選挙の終盤近くになって「ママ、戦争を止めてくる」という言葉が突然バズったという。現総理や与党は戦争をやりたがっていて、それを防ぐには野党に投票すれば戦争を止めることになるという趣旨だと解するのだが、今の日本で戦争をやりたがっている政治家がどこにいるのだろう。そしてまた、戦争というものは、相手があって起きるものなので、自国の軍備の拡張を止めたからと言って、それで戦争が起こらなくなるというものでもない。現政権は軍事費を拡大している。だから現政権は戦争をやりたがっている。このまま現政権が続けば戦争になるに違いない。だからママがあなたのために戦争を止めてくるわね。こういうのは一部には共感されても、大多数はかえって首をかしげるというものである。止めたのは戦争ではなく、リベラルの息の根であった。戦争反対、九条守れ、沖縄の基地、原発反対という庶民の頭上高く打ち上げられる空中戦。そしてその一方でのジェンダー平等、夫婦別姓、LGBT差別反対、同性婚などなどの普通の庶民にとってはどうでもよい問題。こうしたリベラルが庶民の支持を得られるわけがない。今度の選挙は歴史的には自民圧勝と同時にリベラル消滅の選挙と位置付けられるのではないのだろうか。この結果に対して、選挙民は人気投票感覚で与党に投票したなどと選挙民を〇〇よばわりすればますます己の無知をさらけだすばかりだろう。ただ、消えたのはリベラルであって、経済的に弱い立場にある者たちを代表する政治勢力の存在価値がなくなったというわけではない。こうした勢力は、伝統的にはいわゆる左翼と呼ばれていたのであるが、マルクス主義の威光が消えた今では、伝統的な左翼の定義にそれほど意味があるとも思えない。かえって、極右といわれる勢力の外国人単純労働者流入の抑制論やある政党がよく主張していたような上からの給付の方が、経済的弱者の声には応えているのかもしれない。
2026年02月19日
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数年前に読んだ歌集「滑走路」を再び読んでいる。作者は1984年生まれであり、2017年に享年32歳で逝去している。中学から有名な進学校に通い、その後、長い時間かかって有名私大を卒業したものの、就職には失敗して非正規労働を続けてきたという。非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりをしている屋上でコーヒーを飲む かろうじて俺にも職がある現在はあとがきにもあるように、作者は中学受験に成功したときには、前途洋々だと信じていたという。普通はそうだろう。そして私立中学に通うくらいなので経済的にも恵まれていたのだろう。そういう人でも、いったん就職がうまくいかないと、なかなか生活が安定しないのが今の社会なのかもしれない。歌集には恋をうたったものもある。ただどこか恋に恋しているようで具体性がない。半分は想像、半分は願望だったのかもしれない。非正規職の男性の場合、婚姻率は非常に低く、異性との交際からも阻害されている面がある。若者と呼ばれる年齢を卒業するころに死去しているのだが、もし生きていれば41歳になる。ロスジェネ世代の最後尾にあたる年代なのだが、今でも彼のような境遇の多くの人々がいる。
2026年02月18日
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一世を風靡した名曲ジンギスカンのボーカルの方がなくなったという。ディスコが流行っていた時代に人気になり、その後、日本では運動会の定番になって使われた曲なので、ほとんどの人が知っているだろう。この音楽グループはモンゴル政府からも勲章をもらったという。モンゴルではジンギスカン(チンギスハン)は英雄で、でっかい銅像まであるという。ところが、少し前まではそうではなかった。高校の頃にみた旅行ガイドの本に、モンゴル旅行でチンギスハンの話をするのはドイツに行ってヒットラーの話をするのと同じようなものだという注意があったのを覚えている。社会主義時代にはチンギスハンの侵略はモンゴル人にとっての黒歴史になっていたのだろう。しかし、本心ではそう思っていなかったことは、体制転換後にあっという間に民族の英雄として復権したことでもわかる。さすがにヒットラーが英雄視されることは未来永劫なさそうであるが、歴史的人物や事件の評価などは、その時々の時代によって変わっていく。歴史は勝者にとって書かれるというのも有名な言葉だ。負ければ大悪人で勝てば英雄というわけだ。ジンギスカンはモンゴルでは英雄として復権し、日本でも昔は偉人伝に掲載されていたりしたのだが、欧米では今でも悪人という印象の方が強いのではないか。黄禍論というのは今でも時々話題になるのだが、その源流は13世紀のモンゴルの席巻にあるという。
2026年02月16日
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リベラル政党の壊滅の背景について考えてみる。社民党はしばらく前から消滅同然だったし、共産党も除名騒ぎでイメージを大きく低下させた。この除名騒ぎに付随した批判について、共産党幹部は結社の自由がわかっていないと反論したという。頭脳明晰な人でも年月が経つと思考が硬直化していくものなのだろうか。そんな営業方法だと顧客が逃げてしまうよという意見に対し憲法の保障する営業の自由を持ち出すようなものである。別に除名が憲法違反だなんて誰も言っていませんよ。ただ、あの騒ぎをみると、ときどき共産党にも投票していたライトなシンパは離れるでしょう。また、れいわも、芸能界というところで長いこと生きてきた山本代表の嗅覚なのだろうか、大衆にとってどうでもよい選択的夫婦別姓などはあまりいわずに、誰もが生きていてよかったといえる社会を目指すという方向をうちだしていた。具体的な政策として消費税廃止しかいわなかったのは残念であるし、消費税廃止を一番先に主張したのは我が政党だといってみても、それは選挙民にはあまり訴えないものである。ただ今回の選挙で山本代表が表にでなくなってから、れいわも単なる劣化リベラルになってしまったように思う。何年もかけて積み上げてきたものがあっという間に壊れるのも残念である。次にリベラルの悪いところを書いてみたい。選択的夫婦別姓、ジェンダー平等、LGBT差別反対。言っていることは間違いないし反対はしない。けれどもそうしたさほど重要でないことを、大きな政治課題として扱っている政治勢力にはどうしても不信感を持つ。なんだこの人たち、普通の人のことをなんにもわかっていないじゃないというわけである。そもそも、夫婦別姓が大問題になるときというのはどういう場合だろうか。結婚を考えていて、なおかつ姓を変えることが不便だという場合である。そういう人が人口の何パーセントいるというのだろうか。少なくとも生活苦に喘いでいる未婚者からみればこんなものを問題視して騒いでいる人々に嫌悪感すらもつのではないか。LGBTについても、そうしたものが宗教的罪悪とみなされてきた文化圏とは違い、日本ではもともと寛容な風土がある。もちろん差別がよいわけではないし、同性婚もやりたければどうぞといったところだろうが、これを大きなテーマとするのはどうなのだろうか。そして九条護持、軍備の増大をすぐに戦争に結び付けるメンタリティにもついていけない。現政権だと戦争になるという人がいるが、じゃあ、どういう国とどういう戦争になるのと逆に聞きたい。「ママ、戦争を止めてくるね」という投稿が反響を呼んだのだが、軍備が増大しなければ戦争にならないというのならどこだってそうするだろう。庶民はどこの国だって戦争は嫌なものである。改憲をすべきだとか軍備を増大すべきだとは思わないが、軍事力の弱い国の国民であるというリスクはそれなりにあるものである。さらに外国人労働者の流入に対する考えもある。今のところ、単純労働者の流入が日本人の待遇を低下させているという確証はないのだが、低賃金で低待遇の職場に外国人を入れていると、いずれは社会が分断され、低待遇の職場で働かざるを得ない日本人も被害を受けるし、治安悪化という問題もある。ところがれいわを除く、いわゆるリベラル政党はこうした外国人労働力の流入を規制しようとする意見に対してやみくもに差別だの排外主義だと批判するばかりだ。グローバル資本と庶民…いったいこの人達はどっちを向いているのだろうか。あえてリベラルという言葉を使わないで左翼というのだが、左翼とは基本的に貧困のない平等な社会を志向する政治勢力をいうのではないか。ざっくりといってしまうとだが。さる方のブログにあったのだが、今の左翼は、貧乏な国民を助ける具体的政策を立案する能力がなく、その無能力をカムフラージュするために反戦だの反原発だのという、能力がなくても主張できることを主張しているだけではないのか。全くそのとおりだと思う。
2026年02月13日
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総選挙の結果についてさらに書いてみる。思えば思うほど中道というのは最初から勝つのは難しかったのではないか。支持率がいずれも低下傾向の立憲民主と公明なのだが、二つ合わせて合計以上の効果を得るのは新党効果の上澄みあってのことだろう。かつて新党みらいという選挙めあての急ごしらえの新党があったが、あれも軽い神輿には清新な印象の女性知事をもってきた。ところが中道は見慣れた立憲民主と公明の代表が二人並んでいるだけで、これでは全く新鮮味も何もない。逆に選挙目当てをみすかされて合計以下の結果になってしまった。敗者は中道だけではない。社会党は消滅、共産党は消滅寸前、れいわもまた壊滅といってもよい結果となった。リベラルの定義ははっきりとしないのだが、リベラルそのものが支持を失いつつあるのではないか。リベラルが主張する選択的夫婦別姓や同性婚、LGBT差別反対は正直一般人から見ればどうでもよい問題で、別段反対はしないが、なんでこれをこんなに大問題にするといったところが普通の感覚ではないか。ジェンダー平等も同様である。また、これは日本のリベラルだけが主張していることなのだが、憲法九条護持や非核原則固持も同様である。戦争や核兵器の恐ろしさは誰もが同様に感じている。だからといって、九条を護持さえすれば平和なのだとか核兵器については議論さえも封じれば核は降ってこないといった信仰のような感覚にはついてゆけない。戦争を止めるために投票するといったって、戦争は相手があって起きるもので、自国の軍備費用の膨張を食い止めたから起きなくなるというものではないだろう。そしてまた、リベラルと左翼の違いにもかかわることなのだが、リベラルと呼ばれる政治勢力は選挙の前になるとつけたりのように格差と闘うといってみたり、子ども食堂や大人食堂の前でアピールをしたりするのだが、現実に貧困の問題ととりくむための具体的な施策をなにひとつ提言していない。せいぜいが最低賃金の引き上げや富裕層への課税である。消費税減税はいまやどの党もいっている。このあたり、やはり政策提言できる人材の薄さの問題もあるのかもしれない。政策論争ができないので、誰でもできる戦争反対とか非核とかいった主張しかしないのだろう。
2026年02月12日
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選挙が終わった。結果は自民党の圧勝なのだが、過去の小泉の時などに比べると意外な気がする。よいとか悪いとかではなく、あの郵政選挙の時には、劇場型の郵政選挙、写真集まで出した小泉人気など、マスコミを巻き込んでの風は吹いていた。郵政選挙の自民圧勝だけではない。何度かあった新党ブームやマドンナブーム、そうしたものにもマスコミの影響がかなりあった。それに比べると、今回の自民党圧勝は必ずしもマスコミが風を起こしたというわけではない。都知事選の石丸現象、兵庫県知事選挙、そして参政党の躍進というように、最近ではどうもマスコミの関与しないところでの選挙民の動きがあるようだ。相対的にマスコミの選挙に対する影響力は低下したということなのだろう。それにしても中道がここまで壊滅するとは思わなかった。小選挙区制では地滑り的な結果が起きやすい。公明と立憲民主の票を単純にたせば自民党を上回る選挙区はあるし、これで雪でも降れば投票率は低下し、組織票を持つ野党はますます有利になる。与党は理由の不明確な解散というだけでも悪手の上、党首討論のドタキャンなどのマイナス材料もあった。投票日には、実際、雪が全国的に降ったのだが、それでも自民が圧勝した。今後の分析が出るのだろうけど、逃げた立憲民主の票というのはどこにいったのだろうか。それも不思議である。参政党が伸びたのは予想していたが、れいわは壊滅というか消滅というか、対照的な結果となった。参政党もれいわも政治に見捨てられたと感じていた層にショート動画で主張を浸透させたという面では似ている。参政党には前回は自民党の岩盤保守層の票が入ったともいわれるが、それにしてもこれほど差がでるものなのだろうか。心配なのは山本代表の病状である。多発性骨髄腫の一歩手前の病状というその一歩手前とはどういう意味なのだろうか。
2026年02月09日
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最近、気になる言葉にリベラルというのがある。リベラルはしばしば政治的立場としては左翼と混同されるが、それがそもそも間違いではないのだろうか。さらに、左翼とか右翼とかいう言葉も、あいまいな使い方をされているように思う。ここで整理を行ってみる。リベラルというのは伝統的価値観とか宗教からの自由というのが本来の意味で、もともとの右とか左とは関係ない。次に、右とは内と外を区分して民族主義、国家主義的な思想傾向を言い、左とは経済的立場で下と上とを区分して、下の立場から貧困を底上げし解消していこうという考えを言う。そうしてみると、必ずしも右の反対は左というわけではない。国家社会主義は内であり下という考えであり、一方、グローバル資本主義は、外であり上という考えである。ヨーロッパのネオナチは極右と言われるが、活動を担っている貧しい若者を動かしているのは、自民族至上主義というよりも、自分たちの待遇を劣化させ、生活環境を悪化させている低賃金外国人労働者の流入、そしてそれを推進しているグローバル資本主義に怒っているようにみえる。経済階層が下の立場からグローバル資本主義に抗い待遇向上を求めているわけであるので極右とよぶのが適切なのだろうか。そういえば、日本でも極右と呼ばれることもある参政党も行き過ぎた新自由主義の問題について言及していたように思う。さて、リベラルである。リベラルの主張するテーマのほんどは貧困とは何の関係もないもので、サンダースのいうまさに「労働者を見捨てたリベラル」という様相を呈している。日本のいわゆるリベラル政党の主張するテーマの多くを見ても、自分たちがawoke、つまり目覚めているつもりになって、選択的夫婦別姓、ジェンダー平等、LGBT差別反対を言っているが、そうしたものは一般の人々には響かないし、憲法九条を守り抜いていれば平和、非核を唱えていれば核爆弾は飛んでこないという考え方は一種の信仰にしかみえない。そして防衛費増額といえば戦争になるとか、移民を制限しようといえばサベツだの多様性尊重に反するだのという、そうしたワンパな思考にはうんざりする。考えれば考えるほど労働者を見捨てやリベラルは労働者に見捨てられるというサンダースの言葉は正鵠を射ている。もちろん核保有しろとか憲法を改正しろというつもりはないのだが、望まれるのはもっと地に足のついた議論ではないのだろうか。そしてなによりも、今の貧困の問題はやはり深刻であり、このままでは社会が荒廃していくこともありうるので、声高で空疎なリベラルではなく、本当の意味の左の政党が必要なのではないのだろうか。
2026年02月08日
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ミラノ五輪の開会式を見た。自国の誇る芸術文化の誇示…これこそが開会式のみものであり、そしてそれは期待にたがわなかった。そうなると、どうしても、この間のパリ五輪の開会式を思い出してしまう。パリ五輪は、マイノリティを前面に出すあまり、イメージする小粋なフランス文化とは程遠いものとなり、特に最後の晩餐のパロディなどは冒涜云々とは別に、やや退廃的な印象を与えた。そしてフランス革命のパフォーマンスも、世界最初の市民革命は誇るべき歴史なのかもしれないが、革命には同時にその後の恐怖政治や庶民も犠牲になった大量の処刑などの暗黒面もある。流血や首を抱えて歌う女性は、むしろその暗黒面を連想させてしまう。それに比べると、イタリアの音楽、ファッション、美術をモチーフにしたパフォーマンスはあらためてイタリアの底力を見せつけた。これを見て、フランスの大会関係者はやられたと思ったのではないかと想像する。最初の彫刻のパフォーマンスはかつてイタリアの地に栄えたローマの神話を思い出すし、音楽と美術が一体となった演出もよい。今、我々が享受している芸術文化の多くがイタリアに負っていることを思い出させる。開会式は最高の国家宣伝の場であるといえよう。
2026年02月07日
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さすがというかなんというか、司馬遼太郎の文章は読みやすい。三浦半島を行きながら歴史に思いをはせるという紀行文だが、扱われている時代は鎌倉時代とさきの大戦である。鎌倉はたしかに三浦半島の西の付け根にある地だが、あまり三浦半島の地という感じはしない。北条氏の根拠地や蛭小島は伊豆半島の韮山あたりである。鎌倉政権樹立に際して北条氏と並んで力になったのは三浦半島に根拠を置く三浦氏だったのだが、三浦氏はやがて滅ぼされたため、今の三浦半島に行ってもその屋敷跡や城跡などの遺跡は残っていない。近代になると三浦半島は再び軍事的要衝として脚光をあびる。黒船のやってきた浦賀は三浦半島の東岸にあたる。幕末、三浦半島の寒村だった横須賀に小栗忠順が艦船製造所を造り、その後、一大軍港都市として発展していく。小栗を主人公にした大河ドラマも予定されているというので、再びこのあたりの歴史が注目されるだろう。近代以降の海軍と三浦半島の歴史についても、三笠公園に戦艦三笠が展示されていったりすることで多少偲ぶことができる。戦前は国防上の観点から三浦半島は自由に観光ができなかったという。非常に読みやすい本なのだが、歴史散歩的な紀行文というよりも、三浦半島の歴史を紹介した読み物と思って読んだ方がよいのかもしれない。遺跡や遺物紹介などはそれほど多くは載っていないのだから。
2026年02月06日
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退職代行会社の社長が弁護士法違反で逮捕された。この会社はかなり前から有名だったし、退職代行を利用する側も簡単には退職できない事情があるから利用していたのだろう。問題の弁護士法第72条にはこうある。第七十二条 弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。退職代行は簡単には退職できないので代行を頼むのであり、どうしても残業代請求などの法律問題といえるようなものがでてくる。雇い主によっては退職を申し出た社員に急な退職による損害賠償を請求するなどといいだす者もいるかもしれない。今回の逮捕は弁護士のあっせん業務が弁護士法違反とされたというのだが、これが一番容疑を立証しやすかったということなのかもしれない。現実に退職代行のような業務の需要があり、しかし、そのための業者は違法であるとなると困る人も多いのではないか。弁護士に頼めばよいというのだが、弁護士もただではもちろんない。一回の相談料だけでも、ぎりぎりの生活をしている人にとっては致命的な金額だ。弁護士とならぶ高度な専門職としては医師がある。医師が高収入を維持しながら、多くの人が医療の受益者となっている背景には医療保険の制度がある。弁護士の扱う法的紛争についても、医療類似の保険制度を設けるというのは、交通事故保険に一部そうした面があるが、健康保険類似の一般的な保険となると、無理だろう。そうなると、金銭に余裕のない人が巻き込まれる法的な紛争となると、困る人がけっこういるのかもしれない。強者の「法的措置を取らせていただきます」というのが、弱い立場の者にはけっこうなおどし文句になってしまう。
2026年02月05日
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自民党が圧勝するという朝日新聞の記事が議論をよんでいるようだ。そこで過去に自民が圧勝した選挙というのを思い出してみる。記憶にある限り、それは中曽根内閣の時と小泉内閣の時なのだが、あの時は体感として圧勝の予感はあった。いずれも、テレビや新聞が世論をリードしていた時代である。まず、中曽根の時は、広告代理店が演出したのかもしれないが、名宰相中曽根のイメージが作られていた。座禅をし、深い教養と英語力で主要国首脳とわたりあい、とりわけ米大統領と良好な関係を築いた。そして経歴も、従軍体験もある大秀才といったところだろうか。そのうえ、選挙前日にはなぜか天気大荒れの予報が出て、多くの人が遠出の計画を中止したのだが、ふたをあけてみると、穏やかな選挙日和であったことも幸いした。一方、小泉内閣の時には、郵政民営化のワンイシュー選挙で、世の中には公務員バッシングの風潮が蔓延していた。バブル景気が終わり、多くの人の生活が苦しくなる中で俺と大差ない公務員が安定して暮らしているのが許せないと思う人が多かった。そして身近な国家公務員といえば郵便局員であり、その郵便局員を敵にしたてた総理の選挙戦略は見事としか思えない。そして首相本人については、なぜかリチャードギアに似ているということが喧伝され、写真集まででて、主婦人気が爆発した。敵を作ったワンイシュー選挙であり、政治家のカリスマ的人気にも乗っかるという絵に描いたようなポピュリズム型選挙であった。さらに、郵政民営化に反対する自党議員に刺客を向け、それをマスコミが騒いだことで、主役は自民候補同士の対決となり、野党候補がわき役となってしまったことも大きかった。B層という言葉が普及定着したのもこの選挙からであったように思う。まあ、今となっては懐かしいようなのだが、あの頃の雰囲気と今回の「圧勝」というのはちょっと違うように思う。それに比べると、今回は自民圧勝という気分はそんなにないようにみえる。だからこそ自民圧勝の選挙予想がいろいろと議論になるのだろう。
2026年02月03日
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来週は投票日だというのに選挙はあまりもりあがっていないように思う。かつての郵政選挙のときのように、選挙の争点自体がはっきりしていないこともあるのかもしれないが、これで選挙当日に雪など降れば投票率は非常に低くなるのではないか。それでも、組織票などで選挙に行く人々もいるかもしれないけど、そうなると、老人の雪道での転倒事故など本当に心配である。選挙近しということもあり、固定電話に世論調査のアンケートがかかってくる。あわてて出ると自動音声ということで切ることもあるが、きいていると、政党名や候補者名を並べ番号を押させる形式のものが多いようである。ああいう調査では面倒くさいので最初の選択肢を押すことが多いのではないか。けっこうこの選択肢の順番に左右されるように思われる。関心の薄いアンケートほどそうした回答者が多いので、こうしたものをもとにした選挙予測とか情勢調査とかどこまで信用できるのだろうか。それはともあれ、投票権は国民一人一人に与えられた貴重な権利である。一票の集積で世の中は変わるし、民主主義とはそういうものだろう。ぜひその権利を無駄にしないで、期日前投票でもなんでもその権利を行使してほしいものである。注目しているのは、最近のネット情報の普及で投票の質が変わってきたのではないかということだ。かつてはテレビや新聞が世論をリードし、いわゆるマスコミ人士が世論にも選挙にも大きな影響を与えてきた。けれども、今ではネットのショート動画による政治メッセージもそれなりの影響力を持つ。かつては新聞やテレビの政治報道に興味を持たなかった人々が休憩時間に指先一本でみられるショート動画を見て政治に関心を持つということもあるのではないか。そのせいか、マスコミの予想もしない選挙結果もでるようになってきている。ネット情報に嘘や信用できないものも多いというのも事実なのだが、ネットのある社会は選挙を確実に変えていく。どう変えていくのか…それも興味深い。
2026年02月01日
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