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森田実践で家庭菜園をされている方へホームセンターなどではハクサイ、キャベツ、ブロッコリー、ジャガイモ、ネギなどの苗や種イモが並び始めました。ニンジンやダイコンはタネを撒くことになりますね。私も本日田舎の畑ですべての植え付けを済ませてきました。まずは夏野菜の後片付けです。今年もたくさんの恵みに感謝して。特に真っ赤に熟れた完熟トマトの味は最高でした。そして草刈機で草を刈ります。その後、管理機で耕します。発酵鶏糞を撒きます。畝を作ります。化成肥料を少しだけ撒きます。そして種イモ、苗、種を植えて水をやりました。もちろん輪作体系通りに植え付けます。明日は雨が50%の予報なので田舎には行きません。これだけでも結構な運動量です。今日はビールがうまいでしょう。サツマイモは大きくなりました。10月くらいが収穫時期になりそうです。野菜が育っていると、田舎まで60キロありますが、たびたび行きたくなります。それと他の人の畑に何を植えているのか。豊作かどうか。よく観察するようになりました。田舎では今日はもう稲刈りが始まっていますよ。5月に植えた稲がもう収穫ですから、時の経つのはほんとに早いものです。今は市民菜園の借り手が多くて、順番待ちだそうです。野菜つくり、花つくり、果樹つくりの趣味を持っている人がほんとに増えているのですね。
2019.08.31
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怒り狂っている人を見て、あの人は頭に血が上っているなどと言います。これは事実ではありません。むしろ頭から血の気が引いているといったほうが正解です。脳が正常に機能するためには、その原料である糖が大量に必要になります。怒り狂っているときは、瞬間的にその糖を相手と闘うために「筋肉」に集中させています。アドレナリンなどのホルモンがその命令を出しているのです。生命に危険が差し迫ったときは、脳や消化器に栄養分を送ることを遮断してしまうのです。怒りの感情はダイナマイトのようなもので一旦着火するとすぐに暴発してしまうなどと言います。それは糖というエネルギーの補給方法が、脳や消化器から「筋肉」へと瞬間的に切り換えられてしまった結果なのです。その結果脳はほとんど働いていないのです。だから怒り狂っている人を見ると、幼児並みの脳、酔っぱらいのような脳になっているのです。大脳新皮質が眠りに入り、大脳辺縁系がなんとか動いているようなものです。普段は冷静沈着で立派なことをいう人が、急に人が変わったように動物的になるのですから、周りにいる人はなんとも始末におえないのです。この生理現象は人間の先祖の時代から、脈々と受け継がれてきたものであり、意志の力でコントロールすることはできません。人間には本来そういう仕組みが備わっているということです。このことを、すぐに腹が立ってしまう人、怒りが爆発して後で後悔した経験のある人は、十分に理解する必要があります。ここに腹が立ったときや怒りで相手に罵詈雑言を浴びせて、破れかぶれな行動に発展しそうな時の対応方法が隠れているのです。脳に糖というエネルギーが回らなくなっている状態ですから、普段のように脳にエネルギーが補給されるような正常な状態になるまで待つということです。怒り心頭の状態になったときは、大脳新皮質が深い眠りに入った。大脳新皮質が眠りから醒めるまで待つしかない。筋肉への栄養補給が止まれば、大脳が正常に働きだすので、適当な対処ができるはずだ。この気持ちを思いだすことです。その時に売り言葉に買い言葉で対応すれば、一瞬だけ気持ちが晴れます。ところが後々苦しむことになります。一番いいのは、脳が正常になるまで、時間をおくことです。「すみません。急に腹が痛みだしたのでトイレに行ってもいいですか」「すみません。人を待たしておりますので、少しだけ時間をいただけますか。すぐに戻ってまいりますので。」その他理由はなんでもいいのです。とにかく脳に十分なエネルギーが補給されるようになるまで、時間を置くことです。このことを忘れないようにしたいものです。そうすれば動物の脳から、理性的判断ができる人間の脳へと復帰できるのです。いつもいつも理想通りに進むことはあり得ませんが、その気持ちを持ち合せていることは、とても重要です。
2019.08.31
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皆さんはこんな経験はないでしょうか。テレビを見ていて気になる俳優さんが出ていた。誰だったかな。思いだそうとする。「ア」で始まる人だったような気がする。相田、相沢、浅田、秋田・・・。いくら考えても思いだせない。ところが考えることを止めて、後日別のことをしていると急にそうだ、浅野ゆう子さんだった。急に知りたかった女優さんの名前を思い出して安心した。私はこんな経験がよくあります。ここで何を言いたいかというと、無意識の世界で起きていることである。人間には意識の世界と無意識の世界がある。意識の世界は前頭前野で今現在取り上げている出来事のことを考えている。これを氷山に例えると、水面に浮いている部分である。ところが水面下にはそれ以上に大きな氷の塊が沈んでいる。人間の精神世界もこれとよく似ている。水面下に沈みこんでいる部分が無意識の世界である。無意識の世界で起きていることや特徴を見てみよう。無意識の世界は、顕在意識が考えることを止めた後も、不安や恐怖、解決のつかないことを何とかしようと働いてくれているのである。これは好むと好まざるとにかかわらず、人間に元々備わっている能力である。1日で見ると人間は5万個の考えが浮かんできているという。その中で解決済みになったことは、無意識の世界ではすでに折り合いがついて、以後気にかけたり、悩んだり、エネルギーを使うことはなくなる。例えば、浅野ゆう子さんという女優さんの名前が分からないときは、無意識が答えを見つけるまで働いていてくれたのである。その姿はけなげというほかない。顕在意識がそんなことはもう考えなくてもよいと言い聞かせても、無意識の世界ではけなげにも頑張っていてくれたのだ。無意識にはいつまでも無解決なことにはかかわってくるという特徴がある。無意識の働きはそういう性分なのだ。このことはしっかりと頭の中に入れておいてほしい。これが分かると、神経症のような解決できないような悩みをいつまでも抱えているということは大きな問題になる。人の思惑が気になる。カギやガスの元栓が気になる。電車に乗るとパニックになる。ガンではないかと不安になる。などと考えているとき、そんな解決できないようなことは放っておいたほうがよいと顕在意識がいくら自分に言い聞かせても無駄である。無意識の世界では、解決できない問題だからこそ、いつまでも解決に向けて大きなエネルギーを投入して頑張ろうとしてくれているのだ。しかし解決できないことに大きなエネルギーを投入していくことは、大きな損失となる。最後には身体的、精神的に大きなダメージを受けることになる。これが解決できない問題だと無意識が納得してくれた時に、試行錯誤することを止めることができる。森田理論で不安の特徴、役割、不安と欲望の関係、自分の進むべき道がはっきりと認識できたとき、無意識の世界はやっと不安を取り除いてやろうとは考えなくなるのである。不安はあるのが当たり前だ。不安は生活の上でとても役に立っている。大事に付き合いたい。生の欲望と不安のバランスをいかにしてとっていけばよいのか。そんな風に考えることができるようになると、無意識の部分では不安を取り除くことは中止してしまう。それはすでに問題が解決して納得できたからからだ。そのエネルギーを生の欲望の発揮に回して、生産的に利用することができるようになるから一挙両得となる。
2019.08.30
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目を正面の一点を見える状態にしてボールペンなどを視野の端から徐々に中央へ動かしていくと、あるところで急にボールペンが見えなくなってしまいます。これは盲点といわれています。これと同じように、人間の場合は、先入観や決めつけで凝り固まっていると、「視野狭窄」という現象が現れます。「かくあるべし」思考の強い人が陥りやすい現象です。見たいものだけを恣意的に見ようとする。見たくないものは無意識的に排除してしまう。これでは客観的で妥当性のある見方ができなくなります。それを自分や他人に押し付けてしまうので、変な人、融通の利かない人、包容力のない人になってしまうのです。ですから森田でいう両面観の考え方、見方を身につける必要があるのです。例えば、大都会に住むことが一番だと思っている人は、都会のいいところばかりに意識が向いています。交通の便がよい。車がなくても生活できる。文化的施設などがたくさんある。お店がたくさんある。美味しい店が多い。刺激が多い。人が多くて活気がある。スズメバチ、イノシシ、蛇などがいない。隣近所との共同作業に出なくてもよい。葬儀の手伝いをしなくてもよい。そういう人は都会に就職して、都会に家を持ち、都会で子育てをするようになります。すると、水がまずい、毎日たくさんのお金がかかる。そのためあくせく働く必要がある。アスファルトやコンクリートばかりで緑が少ない。日常的に自然に接する機会がない。家が狭い、家賃が高い、子供を自由にのびのびと育てられない。ごちゃごちゃとして息が詰まりそうだ。アクシデントに遭遇する危険性が高い。人間関係が煩わしいなどと言ったことは取り立てて問題視しなくなります。「それが何か問題でもあるの」などと言います。反対に、田舎暮らしが一番だという考え方を持っている人は違います。自然が豊かで心が癒される。野菜つくりができる。花のある暮らしができる。犬や猫を飼える。庭つくりを楽しむことができる。池を作って鯉を飼える。工芸、加工食品が作れる。自然相手の楽しみが四季折々に楽しめる。ゆったりと時間が流れる気がする。自給生活が楽しめる。自然の中で子供をのびのびと育てられる。水がおいしい、空気がおいしい。そんな人にスーパーやコンビニや外食に行くのに車が必要だ。夜になるとあたりが真っ暗で心細くなる。よい病院もない。図書館もない。映画も見れない。刺激がなくてつまらないでしょう。スズメバチが巣を作る。蜘蛛がいる。虫が多い。雑草だらけになる。蛇がいる。イノシシや熊が出てもいいの。などと指摘しても、「それがどうした」「問題はない」などと一蹴される。つまりどういう考え方をとっているかによって、物の見方が片寄ってしまうということなのです。自分の信念に沿って都合のよい情報だけを収集するようになってしまうのです。そして都合の悪い情報は、無意識のうちにシャットアウトしてしまうのです。プラスの面とマイナスの面をまんべんなく見つめて、客観的で妥当性のある見方はしたくでもできないのが普通の人間なのです。森田理論では、両面観、多面観のものの見方をお勧めしています。これはできないこともないのですが、一人では大変難しい。学習仲間の意見を聞いてみることで修正できます。ここに集団学習の意味があります。
2019.08.29
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森田理論学習を続けている人は、行動・実践の大切さは十分に理解されていると思います。ところが実際には、その切り替えができなくて、悶々と今まで通りの生活を繰り返しているという人が多いような気がしています。方向性は見えているのに、なぜ、どうして森田理論を生活面に応用できないのでしょうか。集談会では森田理論を応用して、見違えるように元気溌剌、生活を存分に楽しんでいる人がいるのに、どうしてその人のまねをしようとしないのでしょう。こんな話をすると、「そんなにいろんなことに挑戦して疲れませんか。イライラしませんか」あるいは、あっけに取られて開いた口がふさがらないといった反応をされます。「定年退職したらやってみたいことを20個ぐらい持ってないと、退屈だと思うようになりますよ」というと、とんでもないことをいう人だという反応があります。反面、体験交流では、「毎日退屈で、抑うつでイライラした生活を送っています」などと話されます。どうして自分の生活スタイルを変えようとしないのか。その原因を考えてみました。人間は暑苦しさを感じると、体温を下げようとします。まず汗をかいて気化熱の放射で体温を下げようとします。私は仕事中は小型扇風機のついた服を着ています。これがかなり役に立ちます。また水分補給にも心がけています。スイカやトマト、ソーメンなどを食べます。寝苦しい夜はクーラーを入れます。クーラーが嫌いな人でも、様々に工夫をします。反対に氷が張るような冬には、厚着をして体が温まる食べ物や飲み物をとります。部屋の中は当然暖房を入れます。お風呂にゆったりと浸かって、身体を温めようとします。これらは、体温を36.5度に保とうとする体のシステムが自然に働いているのです。そのシステムが正常に機能しているおかげで、人間は生命を維持しているのです。もし体温が40度になっても何もしない、あるいは厳しい寒さの冬場に薄着で外出するとどうなるでしょうか。途端に命の危険にさらされてしまいます。人間には、不快な気持ちを感じると、気にならなくなるまで元に戻そうとする機能が備わっているのです。この働きのことを「恒常性維持機能」と言います。ホメオスタシスともいいます。この機能は身体管理のすべてに貫徹されています。血中に糖が多くなれば、インスリンが出て糖分の上昇を抑制するのもその一つです。その機能のおかげで、糖尿病が予防できているのです。この機能は、身体管理にばかり働いているわけではありません。精神管理の面にも働いているのです。これが厄介なのです。森田理論で不安は横において、行動・実践に力を入れようと決心しても、恒常性維持機能が働いていて、すぐに切り替えることは思っているほど簡単なことではないのです。そういうことが分かれば、行動・実践できない人に叱咤激励することはできなくなります。そういう前提に立ったうえで、森田理論を学ぶ仲間として、少しでも変化できるように刺激を与え続けることが大切です。例えば私はカラオケ同好会を作っていますが、今までカラオケなんかとしり込みしていた人が、毎日you tubeで練習するようになっているのです。この小さな変化は大事にしてあげたいと思っています。集談会ではお互いに刺激を与え続ける温かい人間関係を保っていくことが必要です。すると、何かをきっかけにして、新しい自分に変身できるチャンスが発生するということです。これは自分一人ではとてもではないが達成不可能だと思います。これが自助組織の醍醐味であると考えています。一つ動きだせば弾みがついて、次第に今までの殻を打ち破っていくことができるのです。
2019.08.28
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私が大学生のころ学園祭で夕方から夜にかけて大きなダンスパーティーが開催されることになりました。彼女や彼氏のいない人は、誰か相手をみつけないと入場できません。参加したい人は、同好会や知り合いに声をかけて、相手を調達していました。ダンスを楽しみたいという気持ちが強ければ自然にそのように行動します。事実即席のカップルがたくさん生まれました。ところが「女性に声をかけてペアになる了解をもらわなければならない」という気持ちになると、厄介なことになります。人生の重大な決断を迫られるような気持ちになってしまうのです。声をかけてもダメなんじゃないか。もし冷たく断られたらみじめだ。自尊心が粉々に砕かれてしまう。などと悲観的なことばかり考えてしまうのです。実はこれは私のことです。今になって、この心理状態を考えてみました。このように「・・・しなければならない」と考えることは、「かくあるべし」を自分に押し付けていることです。そういう気持ちになると、「・・・したい」という気持ちは、すぐに弱まってしまいます。これが積極的に声掛けできない一つの理由です。でもそれだけではありません。もっと重要な理由があります。それは、「かくあるべし」と思考すること自体が、積極的に行動することを押しとどめるように作用するのです。言葉を変えれば、いろいろと逃避や回避、言い訳の理由を積極的に探しまわるようになるのです。「フォークダンスも踊れないのに、自分にはムリだろう」「自分の提案を受け入れてくれる女の人なんている訳がない」「声をかけてみたいような魅力的な女の人がいない」「それよりパチンコのほうが楽しい」「友達と飲みに行こう」などなど。これらは本心とは違います。本音の部分では積極的に行動したくないという気持ちが支配しているのですから、その結果として声掛けをすることを止めてしまうのです。結局現状維持に甘んじてしまうのです。ダンスを楽しみたいという気持ちを無理やり抑圧してしまうのです。我々がしばしば陥りやすい「かくあるべし」思考は、それをしないでも済む理由を、脳の無意識の部分で、どんどん加速度的に作りだしているというからくりが働いているのです。「かくあるべし」は自分や他人、自然現象などの事実を否定して葛藤や苦悩を作りだしています。それだけではないのです。金縛りにあった状態になって、本心に基づいた行動を抑制してしまうということも見落としてはならないと思います。そういう意味からも「かくあるべし」を減少させることが、とても大事になってくるのです。
2019.08.27
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メキシコオリンピックで1500mでケニア人初の金メダルを獲得した選手がいた。キブチョゲ・ケノイ選手である。この選手はそれまでのレースでは、最終400mでいつも激痛を感じていた。いいところまで行くのだが最後に抜かされてしまうのだ。ルー・タイスという人に相談しました。ルー・タイスは彼に聞きました。「レースのポイントに差しかかったとき、何を考えているのか?」彼は、「あと400mも走らなければいけないと考えます」と言いました。「では走るのを止めたらどうだね」「そんなのバカげています。走るのを止めたらレースに負けてしまうじゃありませんか」彼は怒りました。そしてむきになって言いました。「僕が何のために走っていると思っているんですか。オリンピックで勝てたら、牛がもらえるからです。ぼくの国では、それでずいぶんお金持ちになれるんです。家族は、ぼくをアメリカの大学に送るために、自分たちの生活を犠牲にしてきた。だから、家族のためにも、国のためにも、絶対に金メダルを獲りたいのです。」これは森田理論でいうと「かくあるべし」の考え方です。オリンピックで何が何でも優勝しなければならない。もし優勝できなければ家族にも、国にも顔向けできなくなる。失意のうちにケニアに帰ることだけは絶対に避けなければならない。そういったプレッシャが、彼に重くのしかかっていたのです。ルー・タイスコーチは言いました。「君は無理して走る必要はない。レースを走りきる必要もない。いつだって走るのを止めてもいいのだよ。それでも走りたいのか」彼ははっとして次のように言いました。「僕は小さいときから走るのが得意で、とにかく走ることが大好きなんです。走るのを止めてしまったら、ぼくがぼくでなくなってしまいます。走ることだったらどんなつらい練習でも苦にならないんです。そしてどんな強い選手にも勝ちたいと思っています。そうだ、ぼくの夢はオリンピックに出場して優勝したいんだ。」「よく分かった。じゃ、そのことに気持ちを集中させなさい。」ちなみに彼は1500mで金メダルを獲得したほか、5000mでも銀メダルを獲得したそうです。「かくあるべし」から出発することと、自分の本心の部分から取り組むことは、その後大きな差となって現れるということだと思います。
2019.08.26
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私はスマホやデジカメで撮った写真をパソコンに取り込むやり方がよく分からなかった。以前のパソコンは、接続すると、自動的に転送のソフトが動いて何ら不都合はなかったが、新しいパソコンに変わってから途端にむつかしくなった。このブログでアップする写真は、例えばスマホで撮った写真は、その写真をGメールでパソコンに送る。それをピクチャーに保存する。それを画像を小さくするソフトで小さな画像に縮小する。それをこのブログにアップしてきた。この問題がある方のおかげで一挙に解決した。そのやり方は、まずスマホとパソコンを接続する。それからパソコンのスイッチを入れる。スクスプローラーを立ち上げる。その中に「デバイスとドライブ」というものがある。その中にすでに接続された携帯のアイコンが表示されている。それをクリックすると携帯の中身が出てくる。そのフォルダーのどれかにお目当ての写真がある。普通はDC1Mというファイルに入っている。次にもう一つエクスプローラを立ち上げる。今度はフォルダーの中のピクチャを開く。パソコン画面の中に2つのエクスプローラーを見やすい位置に並べておく。ピクチャ画面にできれば新しいフォルダーを作る。フォルダーの名前を変更しておく。例えば取りこんだ日付や項目である。お目当ての写真をドラッグしてそのピクチャフォルダーに移動する。するとパソコンのピクチャの中に簡単に写真が移動できた。これで簡単に写真を編集できるようになる。知っている人は訳もなくできることだが、知らない人は皆目見当がつかない。私は今まで四苦八苦していたのである。困っている事情を詳しい人に聞いてみればあっという間に解決する。私は感激して居酒屋で一杯おごってあげた。私はパワーポイントやホームページの作成の基本はマスターしたので、関心のある人には積極的に教えてあげたいと思っている。そうすると復習にもなり、知識の定着につながる。その点は森田理論も同じようなものだと思う。自分で一から学習するよりも、森田理論に精通している人からレクチャを受ければ、途端に理論は理解できるようになる。教える人も教えられる人も相互にメリットがある。特に私は森田理論学習のコツは、基礎編の学習が一通り終わった後は、「森田理論の全体像」の学習にかかっていると思っている。これについて説明している本もなければ、力説する人もいない。理論学習が行き詰っている人は、ぜひとも、そちらの学習をしてもらいたい。内容はこのブログで何回も取り上げている。
2019.08.25
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ある40代の男性は、出勤前にトイレに行ったあと、妻や娘に「お父さんのトイレの後、臭い」といわれました。大変ショックを受けました。でも家のトイレは一つしかないので使わざるを得ないのです。そこで自分はできるだけ後で済ませるようにしました。そして今ではトイレが終わった後、消臭剤を振りかけることが日課になっているそうです。そのうち家で済ますことはできるだけ我慢して、駅の公衆トイレを利用するようになりました。少し早く出て会社のトイレを利用することもあります。そのうち電車に乗ると自分が悪臭を出しているのではないか気にするようになりました。テレビコマーシャルでやっている臭い消しをわきの下に振りかけるようになりました。職場では、自分の口から悪臭が出ているのではないか。体臭で若い人たちが自分を避けているのではないか。などと気になり始めて、仕事に集中できなくなりました。神経科にかかると「自己臭症」と診断されて治療を受けているということでした。悪臭を排除しないとみんなから嫌われる。いじめにあう。それを予期恐怖して、無臭化に力を入れるようになっている。ポーラ文化研究所の調査では、自分の臭いが好きと答えたのはわずか1%。男性の66%、女性の81%が自分の口臭、汗の臭い、足の臭い、体臭を抑える努力をしていた。何回も歯を磨く、シャワーを何回も浴びる。脂取り紙を使う。無臭剤をつかう。香水を使う。下着をたびたび取り換える。例えばシンガポールに行くと、毎日暑いので汗がよく出る。それとともに体臭もきつくなる。そこでどうしているかというと香水やオーデコロンを振りかけて、自分の体臭をごまかしている。現地の人に近づくと香水のにおいがする。街中がなんか独特の人工的なにおいがする。無臭化については、大量に流されるテレビコマーシャルが拍車をかけている。消臭剤、除菌剤、抗菌剤などは大きなマーケットを形成している。これでは香りで季節の移り変わりや料理を楽しむという五感の機能はどんどん衰えてしまいます。果物や草花の臭いを軽視し、鈍感になってしまう。元々動物は体臭を放って自己主張するものなんです。大切な機能があるのです。自然なものを自分たちの都合に合わせて、すべて排除しようと考えることは、自然に反する行動をとっていることなのです。自分の気持ちや意志を押さえつけて、周囲の合わせていくばかりでは、生きづらくなってしまいます。嫌のものはなんでもかんでも排除するという考えは、一時はうまくいったかに見えても、長期的にみれば自然の流れに反することですから、破綻や破滅に向かって突き進んでいるのです。不安や恐怖、不快感、違和感についても、それを取り除いたり、逃げ回っていてはいけません。それらは有史以来人間や動物に備わっているものです。危険を素早く察知し、自分や家族の生命を守るという大切な機能を持っているため、進化の過程で切り捨てられることなく、遺伝子に組み込まれているものなのです。それらの役割や特徴を十分に学習する必要があります。そして生活の中にどのように活かしていくのかと考えて、上手に付き合っていく必要があります。そのことを森田理論の学習で学ぶことができます。精神療法では極めて珍しいことです。不安と欲望という単元です。ここを学習すると、不安と欲望の関係もよく分かってきます。ですから、他の単元よりは、より重要な学習項目になります。官庁でいえば、国税庁という庁レベルではなく、財務省という省レベルの学習項目となります。そういう意識で学習することをお勧めします。
2019.08.24
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今日はイメージトレーニングについて投稿してみたい。バスケットボールの選手を2つのグループに分けて次のような実験を行いました。決まった回数のフリースローシュートを毎日10日間練習するグループと、その実地練習を5日間、イメージトレーニング練習を5日間交互に実行するグループです。そして11目に実際に両グループでフリースローシュートのテストをしてみますと、両者の成績が同じなのです。つまりイメージトレーニングも実際の練習と同じ効果があったのです。テレビなどで外科医の先生方は、大きな手術前に手術場所をイメージしながら切開し、腫瘍を取り除き、縫合するまでイメージトレーニングを行っています。これで本番では緊張することもなく、スムーズに進めることができるようになります。特に経験不足の若い医者の場合は、このイメージトレーニングは格段の効果があるという。ガン患者にも、通常のガン治療と並行して、イメージトレーニングを行うことで、生存期間が4倍にも延びるという報告もあります。日本ではあまりなじみがありませんが、アメリカ、カナダなどでは、がん闘病中の人の多くがイメージトレーニングを知っており、実際に実践しておられます。伊丹仁朗先生のところでは、「熱帯魚」のイメージトレーニングを行われています。まず椅子に座って、背もたれに体をあずけ、目をつぶって体の力を抜いて全身をリラックスさせます。この時、よいイメージを思い浮かべてやろうと力むとよくありません。リラックスしてきたら、次のような順番で徐々にイメージを広げていきます。最初はまず、自分が広い海を前にした砂浜に座り海を眺めているという光景を思い浮かべます。目の前にはコバルトブルーの広い海、気持ちよく吹き付けるさわやかな風、青い空、足の裏にあたる温かい砂粒の感触、海風のいい香り・・・。そういうイメージを実際に五感で感じ取るような気持ちで、頭の中に浮かべていきます。やがて気持ちが落ち着き、楽しい気持ちになってきますから、今度は体の中に体の中に青い海が広がってくるようにイメージします。血液というのは海水の成分に似た構成になっていますから、その海の中を無数の色とりどりの熱帯魚が病気やガンを発見し、エサの代わりにどんどん食いつぶしていくのです。熱帯魚がすべてのガンや病気のもとを食べてしまった後は、青く美しい海が広がっています。あとで、このイメージを絵にかいてみるのが効果的だそうです。またイメージを紙に書きだして、毎日口に出して読みあげることも大切です。他人に公言することもよいかもしれません。イメージトレーニングは、資格の取得、夢や目標を達成したいと思っている人にも役立ちます。脳はそういうよいイメージを何度も繰り返して反復していると、無意識の部分に刷り込んでしまうという現象が起こるのだと思います。コツは、「こうなったらよいのに」という願望ではなく、「こうなるんだ。こうなっている」という具体的で明確なイメージを持つことです。実際に資格を取得したり、夢や目的を達成した自分の姿を明確に思い浮かべて、それを反復して脳に刷り込ませるのです。現実的でリアリティのあるイメージは、簡単に脳の無意識の部分に刷りこんでしまうという特徴があるのです。(ガンを退治するキラー細胞の秘密 伊丹仁朗 講談社参照)
2019.08.23
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先日素晴らしい学習会の体験をした。それは公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団が、企画制作されたDVDを集談会の理論学習で視聴したことだ。これは財団が全国各地で開催されている心の健康セミナーを収録されたものだ。「森田療法と症状別の治療法」というDVDである。2枚一組である。定価2000円で、岡本記念財団で入手できる。どの先生の話も素晴らしい。この中で今回は「不安・こだわりに縛られた生活から自由な生き方へ」を視聴した。法政大学の久保田幹子先生の講話で、約50分ぐらいだった。森田理論をこれほどわかりやすく、簡潔にまとめられた講話はあまり出会ったことがなかった。それだけにとても感動した。16名の人たちと一緒に視聴したが、一様に感動を分かち合うことができた。皆様にもぜひ視聴されることをお勧めしたい。一人のパニック障害の患者に森田療法を導入して、克服へと導く過程が詳細に説明されていた。以下私のメモを参考にして少し紹介してみたい。・不安の裏には欲望がある。・とらわれの機制としては注意と感覚の悪循環と「かくあるべし」という思想の矛盾がある。・それに神経質性格が影響を与えている。・治療してはまず受容と共感で相手を受け入れる。・パニック障害の人は、このまま死んでしまうのではないかと思っている。・器質的な病気がない限り、そのまま死んでしまうことはない。20分ぐらいで収まる。・症状が強まる理屈を理解してもらう。・パニック障害の人は、「予期不安」が強くなっている。意識や注意がパニック発作が発生することばかりに向いている。・感情の法則を説明をされた。不安を抑えようとすると、ますます強まってくる。持ちこたえて、目の前のやるべきことに手を出していく。・発作を怖れて、病人のような生活を作りだしているのはたいへんまずい。・パニック障害を取り除くための行動は、ますます症状を強化してしまう。・行動は不安を取り除くために行うのではなく、生きていくために必要だから行うという姿勢を持つことが大切である。私の感想です。認知行動療法に暴露療法がある。電車に乗って移動できないという人に、不安の程度を10項目ぐらいに分けて簡単なところから不安を取り除いていくという方法である。最初は、身支度をする。家を出る。駅まで行ってみる。切符を買う。改札をくぐる。電車を待つ。各駅停車の電車に乗る。次の駅まで乗る。目的の駅まで乗る。急行に乗る。そのうち不安が解消できて、次第に電車での移動が可能になるというものである。森田では直接パニック障害が起きている部分にだけに焦点を当てない。不安と欲望の関係、不安の役割を学ぶ。感情の法則を理解する。思想の矛盾の弊害を理解する。特に、不安は欲望の裏返しで発生しているので、取り除くことはできない。取り除いてはいけない。それは抱えたまま、実生活の方に目を向けていく。行動は自分の生活を前に進めて行くために、必要なことにどんどん手を出していく。森田理論は対症療法ではなく、外堀から埋めていくやり方である。すると不安が次第に変化してくる。問題にならないくらいに小さくなる。この方法だと再発することはない。それどころか、神経質性格者としての生き方が明確になる。
2019.08.22
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腹が立つ、不快、不安、恐ろしい、イライラ感、悔しい、嫉妬心、悲しいなどの感情はどんな時に発生するのだろうか。目の前に何らかの事象がある。例えば暑すぎる、寒すぎるとぐったりして、不快になる。自分が目的や目標を持って努力してみたが、どうにも達成することができない。イライラして意欲が減退してくる。他人が自分の存在や行動を、無視、拒否、抑圧、脅迫、否定する。途端に不安や恐怖が出てくる。目の前に起きている出来事が、自分の頭の中で想定していることと、合っていないときに様々な負の感情が湧き出てくる。では自分の頭の中では、普段どんなことを考えているのか。生命の安全を確保すること。快適な住環境。美味しい食べ物にありつくこと。欲しいものをできるだけ自分の所有物とすること。子供が問題行動を起こすことなくすくすくと成長していくこと。仲間はずれにされないこと。他の人たちから自分の存在、行動したことに対して評価をされること。自分の問題点や課題、希望や夢を実現していくこと。これらの欲望が、目の前に突き付けられた事実と、プラスにかい離しているときは快感となる。反対に目の前に突き付けられた事実と、マイナスに乖離していると不快となる。問題になるのは、マイナス感情が発生した場合である。それを表に出すと、自分にも他人にも害毒を撒き散らかすことになる。それは頭の中が「かくあるべし」で凝り固まっている人ほど、その不快感は大きくなる。決めつけ、先入観、思いこみの激しい人ほど、感情に振り回される。それらが現実の出来事と激しいバトルを繰り返すからです。よく怒り狂っている人は、頭が真っ白になって、冷静な対応ができていなといわれる。それは、アドレナリンやコルチゾールといわれるホルモンが瞬時に放出されることによる。このホルモンの役割としては、血中のグリコゲンの量を増やすように働く。そして、呼吸を早め、心臓の拍動を活発にさせ、さらに筋肉に栄養の大半を補給して臨戦態勢を整えるのである。あるいはすぐに危険回避の方向に動く。その時に消化器や脳への栄養補給は一時的にストップする。これが問題なのです。特に怒り狂ったときに脳への栄養補給が止まってしまうのです。頭に血が上ることによって怒り狂うといいますが、これは事実ではありません。栄養の大半は筋肉などの運動機能の活性化の方に向けられているのです。その結果、脳の認知機能としては普段の30%程度にも落ちているのです。そんな時は正しい判断能力は失われてしまっているのです。幼児並みの判断能力しかない。そういう人とまともに会話していては、話がかみ合わないのは当然のことです。もしそういう人が目の前にいたら、その場を離れて、時間をおくことです。脳の機能を正常に保つためには、怒りを少なくすることが大切です。森田理論で学習したように「かくあるべし」を減らしていくことはとても大切なことなのです。自分の精神状態や身体を健やかに保つためには、目の前の事実に対して、素直に認めること。素直に受け入れるようになることが極めて大切になるのです。これでアドレナリンやコルチゾールなどのホルモンの放出が抑えられます。これを身につけると、不快な感情に振り回されることは回避できるようになります。そのための方法は、森田理論の学習の中で様々に学習されていることと思います。大事なことは、それらを身につけて、習慣化することです。そのための応援はできるだけさせていただきたいと思っています。
2019.08.21
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私たち人間は99%問題なく仕事をこなしていても、最後の1回でミスや失敗をしてしまうと、すぐに自己否定するようにできているようだ。私はインテリアの卸会社でお客様からの注文を受けて、パソコンで加工して工場に流す仕事をしていた。ほとんどはそつなくこなしていた。ところが処理する数がとても多い。毎日50件ぐらいはこなしていた。また午後3時を超えると納期が1日延びてくるので、時間との戦いであった。数をこなしていると、どうしても不可抗力のミスが発生する。ミスが発生すると、施主、得意先、上司、営業担当、同僚、工場などから叱責を受けることがある。そんなことがあると、「自分は何をやってもダメだ」とみじめな気持ちになる。自分を責めてしまうのです。頭が真っ白になって、「もうこの会社での居場所はなくなった」「会社を辞めてしまおうか」などと短絡思考に陥ってしまうのです。冷静になって考えれば、誰でも同じようなミスをしているのです。なかには私の倍もそれ以上もミスや失敗を重ねている人もいるのです。でもその外たちは私のように生きるか死ぬかというように取り乱すことはないのです。私はそういう性格を持っている人をうらやましく思いました。私はまたいつかミスや失敗をするのではないかという、予期不安に苦しむようになりました。そして次第に、仕事に取り組むことが怖ろしくなっていったのです。有給休暇、病気を理由にして休んでしまうこともありました。なるべく厄介で難しい仕事は他人に肩代わりしてもらっていました。つまりミスや失敗を恐れて、逃げ腰の態度で仕事に取り組んでいたのです。会社に行くことも、仕事をすることも、嫌で嫌で仕方がなくなっていったのです。その結果、他人から軽視され、自己嫌悪のマイナスの悪循環を招いていました。学習会でこの話をしていて、面白い話を聞いた。人間の祖先はアフリカの東海岸にあるという。そこから世界に拡がっていったそうだ。そこでの生活は他の肉食獣の脅威にさらされていた。絶えず生命の危険にさらされていた。実際に肉食獣の餌食になる人は多かったそうだ。草むらでゴソゴソと音がすると一目散で逃げないと、簡単に命を落としてしまう。しかしサバンナの中にはなにも自分をとって食べる肉食獣ばかり住んでいるわけではない。自分たちの食料ともなる小動物もたくさんいた。狩りをして獲物を得ないと自分たちが飢え死にしてしまうというジレンマを抱えていた。しかし、草むらでゴソゴソ音がした時に、近くに自分たちの食べ物になる小動物がいるとは考えない。それが万が一自分たちを食べてしまう獰猛な肉食獣だったとしたら、すぐに殺されてしまうからだ。その危険性が10%だったとしても、決して油断できない。そこに注意や意識の大半を振り向けていたからこそ、人間はサバンナの中で生き抜いてくることができたのだという。その考え方や習性は、日常的に命の危機に遭遇してはいない現代人にもしっかりと受け継がれているというのだ。すると生活上様々な弊害が起きてくる。例えば、飛行機事故は99.9は発生しないことは統計上分かっている。でも飛行機に乗れば、もしこの飛行機が落ちたら自分は死んでしまうことに注意が向いて不安になる。それでプロ野球の選手でも、飛行機で遠征に行かない人も出てくる。私の場合は、ほとんどの仕事は問題なくこなしているのに、ときどき発生するミスや失敗に振り回されて、仕事をすること自体が苦痛になってしまった。今の世の中は、日常的に生命の危険に結びつくような状況に身を置いているわけではない。それなのに、もし1回でもミスや失敗があると、命取りになるかもしれないと考えてしまうのだ。そうなると、そこにばかり注意や感覚が振り向けられてしまうのだ。1回のミスや失敗で自分の全人格を簡単に否定してしまう。自分のこれまで築き上げてきた実績や成果が一瞬にして崩れ去ってしまうのは、こういうからくりが人間の中に脈々と生き続けているということなのだ。こういうからくりが分かってくると、ミスや失敗の対応方法が変わってくる。一言でいえばミスや失敗を精神交互作用で、どんどん増悪させないようにすることだ。森田理論が教えてくれたように実践や行動をすればよいのだ。そういうときの不安や恐怖はすぐに取り除こうと対応しないほうがよい。あるいは隠したり、ごまかしたりしないほうがよい。それらを抱えたまま、あるいは横に置いたまま、次になすべきことから逃げずにどんどん片付けていく。ミスや失敗は仕事をしていると、避けることはできない。そういうことにいちいちこだわっていると、精神的に追い詰められて、手も足も出なくなってしまうことを自覚することだ。ミスや失敗に神経を張り付かせるよりも、それらを早く報告して事後処理をする。新たな気持ちで次の仕事に向かうことが肝心である。
2019.08.20
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私は宴会などに参加した時に、思わぬ深酒をしてどうやって家に帰ったのが全く記憶にないということが何度かありました。その時、カバンを紛失したことは1回もありません。みんなといつ分かれたのか。店を出た後にどこへ行ったのか。タクシーに乗ったのか、バスに乗ったのか、電車に乗ったのか、歩いて帰ったのかなど思いだしても全く分からない。勘定は済ませたのかも分からない。翌日、参加していた人に電話で確かめます。勘定は払ったか。迷惑をかけてはいなかったかなどです。そんな状態なのに、どうやって家にたどり着いたのか。家に帰った後、玄関はどうやって開けたのか。家族とどんな会話をしたのか。しかし実際には意識がしっかりしたときと同様、間違いない行動がとれていたということです。これは考えてみれば不思議なことです。なにしろ理性を司っている前頭前野や全く働いていないのですから。話は変わりますが、田舎に帰るとき車の中でお気に入りの音楽を聴いています。同じCDを何度も繰り返し聴いています。例えばクスコ、ジョージ・ウィンストン、ケニー・Gなどです。すると実に不思議なことが起きます。たった今聴いていた曲が終わります。そして次の曲がかかるまで少し間があります。普通は次にどんな曲が流れるかは、聴いてみるまで分からないはずです。ところが何回も繰り返すことによって、もう脳の中では次の曲が無意識に分かっているのです。その証拠に自然にその曲を口ずさんでいます。実際に間違いなくその曲がかかるのです。この謎が分かりました。人間の脳は良くも悪くも、何回も繰り返したことを、脳の奥底に、無意識の記憶として刷り込んでしまうということだったのです。そして万が一意識が働かなくなったときは、この無意識に刷り込まれた記憶が何も考えることなく、とっさの行動として反応してしまうのです。これは使いようによっては役に立つと思います。この無意識の考え方や行動が、ポジティブなものとして脳に刷り込まれていたら、どんなに素晴らしいことかと思っているのです。ポジティブな考え方、発言、行動をいつも繰り返してとっていると、前後不覚になったときでも、ポジティブな考えが浮かぶようになっているのです。そしてポジティブな発言、行動をとることができるのです。身に危険が迫ってきたようになったときこそこの真価が発揮されるのです。反対に日常生活の中で、ネガティブ、悲観的、否定的、攻撃的な考え方、発言、行動を繰り返して、それを習慣化していると、何かにつけてマイナスの考え方、発言、行動をおびき寄せてしまうということです。心の中では知らず知らずのうちに、自己嫌悪、他人否定を繰り返すようになるのです。普段の生活の中でいかにポジティブな考え方、発言、行動を繰り返して習慣化していくことが重要であるかが分かります。そのためにはせめて自分の強みや長所、能力などを紙に書きだして、壁に貼っておく。それを毎日読みあげるようにする。そして写経するように毎日紙に書く。そして同じ行動を繰り返していく。そうすれば、前頭前野が前後不覚になっても、やるべきことが習慣化されているので、滞りなく生活が進行していくということです。私の場合でいえば、次の言葉を机の前に貼る。毎日朝起きたら1回読みあげる。寝る前にはもう1回読みあげる。・神経質性格は類まれなよい性格だ。神経質性格に生まれてよかった。・感性が鋭いので、音楽や芸術、書籍や映像など楽しんでいく。・「凡事徹底」で日常生活を規則正しく、丁寧にこなしていく。・「一人一芸」の練習に毎日取り組んでいく。・どんな困難な状況に陥っても、決して自分を見捨てない。最後まで守り切ってみせる。・集談会活動では、傾聴、共感、受容に徹する。・ブログは毎日1つは投稿する。
2019.08.19
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会社で小さなミスや失敗をして、上司や同僚から叱責されることに注意や意識が向いている人がいます。社交不安障害の私がそうでした。すると会社に行くことが憂鬱になります。仕事をしていても針の筵に座っているようなものです。精神的につらい、苦しい。なんとかこの不安や苦しみを取り除きたい。こういう悩みを抱えておられる方は多いように思います。今日はこの問題に焦点を当てて打開策を考えてみたいと思います。まずそういう人の特徴は次のようなことが考えられます。1、ミスや失敗が発生すると、いいわけをする。他人に責任転嫁をする。他人が気づいていなければ、ミスや失敗をごまかす。小細工をしてもみ消そうとする。隠してしまう。2、一旦はうまく隠したつもりになるが、今度はそれがいつかほころびを見せて発覚するのではないかということにとらわれるようになる。そして今度はそのほころびを隠ぺいするための行動をとる。嘘を隠し通すためにまた嘘をつくようなものです。3、注意や意識がしでかしたミスや失敗に張り付いているので、目の前にある仕事の事がおろそかになる。いつもはなんということはない簡単なところで間違いを犯すようになる。ミスがミスを招いてしまうのです。4、ミスや失敗を恐れながら仕事に取り組んでいると、常に予期不安が付きまとうために、積極性が失われて、逃げ腰の取り組み方になってしまう。あの人はやる気がないお荷物社員だとレッテルを貼られてしまう。そのうち降格、窓際社員、左遷、出向、退職勧奨、リストラの対象とされてしまう。すべてが悪循環のスパイラルにはまってしまっているのです。精神的に追い込まれてしまうのは容易に想像できます。そのうっぷんを晴らすために、過度な飲酒、風俗、キャンブル、ネットゲーム、グルメ、買い物などに依存するようになるのです。では、普通の人はどうなのでしょうか。ミスや失敗はみんな嫌なものです。常日頃から他人の叱責に耐える強い精神力を持っているのでしょうか。私はそうは思いません。その人たちも憂鬱になっているのだと思います。でも考え方や行動のやり方に違いがある。人間は完全ではないのだから、ミスや失敗はつきものである。仕事をこなしている以上、これはどうすることもできない。問題はミスや失敗をした時に、すぐにその事実を認めてしまう。関係者にその顛末を正確に報告する。自分の非を認めて謝る。そして被害を最小限にくい止めるために対策を立てる。あるいは関係者と協議する。即実行に移す。このミスや失敗を教訓として、次回に活かしていく。一旦落ち着いたら、気分を切り換えて次の仕事にとりかかる。どうですか。対応方法が随分違いますね。肝心なことは、起こってしまった事実は事実として認めてしまう。そして受け入れということなのです。その時は叱責されたり、非難されると思います。注射針を打たれるときのようなチクリとする不快な気持ちになります。ところがそれを乗り越えてしまうと、精神的な苦しみは発生しないのです。自分のしでかしたミスや失敗の事実を認めて公開するということで、会社での居心地をよくするということを肝に銘じていただきたいと思います。
2019.08.18
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ほとんどの株価は毎日変化流動している。いくら持っている株が上がってほしいと神頼みしてみても、株価はどこ吹く風である。上がっては下がり、下がっては上がる。一定期間上げや下げのトレンドが続いていても、いつかは崩れる。この変化に対して、株式投資をしている人は、どのように対応しているのだろうか。まず、その変化を受け入れない人がいる。下がり始めてもロスカットしない。この株は絶対に上がるはずだ。今は一時的に下がってはいるが、必ず持ち直すはずだ。そういう先入観を持っている。あるいは上がってくださいとお祈りをしている。しかしそんな人の気持ちを逆なでするかのように下がり続ける株はいくらでもある。株価の変化に対応しないと、含み損を抱えた塩漬け株を作り、手出しできなくなる。そういう株を5年とか10年とか持ち続けている人もいる。現物株で持っていれば、配当収入が入るのでまだましである。ところが信用取引で売買していた場合は、最終的に強制決済にかかり、最悪再起不能なほどの痛手を受けることもある。定年後退職金などを株式投資で運用する人は多い。銀行に預けてもわずかな利子収入にしかならない。日常生活はギリギリなんとか年金で生活できる。でも冠婚葬祭費、家の修理、家電の買い替え、自動車関係の費用、旅行の費用、大きな病気、老人ホームの費用、税金、健康保険料、介護保険料、医療保険、火災保険、子供や孫への出費などは貯蓄の取り崩しで対応するしかない。このままでは蓄えが底をついてしまう。その危機感の表れが、少しでも貯蓄を増やしたい。目減りするのを何とか遅らせたいという気持ちにさせるのである。では比較的短期の株式投資で貯蓄を増やしたい人はどうすればよいのか。まず株価の目まぐるしい変化を受け入れて、予想に反して下がってきた場合に、自分の決めたリスクの許容範囲内で、すぐにロスカットする勇気を持つことである。ここで一旦損失が確定してしまうが、これを確実に行っていると再起不能なほどの痛手にはならない。これは最低限守る必要がある。普通はある一定の自分なりのルールを決めて、その方法で愚直に取り組んでいても、7割がたはロスカットにかかるという。そのロスカットを少なく乗り切ることがとても重要なのだ。残り3割が自分の思惑通りに変化してくれる。その時はトレイリングストップという手法を使って、上昇の変化に対応していくことが肝心である。決して少しの上昇ですぐに喜んで利食いをしては、トータルではよい結果は出ないのだ。またこの法則は200回の試行回数を重ねることでやっと確率的に表面化してくるという。20回や30回のトレードでこのやり方はダメだ、もっとうまくやれるやり方があるのではないかと思う人が多いが、結果として株価の流動変化に振り回されているのである。そういう人は、あちこちのセミナーに参加し、またコロコロと自分の手法を変えてしまっている。この態度は、株価の変化を受け入れるのではなく、変化に対抗してうまく立ち回る方法ばかりを追求しているのである。自然の変化に反旗を翻しているのである。これは森田理論学習の中で徹底的に学んだことだ。これを絶え間ない変化流動の株式投資に応用して、少しでも財産の目減りを少なくしたいという願いを叶えてみたいものだ。反対に株価の変化に少しでも抵抗すれば、虎の子の貯蓄を大きく減らすことを肝に銘じてほしい。これは私がきちんと検証作業を行って、またこのブログで取り上げてみたい。とりあえず1セット20回の試行作業を100セット、つまり2000回の試行、検証作業を行ってみたい。今50回の試行作業をおこなった。時間もかかり、根気のいる作業だが、お金もかからず、楽しい。
2019.08.17
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昨日他人に教えられることを紙に書きだして整理してみましょうという話をしました。するとプライベイトメールでそのリストを見せてくださいという依頼がありました。過去に投稿したかもしれないのですが、見つけきれないので、新たに紹介します。1、森田理論の内容説明、学習のやり方、神経症の克服の仕方2、森田理論全体像の概要3、写真付き年賀状の作成、携帯、デジカメ写真のパソコンへの移し方、縮小のやり方4、you tubeの画像をDVDに移す方法5、広島風お好み焼きの作り方、殻付き牡蠣の焼き方6、そば打ちのやり方7、車の運転技術、トラクター、田植え機、管理機、コンバインの使い方8、パソコンの基本的使い方、スカイプ、パワーポイント、ホームページの作り方、プロジェクターの使い方9、田舎暮らしの楽しみ方、家庭菜園の楽しみ方、隣近所の人との付き合い方10、講話や司会のやり方、来談者中心療法のカウンセリングの基本の説明11、優れた書籍の紹介12、アルトサックスの楽曲提供や演奏技術の指導13、チンドン屋の服装や役割14、獅子舞の指導15、浪曲奇術の指導16、どじょう掬いの所作の指導17、腹話術のやり方の指導18、皿回し、けん玉、簡単な手品、しばてん踊りの指導19、老人ホームの慰問活動の取り組み方20、音痴だがカラオケを楽しみたい人へのアドバイス、カラオケ屋の利用の仕方21、一人一芸の内容と人脈の紹介22、資格試験の合格への秘訣の指南22、株式投資で大きな痛手も受けずに、1年を通すと利益を出せる方法22、ベートーベンの第九の簡単な合唱指導23、模型ヘリコプターの整備と飛ばし方24、広島市内、広島県、山口県、島根県、宮島などの観光案内25、スキーやテニスの基本動作、県内のスキー場の案内26、チヌの釣り方の指導27、葡萄酒の作り方、梅ぼし、梅酒の作り方28、簡単なクラッシック音楽の紹介29、ブログの開設の仕方30、簡単なスマホの活用の仕方31、川柳、ユーモア小話の作り方、作品の紹介32、麻雀のルールの説明、ネット麻雀の楽しみ方33、簡単なヨガ、マインドフルネスのやり方34、トライアスロンの説明と仲間の紹介35、全国各地の観光地の説明36、ハワイやシンガポール旅行の楽しみ方37、広島フラワーフェスティバルの概要説明38、広島市内の安くておいしい居酒屋の紹介39、簡単なファイナンシャルプランの作成40、マンションの管理人の仕事を選ぶ時のポイントの説明41、テプラの使い方42、肩こりの治し方43、簡単な映像機器の使い方44、良好な人間関係の作り方のコツ45、マツダスタジアムの楽しみ方これらは私が今までの人生の中で取り組んできたことばかりです。頼まれれば、少し練習すれば他人に教えられることができると思います。この中でも毎日のようにやっているものは、すぐでも教えることができます。皆さんもこれを参考にして整理してみましょう。きっと私以上にたくさん見つかる人もおられることでしょう。私はそんな話を聞くことが楽しみです。
2019.08.16
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「不可能を可能にする男」「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれた岡野雅行さんは、人間は人並み以上の得意技を持っていないと、充実した人生を過ごすことは難しいといわれる。その道のエキスパートになり、その分野の仕事は、そいつじゃないとうまくいかないという人間になれば、自信もついてくる。勉強もできて、親切で、仕事ができる、なんて万能である必要はない。だが何かひとつでいいから、人よりも抜きんでたこと、自信を持ってできることがあるとよい。職人は年季を積むことで、技が磨かれるから、商い3年、飽きずに3年というけれども、最低3年。超一流になるには20年はかかる。20年で一区切りだといわれる。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ)高良武久先生は、対人恐怖症の人に一つのことに10年間一生懸命に取り組みなさい。そうすればその道のエキスパートになれます。そうなれば、自信が後ろ盾となって他人の思惑は気にならなくなりますよといわれています。昔の生活の発見誌にこんな記事がありました。寿司屋の大将で、ゴルフをすれば150ぐらい叩く。カラオケを歌わせれば聞くに堪えないほどの音痴。麻雀をすればいつも鴨にされる。何かにつけて、みんなから軽蔑されるのだが、全く意に介していないようだ。話のネタにされるのを隣で笑いながら聞いていられる。それは、寿司を握らせたら俺の右に出るやつはいないという自負を持っているからなんですね。そういう後ろ盾を持っている人は、自分を肯定できる部分を持っているということなんですね。すると人の評価なんて、あまり気にならないということだと思います。そうはいってもそんなものは自分には何もないと思っている人もおられるかもしれません。でも40年、50年、60年、70年と生きてきた人は、この分野のことなら人に教えることができるというものを1つや2つ、あるいは20や30ぐらい持っておられる方が多いのではないでしょうか。私はそれを「人に教えることができるもの」というリストを作って人に渡しています。無理して作ったところ36個ありました。すると面白いことがあるんです。そのリストを見てこれを教えてくれという人が出てくるんです。またその人も自分の「人に教えることができるもの」というのを名刺の裏などに書きこんでいるのです。これらは自分が興味や関心を持って取り組んできたことばかりです。これが自己肯定につながるのだという認識を、新たにしていただきたいと思っています。
2019.08.15
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「かくあるべし」を減らして、事実を受け入れる生き方ができるようになったとする。そういう習慣が身についてくると、自分の存在を肯定できるようになる。自分の性格、容姿、生まれた時代、境遇、環境などをそのまま受け入れることができるようになる。さらに他人の存在や自分の持ちものも肯定できるようになる。現状を受け入れて、目的や目標を持って努力していく生き方は、精神的な葛藤や悩みは激減してくる。ここで一つ疑問がある。「かくあるべし」で自分のことを否定しなくなった。事実本位の生活を心がけることができるようになった。現状を踏まえて少しでも努力精進していきたい。ここまでは何ら問題はない。自分の場合は、少しのことで動揺して不安に振り回されるところがある。次の課題としては、不安に振り回されないような人間になりたい。そのための努力はどんなことでも取り組みたい。もしこういう目標を設定して、しゃにむに努力するようになったらどうだろうか。森田理論の学習をして「不安と欲望」の関係、あるいは不安の特徴や役割を理解している人は、そんな目標設定は間違っていると思われるのではなかろうか。不安は欲望がある限りなくすることはできない。不安には欲望を暴走させないという役割もある。だから不安を全くなくそうという努力や目標の立て方が誤りということです。しかし誤った目標のもとに誤った行動に走る人が後を絶ちません。まして、森田理論学習でそのからくりを知らない人は容易に目標設定を間違えてしまうのです。「努力即幸福」という実践は尊いことですが、実現不可能なことに挑戦しようとすると、体力を消耗してイライラしてきます。この方法を目指すことは、とても不幸な生き方といわざるを得ません。話題を変えて説明します。株式投資ではロスカットがつきものです。ロスカットすると自分の所持金が確実に減ります。最悪ほとんどの財産を株式投資などで失っている人もいるのです。なにしろ株式投資で80パーセント以上の人は、1年以内に撤退しているそうです。要するに命よりも大切にしていた、自分の所持金が減っているということです。投資する人は、ロスカットは悪いことだという人がほとんどです。ロスカットするくらいなら、株式に投資するなどという無謀なことはしないと思っている人もいます。その反面、上位5%から10%のトレーダーは安定的に利益を出しているそうです。そういう人の考え方は、ロスカットというリスクのない投資はあり得ないという。ロスカットは、会社でいえば人件費、原材料費、事務所維持費などの経費と同じものだ。売上からそれらの経費を差し引いて最終利益が確定するという考え方をしている。経費はできるだけ少なくする努力は必要です。でもある程度の経費をかけないとそもそも会社経営はできないのです。利益を出しているトレーダーというのは、思考方法が普通の人とは全く違うようです。つまり目標の立て方が普通の人と違うのです。一言でいうと、自分の決めたルールを変更することなく年から年中愚直に繰り返している。自分のルールを数多くこなしていけば大数の法則が働いてくる。大数の法則とは、たとえばコインを投げて裏が出るか表が出るか2つに一つである。つまり半々である。しかし50%という確率がきちんと機能してくるのは、384回以上試行回数を繰り返した場合に、初めて機能してくるという法則である。こんな話を聞いたことはない人がほとんどだと思う。私もこの話を聞いたときは、びっくりするとともに大変驚いた。納得できたし、感激した。これを信じて粘り強く取り組む人には、ご褒美として大数の法則が味方してくれるという考えだ。株式投資の場合は、年間最低でも200回はトレードしないと大数の法則が機能しないという。ありふれたルールであっても、これを徹底すると勝率30%ぐらいにはなる。ロスカットを確実に行い、トレーリングストップの手法でできるだけ利益を確保して、損少利大の方針で臨む。そうすれば、年トータルでは自分の資金は増えていく。それが株式投資というゲームだという。そんな考え方で取り組んでいる投資家はほとんど存在しない。トップトレーダーは、あの手法、この手法と勝てるための方法論を追い求めるようなことはしない。普通の人は4回、5回と負けトレードが続くと、このテクニカル指標は機能しないと判断する。ここがプロと大きく違う。プロは手法は自分にあったものなら何でもいいという。確率30%でも、愚直に繰り返すことで、大数の法則が働き、最終的には利益が出ている。これはちょうどプロ野球の打者と同じだという。3割も打てば超一流打者だ。つまり一流打者といわれる人でも10回の内3回しか成功していない。7回はすべて失敗している。ここでまよってはいけない。自分がこれだと信じている練習スタイルを愚直に繰り返し練習することが大切となる。そうすると億を超える年収を得ることができる可能性が開けてくるのだ。目標の立て方によって、このような差がついて、それがどんどん拡大するということだと思う。私たちは目標設定を誤らないように、森田理論学習に取り組み、集談会に参加する。そして、目標の設定の仕方を先輩会員からよく学ぶ。そして、先輩会員からその目標設定で誤りがないのかアドバイスを受けることが大切だ。私は「一人一芸」に活路を見出して、愚直に取り組んだ結果、神経症の克服と人生観の確立を手にすることができた。この目標は、人それぞれで基本的には何でも構わないのだと思う。あとは迷いを断ち切って、愚直に真剣に取り組んでいるかどうかの問題である。例えば、ものそのものになりきる、物の性を尽くす、規則正しい生活をするなどどれを選択してもよい。これはちょうど富士山頂を目指す登山に似ている。5つの登山道があるが、どの登山道を選択しても構わない。登り続けてさえいれば、みんな富士山頂にたどり着いて、ご来光を拝むことができるのだ。私たち先輩会員はそんな人に寄り添って温かい目で見守り続けている。
2019.08.14
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アポロ11号の発射では、地球の重力の影響を受けない大気圏に到達するために使った燃料は全行程の95%に上っていたという。たかだか10分間くらいのことだ。アポロ11号は70万キロに及ぶ宇宙の旅をしたが、そのためのエネルギーはわずかに5%程度のものであったという。いかに最初の重力の影響から解き放されるかが、このミッションの最大の仕事であったかが分かる。プロ野球の選手でも、アマチュアでの実績は横において、二軍で寝食を忘れるくらい猛練習を重ねて、ワンランクもツーランクも成長していかないと、一軍の舞台に立つことはできないと言われる。森田理論学習と実践も同じではなかろうか。最初に取り組み始めるときが肝心だと思う。私たちのころは、今のように薬物療法や精神療法も少なかった。カウンセリングもポピラーなものではなかった。神経症を克服するのは森田しかないというような状態だった。自助グループの生活の発見会に入会して、毎月集談会に参加して、みんなで励まし合いながら必死だった。初心者の人で森田学習を目指す人はとりあえず1年間は真剣に取り組んでみてほしい。必ず成果が出ると思う。しかも神経症が克服できるだけではなく、これから先の生きる指針も手に入れることができる。ここがポイントであると考えている。私は今思い出してみるといいといわれることは何でも手を出した。まず集談会には毎回出席した。それ以外にも土曜読書会という体験交流にも1年間は毎週出席していた。そこでは実践課題の取り組み方が問題にされていたので、それに真剣に取り組んでいた。体験発表、忘年会、新年会などの企画なども行った。世話役も頼まれたことは引き受けた。図書係、幹事、代表幹事、支部委員などである。オンライン学習会のインストラクターは今でも続けている。他の集談会への派遣講師も頼まれればすべて引き受けてきた。集談会後の懇親会、野外学習会、一泊学習会、支部研修会もほとんど参加した。東京である全国総会も5回くらい参加した。心の健康セミナーも近くであるものはほぼ参加した。森田関係の図書もほとんど目を通した。DVDなどの視聴覚教材もほとんど視聴した。その他、まだまだここに書ききれないくらいの経験をさせてもらった。これらが森田理論をより深く学ぶきっかけとなった。そして普段では得られない貴重な仲間との出会いがあった。それも全国各地の人との交流へと広がってきた。森田なしでは私の人生は語ることができないのです。これも最初の学習への取り組み方で、その後の展開は大きく変わってくるのではないかと思っているのです。
2019.08.13
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今日は墓参りでした。また畑に植えている夏野菜をたくさん収穫しました。ミニトマトは2本しか植えていなかったのに、こんなにたくさん収穫できました。食べきれないので、近所の人におすそ分けしました。とても甘いミニトマトでした。とても喜んでもらいました。今はサツマイモが大きな葉をつけていました。収穫が楽しみです。里芋と生姜はダメでした。トウモロコシは鳥に食べられてしまいました。それから菊がつぼみをつけ始めていました。田舎では、もうすでにコスモスがかれんな花を咲かせていました。本当は水をやりに毎日畑に行きたいのですが、田舎まで60キロあるのでそれが無理なのです。9月に入るとニンジン、ジャガイモ、白菜、ダイコン、タマネギなどの植え付けが始まります。私は畑を5つに区切り、輪作することにしました。これで連作障害をある程度防ぐことができるでしょう。それにしても、雑草が伸び放題なのは困りますね。雑草の中に野菜がかろうじて生育しているような状態です。でも考えてみれば、それで日照りの夏を乗り切っているのかもしれないと思いました。森田実践の一つとして、家庭菜園への取り組みはもってこいだと思いますが、如何でしょうか。
2019.08.12
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私は大学を卒業して、書籍の訪問販売をしていた。私のやり方はセールスのの本をたくさん読んで、その技術をいかんなく発揮して成果を上げることだった。会って話を聞いてもらう方法、商品説明や説得話法、クロージングは徹底して学習した。最終的に行き着いたところは、訪問した相手からいかに断られないで注文をとるかということだった。書籍を買いそうな人と買いそうにない人を正確に選別することに力を入れていた。合う人ごとに100%近い成約率を上げようとしていた。最初から断られると思うような人に営業をかけることは、無駄なことだと思うようになった。そんな気持ちで仕事をしていると、完璧なセールストークがあるのではないか。もっとうまいやり方があるのではないと思ってしまうのです。さらに得意先を訪問しないで、喫茶店などでいろんなセールスの本を見てセールス技術の勉強をするようになるのです。このやり方はうまくいきませんでした。この人は間違いなく買ってくれるだろうと思っている人から断られると、ショックを受けて営業に行く気持ちにならなくなるのです。頭の中で自己嫌悪に陥り、相手を批判するようになるのです。そして仕事をさぼるようになり、頭の中ではネガティブなことばかり考えるようになります。行動も悪循環に陥り、考えることもネガティブなことばかり考えるようになります。自他ともにのたうち回り、生きることが苦しくなるのです。昔の同僚で定年まで勤めあげた人がいる。セールスひとすじ40年の人だ。OB会の名簿を見て驚いた。あの過酷な仕事を定年まで続けるなんて信じられない。セールス技術が卓越しており、強靭な精神力を持っている人だとばかり思っていた。その人と話す機会があった。たしかに場数を踏むことでセールス技術は改善をしたそうだ。でもそれはほんの一部だ。そんなことは枝葉末節のことだという。セールス技術はあなたとそんな差はないと謙遜する。そう思っていたのならば、あなたの美しき誤解だという。では何が違うのか。とにかくローラー作戦で多くの人に面会することに力を入れたという。その人が頼りにした考え方はたった一つ。「確率」という考え方だったという。10件訪問すれば1件の成約確率があると強く信じていたという。これを心の支えとして、淡々とセールスの仕事にまじめに取り組んでいたのだ。私のように仕事をさぼるということはほとんどなかったという。言い換えれば9件の人に断られないと、1件の成約には結びつかないと思っていた。そう考えていると、断られてもショックで打ちのめさせられることはない。次から次へと訪問を繰り返すだけだ。断られることは考えるだけ無駄なことだ。早く9件の断りを達成したいという気持ちだったそうだ。その「確率」という考え方は、数多くのセールスを積み重ねるうちに確信に変わっていったようだ。それがライバルたちを押しのけて、表彰されるほどの成績をたたき出したのだ。例えばサイコロで5を出す確率は、少ない試行回数ではとても難しい。100回サイコロを振っても、運が悪ければほとんどお目当ての5は出ないかもしれない。少ない試行回数ではコントロールできないのだ。ところがサイコロを2000回振ると結果は全く違ってくる。この2000回という数がとても大切なのだそうだ。1から6までのそれぞれの数字が出る確率はそれぞれ16.6%に収束してくるという。5の出る確率も16.6%の確率があるのだ。これがセールスでいう成約確率だという。セールスで自分の考えていた10件に1件の成約確率よりも結果がよい。だから、セールス技術を頭の中で考えるよりも、実際にローラー作戦を展開することが奥義となる。何を言いたいかというと、やる前からうまくいくかどうか予期不安で苦しむよりも、何も考えないで訪問回数をあげることに専念することがいかに重要であるかということだ。セールス技術は、失敗を重ねているうちに、後でいくらでも身についてくる。私たち神経症で苦しんでいるときは頭の中では、悲観的、否定的なことばかり考えていて、手足は全く動いていない。これはやり方が間違っているのだ。頭では何も考えない。必要なこと、やってみたいことに目を向けて手足を動かすことに注意を向けて実行すればうまくいくことが多いということだ。そしてネガティブな予期不安に振り回されてのたうち回ることは激減するので精神的に楽になるのだ。
2019.08.12
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子供を育てている人、孫と接触することが多い人に是非読んでもらいたい本がある。「言葉ひとつで子供は変わる!」(安永智美 PHP研究所)安永さんは、少年非行やいじめ、不登校など少年問題に対応する少年育成指導官をされている。過保護、過干渉、育児放棄、放任がどんなに子供たちを苦しめているかを紹介されている。涙なしでは読めない本であった。今日はその中から一つ紹介したい。甘えていい時期に甘えを禁止された子供が、甘えてはいけない時期に甘えてはいけないものに甘えてしまうという一説があります。甘えてはいけないものに甘えてしまう。・・・その典型が、アルコールや薬物への依存です。他にもニコチン、ギャンブル、買い物、恋愛など、依存症と呼ばれるものは多々ありますが、どの症状を持つ人にもその根っこに「親に甘えたかったのに叶わなかった」という傷があるように思います。もちろんすべてがそうだとは言いません。ただこれまでの経験でも、たとえばシンナー依存症の子供が、幼い時に育児放棄されていたなどのケースが数々ありました。特に乳幼児期の子供の場合、「甘えるな」と禁止するより、むしろ思い切り甘えさせてあげることが必要です。甘やかすとは、わがままを聞いてあげることや、物やお金を与えることではありません。ギュッと抱きしめるなどのスキンシップ、「大好きだよ」「いい子だね」と言ってあげるなど、その子の存在をまるごと認めて愛してあげることなのです。(同書174ページより引用)
2019.08.11
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岡野雅行さんは、会社というものは、順調な時に何をするかで会社の命運は決まってしまうという。町工場の社長で多いのは、景気のよいときに、仕事で一発当てて、金が入ったら高級外車を乗り回してキャバレーなどに入り浸っているような人。これが先々うまくいかなくなる典型。時代にはなりゆきや風潮というのがあって、景気のよいときには、努力しなくても、仕事が押し寄せることもある。でも景気がいいときは一時的なもので、絶対に長くは続かない。景気には波がある。百年に一度といわれるような時代に入ると、優れた技術を持った町工場でも、週に3日も4日も仕事がなくなるんだ。最悪の状況を想定していないと、すぐに倒産してしまう。岡野さんは景気のよいときに、財務体質を改善する。新たな技術革新に取り組む。設備投資をする。将来の動向分析をして布石を打つ。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ 141ページより要旨引用)人間というものは、生活も安定し、精神的にも楽になるとすぐに気を抜いてしまう生き物だ。私の経験では、80年代は何も考えなくても、仕事が多かった。毎年ベースアップがあり、賞与もこんなにもらっていいのだろうかと思うことがあった。その上、決算賞与も支給されていた。社員旅行は海外旅行が当たり前だった。株価は高値を維持して配当収入も多かった。するとみんなが浮かれまくり、会社の危機感は微塵も感じることができなくなった。ところがその反動は90年代に入るとすぐに訪れた。会社の業績が低迷して、ベースアップどころか、給料のカット、ボーナスは0という事態に陥った。挙句の果てには、人員整理、リストラ、出向などで混乱した。最後には会社は合併を繰り返し、別の会社に吸収された。会社が順調な時に手綱を引き締めて将来の布石を打つことを怠ったつけはとても大きかった。特に経営者の責任は大きかったといわざるを得ない。森田療法でも、蟻地獄の底からはい出した人は、うれしくて自信満々になる人がいる。私も森田療法で積極的で行動的になり、次第に会社内で評価されるようになった。すると森田学習から離れてしまった。自分の成功体験をえらそうに喋りまくっていた。しかし実際には対人緊張の苦しみは抱えたままだった。コールタールのようなしこりのようなものが体中にしつこくくっついていた。今になって思えば、第一段階の治り方でしかなかったのだ。不安を抱えたままなすべきをなすことは確かにできるようになった。でも精神状態は依然として苦しい。葛藤や苦悩が強い。これが森田の限界かとあきらめていた部分があった。それは森田理論には次の取り組むべき段階があるということが分からなかったからだ。今思えば、その時に次の取り組むべき課題が明確になっていたら有頂天になることはなかったと思う。「かくあるべし」の弊害に気づき、「事実本位」生き方を獲得するために舵を切っていたら、もっと違った展開になっていたはずだ。そのことに気づいたのは20年も経った後だった。でもしがらみがあって森田から離れなかったので、その段階が明確に意識できるようになった。最終的にはよかったと思うが、第一段階の神経症が治った時点で、次の取り組むべき課題を意識する必要があったと思う。そうはいっても、ここは自分ではなかなか気づきにくい部分である。だからそこまで到達している人は、知らない人にそのことを伝えてあげる責任があると思う。金鉱や井戸を堀あてるようなもので、もう一歩掘り進めばお宝を手にすることができたのに、途中で諦めてしまうのは、実に残念なことである。
2019.08.10
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岡野雅行さんは、人間の能力自体にはそんなに差はない。成果を上げて成功する人は、とても「強い欲求」を持っているといわれる。欲求の強弱の差がその後の人生の明暗を分けているといわれている。ポルシェやフェラリーのオーナーになるには、「金が貯まったら買いたい」と思う人よりも、「何が何でもポルシェに乗ってやる」という強い欲求を持っている人がオーナーになる。頭の中で漠然と考えているばかりでは夢がかなうはずがない。その欲求に向かって、実際に行動を起こす人しか夢はかなわない。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ 参照)ボクシングの世界チャンピオンになるような人は、「俺は絶対世界チャンピオンになってみせる」という強い欲望や目標を持っている人だけに道が開けている。東洋チャンピオンにでも成れればよしと思っているような人は、絶対に世界チャンピオンにはなれない。そういう燃えるような情熱を持っている人は、目つきがまるっきり違う。練習態度が違う。人を寄せ付けないようなオーラが漂っている。麦というのは、人に踏まれれば踏まれるほど強くなるという。それは麦の中に自分の身体が傷つくと、それに立ち向かうホルモンが出てくるからだそうだ。なんとか傷口を修復して、寒い冬を乗り越えて、実をつけて子孫を残そうとする強い意志が感じられる。麦は逆境を乗り越えて、何が何でも生き抜きたいという気持ちを先天的に持っているのだ。岡野さんは中学しか出ていない。親父の後を継いで金型職人になったとき、「オレにはこれしかない」と思って、一心不乱に取り組んできた。なまじ学歴などがあったとしたら、「あれもできる、これもできる」と思って中途半端になったのではないか。選択肢が多いというのも考えものだ。一つの道を決めて脇目を振らず、愚直に進む態度が大切である。人間は空腹を抱えながらも、夢を抱いて発展途上の時の方が、精神的には幸せなんだ。なんとかその日の食べ物を確保したい。生活必需品を持ちたい。洗濯機、冷蔵庫、薄型テレビ、クーラー、自動車、一戸建てやマンションを持ちたいと思っているときの方がいい。アジアの発展途上国の人はみんな目が輝いているだろ。みんな強い生の欲望を持って生きているからだ。特に子供の目はらんらんと輝いていますね。日本でも敗戦後はみんな命をつなぐことに一生懸命で、神経症などとは縁がなかった。欲望というのはかまどで火を焚きつけるようなものだ。いきなり薪に火をつけようとする人はいない。またしてもいけない。紙、ワラ、木のくずのような燃えやすものに火をつけるだろ。そして小枝に燃え移らせる。そしてだんだんと大きな木を入れていきます。人間の欲望もそんなものだ。ます最初は日常生活の中で小さな欲望を見つけることだ。それに手を出していくこと。すると次第に大きな欲望が見つかってくる。弾みがついてくると大きな目標が見えてくるんだ。だから最初から急いではダメなんだな。
2019.08.09
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森田先生は、「感じを高める」ことを大事にされていました。ここで修養の第一の出発点は、物事に対する「感じ」を高めていくことである。われわれは、見るもの・聞くもの何かにつけて、ちょっと心をとめていれば、必ず何かの「感じ」が起こる。かりそめにも、これにちょっと手を出しさえすれば、そこに感じが高まり、工夫や疑問が起こって、興味がわく。これを押し進めていけば、そこにいくらでも、進歩がある。他人や物事や出来事に注意を向けていると、気づきや発見がある。興味や関心が湧いてくる。課題や問題点も見えてくる。感情が発生して、それを高めていくと注意や意識は外向的となる。アイデア、工夫、意欲がでてくると頭が活発に活動を始める。また自然に身体が動くようになる。一心不乱に取り組むようになる。悔いのない人生を送りたいと思うならば、この方向を目指すことだ。ここでいう「感じを高める」ということは、岡野雅行さんに言わせれば、「発想力」を磨くということだ。ひらめき、アイデア、今までと全く違った考え方、気づきを高めるためにはそれなりの努力がいる。「発想力」を磨くために大切なことは何か。ランダムに紹介してみよう。・独創という領域は、ひらめき、直感、感性が最優先される霊的なものだ。余計な知識や決まり事というのは、考え方、やり方を狭め、柔軟な発想を妨げることが多い。それらにとらわれすぎると新たな発想はできなくなる。特に「かくあるべし」の考え方は、新しい発想力を押さえつける。自分が感じた素直な気持ちを最優先すべきである。・子供の発想力は、過去の経験に縛られることがない。柔軟性に富み、変化に適応できる自由な思考をする。大人は過去の経験に縛られて、新しいものの見方が生まれにくくなっている。先入観や決めつけを排除して、リセットして一から新たに考えてみることが大切である。・新しい発想力を放棄して、人まねばかりを繰り返していると必ず行き詰まる。物まねで相手の技を自分のものにしたら、次に自分のオリジナリティを付け加えていく態度が大切である。そこに独創性が生まれてくる。・行き詰まりを感じたら、一旦その場を離れて、鳥のようになって仕事全体を見ることが有効だ。囲碁でも「傍目八目」という言葉がある。碁を傍で見ていると、実際に打っている人よりも、八目も先まで見通すことがてきるというものだ。これは森田では、両面観、多面観のものの見方のことですね。そうすると今まで気づかなかったことに気づいて問題解決に結びつくことがあるといわれているのです。・岡野さんはたくさんの仕事を同時並行しているから、次から次へと、ひらめきとか発想というものが湧いてくる。森田でいう「無所住心」のような態度であちこちにアンテナを張っている。いつも精神緊張状態にあるのです。そういう状態の時にこそ、素晴らしいアイデアやひらめきは湧いてくるといわれているのです。
2019.08.08
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サッカーのテレビ放映を見ていると、常に観客席のようなところからフィールド全体を映し出しています。選手と同じ目線で選手のドリブルなどの個人技をとらえているのではありません。鳥のように上からフィールド全体を見ていると、素人でも相手防御の手薄なところが比較的よく分かります。実際にプレーしている選手よりも、素人の方がどこにパスを出せば相手のディフェンスを突破できるのかすぐに分かります。今のサッカーはドリブルなどの個人技よりも、相手の防御の一瞬のスキをついたところに、素早く絶妙のパスを出すことができるかどうかにかかっているのです。そういう視点で見ていると、この先の状況判断が的確で、絶妙なパスを出す選手は素晴らしいということになるのです。変化の予想ができて、実際に対応できる選手です。サッカー観戦を面白くするためには。上からフィールド全体を見ることにあるのです。巨大迷路にしても中で出口を探しているうちは右往左往しています。ところが丘にあがって、上から見ると突破口はすぐに分かりますね。現在カーナビを取り付けている車は大変多いと思います。これだと、初めての土地でも比較的簡単に目的地に到達できます。これは宇宙衛星からの情報をキャッチして、自分の現在地と進むべき方向を把握して走行しているからこそ可能なのです。今ではバックでの車庫入れもカーナビが的確な指示を出してくれます。こうしてみると鳥のように空から全体像を見ることはとても重要なのがよく分かります。森の中に入って個々の木を細かく見ていくことは、外から森全体を見た後に観察すればよいのです。また森に迷いそうになれば、すぐにドローンなどで自分の現在地を鳥瞰すれば、パニックに陥るようなことはありません。森全体のアウトラインを上から見れる状態にあることが極めて大切なのです。私は森田理論学習も森田理論の全体像を学習しておくことが欠かせないと考えています。全体が分かれば、自分の努力方向がはっきりします。自分の抱えている問題点もよく分かります。自分の現在の立ち位置もよく分かります。私は森田理論の全体のスキームが分かるようになって、森田理論の学習をすることが楽しくなってきました。芋づる式に理解が深まるようになったからです。森田理論の全体像は4本の大きな柱から成り立っていると考えています。この考え方は10年以上も変化はありません。不安と欲望の関係、生の欲望の発揮、「かくあるべし」の発生と苦悩の始まり、事実本位の生活態度の養成です。森田理論の学習にあたっては、これらの相互の関係を理解することが欠かせません。相互関係を頭に入れたうえで、次に4本柱を深耕して学習していけばよいのです。これがしっかりと理解できれば、自分の現在地が分かります。欠けている部分も分かります。これから力を入れてゆけばよい方向も分かります。家でいえば家の骨組みができた状態です。筋交いも入れましたので柱が倒壊することはありません。ここまでくれば、あとは屋根を取り付けたり、壁をぬったりすることになります。そして家電や家具を入れ、キッチン、トイレ、バスなどが完備して来れば、人が住むことが可能になります。森田理論の全体像の学習のことは、もうすでに何回も投稿しています。関心のある方は検索してみてください。
2019.08.07
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町工場の岡野雅行さんは、仕事が減ってきたら、技術、営業、人脈、情報、発想をすぐに見直せ。何かが欠けているはずだといわれる。惰性で仕事をしていないか、技術革新をしているか、新たな人脈を築く努力をしているか。取引先を満足させているか・・・。考えて気づいたらすぐに行動に移すことが肝心だ。実際優れた技術者であるとともに、リーダーシップのある経営者でもあるのだ。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKベストセラーズ 17ページより引用)私もこの5つの視点から森田理論の学習を振り返ってみることにした。技術・・・岡野さんは、絶えず技術革新する気持ちが大切であるといわれる。私の場合は生涯学習として森田理論を研究している。毎日少しずつ学習を続けていきたい。生活や世の中の出来事、人間関係、子育て、環境問題などは森田理論の立場から考えるようにしたい。それから森田理論学習で目の前の霧が一挙に晴れたのは、「森田理論全体像」を見通すことができるようになったのが大きかったと思っている。これからも学習していればいろいろと気付きが増えてくるに違いない。営業・・・これは森田理論の魅力を多くの人に紹介していくことだと思う。こんな宝の山のような人の役に立つ考え方は、神経症でなくても、世界中の人に分かりやすく紹介していきたい。そのために、集談会に参加すること、またこのブログとホームページ「森田理論学習のすすめ方」を活用していく。できれば将来は英語版も作りたい。人脈・・・森田理論学習を通じて縁を得た人は大事にしたい。学習仲間はきらりと光るものを持っておられる人が多い。そういう人とお話でできることはうれしいことである。そういう人たちからどれほどの刺激をもらってきたことか。感謝にたえない。そのためにはこれからも集談会、支部研修会、心の健康セミナーに積極的に参加していく。情報・・・森田関係の動きは、生活の発見会、公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団、森田療法学会、その他の森田関係のホーページやブログから得ている。新刊本、心の健康セミナー、you tube動画、DVDなどの情報はできるだけ集めて積極的に利用していきたい。またつかんだ情報は学習仲間にも流していきたい。発想・・・気づき、発見、アイデア、工夫、改善などは、精神が緊張状態にあって初めて生まれてくるものだと思っている。行動しないで「何か楽しいことはないかな」などと考えていると、精神は弛緩状態に陥ってくる。そのような状態では、新しい発想力は、ほとんど生まれないと思っている。豊かな発想力は、「努力即幸福」の源になるものである。そのためには「無所住心」の態度で、広くアンテナを広げて生活していきたい。
2019.08.06
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東京の下町の金属加工の社長の岡野雅行さんは、2005年医療メーカーのテルモより依頼された極細の注射針を開発して、グッドデザイン賞を獲得された。その他従来の常識では不可能とされた金属加工を次々と成功させて、「神の手を持つ男」「不可能を可能にする男」と評された。ニューズウィーク誌では、「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた。その岡野さんの生き方、考え方は多くの人に勇気を与えているという。その岡野さんは、次のような話をされている。仕事を長い時間、根詰めていると、物事のとらえ方に拡がりがなくなったり、融通が利かなくなったりするものだ。そうなると発想のパターンが同じになったりして、ひらめきというものが湧き出てこなくなる。おれは、開発で壁にぶち当たったとき、いつも、全然、場違いな人とたくさん話をすることにしている。饅頭屋のおやじとか、時計屋のオヤジとか、樽屋の親父とか・・・。同業者じゃない人と話をするんだ。これって無駄話のようで、実は、知恵の蓄積になるんだよ。「こうやって、樽はつくるんだな」っていう具合にね。忙しいとき、疲れたときでも、おれは休憩はあまりしない。そういうときは、休むよりも、人と打ち合わせを入れたりするんだ。そうすることで精神的な勢いというか気持ちの張りが維持できるから、仕事の能率は下がらない。もし、仕事から、まったく離れて頭と精神のリズムを完全に止めてしまったら、再び、元のハイスピードなリズムを取り戻すのには時間がかかるもんだからね。(試練は乗り越えろ 岡野雅行 KKロングセラーズ 52ページより引用)これは森田理論の「休息は仕事の中止ではなく仕事の転換にあり」を身を持って体験されていることですね。私もこれを生活の中に積極的に取り入れています。昼間眠くなったときでも、頭を休めて、掃除や草花の手入れなどをしていると、気分転換になります。そして眠気もどこかに飛んでいき、様々なことが片付きます。1時間以上も昼寝をすると、夜の寝つきが悪くなりますし、あとで後悔しますね。症状でつらいときには、「超低空飛行」を心がけるとよいと聞いたことがあります。症状がつらいからといって、全く行動しなくなると、次に行動を起こすにはかなりのエネルギーが必要になります。そうなると益々行動を起こすことが難しくなります。仕方なく、ボツボツと日常茶飯事に手を出すことが大切なのです。行動には波がありますから、どん底の時はいつまでも続きません。どん底の次には波が次第に持ちあがってくるのが世の常です。これはどなたでも経験されていることではないでしょうか。つらいときでも必要最低限ことだけは手を出していくことがとても大事です。
2019.08.05
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「森田式ダイアリーのすすめ」(林吉夫 保健同人社)という本がある。神経症や心身症の苦しみを、自学自修の日記療法で克服するというものだ。具体的な日記の付け方が12例にわたって詳しく説明されている。よく読まれている本である。参考にしてほしい。まず大学ノートを用意する。これに片面1ページにダイアリーを書いていきます。一週間後にその下に自分でコメントを書いていきます。ダイアリーにはその日の印象を書いていきます。症状についての記述はなるべく少なくしていきます。実際に行動をしたことを書いていきます。注意点としては、1、どんなに苦しくても毎日書くこと。苦しいときに2行から3行でもよい。2、症状や気分よりも、どう行動したかを書く。最初のうちは症状や気分のことを書いても構いません。徐々に少なくしていきましょう。3、大切な人に相談して、粘り強く。継続が困難になったとき仲間や友達の励ましが役に立ちます。これは集談会の仲間のなかに、森田理論の基準型学習会で「日記指導」を受けた人がおられると思いますので参考にされるとよいと思います。4、肯定的で前向きなコメント。症状で苦しんでいるときは、初めから調子がよいはずはありません。そんな苦しみの中でもちょっとできた行動を肯定的にとらえてコメントすることが大切です。意識することで、自分に対する見方や、自分の症状のとらえ方が、徐々に健康的な方向に変化してきます。5、慣れてきたら、印象に残ったことを中心に書く。症状があっても案外日常行動はできるという体験が積み重さなってくるでしょう。そうしたら今度は、そうやって「できたこと」の内容と印象を中心に、日々のことを書いていきます。そうしていくことで、自分の症状ばかりに向いていた心が、不思議と変化していきます。外向的にいろいろな事象に目が向くようになり、毎日が充実していくはずです。6、不安な自分も素直に受け入れる、そんな自分に気づくこと。ダイヤリーを続けているうちに「不安な自分」も「憂鬱な自分」も「元気な自分」も「明るい自分」も、どんな自分のことも素直に表現できるようになっていきます。生活の発見会の基準型学習会では、大学ノートの日記を2冊用意します。1冊目に一週間の生活の中で、主にどんな行動をとったかを書いていきます。気づきや発見、アイデア、工夫したことなども書きます。注意点として、症状のことはだんだんと少なくしていく。また、次の日の日記を書くときは、インストラクターのコメント欄として少し余白をとります。一週間経つとインストラクタに渡します。インストラクターは、それに赤字でコメントをつけて1週間後に返します。これを繰り返します。期間は3か月間ぐらいです。これが日記指導といわれているものです。この方法はインストラクターとの共同作業なので継続性が生まれてきます。神経症の苦しみを持ちながらも、行動に注意を向けていきますので、不安の感情が少しづづ流れていくようになります。それが分かるようになると、神経症の克服のコツが何となく分かるようになるのです。あとは本格的な森田理論学習によって、「不安と欲望」と「生の欲望の発揮」の理解と実践に取り組んでいけば万全です。
2019.08.04
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NPO法人生活の発見会のホームページのご案内です。この団体は神経症で悩む人たちの自助組織です。神経症で悩む人たちが月1回全国各地にある学習会に集まり、森田理論学習や交流会を行っています。全国に約110カ所。約2000名を超える会員がいます。また、公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団、森田療法学会と連携をとりながら活動を続けています。会員になると月刊誌生活の発見誌が送られてきます。その他各種学習会への参加が可能となります。「新版 森田理論学習の要点」という森田のエッセンスを集めた冊子も発行しています。このホームページでは、生活の発見会の活動内容がよく分かります。この会の歴史。運営指針。毎月どこで学習会があるのか。入会するにはどうすればよいのか。全国の協力医や協力臨床心理士も分かります。森田療法の基本的な考え方や取り組み方。克服者の体験談。基準型学習会やオンライン学習会の案内もあります。森田関係の図書やDVD、関連情報も分かります。初心者の方は、発見会の利用方法の中に「初心者のみなさんへー森田理論の学び方ー」という冊子(13ページ)がありますのでプリントアウトしてご覧ください。
2019.08.03
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公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団のホームページを紹介しておきたい。森田理論学習をするうえでとても参考になるからである。尚財団は大阪市北区曾根崎にある。財団の設立者は、森田理論によって胃腸神経症を克服された方である。一般の人に向けてのメニューとしては・電話相談・面談・・・臨床心理士の先生の無料のカウンセリングがある。予約制です。・心の健康セミナー・・・全国各地で行われている市民公開講座の案内がある。・図書室・・・財団には森田療法に関するあらゆる本がそろえてある。視聴覚教材もある。その他精神医学分野の図書も含めると3300点。専門相談員もおかれている。・ビデオ・動画・・・財団が制作したビデオの紹介がある。著名な森田療法家の講話がすぐに見れる。また神経症を克服した人の体験談もみれる。これらはyou tubeに収録されている。・会員制の体験フォーラム(掲示板)も行っている。・メンタルニュース・・・森田療法の説明をコンパクトにまとめられている。・神経症についての詳しい説明がある。症状別になっている。・神経症の自己診断チェックシートがある。・克服体験記も豊富に用意されている。・森田関係の図書の紹介がある。・全国の森田療法関係の医療機関の紹介もある。この他研究者、森田療法家向けのメニューも別途用意されている。私のお気に入りは、ビデオと動画である。販売されているビデオはほとんど購入して視聴した。大変内容が良かった。個人で購入するのは大変だが集談会の視聴覚教材として会で購入した。いまは動画を視聴している。これは森田理論の専門の先生が心の健康セミナーなどで講話されたものをコンパクトにまとめられているものだ。人数でいうと20名ぐらいの人が出ている。時間は短いもので3分。長いのは20分ぐらいのものもある。それから神経症を克服した人がその過程を詳しく説明してくれている。これもとても参考になった。ネット環境があれば森田の学習会でも使える。学習会をバリエーション豊かにするために役立つ。私たちが利用している公共施設では、wi-Hiのサービスがある。パソコンを持参すれば、手軽に利用できる。ぜひ財団のホームページを覗いてみられることをお勧めしたい。
2019.08.02
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昨日の投稿で、基本的には自然に湧き上がってくる感情は、手出ししないでそのまま受け入れることと言いました。果たしてこれで間違いがないのか。もう少し掘り下げてみたいと思います。相手に馬鹿にされた。否定された。相手のことは、自分の意志の力でコントロールできません。受け入れるしかありません。怒りや不快感を無くそうとして、行動すれば思わぬ対立関係に陥ります。しかし数日後にも腹が立つという場合は、相手に否があることが多いものです。森田先生は、そういうときは冷静に自己主張をしてもよいといわれています。そのために、相手の問題点をよく整理して、つじつまのある話をすることが大切です。怒りの感情で問題となるのは、その怒りが初一念だったのかどうかということです。森田先生のエピソードで、入院生が兎小屋で掃除をしていた時に、獰猛な犬が入ってきて兎をかみ殺してしまったという話があります。この時の初一念は、「ぞっとした。かわいそうなことをしてしまった」という気持ちです。ところがその入院生は、その気持ちはすぐに忘れて、これは入口のカギの取り付け方が悪いなどと他人に責任転嫁した。この気持ちから対応すると、いつまで経っても、事実本位の態度は身につきません。怒りの感情などの場合は、初一念と初二念の見極めをすることが大切です。初二念の場合は、ごまかし、隠す、取り繕う、責任転嫁が多くなりますので、そういうときは「ちょっと待て」という言葉を自分に投げかけて、初一念に立ち戻ることが大事です。これは「純な心」を身に着けるときのポイントとなります。また怒りの感情は、自己防衛という面から見てもとても重要な感情です。怒りの感情が湧き起こらない人は、容易に支配されて、従属させられてしまいます。つまり支配、被支配の関係に陥ってしまいます。服従してしまうと、自分の自由は効かなくなります。怒りの感情は、いくら燃え盛っても、いつかは感情の法則通りに沈静化することを忘れてはなりません。それまで時間をおくことが得策であると思います。その間目の前のやるべきことに取り組んでいれば、自然に流れていくことは誰しも経験していることです。不安については、不安に学んで一刻も早く対策をたてて実行することが必要な場合があります。例えば大地震に備えて、家具をしっかりと固定する。耐震構造にする。避難訓練をしておく。あるいは、不慮の事故に備えて生命保険、自動車保険、火災保険、地震保険に加入しておく。ガンや生活習慣病の検診を受けて、自分の身体の状況をある程度把握しておくことなどです。このように不安には、すぐに対処したほうがよい不安もあるのです。それ以外の不安、恐れ、不快感、違和感などは森田理論が教えてくれている通りです。例えば、嫉妬心、恥ずかしさ、自己嫌悪、罪悪感、絶望感、憂鬱感、逃げ出したい、無力感、無気力、無感動、弱音を感じることもあります。これらは「かくあるべし」を持ちだして、現実の自分を批判、否定してはなりません。現実の自分に寄り添って、「そんな気持ちになっているのだね」と言って、そんな感情を認めて受け入れることが大事です。しっかりと今現在の状況を受けとめることができれば、そこから一歩目線をあげて行動することができるようになるのです。「努力即幸福」の軌道にのって楽な生き方に変わっていくのです。
2019.08.01
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